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2026-05-10

歴史修正を悪いことみたいに言っている奴らは、今でも恐竜爬虫類だと思っていて修正していない。

2026-05-04

デモに参加している人たちを映すのはやめろ

デモ参加者気持ち悪い顔を全国に晒すたびにデモ参加者馬鹿悪人だと思われる

あの気持ち悪い顔だけを選んで晒しているメディアはどういう目的があるんだ

目つきが爬虫類っぽいし歯の形も悪いか人間よりもトカゲみたいな面になってる

オールドメディア意図的ブサイク醜悪デモ参加者報道するな

ブサイクだけじゃなくちゃん人間らしい顔をした参加者も居るのになぜそれを映さないのか

2026-04-28

梅雨の時期のなンたぃ生物恐怖症の人おる?

タイトル通りです。

私は梅雨の時期のあいつら、、、名前呼ぶのも嫌だけど、キモいけど、変換履歴に残ると思うと泣きそうだけど、克服するためにはっきり書きます。かたかなで。

カタツムリナメクジが嫌いです。嫌い通り越して怖い。

今も、克服のためとか言いつつからつきの方の名前書いた時点で体が縮こまって震え始めたし、なしの方の最初の2文字入力した段階で字面きもすぎてひいぃーーー😭😭😭😭になった

まだ入力画面に名前があるから片目をつむってキーボードだけ見て打ってる。

え、、かためつむってって、かた、つ、、、、、、、

名前くらいで大袈裟なって思うかもしれない。

でも、本当に、無理、がちで。

私は比較的生き物に強い方だと思う。

いわゆるエキゾチックアニマル飼育していて、ミルワームやローチも与えていた。ローチは勝っていた。

虫も平気で、素手では触らないが(衛生的に)、大抵のものは退治できる。

カエルやヘビはむしろ大好き。両爬虫類のきりりとした顔つきがかっこよすぎるし可愛すぎる。

それなのにどうして、なぜ私は、あれらだけは無理なのか。

当然アイツらも嫌われる側の生き物ではある。

しかし、なぜか梅雨風物詩になってる。本当になんで??????

正直、こんなにもあれのことを嫌いと書くだけで知り合いにバレる可能性があるくらい、私レベルで嫌ってる人を見ない。

なぜか「きもいけどまあ可愛いとこもある」みたいな風潮ができている。

忍たまの、、、、、、ね、、、、、きさんたくんね、、、、、、、、

私は友達軍師連れていってもらったけど事前に見てたその子にきさんた(及びやつ)が出るシーンになったら腕引っ張って教えてもらい、目を閉じることで生き延びました。

Gを飼うキャラは見たことないけど、あれを飼うキャラ国民アニメにいるのが怖すぎる。

あとあれ絵面本当にやばい怖いきもい、あれが、つぼに、大量に、、、、、、、、、、

😇

そんな私が、なぜこんな記事を書いているかと言うと、仲間が欲しいかである

こんなにもあいつらに怯えているのは私だけなのか?

いや、そんなことはないはずだ。

やつらに対して恐怖を覚える人はたくさんいるはずだ!!

そして仲間意識を持ち、あいつらが怖いのは当たり前である認識し、その上であいつらに向き合えるようになる。

直接本物を見るのは無理でも、せめて絵なら、、、、単体の、、、、、、、クソデフォルメした、、、、、、、

せめて、カタカナ名前だけでも直視できるようになりたい。

とりあえず私とあいつらとの「そんなに??」なエピをいくつか挙げていく

①兄妹があれに塩かけて遊んでた

小学生の頃。庭の石を剥がして、そこに塩まいて縮んでるー!とか言って遊んでるふたりを遠目から見ていた。たぶんこれがやつらとのネガティヴな思い出の始まり

②大小さまざまなあいつらに追いかけられる夢見て母親に泣きつく

はっきり覚えてる。小2のときデフォルメされてはいたが大小、色、模様が様々なやつらの軍団が追いかけて来る夢を見た。そのときはもう子供部屋で寝ていたけど、怖くなって母親のベッドに潜り込んだ記憶がある。

風呂掃除用のスリッパの中に、やつが、、、、

いた。叫んだ。姉が捨ててくれた。

靴下履いてたからギリセーフだけど、履いてなかったら私は右足を切り落としていたかもしれない。

中学の先輩が帰宅中にあれを可愛いと言って観察し始める

部活の先輩と友達とで帰ってるとき、川の近くにやつらが大量発生してるゾーンがあった。泣きそうになりながら道の端に避け、やつらから遠ざかってそのエリアを抜けるも、先輩がいない。振り返ると、そのゾーンにしゃがみこんでやつらを見る先輩がいた。かわいー♡とか言ってた。理解できなかった。

⑤おじいちゃんの家の近くで一人暮らし中、排水からやつらが侵入してきてた

最初洗面所に現れた。ぉわーーー!!!!ってなりつつ、必死にしゃがみこんで塩をやつがいたと思われるところに投げつける。姿が見れないから、でもここでとり逃してさらに出てこられるとガチで《死》が見えるから必死に大量の塩を投げつけた。上にダンボールを置いて、洗面所は封鎖した。

歯磨き洗顔キッチンシンクで行うようになって数日。なんとやつはキッチンにも現れた。ふたたび塩を大量にシンクの中に投げ入れる。そして今度こそはもう無理だと、生活できなくなると、おじいちゃんに泣きついて死骸を駆除してもらった。本当にありがとう、おじいちゃん😭

BUMPライブ後に首をもたげたほっそいやつと邂逅

やたらと白かったのを覚えてる。

BUMPライブ後、会場の植え込みのレンガにやつがいた。たぶんやつを一番近くで視認した日だ。しかも首?上半身?をもたげてて、とっきも、でてて、き、き、き、きもーーーー😭😭😭😭

思い出すだけでも最悪に気持ち悪いのに、ライブ後の高揚感からなぜか恐怖を感じなかった私はその姿をまじまじと脳裏に焼き付けた。今思い出して、きもすぎて死んでる。やつらきたねー色してるくせにデフォルメされるとクリーム色というか白色になるのきもい。そして、現実で見てしまったやたらと白い個体がこびりついて離れない。白いのガチきしょい。

小学校の全校集会中、渡り廊下から体育館ステージに運ばれたプランターの側面にやつがついているのを発見、目が離せなくなる

遠目からだけど、白いプランターに黒いゴミがくっついて動いてるのを見てしまった。ステージに降りたらどうしようとか考えているうちに、やつは花の方に入っていった。その5分後くらいに、先生プランターを持ち運んでるのを見て、中にはあれがいるのに、、、、、と恐怖に震えた。

SNSの普及で不意打ちをくらうようになった

最初に見たのは、外国の窓のさっしにいる殻ないやつ。クソでかかった。きもすぎて泣いた。あれ来るなら一生部屋に閉じこもったまま泣いてやるぞ。

次はインスタで見た、あいつを飼育する小学生。でっけーのが女の子の細い腕に乗ってた。くっつくの、細胞と、おんなのこの、うで、、、🤮🤮🤮🤮

きもすぎてスマホ放り投げた。画像とはいえあれが手に触れでもしたら卓できなくなるよ、、、😭

⑨本格的に克服することを決意。チャッピー相談して、まずはあいつを見た目超絶キュートゆるふわVTuberにさせた。名前そのままで、お名前ロゴを作らせた。可愛い立ち絵無骨名前中和しながら、なんとも言えないあの気持ちいぬめぬめの名前を見る特訓をした。

未だに無理だった。

あいつらに対する恐怖の根本を探る

友人にお願いして、あいつの生態を調べてもらって口頭でオブラートに包んで教えてもらって。

寿命1〜3年だって。はや!長!きも!5秒で絶滅しろよ!!

恐怖症も、存在するにはするらしい。何がそんなに恐怖を引き起こすのか?

→皮膚の質感や体の模様が集合体を思わせて

🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮

ここで超リアル想像してしまい、大号泣した。

とある増田を読む

人気の記事として、こちらの日記があがってきていた。それが以下。

https://anond.hatelabo.jp/20260424170150

可愛いタイトルだなって、思ったんです

こんなに可愛いのなら、本当はあいつらは可愛いんじゃないかって

なんか妙に自信あって、読めるような気がした

結果は見事敗北。それも圧倒的に。厳しい。

つの体に、とりもちのように白米がくっついたところで、うにょうにょの、ふちを、想像してしま

波打つあれを、考えてしまって

「触りすぎちゃったかちょっと不機嫌そう」

不機嫌が分かるような態度のあれ、その変化を見逃さな元増田

綿棒でつっつき、体がよじられるところを想像した瞬間、

バチン!!!

脳内が強く光り、そして大きな幻聴が聞こえた。その唐突さと突然の大きな音にSANc:1d3/1d20

その音と光にびっくりして、思わずぎゅっと目を瞑って体が縮こまった。

これ、どう考えてもストレス反応による幻聴なんだけど、どういう理論で鳴ってるんですか???

私のやつら恐怖症、ガチで珍しい病気とかなんじゃないかってくらい身体症状引き起こしてて普通にやばい

このあと、文章を打ってる最中でもあいつらのメインフェーズに入って足がこわばっていた。

とまあ、長々とやつらについて語ってしまいました。

みんなの周りにもいないのかな? あいつら恐怖症の人。

もしいたら教えてください。

あいつらの味方だと思い込む人は帰ってください。怖いので。

あとなんか、やつらの生態についてすごくマイルドに、オブラートに包んで教えていただけると多少心構えして向き合います。対よろ。

2026-04-27

anond:20260427090337

ネットをみるな。いやマジで

 

インターネットというのはイジメをやったりやる奴の言葉けが流通する場所

そうでない奴の言葉は刺激が少ないからだ。

 

たとえばヘビが怖い、嫌い、憎い、と言っている奴が

毎日動物園爬虫類館に通うか?

お前がやってるのはそれだ。

 

ネットじゃ無くて何をみるかというと、友の言葉を見ろ

Xと増田は辞めて、ディスコードとLINEをやれ。

2026-04-23

お伽草紙

太宰治


「あ、鳴つた。」

 と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾かぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。

「近いやうだね。」

「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」

「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり深いと生埋めの危険がある。」

「でも、もすこし広くしてもいいでせう。」

「うむ、まあ、さうだが、いまは土が凍つて固くなつてゐから掘るのが困難だ。そのうちに、」などあいまいな事を言つて、母をだまらせ、ラジオの防空情報に耳を澄ます

 母の苦情が一段落すると、こんどは、五歳の女の子が、もう壕から出ませう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。

 この父は服装もまづしく、容貌も愚なるに似てゐるが、しかし、元来ただものでないのである物語創作するといふまことに奇異なる術を体得してゐる男なのだ

 ムカシ ムカシノオ話ヨ

 などと、間まの抜けたやうな妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのづから別個の物語が※(「酉+榲のつくり」、第3水準1-92-88)醸せられてゐるのである

[#改頁]

瘤取り

ムカシ ムカシノオ話ヨ

ミギノ ホホニ ジヤマツケナ

コブヲ モツテル オヂイサン

 このお爺さんは、四国阿波剣山のふもとに住んでゐたのである。(といふやうな気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。この瘤取りの話に限らず、次に展開して見ようと思ふ浦島さんの話でも、まづ日本書紀にその事実がちやんと記載せられてゐるし、また万葉にも浦島を詠じた長歌があり、そのほか、丹後風土記やら本朝神仙伝などといふものに依つても、それらしいものが伝へられてゐるやうだし、また、つい最近於いては鴎外の戯曲があるし、逍遥などもこの物語舞曲にした事は無かつたかしら、とにかく、能楽歌舞伎芸者の手踊りに到るまで、この浦島さんの登場はおびただしい。私には、読んだ本をすぐ人にやつたり、また売り払つたりする癖があるので、蔵書といふやうなものは昔から持つた事が無い。それで、こんな時に、おぼろげな記憶をたよつて、むかし読んだ筈の本を捜しに歩かなければならぬはめに立ち到るのであるが、いまは、それもむづかしいだらう。私は、いま、壕の中にしやがんでゐるのである。さうして、私の膝の上には、一冊の絵本がひろげられてゐるだけなのである。私はいまは、物語の考証はあきらめて、ただ自分ひとりの空想を繰りひろげるにとどめなければならぬだらう。いや、かへつてそのはうが、活き活きして面白いお話が出来上るかも知れぬ。などと、負け惜しみに似たやうな自問自答をして、さて、その父なる奇妙の人物は、

ムカシ ムカシノオ話ヨ

 と壕の片隅に於いて絵本を読みながら、その絵本物語と全く別個の新しい物語を胸中に描き出す。)

 このお爺さんは、お酒を、とても好きなのである。酒飲みといふものは、その家庭に於いて、たいてい孤独ものである孤独から酒を飲むのか、酒を飲むから家の者たちにきらはれて自然孤独の形になるのか、それはおそらく、両の掌をぽんと撃ち合せていづれの掌が鳴つたかを決定しようとするやうな、キザな穿鑿に終るだけの事であらう。とにかく、このお爺さんは、家庭に在つては、つねに浮かぬ顔をしてゐるのである。と言つても、このお爺さんの家庭は、別に悪い家庭では無いのである。お婆さんは健在である。もはや七十歳ちかいけれども、このお婆さんは、腰もまがらず、眼許も涼しい。昔は、なかなかの美人であつたさうである若いから無口であつて、ただ、まじめに家事にいそしんでゐる。

「もう、春だねえ。桜が咲いた。」とお爺さんがはしやいでも、

「さうですか。」と興の無いやうな返辞をして、「ちよつと、どいて下さい。ここを、お掃除しまから。」と言ふ。

 お爺さんは浮かぬ顔になる。

 また、このお爺さんには息子がひとりあつて、もうすでに四十ちかくになつてゐるが、これがまた世に珍しいくらゐの品行方正、酒も飲まず煙草も吸はず、どころか、笑はず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、近所近辺の人々もこれを畏敬せざるはなく、阿波聖人の名が高く、妻をめとらず鬚を剃らず、ほとんど木石ではないかと疑はれるくらゐ、結局、このお爺さんの家庭は、実に立派な家庭、と言はざるを得ない種類のものであつた。

 けれども、お爺さんは、何だか浮かぬ気持である。さうして、家族の者たちに遠慮しながらも、どうしてもお酒を飲まざるを得ないやうな気持になるのであるしかし、うちで飲んでは、いつそう浮かぬ気持になるばかりであつた。お婆さんも、また息子の阿波聖人も、お爺さんがお酒を飲んだつて、別にそれを叱りはしない。お爺さんが、ちびちび晩酌をやつてゐる傍で、黙つてごはんを食べてゐる。

「時に、なんだね、」とお爺さんは少し酔つて来ると話相手が欲しくなり、つまらぬ事を言ひ出す。「いよいよ、春になつたね。燕も来た。」

 言はなくたつていい事である

 お婆さんも息子も、黙つてゐる。

「春宵一刻、価千金、か。」と、また、言はなくてもいい事を呟いてみる。

「ごちそうさまでござりました。」と阿波聖人は、ごはんをすまして、お膳に向ひうやうやしく一礼して立つ。

「そろそろ、私もごはんにしよう。」とお爺さんは、悲しげに盃を伏せる。

 うちでお酒を飲むと、たいていそんな工合ひである

アルヒ アサカラ ヨイテンキ

ヤマヘ ユキマス シバカリ

 このお爺さんの楽しみは、お天気のよい日、腰に一瓢をさげて、剣山にのぼり、たきぎを拾ひ集める事である。いい加減、たきぎ拾ひに疲れると、岩上に大あぐらをかき、えへん! と偉さうに咳ばらひを一つして、

「よい眺めぢやなう。」

 と言ひ、それから、おもむろに腰の瓢のお酒を飲む。実に、楽しさうな顔をしてゐる。うちにゐる時とは別人の観がある。ただ変らないのは、右の頬の大きい瘤くらゐのものである。この瘤は、いまから二十年ほど前、お爺さんが五十の坂を越した年の秋、右の頬がへんに暖くなつて、むずかゆく、そのうちに頬が少しづつふくらみ、撫でさすつてゐると、いよいよ大きくなつて、お爺さんは淋しさうに笑ひ、

「こりや、いい孫が出来た。」と言つたが、息子の聖人は頗るまじめに、

「頬から子供が生れる事はござりません。」と興覚めた事を言ひ、また、お婆さんも、

いのちにかかはるものではないでせうね。」と、にこりともせず一言、尋ねただけで、それ以上、その瘤に対して何の関心も示してくれない。かへつて、近所の人が、同情して、どういふわけでそんな瘤が出来たのでせうね、痛みませんか、さぞやジヤマツケでせうね、などとお見舞ひの言葉を述べる。しかし、お爺さんは、笑つてかぶりを振る。ジヤマツケどころか、お爺さんは、いまは、この瘤を本当に、自分可愛い孫のやうに思ひ、自分孤独を慰めてくれる唯一の相手として、朝起きて顔を洗ふ時にも、特別にていねいにこの瘤に清水をかけて洗ひ清めてゐるのであるけふのやうに、山でひとりで、お酒を飲んで御機嫌の時には、この瘤は殊にも、お爺さんに無くてかなはぬ恰好の話相手である。お爺さんは岩の上に大あぐらをかき、瓢のお酒を飲みながら、頬の瘤を撫で、

「なあに、こはい事なんか無いさ。遠慮には及びませぬて。人間すべからく酔ふべしぢや。まじめにも、程度がありますよ。阿波聖人とは恐れいる。お見それ申しましたよ。偉いんだつてねえ。」など、誰やらの悪口を瘤に囁き、さうして、えへん! と高く咳ばらひをするのである

ハカニ クラク ナリマシタ

カゼガ ゴウゴウ フイテキテ

メモ ザアザア フリマシタ

 春の夕立ちは、珍しい。しかし、剣山ほどの高い山に於いては、このやうな天候の異変も、しばしばあると思はなければなるまい。山は雨のために白く煙り、雉、山鳥があちこちから、ぱつぱつと飛び立つて矢のやうに早く、雨を避けようとして林の中に逃げ込む。お爺さんは、あわてず、にこにこして、

「この瘤が、雨に打たれてヒンヤリするのも悪くないわい。」

 と言ひ、なほもしばらく岩の上にあぐらをかいたまま、雨の景色を眺めてゐたが、雨はいよいよ強くなり、いつかうに止みさうにも見えないので、

「こりや、どうも、ヒンヤリしすぎて寒くなつた。」と言つて立ち上り、大きいくしやみを一つして、それから拾ひ集めた柴を背負ひ、こそこそと林の中に這入つて行く。林の中は、雨宿りの鳥獣で大混雑である

はい、ごめんよ。ちよつと、ごめんよ。」

 とお爺さんは、猿や兎や山鳩に、いちいち上機嫌で挨拶して林の奥に進み、山桜大木の根もとが広い虚うろになつてゐるのに潜り込んで、

「やあ、これはいい座敷だ。どうです、みなさんも、」と兎たちに呼びかけ、「この座敷には偉いお婆さんも聖人もゐませんから、どうか、遠慮なく、どうぞ。」などと、ひどくはしやいで、そのうちに、すうすう小さい鼾をかいて寝てしまつた。酒飲みといふものは酔つてつまらぬ事も言ふけれど、しかし、たいていは、このやうに罪の無いものである

ユフダチ ヤムノヲ マツウチニ

ツカレガ デタカ オヂイサン

イツカ グツスリ ネムリマ

オヤマハ ハレテ クモモナ

アカルイ ツキヨニ ナリマシタ

 この月は、春の下弦の月である。浅みどり、とでもいふのか、水のやうな空に、その月が浮び、林の中にも月影が、松葉のやうに一ぱいこぼれ落ちてゐる。しかし、お爺さんは、まだすやすや眠つてゐる。蝙蝠が、はたはたと木の虚うろから飛んで出た。お爺さんは、ふと眼をさまし、もう夜になつてゐるので驚き、

「これは、いけない。」

 と言ひ、すぐ眼の前に浮ぶのは、あのまじめなお婆さんの顔と、おごそかな聖人の顔で、ああ、これは、とんだ事になつた、あの人たちは未だ私を叱つた事は無いけれども、しかし、どうも、こんなにおそく帰つたのでは、どうも気まづい事になりさうだ、えい、お酒はもう無いか、と瓢を振れば、底に幽かにピチヤピチヤといふ音がする。

「あるわい。」と、にはかに勢ひづいて、一滴のこさず飲みほして、ほろりと酔ひ、「や、月が出てゐる。春宵一刻、――」などと、つまらぬ事を呟きながら木の虚うろから這ひ出ると、

オヤ ナンデセウ サワグコヱ

ミレバ フシギダ ユメデシヨカ

 といふ事になるのである

 見よ。林の奥の草原に、この世のものとも思へぬ不可思議光景が展開されてゐるのである。鬼、といふものは、どんなものだか、私は知らない。見た事が無いかである。幼少の頃から、その絵姿には、うんざりするくらゐたくさんお目にかかつて来たが、その実物に面接するの光栄には未だ浴してゐないのである。鬼にも、いろいろの種類があるらしい。××××鬼、××××鬼、などと憎むべきものを鬼と呼ぶところから見ても、これはとにかく醜悪性格を有する生き物らしいと思つてゐると、また一方に於いては、文壇鬼才何某先生の傑作、などといふ文句新聞新刊書案内欄に出てゐたりするので、まごついてしまふ。まさか、その何某先生が鬼のやうな醜悪の才能を持つてゐるといふ事実暴露し、以て世人に警告を発するつもりで、その案内欄に鬼才などといふ怪しむべき奇妙な言葉使用したのでもあるまい。甚だしきに到つては、文学の鬼、などといふ、ぶしつけな、ひどい言葉を何某先生に捧げたりしてゐて、これではいくら何でも、その何某先生も御立腹なさるだらうと思ふと、また、さうでもないらしく、その何某先生は、そんな失礼千万醜悪綽名をつけられても、まんざらでないらしく、御自身ひそかにその奇怪の称号を許容してゐるらしいといふ噂などを聞いて、迂愚の私は、いよいよ戸惑ふばかりである。あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鉄の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである鬼才だの、文学の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狭い故であつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。このへんで、日本百科辞典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博学の士に一変して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顔をして、鬼に就いて縷々千万言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供絵本が一冊ひろげられてあるきりなのである。私は、ただこの絵本の絵に依つて、論断せざるを得ないのである

 見よ。林の奥の、やや広い草原に、異形の物が十数人、と言ふのか、十数匹と言ふのか、とにかく、まぎれもない虎の皮のふんどしをした、あの、赤い巨大の生き物が、円陣を作つて坐り、月下の宴のさいちゆうである

 お爺さん、はじめは、ぎよつとしたが、しかし、お酒飲みといふものは、お酒を飲んでゐない時には意気地が無くてからきし駄目でも、酔つてゐる時には、かへつて衆にすぐれて度胸のいいところなど、見せてくれるものである。お爺さんは、いまは、ほろ酔ひである。かの厳粛なるお婆さんをも、また品行方正の聖人をも、なに恐れんやといふやうなかなりの勇者になつてゐるのである。眼前の異様の風景に接して、腰を抜かすなどといふ醜態を示す事は無かつた。虚うろから出た四つ這ひの形のままで、前方の怪しい酒宴のさまを熟視し、

「気持よささうに、酔つてゐる。」とつぶやき、さうして何だか、胸の奥底から、妙なよろこばしさが湧いて出て来た。お酒飲みといふものは、よそのものたちが酔つてゐるのを見ても、一種のよろこばしさを覚えるものらしい。所謂利己主義者ではないのであらう。つまり隣家の仕合せに対して乾盃を挙げるといふやうな博愛心に似たものを持つてゐるのかも知れない。自分も酔ひたいが、隣人もまた、共に楽しく酔つてくれたら、そのよろこびは倍加するもののやうである。お爺さんだつて、知つてゐる。眼前の、その、人とも動物もつかぬ赤い巨大の生き物が、鬼といふおそろしい種族のものであるといふ事は、直覚してゐる。虎の皮のふんどし一つに依つても、それは間違ひの無い事だ。しかし、その鬼どもは、いま機嫌よく酔つてゐる。お爺さんも酔つてゐる。これは、どうしても、親和の感の起らざるを得ないところだ。お爺さんは、四つ這ひの形のままで、なほもよく月下の異様の酒宴を眺める。鬼、と言つても、この眼前の鬼どもは、××××鬼、××××鬼などの如く、佞悪の性質を有してゐ種族のものでは無く、顔こそ赤くおそろしげではあるが、ひどく陽気で無邪気な鬼のやうだ、とお爺さんは見てとつた。お爺さんのこの判定は、だいたいに於いて的中してゐた。つまり、この鬼どもは、剣山隠者とでも称すべき頗る温和な性格の鬼なのである地獄の鬼などとは、まるつきり種族が違つてゐるのである。だいいち、鉄棒などといふ物騒なものを持つてゐない。これすなはち、害心を有してゐない証拠と言つてよい。しかし、隠者とは言つても、かの竹林賢者たちのやうに、ありあまる知識をもてあまして、竹林に逃げ込んだといふやうなものでは無くて、この剣山隠者の心は甚だ愚である。仙といふ字は山の人と書かれてゐから、何でもかまはぬ、山の奥に住んでゐる人を仙人と称してよろしいといふ、ひどく簡明の学説を聞いた事があるけれども、かりにその学説に従ふなら、この剣山隠者たちも、その心いかに愚なりと雖も、仙の尊称を奏呈して然るべきものかも知れない。とにかく、いま月下の宴に打興じてゐるこの一群の赤く巨大の生き物は、鬼と呼ぶよりは、隠者または仙人呼称するはうが妥当のやうなしろものなのである。その心の愚なる事は既に言つたが、その酒宴の有様を見るに、ただ意味も無く奇声を発し、膝をたたいて大笑ひ、または立ち上つて矢鱈にはねまはり、または巨大のからだを丸くして円陣の端から端まで、ごろごろところがつて行き、それが踊りのつもりらしいのだから、その智能の程度は察するにあまりあり、芸の無い事おびただしい。この一事を以てしても、鬼才とか、文学の鬼とかい言葉は、まるで無意味ものだといふことを証明できるやうに思はれる。こんな愚かな芸無しどもが、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。お爺さんも、この低能の踊りには呆れた。ひとりでくすくす笑ひ、

「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげませうかい。」とつぶやく

ヲドリノ スキナ オヂイサン

スグニ トビダシ ヲドツタラ

コブガ フラフラ ユレルノデ

トテモ ヲカシイ オモシロ

 お爺さんには、ほろ酔ひの勇気がある。なほその上、鬼どもに対し、親和の情を抱いてゐるのであるから、何の恐れるところもなく、円陣のまんなかに飛び込んで、お爺さんご自慢の阿波踊りを踊つて、

むすめ島田年寄りやかつらぢや

赤い襷に迷ふも無理やない

嫁も笠きて行かぬか来い来い

 とかい阿波俗謡をいい声で歌ふ。鬼ども、喜んだのなんの、キヤツキヤツケタケタと奇妙な声を発し、よだれやら涙やらを流して笑ひころげる。お爺さんは調子に乗つて、

大谷通れば石ばかり

笹山通れば笹ばかり

 とさらに一段と声をはり上げて歌ひつづけ、いよいよ軽妙に踊り抜く。

オニドモ タイソウ ヨロコン

ツキヨニヤ カナラズ ヤツテキテ

ヲドリ ヲドツテ ミセトクレ

ソノ ヤクソクノ オシルシ

ダイジナ モノヲ アヅカラウ

 と言ひ出し、鬼たち互ひにひそひそ小声で相談し合ひ、どうもあの頬ぺたの瘤はてかてか光つて、なみなみならぬ宝物のやうに見えるではないか、あれをあづかつて置いたら、きつとまたやつて来るに違ひない、と愚昧なる推量をして、矢庭に瘤をむしり取る。無智ではあるが、やはり永く山奥に住んでゐるおかげで、何か仙術みたいなものを覚え込んでゐたのかも知れない。何の造作も無く綺麗に瘤をむしり取つた。

 お爺さんは驚き、

「や、それは困ります。私の孫ですよ。」と言へば、鬼たち、得意さうにわつと歓声を挙げる。

アサデス ツユノ ヒカルミチ

コブヲ トラレタ オヂイサン

ツマラナサウニ ホホヲ ナデ

オヤマヲ オリテ ユキマシタ

 瘤は孤独のお爺さんにとつて、唯一の話相手だつたのだから、その瘤を取られて、お爺さんは少し淋しい。しかしまた、軽くなつた頬が朝風に撫でられるのも、悪い気持のものではない。結局まあ、損も得も無く、一長一短といふやうなところか、久しぶりで思ふぞんぶん歌つたり踊つたりしただけが得とく、といふ事になるかな? など、のんきな事を考へながら山を降りて来たら、途中で、野良へ出かける息子の聖人とばつたり出逢ふ。

「おはやうござります。」と聖人は、頬被りをとつて荘重に朝の挨拶をする。

「いやあ。」とお爺さんは、ただまごついてゐる。それだけで左右に別れる。お爺さんの瘤が一夜のうちに消失てゐるのを見てとつて、さすがの聖人も、内心すこしく驚いたのであるが、しかし、父母の容貌に就いてとやかくの批評がましい事を言ふのは、聖人の道にそむくと思ひ、気附かぬ振りして黙つて別れたのである

 家に帰るとお婆さんは、

「お帰りなさいまし。」と落ちついて言ひ、昨夜はどうしましたとか何とかいふ事はいつさい問はず、「おみおつけが冷たくなりまして、」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度をする。

「いや、冷たくてもいいさ。あたためるには及びませんよ。」とお爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につく。お婆さんにお給仕されてごはんを食べながら、お爺さんは、昨夜の不思議出来事を知らせてやりたくて仕様が無い。しかし、お婆さんの儼然たる態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひつからまつて何も言へない。うつむいて、わびしくごはんを食べてゐる。

「瘤が、しなびたやうですね。」お婆さんは、ぽつんと言つた。

「うむ。」もう何も言ひたくなかつた。

「破れて、水が出たのでせう。」とお婆さんは事も無げに言つて、澄ましてゐる。

「うむ。」

「また、水がたまつて腫れるんでせうね。」

「さうだらう。」

 結局、このお爺さんの一家於いて、瘤の事などは何の問題にもならなかつたわけである。ところが、このお爺さんの近所に、もうひとり、左の頬にジヤマツケな瘤を持つてるお爺さんがゐたのである。さうして、このお爺さんこそ、その左の頬の瘤を、本当に、ジヤマツケなものとして憎み、とかくこの瘤が私の出世のさまたげ、この瘤のため、私はどんなに人からあなどられ嘲笑せられて来た事か、と日に幾度か鏡を覗いて溜息を吐き、頬髯を長く伸ばしてその瘤を髯の中に埋没させて見えなくしてしまはうとたくらんだが、悲しい哉、瘤の頂きが白髯の四海波の間から初日出のやうにあざやかにあらはれ、かへつて天下の奇観を呈するやうになつたのである。もともとこのお爺さんの人品骨柄は、いやしく無い。体躯は堂々、鼻も大きく眼光も鋭い。言語動作は重々しく、思慮分別も十分の如くに見える。服装だつて、どうしてなかなか立派で、それに何やら学問もあるさうで、また、財産も、あのお酒飲みのお爺さんなどとは較べものにならぬくらゐどつさりあるかいふ話で、近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜、鬱々として楽しまない。このお爺さんのおかみさんは、ひどく若い。三十六歳である。そんなに Permalink | 記事への反応(0) | 18:24

2026-04-22

猫ですら去勢しないとなかなか飼いにくい

去勢して性格をおとなしくさせないとなかなか厳しい点が色々ある

人間が何もせず餌与えるだけでいい生き物って爬虫類とかマウスくらいなんじゃねえの?と思う

2026-03-25

「私がビーバーになる時」の構造的な問題

この作品本質は、自らが提示した問いの大きさを、自らの構造が裏切っているという一点に尽きる。そしてその裏切り構造は、単なる脚本上の瑕疵ではなく、この作品が語ろうとしたテーマのものと鏡合わせの関係にある。

第一層:問いの提示

本作の前半は、驚くほど誠実に世界の複雑さを構築している。

どちらも利他的動機から出発している(メイベル動物自然のために、ジェリー市民生活のために)。どちらも自分が正しいと信じており、その確信ゆえに手段を選ばなくなる。メイベル妨害扇動ルール無視へ、ジェリーイカサマ情報操作へ。この二人は対立であると同時に、同じ構造を持つ鏡像である

動物評議会には種ごとの固有の利害、食物連鎖の緊張、歴史的な力関係がある。「池のルール」は「みんなと友達になろう」と「腹ペコなら食べる」を同居させており、この矛盾こそが生態系リアリティとして機能している。

ここまでの設計は、「対立する正義の間でどう折り合いをつけるか」「共存とは何を犠牲にすることか」「自分が正しいと信じる者同士がぶつかったとき、何が起こるか」という、本質的に解決困難な問いを真正から提示している。これらはすべて、ピクサーがかつて最高の形で応答してきた種類の問いであり、宮崎駿高畑勲が生涯をかけて格闘してきた種類の問いでもある。

第二層:裏切り構造

しかし後半、タイタスという「誰が見ても悪い存在」が物語の中心に据えられた瞬間、上記の問いはすべて棚上げされる。

タイタスは中身のないヴィランである権力欲以外の動機を持たず、人間も非昆虫動物もすべて排除して世界を巣にしようとする。古典的ディズニーの「純粋悪」のロールをそのまま踏襲した存在であり、そこには観客が立ち止まって考えるべき複雑さが一切ない。

タイタス共通の敵として立ち上がると、それまで多声的だった世界が単声化する。

物語が前半で丹念に構築した世界の複雑さは、後半でその複雑さごと消費されてしまう。そしてタイタスが退場した後、ジェリーが言う「一緒に考えよう」は、複雑な利害を調整した末の言葉ではなく、共通の敵と戦い終えた安堵の中から出てきた言葉に過ぎない。

その言葉の背後にあるべき重み、すなわち「敵がいない状態で、利害が衝突したまま、それでも隣にいることを選ぶ」という本来の困難さは、タイタス存在によってすでに無化されている。

第三層:裏切りテーマ鏡像関係

ここで最も重要なのはこの脚本上の構造が、作品自身批判しようとしていたものと同型であるという点である

タイタスは劇中で、「人間諸悪の根源だ」と叫び動物たちの多様な利害を単純化し、恐怖と怒りで一本化することで自らの権力を掌握しようとする。これはポピュリズム古典的手法のものであり、作品はこれを明確に否定的に描いている。

しか脚本自体が、タイタスという「諸悪の根源」を設定することで、メイベルジェリー対立動物社会の内部対立も一本化し、カタルシスのある結末に到達している。つまりタイタスが劇中の動物たちに対してやっていることと、脚本が観客に対してやっていることは、構造的に同一なのである

わかりやすい敵を設定して、本当に向き合うべき複雑な問題から目を逸らさせる。

作品はこれをヴィラン手法として描きながら、自らもまたその手法依存して物語を着地させている。この自己矛盾こそが、本作の核心にある裂け目である

第四層:なぜこの裂け目が生じたか

この裂け目は、おそらく本作が抱える二つの志向の間の未解決の緊張から生じている。

予測不能な展開、アナーキーコメディルーニー・テューンズ的な暴走、観客の予想を裏切り続ける快感。これらは物語を加速させ、エンターテインメントとしての爆発力を最大化する。この志向は「全員が一致団結して巨大な敵に立ち向かう」という、わかりやすクライマックス要求する。

このテーマを誠実に追求するなら、共通の敵存在してはならない。本当に試されるのは、敵がいない平時において、利害が異なる者同士がそれでも同じ場所にいることを選べるかどうかであるしかしその場面はカタルシスに欠け、104分のファミリー映画クライマックスとしては機能しにくい。

本作はこの二つの志向のうち、前者を選んだ。エンターテインメントとしての爆発力を選び、テーマの誠実さを犠牲にした。その選択の結果として、ピクサー近年作の中で最もアドレナリンを分泌させる映画誕生し、同時にピクサーがかつて到達していたテーマの深度には届かない映画誕生した。

第五層:それでもなお

しかし、以上すべてを踏まえた上で、最後に言わなければならないことがある。

この作品に対してここまでの批評が成立すること自体が、この作品価値証明である

  • 問いを提示しない作品に対しては、問いへの応答の不誠実さを批判することすらできない。
  • 前半で世界の複雑さを構築しない作品に対しては、後半でそれが平坦化されたことを惜しむこともできない。
  • 鏡合わせのキャラクター設計しない作品に対しては、その鏡合わせが活かされなかったと嘆くこともできない。

本作が「志の低い作品には起こり得ない種類の失敗」を犯しているのは、志が高かったかである。チョン監督世界の複雑さを見る目を確かに持っており、それを物語の前半に刻印する力も持っている。後半でその複雑さを手放したのは、能力の欠如ではなく選択の結果であり、その選択がもたらしたエンターテインメントとしての達成もまた本物である

この作品の核心とは、つまるところ「複雑さを描く力と、複雑さを手放す誘惑の間で、後者に屈した作品ということになる。そしてその屈し方の構造が、作品自身テーマ鏡像関係にあるがゆえに、この映画は観た者に対して、映画自身意図した以上のことを考えさせる。それは作品の欠陥であると同時に、奇妙な形での豊かさでもある。

完璧設計されたテーマの着地を持つ凡庸映画よりも、自らの問いに応答しきれなかった野心的な映画の方が、語るべきことが多い。『私がビーバーになる時』は、まさにそのような作品である

2026-03-23

Xで「これだからアイコンは」と言ってる人がいて、何もそこ言わんでも…と思ったものの確かに犬とか鳥とか爬虫類とかほかの生き物のアイコンよりなんでそんなこと言うんだろう…と言いたくなるようないらんこと言ってるのは猫アイコンが多いんだよな

もちろんほかの生き物アイコンだっていらんことやひどいこと言う人はいるんだけど猫アイコンが圧倒的に多い

自分のとこだけかもしれんけどな

2026-03-19

anond:20260319202838

哺乳類→当時は小さかったので隕石衝突後の食料が少ない世界でもやっていけた。

鳥類隕石衝突で打撃は受けてる。小柄な種類だけ生き残れたらしい。

爬虫類両生類→ワニは大打撃を受けたらしい。代謝が低かったの幸いした?とか言われてるけど生き残れたはっきりとした理由に関しては不明瞭。

なんで恐竜はただの一種類も残らず絶滅したのに爬虫類哺乳類鳥類は残ってるの?

2026-03-01

ポケットにエプスタイン@堕天作戦マンガワン小学館

エプスタインとかジャニーズとか、醜悪サイコパスが世の中にはいるんだな、怖・・・って、人ごとみたいに思ってたら、人ごとじゃなくなるの巻

堕天作戦の作者、まさかのプチ・エプスタインだった・・・・ワイは読者だったわ

2022-05-11

昭和や令和も含む好きな漫画30選

https://anond.hatelabo.jp/20220511071318

 

>○ 待ってる作品

>堕天作戦 / 山本章一  → 2年が経過しました・・・

 

 

まぁ、こう言われてるよね・・・

 
1. 被害者学校はいったい何をしてたのか?
 
2. あの規模の売り上げの作家をなぜマンガワンは庇った?(到底、売れっ子とは言えない)
 
3. マンガワン小学館醜聞隠蔽だけならまだしも、なぜ規模あの売り上げの作家を、逮捕後に継続して採用だけでなく、新規仕事を与えたのか?
 

 

上記が不可解すぎるため、なんか嫌な広がりを見せそうな事件で、プチ・エプスタインじみている

 

  

 

 

マンガワンONEって、裏サン看板漫画だったモブサイコ描いてた ONEワンパンマンの作者)からとってたよね?

ほんで、ONEは一緒に仕事できないって当たり前の線を引いた&作品の即引き上げは無し、

他の大物作家は黙って作品を引き上げたみたいだね、現状(2/28)、高橋留美子氏の作品は、マンガワンでは見れなくなってる

https://x.com/animeupdates/status/2027927888381567151  

 

 

堕天作戦どういう話だったのか?

イケメン美女らしい美女は出てこず、

おっさん」と「じいさん」と「おばさん」と「ばあさん」と「デブ」と「アフロ」と「サングラス」と「ヤク中」、

それもどこ抜けた人ばかり出てくる、シュールギャグ&平熱系の群像劇風の少年漫画SF

 

旧人類はかつて、人知を超えた「超人機械」を生み出したが、

人類支配下にあった「魔人」(長い耳と山羊目、牙のように鋭い犬歯が特徴の、爬虫類というか半魚人みがある、魔法を操る亜人)に、

腐鉄菌を撒かれ文明崩壊旧人類の科学技術は完全にロストテクノロジーとなる。

 

腐鉄菌で文明崩壊/厳しい科学技術制限が掛かったあとも、

旧人類 」と 「魔人」 と 「自認は人間の"改造しまくり人類"(と、そいつらが道具として使役目的で作った鵺などの亜人)」 と 「超人機械が生み出した魔竜など超生物」 との戦いは、

300年以上、終わることなく、繰り返されており、

本作の主人公のひとりの「アンダー」は、その不毛な争い巻き込まれた「不死者」だ。

 

「不死者」は超人機械の生み出したロストテクノロジーの中のひとつだが、

なぜ超人機械は不死者を生み出したのか? どのような仕組みで塵1つから完全復活する超再生力を実現しているのか? どのような手段で超再生能力破壊できるのか?

旧人類と魔人現在科学力と魔法力では、不死者の検体を使って、何度実験を繰り返しても、未だに解明することができずにいる。

 

不死者のアンダーは、旧人類に特攻要員として利用されてきた背景から感情や生きる意欲を失っており、

魔軍の捕虜になってから、あらゆる再生実験拷問を受けても、されるがままになっていたが、

とあることをきっかけに、感情知的好奇心(生きる意欲)を取り戻し、謎を解き明かす旅に出る。

 

・・・・・・・と、まぁこんな感じで、割とフツーに少年漫画SFだったので、

割といい話というか、ドラマチックなことも作中で言ってたし、弱い者いじめは好きじゃないと、主人公悪党も殺さず見逃していた。

自分拷問をした奴も見逃している)

 

 

今回の事件を予感させる、非道徳な描写などはあったか

前述の通り、勧善懲悪ではなく、迷いながらも前に進むこと是とする、少年漫画らしいストーリーだったので、

ルッキズムエイジズムもなく露悪的な要素はなかった・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・とか思ってたんだけど、まぁよく考えたらフツーにあったよね

 

ジャパコミのノリに感覚麻痺ってただけだったわ

 

再生実験拷問戦争を扱っていることから、欠損/リョナ/逆リョナ描写がある

まり絵が上手く無くて迫力がないし、髪型と体型に特徴がない人物だと、誰が誰だか見分けがつきにくいレベル画力情熱で、フェチほとんど感じられないため、

商業的に絵的に、何となくインパクトをつけたかったんだろうな・・・適当スルーしてたけど、

まぁ海外なら全年齢ではなくて年齢制限がつくよね

 

▼ 性加害を受けている女性キャラばっか 
- ルビー:元娼婦の魔竜騎
- シュロ:魔竜騎として魔竜の擬似交尾に付き合わされる 
- モーラ未遂で終わるが性的要求を受けるし、レイプされそうになる
▼ 幼体成熟(見た目が子ども魔人)が割と酷い目に遭う
- ナルコ:酷い死なされ方+性的にも酷い遺体損壊
- レコベル:幼体成熟なのに性的強要を匂わせる描写あり+自立できなくなるレベルの脳巨大化手術を受けさせられる
(レコベル知識欲がすごいので脳巨大化手術は当人希望でもある)

 

理想的ではない体型と容姿おっさん、じいさん、おばさんが登場人物殆どで、

加えて、萌えマンガフェチズムも、劇画のような迫力があったわけでもないので、

ふーん(日本漫画ではインパクト求めるために何時もの事)で流してたけど、

これ世界基準ではあり得ないよね

 

 

ジャニーズほか推し商法全般とは無関係だったけど、人権侵害をした犯罪者作品消費者側に自分がなってしまった感想

 

加害者作品が持ち上げられるのを目にするたび、被害者はやりきれない思いだっただろうな、

知らなかったとはいえ、無邪気に堕天を楽しんで申し訳ないって思う

でも、編集部ちゃん事件公表してくれたら、流石に堕天を買うことも読むことも、

ましてや好きな作品にあげることもなかったよとは思う

海外なら返金要求活動とか起きそう。端金&余力がないので、ワイは返金要求活動まではせんけど、気持ち的には返金して欲しい

 

インパクト勝負/売れればいい理論非道徳な描写が多い日本漫画だけど、

プチ・エプスタインみたいなの出てきたら、このままってわけにはいかないのでは?って気がしてきたわ・・・

2026-02-19

脱皮して若返りたいよ〜

なぜ人間は脱皮できないの?

内骨格だから

外骨格が良かったよ〜!

スルリと古い体を脱いで、新品の体になりたいよ〜!

いや…待てよ?

蛇って爬虫類なのに脱皮するよね??

ワニも脱皮するらしいよ!

から、内骨格でも脱皮するんだよ!

ということは、人間も脱皮できる可能性がある…ってコト!?

なんとかなれーッ!

2026-02-18

ちんこがないと世界は滅ぶんだぞ!だからちんこ尊敬しろ!!(おまけの豆知識付き)

ちんこ万歳

男、万歳

俺、万歳!!

俺は偉い!!

偉いんだーーー😭



本日豆知識

哺乳類は、爬虫類から進化した のではなく、両生類から進化したそうだよ!最新の教科書ではそう書いてあるよ!

・今は学校アルコールランプは使わずに、カセットコンロを使うよ!

聖徳太子も、今の教科書では厩戸皇子と呼ばれてるよ!

・踏絵は、絵踏と呼ばれてるよ!

士農工商という身分制度はなかったと今では言われてるよ!

ビタミンC風邪予防効果はないよ!

・液体洗剤より、粉洗剤の方が汚れが落ちるよ!

・今は「常温保存できる紙パックの赤ちゃんミルク」があるよ!

またね!

2026-02-13

anond:20260213165036

最初に①呼吸、摂食、逃走など生存や反射に関わる、爬虫類脳。があって、

その機能ブーストさせるのが、②喜怒哀楽を司る、哺乳類脳。なわけじゃん。

美味いものを食べた時の喜びが、更に美味いものを求め、

仲間を殺された怒りが、敵を打ち負かし、種族全体の安全に繋がる。

感情ブースト生物に強いモチベーションを与える一方で、

それ自体の行動制御機能は無いので暴走やすい。

それを効率よく制御しようと生まれたのが、③理性的に考える、人間脳。

美味いものを喰うために闇雲に探し彷徨うよりも、農場で育てた方法はるか効率的。

敵を倒すために、がむしゃらに殴るよりも、武器を使って殺したほうが効率的。

理性の本質は、感情ブーストされた行動の最適化のためにある。

そんな人間から感情ブースト機能無効化してしまうと、

理性は何も働かくなるよ。無気力になり、死ぬまで眠り続けることになる。

感情っていらなくないか

まず、脳の話をしたい。

脳には三位一体説がある。

脳には3つの種類があるという話だ。

それは以下の通り。

①呼吸、摂食、逃走など生存や反射に関わる、爬虫類脳。

喜怒哀楽を司る、哺乳類脳。

理性的に考える、人間脳。

俺としては、②はいらないと思うんよ。

喜怒哀楽なしでさ、理性的判断さえすればよくない?

感情があるから争いもあるんじゃないの?

からさ、哺乳類である大脳辺縁系を「切っちゃえばいい」と思うんだよ

ロボトミー進化版だよ!

ロボトミー手術は、ノーベル賞取ったんだよ?

そんな画期的技術、なんで捨てちゃうかなぁ…

とりあえず俺の大脳辺縁系を切り取ってほしい

特に扁桃体」を切り取ってほしい!

こいつが元凶から

頼む!

🧠←こいつをなんとかしてくれ!

2026-01-18

肛門が性感帯になったのは、人間から?猿から

結論から言うと、肛門が性感帯になったのは「人間から」ではなく、もっと前、哺乳類の段階からと考えられています

特定の「いつ誰から」という一点を断定できるものではなく、神経構造進化の積み重ねの結果です。

理由を整理します。

まず解剖学的な理由です。

肛門周辺は、骨盤神経・陰部神経など、性器とかなり近い神経支配を受けています。これは人間だけでなく、多くの哺乳類共通です。

もともと「排泄を正確に制御するため」に高度な感覚必要な部位だったため、神経が密集しています。その結果、刺激が快・不快の両方向に強く出やすくなりました。

次に進化的な観点です。

哺乳類では「排泄・生殖出産」が骨盤周辺に集約されました。この配置は霊長類以前から存在します。

まり性器肛門物理的・神経的に近い構造になった時点(かなり古い哺乳類)で、「刺激が性的快感としても処理され得る下地」はすでにあったと考えられます

猿(霊長類)段階ではどうかというと、

霊長類は触覚・社会的接触への感受性が高いため、感覚の「意味づけ」がより柔軟になります

ただし、「肛門刺激=快感」という回路自体は、猿になって新しく生まれたというより、既にあったものが強化・認知されやすくなったと見る方が自然です。

人間で顕著になった理由は、

大脳皮質の発達

学習連想心理的要因の影響が非常に大きい

このため、快感として意識化・言語化文化化されやすくなった点にあります

まとめると、

起源哺乳類以前〜初期哺乳類レベル

• 猿:感覚の利用・意味けが広がった段階

人間心理文化学習で「性感帯」として明確化

という流れです。

ですので、

「いつからか突然エロくなった」というより、

から神経的にはそうなり得ていて、人間で強く意識されるようになった

理解するのが一番近いと思います



哺乳類以前〜初期哺乳類というのは具体的にどの動物が想定されますか。たとえば猿は肛門性交をすると聞きましたが

整理して具体例を挙げますね。

少し長くなりますが、「どの段階のどんな動物か」を分けて説明します。

1️⃣ 哺乳類以前(正確には「哺乳類爬虫類」=単弓類)

想定されるのは、

ディメトロドン(約3億年前)

テロケファルス類

キノドン類(例:トリナクソドン

といった、哺乳類祖先系統です。

この段階ですでに

• 排泄孔(総排泄腔ではなく、役割分化が進みつつある)

骨盤神経の集約

が起きていたと考えられています

※この段階で「性的快感」があったかは当然わかりませんが、

「強い感覚入力を脳に送る構造」はここで成立し始めた、という意味です。

2️⃣ 初期哺乳類(かなり重要

代表例は:

モルガヌコドン(約2億年前)

• 初期のトガリネズミ哺乳類

この頃には、

• 陰部神経・骨盤神経の配置がほぼ現代哺乳類

肛門括約筋の精密制御

が成立しています

ここがポイントで、

「排泄を失敗すると死に直結する」ため、肛門は超高感度部位になった。

👉 この時点で

「刺激=強烈な感覚不快にも快にもなり得る)」

という神経回路はほぼ完成しています

3️⃣ 現生哺乳類肛門刺激=快が確認できる例

霊長類(ご質問「猿」

事実として、

マカ

ボノボ

チンパンジー

では、

肛門周辺の接触

肛門への挿入行動

が観察されています

ただし重要なのは

これは「肛門が性感帯だからしている」と単純には言えない点です。

多くの場合

• 優位性・服従確認

社会的絆の形成

ストレス緩和

が主目的で、性器刺激の代替・延長として使われていると解釈されます

とはいえ

肛門刺激に対して快反応(リラックス発声射精など)

が見られる個体がいるのも事実です。

霊長類以外の哺乳類

意外ですが、こちらの方が証拠豊富です。

げっ歯類ラットマウス

イヌネコ

ブタ

• ヒツジ

では、

肛門周囲刺激で性的反応が増強

• 神経遮断で性行動が変化

といった実験・観察があります

まり

肛門刺激が性反応と結びつく神経回路は、霊長類に限らず哺乳類共通です。

4️⃣ 「猿は肛門性交をする」は進化の答えになるか?

結論から言うと、

👉 猿が肛門性交をするから起源、ではない

👉 それは「すでにあった神経構造社会的に使っている」段階です。

猿は、

• 触覚への依存度が高い

社会的意味けが行動に直結する

ため、肛門という高感度部位が行動に組み込まれやすいだけです。


まとめ(進化の流れ)

• 神経的下地

哺乳類爬虫類〜初期哺乳類(2〜3億年前)

• 実際に快反応が確認できる段階:

現生哺乳類全般

• 行動として顕在化・多様化

霊長類人間

まり

猿がやっているから始まった

ではなく

猿も人間も、かなり昔からの神経構造を使っている

という理解が正確です。

2026-01-14

悲報国産爬虫類通貨、一人負けWEWEWEWEWEWEEWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWW

i.imgur.com/n2rBXN0.jpeg

どうすんのこれ

2025-11-25

ヨーロッパ爬虫類がいるイメージがない

地中海に面した国ならいそうなイメージあるけど、特に北欧になると変温動物は生きられないのではないかという気がする

ファフニールなんて変身態がドラゴンだというけど、古代ゲルマン人が思い描いたのは巨大なセイウチか何かだろう

2025-11-16

[][]到津の森公園福岡県 北九州市

読みは「いとうづ」

ちょっとした遊園地動物園アスレチック複合施設

入場料600円

映画とかその他ふつう遊園地入園料とかと比べると動物園って激安だよなあと改めて思う

ただ北九州は車がほぼ必須なのが面倒

バスもあるけど電車より不便

博多とか天神とかだと歩きとバス地下鉄で気軽に移動できるけど、それができない

ともあれ到着

小学生が2校遠足にきててこりゃうるさそうだわと思ったけどそこまでではなかった

猿の前で猿の泣き声の真似してるのはうるさかったけど

マップ←の北ゲートから入る

園内マップ見ながら書くから読むときも一緒にミロ

https://www.itozu-zoo.jp/map/

入ってすぐ右手にあるのはロバ

1頭が木陰でぼーっとしてる

説明を読むとすげーおじいちゃんロバだった

そんでそばではロバに乗る体験コーナーがあったけど子供しかのれないとのことだった

ロバがかっぽかっぽ歩いて柵に近寄ってきて、その子の親が写真をとる

弟だか妹だかがベビーカーにのってて、ロバが顔を近づけたら怖いのかぐずりだした

写真で止まったままで飽き始めたのかロバは地面の草を食べ始めた

フリーダム

そのまま少し進んで右手にヤギコーナー

平地にヤギがいる感じじゃなくて、三匹のヤギのガラガラ丼の方のヤギ

展示もガラガラ丼と同じような岩場と丸太の橋が用意してあってそこをまさにガラガラ丼にでてくるみたいな八木がわたっててすげー感動した

地味にハイライトだよここ

振り返って猿山

あかちゃん猿を連れた母親と、父親と思われる猿が3頭でふらふら歩いてる

あかちゃん母親のおなかにくっついてるけどたまに落ちる

でも落ちても母親はすぐに気づかない

父親があかちゃんさわろうとすると母親はおこる

エサタイムはいわゆる猿山でホッホホッホウキーってうるさくなる

次シセンレッサーパンダ

いないなーみえないなーって思ったらいた

笹もあったしなんかパンダ分を補給できた感じになった

これもさっきのガラガラ丼みたいな感じでエリア移動用の通路が人が歩く上にあってそこでとどまって人間をみおろしてたりもしてた

さすがに立ったりはしなかったけど

プレーリードッグ

エサタイムで新しい木の枝がきたらみんながうわああああって感じで食べまくってた

すげー太って手くいいじ貼ってるやつがい

あとで帰り際にきたら食い終わってほとんどもうエサがなくなってみんなぼーっとしてた

そのうち2頭がすげーうごいてた

1頭がさきにうごいたらもう1頭がそれついていって2頭ともたちあがって2頭目が1頭目に無理やりちゅーしてるみたいな感じになった

頭目はいやがらないけど虚無みたいな表情してた

頭目恍惚としてたけど

頭目がなんども逃げて2頭目ちょっかいというか毛づくろいというかラブコールするのをなんども 繰り返してた

ウサギ

年取ったウサギがいた

エサもぐもぐしてると思ったらエサ箱にはいってるのをむちゃくちゃに散らかしてた

吸取れすたまってたんかな

オウムの展示も近くにあったけど

白くてでかいたまにつべショート動画でも見るやつ

こっちを少しだけちらっと見たけど奥の方でじっとしてた

キツネザル

ちょうどお昼だったか太陽のあたるところで日向ぼっこしてた

リクガメ

地面におかれたみじんぎりキャベツを食べてた

そのあと小屋がゴソゴソ音するなと思ったら一番でかいボスっぽいのが出てきてそれもエサたべたりエリアを歩いて散歩したりしてた

キャベツの芯もおいてあったけど全然かみきれずあきらめてた

ここでルート分岐

右側にいくことにする まずは

里のいきもの

室内

ここではじめてカヤネズミ見た!

1匹しかおらんかったけど・・・

カヤネズミのちゅるりという絵本、全人類が読んだことあるとおもうけどあれね

ほんとちっちゃいのよねえ・・・

これ絵本にでてきてたあかちゃんもっと小さいんだろうなという感じ

目はつぶらでかわいかった

あとは爬虫類とかがちょっといた

イモリはほんと水の中にいるんやなあとか

バードケージ鳥インフル対策で入れず外から見るだけだった・・

でも黒トキ?とフラミンゴオシドリは見えた

トキフラミンゴと同じように片足で立ってた

へー片足で立つのフラミンゴだけって印象だったけどトキもそうなんやと思って新発見だった

ひそかな木陰にホンドフクロウ

昼間ってこともあってかなり薄暗い中でじっとしてた

こっちをチラ見したりはしてたから寝てはいなかったみたいだけどお尻向けてた

ホンドタヌキ

みんな陰に隠れてるのか1頭も見つけられず

ここは動物園全体にいえるけど、檻がでかくてかつ木とか自然物のオブジェがすげー多いから、動物が隠れて探しにくいんよね

動物にとってはそっちのほうが断然いいとは思うけども

ムササビの森

ここもクソほど檻がでかいのとオブジェおすぎ全然見つけられず

ムササビ用のどんぐり貯金箱コーナーみたいなのがあって、園内でひろったどんぐりをここに入れてね!みたいなのがあった

ただの貯金箱じゃなくて、駄菓子屋にあるようなゲーム形式になってた

どんぐりを上から入れて左右からそれをはじきながら下まで落としていくゲームみたいな

そのあと下に戻る

姿見の池は水がぬかれていて何もいなかった

檻もなかったし本当にただの池ってだけって感じ

また左側に戻る

アムールトラ

奥の方で横になって寝てて顔も見えなかった

そりゃ顔見える方向だったらトラとしては落ち着かないからそうなるとは思うけどつまんなかったな

オウギバト

おおきめの鳩の頭にクジャク羽根みたいな冠羽がついてる感じ

セイロンゾウ

モナカの外側の皮をおやつとしてあげられるみたいなやつでそれで写真とってる人がたくさんいた

おばさんがゾウといっしょに写真とってもらおうとしてて、

何度も撮影者の方にいってアングル確認するせいでお預け状態みたいになってて笑ってしまった

そのあと小さい子供は鼻をさわろうとして手をのばすけどさわれなくてさわりたいと文句をいっていた

ゾウは2とういるけど、ケンカするから1頭ずつ半日交代で出てるってことだった

ただやっぱ見た目でかいのはインパクトあるねえ

動物園きてる!って感じがするわ

コンゴインコ

15分前くらいはすげーうるさかったけどしずかになってた

派手なインコ

フクロテナガザ

52歳のやつとかいてやばかった

すげー見た目からおじいちゃんって感じした

人間を観察してる感じもした

ワライカワセミ

かにとまってたから声は聴けなかった

縄張り争いとかで鳴くから縄張りくそもない動物園で鳴き声きくのはほぼ無理だよなと

マンドリル

やっぱ顔のインパクトあるよなあ・・・

あと地味に驚いたのが群れの数が世界一らしい

数百頭

ニホンザルも群れあるし多い方だと思ってたけど、世界的にはもっとかい群れがあるんだねえ

マンドリンって楽器あるけどマンドリルからきてるのかなあ・・・

クモザル

ドリトル先生クモザル島ってでてきたよなあ・・・

こんなマニアックなのをチョイスするってロフティングやっぱやべえわと思った

ずっとドリトル先生で見た文字イメージしかなかったけど初めて実物見たわ

ライオン

オスメス1頭ずついた

最初はメスがこっち見てくれててオスはお尻向けて寝そべってた

メスもすぐ寝そべって寝始めた

でもライオンって思ったより体でけえなって思った

オスよりメスの方が体格よかった

マサイキリン

模様が星型とかでふつうのやつとはちょっと違うらしい

まだ3歳ってことで小さめのキリンだった

シマウマ

フンがくさかったのとフンによってきたハエが来園者のまわりまで飛ぶくらいだったかちょっとひどいエリアだった

ただシマウマのケツや後ろ足あたりがまるまるとしていて、こりゃ肉食からみたらうまそうにみえるわと思った

ミーアキャット

端っこにいたやつが立ってた

アライグマ

箱慣れ中ということでなんか訓練中らしい

檻の中に体重計がだしっぱだったのがちょっと気になった

ホオジロカンムリヅル

人がくるとエサと思うのか一番檻の前まできて左右にうろついてた

これでほぼ動物全部

お土産コーナー

この動物園特有ってよりかは普通動物園おみやげうりばって感じで独自ぬいぐるみとかはなかった

キリンぬいぐるみもマサイキリンじゃない模様のやつだったし

動物園にいるのはムササビなのに、ぬいぐるみおいてるのはももんがだったり

お土産で儲ける気をちょっと出した方がいいと思った

あと動物園自体廃園危機だったけどいろいろ寄付とかサポーターとかあって存続してるんだって

いろいろスポンサー名前をいろんな場所でみた

あとただの併設遊園地と違うポイントとして、サイクルモノレールがあるんだけど、これに動物園ガイドの人がいっしょにのって上から動物たちの解説をしてくれるってやつだった

これはなかなかよさげだった

うーんバードケーじ入りたかったなー

大人だけだとだいたい3時間くらいかなー

芝生広場弁当くったり自由時間ちょっとあったら1日の遠足にはちょうどいいね

プレイランドワニワニパニックって笑ってしまったわ

動物園動物虐待のゲーム(笑)って思って

やぱ改めて考えても一番インパクトあったのはガラガラ丼のヤギコーナーだなあ

動物園で一番よかったのがやぎ (笑)って思われるかもだけど

旭川動物園朝日山動物園?も1回くらいいってみたいなー

なんか動物園ってせまく感じちゃう

大人になったせいか・・・

でも福岡市動物園はうちっぱなしのコンクリの檻のイメージの印象がつよかったから、

それに比べるとここの動物たちは少しはマシな環境だなと思った

今の福岡市動物園もどっかで行きたいな

2025-11-11

最近読んで面白かった韓国web漫画

武功教官ペク師匠

武侠もの+転生憑依の復讐ものドラゴン桜って感じ

前半2つはよくあるけどドラゴン桜要素が入って今んとこ飽きずに読めてる

1部50話構成で3部の途中まで進んでるぽいけど2部の途中までしか読めてない

武林界のファーブル毒物博士

危険生物youtuberが転生する話

四川唐家主人公の話ってあんまないよね

虫とか爬虫類かわいい


ここまでLINEマンガ

ここからピッコマ

小説の中のエキストラ

小説原作者が憑依する系のやつ

悲恋ラブコメなのが意外と良かった

2025-11-09

クマちゃん

日本には4万2千頭以上のツキノワグマが生息しているそうだ。

ツキノワグマ平均寿命は15年程度なのでざっくり毎年3000頭弱が死んでることになる、森の中で。

森にはその他にも鹿、たぬき、狐、イタチ、無数の鳥が生息している

昆虫爬虫類もいる、膨大な死骸の山

土の上で異臭を撒き散らしながら一部は食われ、腐り、時間をかけて分解される

さら動物は日々クソをする。大量にクソして野山に垂れ流す

クソには菌が付き、クソを栄養に成長し、あるいは猛毒きのこを育てるだろう

 

抗生物質まみれの動物園の鹿は15年程度は生きるが、野生の鹿の平均寿命は4年

感染症寄生生物にやられる

 

森の死骸やウンコはドロドロに溶けながら年月をかけて消える

 

毒キノコが生成する毒成分は早いものは数日で自然分解するが、年単位で毒性を保つものもある

 

これらすべて雨が降ると少しずつ流される、

 

やがて小川に、あるいは地面に吸収され地下水になる

 

ところが、イスラム土葬したいと言うたら、「環境汚染」だというて嫌がる。

そこに理性はあるのか?合理性はあるのか?

ただの情緒じゃねぇか

 

我々が飲んでいる水は死骸を濾したものではないか

しかも奴らは水源地近く、あるいは水源地よりも上だ、全部流れ込んでる

死骸の希釈液を時に「清流」などと呼ぶ、川上で無数の死骸を濾しているのに?清いとはこれいかに

死骸の液で米を作る、我々は平気で食っている。キモいなど考えない

森に動物が生息し、死んでいることな想像しない

 

年間数十人、数百人のヒトの土葬がどれほど影響があるというのだ?

宮城県土葬受け入れ議論をしようとしたら猛反発があったそうで、白紙撤回になった

東北地方クマニュースを見るたびに思い出すのであります

2025-11-07

anond:20251107111003

現実で角が生えた肉食動物ってツノクサリヘビにジャクソンカメレオン(絶滅したのを含めていいならカルノウルスやケラトサウルス)とみんな爬虫類だし

おそらく爬虫類であろう龍に角が生えていてもおかしくはない

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