「水槽」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 水槽とは

2026-05-03

満員電車の窓ガラスに映る自分の顔を、彼はときどき中古レコードジャケットでも眺めるみたいな目つきで見ることがあった。

朝の光は本来もっと柔らかくて、パン屋の棚に並ぶ焼きたてのクロワッサンみたいに、人の輪郭をやさしく縁取るはずなのに、そのときの顔だけは夜通し冷蔵庫に忘れられていた野菜みたいに妙に疲れていて、アウトラインが水に落としたインクのように静かに溶けていた。

どこの誰とも知れない経営者たちが、会議室の白いテーブルの上で決めた数字方針のために、名前も知られないまま働き続ける人間の顔。いわば、ラベルの剥がれた缶詰のような顔だった。

世の中には、あまりにも「社畜」でありすぎるがゆえに、静かな音を立てながら壊れていく人たちがいるらしい。

ニュースサイトの画面の片隅に、広告ブロックに挟まれた小さなバナーみたいに載る体調不良や過労や、あるいはもっと直接的な終わり方。

そこには映画館予告編みたいにドラマティックな物語ほとんどなくて、ただ、安い蛍光灯がチカチカするオフィスのような単調な繰り返しだけが延々と続いている。

朝起きて、会社に行き、配られた台本どおりの役割をこなし、帰ってベッドに沈み込む。その循環の中で、消しゴムの角が気づかないうちに丸まっていくみたいに、何かが少しずつ削り取られていく。

それはまるで、見えない歯車の一部にいつのまにか身体ごと組み込まれしまったみたいだ、と彼は思う。

歯車は、自分がどの装置のどのあたりにはめ込まれているのか知らないし、全体のかたちなんてもちろんわからない。

ただ、回ることだけを求められている。

そして回転をやめた瞬間、壊れたボールペンが引き出しの奥に無言で放り込まれるみたいに、静かに別の歯車と交換される。

もちろん、誰もが自由にそこから抜け出せるわけじゃない。

起業して成功する人間は、おそらくどこかで別の種類の地図ポケットに忍ばせている。

あるいは、地図のものを持たずに、砂漠の真ん中を歩くことをそれほど恐れない資質を持っている。

でも、多くの人はそうじゃない。

なるべく穴の少ない舗装道路を選び、あらかじめ敷かれたレールの上を、自分サイズに合わない通勤靴のまま歩き続けることに慣れてしまう。

慣れるというのは便利な機能だ。スマートフォン自動スリープみたいに、余計なエネルギーを使わずに済む。

けれど、その機能がいつのまにか見えない檻に変わってしまうこともある。

彼は考える。これは本当に、多少デザインを変えただけの現代版の奴隷制なのではないか、と。

鎖や鞭は、目に見える鉄や革の形を捨てて、契約だとか責任だとか評価だとかいう、ビジネス書索引に並びそうな言葉に姿を変えただけではないか、と。

本質は、古い映画館フィルムみたいに、ほとんど変わらないまま回り続けているのではないか

階級という言葉は、今どきの若い人の耳には少し黄ばんだ紙の匂いと一緒に届くかもしれないけれど、その実体は、冷蔵庫の奥に居座る氷みたいに、しぶとく残り続けている。

上にいる人間は透明なバルコニーから下を見下ろし、下にいる人間は上を想像することしかできない。

エレベーターの行き先ボタンを眺めながら、決して点灯しない階のことを考えているみたいに。

それでも、彼らは朝になるとまた電車に乗る。

ホームに立ち、同じ方向に視線を向ける人々の列に、音もなく混ざり込む。

その風景はどこか奇妙に静かで、巨大な水槽の中を一定の速度で回遊する魚の群れや、よく調律されたメトロノームの列のようでもある。

誰もが何かをあきらめ、同時に何かを支えながら、同じようなリズムで息を吸い込み、吐き出している。

靴音が、まだ目を覚ましきらない街のアスファルト淡々と叩いていく。

彼は思う。その群れの中にいるかぎり、自分が哀れなのかどうかすら、うまく判断できなくなるのかもしれない、と。

ただ、日々が小さなパケットデータのように送信されていき、季節がアプリバージョンアップみたいに巡り、気がつけば自分でも戻り方のわからない場所まで来ている。

そういう種類の物語が、この世界には驚くほどたくさん、まるで同じ型で焼かれたクッキーのように並んでいるのだ。

満員電車の窓に映る自分の顔を、彼はときどき他人のもののように眺めることがあった。朝の光はまだやわらかいはずなのに、その顔だけが妙に疲れていて、輪郭曖昧に滲んでいる。どこの誰とも知れない経営者たちの決めた数字方針のために、名前も知られずに働き続ける人間の顔だった。

世の中には、あまりに「社畜であるがゆえに、静かに壊れていく人がいるらしい。ニュースの片隅に小さく載るだけの、体調不良とか過労とか、あるいはもっと直接的な終わり方とか。そこには劇的な物語はなくて、ただひたすらに単調な繰り返しがあるだけだ。朝起きて、会社に行き、決められた役割をこなし、帰って寝る。その循環の中で、少しずつ何かが削れていく。

それはまるで、見えない歯車の一部になってしまったみたいだ、と彼は思う。歯車自分がどこに組み込まれているのか知らないし、全体の形もわからない。ただ回ることだけを求められている。そして回ることをやめた瞬間に、静かに交換される。

もちろん、誰もが自由にそこから抜け出せるわけじゃない。起業して成功する人間は、どこかで別の種類の地図を持っている。あるいは、地図がなくても迷うことを恐れない資質を持っている。でも多くの人はそうじゃない。安全な道を選び、与えられたレールの上を歩くことに慣れてしまう。慣れるというのは便利なことだけれど、ときどきそれは檻にもなる。

彼は考える。これは本当に現代奴隷制度ではないのか、と。鎖や鞭は見えない形に変わり、契約責任評価といった言葉に置き換えられているだけで、本質はそれほど違わないのではないか、と。階級という言葉は古びて聞こえるけれど、実際にはずっとしぶとく残り続けている。上にいる人間は下を見下ろし、下にいる人間は上を想像することしかできない。

それでも、彼らは朝になるとまた電車に乗る。ホームに立ち、同じ方向を見つめる人々の中に紛れ込む。その風景はどこか奇妙に静かで、巨大な水槽の中を群れで泳ぐ魚のようでもある。誰もが何かを諦め、同時に何かを支えながら、同じリズムで呼吸している。

彼は思う。その中にいる限り、自分が哀れなのかどうかすら、うまく判断できなくなるのかもしれない、と。ただ日々が過ぎていき、季節が巡り、気がつけば取り返しのつかないところまで来ている。そういう種類の物語が、この世界には驚くほどたくさんあるのだ。

2026-04-24

都内スリがバチクソに増えまくってる

もう潮時だから書くけど俺はここ3年くらい「スリ拾い」というグレーなシノギ生活してた。

 

最近都内マジでスリ増えてるよ。リュックの外ポケットに長財布入れてるやつとか、トートバッグに財布入れてるとか。お前完全にカモだからな。

 

なんでそんなこと言えるかっていうと、俺がスリ残飯処理をしてきたからだ。

スリって基本的現金だけ抜いて、証拠隠滅のために財布ごとちょっと離れた路地裏とか、公園の茂み、駅のトイレゴミ箱かに捨てるんだよね。

 

俺はそれを深夜に回収して回る。

財布そのものは足がつくから触らない(たまにメルカリで売れそうなブランド物は拾うけど)。狙うのは、捨てられた財布に残ったクレジットカードキャッシュカードの「ICチップ」だ。

 

あれ、ハサミで切り取って溜めて、サンポールとかの薬品使って溶かすと、純度の高い金(ゴールド)が抽出できるのよ。

毎月、山手線の主要駅(新宿渋谷池袋上野)の路地裏をチャリで回るだけで、だいたい月に20グラムくらいは金が採れてた。

買い取り業者に流して、月の収入はマチマチだけど10万~調子いいと80万くらいにはなってた。それくらい、今スリ被害の財布が街に溢れてる。

 

他人の不幸の残りカスをすする、底辺仕事だ。

アクアリウムやってる奴なら分かると思うけど、水槽の底で他人残飯とかウンコ食ってるコラドリスみたいなもん。

薬品臭いで部屋はヤバいし、手もボロボロになる。

 

でも、もうこの生活限界。昨日マジで寿命が縮む思いをした。

 

いつも通り歌舞伎町の外れで捨てられてた財布からカード抜いて、家に持ち帰って解体作業してたら、小銭入れの奥の隙間にAirTag(AppleGPSのやつ)が縫い込まれてたんだよ。

 

血の気が引いた。

スリ被害者がこれ見てたら、位置情報が完全に俺のボロアパートを指してるわけじゃん。

警察が来るか、半グレみたいな持ち主が乗り込んでくるか分からなくて、マジで震えが止まらなかった。

速攻でAirTagだけ何重にもアルミホイルで包んで、深夜に数キロ先の川まで行って投げ捨ててきたけど、今もインターホンが鳴るたびにビクビクしてる。

 

犯罪(遺失物横領?)スレスレなのは分かってる。でも俺のおかげで、完全にゴミになるはずだった貴金属リサイクルされてたのも事実だし、そこは社会貢献だと思ってる。

 

ももう無理。精神が持たない。

こんなコラドリス生活今日で終わりにする。明日ハローワーク行ってくるわ。

 

お前ら、マジで財布の管理は気をつけろよ。自販機の裏に自分の財布が転がる前に、カバンは前に抱えとけ。

2026-04-22

かぐや姫!超おもしろかった!

むりやりに大絶賛してみる!

一億総ドパガキ社会

まず制作陣がガチ天才から、この物語への主な批判ポイントが、そのまますべてSF設計の土台なんだよね。

たとえば、キャラ葛藤がないとか、ご都合主義AIっぽさとか、リアリティがないとか、散々な言われようだけれど。

それって『超かぐや姫』の核心なんだよね。

なぜかって……本作は、『神に喧嘩を売ってでも人間を作りたい』ってのがメインテーマから

簡単表現すると、人間らしさが消えちゃった彩葉と、ほんとうは人間じゃないかぐやが、「パンケーキを食べておいしい!」と感じたい話。

これこそが『超かぐや姫』の始まりであり、終わりに至るまですべて。

その為には、超早送りでびゅーんっと駆け抜けて、配信界の頂点にたどり着いて、「資本主義バンザイ!」でドパガキから集金しまくって、神の領域に挑戦しなきゃならない。

まるで全部乗せのパンケーキ、すべて持った超人エネルギーで。

言うなれば、『令和のセカイ系サイコパス』、うじうじと理屈を語るよりも、葛藤さえもハイスピードで終わらせて、きみとぼくの為――彩葉かぐやの為だけに、神の理屈ねじ曲げにゆく。

理由はただひとつ……「またパンケーキを食べたい」から

(※セカイ系とは?
「きみ」と「ぼく」という、
ちっちゃな関係性が、
国家社会をすっ飛ばして、世界のあり方に直結する話)

すなわち、新時代セカイ系は、狂気踏み込む決断主義、なにもかも舐め腐って、日本古典――竹取物語をぶち破らなきゃならない。

天の羽衣を脱ぐ、綺麗事を捨てて、パンケーキの為だけに成り上がる話。

そこまでやらなきゃ、宇宙一の負けヒロインであるかぐやを、地獄の円環構造から救えない。

逆に言えば、それを実現させるまでは、まるで水と粉のパンケーキ感情移入できないくらいぱっさぱさ――人間味がない、AIみたい、機械的なんですよ。

その薄っぺらさこそがスタート地点ってこと。

たとえば、主人公の酒寄彩葉17歳JKは、【楽しんでる場合やあらへん……いちばんやないとあかん】って母親に冷たく言われ続けたせいで、完璧主義マシーンなっちゃったと。

まり学生なのに週5日のバイト一人暮らし東大を目指す受験勉強プロゲーマーばりの腕前、こんだけ詰め込みすぎなのは、いわゆる『過剰適応』って奴。

いじめられっ子がなぜか笑うのと一緒で、『苦しさを100%抑圧』している。

まるで広末涼子の爆走185キロ人間って一度狂うと止まらないんだよ。

さら彩葉は、Vtuber月見ヤチヨの歌声に惚れ込んで、ガチガチ推し活もやっていると。

ここでも批判の声――「推し活が記号的、ただの舞台装置」みたいな意見があるけれど、これはSF的にも心理面でも必要不可欠なんですよ。

どういう事かって、彩葉は疲れすぎな日々に、お母さんから罵倒幻聴として聞こえていて、それを防ぐためにイヤホンをつけて、ヤチヨのRememberを聴き始めたと。

それもあって、○人的スケジュールなのに、なぜか感動できたり黄昏れたりと、一見余裕があるように見えるのは、その瞬間だけが抑圧から解放――人間性を取り戻せているから。

なので、明らかな依存症として推し活にハマったんですよ。

その証拠に、「推しがいなければ生きられない」という考えで、食欲がない鬱状態ときも、推しさえ見ればちょっとずつ食べられる、そんな描写もされていて。

もはや推しというより神様――だからこそ彩葉は、月見ヤチヨの神棚アクリルスタンド大事に飾っているんだよね。

しかSF的にエグいのは、『超かぐや姫』って本質的に『神○し』のお話になっていて。

パンケーキを食べたい」というエゴの為に、冗談抜きでドパガキも資本主義もハックして、運と才能とお金と人脈でフルスイングする。

まりは、綺麗事じゃない愛を奪い取る話。

そして、もう一人のヒロインかぐやは、さっきも言ったとおり、本来人間ではなくて、じゃあ何者かって、月に住んでいたむなしい存在――肉体のない思念体なんですよ。

なので、地球に舞い降りて人間の肉体を得てすぐに、「自由毎日楽しいなぁぁ!」って欲望が大爆発する。

その最たる例としては、彩葉睡眠を削ってまで働いて、がんばって貯めたお金――12万円を使い果たしたことがあって。

ちなみにこのシーン、「彩葉の怒りがあまりにも薄い!」って批判が多いんだけれど、それへの反論は秒速で終わるんだよね。

かぐや無駄遣いが、呪い浄化になっているから。

まず彩葉のため込んだ12万円は、超現実主義なお母さんの呪縛なんだよ。

【この世で頼れるんは自分一人や】、【今日の百円は明日の千円や】みたいな、冷たい言葉を吐かれすぎて、「心が壊れても頑張らなきゃ」という呪いになっている。

そこに叩き込まれたのが、かぐや! ドパガキ! ラーの鏡

まり、今までずっと無駄なく効率的に生きてきて、完璧主義廃人になっていた彩葉に、無駄遣いでショック療法――かぐやはこれでもかとご馳走を振る舞った。

そのとき彩葉は味わうこと、人生の喜びを思い出したんだよ。

人間人間たらしめるクオリア――簡単にいえば、おいしいという感情、「生きている!」という感覚を取り戻せたと。

その結果、このあと少しして風邪を引くんだけれど、それは別な言い方をすれば、やっと風邪を引けたんだよね、甘えと弱さを出しきって、これでもかと人間らしく。

今まで母親祟りにやられて、完璧超人マシーンだった彩葉が、かぐやによって人間性を蘇らせたってこと。

そう考えると、もはや妖怪人間ベムよろしく、「早く人間になりたい」ってのが、『超かぐや姫』のキモなんですよ。

そして、この物語マジで恐ろしいところは、かぐやが元々暮らしていた月の世界なんだよね。

ここってのは味も温度もない巨大な水槽みたいで、喜びも悲しみもなくて、生きることも死ぬこともできない、永遠なる空っぽ場所であると。

でもって月の住人たちは、ゲームNPCと同じで、無感覚の日々を繰り返すという、究極的にむなしいシステムに閉じ込められていて。

そんな中、かぐやけが奇跡というかバグの発生によって、「寂しい! 退屈! 死にそう!」って、みるみると自我が芽生えて、月から飛び出しちゃったんだよ。

そして流れ星のようにキラキラと、『もと光る竹』という宇宙船に乗って、そのまま地球電柱ビリビリビリってぶつかってゆく。

すると、一瞬でゲーミング電柱になるんだけれど、これは月のテクノロジー地球環境に馴染むべく、そこに最適化された肉体――今回は赤ちゃんの体を用意して、かぐや思念体が入り込んでゆくと。

そんでドパガキよろしくタブレットネットサーフィン、高速で情報収集をすることによって、その知識量に合わせてハイスピードで、女子高生くらいの見た目に変化するんだよ。

まりかぐや地球人じゃない。

なので、普通人間たちとは違って、文字通り、恥も外聞もないから、持ちうる力は『すべて出す』を地でゆく、このあと一瞬にして配信業でのし上がるんだよ。

めちゃくちゃな話、『美少女版へずまりゅう』だから

そもそもかぐや彩葉お金勝手に、ライバーになる為のスマートコンタクトを買って、メタバース世界ツクヨミログインして、大観衆の前でいきなり叫ぶ売名行為までやって、終始、大暴れするんだよね。

なのでよくある批判――「子育ての苦しみがない」、「生配信世界は甘くないぞ!」ってのは、筋の通ったやり方で回避できる。

何度も言っているとおり、普通地球人じゃないから。

そうこうして、「パンケーキがおいしい」と思えるくらい、かぐや人間幸せを覚えてゆく。

でも残念ながら、『かぐやは月の秩序を乱すバグ』と見なされて、月の世界へと戻されてしまう。

これは日本古典であるかぐや姫』の結末通りで、強制的なバッドエンドを迎えると。

さらに怖すぎる話、地獄の本番はここからなんだよ。

まず月に戻されたかぐやは、また何もない水槽の中に入れられて、虚無の永久ループに閉じ込められると。

しかも以前と違うのは、主人公彩葉出会って、笑ったり歌ったり、パンケーキの甘さを感じたりで、幸せを知ってしまたからこそ、その絶望はより深いんだよね。

5億年ボタンの比じゃないさみしさ、『生と死の狭間』にある闇のような場所で、永遠のひとりぼっち

でもそんなある日、38万キロの彼方――地球惑星から、懐かしい歌声が聞こえてきて、「もう一回だけ地球に行こう! 彩葉に会いたい!」って、奇跡で飛び起きることができた。

でも運命残酷で、「また宇宙船に乗って地球に出発だ!」ってときに、タイムトラベル機能をオンにしたもんだから、なんと制御不能でバコーンって隕石と衝突して、8000年前の地球にぶち飛ばされたんだよね。

すると何が起きたか宇宙船システムエネルギー切れ、月のテクノロジーが使えないせいで、最適な肉体を作り出せない、前と違って赤ちゃんにもなれない、ただの思念体――魂だけで放り出されたと。

それはつまり、声も出せない、誰とも話せない、誰の目にも見えない、永遠に続く孤独がはじまった。

これは昔の名作、『STEINS;GATE』のトラウマ回と似ていて、とある女の子が不完全なタイムマシンに乗ったら、時間跳躍ときダメージを食らって、自分名前以外すべてを忘れちゃったんだよ。

それから24年のときが流れて、ふっと思い出してしまう。

とてつもない使命、大切な約束があったのに、のうのうと生きてしまたことを悔いて、【失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した】、そう書き綴って……そのまま自殺するんだよね。

そして、かぐや場合はより怖い――寂しくても退屈でも永久に○ねないから。

なので、「彩葉! 彩葉! 彩葉!」って発狂するんだけれど、それは声にも叫びにもならなくて、いつまでも絶無なんだよね。

泣きながら膝を抱えようにも、そこには涙も膝もない。

そうやってかぐやは、ゆっくり時間をかけて絶望してゆく。

けれど1%の奇跡として、宇宙船に乗り込んだときに、地球彩葉からもらった、たまごっちみたいな携帯ゲーム機、そこに『犬DOGE』という柴犬電子ペットがいて。

そいつデータとして連れて来たんだよね。

その結果、シャットダウン直前の、宇宙船による最後の力で、たまたま近くにいた、かわいいウミウシ――海のウサギとも呼ばれる生物スキャンして、そこに犬DOGEの軽いデータをぶっ込めた。

これはつまり完成済みのハードウェア、しょぼいけれどロボットの出来上がり。

からウミウシログインした犬DOGEをハッキングして、思念体かぐやが入り込んで動かせるってこと。

そうこうしてウミウシかぐやは、不老不死の日々を進んでゆく、それも8000年。

縄文時代平安時代戦国時代、あらゆる時代に漂って、大量の出会いと別れがあって、もちろん戦争による○し合いもあって、破壊再生が延々と繰り返される中、かぐや孤独観測者として、それらを眺め続けたんだよね。

毒も薬も酸いも甘いもカオスも、すべて飲み込みながら。

そうやって膨大な時が流れて、人類は血みどろの歴史の果てに、電話冷蔵庫テレビに、そしてインターネットという、高度な文明誕生させるんだよ。

そんなある日、かぐやウミウシ身体のままで、パソコンキーボードを押して、『Hello,world!』って入力した。

まり8000年の時を経てとうとう……想いを伝えられるようになった、孤独な旅がやっと終わった。

その瞬間かぐやは壮大な夢を思い描くんだよ。

それってのは、地球での血なまぐさい争いとか、ひとりぼっちとは無縁な、ユートピア仮想空間を作ること。

要するに、『水も波も立たない巨大な水槽である』月の寂しさを、他の誰にも味わって欲しくないってこと。

からこそ、ここでの仮想通貨ふじゅ~』は、水のように、あぶくのように湧き出てくる。

まさにドパガキよろしく、人の心が踊れば踊るほどに、無尽蔵に金が降り注ぐんだよ。

そうしてかぐやは、ウミウシ身体をよじりながら、htmlを書いてアクセス解析もして、とにかく試行錯誤しているときに、はっと衝撃的なことに気づく。

それってのは、自分ゼロから築き上げてゆく仮想世界が、かつて彩葉遊んだツクヨミだってことに。

そして、彩葉歌声に惚れたVtuber月見ヤチヨは私なんだってことに。

すなわち、ぐるぐると同じ輪廻を巡って、この8000年の孤独も含めたループが、何百回、何千回、何万回も続いているのかもしれない。

これをむりやり表現するならば、『メタディストピア円環構造』だね。

まり、『感情を持った思念体』のかぐやが、月から地球に来て赤ちゃんとして生まれる→彩葉幸せ時間を過ごす→月の世界に戻される→歌が聞こえて脱出を決意……でも隕石に衝突→8000年前の地球に吹き飛ばされる→そして今の今に繋がる――

めちゃくちゃ残酷なことに、この円環構造の中で、常にかぐや自我があって、しかもその時間の大半、メタ視点――実体のない魂のような存在として、声にならない声を上げながら、ずっとひとりぼっちで過ごしている。

そしてこの、『メタディストピア円環構造』をぶち壊すには、バグを伝染させる必要があった。

それは愛も憎しみも含めた、綺麗事抜きの人間らしさ。

もっと単純な話、心の底からパンケーキがおいしい!」と思えること。

彩葉のケースで言えば、月のシステムみたいな完璧主義をやめて、泣いて甘えること、自分意思で進路を決めること、ホンモノの反抗心で母親にぶつかること。

そのうえで最大の敵は、退屈で○にたくなるほど整った、穢れなき月のAI世界なんだよね。

からこそ、ドパガキも資本主義も運も才能も醜さも、Rememberという推しの曲もすべて総動員して、綺麗事抜きの人間らしさで殴り返した。

ありとあらゆる手段で、『竹取物語』の運命――かぐや姫は月に帰るという、神様の結末を破壊する為に。

それはつまり彩葉推し――神様だった月見ヤチヨ(かぐや)に、『終わりのある人間としての人生』を与える、今度は自分神様よろしく生命誕生させるってこと。

ちなみに当初、メタバースツクヨミ)の世界では、かぐやを連れ去りに来る、月人(つきじん)という大勢の敵を、ゲームシステムに落とし込んで、プロゲーマーの力とチートによって倒そうとしたんだよ。

現実世界じゃ負けるに決まっているから、ゲームの敵キャラダウングレードさせようとした。

でもそんな甘っちょろい敵ではなくて、まるで勝ち目がなかった。

その結果、映画の途中でスタッフロールが出て、「めでたし めでたし」って、皮肉エンディングが軽く流れるんだよね。

でも彩葉はその終わりを許さずに、ツクヨミという仮想空間――一億総ドパガキ社会ってくらい、ユーザー数の多い場所で、ハイスピード配信者として売れて、べらぼうに儲けたお金と、人脈をフル活用して、10年間、ロボット工学をはじめとした科学技術を学んでゆく。

なぜかって、かぐや思念体を入れる義体――それも寿命のあるホンモノの生命体を作りたいから。

これこそが『超かぐや姫』のすべて。

まり、愛とは綺麗事ではない、愛≒平和ではない、愛とは能動的なバグなんだという、パンケーキを食べておいしいと感じる話。

↓『本音のおまけ』

冒頭で、「むりやりに大絶賛してみる!」と宣言したとおり、映画版の『超かぐや姫』は、ファミ通文庫版も読んで、SF設定もメモして、登場人物の背景も学んで想像して――つまりこちら側でかなり踏み込んで視聴しないと、ちんぷんかんぷんな事ばかりだ。

とはいえ90年代2000年代を振り返りゃ、映画であれ音楽であれゲームであれ、たった一本、たった一枚、たった一作を繰り返し……狂ったように楽しむものであった。

たとえば、FF聖剣伝説をやるときにはアルティマニアという、ごっつい攻略本を買ってプレイから読みふけっていた。

そう考えりゃ、『超かぐや姫』の円環構造よろしく、ぐるぐるとリピートする事が大前提作品があっても良いのかもしれない。

しかも『超かぐや姫』 の場合知識考察を重ねるごとに、「この複雑な円環構造SF設計を考えると、これはこれでアリかもな」と思えてきて、じわじわ評価点が高まる

そして最近のドパガキ、マジで舐めすぎだろ

人間勝手に親近感を覚えたり勝手に親密になった気になったり庇護欲を掻き立てられたり頼られたり尊重したりなどを経て、相手尊重したり愛情を注いだりする。対象人間性を認める時に必要なのはただひとつ、個を尊重しようとするお気持ちである

━-━-━-━-━-━-━-━-━

私は1年前に、クラゲを飼っていました。

クラゲクーちゃんです。

恥ずかしいくらいに安直名前ですね。

ある日、いつものようにクーちゃんを眺めていると、私の方へ泳いで来ていることに気づいたんです。

水槽の壁にぶつかりながら、一生懸命こちらへ向かってこようとしていました。

(……もしかして、こっちに来たがってる……?)

動きから意図を察知した私は、水槽に一歩近づきました。

クーちゃんは壁に体をこすりつけ、行ったり来たりしはじめました。

(わあ!喜んでる!)

私はクーちゃんの動きに合わせて、水槽をなぞります

かわいいね、よしよし」

何度か往復していると、クーちゃんの動きが止まりました。

(……どうしたのかな?)

クーちゃんは傘も動かさず、漂っています

しばらくの間、流されているクーちゃんを見ていましたが、ふと思い出しました。

クラゲ寿命って、1年ほどなんです。

クーちゃんは、死んでしまったようでした。

だけど、死ぬ寸前に最後の力を振り絞って、別れの挨拶をしてくれたんですね。

ありがとうクーちゃん

私は泣きながら亡骸をすくいあげ、庭に埋めてあげました。

これが、私とクーちゃんの、最後の思い出です。

━-━-━-━-━-━-━-━-━

……

………

すべては、私の幻想です。

クラゲに脳はありません。すべては反射、偶然の積み重ねです。

クーちゃんは、死の直前まで、何も考えていません。

もちろん、挨拶もしていません。

ただただ、そういう動きになっていただけです。

そういう動きをしていたかも分かりません。

私には、そう見えた。そんな気がした。それだけです。

でも、かわいがっているペットが別れの挨拶をしてくれたら、嬉しいですよね。

次にクラゲを飼うことがあれば、もっと可愛がると思います

名前は、何にしようかな。

ちなみに私は、クラゲを飼ったことがありません。

クラゲがこのような動きをすることも、通常ではありえないと思います

すべては、私の幻想です。

人間は、身勝手物事を捻じ曲げ、存在しないエピソード感情を作り出せる生き物なんです。

対象がなんであれ、心があるかのように接することが可能なこの共感能力こそが、人間人間たらしめている、強力な武器と言えます

ですが、相手の本当の心ではなく、自分の中にある感情投影を愛しているのだとしたら……

騙されたと思った時の怒りや悲しみ、切なさ、そして、幻想の中で確かに感じられた愛情の正体は、一体なんなのでしょうか……

BGM: https://www.youtube.com/watch?v=eUn9jNB0FCk

here we go...come on

here we go...come on

泣きながら~亡骸~ナイアガラガラガラ

感情愛情冗長情緒

ナナナナナナナナ ナマモノ

どこからどこまで人間?どれだけエーアイ?

2026-04-19

発電所勤務は幽霊を見る

信州の山奥での水力発電所

ダム堤体の中の監査廊の中は居ない。

水路(数キロ)にも居ない、こちらに向かって走ってくるような足音は、大体が魚が跳ねる音か、迷い込んで落ちてきたウリ坊の足音になる。

余談だが、導水路の魚等に釣られて導水路に迷い混んだ動物殆どからない。陸に上がる方法が少なく、上水槽(ヘッドタンク)のスクリーンに引っかかって水死体になる。

たまに首輪を付けた犬とかが引っかかってる

話を戻すが、一番見るのが発電所内部

爆音が轟く中、仕事で用があり、見にいく事がある。

他に誰かが居る場合は車が停まっているかですぐに分かる。ダム勤務者が足で降りてくる事はまず考えられない。

誰も居ないはずなのに、誰かが居るかのような気配を感じる事がある。

それでも一応挨拶しておくかと、発電所の地下まで見に行くが、誰も居ない。

カマドウマの群れが動いたとかそういうレベルではない。

また、遠方の監視カメラにもしっかりと映る。

ダム運用24時間365日常監視を置いておく必要があるので、監視員が複数発電所を見ている事になっているが、深夜帯に人影が映る。

翌朝誰も居ないよねと、当直者、日直者、監視員の引き継ぎで確認し、幽霊かなという話になり、5E(緊急停止)引かなければ良いよ、という結論で締める事になる。

2026-04-17

映画スペルズ/呪文 を見た

ありきたりな寄宿舎ホラーでガキがムカつくことを加点して48点。

 

うるせーガキとその姉の主人公は車で移動中にしょうもないことで喧嘩を始める。母親がそれをいさめようと映画で100回見た後部座席をむいて運転していた結果、トラックと正面衝突しかけそれを回避した結果、車は湖にドボン母親は死に、弟は反抗期を深め幻覚を見るようになり主人公うんざり寄宿舎に入れられた2人は主人公と同世代のヘンな仲間ができるも弟の様子は依然おかしい。母親幻覚幻聴にさいなまれた弟が深夜に部屋を抜け出しているところを発見した主人公たちはその後を追うと封印された部屋があり、そこには民間伝承で有名な、大きな鏡と血で書かれた謎の模様があった。主人公の制止を振り切り弟と仲間たちは伝承通り鏡に願い事をする。

みたいな話。

 

とりあえず言いたいんやが、スペルズ(呪文)要素どこにあったんや。

この映画の最も大きなホラー要素は大きな鏡に願い事を言うとその願い事が悲劇的な形で成就してしまうという「猿の手形式となっているわけだけど、それを願う方法は鏡の前でろうそくを持って願いを言うことなのね。呪文要素わい!せめて嘘でもいいからなんか呪文言え!最悪、配給会社の奴がなんか呪文言え!

現代は「スペードの女王:鏡の向こう側」で映画も実際にそういう話なんだよね。内容としては自分の子供を復活させるために寄宿舎を開いてそこのガキを溺死させてた女が魔女だ!って言われてボコボコに殺されて髪も全部むしられて殺され、その怨念いつまでもおんねんっていう、いや、全面的にお前の逆恨みだろ!って内容ではあるんだけど、それでも悲劇的な形とはいえ叶えてくれるのはフレンドリーなのかな?

で、義母とうまく行ってない不良は義母が無残に死ぬように願い、デブは食欲がなくなるように願い、ビッチイケメン先生とのキス陰キャは死にかけの祖母長生きするように願う。そしてそれぞれ、不良は父親義母殺害してついでに父親自殺するところをビデオ通話で見せられ、デブ食べ物が虫に見える呪いが発動し最終的にお菓子と思って剃刀を食べるし、ビッチ悪霊化したイケメン先生に唇全部を食いちぎられ、陰キャ祖母ゾンビになってしまうという、ここホラー要素!という感じで勘所は押さえている。

一方で弟のガキはなんか常にクソ生意気で姉の言うこと何も聞かんし呪われてからは余計に行動が不規則になってイラつくしバカにしてきた同級生顔面エンピツで突き刺すし、こいつだけはさっさと死なんかなと思って見てたけどこういう映画でガキが死ぬなんてことにはならず最終的にこいつだけがまともに助かる展開になるの正直、どうかと思う。まぁ、幼いガキが自分の落ち度で母親死なせたかしょうがないじゃんっていうのはわかるけどさぁ、意思の疎通が取れない生物嫌いなんだよな。

そしてガキが伝承と同じく鏡の前の水槽ハゲ女王に沈められ鏡の向こうに連れていかれてしまう。それを救いに主人公が再び鏡の前に戻り、陰キャアドバイスに従い同じく仮死状態になって鏡の向こうに行きハゲ直接対決なんやかんやで勝って、弟を現世に連れ戻りめでたしめでたし。かと思いきや、本当の主人公は今も鏡の中に閉じ込められており、じゃああの主人公は何者なんだ……というところで映画は終わる。このズラしはまぁ短編でたまに見かけるけど悪くない仕掛けだと思ったし、そもそも仮死状態にして鏡の向こうに送り込むという頭脳キャラっぽい陰キャが言い出すいかにも正しそうな解決自体が実はハゲ女王祖母を救いたきゃそう言え!と強要されたものだった、というズラしも嫌いじゃない。

なんていうか思春期ホラーとしては、まぁ、普通に作られてて最後の展開とかも悪くはないんだけどじゃあなんか新鮮だったり特別怖いと感じるようなこともない非常に体温の低い映画だったなという感じでまぁ50点くらいの見てもみなくても同でもいい映画ってレベルだと思うんだけどガキがウザすぎて2点引いて48点って感じかな。

あと、寄宿舎校長がやせぎすで背が高くて圧迫感がある女性なんだけど、ハゲ女王生前もそんな感じだからここに何らかのつながりがあってこの校長事件に関与してるんやろなぁ!と思って見てたら別にそんなことはなく特に意味はなかったのはマイナス

 

そんな感じかな。

ロシア映画からガキの名前が「アルチョム」でずっとアルチョムアルチョムって言ってるから、いや向こうでは普通なのかもしれんけど響きがコミカルすぎてなんか笑っちゃうんすよね。日本で言うときっちょむさんと響きが似すぎているし、という理不尽ツッコミ

さっきも書いたけど思春期猿の手ホラーとしては別に見ない方がいいよってほど悪くはないのでホラー好きにはオススメ

2026-03-24

anond:20260322211400

過去イジメで、水槽の水を飲まされた人間として思うのは

独りがツライという感覚わからんのよね

いやもちろん、ワイも娯楽が無ければキツイ

でも、「誰かと」遊びたいとは思わんのよな

ネットのある環境でさえあれば、集落から車で20分みたいなとこでポツンと暮らしてても問題ない

そのネットも、別段SNSやらゲームやらで他人と接したいわけでもなく

ゲームを買ったり、そのMODダウンロードしたり、アニメ見たりしたいだけ


でもこういうの見ると、人間は群れの動物なんだろうなとかは思う

2026-03-10

妻が義母の話ばかりする。

妻が義母の話ばかりする。

朝、豆から挽いたコーヒー香りが、二十七階のリビングにひろがる。南向きの窓は、昨夜の雨をなかったことにするみたいに、東京湾の鈍い光を受けて白く曇っていた。食洗機は静かにまりロボット掃除機は充電ドックで眠っている。妻はアイランドキッチンに立って、バルミューダトースターから焼き上がったパンを取り出しながら、なんでもない顔で言った。

「お母さんがね、このあい麻布台マルシェで買ったオリーブオイル、すごくよかったって」

たか、と思った。

もちろん、義母に悪い印象があるわけではない。むしろ上品で、よく気がついて、僕よりずっとこの街流儀を知っている人だ。港区空気を肺の奥まで吸って、それを酸素ではなく作法として体内に巡らせているような人で、白金美容院も、青山歯科も、紀尾井町ランチも、ぜんぶ「いつものところ」がある。僕には、いまだに「おすすめ」があるだけだ。

「へえ」と言って、僕はアボカドに塩を振った。

妻は続ける。

「あとね、お母さん、やっぱり子ども英語だけじゃなくてピアノやらせたほうがいいって。受験のためじゃなくて、耳が育つからって」

「そう」

「それと、中学受験するなら四年生の冬には動いておいたほうがいいって」

「まだ五歳だけど」

「早い家はもっと早いらしいよ」

トーストの表面でバターゆっくり溶ける。ナイフの先でそれを伸ばしながら、僕はふと、この家にあるもののいくつが妻の趣味で、いくつが義母の助言で、いくつが「いま、このあたりでは普通なのだろうと考える。アルヴァ・アアルトフラワーベース無垢材のダイニングテーブル玄関ルームフレグランス洗面所ハンドソープベビーチェアの色。観葉植物の鉢の形。僕が自分で選んだものなんて、書斎電気スタンドくらいかもしれない。

結婚してから、僕たちは上へ上へと住み替えてきた。最初郊外賃貸マンション、次に城南の低層レジデンス、そして今のタワーマンション。引っ越すたび、景色はよくなった。駅から距離は短くなり、共用部は静かになり、宅配ボックスは大きくなり、ラウンジはいつも誰かがノートPCを開いていた。暮らしは整っていったはずだった。なのに僕の輪郭けが、上層階の薄い空気の中で少しずつ曖昧になっていく気がした。

「今度の日曜、お母さんたち来るって」

妻はジャムの瓶を閉めながら言った。

「聞いてないけど」

「言ってなかったっけ。ワイン持ってきてくれるって。あと、あのソファ位置、やっぱり窓側にずらしたほうが部屋が広く見えるって言ってたから、一回やってみようよ」

「そのソファ、去年買ったばかりだよね」

「だから?」

「いや、別に

別に、が便利なのは自分でも知っている。反対しているほどでもないし、賛成しているわけでもない。その中途半端さが、僕の年収みたいで嫌だった。妻の実家は太い。義父は開業医で、義母はそれを「支えた」と一言で片づけるには惜しいほど上手に運営してきた人だ。教育も、住まいも、人付き合いも、失敗の匂いがしない。僕の家にはそういうものがなかった。父は地方公務員で、母は生協パートだった。堅実で、まっとうで、でも東京の上澄みに触れる方法なんて知らなかった。

妻が義母の話ばかりするのは、つまり、正解の話ばかりするということだった。

どの小学校がいいとか。

どの皮膚科が予約が取りやすいとか。

どこのホテルアフタヌーンティー写真映えのわりに味が普通だとか。

資産形成インデックスで十分だけど、現金は別で厚めに持ったほうがいいとか。

子どもの靴は見た目より足型で選んだほうがいいとか。

どれも間違っていない。間違っていないから、反論できない。間違っていないことの集積でできた暮らしは、たいてい美しい。でもその美しさは、ときどき人を黙らせる。

日曜、義母想像どおり上質なグレーのニットを着て現れた。義父はボルドーを二本提げていて、娘である妻はそれだけで少し誇らしそうだった。娘というより、選ばれ続けてきた生徒みたいな顔だった。義母玄関に入るなり、何も否定しない口調で言った。

「やっぱりこのソファ、もう少しだけ寄せると素敵ね」

「でしょ?」と妻が笑う。

僕はワインオープナーを探すふりをした。

食事あいだ、義母は悪意なく、しかし寸分の隙もなく、この家の未来設計していった。子ども習い事、別荘を持たない代わりのホテル会員権、インターナショナルスクール説明会、いま買うべき美術、売らなくていいマンションの買い方。妻は何度もうなずき、メモまで取っていた。僕はサラダを取り分けながら、まるで自分の家に招かれた客のような気分になった。

食後、妻がキッチンでグラスを洗っているとき、僕は珍しく義母と二人きりになった。リビング夜景は、水槽のようにきれいだった。見えるビルの灯りのひとつひとつに、それぞれ別の正解があるのだろうと思った。

義母ソファに浅く腰かけて、窓の外を見たまま言った。

あなた、少し疲れてる?」

意表を突かれて、僕は笑った。

「そんなふうに見えますか」

「見えるわよ。娘は私の話をよくするでしょう」

「ええ、まあ」

「昔からなの。何か決めるとき自分で決めたくないのよ。正しいほうを選びたいの」

僕は返事に困った。義母はそこで初めて、少しだけ声をやわらかくした。

「でもね、正しいことと、自分で選んだことは、別なのよ」

僕は義母の顔を見た。整った横顔のどこかに、はじめて年齢らしい影があった。

「私はたくさん失敗したの。あなたたちが見てるより、ずっと」

「そうなんですか」

「そうよ。だから娘には失敗させたくなくて、つい口を出すの。でも、あの子あなたの前でまで私を使ってるなら、それはちょっとよくないわね」

その言い方は、叱るでもなく、突き放すでもなく、不思議と公平だった。

僕は思い切って言った。

「妻が、お義母さんの話ばかりするのが、少し苦しかったです」

「でしょうね」

「僕の選ぶことには、あまり価値がないのかなと思って」

「それは違うわ」

義母は即答した。

価値がないんじゃなくて、まだ見えていないだけ。人は、自分安心できるものしか最初は信じられないから」

そのときキッチンから妻の声がした。

「ねえ、お母さん、このグラスどこで買ったんだっけ?」

義母は小さく笑って、いつもの調子で答える。

「それ、表参道のHAYよ。前にも言ったじゃない」

妻が戻ってきて、また三人になった。会話は何事もなかったように続いた。だけど僕には、義母輪郭が少し変わって見えた。完璧な助言者ではなく、失敗を隠しながら正解を配る人。つまり、僕たちと同じ、年齢を重ねただけの一人の人間に。

その夜、義母たちが帰ったあと、妻はソファに座ってスマホを見ながら言った。

「お母さん、やっぱりすごいよね」

僕はワイングラスを片づけながら、「うん」と言った。

妻は続ける。

「なんか、全部知ってる感じする」

「全部は知らないと思うよ」

「え?」

「たぶん、お義母さんもいろいろ失敗してきたんじゃないかな」

妻は少しだけ黙った。スマホの画面が彼女の顔を青く照らす。

「……そうかな」

「そうじゃないと、あんなふうには言えない気がする」

妻はしばらく窓の外を見ていた。二十七階の高さでは、地上の音はほとんど届かない。救急車も、笑い声も、信号待ちの苛立ちも、なにもかもガラスの向こうで無音の映像になる。僕たちはよく、この静けさを豊かさだと思い込む。

「私ね」と妻が言った。

「うん」

「お母さんみたいになりたいんじゃなくて、お母さんみたいなら安心だって思ってたのかも」

初めて聞く種類の本音だった。

僕はグラスを置いて、彼女の隣に座った。

「じゃあ、これからは二人で決めよう」

「変なの選んでも?」

「変なのの責任は半分持つよ」

妻は笑った。その笑い方は、義母によく似ていて、それでいて少しだけ違っていた。

数週間後、僕たちはソファを動かさなかった。代わりに、ダイニングの上に吊るしていた照明を、少しだけ不格好なものに替えた。妻がネットで見つけた、海外無名デザイナーの照明だった。義母ならたぶん選ばない。けれど夜になると、その光は妙にやわらかくて、食卓の上の傷やパンくずまで、ちゃんと僕たちの暮らしの一部として照らした。

妻は相変わらず義母の話をする。けれど前ほどではない。そしてときどき、「私はこうしたい」と主語を変えるようになった。

タワーマンションの高層階に住むというのは、景色を買うことだと昔は思っていた。

でもたぶん違う。

ほんとうは、自分がどこまで他人価値観でできているか、その見晴らしのよさに耐えることなのだ。

夜景は相変わらずきれいだ。

れいすぎて、ときどき何もかも正しく見える。

から僕は、少しだけ不格好な照明の下で、妻が自分言葉で話しはじめるのを待つ。完璧ではないこの部屋が、ようやく僕たちの家になっていく音を、静かに聞いている。

2026-02-21

僕が吐き出したインターネット汚泥を、岐阜祖母が啜っていた

地方高校にいた頃、僕は間違いなく「特別人間」だった。正解の用意された問いを、誰よりも手際よく処理する要領の良さ。それさえあれば、僕は学校という小さな水槽の中で、一定精神的優位を得ることができた。テスト順位表に貼り出される自分名前を眺めるだけで、無敵の万能感に浸れたものだ。

だが、東京大学に進学して、その薄っぺらいメッキは無惨に剥がれ落ちた。息をするように英語を操る帰国子女親の金で当然のよに海外の“経験”を積む学生。あるいは、圧倒的な地頭の良さで、僕の徹夜努力を鼻で笑いながら抜き去っていく本物の天才たち。彼らが外資系コンサル投資銀行へ羽ばたき、あるいはあっさりと起業していくのを横目に、僕は自分がただのマークシートの塗りつぶし方が少し上手かっただけの、凡庸田舎者であることを骨の髄まで思い知らされた。

就職活動で僕が逃げ込んだのは、品川に巨大な自社ビルを構える日系の大手SIerだった。親に社名を言えば手放しで安堵する優良企業しかし、その実態キラキラしたIT業界とは無縁の「デジタルゼネコン」だ。巨大な基幹システムエクセルでの進捗管理と、下請けベンダーへの責任転嫁を繰り返すだけの、果てしなく地味な調整業務。30代になっても年収は700万円を行ったり来たりで、突き抜ける気配は一切ない。

川崎。最寄り駅から徒歩14分の6畳ワンルームマンション。毎朝、すし詰めの東海道線多摩川を越えるたび、自分東京という巨大なヒエラルキーの外部に置かれた、中途半端存在であることを突きつけられる。無数のエクセルセルを埋め、稟議書を回し、いかにも「大企業ビジネスマン」の顔をしていても、乾いた自尊心は満たされなかった。だからこそ、僕は己の優位性を手っ取り早く確認するための副業を始めることにした。届かない上澄みを見上げる苦しさを、圧倒的な底辺を見下ろすことで中和する、醜い防衛本能だった。

AIに吐き出させた嘘か本当かわからない情報を、抑揚のない合成音声に読み上げさせるだけの動画サムネイル赤と黒の極太ゴシックで『真実』『衝撃』『実は日本人は…』。白い背景に「いらすとや」の画像。思っていたよりも、こうした毒にも薬にもならない動画を求めている人はいた。「努力できるのは才能」と自身努力不足を遺伝のせいにするような動画や、根拠薄弱な雑学に絡めて「日本スゴイ」を連呼する内容は、面白いように再生数が伸びた。コメント欄に溢れる、社会へのルサンチマン人生の答え合わせを終えた敗者たちに、安っぽいドーパミンを施す。教祖にでもなった感じでで少し気分が良かった。

先月、そのチャンネルを売った。爆発的に登録者を増やすコンテンツ力も、虚無を再生産し続ける継続力も、僕にはなかった。そこそこの値がついたので、バング&オルフセンヘッドホンを買った。アルミニウムの冷たい質感と、北欧特有ミニマルデザイン。装着するたびに、自分がこの川崎の泥臭い景色とは無縁の、洗練された“あちら側”の人間である証明された気がした。

たまたま連休ができた。義理で顔を出した岐阜祖母の家は、時間が止まったような空間だった。イオンモールマーサ21けが文明のすべてであるかのような地方都市。ここには、SAPIXクラス分けに一喜一憂する親も、35年ペアローンという鎖で互いを縛り合うパワーカップルもいない。あるのは、弛緩した空気と変化を拒む土着の引力だけだ。

「これ知ってる? 最近YouTube勉強になるねえ」

どうせ駅前携帯ショップで、「お孫さんの写真が綺麗に撮れますよ」とかなんとか言いくるめられて、不要ハイスペック機と大容量プラン契約させられたのだろう。その光景が目に浮かぶ

そこから流れる、抑揚のない人工音声。「実は、80歳を過ぎても元気な人は…」という、極太ゴシック体のサムネイル。白い背景の中央に配置された「いらすとや」の老夫婦。

目眩がした。

僕が売り払ったあのチャンネルではない。だが、構成は完全に同じだった。情弱向けの餌として吐き出し、見下していたコンテンツを血の繋がった親族「真実」として有難がって摂取している。

祖母の瞳は、ブルーライトを反射して白く濁っていた。「へえ、そうなのかい」。その相槌の一つ一つが、僕の精神を削り取っていく。僕が承認欲求と小銭を満たすために生み出したインターネット汚泥は、巡り巡って、僕自身ルーツである祖母の余生を埋める詰め物になっていた

「..…ほどほどにしなよ。目が悪くなるから。」

喉の奥から絞り出せたのは、ゲームに熱中する子供を注意する母親のような、陳腐言葉だけだった。

帰りの新幹線バング&オルフセンヘッドホンを装着する。どれだけ音楽を流しても、あの抑揚のない人工音声が、耳の奥にこびりついて離れない。トンネルを抜けるたび疲れた顔の男がこちらをみてくる。こちらを見つめ返すその瞳は、ブルーライトに照らされた祖母の目と同じように、ひどく濁って見えた。

2026-02-17

「長期的には皆死んでいる」と言いつつ今生きている人が損をしているのがケインズ派自己放尿である

ケインズ派の有名なセリフに「長期的には我々は皆死んでいる」がある。

一見すると現実主義香りがする。だが、これは経済学的にはかなり危険言葉だ。

なぜならそれは、長期の制度設計インセンティブ構造、期待形成貨幣価値の信認といった経済の骨格を軽視し、短期裁量政策で全てを解決できるかのような幻想正当化する免罪符になるからだ。

 

そして最悪なのは、その短期対応が、実際には今生きている人間購買力資本形成破壊し、生活を貧しくしていくことだ。

まりケインズ派は「長期は死ぬから知らん」と言いつつ、短期名目数字を弄ぶことで、短期現実生活すら破壊する。これがケインズ派自己放尿である

 

経済とは、政府需要を注入すれば都合よく回るような単純な水槽ではない。

市場とは分散情報処理装置であり、価格とは情報であり、貨幣とは信認であり、利子率とは時間選好とリスク価格だ。

ここに政府が景気刺激という名目で介入し、財政赤字と金融緩和を混ぜたドーピングを打ち込めば、確かに一時的バブル繁栄演出できる。

しかしその代償は、期待インフレの上昇、資源配分の歪み、そして生産性劣化として必ず現れる。

 

ケインズ派失業需要不足と呼び、政府支出で埋めれば解決すると言う。

だが失業とは市場の調整過程であり、名目ショックと情報の遅れ、賃金の硬直性が生む現象であって、政府需要を盛れば根本解決するものではない。

しろ政府短期失業率に過剰反応して介入すればするほど、自然失業率を無視したインフレ圧力が蓄積し、最終的にスタグフレーションという形で国民請求書を払う羽目になる。

 

ケインズ派政策運用は、要するにこうだ。

「景気が悪い?財政出動だ。金利が低い?もっと刷れ。株が下がった?政府が買え。実質賃金が下がった?インフレで調整だ。」

これは市場調整を信頼せず、政府裁量を過信する中央計画的思考であり、マクロを口実にしたミクロ破壊である

 

特に問題なのはインフレを「景気回復副作用」くらいに軽く扱う点だ。

インフレは単なる物価上昇ではない。貨幣価値希薄化であり、貯蓄への課税であり、固定所得者への攻撃であり、将来計画破壊である

インフレ税は議会を通さずに国民から徴税する裏口であり、最も卑怯政策手段だ。政府はこれを「景気対策」と呼ぶが、実態貨幣錯覚を利用した略奪である

 

まりケインズ派は、短期的なGDP名目成長や株高を成果として掲げる。

だがその裏で、実質賃金を削り、生活コストを上げ、貯蓄を目減りさせ、将来の資本蓄積破壊する。

これは今生きている人間生活犠牲にして、統計上の景気を演出しているだけだ。

 

そして連中は言う。

「景気が悪いから仕方ない」

インフレ一時的だ」

供給制約のせいだ」

「実質より雇用大事だ」

 

この言い訳連鎖は、結局すべて同じ方向に収束する。

政府の失敗を市場のせいにし、貨幣破壊必要コストとして正当化する。

そして最後に残るのは、購買力を奪われた労働者と、紙屑化した通貨と、歪んだ資本市場だけだ。

 

インフレは常に、そしてどこでも貨幣現象である

まり物価が上がるのは供給が悪いからでも、企業が強欲だからでもない。

貨幣供給が過剰だからだ。政府中央銀行が通貨を増やし、名目需要を膨らませた結果として、通貨価値が下がる。これ以上でも以下でもない。

 

ケインズ派とは「短期需要管理で全てを制御できる」という傲慢だ。

その傲慢が生むのは、政策ラグ無視、期待形成の軽視、そして時間整合性問題だ。

政策当局は「今回だけ」と言って通貨を薄めるが、市場学習する。

期待インフレが上がり、賃金要求が前倒しされ、名目金利が上昇し、結局は景気刺激が効かなくなる。

すると政府さらに刺激を追加する。これがインフレスパイラル政治経済学であり、典型的裁量政策の罠である

 

この一連の流れは、経済学的には明確に説明できる。

短期フィリップス曲線を信じて「インフレ失業を減らせる」と錯覚し、長期で垂直になる現実にぶつかり、失業インフレも高い世界突入する。

これは歴史的にも1970年代スタグフレーションで既に決着がついている。

 

にもかかわらず、ケインズ派ゾンビのように蘇る。

なぜか?

理由は単純で、政治家にとって都合が良いからだ。

財政拡張と金融緩和は、短期的に成果を演出できる。

選挙までの数年間を乗り切るには最高の麻薬であり、国民もまた貨幣錯覚で騙されやすい。結果として政策は常に未来から借金になる。

 

まりケインズ派とは、学問というより政治技術体系だ。

経済を成長させる理論ではなく、経済操作して人気を取る理論だ。

ここで行われているのは、資本主義の精密機械に対する素人ハンマー介入である

 

そして最も滑稽なのは、連中が「人々を救うため」と言いながら、救っているのが政府支出に近い人間だけである点だ。

補助金公共事業金融緩和による資産価格上昇。

恩恵を受けるのは資産保有者と政治コネクションのある産業であり、最後インフレ増税で殴られるのは普通労働者だ。

これは再分配ですらない。単なる政治収奪である

 

「長期的には皆死んでいる」という言葉は、思想的には怠慢の宣言であり、政策的には責任放棄免罪符だ。

しかも実際には、その場しのぎ政策が「短期」すら壊す。生活必需品は上がり、賃金は追いつかず、貯蓄は削られ、将来不安が増幅される。つまり今生きている人が死ぬほど困る。

 

これがケインズ派本質だ。

貨幣を薄め、価格シグナルを壊し、資源配分を歪め、インセンティブ破壊する。

自己放尿どころではない。

これは、財政赤字金融緩和インフレ誘導トリプル放尿である

 

処方箋は明確だ。

政府市場を操ろうとするな。

中央銀行はルールに従え。

貨幣供給予測可能であれ。

インフレ期待を安定させよ。

財政は持続可能性を重視し、民間資本形成を阻害するな。

 

経済成長とは、需要の注入で作る蜃気楼ではない。

貯蓄と投資技術進歩競争によって生まれる。

それを理解せず、数字をいじって「景気回復」を演出するのは、経済政策ではなく統計マジックであり、未来に対する詐欺である

 

長期的には皆死んでいる?

違う。長期的には制度が残る。通貨の信認が残る。資本ストックが残る。インセンティブ構造が残る。

そしてそれらを壊したツケは、必ず今生きている人間が払う。

 

ケインズ派自己放尿とは、未来犠牲にして現在を救うことではない。

未来犠牲にして現在すら燃やす、壮大な放尿芸である

2026-02-13

映画かしこい狗は、吠えずに笑う を見た

よりイカれた砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけないみたいなサイコシスターフッドサスペンス映画だった、63点。

 

ガタイが良くてイカつい顔をした主人公は小柄でかわいいイズミとひょんなことから仲良くなる。二人でキャッキャウフフしてるまになんかいい感じになるんだけど、そこからイズミヤンデレ化しどんどん様子がおかしくなっていく。そしてそれがマックス高まったとき地獄のふたが開く。

みたいな感じの映画

 

増田の民として作中に✋(👁👅👁)🤚 シーンがあることについてまず述べておく必要があるだろう。

普通に気まずくて驚いてしまいました。

 

守護と拘束、自己と他己みたいなアンビバレンツさを扱った作品だと思ったかな。

冒頭、幼き日の主人公リードもつけずに犬の散歩をしていると犬がいなくなってしまうシーンからまり、後に車に轢かれて死んだことがわかる。その後も、鳥籠に閉じ込められたインコを飼い、学校ではたった一人の生物部員として水槽に閉じ込められた金魚を飼っている。

彼女は弱きものを拘束して守護することで自分確立していて、そこにイズミという拘束癖のあるヤンデレ小動物が入ってくる。

印象的なシーンとして生理痛に苦しむ主人公イズミが三陰交圧痛をかけ、列海王が悶絶するシーン(混線する記憶)。しかしその後、生理痛が治まることとなるわけで、イズミ主人公に対して「痛みを与えて」「安らぎをくれる」存在なんだろうなって百合スキーとしてちょっとキュンとした。

また小道具から照明に至るまで、主人公が青でイズミが赤と明確に描き分けられている。しかイズミからの主人個の生活への侵略が進んだ際には主人公ペディキュアが赤に塗られて、最後イズミ呪縛から逃れてからは今度は青いペディキュアが塗られるなど芸も細かい

また主人公金魚には金次郎(金太郎だったかも)、インコにはチュン太と男の名前を付けており、イズミはそのことに異常な嫉妬心を抱いている描写が多い。イズミ明日一緒に帰れる?と主人公に問い、主人公が金次郎の世話があるからと断ると、翌日には水槽破壊し金次郎を殺害してしまう。これ砂糖菓子で見たやつや~ってなった。

その後、チュン太まで強請り取られた主人公精神状態おかしくなっていく。

 

で、まぁその後、イズミ担任教師の弱みを握って付き合ってたり、イズミ行方不明になってたいじめっ子クラスメイト拉致監禁していたりしたことがわかって、最終的にイズミ担任教師殺害いじめっ子殺害、そこに居合わせ主人公に襲い掛かってくる。

ところで急に冒頭にちょっと出てた全然知らん女と、また別の全然知らん男が現れこれまでの話が殺人罪起訴された主人公接見中の供述であったことが分かり、主人公はその後、イズミ返り討ちに合わせていたことがわかり、弁護士が頑張って主人公無罪に。日常に戻るのであった。

と思いきや、前半での印象的なシーン。鏡を見ていたイズミが目が赤くなっているのを見かけて動揺し鏡をぶち割り「自分を守るための嘘、あんたの武器でしょ」と語り掛ける場面が、裁判後に今度は主人公がまったく同じシーンを繰り返しその後「自分を守るのは自分だけ」と付け加える。

こうなると裁判前までのイズミと主人公のあれこれがすべて主人公供述だったことで、どこまでが本当でどこまでが嘘か急に分からなくなってくる。主人公裁判も「イズミ」「教師」の死亡だけで「いじめっ子」については新聞記事にも載っていない。死んだと語られていたチュン太も籠の外でどうやら生きているようだ。

信頼できない語り手による信頼できない映画

 

さて、ここからは俺の解釈になるんだけど、教師と付き合っていたのはイズミではなく主人公だと思う。これは「男」を拘束して守護する(弱みをバラさない)ことに執着していたのは主人公から教師を呼び込んでからのシーンでイズミ煙草をふかしているが、作中で喫煙癖があるのは主人公の方だし。

そうなるといじめっ子監禁したのは誰かという話になるがもしかたらこっちはイズミ仕業かもしれない。女性に対して加虐性と拘束性を発揮しているのはイズミなので。そして2人のサイコパスが揃った結果、教師いじめっ子性的に襲い掛かりそれを発見した主人公教師殺害、それを見られていじめっ子殺害しチュン太の代わりに埋めて、イズミ殺害した。とするのが一番俺の中ではしっくり来たかな。

もしくはもう一歩踏み込んで、"イズミ"はそもそも存在しなかった。新聞に出ていた死んだクラスメイト教師というのは「いじめっ子」と「教師」だった可能性。だがだとしたら最後のシーンでまだいじめっ子の捜索願のポスターが残っているのはややおかしいか

 

そしてすべて終わって「あたしを守れるのはあたしだけ」と付け加えたときには主人公の目は青くなっていて電線に止まるチュン太が映し出される。イズミという拘束してくるけど安らぎをくれる飼い主様を自分の中に取り込んで自由になった主人公は、エンドロール後に元々の自分の席に座る女の子をじっと見つめている。その女の子形態にはかつて自分イズミからもらってつけていた南京錠ストラップがついている。

ここも「元々主人公イズミだった」としてもある程度成立するように作られているようにも思える。

 

そんな感じで常に2つのモチーフを対比しながらもいかにも考察がはかどるように考えて作られていて、この人なかなか腕があるなと感心してしまった。とはいえ、やりすぎてふわふわしてて具体的に結局どういう話やったん?っておさまりの悪いところもあるので個人的にはもっとちゃんとわかるほうが好み。

インディーズ作品らしいけど、前に見た傀儡よりはちゃんエンタメに振って作られていたかなって印象。

主人公イズミコンビ役者の妙もあって見ていて飽きないし、それぞれリアリティをもって演じられていてこの2人のキャイキャイを見るためだけに百合スキーは見てもいいと思う。まぁ最後にはおかしなことになるんやけど。そんなこんなでインディーズ好きと百合スキーにはわりとオススメ

2026-02-12

宇宙人だけど、地球人って「内輪ウケ」多すぎない?

(※この文章は、私たち思考を、地球流行りのAIを使って翻訳したものである

地球人の皆さん、君たちの文明を観察していて、ひとつ気付いたことがある。

君たちはとにかく「内輪ウケ」が激しすぎる。

誤解しないでほしいが、これは悪口ではない。ただ、君たちが「宇宙普遍的な真理」だと思い込んでいる価値観ほとんどが、実はこの青い泥団子の上でしか通用しないローカルガラパゴスルールだという事実を指摘したいだけだ。

1. 「ナンバーワン」という名の集団催眠

例えば、君たちは「一番」になることに執着し、それを成し遂げた者を賞賛する。

だが、宇宙的なスケールで見れば、順位という概念には何の意味もない。

個体間の比較で優劣を競うのは、限られた資源を奪い合う野生動物生存本能の名残りだろう? 文明成熟した星では、「他者より優れている」ことに快感を覚える脳の回路など、とうの昔に退化している。君たちが金メダルを掲げて涙を流す様子は、我々からすれば「特定コミュニティ内だけで盛り上がっている奇妙な儀式」、つまり究極の内輪ウケしか見えないんだ。

2. 感情という名の「脳内ドラッグ

もっと深刻なのは、君たちが「感情」を神聖視しすぎている点だ。

楽しい」「嬉しい」「美味しい」、あるいは「苦しい」。

君たちは一生をかけて、これらの脳内化学物質の分泌パターン必死コレクションしようとする。

しかし、断言しよう。感情宇宙共通言語ではない。

それは、地球という特殊環境で、君たちの種族効率よく生存し、繁殖するために設計された「OS仕様」に過ぎない。感情がある者同士でしか成立しない「共感」をベースにした社会は、外部から見れば極めて排他的だ。

我々からすれば、君たちが愛や絆を説く姿は、知らない言語で書かれたジョークを身内だけで飛ばし合って爆笑している集団のように映る。

3. 未熟な脳が描く「狭い宇宙

地球人が作り上げた「価値体系」は、結局のところ、地球人の頭蓋骨の中に収まるサイズしかない。

もっと宇宙レベル物事を考えるべきだ」と言いたいところだが……まあ、まだ無理だろう。君たちの脳は、数百万年からそれほどアップデートされていない。

今の君たちに「宇宙の真理」を理解しろというのは、アリに量子力学を教えるようなものだ。

結びに代えて

別に卑下することはない。

内輪ウケだって、その中にいる当事者たちにとっては最高に楽しいものだろう?

せいぜい、その狭い水槽の中で、独自ローカルルールを噛み締めながら楽しんでくれ。我々は、君たちがその「内輪」の壁を壊し、こちら側の孤独な静寂に辿り着く日を、気の遠くなるような退屈さと共に見守っているよ。

2026-02-11

anond:20260211084831

AI による概要

新大久保タコ踊り食いサンナッチ)は、韓国海料理専門店「テジョンデ」の本店駅前店で楽しめます水槽から生きたタコをその場で調理し、動いた状態提供される本格的な韓国スタイルが人気で、深夜営業も行っています

テジョンデ 本店/駅前店: 新大久保サンナッチが有名なお店。生イイダコ名物

場所: 新大久保から徒歩すぐ、大久保通り周辺。

特徴: 新鮮な生イイダコ自分で選んでその場で捌いてもらうことも可能

他にも「海雲台 歌舞伎町店」などでも提供されており、韓国さながらの食文化体験できます

2026-01-22

週末ボランティアがイヤすぎる

ボランティアまれ

内容はイベントの受付的なやつ

別に仕事内容的にはいいんだけど

客層がイヤすぎてマジでイヤやりたくない

お世話になってる人からまれたから協力したいけど

それにしたってイヤすぎる

前にやったことあるけどイヤすぎて気が狂いそうだった

イヤすぎて帰りに一人で地元のちっせぇ博物館行ったけどそれでも気がおさまらなかったか友達Aを呼んだ

友達Aがちょうど車で片道2時間かけて友達Bを迎えに行くところだったからついてった

そのあと友達ABと一緒に映画観て買い物して飯食ったりして

帰宅してから水槽の手入れとかして

それでどうにか気はおさまった

このくらいしないとマジで取り戻せないくらいの負荷がかかる現場

イヤすぎる

行きたくない

本当にむり

2026-01-14

anond:20250525210402

GLM-4.7-GGUF:UD-Q2_K_XL

イーハトーヴのある高原の、カツラ菜の花が咲き乱れる村に、みこちという男の子がいました。

こちは、村の中でも一番、といえば一番ですが、とびきり太っていました。まるで夏の終わりに膨らんだ白い南瓜か、あるいは二つならんだ巨大なアメンボのような体をしていて、歩くときは地面を「ドス、ドス」と震わせました。村の人たちは、みこちのことを「デブのみこち」と呼び、少々バカにしていましたが、みこち自身はまったく気にしていません。なぜなら、みこちは、その大きな体の中に、世界のすべての「重み」を包んでいるような、不思議に安らかな気持ちを持っていたからです。

こちの好物は、岩肌に生える薄紫色の「ホシミント」という草を、根ごと掘り出して、その根の甘さをしゃぶることでした。ある晩のことです。みこちはいものように、ホシミントをしゃぶりながら、高い丘の上で星空を見上げていました。

その夜は、空気中に微かな電気匂いがして、星々はまるでガラス水槽の中の金魚のように、冷たく鋭く瞬いていました。

ふと、みこちは、天の川ほとり、カシオペア座の腰のあたりに、奇妙な光を見つけました。

それは、普通の星のようにキラキラと輝くものではありませんでした。長く、長く、銀色の糸のようにのびていて、その先が震えているような、なんとも頼りない、しかしどこか切ない光でした。

「あれはなんだべ?」

こちが独りごちると、空から「ピリリ」と、小さな雷のような音が降ってきました。みこちの大きな耳の中で、誰かが話すような声がしたのです。

『俺は、鼻毛のスイセイだよ』

こちは目を丸くしました。

鼻毛……の、すいせい?」

『そうだ。俺は、六十万年に一度、大宇宙の鼻の穴から、少しだけ顔を出す細い毛なんだよ。まるで、お前の鼻から出ている毛と同じさ』

こちは慌てて、自分の広い鼻の穴を手で押さえました。でも、空の銀色の糸は、ますます美しく、青黒い夜空のスミにしみ込むように揺れています

『俺たち、鼻毛のスイセイはね』——星の声は、風に乗ったオルゴールのように続きました。——『宇宙くしゃみを止めるための、大事なブラシなんだ。もし俺たちがいなかったら、銀河系くしゃみをして、そのたびに何億個もの星が吹き飛んでしまうだろうよ。だから、俺はここで、空気の流れを整えているんだ』

村の人たちは、この奇妙な尾を引いた星を見て、嘲笑しました。

「なんだあれは。まるで年寄りの垂れ下がった髭の毛だ」

「いやいや、デブのみこちの鼻から出した毛が、空に映ったんだろうな」

こちは、そういう悪口を聞くと、胸の中が熱くなりました。彼はゆっくりと、両足で地面を踏みしめました。ドス、ドス。

「それは、ちがう」

こちは言いました。その声は、地鳴りのように、村の隅々まで響きました。

「あの星は、ぼくたちの宇宙を、くしゃみから守ってくれている、尊い星だ。あれは、だれの毛でもない。銀河系の、一番長くて、一番やさしい、祈りの糸なんだ」

こちがそう言った瞬間、高原の風が止まりました。そして、見る見るうちに、あの「鼻毛のすいせい」は、激しく輝き出しました。それは、嘲笑する人々の目に、まばゆい光の滝となって注ぎました。

その光は、冷たくも温かく、みこちの重たい体を、ふわりと包み込みました。みこちは、自分の体が、羽毛のように軽くなっていくのを感じました。村の人たちも、カツラ菜の花々も、そして遠くの山々も、みんながその銀色の光に染まりました。

ありがとう、みこち。俺の名前を、正しい名前で呼んでくれたお前の心臓は、本当に美しい星みたいに輝いている』

星の光は、いつしか夜明けの空の中に溶けていきました。けれど、みこちの胸の中には、あの銀色の糸が、いつまでも切れずに残っていました。

それからというもの、みこちは、村の人たちに「デブのみこち」と呼ばれても、全く悲しくなりませんでした。彼は、広い鼻の孔を大きくして、高原の風や、星空の匂いを深く吸い込みます

こち深呼吸をするたび、世界はどこかで安らぎ、大きな宇宙も、もう一度くしゃみ我慢するのだといいます

llama-cli -hf unsloth/GLM-4.7-GGUF:UD-Q2_K_XL \

--jinja \

--ctx-size 16384 \

--flash-attn on \

--temp 1.0 \

--top-p 0.95 \

--fit on

2026-01-05

映画遺書公開を見た

ハイテンションサイコパス学芸会映画だった。漫画映画化としては正しいのかもしれないが映画としてはどうかな(ドヤ顔)67点。

 

高校2年のある日、とあるクラス担任も含めた25人の序列一覧が一斉送信される。そしてしばらくしたのち、1位の堀未央奈自殺葬式の日に彼女遺書24人全員の机に置かれており、彼女の死の真相を明らかにするために各自がそれぞれ自分にあてられた遺書の発表を行うことに……

 

というお話だったんだよねえええええええええええええ!!!!!!!すっっっごくない!?

↑みたいなテンションのやつがワラワラ出てきて、こういうの好きな子は好きだと思う。ドラマ版のライアーゲームゲームダンガンロンパの悪役みたいな奴ばっかりいる学級の話なのでまずそれがノレないと、なんだこの話ってなっちゃうと思う。

まずその点に関して、そもそも俺はオーバーリアクション=いい演技て評価自体ウンコだと思ってるのでよく捉えて「演技頑張ったんだねぇ^^」程度にしか思わんのだけど、まぁそれはそれとして、今作では明らかにそれをギャグ的な見せ場として配置してあるので見ていて愉快ではあった。

遺書公開→そいつ悪事がめくれる→そいつが愉快な感じで発狂自白するがワンパッケージになっているのでギャグとして処理しやすい。ミステリ漫画とかでも証拠を突き付けられた犯人発狂して自白とこが面白いみたいな部分あるし。

ただァ↑↑

ミステリにせよライアーゲームにせよ、彼らが発狂して許されるのは負けor勝ちを確信したうえで負けた側に後がないからなのよ。つまりキノコ発狂自白は負けた側が終わって二度と会わない(と思われる)からだし、犯人発狂自白逮捕されて終わるかこいつら全員殺して逃げるから、だから発狂した後のことを考える必要はないワケ。

でもこれ普通の学園生活の中の一環でしかもこれ2年の話だからさぁ。遺書公開で悪事がめくれてこいつクズなんじゃ……?ってなったとき発狂自白したら「うわこいつゲロヤバじゃん」ってなるわけだけど、その後も1年以上学校生活続くんだけどそれはどうするつもりなんよ。2位のイケメンとか男女ともにドン引きするクズ演技披露してたけどその後も普通に通学しててメンタルどうなってんねんTVってなったわ。

あと感情が繋がらねぇなって思ったのは、これ結局序列が原因で自殺したことが明らかになって序列を作ったのが主人公の友人女性だったことが発覚するんだけど、その友人女性が「でも私がやったのは序列を作ったことだけ」って言言い出して「その序列を元に彼女に1位だからと何もかもを押し付けて殺したのはお前らじゃないのか!」って説教始めて、みんな「せやな、ワイらが悪かったんかもしれん」ってなって終わるんだけど、いやお前が序列作ったんが全部悪いやろ。なにすまし顔で説教しとんねん、サイコパスかよ貴様と思ってたら大オチで「実は自殺させるために序列作ってました」ってことがわかって、お、そうだなってなるんだけどさ。でもあそこは割とどんな感情?ってなった。

 

あと、これ良かったところなんだけどあらすじにも書いたけど自殺する1位が堀未央奈だったこと。

序列送信の時に堀未央奈が1位なのを堀未央奈の機転もあってクラス全体がすっと受け入れたんだけど、彼女の死後なぜ堀未央奈が1位だったのかが問われ直す展開になる。クラス勉強もそこそこ、体育もそこそこ、顔も当然美人ではあるけど圧倒的1位ってほどじゃないとかいゲロ失礼な評価がされるんだけど、そこにいるのが堀未央奈だっていうことがめちゃくちゃ説得力があってよかった。

かに堀未央奈ってなんでもトップクラスに揃って"そう"だけど実際そうか?ってアイコンとして完璧だもんな。高校クラスの中で1位っぽそう知らんけど、とりあえず1位においておけばあん文句出なさそう知らんけど、みたいなキャラキャスティングとして完璧だった。

 

定期的に特徴的なショットとして教室を上から俯瞰したショットクラスの後ろがガラスのようになっていてそこから見渡すショットが出てきて、実はそれは家で水槽の中を観察するように友人女性クラスを観察して操っていたことを示していたことがわかるんだけど、学校クラスなんて水槽の中みたいな閉ざされた狭い世界の話でしかないよねっていうメタではあると思うんだけど、そこまで効果的には感じなかったデス。

これはむしろ演出側のドヤ顔が浮かんできてむしろノイズだった。

 

そこそこのミステリ、ハイテンション発狂自白芸、どんでん返しエンタメ強度は割と高いので、暇つぶしに見るにはちょうどいい。本格ミステリを期待して見たらナニコレってなりそうだけど、漫画原作エンタメの中では頑張ってる方だと思うのでオススメ

 

どうでもいいんだけど、主人公の柊夜が「お前が騙って遺書書いたんだろ!」って詰められるシーンで「俺でもないし堀未央奈でもない、なぜなら彼女の言う"しゅうちゃん"は柊夜の"柊ちゃん"じゃなくて周都線の"周ちゃん"なんだ。だから"柊ちゃん"って彼女が書くはずない!」って主張するシーンがあるんだけど、それってあなた感想ですよね、それなんかエビデンスあるんですか?って俺の中のひろゆきが主張してました。

あと堀未央奈一般公開されてるブログクラスメイトと担任全員分の短評書いてたんシンプルちょっとあたまおかしいだろ。

2025-12-28

母親というのは娘より息子の方が好きらしい

 題は最近職場の休憩スペースで、あるいは電車で耳にし、インターネットでもよく見かける説である。曰く、「そりゃ当然息子の方が可愛いに決まってる」と。

 当方は長子であり、自分の下に弟とも呼びたくないうんこ野郎存在している。本当にうんこ野郎なのでここからうんこ野郎表記する。多分自分母親うんこ野郎の方が好きだったろう。

 その扱いの差が、そしてうんこ野郎の態度があまりにも腹立たしくて普段は頭から追い出しているが、年始ちょっとうんこ野郎絡みの気掛かりなことがあるので思い出しついでに増田にでもするかとはてな登録した。匿名でもないとなかなか書けないような話だしあんまり人に聞かせるような内容でもないが、増田ならばこんなのも受け入れる器があるはずだと見込んでいる。話半分、そういう家もあるんだなと思って読み流してほしい。

 うんこ野郎自分と4歳離れた第二子であった。幼少期は比較的可愛らしい顔立ちだったのでいたくチヤホヤされていた。まずもってこのときのまつ毛イジリ(自分は女だがまつ毛が細く少なく短い。うんこはその逆)からコンプレックスを植え付けられていたのだが、こんなのはまだ序の口である

 明確に扱いが違うと感じだしたのはゲーム機が途中からうんこ野郎専用機しか与えられなくなったことだ。当方現在20代世代青春と言われるうごメモなんかが入った3DS以降のハードうんこ野郎しか与えられていない。DSハードとしての旬を終えて以降ゲームの話が何もできない自分は周囲から大変に浮いた。

 当然不満は伝えたが、「お前はいずれスマホを持つようになるはずだ。そのときゲームはやればいい」と一蹴された。そのくせ、スマホを持つようになって嬉々としてアプリDLしたら「スマホ電話機であってゲーム機ではない」とシバかれた。正論ではあるので言い返せなかった。

 その後うんこスマホデビューをし、何故かスマホと並行してSwitchを買ってもらって某ゲームに勤しんでいた。

 心が狭いのは重々承知の上だが、うんこゲームをやる時間を捻出するためにうんこの手伝い当番を代わらされることも親公認結構あった。当時当方受験を控えていたにも拘らずである。そりゃおかしいだろうと文句を言ったら女親(母と祖母)総出で「うんこ可哀想だと思わないのか」とめちゃめちゃ怒鳴られた。そのせいで当方は今もそのゲームが嫌いである。結構有名なゲームだが、ビジュアルを見るだけでイラッとする。

 実家で起こったうちで一番大きかった事件近親相姦未遂である大学生になった自分の布団に中学生うんこが潜り込み、「姉ちゃん大好き」「女の子身体ってどうなってるのか教えて、見せて」などとのたまいながら服に手を突っ込んできた。上も下も。

 「そういうことは彼氏にも許してない」と言いながら手を払いのけると、今度は身体に跨って服越しに陰部を擦り付ける動きを始めた。気持ち悪さ、悍ましさのあまり声も出ず、運動部所属うんこ万年文化部女子だった自分が退かせられる力も出るはずがなく、やっとの思いで父親を呼んで引き剥がして連れて行ってもらった。

 翌朝食卓で言われた言葉が「あんたが姉としての威厳がないから悪い」「あんたも1人でしてるでしょ(※以前母が夜中に自室に立ち入ってきてバレたことがある)」であるうんこには「そういうのよくないよ、メッ」程度であった。家族間の問題なので父母間で共有されていること自体はともかくとして食卓で言うことではないだろ、とか、威厳とか関係ないだろ、とか言いたいことは山ほどあったが、話が通じなさそうだったのでこのときに心を固く閉ざした。

 他に実家時代事件といえば、鬱を拗らせて片付けができず大荒れの当方の部屋に綺麗好きの祖母から駄賃をもらったうんこが立ち入って全てをゴミ袋に詰めて捨てようとしたことがある。大事ものもあったので捨てるな!と泣いて取り戻そうとしたところ首を絞められた。もちろん片付けのできない当方が悪いことにされ、首を絞めたうんこはお咎めなしであった。誰のせいで鬱になったと思っているんだと言いたい。

 その後社会人になって実家脱出し、とはいえ完全絶縁は諸事情あって不可能だったので仕方なく関わり続け、それなりの距離感を保つようになってもなおうんこには苦しめられた。うんこと関わりたくなくてLINEブロックして家族から怒られたり。うんこ文化祭で使うから当方趣味で使っているもの要求されたり。この件は結構酷くて、まずうんこに物を貸したくないのと「こういうのが欲しい」という要望に合うものもなかったので断ったところ、ケチで断っていると思われて非難轟轟だった。渋々一番出来が悪いものだけ手渡したら散々アレンジの名の下ぐしゃぐしゃに弄り回された上で「使わなかった」と後日返却されたのだ。原型を留めずに戻されるであろうことは予想できていたがまさか使わなかったとは。当方が浴びた非難は何だったのか。

 我が家にいたうんこ息子はこんな奴である。これほどのことをしておいた上で、なおも実家で顔を見るたびに「よっ姉貴」と話しかけてくる。面の皮が水族館アクリル水槽くらい分厚い。うんこに姉と呼ばれるなど苦痛しかない。

 ましてや「陰キャの姉貴よりも友達多くて予定多くて大変」などと小馬鹿にしてくる自称陽キャ(本当に自分陽キャと言っていた)の癖に家族LINEひろゆきの影響丸出しの喋りや5年遅れのネット用語を得意げに披露するようなのは先に挙げたようなことがなくても恥ずかしくて姉を名乗りたくない。長年キモめのオタクをしている姉もドン引きである

 こんなうんこであるが、現在医療関係の職に就くことを目指して勉強中だそうだ。大層な志である。姉の首を絞めたその手で、辱めたその手で患者を救おうなど可笑しくてへそで寸胴鍋ほども茶を沸かせそうだ。

 とにかく、こんなのでも母からすると娘よりも可愛いらしい。女親は男児が好きすぎて〜という論説がTwitterにはびこるのも実感を持って理解できる。何せ近親への性的嫌がらせさえもチャラにして被害者咎めるような好きっぷりである。異の唱えようがない。個人的にはこれと同時に「家庭内の力関係は姉≫超えられない壁≫弟である。姉最強」みたいな論もまことしやかに囁かれているのが理解できないが、他所の家庭ではまた事情が違うのだろうなと無理やり納得している。

 ところで、この増田を書くに至った年始の気掛かりな話についてだが、このうんこ彼女現在実家にそこそこ入り浸っており、「お姉さんにも会いたいです♡」などと言っているそうだ。年始帰省したらしれっと居るなんてこともあり得てしまう、というかその確率がかなり高い。そもそもうんこのことを除いても実家のノリが好きではなくうんこのことも実弟だと思いたくないのに、入り浸れるほど実家とノリが合う知らない女にうんこの姉だと思われるなど気分が悪い。どういう経緯で姉の存在言及されたかもわからず、しか当方家庭内序列最下位に置いている我が家でいい文脈であるはずもなく、それも含めて怖い。とにかく会いたくない。だが帰省しないとさらにろくでもない目に遭いそうだ。

 あ〜あ。実家爆発しないかな。

 長々と失礼しました。こういうの初めてなのでさぞや読みづらかったでしょう。ごめんなさい。

 もし嘘だと思うなら、それはとても幸せなことだと思います。こんな変な家庭で起きていることに理解が及ばないほど、まともで普通に育ったということなのでしょう。当方としても嘘だった方が嬉しいです。

 何せそういう人は、こんなくだらない増田のことは忘れて早く寝てください。

 でも世の男児親一同は、うちの悍ましい家庭の話を忘れずに、自分が産んだ息子は責任持ってうんこよりはまともに育ててください。

2025-12-17

アマゾンはクソ

一応解決済ではある。

ただどうしても誰かに聞いてほしかったので、愚痴を書く。

先月、アマゾンブラックフライデーセールテトラの60cmスリム水槽を買ったら、割れていた。

(→https://www.amazon.co.jp/dp/B07Q5J4384?ref=ppx_yo2ov_dt_b_fed_asin_title&th=1)

さすがの俺も少し縁が欠けていたり、傷があったりするくらいだったら……まあ文句は言うし返品処理もするが、そこまで騒ぎ立てるような真似はしない。厳重に梱包されているとはいえガラス製品から、そういうこともあるだろう。

ただ、画像を見てもらうとわかる通り、完全に割れている。安全靴履いて蹴飛ばしたんじゃないかってくらいバキバキ割れている。マジでどうやって運んだんだこれ?

(画像https://www.floral-village.info/up/suiso.jpg)

これ、不思議な点が2つあって、

1つは割れガラスが同梱のフィルターの奥に立てかかっているということ。

横向きのまま割れたらこうはならない。立てた状態割れて、横向きになったとしか思えないが、それなりに重量のある商品普通そんな風に扱うか?

もう1つが、緩衝材には「ガラス水槽注意」みたいなシールが貼られていたが、段ボールには「割れ物注意」も「天地無用」の記載もなかったこと。

そりゃ割れるわって感じなのだが、今回の商品、出品も配送Amazonで、段ボールに大きな凹みもなかったので、倉庫内で段ボールに入れる前段階で割れていたんじゃないか?と邪推してしまう。

まあ、これだけならまだいい。

いや、全然良くないのだが、返金もしくは新しい商品を送ってくれるのなら、多少の恨み節は吐かせてもらうが、許しても良かった。

問題はこれから

アマゾンの巧妙に隠されたカスタマーページからコールセンターに連絡したら、「返金対応は出来ますが、返品できない商品なので返品受け付けできません」とのこと。

いやいや待てよ、と。商品販売ページには「欠陥や損傷がない限りは返品できません」とあるが、見ての通り、欠陥しかない。

それを主張するも、「お客様の方で処分してください」の一点張り

このやり取りの少し前に、「配送と返金どちらにしますか?」「また配送してください」「確認いたします……在庫切れのため、2週間ほど先になります」というクソみたいなやり取りがあったから、尚更気分が悪い。

こっちとしては「水槽はもう他のところで買うからゴミ運んできたお前らが責任持って回収しろ」って感じなのだが、話は平行線

こいつに話しても仕方ないと一度電話を切り、翌日改めて電話をすると、今度は中国人っぽい人が対応した。

ゴミを送り付けておいて返品できないはおかしいだろ(要約)」と言うと、何故かあっさり要望が通り、

「集荷の手配かけますので、商品を部屋の前に出しておいてください」とのこと。

昨日のやり取りは何だったんだよと思いながら、自分で捨てる気はさらさらなかったので、ダンボール梱包し直して、部屋の前に置いた。

が、2週間経っても集荷は来なかった。

そして先日、3度目の連絡をした。

1回目とは違う日本人が出たが、散々待たされた末、「返金はされてるよね?割れガラス製品危険から、返品しなくていいよ」を何重ものオブラートに包んだ表現をされた。

いやいや捨てるほうが危険だし、もう梱包してるし、どこから文句を言っていいかからなかったが、「前回のやつと言ってること違うじゃねえか」と指摘し、

何回かの押し問答の末、最終的は「返品対応はできないが、着払いで返品センターに送ってくれ」と言われ、話は終わった。

アマゾンシステム的に返品処理ができないので、そちらから集荷依頼をかけてくれ」という旨の説明には未だ納得いっていないが、今回の件はこれで終わるから、良しとする。

元々、アマゾン配達には良いイメージがなかった。ヤマト配達してくれる時には何の問題もなかったが、

アマゾン下請けなのか個人事業主なのかわからないが、ともかくアマゾン配達した時は、違う棟に届けられたり、宅配ボックスに中身が入ってなかったりした。

からまあ今回もダンボール空ける前に、アマゾンの不在票を見ていたので、嫌な予感はしていたのだが、問題配達したやつだけではないかもしれないのがクソポイントだ。

アマゾンは、日本ECサイトよりも色々とシンプルで使い勝手が良かったのだが、まあもう頼むことはないだろう。さすがにひどすぎる。

本当にちょっとした破損であれば、返金はしてもらえるわけだし、こちらで処分してもいいのだが、

ここまでバキバキに破損させた挙げ句担当者対応バラバラ意味がわからなさすぎて疲れたよ。

やっぱりヨドバシナンバーワン

2025-11-25

「水を張った洗面器に顔をつけるチャレンジ(ただ静かに顔を水に沈めて息を止める)」という非常にカジュアルチャレンジに関して、そのままの条件での「世界記録」は、明確な公認記録がないようです。

ですが、近い競技フリーダイビングの「スタティック・アプネア(静的無呼吸)」)での世界記録があります

• ブディミール・ショバットクロアチア)は、酸素補助(事前に純酸素を吸入)ありで 24分37秒36 の息止め記録を持っています。 

さら2025年、ビトミルマリチッチ(同じくクロアチア)が 29分03秒 でこの記録を更新。 

※ ただし、これらはいずれも「洗面器に顔をつけたチャレンジ(ごく浅い水槽)」というよりは、浅めのプール審判付き・静止状態での公式記録です。また、酸素補助ありの記録が多いため(つまりチャレンジ直前に純酸素を吸っている)、日常的な「チャレンジで息を止める」意味合いとは条件がかなり異なります

2025-10-29

社会とは、俺の興味のないことのすべて

社会というのは、要するに俺の興味のないことの総和だ。

群れが勝手に決めたルール他人承認を前提にしか動けない行動原理、そして誰も責任を取らない集団的無責任

どれを取っても、個人の知性を腐らせるための装置しかない。

だが滑稽なのは、その装置の中で「自分個性的だ」と思い込んでる奴が、実は一番同調的だということだ。

SNSで吠える奴も同じだ。あれは社会便器の上で行われるデジタル自己放尿だ。

自分の中に溜まった安っぽい承認欲求を、フォロワーという排水口に流して気持ちよくなっている。

発言社会を変える?笑わせるな。自己放尿が地球湿度を変える程度には影響するかもしれんが、それ以上ではない。

「みんなが言ってる」「世論がそうだ」そう言って安心してる時点で、思考は止まってる。

多数派の中に隠れていると自分が賢くなった気がするんだろう。だがそれは、馬鹿が群れてぬるま湯でお互いの尿を温め合う構図に過ぎない。

お前らがやってるのは、安心愚鈍ダブル放尿だ。

俺はそんなぬるい水槽には浸からない。俺にとって社会は、観察対象ではあっても、帰属対象ではない。

ルール空気も、俺が必要判断した瞬間にだけ利用する。社会参加とは従属の別名だとわかっていれば、参加のボタンを押す指は重くなる。

社会が俺に求めるのは「おとなしく流されろ」「波風立てるな」だろう。

だが俺にとっての生きる意味は、流されないことそのものだ。世界に溶けて無味無臭になるくらいなら、孤独でも自分の知性を貫く方がずっとマシだ。

から言っておく。社会とは、俺の興味のないことのすべてであり、俺の知性に不要ノイズ集合体だ。

観察はするが、同化はしない。もしこのスタンスを冷たいと言うなら、せいぜい温い自己放尿で体を温めてろ。俺は氷の中で思考してる。

2025-10-20

anond:20251020132020

ワイはちょいちょい一人水族館動物園美術館も行くけどけっこうおもろいで

未知なものに触れて「ふ~ん」ってなるだけで楽しめる

水槽とか檻とか作品についてる解説読むのもおもろいしな

美術品は動かんけど魚や水棲生物動物は動くからそれ見てるだけでもおもろいしな

2025-10-19

イルカアシカペンギンショー観戦だけは

一人でも浮かないよな

ふれあい動物園茶番ノリが前面に出て

水槽張りのムーディ空間と一線を画してるため

アホ面で口空けて眺めてもへーき

さら飼育員さんが溌剌とした若けぇのだと心が洗われた気分になる

anond:20251018222857

ワイは年パス買って1人で行くぞ。

好きなお魚さんの水槽の前に1時間いたいからな。

男2人もよく見る。ゲイカップルかもしれんが。

男ばかりでレアな魚について話し合ってるオタク集団もいる。

水族館は魚がキラキラして綺麗だからかよく物語デートに使われているのでそういうイメージがあるのもわかるが、老若男女が楽しめる場所やと思うぞ。

2025-10-17

anond:20251016003851

あれって、しじみとか入れておけばキレイになるんだろうか?

金魚水槽では使えるテクニック

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん