はてなキーワード: 実行委員とは
第二部 学び直せなかった一年
ここで、君に正面から語りかけたい。
たぶん君の中には、私に近い感覚が少しはあるはずだ。
なくてもいい。
あったとしたら聞いてほしい。
入学して最初の数週間、君は周りを見てこう感じるかもしれない。
「あれ、この人たち、思っていたほどすごくないな」
先輩たちがわいわい騒いでいる。
話の中身はたいしたことがない。
誰々が誰々を好きらしい、という話。
君はそれを聞きながら、心のどこかでこう思うかもしれない。
「俺はこんな話をするために東京に出てきたんじゃない」
その感覚は半分は正しい。
ただ、残りの半分について、私が二十年かけて学んだことを君に伝えたい。
雑談を飛ばして、いきなり大事な話だけをしようとする人間は、長い目で見ると誰とも何の話もできなくなる。
これは二十年後に私が痛感したことだ。
けれど十八歳の私は、これをまったく理解していなかった。
理解する気もなかった。
入学して一週間ほど経った頃、駒場のキャンパスで一人の同級生と話す機会があった。
名前は仮にKとしておく。
背が高く、髪を少し茶色く染めていて、笑うとき口を大きく開けた。
「サッカーをやってました。あと、文化祭の実行委員やってました」
それを聞いた瞬間、私はKにあまり期待しなかった。
あの私を退屈させた連中の、東京版だろう。
そう思った。
ところがKはよく話しかけてきた。
授業のあと、「飯行かない?」と私を誘った。
最初は断った。
二度目も断った。
三度目に、Kは少しだけ困った顔をして聞いた。
「お前、誰とも飯食わないの?」
私はそう答えた。
Kは少し笑った。
「ふうん。じゃあ、気が向いたら声かけて」
そう言って行ってしまった。
そのとき私は、自分がKに少しだけ優越感を持ったのを覚えている。
私は違う。
私は一人でも平気だ。
だから私のほうが強い。
そう思った。
これが間違いの始まりだった。
Kは、誰かと一緒にいないと不安だったのではない。
Kは、一緒にいる時間そのものを価値あるものとして認識する能力を持っていた。
そのことを、私は二十年後に理解した。
語学クラスでは、よく数人で集まって、課題のフランス語の和訳を持ち寄って見せ合っていた。
私は最初、その輪に入った。
けれど私の和訳はたいてい一番正確だった。
少なくとも私はそう思っていた。
私は指摘した。
「そこ、違う。主語はこっちじゃない」
Kは「あ、ほんとだ。サンキュー」と言ってすぐに直した。
それはいい。
問題はその次だった。
別の同級生、仮にMとしておく。
Mが読み上げた和訳も間違っていた。
私は同じように指摘した。
「Mも、そこ違う」
Mは少し顔を赤くして、「うん……」と言った。
Kが軽く笑いながら言った。
「お前、間違いの指摘の仕方、ちょっと冷たくない?」
私はKを見た。
「冷たい? 間違ってるから間違ってるって言っただけだろ」
「いやそうなんだけどさ。なんかこう、もうちょっと、『あ、ここ、俺もよくわかんないんだけど、こうじゃないかな?』みたいな感じ、ない?」
私は内心で軽蔑した。
出た。
「言い方」だ。
Kは内容で勝てないから、言い方の話に逃げている。
私はそう判断した。
その日から、その輪には行かなくなった。
数週間後、その輪がMを含めて続いていることを知った。
けれどMは、Kの輪の中で笑うようになっていた。
間違いを指摘されても、頭をかいて「あ、ほんとだ」と言うようになっていた。
Mは変わった。
私が変わらなかったのに対して。
私はMのことを軽く馬鹿にした。
妥協したのだと思った。
今になって思う。
妥協したのはMではなかった。
Mは学んだのだ。
私は学ばなかったのだ。
風の噂で聞いた。
実際、内容は真面目だった。
そこには二年生にSという先輩がいた。
Sは私とは違うタイプの賢い人だった。
判例を読むスピードは私と同じくらいだったが、議論のときの立ち回りがまったく違った。
まず、後輩や他の人の意見を聞く。
そして誰かの意見の中でいいところを見つけて、「それ、いいですね」と言う。
「○○さんが言ったところに加えて、こういう論点もあるんじゃないかと思って」
そう言った。
私はSのやり方を、最初ずるいと思った。
あれは自分の頭で考えていない。
人の意見に乗っかっているだけだ。
そう思ってSを軽く見た。
「Sさんの今の論理は、判例の射程を超えていると思います。○○判決はあくまで△△の場合に限った話で、これを一般化するのは無理があるんじゃないですか」
Sは私を見た。
少しの間、何も言わなかった。
「うん、たしかにそうだね。射程の問題は僕も気になっていた。じゃあ、君だったらどこまで一般化できると思う?」
私は答えた。
私の答えは、Sが言うべきだった内容をより精密にしたものだった。
Sは「それ、いいね」と言って、私の意見を議論全体に位置づけた。
私は勝った気がした。
サークルが終わったあと、別の三年生の先輩が私を呼び止めた。
「君さ、頭はいいよ。間違いなく。ただ、Sのこと、ちょっとなめてないか?」
「いえ、なめてはいないです」
「Sはね、あの場で君のために負けてくれたんだよ」
「Sは、あの場の議論をいいものにするために、自分の意見を引っ込めたんだ。君に花を持たせたんだよ。それはSがバカだからじゃない。Sのほうが、議論っていう場全体を見てるからだ」
私は不機嫌になった。
「いや、でも、内容としてSさんの最初の論理は間違っていました」
先輩はため息をついた。
「うん。まあ、そうかもしれない。でも君がこれから先、誰かと一緒に何かをやるなら、内容で勝つだけじゃ足りないよ」
私はその日、サークルをやめた。
正確に言えば、その日のうちにメールで退会の連絡をした。
理由は書かなかった。
二度とそのサークルには行かなかった。
夏休みに入る前、私はKにもう一度だけ会った。
Kは相変わらずにこにこしていた。
彼女もできたらしい。
私はその女子を、可愛いとも可愛くないとも特に思っていなかった。
Kが別れ際に言った。
私は笑って答えた。
「誰かに頼って、その誰かが間違ってたらどうするんだ?」
Kは少し考えた。
「うーん。そうしたら、一緒に間違えて、一緒に直せばいいんじゃないかな」
私はその言葉を軽くいなした。
心の中で、「だから、お前は二流なんだ」と思った。
一緒に間違えて、一緒に直す。
そんなことに付き合っている時間はない。
私は一人で、間違えずに進む。
正確には、二十年かけてようやく思い出せるようになった、と言うべきかもしれない。
ここで、君にもう一つだけ伝えたい。
私が地方の進学校で身につけた「一人で考えたほうが正しい」という認知は、地方の進学校の中ではたしかに事実だった。
私の周りには、私より速く正解にたどり着ける人間がいなかった。
集団で議論すれば、議論は私のレベルに引き下げられるか、私の意見が通らないかのどちらかだった。
しかし東京大学に来て、私の周りには私と同じか、私より速く正解にたどり着ける人間がたくさんいた。
その時点で、私は戦略を変えるべきだった。
もう一人で考えなくていい。
人と議論したほうが、自分一人で出せる答えよりいい答えが出る確率が高い。
人に頼っていい。
人に教わっていい。
人に「わからない」と言っていい。
けれど私は学び直さなかった。
なぜなら、地方で身につけた認知は、私を東大まで連れてきた成功体験だったからだ。
それを捨てることは、自分の人生を否定することのように感じられた。
変化を恐れた本当の理由は、たぶんこうだ。
だから勉強の戦い方を変えることは、自分そのものを失うことのように感じられた。
後になって考えれば、ただの臆病だった。
けれど当時の私は、自分が臆病であることにまったく気づいていなかった。
孤独に耐えられる、というのは強さではない。
ただの不器用さだ。
優三つの「優三つ」というやつだ。
一人でやれば結果が出る。
けれどその学年末、駒場の生協の前で、語学クラスのKたちが五、六人で集まって笑いながら写真を撮っているのを見た。
Kの隣にはMもいた。
Mは四月のときと比べて別人のように、いい顔で笑っていた。
私はその輪を遠くから見ていた。
その輪の中に入りたいとは思わなかった。
ただ、奇妙な感覚があった。
結婚式に呼んだり。
子供の話をしたり。
そう自分に言い聞かせた。
その夜、私は寮の自分の部屋で二年生の科目の予習を始めた。
ここで私は、君に最も伝えたいことの一つを書く。
地方の進学校から東大に行ったことの本当の不幸は、東大に行けたことではない。
もし通っていたら。
私は十二歳か十三歳のうちに、自分より賢い人間に出会っていただろう。
泣いたかもしれない。
けれど十二歳の私はまだ柔らかかった。
十二歳のうちに負けることは致命傷にならない。
十二歳の負けは回復する。
十二歳の負けからは、人に頭を下げることを学べる。
十二歳の負けからは、「わからないから教えて」と言うことを覚えられる。
私の認知の中で、「負ける」という選択肢が十八歳の段階ですでに消えていた。
そして十八歳で東大に入った瞬間、私は相対的に普通の人間になった。
けれど、そのときにはもう遅かった。
十八歳の私は、十二歳の私のようには柔らかくなかった。
私は上の人間に頭を下げるかわりに、上の人間を見ないことにした。
上の人間から学ぶかわりに、「あいつは要領がいいだけだ」と評価することにした。
これらは全部、私の防衛反応だった。
だから君がもし、地方から東京の大学に出てきたばかりでこれを読んでいるなら、聞いてほしい。
早く、負けてくれ。
自分より明らかにすごい人間に会ったら、嫉妬する前に頭を下げてほしい。
「教えてください」と言ってほしい。
それは君の性格を守るための救済だ。
天井を知らないまま二十代に入った人間は、たいてい私のようになる。
私のようになるな。
これは命令ではない。
お願いだ。
結構前の風俗詳しい増田におすすめしてもらった通りに、ピンサロ行ってきた。
30代童貞が30代フェラ経験童貞になっただけだが、経験としてはなんかかなりのものを得た気がする。
指名せずにフリーで入っても普通にいい感じの子が来て、ドキドキしている間にすべてが終わっていった。
初めて親以外のおっぱいを触ったのだけれど、これは相当良かった。温かく柔らかで、謎の癒し効果があった。
これぐらいやわらかいマウスがあったら売れるだろうにと思ったし、こんなのが標準装備なんて女はずるいなーとも思った。
あと意外とノリで行けるべと思ったが、いざエッチが始まると自分の童貞力の高さに驚いた。
女の子が何かを言ってくれないと、なにをしたらいいかもわからないわけだ。
嬢「キスしていい?」 俺「…!どどどどうぞ」
などなど、どんくささの中にいすぎた。
キスやフェラをしてくれている間、俺はどこに手を持って行ったらいいのかわからず、女性を抱きしめるのも違うよなと思いマットをつかんでいたら、見るに見かねた女の子が胸に誘導してくれた。本当に恥。何をしているのかね。
ただ女性器は触らせてもらえなかったので残念だった。申告制だったのかもしれない。
書いていてなんとなく今思ったのは、要は、相手や店は性行為という祭りの実行委員であって、参加者であるこちら側も積極的に参加しないといい祭りにはならないのか、という思いをしているし、
結局女性に対しては、どうしたらいいのかがわからないままだったな、と反省をしている。
相手にリスペクトがあるつもりがあっても、それを行動で示せないのはよくないなとか、色々帰りの電車で考えてしまった。
とりあえず紹介してくれた増田には、いきなりソープに行くのではなくその前段階からやれよっていうことを、教えてくれてありがとうと言いたい
某学術系オンラインコミュニティ(メーリングリスト)へ向けたjonの提言。
これはとても尊い。この行動は大いに支持する。
内容については賛同する側面もあれば、そうでない面もある。周囲からの対応についても思うところは大いにある。
Jon、君の未来のためにも、、、なんて言うとおこがましな。
どちらかというと俺が言語化したいだけだ。とても複雑で複合的な問題だからね。
ちょっと耳の痛い話もあるかもしれんが、良かったら少しだけ聞いてくれ。
そして、俺も匿名にさせてくれ。正直俺もビビってる。それに「誰が言うか」よりも「何を言うか」の方が大事に決まってるからな。お互い匿名で特に問題ないだろ。
経緯をざっくりまとめると
・某オンラインコミュニティに「女性限定の教員公募」の連絡が来た。
・jon yamadaが「女性限定公募は差別禁止を定めるアジェンダに反するから止めるべきだ」という内容を提言した。
・それについて、「女性限定」の公募の是非について意見がなされた。
・実際のjon yamadaの主論点は、過去の女性差別を「公募」で解消しようとすることの是非についてだった。
・その点について誰もコメントすることなく、運営から「学術的内容ではないため場に適さない。これ以上は止めろ。」と介入があった。
・その後も意見を表明するヒトが現れたが、再度運営からの介入で止められた。
こんな感じでいいだろうか。今回はjonに向けて書いてるので、リアルタイムに追えていないヒトは上手いこと察してくれ。当然だがもう少し各方面から複雑な意見が出てる。
まず本件の俺の感想は
「運営の対応が早かったことは評価する。だがそれ以外の状況はかなり悪い。」と言わざるをえない。
だがある程度やむを得ない事情もわかる。だからこうやって個人的に直接、見たいヒトだけが見れる形で伝えるしかない、と結論付けた。
まず最初に、なんならこれだけでいいからjonにわかってほしいことは、学会運営は完全に無償ボランティアだということだ。
当然だが全員研究したいから研究者をやっているのであって、学会運営なんて正直やりたくない。ただ情報交換やそのためのコミュニティは必要だから、みんな少しずつ無理のない範囲で貢献してる。その上で10年くらいに1回、大会の実行委員をやったりしてる。しかもそれを複数。イベント運営なんて普通プロがやる仕事を、手弁当でやってるんだぜ。信じられないだろ。素人イベントだから問題も増えてきてる気がするが、まぁそれは別の話題だ。
正直、面倒臭い意見なんて言ってくれるなと感じてるヒトもいるだろう。でも俺は学会が社会に意見する公器としての側面がある以上それは許されないと思ってる。マジで今、マトモで暇な人っていなくて無償ボランティアですらギリギリで回してるから、早い返事は求めるな。このままでは根本的にコミュニティが崩壊する。だれも学会運営を担えなくなる。それはjonにとっても本望ではないだろ?と信じてる。もしそうでないなら話はここまでだ。歴史的にも学会の分離独立なんてのはよくある話だから、自前でjon学会でも作ってくれ。
OK、俺が信じた通りjonもこっち側で安心したぜ。悪く言いたいんじゃなくて、良くしたいんだよな。
運営からこの件について意見するな、という簡単な説明だけがなされた。
これは正直最悪だ。そして、他にも意見したヒトはいるのにjonのときだけ強めに止めにきていると感じる。発言者や内容によって対応が変わるというのはあまりにも不公平がすぎる。
せめて、運営から裏で個別に怒られが発生していると信じている。
だがいっぽうで、運営が正式に意見をしようとすると、どうしても時間はかかるんだ。専任がいないというのは上で述べた通りだし、公器としての側面から個人の見解を発表するわけにもいかない。合議を取る必要がある。個人レベルでの対応が許されるなら返事は早いかもしれないが、相手にしない自由を行使されたって文句は言えない。
これに関しては、公式コメントや学会大会等で動きが出ることに期待しよう。
あとは、匿名の意見というのはどうあっても優先しにくい。背景がわからないから、多少はしゃーない。もう少し立場の説明はあっても良かったかもしれない。
で、徐々に内容に入っていく。
jonは受信者への心理的ストレスを理由に公募情報の制限を主張している。この感性は、とても利他的で優しさに溢れる良い主張だ。
正直、過去の女性差別なんて大抵のヒトがマジでなんの悪意もなく自然にやってきたことだ。今優れているとされるヒトも含め。
過去に差別してきたシニア層男性が辞めて、そのポストを過去に権利を侵害されたシニア層女性に渡すべき。それは本当にごもっともだ。だがそれは現実的だろうか。
それで後悔、反省して辞めてしまう責任感のあるヒトこそ、残って今後の状況改善に尽力してくれそうじゃないか?逆に「俺は大丈夫だ」と思ってるヤツこそ問題だろう。過去、現在、未来に対して有害だ。
それと、過去に下駄を履かせてもらったおかげで30年の経験を積んだラッキーだけで普通のシニア男性と、優秀ではあったものの女性差別によって職を得られなかった結果、成長の機会を奪われたシニア女性。専門職であり管理職でもある大学教授や研究所の主任研究員や室長クラスに就けるべきは、どちらだろうか。もちろんケースバイケースすぎるし、悩ましいくらいなら女性優先で良いと俺は思う。急にこういう施策をすると、組織の能力の平均値(測定可能とする)としては低下することが懸念されるであろう。
そういう意味で、jonの提言は理想主義的すぎて現実的ではない。過去に戻って差別のない採用に修正したうえで現在に戻る、しか手はないんじゃないかな。
そもそも差別の責任を雇用で調整しようという発想が悪手なのかもしれない。
ただただ否定するだけでもあれなので、多少マシな対案を考えてみた。
今大学の定年は65歳まで引き上げられているところが多い。これを60歳に戻して、その後の5年or10年間の雇用延長を公募制にし、その分の大半を女性限定や女性優先にする、というのはどうだろうか。決定権のある立場の女性には長く続けてもらって、部内や学会内で悪評の立っているシニア男性には早めに退場してもらう。
ちゃんと最後まで評価される行動が必要になって、「逃げ切り」という発想も防げるかもしれない。(評価されるヒトを残すことが本当に重要か、結局忖度になって全員そのまま延長されるのでは、という別の問題はありそうだ。)
で、運営がメーリスでの議論を止めたこと。これは、今回の場合は正直仕方がない。得てしてこの手の議論はこうなりがちだ。具体例を考える必要が出てきて、具体的に当てはまるヒトが出てきてしまうからな。
真面目なシニア男性こそ、過去の差別に苛まれるだろう。過去の不平等な扱いを抉られる女性もいるだろう。「老害は去れ」、という主張が妥当であるかのような印象を若手にも与えるだろう。将来の自分たちの姿であるにも関わらず。
こうなるから止めろって言われてんだ。結果としてjon自身がしっかり傷つけてるぞ。
「適切な議論の場」というのは、ちゃんとした知識と覚悟を持ったヒトが対等に意見しあえる場、だろ?
学術的内容であれば我々は当然対等だが、今回は必ずしもそうじゃない。組織運営の話だ。それはそれで重要だが、メーリスじゃない。
で、ようやく本題である。
過去の差別によって下駄を履いてきた世代が、その解消のために女性限定公募を出すことを余儀なくされる現状。
俺の意見としては「ホモ・サピエンスの性比がほぼ1:1である」「研究能力(測定可能とする)に性差はない」という意見を採用しているので、大学・研究所の教員研究者は1:1にならなければならない。これが歪んでいる状況は、能力のないものが不当に入り込んでしまっている状態なので、平均研究能力は理論値よりも下がる。この正しくない状態は直ちに解消されることが最も公益に資する。
で、一度生まれた歪みを整えるためにはどこかでまた別の無理が生じることもある。その結果、現代の若手男性研究者にしわ寄せが行く形になること。この点についてはシニア世代、および教育政策に関わる者は、若手世代研究者に謝るしかない。
マクロに考えたときの社会の最適状態とミクロに捉えたときの個人の最適状態が矛盾することは理論的にも当然避けられない。より良い社会を実現していく上で、どうしても誰かが背負わなければならない犠牲なんだ。本当に申し訳ない。最大限の補償はなされるべきだと思う。
にも関わらず、居丈高に「そういう時代だし仕方ないから納得しろ」「俺は逃げ切ったからあとはお前らなんとかしろ」「お前は女性差別を容認するのか」「名を名乗れ」みたいに言ってくるシニア男性は、俺も結構ムカついてる。てめえらが撒いた種だろう。社会的な傾向に反抗してマトモに動こうとしたことがあるのか?あ?こちらの正義と良心でぎりぎり立っていられてるだけだぞ?お?解決よりも保身が染み出してるぞ。
シニア世代や政策施策決定者は真摯に謝罪の意識を持つべきだし、採用する側、される側というパワーバランスがあるだけで人間的な上下関係では絶対にない。
それとこれは余談だが、「過去の思想で突如解雇になる」という前例は、jonや俺にとってもさすがに嬉しくないはずだ。
女性限定公募。たしかにこの10年くらいで目につくようになっては来た。だが、どうやら女性限定公募は意外と少ないらしい。平均でも1%前後で、分野の偏りもあるとはいえ5%にも満たない。
https://jxiv.jst.go.jp/index.php/jxiv/preprint/view/841
俺も意外だった。「結局意思決定者と同等の立場である教授准教授に女性限定公募は割り当てないんだろ」と思ってたが、勘違いだった。
思ったよりも自分の目にバイアスがかかっていたようだ。科学とは、直感と異なることを信じることだからな。数え方の問題もあるかもしれないが、これは一定のデータであろう。
女性限定公募なんて1%程度。つまり、若手研究者の採用が決まらないのは女性限定公募があるからじゃない。俺らの能力が足りないからだ。
もちろん、自分が進みたい分野や地域の制限もあるからそんな単純な話ではないし、「これが女性限定じゃなければ」という瞬間も十分ありうる。こういう個別現象に対しては、謝るしかない。
結局是正されるまでは社会正義のためにも続けるしかないんだから、早く是正されてほしい。
あともっといえば政治家とか経営者とか異常なほどの偏りなんだから、そっちも早く変わるべきだとは思ってる。
それとメーリスで連絡が回らなくなるだけでは驚くほどなんの解決にもならない。というか状況は悪化するだろう。この辺は他のヒトが指摘している通りだ。それと本当は女性限定のつもりなのに言うと問題になりそうだから書いてないだけ、なんていう隠れ女性限定公募が出回ったら目も当てられない。過去の公募が隠れ男性限定公募だっただけとも言えるけど。
世代論にこだわるなら、印象としては正直現代の若手よりも氷河期世代の方が相当に厳しい。正直、今の学生〜若手研究者の状況は過去数十年でもっとも恵まれていて、氷河期世代が学生の頃は最低だったんじゃないだろうか。これを救うために、採用も予算も若手を減らして4,50代を増やす方が即戦力だし順当とも言える。
こういうのがつまり政治判断で、どういう組織、世の中にしたいか、そのためにどういう施策が必要か。どこに被害が行くからどういう補償が必要か。というのを考えるのが政治であり組織運営だ。意味のない結果論だが、氷河期世代が虐げられることに日本中が声を挙げなかった。だから氷河期世代は救われなかったし、それで生じた歪みが日本全体を蝕んでいる。多分、人手不足で経営陣レベルが困ってきた最近までマジで問題だとも思ってなかったんじゃないかな。歪み続けるわけにもいかないから、なんとか戻すしかない。
正解不正解ないので試行錯誤だらけだ。マジで人生狂わされる瞬間も当然、残念ながらある。だからこそ意思決定者ほど誠実ではあれよ。というのが俺の意見だ。
少なくとも性別や国籍なんかよりも、嘘を言うやつや不誠実なやつの方がよっぽど信用ならんとは思うけどね。
最後に、メーリスへの連絡でショックを受けるヒトのことを思って心を痛めるjonの優しさ。これは本当に素晴らしい。
だが、それで匿名で勢いのまま攻撃的なまでに意見してしまう姿勢は、ちょっと心配だ。もっとも根本的に解消されるべきはjonの心の問題かもしれない。
とりあえず一度、心療内科を受診して専門家と話すことをおすすめする。博士学生や研究者には割と普通のことだ。それはそれで大問題だがな。
検討を祈る。
この記事で、私立中高に関して「お金を払っているのだから良い教育が〜と思う親がいる」と紹介されているが、これは全くアホな話だと思う。アホというか、アホを通り越して間抜けだ。栃木県民の視点から、見れば。では、以下に栃木県の実情を説明しよう。僕の備忘録にもなる。
中学受験をするのは児童の数%程度で、例えば徒歩や自転車で簡単に行ける範囲内(地元の公立中学校と同じ学区内にある)場合でも、1割程度の児童のみが中学受験をする。栃木県民には中学受験をしなければ人生が詰むといった考え方がないので、親が教育熱心か、何かのきっかけを受けた場合にのみ、中学受験をする人が多い。
受験先としては、県立・国立の方が偏差値や第一志望校の割合が高く、私立の方が相対的に低くなっている。
ここが1番とされがちである。付属の幼稚園や小学校から内部進学する人もいるため、定員はやや少ない。4教科の受援が必要で、満遍なくできる優等生に向いている。付属の高校がないため、高校受験をして、後述の宇高や宇女に進学していく。中学受験をしたのに高校受験もしないといけないのはコスパが悪いとされる事もあるが、スマホの持ち込みが許可されているなど、大学付属中学校としてのメリットを享受できるというのもポイント。
②栃木県立宇都宮東高等学校付属中学校(および佐野附、矢東附)
偏差値は宇東、佐野、矢東の順。元々高校だった学校を改修して中高一貫校に仕立てたため、中高ともに定員が少ない。主に県央地区では宇大附と宇東が比較されがちであり、受験日が同一であることから、2択を迫られる。こちらはいわゆる適性検査型の出題がメインのため、4教科ができなくても、ポテンシャルを持つ生徒が受験をしやすい。3校ともに中学受験では3、5倍の倍率を持つが、高校受験は1倍を切り、さらに進学実績は中学からの生徒の方が高い。このため、栃木県は高校受験枠を廃止しようとしている。
私立の中学校としては、作新学院中等部、高校野球で有名な作新学院の中等部などがあり、これらの私立は枠が大きいため、公立受験生の滑り止めになる。上記公立に受かる児童はだいたい授業料無料枠で合格をしている。ここから踏ん張って宇高などに抜ける生徒もいるが、そのまま内部進学して、学校の金に任せた適当な私立大学の指定校推薦枠に合格していくケースが多い。
そして高校だが、宇大付出身の宇高生や宇東生からはコンスタントに医学部や東大に生徒が輩出される一方、作新学院はどんなに頑張っても(例えば、最上位クラスは部活に入ってはいけないなど)東大を毎年出すなど夢のまた夢なのだ。ゆえに、栃木県では公立の中学校の方が予後が良いし、コスパがいいし、環境もいい。ということで、都会人が必死に私立に行こうとしているのは、バカの所業なのだ。友人の子供で、宇東に中学受験で進み、バンドやら学校祭実行委員やらテニスやら色々やりまくって、高3勉強したら早稲田の商学部に一般で合格した人がいる。僕も早稲田の出身なので、早稲田に来る都会の人間は小学校からサピックスやら四谷大塚やらやりまくってアホみたいに勉強して最後たどり着くという印象を少なからず持っている。それを踏まえると…都会で子供を育てるのってコスパが最悪だと思うんだよな。
「幼い頃からマクドナルドのファンで、活気のある雰囲気の中で働きたいと思っていました。特に、チームワークを重視するマクドナルドの企業文化に魅力を感じています。接客の経験を積みたいと考えており、多くのお客様と接する機会のあるマクドナルドで働きたいと思いました。また、効率的な業務の流れを学び、自身のスキルアップに繋げたいと考えています。」
「平日の夕方から夜の時間帯、または土日の昼間から夜の時間帯を希望します。週に〇日程度働きたいと考えています。学校の授業が終わった後の時間帯や、土日の終日など、柔軟に対応できます。」
「私の長所は、明るく元気なところです。チームの雰囲気を盛り上げ、積極的にコミュニケーションを取ることができます。短所は、細かい作業に時間がかかってしまうことがある点です。しかし、常に時間配分を意識し、効率的に作業できるよう改善に努めています。」
「高校時代に所属していた部活動で、チームの目標達成のために、メンバーと協力して練習に取り組んだ経験があります。それぞれの得意分野を活かし、互いにサポートし合うことで、目標を達成することができました。文化祭の実行委員として、クラスの出し物を成功させるために、役割分担やスケジュール管理を行い、チームで協力して準備を進めました。」
「持ち前の明るさと笑顔で、お客様に気持ちの良いサービスを提供したいです。また、チームの一員として、積極的に業務に取り組み、お店の目標達成に貢献したいと考えています。常に周りに気を配り、困っている人がいれば積極的にサポートすることで、チームワークを向上させたいです。」
○○部の部長、○○委員長、学級委員長、イベントの実行委員…こういうのを兼任させられた。
長になれば、責任があるし、仕事ができるし、周りの協力を得るためにお願いしまわったり、
いう事を聞かない生徒を注意したり、しんどいばかりで碌なことがない。
周りが楽しく盛り上がってたりするところを、こちらは戒めないといけない。
中には信じられないような馬鹿なことをしだすやつもいる。
内申書に良いだろうと言われたりもするが、別にそんな加点はいらない。欲しいと思ったこともない。
部活の部長は仕方ないと思うけど、生徒会のナントカ委員長とか実質不要なものもあるし、やめた方がいいと思った。
少なくとも兼職させるのは、その生徒に負担が多いのでやめるべき。
高3男。学校祭の実行委員を仲の良い友人たちとわいわい夏休みまでやってきたんだけど、各クラスからの選出時に紛れ込んじゃった文系女さん(委員長)が無双しまくった結果、僕(副委員長)が彼女にきつい言葉を浴びせていじめを行った事になり、20代芸術科の委員会担当の女さんが僕を委員会追放に処す事になりました。通り一遍の謝罪のメッセージを委員のLINE(オプチャ)に送ってそこから抜けたところ、委員長女さんは即座に僕の謝罪文を全員の履歴から削除。もちろんそれ以外の3年のメンバーは仲の良い男たちなので、そのスクショをグループに再送信してネズミごっこをやっているっぽいです。自分が全能であると思っている(実際には何もしていない)委員長女さんと、委員長がいれば成り立つと考えている(委員長が自分頑張ってるアピをしている事に気がつかない)担当女さんと、クラウド上で共有されていた数十点の自分が作成した資料を(ゴミ箱からバージョン履歴に至るまで全て)消去した僕と、委員長についていく気などさらさらない他の3年生と。受験前最後の、そんな夏が始まります。
前
https://anond.hatelabo.jp/20240502193038
学生時代は、健康づくりのために、鹿渓館(学生棟)という建物の地下2階にある【トレーニングルーム】に通っていた。授業が終わった後に、週に三度くらいかな。
ここでは、体育会部活の支配(?)が圧倒的だった。柔道とか空手とか陸上とかラグビーとかウェイトリフティングはもちろん、数多くの部活がトレーニングルームを使用していた。めちゃ狭かった思い出がある。
自分のように体育会でない者は、ひたすらにベンチプレスの順番を待つしかなかった。でも、なかなか空かないんだよな。ベンチプレス。あとは、体育会の利用者が優先という空気があったし、実際そっちの方があるべき姿だと思っていた。
ただ、自分の番が周ってきて、ベンチ台でバーベルとか持ち上げたりするじゃん。その時にさ、ガーーーンッ!! という大きい音がするのだ。見れば、隣のスペースでアップライト気味に胸~頭上にバーベルを上げていた柔道部の人が、バーベルを放り投げるようにして床に落とすのだ。
あれは、マジでびびったわ。重さが50kg以上もある物体を放り上げるだけの筋力が俺にもあれば、驚かずに済んだのかもしれない。
結局、夕方以降にトレーニングルームを使うのはやめて、早朝にトレーニングする派に転向したんだっけ。朝だったらベンチプレスも、腹筋台も、エアロバイクも、大型鏡の前も空いている。
確か、カブトムシその他の甲虫類が、クヌギやコナラの樹液を深夜に吸うのって、スズメバチを回避してるんだよな。日中にスズメバチとやり合うと甲虫側がボロ負けするので、彼らは仕方がなく時間帯を変えて樹液を吸うのだ。俺もその仲間だった。正体は甲虫類である。
ただやはり、体育会の人たちはバックグラウンドが違うこともあって、正直無理なことがあった。特に野球部や柔道部といった上意下達のイメージがある部活は、当時の自分からするとヤベーことばかりしていた。
夕方以降にキャンパスから下宿に帰ろうとする時、北側キャンパスの中庭付近で、体育会の人たちがバイオレンスなことをしていた。例えば、誰かのTシャツの胸あたりを両手で掴んで、ブンブン振り回していた。後は、後輩にエレベーターかトイレの前のタイル貼りのところで、床オナをさせていた。あれは振りだったと信じたい。通りすがりの人は普通にスルーしていた。
基本的に、体育会の人達はやりたい放題だった。2024年現在と比べれば、あの頃の世界は「実績があれば何でもよかろう」の世界だった。実際、彼らはある程度の実績を出している。
例えば、先ほどの鹿渓館の中にある部室棟について、2階とか3階の日当たり良好なスペースは体育会が占めていた。部室の出入口は中がいつでも見えるように、目線の高さの0.5㎡ほどがガラス張りになっているのだが、彼らはそれすら張り紙で覆い隠していた。たまに、男性や女性の怒声や、うめき声や、金切り声が聞こえていた。一体、中で何が行われていたのだろうか……。
ちなみに、【文化系部活】は地下1~2階に生息していた。ジメジメとした暗い空間である。そこで毎日の部活動をしていた。最新の大学キャンパスを見る限りは、おそらく今でも其処に彼ら彼女らは生きているのだろう。
まあ、でもこの頃って、だいたい20才くらいだったからだろうか。なんでも楽しかった記憶がある。
大学の構内だと、学食でごく稀にだけど、同じゼミの人と一緒にご飯を食べることがあった。京都の山間部にフィールドワークに行く関係で、事前に同じチームで親睦を深めるのだ。半強制のイベントだったけど、ああいう体験って、あの時分じゃないとできない。
大学近くでも、例えば喫茶店がふたつあったんだけど、社会福祉のカフェの方に割と行っていた記憶がある。お値段が安いからだけじゃなくて、なんか、どんな人でも受け入れるというか。そういう感覚がよかった。
教授が言うには、昔は大学に接している市道の上に、お昼時にたくさんの屋台が出店していたらしい。むかし、食中毒みたいな事件があってからは締め出しにあったみたいだけど、人生で一度は観てみたかったな。
大学の構外だと、ちょっと北の方にはおいしいラーメン屋とか、南の方にはカフェとか、中華料理のお店とか、いろいろあったな。文芸サークルの皆でよく利用していた。
今はどうか知らないが、大学の授業の出席確認に際しては、出席カードを提出する形式だった。時代の先を行っている大学だと、学生証をピッとやれば出席したことになるらしい。
どうでもいいけど、今って授業は15回中10回以上出ないと単位をもらえないらしい。厳しいんだな。あと、年間に取得できる上限単位は42らしい。ちょっと少なすぎるよ。俺の時だと、大学3回生の前期終了時点で最低110単位は取っていたはずだ。
さて、あれは大教室での授業の時だったか。秋だったと思う。佛大の若き学生がこの日記を見ている可能性はほぼゼロかと思うが、5号館の101という大きい教室(余談だが同志社の講義室に似てる)で、中国明朝の歴史の授業中だった。当時の日記によると、倭寇とか康熙帝とか足利義満とか、そのあたりの絡みがある回だったとある。もちろん全く覚えていない。
授業が始まると、出席カードが前の席から回ってくるのかな~と思いきや、一番前の人が一番後ろの席まで配り切る形式だった。自分が出席カードを受け取ると、すぐ後ろには野球部と思しき人達がいた。彼らは、「すんません、出席カード追加で5枚くれる?」と発言していた。
出席カードを配ってる人が「すいませんね~」と言って去ろうとすると、「おいお前、待てやコラ!!」と野球部の人達が彼に絡み始めた。出席カードを配ってる彼も引かず、収まる気配がなかった。
これはいかん、と思って俺は、「ちょっと、ちょっと~」と騒いでいた。やがて中年ほどの先生がやってきて、彼らをひと睨みすると、何事もなかったように騒ぎは収まった。
上記のニュースは私が入学する前の出来事だが、大学の体育会というのは、どこもこんな感じだろうと思う。佛大野球部も、京滋リーグという枠ではほぼ無敵だった。その線でいくと、日本大学もそういう感じだったのだろう。結果だけは出していた。
結果を出しているうちはいいのだが、佛教大学だって、やりすぎるといずれは日本大学や福山大学のように、不祥事(大麻とか)>実績となってしまい、とんでもない結末を迎える。
https://www.bukkyo-u.ac.jp/news/info/20240213-26933.html
上記のように、今でも事件はあるといえばあるが、こういうのはいいよ。間違った人材(臨時雇いの研究者)を雇ってしまったんだろう。大学側はいわば騙されてしまったわけだ。次から気を付ければいい。
ただ、卒業生の一人としては、学生という本質的な存在についてはキッチリと管理して、自分のように不愉快な思いをする学生を無くしてほしいと感じている。
不満ばかりを書いてる気がする。
大学生活、楽しいことはいっぱいあった。例えば部活がそうだ。文芸部(サークル)である。
文章を書くのが好きだった。それこそ子どもの時分から。中学でも高校でも、そういう系の部活がよかったけど、運に恵まれなかった。大学生になって、ようやく文字で作品を創造する喜びを得ることができた。
あとは、学園祭だ。その名も鷹稜祭(おうりょうさい)というイベントなのだが、年に一度の楽しみだった。一度だけ実行委員になったことがある。みんなで何かひとつのものを作る、といったら大げさだけど、最初は何をしたらいいか全くわからない……という段階から、次第にステップを踏んでいって、尻上がりにイベントづくりが面白くなっていく。
最初の一歩を踏み出すのが早ければ早いほど、ドンドンと楽しくハイになっていって、最終日を迎える頃には、自らがイベントと一体になっている。自分と仕事がひとつになっていく感覚。
こういう感覚は、仕事はもちろん、趣味の活動にだってある。精神的な意味で、自分とナニカが溶け合ってひとつになっている感覚である。そのナニカは、人によって違う。パートナーや仲間だったり、参加してる社会そのものだったり、取り組んでいる事柄だったり、特定の空間だったりもする。
ひとつ、少なくともひとつ、大学に進学してよかったと思えるのは――これまでの人生で一番、没頭できるものを見つけられたことだ。これだけで大学に進んでよかったって、そう思える。
あとは、アニメがそうだな。それまでのアニメって、安っぽい作画が多かった。特に、子ども向けアニメはそうだ。ポケモンはまだいいけど、デジモンとかはひどいものだった。この頃から、なぜかはわからないが綺麗な作画が増えていった。
どのアニメかは忘れたけど、女の子がドンパチやる系の朝のアニメで、必殺技のダンスのバンクがあったのだ。サンバを踊ってたんだけど、最後に「ウー!マンボ」ってやるんだよな。「サンバなのかマンボなのかどっちなんだよwwwwww」と、当時は大笑いした記憶がある。
え、そんなものが面白いのかって? 当時はまだ20代前半である。箸が転んでも面白い年頃なのだ。
次
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前置きというか予防線として、私は増田達にはあまり好かれないタイプで、嘆き風自慢話にしか聞こえない可能性は、十分に理解した上で書いている。
ただ、「死にたい!」という理由はなくても、だからといって別に、「生きねば!」という強い理由もないからなぁ~。だったら死んじゃおっかな~。
案外、このくらいの感じで自死を考えちゃう、そんなしょうもないおっさんが実は結構な数いるんじゃないかと、そんな思いで書いてみる。(もし似た人がいたら、少し安心できる気もする)
でもたぶんどうせ、死なない。死ぬ理由もとくにないからな。ふはは。
__
18でも20でも30でもないのでなんの節目でもない年齢だが、
35歳(私の中での明確なおじさんの基準)が目前に迫った34歳を迎えるな~、とか、知らないうちに無理やり自分の中で理由をつけていたのか、
この1ヶ月はやたらと人生を振り返ることが多かった気がする。
結果として、これからおじさんとしての人生が50年くらい続くことに対して、希望が持ちづらいと思う日が増えた。
___
富豪とまでは言わないまでも、それなりに裕福な家庭で育った。
物心ついた頃から頭が良い子だと言われ続け、足もそれなりに速く、小学校ではごく自然な形で学芸会の演劇の主役をしていたし、生徒会の会長も務めた。
私立中学の受験にも成功した。塾時代の成績はいつも全国模試上位だったから、失敗することなんて考えもしなかった。
部活も学園祭実行委員も最前線で楽しみ、彼女も当然のようにいた。童貞は、附属高に上がる16歳頃には卒業していた。
卒業アルバムを開けば、嫌な記憶はひとつもない輝かしい中高時代が思い出せる。
学校名は伏せるが、所謂、最上位の大学に進学した。最早、まわりも当然だといった様子だった。
バイト、サークル、ゼミ活動。大学生のお手本のような生活を送っていた。
講義をサボりすぎて1年留年したりもしたが、大手広告代理店にすんなりと内定した。
某代理店で、新卒女子が自殺をした頃、広告業界の忙しさが嫌になり転職を経験したが、
次の会社でも大きな挫折を経験することなく、同期の中では出世の早い方だったし、全社表彰されたことも何度かあった。
ある程度の給与をもらえていたので、都内の繁華街近くの1LDKで20代の独身生活を存分に謳歌した。
その時々の彼女を連れては、グルメインフルエンサーが紹介したがるような、洒落たバルやら、ネオ酒場やら、
ミシュランの星がつくような店にも、何か記念日などのイベントがあれば、それほど無理をせず行くことができていた。
フレンチもイタリアンも中華も、職人から手渡しされるような寿司屋も、数えきれないほど行った。「kint〇nとかガキが喜ぶ焼き肉屋だろ」とかイキったりもした。
連休があれば近場の温泉にふらっと出かけた。海外旅行はあまり好きではなかったが、女にねだられれば年に1~2回は連れて行った。
嫌味のような半生を書き連ねてあらためて、本当に、なにひとつ不自由のない人生を歩んできた。と思う。
衣食住はもちろん、三大欲求をそれなりに高いレベルで満たし続けてきた。
____
理由をあげだせばキリがないのだが、一番は子作りについての考えの相違で、要するに私は子供が欲しくなかった。
入籍当初には同意してくれていた元嫁は、すぐに「やっぱりわたし子供が欲しい」と言い始め、口喧嘩が増え、離婚した。
別に島耕作の時代でもないので、離婚が出世に響くとかは考えたことがなかったが、自分でも意外なほどに離婚はしたくないと粘ってみたりもした。
でも、自分の子供が欲しくないという気持ちがどうにも変化する気がしなかったので、結局、離婚した。
(子供が欲しくない詳細理由は割愛するが、ざっくりいうと、絶望と閉塞感のあるこれからの日本に、子を産み落とすことは無責任なように感じる、みたいな理由が主)
俗にいう若手エリートのモデルケースからズレたような気持ちになって、急に仕事に対する熱意がなくなってしまい、
でも少し経ったらそれもなんだかんだ事業も軌道に乗り、リッチとは言えないまでも、今はまた不自由ない独身暮らしを送っている。
お金は、めちゃくちゃな贅沢は出来ないまでも困ってはいないし、莫大な資産を築きたいという野望がなくなった。
思えば、別にエリートを目指して生きていたわけでもないので、また大企業に勤めたいという思いはないし、日本を動かしたいという思いもなく、ステータスへの渇望感は消えた。
夜のお店にたまに顔を出してはお店の女の子と仲良くなったりもするので、セックスもとくに困っていない(今は、かもしれんが)。
10年後くらいにいよいよ老後の孤独を考えたりする頃には、多少気持ちも変わっているかもしれないが、再婚もあまり考えていない。
だから、真面目な出会いは求めていない。もちろん、子供は今も欲しくない。
若い頃からずいぶんと分不相応な美食家を気取っていたが、ある程度の金額で満足できる程度のバカ舌だったのか、赤提灯で十二分な満足が出来てしまうことを知り、必要以上の金をかけて食事をすることに喜びは感じなくなった。
_____
となると、だ。
残すところ短く見積もっても30年、長ければ60年近くの人生が漠然と待ち構えているわけだが、
そこに対して全く、何かを成し遂げたいという欲が起きないんだ。
金を稼いで、良い家/車/服揃えて、良い女を抱きたいとも思わなければ、
将来のこの国のために子孫を残す気もないし、だったらと血が繋がっていない若者を導くような使命感もない。
君たちはどう生きるか、というより、もっと前の段階のところで躓いているわけで、
やべ、とくに生きる理由ってなくね?
老化は避けようもないし着実におじさんになっていくわけで、あれ、人生今より楽しくなることってなくね?って考えるようになった。
生きる理由より、むしろ死んでもええかって理由の方が、よっぽど簡単に見つかることに気づいてしまったわけだわな。
結局のところ、人類なんてものは大いなる生命の螺旋を繋ぐための歯車でしかなく、
子供が欲しくない奴なんていうのは、歯車としては欠陥品ってことなのかもしれん。
冒頭にも書いたけど、どうせ死にはしないと思うんだ。
生きてればそれなりに、本当にそれなりに程度でも、楽しいこともまだあると思うんだよ。
でも、楽しさも幸福も、これまで以上は超えてくる気がしないという謎のおぼろげな展望が、日を追うごとに輪郭がはっきりしてきていて、
その現実からどうしようもなく逃げ出したい。逃げる?あれ、死んだらいいわ?そゆこと?
オトナプリキュア9話、咲舞の変身回まで視聴。
ここまでもしんどかったけど、今回が決定打になった。
SNS(主に旧Twitter)でも9話放送後から「スプラッシュスターの扱い、これどうなん?」
みたいな話題はちょくちょく見たけど、正直それ以上に
「咲舞変身キタ!」
「満と薫はプリキュア!」
「4人揃ってくれてありがとう!」
これに結構ビックリしたんだけど、かといって自分の考えをツイートすると超連投になってとっ散らかるし、ツイート数ばかり増えて検索汚しアンチ野郎になりかねないので全部まとめて書けるスペースに書くことにした。
結論から言うと、スプラッシュスター好きなイチ視聴者としては信じられないところをいくつもスルーしている作品。
同じ作品内に比較対象として5GoGoがいるからなおさら強く感じる。
ここから咲舞以外のスプラッシュスターの登場人物を踏まえつつ、その理由を書いていく。
何話で何があったとかって話もするので、よくわからんところは公式の全話リストで補完してほしい。
https://www.toei-anim.co.jp/tv/precure_SS/episode/list/
変身時におけるフラッピとチョッピ(以下フラチョピ)の扱いについて色々とSNSでも意見が挙がっているけど、特に引っかかったのがフラチョピに対する咲と舞の反応。
どんな反応かと言えば、無。まったく何もなし。これにはマジで納得できない。
フラチョピの扱いについて亡くなった声優さんの件を挙げて英断だったとか仕方がないとかって意見も見たけど、それらは咲舞の無反応の理由になってない。
咲舞にとってフラチョピは大切な友達にしてパートナーだったでしょ。
スプラッシュスターを視聴した人がそれを忘れるはずがないし、仮に未視聴だとしても「プリキュアと変身を共にするパートナー妖精」と聞けば、そこに浅からぬ絆があることは想像に難くないはず。
なのに咲も舞も無反応ってどういうこと?
5GoGoのキュアモみたいな、ただの変身に必要なツールじゃないんだよ。
11話のフラッピ看病回に12話のチョッピホームシック回と、序盤からしっかり見せてくれてたでしょうが。
まだ全話終わってないから明言はできないけど「あれは本当のフラチョピではない」として、それをあの時点の咲と舞は知らないでしょ?
仮にその情報が事前にあったとして、突然現れた旧友の姿に終始無反応を突き通せるか?
変身前のネガティブすぎる咲(これも納得できないけど今は割愛)とそれを鼓舞する舞も変身できるできないの問答になっていてフラチョピの話題は挙げないし、急に出てきたコミューンを普通に手に取るし、バトルが終わって変身が解けたら「変身できたね…」で感慨にふけって終わり。
なんだこりゃ…って思いながら見てた。
あのスプラッシュスターで積み重ねた物語の先に、こんな未来が存在してしまうんかと。
オトナプリキュアにおけるスプラッシュスターの存在は「恋愛や結婚に関わる大人の悩み」を課せられており、それが最優先なんだろうなあ。
変身バンクなしでいきなりプリキュアの姿になっていたら少しはマシに感じられたかも?
それでも一切言及しないのは相当変だと思うけど。
<美翔和也>
フラチョピと同様に、本編にしっかり関わっていながら存在を消された人。
咲と良い影響を与え合っており、日常寄りのカップリングとしてかなり良い感じに描かれていたと思う。
まず咲と和也は5話で初めて出会うんだけど、その時に舞は不在なので特にきっかけにはなっていない。
それ以降も16話では「大切なのは諦めない事、諦めたら夢は絶対に叶わない」とプリキュアみたいなメッセージを残したり、27話の夏祭りや34話の学園祭実行委員の話、最後は45話のクリスマスと、あまり舞が関わることなく咲と和也の間で進む話が定期的に挟まれる。
クリスマス回なんて『 ケーキと和也とクリスマス! 』とかタイトルにまで名前が出てくるし。
プリキュア関係者以外の中では咲とのイベントが結構多かったし、それぞれの成長にも繋がっていて、最初こそガチガチな咲ちゃんといまいち読めない和也さん…って雰囲気だったのが終盤はちゃんと自然体の交流になっていた。
しかしオトナプリキュアで咲舞に課せられたノルマを考えると、消されて然るべき人物だった。
何故なら、4話=舞が恋人と別れる回で「カレと結婚を控えていて、仕事も充実した幸せな咲」と「カレと上手くいかず、仕事も充実とは言えない舞」の対比をする上で、和也が存在してしまうと咲舞をポジティブに繋げてしまう可能性がある。
舞の「上手く行ってない感」の表現を阻害してしまうし、和也を出演させてしまうとある程度説明も必要になる。
そして9話=咲の悩みとスプラッシュスター変身回。
和也自身、小さい頃から宇宙飛行士になるという大きな夢を抱いて過ごしてきて、咲とお互いに良い影響を与え合ってきたことは本編の通り。
そんな和也が、仮に宇宙飛行士になれなかったとしても「夢のためにフランスへ留学して自分を高めたい」という咲の気持ちを尊重してくれることは疑いようがない。
それこそ9話変身前の咲みたいに。
仮に咲が憧れの和也さん(人格そのまま)と共に何年も歩み続けていたとして。
目の前にシャドウが現れて、親友にしてパートナーの舞が手を伸ばしてくれている、そんな状況で「あの頃とは違う!もう子供じゃない!」と自虐する人間だったかと考えると、全然そうは思えない。これは願望です。
以上から、美翔和也という存在はオトナプリキュアにおける咲舞に課せられた役割に対して強いノイズになってしまうため消されたのだろうと受け取った。
<満と薫>
咲舞とはそんなに疎遠だったのか…っていうのが一番効いた。
それと、二人とも作劇的に便利なポジションだよね。
異変を察知できて、一般の方々が認識できないシャドウの存在を周知できるインフルエンサー。
話を進める上でとても便利。
あの様子だとPANPAKAパンにも何年も顔を出してないでしょ。
偶然咲と顔を合わせないタイミングでばかりパンを買いに行ってたかも…みたいな、うっすい可能性を手繰り寄せるしかない。
PANPAKAパンのパンとみのりちゃん、これらって満と薫の新たな人生を形作った大きな要素だと思ってたんだけどな~。
パン買いにも行ってないんか…。
5のメンバーでも「そんなに会ってなかったの!?」はあったので、スプラッシュスター固有の話ではないかもしれないけど。
最終話で満はパンを作ってみたい、薫は絵を描いてみたい、と言ってたけどそれと将来は別の話だったか…。
5GoGoの面々は本編でこれと宣言していた道から外れてないから満と薫はどうなるかと思ってたけど、二人とも外してきたな…。
満はパン屋に来たお客さんの「ありがとう」から、薫はみのりちゃんと一緒に絵を描いた経験から出た言葉だと感じられたからこそ最終話の発言は良かったんだけどなあ。
一応配信者になったという結果については、そういう道も無しではないと思ってる。
閉じた世界から羽ばたいて、より多くの人と通じ合おうとする姿勢がこの道を歩ませた…ということならば。
ただ配信者としてここまで広く周知されていることを咲も舞も知らず、声を聴いてもピンと来なくて、満と薫からそれを伝えられることもなくここまで来た、くらいまで疎遠になるとは想像していなかった。
でもちゃんと登場時に咲舞に声をかけてもらえたのは良かったんじゃない?
同じく突然登場した友達であるはずのフラチョピには無反応だったし。
最終的に優子とくっつくのは本編の繋がりで納得できるんだけど、健太のコメディアンの夢についてノータッチ。
16話では親に家業を継ぐことを望まれても諦めたくないという意思を見せて(親のことは勘違いオチだったけど)、
31話では最高の相方候補である宮迫君をひたすら勧誘しまくり、
37話の文化祭では健太&宮迫タッグの話がほぼメインになっていた。
コメディアンとして花開くのは大変っていうのはよく分かる。
これはその他様々な「オトナプリキュアにおけるスプラッシュスター」に不信を抱いているから余計に気になっているだけかも。
当方たまに見るバラエティ番組と年末のM1グランプリくらいでしか漫才を見ないので何とも言いきれない。
個人的には「現実ってこんなもんだよね」をスプラッシュスターに背負わせたように思えてしまう。
さよなら俺の初恋…とかいうノンデリ発言が奥さんの隣で飛び出したことについては「そんなことわざわざ言わせるなよ…」と「まあ健太ならギリギリ言うか…?」といったことを思いつつ、最近は「咲の初恋の人には触れてないな…あっ存在が消えたんだっけ、良かったなお前消えなくて」ってなってる。
<太田優子>
25話の海の家回の繋がりでお店を切り盛りする未来に繋がった?
そこに健太がセットで運用されている、と考えるとコメディアンの夢について一切言及がなくてもまあ…いいのかな…?
以上。
とにかく「課せられた役目」が最初にあって、そこに咲と舞があてがわれた結果こうなったというのを強く感じる。
大人の悩みを描くなら、結婚をはじめとした将来を踏まえた恋愛要素は鉄板。
けどこれは5GoGoキャラには任せられない。
異世界の王族が相手という時点で現実的な悩みに持っていくのが難しいし、そもそも5GoGoのキャラを本編外のキャラと恋愛させたら爆発炎上してしまう。
だから咲と舞に大人の恋愛を担当させて、ついでに対比もさせた。
ステレオタイプの幸せを掴んでいるものの自分の夢と天秤にかけて悩む咲、自分の本当にやりたいこととは何なのかで迷う舞。
最終的には、私はこの道を進むと決めた!→咲舞並び立つ→変身ヤッター→満と薫も来て万々歳…という話。
絵面のエモさでなんとかしようとしてない?
作品自体が5GoGoがメインだからとか、本筋の進行に影響が…みたいな「尺の関係で仕方がない」といった意見、これこそ全然理解できない。
尺が厳しければパートナー妖精との再会について一切言及せずにバトルして良いか?
そんなわけなくない?
他にもオトナプリキュアについては、美々野さん悩みにぶつかってなくない?いや悩みがないのが悪いわけではないけどさ…とか、シロップとうらら会ってなさすぎじゃない?とか、初代とスプラッシュと5の舞台の位置関係どうなってんの?とかいろいろ言いたいことはあるけど、まだ放送中だしどう転ぶか分からないよな…と堪えてる。
ここまで書いてきたスプラッシュスターの扱いについては、ここから巻き返しようもないだろうしガッカリ度が桁違いだったので書き残した次第。
最後に。
オトナプリキュアシリーズの続編が発表されたら、絶対に思い入れの強いプリキュアは出てほしくない。
何年か振りに姿を見せたメップルミップル、シプレコフレ、モフルンなどなどのパートナー妖精に何も言及せず変身するプリキュアの姿は見たくない。
Twitterでトレンドによく上がるバズりやすい「悪」であり「叩いてよい」とされているもの。反応すれば簡単に正義心と承認欲求を満たせ、社会への問題提起をした気になれるもの。
70代後半の老人が小学校低学年の子供を轢いた時、一番火力が出る。被害者がこれより小さいと監督していない親、加害者がこれより老いていると高齢者が運転せざるを得ない社会構造に悪が分散するため。
映像が出回っている場合、ほぼ必ず運転に自信がある人が運転手の非を指摘してくるので、そのリプをあげつらうことで更なる注目を狙える。
特に内容に詳しくなくても炭治郎が「逃げるな」と言っているコマの画像を貼ればよい。これに限らず、漫画のコマを無断転載することはインプレッションを稼ぎ正義者になるお手軽な方法。
不倫と未成年飲酒が二大巨頭。批判するときは対象の芸能人の名前を入れてくとよい。トレンド検索で表示されやすく、芸能人が自殺したときにツイートを消すのが簡単になる。
一度発言が批判対象になるとマスコミも積極的に失言を報道するようになるので加速度的にバズれる。以前は森喜朗がその頂点に立っていたが、現在はデヴィ夫人が最有力。
06. 加害者の名前が報道されない事件および報道しないマスコミ
「被害者の名前は報道するのに加害者がされないのはおかしい」といっておけばバズれる。その事件がいじめによる自殺の場合、最大火力となる。
08. 24時間テレビ
「叩いてよいもの」という文脈が強力なため、普段トレンドに上がるNHKの番組で一緒に盛り上がっている人であっても指摘されにくい。
インターネットはマスコミを批判することをアイデンティティとしている。
他の事象と比べて、たばこは「喫煙者は全員クズ」ほど言ってもその主語の大きさを指摘されにくい。
他の事象と比べて、その人物側に問題があった可能性は無視されやすい。
「ベルリン市民のインタビュー画像」を載せると手っ取り早くバズれる。たいてい高齢者であるため火力に拍車がかかる。
「実行委員が『伝統がある』旨の発言をしているインタビュー映像」がある場合さらに火力を出せる。
学校に悪感情を持つものが多いTwitterでは特に有効な話題の一つ。
Twitterはいわゆる「公開処刑」をするのは好きだがされるのにはトラウマがある人間の集合体である。
確実に「学校が対応に追われている」という報道が後にされるので、「学校に迷惑をかけるのは違う」と表明すると二倍お得。
特にその現状について知らなくてもとりあえず批判しておけば問題意識を表明できる。ほかの業種よりもコミュニティが形成されているためバズりやすい。
いわゆる陽キャのアイコンとして恨みや妬みを原動力とした共感を得やすい。当事者がTwitterに少ないこともあり強力な火力となる。
「自分より社会的に下の人間がいる安心を得たい」という欲求にも訴えかけることができる。
21. 野焼き
「伝統を理由とする」「環境問題」「病弱な人への無配慮」などが相まって強力な効果をもたらす。
「悪」であると同時に、インターネットにおいてヴィーガンは馬鹿にしてもよいものという認識も定着している。
他の動物より猫は「愛されるもの」という文脈が形成されているぶん特にバズりやすい。虐待が発生している場合は最大火力となる。
周辺情報が一切なくても勝手に「父親の責任」に「悪」が集中する。
25. 子供に注意をしない親
「道路で遊ばせる」「店での注意内容を『店員に怒られる』とする」「子供のしたことだから許せと言う」などバリエーションが多岐にわたるため高頻度でバズる。
個人間のコミュニケーションの不全を社会に全体化し批判できる。一般に「乳幼児の世話」は「悪」を作り出すための最良の材料の一つ。
27. 料理を当たり前と思っている夫
個人間のコミュニケーションの不全を社会に全体化し批判できる。一般に「家事の分担」は「悪」を作り出すための最良の材料の一つ。
個人間のコミュニケーションの不全を社会に全体化し批判できる。暗に「自分は料理をしている」という表明にもなる。
個人間のコミュニケーションの不全を社会に全体化し批判できる。「趣味の物」は「ガンプラ」もしくは「モデルガン」であることが多い。
30. 誤った知識で家事・子供の世話に口をはさむ両親・義父母
「乳幼児」「家事」「高齢者」「無知」の四大要素が合わさった強力な文脈を形成する。頻出は「はちみつ」で「アレルギーの対応」は特に強力。
okumuraosaka
@okumuraosaka
@otakulawyer
22時間
あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」の5人いる実行委員(キュレーター)のひとりだった人がこんなこと言っていることにびっくり。この人の表現の自由=サヨク表現の自由なんだな。 twitter.com/arai_hiroyuki/…
https://twitter.com/okumuraosaka/status/1667101051068239873?s=20
正体がバレバレ
@otakulawyer
あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」の5人いる実行委員(キュレーター)のひとりだった人がこんなこと言っていることにびっくり。この人の表現の自由=サヨク表現の自由なんだな。
@arai_hiroyuki
埼玉県営しらこばと水上公園で開催予定の近代麻雀水着祭が紛糾している。女子中学生の出演の是非が問われているため。未成年の水着撮影会は性的搾取の典型例で、高校生であっても児童ポルノ禁止法に抵触する。
英田朋(゚Д゚)@23春甲乙乙甲乙乙 3-m-1-pf-vaccinated .exe
@ZQ8HcnJ2sfK8t5x
·
21時間
今後あいちトリエンナーレに開催許可を与えずあいちトリカエナハーレのみに開催許可を与え続ける事にしよう(゚∀゚)←
@poirot_mustache
21時間
間違ってないのでは?
mazavozi
@mazavozi
表現の不自由展そのものは、左右関係なくタブー無しというコンセプトとしては賛成なのだが…
表現の自由!と叫ぶ同じ口で、表現を規制する。こういう奴らには反吐が出る💢
見物の念仏
@nenbtunotetsu
15時間
ホントにそうで、この方、「表現の不自由展」が中止になった際の記者会見で、展示内容について「日本の歴史や政治体制における負の問題を主題とした検閲作品が多くを占めます。日本社会での検閲は、ほとんどがこのモチーフの問題視から起きます」と言ってました。
https://twitter.com/otakulawyer/status/1667093715599659009?s=20
https://comic-days.com/episode/4856001361249018766
(*入れ込むってのは競馬用語でウマが畜生特有の脈絡のない興奮で空回りして自滅へ向かっちゃう状態のこと)
その上で、俺この主人公の黒い女の子みたいなのがすげー納得いかんのな。
この子とそれを取り巻くすべての状況が不条理かつ低能過ぎて呆れちゃうというか。
ここまでで何言いたいかピンと来たって人が居たら教えて欲しい。あんたは俺の仲間だ。
まずさあ、
大事件か?NO。
そもそも文化祭のクラスの出し物なんて初期状態では誰もコミットしてないわけじゃん。
頑張りましょうねなんて誰も思ってないし責任もない。
誰もそんなたまたま選ばれた人に期待してないし、と言うことはその人の責任もねーのよ。
やる気なく流したっていいし、凄いビジョンを持って取り組んだっていい。
LINEでボケーっと何の足場も提示せずにアイデア募集しました、そりゃなんもこんわ。
無能なのはいいけど感情的なのはやめて欲しい。意味わからんから。
「クラスの出し物が一定の成果を出せなければ全員死にます」なんていう
マガジンのクソ漫画みたいな状況にあるならまだわかるよキレるの。
みんな自分の命がかかってるのに人任せにするなよ!ってことだよね。
でもそうじゃないじゃん。
そのことで責めてくる奴もいない(もし責められたらLINE見せて「お前もなんもしてへんやろボケェ!」ってキレ返せばいい)。
どういう感情で「実行委員という役割」や「文化祭というイベント」に臨んでるわけ?
「有能な自分がやる以上は何らかの成果を必ず出すのだ」っていう自負があるならそれはいいと思うよ。
そういう自負で取り組んだのに上手く行きませんでした、自分の能力の低さに涙が出ました。
でもこの子ってなんか周りへの恨みみたいなものが見えるじゃん?
いやいやいや、別にクラスメートは文化祭のクラスの出し物にコミットするなんて約束してねえじゃん。
そんな意思表示は一度もしてないわけじゃん。
だから実行委員としてはやるもやらないも自分のコントロールで勝手にやってよって話じゃね?
みんなに合わせて適当に流すのはわかる。
我がこととして主体的に取り組んで失敗して涙もわかる。
でもこの子は変な風に当事者意識は強いのにイベントの行方についてはクラスメートに任せてるんだよね。
でもこういう奴マジでいたよな。
ありもしない責任を捏造して他人を糾弾したがる人間がウザくてたまらん。
実行委員にあるのは(人間にあるのは)自分がやると決めて主体的に取り組んだ時の成功や失敗だけだろ。
実行委員は流すことも出来るしすげー頑張ることも出来る。
だからこの子だけじゃなくて終盤の「いい子になった」描写らしいクラスメートも意味わからん。
黒い子が仮にあんま参加してなかったとして、たぬきちゃんに詫びを入れなきゃいけない理由なんかあるか?
「文化祭のクラスの出し物が成功したらクラスメート全員の口座に100万円ふりこまれます」みたいな
クラス全員、お前も利益を受け取るからにはちゃんと労力分担しろやって感情はわかる。
でもクラスの出し物なんてそうじゃないわけじゃん。
やった人間がまあなんか達成感とか良かったねっていう思い出とかの報酬を受け取るだけ。
どっちも自由であって、どっちかがどっかに怒るとか恨むとか詫びるとかマジで意味がわからん。
黒い子が反省すべき点があるとしたら
LINEで「アイデア募集ー!」ってのは到底コミットが集まるようなアプローチではねーよなとか
やりたそうなやつに目を付けて直で話しに行って折衝すべきだったなとか
全員無理矢理追い込むなら教師を動かして説教させてコミット圧を高める手もあったなとか
そういうことじゃねーの?
俺は学校の出し物のたびに思ってたわ。
ここには感情的にならんといけない要素なんかどこにもねーじゃんと。
楽しく自分の裁量でやったりやらなかったり成功したり挫折したりすりゃいいだけじゃんと。
例えば「私はここで結果出すと内申点よくなると睨んでて私の将来のために協力してほしいの!」ってキレるならそれはよくわかるわけ。
おもしれ―女だなってちょっと協力したくもなる。
でも実際はそんなおもしれ―女もいいなくて、ただぼんやりした他人任せの進捗と挫折があるだけで
なんでそこでいちいち感情を持ち込むの?
あの手の出し物で感情的になる女子を見てた時、或いは俺が直で吠えられた時、
「この低能な生物には何をどうしてあげたらいいのかなあ・・・」という感慨しか湧かなかった。
俺はいい奴だから現実的なアイデア出して付き添ったりしたことがある
最初「大喜利」とか言ってたからこいつらスゲーなどんなバカだよと。
世間にキャラを知られたプロの人気芸人がネタを仕込んで台本組んでようやく面白くなるものをお前等がやってどんな勝算が?
しかももちろんネタも出ないしろくに練習する予定もないうえにネタ候補ってのが内輪ネタばっかなの。
それを誰に見せる気なんですかウギャーと。お前等のことなんか何も知らない人達がくるんですよと。
なのに上手く行きそうにないことや狭い友達以外積極的でないことに感情的なの。
んでえーそれは難しいよーつって何で暴発するかわからん感情を刺激しないよーにやめさせて
元から高校生レベルじゃない芸を持ってるやつがいたのでそいつを頼ることにしてそいつ中心の指導で地獄大喜利改めお遊戯発表会くらいにはなって
高校生がみんなで努力した跡は見れるから結構評判が良くてみんな達成感出ましたねーみたいになった。
軌道に乗って以降のクラスには最後までこの漫画みたいな低能丸出しの感情が横溢してた。
いい人とか悪い人とかじゃなくてその低能さと混乱しきった感情を何とかしてくれってずっと思ってた。
最終的にその女子やそいつの友達から「増田くん有難う!」とか言われちゃったんだけど
この低能な生物達とは最後まで疎通が出来なかったなという挫折が俺の手にしたものだった。
俺にとっては自分のミッションとして頑張った結果の挫折っていう満足のいく成果だったからいいんだけど、
自分が一体何に対して感情的になってるのか、一度でいいからきちんと整理してみて欲しいんだけど
一生そういうこともせずにああいう感じに生きていくんだろうな。
あるサイトによれば、中央大学の原理研究会が募集を始めたは1961年4月。年度は書かれていないが白門祭にも参加し統一原理を紹介する企画を行っている。
別のサイトによれば、1964年の早稲田祭で原理研による「原理展示説明会」が行われている。
【山上徹也容疑者に関連して】思い出したこと 日本史野島博之 のグラサン日記
年度と大学名は書かれていないが、本人のツイートによれば1978年駒場祭。
記事では、青山祭実行委員会の「構成メンバーはサー連とほとんど同じ」(サークル連合については「原理系サークルの聖書研・青山学院学生新聞会・弁護部を中心とするサークル連合(以下、サー連)」と説明されている)で「事実上〝青山祭〟は〝原理祭〟と化しています」と述べている。
『噂の眞相』1981年2月号「学園祭資金にまつわる不穏なウワサあれこれ」
伝聞や噂としてであるが、青山学院大学の学園祭について次のようなことが書かれている。
「大学から出る補助金の一部を原理研の連中が流用しているってウワサが前々から出ていたんだ。で、前期の終わりごろ、体育会の学生の一部と原理研の人間(実行委員)とが学内で、補助金問題をめぐって言い争うという事件がボッ発。傷害事件にまで発展したそうだ」
「模擬店などが学園祭期間中に得た収益の一部を例年ウワマエとしてハネ、それをほとんどフトコロに入れていたってウワサもある」
ついでに言えば、この記事でも取り上げているが左翼系の学園祭も金銭面の疑惑は多い。
筑波大学では学生の政治・宗教活動を厳しく規制していたにもかかわらず、学園祭で原理研の企画は許可されるという問題があった。『筑波學生新聞』などがこの問題を取り上げている。
筑波大学の学則と学生の自治に関する質問主意書(社会党の竹内猛議員提出)
原理研究会、NF期間中に講演会開催 抗議の学生らと衝突も 京都大学新聞社/Kyoto University Press
2011年、京都大学11月祭(NF)から追放されている原理研が学園祭期間中に学内で講演会開催。学生が借りることはできない百周年記念館のホールを名誉教授名義で使用。
最近、統一教会が話題になっているが、大学自治を経験したものからすれば、統一教会のイメージは最悪だ。それは、カルトというよりも、自治破壊の実力部隊だからだ。 - Togetter
東北大学新聞(258号) 「私が見た麻原彰晃」
副委員長(寄稿者)は「実力行使しても企画を中止させましょう」という意見だったが断念。「我々はできるだけ統制をしたくなかった(略)しかし秩序と信義を守るためには毅然たる態度こそ必要だったのではないだろうか」と書いている。
1992年、確認書違反を理由に駒場祭委員会がブレーカーを落として麻原彰晃講演会を強制終了。テレビ取材が入っていたのかはわからないが、映像が残っておりテレビでも放映された。
この時実行委員につかみかかった井上嘉浩は、その後地下鉄サリン事件などに関わり2018年死刑。
『東京大学新聞』第1776号によれば、駒場祭委員会は事前の企画書にない行為の一つとして「個人情報(氏名・住所・電話番号)の収集」を指摘している。
『「オウム真理教」追跡2200日』 江川紹子 1995年 文藝春秋
オウム真理教の学園祭企画で「住所や電話番号を書かされて」その後オウム真理教の会員となったケースが紹介されている。
すでにオウム真理教という名前はなくなっている2001年、信者が名古屋大学学園祭のフリーマーケットに教団名を隠して参加し来場者に住所氏名などを書かせた。詳細は不明だが『年表でわかる現代の社会と宗教』にも記載あり。
ある?という問に答えるなら、「割とある」になるんじゃないか?
●「ちはやふる」
ブコメにもあったが。かるた部の部活動ものでもあるので、部活という組織を築いてそのリーダーとしての悩みも描かれてる。
●「海月姫」
タイトルは姫だけど、ファッションブランドのリーダーとして、しかも協調性のないオタクたちを取りまとめていく物語だよね。
●「のだめカンタービレ」
主人公より真一を通してだけど、指揮者としてオーケストラを率いる葛藤とか描かれてる。
●「かげきしょうじょ!」
宝塚学校の話だから、女だらけの組織の中でどうステップアップしていくかの話が描かれてる。
●「大奥」
男女逆転した江戸幕府というファンタジーかのような設定でありながら、女性リーダーの葛藤をリアルに描いてる名作。
●「株式会社マジルミエ」
魔法少女の会社に入った新入社員の話。ジャンプ+で連載されてるので少女マンガではないが、増田が望む、少年マンガが描く女子が組織で力を発揮していく物語なんじゃない?
自分の知る範囲なので、他にも部活動もの、スポーツもの、生徒会ものとか、他にも沢山あると思う。
学園恋愛ものでも、話の主軸じゃなくても、主人公が学園祭の実行委員になったり、修学旅行の班長になったりとリーダーとしてチームビルドする話は割とよくある。
◆藤本宗将 Copywriter/Creative Director@fujimotors
12月末で電通を退職します。約25年にわたり社内外のみなさまには大変お世話になりありがとうございました。1月からは独立し、UltraBlackという会社をつくってやっていきます。電通との専属契約などはありませんので、これまで以上に多くの方々とお仕事できれば幸いです。よろしくお願いいたします。
https://twitter.com/fujimotors/status/1473887352691236865
この社名も気持ち悪いが、それに対する電通社員(元電通社員)の反応がまた気持ち悪い
◆藤本宗将
https://twitter.com/keitatata/status/1473887571629719556
◆栗田雅俊@kurita_ma
◆藤本宗将
https://twitter.com/kurita_ma/status/1473893208283582465
◆藤本宗将
https://twitter.com/setsukooo/status/1473921538856722433
悪い解釈をされていいことがあるのか?
100ワニやオリンピック問題で悪い解釈されていいことあったのか?
◆岡部将彦 Que / Quest/Creative Director/CM Planner@okavader
最高の社名ですねw
◆藤本宗将
https://twitter.com/okavader/status/1473900728414765059
どんな名前にしようと人が死んだら叩かれるのが当たり前だと思うが
遺族の人が見たらどう思うか?
こういう奴らがいろんな人たちが見る広告を作っていると思うと複雑になる
「人が死んでんのに自虐か知らんが、面白いと思ってるこういう馬鹿がおるからブラックなんだよな。」
誰でも見れるツイッターでこんな人格を疑われることを書くのは普通じゃない
dentsu zero コピーライター/クリエーティブディレクター。1997年、電通入社。コピーライターとして多くの企業のメッセージ開発に携わる。主な仕事は、ベルリッツ「ちゃんとした英語を。仕事ですから。」、本田技研工業「負けるもんか。」、からだすこやか茶W「おいしいものは、脂肪と糖でできている。」、トヨタ「トヨタイムズ」など。TCC最高新人賞・TCC賞・ADCグランプリ・ACCグランプリ・毎日広告デザイン賞最高賞など受賞。
電通 マーケティング・クリエーティブセンター コピーライター
1976年大阪生まれ。チベット、カシミール、アフガニスタンなど世界中を旅をして電通に入社。コピーライターとして勤務する傍ら、写真家、セルフ祭実行委員、UFOを呼ぶバンド「エンバーン」のリーダーとして活動している。『商店街ポスター展』を仕掛け、佐治敬三賞を受賞。他、東京コピーライターズクラブ最高新人賞、ゆきのまち幻想文学賞など受賞多数。また、都築響一氏編集「ROADSIDERS' weekly」でも写真家として執筆中。ツッコミたくなる風景ばかりを集めた『隙ある風景』日々更新中。
栗田雅俊(くりた・まさとし)
電通zeroクリエーティブディレクター/コピーライター/CMプランナー
1981年岐阜県生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、電通入社。最近の主な仕事に、サントリー「話そう」「デカビタC・元気すぎるご当地キャラ」、宝くじビンゴ5、KINTO、Netflix「リラックマとカオルさん」、パートナーエージェント「ドロンジョとブラックジャック」、カシワバラ「大規模修繕な人々」など。
2010年電通入社。2016年度東京コピーライターズクラブ最高新人賞を受賞した長崎自動車/長崎バスのシリーズ広告は、TCC賞とのダブル受賞となった。他、毎日広告デザイン賞優秀賞、日本民間放送連盟賞ラジオCM部門最優秀賞、FCC賞、CCN賞、CCN最高賞、OCC賞、FCC最高賞、広告電通賞OOH部門最優秀賞など。山梨県出身。
岡部将彦(おかべ・まさひこ)
1978年、大阪生まれ。関西大学卒業後、2000年電通入社。 以降17年間、CMプランナー、コピーライターとして数多くの広告を手がける。 2005年東京コピーライターズクラブ最高新人賞をはじめ、広告賞を多数受賞。 東京コピーライターズクラブ賞審査員、ACCラジオ部門審査員。 主な仕事に、トヨタ自動車「AQUA」「MIRAI」「PRIUS PHV」「C-HR」のテレビ、ラジオCM。「ほっともっと」のリブランディング「やっぱり、お弁当屋さんのおべんとうはおいしい。」プレイステーション発売20周年特別映像「みんなのゲーム愛にありがとう。」「決断を迫る山田」「山田、全力のモンハンワールドごっこ」他、各種ゲームタイトルのテレビCMを多数手がける。 近年は広告に限らず、ロックバンド マキシマム ザ ホルモン映像作品集(DVD)「Deka Vs Deka」の制作&コミュニケーションなど、コンテンツ領域でも活動。
選手の皆様、関係者の皆様、ついに私たちはこのオリンピックの日を迎えることができました。新型コロナなどで1年の延期を余儀なくされましたが、こうして開催できたのは大変喜ばしいことでございます。先ほど総理からの挨拶でも述べられたように現在日本国内での新型コロナの市中感染は未だ終息していない状態であります。そこで私からは特に海外から日本にいらっしゃった皆様に、日本で滞在する際の注意点などを述べさせて頂きたく思います。
新型コロナ感染防止のため、競技中以外の外出時にはマスクの着用をお願いします。また各所に設置しておりますアルコールで手の消毒をこまめに行ってください。なるべく密集を避けて周囲の人とは間隔を開けることを心掛けてください。気分の悪くなった時はスタッフへの声かけや連絡を行ってください。検温を行う場面では従ってください。毎朝検温や体調の確認を行い、異常がある場合はスタッフに伝えて下さい。PCR検査をお願いする場合がございますのでご協力を宜しくお願い致します。選手やスタッフ、その他様々な人種やルーツを持つ方がいらっしゃいます。お互いを尊重して差別的な発言などはお控えください。国内では人が密集している観光地、飲食店などへ行かれるのはなるべくお控えください。公共施設でもマスクの着用やアルコール消毒を求められたら従ってください。公共交通機関やタクシー内での飲食、スマートフォンでの通話、化粧、大きな声で騒ぐなどの行為はお控えください。路上では歩きスマホ、横に広がって歩く、道にゴミやガムを捨てる、唾を吐く、喫煙可能な場所以外で喫煙をする、飲酒をする、公共物や文化財を蹴る、落書きをする、傷をつける、動かす、座り込み、列の割り込みなどの行為はお控えください。大きな声で騒ぐのはお控えください。立ち食いはお控えください。路上の看板を持ち帰る、持ち主が近くにいない自転車を運転するなどの行為はお控えください。通行人への迷惑で執拗な声掛け、ナンパ、服や持ち物を引っ張るなどの行為はお控えください。許可を得ない人物や個人の所有物を撮影、SNSに投稿する行為はお控えください。公園での焚火などの迷惑行為はお控えください。自撮り棒での撮影は周囲の安全を十分に確認できない場合はお控えください。刃物や火薬などを持ち歩く行為はお控えください。滞在ビザを超えての滞在はお控えください。トイレは注意書きなどを読み適切に使用してください。設置されているトイレットペーパーを持ち帰るのはお控えください。トイレは使用後に流してください。トイレにゴミを流さないでください。立ち入り禁止の場所や民家への許可なき立ち入りはお控えください。表示のある所では靴をお脱ぎ下さい。未成年の方の飲酒、喫煙や、未成年の方に飲酒や喫煙を薦める行為はお控えください。踏切に入り込むのはお控えください。購入前の商品を開封するのはお控えください。誰かの忘れ物を拾って自分の物にするのはやめてください。ホテルで他のお客様に絡むのはお控えください。温泉ではマナーを守って入浴してください。国内での売買春はお控えください。未成年や同意のない相手、泥酔している相手との性行はお控えください。免許のない自動車・バイクなどの運転はお控えください。体調不良の場合はオリンピック実行委員が病院を手配いたしますが、それ以外の国内の病院で診療を受けた場合に診察料金を払わずに帰国するのはお控えください。窃盗はお控えください。暴力行為はお控えください。強姦はお控えください。破壊行為はお控えください。詐欺はお控えください。殺人はお控えください。テロはお控えください。日本国内での法律や条例に違反した行為を行った場合は注意、刑事罰、氏名の公表、国外退去などの処分を下すことがありますがご了承下さい。駅員や警察などの指示には従い抵抗や逃走などはお控えください。皆様1人1人が自国の代表であることを常に自覚し節度ある行動をお願い致します。
日本は皆様を歓迎いたします。オリンピック終了まで何事もなく過ごして頂き、良い思い出を祖国に持ち帰って頂ければと思います。