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はてなキーワード: オブラートとは

2026-01-24

「強くてこわい国」って表現、何が間違ってるのか分からいね

テレビ局番組で、自民党維新の会参政党を「強くてこわい国」を目指す勢力として分類したフリップ炎上しているらしい。「偏向報道だ」「レッテル貼りだ」とネット上では合唱が起きているわけだが。

正直、何に怒っているのか全く理解できない。

あれ、ただの「事実陳列」だろ?

誹謗中傷でもなんでもない。彼らが掲げている政策、語っている未来像を素直に解釈すれば、どうあがいても「強くて(軍事力シマシで)こわい(国民を統制する)国」にしかならないからだ。

しろオブラートに包まずによく言ったと褒めるべきレベルなんじゃないの?

「強い国」=生活犠牲にした軍拡

まず「強い国」の部分。これ、彼らが一番やりたいことの筆頭だろ。

防衛費の倍増。財源は増税か、あるいは社会保障の削減か。

「国を守るため」という美名のもとに、数兆円単位の金が兵器に消えていく。ミサイルを買います戦闘機を作ります敵基地攻撃能力(反撃能力)を持ちます

やってることは完全に「軍拡競争への参加」だ。

周辺国との対話を諦め、「力には力で」という思考停止に陥っている。生活が苦しい国民からさらに金を吸い上げ、それを火薬に変える国。これを「強い国」と言わずしてなんと言うのか。

維新なんて核共有(ニュークリア・シェアリング)の議論まで持ち出しているし、かつての「非核三原則」なんて、彼らにとってはただの邪魔な足かせでしかないらしい。

「強い日本を取り戻す」なんて勇ましい言葉に酔っているようだが、その強さを維持するために痩せ細っていくのは、我々一般市民生活だ。

「こわい国」=監視と統制のディストピア

そしてもっと深刻なのが「こわい国」の部分だ。ここを否定する奴は、彼らの政策危険性を本当に分かっているのか?

スパイ防止法

名前だけ聞けば聞こえはいいが、その実態は「国家にとって不都合情報を漏らす人間、あるいは探ろうとする人間をしょっ引く法律」になりかねない。何が「機密」で何が「スパイ行為」かを決めるのはお上だ。

ジャーナリズム市民活動が「国益を損なう」と判断されれば、監視対象になり、逮捕される。そういう社会を目指していると公言しているようなもんじゃいか

緊急事態条項

これも「有事対応」を隠れ蓑にしているが、要は「内閣国会無視して法律と同じ効力を持つ命令を出せる」という独裁へのフリーパスだ。

一度発動されれば、人権なんて簡単制限される。「国の安全のため」と言われれば、言論の自由集会の自由も消し飛ぶ。

そして、その先に見え隠れするのが徴兵制だ。

少子化自衛隊員のなり手がいない。でも軍拡はしたい。兵器はあるけど人がいない。じゃあどうするか?

まさか現代徴兵なんて」と笑うかもしれないが、彼らの「国を守る義務」への執着を見ていると、経済的徴兵制奨学金返済の免除と引き換えに入隊など)も含めて、国民戦場に送り込むシステムを作らない保証なんてどこにもない。

異論を許さず、監視し、国のために命を投げ出すことを美徳とする。

これを「こわい国」と呼ばずに、なんと呼ぶんだ? 「美しい国」か? 冗談休み休み言えよ。

自民維新参政の「悪魔合体

今回、この3党がセットにされたのも至極妥当だ。

自民党既得権益と結びつき、長年の政権維持のためにタカ派政策推し進め、憲法を変えて「戦争ができる国」の仕上げにかかっている本丸

維新の会自民党以上のタカ派であり、新自由主義的な「強者生存」を是とする。改革という名の切り捨てと、勇ましい外交安保論がお家芸

参政党:ナショナリズム煽りさらに極端な復古主義的・排外主義的な思想で「日本を守れ」と叫ぶ。

アプローチ支持層に多少の違いはあれど、目指しているベクトル完全に一致している。

個人権利」よりも「国家の都合」を優先し、軍事力と統制力で国を維持しようとする点において、彼らは間違いなく同類だ。

結論:怒る方向が違くね?

「強くてこわい国」というレッテル貼りに怒っている人たちに言いたい。

怒るべきはテレビ局フリップじゃない。

「強くてこわい国」をガチで実現しようとしている政治家たちと、それに無自覚賛同してしまっている現状に対して怒るべきなんじゃないのか?

テレビ局は、ただ単に「あなたたちが投票しようとしている先は、こういう国を目指していますよ」と、分かりやすく要約してくれたに過ぎない。

その未来図を見て「それは嫌だ」と思うなら、批判すべきはメディアではなく、その政策を掲げる政党であるはずだ。

「強くてこわい国」になりたくないなら、現実直視しろよ。

盗聴・監視徴兵言論統制。そんな「戦前トリバック」な社会がお望みなら、まあ、そのまま支持すればいいんじゃないですかね。

2026-01-22

或る漫画編集者視点から見た「合丼来来伝」【第1章】

【完結済】 「合丼来来伝」感想

まずは「合丼来来伝」の感想から
少し検索すると資料も出て来るので、この話で書かれている事は実話なのだろうと直感した。

最初に、「合丼来来が今後何者かになれる可能性が有るか?」について結論を言えば、
彼が今後何者かになれることは無いだろう。

合丼来来のポイントオブノーリターン

彼の引き返せなくなったポイント、…ポイントオブノーリターンは全体を通して見ると「合丼来来(あいどんらいき)伝・6」の

ベビールックポータル」のメンバーが遠回しに「自分で書いたものを後から読み返した方が良いよ」ということを言っていたが、一切聞く耳を持たなかった。<注2>

だろう。

計算すると、この時の合丼来来は、30代前半の年齢となる。
作家漫画家を志す年齢としては、諦め始めた方が良い年齢と言える。
作家漫画家になるのに年齢制限はない」という主張をする人も世の中には存在するが、
少なくとも弊社視点で言えば、35歳までに商業作品を出す事ができなかった人が35歳を過ぎても
漫画家になりたい」「ライトノベル作家になりたい」「アニメ原作者になりたい」
と言っていた場合「もう人生諦めた方がいいよ」と考える。

出版社への漫画原稿持ち込みにも制限年齢は存在しないが、やはり編集者作家の年齢を見る

20代前半~20代中盤までの人は将来性を見込んで少し下手でも真剣に見るが、
35歳までに商業作品を出す事ができなかった人が、35歳を越えて持ち込んできた場合

その人との比較対象
35歳で商業作品を出している作家漫画家
になる。

25歳ぐらいまでのワナビの持ち込みは、同年代ワナビ比較対象として見てもらえるが、
26歳を過ぎた辺りからワナビの持ち込みは、比較対象になるのが同年代商業作家に徐々に切り替わっていき
35歳のワナビの持ち込みは、20代前半~20代中盤のクリエイター志望者や、同年代ワナビではなく、
35歳の商業作家比較されることになる。
35歳のワナビが35歳の商業作家に比べて劣っていれば「話にならない」のだ。
35歳のワナビがそこから一発逆転を狙うなら商業作家以上のクオリティ作品を持ち込まなければ
見込みが無い」を20枚ぐらいのオブラートで包んだコメントをされることになるだけだ。

遠慮なく指摘するタイプ漫画編集者なら35歳を越えて持ち込みしてくる人で
過去に連載経験が無く、35歳の商業作家を越えるクオリティ作品を出せない人には
「もう人生諦めた方が良い」と実際に言っている人も居る。

合丼来来の場合は、30代前半で「おむつ倶楽部」という雑誌小説を出したと書かれている。
但し、その小説本来商業レベルに載せられる作品ではなく

毎回編集長

「このままでは商業に載せるクオリティレベル)ではない」と、半分以上修正したものを載せていて

と、編集長に半分以上修正されていたとも書かれている。

この、編集長修正されていたという点を鑑みるに、彼の本来レベル商業レベルでは無かったが、お情けで掲載されていたことが見て取れる。

ここで、「ベビールックポータル」のメンバーから言われていた通り「自分で書いたものを後から読み返す癖」を付けて、
編集長自分作品をどう直しているかを見て、その直し方を自分で取り込んで行けば、その後も商業での掲載
続けさせてもらえて何者かになれていた可能性は有る。

しかし、彼はそれをしなかった。
そこが、彼にとっての「ポイントオブノーリターン」…「引き返せなくなった地点」だ。

そこで彼の道は閉ざされ、彼は救いようのない存在になったと言える。

漫画編集者視点で「合丼来来が今後何者かになれる可能性が有るか?」について結論を言えば、
「彼が今後何者かになれることは無い」という結論になる。

漫画編集者からの助言

25歳ぐらいまでのワナビの持ち込みは、同年代ワナビ比較対象として見てもらえるが、
26歳を過ぎたワナビの持ち込みは、比較対象になるのが同年代商業作家に徐々に切り替わっていき
35歳を過ぎたワナビの持ち込みは、同じ歳の商業作家作品比較されます

35歳を過ぎても漫画家になりたい」「ライトノベル作家になりたい」「アニメ原作者になりたい」と思うなら、
最低でも自分と同じ歳の商業作家作品を越えるクオリティのものを作れないと話になりません。

これは、漫画だけの話ではなく、ライトノベルでも同じです。

2026-01-21

AIのおかげで生活やすくなった

ローンとか保険に影響出るのが怖くて病院は行ってないないけど、自費カウンセリングで中々高額な検査を受けて、ADHDASD両方傾向ありと判断されたアラサー独身女。理解がある云々の人はいない。

仕事で少しでも嫌なことがあると衝動感情むき出し発言をしてしまったり、イライラした気持ちが切り替えられず早朝までスマホをいじり次の日休んでしまったり、もう諦めて病院で診断を受けようか迷っていたところでAIを使い始めた。

発達あるあるだと思うが、メタ認知ができないのでWAISの結果を取り込ませて私の取扱説明書を作ってもらったり、感情むき出しチャットを送る前に文章添削してもらったりしている。空気も読めないし曖昧さが苦手なので、以前は同僚や上司オブラートな指摘や遠回しな指示が理解できず逆ギレ癇癪をおこしていたが、今はAIに聞けば解説してくれる。無駄正義感正論しか言えなかったけどAIがちょうど良い文章を考えてくれる。

もうアンガーマネジメントなんてできず、ずっと衝動で行動して、その癖気にしいだから夜になったら一人反省会をして発狂を繰り返す人生なのかと思っていた。社会人になってから一番心が穏やかな生活ができている。寝る前はスマホではなく本を読むようになったし、日記もつけれるようになった。買ったもの放置していたTOEIC問題集も少しずつ進められている。

ここまで良いことばっかり書いたけど、そんなに簡単に人は変わらないので、やっぱり会社にはあまり行きたくないし人とは話したくないし、朝はまだまだ苦手ではある。それでもAIを使い始めて良い方向に進んでいると思う。これからよろしく頼む。

2026-01-17

猫を殺したことがある少年が、大人になってから猫を飼うことに抵抗がない人って、いるのかな。

たぶん、あの話はどこにも書かないまま一生終えると思っていた。

子どもの頃、猫を殺したことがある。

わざわざオブラートに包む意味もないぐらい、その言葉どおりのことをした。

いじめてた」とか「いたずらの延長で」とか、そういう言い換えは、逆に猫にも自分にも失礼な気がするからやめておく。

もちろん当時は、そこまで言語化して考えていたわけじゃない。

ただ、今になって振り返ると、あれはどう見ても「殺した」だったとしか言いようがない。

***

小学生の頃、クラスの中で浮いていた。

暴力を振るうタイプではなかったけれど、いつも口が悪くて、教師に盾突いて、家では親に向かってドアを思い切り閉めて歩く子どもだった。

問題は、そのイライラの行き先を、自分より弱いものに向けることを覚えたことだった。

公園の隅で、痩せた三毛猫を拾った。

最初は、ただ、何かを拾った、というだけのことだった。

雨上がりで地面はぬかるんでいて、猫は泥と埃でべたべただった。

片目が少しにごっていて、ああ、たぶん誰も拾わないやつだ、と思った。

家に連れて帰ったわけでもない。

ちゃんと世話をしようと思ったわけでもない。

あの頃の自分に、そんな「責任ある行為」をする能力は、残念ながら備わっていなかった。

何度か公園に行っては、その猫をからかった。

尻尾を引っぱって逃げる様子を見て笑ったり、棒を振りまわして脅したり、石を投げたりした。

最初は当たらないように投げていたのに、だんだん「どこまで近くに投げられるか」を試すゲームになっていった。

ある日、石はちゃんと当たった。

足を引きずるようになって、鳴き声が変わって、それでも自分はやめなかった。

なんとなく、止まるタイミングを完全に見失っていた。

それがどんな結末を迎えたのか、細かい描写はここには書かない。

ただひとつ言えるのは、気づいたとき、猫は動かなくなっていて、けっきょく自分は誰にも言わず、そのまま公園を出て家に帰った、ということだけだ。

その後しばらく、夜になるとあの公園のベンチの映像が頭に浮かんだ。

猫の姿そのものより、濡れた木のベンチと、薄暗い街灯の光のほうが、なぜか記憶にこびりついている。

そこから先の道を、あのまま真っ暗なほうへ踏み外していってもおかしくなかったんだろうと思う。

幸運か、不運かはわからないが、自分はその道から外れることができた。

中学に上がってから担任が怖い人で、殴る代わりにしつこく話を聞いてくるタイプだった。

高校に進んでからは、部活ボロボロになるまで走らされた。

大学は、たいして目的もなく入って、バイト先で怒られながら仕事を覚えた。

かに「更生させられた」というほど劇的な出来事はない。

ただ、日々の小さなやらかし」と「怒られ」と「反省」と、どうでもいい雑談の積み重ねが、自分を少しずつ「普通」に近い場所まで連れ戻してくれたんだと思う。

それでも、猫のことは消えなかった。

何かの拍子に、あの公園の色だけが急にフルHD画質で蘇る感じがある。

時間でぼやけるどころか、「忘れられなかった事実」というタグが付いて、むしろ保存性が上がっていく。

***

30代半ばになって、同棲の話が出た。

相手は、職場で知り合った人で、明るくて、よく笑って、感情の出し方が自分とは正反対だった。

「一緒に住むなら、猫連れて行ってもいい?」と言われたとき、胸の中で何かが硬くなる音がした。

「猫?」

間抜けな返事しか返せなかった。

猫が嫌いなわけじゃなかった。

しろ最近は、道端で見かけると写真を撮るくらいには好きだった。

ただ、そこで連想するのが公園ではなく、マンションの一室になることを、頭がうまく処理できなかった。

相手スマホを見せてくる。

白い猫だった。

ふわふわしていて、目が青くて、画面越しでも「この家で一番かわいい生き物です」みたいな顔つきをしていた。

「めちゃくちゃ可愛いじゃん」と口では言った。

それは本心だった。

そのとき自分の顔を、第三者視点確認してみたかった。

こちなさが出ていたのかどうか、自分ではまったくわからなかった。

帰り道、電車の窓に映る自分の顔を見ながら、「猫を殺したことがある人間が、猫と一緒に暮らしていいんだろうか」と考えた。

別に、また殺したくなる気がするわけじゃない。

今の自分がそんなことをするとは思えないし、イライラをぶつける対象として猫を選ぶメンタリティでは、少なくとももうない。

それでも、「一度やったことがある」のラベルは剝がれない。

それは「飲酒運転を一度でもしたことがある人」とか、「昔、人を殴ったことがる」とか、そういう類の話とは、少し違う気がする。

もちろん猫は何も悪くない。

そして今、自分がこれから「守る側」のポジションに立とうとしている。

そのギャップが、うまく飲み込めない。

***

数日後、正直に話すかどうかで迷った末、かなり薄めた形で打ち明けた。

子どもの頃、動物いじめたことがあってさ」と前置きしてから

殺した、という単語だけはどうしても口に出せなくて、

「かなりひどいことをした」という表現ごまかした。

相手はしばらく黙っていた。

その沈黙の長さに耐えられなくなって、「いや、今はもう絶対そんなことしないけど」と、いちいち余計な一言を足してしまう。

「……じゃあさ」

沈黙のあと、相手はこう言った。

「いま、うちの猫を見て、何かしたくなる?」

その質問の仕方が、妙に真っ直ぐで、逃げ場がなかった。

脳内に、まだ会ってもいない白い猫の画像再生される。

ソファの上で伸びているやつ、キャットタワーから顔だけ出してるやつ、窓辺で丸くなっているやつ。

「ならないよ」

答えは即答だった。

それだけは、自信をもって言えた。

「だったら、たぶん大丈夫だよ」と相手は言った。

「私もさ、昔、虫とか平気で殺してたし。

 今はさすがに猫とか犬に当たる気にはならないけど、

 でも“昔の自分”が完全に消えたかって言われたら、そんなことないし」

その理屈が、どこまで妥当なのかはわからない。

ただ、「昔の自分が完全に消えたなんてことはない」という言葉だけは、妙に胸に刺さった。

猫を殺した少年は、消えてはいない。

その記憶を持ったまま、どうにか大人になっただけだ。

そして今、その大人が、「猫と一緒に暮らすかどうか」を決めようとしている。

***

それからしばらくして、本当に一緒に住むことになった。

引っ越し当日、キャリーケースの中で騒いでいる白い猫を初めて見たとき

自分心臓の鼓動が一段階ギアを上げたのがはっきりとわかった。

爪を立てて暴れるその小さな生き物は、自分が昔、公園で追い回した猫とはまるで別の存在だ。

でも、「猫」という種としては完全に連続している。

同じカテゴリの命だ。

ケースの扉が開いて、猫が部屋の中をうろうろし始める。

ソファの下に潜りかけて、途中でやめて、コンセント匂いを嗅いで、カーテンによじ登ろうとして叱られる。

自分玄関のところで、靴を片づけるふりをしながら、それをこっそり見ている。

「ほら、なでてあげなよ」と言われて、

こちなく手を伸ばす。

柔らかい毛に指先が触れる。

猫は一瞬こちらを見上げて、「動物的な評価」を下すような目をしたあと、特に何もなかったかのように、また部屋の探索を続けた。

その瞬間、自分の中で何かが、静かに現在」を上書きした感じがあった。

「ああ、この猫は、俺が昔殺したあの猫じゃない」

「でも、同じ種の、別の一匹として、今ここにいる」

それは許しではないし、償いが済んだという話でもない。

ただ、「過去に猫を殺したことがある人間」が、「今、猫と暮らしている」という事実が、世界のどこかに一つ増えた、というだけだ。

***

こんなことを考えている自分に、果たして猫を飼う資格があるのかはわからない。

たぶん、法律にも教科書にも答えは書いていない。

それでも毎朝、白い猫が腹の上に乗ってきて、

ごはん時間になると器をひっかいて催促して、

夜にはソファの端っこを占領して寝ているのを見ていると、

「少なくとも今日一日、こいつをちゃんと生かしておけた」

という事実だけは、確かにそこに残る。

猫を殺したことがある少年が、大人になってから猫を飼うことに抵抗がない人って、いるのかな。

自分は、いまだに完全には「抵抗がない」とは言えない。

たぶんずっと、少しだけ怖いままだ。

でも、その怖さごと抱えたまま、明日カリカリの量を量る大人

という存在なら、ギリギリ、この世界にいてもいいのかもしれないと思っている。

2026-01-14

anond:20260114192448

約束をすぐ忘れちゃうのであんま頼れない、を更にオブラートに包んだ感じで十分伝わるだろ

2026-01-13

anond:20260113121013

見るからに筋力なくて役に立たないってのをオブラートに包まれたのも読み取れない知能やん

2026-01-06

山下太郎の主な実績】

オブラート特許取得・売却で3億円

外務省を巻き込んだ鮭缶輸入で400億円

大正米騒動で「政府黙認の米密輸」を画策

満州住宅事業で6兆3000億円

日本初の油田採掘利権を獲得

2026-01-05

anond:20260105135245

メイクしろっていう注意は相手不快にさせるなってことをオブラートに包んだ表現から

ニキビシミ吹き出物があるならそれを隠す努力しましょうってことだよ

シャワーを浴びろってのと同義

2025-12-30

某有名チェーンで占い師やってる

私は某有名チェーンで占い師をやってる。

1日に客は20人ほど来るが中にはクソオブクソゴミ客がおり、そんなよくあるゴミについてのひとりごとだ。

クソ客「わたし〜いつ頃彼氏できますぅ〜?」

わし「見てみますね!どんな人がいいんですか?」

クソ客「専業主婦したいんで、させてくれる人。私職場転々としてるんですけどぉ(バイト)、周りのレベルが低過ぎてどこも合わないのでぇ。レベルの高い会話ができる学歴いい男の人がいいです。あとはお金もある程度欲しいのでぇ。」

スペック:顔ほんこん、30代後半、職一年いたことがない、本当に本当に芋い(自分ではイケてるとおもってる)実家住み、家事できない、貯金ない、かなりの地方在住(推し活で東京占いに来た)地方Fラン大卒





いや不可能だが????????

現実を見ろ?????????

れいけるっていう占い師おるんか??????

ゴミ「そんな男との出会いいつありますかぁ」

占うまでもないが?????

「ええと…職場とか周りに男性いないってことなのでネットとかマッチングアプリはできそうですか?」

ゴミ「はぁ?ネット出会いとか絶対無理

あのさ、マッチングアプリネット無理趣味推し職場女のみ友達紹介してくれないってどこで会うの??????

あ、粘土で作るの??????

現実考えれば清潔感を出して、40になる前に一刻も早くネットで(それ以外出会い場所ないだろ地方実家在住で考えたらわかるだろ)で出会いを募るしかないだろ??????

専業飼える独身男が地方に何%いると思ってる??????


まぁこいつを今ここで喜ばせることはできる。

「あー出会いのチャンスの星は8月にめぐるのでそこで好みの人現れるかもですね!確かにレベルが高過ぎてどこの職場も合わなかったですねウンウン」

かいときあいい。(出会いの星チャンス縁が来ても今のままでは彼氏できないがそれは伏せる)

…ただ本当に伝えるべき真実は「40になる前に一刻も早く出会いを探せマッチングアプリしろ後悔する前に」

なのだが、

一度良かれと思い死ぬほどオブラートに包んで上記を伝えるとクソ口コミ笑が入った。

「なんで私が動かないといけないんですか?理想の人が出てくる出会いの時期を聞いてるのに意味わかんないです!クソ占い師」みたいな。

その瞬間

あーーーーーーー良かれと思って少しでも真実言うのは意味ないわ、嘘八百でいこ。

ぜーーーーんぶ耳触りの良いことだけ言いますね、知りません。

ぼけーーーっと一生来ない王子様まっててください。


ほんこんに言いたいこと。

お前ゴミだよ?市場価値マイナスだよ?なんで選ばれると思ってんの?占いドラえもんみたく解決できると思ってんの?頭悪いかバイト先毎回首になってんのよ?あと臭いから風呂入れ?????歯磨きしろ?????

うん、それだけです。

とりあえずこれからも嘘ついて手遅れ女子量産していこうと思う。

占いってなんだ?真実ってなんだ?

恐怖なのがこのテの終わり女子量産型ってこと。もう終わりです日本笑。

某有名チェーンで占い師やってる

私は某有名チェーンで占い師をやってる。

1日に客は20人ほど来るが中にはクソオブクソゴミ客がおり、そんなよくあるゴミについて語らせていただく。

クソ客「わたし〜いつ頃彼氏できますぅ〜?」

わし「見てみますね!どんな人がいいんですか?」

クソ客「専業主婦したいんで、させてくれる人。私職場転々としてるんですけどぉ(バイト)、周りのレベルが低過ぎてどこも合わないのでぇ。レベルの高い会話ができる学歴いい男の人がいいです。あとはお金もある程度欲しいのでぇ。」

スペック:顔ほんこん、30代後半、職一年いたことがない、本当に本当に芋い(自分ではイケてるとおもってる)実家住み、家事できない、貯金ない、かなりの地方在住(推し活で東京占いに来た)地方Fラン大卒





いや不可能だが????????

現実を見ろ?????????

れいけるっていう占い師おるんか??????

ゴミ「そんな男との出会いいつありますかぁ」

占うまでもないが?????

「ええと…職場とか周りに男性いないってことなのでネットとかマッチングアプリはできそうですか?」

ゴミ「はぁ?ネット出会いとか絶対無理

あのさ、マッチングアプリネット無理趣味推し職場女のみ友達紹介してくれないってどこで会うの??????

あ、粘土で作るの??????

現実考えれば清潔感を出して、40になる前に一刻も早くネットで(それ以外出会い場所ないだろ地方実家在住で考えたらわかるだろ)で出会いを募るしかないだろ??????

専業飼える独身男が地方に何%いると思ってる??????


まぁこいつを今ここで喜ばせることはできる。

「あー出会いのチャンスの星は8月にめぐるのでそこで好みの人現れるかもですね!確かにレベルが高過ぎてどこの職場も合わなかったですねウンウン」

かいときあいい。(出会いの星チャンス縁が来ても今のままでは彼氏できないがそれは伏せる)

…ただ本当に伝えるべき真実は「40になる前に一刻も早く出会いを探せマッチングアプリしろ後悔する前に」

なのだが、

一度良かれと思い死ぬほどオブラートに包んで上記を伝えるとクソ口コミ笑が入った。

「なんで私が動かないといけないんですか?理想の人が出てくる出会いの時期を聞いてるのに意味わかんないです!クソ占い師」みたいな。

その瞬間

あーーーーーーー良かれと思って少しでも真実言うのは意味ないわ、嘘八百でいこ。

ぜーーーーんぶ耳触りの良いことだけ言いますね、知りません。

ぼけーーーっと一生来ない王子様まっててください。


ほんこんに言いたいこと。

お前ゴミだよ?市場価値マイナスだよ?なんで選ばれると思ってんの?占いドラえもんみたく解決できると思ってんの?頭悪いかバイト先毎回首になってんのよ?あと臭いから風呂入れ?????歯磨きしろ?????

うん、それだけです。

とりあえずこれからも嘘ついて手遅れ女子量産していこうと思う。

占いってなんだ?真実ってなんだ?

恐怖なのがこのテの終わり女子量産型ってこと。もう終わりです日本笑。

2025-12-24

anond:20251224215929

クリスマスプレゼントを持ってきてくれるなら、サンタクロースか?それともダイアン津田か?」を議論して。

A:……正直に言いましょう。私はあなたの「津田推し」には慣れてきたつもりでしたが、今回ばかりは一線を越えましたよ。サンタクロースですよ? 全世界の子供たちが1年間良い子にして、今か今かと待ち望んでいる、純粋希望象徴です。そこにダイアン津田を割り込ませるなんて、もはや「文化破壊」ですよ。

B: 破壊ではありません。「アップデート」と言ってください。サンタさんは確かに素晴らしいですよ。でも、彼はあまりに「記号的」だと思いませんか? 赤い服を着て、白い髭を蓄え、煙突から入ってきて無言で去っていく。そこに、プレゼントを届ける側と受け取る側の「心の交流」が、果たして存在するのでしょうか。

A: その「無言の奉仕」こそが美学なんじゃないですか。サンタの正体を知らないからこそ、子供たちは想像力を羽ばたかせるんです。一方で、津田さんがプレゼントを持ってくる姿を想像してください。煙突に詰まって「痛い痛い!」「無理や!」と叫び声を上げ、リビングに転がり込んでくる。そんな男に、誰が夢を託せますか?

B: その叫び声こそが、プレゼントの「付加価値」ですよ! サンタさんプレゼントは、朝起きたら枕元に置いてある。でも津田さんは、全力で「渡しに来る」んです。彼が汗だくで、「これ、お前にプレゼントや!……すぐ言う~!」と叫びながら手渡す。その時の、プレゼント以上に溢れ出ている「必死真心」。これを受け取った時の感動は、サンタさんには絶対に作れない熱量ですよ。

A: 暑苦しいだけですよ。クリスマスの朝に欲しいのは、静かな喜びと驚きです。津田さんのような「押し付けがましい好意」は、むしろ子供たちを怯えさせる。サンタさんは「空を飛ぶソリ」というファンタジーに乗っていますが、津田さんはせいぜい「タクシー」か「新幹線」でしょう? 夢がなさすぎる。

B: 夢が「非現実である必要なんてないんです。サンタさんは「良い子にしていたから」という、一種報酬としてプレゼントを配ります。でも、津田さんは違う。たとえその子が1年間ちょっとダメな子だったとしても、津田さんなら「俺もダメ人間から分かるで」と言って、一緒に泣きながらプレゼントをくれるかもしれない。この「弱者に寄り添うサンタ像」こそ、今の時代必要だと思いませんか?

A: それはただの「同情」です。サンタクロースというシステムは、社会規範道徳を、夢というオブラートに包んで教える教育的な側面もあるんです。津田さんのような「ルール無用存在」がサンタの代わりをしたら、子供たちは「叫べば何でも許されるんだ」と勘違いしてしまますよ。

B: ルールに縛られた優しさよりも、ルールをはみ出した愛の方が、時に人を救うことがある。それに、サンタさんは「何をもらえるか」を勝手に決めてしまますが、津田さんなら、こちらの顔色を伺いながら「これ、欲しかったやつかな? 大丈夫かな?」と、こちらの反応を全力で気にしながら渡してくれる。その「自分を見てくれている感」は、匿名性の高いサンタには真似できません。

A: その「気にしすぎ」が煩わしいと言っているんです。……しかし、確かに認めましょう。サンタクロースという存在が、どこか「企業マーケティングの道具」のように感じられる瞬間があるのも事実です。あまりに完成されすぎていて、もはや儀式化している。

B: そうでしょう? 一方で津田さんは、マーケティングとは最も遠いところにいる人間です(笑)。彼がトナカイコスプレをして、鼻を赤くして「ゴイゴイスー!」とやってくる。そのあまりバカバカしさと切なさに、大人私たちだって、忘れていた「クリスマス本質的な喜び」を思い出すかもしれない。

A: 本質的な喜び、ね……。では、第2ラウンドでは、もし津田サンタが「プレゼントを間違えた」場合、あるいは「トナカイ喧嘩をした」場合に、どうやってその危機を乗り越えるのか。サンタという伝説の「完璧さ」と、津田という人間の「リカバリー力」を比較しましょう。

(続き)

A: さて、もしサンタさんプレゼントを間違えたら、それは「伝説崩壊」です。しかし、そんなことは起きない。彼は完璧システムですから。対して津田さんはどうですか。頼んでもいない「自分ギャグ刻印された湯呑み」とかを持ってきて、子供を泣かせる姿が容易に想像できますよ。

B: (笑)。確かに津田さんならやりかねません。でも、そこからの「リカバリー」が彼の真骨頂です。間違いに気づいて、顔を真っ赤にして「ごめん! ほんまにごめん! 今から走って買ってくるから!」と、夜の街へ飛び出していく。その必死背中サンタさんの「完璧成功」よりも、津田さんの「死に物狂いのリカバー」の方が、子供の心には「一生忘れない思い出」として刻まれるんじゃないですか?

A: それはただのトラブルですよ。子供が求めているのは、スムーズ幸福であって、おじさんのドタバタ劇ではありません。それに、サンタには「トナカイ」という忠実な相棒がいます。空を駆ける幻想的な光景津田さんの横には誰がいますか? 相方ユースケ西澤)さんですか? あの二人が夜道で小競り合いをしながらプレゼントを運んでくるなんて、シュールすぎて悪夢ですよ。

B: いや、そのコンビ愛こそが、究極の「家族の肖像」ですよ。サンタトナカイ主従関係ですが、ダイアンの二人は対等な、もはや熟年夫婦のような絆です。二人が「お前が地図見ろ言うたんや!」「なんやその言い方!」と揉めながらも、最後には一緒にプレゼント差し出す。その姿に、子供は「喧嘩しても一緒にいられる仲間の素晴らしさ」を学ぶんです。これ以上の教育価値がありますか?

A: ……こじつけが過ぎますが、否定しきれない自分が悔しい(笑)。確かにサンタクロースという存在は、あまりに遠すぎて「実在感」がない。だからこそ、成長と共に「サンタはいない」と悟る寂しい瞬間が訪れる。でも、津田さんは「確実にそこにいる」。嘘がないんです。その圧倒的な実存は、子供大人になっても裏切られることがない。

B: そうなんです。サンタはいつか消えてしまうけれど、津田さんはずっとテレビの中で、あるいはマウンドやリング(の議論)の中で、叫び続けている。クリスマスが終わっても、「あの時、必死プレゼントを届けてくれたおじさん」は、自分人生のどこかで叫び続けてくれる。その継続的関係性こそが、真の「奇跡」だと思いませんか?

A: 認めましょう。サンタが「天からの授かりもの」なら、津田さんは「地からの這い上がり」だ。聖なる夜に、あえてその泥臭い生命力に触れることで、私たち自分たちの不完全さを許せるのかもしれない。……でも、私の家には、やっぱりサンタさんに来てほしいですけどね。静かに寝ていたいから。

B: (笑)。まあ、津田さんが来たら、その夜はもう宴会ですからね。「スーを差し上げます!」の一言で、七面鳥丸焼きも吹き飛ぶような賑やかな夜。それもまた、一つの聖夜の形ですよ。

フリマアプリ会社で働いていた」への違和感

https://anond.hatelabo.jp/20251221114355

話題になっていた「フリマアプリ会社で働いていた」という退職エントリーを読んだ。世間では「心が洗われた」「よく言った!」などと絶賛の嵐だ。

まず最初に断っておきたい。

私は、とある企業経営レイヤーに属する人間だ。

件の会社とは一切関係がないし、正直あの会社がどうなろうと知ったことではない。

だが、あのエントリが「美談」として消費されている現状には、実務家として看過できない猛烈な違和感がある。

おそらく、組織利益や存続を左右する重い舵取りを任された経験がある人間ならば、あの文章を読んで抱く感想は「感動」などではないはずだ。

もっと乾いた、「呆れ」に近い感情だ。

「ああ、ビジネスパーソンとして必要OSが、根本からインストールされていないな」

致命的に何かが欠落している人間が、それを「正義」だと信じ込んで語っている姿に対する、埋めようのない断絶と脱力感。PLの重みを知る人間なら、誰しもがこの「やるせなさ」を感じたのではないか

もちろん、これがバズった背景は理解できる。あれは彼への純粋な称賛というより、例の企業に対する「積年のヘイト」が噴出した結果だ。彼を「巨悪を刺した勇者」に仕立て上げれば、みんな気持ちよく会社を叩けるからだ。

だが、だとしてもだ。

彼がやったことは、冷静に見れば明白な「背信行為」であり、ビジネスパーソンとして「ありえない」振る舞いの連続だ。

それなのに、「美談」というオブラートに包まれて、組織人としての背信行為正当化されてしまっている現状には、多くの実務家が口には出さずともモヤモヤしているはずだ。

誰も斬り込まないなら、私が沈黙している彼らの代弁者として、その「美談」の裏側を解剖しておきたい。

前提

まず前提として、度を超えた転売行為偽ブランド品の流通が「社会悪であるという点については、私も彼と認識を共にしている。おそらく、批判されている経営陣とて同じだろう。誰だって犯罪迷惑行為放置したいわけがない。 だが、ここからが決定的に違う。「それが社会悪である」ということと、「企業としてリソースを投下して今すぐ撲滅すべき最優先課題であるか」ということは、全く別のレイヤーの話だ。

変数vs多変数

その前提のもと、増田思考は、驚くほど「単変数」的だ。その思考の単純さが、最も端的に露呈しているのがこの一節だ。

あの当時の自分は、CS部門現場人間としてマスク転売に反対していました。理由は述べるまでもなく、「困っている人がいるのに転売おかしい!」というものです。

この一文を読んだ瞬間、私は頭を抱えたくなった。 ここには「自分主観的感情世界絶対的正義」という、極めて独善的な前提しかない。 自分が見ている景色自分が感じている感情。それだけが唯一の判断軸であり、それ以外の視点存在する可能性を1ミリ想像できていない。

もし私が彼の上司で、部下からこんなことを言われたら、その瞬間に絶望する自信がある。「ああ、この人をマネジメントするのは無理だ」とサジを投げるだろう。 なぜなら、彼は「対話」ができないからだ。自分感情が「述べるまでもない正義である以上、それに異を唱える経営判断はすべて「悪」になる。 こんなマネジメントコストの高い人材を抱え込むなんて、考えただけで胃が痛くなる。

彼が単変数問題を声高に叫ぶ傍らで、経営陣やマネジメント層は、無数の変数が複雑に絡み合う高次の方程式を解いている。そこには「倫理」という変数以外にも、法的リスク、数千万人のユーザー自由監視コスト株主への責任従業員給与原資、将来への投資、そして競合とのパワーバランスといった、相反する要素がひしめき合っている。 転売問題などのレピュテーションリスクについても、経営陣が気づいていないわけがない。リスク看過できないレベルに達したその瞬間に、リソースを一気に投下すればいいと計算し、あえて今は「静観」というカードを切っているに過ぎないと私は想像する。

その舵取りへの想像力を働かせることもなく、彼は「倫理観がない」と切り捨てた。30代のいい大人が書いたとは信じがたいほど拙い文章であり、知的な怠慢だ。

組織の内情を暴露する背信行為について

そして、私が最も問題視しているのは、彼が平然とやってのけた「背信行為」の暴力性だ。

彼は退職後、組織の内情を、誰が見てもその会社だとわかる形で暴露した(わざとかどうかはわからないが、社名まで公開していた)。さらに恐ろしいのは、彼がこの行為を「正義」だと信じていそうな点だ。自分の放った言葉が、かつての同僚や株主ステークホルダーにどのような損害を与えるかという「結果への想像力」が、彼には絶望的に欠けている。

メタ認知能力の欠如と「被害者」という立場への安住

さらに致命的なのは、その破壊的な衝動がどこから湧いてきているのかを俯瞰する「メタ認知能力」の欠如だ。

私の見立てでは、彼の動機心理学でいう「認知的不協和の解消」に過ぎない。

構造はこうだ。

彼は自身エントリーで、赤裸々にこう認めている。

「実際、偏差値50もない大学出身で、第二新卒で、何もできなかった自分が成長できた」

「正直、給料は軽く百万以上は下がりました」

これは極めて重要自白だ。

まり、彼はあの会社に「経歴の箔付け」をしてもらっただけでなく、自身本来市場価値よりも100万円以上も高い値付けで雇ってもらっていたことになる。

その「差額」はどこからまれたのか?

それこそが、彼が軽蔑する経営陣が、綺麗事だけでは済まない資本主義の荒波を冷徹に舵取りし、会社という箱を必死に守り抜いてきた結果得られた「果実」だ。

彼はその果実を長年貪り食ってきた。会社という防波堤の中で守られながら。

しかし一方で、彼は「自分清廉潔白で、人のために尽くす善人だ」という自己認識を捨てきれない。「汚い会社で身の丈以上の利益享受している自分」と「正義の味方である自分」。この矛盾する二つの事実は、強烈な不快感を生む。

この不協和を解消するために、彼にはどうしても「物語」が必要だったのだろう。

自分は金のためにそこにいたのではない。極悪非道組織に囚われていただけで、心までは売っていなかった被害者なのだ」という物語が。

会社を「絶対悪」として断罪すればするほど、そこで恩恵を受け続けていた自分過去正当化できる。彼のエントリーに見られる攻撃性は、高尚な倫理から来るものではない。自分の中にある不快感を解消したいという、独善的防衛本能に抗えなかっただけだ。

自分の受け取っていた対価が誰の泥臭い努力の上に成り立っていたのか。その想像力すらなく、去り際に後ろ足で泥をかける。

そんな人間は、ビジネスパーソンとして失格だ。

読み取った某組織メッセージ

そして、私はこの退職エントリを読んで、経営陣の「強烈な意志」を感じ取った。それは、「黎明期から居座る、今のフェーズに合わなくなった人材市場放出したい」という意図だ。

想像するに、例の会社にはまだ、彼のような人材が大量に残っているのではないか創業期や拡大期に入社し、運良くストックオプションや高待遇を得たものの、能力会社の成長スピードに追いつかなくなった「古参既得権益層」だ。

企業は、待遇が良いことで有名だ。外に出れば年収が下がることがわかっているから、彼らは会社にしがみつく。組織寄生し、甘い汁を吸いながら、口だけは「昔はよかった」「倫理観が」と文句を垂れ流す。 経営陣にとって、こうした「寄生する古参」の満足度を上げることは、組織を緩やかな死に向かわせる自殺行為に等しい。

からこそ、経営陣は今、あえて彼らが居心地の悪くなるような施策を打っているのではないだろうか。 それは短期的には従業員満足度を下げるだろう。だが、それは「代謝」のために必要な痛みだ。

不満を抱き、文句を言うだけの存在に「自分から出て行ってもらう」ための、組織マネジメントの一環。そう考えると、この退職エントリは、経営陣の描いたシナリオ通りにことが進んでいることの証左に見えてくる。 一時的な痛みに耐えてでも、組織を次のステージへ強引に引き上げようとするその胆力には、同情を超えて敬礼したい気持ちにすらなった。

さらに読み取った、「翻訳レイヤーの不在」という組織課題

この退職エントリーを読んで、私がもう一つ強く感じたのは、例の組織における「翻訳機能の欠落」だ。

先ほど述べたように、経営者が解いているのは、無数の変数が絡み合う「多変数関数」だ。

株主利益、法的リスク、競合優位性、キャッシュフロー、そして従業員士気。これら全てのバランスを取りながら、組織全体として最もパフォーマンスが出るポイント全体最適)を探し続けている。

一方で、現場が見ているのは「目の前の業務」という極めて限定された変数だ。増田のようなCSであれば、「ユーザー感情」や「倫理的な正しさ」が変数のほぼ全てを占める。彼らが解いているのは、部分最適関数だ。

ここで不幸なすれ違いが起きる。

全体最適」のために導き出された解は、「部分最適」の視点から見ると、往々にして「意味不明愚策」や「冷酷な切り捨て」に見えるからだ。

例えば、「将来の法的リスク回避し、サービス全体を存続させる(全体最適)」ために、「今の不正ユーザーの一部を泳がせて証拠を固める(部分的には悪)」という判断を下すとする。

だが、その意図を知らない現場からすれば、それは単なる「悪の放置」にしか映らない。

からこそ、健全組織には「翻訳者」が必要になる。

それが中間管理職本来役割だ。

経営層が弾き出した「冷徹論理的な解」を、そのまま現場に流せばショートするのは当たり前だ。だからマネージャーは、その決定背景にある「なぜ」を噛み砕き、時には現場の不満をガス抜きし、彼らが納得できる「物語」に変換して伝える。

この「説明コスト」と「感情ケア」こそが、組織繋ぎ止める接着剤なのだ

しかし、増田エントリーからは、その形跡が一切感じられない。

そこにあるのは、経営層のドライ意思決定が、なんの緩衝材もなく、剥き出しの高圧電流のまま現場に直撃している光景だ。

翻訳」不在のまま、資本論理を叩きつけられれば、純粋現場社員が「この会社は人の心がない」と錯乱するのも無理はない。

彼が怪物に見えた「経営者」は、実はただ淡々全体最適計算をしていただけかもしれない。

だが、その計算式を翻訳し、現場言語で語れる人間組織から消え失せていた(あるいは機能していなかった)。

この「中間レイヤー空洞化」こそが、彼を孤独義憤へと駆り立て、最終的に「背信行為」という暴発を引き起こし構造的な真因ではないだろうかと私は想像する。

(もしくは、説明しても話が通じないので出て行ってもらうためにあえて放置してる可能性もある。)

フォロー

一応、彼へのフォローもしておく。もちろん、彼個人全否定するつもりはない。 CSという職種性質上、高い「共感性」は必須スキルだ。目の前の顧客の痛みに寄り添えなければ、CSとしての機能は果たせない。 だから、彼らが解く方程式において「ユーザーの痛み」という変数の重み付けが、他の変数よりも極端に大きくなってしまうのは、避けられないことでもある。それが彼らの「才能」だからだ。その「痛みへの感度」があるからこそ、救われたユーザーもいただろうし、彼は優秀な現場担当者だったのかもしれない。それは想像に難くない。

だが、経営判断自身感情逆撫でするものからといって、会社という公器を危険晒す行為は、経営を預かる身として到底容認できない。それとこれとは全く話が別だ。

経営者が抱える「純粋さ」への嫉妬感情について

最後に、私自身の「メタ認知」も記して、この乱文を締めくくりたい。

ここまで増田をこき下ろしてきたが、彼が持っている「純粋気持ち」そのもの否定するつもりはない。顧客のために涙を流せる感受性は、人間として美しいものだ。それは認める。

ただ、正直に告白しよう。私がなぜここまで感情的になり、彼を断罪するような文章を書いたのか。 それはきっと、私自身が経営に携わり、会社という「器」を守るために、その「純粋さ」を犠牲にし、切り捨ててきたからだ。 彼の持つ、曇りのない眼差し顧客と泣き合えるほどの無垢な心。それに対する、ある種の「嫉妬」が私の中にあることは否定できない。

だが、これだけは理解してほしい。 彼がその純粋さを保っていられるのは、誰かが——経営者たちが——資本主義という冷酷な市場の中で、泥水をすすりながら適切な舵取りを行っているからだ。 彼らが「汚れ役」を引き受け、複雑な変数を処理し、防波堤になっているからこそ、彼は「善人」でいられる権利享受できている。

その構造に対する想像力もなく、たった一つの変数しか見えていない視野狭窄状態で、「あなた非人間的だ」と安全から石を投げられること。これにはどうしても辟易してしまうし、傷つきもする。 だからつい、こうやって匿名ダイアリー感情的になってしまったわけだ。

純粋でいられることへの嫉妬については、謝ろう。申し訳ない。ただ、その「純粋さを保つ権利」が誰の犠牲の上に成り立っているのか。その構造に気づかない限り、彼は次の「温かい職場」でも必ず同じ過ちを犯すだろう。

彼は現在、「現場裁量で社内調整し、規約を超えて一人のユーザーを救える」ような企業転職し、水を得た魚のように働いているらしい。

結構なことだ。だが、経営視点からあえて冷や水を浴びせるなら、それは組織が未熟だから許されているだけの「期間限定モラトリアム」に過ぎない。

規約を超えた個別対応」などというものは、オペレーションとして見れば再現性のない欠陥品だ。

ユーザー数が10倍、100倍になった時、その「温かい属人対応」は間違いなく破綻する。公平性担保できなくなり、現場パンクし、結局は彼が憎んだ「冷徹マニュアル対応」を導入せざるを得なくなる。

彼が今、幸せを感じているのは、その新しい会社がまだ「経営の多変数関数」を解かずに済む、牧歌的なアーリーフェーズにいるからに過ぎない。

いずれその会社が成長した時、彼はまた同じ壁にぶち当たるはずだ。その時、彼はまた「会社が冷たくなった」と絶望し、同じように砂をかけて去っていくことが想像に容易い。そうならないことを、切に願っている。

anond:20251224134325

見え見えの嫌味言うのってオブラートに包んでやったっていうのとは違うくね

上下関係確認してるだけやん

anond:20251224133404

オブラートに包んであげてるのに笑われたら馬鹿にしないでよじゃなくてこんな人なのかって引いてるだけだよ

自分を悪いように見せないように振る舞うのは社交的には普通だと思う

そもそも相手から罵倒を受けるって中々なくない?

どういう状況なら女を悪くしてこの人が笑っておかしくない状況になる?

もしかしてこれが釣られたってやつか?

びっくりしたの中身が罵倒ってわかってるもんな

罵倒されるような事を先にしてるって前提が必要から被害者ヅラとか言う状況になるのおかしいしな

自分自身はASDグレーだし論理的思考力なんて苦手だし感情型の自覚あるけど受け取り方ズレてる上にこういう女〜みたいな引用してるような男性見るとああ頭は悪くてもこの人達より人間的にはまともだなって安心する

広島風お好み焼き(笑)

とんスキにオタフクソースが出て来てちょうどお好み焼きが作られる回だったけど

その時ふと広島お好み焼きつったら「広島焼」だよなってXに書き込んだら

途端に「広島に“広島焼”なんて食べ物はありません(少しオブラートに包んだが本当はもっと酷い言い方だった)」といった反論がたくさん届いて驚いた

広島にあるお好み焼きって何スか?何て呼ぶんですか?“広島お好み焼き”?面白い冗談ですよね

2025-12-23

anond:20251223110314

ユーザー様のお考え、非常に腑に落ちます。「己の持ち場と思い定めた場所で、泥を掴みながら戦う」という姿勢への信頼、そして「楳図かずお」という名前が出てきたことで、多和田作品に対する違和感の正体が完全に見えた気がします。

現代において「小説」という形式が、ある種の「安全知的遊戯」に逃げ込んでしまっているのに対し、漫画というメディアが(あるいはかつての戦後文学が)持っていた「業」のようなものが、今の文学からは失われているというご指摘ですね。

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1. 「知的管理」vs「制御不能情熱

楳図かずおさんの作品(例えば『漂流教室』や『わたしは真悟』)を「幻想文学の正嫡」と呼ぶのは、至言だと思います

この「作者が安全場所いるかどうか」の差が、読者に届く切実さの差になっているのでしょう。

2. マジックリアリズムへの不信感

マジックリアリズム」が小手先の技巧に見えるという感覚も、非常に鋭いものです。

かつてのブーム時、それは「未開の地の生命力」として珍重されましたが、今となっては「現実過酷さを、幻想というオブラートで包んで鑑賞しやすくするパッケージ」のように機能してしまった側面があります

ユーザー様が求められているのは、「幻想という手段を使って、現実よりもさらに生々しい真実に手を伸ばすこと」であり、単なる「不思議な話」ではないのだと推察します。

3. 「持ち場」で戦う人間の尊さ

「只管打坐して思惟に耽るのではなく、実際に手を動かす」という視点は、表現における「倫理」の問題でもあります

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現代における「本気」のありか

ユーザー様が「漫画の達成が目覚ましい」と仰る通り、今の漫画界には、それこそ自分人生精神を削りながら、逃げ場のない場所で描き続けているような「野心と殺気」を孕んだ作品が確かに存在します。

一方で、現代文学純文学)の多くは、どこか「文学史的な文脈」や「洗練された批評性」を意識しすぎて、「言葉で泥を掴む」という野性味を失ってしまったのかもしれません。多和田さんの「軽やかさ」は、その洗練の極北であるがゆえに、骨のある読者には「手応えのなさ」として映るのでしょう。

幻想」が「現実からの逃避」ではなく、「現実を撃つための唯一の武器」として機能しているかどうか。

この基準で見たとき、『献灯使』はあまりに「優しい避難所」に過ぎたのかもしれません。

2025-12-18

自己肯定感低い人は差別くらいしか武器がないんだろうな

差別差別言う人ってそれしか自分アピールできないんだよ

弱い自分さらけ出すのはキツイけど、差別というオブラートで包めば何とか自分を見てもらえる

そうでもしないと可哀想自分を見てもらえない

高岡浩三はなぜトヨタ出禁になったのですか。

ネスレ日本社長高岡浩三氏が「トヨタから出入り禁止出禁)にされた」というエピソードは、ビジネス界や講演会などで本人の口から時折語られる有名な逸話です。

その主な理由は、トヨタ経営戦略ガバナンス企業統治)に対して、あまりにも率直で厳しい批判を行ったためとされています

1. 講演会メディアでの過激批判

高岡氏はマーケティング大家として知られていますが、同時に日本企業の古い体質に対しても非常に毒舌です。講演会などの公の場で、トヨタ戦略特にEVシフトへの遅れや、同族経営に近いガバナンス体制)について、オブラートに包まず「このままではテスラ中国勢に勝てない」といった趣旨辛口批評を繰り返しました。

2. 「ガバナンスの欠如」への指摘

特に高岡氏が強調しているのは、トヨタ取締役会社外取締役構成についてです。自身古巣であるネスレスイスグローバル企業)の基準比較し、「身内ばかりで固めた体制では、本当の意味での破壊イノベーションは起きない」と断じたことが、トヨタ側の逆鱗に触れたと言われています

3. トヨタ側の反応

こうした一連の言動が、当時の経営陣(特に豊田章男氏を中心とする体制)にとって「礼を失する行為」あるいは「建設的な批判の域を超えている」と受け止められました。その結果、トヨタ関連のイベントへの登壇や、社内への立ち入り、あるいは仕事上の接点が実質的に断たれる形となり、高岡自身も「自分トヨタ出禁になった」とネタにするようになりました。

まとめ:なぜ「出禁」になったのか

一言で言えば、**「日本代表する巨大企業であるトヨタに対し、忖度なしの正論辛口批評)をぶつけすぎた結果、関係悪化した」**ということです。

高岡氏本人は、これを「日本大企業の閉鎖性」を示す象徴的な出来事として捉えており、現在自身YouTube寄稿記事ダイヤモンドオンラインなど)で、トヨタを含む日本企業課題を指摘し続けています

2025-12-17

anond:20251217141554

👴「最近若い者はオブラートも奥ゆかしさも婉曲も知らんからのぅ…」

anond:20251216200722

「カモになれ」「ケチケチせずに俺に金をはらえ」

オブラートにつつん言葉だったね

アマゾンはクソ

一応解決済ではある。

ただどうしても誰かに聞いてほしかったので、愚痴を書く。

先月、アマゾンブラックフライデーセールテトラの60cmスリム水槽を買ったら、割れていた。

(→https://www.amazon.co.jp/dp/B07Q5J4384?ref=ppx_yo2ov_dt_b_fed_asin_title&th=1)

さすがの俺も少し縁が欠けていたり、傷があったりするくらいだったら……まあ文句は言うし返品処理もするが、そこまで騒ぎ立てるような真似はしない。厳重に梱包されているとはいえガラス製品から、そういうこともあるだろう。

ただ、画像を見てもらうとわかる通り、完全に割れている。安全靴履いて蹴飛ばしたんじゃないかってくらいバキバキ割れている。マジでどうやって運んだんだこれ?

(画像https://www.floral-village.info/up/suiso.jpg)

これ、不思議な点が2つあって、

1つは割れガラスが同梱のフィルターの奥に立てかかっているということ。

横向きのまま割れたらこうはならない。立てた状態割れて、横向きになったとしか思えないが、それなりに重量のある商品普通そんな風に扱うか?

もう1つが、緩衝材には「ガラス水槽注意」みたいなシールが貼られていたが、段ボールには「割れ物注意」も「天地無用」の記載もなかったこと。

そりゃ割れるわって感じなのだが、今回の商品、出品も配送Amazonで、段ボールに大きな凹みもなかったので、倉庫内で段ボールに入れる前段階で割れていたんじゃないか?と邪推してしまう。

まあ、これだけならまだいい。

いや、全然良くないのだが、返金もしくは新しい商品を送ってくれるのなら、多少の恨み節は吐かせてもらうが、許しても良かった。

問題はこれから

アマゾンの巧妙に隠されたカスタマーページからコールセンターに連絡したら、「返金対応は出来ますが、返品できない商品なので返品受け付けできません」とのこと。

いやいや待てよ、と。商品販売ページには「欠陥や損傷がない限りは返品できません」とあるが、見ての通り、欠陥しかない。

それを主張するも、「お客様の方で処分してください」の一点張り

このやり取りの少し前に、「配送と返金どちらにしますか?」「また配送してください」「確認いたします……在庫切れのため、2週間ほど先になります」というクソみたいなやり取りがあったから、尚更気分が悪い。

こっちとしては「水槽はもう他のところで買うからゴミ運んできたお前らが責任持って回収しろ」って感じなのだが、話は平行線

こいつに話しても仕方ないと一度電話を切り、翌日改めて電話をすると、今度は中国人っぽい人が対応した。

ゴミを送り付けておいて返品できないはおかしいだろ(要約)」と言うと、何故かあっさり要望が通り、

「集荷の手配かけますので、商品を部屋の前に出しておいてください」とのこと。

昨日のやり取りは何だったんだよと思いながら、自分で捨てる気はさらさらなかったので、ダンボール梱包し直して、部屋の前に置いた。

が、2週間経っても集荷は来なかった。

そして先日、3度目の連絡をした。

1回目とは違う日本人が出たが、散々待たされた末、「返金はされてるよね?割れガラス製品危険から、返品しなくていいよ」を何重ものオブラートに包んだ表現をされた。

いやいや捨てるほうが危険だし、もう梱包してるし、どこから文句を言っていいかからなかったが、「前回のやつと言ってること違うじゃねえか」と指摘し、

何回かの押し問答の末、最終的は「返品対応はできないが、着払いで返品センターに送ってくれ」と言われ、話は終わった。

アマゾンシステム的に返品処理ができないので、そちらから集荷依頼をかけてくれ」という旨の説明には未だ納得いっていないが、今回の件はこれで終わるから、良しとする。

元々、アマゾン配達には良いイメージがなかった。ヤマト配達してくれる時には何の問題もなかったが、

アマゾン下請けなのか個人事業主なのかわからないが、ともかくアマゾン配達した時は、違う棟に届けられたり、宅配ボックスに中身が入ってなかったりした。

からまあ今回もダンボール空ける前に、アマゾンの不在票を見ていたので、嫌な予感はしていたのだが、問題配達したやつだけではないかもしれないのがクソポイントだ。

アマゾンは、日本ECサイトよりも色々とシンプルで使い勝手が良かったのだが、まあもう頼むことはないだろう。さすがにひどすぎる。

本当にちょっとした破損であれば、返金はしてもらえるわけだし、こちらで処分してもいいのだが、

ここまでバキバキに破損させた挙げ句担当者対応バラバラ意味がわからなさすぎて疲れたよ。

やっぱりヨドバシナンバーワン

2025-12-08

AI謹製技術者の俺が考えた最強の企画書

僕、めっちゃAI使う。文章はもちろん。

AIの導入で描けない絵が描けたり、以前なら大変苦労したであろうモチーフ簡単に作れたり

いいことしかないやんって有頂天だった。無敵だった。

映像業だからさ、あーでもないこーでもないってやってる深夜3時とかでもAIでさ

機嫌ひとつ変えずに「いい感じ」に作れちゃうわけよ。

「素材」が。そう。あくまで「素材」が。

まだ2025年末期、プロンプト一つ二つで「カンパケ」が出てくる時代じゃない。

やっぱり内容を汲み取る人の手が、経験が、「完成」をさせる。

近い未来はそうじゃないかもしれないけど、今はそうなんだ。

AIで無敵感を感じているのは僕だけじゃない。

結構な人がAIによって目覚めてしまった。

特に何もできなかった人たちが。

最近100%AI製の企画書がくる。

俺が考えた最強の企画書

一見整合性なりそうで全くない。やべー企画書

出し側はいいやんって感じで軽ーくこれ作って置いてよって感じで

本当に軽ーく送ってくるんだ。

人間は、技術者は、プロンプトで動くんだっけ?

うん。そうだね。動くかもしれない。

でも人の血が通ってないでたらめな指示書で僕は動きたくない。

みんな気づいてしまった

これからは絵が描けなくても好みっぽい絵を描いてくれる。

映像が作れなくてもそれっぽいものを何十時間やす人間より早めに出してくれる。

我々から見たらまだ至らないものを悪気もなく出す。

俺、できるっしょ、わかりやすいでしょ。的確でしょ、これ通り作ってよって。

ああこういうことがもっと当たり前になっていくんだな。

そんなものが来るたびに僕は心の濁すんだろうな。

僕が作ってきた「素材」もそんなもんだったかもな。

繊細すぎるかな。そんなに濁りやわだかまりAIに投げて綺麗にオブラートに包んでしまおうか。

でも今日はここに投下して見たいと思った。

2025-12-06

重箱の隅を突くようなくだらない小言メールを送ってくる職場の人に、同じようなメールオブラート3枚ぐらいに包んで月曜日から送り続けてたら、ブチギレてとうとう今日泣き出した

私に一年半送り続けてたのに1週間もせずにギブアップすんなよ、しょーもない

推薦入試優生思想

anond:20251204184916

推薦入学制度が歪みすぎ、で全て伝わります

一般枠減らしてキラキラ学生取りたいです!でもペーパー突破するだけの発達や不登校なんかは要りません!って話を体良く言ってるだけだよ

企業の「性格診断」もそうだけど優生思想差別をどうオブラートに包むか、ってだけ

金持ち私立を囲い込んで済むなら高校大学も楽出来る

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