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はてなキーワード: 思春期とは

2026-05-10

部活動という珍妙制度について

日本には部活と言う珍妙制度がある。

これを単なる「放課後スポーツ文化活動」と解釈しているうちは、日本社会の本質を捉えることはできない。部活とは、教育という美名の下に偽装された、日本独自の「空気」の醸成機関であり、極めて強固な「小宇宙」としての共同体なのである

「道」という名の宗教的空間

西洋的なスポーツ概念では、それはあくま個人の「楽しみ」であり「技術の向上」を目的とする「遊び(Game)」であるしかし、日本部活においては、それが「野球道」や「剣道」といった具合に、容易に「道」へと転化してしまう。

ここで言う「道」とは、論理的ルールを超越した絶対的規範である。そこには、外部の人間には到底理解しがたい、以下のような特質が見て取れる。

儀礼絶対化: 挨拶の角度から、道具の手入れ、グラウンドへの一礼に至るまで、機能性とは無関係儀礼が最優先される。

連帯責任」という戒律: 一人の部員の不始末が部全体の活動停止に繋がる。これは近代的な法治主義個人責任)ではなく、村社会の「縁座」の論理である

空気」の支配自己犠牲

山本七平喝破した「空気」の支配が、最も純粋な形で現れるのがこの部活という空間だ。

例えば、真夏に水を飲まずに練習を続ける(かつての常識)、あるいは怪我を押して出場するといった行為が「美談」とされる背景には、生理学的な合理性など存在しない。そこにあるのは、「ここで水を飲んではいけない」「休んではいけない」という、その場を支配する「空気」への絶対服従である

この空気(臨在感的把握)に抗う者は、非国民ならぬ「非部員」として、共同体から事実上追放シカトや疎外)を余儀なくされる。ここでは「個」の意志は、共同体の維持という至上命題の前に、完全に抹殺されるのである

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日本教の「聖職者」としての顧問

このシステムを維持する「司祭」の役割を担うのが、教師顧問である

彼らは本来職務である教科指導二の次にしても、部活動の指導に没頭することを「徳」とされる。土日を返上し、無給に近い状態奉仕するその姿は、近代的な労働者のそれではなく、一種宗教的情熱に突き動かされた修道者のそれである

生徒もまた、その「自己犠牲精神」を空気として吸い込み、「先生がこれだけやってくれているのだから」という情緒的な絆によって、さらなる規律へと縛り付けられていく。

結論部活という名の「日本教」訓練所

結局のところ、日本部活とは、技術を学ぶ場ではない。

それは、日本社会という巨大な「空気組織」に適合するための、高度な精神的訓練所なのである理不尽上下関係を、論理ではなく「身体感覚」として受け入れ、組織論理個人論理に優先させる――この「日本教」の洗礼を、彼らは多感な思春期に徹底的に叩き込まれるのだ。

この「珍妙制度」が温存されている限り、日本人が真の意味で「個」として自立し、論理的組織運営を行うことは、おそらく今後も至難の業であろう。

2026-05-08

anond:20260508124005

多少なりとも将来を意識してマリッジブルーを早めに味わっているところに降って湧いてきたケチなんだよ。

言いがかりネタができてラッキーっていうのが、心のどこかにあるんだよ。

これからの話をする前に、過去についてグダグダ言ってるとか一番クソダサい

そういう経験があるから今の彼女がいるんだ。くらい思っておけよ。


20代半ばまで思春期とされているんだけど、最近は。おっさんからしたら、世間知らずの20代前半の女を不倫相手にするのは比較簡単なんだよ。だかまぁ彼女被害者だと思うし、そのタイミングで年上へのキャパが広がったから、増田さんも相手してもらえるようになったんじゃないかな。母子家庭あんまり関係ないと思う。まーしらんけど。

2026-05-07

35歳独身女のリアル

仕事別に詰んでるわけじゃない。年収もある。マンションも買った。周りから見たら「ちゃんとしてる女」なんだと思う。でも中身がずっとスカスカで、ずっと不安

結婚してないことも、10彼氏いないことも、卵子凍結のことも、全部「考えなきゃいけないタスク」みたいになってる。恋愛じゃなくてプロジェクト管理

しか最近、「人に会いたい」と「誰にも会いたくない」が同時にある。

友達少ないって泣いてるくせに、自分から誘えない。

誘って断られるのが怖いというより、「こんなつまらない私と会っても相手まらないだろうな」が先に来る。

最近ずっと「変わりたい」って言ってる。

でも実際やってるのは、スマホ見て、ぐるぐるして、自己嫌悪して、ちょっと行動して、また疲れて寝る、その繰り返し。

たぶん今の私は、「人生を変えたい」のに、「今の自分直視する」のが怖いんだと思う。

なんかもう、いい歳してずっと思春期みたい。

2026-05-05

ID:pHqOI2Na0

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0166 花と名無しさん 2025/10/04(土) 22:40:46.16

花野井くん電子でちょこちょこ読んでて

キュンとするシーンもあるけどちょい花野井くんモラっぽい気もあるのが気になってしま

謝ってたけどのんちゃん脅そうとしたときとか

八尾のとこ行くなって言うとことか

コメントほたるよりもっと包容力ある人の方がって言われてたけど

ほたるレベルであれだと無理なんじゃと思う

容姿はいいがめんどくせー男…が勝つ

ID:3n5CEmIh0

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0167 花と名無しさん 2025/10/04(土) 23:45:26.45

ヤンデレ基本的にモラ気質あるから

どの漫画でも

ID:maKKXHhx0

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0168 花と名無しさん 2025/10/05(日) 14:05:27.96

>>164

sora使うぐらいだからAI全般歓迎なのかな

少しでも抵抗ある人はあれを使って遊ぼうと思わない

ID:TzSNLegE0

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0169 花と名無しさん 2025/10/06(月) 15:45:12.59

モラハラって「自分が正しい」って相手支配する人でしょ?

花野井くんは間違えまくり自己評価の低い、自分に自信がない子だよ。

のんちゃんの件みたいにたまに暴走するけど、基本はほたるちゃん尊重したくて自分が変わらなきゃと思ってるからモラハラは当てはまらないと思うけど…

八尾くん…の家族の件?は、悲しい時にそばにいてほしいという愛が重い恋人としての独占欲だと思う)

ちょい読みの人だとネタバレしていいか迷うけど、

ほたるちゃんを縛ってることになるかもと気づいたらモラハラとは真逆の行動とるんですよ、花野井くん。

めんどくせー男なのは否定しないけど(笑)

なぜかヤンデレと紹介されることも多いけど、実際読んでみたら違うじゃんって思った作品から、できればじっくり読んでみてほしいな

ID:cipi4QFm0

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0170 花と名無しさん 2025/10/06(月) 18:25:59.16

でもほたる友達無視したりとか嫌なやつだなーって思ってたわ

八尾くんの方が断然いい

ただ最終的には花野井くんの両親が酷かったから彼は犠牲者なんだなと思えるようになった

そんなに海外で働きたいなら子供作らなきゃいいのに

ID:+D5dJtWl0

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0171 花と名無しさん 2025/10/06(月) 19:48:54.35

少女漫画キャラ現実人格求める人って楽しいのかな

そもそもイケメンは何の特徴もない普通容姿女子を好きになったりしないんだし

アイドルヤクザと付き合ったりする世界なのに

ID:745RvitO0

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0172 花と名無しさん 2025/10/06(月) 21:35:54.45

現実人格は求めてないけどあまりにも性格悪いのはあんまり共感できないし入り込めないんだよなぁ…

1

ID:zHlVwhS00

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0173 花と名無しさん 2025/10/06(月) 21:39:40.26

まやかし主人公は自信に満ちた子が外面作ってバレたらまずい!ってやってるのがちぐはぐで入り込めなかった

普通そういうキャラの自信は虚勢だけどおとぎはガチっぽいしなら礼節や気品備えつつ飾らない人の方が素敵じゃんて

裏おとぎは好きだから外面設定無かったら好きになってたな

ID:d/F3JiKm0

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0174 花と名無しさん 2025/10/06(月) 22:40:25.09

花野井君は「彼氏彼女の事情」の有馬みたいなめんどくささを感じる

ID:PqdIl06H0

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0175 花と名無しさん 2025/10/07(火) 00:31:25.62

花野井くん~はヒロインキャラデザが野暮ったすぎて読む気にならない

少女漫画ヒロインは見た目も可愛い子がいい

ID:I8BluD4t0

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0176 花と名無しさん 2025/10/07(火) 00:48:41.30

ほたるちゃんかわいいよ

好みの話だろうけど

ID:vut1RrWC0

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0177 花と名無しさん 2025/10/07(火) 00:59:28.58

スキップローファーとかもだけど平凡地味顔のヒロインイケメン恋愛モノって苦手だわ

ほたるは話が進むにつれて顔だいぶ変わってそこそこ可愛く描かれてると思うけどね

初期はイモすぎた

ID:lYLNgOvD0

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0178 花と名無しさん 2025/10/07(火) 01:50:50.11

花野井くんは親から半分捨てられてるも同然だから束縛心凄かったし念願の運命の子の為に気持ち暴走してのんちゃんを脅してしまったりもした

思春期男の子大人になる過程ほたるちゃんや廻りの人間絡めて上手く表現してると思う

ただ、辛抱強いほたるちゃん花野井くんのヤバイ部分にも粘り強く対応出来たのはわかるけど

クラスメイト達があの塩対応に対してあんなにシャットアウトせずにスルー?見守る?態勢になれたのはイケメン割引きを加味しても不自然には感じたか

特に男子からは相当嫌われて挽回の機会は普通得られない。その辺は圭ちゃんの根回しが効いてたってことなのかな

ID:jiEhhdpJ0

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0179 花と名無しさん 2025/10/07(火) 09:57:34.73

ふたりで恋をする理由』の男の子花野井くんと境遇似ててさびしんぼモラだった

やっぱそういうキャラなっちゃうのかな

花野井くんと違って家事が得意でしっかり者だから精神は安定してたけど

ID:L8qrIZ4j0

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0180 花と名無しさん 2025/10/07(火) 13:52:38.82

精神安定のイケメンだと普通物語になるし平凡な主人公に惹かれる理由がなくなるからじゃない?

少年漫画でも中身が不安定だったり性格悪いイケメンや悪役は人気だし

欧米ドラマでも人気になるキャラ自己中や残念イケメンだったりする

ID:3K6vnRzo0

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0181 花と名無しさん 2025/10/07(火) 18:57:12.39

>>172

わかる

性格悪くても許せるレベル花野井くんは超えてるんだよね

読んでてイライラ不快にさせる感じだからもう少し抑えればいいのにと思った

個人的には男相手無視とかするのはまあアリだけど主人公女の子友達には愛想は振り撒かなくていいけど普通にしてほしい

女の子への態度が酷くて何やこいつって思ったし

ID:ORoUFNmR0

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0182 花と名無しさん 2025/10/07(火) 20:43:53.51

その辺はタイトル花野井くんと恋の"病"だからなんだろうね

最初初詣の時なんてほたるちゃん花野井くんの手繋ぎを断ってしばむーと腕を組んだけど病気花野井くんはそれを見て本気で嫉妬して

しばむーに対しては(ほたるちゃんが信頼してる人物なのに)距離が離れて歩み寄るのに凄い時間が掛かってた

きょーちゃんにはそういうことがなかったからか話の終わりにおみくじを枝にくくりつけてあげてる

その他の有象無象女子には「鑑賞用イケメン」として毒にも薬にもならない「無」状態しか接することはなかった

イギリスから帰国してすっかり病を克服した花野井くんはクラスメイト女子にもようやく普通対応が出来るようになった

ID:sOBdtSjX0

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0183 花と名無しさん 2025/10/07(火) 22:04:09.69

むせ愛って何であんなにパンテラネグラをゴリ押ししてるの?

なんかタイアップ予定とかあるのかな?

広告作品紹介じゃなくパンテラネグラの紹介だったしインタビュー需要あるのかな?

あれ見て男4人がメインのバンドもの漫画だと思って試し読みしたら全然違うじゃんって思われそうだけど

実は女主人公恋愛モノで期待してたのと違うみたいな

ID:LAPDCqnS0

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0184 花と名無しさん 2025/10/07(火) 22:18:17.06

どうしてもパンチラに空見してしまパンテラ

ID:WV8DoVuL0

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0185 花と名無しさん 2025/10/07(火) 23:49:38.70

初詣の買い出し後の大きな木に寄りかかっての会話からすると、ほたるちゃんは久々に花野井くんに会ったから照れていて、花野井くんはほたるちゃんに避けられてる?と思って悲しかったんじゃない?

花野井くん、性格良くはないけど悪くもない(意外と面倒見がいい所もある)、めんどさくておもしれー男だと思って読んでたわ。バスケ大会男子たちもたぶんそんな感覚で接してるのでは?

ID:PR42rwnj0

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0186 花と名無しさん 2025/10/08(水) 02:10:52.88

ほたるちゃんから避けられてるんじゃなくて照れられてただけだとわかったからあの程度で済んでるけどそれがなかったら八尾くんばりに警戒&敵視されてたかもしれない

圭ちゃんなんか「キスしてみれば」案件めっちゃ敵視されてるし

初詣回は最初の待ち合わせから背を向けて待ってた花野井くんから始まってほたるちゃんの3人の友人に対する距離感がまるで犬のような挙動花野井くんによって表現されてた

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ID:1nPpxrvc0

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0187 花と名無しさん 2025/10/08(水) 10:04:19.07

ヤンデレって「ヒロインか、それ以外か」のヤバイ人だから

花野井くんはどっかの電子書籍サイトの「おすすめヤンデレ漫画20選」に入ってたか大成功では

ID:zaYPq9Ub0(1/3)

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0188 花と名無しさん 2025/10/08(水) 10:15:19.57

花野井くんは基本ヤンデレだけどたまに暴走するとメンヘラになってほたるちゃん他人迷惑を掛け出したりしてたよね

ほたるちゃん魂の叫びで我に帰る事が多かった

ID:51quK8hl0

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0189 花と名無しさん 2025/10/08(水) 10:40:24.82

長文の人いちいち詳しすぎるし解りすぎてる

ID:VPLuPxKd0

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0190 花と名無しさん 2025/10/08(水) 10:41:08.80

ヤンデレってそういうものだよ

主人公以外ゴミっていうのがヤンデレ

ヤンデレとしては正解だしそこがウケたんだと思う

ID:91JRh7k70

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0191 花と名無しさん 2025/10/08(水) 11:17:00.37

他誌の話出すけど春の嵐モンスターとかね

ヤンデレってそういうもんだから嫌な気持ちになる人は読まない方が良いよ

ID:PvOZyszD0

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0192 花と名無しさん 2025/10/08(水) 11:28:28.39

そういうヤンデレ作品って必ず「当て馬くんの方が絶対にいいのに」ってなる

ヤンデレは人気あるけど好き嫌いはハッキリ分かれるよね

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ID:CZhP+wQR0

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0193 花と名無しさん 2025/10/08(水) 11:31:52.58

TL漫画とか女性漫画だともっとエグいヤンデレあるし花野井君レベル可愛いものだけどね

善良なヒーローが求められる少女漫画との親和性は低い気がするわ

ID:fTTbzXyi0

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0194 花と名無しさん 2025/10/08(水) 12:11:13.53

いきすぎたヤンデレになると主人公のことすら騙すし主人公の周りにいる男を殴ったりするよね

ID:IQDbOhPT0

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0195 花と名無しさん 2025/10/08(水) 12:50:43.15

>>186

八尾くんのことは小学生の頃からほたるちゃん好意があるのを)知ってたから警戒してたのでは。

花野井くん、八尾くんのこと良くも悪くも一目置いてると思うから

他の人と八尾くんは違うと思うな

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ID:ZmcmG7xA0

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0196 花と名無しさん 2025/10/08(水) 13:40:57.86

palcyのわたし吸血鬼?だかなんかを思い出した

どっちも苦手だったしヤンデレ属性不向きだわ

ID:fyJc+NVP0

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0197 花と名無しさん 2025/10/08(水) 15:49:57.31

しかヤンデレに好かれても将来が不安だよね

どんなにお勉強できて顔良くても結局社会性が最重要から

マンガになに言ってんだって話だけど

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ID:zaYPq9Ub0(2/3)

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0198 花と名無しさん 2025/10/08(水) 16:10:53.91

陰キャの俺が、一目惚れしたロリ巨乳の歳下彼女結婚するまで

31歳になった。今年、嫁にした彼女の話をどうしてもさせてくれ。

彼女とは元同僚。別の部署だったが初めて視界に入れた瞬間、胸の奥が静かに落ちた。155cmの小柄な体躯、幼さを残した瞳の奥にキリッとした大人の色気が潜んでいる。あの絶妙バランスは、まさに自分の好みのど真ん中だった。運動音痴陰キャの俺が、こんな可愛いロリ巨乳彼女とゴールインするなんて。

会社飲み会日常茶飯事の陽キャ天国大学生ノリが横行する中で自分はただただ浮いていた。大人数の輪など苦痛しかない。だから酒を浴びるしかなかった。酔えば人に合わせられる「酔うキャラ」——それが当時の自分の唯一の立ち位置だった。今思えば痛々しい。だが彼女の前では、不思議と肩の力が抜けた。

きっかけは、ジャニーズ映画だった。特に嵐。ピカンチDVDで揃え、Dの嵐違法視聴横行時代YouTubeで漁っていた自分マニアック知識が、彼女琴線に触れたらしい。一対一やカラオケでは、相手趣味に全力で溶け込めた。Filmarksで「好き」を静かに共有する関係からまり、初めての二人きりの飲みは夜の7時から、気づけば午前2時を回っていた。ホテルには連れ込まず、できる男を装った。あの時の冷静さは、イケメン友達の教えと、世の女性たちへの感謝特にインティ動画)によるものだ。男はポインティを見ろ。

その後、電話が2人のメインコンテンツとなった。一日中繋がったままライン履歴半日を超えた時はさながら高校生恋愛みたいで自分でも呆れた。会話のテンポが心地よすぎて離れられなかった。もどかしさ、まさに思春期の甘い時間だった。

しかし進展は止まっていた。

本当の転機は、彼女の退社日送別会二次会はまさに混沌の宴だった。個室で腕を組んで眠る者、階段で力尽きる者、トイレで吐き潰れる者——カオスのもの。酔いの波に身を任せ、自分は何度も彼女を外へ連れ出した。都会の深夜2時、酔っ払いたちの喧騒の中で、まるで二人だけの静かな世界にいるような錯覚に陥った。

始発が近づく頃、みんなが散り散りになる中、彼女から電話が来た。「見捨てるのか」と、怒ったような、縋るような声。自分限界だったが、絶対にこの子を逃したくなくて地下鉄の街を必死に走り回った。見つけた瞬間、彼女は酔ったまま手を組んできた。

自分の帰路とは全く関係のないホームに乗り、荷物を預かり彼女地元まで送った。

朝9時、彼女の部屋で裸で目覚めたとき自分はようやく現実を噛み締めた。

あれから3年。彼女は今、俺の妻だ。

何が言いたいか

がめつくなければ、焦らなければ、キモくならなければストレートに愛を伝えるのは意外と強い。

そして最大の武器は、趣味と、相手に寄り添う共感力なのだと。

顔も可愛いし、おっぱい規格外で、本当にありがとう

2026-05-02

anond:20260412120412

なんつーか、過激思想に毒され過ぎって感じだな

朝の祖母無自覚毒親って感じで間違っても思春期の子供を任せられる感じじゃないし、すずめの戸締りも単純な美談じゃなく叔母の葛藤が描かれてただろ。それは違国日記も同じ

心を砕くとはそういうこと、のシーンを見ても同じ感想だったなら、俺とは違う作品を見てるのかと思うわ

2026-05-01

トランスカルト教祖バトラーさん、ボコボコにされてしま

https://www.counterfire.org/article/what-the-butler-didnt-see-book-review/

バトラーが見なかったもの――書評

リンジージャーマンは、ジュディス・バトラーの新著『Who’s Afraid of Gender?』における議論概念的混乱を検討している。

 

1. 導入:性とジェンダーをめぐる古くて新しい論争

著者はまず、1970年代女性解放運動期に、米国マルクス主義人類学イヴリンリードが書いた「生物学女性運命か」という問いを引く。リードは、女性母親であることを理由に、社会的役割限定されるべきではないと論じた。同時に、資本主義社会における生物学人類学は、性役割女性劣等視に関する社会的前提を多く含んでいるとも批判していた。

今日、性とジェンダーをめぐる論争、とりわけトランスジェンダーをめぐる論争は、自然文化生物学社会的態度、性とジェンダー関係を再び問い直している。バトラーは、いわゆるジェンダーアイデンティティ運動における中心的な学術人物であり、ノンバイナリーを自認し they/them 代名詞を用いている、と著者は紹介する。

ただし、著者はバトラーの新著について、以前の著作よりは読みやすいとしながらも、「読みやすい」といっても相対的ものにすぎないと述べる。中心概念はしばしば曖昧で、「phantasm」という語が100回以上出てくる一方、バトラーが反対する立場への批判は十分ではない、という評価である

著者の基本的批判は、バトラーが「ジェンダー」も「性」も明確に定義していないという点にある。バトラーは、自分が性の存在否定しているわけではないと言うが、実際には性とジェンダーの「共構築」を語り、両者をほとんど完全に絡み合ったものとして扱っている、と批判される。

2. 極右文化戦争、反ジェンダー運動

書評は次に、バトラーの本の多くが「容易な標的」に向けられていると述べる。ジェンダー文化戦争の一部となっており、バトラー右派極右による「ジェンダー理論攻撃を大きく扱っている。取り上げられるのは、ドナルド・トランプイタリア首相ジョルジャ・メローニ、ハンガリーヴィクトル・オルバーンローマ教皇などである

バトラーは、反ジェンダー運動が各国の選挙で強い影響を持っていると指摘する。ブラジルコスタリカコロンビアフランススイス英国スコットランドエクアドルドイツハンガリースペインなどが例に挙げられている。スペイン極右政党 Vox は「ジェンダージハード」や「フェミナチ」といった表現を用いている、と紹介される。

著者は、こうした反動的勢力個人的性的平等を求める人々にとって脅威であることは疑いない、と認める。彼らは、法律を制定し、国家差別執行できる権力を持っているかである。彼らが守ろうとするのは、キリスト教的・異性愛家族を中心に据えた、国家と結びついた保守的な性・生殖家族モデルである

しかし著者は、バトラー分析が「なぜ今このような反動が起きているのか」を十分に説明していないと批判する。バトラーは「反 woke」の感情を、家父長制・異性愛規範白人至上主義的秩序の喪失に対する心理社会的幻想として説明する。しかし著者は、これでは新自由主義資本主義危機、脱工業化生活水準の低下、反移民感情人種差別政治的動員、米国社会軍事化暴力化などの物質的条件が抜け落ちると述べる。

まり、著者の立場では、反ジェンダー運動は単なる「幻想」や「心理不安」ではなく、資本主義危機社会的荒廃のなかで生じている政治現象として分析されるべきだ、ということである

3. バトラーは「ジェンダー」をどう理解しているのか

著者によれば、バトラー実質的に「性/ジェンダー」の区別崩壊させている。性とジェンダーを同じものとして扱い、「性が文化規範の枠内で捉えられるなら、それはすでにジェンダーである」と論じる。

著者はこれを、現実身体カテゴリーイデオロギーへと作り替えてしま議論だと批判する。性や生殖という現実からイデオロギーが生じるのではなく、逆にイデオロギーが性を作るかのように語っている、という批判である

さらに著者は、これは「馬車を馬の前に置く」ようなものだと言う。社会的要因が生物学的要因を完全に上書きできるかのように見えるが、それは経験的に誤りである人間は200年生きることはできないし、食物と水を必要とし、種の再生産は生物学事実である人類の存続は、圧倒的には男女の性的関係依存してきた、というのが著者の主張である

著者は、性とジェンダーについて語る際には、自然事実とそれに付与される社会的構築との関係を論じることができると認める。しかし、自然事実のもの存在しないかのように扱うのは観念論である、と批判する。

また、バトラースポーツをめぐる議論で、男性思春期だけでは偉大なアスリートにはなれず、テニスコートへのアクセス個人トレーナー存在関係すると論じている点について、著者は「それは論理の飛躍だ」と批判する。階級的不平等があることは事実だが、それは身体性差問題を消すものではない、という趣旨である

著者は、社会的構築が幼少期から始まることは認める。子どもが「男の子」「女の子」と告げられた瞬間から服装、興味、教育機会、性格などについて多くの社会的期待が付与される。しかし、それは性という自然事実を消すものではなく、物質的要因とイデオロギー的要因が密接に絡み合っていることを示すだけだ、と述べる。

4. マルクス主義自然文化をどう見るか

著者は、バトラーが『ドイツイデオロギー』のマルクスエンゲルス引用しているにもかかわらず、その要点を誤解していると批判する。マルクスにとって、思想人間物質生活過程から生じる。観念イデオロギー現実を補強することはあるが、現実から切り離されて現実のものを作るわけではない、というのが著者の理解である

著者は、バトラーが「phantasm」とマルクスエンゲルスの「phantoms」を似たものとして扱っているようだが、それは違うと述べる。バトラー議論は、人が自分でそう考えれば何者にでもなれるかのような前提に近づいており、これはマルクス主義唯物論からは遠い、と批判する。

マルクスエンゲルスは、人間自然に働きかけ、食物や住居などの生存手段を獲得する過程を通じて歴史が発展し、観念も変化すると見た。人間自然の一部であり、単なるイデオロギー的構築物ではない。したがって、ポストモダン理論に合わないからといって、この見方時代遅れとして退けるのは、社会発展の理解放棄することだ、と著者は述べる。

著者は続いて、マルクス主義的な家族論を説明する。初期の「原始共産制社会には、性別間に一定の素朴な平等があり、女性母性役割理由とする差別は必ずしも存在しなかった。しかし、余剰富の蓄積、階級の成立、支配階級財産を守る国家装置形成財産継承保証する家族構造の成立によって、女性抑圧が階級社会の特徴となった。エンゲルスはこれを「女性世界史的敗北」と呼んだ、とされる。

資本主義のもとでは、家庭と職場の分離が明確になり、家庭内無償労働有償労働から切り離され、劣ったものと見なされるようになった。資本主義搾取規律は、家庭と職場の分離、個人化、ヒエラルキー同調性に適した家族必要とした。そこには性的同調性も含まれ女性子ども男性従属し、性は結婚内の生殖のためのものとされた。

この観点から著者は、LGBT抑圧の根源は、核家族規範への挑戦と見なされる点にあると説明する。したがって、それは家族制度と女性抑圧に結びついている。著者は、この歴史唯物論的な家族分析は、バトラーに見られるポストモダニズムや多くのジェンダー理論よりも優れており、同時に一部ラディカル・フェミニスト生物学決定論実証主義よりも優れている、と主張する。

5. 家族社会的再生

著者は、女性再生産における役割は中心的だと述べる。女性人類再生産に不可欠であるだけでなく、資本主義体制における労働力再生産、つまり養育・ケア社会化・教育にも深く関わっている。家族次世代労働者比較的低コストで育成するため、経済的社会的役割を果たす。

女性母親であること自体不利益でなければならない自然理由はない。しかし、それが資本家階級利益をもたらす社会的経済的理由は多く存在する、というのが著者の主張である

この過程において、性は現実であり、大多数の人々は生物学的に明確に男性または女性である、と著者は述べる。例外的曖昧なケースはあるが、それは性発達の差異であり、「インターセックス」という連続スペクトラムがあると示唆するのは誤りだ、という立場である

一方で、性が社会的にどう組織されるかは変化しうる。たとえば、2024年英国家族形態は、20世紀初頭の男性稼ぎ主モデルとは異なる。しか共通しているのは、家庭内労働の多くを依然として女性が担い、家庭外のケア料理、清掃などの社会的再生労働も、低賃金女性が多く担っているという点である

著者は、自然文化関係は複雑だが、女性生物学役割に色づけられていると述べる。女性けが出産できるという事実に、女性はより養育的で、自己主張が弱く、特定仕事に向いているといったイデオロギー的前提が付随する。こうした前提は、生物学とは無関係で、社会関係に由来するにもかかわらず、労働市場における女性不利益を補強する。

妊娠授乳更年期月経など、女性抑圧において生物学的要因はなお大きな役割を持つ。社会主義社会であれば、それに伴う圧力不利益の多くを取り除けるかもしれない。しか資本主義のもとでは、女性はそれらの要因に個人的対処することを求められ、その結果として不利益を被る、と著者は論じる。

著者は、バトラーが「子どもを産まない女性もいる」「閉経後の女性もいる」「さまざまな理由子どもを持てない女性もいる」といった例外を挙げることで、女性抑圧に生物学的要素があるという議論無効化しようとしている、と批判する。しかし、それは成り立たない。個々人の状況にかかわらず、家族における女性の中心的役割出産・養育者としての役割が、女性抑圧を規定しているというのが著者の主張である

6. 階級ジェンダー女性の恐怖の軽視

著者は、バトラー議論女性抑圧という特定問題を、より広い「ジェンダー抑圧」の一部として矮小化していると批判する。性差別を禁じる平等法も、バトラーにおいては、本人の性ではなく、ジェンダー社会的前提に関わるものとして扱われる。著者はこれを、現実カテゴリーである性をイデオロギーへと作り替える主観的観念論だと見る。

また著者は、バトラーが、女性専用空間や、レイプ家庭内暴力から逃れるためのシェルターなど、フェミニストが闘ってきた現実問題を軽視していると述べる。バトラーは「TERF」批判の章で、キャスリーン・ストックや J.K.ローリングを中心に攻撃するが、同様の懸念を持つ多様な個人組織を十分に扱っていない、と著者は批判する。

著者は「TERF」という語を侮辱的かつ誤解を招くものだと述べる。それは、ジェンダーアイデンティティ理論批判的な人を信用失墜させ、議論沈黙させる効果を持つという。著者は、反トランスの人々は存在し、それは間違っているとしつつも、左派社会主義の立場にありながらバトラー流のジェンダー理論に納得していない女性たちがいることを強調する。

そのような人々まで、極右ファシストの側に客観的に立っていると見なすの馬鹿げている、と著者は述べる。人種差別分析にもさまざまな立場があるように、性とジェンダー分析にも複数立場がありうる。トランス権利を支持し、あらゆる差別に反対することと、バトラー理論全体を受け入れることは同じではない、という主張である

著者は、ラディカル・フェミニズムについても、男性暴力男性からの分離を強調しすぎ、女性抑圧への階級対応を弱めていると批判する。しかし同時に、家庭内暴力レイプ女性の客体化と従属化の文化が深刻であることは認める。こうした問題は、女性解放運動によって政治問題化されたが、十分な資源や関心は向けられてこなかった、と述べる。

特に著者が不快に感じた箇所として、バトラー女性刑務所女性専用空間におけるレイプ性的暴行への恐怖を過小評価している点が挙げられる。バトラーは、男性看守による女性囚人へのレイプがすでに存在することや、レイプが必ずしもペニスによるものに限られないことを指摘する。しかし著者は、圧倒的多数暴力男性から女性に向けられており、レイプの大多数は男性ペニスを用いて行うものだと述べる。そのため、多くの女性男性男性身体に恐怖を抱くことには根拠があり、それを見下したり退けたりしてはならない、と主張する。

7. グローバルな女性労働階級

著者は、バトラー理論抽象的で、階級と抑圧の関係を十分に扱っていないと批判する。バトラーは「女性とは何か」を理解するには、グローバルかつ多言語的に考える必要があると述べるが、著者は、文化差異だけでなく、物質生活現実も見なければならないと言う。

たとえば、フィリピンスリランカの女性たちは、自分の子どもを残して海外へ行き、清掃やケア労働従事することがある。こうした女性たちは、受け入れ国の労働者女性男性黒人白人性的指向やジェンダー

2026-04-28

ゆとり世代自己肯定感メディア

憤りの話です。今更過去の話だと言われてもやっぱり許せないことがある。

ゆとり」と罵られ続けた世代の話。

本当になんで自分たちのせいじゃないのに、あんなに日本中からメディアから毎日罵られる世界思春期学生を生きてたんだろうって。

いま、その世代にあたるだろう人達自己肯定感が低く、病気がおおいといわれてる。それでいつも思う。「多感な思春期を叩きまくったあなたたちメディアも原因の一つだよね?」って。

ネットで、twitterバカッターとかゆとり笑とか、2chそばれてたのは全然許せる。見なきゃいいし、そもそも個人の行いだから

でもメディアは許せない。自分の都合では防げない、毎日目や耳に入る状態で罵られて、肩身狭くされて、個人努力してもゆとりって世の中で罵られるようになって。

それって、多感な思春期にしていいこと?いい歳した大人が、小学生小学生に上がりたての子供に対して。社会に出てからもあったよね。

一般家庭ってみんな度合いは違えど、機能不全家庭だったよね。きっと今もそうだけど、その状態に加えて何年間も連日メディアからバッシングってどうなのかな?自己肯定感が育つかな?低くする理由にならないかな?

ゆとり教育そのものは、7歳くらいのころ4時間授業だったのが、土曜がなくなることにより5時間目や6時間目が追加された。同級生も私も午後には疲れて眠たがっていた。土曜も家にいることになったことは、親から子供がいるせいで今までみたいに午前ゆっくりできない!」と面倒臭がられた。金土で分割してた学校の持ち帰り荷物が金曜全てに集中して、いつも小さい身体に大荷物だった。まあ施策自体もキツいとこあったけども、問題はそこじゃない。

あんバッシングし続けてきたくせに、謝罪することもないメディアってなんなの?

自らの役職会社がした行いが良かったか悪かったか、そんなことも振り返ることもない…。

アナウンサーニュースもずっと嫌い、制作会社の気風、そういう上から言われて仕事からやってるっていっても。

生活を脅されたので、罪のない子供罵倒する仕事をやりました

そう言ったら、無罪で許されるの?

平気な顔でずっと罵り続けた職種は、コメンテーターより悪質だとおもってるんだ。

たまに擁護や同情する記事もあったけど、それって全部ネット記事とか小さい派閥だった。まあ当時のメディアって総理おろしとかもやってたけど…。

そういうのも含めて、ほんと無責任無責任でずっと許せない。ずっと嫌い。

当時の子どもたちをバッシングして、自己肯定感を奪ってお金もらって、無責任で。

罵倒して操作して広める、その責任も取ってほしいよ。

最近の「自己肯定感の低い平成初期勢の病気率」みたいな特集見かけるたびに「お前も加担してただろ」って言いたくて仕方なかった。沸々と湧き上がる。あのころと同じ人が制作に関わってるとは言えないのにね。上の人なんて、もうとっくにしんでるかもしれないよ。

あのころの歪み、一度問題視されないかな。

平成リバイバルどうのと見るたびに、世間から絵描いて漫画よんでたら犯罪者予備軍扱いだったり迫害だった時代のこととかも、思い出してほしい。あんな風に「ゆとり世代は愚か、バカ、あきれちゃう」ってずっと言ってたよね。

学校みたいな個人間なら「いじめたやつがわるい、地域環境が悪かった」で折り合いつくんだけど、メディアは違う。メディア情報操作のできる世間組織だよ。

ゆとりとは、スケープゴートだった。

から自己肯定感を奪える十分な環境であったと自覚してるんだろうか、関与してた彼らは。憤りを感じる。きっと罪を自覚してほしいんだと思う。そんな日来ないのにね。

肯定感で苦しんでるゆとり世代が多いのは、親のせいだけじゃない。メディアも原因のひとつでしょって思ってるんだ。

この日記を書いたのは、誰かに叫びを知ってほしかたから。恨みが届いて罪の意識が芽生えたらいいのに向こうに芽生えることはないだろうから、せめて聞いてほしかった。それだけ

2026-04-27

漫画ふたりバス」にエロを感じてしまうのはアウト?

エロい描写はなく、単なる中学生同士の恋愛漫画なんだけど、ものすごくエロい

片思いからかな

絵も綺麗で、描写も上手いからかな

毎回ドキドキしてしま

ロリショタ的な意味ではなくて、青春思春期恋愛エロく感じてしま

こういうのにエロを感じるようになったらもう終わりなのかな…

2026-04-24

男女のすれ違いって、結局「前提の理解のズレ」から来てる気がするんだよな。

例えばだけど、

思春期男子の性欲ってどれくらい強いのか、

具体的にイメージできてる人ってどれくらいいるんだろう。

思春期男子がどのぐらいの頻度でオナニーしてるか答えられる女っているんか?(答えは最後に)

このズレがあるまま関係性に入ると、

「そんなつもりじゃなかった」とか

「なんでそうなるの?」みたいな衝突が起きやすい。

もちろん大前提として、

同意境界線絶対尊重されるべき。

その上で、

お互いの身体心理の違いをちゃんと知ることって、

無駄軋轢を減らす意味ではかなり重要だと思う。

性教育って、

単に知識を教えるだけじゃなくて、

こういう“認識のズレを埋めるもの”でもあるんじゃないかね。

答えは、毎日は当たり前で1日に3,4回することもある。

2026-04-23

[]生存戦略としての宿命

ギリシャ神話運命の三女神イライは、人生の糸を紡ぎ、測り、容赦なく断ち切る。神々でさえ抗い難いこの絶対的な力は、人間がどれほど賢く逃れようとしても、予言成就させる残酷皮肉を宿している。

生物学的な宿命もまた、避けようとする努力を逆手に取り、個人人生を形作る。

進化生物学は、この神話残酷さを、遺伝子と脳の回路という形で証明している。逸脱衝動——加害の快楽を求める衝動と、それを創造の炎に変える想像的逸脱——の起源は、集団生存戦略として有利だった極端な特性多様性にある。個人レベルでは避けがたい不幸と破滅運命づけるが、集団レベルでは「保険」として機能してきた。これが、進化が生んだ宿命本質である

進化が生んだ「sensation seeking」の生存戦略

進化過程で、人間集団環境の激変に柔軟に対応するため、特性多様性戦略的に残した。中脳辺縁ドーパミン系(腹側被蓋野から核 accumbensへの投射回路)は、生存に有利な行動を即時的な快楽で強化するよう設計されている。この回路の感受性を高める遺伝変異——特にDRD4遺伝子の長型対立遺伝子——は、sensation seeking(感覚追求傾向)という特性を生む。

新奇性、リスク支配感、背徳スリルを強く求めるこの傾向は、集団全体として「探索者」を供給し、新しい資源発見危機回避寄与した。

進化生物学的に見て、これは明確な生存戦略だ。ほとんどの個体保守的で安定した生存を選ぶ中、少数の極端な個体が未知の領域踏み込むことで、集団適応力が飛躍的に向上する。狩猟採集時代には、新しい狩場や技術発見する冒険者が、集団の存続を支えた。

環境が劇的に変化したとき保守的な大多数だけでは絶滅危機に瀕するが、逸脱衝動を持つ少数派が「保険」として機能する。

この多様性は、集団の長期的な生存確率を高める。集団生物学合理性が、逸脱衝動性を存続させてきた。

宿命を背負うものの生きる道

しかし、極端なsensation seekingは、報酬系の過剰活性により、日常の穏やかな快楽では満足できなくなる。

幼少期や思春期の強烈な体験が一度回路に「快楽記憶」を刻むと、神経可塑性限界によりそれはほぼ不可逆的となる。

記憶再固定の仕組みで長期的に固定され、ストレス環境暴露で容易に再燃する。

つの帰結は、加害の快楽に囚われる破壊的逸脱だ。

暴力性的支配背徳スリルがもたらす即時的なドーパミン爆発に深く飲み込まれる。報酬系が再配線されると、日常ささやかな喜びはすべて色褪せてしまう。外部の規則一時的に抑えられても、自由の瞬間が訪れた途端、古い渇望が再び牙を剥く。

もう一つの道は、同じ衝動創造原動力に変える想像的逸脱だ。

未知への渇きと狂おしい好奇心科学を、芸術を、思想を高みへと押し上げる。

生きることの悲哀

進化集団の存続のために、逸脱衝動という極端な特性を残した。しかし、個人人生にとっては、モイライの糸のように残酷だ。加害の道も創造の道も、深い孤独と避けがたい代償を背負う。

私たち全員が、加害の快楽創造の炎の間で永遠に揺れ動き生きる定めにある。モイライの糸は、今日も静かに紡がれている。

anond:20260423040733

80年代ボアニメでいちばんの不良キャラは『オーガス』の桂

とにかく感情移入できない主人公だった

(ワイは当時紅顔の思春期根暗少年や)

2026-04-22

フーコー的生権力としての「性自認

トランスジェンダーイデオロギーは、生物学的性(sex)を「社会的構築物」と位置づけ、個人性自認gender identity)を内面的な真理として絶対視する考え方であるクィア理論脱構築的枠組みを基盤にしつつ、より実践的・政策指向が強い点が特徴だ。一方、ダイバーシティエクイティインクルージョン(DEI)活動は、これを「多様性」の象徴として企業学校行政に浸透させ、異論を「トランスフォビア」として抑圧する仕組みを提供している。

ミシェル・フーコー理論特に権力(biopower)と医療化medicalization)の観点から見ると、このイデオロギー皮肉にも「解放」の名の下に新たな権力装置として機能している。フーコーは『性の歴史』で、近代権力が性や逸脱を「種(species)」として分類・内在化し、医学心理学を通じて主体生産管理すると分析した。トランスジェンダーイデオロギーは、まさにこのメカニズムを逆手に取り、性自認を新しい「内面的真理」として生産し、生(身体・発達・安全)を再管理している。

性自認の真理生産と生権力の再配置

トランスジェンダーイデオロギーは、性自認を「本人が知る絶対的な内面」として位置づけ、生物学現実性的二形性、ホルモン影響、筋骨格差)を「抑圧的な構築物」と退ける。これにより、新たな規範の再配置が生まれる。女性専用スペース(刑務所トイレ更衣室、スポーツ)の境界曖昧化され、性自認優先の政策が推進された。

英国刑務所では、2025年3月時点でトランスジェンダー囚人が339人(前年比15%増)と急増し、トランス女性(出生時男性)の性的犯罪歴率が極めて高いデータ過去に示されている。女性囚人全体の性犯罪率が約3.3%であるのに対し、トランス女性では男性型のパターンが維持される傾向が観察された。これは、フーコーが言う生権力典型——生物学的性の古い規範解体たかに見せかけつつ、性自認という新しい分類基準身体安全を再管理する装置だ。結果、生物学女性安全権が再配分され、脆弱層への被害転嫁を招いている。

スポーツ分野でも同様の再配置が見られた。国際オリンピック委員会IOC)は2026年3月女性カテゴリー参加資格生物学女性(SRY遺伝子スクリーニングによる一回限りの判定)に限定する新方針を発表した。これまで性自認尊重が優先された結果、身体的優位性による不公平女性アスリート安全問題が深刻化した。イデオロギーが「包括性」を掲げながら、実際には生物学現実無視した生の最適化を試みた末の修正である

医療化の逆説——「非医療化」の名の下の新たな管理

トランスジェンダーイデオロギー医療であるgender-affirming care(性自認肯定ケア)は、思春期ブロッカークロスセックスホルモン積極的に推奨してきた。しかし、英国のCass Review2024年最終報告)は、関連エビデンスの質が「極めて弱い」と結論づけ、長期的な精神衛生改善効果安全性に強い疑義を呈した。思春期抑制剤の使用原則として臨床試験限定され、包括的心理社会的支援へのシフトが推奨された。

フーコー医療化理論から見れば、これは非医療化仮面かぶった新たな医療化であるDSM-5やICD-11性同一性障害病理表現が緩和された「反医療化」は、一見解放的に見えるが、実際には性自認を新しい「真理の内面」として医療教育管轄下に置いた。フーコーが指摘したように、権力病理化だけでなく脱病理化によっても主体生産する。軽度の苦痛は「多様性」として肯定され、重い併存疾患(自閉症スペクトラム不安うつなど)や社会的影響(Rapid-Onset Gender Dysphoriaで指摘されるピアインフルエンスやソーシャルメディア役割)は十分に検討されにくい構造が生まれた。

結果、若年層の急増現象社会感染的な側面を持つ可能性が指摘される一方、イデオロギーはこれを「自然発見」として扱い、慎重な鑑別診断を遅らせる。フーコー的に言えば、これは生権力生産性——個人の「生」を性自認という枠組みで最適化管理しようとする試みだ。

DEI活動役割——言説統制と規範強制

ダイバーシティ活動は、トランスジェンダーイデオロギーを「インクルージョン」の象徴として組織に浸透させた。しかし、これは真の多様性ではなく、新たな単一規範強制として機能している。異論(Cass Reviewのような科学的慎重論や生物学現実の指摘)は「ヘイト」として排除され、言論空間が萎縮する。フーコーの「言説の秩序」論で言えば、特定の真理(性自認絶対性)が制度的に優位化され、他の知識進化生物学発達心理学犯罪パターン性差研究)が周辺化されるプロセスだ。

DEIは「多様性」を掲げながら、生物学女性の権利、親の関与権、科学エビデンスに基づく慎重さを犠牲にする矛盾を抱えている。これは、クィア理論脱構築とは異なり、実務レベルでの生の直接管理(人事方針教育カリキュラム医療ガイドラインへの介入)として現れる側面である

フーコー批判——権力螺旋と遅延効果の欠如

フーコーは、抵抗のものが新たな権力装置を生む「権力螺旋」を繰り返し指摘した。トランスジェンダーイデオロギーとDEIは、まさにこの螺旋に巻き込まれている。生物学規範の抑圧を批判するはずの運動が、性自認という新しい真理を生産し、身体・発達・安全を再分類・管理する生権力として機能してしまった。

真に人間らしい多様性とは、生物学現実直視しつつ、苦痛を抱える個人への共感的な支援科学的に行うことである

イデオロギーが「肯定排除か」の二元論矮小化する限り、社会コストは増大する。2024-2026年国際的修正(Cass Review後の欧州シフトIOC生物学女性限定方針)は、現実がこの生権力限界を突きつけ始めた証左と言える。

成熟した社会は、フーコー物差しで自らの権力装置不断批判し、イデオロギーではなく害の度合いとエビデンスに基づくバランスを求めるべきだ。様々な性自認を抱える個人尊厳尊重しつつ、女性子供保護科学的慎重さを犠牲にしない——それが、本来ダイバーシティ意味だろう。

クィア理論皮肉フーコー視点から批判

クィア理論は、ジュディス・バトラーイヴ・コソフスキーセジウィックらによって展開された、異性愛中心主義ヘテロノーマティヴィティ)を脱構築する試みとして登場した。規範を「行為の反復」として相対化し、ジェンダーセクシャリティを流動的なパフォーマンスとして再定義することで、抑圧から解放を目指したはずであるしかし、21世紀に入りこの理論制度化・政策化される過程で、皮肉にも新たな規範の再配置と生権力装置として機能し始めた。ミシェル・フーコーが『性の歴史』や『監獄誕生』で分析したように、権力は単に抑圧するのではなく、知識・言説を通じて主体生産・分類・管理する。クィア理論は、旧来の生物学的性規範批判しながら、自ら新しい「正常/異常」の線引きを導入し、人間本性を再定義し、さらには一部の逸脱者を「脱人間化」するプロセスを促進している。

新たなジェンダー規範の再配置:性自認優先の制度

代表的な事例が、女性専用スペースの「解放政策である英国では、性自認を重視した刑務所配置方針が長年続けられた結果、生物学男性でありながら女性として認識されるトランス女性囚人割合が急増した。2025年3月31日時点で、イングランドウェールズ刑務所には339人のトランスジェンダー囚人確認されており、前年比15%増という急拡大を見せている。過去公式データでは、こうしたトランス女性(出生時男性)のうち、性的犯罪歴を持つ者の割合が58.9%〜62%に達し、生物学女性囚人(3.3%)や男性全体(約17%)と比較して極めて高い男性犯罪パターンを維持していることが明らかになった。

同様の再配置はスポーツ分野にも及ぶ。国際オリンピック委員会IOC)は2026年3月女性カテゴリー参加資格生物学女性(SRY遺伝子スクリーニングによる一回限りの判定)に限定する新方針を発表した。これまで性自認尊重した参加が認められてきた結果、生物学男性身体的優位性による不公平が深刻化し、女性アスリート安全競技の公正が脅かされる事例が相次いだ。トイレ更衣室、温泉などの日常空間でも、性自認優先の通知や条例が導入され、生物学的性の境界曖昧化された。

これらは、クィア理論が唱える「規範撹乱」ではなく、新しい規範の再配置である生物学的性を「社会的構築物」と位置づけ、性自認を優先する言説は、フーコーのいう生権力として、身体と生を新たな基準管理する装置となった。旧来のheteronormativityを批判しながら、性自認という内面的真理を「知識権力」の対象に据え、人口を分類・最適化する——まさにフーコーが警告した、権力が「生」を対象化するメカニズムだ。

人間本性の再定義流動性 vs 生物学現実

クィア理論は、人間本性を「本質的」なものではなく、パフォーマティブに構築されるものとして再定義した。これにより、ジェンダー・ディスフォリアを抱える若者への「アファーマティブケア」(性自認肯定医療)が推進された。しかし、英国カスレビュー2024年最終報告)やその後の追跡調査では、思春期抑制剤やクロスセックスホルモン治療エビデンスが「極めて弱い」ことが指摘され、長期的な精神衛生身体的影響(骨密度低下、認知発達への懸念)が懸念されている。2025年以降、イングランドでは思春期ブロック剤の使用原則禁止され、ホリスティック包括的)な心理社会的支援シフトする動きが加速した。

この再定義は、フーコー医療理論を逆手に取ったものだ。19世紀同性愛が「逆性的感覚」という医学カテゴリとして生産されたように、クィア理論性自認を新しい「内面的真理」として医療教育法制度の対象に据えた。結果、生物学現実進化的に形成された性的二形性や犯罪パターン性差)を「抑圧」と位置づけ、流動性強制する新しい規範を生み出した。

ここで特に問題なのは、こうした人間本性の再定義社会契約民主的プロセスほとんど経ずに急速に制度化された点であるホッブズルソーが描いた社会契約は、個人の加害性や自由限界相互に認め、合意に基づく規範を構築する仕組みである民主的プロセス議会審議、科学レビュー国民合意形成公衆討議)は、これを支える現実的な装置だ。しかし、クィア理論の影響下で性自認優先政策アカデミアや一部の運動から行政法制度へ波及した過程では、こうしたプロセスが大幅にバイパスされた。生物学現実潜在的加害性の検討が十分に行われないまま、政策が「進歩的トレンドとして導入された事例は枚挙にいとまがない。

社会契約民主的プロセスは、一種の「遅延効果」を持つと見るべきだ。思想トレンドの変化が熱狂的に進行する中で、即時的な制度反映を「遅らせる」安全装置。審議の時間科学エビデンスの蓄積、利害関係者の声の反映——これらがなければ、流動的な人間像の再定義現実の害(身体的・心理的・社会的コスト)を十分に考慮せずに固定化されてしまう。クィア理論脱構築を掲げながら、この遅延効果を「抑圧の装置」と位置づけ、民主的チェックを弱めながら生権力を再配置した。

医療基準改定による「非医療化」の逆説——フーコー医療理論適用

ここで注目すべきは、医療基準自体改定による「非医療化」が、フーコー医療理論でこそ最も鮮やかに説明できる点であるDSM-5(2013年)では「Gender Identity Disorder(性同一性障害)」を「Gender Dysphoria(性別違和)」に改称し、アイデンティティのもの病理化する表現廃止した。ICD-112019年)では「Gender Incongruence(性別不一致)」を精神疾患から性的健康関連条件」章へ移動させ、精神疾患としての分類を正式に解除した。これらは一見クィア理論が推進した「反医療化」の勝利のように見える。

しかし、フーコー医療理論から見れば、これは非医療化の名の下に行われる新たな医療化・生権力の再配置にほかならない。フーコーは、権力が「病理化」だけでなく「脱病理化」によっても主体生産管理することを繰り返し指摘した。旧来の病理化(行為を「種」として内在化し、管理対象とする)を批判するように見せかけつつ、「合意と害の不在」という新しい基準で逸脱を再分類する。適合する軽度の逸脱(規範撹乱的な多様性)は「正常な多様性」として保護特権化され、適合しない重い衝動(非同意暴力要素の強いパラフリック障害)は、より強く「ただの犯罪」として切り捨てられる。これにより、クィア理論は反医療化を装いつつ、性自認を新しい内面的真理として医療制度的介入の対象に据え、人口の生を再最適化する装置を構築した。まさにフーコーが警告した「権力生産性」の典型である

犯罪者の脱人間プロセス二重基準階層

さらに深刻なのは、逸脱の「軽重」による選別が、犯罪者の脱人間化を促進している点だ。合意ベースの軽度パラフィリアや規範撹乱的な表現は、クィア理論によって「多様性」として保護特権化される。一方、非同意暴力要素の強い性的衝動(パラフリック障害)は、「ただの犯罪」として切り捨てられ、道徳的社会的に脱人間化される。DSM-5がパラフィリア自体を非病理化しつつ、害を伴うもの障害とする区別を設けたのも、この二重基準制度化した例である

フーコー的に見れば、これは生権力典型的な逆説だ。クィア理論は「反医療化」を掲げて旧来の病理化を批判したが、結果として新たな分類装置を構築した。「クィアであること」が文化的道徳的資本となり、十分に「クィア」でない逸脱者(重い反社会性+性的衝動の複合型)は、規範の外側に排除される。犯罪者は「宿命的な怪物」としてではなく、社会管理すべき生として扱われるべきなのに、理論は「軽い逸脱」の保護と「重い逸脱」の脱人間化を同時に推進する二重基準を生んだ。これにより、管理される自由自発的衝動抑制治療や専用環境選択肢)は十分に整備されず、宿命的な渇望を持つ人々をさら孤立させる。

フーコー批判——権力螺旋に巻き込まれ抵抗

フーコーは、権力は「抑圧」ではなく「生産」であり、抵抗のものが新たな権力装置を生むと繰り返し指摘した。クィア理論はまさにこの螺旋に巻き込まれた。規範脱構築しようとしたはずの運動が、性自認という新しい真理を生産し、身体と生を再管理する生権力として機能している。人間本性を流動的に再定義した結果、生物学現実や加害性の潜在性を直視する機会を失い、脆弱層(生物学女性子供)の安全権を再配分する事態を招いた。

社会契約民主的プロセスという「遅延効果」を欠いた再定義は、こうした生権力の再配置を加速させた。人間らしい社会とは、逸脱の宿命を認めつつ、害の度合いに基づく透明な線引きと、加害衝動者への「選択肢」(任意医療的介入や構造化された環境)を拡大する社会であるフーコー物差しで測れば、クィア理論実践規範の単なる置き換えに過ぎない。脱構築の名の下に生まれた新たな抑圧を避ける——それが、今求められる成熟した視点だろう。

2026-04-20

研究からの逃避で就活に力を入れているのを自覚している

でも内定が取れたとしても修論を出せなかったら取り消しになってしまうのだろうかと怯えている

公務員とかなら修士卒見込みで就活したものの結局大卒まりになりそうでも第二新卒とか学部卒扱いで入れてくれると信じたい

夜更かししてこんな不安増田に書く暇があったらその分先行研究読めよと我ながら思うけど、嫌すぎてまだまだ先延ばしにしそうだから、もう読まないと決めて早く寝る方が有益な気がしてきた。自分怠惰さを俯瞰できてるのに行動に移せないの情けなさすぎる

でも全然将来は定まっていないのに、なぜか人生で今が一番情緒が安定している気がする。もう大卒資格は得てるし選り好みしなければ仕事には就けると思って安心しているのだろうか。前ならこういう不安が湧いたらすぐに死んだらこんなに苦しまなくて済むんだとぼんやり希死念慮を抱いていたし、そもそも社会に出るのが怖くてたまらなかったのに、今は社会人になりたくてたまらない。ようやく思春期を脱して精神的に大人になれたのだろうか。

2026-04-18

地味で気弱な顔でチビ女過ぎて人に舐められる

整形したいが元の顔がこんななので伸びしろが無さそう。

町中で知らない人に軽んじられたり、危害を加えられたり、

会社では初対面の印象が良くないようで、信用してもらうのに時間がかかる。

男性がよく言われる清潔感自分には無いんだと思う。

髪はツヤがない、朝セットしても癖がひどい。

背は低いわりに頭はデカくて肩幅がある。姿勢も悪い。メガネをかけてる。

服はシワがあるかくたびれてる、新しい服を買っても、周りの人みたいに垢抜けられない。

ニキビや肌荒れ、シミもある。思春期に顔中にできたひどいニキビ跡がクレーターになってる。肌質に恵まれてない、母親もひどいニキビ面で肌がでこぼこだった。

肌の色はお世辞にも明るいとは言えない。

蒙古ひだのひどい目は垢抜けない、大きな鼻、薄い上唇、面長で、顎がないせいで横顔は化け物みたいだ。

まれ持った声も、綺麗な声とは言えない。かっこいい声でもない、何か間抜けな声なんだよね。

目頭切開の手術と鼻整形の手術を考えてる、いくらでできるんだろう。100万じゃ無理なのかな。

でもあまり自由になるお金が無いからもっと効果的な事があれば知りたい。

2026-04-17

愛について

遠藤周作の本を何冊か読んだ

「愛」について書かれた、とは簡単に言うことはできないけど

自分過去経験と合わせて「ああこうだったな」と理解できた部分があった

それは愛されてるなという実感、つまり「愛」ってなんだろうという問いについてだ

自分は幼少期からから溺愛されて育ったおかげで「愛」はもういらない、

とばかりに反抗期突入大人になった今に至るまで「愛」は自分にとって

余計なものの一つという考えがどこかにあった

しか思春期に入り女性と交わりたい

好きな人に好かれたいと常に葛藤し愛に飢え始めた

16歳の頃年上の先輩と初めて付き合い初めてフェラチオをされた時

それは電流のように脳をとかした

女性に愛されているのだという実感

それに勝るものなどこの世には無い

そう確信したのだそれは三角形内角の輪が180°であるという真理に近いほどだった

それから少ない人数ではあるが女性フェラチオをされ、セックスをすることができた

絶頂の瞬間をどうしてもセックスよりフェラチオを選んでしま自分にとって

「愛」とはフェラチオの上手さだった

自分が「愛」を実感できるものがそれである以上

言葉姿勢価値を見出すことが無くなってしまった

それからは「愛」について、私はひたすら沈黙を貫くことになる

思春期の子供に新しいパパ連れてくるのは無理ゲーなんよ

やって良いのは思春期男の子めっちゃエロい新しいお母さんだけ

映画スペルズ/呪文 を見た

ありきたりな寄宿舎ホラーでガキがムカつくことを加点して48点。

 

うるせーガキとその姉の主人公は車で移動中にしょうもないことで喧嘩を始める。母親がそれをいさめようと映画で100回見た後部座席をむいて運転していた結果、トラックと正面衝突しかけそれを回避した結果、車は湖にドボン母親は死に、弟は反抗期を深め幻覚を見るようになり主人公うんざり寄宿舎に入れられた2人は主人公と同世代のヘンな仲間ができるも弟の様子は依然おかしい。母親幻覚幻聴にさいなまれた弟が深夜に部屋を抜け出しているところを発見した主人公たちはその後を追うと封印された部屋があり、そこには民間伝承で有名な、大きな鏡と血で書かれた謎の模様があった。主人公の制止を振り切り弟と仲間たちは伝承通り鏡に願い事をする。

みたいな話。

 

とりあえず言いたいんやが、スペルズ(呪文)要素どこにあったんや。

この映画の最も大きなホラー要素は大きな鏡に願い事を言うとその願い事が悲劇的な形で成就してしまうという「猿の手形式となっているわけだけど、それを願う方法は鏡の前でろうそくを持って願いを言うことなのね。呪文要素わい!せめて嘘でもいいからなんか呪文言え!最悪、配給会社の奴がなんか呪文言え!

現代は「スペードの女王:鏡の向こう側」で映画も実際にそういう話なんだよね。内容としては自分の子供を復活させるために寄宿舎を開いてそこのガキを溺死させてた女が魔女だ!って言われてボコボコに殺されて髪も全部むしられて殺され、その怨念いつまでもおんねんっていう、いや、全面的にお前の逆恨みだろ!って内容ではあるんだけど、それでも悲劇的な形とはいえ叶えてくれるのはフレンドリーなのかな?

で、義母とうまく行ってない不良は義母が無残に死ぬように願い、デブは食欲がなくなるように願い、ビッチイケメン先生とのキス陰キャは死にかけの祖母長生きするように願う。そしてそれぞれ、不良は父親義母殺害してついでに父親自殺するところをビデオ通話で見せられ、デブ食べ物が虫に見える呪いが発動し最終的にお菓子と思って剃刀を食べるし、ビッチ悪霊化したイケメン先生に唇全部を食いちぎられ、陰キャ祖母ゾンビになってしまうという、ここホラー要素!という感じで勘所は押さえている。

一方で弟のガキはなんか常にクソ生意気で姉の言うこと何も聞かんし呪われてからは余計に行動が不規則になってイラつくしバカにしてきた同級生顔面エンピツで突き刺すし、こいつだけはさっさと死なんかなと思って見てたけどこういう映画でガキが死ぬなんてことにはならず最終的にこいつだけがまともに助かる展開になるの正直、どうかと思う。まぁ、幼いガキが自分の落ち度で母親死なせたかしょうがないじゃんっていうのはわかるけどさぁ、意思の疎通が取れない生物嫌いなんだよな。

そしてガキが伝承と同じく鏡の前の水槽ハゲ女王に沈められ鏡の向こうに連れていかれてしまう。それを救いに主人公が再び鏡の前に戻り、陰キャアドバイスに従い同じく仮死状態になって鏡の向こうに行きハゲ直接対決なんやかんやで勝って、弟を現世に連れ戻りめでたしめでたし。かと思いきや、本当の主人公は今も鏡の中に閉じ込められており、じゃああの主人公は何者なんだ……というところで映画は終わる。このズラしはまぁ短編でたまに見かけるけど悪くない仕掛けだと思ったし、そもそも仮死状態にして鏡の向こうに送り込むという頭脳キャラっぽい陰キャが言い出すいかにも正しそうな解決自体が実はハゲ女王祖母を救いたきゃそう言え!と強要されたものだった、というズラしも嫌いじゃない。

なんていうか思春期ホラーとしては、まぁ、普通に作られてて最後の展開とかも悪くはないんだけどじゃあなんか新鮮だったり特別怖いと感じるようなこともない非常に体温の低い映画だったなという感じでまぁ50点くらいの見てもみなくても同でもいい映画ってレベルだと思うんだけどガキがウザすぎて2点引いて48点って感じかな。

あと、寄宿舎校長がやせぎすで背が高くて圧迫感がある女性なんだけど、ハゲ女王生前もそんな感じだからここに何らかのつながりがあってこの校長事件に関与してるんやろなぁ!と思って見てたら別にそんなことはなく特に意味はなかったのはマイナス

 

そんな感じかな。

ロシア映画からガキの名前が「アルチョム」でずっとアルチョムアルチョムって言ってるから、いや向こうでは普通なのかもしれんけど響きがコミカルすぎてなんか笑っちゃうんすよね。日本で言うときっちょむさんと響きが似すぎているし、という理不尽ツッコミ

さっきも書いたけど思春期猿の手ホラーとしては別に見ない方がいいよってほど悪くはないのでホラー好きにはオススメ

2026-04-16

anond:20260415213511

この文章当事者自己申告なので、まず「本人がそう感じている」ことと「客観的にその臓器がどれだけ障害されているか」は分けて読むべきです。

その前提で言うと、脳機能低下の主張はかなり医学的に筋が通っている一方、肝機能低下の主張は可能性はあるが、薬害としてはかなり弱いです。

エスエスブロン錠にはジヒドロコデインdl-メチルエフェドリン、クロルフェニラミン、無水カフェインが含まれメジコン有効成分はデキストロトルファンです。

キストロトルファン過量では呼吸障害意識障害、けいれん、幻覚などが起こりえますし、オピオイドの乱用では呼吸抑制→低酸素永久脳障害が起こりえます

さらに、思春期の薬物曝露は脳発達に長期影響を与えうるとNIDA説明しています

したがって、本人のいう「計算力低下」「言語記憶破綻」「直近の出来事を忘れる」といった訴えは、反復ODの結果として十分ありえます。とくに、何度も過量摂取をしていたなら、急性の酩酊だけでなく、低酸素エピソード慢性的オピオイド関連の認知低下が積み重なった可能性があります

ただし、そこまで強い症状なら、低酸素脳障害だけでなく、睡眠不足栄養不良、うつ離脱、他薬物、頭部外傷、解離なども鑑別に入るので、文章だけで原因を一つに決めるのは危険です。

一方で、肝機能低下の訴えはそのまま鵜呑みにしにくいです。コデインはLiverToxで「血清酵素上昇や臨床的に明らかな肝障害と結びついていない」「確実な肝障害例がない」とされており、少なくともコデイン自体典型的な肝毒性薬とは言えません。

キストロトルファンについては、胆汁うっ滞性肝炎自己免疫肝炎症例報告はありますが、これは「起こりうる」ことと「長期OD一般的後遺症である」ことは別です。

まり、肝機能低下は薬剤性としては可能ゼロではないが、証拠は弱く、他原因も十分ありうるという評価になります

カフェインが受け付けられない」「酒を一口で昏倒する」という部分も、肝障害証拠としては非特異的です。

薬の影響、体調、食事睡眠アルコール代謝個人差、別の内科疾患などでも起こりえます

なので、この文章から言えるのは、脳の訴えはかなり整合的、肝の訴えは要検査だが因果は弱い、というところです。

客観評価としては、脳機能は神経心理検査、肝機能はAST/ALTγ-GTPビリルビンPT/INRアルブミンなどで確認しないと判断できません。

anond:20260415105606

そらそうよ、オマエさん何歳だ?いつまでその思春期暗黒少女()やってんの?って誰でもおもうゼ?

2026-04-15

咳止めODしてるガキほんとにやめとけ

メンヘラババア老婆心メンヘラ薬中ガキを止めたいが、メンヘラ思春期真っ只中のガキは何を言っても止めようがないとは分かってる

それでもメジコンODブロンOD現実逃避しようとしてるガキが1人でも少し考えてくれることを願って書いておく

13歳頃からブロンOD漬けになって10年ほどODをやっていた

結果として肝臓と脳の機能が下がった

肝臓については、ガキの頃は平気だったカフェインが全く受け付けられなくなった アルコールは成人した頃は弱い程度だったのに、スリップダメージで今では一口飲むだけでも昏倒する

脳は本当に大変なことになった

ガキの頃は、自分で言うのもなんだが偏差値60↑のそこそこ勉強のできる人間だった。だが今では1桁の足し算も怪しい

だが計算よりも言語記憶ヤバい

アルファベットが上手く認識できず、中学生レベル英単語も難しい

友達と話していてもほんの少し前にあったエピソードの話をされて全く思い出せないことが多々ある

当然仕事なんてまともにできない

私は自分の行いのせいで自らみぃちゃんになったようなもの

自分身体と脳の劣化自覚できる分尚更地獄だ

ODなんて真似をするから自業自得だと人に見下されるのはわかるし、正論だと思う

そして、冒頭にも書いたがODをするようなガキが、10年後に苦しむからやめろと言われて辞めるわけがないのだ 何故なら10年後に自分が生きてるはずがないと思っているからだ。メンヘラのガキは全員自分大人になる前に死ぬと決めているが、実際はその中でも半分以上はババアになる

そもそもOD自傷に走るガキというのはそもそもの家庭環境などがまず劣悪なのだ ただ薬を売るのを規制刃物を取り上げれば解決する問題ではない

親を持つ子供は18歳まで耐える以外に親の支配から逃れる方法実質的存在しない。児童相談所の劣悪さなんて誰しも理解している。思春期のガキなど自己救済能力を身につける前の存在なのだから大人安全基地にならない以上、薬や自傷をはじめとした強制的脳内物質排出に頼ってしまうのは当然だと思う。

両親が元々はまともだったとしても、この経済不況の真っ只中では大人も頭がおかしくなる。余裕なんてない。大人に余裕がなければ子供にも余裕なんて生まれるわけがない。そもそも現代社会構造を見直さなければ不幸の再生産は続く。

けれどこんな増田ODの後悔を綴っているような脳の緩い女に社会を変えられるわけもない。

自分子供を産まない選択をしたところで苦しむ子供は増え続ける。脳機能は低下し続ける。

苦しい。

親が10歳差なんて屁でもない。もっと下を見ろ

俺の生まれの話をしてやる。良いから聞け。

約40年前の東京とあるフィリピンパブで働くアラフォーバツイチピーナにアラフィフ既婚子持ち男が手を出した。

その結果生まれたのが俺だ。

父親には会ったことがない。物心ついた頃からあいつはクソだという話を母から聞き続けていたので、まあ浮気してるしクソ野郎はクソ野郎なんだろう。

まぁ我ながらよく死ななかったなとしか思わない。

思春期のころは毎日毎日、生まれる前堕ろしてくれりゃ良かったのにと世界を恨んでいたが働き始めたらどうでも良くなったな。

母はもう死んだ。父も多分死んでる。

気持ち悪い親のもとに生まれしまったやつもあんまり悩むなよ。どうせ親はしょーもない人間だしそのうち死んでまうから気にすんな。

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