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はてなキーワード: 目眩とは

2026-05-01

セーラーマーキュリーのわざ

シャボンスプレー

ただ泡で目眩しするだけ

いやいや

なんの役にたつのこれ

2026-04-30

ちょっと気になってた怪物を見た

是枝の

タイトルのせいでずっと一般的怪物が登場するのを待ってた

羅生門ホモ小学生バージョンかい

人間関係怪物っていう意味からすると相当中二病タイトルだなとしか思わない

小学生の作文のタイトルのように内容とぴっちりしすぎて目眩するわ

2026-04-18

京都殺人事件の不自然

あの継父、誰かをかばってるようにしか見えないんだよなあ

いまだに供述あいまいだったり二転三転していたりなど、時間稼ぎしているのは明らか

継父の衝動的な犯行なら、こんなことする意味はない。高校生徒会長やるくらい聡明であればわかるはずだ

となると誰が何のために事件を起こしたのだろうか

京都府警も勘づいて捜査しているとは思うが

ちなみに増田の予想は辺野古目眩ましのために、だ

政党が強い地域から

2026-04-17

本当にスマホ解析なのかな

5chで言われてた自動車の移動履歴オフにしてても実はメーカー送信されてるやつとかスマホ持ってなくても追跡されるWifiレーダーとかじゃないのか

Nシステム画像運転手を把握してる仕組みって何十年前かに出たときからずっと疑問に思ってた

実際は自動車がこっそり識別番号を発信しててNシステムは番号を把握してるだけでカメラ本質から視聴者の目をそらす目眩ましでは

2026-04-13

スターウォーズにハマったからおじ搾取したい

26歳、突然SWにハマった。

アニメ映画目的ディズニー+に数年単位で加入してるんだけど、正直なところSWは食わず嫌いしてきた。SWに限らず、スペースオペラ全体にちょっと苦手意識があったのが本音

だってメカに興味がない!ガンダム見ても人ばっか追っててMS名称ひとつ覚えられない。武器戦争も好きじゃない。フィクションでも人がいっぱい死ぬ目眩がするタイプの甘ちゃんオタク

でも試しに見てみたSWは、思った以上に群像劇でするする入り込めた。何よりエイリアン(知性があるやつも、ないやつも)の造形が最高。空想動物好きの自分的に激刺さりし、2ヶ月で456123789→マンロリアン1〜3とボバフェットまでは見切った。

が、話せる相手がいない!!周りの同年代オタクにも勧めてみたが、己の力及ばずなかなか布教にたどり着けない…。

もうこうなったらおじさんのSW友達が欲しいんだけど、ぶっちゃけ興味のない蘊蓄を聞き続けるのは苦痛搾取みたいで本当に申し訳ないんだけど、私が聞いたことにだけ熱心に答えてくれるおじさんオタクが良い。私のことを性的な目で見てこなくて(あるいはそれを隠してくれて)、娘や姪のような感じで可愛がってくれるSWオタクのおじはいないのか!?私かなり姪ごっこに自信あるんだけど、そういう需要ない?

ネタがわかってない夫に「地の利を得たぞ!」ごっこするの虚しくなってきたよ…。

いまやってる反戦デモってさ

辺野古ボート事故の件を目眩ましさせるために企画されたって本当?

2026-03-23

三連休カレシと旅行に行ってきたんだけど、車出してくれたからお礼にお昼ご飯は私が奢ったんだけど、帰り際に「ガソリン代は?」って言われて萎えた。「お昼代がガソリン代の代わりだよ?」って言ったら、「全然足りない」って。ランチ代が2人で2500円で当たり前にガソリンそんなにしないよね……? 「ガソリン代と運転してる労力は別だよ?」って言われて目眩がした。私はできる限り労ったつもりだったけど、足りなかったらしい。辛い。

2026-03-12

公益社団法人かがわ被害者支援センター

M・M

犯罪被害者の声 第17集」より

2008年3月に娘が性被害に遭ったと告白してから15年の時が流れました。その年の10月に亡くなりましたので、ずいぶんと時間は流れたことになりますしかし、本当に短い時間であったという感覚があります。それには、娘が亡くなった時に、時間はすっかり止まってしまい、常に亡くなった日の事、今までに娘と過ごした日々が走馬灯のように頭に浮かび、それと同時に未来に一緒に歩むことのできる道はないのだと突き着かされます。それを考える事は非常に苦しく、考えないように防衛反応を起こしているのか、常にバタバタ動いている自分がいるなぁという実感がいつもあります。人に映る私は“いつも元気そう”なのですが、本当は亡くなっていることを認めたくない自分と戦いながら、明るく振る舞うことで、娘の事を聞かれるのを避けている自分がいます

それでも生きていれば、さまざまな場面で、亡くなったことを自覚せざるをえません。例えば、携帯電話を購入しようとすれば、「家族割引」の話や、家族構成を聞かれます銀行郵便局病院など、家族構成を問われる場面は本当に多いです。また、今頃の季節ですと、卒業、進学、就職などの話をスーパーなどで、お母さんたちがよく立ち話をされています。「娘が大学に進学して、寂しくなるわぁ。」「就職が決まって、県外に住むのよ。」「お兄ちゃんは、孫が生まれてねぇ。」そのような言葉を耳にする度に、吐き気目眩がして、買物途中ですぐ支払いを済ませ、逃げるように家路に向かいました。ほとんど外出も買物さえできませんでした。そこで、出かけるときは主人と一緒に行くようにして、気分が悪くなったら、すぐに帰宅するようにしました。

また、家にいても苦しさは多々ありました。テレビをつければ、楽しく笑っているシーン。いったい何がおかしいのか、楽しいのか分からず、テレビをつけるのをやめ、新聞の購入もやめました。まるで私自身が笑われているような気持ちでした。そこには社会から孤立している自分がありました。このような状況が数年間続き、時間の経過と共に、少しずつできることが増えていきました。今は、一人で買物もできるようになり、テレビを観ることもできるようになりました。いつも心の中で「この状況に慣れなければいけない」とつぶやきながら、受け入れていったように思います。いや、受け入れざるを得ないというのが本音でしょうか。これが時間の流れだと思います

次に、性暴力自殺についての認識時間の経過によって変化していったことをお伝えします。私は、娘が性被害に遭うまで自分の娘に性暴力自殺というものが起こりうるとは全く考えず、無知のものでした。この世の中は安心安全だと、何の根拠もなく信じ、普通に生活をしていました。しかし、性暴力はとても身近な犯罪で、暗数を含めると実際には何倍もの被害があり、被害者本人だけではなく被害家族を含む大きな問題です。他の犯罪と一番違う点は、まず被害に遭ったことを話せないという点だと思います。恥ずかしい、知られたくないという気持ちはなんとなく理解できるかもしれません。しかし、実際に誰かに相談するというハードルはかなり高いものです。また相談しても「なぜ逃げなかったの」、「声をだせなかったの」「派手な服装だったの」、「そのことは忘れなさい」など次々に被害者に非があるような言葉が投げかけられます最近ではずいぶんと警察での対応は良くなってきていると聞いていますが、被害から目線とは遠いものだと思えます

また、加害者についても、私の認識はずいぶん違っていました。娘の加害者は元教師であったのですが、どこかで聖職というイメージがありました。しかし、裁判で明らかになったのは、真反対の人物でした。裁判での加害者は、膝までズボンをまくし上げ、靴を脱いで貧乏揺すりをし、若い私たち弁護士を大きな目で下からにらつけました。また、娘を「男性関係が淫らで、短いスカートはいていて挑発してきた」「恋愛であった」など、聞くに堪えないものばかりでした。当の本人が生きていても、耐えがたいものであったに違いありません。私はなぜ、こんな人間に終始おびえていたのか、今でも悔しくてなりません。娘の写真をばらまかれはしないかインターネット掲載されはしないか、娘にもう一度暴行を加えはしないだろうかと、起こりえるかどうか分からない不安に押しつぶされていました。

そして、裁判で苦しかったのは、娘の事を何も知らない某大学病院医師相手側についたことです。本人を診断しないでPTSD という診断に対して、反論されたことです。加害者が怖くてたまらないと不眠で苦しみ、襲われると言って苦しんだ娘を、何度傷つければいいのでしょうか。私は、HP で笑っている医師顔写真を何枚も印刷し、鉛筆の芯が折れるまで何度も何度も真っ黒になるまで、塗りつぶし、上からつきました。

また、加害者に対してはもっと殺意を感じていました。“加害者を殺したい”という衝動に駆られ、さび出刃包丁タオルにぐるぐる巻いて、加害者宅まで向かおうとしました。しかし、運転中すぐに過呼吸を起こし、時速20㎞ぐらいしかスピードが出せず、後続車からクラクションを鳴らされて、やむなく帰宅しました。それと同時に、料理をしようと包丁を持つと、娘を救えなかった自分が許せず、手首を切りたい衝動に駆られました。右手左手で押さえ、台所で何度も泣きました。

主人も同じ気持ちでした。相手から文書が送られてくるたびに嗚咽し、「はきそうだ。もう裁判なんかどうでもいいから、この手で殺してやる。」机をたたいて泣き叫ぶのを見て、「頑張ろう、もう少し頑張ろう。」と背中をさすりながら一緒に泣きました。決行できなかったのは、娘への愛と夫婦二人が同じ方向を向いていたこと、そして何よりいつも支えてくださった「かがわ被害者支援センター」の方々や弁護士先生方が脳裏に浮かんだからです。殺人者になる一歩手前の状態でした。

裁判の途中で、和解を選ぶとしたら、もうこの裁判に耐えがたいと感じるからでしょう。さまざまな方向性の違いから被害に遭った家族バラバラになるケースは、多くあります特に被害場合、立証が乏しくなる傾向があり、裁判を起こすことさえも、ままなりません。私たち裁判という場で戦えたこと、勝訴であったことは今の生活に光が射したことに間違いありません。

そして、決して「自殺」についても「死にたい」のではなく、「どう生きていけばいいかからないほど苦しいので助けてほしい」ということを今では理解しています。明るかった娘が、どんどん痩せて食事がとれず、それを見ていることは辛かったです。また、自殺念慮のある人には受け入れる入院施設も探すことは非常に難しいです。私は香川県全部の病院電話をし、苦しい娘に代わって受診し、症状を伝えました。答えは「本人さんに来て、もう一度説明をしてもらわないと」、「昔に自殺しようとした患者さんに手こずった」こんな答えを何度も聞きました。そんな状態でも予約が2ヶ月先まで埋まっていたりしています

暴力はこれほど、人に影響を与える犯罪であり、性被害を受けた人の中でのPTSD発症率は高く、自殺率も高いのが現状です。つまり、性暴力権力及び支配であって、よくTV で言われている「性欲が抑えきれなかった。」というコメントには首をかしげるところがあります子供への虐待と全く同じであるからです。私が裁判中に感じた「ねじ伏せられそう」な感覚こそ権力支配力でしょう。

今までお話をすると、つらいとか苦しいと感じられた方がいらっしゃったかもしれません。しかし、決して悪いことばかりではありません。15年という月日を経て、この経験から多くのことを学び、歩き始めていると感じています。もし、このような経験がなければ、苦しいことを人前でお話することもなかったでしょう。性犯罪実態を伝えることで、少しでも関心を持っていただき抑止力になればという思いがあります。また自分自身も性犯罪を含め、さまざまな犯罪被害者加害者子供への虐待孤独死など、さまざまな社会問題に目を向けるようになりました。そして何より家族の絆、大切さを感じています。少し嫌なことがあっても決して怒らない、毎日笑って、一日一日を大切に過ごそうと思っています

さなテーブル夫婦二人向き合って、娘の話をしながら食事をすることが今一番の楽しみです。人にとって一番大切なことは、普通でいられること、穏やかであること、それが幸せだと娘が教えてくれたのではないかと時と共に実感しています

2026-03-02

FANZAランキングを見たら上位が女子校生やレ●プや痴漢ものばっかりで目眩がした

こんな少女虐待性犯罪映像が作られて、それを喜んで消費して気持ち悪い欲求を満たすクズが多いことに絶望したし、普通に過ごしていても街で歩いてる男を見かけるたび「この人もこういう加害欲を持ってるのかな」と怖くて仕方ない

こうした恐怖心を不特定多数に植え付けることを「表現の自由」なんかで正当化できると思ってるネトウヨ弱男の倫理観の低さに呆れるし、女性尊重するよりも自分の性欲を満たすことを優先するような言説がまかり通る社会なら一度滅んだ方が良いと本気で思う

2026-02-23

鬼滅の刃の生成AI動画を見て、製作中の未公開の映像を盗んで学習したに違いない、とかXで言ってるやつがい目眩がした😵‍💫

2026-02-21

僕が吐き出したインターネット汚泥を、岐阜祖母が啜っていた

地方高校にいた頃、僕は間違いなく「特別人間」だった。正解の用意された問いを、誰よりも手際よく処理する要領の良さ。それさえあれば、僕は学校という小さな水槽の中で、一定精神的優位を得ることができた。テスト順位表に貼り出される自分名前を眺めるだけで、無敵の万能感に浸れたものだ。

だが、東京大学に進学して、その薄っぺらいメッキは無惨に剥がれ落ちた。息をするように英語を操る帰国子女親の金で当然のよに海外の“経験”を積む学生。あるいは、圧倒的な地頭の良さで、僕の徹夜努力を鼻で笑いながら抜き去っていく本物の天才たち。彼らが外資系コンサル投資銀行へ羽ばたき、あるいはあっさりと起業していくのを横目に、僕は自分がただのマークシートの塗りつぶし方が少し上手かっただけの、凡庸田舎者であることを骨の髄まで思い知らされた。

就職活動で僕が逃げ込んだのは、品川に巨大な自社ビルを構える日系の大手SIerだった。親に社名を言えば手放しで安堵する優良企業しかし、その実態キラキラしたIT業界とは無縁の「デジタルゼネコン」だ。巨大な基幹システムエクセルでの進捗管理と、下請けベンダーへの責任転嫁を繰り返すだけの、果てしなく地味な調整業務。30代になっても年収は700万円を行ったり来たりで、突き抜ける気配は一切ない。

川崎。最寄り駅から徒歩14分の6畳ワンルームマンション。毎朝、すし詰めの東海道線多摩川を越えるたび、自分東京という巨大なヒエラルキーの外部に置かれた、中途半端存在であることを突きつけられる。無数のエクセルセルを埋め、稟議書を回し、いかにも「大企業ビジネスマン」の顔をしていても、乾いた自尊心は満たされなかった。だからこそ、僕は己の優位性を手っ取り早く確認するための副業を始めることにした。届かない上澄みを見上げる苦しさを、圧倒的な底辺を見下ろすことで中和する、醜い防衛本能だった。

AIに吐き出させた嘘か本当かわからない情報を、抑揚のない合成音声に読み上げさせるだけの動画サムネイル赤と黒の極太ゴシックで『真実』『衝撃』『実は日本人は…』。白い背景に「いらすとや」の画像。思っていたよりも、こうした毒にも薬にもならない動画を求めている人はいた。「努力できるのは才能」と自身努力不足を遺伝のせいにするような動画や、根拠薄弱な雑学に絡めて「日本スゴイ」を連呼する内容は、面白いように再生数が伸びた。コメント欄に溢れる、社会へのルサンチマン人生の答え合わせを終えた敗者たちに、安っぽいドーパミンを施す。教祖にでもなった感じでで少し気分が良かった。

先月、そのチャンネルを売った。爆発的に登録者を増やすコンテンツ力も、虚無を再生産し続ける継続力も、僕にはなかった。そこそこの値がついたので、バング&オルフセンヘッドホンを買った。アルミニウムの冷たい質感と、北欧特有ミニマルデザイン。装着するたびに、自分がこの川崎の泥臭い景色とは無縁の、洗練された“あちら側”の人間である証明された気がした。

たまたま連休ができた。義理で顔を出した岐阜祖母の家は、時間が止まったような空間だった。イオンモールマーサ21けが文明のすべてであるかのような地方都市。ここには、SAPIXクラス分けに一喜一憂する親も、35年ペアローンという鎖で互いを縛り合うパワーカップルもいない。あるのは、弛緩した空気と変化を拒む土着の引力だけだ。

「これ知ってる? 最近YouTube勉強になるねえ」

どうせ駅前携帯ショップで、「お孫さんの写真が綺麗に撮れますよ」とかなんとか言いくるめられて、不要ハイスペック機と大容量プラン契約させられたのだろう。その光景が目に浮かぶ

そこから流れる、抑揚のない人工音声。「実は、80歳を過ぎても元気な人は…」という、極太ゴシック体のサムネイル。白い背景の中央に配置された「いらすとや」の老夫婦。

目眩がした。

僕が売り払ったあのチャンネルではない。だが、構成は完全に同じだった。情弱向けの餌として吐き出し、見下していたコンテンツを血の繋がった親族「真実」として有難がって摂取している。

祖母の瞳は、ブルーライトを反射して白く濁っていた。「へえ、そうなのかい」。その相槌の一つ一つが、僕の精神を削り取っていく。僕が承認欲求と小銭を満たすために生み出したインターネット汚泥は、巡り巡って、僕自身ルーツである祖母の余生を埋める詰め物になっていた

「..…ほどほどにしなよ。目が悪くなるから。」

喉の奥から絞り出せたのは、ゲームに熱中する子供を注意する母親のような、陳腐言葉だけだった。

帰りの新幹線バング&オルフセンヘッドホンを装着する。どれだけ音楽を流しても、あの抑揚のない人工音声が、耳の奥にこびりついて離れない。トンネルを抜けるたび疲れた顔の男がこちらをみてくる。こちらを見つめ返すその瞳は、ブルーライトに照らされた祖母の目と同じように、ひどく濁って見えた。

現役世代引退世代という偽の対立軸の創出

今の日本では事あるごとに現役世代引退世代対立を叫ばれるけれど。

でも、そんなものは何処にも存在しない幻想なんだよね。

「現役世代」もその多くには親や祖父母がいて、経済的にも心情的にも密接に関わっているので、両者の利益を相反させるものとして観念させる事はできない。 

親の世話から逃げようとしても民法には扶養義務が定められているし、心情的にも難しい。現に親の扶養を拒絶して親に生活保護を受けさせるに至った芸人は、世間からバッシングを受けるとともに片山さつき議員から盛大に叩かれた。

から世代対立なんてものは本当は存在しない。そんなもの階級格差という真の問題から人々の目を背けさせるための目眩ましにすぎない。

先の衆議院選挙でのチームみらいはその偽の対立軸を利用して票を伸ばした。

このような偽の対立軸の創出という方法は、様々な場面で用いられる。

まさに、「いもしない敵を作り出して戦えと焚き付けるの」だ。


これは太平洋戦争を描いた創作物に対して「日本被害だけでなく加害も描け」と主張するのも同様。

戦争によって被害を被るのは庶民利益を得るのは特権階級。そこに本来は国による境目などないのに、日本国かそれ以外かという点で線引きをして、偽の対立軸を作り出そうとしている。

2026-02-18

カーリングリアルタイムバトルにしてほしい

次々投げ込まれストーン

いついくつ投げるか? 高度な戦略性。

目隠し、目眩まし、奇声、騒音によるインタラプション。

満を持して始まる、ブラシでの直接攻撃

バナナはおやつに入りますか? そだねー

2026-02-15

老人票が最強すぎて政治はどうしようもない

結局これがどうしようもない

自民が勝とうが、公明+立民が勝とうが同じこと

左右対立は偽の論点なのにメディアSNSも老人に占拠されているか

マジで勝ち目がない

老人が最強





氷河期世代塩漬けにして、日本をこんな状況にした世代なのに

なんの責任も取らずに利権を確保している

資本家だけではなく官僚学者マスコミもJTC正社員労組も全部含めて同じ

自分たちパイはとりあえず黙って確保したうえで、しょうもない争点で騒いている

老人の保持してる利権は、選挙の争点化することが不可能

剥奪不可能

投票まで進めない

そもそも議論されない

若者のうち、ちょっと思考の足りない人々は扇動されて左右のどちらかにつくが

冷静に考えてどっちも意味がない

争点になっていることの大半はどっちに投票しようが外部状況で選択肢がなくなるものばかりだ





この30年で日本自国への再投資再生産に完全に失敗した

インフラ研究開発力も実物生産人口動態もすべて終わった

今の老人世代年金はギリ確保されているが、大半が外国への投資債権の形だ

国内支出は老人向け過剰サービスへの無駄支出で溶けていき

インフラ投資研究開発増・ハードへの再投資感情論妨害されて遅々として進まない

野党政権が一瞬勝ってもこの流れは一切変わらないことはもう明らかだ

主力野党はむしろこれら全部に二十四時間三百六十五日反対して

自民はそれを根拠しょうがないなーとポーズをとって時間稼ぎ

どっちもやっている方向性は全く同じ




各種の生産装置使用権をすべて老人が抱え込んで絶対に渡さな

関税漁業農業規制現業の老人がすべての権利を握り

農業権は生産ではなく自分思想表現権利であり

漁業権は保護すべき共有資源ではなく好き放題とり尽くして稼ぐ権利

自分たち死ぬまでの数十年を、自分たちの好きなようにやる、それ以外の原理原則は何一つ存在しない




移民を入れる、入れないというのも偽りの論点

今まで通り移民を入れたら当然日本はハックされるが

移民形式的拒否しようが人口動態的には

経済は衰退して日本政府の統治が崩れていくから結果は同じ

もう詰んでいるか目眩ましで争点化しているに過ぎない

どっちが選挙で勝とうが同じだから安心して争点化できるというわけだ




そして日本は唯一の光明のロボティクスにもAIにも全くゴミみたいな規模の投資しかしない

意味のある規模の投資外国研究開発に全部流れる

国内分ではコンサルというパワポ驚き屋の給料加算分しか出ない

老人が死ぬまでのサービス受けるだけなら外国の作ったもん買い切りしたほうが遥かに安いし

国内大手メーカー技術者なんかに大金払うのはなんかムカつくしもったいない

それよりかっこいい外国企業ベンチャー投資したいという老人の気分ですべてが決まる

結果としてコンサルやらベンチャーに人が流れて、もちろん自社開発力なんて無いので

外国サービスをそのまま導入するだけ

ますます国内研究開発力は下がっていく

もちろん与党信者老人も野党信者老人も国内メーカー叩き、国外メーカーあげでそれをサポートする

ちょっと目端の利くやつはそのネタを増幅させるネット動画や売文で稼ぐ

その動画を全力回転させるのも暇な老人が大半

この流れを変えることは絶対不可能だし詰んでいる

どっちについても同じ

チームみらいも同じ

海外のLLMサービスを触って国内意思決定者にパワポ動画作って小銭稼ぐ以外何一つできない人々だ

しかしそれだけで実際にものを作るより何倍も稼げる

さらにそれを批判する人々も別に何かを研究開発できるわけではなく

LLMは気持ちいか投資するな、資本主義やめろと叫ぶ老人だけ





とにかく現状、国内で何か意味のあるものを生み出すことは

ただ薄給馬鹿にされ妨害されながら老人に食いつぶされることにしか繋がらない

目端の利く人間がこんな状況で真面目に何かを作り出すことはない

老人側について自分の小銭を確保して海外資本不動産投資するのが最適解なのだから

逆にそれができない底辺も再投資無駄から自分現金をよこせと叫ぶ怪物になる

実質的に老人と同じだ



というわけで国内政治は完全に詰んでいるのである

2026-02-14

なんでもや

木曜の夜、僕は渋谷マークシティの横のエスカレーターに立っていて、上に行く人たちの後頭部を見ていた。みんなどこかに行くところがあって、誰かに会う予定があって、それが当然みたいな顔をしている。僕にはこの後の予定がない。さっきまで打ち合わせだった。クライアントじゃない、業務委託デザイナーとの打ち合わせで、サイトワイヤーフレーム修正点を詰めていた。二十二歳同士の打ち合わせ。たぶん外から見たら、意識の高い大学生が何かやってるな、くらいのものだ。くらいのものだ、ということを自分でわかっているということが、たぶん僕の一番の問題だと思う。

自分の話をする。

僕は今、大学四年生で、二年の終わりくらいかウェブマーケティング的なことを仕事にしている。会社を作ったと言えば聞こえはいいけれど、実態フリーランスに毛が生えたくらいのもので、オフィスはなくて、自宅の六畳の部屋が全部だ。クライアント十二社。小さいところばかりだけれど、毎月の売上はまあ、大学生にしてはあるらしい。「大学生にしては」。この留保がつく限り、僕はまだ何者でもない。

大学生にしてはすごいね

この言葉を言われるたびに、笑顔で「いやいや全然です」と返しながら、胃の底がかすかに冷たくなるのを感じる。大学生にしては。大学生にしては。その「しては」を取ったら、僕に何が残るんだろう。

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インターン先の話をする。大学三年のとき半年だけ、あるスタートアップインターンをしていた。もう辞めてしまったけど、あそこで僕は初めて、本物の優秀さというものを見た。

先輩の川島さんは二十六歳だった。東大の院を出て、新卒でそのスタートアップに入って、マーケ責任者をやっていた。川島さんは、僕が二時間かけて作った広告レポートを見て、三十秒くらい黙って、それから「ここの因果、逆じゃない?」と言った。僕は二時間かけて間違った方向に全力で走っていたのだ。川島さんはそれを三十秒で見抜いた。

三十秒。

僕は自分の二時間川島さんの三十秒を天秤にかけて、その傾きの角度に目眩がした。

川島さんだけじゃなかった。もう一人、営業柴田さんという人がいた。二十八歳。この人はマーケことなんか何にも知らない。でも柴田さんがクライアント電話しているのを横で聞いていると、声のトーンが変わる瞬間がわかる。相手の声が、硬いのから柔らかいのに変わる。それは技術じゃなかった。人間の、もっと根っこのところにある何かだった。

僕にはあれがない。

あれが何なのかすら、正確にはわからない。わからないということが、つまり僕にはない、ということだ。

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ここで白状しなければならないことがある。

僕がビジネスを始めたのは、見返したかたからだ。

中学とき、僕はいじめられていた。いじめ、という言葉を使うと何か大げさなもの想像されるかもしれないけれど、そんな劇的なものじゃなかった。殴られたわけでも、金を取られたわけでもない。ただ、存在を透明にされた。グループワークで僕の意見は聞かれない。昼休みに話しかけても目を合わせてもらえない。LINEグループに入れてもらえない。文化祭の班決めで余る。修学旅行の部屋割りで余る。「余る」。僕の中学時代はこの一語に集約される。

いじめっ子たちは別に悪い奴らじゃなかった、と今は思う。ただ、僕がつまらなかったのだ。面白くなくて、運動もできなくて、顔もよくなくて、声も小さくて、一緒にいて得るものが何もない人間。それが中学時代の僕で、たぶん、客観的に見ればそれは正当な評価だった。正当な評価だったということが、余計にたちが悪い。理不尽に虐げられたのなら怒れる。でも正当に無視されたとき、人はどこに怒りを向ければいいのだろう。

僕はそれを自分に向けた。

高校に入って、僕は変わろうとした。プログラミングを覚えた。ウェブのことを勉強した。ビジネス書を読んだ。大学に入って、すぐにインターンを始めた。自分会社を作った。それは全部、中学教室で透明だった自分への復讐だった。お前らが僕を無視している間に、僕はお前らの知らない場所で、お前らの知らないことを身につける。そしていつか、お前らが想像もしない場所に立つ。

復讐。そう、復讐だった。動機としては不純かもしれないけれど、僕を動かしていたのは確かにそれだった。

でも最近、その復讐の燃料が、切れかけている。

なぜなら、上を見てしまたから。

川島さんや柴田さんのような人間を見てしまたから。僕が中学教室透明な存在から脱出するために必死に積み上げてきたものの全部が、彼らの前では、ほとんど何でもないということを、知ってしまたから。

世代で見れば、僕はたぶん上の方にいる。大学生自分会社を持っていて、クライアント十二社いて、マーケのことはそれなりにわかる。合コンがあれば(行ったことはないけれど)「すごいね」と言われるプロフィールだと思う。

でもそれは同世代の話だ。同世代トップなんて、トップでも何でもない。ちょっと世代を上にずらせば、僕みたいなやつなんかいくらでもいる。いくらでもいるどころか、僕よりはるかに速く、はるかに深く、はるかに遠くまで行っている人たちが、ごろごろいる。そしてその人たちは、僕が必死にやっていることを、息をするようにやっている。

オンリーワンでなければ意味がない、と言ったら大袈裟かもしれない。でも、「大学生にしてはすごいね」の「しては」がいつか取れる日が来るのか、僕にはわからない。来ないかもしれない。一生「しては」付きの人間として、そこそこの場所で、そこそこに生きていくのかもしれない。

そう思うと、怖い。

今の自分に満足してしまいそうになることが、怖い。「まあ、大学生にしてはやってる方じゃん」と自分に言い聞かせて、その「しては」の中に安住してしまいそうになることが、本当に怖い。こんなところで満足していたら、僕は永遠に川島さんには追いつけない。満足するな、と自分に言い聞かせる。もっとやれ。もっと上に行け。もっと

もっと

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でも。

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でも、と僕は思う

木曜の夜の渋谷エスカレーターの上で、どこにも行く予定のない自分の足元を見ながら、僕は思う

僕は、楽しんだことがあるだろうか。

人生を。

中学とき、透明だった。高校とき復讐の準備をしていた。大学に入って、ビジネスを始めた。二十二年間の中に、純粋に「楽しい」と思った時間が、どれくらいあっただろう。

友達と夜通しくだらない話をしたこと。ない。というか、夜通し話せるような友達が、いない。彼女と手を繋いで歩いたこと。ない。当然ない。二十二年間、一度もない。

二十二年間、一度も、誰の手も握ったことがない。

旅行に行ったこと。ほとんどない。行ったとしても、移動中にSlackを見ている。映画最後まで集中して観たこと。思い出せない。たぶんある。でも何を観たか思い出せない程度の体験しかしていない。

大学生って、たぶん、もっと楽しいものなんじゃないだろうか。

Twitterを開けば、同い年のやつらがサークル合宿で海に行ってたり、学園祭で何かやってたり、彼女誕生日を祝ってたりする。インスタを開けば、もっとだ。僕がワイヤーフレーム修正点を詰めている木曜の夜に、誰かは誰かとイルミネーションを見に行っている。

僕はそれを、ずっと、「そんなことしてる場合じゃない」と思って切り捨ててきた。川島さんに追いつかなきゃいけない。もっと仕事をしなきゃいけない。もっとスキルを上げなきゃいけない。遊んでる暇なんかない。

でも最近、夜中にベッドの中で、天井を見ながら、こう思うことがある。

僕は、「もういい」と思えるほど、生きていない。

もういいや、仕事に集中しよう。そう言い切れるほど、僕は人生を味わっていない。楽しんでいない。何も楽しんでいないのに、何かに集中しようとしている。空っぽの器を火にかけているようなものだ。中身がないまま熱し続けたら、器が割れる。

でも中身を入れに行く方法がわからない。

友達の作り方がわからない。二十二歳にもなって。恋人の作り方はもっとからない。そもそも誰かと親しくなるということの手順が、僕の中にインストールされていない。中学で透明にされた三年間の間に、みんなが自然と身につけたはずの何かが、僕には欠落している。

から僕は仕事をする。仕事なら、手順がある。クライアント課題を聞いて、分析して、施策を考えて、実行して、数字で結果を出す。そこには人間関係の不確定性がない。数字は僕を透明にしない。数字は僕を無視しない。

でもそれは、逃げなんじゃないだろうか。

からない。

もっと上を目指さなきゃいけないのに、同時に、もっと今を楽しまなきゃいけない気がする。でも上を目指すことと今を楽しむことは両立しない気がする。でもどっちも諦められない。でもどっちも中途半端になってる。上を目指すには全然足りていないし、楽しむなんてそもそもできていない。どっちつかずの二十二歳が、渋谷エスカレーターの上で立ち止まっている。

ワークライフバランス、という言葉がある。あれは、ワークとライフの両方がある人間のための言葉だ。僕にはワークしかない。いや、ワークすら中途半端だ。ライフに至っては存在しない。バランスを取る以前の問題だ。存在しないものの天秤をどう釣り合わせろというのか。

こんなことで悩んでいる自分が恥ずかしい。川島さんはたぶん、こんなことでは悩まない。川島さんには友達がいて、恋人いるかは知らないけれど、少なくとも飲みに行く相手がいて、人間としてのベースちゃんとある上で、あの恐ろしい優秀さを発揮している。土台がある。僕には土台がない。砂の上に家を建てているようなもので、いつ崩れてもおかしくない。

おかしくない、と思いながら、それでも僕は今日も家を建て続けている。他にやり方を知らないから。

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金曜の朝。

特に何があったわけでもない朝だった。

はいつも通り六時半に起きて、いつも通り白湯を飲んで(コーヒーは胃が荒れるからやめた、二十二歳で胃を心配している自分ちょっと情けない)、いつも通りMacBookを開いた。

メール確認する。Slack確認する。クライアントからの返信をいくつか処理する。そのうちの一件が、先月から手がけていた案件レポートへの反応だった。

さなオンラインショップをやっている人で、三十代の女性で、自分アクセサリーを作って売っている。月商は二十万くらい。僕がやったのは、広告設計と、LP改善と、SNS運用方針を整理することだった。

その人からメールには、こう書いてあった。

「先月お願いした施策を始めてから、はじめてSNS経由で知らない方からの注文がありました。すごく嬉しかったです。今まで友人や知人にしか買ってもらえなかったので。本当にありがとうございます

僕はそのメールを読んだ。

二回読んだ。

三回読んだ。

そして、自分でもよくわからないのだけど、目の奥がじんとした。

「はじめて知らない方からの注文がありました」。

それだけのことだ。たった一件の注文だ。川島さんなら、こんな規模の案件はやらないだろう。やる必要がない。川島さんは何千万、何億という広告予算を動かしている。僕がやっていることは、それに比べたら、本当に小さい。

でも、あのアクセサリーを作っている人にとっては、知らない誰かが自分作品を見つけてくれたことは、たぶん、小さくなかった。

僕がやった仕事は、完璧じゃなかったと思う。川島さんなら、もっとうまくやれた。もっと効率よく、もっと的確に、もっと大きな成果を出せた。でも川島さんはあの案件をやらない。月商二十万のオンラインショップ広告なんか、川島さんの世界には存在しない。

でも、僕の世界には存在する。

僕はなんでもやだ。

マーケもやるし、広告もやるし、SNSもやるし、たまにデザイン方向性も考えるし、クライアント愚痴も聞くし、請求書自分で発行する。専門性がない、と言われたらそれまでだ。川島さんのようにマーケティングの深い専門性があるわけでもなく、柴田さんのように人の心を一瞬で掴む力があるわけでもない。僕は何でもそこそこにできて、何一つ突出していない。なんでもや。便利で、代替可能で、オンリーワンとは程遠い存在

でも。

あのメールを三回読んだ朝、僕は思った。

なんでもやの僕でしか、届けられなかったものが、もしかしたら、あったのかもしれない。

月商二十万のアクセサリーショップに、真剣に向き合えるのは、たぶん僕みたいな人間だ。大きすぎず、小さすぎず、どこにも分類されない、中途半端場所にいる人間。上から見下ろすでもなく、同じ場所に立って、一緒に考える。それは才能じゃない。たぶん、境遇だ。僕が中途半端から中途半端場所にいる人たちの気持ちがわかる。わかるというか、少なくとも、わかろうとすることができる。

それは川島さんには、たぶん、できない。できないというか、する必要がない。川島さんにはもっと大きな仕事がある。

僕にはこの仕事がある。

---

これが何かの答えだとは思わない。

川島さんとの距離は縮まっていないし、彼女はまだいないし、友達も増えていないし、人生は相変わらず楽しくない。木曜の夜に渋谷エスカレーターで一人で立っている二十二歳は、金曜の朝になっても、やっぱり一人で六畳の部屋にいる二十二歳だ。

ワークの問題解決していない。もっともっと上に行かなきゃいけない。もっと勉強しなきゃいけない。川島さんの三十秒に、いつか追いつかなきゃいけない。追いつけるかはわからない。たぶん、追いつけない。でも追いかけることをやめたら、中学教室の透明な僕に戻ってしまう。

ライフ問題もっと解決していない。二十二歳の、今しかない時間が、砂時計の砂みたいにさらさら落ちていっている。大学を出たら、もう「大学生」という猶予は終わる。社会人になったら、きっともっと時間がなくなる。今のうちにもっとしまなきゃいけないのに、楽しみ方を知らない。楽しみ方を学ぶ時間を、仕事に使ってしまう。仕事に使ってしまうことに罪悪感を覚える。罪悪感を覚える自分に対してまた恥じる。恥じている時間がまた過ぎていく。

全部、中途半端だ。

全部が中途半端で、その中途半端さを直視できるくらいには頭が回って、でも直視したところで何も変えられないくらいには無力で、その無力さすら誰にも言えないくらいには意地を張っていて、意地を張っている自分がまた恥ずかしい。

この恥ずかしさの連鎖を、どこで断ち切ればいいのか、僕にはまだわからない。

2026-01-18

世間の奴らってなんであんなにAIのことを知らないんだ?

職場AI導入するかどうかという相談最近行われているんだけど、皆の言ってることが頓珍漢すぎて目眩がしてくる。

「社内のデータ勝手アップロードしてしまうんだろ?個人情報や新製品情報をどうやって隠すんだ?」

オフラインで使えばいいだけだろ・・・

著作権問題が発生する可能性はないですか?AIなんて結局は切り貼りですからね」

一瞬悪くないなと思ったけど最後ズッコケた。生成の仕組みは勉強しないとわかりにくいから仕方ないけどね。

「チェックに手間がかかるだろ。人間やらせれば本人が失敗しない限りミスは起こらないか人間よりは信頼できる」

AIに対する理解以前の問題すぎる。人間は失敗するという大前提がない世界でよく今日まで生きてこれたな

凄いよ世間人間は。

マジで意味がわからないよ。

こんな頭のおかし人間と一緒に暮らすならまだIT業界に居座ってたほうがマシだった気がしてきた。

あっちはあっちで頭がおかしいけど、自分達が扱おうとしているものに対して完全な勉強不足で会議に挑むような無責任なアホはそうそういなかったよ

2025-12-31

統一教会とか山上裁判とか経済問題とか、国内問題が山積みになると、「中国ヤバい!」「総員戦争に備えよ!」と言い出して外交問題を「生じさせる」のは、過去歴史的にも良くあることだから気を付けないといけない

 

中国政府がヤバいのは確かなんだけど、国内世論コントロールのためや、良くならない生活への目眩しとしてそれを利用するのは、なんか「中国っぽい」やり方だしね

2025-12-26

anond:20251226195021

でも最近なんだかヘンなんだ

音楽聴くと頭が痛くて耳鳴りがする、目眩がする

とにかく聴いててツライんだ

食欲減退・性欲減退、トシかもしれない

(ガンカモシレナイッ!)

ただツマンナイだけかもしれない

ハッキリいって、ついてけナーイ

2025-11-05

自衛官(元自衛官含む)って陰湿な人多くない?

グリフィンドール的な陰湿さっていうかパヨク的な陰湿さっていうか。

コイツイジメてもオッケーな奴じゃん!コイツをかぼおうとしてる奴いるかいねーよなー!!!」みたいなノリ。

自分たちが滅茶苦茶面白いと思い込んでるつまんねーヤンキー中高生みたいなノリのアラフォーアラフィフがうようよいて目眩がする。

それに比べたらアスペから嘘つけないだけなのを「サバサバ系のバッサリサイコパス」みたいなキャラだと思い込んでる陰キャのほうがまだ清々しいよ。

自衛官(元自衛官含む)の一見すると陽キャっぽいけど実際には中身めっちゃねっとりしてる高温多湿な人格が一番キモイ

そう思わない奴とかいるか?

いねーよなー!(流行語大賞

2025-10-31

どうしたらいいのかな

仕事が終わらない。

残業してなんとか、と思ったけど目眩が酷くなって帰宅

ちょっと落ち着いたので持ち帰り残業でなんとか、と思ったけど眠気が酷くなって寝てた。

もう駄目な気がする。

2025-10-29

生理中の鉄分摂取大事です

タカ食品工業のヘム鉄入りFeひじきのりを毎日のように食べていたからか

生理で大量出血してるのにクラッと目眩しません

家族の中で私以外ヘム鉄入りFeひじきのりを食べる人がいないのですがリピして注文した

娘が2人いるから、生理始まったらこ商品を食べて欲しいなあ

まあ家族の食べる料理は私が作るから

小松菜のお浸しとか鉄分がとれそうなモノ出す努力はすると思うけどさ

娘たち、6歳と2歳で野菜嫌いで体に良いものあんまり食べられないんだよね

夫の日記を見つけてしまった

なんと、夫の前妻は自死だったらしい。

 

来月、法要のためにとある遠方の地へ行くと言う。義両親も伴うというので、すっかり親族法事だと思ってわたしもいく気で支度をしていたら「来ないでほしい」と言われ、不審に思って問い詰めたらすぐに口を割った。前妻の7回忌だそうだ。

それまではバツイチと聞いていたので、驚いた。今まで聞いてきたバツイチトークはすべて嘘だったのか…と思うと軽く目眩がした。夫は、「お互いに愛情が冷めて仮面夫婦状態となり、最終的に性格の不一致で離婚した」という旨を誠しやかに話していたというのに、死別だったなんて。全然話が違う。

子供がなかったことと、離婚裁判最中自死だったこから、お墓や法事などの供養は前妻の実家で行なっているらしい。

頭がいたい。

 

わたし精神にかなりダメージがあって、代休がたまっていたのもあったので今日会社を休んで家でゆっくり過ごすことにした。

とはいえどうもこうもモヤモヤして、考えても仕方ないことばかり考えてしまうのも飽きてきて、今まであまり足を踏み入れて来なかった夫の書斎に入ってしまった。

わたしと2人で行った旅行写真試験の教本、ポケモンカード、見慣れたそれらには目もくれず、普段絶対に開けない引き出しの中を見てみることにした。

そしたら当たり前にすべてが出てきた。

 

死亡診断書火葬許可証コピー即死ではなかったようで、死ぬまでの入院中に医者が書いたであろう生々しい書類の数々。その間見舞いに通ったであろう市民病院駐車券の束。葬儀の打ち合わせ資料生命保険会社から郵便物税理士からであろう相続書類

そして、夫の日記

離婚裁判中に自殺企図をくりかえす前妻との戦いの日々。ある日を境に、入院した前妻の看病日記

最後のページには、夫のポエムが書かれていた。

 

僕は[前妻]を愛していた

[前妻]は僕を愛していた

お互い愛し方が違って、愛され方に不満があったんだよな

合わないから 離れよう

それだけだったのにな

[前妻]、楽になったのか

 

吐き気がした。

何に吐き気がしたのかわからない。

過去の妻に対する嫉妬?そんな可愛らしいものではない気がする。

 

登場人物が全員無責任気持ち悪い。

配偶者自殺しかかってるというのに「離婚」の意思を頑固に貫く夫も怖くて気持ち悪いし、

離婚が嫌だからって自殺なんて選択肢を取る前妻も気持ち悪いし、

前妻が自死して早々にこんな寒々しいポエムを書ける夫が本当にサイコパスに思えて、こんな人と何も知らずにぬくぬく夫婦をやってたわたし自身気持ち悪い。

 

一番気持ち悪いのはこんな重大なことをわたしに隠していたこと。

義両親は?義兄は?当然知っていたであろう。葬儀の出席表に名前があるもの。その上で夫と口裏を合わせていたのか。夫に加担したのか。わたしにこのことを知られないために。

いや、言いにくいのはわかるさ。自分親族がもしそんなことになって・・・考えられない。こんな最悪の事態になる前になんとかしなかったのか?手助けはしなかったのか?

知ったら結婚しなかった?わからないけど、夫とそれについて会話して自分なりに納得というか、腑に落ちないと無理だ。だって異常でしょ。いろんなことが。

よくあることなんだろうか?

被害者はだれなんだろう。自死に追い込まれた前妻?面倒な過去を背負わされた夫?何も知らないでのんきに後妻を演じていた、わたし

自殺するほど追い込まれていたのは前妻なの?

配偶者が目の前で自死しようとも離婚しかえらべないほど追い込まれていたのは夫なの?

異常者は誰だ?こんな状態離婚届もとりに行かずに嘘だったらいいと夫の書斎勝手にひっくり返して調べて嘘じゃないことに直面して涙しているわたしか?

 

せめて離婚した後の自死だったらよかったのに、何か見落としていないか、救いはないのかと書類を漁るが、除籍謄本の写しが、救いなどないことを突きつけてくる。

なにもわからない。

混乱している。

どんな過去でも受け止めると誓ったのに、こんな簡単に壊れてしまうのか。

離婚を言い渡されるのはわたしの番か。

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