はてなキーワード: 通りすがりとは
みなさんこんばんは、通りすがりのキムです。
皆さんはあんなに日本と仲良くやってた韓国の尹大統領がなぜ昨夜突然戒厳令なんか出しちゃったのか気になりませんか?
気になりますよね?
気になるんですよ。
なので私が独断と偏見、主観と憶測、真偽不明の出来事をたっぷり混ぜて簡単に説明させていただきます。
〜前提知識〜
簡単に言うと、国がヤバい状況にあると大統領が判断したら軍隊を動員して令状なしで誰でも逮捕できるようにする命令です。
韓国は過去に1度やらかして、そのまま軍事クーデターが起きて軍事政権になったことがあります。
保守派はいわゆる右翼、基本的に北朝鮮が嫌い。尹大統領はこれ。
結論から言うと、任期満了前に大統領の座から降ろされろうになったからです。
〜選挙前〜
前大統領(文大統領)のやらかしによって、反対側の保守派党が人気。
だが、若者党首は党内の元老からはあんまり認められない雰囲気。
そこで党首は若者のままで大統領選候補は尹氏を出す案が浮上。尹氏が正式に大統領候補になる。
8浪もした苦労人イメージで最初はそんなに拒否感もなく、若者党首の人気を背負って選挙活動開始。
〜選挙期間〜
一番おかしいのはやはり妻の金氏。なんと金氏は過去に偉い人の相手専門の性接待屋(本人は否定)。
ロマンス詐欺で起訴された金氏の担当検事が尹氏だったことで二人は出会う。
しかし本人たちはこれらを全否定、詐欺の件も尹氏が担当検事だったので当然揉み消し。
あとこの頃から尹氏は徐々に若者党首と対立構図を作っていき、党内の元老を味方に若者党首の立場を排除していく。
そしてトドメとして若者党首は性接待を受けた疑惑で党内から懲戒を受け党首資格を剥奪される。
大統領選は大接戦だったが、相手側の候補もかなりのヤバいやつだったのでわずか0.73pt差で勝つ。
〜任期初期〜
イテウォンのハロウィン事件のときは対応がかなり遅れて大批判され国民からの好感度は地に落ちる。
執権後のイメージはまさにガキ大将。わがままで他人の話を聞かず、プライドが高くて怠慢。
唯一助言を聞き入れるのはその鬼嫁と謎の占い師。占い師が頻繁に大統領官邸に出入りするのが目撃されマスコミの注目対象に。
その正体はどう考えてもインチキなやべーやつ。
顔を見るだけでもわかる↓
Google で見てみよう
→ https://tinyurl.com/chungongaaa
〜任期中-後期〜
超強気な対北朝鮮政策に中国とロシアには外交的無礼もやりたい放題。
韓国は地政学的にいろいろ挟まれてるので外交はかなり重要なのに。
そしてなぜか日本にだけデレデレ。理由として考えられるのはその父が一橋大学出身の日本留学派だったかららしい。
それにしてもデレデレすぎる。
そして尹氏のやらかしは続き、以前から医大の定員拡大の議題はあったものの、尹氏はある日突然全国の大学の医学部の定員を2000人増員しろと強気に主張。
コロナ後で医療人材不足が顕著なのは事実だったが、年間400人増やすかどうかの話がいきなり2000人になった。
しかし現役医者、特に病院で比較的薄給で働く専門医たちは怒り狂ってストライキを敢行。
理由はいろいろあるけど、「足りなければいっぱい取ればいいじゃない」は医者の質の低下を意味するので、将来的にやばいことになるのは目に見えてる。
後日わかったことだがなぜよりによって2000人かと言うと、占い師の名前がイチョンゴン(イチョン=二千)だからという説が有力…
かくして尹氏の支持率は3割を切り、国会でも与党が野党に議席数で負ける事態に。
その腹いせに野党代表の過去の罪を検察に執拗に調査させてめちゃくちゃ起訴しまくる。
少なくとも6件以上。まあ実際野党代表もやばいやつなんだけどね。
〜そして戒厳令へ…〜
さすがに大統領の暴走がやばすぎるので国会では弾劾訴追をゆっくりと準備し始める。
尹氏は大統領職を降ろされそうになって戦々恐々とする中、国防部長官から戒厳令を提言される。
「大統領が戒厳令出すかもよ」みたいな噂はあったらしいが、流石にバカバカしすぎて誰も信じない。
そして2024年11月、なんか【自主検閲】関連の暴力的デモがソウルの女子大で勃発し、
その背後でデモのスポンサーやってた企業が北朝鮮支持勢力だったことが判明し一大ニュースになる。
これは私の憶測かつ仮説だけど、多分おそらくこれをチャンスだと思った尹氏が従北反国家勢力の剔抉(てっけつ)を大義名分に掲げて
12月3日夜中に突然対国民談話演説を開始、その場で戒厳令を宣布する。目的は反対派の野党議員を無条件逮捕して弾劾訴追を無理やりやめさせること。
なんか一応軍側のトップ層にも賛同者はいたみたいで軍と警察が動き始めるが、
意味不明すぎて下っ端のみんなは正直やる気なし。そして国会議員たちが夜中に国会議事堂にかけつけて窓から侵入し、
戒厳令の解除にその場の190人全員一致で賛成し、戒厳令は3時間弱で終わる。
そして今日12月4日に国会から猛スピードで弾劾訴追案が上程されることになる。
ちなみに弾劾訴追(だんがいそつい)はそう滅多に見れるものじゃないので皆さんも調べてみてください。
やったね。
ひっかかりニーチェ最新回「友達3人でスノボ行く約束して現地に行ったら友達の友達が8人居て、自分は彼等と交われずにずっとアウェーだった」というお題
ひでえ話だ
これに対し高比良くるまが「34歳という年齢で『告知なしで知らない奴等を連れてくる様なヤバい奴』と友人関係を結んでいる自分のヤバさに気付いた方が良い」と言ってて笑った
ほんとな
相手がどうとかいうよりも「こんな扱いしてくる奴と付き合ってるってどうなんだ。人を見る目がなさ過ぎるだろ」と思うわな
まあ「え?どういうつもり?」って思わない大人も結構居るんだろうけど。なんなら「知らない人に合わせて楽しめない自分が駄目なんだ」まであるかもね
自分だったら「やりに来てるな」って思うね。ネガティブだから。普通に「嫌がらせだよね」って思う
嫌がらせする様な奴とホイホイ遊びに来てしまった己の馬鹿さ加減に臍を噛むし
そして何なら途中で「急用出来ちゃったから帰るわ」つって消えるね
愛想笑いしながら知らない面白くもない奴らとつるむ意味が無い。10分かそこらのことなら我慢出来るけど、数時間とか無理
空気扱いされるなら居る必要無いしね。かと言って無理して構って欲しいわけでもないしね
(承認欲求が強いとか思われたら心外だ。誰だって自分がスポイルされてる様な状況を楽しめるわけないよな
人間観察宜しく、そういった状況を超越的立場から俯瞰するのが楽しいとかいう変わった人でもない限り)
そもそも人に興味がないのに知らない人なんか通りすがりの人と同じだよ。一緒に遊ぶとか無理
こういう意見に対して「人生つまらないだろ」とか言ってくる奴も「無告知で知らない人連れてくる無神経な奴」と同じだからな。自覚しとけよ
もういっこ。今回の話の中で「恋リア」について語られていたのだが
永野が「そんなもんを見てる奴らばかりの世の中で、よくも俺に説法を垂れたよな」って言ってて笑った
わかる
世間は自分が思っている以上に「恋愛脳の奴らばかりである」ことに驚きを隠せない
びっくりするくらい、恋だの愛だの結婚だの不倫だのにうつつを抜かしている
だが、ソレ以上の年齢って「人生」や「自分」に対して向き合う時期なんじゃないっすか
(勿論思春期だって激しく自分に向き合っているが、それは「己の礎を形成する時期」という感覚であり、人生の1/4弱過ぎたら違うステージで物事を考えるもんじゃないですか)
よくわかりもしない誰かを盲目的に崇拝する暇なんぞあるのか?
ましてや結婚とかした後に「仕事してて家庭もあって子供も居て」なんてことになったらもう、それだけで手一杯じゃあないんですか
つーか、幼い頃から20代まで経験してきて「まだまだ足りないぜ」っていうのはどういう?
他に考えることは無いのかい?
謎過ぎる
綺麗めワンピース(not高級ブランド)にナチュラルメイクでも普通にスルーされたり塩対応されること多いのよね…。
ブランド物持って派手めのメイクしてる人はすぐ店員さん付く感じ。
私もガッツリ強めのメイクしてくとすぐ売り込んでくる。あと、旦那が一緒の時は綺麗めワンピのナチュラルメイクでもすぐ寄ってくる。
ようは『買いそうか、買わなそうか』『お金持ってそうか、無さそうか』で見られてる気しかしなかった…。あくまで私がとあるブランドで受けた接客だけど。
結構あからさまなのよね…一部の店員さんだからどうしても欲しいアイテムの時は強めメイクで行く。
それ以外は普通の綺麗めの格好で行って、数店舗巡って接客良かった所で買うようにしてる。
酷い所は他店で買ったあとに他店ショップバッグ持って前通って帰るようにしてる。
ちなみに私が行くのは基本平日昼間の空いてる時間。
そういう社会になったら引きこもりこどおばになって旦那探しとかしないと思う
通りすがりの男に襲われるよりも身内に襲われることのほうが世の中多いんだから、結婚なんてリスクがデカすぎる
長期連載それ自体は悪くないという人もいるだろうけど、影響を考えると結果としてやはり文化を衰退させるものがあると思う。
長期連載漫画はキャラクターが増え、因縁も増え、連載初期に比べて一話の内容が展開としては薄く(キャラクター関係の描写中心に)なりがち。
そういう漫画ばかりに業界人も読者も慣らされると、新連載漫画も展開の早さで心を掴んでいくより連載後期みたいなキャラクター中心の書き方になっていくようだ。
しかし、まだ話に引き込まれてもいないのにいきなり自己陶酔みたいなキャラクター心理ばかり描かれても、読者はついていけないよ。
新しい話に読者を引き込むそういう力技がないので、必然と売れる漫画はどこかで見たような、最初から特定の読者層を狙いうちにしているようなものばかり。
実際この流れで衰退した文化、日本にはいっぱいあるね。邦画。純文学。
最初は誰にでも楽しまれる娯楽だったのに、だんだんマニア、評論家気取りしか見なくなって市場は雀の涙。
何にも知らない、通りすがりの新規読者にもパッと飛びつけるわかりやすい「面白さ」を提供できないと、漫画もこの道を進むしかないだろう。
漫画は、技術がこなれて芸術性は上がっているかも知れないが、独りよがりで娯楽性が薄れているのではないか? それで良いのか?
業界はもういちど考えてみても良いと思う。
石丸のツイートによると通りすがりではなく、あくまでも「様子を見に寄った」って話だからな
選挙最終日の夜だから、実際どれぐらい盛り上がってるのか気になって、
なんかの用事のついでに東京駅で国民民主の最終演説を視察したってことじゃないの?
それで渡部に「石丸さん!どうしたんですか!?」って声をかけられて、
石丸が「たまたま用事があったので、寄ってみました」とか返事すれば、
国民民主側からは「偶然いらっしゃったみたいです!マイクもやってもらえました!」という認識になるし
まあこれは俺が勝手に考えただけだが、
それをいちいち「ありえない」と疑うんならともかく、この件だけを疑う理由はない
これまでこういうイベントって周りの目が怖くて行ったことなかったんだけど、勇気を出して遠出して行ってみたよ。楽しかった!男同士のカップル、女同士のカップルが普通にいて、トランスジェンダーも普段からその格好をしていそうな人も今だけしていそうな人ものびのびとしていて、キレイなドラァグ達もいて、居心地が良かった。
一人で行ったから友達も何もいなかったんだけど、パレードにも参加して歩いてきた。声を出すこととかはできなかったけど、旗を振ったりした。迷惑そうな顔をする人もいるけど、意外と通りすがりの人でも手を振ってくれたりして、なんだ、別にそこまで躍起になって隠さなくてもいいのかと思った。
あと花花が来てた。あーよかったとかの。花花ってまだやってるんだね。イメージより迫力があって良かったよ。
選挙も行った。たぶん性的マイノリティが受けている差別に向き合ってくれる政治家はほとんど当選しないと思うし、生きてる間にパートナーと結婚とかできるのかもわからないけど、せめて自分の一票は信頼できそうな人にちゃんと入れるよ。
国民民主の支持層って、いくつかのレイヤーがあると思うんよね。個人的にはざっくり3つくらいに別れてる印象。
1つは組織票。電力総連とかUAゼンセンとかの労働組合。実際所属議員にもここらの組織出身者が何人かいる。この辺の利害関係者が組織票としてまず存在している。
もう1つは各政党の公約読んで真面目に比較検討した上で自分の思想信条に国民民主が合うなと考えてる人たち。旧民主党時代の失政の反省や、積極財政や現役層優遇とかの路線を評価して、自民党の政治には不満があるけど、立憲民主党は左派色が強いし、維新は強権的で苦手という層の受け皿になっている。
最後が在来メディアや既成政党に何となく不満を感じでいる層。マスメディアよりも動画配信の方に親和性の高いのも特徴で、玉木党首の政策解説動画配信や榛葉幹事長の歯に衣着せぬ会見動画が刺さってる層。安倍元総理やこの前の自民党総裁戦で高市支持だった層が石破総理になった事で流入してる部分もありそう。
で、今回の石丸伸二の選挙戦最終日の演説に対する判断は、2番目の真面目に政策で選んだ人が主に反発してて、3番目の流行りに乗ってる層が賛成してるように見えるんよね。
真面目に政策で支持してきた人たちから見ると、石丸伸二の言動が不誠実に見えるので、元々人柄が嫌われてのに加えて、(国民民主サイドの話を信じるならば)事前に打ち合わせもなく通りすがりの一般人を選挙カーに上らせて演説させるというガバナンスの欠如に、仕事だったら絶対アウトよな…(とてもじゃないけど国政で大事な仕事は任せられない)と呆れてる構図。
逆に3番目の流行りに乗る層からすれば、都知事選でパッと出なのに有力野党候補の蓮舫を超えて2位になった石丸さんスゲー、その勢いにあやかって党勢伸びればOKじゃん、好き嫌い別れる人なのは事実だけど、離れる支持者より新規に興味持って流入する人数の方が多かったら差し引きプラスだよね?という判断になってそうで。
そんなわけで、今回の衆院選で国民民主の議席は伸びるだろうけど、支持者の層は変質してガラが悪くなるんじゃないかなと勝手に想像してる。
昨日の帰り道のこと。
仕事が終わって、ちょっと気だるい気持ちでいつもの道を歩いていた。
もうすっかり日が暮れていて、最近は日が沈むのが早くなったよなぁなんて考えながら、閑静な住宅街をぼーっと歩いていたんだ。
そしたら、ふと向こうの方から人の気配がして、なんとなく視線をそっちに向けた。
で、その瞬間、私は完全に動けなくなった。
「え、ちょっと待って、今見間違えたかな?」と自分の目を疑った。
普通の歩幅で堂々と歩いてくるのは、40歳を超えたぐらいのおじさん。
その人がどんどんこっちに近づいてくる。でも、服を着ていない。いやいやいや、そんなわけないでしょ?と心の中で叫びつつ、パニック状態でしばらくその場に立ち尽くしていた。
体が石みたいに硬くなっちゃって、どうすればいいのか分からないまま、その全裸おじさんを凝視してた。
頭の中はもう混乱しっぱなし。全裸のおじさんなんてそんな存在、本当にいるの?って思ってドキドキしてた。
あの瞬間、私は現実感を失ったような気がした。
おじさんは、まるで何事もなかったかのように私の横を通り過ぎていった。
私の存在なんて完全に無視して、ただの通りすがりの普通の人みたいに。
それがまた怖かった。おじさんはどこから来て、どこに行こうとしていたんだろう?
誰もいない暗い住宅街で、あの謎の全裸おじさんが通り過ぎた後、私の心臓はバクバクして、冷や汗が背中をつたっていた。
その晩は、家に帰っても全然眠れなかった。
お布団に入って目をつむっても、あのおじさんの姿が頭にこびりついて離れない。
窓の外でガサッと音がするたびに「まさか、また全裸おじさんが...?」って思っちゃって、余計に怖くなる。
でも、不思議なことに、怖さと同時に何かドキドキするような興奮も感じてたんだ。
まるで都市伝説が現実のものとなって、私だけがその「非日常」をちょっとだけ体験したみたいな感覚。
実際あの全裸おじさんを見た後から、なんとなく世の中の見方が変わった気がする。
もしかして、世の中にはまだ知らないことがたくさんあるんじゃないか?っていう風に。
全裸オジサンが実在するなら、ドラゴンとか、ラピュタなんかも、もしかしたらどこかに存在してるんじゃないか?ってそう思えるようになった。
https://anond.hatelabo.jp/20241012181121
https://anond.hatelabo.jp/20241023115157 のコミックジャンボ筆者がこっちにも手を出す。ブクマでは「ペンギンクラブ」のリクエストが多かったけど個人的にあの雑誌は汎用エロマンガ誌のイメージが高すぎて特定の10人を選べない。買ってまで読んでないので書けない、というのもあるので、もう1つ知っているこちらの雑誌で10選を考える。
で、コミック花いちもんめだが、メディアックスから出ていたコンビニエロマンガ誌。1991年から1995年まで存在し、なぜか名前がコミックゲイザーに変わり、その数号後にコミックライズに変わった。変わったのは名前だけでほとんど内容は変わらなかったが、たぶん何か大人の事情があったんだと思わなくもない。
たぶん「コミックジャンボ」よりは新しい時期だし、他誌で活躍している人もけっこう含まれている。
美衣 暁「LUNATIC NIGHT」
雑誌時代前半で同誌を一番引っ張っていたのがおそらくこの人。そして同時にこの雑誌が発刊されていた時期はあの「有害コミック騒動」真っ只中の時期に一致しており、おそらく雑誌で最も影響を受けた人だと思う。マンガは「バビル2世」を彷彿とさせる眷属の女性3人に主人公が振り回されるエロコメSFで、正直内容よりもそのへんの元ネタからのパロディのほうが面白い状態だった。いずれにせよ絡みのシーンで大股開きするとその周辺が修正で全部白消しされたのは買ってる方としても可愛そうだった。まさか消される前提で最初から描いてなかったなんてことないよね?(当該シーンだと半分くらい真っ白もあった)
メディアミックスとして考えると前述よりもこっちのほうがヒットしたかもしれない。掲載作はRPGなファンタジーベースの夫婦エロコメ。種族の差のせいで交わえない夫婦と、それを解決するための冒険譚というのはまあアイデアで(これが初出かどうかは知らないけれど)同誌内にアイデアのフォロワーすらいた(後述)。
別にこの雑誌が彼のデビューではないが、存在感を見せつけていた。表題作は連載ではなく読み切りだが、おそらく当時の彼の作風を最も表していると思えるのでここに挙げた。
個人的には役に立たなかったが、おそらく一般的には人気だった作家。勘違いしがちだが表題作は別に猫耳ものではないし獣姦ものでもない。実のところ印象としてはコミックライズ以降タイ移住して現地の邦字雑誌に連載を持っていたことのほうが印象が強い。
正直な話、彼を紹介するためにこのエントリを書いたと言ってもいい。この人もデビューがこの雑誌ではないけれど、長い事この雑誌を中心に活躍していた。竹本泉を思わせる画風であまりエロくない(コメディ寄りの)作品を連発した。表題作は森の中に1人住んでいる女魔法使いが本人の希望とは全く関係なくエロ絡みの依頼ばかり受けてその解決のために活躍しまくるという話で、R-18制限ながらマンガ図書館Zで読むことが可能。同サイトにある「恋の活造り」「なんぎな恋の物語」「愛の妙薬・恋の化学」もだいたいがコミック花いちもんめ(後継含む)が初出。
こういう雑誌でたいてい1つ2つはある非エロ作品枠を長い事務めていた。表題作は学校の召喚部という精霊召喚を目的とした部活動で起きるゴタゴタを描いた作品で、途中から異世界でのファンタジー的展開を見せる。
レズもののマンガで有名、と思ったら女性だった。この人に限らず、コミック花いちもんめの作家は女性であることが確認できる人が多い。昔からエロ関係に女性作家は多かったという説はあったが、それが明確になっていったのがこの頃からなのかもしれない。
いとう直
コミック花いちもんめ出身というとこの人を入れないわけにはいかない。いちおうこの雑誌近辺の新人賞受賞作家で、不定期だが継続的に単発を掲載していた。
こういう名前だが女性。表題作はそこそこの人気で、単行本化されたが、発売の直前に本人が肺炎で死亡してしまった。
林家ぱー(志弦)「表紙」
「花いちもんめ」「ゲイザー」「ライズ」の表紙を長い事務めていた。ペンネームは途中で「ぱー」から「志弦」に変更になった。本編は描いていないのでここに挙げるべきではないのかもしれないが、ここを足がかりにして出世、という意味では代表格なので挙げた(正直小林かずみと和田エリカのどちらを10人目にするか迷って決められなくなって彼女が入った)。
Xでは、コミュニティノートという、投稿に背景情報を付加できる仕組みが運用されています。特に、デマや陰謀論に対してコミュニティノートが付与されているのはよく見かけられます。
ノートは、コミュニティノートの参加者として登録した人が匿名で(正確にはコードネーム制で)ノートを書いたり、他の人が書いたノートを評価する仕組みがあります。
コミュニティノートに参加してノートを書くための敷居はそんなに高くないので、的外れなノートやイタズラが書かれることもあります。
そのようなノートは評価者から低評価を受けるため一般ユーザーに表示されることは滅多にありません。ノートが適切に評価されるように、コミュニティノートは「追加の背景情報が必要ない理由を説明するノート」を書く機能があります。これは、要するにノートに対する反論です。不適切なノートに対しては誰かが反論を書いておくことで、通りすがりの評価者がノートを正しく評価するのを手助けします。
ノートは、根拠となるURLを示すことが推奨されています。反論においてはよくあるのは、
「~~のような指摘はコミュニティノートの目的ではありません。コミュニティノートではなく返信や引用で指摘してください。コミュニティノートのルールを再確認ください https://communitynotes.x.com/guide/ja/about/introduction 」
のようなものです。定番なのは、パクツイ(無断転載)に対して「無断転載です」というコミュニティノートが付くと、「無断転載の指摘はコミュニティノートの目的ではありません」という反論が付きます。
この記事で言いたいのは「いや、コミュニティノートのルールにそんなこと明記されていないよ」ということです。
コミュニティノートは反論も含めて文字数制限が厳しいので、主張をこの記事にまとめました。これを書いた人はこの記事を適宜引用して利用しますが、もちろん、他の人も自由に引用したりリンクしたりできます。
コミュニティノートの根幹は「さまざまな視点を持つ十分な数の評価者が“役に立った”と評価したら、そのノートは表示される」ということだけです。
コミュニティノートのドキュメントは、どのような観点で評価すべきかということに重きを置いており、評価者によって意見が分かれることが大前提となっています。
評価者の意見によらず、「こんなノートを表示すべき」「こんなノートは表示しないべき」という具体的なことは、コミュニティノートの公式ドキュメントにはほとんど書かれていません。
ですから、コミュニティノートのドキュメントのURLを出しながら、「コミュニティノートのルール」を根拠にノートへ反論するのはごく一部の例外を除けば間違っています。書いていないことを書いてあるかのように見せかけて引用するのは悪質な印象操作であり、適切な評価を妨げてしまいます。
ノートへの反論は、あくまで自分の言葉で、コミュニティノートのドキュメントに頼らずに行うべきです。ノートが表示されるかどうかを決めるのは、ルールではなく、評価者の意見です。
ここからは、上記の主張を補強するために、コミュニティノートをどう評価すべきかについて、コミュニティノートの公式ドキュメントに実際には何が書いてあるのか説明します。
意外なほど、どんなノートを評価すべきかについては明記が避けられています。書かれているのはあくまでコミュニティノートの「目的」であって、その目的をもとに個々のノートを評価するのは評価者の仕事です。
ただし、ドキュメントを全部読むと分かりますが、一部例外的に、不適切なノートについても言及があります。そのようなノートに対する反論を書く時だけは、ルールのURLを根拠としてもよいでしょう。(この記事最後のまとめを参照してください。)
コミュニティノートは、誤解を招く可能性があるポストに、Xユーザーが協力して役に立つノートを追加できるようにすることで、より正確な情報を入手できるようにすることを目指しています。
ノートの中身に言及されました。評価者は「役に立つノート」かどうかを評価することが求められています。
また、「誤解を招く」という用語が登場しました。この用語はXのインターフェース上などでも使われており、コミュニティノートの対象として「誤解を招く可能性があるポスト」が想定されていることが分かります。
ただし、注意しなければならないのは、「誤解を招く」かどうかの判断もまたノートの評価者に委ねられるということです。どのようなポストが誤解を招くとみなされるべきか、コミュニティノートのドキュメントには明記されていません。
「陰謀論は誤解を招く」、「無断転載は誤解を招かない」のような区分けはコミュニティーノートのドキュメントに一切書かれていません。個々のケースに応じてそれを判断するのも評価者の仕事のうちです。
つまり、「この投稿は誤解を招いていないのでコミュニティノートは不要です。コミュニティノートのルールを再確認してください」のような反論は不十分です。反論は、他の評価者が「これは誤解を招いていない」と納得してもらうのが目的であり、コミュニティノートのドキュメントはその根拠になりません。
Xがノートの作成や評価を行ったり、ノートに介入したりすることはありません(Xルールに違反している場合を除きます)。Xでは、表示されるノートをユーザーの意見によって決めることは、正確な情報を入手するのに役立つ背景情報を追加するための公平で効果的な方法であると考えています。
Xがノートの評価を行うことはないと書かれています。もちろん、評価という実作業とルール整備とは別のものですが、ここでも「表示されるノートをユーザーの意見によって決める」ことが強調されています。
「○○のようなポストに対してはノートは不要」といった基準をXの側で用意していないことを示す記述です。どんな内容の投稿であっても、評価者がノートが必要と判断したのであれば、ノートが表示される可能性があります。
Xでは現在、人々がさまざまな視点から役に立ち、参考になると考える背景情報を、コミュニティノートが確実に提供できるようになることに焦点を合わせています。
コミュニティノートは、さまざまな視点からユーザーに有益で役に立つ背景情報を提供するために作られており、Xのその他のポリシーやルールを補完することを目的としています。
コミュニティノートの目的はさまざまな箇所で繰り返し説明されています。
コミュニティノートの理念を説明するページであり、特にノートの評価にあたって参考になるページです。
コミュニティノートは、ポストを読んだユーザーが、常により優れた情報を把握できるように、有益な背景情報を提供することを目指しています。ノートは、取るに足らない内容を気軽に投稿したり、個人的意見や侮蔑的な内容を投稿したりする場所ではありません。ポストについてや、それが誤解を招くかもしれない理由について、自分とは反対の意見を持つ人々も含め、誰もがより深く理解できるように、明確で根拠に基づいたノートを作成しましょう。
この箇所は、珍しく不適切なノート内容に言及されています。「取るに足らない内容」は結局評価者に委ねられるのでさて置いて、「個人的意見や侮蔑的な内容」についてはノートとして適切ではありません。このようなノートに対する反論としてなら、コミュニティノートの理念を引用することができます。
「個人的意見」の逆は、「客観的事実」です。そのため、客観的事実をもとに指摘しているのであれば、そんな指摘はコミュニティノートでしなくていいと思ったとしても、コミュニティノートの理念を引用できません。自分の言葉で反論すべきです。
コミュニティノートは、異なる視点を持つ可能性のある人々も含め、あらゆる人々がポストで議論されている問題について、より深く理解できるようにすることを目的としています。あなたの意見に同意しない可能性のある人々にも、有益性と敬意を感じ取ってもらえそうな投稿を心がけてください。ヘイト表現、中傷的表現、扇動的表現は避けてください。
ここでも、「ヘイト表現、中傷的表現、扇動的表現」がノートにふさわしくない内容として言及されています。このようなノートに対する反論としても理念を引用することができます(ただし、ヘイト表現などはXルールにそもそも違反するため、ノートに反論するよりもノートを報告してしまうほうが適切かもしれません)。
対象のポストが誤解を招く可能性があり、追加された背景情報が事実の理解に役立つとノートで主張する場合、そのノートが十分な数の協力者により「役に立った」と評価されると、対象のポストに表示されます。
コミュニティノートは、Xで誤解を招く可能性のある情報に遭遇したユーザーに、役に立つ背景情報を提示することを目指しています。
役に立つノートと役に立たないノートの特徴が列挙されています。また、例も掲載されています。
役に立つノートの特徴は「品質の高い資料を引用している」などで、役に立たないノートの特徴は「出典が含まれていないか、信頼できない」「情報が正しくない」などです。
一見すると、どのようなノートが必要・不要なのか明確に書かれているようですが、注意すべきことがあります。
これらの特徴は、評価UIのチェックボックスの内容そのままです。つまり、これらはノートの評価基準であり、逆に言えば評価基準でしかないということです。実際にノートの表示・非表示に繋がるのは、これらの基準に従った個々の評価者の評価です。
ですから、やはりノートの反論に根拠として使えるページではありません。例えば、こんな反論は反論になっていません。
「このノートには誤った情報が含まれています。情報が正しくないノートを書かないでください。コミュニティノートのガイドをご確認ください https://communitynotes.x.com/guide/ja/contributing/examples 」
ここでコミュニティノートのガイドのURLを根拠にされても、意味がありません。その評価基準はもうUIに書いてあるので分かっています。それよりも、なぜ情報が正しくないのか、そちらを反論に載せるべきです。
これは極端な例でしたが、このようにコミュニティノートのガイドのURLを使って反論しても、評価基準を説明しただけで中身のない反論となってしまいます。
反論ノートに求められているのはさらにその先で、「評価基準に照らして、なぜそのノートを低評価すべきなのか」をきちんと説明することです。
コミュニティノートのガイドの全てのページを見ても、どのようなノートが適切か、適切でないかの具体的な説明は限られています。理念のページで以下の内容が不適切とされている以外は、すべて目的の説明や評価制度の説明です。
よって、コミュニティノートに対して、以上の内容に当てはまらない反論を行いたい場合は、「コミュニティノートのガイドをご確認ください」のようにコミュニティノートのガイドを根拠とした反論はできません(したとしても、中身のない反論になってしまい意味がありません)。
そうではなく、なぜそのノートが役に立たないのか、ルールに頼らずに説明する必要があります。
この記事に対する反論がされることもあるようなので、コメントします。
当たらない反論です。この記事は「誰が書いたかに関係なく、内容を読めば分かる記事」です。
この記事を使う人は、「この記事があるという事実」を根拠に使うのではなく「この記事に書かれている内容」を根拠に使います。
そのため、誰が書いたか分からないことは反論になりません。この記事に対して反論するのであれば、この記事の中身に反論する必要があります。