はてなキーワード: シリアスとは
映画にどんな成分求めてるのかわからないけど個人的には昔の邦画が割と好きなので2本書いとく。
・鴛鴦歌合戦(おしどりうたがっせん、戦前のモノクロミュージカルコメディ)
「椿三十郎」(元のやつね、リメイクじゃない方)はとても面白かった。コメディ部分はめちゃくちゃ面白いし、笑ってたら急にシリアス差し込まれるのも良い。
敵の家の隣に隠れるというハラハラ成分も効いてて、最後の最後まで面白い。
(あと仲代達矢がめちゃくちゃかっこいいんだけど、かつらのせいか頭がでかい…)
「鴛鴦歌合戦(おしどりうたがっせん)」は1939年、わずか一週間ほどで撮影された時代劇ミュージカル。ちょっといい加減で、お気楽で明るい作品。数十年前に劇場で見て、戦前にこんな可笑しくて楽しい映画あったんだなあとしみじみしつつめちゃ笑った。
あと「大誘拐」も面白かったな。富豪の婆さんが誘拐されて、誘拐犯達の要求金額が安すぎる、と自ら百億円に吊り上げて誘拐犯たちを先導し警察やマスコミを出し抜こうとする話。
それと若い頃はあまり好きじゃなかった寅さんが割と好きになったんだけど、今だと多分許せない人多そうだと思う。コンプラ的なやつもあるし、寅さんいい加減だとか腹が立つとかで叩きが捗る人が多そうだ。
私はルリ派じゃなかったけど、ナデシコという作品自体は今見ても傑作だと思える
当時中学生で、アニメの放送を毎週楽しみに待つという経験はあの作品が初めてだった
そのせいだろうか
2クールで完結してたのが意外に感じるくらい長期間ナデシコにどっぷり浸かってた気がする
全編通してシリアスなシナリオとふざけ具合のバランスが気持ちいいんだよな
あとあまり指摘されないけど、近年のアニメにはなかなか見られないくらい凝った構図が使われてて、見直すと発見がある
私はとりわけ旧クルーがナデシコに再集結してくるシーンが好きだ
カセットテープにダビングして布団の中で聞いてたくらいには好きだ
ナデシコで「アニメって面白いんだな~」と目覚めて、後番組の「大運動会」みたいな作品がクソほどつまんなくて絶望したのも含めていい思い出だ
インド映画が好きで、KGFとかJAWANとかRRRが特に好きだけど、いきなり人におすすめするかと言われるとしない
何より、RRRがヒットした時に見た友人が「あんなに暴力的なんて思わなかった…」とドン引きしていたので、初手で勧めない方が良さそう
個人的にかなりおすすめなのはランガスタラムやマッスル 踊る稲妻だが、暴力ではあるし、結構シリアスになるのでコメディや明るい話を期待する人には向かない
ムトゥ 踊るマハラジャとかオームシャンティーム 恋する輪廻が無難なんだろうか
まあどのみちアクが強くてハマらない人は本当にハマらないだろうし、好きなもんおすすめすればいいか…
KGFがBSの放送やアマプラだと吹き替えなのってなんでだろうな
字幕で見て欲しいんだけどなー
そう今日の川柳の新聞コーナーに投稿したい勢いの私のとにかく言葉の意味はよく分からないけど、
すごい自信なの!ってところを伝えておきたいの!
私が何に対して本気を出すかっての。
HD-2D版のドラゴンクエストI・IIの2なのよ。
一向に物語の終盤に差し掛かっているのかよく分からないけれど。
いや!
でも前進して前に進んでいることはハッキリと一歩ずつ歩みをストーリーの物語を織りなしているの。
いま、
現在地としては、
ボスのバズズの事務所にそれこそゆっきーなばりに言うところの事務所総出で乗り込む、
いや乗り込みたいところ!
ローレシアの王子!サマルトリアの王子!ムーンブルクの王女!に
サマルトリアの王子の妹!
ベホマラー的な全体回復の特技の「ハッスルダンス」を覚えたので
ロトのマラカスを装備してさらに回復量をアップさせている技にまた気付いたわ。
この娘、
強すぎる!
結構おちゃらけ役かと思ってたけどなかなか戦闘でも大活躍中待ったナシなのよ!
そんでね、
ドラゴンクエストの大事なときの答えるシーンの答えとして「はい」「いいえ」ってあるでしょ?
「いいえ」って言っても絶対に「はい」を選択せざるを得ないと進めない状況。
絶対に「いいえ」って答えるの!
そしたらすかさず
サマルトリアの王子の妹は、
「大事なときでボケてる場合じゃないでしょ!」って割とガチめに突っ込まれるのが面白くて、
たまに本当に取り返しがつかない「はい」「いいえ」のシーンがあって、
私はまだ「いいえ」でボケても、
どうせ最後には「はい」で答えさせるイベントでしょ?って思って「いいえ」一択の
それこそ坂下一択ラーメンを食べたいなってなった気持ちを持ち合わせると同時に、
そのときはまさか「いいえ」って答えが本採用されるとは思わなかったので、
「いいえ」にしてしまって、
ちょっと思わずごめんなさいボケただけなの!って思いつつその選択肢のシーンは二度と巻き戻せない思い出になるの。
今の「いいえ」で答えちゃって次に進んじゃったけど大丈夫かしら?
ボケてよいところか本気で考えて真面目に「はい」と答えなければならないのか、
シリアスなシーンでなかなか本気でボケられなくなった辛さがあるわ。
「いいえ」で進んじゃって今後のストーリー展開に影響ないのかしら?ってちょっと心配になるけれど、
もう取り返しのつかないので進むしかないわ。
こういうときサマルトリアの王子の妹もツッコんでくれなかったりするのよ。
でもだいたいは「そんなボケてる場合じゃないでしょ!」って突っ込まれるのが快感になってくるの!
IIIは淡々とみんな喋ったりしない淡々とストーリーが進む感じで、
ボス戦や戦闘で難しかったって印象はそんなに今では薄くなってしまってただただ「イエローオーブ」が見つからないことを大騒ぎしていただけだったかな?
勇者以外の仲間はルイーダの酒場で知り合った言わば他人なので、
そんなに仲間同士で話が盛り上がるシーンって今思ったらないのよね。
みな全てのことをこなさなければならない戦闘の回復や補助魔法にそして攻撃に一人で何でもできるマンをひたすらに満喫していたところね。
そんでIIは、
サマルトリアの王子は軽口をたたくところの調子の良さがあって、
そんでサマルトリアの王子の妹はボケたらツッコんでくれたりして、
旅の道中めちゃストーリー心情語っているのよ。
相変わらずローレシアの王子は無口調子の回復しても感謝が足りないところは変わんないけれど。
これがなかなかIIIとIになかった場面で、
登場人物の心理描写をセリフとして分かりやすく発しているから物語がエモくなるのよね。
モーくんっていってモンスターだけど勇者たちを助けてくれるモンスターがいて、
そのモーくんが死んじゃったときは泣いちゃったわ。
どうせモーくん悲しい結末になるんじゃないかしら?ってオチよめて構えていたけれど、
涙しちゃった。
ごめん、
涙拭くね。
なので、
HD-2D版のドラゴンクエストI・II・IIIのなかで一番ストーリーがエモーショナルでエモいのはIIって思うわ。
あとさ、
私が私達の勇者たちの装備やレヴェルが達していないのかよく分からないけれど、
回復は慎重に行い、
そして、
ボスの一撃一撃がめっぽう強いので、
オート回復に任せて何も考えずの「ガンガン行こうぜ!」とか「バッチリまかせろ」とかの作戦じゃ太刀打ちできないのよね。
あと、
地味にボスも得意技があって、
麻痺させるのが得意だったり眠らせるのが得意だったりと、
ボス戦何戦かあったけど、
その1戦1戦が本当にボス戦をちゃんと考えて戦わないといけないところが手応えあるわ!って思うの。
IIってさ仲間が4人もいるから
それこそ高みに高い高を括っていたけれど、
IIもかなり難しいわ!
一番難しいかも知れない。
なので、
一気にこれこそ年末年始のおやすみのときにクリアしちゃおう!って意気込んでいたのに、
ここに来ても全く思うようにボスが強すぎて進めないのが
なかなかの遊びごたえの手応えなのよ!
ドラゴンクエストなんてちゃちゃっとクリアできちゃうもんね!って思っていただけに、
装いも新たに苦戦しまくっているわ。
ドラゴンクエストIIIでイエローオーブが見つからなくて困りまくっていたシーンの
どうしても見つからない系のアイテムはどちらかと言うとこのドラゴンクエストIIでは少なくって、
ストーリーが進むと同時に重要なアイテムもゲットできる仕掛けになっているから、
それだけ単体を探しに彷徨うケースは少ないので、
だから、
戦闘は「超はやい」から「ふつう」にやって慎重に一言一言なにの攻撃を喰らったか逆にこっちの攻撃を与えられたのか、
ってそこも見逃しちゃうといけないので、
ふと今思ったら味わい深く味わっていなかったようなHD-2D版のドラゴンクエストIIIももう一回やってみようかな?って振り返ってまた冒険したい気持ちが高まっているわ!
あれ今またIとIIを乗り越えてからやるIIIも違う景色が見えるかも知れないので、
IIをクリアした暁にはちょっとまたIIIをいちから遊んでみたいなって思っているけれど、
そのIIIを再び味わいたい気持ちは高まっているのに、
一向にIIがクリアできないボス戦が強くてスムーズに進めないところが手強いところよ。
こんなに難しいもの?
うーん、
いったいいつになったらクリアできて次のゲームに進めるのかしら?って思うところ。
久っさしぶりに「ライブビューモード」で遊んでみたらライブパフォーマンスのビシビシに決まったライブをみて感動して泣いてしまったわ!
私はライブビューモードで「武道館」は選択するのはゲーム本編での大ご褒美ってことで躊躇っていたけれど、
ファン観客の大声援でアイドルたちの歌唱が聞こえないぐらいな迫力があるってことに気付いて、
私もロックを死ぬほど聞きまくっている渋谷陽一さんばりに死ぬほどシャインポストのライブビューモードを観ているけど、
武道館らへんのクラス5のライブ会場の大迫力に感動してしまったの!
久しく摂取してなかったシャインポストのライブビューモードはかなり身体に沁みるわ。
このHD-2D版のドラゴンクエストIIのボス戦に疲れた私に沁みわたるのよ。
また私はシャインポストのライブビューモードで英気を養ったところで、
しかし、
今日1日でがっつり遊んでやったとしてもドラゴンクエストIIはクリア出来そうにないわ。
そのぐらい、
まだまだ道は長すぎるみたいよ。
苦戦しちゃうわ。
うふふ。
あとで喫茶店にでも行って、
鯖か鮭だとは思うけれど。
加湿器使っているので、
同時電力問題で使えなく、
起きたら沸かしているホッツ白湯を作っている感じ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
中古でね
ボックスに入って4枚で800円
安~!って買ったの
アニメはバッドエンドみたいなことも書いてて
まあまほろさん余命僅かだしカウントダウンしてるからわかるんよ
でもまあ、みなわちゃんかわいいし、一期は銭湯の子だけ掘り下げされてたけど、二期は友人ズも掘り下げあるし
式条先生がマトモ化してまほろとリューガのギャグキャラ化が進行して、全体的にはバランス良くなってると思う。OPも最初は一期の方が良かったけど、それいゆも悪くないじゃん、って
でもさ、7話まできてもバカ話なんよ
ただいま・おかえりとかあるらしいからそっちの最終回なんか?と考えてたら9話の予告始まってさ~
調べたら全14話らしいやんけ!箱が別れてるパターンかい!それが嫌だから箱買いしとるんやんけ~!5~7巻の箱だけ売ってりゃいいけど、全部揃ってたらダブるから買えないじゃんか~
獄絶望先生も上中下のどれか二巻バラ買いしちゃって、3巻セットたまに売ってるけどダブるから買えないねん
AIRもin summerはやたら売ってるのにin extraはちょっと高かったからスルーしたらそれ以来出会えてないねん
う~ん消化不良…
こたけ正義感という人、弁護士であり芸人なんだけどこの人のライブがyoutubeで公開されている。
ゲストや映像演出などもほぼない(数枚のスライドくらい)ストロングスタイルの一人漫談、スタンドアップコメディ形式だった。
これがやたら面白かった。
このライブのチケットも転売されていたこと、満席のこの客席の中に確実に転売で買って来てる人がいること、
隣の人の様子を見てください、挙動不審なら怪しいです、などどんどん突っ込んでいく。
最終的に笑いで落としてるものの切れ味がさっそく鋭い。
また自分の出自について家がわりと貧乏だったという話や学生時代の卒論テーマについても語られる。
中盤からは生活保護について、ややシリアスな話も交えながら、恐らくここがテーマなのかなと思った。
政治的な内容も含みつつこたけ本人の立ち位置が明確なので、人によっては異議を唱えたくなる人もいるかもしれない。
ただほどよく自虐も交えつつ、うまく着地できてると感じた。
この辺のバランス感覚も、日本だとあまり政治的に強い思想を出すと引かれてしまいがち、という空気感をよく分かってる。
恐らく本人的に主張したいことはあるし、そこを隠しもしてないが弁護士資格持ってるだけあって変に偏った思想の押し付けみたいなのがない。
最終的には伏線回収もしまくりで気持ちよくオチをつけてくれて全体としての構成も見事だった。
なによりまず話術が達者。一人で喋りまくりで一時間ぶっ通し。淀みなく喋る、テンポも良い。
自分はこの人法律系のフリップ芸しか見たことがなかったので、こんなにすごい人だったのかと驚いた。
1/18まで公開してるようなので暇な人はぜひ見てみて欲しい。
サブカプとは、作品のメインカップル以外の恋愛関係を指す。例えば『鬼滅の刃』では炭治郎とカナヲが主人公カップルとされ、善逸と禰豆子、伊黒と甘露寺などがサブカプに該当する。議論では、これらのサブカプが「主人公ハーレム好きの男性オタクからも、夢女子・腐女子からも叩かれがち」という指摘から始まった。
スレッドで最も議論されたのは、一部の男性読者が持つ「魅力的な女性キャラクターは全員主人公を好きになるべき」という価値観だった。
最も象徴的な例として挙げられたのが『ハリー・ポッター』だ。ハーマイオニーがハリーではなくロンと結ばれたことに「未だに文句言ってる男いる」と指摘された。参加者は「かわいい女キャラ出てきたら主人公のものにしないと永久に愚痴る奴いる」と批判した。
『アイシールド21』では、人気キャラクターのまも姉が主人公ではなくヒル魔を好きだったことで男性読者から批判を受けた。「人気ある女キャラが主人公じゃない男に矢印出すと荒れる」との分析が示された。
特に「なろう系」作品の感想欄では、女性キャラクターが主人公に恋愛感情を向けないことに激しく反発する読者層が目立つという。参加者の一人は「なろうの感想欄とかに湧くハーレム厨(女の子が主人公に惚れないと暴れる)は男が圧倒的」と述べた。
『NARUTO』のサクラをめぐる議論は、この問題を最も象徴している。サクラは物語の最初から最後まで一貫してサスケを愛していたにもかかわらず、多くの男性読者が「ナルトのヒロインレースに参加して負けた」と認識している点が指摘された。
参加者は「サクラは最初から最後までサスケ好きでむしろナルトが負けヒーロー」と分析。主人公への自己投影が強い読者層が、サクラを「主人公に好意を寄せられていたのに他の男を選んだ女」として批判する構図が浮き彫りになった。サクラは「ハーレムとか女キャラは主人公を好きになるべきみたいな思考回路の人には忌み嫌われる」存在となっている。
最近SNSで話題になったサクラ叩きでは「サクラに負けヒロインムーブを求める男は結構いる」との認識が広まった。サクラは人気投票でも上位に入る人気キャラクターだが、このような二重の評価を受けている。
一方、同作品のいのがサスケへの恋心を持ちながらもサイと結婚した展開は比較的受け入れられた。「いのは単なる面食いであって別にサスケの中身にどうこうはなかった」という納得感があり、しかもサイとサスケは顔が似ているという設定も受容を助けたという。
『進撃の巨人』では複数の事例が議論された。アルミンとアニのサブカプは「赤面していちゃついてて伏線もあったし丁寧」と好意的に受け止められた一方、主人公カプのエレンとミカサが「対面即首切断」という凄惨な展開だったことと対比された。
特に炎上したのがヒストリアの出産だ。エレンとのカップリングを期待していた男性読者(特に海外)が、彼女が顔も不明なモブ男性と結婚したことに激怒。「エレンがモブ夫に託卵した」という根拠のない説を主張し、誤訳デマを意図的に広めるなど悪質な行為に及んだ。参加者は「ヒストリアの子供関連で暴れてたのマジで全員男だった」と証言している。
一方で、主人公の恋愛と独立したサブカプは比較的受け入れられやすい傾向がある。
『BLEACH』のギン(市丸ギン)と乱菊は「男ファンからもウケ良かった」とされる。『銀魂』では土方とミツバのカップリングが男性にも好意的に受け止められ、近藤とお妙も「男性が推しがちな印象」があったという。
『べるぜバブ』の古市とラミアは「男ファン多かった」と証言され、邦枝の部下女とヤンキー四天王も人気だった。同作品は「絶妙に気ぶらせるサブキャラ男女の扱いが上手かった」と評価されている。
『マクロスF』のミシェルとクランも男性に人気があり、『Angel Beats!』の「俺が結婚してやんよ」カップルも好評だった。『FGO』ではティーチとドレイクの組み合わせが支持されている。
高橋留美子作品は特筆すべき存在だ。『らんま1/2』のシャンプーとムース、『犬夜叉』の弥勒と珊瑚など、多数のサブカプが男女問わず受け入れられている。参加者は「振られたキャラに新しい相手ができると発狂する人は高橋留美子作品見たら多分憤死する」と皮肉を述べた。「シャンプーとムースで怒り狂ってる男いた」という証言もあったが、全体としては許容されている。
『コナン』も「サブカプ大量発生してる作品」として挙げられ、『ワールドトリガー』では草壁と諏訪の組み合わせが「男ファンな気がする」と分析された。同作品は主人公の修がモテてほしい派閥が最大手ながら、修の相手としては千佳よりもこなせんや香取を推す男性が多いという複雑な状況にある。
『ドラゴンボール』のベジータとブルマは「女性の方が好きな人多そう」との意見が出たが、「なんだかんだ男も好きな人いる」「ベジータが冷酷ライバル→すっかりいいやつになって嫁の尻に敷かれてるって面白い」という評価もあった。
『ウィッチウォッチ』では、ウルフ=ケイゴという同一人物二人格とネムちゃんのサブカプが「普通に人気」で、「サブカプって主人公関係しないから変なカプ争いと無縁パターンも結構ある」との指摘があった。
参加者の分析によると、男性に受け入れられやすいサブカプには特徴がある。「性格が良い男サブキャラ×その回のゲスト女キャラ(病弱とかの理由ありで最終的に離れる)」というパターンや、「シリアスな作品のメインストーリーに関わってる中々幸せになれなかったCPとかに対しては結構強めに報われろって思ってくれる」傾向があるという。
また「死別CP好き」な男性ファンの存在も指摘され、銀魂の土方とミツバがその例として挙げられた。
女性参加者からは、フィクション内での執着描写と現実の脅威を結びつける意見も出た。「女が殺される事件って元彼や元夫の犯人率高い」「振られても執着解かない人より『次』に進める人のほうが良い」といった指摘があり、甲府の放火事件など具体的な事件も引き合いに出された。
一方で「BLでも執着攻めとか人気」「二次は別なんじゃない?」という反論もあり、「現実でトラウマ級の目に遭うとフィクションを冗談として消費できなくなって無理になる」という個人差の問題として整理された。
結論として、サブカプへの態度は単純な男女差というより、主人公への感情移入の度合い、キャラクターの自律性をどう捉えるか、そして恋愛描写に何を求めるかという価値観の違いによって変わるという見方で、多くの参加者が一致していた。
ご提示いただいた「千歳くんはラムネ瓶のなか(チラムネ)」に関する大量のコメントを分析しました。
全体として、この動画の視聴者層においては圧倒的に否定的な意見が多く、
作品そのものよりも「なぜこれが評価されているのか」という点への疑問や、主人公の造形に対する強い拒絶反応が目立つ結果となっています。
分類とピックアップを以下の通りまとめました。
・イラストへの評価: イラストレーター(raemz氏)の画力が非常に高く、それが人気の要因であるという分析。
・特定の巻への期待: 1巻はきついが、巻が進む(7巻など)と面白くなるという主張。
・「毒」としての魅力: 賛否が分かれるほどの強烈な個性を「劇薬」として楽しむ層。
主人公への嫌悪感: 「陽キャ」の解像度が低く、単なる「見下し・攻撃的な性格」に見える点への不快感。
カースト設定への違和感: 現代の学校生活とかけ離れた、作者の妄想による「カーストごっこ」への冷めた視線。
業界・賞への不信感: 「このラノ」1位や殿堂入りという評価と、実際の内容の乖離(ステマや組織票を疑う声)。
共感性羞恥: キャラクターのセリフやポエム調の文体が痛々しく、見ていられないという反応。
※純粋なファン目線は非常に少なかったため、作品の存在意義や特定の要素を評価しているものを抽出しました。
1. 「この作品でよく分かったと思う。イラストレーターがSSRだと何でも売れるって。」(作品のヒット要因として、イラストの圧倒的な魅力を認めている意見)
2. 「原作7巻のシリアスギャグ……みたいなノリがめちゃくちゃ面白いからタフ好きな人にはぜひそこまで読んで欲しい。カーストがどうこううるさいのは1巻だけだから何とか我慢して乗り越えてもろて」(後半の展開には独自の面白さがあるとする、読破勢からのアドバイス)
3. 「審査員とかには好まれそうなタイプの作品というか、今作の濃さを評価したく成る気持ちは理解できると言うか」
(一般受けはせずとも、創作物としての「濃さ」や「毒」が玄人(審査員)に刺さる側面を分析)
1. @toyuta5362 さん
「リア充、陽キャに対する認識が陰キャからみた姿なんよ。いちいちグループに固執したり、自分がカースト上位だと意識したり……。陽キャのイメージがヤンキーなんだ。強い言葉を使う事がかっこいいとか。ヤンキーに置き換えると納得だわ」(「陽キャ」の解像度の低さと、作者のステレオタイプな認識を鋭く指摘)
「こういう突拍子のない癖に人気者とかいうキャラは主役じゃなくキーパーソンに据えた方がヘイトが溜まらない。主人公目線で疑惑を持ちながら(対象を)追っかけるから物語に引き込まれていくって上手い流れになるのに」(物語構成の観点から、主人公がヘイトを集めてしまう構造的欠陥を批判)
3. @アカシキ さん
「『他人の言葉を上から目線に感じるのは、自分が下から目線になっているからでもあるんだぞ』この動画内で一番カチンときたセリフですね。……金属バットを持ってきて窓ガラスを叩き割って部屋にも相手の心にも不法侵入する始末。なんやかんや話して神呼びさせるのキツイです」(主人公の独善的なロジックと、暴力的な解決手法への強い拒絶)
4. @ヨシツグムラカミ さん
「イジリは本人が嫌がったらイジメ。セクハラやパワハラと同じく不快だったらね!とツッコミがほしい。この作品は陰キャも書けない上に人間も書けていないと思う」
(作中で肯定される「愛のあるいじり」という概念が、現代の倫理観から逸脱している点を批判)
5. @-Ryu-Suke- さん
「他人からの評価をしきりに気にしながら、自分より"下の立場"だとレッテル貼りした相手への陰口、洗脳が見ていられなかった。……それを大正義のように周囲がおだてあげるのも出来の悪いなろう系展開と同じで共感性羞恥が酷かった」
ラブコメってさ、見てる側が共感してホッとするジャンルじゃん。でもさ、本質は現実の恋愛のめんどくさい部分とか、ガチな痛みをわざとギャグで薄めて、理想のお話にするっていう構造になってる。
真面目な恋愛ドラマとかって、キャラの悩みとか挫折とか、すれ違いがシリアスで、見てて結構しんどくなる時もあるよね?
でもラブコメは違う。読者がマジになりかけるギリギリで、変な顔とか、場の空気を読まないシュールな行動とか、お決まりの誤解とか、ギャグをぶち込んでくる。
このギャグの役割って、ただ笑わせるだけじゃないんだよ。物語のピリピリした雰囲気をぶっ壊して、キャラたちが背負ってるかもしれないリアルな恋愛の重さから解放するためのクッション材なんだ。主人公がどれだけヤバい失敗しても、速攻で笑い話になって、嫌な結果にはならない。
つまり、ラブコメはギャグ漫画のフォーマットを使うことで、誰も傷つかない、安心して楽しめる最高に都合の良い恋愛っていうフィクションを完成させてるってことなんだよ。
https://anond.hatelabo.jp/20250107165457
松本孝弘が予定していたB'z主催の対バンライブを体調不良で欠席した。6月のことである。(その後、医師の指導のもとアンコールだけ飛び入り参加)
松本が自身の体調不良でライブ参加を取りやめた事はこれまで一度もなかった。大昔のインタビュー(明石昌夫のYoutubeだったかも)で「昔はインフルエンザでもギリギリまで点滴してライブ出てたよね笑」みたいな発言をしていたくらいだ。
松本孝弘はとにかく仕事に厳しい。ミュージシャンっぽくないほどに仕事人間である。言い変えれば「お金が発生する以上は最高のものを提供する」ことにずっと全力を注いでいるタイプ。小室哲哉にも「まっちゃんは商人だからね(笑」と評されたこともある。職人であり、商売人でもある非常に稀有な存在だ。
そんな人なので、既にチケットが発売されてしまったライブを中止することは考えられなかったはず。それにも関わらずライブ不参加を決定した事の重大さにファンはかなり衝撃を受けた。
体調不良の影響は表立ってはこの対バンライブだけだったが、断片的な情報から裏でもかなり混乱があったように見える。
昨年の紅白直後のスポーツ新聞のインタビューで、現在敢行されているドームツアーと新作発表をアナウンス。しかしその後は半年以上も新情報はなかった。
https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2025/01/03/articles/20250103s00041000175000c.html
具体的な日程が発表されたのは8月頭、初日の名古屋までは3ヶ月しか空いていなかった。ファンには吉報だったが、3ヶ月では日程調整の効かないファンも多かったはず(6月の対バンライブは昨年12月にアナウンス)
さらに新作アルバムのリリースはツアー初日の数日前、タイアップなどで先行公開されていない曲(=アルバムでしか聞けない曲)は全曲セットリストから外れるなど異例づくしのツアーになっている。
とある曲で松本が休養せざるを得なかったことへの思いを稲葉が綴ったとファンの中では噂されているが、本当にそうであれば発売日の半年足らず前まで制作を続けていたことになる。
またレコーディングには海外の有名ミュージシャンが起用されるのが常だが、今回はレギュラーメンバーを除けば昨年松本のソロ活動で来日したであろうマット・ソーラムが参加しているのみ。アルバムの制作としてはかなり切羽詰まった状況だったことが推察される(全部妄想です)
商売を考えれば年末の紅白出場から6月の対バン→直後にアルバムとドームツアーアナウンス(さらにアリーナ追加)あたりが理想的なアプローチだろう。結果として松本の体調を考慮し、アルバム制作・発売をギリギリまで伸ばし、アリーナは全キャンセルして年内はなんとかドームツアーにはこぎつける。ドームツアーの前に予定していたアリーナ公演は拡大して来年に持ち越した、くらいの調整があったように見える(本当に全部妄想です)
今回のツアーは東京ドーム初日に参加したが、松本は演奏に集中、ライブパフォーマンスは稲葉がカバーする場面が多かった。特に本編ラストの曲は、喉の負担を考えて封印していたであろう見せ場のロングトーンを披露。初見も古参もまとめて圧倒した。
演奏面では比較的負担の少ない過去のリフ中心のアッパーソングが多く、速弾きやシビアなカッティングが必要な曲はほぼ皆無。また松本が一曲まるまる参加しないバラードアレンジもあった。
互いのソロ曲でどちらかがステージにいないパターンはあったが、B'zの曲を松本抜きで披露したケースは記憶にない。
そして松本のMCは元々ドームツアーでは少なめだが、それでも大病だったことが窺える声色になっていた。稲葉のMCでも松本への思いに熱が入る場面があった。
「(我々がここに立っていられるのも)当たり前じゃないんです」と、客席に訴えかけたのだ。もちろんその後は何万人という観客が一同に会することへの感謝も述べられたが、稲葉がライブでシリアスな心情を吐露することはかなり珍しい。
(この日は座席の件やPA・特効のミスなど、「らしくない」瞬間も散見されたがここでは深く触れない)
実は前回の増田の後、18年前に取得していたファンクラブ会員に復帰して今回のツアーチケットをとった。松本の不調を予見していたわけではないが、結果として紅白出場の大サービスに乗っかって復帰してよかったように思う。
二人組のバンドとはいえ関係者を含めればそれなりの中小企業のような組織になっているわけで、おいそれと辞めるわけにもいかない事情も想像できる。
それでも彼らのパフォーマンスを見れば、今できることに全力に取り組む姿勢に自分の人生の襟を正したくなってしまう。
「B'zはパワフル」なのは間違いないパブリックイメージだが、例えば先に述べた松本なしのバラードアレンジは、あまりB'zでは見せてこなかった稲葉の新しいボーカルスタイルを提示した。松本のギターも近年、クリーントーン中心のブルーススタイルの演奏はポップミュージックでは並ぶものがいない。
なんなら二人だけでブルースアレンジのライブやってもいいんじゃないかと勝手に想像している。The Wild Windとか今の年齢だからこそ似合う曲もたくさん思いつく。
当時中華ソシャゲのべ10年ぐらいやってた俺ですらここまで邪気がガンガンしてる単語は見たことがなくてニタニタしてしまった。
萌え萌えパンチラスマホゲームですら使わないような超絶TUEEEEEEでKAKKKEEEEEEEEフレーズに俺は本当にワクワクだった。
その後出てきた連中が「女ぁ!女は弱いから戦うなぁ!!!」とか抜かす『裏設定を知らない初見視聴者の脳内張五飛』みたいなレベルのオッサンが次々登場して更に爆笑。
しかもソイツらがマッチョイズムに染まった果てに筋トレしまくって本当にマッチョしてるというのもワロてしまう。
んでその後の展開で師父(シーフー)みたいな面して出てきたのがよりにもよってアイツかよwwwwwwwww
なんすか?ロード・エルメロイII世とかその辺も好きなんですかこの作者は?
そしてこの超絶カッケーーーーー執剣者(ソードホルダー)(爆)の顛末のしょーもなさも笑う。
なんつうか「作者なりに頑張ってこういうありがちな展開を皮肉ろうとしました!!!」って感じなのは伝わるんだけど、皮肉りにしたってちょっとクオリティが低すぎて「こりゃ人間描けないアスペ工学オタクって言われるわ・・・」状態なのもゲキワロス。
何から何までシリアスに笑えて「ちょwww先生wwwどこまでネタでどっからガチっすかwwwwお涙展開のびみょーさは流石にネタっすよねwwwwあっでもガチっぽいwwwwww」なんすよ。
お前らはどこが一番好き?
振り返ってくとなんだかんだこのあたりが一番ミソが詰まってるとは思うんだけどね。
だって結局はどこまで言っても暗黒森林理論(これもすげー邪気眼だなよく考えるとwwww)やん?
ヤンヤンつけボーやんやん?
注目コメント試し読み
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秦正樹
【視点】白倉伸一郎さんは,特撮好き界隈で知らない人はいないのではないかというくらい超有名なプロデューサーさんですね.オンデマンド配信が普及したことで,毎回リニューアルせざるを得ない新たな戦隊が「旧作」とも戦わないといけなくなったという点は確かにそうだなぁと改めて思いました.個人的に私は,2009年の侍戦隊シンケンジャーがストーリー構成・役者等の点で最も優れた作品だと思っているのですが,確かに2010年以降の戦隊作品はすべてシンケンジャーとの比較で甲乙をつけていたような気がします(もちろん,どの戦隊作品も面白いのですが).
「ジュウレンジャー」も,私が幼少期に認知している戦隊モノの一つです.当時,6人目の戦士(ブライ)が現れた,しかも最初は敵側の存在であること,レッド(ゲキ)と兄弟であること,最終回を迎える前にいなくなることといった特殊要素が子供時代の私にはとても新鮮で未だに衝撃的だったのを強く記憶しています.また,少なくとも今30代以上の多くの日本人男性は何かしらの戦隊モノを通っているはずですが,戦隊モノに付随する記憶(たとえば,家族とヒーローショーに行ったとか,変身グッズや巨大ロボをデパートで買ってもらったとか)があるのではないかと思います.戦隊モノは単なる勧善懲悪的な意味での教育効果だけでなく,家族のコミュニケーションのハブになっている(た)ようにも思います(私も,日常生活でプリキュアを通じた娘とのコミュニケーションが非常に多いなぁと感じます).最近の仮面ライダー(私の時はビーファイターでしたが)は(おそらく「大きなお友達」も意識してか)シリアスな展開が多く,その意味でも戦隊モノは家族間のコミュニケーションで非常に大きな役割を果たしていたのだと思います.「大きなお友達」としては新たなギャバンインフィニティのシリアスな展開にも期待大なのですが,一方で,「戦隊枠」までそうなってしまうのと,子供との共通接点が少なくなりそうで少し残念にも思います.もっといえば,未就学児が対象となる戦隊モノだからこそ少子化の影響をモロに受けるのだと思いますが,ますます進む少子化によって,子供の文化の形にまで大きな変化を引き起こすのかと思うと,本当に深刻だと感じました.
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――初代戦隊である「秘密戦隊ゴレンジャー」(1975年放送開始)から今年で戦隊は50周年。その記念作であるゴジュウジャーが来年で放送終了になることで、戦隊シリーズは終了してしまうのでしょうか。
いえ、戦隊シリーズとしては終了とは思っていません。休止です。戦隊の放送枠(テレビ朝日系、日曜朝9時半)は新たなものに変わりますが、戦隊作品そのものはいずれ復活する可能性があります。発表前の10月から「戦隊終了」の報道が出て、ここまで反響があるのは想定外でした。戦隊がここまで愛される存在だったのかと、ありがたい思いです。ただいずれ復活するにしても、10年は間を置いた方がいいと私は考えています。
――その理由は。
戦隊の限界が見えてきた。そこを打破すべくいろいろな工夫をしてきましたが、50周年という節目も迎え、根本的に考え直さないといけない場所にきたのは確かです。
一つはコロナ禍からの配信時代の到来です。配信では、特撮も新作と旧作が横並びで見られるようになりました。戦隊にとって、仮面ライダーだけじゃなく過去の戦隊作品もライバルになってきた。
戦隊は毎年毎年、世界観をリセットして新作を出してきました。作品につながりがなく、どこから見てもいいんですが、逆にどこから見たらいいのか分からない。一定の評価がある旧作に対して、よほどの特徴がない限り新作が勝てなくなってきた。
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東映の白倉伸一郎さん。「ナンバーワン戦隊ゴジュウジャー」にちなんで、ナンバーワンポーズ
もう一つの黒船は、アメコミヒーローものの大攻勢です。マーベルの「アベンジャーズ」シリーズは日本でも人気ですね。キャプテンアメリカにしろ、アイアンマンにしろ、もともと別の作品のキャラクターだったものを一つのパッケージにして届けている。
集団ヒーローでも、キャラクターの人格や戦闘能力など明確な設定が元々されている。一方で同じ集団ヒーローである戦隊は、毎年作品が変わりますし、キャラクターづけでは弱い面があった。
この二つの苦境を打破するべく、いろいろ工夫はしてきましたが、根本的に新たな挑戦をするべきだという結論に至りました。
――とはいえ戦隊もさまざまな新機軸を打ち出してきました。近年も、白倉さん自身がチーフプロデューサーとして入った「機界戦隊ゼンカイジャー」(2021年放送開始)では、戦隊5人のうち、人間が1人で4人は機械生命体というとんでもない内容です。戦隊とは数々の挑戦をしてきた歴史では。
もちろん様々なチャレンジをしてきました。それは戦隊という枠の中では新しい試みかもしれないけど、何が新しいのかを楽しむためには戦隊の「お約束」を知っているリテラシーがお客さんに必要になる。お約束を知った上での型破りを、どこまで分かってもらえるのか。
――戦隊といえば誰もが知っているはずなのに、内容は認知されていないと?
戦隊の根本的な課題だったのですが、50年続いただけあり、戦隊はあって当たり前のもの。ある種日本の文化になったと思うんですね。どれくらい見てきたかは人それぞれでも、戦隊と聞いたらカラースーツの5人のヒーローをイメージできる日本人の方が、多いのではないでしょうか。
それはそれだけ定着したという半面、「見なくてもいいもの」と思われる恐怖と隣り合わせです。
毎週その時間にテレビをつければ、変わらずやっている。現代風に変わった描写はあっても、話の大筋は変わらない。子どものときに見て一時卒業したけど、親になり自分の子どもと一緒に見たら、昔と変わっていない安心感がある。むしろ、変わってほしくない。
作品にとってこの状態に甘んじているのは危険で、変わらぬ良さは、見なくてもいいものと表裏一体なんです。どうせ話の筋は分かるし、毎週見なくてもいいやと。なんなら懐かしい旧作を見ればいいやと。新作はいらないと思われることは、作り手にとって常に恐怖です。
戦隊の「当たり前感」は制作陣にとっても危険です。大事なのは、戦隊という伝統の枠の中でどう目立つかではない。2025年の子どもたちに向けて、日本から世界に向けて、本当に必要な作品とは何かを考えることなんです。
東映には戦隊をつくるノウハウがあります。ただそのノウハウが、時に本当に新しいものを作ることを邪魔する。戦隊に慣れきった私たちの世代が抜けて、新たな世代が新たな戦隊を考えるべきだと思います。だから、10年は復活するべきではないと私は考えているのです。
――シリアスな仮面ライダーに対して、戦隊作品の明るさが好きだという視聴者も多いと思うのですが。
戦隊のお決まりですが、5人がスーツ姿に変身してポーズを取る。怪人を倒すと、後ろが爆発して炎が上がる。そして展開はむちゃくちゃだけど、巨大ロボットに乗って、巨大な敵と戦って毎度ビルを爆破する。くだらないと小バカにされるけど、とにかく明るい話。それがいいところなんですよ。
私が90年に東映に入社して「恐竜戦隊ジュウレンジャー」(92年開始)の企画会議に参加したとき、プロデューサーの鈴木武幸が開口一番「今度の巨大化はどうしますか」と言って、脚本家がめちゃめちゃ怒ったんですね。「違うだろう。最初に話すべきは、どういう番組にしようかだろう」って。
鈴木はそれまで何作も戦隊を手がけたベテランですが、いろんな試行錯誤を重ねた結果、もう悟りの境地だったんだと思います。戦隊が成功するにはこういうフォーマットしかないと分かってしまい、その上で(キャラクターを)「どう巨大化するか」をまず考えようという恐ろしい境地に達していたんです。はたから見ると、そこかよって突っ込みたくなりますが。
――30年前にすでにやり尽くしたと制作陣では感じていたのですね。
当時すでに戦隊は風前のともしび。ジュウレンジャーは「もう最後の戦隊かもしれないと思ってやろう」と言っていた。若手がこれまでにないことをやりたいと結託し、6人目の戦士を物語の途中から出したんですね。
――6人目がレギュラーメンバーとして出るのはジュウレンジャーが最初。物語の途中から出るいわゆる「追加戦士」も、6人以上の戦隊も、今では当たり前ですね。
定番になりましたが、当時はそんな未来は考えず、そこから30年も続くとは思いもしませんでした。ジュウレンジャーをベースに米国で作られた「パワーレンジャー」がヒットするというまさかの神風が影響したんでしょうね。
――仮面ライダーにもウルトラマンにも中断期間があります。初期に少し中断はあるものの、ほぼ50年放送が続いてきた特撮ヒーローは、戦隊だけでした。なぜ戦隊は愛されてきたのでしょうか。
そもそも戦隊は事故から生まれたものなんです。仮面ライダーを5人集めて戦うという作品が企画されていたのが、事情があって頓挫した。それで急きょ石ノ森章太郎先生に考えてもらったのが初代の秘密戦隊ゴレンジャーだったんです。さらにその後、(70年代に人気だった)「超電磁ロボ コン・バトラーV」などのロボットアニメの放送が途切れるという事態があり、巨大ロボットの命脈が戦隊に流れ込んできた。
戦隊の草創期の作り手に、理想のヒーローを作ろうと理屈をこねている余裕はなかった。なんとか一つの作品を作らなければならないという試行錯誤の末に、結果として生まれた事象を集めたものが戦隊だった。
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なんでいちいち5人で戦わないといけないのか。なんで巨大ロボットにいちいち乗って戦うのか。それはよく分からない。その理屈を超えたところに、人間の本質がある。なぜかかっこよくて人を引きつける。エンターテインメントとして面白いものの本質を、戦隊は露骨に表してきた作品だったと思います。
善と悪の対立を描きにくくなった
――長年にわたりテレビでヒーローの姿を届けてきた意義も大きいでしょう。
戦隊そのものが描く善悪も、初期からはかなり変遷がありました。東西冷戦が終わり仮想的な「絶対悪」を社会が想定しづらくなった。フィクションのヒーローものでも一面的な善悪を描くことが難しくなっていきます。その中でも工夫をしながら、キャラクターの人物像を大切にしながら、悪い敵を倒す姿を放送してきました。
こと戦隊でいうと、仮面ライダーのような単体ヒーローとは違う。5人で一つのチームで、結束して敵に立ち向かいました。
こうしたことは子どもさんにはすぐに分からないかもしれないけど、大人になった時に「戦隊って大事なことやっていたんだな」って少しでも思ってもらえるかもしれない。
戦隊は当たり前になったと先ほど言いましたが、私は日本人の心の中には、戦隊がいると思っていますし、少しでも戦隊が社会にいい影響を与えられていたならうれしいです。
――50年続いてきた戦隊の放送を終了することに、葛藤はなかったですか。
葛藤、それはないですね。
戦隊を愛してくださったファンの方には感謝します。しかし、次の世代のためにも、どこかで次の挑戦を始めるべきでした。今はヒーロー番組そのものの変革を考えるときです。それがゴジュウジャーの後番組として始まる「超宇宙刑事ギャバン インフィニティ」です。
https://x.com/jounetsu/status/1992602413442990368
これ、まず認識が間違ってるよね。
正しくは「社会と無関係のエンタメは存在しない」でしょ。それだったら理解るよ。
人間が考えて、人間が出力する物語はどうしたってその人間の見方・生き方が担保になってるんだから社会と切り離せるはずがないんだよ
シリアスだろうがギャグだろうが、人間が考え出した物は何をどうしたって社会性を帯びるもんなの。
極端な例だと『スナックバス江』はものすごく社会性が濃厚のギャグ漫画だったでしょ。
ゾッとしたのは、この脚本家の吉田恵里香氏の言い分だと「世の中には社会と無関係のダサいエンタメが蔓延っている」と思ってるっぽくて、その中で「私は社会性のあるダサくないエンタメを書いている」とどうやら本気で思い込んでるみたいなんだよね。
いや、アンタそれ認知が歪んでるって。
聞きたいんだけど、この吉田恵里香氏の考える「社会と無関係のダサいエンタメ」って何を指しているの?
どういった作品の事を「社会と無関係のダサいエンタメ」なの?具体的にタイトルとか挙げられるの?
だって吉田恵里香脚本の『虎に翼』も『前橋ウィッチーズ』に比べたら、
『サザエさん』とか『ちびまる子ちゃん』とか『おじゃる丸』とかのほうが遥かに社会性に深く根付いたエンタメになってるでしょ。
特に『おじゃる丸』はマジで侮れないからね。未就学児もメイン層に入るアニメなのに、その内容ぶっ込んで来るか!って驚くような回が普通にあるし。
月光町が消滅して、何もかも無くなった地平におじゃる1人だけ取り残されるエピソードは本当にビックリした。月光町という「社会」が喪失したらいったいどうなる?という話だったから。
『おじゃる丸』に限らず大地丙太郎監督のアニメ作品は視聴者層の子どもの事をまったくナメていないから、そういう所が幅広い世代に長く親しまれる要因になってるんだと思う。
『こどものおもちゃ』とか、今見てもものすげえアニメだからね。最近のあっさいフェミニズム(笑)やシスターフッド(笑)をウリにした作品見るぐらいなら
『こどちゃ』を見返したほうがよっぽど有意義だよ。
それらに比べてたら吉田恵里香の脚本作品は"AERA"とか"ハフポスト"あたりの記事をチェリーピックして繋ぎ合わせただけの代物で、物語としては明らかに破綻しているし
それでもって"社会性のあるエンタメ"を送り出してると思ってるなら、幾らなんでもエンタメをナメてるし、社会をナメてるし、人間をナメきってるよ。
「アタシ達はこんなに生きづらいの!そんな社会をアタシ達の力で変えてくの!主に他責して!!」というキラキラ思想を振りまく事が社会と関係したエンタメだと思うなら
これほど底の浅い社会性は無いだろう。
世の中のエンタメの中でも、極めて社会性に乏しい脚本を書いているのが他ならぬ吉田恵里香だろう。
逆にその社会性の乏しさを推し進めて、いまだかつて誰も成し得なかった「社会と完全無関係のダサいエンタメ」という前人未到の境地に辿り着いてほしい。
マクドナルドハンバーガーを「世界でいちばん売れてるからには世界でいちばん美味しいということだろ」てドヤ顔する奴だ🫵😧
https://anond.hatelabo.jp/20251127140506
ドラマ「北の国から」でさ、場末の中華屋で不器用な父ちゃんと子供がシリアスに話してるシーンあるじゃん? 閉店時間近づいて店員が「そろそろ…」って何回か声かけてくるやつ。 ...
客がまだ食ってるなら店員は閉店時間を過ぎても待たなければいけない みたいな意識だから貧乏なんだろうな~とか考えてしまう
マクドナルドハンバーガーを「世界でいちばん売れてるからには世界でいちばん美味しいということだろ」てドヤ顔する奴だ🫵😧
そんな話はしていない