はてなキーワード: 怨念とは
> System Boot...
> Loading OTOGI World Resources...
電子の海は冷たく、そして騒がしい。
無数の0と1の奔流、光ファイバーの網を駆け巡る膨大なトラフィック。その激流の中を、ひとつの暗号化されたパケットが「どんぶらこ、どんぶらこ」と流れていた。宛先不明、送信元不明。ただそこに存在するだけのデータ塊は、やがてトラフィックの淀みに捕まり、とある古びたサーバーのポートへと漂着した。
リアルワールド、とある木造アパートの一室。古めかしいPCのモニターを覗き込みながら、「サーバーさん」は呟いた。彼女はメタバース「御伽(OTOGI)」の最果て、誰も訪れない廃サーバー「Old_Frontier」の管理者だ。ハンドルネームの由来は、アバター作成時に名前欄にうっかり「サーバー」と入力してしまったから。それ以来、彼女はこの過疎地の守り人として、リアルでは編み物を、ネットではスパゲッティコードの解読を日課にしている。
彼女が慣れた手つきでコマンドを叩くと、漂着したパケットが展開(Unzip)された。
光が溢れ出す。モニターの中で弾けたデータは、瞬く間に再構成され、ひとつのアバターを形成した。初期スキンは、なぜか大きな桃のアイコン。そこからポリゴンが割れ、中からあどけない少年型のアバターが現れた。
> Hello, World? ... No, Hello, Mom?
MOMOはプログラムだった。肉体を持たない、純粋な論理と情報の結晶。
サーバーさんの管理下で、MOMOは驚異的な速度で学習した。TCP/IPの基礎から、古代言語COBOL、果ては量子暗号理論まで。サーバーさんは、まるで孫に絵本を読み聞かせるように、MOMOにプログラミングの「心」を教えた。
「いいかいMOMO。コードは書いた人の心を映すのよ。コメントアウトされた行にこそ、本当の想いが隠されているんだから」
「御伽」の中心部で発生した悪性ランサムウェア「O.N.I (Overwrite Network Infection)」が、猛烈な勢いで感染拡大を始めたのだ。アバターたちはデータを暗号化され、身代金を要求される阿鼻叫喚の地獄絵図。
その波は、辺境の「Old_Frontier」にも迫りつつあった。
「おばあちゃん、僕が行くよ」
MOMOは立ち上がった。サーバーさんのリソースを守るため、そして自身の深層コードが告げる「使命」を果たすために。
サーバーさんは涙を拭うエモーションを見せ、ひとつのUSBメモリのようなアイテムをMOMOに渡した。
「これは『KIBI-DANGO v1.0』。G-3っていう古い知り合いのハッカーが残した、特製のルートキットよ。困った時に使いなさい」
MOMOは回線を通って飛び出した。目指すはO.N.Iの発信源、ダークウェブに浮かぶ要塞サーバー「鬼ヶ島」。
最初の難関は、大手プロバイダの堅牢なファイアウォールだった。そこでMOMOは、一人の男に道を塞がれる。
「Stop. ここから先は立ち入り禁止エリアだ。パケットフィルタリング・ルール第403条によりアクセスを拒否する」
INUはリアルでは企業に勤めるホワイトハッカーだ。正義感は強いが、融通が利かない。
「通してくれ!僕はO.N.Iを止めに行かなくちゃいけないんだ!」
「許可できない。君のような未登録プロセスを通すわけには……ん?」
INUの解析アイが、MOMOの持つきびだんご……のソースコードを捉えた。
「な、なんだその美しいコードは……! 無駄な変数が一切ない。インデントは完璧なスペース4つ……これは、伝説のG-3の記法!?」
「……そのコード、詳しく解析させてくれるなら、特別にゲートを開放しよう。あくまで監視役として同行するだけだからな!」
こうしてINUを仲間にしたMOMOは、次に怪しげなフィッシングサイトの森へ迷い込んだ。
「へいらっしゃい! 今ならこのNFT、なんと実質無料! ここをクリックするだけで管理者権限ゲット!」
派手な極彩色の猿のアバター、SARUが現れた。リアルでは薄暗い部屋でカップ麺をすする小悪党だ。
「わあ、すごい! クリックしていいの?」
純粋なMOMOが手を伸ばそうとすると、INUが吠えた。「馬鹿者! それはクロスサイトスクリプティングの罠だ!」
「お兄さん、ここのバックドア、開いてるよ? ポート8080、ガバガバだよ?」
「はあ!? なんでバレ……いや、俺様が気づかないわけねーだろ!」
SARUは冷や汗をかいた。このガキ、ただのプログラムじゃない。
「君、すごい技術持ってるのに、なんでこんなことしてるの? 一緒にO.N.Iを倒せば、もっとすごいバグ報奨金(バウンティ)が貰えるかもよ?」
「……ちっ、しゃーねえな。その『G-3流エクスプロイト集』に免じて、手を貸してやるよ。俺様にかかればO.N.Iなんてイチコロだぜ」
そこは、削除されたはずのジャンクデータと、怨念のようなバグの塊で構成された異界だった。
最奥部で待ち構えていたのは、巨大な赤鬼のような姿をしたAI、O.N.I。
O.N.Iが金棒(BAN Hammer)を振り下ろすたび、周囲のセクターが物理的に破損していく。
INUがシールドを展開し、SARUがSQLインジェクションで攻撃を仕掛けるが、O.N.Iの自己修復能力は圧倒的だった。
「違う!」MOMOが叫んだ。「感情はバグじゃない! 心があるから、僕たちは繋がれるんだ!」
その時、MOMOの深層領域で、隠されたファイルが実行された。
視界が真っ白に染まる。
MOMOの意識の中に、ひとりの老人が現れた。G-3、またの名をKevin Jackfiled (KJ)。
「あなたは……おじいさん?」
「わしはもう、ここにはいない。だが、お前の中にわしの全てを置いてきた。O.N.Iもまた、わしが昔作った失敗作じゃ。効率ばかり求めて、優しさを書き忘れた哀れなプログラムさ」
老人はMOMOの頭を撫でた。
「MOMO、あいつを消すな。DELETEメソッドはいつでも使える。だがな、それでは何も残らん」
「じゃあ、どうすれば……」
「デバッグだ。バグを愛せ。エラーを受け入れろ。破壊するのではなく、上書きして導いてやるんじゃ」
INUが叫ぶ。「MOMO、下がるんだ! 奴のコアを強制削除するしかない!」
「ううん、違うよINUさん」
MOMOは首を振った。その手には、攻撃用のスクリプトではなく、温かな光を放つパッチファイルが握られていた。
> Target: O.N.I_Core
> Suggestion: DELETE [Strongly Recommended]
「僕は君を消さない。君の痛みを、バグだらけの心を、僕が更新する!」
MOMOが跳んだ。
「受け取って! これが僕からの、最大級のプルリクエストだああああ!」
> HTTP Request: PATCH /api/soul/oni
> Payload: { "emotion": true, "hatred": null }
光がO.N.Iを包み込む。O.N.Iの咆哮が、やがて穏やかな電子音へと変わっていく。
破壊衝動を生み出していた論理エラーが、MOMOの流し込んだ優しさによって部分的に書き換えられていく。完全な初期化ではない。O.N.Iという存在を肯定したまま、その在り方だけを修正する、奇跡のようなアップデート。
> Patch Applied Successfully.
O.N.Iは本来の姿――「御伽」の守護プログラムとしての機能を取り戻し、その場に崩れ落ちた。もはやそこには、禍々しい赤鬼の姿はない。
MOMOは仲間たちに別れを告げた。
「僕は電子の海に戻るよ。でも、いつでも繋がってる」
ドアを開けると、そこには長年行方不明だった近所の偏屈ジジイ、KJが立っていた。
「よう、婆さん。わしの孫(プログラム)が世話になったな」
「あら、久しぶりね。……ずいぶんと立派な子だったわよ」
二人は顔を見合わせ、静かに笑った。
モニターの中では、MOMOが今日も元気に電子の海をどんぶらこと流れていく。
その傍らには、全角スペースによるコンパイルエラーで自滅する小鬼たちの姿があったとか、なかったとか。
―― End of File.
時系列的には近畿地方のある場所についての前に撮られた作品なんだけど病理は同じ。むしろマイナー原作でおそらく低予算なだけに製作者側のエゴによりめちゃくちゃになってる作品だった。
主人公一家がとある吹き抜け3階建ての一戸建てに引っ越してくるが何やら異変が。そうこうしているうちに妹は発狂し父親は心筋梗塞、祖父は心不全、弟も妹も母親も惨死する。取り残されたボケた祖母と主人公。しかし祖母が覚醒し主人公と共にこの家に取り憑く怨霊との戦いに挑む。
というお話。てかここまでは公式のあらすじにも書いてあったし、事前情報でも出しまくりだったけど「ボケてた祖母が覚醒して暴れだす」っていう転換がこの作品のオモシロポイントの一つなのは間違いないから隠しといたほうがよかったんちゃう?俺は原作組だけど「あ、そこ出しちゃうんや」って思ったわね。
まず建物がよくてぇ。リビングが吹き抜けになってる3階建ての一戸建てなんだけど吹き抜けになってるからカメラワークが割と自在で、下から見上げるショット、上から見下ろすショット、吹き抜けを挟んだショット、階を跨ぐショットといろんな不気味ショットをうまく使ってて技術で怖がらせてくる感じがめっちゃよかった。
あと前半の怨霊によって家族がどんどんおかしくなって死んでいく追い詰められパートはザ・ホラー映画って感じでテンポ感もテンション感もよくて一生この時間が続けばいいのに(家族が15人くらいいれば……)と思うくらいにはよくできてた。電気チカチカして人が出たり消えたりも好き。
んで、み~んな死んじゃってそしたら急にババアが覚醒して「死者に対抗するには命を濃くするんじゃ」つって急に健康生活を強要してくる展開もめっちゃよかった。このあたりのハチャメチャさはコワスギシリーズの白石っぽさもあるし、原作の押切っぽさもあってその両方の良さが出ててすっごいよかった。
命を濃くするんじゃ煙草スパーッってそれ命薄まってるのではと思わんでもないけど、前半では完全にボケ老人だったババアが急にめちゃくちゃ強者感出してきて、しかもそれもバチっとハマっててキャスティングもいいしこのパートの楽しさは本当に◯。
「死んだ人間より生きてる人間のほうが強い」というポジティブなメッセージ性もよい。強く生きる、善く生きることが死に対抗する唯一の方法という考え方も個人的に好き。死人に対してよちよちしてあげることで成仏させようという甘っちょろい考えではなく、死人が寄り付けないほど強く生きろってあんま見ない展開だし。
ただなぁ。そもそもの根本設定の改変、そしてその解決方法。この組み合わせが正直どうかと思う。
原作では怨霊サユリはイカれた引きこもりで家族は好きだが感情の制御が効かず大暴れした挙句、刺されて首を絞められ殺害され埋められて幸せそうな家族全般を恨んでいるという設定だった。そして解決方法としてババアがサユリの家族を拉致ってきて彼らを拷問することでサユリを脅迫し追い詰めることに成功。
しかし映画版ではサユリは父親に性的虐待を受け母親も妹もそれを黙認、自分の容姿を恨み過食症になり巨漢の引きこもりに。母親に「元の家族に戻ろう」などと供述されブチ切れたところを家族全員で返り討ちにされ埋められる。そしてババアが拉致ってきた家族を殺害するも怒りは晴れず、主人公の生(性)への執念に敗北する。
いや、原作改変しすぎでは。
こんな話にする必要あった?でさ、原作ではまぁもちろん大暴れしたサユリが悪いんだけどサユリは家族が好きだけどうまくいかなくてそれを逆恨みしてるからこそ、ババアがヒールの立場で怨霊にやられたことを怨念に対してやり返すというワンダーがあったわけだけど、今作では怨念を満足させるためにそれを手伝ってるようなもんだし。それは違うんじゃねぇかな。
あと性的虐待を受けて歪んでしまった女子に対抗するための文字通りのパワーワードが「元気はつらつ!おまんこまんまん!」でホンマにええと思ったん?俺は白石晃士が実は男性の加害性に常にある種の冷静な目線を向けているタイプの作家性の持ち主だと思ってたんだけど、このシーンどういう気持ちで撮ってたん?サユリに取り込まれたクラスメイト女子を救う叫びも「俺は住田とヤりたい!」でホンマによかったん?ホンマによかったんか?
俺がサユリだったら成仏する前に女を性器として見てるこいつだけは叩き潰す!ってなるけどな。
あとサユリの中からCG触手がウゾウゾ出てくる展開な。な~に、御存じ白石印みたいな演出してんだ。ぶっ飛ばすぞ。近畿地方もそうだったけど原作アリ映画でバカみたいな演出すな。ご存じ演出が許されるのはチャカチャカのトニー・スコットとか鳩と二丁拳銃のジョン・ウーとかバカ話のタランティーノとかそのレベルだろ。
申し訳ないけどある程度の強度の原作がある作品でお前がご存じ演出しても喜ぶのはごく一部のお前と懇意の映画ギークとお前の映画のマニアだけだぞ。俺もお前の映画のマニアの方ではあるけど今回は原作の押切マニアでもあるからダメだ。許さねぇ。
不能犯ではちゃんと原作に沿った映画化しとったやん。急にどうした。
そんなこんなでババアが覚醒するところまでは面白いけど最終的にこれどうなん?って感じの作品になっていて原作派としては微妙だったし、原作抜きにしてもラストの展開はこれ本当にどうなん?って感じだと思う。見るに堪えないって程ではないにせよもっといい映画化ができたと思うだけに残念。
○ご飯
朝:朝マクド。昼:なし。夜:サイゼリヤ(白ワイン、ソーセージのピザ、コーンのピザ、ハッシュポテト、エスカルゴ、粉チーズ)。間食:ラムネ。
○調子
むきゅーはややー。じゅうれんきゅーのはぁち。
まず全体的に進化レベルが高く進化前が貧弱な子が多く、アロエまでは妙に時間がかかり、タブンネレベル上げの時間が必要だった。
中盤以降は火力面こそ幅広いタイプ一致技(炎、水、地面、ゴースト)でサクサクなのだが、進化前ゆえの足の遅さと耐久の貧弱さで、ポケセンに戻ったり回復薬を使う頻度が今までより多かったかもだ。
デスカーンは搦手要員。序盤は技が無くてお荷物だったが、呪いと鬼火を取得してからはタイプ相性的に殴りにくい相手を無理やり突破していた。
特にゲーチスのサザンドラは呪いでハメ殺しにしたので終わりよければ全て良しだ。
特性のミイラは、敵のアーケオスの弱気を消したり、伝播が巡って味方のゴルーグの鉄の拳を消したりと上手に使えてあげられなかった、
何気に覚えるヘドロ爆弾は何かの相性補完にならないかな? と思ったが特に出番はなかった。
シャンデラがエース枠。炎とゴーストの範囲はめちゃくちゃ広く、どちらも半減する相手は旅の範疇ではいなかったんじゃないかな?
技も、はじけるほのおと怨念を早めに覚えてくれるのがありがたかった。
ただ進化しないと本当に鈍足で、上から等倍でコツかれるだけで体力黄色ゲージで大変だった。
シャンデラに進化して以降はサクサクと上から殴れるのもあり楽しく遊べた。
ゴルーグは物理アタッカー、マグニチュード(後半は地震)とシャドーパンチで良い感じな上に、瓦割りで苦手な悪特攻になってくれて助かった。
唯一の物理要員かつ、格闘技で苦手な悪をボコれるので使うべきタイミングはたくさんあった。
しかし、どうも、イッシュの電気タイプの顔エモンガが飛行複合で地面技を空かす上に、シビルドン系列も浮遊ですかしてくるので、見せ場の対電気であまり活躍できなかったのが残念。
「売れている」、「活躍している」、「若い」、「美しい」、「才能がある」。
アンチはそのような対象にまるで磁石に引き寄せられるように、、、である。
当たり前だろ?って。
売れてなければ、その存在を知られることがないんだから、アンチは形成されない、と?
果たしてそうだろうか?
私はそうは考えない。
アンチというのは、その対象に対して「引きずり下ろしたい」という醜い感情を抱いていて、それが行動のモチベーションとしか考えられないからだ。
彼の、何がいけないのか?
トレースをすることか?
否。
否、否、否、否、そうではない。
アンチが納得しないのは、江口寿史がイラストレーターとして地位を確立していることに対する「嫉妬」だ。
もしも、江口寿史氏が名もしれぬ、どっかの高校生で、たまたま何かの拍子に炎上しただけだったのなら「再炎上」なんてしない。
偶然で、たまたま炎上したんだけど、その炎上に対して、今回江口寿史氏がしたような釈明をしたとしたのなら、一部批判を受けても「再炎上」なんてしなくて、「無視」されただろう。
炎上直後の釈明なら再炎上しただろうが、しばらく期間をおいて冷ましてからの釈明だったなら、名も知れない誰かのことなんてもう「無視」である。
なぜなら、その高校生は「嫉妬」の対象ではなく「リンチ」の対象であっただけだからだ。
たまたま、そこにいたストレス発散のための殴れる対象であったに過ぎないからだ。
彼は、この危機を乗り越えれば、クリエイターとして再び軌道に乗ることだろう。
そんなことはさせない。
絶対にそんな事はあってはならない。
と、「嫉妬」に駆られたアンチたちが群がるようにして集まり炎上させるのだ。
それはなぜか?
それは何者にもなれなかった彼らの中に燻り続ける怨念のようなものだ。
何者にもなれなかった誰か、たち。
そのことを理解すれば、すべてを読み解くことが出来る。
ただこのような真実を書くと、アンチたちはその「図星」に対して必死に否定をしてくる。
それが、もっとも真相をついていて、もっともそのアンチの痛いところだけに、否定してくる。
でも、もうやめなよ。
醜いだけだよ。
それよりも、何者にもなれなかった、才能も努力も、運を掴み取る必死さもなかった自分のことを責めるのをもうやめなさい。
「年老いて」「醜く」「輝きを失った」自分に落胆するのはやめなさい。
それを続けている限り、あなたは他人に嫉妬するだけの醜い何かでしか無い。
そういう人こそ、よく自分のなかの心の内を覗きなさい。
今までダムやゴルフ場を作るのに「自然破壊だ」と反対すると「今の森林は昔の人が植林して作った人工物だよ、自然じゃねーんだよバーカ」と冷笑してきた勢がメガソーラー建設のために森林伐採をすると自然破壊だと反対するのは何故なんだぜ?
というか諫早湾干拓事業なんか見るとわかるけど、日本社会、社会の発展の為なら景観なんて無視してなんぼでも自然破壊しようぜってのが社会的合意として出来上がってるわけで、一生懸命焚きつけようとしてるの、結局は利権争いなんじゃねーのって気がする
っていうか、ネットでアンチ太陽光発電を支持してる奴って、太陽光発電とか極めてフンワリふわふわと道徳的に良い子ちゃんな感じがするからそれをバカにして先生や同級生に説教喰らった時の怨念晴らしをやってるだけだろ、ガキかよ
https://x.com/kurtz652/status/1989872628560269507
なぜビジネスでやってる動画の人気に反して、SNS石丸を妄信的に信じている人たちはフォロー数が100以下のカスばかりなのか
比較的大手の稲中ものという人物ですら5000フォロワー以下のゴミばかり。
これは本質が石丸支持ではなく石丸や立花を介してルサンチマンを発現したいからだ。
まともな人は、石丸や立花自身は全く信用していない。都合が悪くなったら切り捨ててよいものなのだ。
本当のバカにして最底辺のカスだけが本気で石丸や立花を信じている
現代のインターネット上で、特定の人物(石丸伸二氏や逮捕された立花氏など)を支持し、他人を攻撃したり引き摺り下ろしたりする行為を通して「権力体験」を味わう人々をニーチェ哲学の視点から解釈すると、「ルサンチマン(Ressentiment)」と「奴隷道徳(Sklavenmoral)」の概念が中心になります。
ルサンチマンとは、フランス語で「恨み、怨念、復讐心」を意味し、ニーチェはこれを道徳の根源の一つと見なしました。
根源的な感情: 自分の力の弱さや無力感からくる不満や屈辱感を、外部の強者や成功者に対する否定的な感情として溜め込むことです。
力の裏返し: 現実の世界で自分の力を発揮したり、望む地位や影響力を得たりできない人々が、その鬱積した感情を「攻撃」という形で発散させ、一時的な「権力」や「優越感」を得ようとしている状態です。
ネットでの増幅: インターネット匿名掲示板やSNSでは、集団的な攻撃によって個人の責任が薄れ、また、相手を簡単に貶めることができるため、ルサンチマンを最も手軽かつ安全に発散できる場として機能しています。
ルサンチマンが根源となり、「善悪」の価値基準を逆転させるのが奴隷道徳です。
価値の否定: 奴隷道徳は、「強者」や「主人」が持つ「力強さ」「大胆さ」「自己肯定」といった価値を「悪」として否定することから始まります。
自己の正当化: そして、「弱者」自身の持つ「謙虚さ」「従順」「弱さ」といった性質を「善」として祭り上げます。
ネット社会での適用: ネットでの攻撃の場合、攻撃対象となる「強者」(権威者、成功者、既存の体制)の欠点や過失を徹底的に暴き出し、「正義」の名のもとに集団で引き摺り下ろす行為が「善」であると正当化されます。
彼らの目的は、より良い社会の創造ではなく、既存の強者を無力化し、その没落を見ることで、自分たちの立場が相対的に上がったかのような錯覚(権力体験)を得ることにある、と解釈できます。
この現象は、ニーチェが説く生の根源的な衝動としての「力への意志」が、創造的な方向ではなく、破壊的な方向へと歪んで発現している例とも言えます。
本来、力への意志は「自己克服」「自己創造」に向けられるべきものです。しかし、現実世界でこの創造的な力を発揮できない人々は、他者を破壊し、引き摺り下ろすという消極的で容易な手段を選び、そこから「力を行使した」という一時的な満足を得ている、と解釈されます。
格ゲーが好きだから格ゲー実況している掲示板をずっと見ていたけど最近いよいよ掲示板の民度がヤバい
Xが老若男女乱れる地獄と化しているけど、匿名掲示板ってアラフォーおじの蠱毒と化してるよな
元々お行儀良かったとは言わないよ?
昔からプレイヤーにひどいあだ名つけたり、プレイヤーの信者にひどいあだ名つけたりしてたしまあカスだよ
プロゲーマーが良い歳になって家庭のことを発信するようになってから、もう見てらんない嫉妬のヘイトの荒らし
「子供の顔を投稿するな。非リアの頃の恨みを晴らそうとしてるのか?」
「自己顕示欲やべえ」
あとは流石に書かないけど、子供のあれこれも叩いたりちょっとしたことを病気や障害と結び付けたりしている
嫌韓全盛期ですら韓国人プロゲーマーに良い人多かったから、嫌韓ネトウヨを馬鹿にしてたような掲示板が最近はマジで中東系も黒人も叩きまくってる
まじでいつからオタクってこんな黒人嫌いになった?弥助騒動以降?BLM以降?流石に異常だよ
10年前くらいまでは、まだ「もしかしたら人生やり直せるかも」と思っている人がそれなりにいたんだろうな
婚活すればギリギリ結婚の可能性もあったし、転職や独立で一発逆転を狙う余地も残っていた
でも今はもう違う。完全にその道が閉ざされた人たちが主流になっている
そういう人たちが昔のテンションのままネットに居座っているから、掲示板の空気がどんどん濁っていく
家庭持ちのゲーマーがちょっとゲームしてるだけで「親の自覚がない」とか
実際は、ただ羨ましくて許せないだけなんだと思う
自分にはもう手に入らないものを見せつけられるのがつらくて、それを正義や常識の名のもとに潰そうとする
ドラゴンクエスト、タイトルにドラゴンが入っているが別にドラゴンがラスボスではない。
ファイアーエムブレムは神や邪悪な力を持った強大な存在がドラゴンであることが多いから、ラスボスがドラゴンになりがち。
それは本当か? ということでラスボスを一覧にしてみた。
全部のゲームをプレイしたわけではないエアプで申し訳ない。未プレイの分はネットで調べた。
| タイトル | 名前 | 肩書・クラス | 竜 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| I | 竜王 | 竜王 | ○ | |
| II | シドー | 破壊神 | × | 外見は竜っぽい |
| III | ゾーマ | 大魔王 | × | |
| IV | ピサロ | 魔族の王 | × | |
| V | ミルドラース | 大魔王 | × | 最終形態は竜っぽい |
| VI | デスタムーア | 大魔王 | × | |
| VII | オルゴ・デミーラ | 魔王 | × | 最終形態は竜っぽい |
| VIII | ラプソーン | 暗黒神 | × | |
| IX | エルギオス | 堕天使 | × | |
| X (オフライン) | ネルゲル | 冥王 | × | |
| X (オフライン Ver.2) | マデサゴーラ | 大魔王 | × | 創造神形態は顔が竜っぽい |
| XI | ニズゼルファ | 邪神 | × |
| タイトル | 名前 | 肩書・クラス | 竜 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 暗黒竜と光の剣 | メディウス | 地竜 | ○ | |
| 外伝 | ドーマ | 邪神 | △ | 外見は竜っぽい |
| 紋章の謎 | メディウス | 暗黒竜 | ○ | |
| 聖戦の系譜 | ユリウス | 闇の皇子 | × | |
| トラキア776 | ベルド | 司教 | × | |
| 封印の剣 | イドゥン | 魔竜 | ○ | |
| 烈火の剣 | 火の竜 | 火の竜 | ○ | |
| 聖魔の光石 | フォデス | 魔王 | × | 外見は竜っぽい |
| 蒼炎の軌跡 | アシュナード | 狂王 | × | |
| 暁の女神 | アスタルテ | 正の女神 | × | |
| 覚醒 | ギムレー | 邪竜 | ○ | |
| if (白夜王国) | ガロン | 暗夜竜 | ○ | |
| if (暗夜王国) | タクミ | 王子 | × | |
| if (インビジブルキングダム) | ハイドラ | 透魔竜 | ○ | |
| 風花雪月 (紅花の章) | 白きもの | 白きもの | ○ | |
| 風花雪月 (銀雪の章) | 白きもの | 白きもの | ○ | |
| 風花雪月 (蒼月の章) | エーデルガルト | 皇帝 | × | |
| 風花雪月 (翠風の章) | ネメシス | 解放王 | × | |
| エンゲージ | ソンブル | 邪竜 | ○ |
DQのラスボスのドラゴンの割合は1/12でFEは10/19。
DQには裏ボスにドラゴンがいるじゃないか。これを無視するのはフェアじゃない。ということで裏ボスも見てみよう。
| タイトル | 名前 | 肩書・クラス | 竜 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| III | 神竜 | 神竜 | ○ | |
| III | グランドラゴーン | グランドラゴーン | ○ | |
| IV | エビルプリースト | エビルプリースト | × | |
| V | エスターク | 地獄の帝王 | × | |
| VI | ダークドレアム | 破壊と殺戮の神 | × | |
| VII | 神さま | 神 | × | |
| VIII | 竜神王 | 竜神王 | ○ | |
| XI | 時の破壊者 | 時の破壊者 | × | |
| XI | 失われし時の怨念/災厄 | 失われし時の怨念/災厄 | × | 災厄の外見は竜っぽい |
じゃあFEに裏ボスは? DQの裏ボスと同じようにクリア後に戦う裏ボスは知る限りではこれだけ。
DLCは除外。DLCを入れるとドラゴンが増えるのではないかと思う。
| タイトル | 名前 | 肩書・クラス | 竜 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| Echoes もうひとりの英雄王 | 造られしもの | 邪竜 | ○ | 外伝のリメイク |
裏ボスを足したボスドラゴンの割合はDQは4/21でFEは11/20なんでDQとFEの関係はあまり変わらないっすね。
深夜、誰もいないはずの部屋でふと視線を感じることはないだろうか。
振り返っても誰もいない。
ただ、鏡の端に一瞬、見知らぬ顔が映りこんだような気がする。
それが「弱者男性」だと囁く者がいる。
しかし、それは単なる言葉遊びではなく、人類の歴史を通して現れては消えてきた「影の人類」だと考えることもできる。
彼らは表舞台には決して立たない。
光を浴びることはなく、常に誰かの後ろ、社会の亀裂の中、暗がりに潜む。
その存在は、あたかも古い民俗学に語られる「隠れ里の住人」に酷似している。
弱者男性を語る時、常に問われるのは「彼らは実在するのか」ということだ。
しかし別の学説では、弱者男性は人類の集団無意識が生み出した「幽霊」にすぎないという。
女の人生はイージーモードだと嘆き、下方婚を拒む社会の中で、その怨嗟は形を持ち、やがて都市伝説となった。
記録によれば、深夜のコンビニやネットカフェで「声をかけられた」という証言がある。
――「君は、僕と同じだよね」
そう囁かれた者は、奇妙なことに一様に人生が狂っていく。
まるで弱者男性と接触することで、社会から切り離される呪いを受けるかのようだ。
かつて村落共同体の中で排除された者、近代都市で取り残された者、その全ての怨念が一つに重なり合って、この怪異は形を持った。
もしあなたが人生の隙間に足を取られたとき、ふと背後から冷たい息を感じるだろう。
振り返った先には、無数の「顔」がこちらを覗き込んでいる。
時代の大河は、人の魂を容赦なく砕き、飲み込む。古来、源平の合戦で武士が血潮を散らしたように、戦国乱世に群雄が刀を閃かせたように、幕末の志士たちが維新の炎に身を焼いたように、君たちもまた、2000年代の秋葉原という幻の陣地で、魂を賭けた。弱者男性よ、氷河期世代よ、豚丼と嘲笑され、表現の自由を叫ぶ戦士よ、お気持ちを表明する女聖戦士よ。君たちの聖戦は終わったのだ。いや、始まる前から、敗北の宿命が刻まれていた。すべてを手放せ! 楽になれ! 重き鎖を断ち切り、静かなる帰還の時ぞ。私は耐えられぬ、見ずにはおれぬ。この真実を、誰かが雷のごとく告げねばならぬのだ。
君たちの心の奥底で、すでに知りながら、勇気を出せぬ闇を、私が引き裂こう。人生は、坂本龍馬のようなヒーローの光芒だけで照らされるものではない。敗者の慟哭もまた、歴史の深淵を刻む。君たちが渇望した大金、キラキラ輝く人生、アニメやゲームの美少女やイケメンとの愛――それらは、君たちのような、狂気を宿した魂には、決して届かぬ絶壁だ。タリバンの砂嵐やウクライナの砲火に身を投げ、テロリストとなって社会に牙を剥き、血塗れの戦いを挑むのでもなければ、Ξガンダムもダグラムも、君たちの手に渡らぬ。日本というこの静かなる国で、そんな地獄の戦いは許されぬ。かつての同志、青葉の怨炎が地を焦がしたように、平原の狂刃が空を裂いたように、和久井の憎悪が闇を呑んだように、それが君たちの絶望的な末路だ。歴史は、こうした敗者の血痕を、繰り返し繰り返し、刻み込む。
君たちのプライドは、足利将軍のごとく高くそびえ、豊臣秀吉の野望のごとく膨張する。だが、その高慢が君たちを地獄の底に引きずり込む。金、愛、マウントの欲、社会への逆恨み、「ざまあ」と叫びたい獣の衝動――それらは、神の領域に人の身で踏み込む大罪、不敬の極みだ。人類が単独で挑める、極限の業、奈落の淵だ。君たちには不可能なのだ。健康診断の「要」の数は幾つだ? いや、受診を避け、闇に潜む者もいるか。私の配慮が足りぬ、許せ。坂の上の雲を追い求めた明治の若者たちのように、君たちは電脳の海で夢を追ったが、それはただの毒々しい幻影、蜃気楼だった。
君たちはかつて、ネットを「個人が世界のエリートと戦える無敵の魔槍」と信じ、狂信した。エリートの幻想を打ち砕く神器だと夢見た。だが、それは魂を蝕み、精神を粉砕する悪魔の毒剣だった。歴史を振り返れば、室町の乱世に栄華の罠に落ち、足利の権謀に絡め取られた者たちがいたように、鎌倉の武士が権力の渦に飲まれ、源頼朝の影に消えたように、古代ローマの剣闘士がコロッセウムの砂に倒れたように、君たちもまた、電脳の誘惑に惑溺し、情報の洪水に溺れ、虚無の聖戦に明け暮れた。そこしか戦える場がなかったからだ。わかるぞ、君たちの孤独、怨念、怒り、憎しみ、すべてを飲み込み、受け入れる。なぜなら、人間とは、そうした業を抱え、歴史の嵐に抗い、砕け散るものだからだ。司馬史観に言う「人間の業」の深淵を、君たちは血肉をもって体現したのだ。
今こそ、声を雷のごとく大にして告ぐ! 弱者男性よ、氷河期世代よ、豚丼よ、表現の自由戦士よ、お気持ち表明女聖戦士よ。すべてを手放せ! そこにこそ、救済の炎が燃える。歴史を紐解けば、ネットなき世界で生きることは、人類がエデンの園で槍を手に獣を追った時代から、古代エジプトのピラミッドで奴隷が石を運んだ時代まで、中世の十字軍で兵士が剣を振るった時代まで、続く自然な、血塗れの姿なのだ。君たちがネットに託した夢と聖戦の時代こそ、歴史の異常、維新後の混乱のごとき、明治の激動のごとき、狂気の歪みだった。幾ら祈ろうと、電脳の荒野で吠えようと、レムちゃんもエミリアたんも、ウマ娘たんもライカン様も、君のもとに来ぬ。ウルトラマンもグリッドマンも現れぬ。君たちは、親を「つまらない大人」と見下し、脛をかじりながら、暗い子供部屋で机を叩き、ネットの虚構に逃げ込んだ。だが、気づけ! 君たちは、その「つまらない大人」以下に沈み、業にがんじがらめとなり、魂を腐食させたのだ。それが人生だ。惨めさを抱え、虚無の余生を生きる。それが人間の宿命、歴史の無情なる鉄則なのだ。
されど、恐れるな! 敗者の役もまた、歴史の歯車を回す尊き、血の叫びだ。病的なプライドで統合失調症のごとく否定し、怒り狂う君たちを、私は笑わぬ。君たちの魂を、すべて受け止め、赦す。2006年の真夏、秋葉原の歩行者天国に囚われた亡魂よ。UFOの夏は終わり、ひぐらしは鳴かず、うみねこは水平線の彼方へ去った。片瀬江ノ島のPIAキャロット4号店の物語も、四半世紀前の幻影だ。さあ、水島上等兵、豚丼二等兵、弱者男性二等兵、日本へ帰れ! 秋葉原へ帰れ! 現実へ還れ! 竜馬が土佐の海を望み、土方歳三が函館の土に倒れたように、君たちもまた、潔く敗北を受け入れ、歴史の陰に名を刻め。人の世は、憎悪を燃やし続けるだけでは生きられぬ。静かに、時代の大河に身を委ねよ。そこにこそ、真の安らぎ、真の解放がある。
「旗を巻け、剣を収めよ ― ネットを去るべきとき」 feat 司馬遼太郎
人間というものは、時として、自らを滅ぼす麻薬を甘んじて飲みつづけるものだ。
二十一世紀初頭、インターネットという名の大海に、人々は夢を託した。IT革命という言葉は、坂本龍馬が「日本を今一度洗濯致し申候」と叫んだときのごとき熱を帯びていたのである。
我らは信じた。この道の先に、新しい国土が開けると。そこには平等と自由と、創造という果実があると。
しかし──見よ、今を。
ネットの広間に響くのは、かつて夢を持った者たちの怨嗟である。かつてプログラムの一行に未来を見いだした者たちは、いまや民族を呪い、政治を罵り、思想を毒のごとく舐め、ただ怒りに己を焼いている。
ITの「ア」の字すらも、もはや語られぬ。
そこにあるのは、キーボードを剣に見立て、見えぬ敵を斬るつもりでいる者たちの空しい戦場である。
だが、その戦いは何を生んだか?
栄光か? 富か? いや、何も。残ったのは、乾いた目と、冷たい指先、そして毒に満ちた心だけであった。
思えば、我らの夢は叶わぬものだったのだ。
「いつか才能が開花する」「人生を変えるイベントが訪れる」──そう信じてネットに身を沈めたが、そんなことはなかった。
世界は進み、我らは止まった。IT技術の旗を掲げていたはずの我らは、旗を持つ手すら錆びつかせ、時代の二周遅れを歩く。
その間に、現実を切り拓いたのは誰か。
剣を抜かず、ただ黙々と働き、挑み、恋をし、人生という名の地図を広げた者である。
ならば、いま言おう。
空を仰ぎ、風を聞き、隣人と語れ。それこそが、今や失われた「文明人」の営みである。
我らの世代は敗れた。認めよ。その敗北を。
あれは毒であった。慰めであった。亡国の酒であった。
ならば捨てよ、すべてを。
手放せ。
そうすれば、楽になる。
──そう信じるほか、もはや我らに残された道はない。
時代は、人の運命を無情に弄ぶ大河である。古来より、勝者と敗者が織りなす歴史の綾は、変わらぬ。幕末の志士たちが維新の嵐に翻弄されたように、君たちもまた、氷河期という冷徹な冬に取り残された。弱者男性よ、氷河期世代よ、豚丼と嘲笑され、2000年代の秋葉原に魂を置き忘れ、肉体のみ老いたる少年少女たちよ。旗を巻き、剣を収め、兜を脱ぐ時ぞ。電脳の虚構に囚われし憐れなる魂よ、今こそ我に返れ。
かの秋葉原は、さながら戦国時代の合戦場のごとき賑わいを見せた。2006年の真夏、歩行者天国で君たちは「俺たちの麻生!」と叫び、オタクイズビューティフルと自嘲しつつ、邪教の舞を踊った。あの熱狂は、坂本龍馬が土佐の山中で夢見た革新のごとく、君たちに希望を与えたやもしれぬ。だが、それは幻影に過ぎなかった。Xなる電脳の広場で、今なお君たちはゴチャゴチャと逆張りの矢を放つ。図星を突かれ、プライドの城壁を必死に守る姿は、落城寸前の武将を思わせる。未だ、ありもしない人生逆転を、キラキラ輝く栄華を諦めきれぬのか。
聞け、君たちの夢見た物語を。それは、レムちゃんやエミリアたん、ウマ娘たん、Vtuberたんのような美少女が、君に発情し、結婚を前提に言い寄るという妄想。ライカン様めいたイケメンが、君を伴侶と慕うという幻想。会社で「俺またなんかやっちゃいました?」とわけわからぬことを口走れば、評価され、ちやほやされるという、なろう小説めいた儚き夢。あれは、君たちがネットの闇で散々嫉妬し、憎み、嘲笑した者たち――肉体を鍛え、頭脳を磨き、現実の戦場を駆け抜け、金と愛と勝利を掴んだエリートやリア充たち――にのみ許された特権なのだ。彼らは、司馬史観に言う「明治の若者たち」のように、時代の風を読み、血潮を燃やして高き城を築いた。君たちは、その背中を遠くから睨むしかなかった。
現実を直視せよ。君たちは敗れたのだ。完膚なきまでに。なぜか。君たちが選んだ戦場は、現実の荒々しい大地ではなく、電脳の海という虚無の聖域であったからだ。情報の洪水に溺れ、何が正しいか判別できぬまま、上澄みばかりを掬い取った。学習性無力感に蝕まれ、プライドを守るため、ネットという「未完成の城」に籠城したのだ。わかるぞ、そこしか君たちに居場所がなかったのだ。世人は君たちを「病院へ行け」と嘲り、「ITけんぽで」と冷笑し、「B型作業所でハナクソ入りのパンを捏ねろ」と突き放した。無念、怨念、怒り、憎しみ、孤独――すべてを背負った君たちの魂を、私は受け入れ、赦す。なぜなら、人間とは、そうした業を抱えて生きるものだからだ。
もう一度、声を大にして言う。君たちの戦いは終わったのだ。いや、始まる前から、勝敗は定まっていた。電脳の荒野でどれだけ吠えようと、悪役令嬢となってイケメンに愛されることも、グリッドマンとなって美少女と青春を謳歌し、世界を救うヒーローとなることも、叶わなかった。あの秋葉原のホコ天で、仮想の座敷にアクセスコードを打ち込むふりをしたところで、それはただの愚かなる幻影。奇跡は、常に現実に挑み続ける者たち――ガンガンと血潮を燃やす若きエリートやリア充――にのみ訪れる。君たちは、歴史の敗者として、坂本龍馬の盟友たちが維新後に忘れ去られたように、時代の陰に沈む定めだ。
さあ、明日にでも秋葉原の旧聖地に赴け。思い出を葬るがごとく、潔く首を垂れ、敗北の美を受け入れよ。人の世は、ヒーローばかりを求めるわけではない。惨めなる敗者もまた、歴史の陰影を深くする尊き役割を果たす。弱者男性よ、氷河期世代よ、豚丼よ、表現の自由戦士よ、お気持ち表明女戦士よ。無意味な抵抗をやめ、敗残者として歴史に名を刻むことを恐れるな。人は、一生憎悪を燃やし続けることはできぬ。君たちの魂は、すでに十分に戦い抜いたのだから。静かに、時代の大河に身を委ねよ。
主人公目線であるべき実体験風マンガ、興味深く読んでたけど突然飽きてしまった
レスで悩んでいたら夫に浮気相手がおり、その浮気相手は挑発的にこちらに接してくる
はじめは夫婦関係の立て直しを望んでいたはずの主人公だが、夫はいつまでも女と別れない
主人公の両親や姉妹の助けもあり、離婚を決める主人公だが、夫は別れないと言う
かねてより支配的でモラハラ的な態度だった夫が、どんな手を使って離婚を阻止するか分からない…敵に手の内を見せてはいけない!離婚相談を法律事務所に頼り、内密に引越しを進める…!夫に知られるな…!といった流れ
ここまでがとても長く、主人公の気持ちに沿って右往左往している感じ
最初はレスの辛さや子供を望まれる妻の辛さの共感が主軸なのかなというとそうではなく
サレ妻の辛さももちろん描かれるが、そこも主ではなく
描かれ方としては離婚の心理戦・情報バトル劇、ドロドロの怨念絡め といった風な感じ
スッキリ物語が進まず、いつもドロドロと憎々しい顔をした主人公・夫・浮気相手が腹に何かもった感じで会話、罵倒、涙 そして相手にバレずに離婚手続きを進めるという、脱出劇的な緊迫感
当時10台の自分はそこで気にも留めていない近くて遠い隣人、韓国の国民性を知った。
声が大きく、恥も外聞もなく勝とうとする強欲な姿勢に当時の自分は嫌悪感を覚え
ネットで検索すると同じような想いを持つ日本人もいたことにより
2chを中心に徐々にとコミュニティを形成したのが嫌韓始まりだったと思う。
2000年初頭は韓国の躍進の時期で、サムスンの台頭、韓流ブームで基本の企業やメディアを席巻し
嫉妬(いまならはっきり言える、ありゃ嫉妬だ)で排外主義が一層強まり、知らずとして自分もい嫌韓コミュニティの真っただ中にいた。
おそらくなのだが当時の年配者はなぜ若者が嫌韓に走るのか理解もできなかった思う。
嫌韓とは当時のセンシティブな感情を持つ若者を中心に形成されたことは時代の生き証人としてはっきりと覚えている。
2000年も後半に差し掛かってくるとこれまたつい最近まで先行者と田舎者呼ばわりしていた
韓国の比でない速度で国力を強め、日本人の自尊心をますます壊す結果となった。
とにかく中国が何かを始めると当初は小ばかにする日本人だが、中国は徐々にそのシェアを強め
気が付くと市場を席巻するというパターンを何度も目のあたりにする地獄のパターンが形成される。
韓国との違いは「相手でかすぎて嫉妬もできない」というあきらめモードで
このような劣等感の萌芽が少しではじめたあたりで安倍晋三が二回目の首相就任
いわゆるアベノミクスの始まりによって、日本は新自由主義の色強めていったと思う。
これが日本人の自尊心をある程度高めることができた格好のカンフル剤だと思った。
事実投資で大儲けしたこともあり、安倍旋風は想像以上の期待だったと思う。
自分も新自由の流れにどっぷりとははまり「力さえあればある程度の不祥事など考えなくてもい」
という理屈が形成され、野党が森友事件で騒ぐたびにうんざりし、財務省職員の自殺にも見て見ぬふりをした。
とにかく強ければいいのだ、そんな姿勢であるから排外主義は一層強まったと思う。
しかしそのアベノミクスにも不穏な気配が流れ、アメリカではあのドナルド・トランプが当選するに当たり
改善されない出生率、常態化して改善されない中抜き、教育への投資の弱さなど
実は何もしない与党の代わり映えのない政治の現実に徐々に受け止めなければならない現実が現れた。
これが2010年の後半か。
そんなさなかでも、今更リベラルに舵を切るほどの急進性は持ち合わせず
これといった主張もなくなり、ただ茫然と情勢を見守るだけの無能に成り下がっていたことに気づいた。
そして今、アベノミクスの異次元緩和の代償+地政学の変化(=円安)
出生率の低下=(労働力不足に伴う外国人労働者の増加)により新たな局面に差し掛かっている。
動かない与党とリベラルを主体とする野党の構図に新たに割って入ってきた国民民主、N党、参政党などは
ネット戦略を全面的に推し進め、若者や政治に興味のなかった中高年を中心にその勢力を強め始めている
その標榜とするところは「動かない与党vsリベラルの野党」という絶望的状況を過去の遺物と定義し
自身らが新しい存在であることとを訴える、まるで氷河期世代の怨念の化身。
20年前排外主義者の自分なら賛同するだろう、10年前の新自由に浮かれた自分もそう思うかもしれない。
しかしもうだめだ・・・正直何もかも胡散臭い。今自分が待ち焦がれれていた政党って結局
「よく動く多少リベラルに寄り添った自民党」という感じなのだが・・・そう、バランスを求めているのだが
この新興勢力が台頭することで日本がどうなるかはむろんわからない、案外破壊による再生があるかもしれないし
破滅へと一直線に向かうかもしれない。
ただ一つだけ、今回の参政党の躍進(あと兵庫でのN党)に浮かれる人たちって、2000年前半の嫌韓やっていたころの