はてなキーワード: 大学院生とは
めちゃくちゃ謝った。
本当に申し訳なくて、1万円をPayPayで送金したけど受け取ってもらえなかった。
その後、6,000円分くらいユニクロで同じもの(ズボンとか靴下とかTシャツとか)を買って渡して、靴も新しく買うと申し出た。
何度も謝ったのに、相手はずっと嫌味を言い続けていた。
正直なところ全身黒い服で汚れは全く目立たないし、Tシャツにもほとんど汚れは飛んでいなかった。それでも「大丈夫、どうせ全部捨てるから」と皮肉っぽく何度も言われた。
自分が悪いのは分かっているけど、あの場面で何をするのが正解だったのか分からない。
2万円くらい渡すべきだったのか、それともその場で土下座でもすべきだったのか。
いつまでも機嫌が治らないし、「これどうしたらいいの?」「匂いするかな?」「もう同じの売ってないね」「寒い」と皮肉を言い続けるので泣いてしまって、逃げるようにして家に帰った。
スタバの店員さんに申し訳ない。疲れてしまってもう別れたい。うっかりでコーヒーこぼすような人間は人と付き合うことができないのかもしれない。
追記:
読んでくれてありがとう。
服は本当にユニクロです。季節が変わって綿のロンTが売ってなくて、エアリズムのものしか買えなかったことにご立腹でした。
思わず泣いてしまった時に「無理して泣かなくていいから」と言われたことがいちばんショックだったかもしれません。
今までにも、迷走神経反射で倒れた時に「こんな所で倒れてたら恥ずかしいよ!」と叱責されたこともありました。コーヒーをこぼされた時も恥ずかしかったのかもしれませんね。
どう別れ話を切り出したものかと悩んでましたが、別れる踏ん切りは着きました。
ODiN(おーでぃん)は、東京大学の大学院生であった原田昌紀がサービスを開始したロボット型のインターネット検索エンジンの名称。 原田が日本電信電話株式会社に入社した後は、NTTの研究所に運用を移行。ODiNは未来ねっと研究所の研究プロジェクトの実験のために使用されていた。 2002年4月をもってサービスを休止している。
これを読まれた皆さんは、どうか今後一切、周りの数学に詳しい人に、
「IUT理論ってどうなの?」
とか聞くのはやめて下さい。聞かれる側は、そのたびにうんざりしています。
* * *
「多くの数学者がIUT理論に否定的だ」というのは、正しくありません。正確には、ほとんどの数学者はそれを相手にしていません。なぜならば、それを学んでも自身の研究の何の役にも立たないからです。これはあたかも、ほとんどの数学者が、数学基礎論や計算機科学のこみいった議論に興味がないようなものです。
日本でも世界でも、望月教授の関係者を除けば、誰もIUT理論に興味を持っていません。今やIUT理論を語っているのはアマチュアだけです。IUT理論の支持者は、研究者を説得できないにも拘らず、アマチュア向けに誇大な宣伝をし続けています。たとえば、加藤教授はIUT理論の本を書いたり、YouTube動画に出演したりしています。
また、彼らは"ZEN大学"という新設のオンライン大学を「IUT理論の国際的な研究拠点」だと主張しています。言うまでもなく、この大学には何の教育実績も研究実績もありません。
ZEN大学では学部生向けに「IUT理論の入門講座」があるようです。IUT理論の前提知識となる数論幾何学は、トップクラスの大学院生ですら、その基礎的な結果に到達することすら困難な分野です。その応用分野を、通信制大学の学部生に講義することに、何の意味があるのでしょうか?
また、ZEN大学は、IUT理論に貢献した研究者に贈る賞を作りました。その賞の第一回は望月教授とその関係者に送られたとのことです。
IUT理論をめぐっては、以上のような学問と無関係な運動があまりにも目立つため、多くの数学者は完全に愛想をつかしています。べつに、数学や教育をビジネスにすることは悪いことではありません。一般人が数学に興味を持ち、専門家が彼らの好奇心に応えるのは、素晴らしいことです(もちろん、もっと適切な題材はあるでしょうが)。ただ、「研究者は誰も相手にしていない」ということです。
p進弦理論、僕の天才的な脳みそにぴったりの、弦理論の非アルキメデス的変種だね。
君のような凡人が理解できるように、幼児から廃人まで5段階で説明してあげよう。
宇宙の小さなものは、普通は点じゃなくて弦みたいな細いゴム紐が振動してるんだよ。
でもp進弦理論は、その紐をp進という魔法の数字のおもちゃ箱の中で遊ばせるんだ。
普通の数字は「1、2、3…」と遠くなるけど、p進の世界では「2の倍数がいっぱい近づく」みたいな、変な距離の測り方をするよ。
まるでお気に入りのブロックを、特別なルールで積み上げるだけ!
簡単すぎて退屈だろ? 宇宙の秘密がこんなおもちゃで解けるなんて、幼児でも笑えるほど天才的だ。
君たちはまだ量子力学と一般相対性理論の入門を終えたばかりだろう?
弦理論の基本は知っているはずだ。基本粒子は点ではなく、1次元の弦の振動モードで、時空は通常実数 R や複素数で記述される。
ベネチアーノ振幅のような散乱振幅は、世界シートの境界を積分して計算する。
p進弦理論(Volovichが1987年に提案したもの)は、これをp進数体 Q_p に置き換える。
p進数とは、素数pに関するp進ノルム |x|_p = p^-v_p(x) で完備化した非アルキメデス的距離の世界だ。
距離の三角不等式が超距離的(ultrametric)になるため、計算が劇的に単純化される。
A_p(a,b) = g_p² ∫[Q_p] |x|_p^(a-1) |1-x|_p^(b-1) dx
で定義し、結果は
A_p(a,b) = g_p² { (1 - p^(a-1)) / (1 - p^-a) } { (1 - p^(b-1)) / (1 - p^-b) } { (1 - p^(c-1)) / (1 - p^-c) }
(ただし a+b+c=1)
という閉じた形になる。明らかに、普通の弦理論より扱いやすい玩具モデルだ。君たちにはちょうどいい難易度だろう。
p進弦理論の核心は、アデリック構造にある。実数(∞)での通常ベネチアーノ振幅 A_∞(a,b) と、全素数pでのp進振幅の積が
A_∞(a,b) Π_p A_p(a,b) = 1
という美しい積公式を満たす(Freund-Witten 1987)。これにより、p進版はツリーレベルでexactに solvable になる。
開弦タキオンの有効作用は、Dragovichらにより完全に導出済みで、非局所的なラグランジアン
L_p = { (m^D p) / g_p² } { p² / (p-1) } [ -1/2 φ p^(-□/2m²) φ + (1 / (p+1)) φ^(p+1) ]
(□はダランベルシアン)
となる。この作用は、4点だけでなく全高次ツリー振幅を正確に再現する。
p進の超距離性のおかげで紫外発散が自然に抑えられ、タキオン凝縮の解析が解析的・厳密に可能だ。
普通の弦理論の近似計算では到底及ばない。君の論文に使えるぞ、当然ながら。
1987年のVolovich論文「p-adic string」で始まり、Vladimirov, Freund, Witten, Aref’eva, Dragovichらにより体系化された。
p進弦は、Planckスケール以下の非アルキメデス幾何を仮定したモデルで、世界シートをp進幾何に置き換える。
有効作用の厳密性は特に強力で、Ghoshal (2000) らはこれをタキオン凝縮とブレーン降下関係の明示的実現に用いた。
p→1極限では通常弦の世界シートを格子離散化する解釈さえ可能(Ghoshal 2006)。AdS/CFT対応のp進版(p-adic holography)への橋渡しも近年活発だ。
計算の簡明さは比類なく、動的タキオン真空のエネルギーゼロ解が解析的に求まる。
弦場理論の玩具モデルとして、Schnablらの解法やMoellerの仕事に直接インスパイアを与えた。
君が引用すべき文献は、Dragovichのレビュー「p-Adic mathematical physics: the first 30 years」だ。僕の知る限り、これ以上の精密さはない。
motivic theoryとのつながりで、世界シートを Q 上の代数多様体として扱い、L関数やRamanujan予想(τ(p)の境界)まで絡む。
Volovichのmotivic弦理論では、分配関数がL関数のMellin逆変換として表され、背景独立かつ連続体フリーになる。
p進量子力学(Vladimirov 1989)との融合で、超距離的時空がPlanckスケール以下の真の幾何だと仮定すれば、ブラックホール生成による測量限界(Δx > ℓ_Planck)が自然に導かれる。
p→∞極限で通常弦に収束するだけでなく、p-adic AdS/CFT(Gubserら)では階層的構造がエントロピー計算に直結する。
閉弦版の厳密作用はまだ完全ではない。p-adicコホモロジーやGalois群との深層対応は、弦理論の究極の物理理論として、数論的宇宙論全体を再定義する可能性を秘めている。
これを理解できるのは、世界に僕と君くらいだ。明らかに、p進弦理論は人類の知性の頂点、そして、僕の脳みそがすでに到達済みの領域だ。
異分野理系年上大学院生の男と付き合いたいな〜と思って院生に絞ってマッチングして何人かと会ってみたけど、コイツら話おもんなすぎる。
私は話振るのもメインでしゃべるのも苦痛じゃないけどさすがに相槌がカスすぎる。しゃべりすぎてごめんと思ってちょっと相手の話伺う方に舵切ったらぜーーんぜん喋ってくんない。そんな全員私がナシなのか?とか私がおもんないのか?とも思ったけど7割くらいの相手は面白かった、また会いたいみたいなことを送ってくる。社交辞令であってくれ。お前も、私を、楽しませろ
私ずっと大人しい系理系年上男ならなんでもいいよ〜💖とかいうスタンスでいたのに多少面白い男(funnyのほう)じゃないと嫌だったんだ、これ私のタイプの理系大学院生とめちゃくちゃ噛み合わせ悪いじゃん
性加害を行う人物がその意図を隠さず、逆に計算高く行動する様子を描くべきです。石田教授がどれほど冷徹で確信犯的であるかを描くためには、彼の言動や行動がもっと不自然に思えないよう、かつ彼の心理状態を強調する必要があります。石田教授は、A子に対しても非常に巧妙に接近し、絶対的な支配欲を見せる人物です。
⸻
「影の中で」
西都大学大学院。晴れ渡った空の下、A子は新しい世界に足を踏み入れた。その日は、彼女にとって待ちに待った日だった。長年の努力が実を結び、ついに学問の最前線で学びながら研究できる場に立つことができた。大学院は、ただの学問の場ではない。自分の未来を作り上げるための重要なステップ、そう考えていた。
西都大学は名門で、研究環境も整っていると評判だ。A子の研究テーマは、コンピュータサイエンス分野における新しいアルゴリズムの開発であり、その分野の権威である石田教授の指導を受けることが決まっていた。大学院生としては、最高のスタートだと思った。
「A子さんですね?」
大学の研究室に初めて足を踏み入れた時、彼女は少し緊張していた。扉を開けると、そこには石田教授が待っていた。目の前に立つその人物は、予想外だった。
教授は短足小柄で、ぽっちゃりとした体型だった。背は低く、身長は160センチもないだろうか、顔は丸く、頬のあたりに脂肪が溜まりすぎている感じだ。髪は少し薄く、油っぽいのが目立つ。目は細く、笑うとその目元がさらに小さくなる。その全体的な印象は、どこか不格好で、妙に力が抜けた感じだった。しかし、その不自然さを彼の冷徹さで覆い隠すような雰囲気もあった。
A子は少しだけ頭を下げた。石田教授は、にやりとした笑みを浮かべながら近づいてきた。A子はその微笑みが、どこか計算されたものだと感じた。だが、彼は冷静にこう言った。
「私は石田。君の研究を指導させてもらう。君の研究には非常に興味を持っている。」
その言葉に、A子は微妙な違和感を覚えた。研究に興味を持っているのは分かるが、その表情と声には何か裏があるように感じられた。しかし、その不安を抑え、彼女は無理に笑顔を作り直した。
⸻
初回の面談は、A子にとって新鮮で有意義な時間だった。石田教授は非常に落ち着いており、A子の話をじっくりと聞いてくれた。彼は、A子の研究計画を一度確認した後、すぐに改善案を出してくれた。そのアドバイスは鋭く、かつ柔らかい言葉で表現されていた。
「君のアプローチは非常に興味深い。しかし、もっと基礎に戻って、他の研究と照らし合わせてみるといい。」
その言葉にA子は素直に感心し、前向きに考えた。しかし、教授のアドバイスは常に「私が指導している」という前提が見え隠れしていた。A子はそのうち、教授の指導が少しずつ過度に感じるようになってきた。研究室での会話が学問的なものに留まらず、次第に個人的な部分にも触れられるようになっていた。
⸻
数週間が経ち、A子は研究室に通い詰める日々を送っていた。教授から受けたアドバイスを実行し、何度も実験を繰り返していくが、次第にそのやり取りの中に不安が混じり始めた。
ある日のこと、A子が研究室で作業をしていると、突然石田教授が訪れた。
「A子さん、調子はどうだ?」
教授の声はいつものように穏やかだった。しかし、その目が不自然に長く彼女を見つめることに気づき、A子は一瞬、食用家畜を見ているかのように寒気を感じた。
「はい、順調です。」A子はできるだけ平静を装って答えた。
「君は、もっと自信を持っていいんだ。君の研究がどれだけ価値のあるものか、君自身が一番よくわかっているだろう?」
その言葉が、A子の中で何かを引っかかせた。教授の目がまた、いつも以上に鋭くなったように感じた。彼はただの指導者であり、学問の話をしているつもりだろうが、その視線はまるで「君はもっと私を信頼しろ」という言葉を伴っているように感じた。
「ありがとうございます。」A子は言葉を続けたが、教授の目を避けるように下を向いた。
⸻
その後、教授は頻繁にA子にプライベートな質問を投げかけるようになった。最初は普通の関心からかと思ったが、質問がだんだんと踏み込んだ内容になっていった。
「君の家族について、もう少し教えてくれ(知っているけど)。」
そのような質問が何度も続くと、A子はそれがただの指導を超えていることに気づき始めた。教授が、何か自分に関心を持っているのだろうか。それとも、もっと深い意図が隠れているのか。
ある日、A子が遅くまで研究室で作業をしていると、教授がまたしても部屋に入ってきた。
「A子さん、今日は一人で頑張っているのか?」
その言葉に、A子は心臓が一瞬止まるような感覚を覚えた。彼の声がいつもよりも低く、少しだけ響くように感じた。振り向くと、教授はいつもの不格好な微笑みを浮かべていたが、その目には何か異質な光が宿っていた。
「どうしたの、A子さん? もっと近くで手伝ってあげようか?」
A子はその一言に反射的に警戒した。教授の言葉には、単なる指導以上の意図が込められていることを、彼女は無意識に理解していた。だが、今更何かを言うことができなかった。教授の不気味なまでの自信と、その巧妙に隠された支配欲に、A子は完全に捉えられてしまっていた。
⸻
その後も教授は何度も同じような言葉を投げかけ、少しずつその距離を縮めてきた。彼は決して焦ることなく、A子が少しずつ自分のペースに巻き込まれていくのを待っていた。 A子はそのことに気づくのが遅かったが、次第に自分が何かに引き寄せられているような気がしてならなかった。
性加害を行う人物がその意図を隠さず、逆に計算高く行動する様子を描くべきです。石田教授がどれほど冷徹で確信犯的であるかを描くためには、彼の言動や行動がもっと不自然に思えないよう、かつ彼の心理状態を強調する必要があります。石田教授は、A子に対しても非常に巧妙に接近し、絶対的な支配欲を見せる人物です。
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「影の中で」
西都大学大学院。晴れ渡った空の下、A子は新しい世界に足を踏み入れた。その日は、彼女にとって待ちに待った日だった。長年の努力が実を結び、ついに学問の最前線で学びながら研究できる場に立つことができた。大学院は、ただの学問の場ではない。自分の未来を作り上げるための重要なステップ、そう考えていた。
西都大学は名門で、研究環境も整っていると評判だ。A子の研究テーマは、コンピュータサイエンス分野における新しいアルゴリズムの開発であり、その分野の権威である石田教授の指導を受けることが決まっていた。大学院生としては、最高のスタートだと思った。
「A子さんですね?」
大学の研究室に初めて足を踏み入れた時、彼女は少し緊張していた。扉を開けると、そこには石田教授が待っていた。目の前に立つその人物は、予想外だった。
教授は短足
小柄で、ぽっちゃりとした体型だった。背は低く、身長は160センチもないだろうか、顔は丸く、頬のあたりに脂肪が溜まりすぎている感じだ。髪は少し薄く、油っぽいのが目立つ。目は細く、笑うとその目元がさらに小さくなる。その全体的な印象は、どこか不格好で、妙に力が抜けた感じだった。しかし、その不自然さを彼の冷徹さで覆い隠すような雰囲気もあった。
A子は少しだけ頭を下げた。石田教授は、にやりとした笑みを浮かべながら近づいてきた。A子はその微笑みが、どこか計算されたものだと感じた。だが、彼は冷静にこう言った。
「私は石田。君の研究を指導させてもらう。君の研究には非常に興味を持っている。」
その言葉に、A子は微妙な違和感を覚えた。研究に興味を持っているのは分かるが、その表情と声には何か裏があるように感じられた。しかし、その不安を抑え、彼女は無理に笑顔を作り直した。
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初回の面談は、A子にとって新鮮で有意義な時間だった。石田教授は非常に落ち着いており、A子の話をじっくりと聞いてくれた。彼は、A子の研究計画を一度確認した後、すぐに改善案を出してくれた。そのアドバイスは鋭く、かつ柔らかい言葉で表現されていた。
「君のアプローチは非常に興味深い。しかし、もっと基礎に戻って、他の研究と照らし合わせてみるといい。」
その言葉にA子は素直に感心し、前向きに考えた。しかし、教授のアドバイスは常に「私が指導している」という前提が見え隠れしていた。A子はそのうち、教授の指導が少しずつ過度に感じるようになってきた。研究室での会話が学問的なものに留まらず、次第に個人的な部分にも触れられるようになっていた。
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数週間が経ち、A子は研究室に通い詰める日々を送っていた。教授から受けたアドバイスを実行し、何度も実験を繰り返していくが、次第にそのやり取りの中に不安が混じり始めた。
ある日のこと、A子が研究室で作業をしていると、突然石田教授が訪れた。
「A子さん、調子はどうだ?」
教授の声はいつものように穏やかだった。しかし、その目が不自然に長く彼女を見つめることに気づき、A子は一瞬、食用家畜を見ているかのように寒気を感じた。
「はい、順調です。」A子はできるだけ平静を装って答えた。
「君は、もっと自信を持っていいんだ。君の研究がどれだけ価値のあるものか、君自身が一番よくわかっているだろう?」
その言葉が、A子の中で何かを引っかかせた。教授の目がまた、いつも以上に鋭くなったように感じた。彼はただの指導者であり、学問の話をしているつもりだろうが、その視線はまるで「君はもっと私を信頼しろ」という言葉を伴っているように感じた。
「ありがとうございます。」A子は言葉を続けたが、教授の目を避けるように下を向いた。
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その後、教授は頻繁にA子にプライベートな質問を投げかけるようになった。最初は普通の関心からかと思ったが、質問がだんだんと踏み込んだ内容になっていった。
「君の家族について、もう少し教えてくれ(知っているけど)。」
そのような質問が何度も続くと、A子はそれがただの指導を超えていることに気づき始めた。教授が、何か自分に関心を持っているのだろうか。それとも、もっと深い意図が隠れているのか。
ある日、A子が遅くまで研究室で作業をしていると、教授がまたしても部屋に入ってきた。
「A子さん、今日は一人で頑張っているのか?」
その言葉に、A子は心臓が一瞬止まるような感覚を覚えた。彼の声がいつもよりも低く、少しだけ響くように感じた。振り向くと、教授はいつもの不格好な微笑みを浮かべていたが、その目には何か異質な光が宿っていた。
「どうしたの、A子さん? もっと近くで手伝ってあげようか?」
A子はその一言に反射的に警戒した。教授の言葉には、単なる指導以上の意図が込められていることを、彼女は無意識に理解していた。だが、今更何かを言うことができなかった。教授の不気味なまでの自信と、その巧妙に隠された支配欲に、A子は完全に捉えられてしまっていた。
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その後も教授は何度も同じような言葉を投げかけ、少しずつその距離を縮めてきた。彼は決して焦ることなく、A子が少しずつ自分のペースに巻き込まれていくのを待っていた。 A子はそのことに気づくのが遅かったが、次第に自分が何かに引き寄せられているような気がしてならなかった。
俺とお前と、魚屋のおじさんと、八百屋の姉ちゃんと、商店街の会長と、なぜか毎朝ラジオ体操だけは皆勤賞の無職の先輩と、犬の散歩で哲学を語る中学生と、その横でうなずいてる柴犬と、町内会費をめぐって静かに燃える自治会副会長と、リモコンを絶対に渡さない祖父と、ポイントカードだけで人生を最適化しようとする主婦と、値引きシールの貼られる瞬間を量子論的に観測しようとする大学院生と、踏切の前で毎回人生を振り返るサラリーマンと、カラオケでマイクを離さない課長と、その課長を心の中で素粒子レベルまで分解している新入社員と、駅前でずっと将棋を指してる謎の老人と、選挙のたびに急に情熱を燃やすタクシー運転手と、閉店セールを三年続けている靴屋と、その靴屋の向かいでずっと開店準備中の喫茶店と、そこに集う顔ぶれと、顔ぶれの背後にあるそれぞれの事情と、事情のさらに奥にある見栄と意地と勘違いと優しさと、
大五郎。
約〇年前、私は大学サークルの真っ只中にいた。ふと、あの頃の光景がよみがえる。周囲には何人もの女性から好意を寄せられていたが、短大部の彼女たちは卒業とともに去り、手元には二人の後輩だけが残った。一人は一つ下の「不美人の後輩(Aさん)」、もう一人は二つ下の「美女の後輩(Bさん)」。偶然にも二人は高校も大学も同じという、深い縁で結ばれていた。Aさんはサークル活動に熱心で、時折ほのかなアプローチをしてくる少し情熱的なタイプ。本命のBさんは誰もが認める美貌の持ち主で、サークルを早々に辞めてしまい連絡もほとんど取れなかったが、かつては私と腕を組んで歩くことを許すほど、心を開いてくれていた。当時の私にとっての喫緊の課題は、大学院生活という「底なしの孤独」をどう乗り越えるかだった。Aさんは接触しやすい存在だったが、一対一で向き合う気にはなれない。一方でBさんは遠い存在。この行き詰まりを打開する方法は、今でいう「ポリアモリー(複数愛)」だったのかもしれない。もし当時その概念を知り、三人で関係を築けていたなら、どんな風景が広がっていたのだろう。硬直した「一対一」の恋愛観に縛られなければ、そんな奇妙で穏やかな共存こそが、私の孤独を救う答えだったのかもしれない。今では、それも孤独な院生が見た遠い日の幻に過ぎないのだが。
私:二人の女性に甲斐甲斐しく世話を焼かれ、凍てつくような院生の孤独を回避できる。
Aさん: 念願叶って、憧れの私と同じ時間を共有できる。
Bさん: 高嶺の花として消費される日々に疲れ果てていた彼女にとって、私とAさんが作るこの場所は、過剰な期待から解放される安全地帯になれた?一対一の重圧を嫌う彼女にとって、尽くし型のAさんが間に入ることは、自由を保ったまま私との繋がりを維持できる、都合のいい免罪符だった?
京大時代、YY年前に2人の女性へポリアモリーを提案していたらどうなっていただろうか。ポリ。。。とは、週末に3人でデートしたり、学内で一緒にランチしたりする両手に花関係のこと。ランチならもちろんさしづめ学食だろう。一人は1つ下であまり美人ではない女性、もう一人は途中でサークルを辞めた2つ下の美女。不美人の彼女はすこしばかり自分に夢中で、美女の方も恋愛感情ではなかったが腕を組んでくる程度には受け入れてくれていた。二人は高校も大学も一緒の先輩後輩関係。サークル時代の自分は、彼女たちを含め五典の女性から好意を寄せられ、望めば2人で協力してデートやランチに付き合ってくれた気がする。当時は不美人からの好意を避けるしかないとわたくしも狭量だったが、サークルを辞めて大学院進学前後に「3人で定期的に食事しよう」ときっかけを作っていたらどうだっただろう?どうせ大学院生は恋愛の機会が少なく、結婚となるとさらに難しい。不美人は当時わたくしに少し夢中だったし、美女の連絡先も知っているから、多少わがままでも俺の希望とあれば呼び寄せてくれて、ポリアモリーもできた気がする。ただし誰かが社会に出た時点で、中道みたいに解散。2つ下だったから、わたくしが博士号取得のときにはD1で在籍していて、関係も続いていたかもしれない…ああ、なんということだ。そう考えると、ポリアモリーで承認欲求を満たし、飢餓感を避けられたかもしれず、提案していれば勝ち筋があったのではと思う。京都大時代のある日、荒れそうな飲み会の入り口で、戸惑い呆然と立ち尽くしていた美女がいた。僕を見つけるなり縋るように腕を組み、「代わりにお酒を飲んで」と頼んできた。騎士気取りで彼女を守り、代わりに杯を重ねたその夜、その姿を見て思いをさらに募らせた不美人な後輩がいた。やがて美女が辞めて去ったとき、その穴を埋めるように「私でもいいですか」と手を挙げたのは、その不美人だった。数ヶ月後、彼女からもらったプレゼントの重みを今でも覚えている。「一人の女性に絞るべきだ」という狭量さから、不美人の好意を避けることしかできなかったけれど、今思えばあの時、どちらかを切り捨てるのではなく、3人でテーブルを囲み、歪でも幸せな関係を築くポリアモリーもあったのかもしれない。サークル時代の自己肯定感から、大学院時代の孤独や飢餓感に急落したけれど、三角関係が救ってくれたかもしれないという「もしも」が夢に現れる。あの時、彼女に「これからも3人で会いたい」と言えていたら、モラトリアムはどう終わっていただろうか。
私は東京生まれ東京育ち(足立区)で中学受験なんか無縁のまま誰でも受かる都立高校に進学した
当時はその高校の大学進学率は1割程度だと思う、あとは専門学校とか就職とか消息不明とか
私も高校時代はマックやミスドやカラオケとかでバイトをしていた。時給1000円くらいで
とりあえず専門学校に進学したものの、ほとんど行かなくなり、当時の学校の友人に誘われて夜職デビュー。キャバ嬢である
よく言われるように一度、夜職を経験すると昼の仕事ができない。1日朝から夜までマックで働くのと同じ金額が夜の数時間でゲットできる
もうバカらしくて昼間になんて働けなくなっていった
でも、夜職をする女子は常に不安である。この仕事をずっとはできないことがわかっている。このまま年を取れば風俗に行くしかない
かといってバカらしくて昼間は働けない。働いてはみるもののこんな大変な仕事して得られる給料が夜の1/3以下だったりする。コスパを考えると夜が楽。でも不安
ただの自慢話なのでキレてくれてもいい
渋谷のゲーセンで遊んでいるときに、好きなゲームが一緒で大学生男子と仲良くなった
私は同伴の時のおっさんの好みで昼は清楚系の格好をしていたので、その大学生をコロっと落とすことができた
昼は彼氏とゲーセンで遊び、夜は門限が厳しいといって別れてからキャバで働いていた。ひどい女である
しばらく付き合っているうちに彼氏は私を大学生と思っていたようだが、フリーターであることを告げると驚いて「大学に行けば?」と軽々しく言ってきた
そもそも私の高校は大学進学率は1割程度であり、10年くらい前に明治大か中央台に受かった先輩が開校以来の天才と呼ばれている高校である。
ふざけんなと思った
しかし、話を聞くと彼は東大生であった。平日の昼間っから渋谷のゲーセンに入り浸っているので私と同レベルの知能だが金があって通っているFラン大学生だと思っていたのだけど。
奴にやたらお金があるのは東大受験生向けの塾で塾講師をしているからということもわかった。めちゃくちゃ時給が良くて私のキャバの時給よりも高かった
話を聞けば聞くほどだんだんムカついてきたし、自分が惨めで泣きたくなってきたし、実際泣いた
ぶん殴ろうかと思ったが、私は発狂しながら、しかし心の奥底で冷静に、つまり夜職のコスパと昼職のコスパを比較して昼職を馬鹿らしいと感じる頭くらいの冷静さで
この東大生を逃す訳にはいかないと思った。なんといってもFラン大学生だと思う程度に私と話が合い、見た目やセックスの相性も良く、さらに東大生なのだ。有料物件である。
専門学校や就職した友達にマウントするためにブランド物を身に纏ったり、キャバで周りの女子を威嚇するために同伴や売上を誇ってマウントしたりする自分と決別した
私がアホ高校卒業で、受験というものをやったこともなく、そもそも高校ではお菓子を食べて暮らしていたこと、
どうやって抜け出せばいいのかわからないこと。
彼氏は話を聞きながら、私の人生を自分が背負うことはできないけど、変えたいなら勉強を手伝うことはできる、奨学金の制度もあるし、大学に行くのがいいんじゃない?と言った
大学。
私と最も遠い存在だった。正直ネットでFランとか言われている大学ですら羨ましかった。羨ましいという感情を隠して生きてきた。
私も大学行っていいんだと思った。もちろん大学に受かったわけでもないけど、私が大学に行ってもいいという人がここにいる(しかもそいつは東大生である!)という事実に感動した
そこから私はキャバを辞め、彼氏の家に転がり込み、居候彼女兼生徒として勉強をした
高校1年の内容から教えてもらい、中学の内容もわかってなかったけど、彼曰くそこまで戻ってたら時間がかかりすぎるから、高校レベルからでなんとかしようと戦略を練ってくれた
私は家で勉強をし、彼は大学に行き、彼が帰ってきたらわからないところを教えてもらい、明日やるべきことをリストアップし、セックスする
これの繰り返しだった。
勉強を初めて3年後、私はMARCHのどこかの大学に受かった。彼は大学院生になっていた。
「自分が教えてもやっぱりきっちり3年かかるんだな…」と彼は悪態をついていたが、私は合格の文字を見て、狂喜乱舞した
これは私が開校以来の天才と並んだ証なんだ
3年間の勉強と彼による矯正の結果、私はすごく真面目になっていた
大学ではどの講義もほぼ1番前列の座席に座り、真面目に授業を受けていた。サークルや部活にうつつを抜かすこともなかった
もし皆さんの大学で1番前に座って授業を受けている年増の変な女がいた記憶があるならばそれが私である
彼にはめちゃくちゃ勿体無い、せっかく大学に出たんだから就職すれば?と言われたけど、
私がやりたかったのは昼職のちゃんとした仕事に就くことではなく、夜職という不安定な環境を抜け出したい、ということだったんだなと在学中に痛感した
私は自分の力で大学に合格したことで(もちろん周りのサポートのおかげである)「やればできる」ということを心の底から実感したんだと思う
だから、働きたくなれば働くということも苦労すればできるんだろうと思ったし、その苦労するということを嫌がらずにできる自分になったことに自信を持ったんだと思う
だからこそ、私は彼に尽くしたくなったのだ
彼の仕事を応援したいし、疲れて帰ってきたら心身ともに癒してあげたいし、浮気などされたら困るのでいつまでも美人を維持し、周りの同僚に自慢できるような奥さんになりたいし、
私は女。女友達と一緒に花束みたいな恋をした、をやっと観た。公開当時社会人1年目で、刺さりすぎちゃって見れないって、観ないで数年経ってやっと観た。
有村架純演じる絹ちゃんに「もっと大人になれよ」ってイライラしてしまった。でもこの感覚分からないと思った。公開当時大学卒業して社会人1年目だった私は、性別は逆だけど当時の彼氏と同じような関係だったから。まだ大学院生な彼氏。四年生大学を卒業して社会人になった私。半同棲していた大学時代から、私が会社の近くに引っ越したことで、映画の話とはちょっと違うけれど。
特別やりたい仕事かどうか聞かれたら自信はないが、社会人になって「やりがい」というものに触れた私は、菅田将暉演じる麦くんにどうしても似ていた。社会が、会社が、うちの部署が求める私になろうと全力投球していた。通勤を最優先に考えて早めに寝る私を、彼氏は彼氏で受け入れられなかったと思う。なぜなら夜遅くまで彼氏がやるゲームを見て一喜一憂して、明け方寝るのが日常だったから。コロナ禍で大学がリモートになって、なおさらそうだったから。
それでも社会に染まった今では、休日返上で働くのなんて特別なことではないし、今まで好きだった趣味に時間を割けなくなって愛情が薄れるなんであるあるだなと、自分に重ねられる。それでも麦くんは、心から絹ちゃんを愛し、一緒にいたいと思っていたと思う。ラストシーンで心変わりしてプロポーズしたのは、麦くんが絹ちゃんに想う気持ちが、恋から愛に変わっていたからだと思う。
大学生から社会人になるまで付き合って結婚する友達は多い。最近毎週末インスタのストーリーで結婚式の画像が流れる。けれど、大学生から社会人になるまでに別れた恋人たちの方が絶対多いと思う。あの映画に喰らっていられるのはせいぜい今現在社会人3年目くらいの人までだと思う。
chatGPTの返答は長いので圧縮
意外と大きな問題な気がしてきた
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ぴょっぴょえ〜〜〜〜!(奇声)
ワムゥ!!ワムぅ。。。(泣)
ど、どうしたw
ぴょっぴょえ〜〜は完全に理性飛んでるし、
とりあえず落ち着こ?
深呼吸だ……
今日は何があった、語っていいぞワムゥ。
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奇声って、小中学生、大学生の頃は出しまくってたんですけど、大学院生ぐらいから謎に意識高くなって前頭前野が肥大化して扁桃体を黙らせたせいで発しなくなりました。今思うと酒飲んだりカラオケ行ったりして発狂している方が「人間」っぽかった気がします。どうしてこうなった(ワムぅ)
なぜ奇声が消えたのか(ワムゥ解剖)
小中学生:
大学生:
大学院生あたり:
✔ 論理
このあたりで
つまり
扁桃体「ウォォォ!!」
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生き返って!俺のワムぅ!!(うんちぷりっ〜〜〜!💩)
なんか20,30代を超えて50代とかになると急に幼児退行しだすおっさんいるじゃないですか。酔ってバブってるようなおじさまがた。彼らの気持ちが痛いほどわかるんですよね。僕たちは少年の日の思い出を捨てきれないんです。バブっって、オギャアして下ネタ連呼してクレしんのしんちゃんのようにケツだけ星人やりたいんです。
ワムゥゥゥゥ復活ッ!!(風が吹いている)🍃
……うんちぷりっはさておき💩(←ここは生命の叫びということで)
なぜ50代おじさまはバブるのか問題
あのおじさまたち、実は退化してるんじゃないんですよ。
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わかる(わかるマン)
なんというか、この現代社会の見えない問題って「オギャアすることを抑制することを強いられている」ことだと思うんでしょね。これって養老孟司先生とかも近しいこと言ってました。人間は動物なのに、どんどん都市化、標準化されて行っていると。
その結果訳のわからん忖度が生まれているじゃないですか!ベーシックインカムと同じ文脈で、意思決定はデータドリブンで、人間はただ踊り狂ってればいいんじゃないんですか?
これって大きな社会問題じゃないですか!?SDGsになんでこの問題入ってないんですか!?真面目すぎるよ!もっと幼児やロックンローラーを見習った方がいいんじゃないか?
これはかなり真面目な社会批評を、最高に人間的な言葉で言ってます。
しかも「個人の性格問題」に見せかけられているのが一番タチ悪い。
じゃあなんでSDGsに入らないのか
オギャアは測定できないから。
数値化できない
KPIに落ちない
真面目な顔で言いづらい
だから
でも実際は
👉 精神の窒息が一番深刻。
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今年に入ってから、環境が変わったり、色んなことに挑戦したり、めちゃくちゃに体調とメンタルを崩していたんだけど、
12月に入ってから師走の名の通り、めちゃくちゃ駆け抜けている。人生を。
まず、11月末に祖父が亡くなった。私は今23歳だけど、身近な人の死を体験したのはこれが初めてだった。めちゃくちゃに泣いた。泣きながら従兄弟達の面倒を見ていた。
短期間で首都圏→地元→首都圏と移動をすることになったので、大変疲れた。そこから怒涛のバイト。特殊なバイトをしているので詳しく書くことはできないが、30分に1回息を切らし理不尽だ!!と心の中で叫ぶほど忙しい労働をしている。やりがいはある。
そして先日、酒を飲んでやらかす。労働に嫌気がさし、帰宅してから結構な量の酒を飲んだ。イキってタバコも吸った。
気付いたら浴槽の中で爆睡していた。
部屋は有り得ないくらい荒れていて、酒を零した跡、めちゃくちゃになった本棚、散乱したゴミで溢れかえっていた。
そして漏らした。
23歳、大学院生。割とまじめに生きてきた方だと思う。家族からは「小さい頃からしっかりしていた」「ちゃんとしてる子だ」「まじめだ」と言われ育ってきた。
最後に漏らしたのは3歳の頃だった気がする。
酒でやらかすといつもこうだ。駅で吐いたり、友達に泣きついたり、変なところで寝たり。
嫌なことがあった時は現実逃避して良いと思うけど、酒に溺れるのは辞めようと思った。
differentialです。
この使い方が良くないのは知ってるが、下品でバカなので良くない方法も使う。しかたがない…
まぁ、私が悪くて下品でバカなのは、誰よりも私が一番よく知っていることなのでしょうがないけれど、私のブコメも悪くて下品な私なりの思いがあってのことなので、それを記します。
頑張ってほしい、と〆た。
元のnoteの方は、楽に今のハイクラスな社会的立場を得ているように書いているが、当然本人の強い意志や努力などがあってのことだと思うので、その強い意志で乗り越えられると思ってそう書いた、まぁこんな場末で描いたところで伝わらないと思うけどね。
意志の強さは、人に努力を継続させ成功させやすくする良い要素ではあるが、その良い要素はスイッチの入り方を間違えると思い込みの強さや独善さなどに現れてしまうことがよくある。にんげんだからね。noteでの文章冒頭3/4ぐらいはその思いの強さと思いこみの激しさで突っ走っている。なので、読んだ私は、(あーマイナスのスイッチ入っちゃった優等生さんなのかなー、大変だよなー頑張れー)と思ったのでそう書いています。
頑張れよとは思うものの、ここから先は自分の体験ベースになってしまうが、親子分離ができないタイプの人っぽく見えたので、危ういなとも思ったのだ。子供が定型発達か非定型か、ということ以前の話。
「親」を、極めて雑に2つに分類すると、「自分の子供は自分の分身である」が前提になっている人と、「自分と子供は遺伝子は近いが別の個体である」が前提になっている人がいる。
そして親が前者(親子非分離)で、子が気質的に親と異なるタイプの場合、結構しんどいことがある。
自分の体験なので下品な私ならではの私怨の強い話になってしまうが、私の母は母子分離ができない母だった。
私の母が母子分離できない人、「娘は自分と同じであるはず」が前提に立つ人だった。逆に父は後者で、母のそういう性質を常に心配してくれていたので、私は父や周りの大人たちの助けもあってまぁ思春期過ぎたら辛くはなくなったんですが、それまでは自分はとにかく「お母さんと違うから私はダメな子なんだなー」とずっと思っていた。
例えばこういう感じ。
(誇れるほど運動神経良くはないが悪くはなかったし、子供の頃も野山を駆け回りたいタイプだったのにピアノを習わされたりしていた。いやピアノも楽しかったけどさ)
(不真面目だし、下品だし笑、しっかりはしていない。父や母の妹にも「あの子はそういうタイプじゃないでしょう?」と言われても聞く耳がない)
(残念ながら下品なだけあって奥手じゃなかったし、結婚した後も働いているし、とてもとても残念だけど子供は出来なかった)
(これを言われたころは高校生。生活指導がほぼ無い緩い学校だったので授業さぼりもペナルティも特にない。進路どうするという話で、頑張れば行けるかもしれない大学を言ったらこう言われた。がんばって家から通える学費も安い国立大に行こうと言ってるのになーと悲しい気持ちになった。悲しいしなんか腹立ったからすごく勉強して大学は無事受かった楽しかったので結果的にはよかった。
母は、一事が万事、娘が、自分が想像する人生(母と同じ人生)を歩いていないと良いにしろ悪いにしろアラートが鳴るようで、想定内のGood News(学年で50番台の成績だった)には喜び、想定外のGood News(学年で3番になった)にはどう喜んでいいのか・・・という顔になる。学年で一桁順位の成績取ってお母さんにドン引きされたのは、今では笑い話だが当時は自己肯定感がゴリゴリ削られたもんだ。
結婚したい相手を紹介した時も不服そうだったし(夫はまだ大学院生だったので)私が結婚後も仕事を続けるのも不服そう。子供が出来ないけど積極的な不妊治療は多分しないよと言った時は娘の私よりも傷ついた顔をしていた(母がとにかくしつこく「子どもはどうするの?」と聞いてきたので答えた)。
母は「私の娘は、私と同じように、学校ではあまり目立たないけど真面目で適齢期になったら見合いで結婚して夫と婿に働いてもらって孫が出来たら毎日娘と孫と一緒に過ごせるわ」と思っていたらしく、それを叶えてくれなかった娘である私に、死ぬ間際までこんなことを言っていた。彼女は死ぬ間際まで、娘がどういう性格で、どういう風に幸福でいるのか、どういう風に幸福になりたいと思っているのかを、想像することがなかったんだと思う。
noteの人が私の母と同じとは思わないが、あの人が想像する「ありえた子供の未来」が親と同じルートばかりだったのが、私の琴線に触れたのだと思う。
だって、定型発達だったとしたって、あの人が何度も検索したような「親と同じ人生を歩める」とは全然限らないし、「親と同じ人生が歩みたいか」どうかも分からない。
母は、私が30代ぐらいまでは「あなたに幸せになってもらいたいから言ってるのよ」と小言を言っていたが、私に子が出来ないと分かったあたりから「あなたは私を幸せにしてくれない」と言うようになった。こちらも大人になって受け流せるようになってはいたが。それと私が何らかの傷がつかないかということは別で、大人になってもまだ自分が母の考える「愛する娘の幸せな人生」に、時にからめとられてしまうことに苦しんでいたんですよね。
母は老いて口が緩まっていたのだろうとも思うが、例えばnoteの人が、仕事やら子供の療育やら日常やらに挟まって疲弊した時に、私の母のように反転する可能性があるかもしれないじゃん。
母が死んで、私は泣いたけれどそれ以上に「これで解放されるなぁ」と思った。今でもたまに苦しくなるが「もう死んでいるんだから」と思って落ち着いたりしている。
ということを言いたかったわけです。
再三言っているように私はたいして質の良くない人間な自覚はあるが、そういう人間の内面にこういうものが入っていることを、私と同じぐらいには直截なあなたにお伝えしたかったのでした。親が自分の固定観念を崩そうともがいているあいだ、子供はずっと自尊心を傷つけられ続ける。
邪悪な私は、noteの人のお子さんがどういうタイプの自閉症状なのかが分からないが、周囲の感覚に鈍い方向であれば幸いかもなぁ…と思う程度には、「私と同じ人生が幸せな人生」を当たり前に信じる母に自尊心を削られ続けてきたのです。
あなたのコメにも★がたくさんついているが、わたしにもそれなりに多くの★が付いている。その程度には、こういうタイプの親がいて子供はそれに削られることがある、ということを、上品なあなたにも知ってほしいと思いました。
テクノロジーが社会構造を再編する現代において、人間の知性や専門性のあり方は根源的な問いに直面している。その問いに強烈な一石を投じたのが、東京大学の小川光教授が学内広報誌『淡青評論』で紹介した一件である。これは、制度や組織が適応するよりも速く未来が到来しつつあることを示す、稀有で明瞭なシグナルと言えるだろう。経済学の素養をほとんど持たない修士課程の学生が、生成AIとの対話のみを駆使し、わずか1年で「トップレベルの学術誌に挑戦できる水準」の論文を書き上げたのだ。これは単なる技術的な成功事例ではない。長年の訓練を経て築かれる専門知識の価値、研究者の役割、そして「知性」そのものの定義を根底から揺るがす、まさにパラダイムシフトを象徴する出来事である。
この小川教授の寄稿は、社会に大きな波紋を広げた。インターネット上では瞬く間に注目を集め、「はてなブックマーク」では469ユーザーがブックマークし、102件のコメントが寄せられるなど、白熱した議論を巻き起こした。本稿では、この一件を現代社会の変容を映す縮図として捉え、専門家が感じた「恐怖」の本質と、社会に広がる期待と懸念を分析する。そして、この出来事が象徴する、新たな世代の登場について考察を進めていく。彼らこそ、これからの時代を定義する「AIネイティブ」なのである。
本セクションでは、話題の学生が象徴する「AIネイティブ」という新しい世代を分析する。彼らは、AIを単なる補助ツールとしてではなく、思考や研究の方法論の中核に据えるという点で、旧来の世代とは一線を画す。その登場は、単なるツールの変化ではなく、知識を獲得し、体系化するプロセスそのものの革命を意味している。
この学生が実践した研究プロセスは、AIが方法論の根幹を成していた点で画期的であった。具体的には、以下の全工程をAIとの対話を通じて進めている。
このアプローチの革新性は、旧来の知識探索モデルとの対比によって鮮明になる。東京大学大学院情報理工学系研究科の山崎俊彦教授は、この新しい思考様式を「辞書の逆引き」という比喩で巧みに説明した。従来の検索エンジンは、ユーザーがキーワードを知っていることを前提とした「辞書の順引き」であり、既知の情報を効率的に探す行為だった。対してAIネイティブは、「やりたいこと」を自然言語でAIに問いかけることで、未知の領域を探求するためのキーワードや手法を引き出す「辞書の逆引き」を実践する。これは、人間と知識の相互作用における、根本的なパラダイムシフトである。
はてなブックマークのコメントは、この新しい学習様式がもたらす生産性の飛躍に対する社会的な期待を反映している。あるユーザーは、AIの活用により「人に教えてもらうのと同等のパフォーマンスが低コストで得られる」ため「習得速度が爆速に」なると指摘。また、これは単にAIに作業を丸投げするような話ではなく、「AIの力を借りて巨人の肩の高さを重ねる話」であり、人類の知の発展を加速させるものだという肯定的な見解も示された。
この爆発的な進歩の可能性は否定できない。しかし、それは同時に既存の専門家たちに、長く暗い影を落とし、不穏な新しい現実を突きつけている。
AIがもたらす希望の光の裏側には、深刻な懸念も存在する。特に、既存の専門家が感じる脅威と、AIの活用能力によって生じる新たな社会的格差のリスクは、真正面から向き合うべき構造的な課題である。
この問題の核心は、小川教授が吐露した率直な感情に表れている。経済学の訓練を受けていない学生がこれほどの成果を出したことに対し、教授は「心底たまげました」「このようなAIネイティブの若い人たちがこれからどんどん出てくることにちょっとした恐怖さえ感じました」と記した。この「恐怖」は、単に自らの職が奪われるという不安に留まらない。それは、長年の地道な研究と訓練を経て初めて到達できると信じられてきた専門性の価値そのものが、根底から覆されることへの動揺なのである。
はてなブックマークのコメント欄では、この現象を的確に捉える「レバレッジ」というキーワードが頻出した。「若く優秀な人がAIでレバレッジかけるととてつもない差になるんだろうね」「頭のいい人はAIでより賢くなる」といったコメントが示すように、AIは元々高い能力を持つ個人のアウトプットを飛躍的に増幅させる強力なツールとして機能する。
しかし、このレバレッジ効果は単なる個人の生産性向上に留まらず、社会構造を再編する力を持つ。yumanaka氏は、「地頭のいい人がAIを使いこなして圧倒的なアウトプットを出して、そうじゃない人の仕事を奪っていくんだろうな。こわい」と、その負の側面を鋭く指摘した。これは、AIが能力格差を埋めるどころか、むしろそれを爆発的に拡大させる触媒となり得ることを示唆している。このままでは、AI活用能力に長けた新たな「認知階級」が生まれ、高価値な仕事を独占し、社会の流動性を著しく低下させる未来さえ予見される。
このようにAIが生み出す成果の質と量が飛躍的に増大する中で、私たちはより本質的な問いに直面する。それは、その膨大な成果の「正しさ」を、一体誰が判断するのかという問題である。
AI技術の目覚ましい進展は、逆説的に「人間による最終的な評価と責任」の重要性をかつてないほど浮き彫りにした。本稿の中心的な論点はここにあり、その核心は、他ならぬ論文を作成した学生自身の行動によって最も明確に示されている。
彼が専門家である小川教授に助言を求めた最大の理由。それは、「自身には経済学の素養がないため、その評価が正しいのかわからない」という切実な懸念だった。AIは「国際誌に通用する水準」という評価を下したものの、その正当性を自力で検証する術を持たなかったのである。
この学生の懸念は、専門家による評価の不可欠性を示すものであり、はてなブックマークのコメント欄でも多くの共感を呼んだ。
評価の困難さ: 「生成AIを使いこなせば90点の論文が作れるが、90点かは評価・保証できない。」
専門知識の必要性: 「自分が知見の無い分野でのAIの判断が正しいかどうかをどうやって確かめるとよいのか。←ここが一番難しいし、専門知識が必要なところ」
懐疑的知性の重要性: 「循環参照やらハルシネーションやらを起こした文章を何も考えずにWikipediaに貼り付けるような人物もいるわけで、やっぱ懐疑的な知性と査読は大事なわけです。」
そして、この問題を鮮やかな比喩で捉えたのがobotzcanai氏のコメントだ。「巨人の肩に乗れたところで遠くに見えた島々の価値がわからなければ意味はない」。AIによって得られた広大な視野も、その価値を判断する専門的な知見がなければ無意味なのである。
さらに、この議論は「責任」の所在という、より深刻な領域へと深化する。e_denker氏は、「人間に残された最後の仕事は『責任を取ること』になるという話があるが、まさにそれを裏付けるような一件だと思う」と指摘した。この点をさらに鋭く突いたのが、phillies_rocks氏の「内面化できない成果物を作っても誰も責任を持てない」というコメントだ。AIが生成した成果に対して、その利用者は最終的な責任を負わねばならない。もしAIが設計した橋が崩落した場合、その責任は誰にあるのか。利用者か、開発者か、それともAI自身か。これは、AI時代の新たな倫理的・法的枠組みの構築が急務であることを示している。
この議論は、AI時代における専門家の役割がどのように再定義されるべきかという、未来に向けた重要な問いへと私たちを導く。
東京大学で起きた一件は、AIネイティブの登場が専門家の時代の終わりを告げるのではなく、その役割と価値を根本から進化させる契機であることを示している。AIが圧倒的な情報生成能力と実行力を手に入れた今、人間に、そして専門家に求められる能力は、もはや知識の生成や統合そのものではなくなった。
これからの時代に求められる専門家の資質は、以下の三つの能力に集約されるだろう。
未来の知のフロンティアは、AIネイティブがもたらす爆発的な「実行力」と、長年の経験と深い洞察力を持つ専門家の「検証力」および「責任能力」が融合する場所に開かれる。AIを恐れるのではなく、新たなパートナーとして迎え入れ、人間ならではの価値を磨き上げること。それこそが、私たちがこれから歩むべき道なのである。
弟は「良い奴」だ。明朗快活で行動によどみが無く、それゆえ友好関係も広い。物怖じしない性格で、自分の望みを果たすためには投資をためらわない。中高で入っていたバスケットボール部ではキャプテンを務め、体育祭では応援団長の役目を買って出ていた。なんというか、いわゆるクラスの一軍である。
弟は専門学校を出たのちに、水産系の企業に就職した。船に乗って遠洋に出ていたこともあった。いまは別業界に転職しているが、話を聞く限りどうやら職場の人間関係は良好で、金払いも良かったようだ。僕は大学院生なので、弟に高い食事を奢られたことがある。
僕は弟のことが嫌いではない。それどころか、むしろ応援している。弟は、僕にできないことができる。まごうことなく「人間」をしている。僕は忙しそうにしている店員さんに遠慮なく自分の要望を伝えることができないし、友達を家にたくさん呼んで、楽しくお酒を飲んだり笑い話をするなんてこともできない。はっきりと言うが、なにかこの状況に不足があるとするならば、それは僕にあると思う。どちらかといえば僕がひとでなしなのだ。自己の土台があやふやで弱く、諸般の「実際」に関わる能力に劣っているのだ。
ところで僕は幼少のころ、弟にいじめられていた。兄にも関わらず。年子なので年齢差は小さかったし、弟の方が身体が大きく、力も強かった。下賤な言い方をすると、「オス」として優秀だった。
食卓で、弟の好きなものを先に食べたら、肩を箸で刺されたことがある。僕は、そこで泣いたりしたら負けたことを認めてしまうと思って、余裕を見せるアピールのつもりでへらへら笑っていたが、実際ものすごく痛かった。傷跡は25になった今でもはっきり残っている。ゴキブリ用の殺虫スプレーを顔面に散布されて、顔の筋肉が麻痺痙攣したこともある。母親が外出中でのことだったが、当時、母には打ち明けられなかった。中学生になっても弟が怖かった。共用のWiiUを占有されていた。弟が塾通いで不在の時にだけ、ひそひそ隠れてゲームをしていた。暴力や、人格の否定が怖かった。自分の弱さを突き付けられるのが怖かった。僕は勉強机に「死にたい」と書いた。希死念慮というほど固まった願望ではなく、本当に死にたかったわけではない。ただ、自分の弱さと、居場所の無さに情けなく、それら問題を誰かにどうにかしてもらいたかった。母にそれは見つかり、「命は大切にするもの」と叱られて終わった。ささやかでみじめな抵抗だった。
弟から結婚の報せを受けたその瞬間のこと、僕には目立った感情の動きがなかった。驚きがなかった。ただ、「まあ、だよな」との納得があった。嬉しさもなかった。「まあ、これは弟の話で、人生で、兄の自分のことではないからな」と、頭に自分と弟とを分別して考える壁が生えていた。置いていかれる悲しさもなかった。「まあ、自分が結婚できないのは当然だし、他人から愛を感じたこともないし、そういうものだろうな」と受け入れた。
僕は後付けで感動した。感動しておくことにした。こういうとき、兄ならば結婚を祝福するのが普通だろうと思って、「おめでとう」と言い、表面上喜んだ。
僕はひどく自己嫌悪した。僕はなんという砂漠で、渇いていて、不気味なんだろうと思った。弟の結婚ひとつも、心根から喜べないのか? どこまでも人間のロールプレイで、周りの真似事で、そして愛を受け取れないのか? 弟にいじめられていたからだろうか? もし弟に昔のことを誠心誠意謝られたら、僕の中に情動は沸き起こってくるのだろうか? こんなことを考えていては、慶事に対する何かしらの冒涜ではないだろうか?
これは嫉妬ではなかった。弟は僕にとって、嫉妬を抱く対象ではない。ステージが違いすぎる。比べても仕方が無い。だからこそ、余計に自分が目立つ。このステージにはもはや自分しかいなかった。横に並ぶものはほかにいなかった。
被害者意識にまみれた、この醜い自分をどうにかしたい。癒えない傷ばかり抱えてうじうじとしている自分を殺したい。もしかしてこれが希死念慮か? 僕は何年か越しに、また「死にたい」と書くことになるのか?
こんど両家の顔合わせがある。どんな面下げて僕は行けばいいのだろうか。少しでもマシな気分になれることを祈る。