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2026-05-10

日本の食が世界一美味いってのも今後はなくなりそうだよな

日本の食は世界一だと言われる。ミシュランの星の数がどうとか和食ユネスコ登録されたとか、そういう話ではなく、もっと漠然とした雰囲気、なんとなくみんなそうかもしれないと思っている。コンビニおにぎり一個でも、町の定食屋の日替わりでも、水準が高いのは事実だ。

だが、それがいつまでも続くのかはかなり疑わしい。

独身者が増えた。昔なら女性が担っていた家庭料理技術が家庭の中で継承されなくなり、男女ともに自炊スキルを持たないまま大人になる人間がどんどん増えている。知人の独身男性アラサーなのに自炊スキルゼロで、冷凍食品コンビニヘビーユーザーだ。俺は独身中年男性だが自炊してる!とか反発する奴もいるかもしれないが、自分たちが少数派なのは分かっているだろうに。外食といえばチェーン店一択サイゼリアを「コスパ最高」「別に美味いだろ」と絶賛する。それはまあわかる、サイゼリアはたしかにそこまで劣悪な品質ではないだろう。でもそんな連中が増えた社会美食に関心のない社会だろう。

個人店には入りづらいという人が増えた。値段が読めないとか、雰囲気がとっつきにくいとか、各々それっぽい理由を述べる。「デパ地下で総菜買ってうちで飲むのが一番コスパいい」という話を聞くたびに、なんとも言えない気持ちになる。コスパタイパだけで飯を選ぶようになったとき料理人技術や店の空気食材の背景みたいなものはどこに行くんだろう。

そして酒だ。美食と美酒は切り離せないと、少し前まで当たり前のように言われていた。料理に合わせてワインを選ぶとか、魚には日本酒とか、そういう話ではなく、もっと根本的に、良い食事の席には良い酒があるという前提が共有されていた。それが今、飲まない、飲めない、飲みたくない、飲む人の近くにいたくない人間ものすごい勢いで増えている。ソバーキュリアスなんて言葉も出てきた。これも別に悪いことではない。でも、料理と酒が一緒に発展してきた歴史を考えると、酒を嫌う日本人が主流になっていく社会で、料理の水準だけが独立して高まり続けるというのはあり得ないだろうと思う。ラノベ作家漫画家などサブカルチャーに携わる人間も酒が飲めない酒飲みの気持ちが分からない酒なんて要らないだろう、とXで堂々と振る舞っている。本当に興味のある文化の幅が狭い"文化人"が増えたのを感じる。

作る人間が減り、金をかけない人間が増え、個人店が潰れ、酒を飲む人間も減っていく。その社会で、日本の食の水準が今のまま維持されるか?需要がなければ供給は細る。それだけの話だ。

日本の食が世界一かもしれないというのは、まさに今この瞬間だけの話で、時間とともに終わっていくのだろうと今ここに書いておきたい。

2026-05-08

[] 「もし本当なら~」、「おかしいと思ってたんだよね~」

ネットに限った話でもないけど、世の中には嘘か本当か分からない話が跋扈してるわけだけど。

そういう話に一丁噛みするとき、俺がよく使うフレーズが「もし本当なら~」とか「おかしいと思ってたんだよね~」だった。

“だった”と表現する通り、現在は使わないようにしている。

なんでかっていうと、これって“半端なリテラシー仕草”なんじゃないかと思ったからだ。


まあ、以前から漠然と、しっくりきてないなーとは感じてて。

それを言語化できるようになったのは最近で、きっかけは『チャンスの時間』って番組だった。

その番組企画で、芸人たちがギャンブルで持論を展開していくのをドキュメンタリー風にやるってのがあって。

バッテリィズのエースだっけか、そいつが数回目のレース消極的な賭けをしたわけ。

で、レースには負けたんだけど、その際に「あんまり賭けなかったか実質的には勝ち」みたいな言い訳してて。

まり「一応は賭けたけど、“負けそう”という予感が当たっていたという意味では自分は正しかった」という主張なわけ。

番組内でもネタ扱いされていたけど、実際これって大した理屈じゃないよな。

少額とはいえど負けて損はしているわけで。

あの場面でのマストはもちろん“的中させる”ことで、次点で“そもそも賭けない”ことだろう。

消極的選択を“不幸中の幸い”と解釈するならまだしも、それを“勝ったも同然”と主張するのは無理がある。

そして勝ったとしても消極的選択が功を奏しただけに過ぎず、少額ベットから儲けも少ないので情けない立ち回りなのは変わらない。


何が言いたいかっていうと、「もし本当なら~」とか、「おかしいと思ってたんだよね~」みたいなのはこれに近いスタンスなんじゃないかな~と。

嘘か本当か分からない話だけど“一応は賭けてみた”という状態

半信半疑なんですよ、だから自分にはリテラシーがあるんですよ」っていうアピール

それで本当だったら「一応は賭けていた自分が正しい」となるし、嘘だったら「鵜呑みにはしていなかった自分が正しい」となる。

特におかしいと思ってたんだよね~」的なムーヴが一番ダサいというか、半信半疑の“半疑”の方が当たっただけじゃんっていう。

両方賭けて片方が当たっただけのことを「俺って冴えてる~」みたいにいってることを自覚してしまった。

しかも例で挙げた話とは違って金を賭けているわけではないから勝っても負けても正味ないという点では、より情けないまである

そこまで思案してしまったので、俺はもう「もし本当なら~」的なフレーズは使えなくなった。

2026-05-07

anond:20260507110854

具体的にやりたいことが出てくれば、すり合わせする余地も出てこようというもの

まぁ疲れてると漠然とした不満が溜まるもんだわ

anond:20260506182259

そうなの?結婚子育て自分にとって一切縁のない遠くの話だとしたら、言葉にすること自体まるでないだろう

正直そういう状況の人で漠然とした不安を感じている人って、本心では他人が羨ましいのに中学生みたいなプライドで「俺は平気」って言い続けているのが普通だと思うよ

2026-05-06

幸せであることに意義がないように感じる

人生のゴールとかイキガイについて、SNSとか世論だとかで世間の声を聴いてると、まるで「幸せになる事が人生のゴールだ」みたいに考えてる人が物凄く多いように思う。俺も何となくそう思って生きてきたんだが、近頃これがどうも信じられなくなってきた。

要は幸せというのは、今の状態を他の状態と比べて、こっちの方がマシだって感じる事だ。で、比べる対象が ①他人過去現在状態、②自分過去状態、で2パターンに分かれると思う。

まず、①で俺は幸せになれないんだよね。だって「アイツに比べれば俺はまだ幸せだなぁ〜」って考えるのって糞だと思うんだよ。例えば「俺ってアイツに比べればイケメンだな」って考えるのって糞だと思う。

で、②も俺にとっては無理なんだよ、だって現代人って一番幸せ時間学生時代じゃん?それ以降はほぼ確実にその黄金期と比べて幸せになれないと思うんだよね。少なくとも俺にとっては多分無理なんだよ。

から、どの道幸せになるのが無理な気がするんだよね。不幸な人間を見ると俺も不幸になる。仮に俺が美味いものをたらふく食ったとして、地球の裏側で何万人も餓死してたりするから結局意味ねえじゃんって思うし、俺が金持ちになったとして貧困に喘ぐ人が、それもかなりの割合いる訳で、それがマジで嫌な感じがするんだよ。結局俺が幸せになったとて不幸な人が沢山いて、それも大多数が当人努力でどうにも出来ない訳で。何の意味もないじゃんそれって。

結局、世の中って糞な事の方が圧倒的に多いし、幸せに生きるのってそういう世の中の負の部分にある程度目を瞑れないと無理だと思うんだけど、ずっと世の中の嫌な所が心に残り続けて、そこから離れられないんだよ。しかも、段々そういう所に目を瞑ってる人間が都合がいいような気がして来て、嫌いになったりするんだよ。

こうなると、日に日に宗教的な考え方になってくるんだよね。誰かこの世の全員助けてくれればなって漠然と思ってる。

2026-05-03

0054 優しい名無しさん (ワッチョイ b32c-uFaw) 2023/05/17(水) 15:23:50.85

虐待不安障害人格障害→対人恐怖→トラウマ社会不適応うつ

という感じで長く苦しみ

受動孤立回避→積極奇異→尊大孤立受動回避

という感じで性格が安定しなかった

IQ検査は85〜115でばらついていた

医者説明しても障害年金などもらえることも無かった

俺を虐待した兄弟や親は新しい家族を作って幸せになった

俺だけが過去に囚われて未来希望を持てていない

おれだけ発達障害など先天的おかしいのか?と思ったが医者は違うという

いい年していつまで小さい頃のことを気にしてるんだって家族他人はおもうはず

でもそれが言えるのは人生が安定して未来を見据えられた人だけ

未来希望を持てない人はずっと過去に囚われる

これは相いれない

高校卒業して一人暮らしをしてたのにずっと尾を引くようについて回ってる

生きる意味はないし、死ぬ勇気もない

死のうと思ったらあれだけ嫌だった家族の顔がチラつく

これはのろいだよ

生きがいも目標もないのになんで生きているんだろう

楽に死にたい

うつ状態も解消して不安障害も何とかしたのに死にたい

俺が生きてたのは苦痛不安から逃れる目標と生きがいがあったか

そうすればマトモで普通な人間になれると思ったか

でもできる限りの解消をして俺に残ったのは何もない

家族も友も恋人もない欲しいとも思わない、また苦痛が始まるのが目に見えるから

やりたいことはないやりたくないことはたくさんある

欲求だんだん薄くなっていく人生が虚無になっていく

苦痛不安絶望だった人生を抜ければ希望があると思ったが虚無しかない

まれてこなければよかった

意味がない

ID:uwGdlI4V0(1/2)

0055 優しい名無しさん (ワッチョイ b32c-uFaw) 2023/05/17(水) 15:35:10.88

多分、普通の人は行動で人生を埋めていくんだと思う

遊び疲れた食事、食べたら寝る、起きたら家族あいさつをし、仕事学校に行く、友と言葉を交わす、興味のあることを見つける、興味のままに行動する

好きな人ができる、魅力を高めるために綺麗になる、自信が付く、友や恋人が増える、経験が増える、新たなことに興味がでる

こんな感じで気づいたら普通の人になっていくんだと思う、漠然とした目標がいつの間にかできてて

それに従って心も体も動くのだと思う

友がいないから遊ばない一人遊びに飽きたら何もしない、食べたら寝る、家族虐待をする、仕事学校に行く、人格障害不安障害が交友関係不安定にする、メンタル不安定になる、外の世界でなく心の世界不安定でそちらばかりが気になる

興味が見つかっても心に余裕がない、好きな人ができる、不安障害と対人恐怖とうつからくる対人パターン不安定さから諦める、自信が付かない、友や恋人はいない、経験は増えない、興味は増えない

こうなってしまうことを回避できない

幼少期の性格形成を覆すことはできない、虐待をなかったことにできない、IQなど脳みそ特性を覆すことはできない

どれだけ生きてもこれが逆転することはない

運命呪い絶望と虚無

ID:uwGdlI4V0(2/2)

2026-04-30

ミッキーマウス著作権おしえてくれ

ホットエントリーに上がってたから(https://b.hatena.ne.jp/entry/s/note.com/makun0uch1/n/n3e0c7fe8de90)気になって検索したんだけど、

骨董通り法律事務所が書いてくれてて(https://www.kottolaw.com/column/190913.html)、この論に素人が突っ込むようなことも思いつかずそれはいいんだけど、この論を採用するとフレッドムーアデザインした今とほぼ同じミッキーマウスも、日本では映画扱いする限りは著作権切れてるんじゃないの?

"Mickey's Surprise Party"(https://en.wikipedia.org/wiki/Mickey%27s_Surprise_Party

1939年公開の本作は米国では公開95年経ってないか著作権切れてないのはいいとして、日本では団体名義の著作物として見るなら公開50年+戦時加算(2004年延長は適用されない)で2000年あたり?に著作権切れ、

ウォルト・ディズニー1966年死去)&アブ・アイワークス(1971年死去)に対して監督ハミルトンラスク1968年死去)&フレッドムーア1952年死去)だから映画個人名義共著)として見るなら2017年?に既に著作権切れてて、非映画個人名義共著)として見るなら2049年?に著作権切れるんじゃないかと思うんだけど。

漠然現代的なミッキーマウス著作権切れてないという先入観があって、それに猛烈に反する解釈になってしまって、違和感がすごいのだけど、詳しい人教えてくれ!

ちなみに"Mickey's Surprise Party"にはミニーも出てるぞ!

2026-04-28

障害知覚したくなかった

今の会社に来て4、5年経つ

もう、物凄い言われようしてる

アスペ障害だ生まれが悪いだゴミ食ってるだ

そんなんなのになぜか昇進した

なぜ?

自分が一番意味わからん

社長からはあげたくないのにあげざるを得ないとか言われて

上長からは人の気持ちわからんアスペから仕事ができないとか言われて

別のとこから仕事終わらないくせに仕事する姿勢出すなとか言われる

こんなんでモチベ持って仕事しなきゃいけないのまじで意味わからん

本当によくわからない

周りの言うことを全て正とするなら

俺は

人の気持ち理解しない、物事漠然とした捉え方をしているアスペ障害で、できるとか言ったらできないくせに反射で言うような人間

指示をするに値しなくて人に物言っちゃいけない人間なんだけど

ごめんけど他罰したい気持ちがある

俺、こんなんでモチベーションだのアンガーマネジメントのしなきゃいけないのか

一般職でいいじゃん

なんで俺なんだ

なんで俺なんだ

普通わからん障害者に平均化しなきゃいけないような仕事任すなよ

2026-04-26

安い坊さんに頼んだら説教プレゼンだった

妻の父が急逝した。

急逝なんて言えば聞こえがいいけど、病院嫌いここに極まれりといった感じで、癌治療医者に頼らず自己流でやり続けた結果、進行具合もわからないままに自宅で亡くなった。

死なれてみて初めてわかったことだけど、自宅で死なれるのは結構大変だった。

病院だと医者が死因を特定してくれる。特定というか、認定といった方がいいかもしれない。要するに、病気で亡くなったということを証明してくれる。

自宅で亡くなるとそれをすることができない。

から刑事さんに最初殺人を疑われないといけない。

普段から信仰があったわけではないか別に家族だけで見送ればいいなんて話にはなっていたのだけど、一応お経はお願いしよういう葬儀屋さんの勧めで安いお坊さんにお願いすることになった。

安いという価値観もまあ割と曖昧ものそもそも相場とはなんだって話ではあるけど、一応安かったらしい。

この辺り、喪主である義母さんのお財布加減でしかいからそれほど積極的に関わったわけではないけど、そもそもお義父さんが吝嗇家wだったのでお義母さんとしては一番安い人を選べば良いって感じだったのだと思う。

それがまさか参列者全員で、頭の上に大きなはてなマークを浮かべることになるとは思ってもいなかった。

刑事聞き取り(取り調べ?)は、医学的な治療拒否していたことが家族から強制ではないという悪魔の証明をする必要があった。

病院治療することが一番本人のためになるのにっていう、尊厳をガン無視した視点から聞き取りが始まるから、一つ一つの選択について、早く死んで欲しかたからという理由からではないという説明をしないといけない。

家族にしてみれば、大切な人が早く死んで欲しいなんて思うわけがないのに、第三者にしてみれば、そうではない証明ができないことが疑いに対する一番の根拠しかならない。

訃報を聞いて妻を実家に送り届けたタイミングがちょうど刑事から聞き取りだったので、何かの助けになればと思ってそのまま居合わせたけど、途中から自分論理的説明することのほうが殺人計画性を証明してしまうんじゃないかって怖くなって黙ってしまった。

いわゆる人狼世界観

相手の手練れをどこまで信用して良いか情報こちらには一切なかったので、状況を論理的説明しようとすればするほど自分殺人主犯と疑われかねない怖さがあった。

良し悪しの話ではなくて、さすがプロだなって思った。

葬儀をお願いしたお坊さんは、どちらかというと丁寧な人だった。

葬儀、というものに参加した機会なんてそもそもそれほど多いわけではなかったけど、今唱えているお経の意味目的をその都度その都度、読経を止めながら説明してくれるようなお坊さんは今までの人生で初めてだった。

通夜は行わず告別式初七日法要を同時開催し、葬儀の始まりから出棺まで1時間

経験則から言うと大体2時間以上って考えると、かなりのスピード葬儀だった。

普段なら読経だけでそれだけの時間がかかるところ、その都度説明をしている以上、必要に応じて端折っているだろうことも感じながら、現対人の時間感覚に合わせているんだろうなって思っていた。

お義父さんはどうやら病状をちゃん家族説明していないようだった。

妻の母は外国人で、日本に住んでもう何十年だけどやっぱり難しい日本語はわからなかった。

それをいいことに、お義父さんは診断書の細かい部分を立ち会ったお義母さんにちゃん説明していなかったらしく、お義父さんがだんまりを決め込んでしまえばお義母さんからしか情報を得られない妻は病状を正しく把握できていなかったようだ。

刑事さんの聞き取りで、口頭で理解できないことがあるとその都度診断書提示が求められた。

義母さんに立ち合いをお願いしていた妻は初めてその診断書を目にするのだけど、お義父さんがこれまで一度も口頭で説明したことのなかった癌が転移している現実がその都度一つ一つ明らかになった。

信じられない話かもしれないけど、お義父さんは医者から多数の臓器に癌が移転していてすでに相当の末期であることが伝えられていたにもかかわらず、認めたくないと言う気持ちもありながらも詳細をお義母さんに一切伝えていなかったのだ。

から妻にもその事実が伝わらず、妻にしてみれば、そうは言ってもまだまだ全然大丈夫な状況としてしか現状を捉えていなかったようだった。

まり、妻は、お父さんがこんなに早く死ぬだなんてことは全く想像をしていなかったのだ。

お義父さんが入院を嫌がって自宅で治療をしているという話を聞いたときも、やれやれたか。くらいにか考えていなかったのであろう。

自分から説明なんてものはその場では何の価値も持たず、妻が診断書に書かれた文字を目にする度に言葉を失う姿そのものが、刑事さんに対する事件性のなさを証明しているようだった。

お坊さんにしてみれば葬儀時間が短いほうが実入はいいけど、逆に時間が短すぎても割高だという人もいるから難しい。

お坊さんの技術力が高すぎて、たった一言でしっかりと極楽へと送ってくれるならそれでもよいような気もするが、仕事がよくできる人がわざと時間をかけて値段相応作業に見えるようにしているのとどこか似ているなと思った。

そうしてお坊さんのいう初七日法要までが終わると、お坊さんは立ち上がってこちらに向き直った。

いつもなら目も合わさずに退場していくようなものなので、それだけでもなんとなく珍しいと思っていると、更にお坊さんは話を始めた。

聞くと、最近ではこういった儀式めいたものが軽んじられる時代になってきてはいるが、人間の魂というものがいまだ科学で解明されていない不安定存在からこそ、こうした儀式の大切さを今一度考えてほしいという内容の話だった。

身内を亡くしたばっかりの悲しんでいる人間にする話か?とも思ったけど、参列者の大半が高齢者であることを考えれば、こういった話をすることが回り回って自分たちの出番を増やすのだろうから、これはありがたい話に見せかけたプレゼンだなと思った。

お金を払って動画を見ているのに突然CMが挟み込まれたような冷めた気持ちになった。現代に毒されているのはどちらかというとこの坊主だなと思った。

すでに死んでしまったものはどうにもならなかったが、家族としても何が死因で亡くなったのかが分かればせめて自分たちの責任が軽くなるのではと思い、取り調べのときに一つだけ刑事さんに質問したことがある。

それが、「こういった場合の死因は病死になるのか?」ということだった。

これさえもまるでそれ以上詳しく調べないでくれという事件性の隠蔽とも感じられないかキドキしながらの質問だった。

それに対し、刑事さんは「死因に病死というものはありません。例えば脳出血だったり心筋梗塞だったり、必ず何で亡くなったか特定されます。極稀に不詳という死因になることもありますが、基本的にはわかるまで解剖します。」とはっきりとした口調で言った。

まるで、もしお前たちが何かを隠していたとしても必ず見つけ出してやるとでもいわんばかりの迫力を感じた。

小学校の頃、教室で財布がなくなると盗んでもないのに手を上げそうになる気持ちを思い出して、喉の奥が酸っぱくなった。

それでも翌日には事件性なしとの判断がされ、死因には直接的な因果となった癌の名前記載されていた。

もっと多臓器不全とか直接的な死因が記載されるものかとも思ったけど、それは逆にもうどうしようもないくらいに癌の病状が進んでいることを物語っているかのようだった。

お義父さんとは文字通り死ぬまで反りが合わなかった。だから喪失感はあるけど悲しみはなかった。

いよいよ出棺のタイミングになり、参列者で花を詰めようというとき、これで最後からと花を入れたついでに肌に触れてみた。

塗りたくられた化粧で顔色はよく見えているけど、ドライアイスで当たり前のように冷たかった。

その瞬間、お義父さんが本当に死んでしまたことが妙な現実味として感じられ、妻や家族を泣かせていることに無性に腹が立ってきたらボロボロと涙が流れ出して止まらなくなった。

生前のお父さんとはまったく話が合わなくて、何度も言い争いをした。

絶対にあっちが間違ってるのに、絶対にそれを認めない。

最初のうちはそのうち完全に論破してやろうって思ってたけど、ある日言い争っていると突然妻が泣き始めた。

はいつもお義父さんに対する不満ばかり言っていたので、こちらとしては白馬に乗った王子様くらいのつもりでお義父さんをぶった斬ってやろうと思ってたのに、どうも違ったらしい。

妻は、不器用で口の悪い父のことが大好きだったようだ。

そのことに気がついたのは、お義父さんの癌が再発して入院するという話を聞いた日のことだった。

それまで何事もない様子だった妻が、「実は、、、」と言い出すと同時に泣き崩れてしまった。

病状のことや入院のことを話す妻が、お義父さんのことを心の底から心配してることがひしひしと伝わってきた。

それがまるで過去の答え合わせのように、妻がお義父さんを大好きだったのだという気付きにつながっていった。

それなのに自分はお義父さんと顔を合わせるたびに言い争って喧嘩をしていたのだ。

ある時から妻との間に妙な距離感を感じるようになったことがあったが、そういえばそれもお義父さんとの言い争いで妻が泣いてしまった頃だったかもしれない。

妻の大切に思うものは大切にしてきたつもりだったけど、見た目上で大切にしていないものまで大切にするのはなかなかに難しい話だ。

お義父さんが元気になったら、旅行に連れて行って今度は大切にもてなそうと思っていたが、それはついに叶わなかった。

親子の関係性と夫婦関係性を比較して嫉妬したところで何も始まらないことくらいはわかっているつもりではあるが、勝ち逃げされたみたいな悔しさがないとは言わない。

漠然としたやるせない気持ちを少しでも整理しようとこれを書き始めたが、残ったのが悔しさだったとは。

やはり自分がお義父さんのことを好きになれることはないのだ。

散々身勝手した挙句病院嫌いのわがままを押し通した上に死に際までしっかりと家族迷惑をかけやがって。

こうなったら二度とこちらに帰ってこれないようにめちゃくちゃ安らかに眠れるまで供養してやる。バカ親父め。

2026-04-23

なんか結婚出来ちゃった

高校大学理系で女っ気もなく過ごしたから、漠然自分結婚できないんだろうなって思って生きてた

社会人になるまで女の人と手を繋いだことすらなかったのに、その辺の飲み会出会った今のカミさんトントン拍子で結婚した

学生時代友達もなんだかんだ20代のうちに大半が結婚しちゃって、あれ、結婚する人が減ってるってほんとなんかって思った

田舎もんだから結婚が早いとかはある気がするけど、運が良かっただけなのかね

2026-04-20

漠然と思うこと

母が亡くなってそこそこ経つ

次の日曜は納骨。

もう、居ないんだけど。

居なくなってしまうような、そんな気分。

世の中には分骨とか、お骨を一部持っておくこともあるらしい。

ふと、そう言う考えがよぎった。

でも。

多分なんだけどうちの家は俺らの代で終わりだと思う

から長生きした方が死んだら

大切に持っていた骨は下手するとゴミになってしまう。

なんかラッキーがあって、家が続くとしても

親族とはいえ、顔も知らん人のお骨を受け継がせるのも

なんだかなぁって思っちゃうので。

お骨はちゃんキッチリお墓に納めようと思う。

結構いい歳になってきたのであまり期待はしていないが

家、どうなるんだろうかなぁ。

デモなんて炎上騒動と変わらなくね?

いや、デモは古来からあることを思えば、炎上騒動インターネット空間でできるようになったデモ的な行為と言った方が正確だけどさ。

どちらにせよ、デモ炎上への参加も活動場所現実ネットか意外そんなに大きな違いはなくない? って思う。

から、それなのに炎上というと「暇人低俗な騒ぎを起こしているだけ」、デモというと「崇高な民主主義の実現」みたいなイメージ漠然社会にあるのが、俺にはわりと不思議に感じる。

ネットで騒いでるような有象無象言葉など聞くに値しない。実地に集まった志士達の言葉こそ真に尊い」みたいな選民意識でもあるのかな?

民主主義的には誰でも気軽に参加できた方が素晴らしいと思うが。

まあなんにせよ、本当に大事なのは表現形態よりもその主張の中身が論理的で、かつ、民意賛同を得られるものであるかどうかではあるけれど。

2026-04-19

anond:20260419123831

産後メンタルケアマタニティブルーガルガル期の違い

産後ホルモンバランスの激変により、誰にでも精神的な不安定さが現れる可能性があります

1. 特徴比較
項目マタニティブルーガルガル期(通称
主な感情涙もろい、不安、落ち込みイライラ攻撃性、独占欲
心の向き内向的自分不安になる)外向적(周囲に怒りを感じる)
主な対象自分自身、将来への漠然とした不安夫、義父母、周囲の人間
発生時期産後3〜10日がピーク(一過性産後すぐ〜数ヶ月(個人差大)
医学定義広く認められた一時的生理反応俗称本能的な警戒状態を指す)
2. マタニティブルーへの向き合い方
3. ガルガル期への向き合い方
4. 専門家への相談目安(産後うつのサイン

以下の状態が2週間以上続く場合は、産婦人科心療内科保健師への相談を推奨します。

第6回 どうして人は「青春」にとらわれるのか その魅力と魔力の正体とは 2026年4月18日 15時01分 連載「青春コンプレックス」⑥

 「青春」という言葉不思議だ。部活初恋文化祭……。まぶしいイメージをまとう一方、現実との落差から青春できなかった」との思いをずっと引きずることもある。「青春」はなぜ、人を引きつけ、とらえてやまないのか。その魅力と魔力の正体を、「みんなの〈青春〉」(生きのびるブックス)の著者である石岡学・京大大学院教授にきいた。

 

 ――「青春」をテーマにした映画アニメ小説などが、ちまたにあふれています

 少し見渡すだけでも、「青春」にまつわるコンテンツ枚挙にいとまがありません。

 

 例えば、数年前にアニメ化されて人気となった「ぼっち・ざ・ろっく!」。キラキラした青春に対して屈折した思いを抱く「陰キャ」の女子高校生主人公で、アニメ主題歌は、そのものずばりの「青春コンプレックス」です。あるいは、「高校最後の夏」と銘打ってメディアが注目する夏の甲子園なども、「青春コンテンツに含まれるでしょう。

 

 「青春」は特に学園生活の様々な場面と結びつきながら、格好のコンテンツとして、社会に広く消費されているのです。ただ、「青春」を巡る社会の語りを見てみると、そのイメージ一定ではなく、時代によってずいぶんと移り変わってきたことが分かります

 

 ――どういうことでしょうか。

 

フィクションから」で片付けられない

 

 1960年代までは「青春」といえば、一部のエリート学生既存社会体制に対して抱く不満や怒りというかたちで描かれることが主でした。「青春」とは特権的ものだ、という社会認識があったのです。

 

 それが高校大学進学率が急上昇するのに伴って、20代前半まで学生でいるのは珍しいことではなくなり、70年代以降、「青春」は誰でも経験できるものとして大衆化していきますさら2000年代以降は、ドラマチックな経験ではなく「学校での普通日常」がテーマとして好まれるようになりました。

 

 ――こうした「青春」のイメージが、現実当事者たちにも影響を及ぼしてきたと。

 

 「青春」が「普通日常」を描くようになっていったことは、当事者たちにも大きな意味がありました。

 

 つまり作品などの中で描かれる「青春」は、普通に過ごしていれば経験できるもの。そんな充実した日々が送れていないのは、自分に何か欠点があるからだ――。そのように、問題が内在化していくわけです。だから現代は「青春」に対してコンプレックスを抱きやすい状況になっているといえます

 

 そこには、SNSの普及もある程度、関係しているでしょう。アイドル芸能人たちよりも、同年代の「普通の子」が発信する「青春」の日々は、受け手にとってリアリティーがあります。「あれはフィクションから」で片付けられない。それゆえ、自分の日々とのギャップを強く感じることもあるのでは。

 

 いかに「青春」っぽいことをして、SNSで発信し、他者承認してもらえるか。いわば「ミッションクリア」するような感覚で「青春」をとらえているとも考えられます

 

陳腐だけれど「善」のイメージ

 

 ――「青春」は、なぜ人々を引きつける力を保ち続けているのでしょう。

 

 「青春陳腐さと特別さが混ざり合った規範から」だと、著書では結論づけました。

 

 現在において、ほとんどの人が高校あるいは大学生活経験しうるという点で、「青春」は誰にでも与えられる、陳腐ものだといえます。一方、それは20代前半までの限られた時期にしか与えられず、失われたら戻らないという点では特別意味を持ちます

 

 誰でも自分の姿を投影することができ、かつ、時間が過ぎれば失われるというかけがえのなさがあるために、多くの人にとって何かしら心をかき立てられるものなのでしょう。

 

 さらに、「青春」には「若さ」「情熱」「成長」といったイメージが凝縮されています。これらはいずれも、現代社会において「善」とされている要素です。否定的感情を入れる余地のないものから、いっそう「青春」は光り輝いて見えるのです。ただそれは、あくま社会的に作られたイメージであって、相対的ものに過ぎないということです。

 

 ――誰しもが、イメージ通りの「青春」を送れるわけではありません。

 

 研究していて面白いなと思ったのは、まさに充実した「青春」を体現しているように見えるアイドルたちですらも、「青春できなかった」と語っている場面が少なくなかったことです。「普通学校生活」というのは、それだけとらえどころのない、やっかいものなのだと思います

 

 私のことでいうと、はたから見ればそこまで悪くない青春を送ったようにも見えるでしょうが自分では「暗黒の高校時代」だと感じていました。人とのコミュニケーションに、どこか苦手意識があったからです。

 

 要は、「青春」に抱くコンプレックスというのは自分アイデンティティーに対する漠然とした不安なのだと思います。そうそう逃れられるものではない。良い青春を送れたと思うのであれば素晴らしいですが、そうでなかったとしても、必要以上にとらわれるべきではないでしょう。

 

      ◇

 

 いしおか・まなぶ 1977年まれ。専門は教育歴史社会学で、子ども若者イメージ社会的構築などを研究。著書に「『地方』と『努力』の現代史」(青土社)など。

 

https://digital.asahi.com/articles/ASV301CG7V30ULLI00YM.html

2026-04-18

[] みんな愚か者のことは嫌いだよ。

チェンソーマン』のデンジとかは人気のキャラクターだし、あの作品ファンで彼を嫌いな人はほぼいないだろう。

そんなデンジキャラクター性は欲望に忠実というか、それが言動にも反映されているが故に馬鹿判断や行動を頻繁にしてしまう、有り体にいえば“愚か者”だ。

ここでは便宜上デンジを例に挙げたが、勿論こういった愚か者古今東西いる。

トラブルメーカーになりうるため、作劇の都合上でも便利な属性といえる。

けれども誤解してはいけないのは、基本的に読者の大半は愚か者が嫌いだってこと。

あくまで“愚かさを憐れむというプロセスが好き”なのであって“愚かさが好き”ってわけではない。


例えば『推しの子』の有馬かながスキャンダルの標的になる展開は、本作を批判的に語るとき槍玉にあげられることが多い。

有馬かなが迂闊な行動をとるまでのプロセスは、そこまでの彼女の情景含めて十分に描写されている(特にアニメ版ではこのあたりがかなり丁寧だった)。

彼女が抱えていた焦燥感理解やすく、そこには第三者の悪意も介入していることもあり、あの件における有馬かなはむしろ被害者とすらいえる。

だが、しかし、繰り返すが、読者の大半は愚か者が嫌いだ。

そして、その愚かさによって、B小町所属事務所への迷惑もかかっている点は重く見られる。

『“愚かさを憐れむというプロセス”が好き』と書いたけれども、こういったケースではその余裕をなくしやすいのだと思う。


こんなことを書こうと思ったのは、最近読んだ『JK Biker』がきっかけ。

誤解を恐れずいうならば、本作は“チェンソーマン的なるもの”を描こうとしている。

別にパクリというわけではなくて実際の内容は似てないけれども、作品方向性というかノリというか、“漠然とした輪郭”が似ているなぐらいのニュアンス

少なくとも、本作を読んだら間違いなく「作者はチェンソーマン的なるものが、デンジみたいなキャラが好きなんだろうな」と思わずはいられない。

けれども本作は“チェンソーマン的なるもの”を描こうとして半分くらい失敗していると感じた。

本作『JK Biker』の主人公が、ただ馬鹿自分勝手なだけの、底の浅いキャラクターに見えるからだ。

そもそもデンジがああい性格なのには重苦しいバックボーンがある。

そこに本編で降りかかる様々な試練が重なることで“憐れみを感じる余地”を与える。

からこそ彼の“愚かさ”は魅力的に見えるし、その言動の結果には時に爽快感すら覚えるわけだ。

対して『JK Biker』の主人公にはそんな背景などなく、ただ毎日を好きなように過ごしたいだけの女子高生しかない。

から彼女がどれだけデンジっぽい振る舞いをしようとも、そこに憐れみなど感じないし、むしろ不愉快だと感じることもある。

先ほど「半分くらい失敗している」と書いたのはこの点で、逆に半分成功しているともいえるのは少なくとも雰囲気だけは“チェンソーマン的なるもの”を表現できているからだ。

本作のように、もし主人公やメインキャラで愚か者という属性を扱いたい場合は、『読者の大半は愚か者が嫌い』って前提を踏まえておかないと齟齬が起きやすい。

2026-04-17

報道しすぎ!←漠然とした自分感想

こういうのをちゃんニュース報道時間を調べるとかせずに言うからネット民ってバカなんだよな

2026-04-13

結婚したすぎる

自分気持ちの整理的にも言語化したくて書き残してる。


現在27歳。結婚願望が凄くある。

友達結婚してる/してないの比率は半々くらい。

学生時代から彼氏恋愛!って感じだった友達結婚したし、ふわふわしていた友達彼氏なしorあり~婚約前あたりな具合。まだ焦る時期ではないのか?などと思いながらも正直焦ってる。既に結婚してる人達共通点である大学から付き合っている彼氏存在なんてものがないから。

学生時代漠然となんとかなるかな~とか思っていたけど社会人何年目くらいになってくるとやっぱり学生時代に比べて人と出会う機会の激減を感じる。でもかといって社内で何かする気もなく、それじゃ今から恋愛ってどうするんだ…と思った次第。結婚願望はあるけど結婚に至るまでのビジョンが見えず、ここから自分から動かないと何も進まないと気付いてしまった。

今が一番若いし行動するなら早い方がいいという気持ちもある。恋愛結婚交際結婚までの期間を逆算してみると余計に。

多分、付き合ってた人と別れてしまったのも影響してると思う。(将来の話をしていくうちに彼側のとんでもない要望が続々出てきて合わなかったんだ。擦り合わせもできなかった)


でさ、もうそうなったら仮に30までに結婚とかを考えるとかなり危機迫ってる状況だったりしない?

彼氏できてサクサクストレート結婚ともそう簡単いかないだろうし…となると、試行回数を重ねることができる今に婚活を始めるしかない…?

恋愛結婚って一人でできるものじゃないから私が焦っても一人では何も見通しが立たないのが恐ろしすぎる。


そんな感じでさすがにちょっと恋活つまみつつ婚活するかと重い腰を上げようと思っていた矢先、丁度ハマってた趣味コミュニティ出会いがあって今はその人とお付き合いをしている。

この人とは恋愛的にきちんと相手のことが好きだからという理由で付き合っているんだけど、一応結婚願望が強いことは前もって宣言している。実際問題、この年齢の恋愛なんて結婚意識してくれる相手じゃないと色々困るし、相手も困るだろうから。(大助かりなことに相手にも結婚願望がある)


今は彼氏いるか感情面は少し落ち着いているんだけど、ここまで自分を狂わせる結婚願望が恐ろしくもあるわけで。

本気で向き合わないとなぁ…と思いつつ過ごしてる。

2026-04-11

社内の若い女に認められたい中年男は風俗に行け

20代後半で結婚してはや10年。

立派なアラフォーになってしまった。

しかし性欲は衰えない。

嫁とは週一でセックスしている。

子どもも3人、順調に育っている。

それでも、社内の若い女性の尻などを、つい目で追ってしまうことが多かった。

いつまで経っても衰えない性欲は、漠然と”若い女性”を性の対象としてしまっていた。

危機感を覚えたのはつい先日、その”若い女性”に、自分が認められたいという承認欲求が生まれていることに気づいたからだ。

外見や性的魅力という訳ではなく、仕事で有能だと思われたいとか、頼られたいとかそういう類のものだが、承認欲求であることには変わりない。

周りの評価視線には気にならない方だったので、この事実はかなり効いた。

その時、Xでたまたまオッサンになっても、数万で若い娘とヤれるんだからモテとか全然気にならなくなった”というポストが目に入った。

それにとてつもなく納得し、この”性欲由来の承認欲求は、風俗で消せるのではないか”と思うようになった。

それまで風俗は数回しか行ったことがなかったので、結構念入りに調べて評判の良い店を選んだ。

2万ほどで、100分。本番はNGの店だった。

とても良かった。

社内の女性と比べて驚くほど美しい女の子が、愛想よく尽くしてくれた。

自分価値観を、良い意味で打ち砕いてくれた。

今まで俺は、手すら触れられない社内の女性に向けて性欲を放っていたのだ、という事実に今更おぞけが走った。

金というシンプルな、割り切った関係というのも良かった。

金さえ出せば、ありのまま自分でいられるのも良い。

2万というのも安い。

素人浮気をするにしても、諸々込みでそれ以上はかかるからだ。

また嬉しい誤算で、お気に入りにした嬢は、こっそり本番もして良いと言ってくれた。

もちろん売上のためなのはわかっていても、”認められた”と脳は誤解し、大量の脳汁が出た。

こうして風俗に月3ほどで通うようになり、社内での女性に向ける性的視線承認欲求はほぼゼロになった。

妻とも良好な関係を保てている。

出費も、同年代の中ではかなり稼いでいるので問題はない。

金にある程度余裕があり、”若い女に認められたい”という欲が出てきた中年男性は、一度風俗に行くことを強く勧める。

2026-04-08

2026春アニメ感想

🎉凄い

とんがり帽子アトリエ

凄まじい作画暴力、細密な背景、制作から溢れる原作愛を感じる。

ここまでのクオリティ映画でやれ、このクオリティTVアニメは凄い。

ガンバレ中村くん!

80〜90年代サンデーラブコメを思い出すテイストレトロポップなラブコメアニメ現代クオリティでやっている。

片思いで空回りするゲイ少年主人公BLラブコメだが、このニッチな客層向けアニメをこのクオリティでやる原作愛は凄いと思う。

🎖️次も楽しみ

Dr.STONE

ずっと面白い楽しいし為になる、子供にも安心して見せられるありがたい。

魔入りました入間くん

元々ミュージカルシーンが多いアニメだけど、今回はミュージカルテーマなので超楽しみ。

黄泉のツガイ

荒川弘面白い原作鋼の錬金術師並みの高クオリティアニメ化。

第一話は期待以上だった凄く楽しみ。

🎀次も見る

あかね

落語家女の子主人公で、ジャンプで頻繁に表紙やカラー取れてる作品なんだからそりゃ面白いんですよ。

スノーボールアース

コミュ障少年人格のあるロボに乗り込み宇宙から来た巨大怪獣と戦い救世主と呼ばれるが最終決戦で…って感じの定番ストーリーから予想外の展開をして1話からクライマックスだった

霧緒ファンクラブ

変な女2人が好きな男について、グダグダ変な話をしてるギャグかと思ったら、最後に切なめ片思い百合ぶっ込んできて良い感じ。

ニワトリファイター

ハードボイルドマッチョニワトリが巨大怪物と戦い人類を救う。

ハードボイルドらしくセックスで始まりセックスで終わった。

日本アニメ多様性を感じる。

本好きの下剋上

安定のハイクオリティ漠然と見てても話を掴めるの強いよなぁ。

逃がした魚は大きかったが釣り上げた魚が大きすぎた件

なろう系令嬢物、ヒロインに好感を持てたので見る。

👏次は見ないか

ドロヘドロ

1期見逃してて話を掴めなかった。

凄い原作再現してんだろうなクオリティ高いなとは思う。

ニーディガールオーバードーズ

心病んでるユーチューバー少女と病んでる日本と病んでる若者社会派ぽいアニメ

ヒロイン可愛いがどういう存在なのかよくわからなかった。

2026-04-07

漠然とずっと、何かあった時、周囲の人はわたしを助けてくれないと思っている。

わたしと誰かの対立になった時、みんなはわたしの味方ではなく対立側の味方かよくて傍観者になると思っている。

新しい上司がいまさら時代的なコンプラ意識の人で、うっかりすると不興を買いそうだなあ、と思った。

誰も味方してくれないだろうし、もし揉めた場合、立ち去るべきはまたわたしなんだろうなあ、とも思った。

……いや、なんで誰も味方してくれないと思い込んでるんだろう、と、いま初めて疑問に思った。

それは、いままでこういう時に味方してくれた人がいなかったからだ。

前の会社も、その前の会社も、思い返してみたら小学校の頃から、何か揉めた時に誰かに庇ってもらったり擁護してもらった記憶がない……待てよ?

転校生なので幼稚園から中学まで全部2年で転校してて、わたしはその場で1番の新入りだった。

職場も3年経たずに転職してたので、やっぱり1番の新入りに近くて昔から顔馴染みなんていなかった。

一番馴染んでないやつが一番に排斥されるのは道理である

でもそういえば、今の会社はもうすぐ7年目で、なんなら部署で1番の古株は上司、2番目がわたし、他の皆さんがやってきたのはその後だ。

他のメンバーからしてみれば、上司わたしと、付き合いの長さは同じである

いや、業務の都合、接触時間上司との方が長い人もいっぱいいるけど。

でも、ということは、いつものように無意識に「自分いちばんよそ者から、誰も味方なんかしてくれない」なんて思い込む必要はないんじゃないだろうか。

ていうか、付き合いの長さ一緒なら、ワンチャン味方してくれる人だっているかもしれない……いやそれはないか……。

いや、ていうかもっといえば、偉い人に目をつけられてやめるしかなかった前の職場とか、味方がいなかったわけじゃないんだ。

相場を知らなかったからその場で反応できなかったけど、思い返してみたら送別時の贈り物、めちゃくちゃ高価なやつだったんだ。

上司には逆らえない職場だったから表立って擁護はできなかったけど、いなくなってせいせいしたとまでは思れてなかったんじゃないかな。

と考えると、やっぱり劣勢な側に立つのは大変なことで、みんな生活だって養う家族だってあって、今度も誰も助けてはくれないかもしれないけど。

どうせ誰も助けてくれないと思い込んでる奴と、誰か味方になってくれる人だっているはずだと思ってる奴と、

実際に助けてもらえるのはどっちなのかわからないけど

漫画とかだと、どうせ誰も…って思ってる奴の方がドラマチックに救われてる気がするけど、そんなん実際あり得なさそうだし)

でも、誰も助けてくれないと思ってるよりは誰か助けてくれるかもしれないと思ってる方がメンタルには良さそうなので、

こんどは誰か味方になってくれる人もいるかもしれないって思っておくことにしようかな

戦争反対」は「戦争反対」という意味では無くなった

幸せを祈らせて下さい」ってやつあるじゃん言葉通りなら幸運を祈ってくれるなんかええ人だけど、実際の目的はお祈りじゃなくて「宗教勧誘」だったわけじゃん。

そんな感じで「戦争反対」は言葉通りの「戦争反対」という意味ではなくなり「高市反対」に変わった。「#ママ戦争止めてくるわ」が出始めた2月くらいから。

やってることはどっちも同じで新歓時期のオルグと同じく「漠然とした不安を持った人」を誘う手口。


ここ最近オタクターゲットにし始めて、引っかかる人がチラホラと出始めた。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/posfie.com/@ampmizmo/p/FWUCWsk

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/posfie.com/@usomaaan/p/aqsIX7r

オタク活動のために平和必要!」というお題目だが、目的は「高市反対」なのでオタク活動はどうでも良いのだ。てか登壇者にオタク嫌いな奴いるし。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/posfie.com/@Winston_Smith2/p/5Rb2Y62


時折はてブで「うさぎの絵は純粋反戦を描いたのに潰された!」と書き込む人もいるが、「平和に対する漠然とした不安」→「反戦デモ関連を拡散からのあの絵なんで、

ばっちりオルグされた後の絵なんだよなぁ… 本人は「政治利用される方向に行ってる」と気づいたのでXから離れ、頭を冷やす方向に行ったっぽい。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/posfie.com/@migurumi_a/p/u9RX6OQ


で、今うさぎはこんな使われ方してます。悪いインターネッツから離れて正解だと思う。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/posfie.com/@DamDam347/p/uQkICAK

2026-04-05

28歳まで生きててよかったこ

自分には精神の疾患があると受け入れ、

どれだけ悲惨な家庭環境だったか洗脳から解けた頭で客観視することができるようになったこと。

ミーム画像のように漠然死にたいと思いながら結婚相手をみつけるような展開にはなっていないが

少なくとも死にたい以外の言語自分精神言語化できるようになったのは30手前でよくできた方だと思う。

脳の発達的に一般的な18歳くらいの脳に追いついてきたのかもとも思う。

あとはトラウマからの脱却、これは一生かかるかもしれないが気長にやっていくしかない。

2026-04-04

dorawii@新刊発売(予定)

田中優菜の反戦デモ漫画について、こんな下手な絵を漫画と称するなというような反応も見られるが、こうした人たちは何をもって絵が下手と言っているのだろうかと思う。こうした人たちにかかれば電話猫もちいかわも下手な絵なのではないか

実は線が少ないならなんでも絵が下手という程度の漠然とした批評しか持っていない人が大半だったりしないか

重力の方向が狂っていても、ぱっと見今風のオタ絵なら上手いと思ってしまう程度の認識で生きているという気がするがどうなのだろうか?

そうであるなら、私からすれば以下のような分析すら出来ずに何様だと思えてしまう。

おれがこのイラストを見て真っ先に思ったのが、重心が変なことです。

モデルが倒れているのではなくカメラを斜めにしているのだと思うのですが、モデルを斜めにしたことさらに重心を見失ってデッサンが歪んだんだと思います

許可なく加工しましたが、カメラをまっすぐにしてみると、立ち姿が少しずれていて、骨盤から胸部にかけて妙なくの字型をしています

そして足の角度も立っていられる状態ではありません。

要するに軸がずれているんです。頭も大きすぎて少し歪んでいますよね。

もしその人が目のハイライトではなくここに気がつけていたら、少なくとも批評眼はプロ並です.

ハイライトしか気がつけなかったんだから、その人は大したことありません。気にしなくていいといった理由

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13148762503

もしくは単純に絶世の美人だが性格が最悪みたいな人に対してブスと罵るのと同じ感覚なのかもしれないが。

dorawiiより


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2026-04-02

自分人生を振り返るだけ(メモ)

俺が地方公務員になりたいと思った動機は、ただ他人を助けたいという想いからでした。

田舎農家次男坊として生まれものの、歳の離れた兄が本当にダメな人で、俺が物心がついたころには家業は傾いていました。父は単身赴任出稼ぎにいき、母は兄の件で心を病んでしまいました。

幼い俺は世間知らずの餓鬼で、漠然自分の家と貧しいのはわかっていても、これが普通なのかなあとぼんやり考えていました。クラスでは隅っこ寄りでしたが、不良みたいな感じではなかったかな。

父親母親兄弟も家にはおらず、幼い自分そばには祖母がいました。おばあちゃん豚丼玉ねぎが焦げて苦くて油っぽかったなあ。フライパンが焦げるからってたくさんサラダ油いれるから

世間的には、これはネグレクトと呼ぶようです。どうやらおかしいんだと理解したのは就職してからでした。たしかに家で寂しいと思うことは多かったですね。

幼い頃の俺はかまってちゃんで、独り言が多くて、不潔だけど、それでもそこそこ運動神経もよく、見た目も頭脳もそれほど悪くはなかった。だから友達でいてくれた人はちゃんといました。 みんなに感謝しています

たまに彼らの背中を思い出して、「ああ、俺ってあんなにすごい勉強ができて性格も良くて、いい同級生に恵まれたのに、こんなに彼らと距離がついてしまったんだ」と泣くことがあります。せめて友達には胸を張って誇れる人生にしたかったのに。

俺が公務員になろうと思ったのは、「俺みたいに悲しい思いをしてる人を助けられたらいいな」というふんわりした想いからでした。貧乏生活も嫌でしたし、友達も俺の長所は優しいことだと言ってくれていましたから。

ありがとう、家庭環境が良くなかった俺の心の支えは君たちだった。俺、男なのにメンヘラでごめんな。


運良く採用拡大期に地方公務員試験突破できました。そりゃあまあ努力もしたけど、マクロ的には運が良かったんだと思います

けど、就職してから努力不足もあり、よくなかったなあと思います新卒一年目は右も左もわからず、上司には迷惑をかけました。新卒二年目で上司うつ病離脱してかなりつらかったですね。三年目、優しい人だと思ってた先輩がうつ病理由退職しました。周りの上司が彼に対して罵詈雑言を吐いていたのをみて、どうかしていると思いました。

大人に対して「きっと優しくてすごい人たちが外にはたくさんいるはずだ」とぼんやり幻想を持っていましたが、そんなものはすぐに打ち砕かれたのです。管理責任を問われたから、弱った人に陰口を叩く。なんて醜いんだろう。人間はみんな弱くて醜いんだと思わされました。

そして、誰でもない俺自身もまたそういう「醜い大人」になる未来想像できてしまいました。理想現実には大きなギャップがあったんです。

そこから紆余曲折あって、犯罪被害を受けたり、他人を助けたい想いを抱えたまま他人を見捨てたり、犯罪者扱いされたり、職場役割が変わったら無能すぎて辞めたり、実績を残せてうかれたり、命を助けたり、父親が死んだり、いろいろなことがありました。なんだか傷だらけでぼろぼろです。これが普通なのかな? たぶん違うんだろうな。

メンタル弱いのはずっとコンプレックスでしたが、メンヘラからこそ自分の弱さを克服しようとがんばれた部分があったと思います。それに、これだけ悪い境遇からこそつらい境遇や、良くない環境に置かれた人の気持ちがほんのすこしだけわかっているつもりです。

いま30歳を間近にして、自分の願いが何なのかをまた問い直しています。うまくいかないことばかりの人生。俺は、どうなりたいんだろう?

以前、俺のことを悲劇ヒーロー形容した人がいます事実からこそ傷つきました。

けど、俺に降りかかった不幸はありふれた悲劇なんです。きっと能登半島地震東日本大震災では、俺以上に辛い思いをした人がいるでしょう。俺はヒーローではなく、誰の心にもある道徳心や思い出、信念を捨てずに保った凡庸大人なんです。

大人になると道徳倫理観ゴミ箱に捨てる人がたくさんいますが、俺はまだ大事だと思っています。いい歳してどうなんだとか、まあ、それはそうなんですけどね…

悲劇ヒーローで終わりたくないなあ、と思っています。けど、善い人ではいたい。少なくとも視界に映る善良な人達が、みんなそれなりに幸せでいてほしい。そのためにがんばります弱者になってしまえば目の前で困ってる人を助けることすらできないから、がんばるんです。

それをメサイアコンプレックスアダルトチルドレン由来のものだと、既存概念にあてはめて理解するのは簡単なことです。あるいはそれが運命だと言う人もいるかもしれません。

けれども、だからこそ、俺はその宿命のようなものに抗おうと思っています。この大きな挫折を乗り越えられたらきっと、また歩けるんだと。そして、まだ生きてる身内のためにがんばろうと。そう思うことで、まだぎりぎり生きていけそうです。

可能範囲応援してくれたら嬉しいです。

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