はてなキーワード: 隕石とは
dorawiiより
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ちょっと前に書かれてた「話し合いで黙ってしまう人と話す方法」って投稿について思うところがあるので書かせてくれ
うちの嫁と自分が言い争いになると、時として嫁が黙ってしまう。
質問しても返事がひとこと来るまで20分とか30分かかるんだ。
普段は沢山話すんだかが、ケンカっぽくなるとそうなることがある。何度か何故黙るのかと訊いたが、明確な答えが聞けたことはない。
(ちなみにケンカして嫁が黙ってしまわないパターンもあり、そちらの方が多い)
なぜ長く黙るのか、長年疑問だったんだが
職場の配置換えで上司にパワハラ的に詰められるようになって、その気持ちが少しわかった。
まさか自分が嫁と同じ挙動をすることになるとは思いもしなかったが、俺が返事ができなくなって黙ってしまい、会話がストップするってのを何度も(人生で初めて)経験した。
なぜ俺は「話し合いで黙ってしまう」なんてことになるかというと
上司は明らかに高学歴・高IQで、論理的思考力では全く太刀打ちできない存在である。
俺が何らかのミスをして、俺としては致し方ない事情があったとする。
上司は「その「致し方ない事情」は全く致し方なくなどない」という詰め方を、実に理論的に、スピーディーに、そして高圧的に繰り出してくる。
こちらは彼の理屈を理解するだけで精一杯だ。何とか追いついて理解したところで、彼の思考には何かが抜け落ちているような気がして腑に落ちない。確かに理屈は合ってるようにも思えるが、違う角度から見ると違う結論が見いだせるようにも思える。
そもそも彼が言った理屈も、ロジックは解るが内容的に個別事案に適合しているかどうかわからない。それを上司と同レベルでスピーディに検証する能力が自分にはない。仮に少しでも反論すると、即座にそれを封じ込める論理が素速く展開され、その反論は却下されてしまう。
そんな彼を納得させられるロジックをいま、このプレッシャーの中で考える事は不可能に思えてくる。すると結果として言葉が出なくなってしまう。言葉が出ないとさらに焦りを覚え、思考力が低下し、ますます何も言えなくなり、押し黙ってしまう。
なるほど、嫁が俺との会話で黙ってしまうのはこういう理由だったのかと、黙る俺を前にイラつく上司を見つめながら理解した。
高圧的である、って要素は俺には無いはず。しかし、スピード感の違いは同じ構図・・嫁にとって俺の思考スピードは早すぎ、また反論の答えも早すぎて、打つ手がなくなり黙ってしまっていたんだな。
こうした理由で黙ってしまった場合、例え黙らせた側に悪意や敵意がなくとも
黙った側は相手が言葉を待っているのに何も言えないため罪悪感や劣等感に襲われ、頭が混乱しストレスを感じ思考が鈍る、何も考えられなく不快感しかない……といった最悪の状態になっています。自分がそうだったから間違いない。しかもあとでゆっくり考えたらスピーディーに展開されてた理論に抜け落ちがあったりして、本人が居ないとことで怒りを募らせることも少なくない。
・相手が黙ったら一旦ロジックは捨て、とにかく相手の感情に寄り添う姿勢に切り換える。
・敢えてゆっくりと言葉を出し、間をしっかり空け、考える余裕がある話し方をする。
・プレッシャーを与えるような言い方は極力避け、言い負かそうとしていると思われないようにする。
ってところだろうか
嫁のことは好きだから、あんな最悪な気持ちには二度とさせたくない。
次に嫁が黙りそうな流れになったら絶対に同じ轍は踏まないようにする。
あと、
とりあえずクソ上司は今すぐ隕石の下敷きとかになってタヒんでください
嫁とのことをあまり書いてなかった
思考パターンやスピード、大事にしているものが違うせいで、話題によってはこちらが論理的(っぽい)話し方になり、嫁が黙ってしまう・・ってことがある感じだと思う
嫁が黙ったあとのことを書かなかったけど、結局20分とか30分待つってのを3回くらいやって、2〜3時間くらいすると話が進み始める。
話が進み始めると、自分の頭の中にできていたロジックとは別角度で嫁が考えていたことがわかってくる。それはそれで理屈として通っているわけで、お互いの考えを摺り合わせる時間になる。ゆっくり話して静かに納得し合い、4時間半くらいで終了
しかし4時間半はお互い疲れる。なるべくそうなる前に気付いて避けたいと思う。
思うに俺の「スピーディ(当社比)に論理展開してそれを元に世界を認識する」という思考のクセと嫁の思考のクセが合わない場合(合う場合も多々ある)に発生することだから、発生自体を避けるには自分の思考パターンを変える必要があるわけで、それをどう扱っていくかは今後の課題だと思っている
面罵することで無駄なエネルギーが発生してることや、黙ってしまうことについてのこちらの状況を伝えても全く理解されず、
逆にDARVO認定とかし始めそうだ
死刑執行前に東京拘置所を地震や隕石が襲って死刑囚のいる場所から外まで物理的につながって逃げる!って事例が今後できたらロマンはある。
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260110202655# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaWI3gAAKCRBwMdsubs4+ SHj0AP0ZAKDILNSAhoPEBrWumZUvjIqTkcPPnl1l9SlYWWOSbgD/fXiNnbrEzp6R 8WPJ5EjnQDnpf0yJMcfrq4Qt2g1jrQ4= =tubp -----END PGP SIGNATURE-----
俺は基本的には白石晃士が好きなんだけど嫌いになってしまいそうだ53点。
もうちょっとフェアにつけるなら前半~中盤81点。後半25点。
とあるオカルト編集者が右目が溶けて失踪。その後を継いだ赤楚と仕事を頼まれたライターの菅野美穂は編集者が調べていた資料を基に調査を開始するがどれもバラバラの映像で埒が明かないと思いきや、徐々に共通点が明らかになっていき……
というお話。
原作の小説?は増田でも議論が沸騰した話題作らしいんだけど俺は未読。140文字以上の文章は読めないんだ。勘弁してけろ。
その上で、でも確実に言えるのはこれは白石晃士の映画だろうということだ。前半から後半にかけての調査パートは白石映画のいいところが存分に出ているし、終盤の遭遇パートは白石映画のうんちっちなところというか、混ぜるべきではない白石エッセンスが出すぎている。
まず調査パートでは失踪した編集者が集めた様々な映像を2人が見ていき、たまに聞き取りに行ったり幕間で不思議現象が起きたりという「ほんとにあった!呪いのビデオ」形式で進められる。その映像も一般人が撮影したもの、テレビのバラエティ番組の一部、ニコ生配信、まんが日本昔話風のアニメ等々バラエティに富んでおり、普通に怖いもの、気付くと怖いもの、なんかよくわからんけど不気味なものと味わいも豊か。
まぁ、そういう怪奇映像の積み上げが本当に映画なのかという話もなきにしもあらずんば虎児を得ずという話もあるが白石映画の中ではそういう映像一つ一つにちゃんと金がかかっていて"ガチ"感が出ていて非常によかった。やっぱ素人投稿映像"風"でも映像の安物感って出るんだよな。今作はどれもちゃんと高級で見ていてストレスが少ない。
そしてその映像をよく見ていくとそれには共通点がありとなっていくミステリパートも見ていてワクワクさせられる。
しかーし。
その後、後半になると原因である隕石を破壊するというミッションが始まり、菅野美穂が発狂して祠を物理的にぶっ壊したり、怪異?幽霊?を車で轢き飛ばしたり、隕石からウゾウゾしたCG丸出しの目玉の大群がとびかかってきたり、大ボスがもう顔面触手まみれやwwwみたいなCGだったり、あ~ぁ白石映画始まったよという感じになってしまう。
俺は白石映画が嫌いではない。ほぼ全作品見てるし、カルトはマイベストホラー映画10作答えるまで帰れま10をやったら確実に入るくらいには見てる。あれもウゾウゾした目玉みたいな奴とか触手とか出てくるけど別にそれはそれでいい。でもこの作品にそれ入れるのは違うやん。
映画的なダイナミズムが必要という判断かもしれんけど、バカみたいな「どう見ても作りもので~すwww」っていうバカギミックで落とすタイプの作品じゃないだろコレ。原作読んでないから知らんけど、もっとじわっと怖い、不気味に怖い、終わった後なんかモヤモヤする!って感じの怖さの作品であるべきだっただろ。
ただ菅野美穂も赤楚くんも演技めっちゃ頑張っててよかったしちゃんと金かかった怪奇映像(終盤のクソCGは除く)はやっぱり見応えがあって非常によかった。ドールハウスでも思ったけど、真面目に金かけて恥ずかしがらずに真っ当にホラー映画撮ればやっぱホラーって面白いんだよ。最後に"白石映画"に逃げなければもっとよかった。
まぁアレを見に行ってる人もいるんだろうから何とも言えんけど、後半トンデモ白石映画になることをあらかじめ承知してみる分にはめちゃくちゃオススメ。特に謎の映像いっぱい見るパートは本当に怖くて楽しい。
2026年、丙午(ひのえうま)。 60年に一度巡ってくる、強烈なエネルギーが渦巻く年だという。 年始のタイムラインを眺めれば、この「物語」を熱烈に信じる者と、それを利用してインプレッションを稼ごうとする者たちの熱気が、正月の空気を震わせている。
思い返せば、昨年の7月5日もそうだった。 ある予言が引き金となり、多くの人々が「その日、何かが起きる」という強固な物語の中にいた。物理的な備えをする者、精神的な覚醒を待つ者。特定の「日付」に意味を宿らせ、集団でその結界の中に身を置く――。実際何も起こらず、それを煽っていた者たちは、そのことについてこじつけるか知らん顔だ。
さらに、夏至、冬至、春分、秋分。あるいはライオンズゲート。 天体の運行に、科学の装いをしたスピリチュアルな解釈を接ぎ木して、人々の不安や希望の隙間に入り込み、インプレッションでいく。それは確かに、人間社会という閉じた円環の中では「有効」だ。その物語によって魂が救われる者もいれば、「貨幣」という名の、これまた強力な共同幻想が巨大な山を動かしたりもする。
正月、久しぶりに叔母と会った。 彼女の世界観は、YouTubeのレコメンドアルゴリズムによって、驚くほど美しく、かつ排他的に構築されていた。「地上波は洗脳だ」と静かに語る彼女自身もまた、スマートフォンのあるいはテレビ画面の裏側から紡ぎ出す「別の洗脳(物語)」の熱心な住人となっていた。 私たちは皆、アルゴリズムが用意した自分自身にとって心地よい「物語」の中で、そして昨今ではAIが寄り添い都合よく回答してくれることこそが真実だと信じて呼吸している。貨幣が価値を持つように、物語が信じられている間だけ、その世界は「現実」として振る舞うのだ。
しかし、ふと思う。 その「物語」は、目の前に飢えたヒグマが現れた瞬間、どれほどの効力を持つのだろうか。
あるいは、巨大な隕石が空を裂いて降り注ぐとき、その「スピリチュアルな解釈」は、物理的な衝撃を1ミリでも逸らしてくれるだろうか。
答えは、明白だ。 ヒグマの爪の前では、人間が編み上げた高尚な形而上学も、世界を統べる貨幣制度も、ただの無力なノイズに過ぎない。死と破壊という圧倒的な「物理的現実」の前では、人間同士の約束事など一瞬で霧散してしまう。物語はヒグマを説得できないし、隕石の軌道を変えることもない。
丙午のエネルギーに乗れ。考える前に動け。 巷ではそんな勇ましい言葉が踊っている。確かに、混沌とした時代を生き抜く処世術として、その波乗りは「正解」の一つだろう。野生の瞬発力が、時に論理を超えて身を助ける局面も、確かにある。
けれど、私の根底にある霊性が、静かに問いかけてくる。 人間社会における「有効性」と、宇宙という冷徹な自然における「実在性」。この二つの間にある、深くて暗いクレバス(裂け目)を、私たちはどう認識すべきなのか。
物語は、私たちを突き動かす強力な燃料にはなる。だが、それは決して、この世界全ての地図にはなり得ない。 ヒグマにも隕石にも1ミリも通用しない。しかし、人間を動かすには核兵器並みに効くこともある。それが「物語」という名の、人間史上最大のトリックだ。
私から湧き上がって止まらない霊性は、この物語の盲信を決して許してくれない。しかし、冷笑して背を向けないようそっと手を伸ばし引っ張ってくる。
誤解のないように書いておく。
(念のため付け加えるが、今回話題になっている企業とは一切の利害関係はない。)
1. わざわざ「チンパンジーが問題社員として入ってくる」表現を必然性がないのに展開したことには「人を動物に喩える」意図がある
2. なぜ人を動物、特にチンパンジーに喩えてはいけないのか、国際的なガイドライン等の提示
4. 社会的な責任として、記事削除と謝罪だけではなく、今後このような記事が出てこないようにガイドラインをつくるべき(このスタンスが自社のPRにもなり得る)
1. 「チンパンジー」という比喩をわざわざすることには同意しない。
2. 社内ブログ/アドベントカレンダーはチェック体制が脆弱になりやすい。
3. 執筆者はおそらく「ベロシティの安定」等のフレーズから、エンジニアやPM視点であり、HRの文脈を理解していない可能性がある。
4. すでに削除と謝罪対応は完了しているので、社名を挙げて断罪する必要性はない。
他でも指摘されているように、
「社内の労力を使う割には、色々な危険性を孕むアドベントカレンダーという文化をやめるべき」
というのが、本件に関する総括としては充分だと思っている。
↑「現場レベルでは存在すらよくわからないが、とても偉いステークホルダー」の一言で、何度もひっくり返るシステム開発プロジェクトのこと
仕事を円滑に進めたいが、それの障害となり得る人や事象を冷笑的に揶揄しているわけだが、
前者が問題とされたことは、私の観測範囲では存在していないように思う。
「隕石を降らせる神様」は許されて、「チンパンジー」は許されない
という価値観は、西洋の歴史・宗教・差別観を背景にした価値観じゃないのか。
倫理基準を底上げするべきという物言いは、そんなに正しいことなんだろうか。
その人は、
・ すでに謝罪もしている(多分注意もされている)
彼・彼女を吊るし上げることになりかねないことを、
「自社のPR」にもなり得る文脈の中で第三者、しかも法人が行うのは、醜悪ですらある。
本件では、社名を出さず、ガイドライン作成の呼びかけなどもせず、
アンサイクロペディアをAIで侵略するノイマン氏を悲劇の人物に仕立て上げる、元側近ウソペディアンを名乗る人物による気持ち悪い記事がXのタイムラインで流れてきた。
読んでみると、そもそも私信と思われる情報を暴露することの背信性からして、恐らくはノイマン氏に身バレする前提での捨て身の特攻をしたのだろう。それにしても第三者は真偽を検証不能であり、気持ちの悪い記事であった(※1)。当のノイマン氏も「反応に困る」と書いている。
Side Uなるものは、第一回人気投票1位という経歴はあの人も同じなのを知ってわざと被せる高等芸でもやっているのかしらね?何にしても反応しにくい書かれ方だけど、ブレーキをかける真似をしつつ私を殴り抜いていくスタイルだよね、あれ。真正面からの対立勢力なら風刺記事とかにしやすいけど、ああいうのは反応しづらい。
ウソペディアはかつてハトレーペディアとも呼ばれ、当時のアンサイクロペディアが北朝鮮であるなら、こちらはシンガポールといったところであった。開発独裁ならぬ開拓独裁、毛沢東ならぬ開拓東、MuttleyならぬHuttley。
ウソペディア5chスレを探していくと、このような記述はいくらでも見つかる。アンサイクロペディアのノイマン氏=ウソペディアの開拓者氏の活動は、確かにコミュニティを発展させたが、ただそれ「だけ」であり、そもそも誰からも本音で支持されている人物ではなかったのではなかろうか。
本稿では、そのノイマン=開拓者氏に、かつてBakaba氏の名の下で侵略を受けた一借民の視点から、ノイマン氏はそもそも「昔からああだった」と主張したい(※2)。
ChakuwikiにおけるBakaba氏は、確かにLTA:ANTIRXYとしてChakuwikiでのMuttley氏を追い詰めた人物であり、鉄槌後のアンサイクロペディアンも概ねその見解を支持しているように見える(※3)。また、いずれも議論は紛糾したものだが、移転問題とライセンス問題、どちらにおいても「結論だけ見れば」Bakaba氏の意見は正しかった。確かに「正しかった」のである。
後にフォークでは実際に広告が導入されているが、Bakaba氏はそれすらも予言している。
しかし、旧ドメインを取得し、更には公開がより早かったことによる優位性を有するフォークにしても、中の人の噂の確度は高いようですから、永久に広告なしで無償提供するほどの善意の有志だとは考えにくいです。
だが、その際に反発していた吉田宅浪氏への返答には、「どうしてこいつ分からないの?」という苛立ちが発言の節々から透けて見える。
ただ、「私がやるから」という理由で反対することがそんなに重要ですか?「誰がやるか」ではなく、「何が必要か」で物事を考えるようお願いいたします(※4)。
一般論としても、我々で独自にルールを作ることにこだわった場合、良く練り上げられたCCのライセンスに比べると何らかの隙や不備、矛盾等が生じやすいため、コミュニティ全体が移転などの重大な決定に迫られたときの足かせになりかねません(※5)。
私からすれば、吉田宅浪氏は、自分の考えを丁寧に練って納得したうえでステップを積み重ねたいだけの、職人気質の人に見える。Bakaba=ノイマン氏は、初めからそのような丁寧さや「過程」に対して、「正解」や「最終結果」が一瞬で見えてしまうがゆえに「なんでそこで止まっているの?」というのを根本的に理解できない人なのではなかろうか(※6)。
そのような「正しさ」だけで生きる人間Bakaba氏を、ノイマン氏が用いるAIは「加速」させたに過ぎない。一定以上の品質の記事を安定して生産し、助役CUや管理者の誕生を推薦を通じて支援するその姿は、確かに形式的には「正しい」活動である。にもかかわらず、ノイマン氏は「正しさ」だけですべてを破壊していくように見える。
これはあくまでも私のカンでしかないのだが、ノイマン氏は根本的に異常に頭の良い「浮きこぼれ」だったのではないかと思う。例えばアンサイクロペディアのDiscordサーバーでは、「ごめん、灘には負けるけど安定して東大いってる...」と発言したスーパーカリ~シャス氏に対して、以下のような返信を残している。
東大全体なら三桁からがスタートラインだぞ
このような発言をして、自分自身へのブーメランにならずに平気でいられるルーツを持つ人間はかなり絞られてくる。そして皮肉にも氏は、そのようなルーツに該当しうる学校の記事をアンサイクロペディアで三つも立てている。
麻布中学校・高等学校 - 開成と桜蔭を手掛けてきた私ですから、当然の如く他の名門校も推しますわね?--/* ノイマン */ import 👤, 💬; var 🖊=2,219;■ 2025年11月5日 (水) 14:19 (JST)
英語圏とのコミュニケーションが求められ、唯一の日本人であることが買われたMirahezeなどでは、その「正しさ」「浮きこぼれ」が役に立ったのだろう。そして同じく「正しさ」でものを考えるAIは、ノイマン氏にとっては非常に頼れる、下手したら唯一信頼できる相棒ですらあるのかもしれない。
しかしながら、チャクウィキやアンサイクロペディアのような伝統的な(※7)コミュニティにおいては、「正しさ」だけでなく、「手垢」や「お気持ち」、そして「過程」が大事であることをノイマン氏は理解できていない。ノイマン氏は、そこに無関心であるか、意図的に無視すらしているようにも見える。
編集画面にも「自分が書いたものが他の人に容赦なく編集され、自由に配布されるのを望まない場合は、ここに投稿しないでください。」と明記されており、それはライセンス的にも正しいことの訳ですから、その意味では「{{rewrite}}を使え」という方がそれこそ「紳士協定」なのかな、と思わなくもないです
総本数 - これは諸刃の剣で、もっとAI君書いて全体指標を上げようぜ、という方向にも持っていけます。というか総本数を根拠にするなら、それが合理的解決策ですらあり得ます。
ノイマン氏の理屈は、確かに最終結果に照らせば「正しい」のだろう。だが、「正しさ」だけでは人間は生きていけない。そうした風潮への反発は、今や反AI、反ポリコレ、反wokeなどとして、アメリカ西海岸的価値観への反発の形を取って世界的なうねりになっている。人間というのは、そこまで理性的な動物ではない。それは、自作記事の一つでこう書いた氏自身も深層ではよく理解しているはずである。
ホモ・サピエンス(homo sapiens)とは、バグだらけのレガシーソフトウェア。
そこで筆者は、マリーダ・クルスの以下の発言をノイマン氏に贈る。
お前の言うことは間違っていない。正しい戦争なんてない。でも…正しさが人を救うとは限らない。
光がなければ人は生きていけない
鉄槌を受けたMuttley氏は「隕石落とし」をしようとしたシャアであった。Muttley氏には、曲がりなりにも本人個人の「熱い正義」があった。
今、ノイマン氏はしばしばMuttley氏の同類、鉄槌の再構成などと言われるが、私は正確にはそうは思わない。ノイマン氏からはフル・フロンタルのような冷たさを感じる。
いつか、ノイマン氏が人間の心を理解することをただ祈ることしかできない。
学生時代部活で一緒だったオタク(30代後半・実家暮らし)と久しぶりに飲んだんだけど、会話の内容が地獄すぎて頭抱えた。
昔から痛いヤツだと思ってたけど、当時はまだ若かったから珍獣眺めて「おもしれー」って言ってる感覚で済んだ。だけどもうヤバイわ。
なんか最近、推してた某若手声優に彼氏いる疑惑が出たらしいんだけど、そいつが「もう応援できない」「裏切られた」とか本気で落ち込んでやがる。
最初はネタで言ってるのかと思って「まぁ若いし普通いるでしょ」って軽く返したら、
ガチのトーンで「プロ意識が足りない」とか「ファンに対する背信行為だ」とか演説しだして正直寒気がした。
冷静に考えてみてほしい。
ルックスも良くて声も可愛くて、競争激しい業界で生き残るコミュ力もある若い女性だぞ?
彼氏がいないわけないだろ。
普通に生きてたらそんな発想に至らねーんだよ。
お前みたいなオタクが「か、かわいいな、およめさんにしたいなブヒブヒ」とか思うような人だぞ。
学生時代から積極的な一軍男子に声かけられてきて、今では業界の金持ちやイケメンにチヤホヤされてんだよ。
百歩譲って、本当に彼氏がいなかったとする。
で、その先に何があると思ってるの?
「彼氏がいなければ、自分にもワンチャンある」とでも思ってたの?
お前がその声優と付き合える可能性なんて、明日隕石に当たって死ぬ確率より低いだろ。
結局、お前みたいなのが「応援」って呼んでるのは、純粋なファン心理じゃなくて、「自分が付き合えるかもしれない」っていう性的な下心に金を払ってるだけなんだよね。
どこまでいっても偽物の模倣にしかならず余計リアリティにかけてしまう。
恐竜も同じ。
dorawiiより
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夜の帳(とばり)が下りるころ、私はいつものように革命のためのレタスを育てていました。
私の魂はインターセクショナリティの風に揺れる旗であり、指先は格差是正のためのキーボードを叩くために生まれてきたのです。
しかし、その夜、運命はリベラルアーツの教科書には載っていない方向へ急旋回しました。
彼、ネトウヨは、突然、私の家のベランダに、「保守の精神」と大書されたダンボール箱に乗って舞い降りたのです。
彼のTシャツには「真実の歴史は私のブログにある」とあり、手には「国体護持」と書かれたうちわ。
彼はまず、私が育てているレタスを見て、「おい、その緑、特アの色じゃねえか?」と、聞いてもいないのに陰謀論の序章を語り始めました。
私は即座に「家父長制の打倒!」という言葉で反撃しようとしましたが、なぜか口から出たのは「ええと、このレタス、有機栽培なんですけど、農協の未来についてどうお考えですか?」という、支離滅裂な質問でした。
彼は一瞬、「サヨクの罠か?」と警戒しましたが、農協という単語に引っかかったのか、「農協? グローバリズムの魔の手から農家を守る、真の愛国者の砦だ!」と熱弁を振るい始めたのです。
そのとき、突如として空からミント味の隕石が降ってきました。それは私たちの間の、「徴兵制の是非」に関する白熱した議論を中断させ、代わりに辺りを強烈な清涼感で満たしました。
「これは… 資本主義の爽快な破壊の予兆か!」と私は叫びました。
「いや、これは伝統的な日本の夏祭りの香りに酷似している!」と彼は反論しました。
そのミントの香りが最高潮に達したとき、彼は私に向かって、まるで憲法改正の条文を読むかのように真剣な眼差しで言いました。
そして、次の瞬間、「多様性の尊重」と「単一民族国家の神話」が、ミント味の衝突を起こしました。
そう、チューしたのです。
彼の唇は「日の丸弁当」のように素朴で力強く、私の唇は「パリ協定」のように複雑で地球規模の憂いを帯びていました。
口の中で、「ヘイトスピーチ規制の必要性」と「表現の自由の絶対性」が、奇妙なアマルガムを形成し、「国境を越えた連帯」と「排他的経済水域の死守」が、舌の上でワルツを踊りました。
チューが終わった後、私たちは共に「一体、これは何だったんだ?」という哲学的な問いを抱え、ただ立ち尽くしました。
ベランダには、レタスとダンボールと、そして「平和維持活動」と書かれた、なぜかそこに落ちていた折り鶴が残されていました。
彼は去り際に、「また会おう、赤いメガネの女!」と言い残し、ダンボールに乗って夜空に消えていきました。
私は残されたミント味の残響を味わいながら、「彼のレトリックは支離滅裂だけど、唇の水分量は民主主義のように適切だったわ…」と独りごちました。
あの日以来、私はレタスを育てるときも、デモのプラカードを作る時も、常にあのミント味を思い出します。
ネトウヨとパヨクのチューは、宇宙の法則をねじ曲げ、地球温暖化の議論を一時停止させるほどの、支離滅裂な愛の行為だったのです。
ワイは嘘を書いてない(文字通りの日記)&考えの整理&観察で使ってるので、
何度も書いてる通りやね
頑張ってるかどうかは他人が判断することじゃない
頭わるな日記や考えまとめを匿名とはいえID付きでやりたかないし、
"エリート"や"品行方正な人" ばかりの中で頭わるな日記や考えまとめ書きたくないし、
あと、メンタルの不調(鬱病等)からくる自律神経失調症による深刻な体調不良
鬱病だから動けないのに、運動や食療法や気分転換で自律神経失調症の症状を改善しましょうって、もうこれ、何をどうしたらいいんでしょうね?
ただ、『増田さんにとって、増田さんの悩みは世界でいちばん重要なこと』は、まだ全然腹に落ちていませんわね
言ってることは、 それはそう なんだけど、いや、ゆうてもなぁってなる
その増田じゃないけど、ワイも日記や雑文書いてる。けど、記名では書けない内容書いてるよ
いくら実名じゃない・身バレする情報は含めてないとは言え、あんま頭悪い作文はちょっとね
たった4年前にこの日記書いてんだけど、今現在の心境は『最終的に人は落ち着くべきところに落ち着く』だからな
あと、『人生に本当に必要な物はなにひとつとしてお金では買えない』ってなった
まぁゆうてお金の奴隷をスパっと辞めれるレベルの資産を得たり・成熟したりしたわけでも当然なく、
『死ぬときは何をしたって死ぬ』と達観したわけでも、不安を解決出来る強力な能力を得たわけでもなく、
4年前と人格も能力も何も変わっていないのだが、環境変わって年収が変わったんだよな。昔の目標に到達した
あと親との関係が変わった
あと何も考えないで(契約と約束があるから)毎月この額は稼げる前提で考えてたけど、
病気で長期休養したので、2年目にして早速予定の年収に到達しない見込みである(月単価は変わらんが)
エリートビジネスマンじゃないので、目標の年収に到達とか抜かしても何もあがってないので、あがりみたいな顔してサボってぬくぬくしてないで、
安全や快適さを確保出来る資産の構築が出来るまで頑張んなきゃなぁと思いつつも、
目先の事もサボりまくる自分に出来るか?と思いつつ、でもまぁやっぱ守りたいものは守りたいので、
地道に試行錯誤して積み上げたい(願わなきゃ何も始まらないの精神)
4年前の日記
2020-01-21 怒りの種類
https://anond.hatelabo.jp/20200121082901#自分の不甲斐なさに怒った時
しばらく何もする気が起きない
プライベートでどうしようもない人を見た時の怒り
数分で収まる。すぐ忘れる
ネットでイージーモードの自称苦労話を見た時
数分怒ったあとやる気出る。ぐっすり眠れてお目覚めバッチリで万能感
やっぱり友人含めて人の出会いは単なる運だなぁと思いました
過去(2年前)の自分の増田を見てたら、友人に対してこんな記述をしていた
_人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人_
> 会えば、変わらず心地良い時間を過ごせるのだけど、 <
> 心地良いと同時にすごく退屈なのだ <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄
草
どう考えても人の出会いは単なる運ですな。本人のキャラクターどうこうじゃあ無いですね
こんなのと親より長い時間付き合っている自分の友人はほんとうに辛抱強い人物だなぁと思います
アルセウスって隕石ごときで大ダメージ受けてたんだな。世界の創造主という割にはワンパンマンより弱くて草。
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10代の頃って、「世界」というクソでかいものをよくわからないまま自己の中に組み込みがちだ。
結果的に当然処理しきれず、圧倒的な「世界」に降参することになる。
リリイシュシュのすべてを読んで、マジで最低な話だと思ったし、吐き気すら覚えた。
結局、ナルシスト的な被害者意識に閉じこもっていた自分から卒業しなきゃいけないってことだ。
世界と自己を同一視して「俺の世界=俺の苦しみ」みたいに抱え込むのは、構造的に破綻している。
まぁそれが美しいし、このリリイシュシュのすべてはその自己のなかに世界を抱え込むことによって生まれる気色悪すぎるけど美しすぎる世界を描いてるんだろうけど。
だから世界と自分を分離する。世界で何が起きても「へえ、そんなのもあるんだね。でも俺は俺だから」って言える距離感を持つ。
隕石が明日降ってきても「そっか、じゃあね世界」で済ませられるくらいに。
俺はエーテルというのは関数のようなものなのではないかと思った。
いじめられている子にとっての世界とは「自分をいじめるもの」でしかない。
けれども、自分と世界を分離することで、世界の中には「いじめるもの」もあれば「助けてくれるもの」「助けないもの」「何もしないもの」とてもたくさんのものがある。
たくさんありすぎて困るんで俺ら青春を情報科学とかいうドブに間違えておっことしちゃった人間には馴染みのある関数にして一般化してみる。
それは場合に応じて自己が持つ変数を引数にreturnを持つ動的な関数である。
自己: xの時、世界: f(x)でありいじめが起きた時、「司法に頼る」みたいな突拍子もない自己に世界を持っていたら思い付かないような閉ざされたアイデアを世界の引数に対して入力できる。
俺と世界は別であって、世界に対して俺は自由な入力を与えられる。
だからある時のxに対する世界: f(x)に執着する必要はない。
あるときf(x)が「いじめ」という最悪のyを返したとしても、それが世界のすべてじゃない。
別の入力x2を試せば、y2=f(x2)という全然違う出力を得られるかもしれない。
重要なのは「fそのもの」であって、個別のf(x)じゃない。俺たちは世界の像に絡め取られるけど、ほんとは関数自体の抽象的な存在が唯一の「世界」なんだ。
しかし関数という抽象化概念を人間とかいうクッソ低脳な猿が理解できる訳もないので、代わりにリリイシュシュがそれをエーテルとして表現した。
んで主人公の雄一や青猫は10代特有の自己と世界を同一視する世界観によってリリイシュシュの音楽を自己と同一視することで、そのエーテル=f(x)を自分自身と重ねる。
俺たちオタクは「自律・自立」に憧れつつも、そうはなれない人間的な弱さに対する「執着」だ。
自己と世界をごちゃ混ぜにして精神が参ってる10代の世界観は魅力的だ。
見苦しいオタク像は、脱毛をしないとか、オシャレじゃないとか、女の子に気配りができないとか、生理的に受け付けないとかそういうものを表現しがちだ。
けれども本当に俺らオタクが醜いのはそういった幼い世界観にいつまでも縋って、挙げ句の果てに世界を受け入れることができないことを知って、美しい世界だけを選び始めたことだ。
中途半端に世界から距離をとりつつも、自己の中に世界を組み込むことに固執している。
つまり可愛い女の子がイチャイチャしてる萌え〜なアニメを好んで選びその世界と自己を同一視して酔いしれるということだ。
てか、世界を選ぶ余裕があるってことは、その裏にある関数的な世界の構造を半分理解してるじゃないか。
そうだよ(便乗)ずっと俺らは知ってたのに知らないふりしてただなんだ。
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