はてなキーワード: 字数とは
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社会学者ホックシールド、そしてインタビュアーの金成隆一記者は、ともに2010年代半ばにアメリカの保守的な地域に移住し、社会学的な参与観察をおこなっている。
記事のなかでホックシールドは「理性が提示されたときにはそれに従って考える一方で、人々の感情の流れもたどれるようになる」ことの大切さを説いている。本来社会学は、他者を悪魔化せずに内在的に理解するための技法である。彼らが描き出すトランプ支持者の肖像は、とても素朴で人懐こい。悪魔化せずに内在するからこそ「なぜこんな素朴で人懐こい普通のたちが、トランプを支持するのだろうか」という問いが立てられるのだ。
この作法に則ったホックシールドの著書『壁の向こうの住民たち』(2016年)、金成の著書『トランプ王国』(2017年)は、硬直したリベラルを解くほぐす処方箋になるかもしれないと当時僕は期待した。だが現実は、本来左派であるはずのホックシールドに「リベラルよりも保守の方がマシ」といわしめる状況である。変わらなければならないのは、「かれら」ではなく「われわれ」ではないのか。
僕は今年4月に『失われたヘゲモニーー融解する右派・空洞化する左派』(花伝社)という本を出版したが、ポピュリズムの分析はこの二人の業績に頼らなければとてもできなかった。そんな二人のこの記事における対話は、一読ではもったいない論点に満ち溢れている。字数に限りがあるのでそれをいちいち説明しないが、これを機会に二人が書いたものを以下で紹介するのでぜひ読んでみてほしい。
・ホックシールドは今年3月に(布施由紀子訳『盗まれた誇り 喪失と恥と右派の躍進』岩波書店)を上梓している。
・金成隆一は24年に「トランプ王国」を再訪し、そのルポはネットで公開されている。 (https://roles.rcast.u-tokyo.ac.jp/publication/20240910)
予想以上に反応があってビビってる。誰だよ掘ったのは。
コメ欄の「『〜よなあ』から『あ』を抜いて字数削減してる」という指摘を読んで、膝を打った。
これは単なる言葉遣いの好みの問題じゃなく、もっと根深い、「書き言葉」と「話し言葉」の行き違いなんだと思う。
よなあ↗: 「同意しろよ」という威圧、あるいは「俺は分かってる」という宣告。
よなあ↘: 「……だよなあ」という、自分自身に言い聞かせるような、内省的な独り言。
なのに「書き言葉」の、しかもはてブ「100文字制限」に持ち込むと、本当は「よなあ↘」って優しく独り言を言いたいだけなのに、語尾の「あ」が切り捨てられ、残った「よな」が受け取り側の脳内で勝手に「松本トーン」で再生されてしまう。
(いや、権力者の場合はたとえ↘トーンであっても、周囲に忖度を強いる再帰的構造があるから、一概に「独り言だからセーフ」とも言えないのかもしれないけど)
何百回も語られたような「書き言葉の限界」の話を、自分もまた再生産してしまったのかもしれない。
みんな、本当は「よなあ↘」って言いたいんだよ。
違うか?……それとも、ないまぜか?
熱い肩入れもなかった。
高市がカタログギフト、石破が商品券のニュースを11件ピックアップして、はてブコメントを3件以上残しているはてなーのコメントをスクリプト書いて一覧にしてみた。
熱い掌返しとか、「石破は許す、高市は許さん」とかを期待したが、単に石破に文句言う奴は高市の時はだんまり…その逆もしかりな感じで、つまらない結果になった。
| 高市首相 自民の全衆議院議員宛てにカタログギフト SNSで説明 | NHKニュース | 高市首相側、自民の全衆院議員にカタログギフト 「当選のねぎらい」:朝日新聞 | 高市首相側がカタログギフト配布 数万円相当、自民議員に当選祝いで | 毎日新聞 | 高市早苗首相が「当選祝い」カタログギフトを衆院議員に配っていた!「週刊文春」取材に複数の事務所が受領を認める《政策秘書の実弟が議員会館で…》 | 週刊文春 | 【速報】高市総理?“カタログギフト配布”を認める?自身のXを更新 衆議院選挙で当選の自民党議員に数万円相当のカタログギフト配布 | TBS NEWS DIG | 石破首相側が15人の議員側に商品券配布 10万円ずつか、複数証言:朝日新聞 | 石破首相「ケチと言われて気にする部分あった」 商品券配布巡り | 毎日新聞 | 石破首相 自民議員に商品券「法的には問題なし」野党は追及 | NHKニュース | 石破内閣支持急落26%、商品券の配布「問題だ」75% 朝日世論:朝日新聞 | 石破茂首相、自民党衆院1期生に商品券10万円 「政治資金規正法に抵触せず」 - 日本経済新聞 | 石破首相、商品券配布「初めてではない」 法に抵触しない認識 | 毎日新聞 | | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| AKIT | ↓今回は全衆議院議員対象だから900万超えで、石破とは桁違い一歩手前やで。官房機密費以外にこんな大金出せる財布なくね? | 上脇砲が発射準備に入りました! | 「長年やっていて、人付き合いが悪いの、ケチだのと散々言われてきたので、そのことについて気にする部分が相当にあったんだろうと思っている」なんか可哀想になってきたw/自由に使える官房機密費というお財布字数 | ||||||||
| Englishwords | 生活保護者には1円単位でチェックするくせに金持ちの自民党員にさらにカタログギフト | 景気のいい話ですね 最近はおにぎりも高くて買えないわ | 社会保障削るけど自民党員にカタログギフトする金はあるんだな | ||||||||
| akatibarati | 言い訳ツイートが何度も修正されてるらしい。 https://imgur.com/rWbpH0c | 自民党総裁になるために8000万(石破は42万)使い、選挙に勝つために動画を1億6000万(日本の人口は1億2000万)回した女だからね。 | ほーん。「安倍派」の「裏金」は何に使われたんやろなぁ。「安倍・菅時代」の「官房機密費」もどうだったんやろうなぁ。 | ||||||||
| bros_tama | 「(首相側からもらった)ありがたいものなので、議員会館の部屋に飾ってある」←首相が押し付けてきたが受取っていないことを明示してる.石破は新人より遥かに愚か.朝日は前から掴んでいたな. | 裏金がどう使われたかが疑問とされてきたが,まさにこれ.ポケットマネーとして帳簿には載せないカネ,裏金.政治用途に当たるか当たらないか当然司法でも決着を求める.しかし薄ら笑いで開き直るって醜く不愉快. | 河野先生のコメントが素晴らしい.政治改革以前の政治不信が続いた古い体制への回帰を都合が良いと思ってしまう野党が,自浄能力を失った自民と握り合うような政治体制が,日本にとって良いはずはないと思う. | 石破が開き直っていられるのは,この状況で代わりに総裁に手を挙げる人がいないからだろう.選挙は負ける,米国の要求は無理難題,物価高収まらない,コメ政策失敗,関税戦争で経済ひょっとすると不況に落ちる. | |||||||
| buriburiuntitti | この話、違法性が無いので国民感情を煽るだけの話でしかなく、またはてさみたいなのだけが大騒ぎしてるんだよなぁ。違法性の無いことにまたああいう人たちがなんか言ってる、としか映らないの、普段の積み重ねよな | いわゆるグレーゾーンでずっと慣例として行われてきたこと。グレーゾーンであるが故に叩きたい人の材料にされるわけで、石破が嫌いな人は材料にしたし、高市が嫌いな人は材料にしてる感じ | 裏商品券じゃん | 裏金が嫌われて、裏金関係ない人を立てたのに、そいつも裏商品券だったんじゃあそうなるわな | |||||||
| cinefuk | 悪口はアウトソーシングできるのに、ギフトはアウトソースできないのね。金丸信にでもやらせておくのが昔の自民党スタイルだった筈なのに。党内で不人気だったという石破茂と、実は同等の権力しかないのか? | 西田昌司が大喜び「受け取ったのは今月3日開催の首相との懇談会に参加した十数人で、総額は百数十万円にのぼるとみられる。政治資金規正法は個人から政治家に対する金銭等の寄付とその受領を禁じており」 | 高市早苗派の工作による石破茂倒閣運動を本人のいい奴アピールに使われてしまった挙句、歴代首相(おそらくすべての派閥幹部も)が全員やってたことが明らかになり、選挙前に党全体の信頼をさらに落とすことになった | 「石破茂は汚職議員を正してくれる」という期待が「やっぱり石破茂も自民党なんだな」という失望に変わる。じゃあ誰に変える?えっ汚職議員かつ統一教会で差別デマと陰謀論の巣窟、高市早苗さんですか!?本気で!? | 一年生議員を味方につけようと思ったのかも知れんが、西田昌司=高市早苗に通じているスパイが含まれている可能性を考えなかったマヌケ石破茂は自民党に向いてないな https://x.com/ozorakoki/status/1900186500513530208 | ||||||
| dd369 | https://www.daily.co.jp/gossip/2025/03/17/0018761932.shtml 「法に触れてる触れてない以上に、信頼を失う問題だと思う」 | 石破ガーとかいう擁護がいるようだが自民党が腐ってるだろ。 | 自民党内で石破下ろしが始まった?石破もこんなしょうもないリークをされてだらしない。高市や進次郎みたいにまた日本語が通じない総裁は勘弁してほしい。 | 官房機密費を使ったのではという疑惑があるが、そうならやはりケチだ。 | |||||||
| deep_one | 「政党支部」の実態が「高市個人の財布」なので、実質的には高市から議員への贈賄に当たる。自民党だけ「政党支部」の実態がおかしいのである。そもそも奈良の支部が全国の議員にお祝いを送るのはおかしいだろ。 | 「(自身が支部長の)奈良県第2選挙区支部として品物を寄付した」自民党じゃなく政党支部だというのは「高市が贈った」ということにしたいからとしか考えられない。(自民党の政党支部は個人に紐づいている。) | 実質的な贈賄である。 | 政党支部からだからOKというのは、「そもそも自民党の政党支部はおかしいから政治資金規正法を改正しろ」というのに直結している。自民党の政党支部は政治家個人が支配している。脱法的手法である。 | |||||||
| hayakuzaka | この人たちが度々口にする「道徳」ってやつは「人々が善悪をわきまえ、正しい行為をするために守るべき規範の総体です。法律のような外的な強制力はなく、自発的に正しい行為を促す内面的な原理」不道徳極まりないね | まあ、支部からなのはしょうがないね。手取りは20万くらいだから。また、お姉さんに追加で出してもらったんでしょ。 | これは至言!この正直者め!どうせなら、「前職のみなさんがお配りになっていたと聞いたので」とかもゲロっちゃえばいいのに。 | ||||||||
| inks | 「サナエちゃーん、私も投票したからカタログちょうだーい」ってリプライ入れようぜww。Xならできるし、拡がるよな。 | もう国会議員として身なりを整えるために当選者に配れ。金券ショップでのカタログギフトの買い取り率って8掛けぐらいか。それともカタログにスーツお仕立てもあるんか。サラリーマンにもスーツが必要経費にして! | この際だから、国民にも商品券配ったら。当選祝いでさ。物価も下がらない事だし。 | 新人議員への当選ご褒美&派閥勧誘なんだろうな、コレ。ご褒美は民間会社で良くあるヤツ。リークはブコメ予想通り身内の党内だろな。でも、真面目な石破だと「渡りに舟」で辞めるかもな。予算通過実績だけ抱いて...。 | 恒例の新人へのご褒美だったんだろうけど。今、コレ身内から出されちゃうとねぇ。老中達のご機嫌損ねたかな。満を持して林登場かな。どのみち渦中の栗だろうけど。 | ||||||
| ko2inte8cu | 政権基盤って、カタログに載っているかな? | 全議員って、莫大な金額になる。どっから出た金なのか? 出せる金なのか? | なんで配るのかな、、、、まぁ、あれやね。なんで高市は大勝したのかな、、、、嗚呼、テレビ討論を避けたのが勝利の秘訣かぁ | 倒閣キチャーーー。杉田先生候補入りでは許してもらえんかったか、、、。倒閣は するもされるも 下野になり | 石破首相、詰腹か。なお、もたもたしていると、内閣不信任案が出されて、野党多数ゆえ成立。そのまま衆院選という負け戦はできないので、辞任やね | ||||||
| kukurukakara | つまりは恒例ということ. | “総額は百数十万円相当"政治資金規正法は個人から政治家に対する金銭等の寄付とその受領を禁じており、今回の商品券のやり取りは同法に抵触する可能性”第21条2ということか. | "「長年やっていて、人付き合いが悪いの、ケチだのと散々言われてきたので、そのことについて気にする部分が相当にあったんだろうと思っている」"違法の認識が甘かったんだろうがなんか可哀想. | “首相事務所が商品券を配ったと明らかにした。「政治活動に関する寄付ではない。公職選挙法にも政治資金規正法にもなんら抵触しない」と主張”第21条2かな. | “「会食のお土産代わりに、ご家族へのねぎらいなどの観点から、私自身のポケットマネーで用意したものだ」”そういう説明がなかったよう.どこから出たお金か. | ||||||
| kumpote | すごい罵倒語が星集めてるのを見た。もう終わりだよはてブ | 国民が一番そう思ってますけど? | 国民への年間10万の減税は渋るくせにな | ||||||||
| mayumayu_nimolove | 高市支持者はタダ働きなのに。あ、税金納めてるから… | 法に触れないんだから問題ない。高市支持者はタダ働きして税金納めて何ももらえないけどその金でカタログ買ってるわけじゃないんだからと説明すればいい。 | 不倫と贈答は文化だ | ||||||||
| minboo | さっきテレビ見てたらこのニュースやってて、コメンテーターが「これを野党が追求するとまた予算成立が遅れる」って言ってた。もう狂ってるな | 全衆議院議員…麻生太郎も3万円のカタログギフトを貰ったのかな?/石破のときは新人(14人)に10万円、高市は全員(316人)に3万円 | 石破のときは新人(14人)に10万円、高市は全員(316人)に3万円 | ||||||||
| mkotatsu | その他大勢の議員も本心では議論なんかせずに言いっぱなしで逃げられたら最高だなーと思ってるんだろうけど、それが仕事やん。(国民には単発2万配っただけで)議員は月3万昇給したばっかやけど、給料返せ | どうせカネを湯水のように使うならちょっとくらい庶民に配ってもバチ当たらんてw というわけで我々にも頂戴よw毎月でもいいよw | 目配り気配りでうまい思いする側どころか貰えもしない人からも擁護してもらえていいね。公務員なら秒で税金泥棒(その給料も税金だぞ!)て叩かれるだろうに。身内への優しさの1%でも下級国民に向けてくんない | ||||||||
| mr_mayama | 終わったなあアホだなあ。こんなにアホだと思わなかったけど、まあ代わるなら早く代わってもらって。なんつーか自分が政治ウォッチし始めてから見てた人だっただけに総理になる感慨はあったけど、器では無かったな。 | おもろすぎ | 法律に抵触するとかしないとか、そういうことではないのであってね、国民がどう思うんですか、ということでしょ。総理は一挙手一投足を厳しい目で見られる立場にあって、何をおこのうのか、ということは、当然細心の | ||||||||
| nP8Fhx3T | この件に関しては野党がしつこく追求しても大した効果なさそうだし、またかと思われるだけだろうから説明だけ求めてあとは世論に任せた方が良さげ | 総額一千万近くになるけどポケットマネーから出てるの?石破の時もだけどなんでそんな余裕あるの? | ここで違法性がどうのと言い訳すると裏金議員同一視されると想像できない時点で無能すぎるんだよなあ。難局に石破と森山のコンビで自民を引っ張るのは無理だったんだよね。 | ||||||||
| pikopikopan | 身内向けに必死で外から見てどう思われるか理解出来てなかったのかな?? | まじか・・うちお土産でカタログギフト配られたことあったんだが、給与扱いしてないと思うんだが・・”会社から貰ったら給与扱いで所得税やらも発生しちゃう” | 医療削ってるくせに、こういう事に金使うなって思う | ||||||||
| rci | やだかわいい | この前もお菓子に自分の名前入れて配った人いたよな | しかしここで高市になると日本も滅亡しそうなので、なんとかゲルでねっとり続けてほしいけど | ||||||||
| solidstatesociety | 野党が糾弾する力が無くて味をしめて独裁化を選べるポイントかも | 国民を労え | カタログギフト業者のつながりを確認だ | 国民には? | 国民に回さないので結局はケチなのは変わらん | ||||||
| sophizm | いや、そんなことより石破商品券をなぜか叩いてた自民党支持者からの批判が同じくらいに苛烈にされるはずだが???? > “野党などが批判するのは必至だ” | 当選議員全員に、か。石破氏が叩かれてた商品券は当選した新人議員だけだったのにね。/ そういえば石破商品券は石破氏のポケットマネーだったか | なにしてんねん | ||||||||
| tdam | カタログギフトの原資は何なのだろうな?それはそうと、総理には贈り物などに使える内閣官房機密費というものがあるようですね。 | これは自民党の伝統なのだろうか? | 金券政治。 | ||||||||
| tekitou-manga | 石破がやった時は全員返還したそうだが、今回は普通に許されるんだろうな。はぁ…… https://www.sankei.com/article/20250313-3ZA5XN3DXFNAZGM73JUFWAB5DI/ | 一方的に発信するだけじゃなくて記者会見で質疑に応じろよ、逃げ上手のサナさんよお | 石破ちゃん???? / 10万円が100万円でも1000万円でも問題ないっておもってんすかね?石破は。1000円2000円の食事なら目くじら立てる人も相当少ないとは思うが、10万円て | 商品券配布は75%が問題視してるが、首相を辞めるべきだとは思わない人が60%。 | |||||||
| tomoya_edw | あほだなぁとは思うけど、例えば後輩に飯奢ったりプレゼントもあかんのかな?会社員なら普通にやるが。何か政治資金規正法21条の2を記者が棍棒にしていたが「政治活動ではありません」って答えててそれはそう。 | 人間が、ちいせええええええ!!器じゃねぇから味方を背中から刺すマンとして残りの人生暮らせ。 | 全員に返却されるとかウケる。 | ||||||||
| tpircs | これ、こういう反応があることは確実にわかってたと思うんだけれどそれを踏まえてもやった方がいいと判断したのはどういう理由なんだろう。ギフトで喜ぶ議員なんてさほどいなそうだし、注目されたい・・・? | 選挙当選のお祝いとしては問題ない額じゃないのって思うけれど、こういうのをやるなら自分から情報を開示したほうがよいような気はする(開示してたのかもしれないけれど) | 商品券配布についてはどう聞くかで回答が全く変わりそう。「極わずかでも問題があると思うか」みたいな感じだったらほとんどの人はまぁそう言われればって感じになりそう。 | ||||||||
| ustam | 政党からであるならば合法で、高市個人からであれば違法? まあ、どのみち印象は良くないよねぇ。懲りてないとか調子ぶっこいてるとか見えちゃって。 | ありがとうさようなら。このタイミングで暴露されたのは高市サイドの陰謀説。 | 石破を下ろすと高市が出てくるというなら、僕は永遠に石破を支持したいけどな。 | ||||||||
| wapa | Xで説明するのか | 擁護してる人らが「カタログギフトならOK< |
端的にいうとなにかに秀でてないと見向きもされず孤独に苛まれるケモナー人生を送ることになる。
ぼっちになりたくないなら以下の一芸を参考にして孤独を回避しよう!
Tear SS
癖開示バトルで君も勝負だ!
Tier S~A
マッチョ体型、デブ専にモテそうなふくよかな体型を持ち合わせていれば君の身体目当てに雄が寄ってくること間違いなし。
結局身体かよ!と思うかもしれないが9割9分ゲイの界隈なので悲しいけれどこれ、現実なのよね。
Tier A
自分の着ぐキャラがいればとりあえずチヤホヤされるのは確証される。
但しコミュ力がないとTierは下がる。
Tier A~B
絵描きに比べるとやはり需要は落ちるがエロい文章とそれなりの字数が書ければpixivでブクマ100以上は堅い。ノベルゲームもまだまだ人気があるので需要は一定数ある。
君も字書きにならないか?
Tier ?
未知数。ケモナーかつケモV好きな人しか見にこないので平均視聴者数は1桁2桁(2桁いけば凄いほう)の人が大多数で同接や登録者数を伸ばすのは難しい印象。
モデルを依頼するにせよセルフ受肉するにせよ活動を継続していくにはお金が掛かる。
配信するためのパソコンもそれなりに良いスペックでないとパソコンが悲鳴を上げるのでケチらず金を掛けよう。えっ?いまこんなに高いの……?ヤバぁ……
表じゃ言えないからここに。
お友達になりたかったと仲良くなりたかったと先生には言ったそうですね。
でもあなた、うちの子が泣いてる時に「弱いくせに」と言ったでしょう。
お友達になりたい子には「弱いくせに」と言えばお友達になれるんですね。私もあなたとお友達になりたいです。
うちの子があなたからの嫌がらせに敏感になる中で1を10と拡大解釈することはあったかもしれません。でもあの子は0を1にするような嘘はつきません。
名前をからかって、この字数ならもうすぐ死ぬよなんて、もっと仲良くなりたいお友達によく言えますね。あなたのご両親の死生観を伺ってみたいです。
色んなことをうちの子にしたでしょう。うちの子は幼稚園でもお友達に叩かれていたことがありました。その時も溜め込んで分かったのは後からでしたけど、でもあの時はもう遊ばない!と怒って自分を主張していました。
今回うちの子のイライラがすごくて家庭内がとても荒れました。そのうち脈絡なく嘔吐するようになり、学校に行きたがらなくなりました。
先生も気づいてなかったそうです。いつも先生がいないタイミングでやってくるそうですね。まだ保育園しか経験がないのにどこでそんな賢くなったんですか?
あなたのお母さん、先日の保護者会でグループトークで同じ班になりました。友人について、のテーマが出ましたよ。
私がうちの子の母親だと認識してもなお、平然とされていました。あの場で自分を抑えて当たり障りのない答えを絞り出した私に感謝してください。その日は腹痛で夕飯が食べられませんでした。あなたのお母さん、保護者会が終わるとお知り合いの方と挨拶を交わされてすぐに帰られましたね。私にはとても真似できない、心の強いお母さんですね。
うちの子が、一年で一番幸せな日の誕生日にさえ嘔吐して、楽しみにしていた自分で選んだ誕生日ケーキさえ食べられなかったこと、知っていますか?
大好きな友達と久しぶりに会って、誕生日プレゼントをもらってとてもとても楽しそうに遊んでいた時にも嘔吐してしまったことを知っていますか?
緘黙ぎみのうちの子がバカ正直に傷ついた顔をするのが面白かったですか?
あなたのご両親は、うちの子が学校に行けなかった時に私が仕事を休んで付き合ったことを想像できていますか?自営業ですから給料の補填はありませんよ。仕事が休めない日は信頼できる友人にお礼を渡してうちの子を預かってもらいました。もちろん私の財布から払いました。
今回はうちが学校と学童を休みました。でも、次はそのつもりはありません。
また同じようなことをしたならば、今いる居場所を失うのはあなた自身だということをよくよく理解して行動してください。
うちの子は謝られたらすぐに許してしまう子なのであなたも安心したでしょう。うちの子が許したから私も全てを飲み込むことにしました。でも私は許してないですよ。
あなたがこの先、2年生になった時も誕生日ケーキを食べる時も幸せな時も嬉しかった時も、受験に成功した時も成人を迎えた時もいつもいつでもあなたは私の子をいじめた子です。
別にnoteでもはてなブログでもいいんだけど、お願いだから長文はXのタイムラインで流さないでほしい。
読みにくいんですよ、ほんと。タイムラインにいきなりズラズラっと続くポストが流れてきても、途中で通知とかリプとか入ったらもう見失うし。
「多くの人に読んで欲しい」とか思ってるんなら、ちゃんと文章として読める場所に転載してくれ。noteでも、はてなブログでも、はてな匿名ダイアリーでもいいから。Twitter(X)は、もうはてなブックマークもしづらくなってるし、情報の保存にも向いてない。
Threadsが500文字とか、Blueskyが300文字とか、その字数で収まるならそっち使うのもアリ。
まあ、俺がXとかイーロン嫌いってのもあるんだけどね(結局それ)。
それに、Xはこれまで恣意的に大量のアカウントを凍結してきたせいで、そもそも「アカウントがないから読めない」って人もかなりいる。あるいは鍵垢でROMってて、リアクションしたくてもできない人も多い。いいポストに出会っても、「いいね」も「リポスト」もできない。これじゃ広がらないし、読まれない。
関西地方の医学部で教授をしている。普段は受験生を選抜する立場だが、この春、子どもが国立小学校を受験し、試験運営で考えさせられる点があったのでここに記したい。
なお、子が受験したのは、大阪市内にある国立大阪教育大学附属天王寺小学校(附天)である。国立小学校では西日本でトップクラスの国立小らしい。らしい、というのは、当家庭は子どもに小学校受験の準備をさせておらず、ほぼ無課金の状態で受験をさせたため、学校間の序列にくわしくないためである。
また、後述するが、附天は受験生(子どもたち)に公平な受験機会を与えるために必要な情報を公開していない。このメモは、附天受験の状況を無償で公開するという意味も持っている。
なお、筆者は旧帝大や非医学部を含め、国公私立大学にまんべんなく在籍した経験があり、入学試験の設計(どのような学生を採りたいか)にも各学校でさまざま経験してきたたことを付記しておく。また、子どもの特定を防ぐため、詳細な情報は一次試験の状況のみとし、子どもの合否にも触れない。
試験は一次試験(筆記・行動観察)→合否発表→一次合格者のみ二次試験(面接・実技)である。
試験科目として、「①筆記 ②実技 ③行動観察 ④面接(志願者面接・保護者面接)」と書かれているが、それぞれがいつ実施されるのかが書かれておらず、一次試験の学習として何を準備すればよいのかがわからない状態であった。
実際には、上の()で示したような分かれ方をしていることは受験後に初めて分かった。
高額な受験塾へ通わせている家庭は事前に情報を知ることができたと思われ、軽い不公平感を覚えた。
校長は大教大の教授が赴任する慣例であり、面接対策として校長の研究内容や人となりを事前に知っておこうと思ったが、なんと校長の氏名がどこにも公開されていなかった。何らかの理由で名前を徹底して伏せていると思われたが、ここでも重課金勢の家庭との情報格差があると感じられた。
男子は朝8:30開門で9時までに集合、女子は11:30開門で正午までに集合との案内があった。
しかし、実際には子どもたちへの試験は7,8分前に(つまり男子では8:52ごろ)に別室にある試験会場への集団移動が開始された。
私の子どもは*時50分にお手洗いへ行って戻ってきたら、他の子どもたちはすでに試験会場へ移動した後であり、「遅刻者」として試験会場へ向かうことになった。つまり、学校側の案内は不正確であり、男子は8:50、女子は11:50までにお手洗い等を済ませて待機室に座っていなければならないということである。しかし、そのような案内は、当日も口頭でも一切なかった。
試験を監督する教員たち(つまり附天小の教員たち)は集合時刻を勝手に前倒ししている自覚がないようで、*時55分にお手洗いから戻ってきた私の子に「急いでください!」と急かす始末であった。せめて、「お手洗いは*時50分までに済ませてください。」と告知すべきであろう。実際には「お手洗いへ行っておいてください。」とだけ連呼され、それを真に受けてぎりぎりにお手洗いへ行った子どもはバカを見た形となった。
試験を学校側が勝手に前倒しで開始するなど、大学では(おそらく中学や高校でも)まったくありえず、試験の公平性の観点からきわめて不適切な状況であると感じられた。
また、子どもたちは鉛筆や色鉛筆、水筒などを持参するように指示されているが、それらを入れる手提げかばんを持参してよいのかどうか、受験案内に記載がなかった。
実際には多くの受験生が手提げかばんを持参していたが、上記の試験前倒しなどと並び、この小学校は、最低限の必要情報すら伝える気がないように感じられた。
ほぼ1時間後(男児なら9:55ごろ)に、保護者へ大きな茶封筒が配布される。試験案内には、「保護者の方には『志望動機』『お子様の長所・短所』等を記入いただきます」とあったので、その記入用紙と思われた。配布から5分後に封筒を開けてくださいと言われ、中の用紙を取り出した。
この用紙が驚天動地のもので、2つの課題について、約700字×2=1400字の小論文を60分間で作成せよというものであった。用紙はマス目が印刷された原稿用紙であり、ボールペンで手書き、修正は基本的にできない。実際には、持参した家族写真の糊付けや説明文作成もあるため、小論文の執筆時間は50分ほどである。
筆者は大学入試の小論文に関わっており、試験監督もたまにこなすが、1400字の小論文(正確には2課題)をわずか50分前後で書くというのはいわゆる旧帝大や早慶クラスの小論文でもめったにない高難度の早書きである。
小学校側からの事前の公式案内は、「『志望動機』『お子様の長所・短所』等を記入いただきます」だけであり、ほとんど騙し討ちに近い内容と言える。小学校受験の趣旨から言って、保護者小論文が合否に大きく影響することは容易に想像され、そのような重要な入試項目についての実施情報を公開していない附属天王寺小学校の意識は、教育機関としてはなはだ不適切であると、大学人として感じられた。
・子供の個性を把握し、強みを伸ばし、弱みをフォローアップするために必要な事は何だと考えていますか。740字。
・家庭で最も大切にしていることと、本校の教育方針と合致していると思われる点を挙げてください。720字。
なお、筆者はたまたま教室の後ろのほうに座っていたため、保護者たちの様子がよく見えた。多くの保護者たちは封筒を開けると、ほとんど躊躇なく小論文を作成しはじめた様子が見えた。初見の小論文課題については、最初の数分間は内容や構成を考えてから執筆を始めるのが通例と思われるが、そのような様子はまったくなかった。後で知った情報として、附天の小論文課題は、字数や内容が毎年大きく変動するようであり、過去問でも対策は本来は難しいはずである。
保護者は数十通りの予想課題について1千文字近いボリュームを短時間で書く訓練をしていた、ということかと思うが、実際にそのような対策は時間がかかりすぎて困難なはずであり、特定の受験塾に試験課題または大まかな傾向が漏洩しているのではないかという疑念さえ持ってしまった(あくまで邪推である)。
附天の二次試験は運動課題(毎年変わる。)が出題され、2025年1月度はなわとびであった。附天の滑り止めとされることが多い、私立城星学園小学校の2024年秋の入試は(例年にない)なわとびが出題された。子どもたちからすれば、(体操や球技ではなく)なわとびに集中すれば良いので楽なのであろうが、偶然の一致なのかなという不信感は残った。
もし、私が附天の入試責任者であれば、城星学園の出題(数ヶ月前)を知ったところで、なわとびの課題は別のものに差し替えるだろう。それくらい、入試の公平性、疑念の払拭には気を遣っているし、そうあるべきである。
こういったさまざまの情報は、受験塾に数百万円をつぎ込むことで明示的にまたは暗黙にえられる情報なのであろう。
筆者はお金で情報を買うことが不公平であると言いたいわけではない。
国立大阪教育大学附属天王寺小学校という国立の教育機関が、公平な試験を行うことが困難と言えるほどに情報公開を行っていないことや、小論文課題やなわとびのように偶然かわからない、疑念を持たれかねないスレスレの出題を行っていることは、国立の機関として非常に不健全な状況であると考えた。
私立小学校であれば、特定の階層に受験の優遇を与えることはあってもよいかと思う。しかし、筆者自身が国立大学での経験が長いこともあり、同じ国立大学がこんな杜撰で不公平な入試運営をしており、まったく恥じる様子もないことに大きな衝撃を受けた。
筆者が在籍する医学部も似た状況で、受験倍率は10倍前後と完全な買い手市場である。しかし、だからと言って、入学試験の運営をおろそかにするなど絶対にありえない。10倍人気にあぐらをかく意識はなく、試験でよりよい学生さんを採ろうと真剣である。
そういえば、附天の入試当日、監督の教員に事務手続上の質問をしたのだが、「調べます」と言われてそのまま放置され、回答はなかった。大学の入学試験運営ではありえない適当な対応である。
大学と小学校は違う面もあろうが、入学試験というものの重みをずっと考えてきた大学人から見た国立大阪教育大学附属天王寺小学校の入学試験の問題点は以上である。
ChatGPTと哲学的に議論したところ、思いがけず興味深い展開になったのでメモっておく。
選択的夫婦別姓の議論は、単なる法律の修正にとどまらず、私たちが「家族」や「個人」、「自由」についてどのように理解し、どのように他者と共に生きていくのかという、深い倫理的問いを私たちに突きつけている。これは、制度の整備によって個人の自由を拡張することを目指しつつも、そのことによって新たな葛藤や排除が生まれうるという、自由そのものの逆説的性格に由来する問題である。日本においては、明治期以降、戸籍制度の下で夫婦は同姓とされてきた。それは「家」を単位とする社会制度の表れであり、制度に従うことは“当たり前”とされていた。戦後、民法は大きく改正されたが、戸籍の構造は根本的には変わらず、「1戸籍=1氏」の原則が続いている。この形式は一見中立に見えても、現代社会においては多様な家族形態や女性の社会進出、国際結婚の増加などに対応しきれておらず、「選択的夫婦別姓」への要望が強まっている。
一方で、反対の声も根強い。その中には、「戸籍制度の一貫性が失われる」「家族の一体感が損なわれる」「子どもの姓をめぐる混乱が起こる」などの制度的・情緒的な懸念がある。とくに、「一つの戸籍のなかに複数の姓が存在すること」への違和感は、「家族とは何か」という問いと直結している。反対派の主張として説得的だと思えるのは、制度改正にかかる行政的コストが得られる利益に比して高すぎるとの主張である。
ただ、こうした議論のなかで、見過ごされがちなもう一つの問題がある。それは、「選択的」であることが、すべての人にとって自由であるとは限らないという逆説である。改革に伴い、精神史的あるいは文化的な意味で目に見えない傷を残すことになりかねないことに気が付いた。これはもうひとつのコスト問題といえるだろう。
選択肢が増えることは、確かに一部の人にとっては歓迎される。しかし、これまで「自明なこと」として受け入れてきた選択肢しか知らない人にとっては、「選ばないこと」すら“選んだこと”として扱われるようになる。その結果、「なぜあなたは同姓を選んだのか」と問われること自体が、新たなプレッシャーや説明責任となり、無言のうちに選ばれていた価値観を「語らされる」状況が生まれる。
W・ベックは「リスク社会」のなかで、近代社会における制度や技術の発展が新たなリスクを生み出し、個人がそのリスクを自己責任で管理・選択することを求められる状況を「第二の近代」と呼んだ。家族制度の再編や個人化の進行は、まさにその一端であり、個々人が従来の慣習に頼ることなく、「選択しなければならない自由」のなかに放り込まれている。
選択的夫婦別姓制度も、こうしたリスク社会における制度の一つと見なせる。個人の自由の拡大は、必ずしも解放ではなく、「選ばなかった理由を問われる不安」や「所属の根拠を失う不安」といった新たな社会的リスクを伴う。それゆえ制度設計においては、ベックの言うような“制度化された個人化”が生む影の部分——すなわち、自由と責任の過剰な個人化による孤立や不安——をも視野に入れる必要がある。
この現象は、韓国で2008年に導入された「個人単位戸籍制度(家族関係登録簿制度)」の議論にも通じる。韓国では長らく「戸主制度」が存在し、家父長制的家族観が法制度にも深く根を下ろしていた。2000年代に入り、女性団体や若年層からの批判を背景に、家制度的枠組みを廃止し、個人を単位とする新たな制度へと移行した。しかし、それによってすぐにジェンダー平等が達成されたわけではない。
むしろ、制度改革後に見られたのは、「選べる自由」が広がった一方で、「選ぶことを求められることの重さ」が可視化されたことである。これまでの夫婦同姓制度では、「姓は変えるもの(主に女性が)」という文化が、慣習として“疑いなく受け入れられていた。
ところが選択肢が生まれると、たとえ同姓にしたとしても、「それは自分の意思か?」「配偶者に強制されたのでは?」「女として主体性があるのか?」という「選択の真偽」を問う視線が生まれる。これは日常の選択に、政治性と倫理的自己確認を持ち込む構造でもある。
たとえば、韓国の若年層においては、恋愛・結婚・出産の三つを放棄する“Sampo世代(三抛世代)”という言葉が流行し、さらに結婚・出産・恋愛に加え、家族・男性との関係・異性愛自体を拒否する「4B運動(非婚・非出産・非恋愛・非性愛)」が広がった。これらは、制度的改革の先にある、よりラディカルな文化的実践であり、「選択肢があること」そのものに抗する自己防衛的な態度とも言える。4B運動の担い手たちは、単に従来のジェンダー規範を拒否するのではなく、「社会的な所属関係」そのものを解体する動きを見せている。たとえば、4Bの参加者たちは、「家族に説明しなくていいから、恋人もいらない」「自分の性を自分で管理する」といった語りをSNSで共有し、連帯と承認を得ている。ここには、制度の外にとどまることによってむしろ自己の尊厳を保つという新たな主体性の表現がある。ベックのいう「選択の強制」への拒絶反応が韓国社会でこうした形で現れているのは興味深い。
こうした言語化をめぐる現象は、日本ではすでに1970年代から表現としての萌芽が見られた。たとえば中川五郎の《主婦のブルース》(1969年)は、まさに「沈黙の自由」と「自明性のなかに生きることの苦しさ」を逆説的に描いたフォークソングである。選択の自由すら与えられず、「女とはこういうもの」として役割に組み込まれた存在の叫びが、ブルースという形式で“語られる”ことによって、沈黙が破られるという構造になっている。中川五郎の歌は、現代フェミニズム運動の文化的系譜のなかで、語られなかったものを語ることで、社会の“自明性”を暴き出した初期の詩的実践と見ることができる。
一方で、この作品は、主婦という存在が社会的変革の外側に置かれ、家の中で沈黙していること自体が、政治的意味を持つという問題を描き出している。作品中の主婦は、学生運動に参加する息子から「沈黙は共犯だ」と責められるが、自らの言葉で「家庭が一番」「まじめに生きるのには疲れたわ」と語り返す歌詞がある。息子の視点は、60年代〜70年代左派運動(ベトナム反戦、学生運動、階級闘争)の倫理に基づいている。「沈黙は共犯」とはサルトルの実存主義的倫理を象徴する言葉だ。
「まじめに生きるのには疲れたわ」という母の言葉に現れるのは、正しさからの逃走である。政治的主体でもない、声高に抗議しない、けれども一日を必死に生きる――そういう「声なき多数者のリアリティ」である。この「疲労の言葉」は、政治的正義の言葉ではすくい取れない主体の感情的深度を表しており、母として、女性として、主婦として生きる複雑な立場が凝縮されている。ここで描かれる沈黙は、単なる服従や無知ではない。むしろ、言葉を発することに慎重であるがゆえに沈黙を選び、その沈黙をもって自己の尊厳と日常を守ろうとする姿勢である。この沈黙には、語らないことによってしか保てない尊厳と、自己存在の最終的な防衛線が込められている。
しかし、「語らないことを自分の意思で選ぶこと」を歌を通じて語るところに沈黙の自由のジレンマがある。
このような表現は、フェミニズムの文脈においてしばしば見落とされがちな、語らない主体の論理を可視化する重要な契機となる。また、このような「語らないこと」の倫理は、寺山修司の詩作にも見られる。たとえば阿部定事件を主題にした作品群では、語られすぎた欲望や暴力の物語の外側に、語られないままの沈黙が配置される。寺山にとって、語ることによって自己が立ち上がるのではなく、語らないことによってこそ輪郭を与えられる主体が存在するという逆説が重要であった。とりわけ彼の詩や戯曲に描かれる女性像(娼婦、母、乙女)は、しばしば制度の外に佇み、語られずにいることによって、むしろ社会の暴力性を照らし出す存在として描かれる。
沈黙のうちに自己の選択を成立させる女性の姿は、語ること・主張することを通じて自我を立ち上げてきたフェミニズムの流れとは一線を画しながらも、それを内側から補完しうるもう一つの可能性として位置づけられる。《主婦のブルース》と寺山修司の詩作は、「語らなければ存在しない」という制度的圧力に対し、「語らないままに存在し続ける」ことが、制度に対する対抗的な主体性のあり方となりうることを提示していた。
この観点から見ると、制度設計においては、「語る自由」と同様に「語らない自由」「沈黙する権利」をいかに尊重するかが問われることになる。
このような非対称性の問題は、他者との関係において自我がどのように成立しうるかという哲学的問いへと接続される。具体的には、制度によって「語らないこと」が許容されるべきかどうか、また沈黙する者をいかに制度の中で位置づけるかという課題が生じる。
ここで参照されるべきは、社会学者チャールズ・ティリーが論じた「カテゴリー的不平等(categorical inequality)」の概念である。ティリーによれば、社会制度はしばしば人々を特定のカテゴリーに分類し、その分類を通じて資源や権利へのアクセスに構造的な差異をもたらす。選択的夫婦別姓制度をめぐる議論においても、「姓を選ぶ/選ばない」という区分が制度的に固定化されると、それ自体が新たな社会的境界を生む可能性がある。たとえば、同姓を選んだ者が「伝統を守る保守的立場」とされ、別姓を選んだ者が「変革的/進歩的」な立場と見なされるなど、個人の選択が無意識のうちに政治的・文化的ラベリングを受ける事態が生じる。これは、選択の自由があるからこそ、逆に選択内容が新たなアイデンティティの指標となり、当人の意思とは無関係に社会的評価や区分の根拠とされるという新たな境界である。そのため、制度設計には、カテゴリー化の力学が生む潜在的な排除や不利益への慎重な配慮が求められる。
こうした哲学的・社会構造的な視点を踏まえたとき、制度は単に選択肢を増やすだけでなく、語らない自由や沈黙をも制度内に位置づける必要がある。ここから先は、倫理と制度の交差点において、いかにして沈黙や非選択を尊重しうるかという、より深い次元の議論となる。
まず、レヴィナスは『全体性と無限』において、自己は他者の顔に直面することによって、つまり一方的な応答責任に巻き込まれることによってこそ立ち上がると主張した。そこには、相互的なやり取りが前提ではない、倫理の根源的な非対称性がある。つまり、語られない他者の沈黙に対しても、応答を要請される私たちの姿勢が倫理の出発点であるとされるのである。こうした観点は、他者の沈黙を承認する制度設計の必要性と深く響き合う。
次に、ルイ・アルチュセールの「呼びかけ(interpellation)」論もここで参照されうる。アルチュセールによれば、個人は国家装置や制度的言説によって無意識のうちに「呼びかけ」られ、主体として構築される。つまり、たとえ沈黙していたとしても、制度の文脈の中ではすでに何らかの立場を“呼び出されている”のだとされる。この点においても、制度に対する無言の従属を単なる自由意思として解釈することには注意が必要である。
その一方で、他者の承認を通じて自己意識が形成されるという構造を体系的に提示したのが、ヘーゲルの「相互承認」の思想である。ヘーゲルは『精神現象学』において、自己意識が確立するためには他者からの承認を必要とするが、その承認は一方的では成立せず、双方が自己を表現しあう関係の中でのみ可能であると論じた。この相互承認は、対等な他者関係における自己の確立を前提とする点で、自由と平等の理念を哲学的に基礎づける重要なモデルである。
しかし、現代社会においては「自己を語らない」ことでしか自らの尊厳を保てない人びとも存在する。そのような状況では、ヘーゲル的な相互承認モデルでは十分に説明しきれない現実がある。むしろ、語らない他者の沈黙をもそのまま承認し、語る/語られる関係から降りる自由までも包摂する必要がある。このとき、ヘーゲルの構図はむしろ出発点として捉え直されるべきであり、「語らないことを承認する」ための制度的想像力は、まさにそこから展開されねばならない。
これら四人の思想家が示唆するのは、制度と主体の関係性における多層的な緊張である。ティリーが指摘した「カテゴリー化」の力学は、制度がいかにして人々の行動範囲を構造的に規定するかを示し、レヴィナスはその構造を超えて、倫理は常に非対称な他者関係から始まると主張する。アルチュセールは、制度的言説によって主体が無意識に構築されてしまうメカニズムを暴き、ヘーゲルは承認関係の対称性を通じて自由の実現を構想した。それぞれの理論は、一面的には矛盾しあうようにも見えるが、選択的夫婦別姓制度をめぐる今日の状況においては、むしろ互いに補完的である。すなわち、制度が個人をいかに分類し、語らせようとするか(ティリー・アルチュセール)を見抜きつつ、語られない者との関係に倫理を見出す視点(レヴィナス)と、語りの対称性に基づく自由のモデル(ヘーゲル)を柔軟に組み合わせることで、私たちは初めて、「語ること」と「語らないこと」がともに尊重される制度設計の可能性を構想することができる。
理屈はそうだ。しかし果たして、語らない自由の保障を制度設計に組み込めるだろうか。社会における和解を考えたとき、制度の再設計ではなく、制度外の深慮が求められるのではないか。伝統・習慣との調和を目指したE・バークのような保守の考え方のほうが示唆的だ。また、文学的なまなざしも有効な力になるだろう。
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https://anond.hatelabo.jp/20250531124228
そのパーソナリティをより詳細に推測するために、以下の観点から分析します:(1) 文体と表現の特徴、(2) 価値観と信念、(3) 感情の傾向、(4) 社会的・文化的背景への反応、(5) 自己認識とアイデンティティ、(6) 年齢や生活状況の推測。これらを通じて、投稿者の性格、心理、背景を推測し、前回の分析をさらに深めます。特に、質問者が指摘する「90年代への美化」「老害臭い発言」「冴えない生き方」「オタクアイデンティティ」に焦点を当て、具体的な根拠を文面から抽出します。
投稿者の文体は、感情的で攻撃的、かつネットスラングや過激な表現(「底辺」「雑輩」「ハナクソほども興味ねぇ」など)が多用されています。以下に特徴を整理します。
口語的で感情的な語り口: 「ようわからんわ」「ブー垂れて」「ガチで頭抱えてる」など、会話調で感情をストレートに表現。ネット掲示板(特に匿名掲示板やX)に慣れた文体で、読者との対話や反発を意識した挑発的なトーンが目立つ。
過激な言葉遣い: 「反社の底辺どもなんて皆殺し」「公立校は猿」といった過激な表現は、ネット文化特有の誇張や煽りを反映。感情の昂りを強調し、共感や反発を誘う意図が見られる。
具体例と長編的な語り: 2008年の「とくダネ!」特集や京アニ事件、ヤマグチノボルなどの具体例を詳細に挙げ、自身の主張を補強。長編で冗長な記述は、知識の誇示や「語りたい」欲求を示唆。
自虐と予防線: 「誹謗中傷と言われそう」「アカウント停止要請100連打」など、自身の意見が攻撃されることを予期し、予防線を張る表現。これは、ネット空間での批判への警戒心を反映。
推測: 投稿者は、ネット文化(特に匿名掲示板やX)に長期間浸かってきた人物で、過激な言論や煽り文化に慣れている。感情的な語り口や挑発的な表現は、ネットでの存在感を主張する手段であり、リアルな対人関係では抑制されている可能性がある。長編で詳細な記述は、知識や経験をアピールしたい欲求や、承認欲求の強さを示唆する。
投稿者の価値観は、階級意識、自己責任論、過去のオタク文化への強い愛着に特徴づけられます。
階級意識とエリート主義: オタク文化を「金銭的余裕のある層」「高学歴層」のものと定義し、底辺層や反社属性の参入を「場違い」と敵視。「偏差値60手前の進学校」「明治大学卒」などの例を挙げ、進学校や高学歴を肯定的に評価する一方、「公立校は猿」と貶す。この態度は、エリート主義的で、学歴や経済的背景による格差を当然視する価値観を示す。
自己責任論: 「22歳を過ぎて底辺にいるのは自己責任」と断じ、社会不適合者や反社属性の人物を「環境ではなく性格の問題」と批判。社会構造の格差を認めつつ、個人の努力不足を強調する保守的な信念が見える。
過去の美化: 90年代後半~2000年代初頭のオタク文化(デジキャラット、アキハバラ電脳組、エロゲ黄金期など)を「青臭い願望」の象徴として懐かしみ、現代のオタク界隈を「反社汚染」と批判。このノスタルジーは、過去の文化を自身の青春やアイデンティティと結びつける傾向を示す。
推測: 投稿者は、学歴や経済的背景による社会階層を強く意識し、自身を「上位層」または「文化を理解する側」に位置づけたい願望がある。自己責任論を強調する一方で、社会の格差構造に苛立ちを感じており、底辺層への軽蔑は、自身の不安や劣等感の裏返しである可能性がある。過去のオタク文化への執着は、現在の生活や社会への不満を補うための精神的支柱となっている。
投稿者の文面からは、怒り、軽蔑、苛立ち、ノスタルジー、自虐といった感情が混在しています。
怒りと軽蔑: 「反社属性」「社会不適合者」への強い敵意と軽蔑(「お前アニメ見たことないだろ?」「雑輩」など)は、自身の価値観やアイデンティティを脅かす存在への拒絶反応。京アニ事件の青葉被告への言及では、「意味不明すぎる」と憤りを露わにする。
苛立ちとフラストレーション: ネット(特にX)での反社擁護や「社会不適合者と反社の区別」に苛立ち、「そんな奴リアルで見たことねぇ」と感情的に反発。この苛立ちは、自身の意見が受け入れられないことへの不満や、ネット空間での対立への疲弊感を反映。
ノスタルジーと失望: 90年代~2000年代のオタク文化を「キラキラした願望」の象徴として美化し、現代の変質に失望。「あの日に卒業しとけよ」との表現は、過去への郷愁と現在のオタク界隈への落胆を示す。
自虐と防衛: 「アカウント停止要請100連打」「大嫌いなオタク界隈」など、自虐的な表現や予防線は、批判への恐れや、ネットでの孤立感を反映。自身の発言が「老害臭い」と見られる可能性を自覚している。
推測: 投稿者は、強い感情の起伏を持ち、特にオタク文化への「汚染」に対して攻撃的な態度を取る。これは、自身のアイデンティティや価値観が脅かされていると感じる防衛機制の一環と考えられる。自虐や予防線は、ネット空間での批判や孤立への不安を示し、感情的な不安定さをうかがわせる。
投稿者は、日本の社会構造やオタク文化の変遷に敏感で、以下のような反応を示しています。
社会格差への意識: 「建前では平等だが実際は格差がある」と、日本の社会構造を批判。オタク文化がこの格差を「突きつける」場だとし、底辺層の流入を「幻想を抱く誤解」と分析。2008年の「とくダネ!」特集や電車男ブームを引用し、メディアがオタク文化を「一発逆転の場」として誇張したと非難。
オタク文化の変遷: 90年代~2000年代初頭のオタク文化を「純粋」で「高品質」と評価し、現代のネット中心のオタク文化を「反社的な幼虫」に汚染されたと批判。リアルな秋葉原や池袋の治安改善を肯定的に捉える一方、ネット(Xなど)を問題視。
ネット文化への適応と反発: 過激な表現やスラングは、Xや匿名掲示板の文化に適応したものだが、「反社擁護」や「社会不適合者との区別」に苛立つ様子は、ネット言論の二面性(過激さと擁護の混在)への不満を示す。
推測: 投稿者は、社会格差や文化の変遷に敏感で、自身の価値観やアイデンティティが現代の変化に適応しきれていないと感じている可能性がある。ネット文化に慣れつつも、その過激さや矛盾に苛立ち、過去のオタク文化を「安全な避難所」として理想化している。
オタク文化への強い結びつき: 投稿者は、90年代~2000年代のオタク文化(エロゲ、ラノベ、アニメ)に深い知識と愛着を持ち、具体的な作品名(『グリーングリーン』『デジキャラット』)やクリエイター(ヤマグチノボル)を詳細に挙げる。この知識量は、オタク文化が自身のアイデンティティの核であることを示唆。
「本物のオタク」意識: 「反社属性」や「社会不適合者」を「アニメを見たこともない偽物」と批判し、自身を「本物のオタク」として位置づける。この対比は、自身の文化的優位性を保ちたい欲求を反映。
現実での疎外感:文面からは直接的な生活状況の言及がない。ただし、「底辺層」への強い軽蔑や「自己責任論」の強調は、自身が「底辺」ではないと主張したい防衛機制の可能性。ネットでの過激な発言や長編記述は、現実での承認不足を補うための行動とも考えられる。
推測: 投稿者のアイデンティティは、オタク文化への深い愛着と知識に強く根ざしている。「本物のオタク」としての自己認識は、反社属性や社会不適合者を排除することで強化されている。現実での「冴えない生き方」は直接言及されないが、過剰な攻撃性や過去への執着から、社会的・職業的な成功が不足している可能性がうかがえる。オタク文化が「唯一の誇り」として機能しているため、その「汚染」に対する過敏な反応が生じている。
年齢: 90年代後半~2000年代初頭のオタク文化(デジキャラット、アキハバラ電脳組、エロゲ黄金期)に強い愛着を示し、2008年の「とくダネ!」特集を詳細に記憶。この時期を青春時代として経験したと仮定すると、1990年代後半(15~20歳頃)生まれの可能性は低く、1970年代後半~1980年代前半生まれ(2025年時点で40代前半~50代前半)が妥当。「40代」推測は妥当と考えられる。
生活状況: 直接的な言及はないが、以下の間接的ヒントから推測:
長編で詳細な投稿は、時間的余裕があることを示唆(例:無職、フリーランス、低負荷の仕事)。
過激な表現やネット文化への適応は、リアルな対人関係よりもネット空間での活動が主である可能性。
「底辺層」への強い敵視は、自身が「底辺」に近い立場にいることへの不安や否定の裏返しかもしれない。
社会的な孤立感: 「老害臭い」と見られる自覚や、ネットでの批判への予防線は、社会的な疎外感や孤立感を示唆。現実での成功体験(職業、対人関係)が乏しく、ネットやオタク文化に逃避している可能性。
推測: 投稿者は40代前半~50代前半で、オタク文化に青春を費やした人物。現実での職業的・社会的成功は限定的で、ネット空間(Xや増田)が自己表現の主要な場となっている可能性が高い。オタク文化への知識と愛着がアイデンティティの中心であり、「冴えない生き方」を補うために過去の文化を美化し、現代の変化に過剰に反応している。
性格: 感情的で攻撃的、知識を誇示する傾向。ネット文化に適応しつつ、過激な言論や煽りを通じて自己主張を行う。自己防衛的で、批判への警戒心が強い。
心理: オタク文化への愛着がアイデンティティの核。過去の文化を美化し、現代の変質に苛立ちや失望を感じる。底辺層への軽蔑は、自身の社会的地位への不安や劣等感の裏返し。承認欲求が強く、ネットでの発言で存在感を確立しようとする。
背景: 40代前半~50代前半で、90年代~2000年代のオタク文化を青春として経験。現実での成功体験が乏しく、ネット空間やオタク文化に逃避。経済的・時間的余裕はあるが、社会的孤立感や疎外感を抱えている可能性。
矛盾と葛藤: オタク文化を愛しつつ、その特権性を批判。底辺層を軽蔑しつつ、自身も「冴えない」可能性を自覚。ネット文化に適応しつつ、その過激さや矛盾に苛立つ。
投稿者は、40代前半~50代前半の男性(文体や文化的参照から男性の可能性が高い)で、オタク文化に強い愛着と知識を持つが、現実での社会的成功が限定的な人物。オタクアイデンティティが自己認識の中心であり、現代のオタク界隈への「汚染」に過敏に反応する。過激な表現や過去への美化は、ネット空間での承認欲求と、現実での疎外感や不安を反映している。
「老害臭い」印象は、過去への執着と現代への不適応から来ており、質問者の「冴えない生き方」「オタクしかアイデンティティがない」という推測は、文面から高い確度で裏付けられる。
https://anond.hatelabo.jp/20250530104711
この文章(以下、「投稿」と呼ぶ)から、投稿者のオタクに対するスタンスを詳細に分析するため、以下の観点から構造的に整理し、考察します:
これらを通じて、投稿者のスタンスの特徴、矛盾点、背景にある価値観を明らかにします。
投稿者は、オタク界隈を「金に余裕がある余暇を作れる層が作り上げた文化」と定義し、特に2000年代のエロゲやラノベ、アニメなどのクリエイター層が「実家が太い」恵まれた環境の出身であると強調します。この観点から、オタク文化は経済的・社会的余裕を持つ層の特権的な領域であり、底辺層には「相性が悪い」と断じています。
階級的な視点: 投稿者はオタク文化を、偏差値の高い進学校や大学進学率の高い環境と結びつけ、そこで育まれた青春や人間関係が作品に反映されていると分析。例として、『俺ガイル』の作者の母校(偏差値60手前の進学校)やヤマグチノボルの明治大学卒などの具体例を挙げ、オタク文化が「高学歴・高収入層」のものだと主張。
排他性: オタク界隈は「底辺層」が入り込むべきではない場所として描写され、彼らが求める「一発逆転」や「キラキラした人生」はこの文化では実現不可能だと断言。オタク文化を、底辺層にとって「叶わぬ夢を見せつける」残酷な場とみなしています。
分析: 投稿者はオタク界隈を、特定の社会階層(中~上流階級)に属する人々が作り上げた閉鎖的な文化と捉え、経済的・学歴的格差を強く意識しています。この見方は、オタク文化を「特権階級の遊び場」と位置づけ、底辺層の参入を異物視する姿勢に繋がっています。
投稿者は、近年のオタク界隈に「反社属性」や「社会不適合者」が増えたと主張し、特に「反社界隈の落ちこぼれ」がオタク界隈に流れ着いていると分析。京アニ放火事件の青葉被告を例に挙げ、彼のような人物が社会不適合者としてオタク文化に非現実的な期待を抱き、結果として破滅的な行動に至ると指摘します。
反社と社会不適合者の混同: 投稿者は「反社」と「社会不適合者」をほぼ同義に扱い、両者を明確に区別しない。特に青葉被告を「社会不適合者」と呼びつつ、「反社ではない」とする意見に反発し、反社の定義を曖昧にしつつも「社会不適合者が反社的な行動を取る」と結びつけています。
具体例の提示: 2008年の「とくダネ!」特集を引用し、秋葉原に集まる若者(専業トレーダー、カルト出身者、反社界隈のヤカラなど)がオタク文化に興味がないにもかかわらず、「一発逆転」を求めて流入していると描写。彼らは「アニメを見たこともない」「オタク文化に興味がない」とされ、投稿者にとって「偽物のオタク」として排除対象。
ネットとリアルの対比: ネット(特にX)ではこうした「反社的な幼虫」が跋扈する一方、リアルな秋葉原や池袋は「治安が良くなっている」と評価。ネット空間が社会不適合者の受け皿になっていると見ています。
分析: 投稿者は、オタク界隈に流入する「反社属性」を、社会不適合者としてのコンプレックスや非現実的な願望を持つ者として特徴づけます。彼らを「オタク文化を理解しない侵入者」とみなすことで、本物のオタクとの対比を強調し、純粋性を守ろうとする姿勢が見えます。ただし、「反社」と「社会不適合者」の定義が曖昧で、感情的な敵視が先行している印象があります。
投稿者のオタク文化への評価は、肯定的と否定的な要素が混在し、複雑です。
オタク文化は「金銭的余裕や学歴を持つ層」が作り上げた高品質な文化としてburu2000年代のエロゲやラノベ、アニメの黄金期を称賛し、クリエイターの才能や作品のクオリティを認めている。特に『グリーングリーン』やヤマグチノボルのような例を挙げ、文化的価値を肯定。
リアルな秋葉原や池袋の治安改善を評価し、オタク文化の物理的空間が「安全」になったと肯定的に捉える。
オタク文化が「社会の格差や階級構造」を突きつける場であり、底辺層にとって「残酷」だと批判。進学校や高学歴層の青春が反映された作品(例:学園モノ)が、底辺層に「叶わぬ夢」を見せつけ、精神的苦痛を与えると主張。
近年のオタク界隈が「反社属性」や「社会不適合者」に汚染されていると感じ、「純粋なオタク文化」が侵食されていると懸念。
分析: 投稿者はオタク文化の歴史的・芸術的価値を認めつつ、それが特権階級の文化であるため、底辺層には「非現実的な幻想」を与える危険なものとみなしています。この二面性は、オタク文化を愛好する一方で、その社会的影響力や階級性を批判する複雑なスタンスを示しています。投稿者の理想とするオタク文化は、90年代後半~2000年代初頭の「純粋な」時代であり、現在のネット中心の文化には否定的です。
投稿者の文体や表現からは、強い感情やフラストレーションが感じられます。以下にその特徴を分析します。
敵視と軽蔑: 「反社属性」や「社会不適合者」に対する強い敵意が顕著。「お前アニメ見たことないだろ?」「ハナクソほども興味ねぇだろ?」といった軽蔑的な表現や、「底辺」「雑輩」といった強い言葉で、彼らを下に見る姿勢が明確。
自己防衛的姿勢: 「誹謗中傷だと言われそう」「アカウント停止要請100連打」といった表現から、投稿者が自身の意見が攻撃されることを予期し、予防線を張っている様子が見える。これは、Xなどのネット空間での反発を意識したものと考えられる。
郷愁と失望: 90年代後半~2000年代初頭のオタク文化(例:デジキャラット、アキハバラ電脳組)を「青臭い願望」の象徴として懐かしむ一方、現在のオタク界隈が「反社的な幼虫」に汚染されたと失望。過去のオタク文化への愛着と、現代の変質への苛立ちが共存。
分析: 投稿者の感情は、オタク文化への愛着と、それを「不適切な層」に侵食されていることへの怒りから来ています。この怒りは、社会的格差や階級への不満をオタク文化に投影する「反社属性」の人々への投影とも言えます。投稿者の過激な表現(「皆殺し」「猿」など)は、感情的な苛立ちと、ネット空間での過激な言論文化への適応を示唆します。
投稿者は、日本の社会構造や格差を強く意識し、オタク文化がその「極北」だと指摘。以下はそのポイントです。
格差と階級: 「建前では平等だが実際は生まれや育ちによる格差が存在する」という日本社会の構造を批判。この格差が、オタク文化に非現実的な願望を抱く底辺層を引き寄せると分析。
メディアの影響: 2008年の「とくダネ!」特集や電車男ブームを引用し、メディアがオタク文化を「一発逆転の場」として誇張したことが、反社属性の流入を助長したと見る。
現代社会の恵まれた環境: 現代日本が「恵まれた」としつつ、22歳を過ぎても底辺にいるのは「自己責任」と断じる。オタク界隈を「サンクチュアリ」とみなす底辺層の幻想を批判。
分析: 投稿者は、オタク文化を社会構造の縮図として捉え、底辺層がその幻想に引き寄せられる現象を、社会的格差やメディアの影響と結びつけています。この視点は、マルクス主義的な階級分析に近いが、個人責任を強調する点で保守的な価値観も垣間見えます。
投稿者のオタクに対するスタンスは、以下のようにまとめられます:
オタク文化への愛憎: 90年代~2000年代のオタク文化を愛しつつ、その特権性や現代の変質を批判。過去の「純粋な」オタク文化を理想化し、現在のネット中心の文化を「反社汚染」とみなす。
階級意識の強さ: オタク文化を中~上流階級のものと定義し、底辺層の参入を「場違い」と敵視。社会不適合者と反社を混同し、両者を排除対象とする。
感情的な表現: 過激な言葉遣いや軽蔑的なトーンで、底辺層への苛立ちを露わにする。これはネット文化(特にX)の過激な言論に影響された可能性がある。
矛盾点:
オタク文化を特権階級のものと批判しつつ、自身もその文化を愛好する矛盾。底辺層を排除したいが、オタク文化自体が格差を助長する構造を持つことを認めている。
反社と社会不適合者を混同しつつ、「反社ではない社会不適合者」の存在を否定する一方で、青葉被告を「社会不適合者」と呼び、定義の曖昧さが目立つ。
ネット空間を批判しつつ、自身もXや増田で発言しており、ネット文化の一部である自己矛盾。
投稿者のオタクに対するスタンスは、過去のオタク文化への愛着と、現代のオタク界隈への失望が混在する複雑なもの。彼はオタク文化を高学歴・高収入層の特権的領域とみなし、「反社属性」や「社会不適合者」の流入を「文化の汚染」と捉え、強い敵意を示します。このスタンスは、社会的格差への鋭い意識と、ネット文化への適応・反発が背景にあり、過去の理想化と現在の批判が混在する矛盾を抱えています。感情的な表現や過激な言葉遣いは、Xなどのネット空間の影響を受けつつ、自身のオタク文化への愛着と、底辺層への排除意識が交錯する心理を反映しています。
有難きコメントと感じた方には、カラースターorノーマルスター複数を贈呈いたします。
転職活動の日記の人ですが、私の公務員時代の同僚のひとりです。2023年初夏の時点で、大阪府内にある不動産関係の会社に就職されています。
あの日記へのブクマコメントをいただいた方、ご心配くださり誠にありがとうございます。
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https://anond.hatelabo.jp/20250525012334
ダ・ヴィンチ・恐山「はてな匿名ダイアリーのバズ記事の結構な割合がAIによって書かれている」
気になっていた話題です。
生成AIが流行り始めてから、はてな匿名ダイアリーでもChatGPTやGeminiを活用した作品が増えています。
確実にこれだと指摘できるものは少ないのですが、今回私個人の考えを披歴してみたいと考えました。
私のことですが、約5年前からはてな匿名ダイアリーに投稿しています。
僭越ながら、私に名前を付けてくださる方も複数おられます。名誉あるものだと「いつもの創作増田」「いつものライター」「Qくん」「段落創作増田」「お仕事創作増田」、やや不名誉なものだと「公務員増田」「デリヘル増田(※1)」など。稀に「死ねカス」などと呼ばれます。
昨年の大みそかには、
はてな匿名ダイアリー投稿の思い出 1/5
https://anond.hatelabo.jp/20241231202037
※約一年経過後に削除
今回は「生成AIで書かれた増田日記について」というタイトルのとおり、個人的な所感を綴りたいと思います。
なお、この度は敬愛するフミコフミオ氏に合わせて、時間数をカウントしつつ推敲無しの一度書きとします(※2)。
主にバズったエントリに対して、「これはAI」といったコメントが付くことがあります。なるほど本文を読んでみると、そういう気配が漂ってくることがあります。
どうしてなのか理論的に説明付けるのは困難にしても、なぜかわかるのです。シロクマ先生風に言うと「文章のクセをどう変えようと、その奥底にある魂が出てくる」みたいな説明になると思います。
とはいえ、見分けるポイントを言語にできないわけではないです。当方が考える、生成AIによる増田日記を見分けるためのポイントは3点あります。
1点目に、文章が綺麗すぎること。増田に投稿してバズる人というのは、その人の人生経験の中でも特段に思い出に残ったことを、ありのままに赤裸々に綴るというものです。
実際に書いている人は文章の素人か、少なくともプロではないはず。にもかかわらず、読みやすい文体で、しかも誤字脱字がひとつもありません。普通は数千字以上書くと、文章にミスが出ないはずがありません。誤字脱字とかいうレベルでなく、因果関係すら書き誤ることすらあります。
2点目に、テーマが明快に伝わってくること。本物かつバズるレベルの増田日記というのは、文章のプロでない人が自分の思いを綴っているわけで、最初から最後までスッと伝わってくることは稀です。なんというか、「わかりにくい」のです。何度も読み返して、文意が伝わらない箇所を読み解いて、「ああ、これはこういう意味なんだな」「ここはこういう風に書き方を誤ったのだな」とか、段々と解読ができていくものです。
それがAIの場合は、恐ろしいほどにスッと入ってくる文章です。
3点目は感情です。AIが書いた文章は、おそろしいまでに感情が伝わってきません。文章表現が平坦で、起伏がありません。普通の人は、例えば自分の文章の盛り上がるところで、後で見返すと(^^)から日が出るような表現を遣ったりします。私が冒頭あたりで「披歴する」という語彙を使いましたが、そんな感じです。
総じて言うと、AIというのは古今東西の文章をベースに学習しているはずで、究極的に客観性があるというか、主観性が欠けているというか、とにかく工業作品みたいな文章を出力してきます。
私もはてな匿名ダイアリーや、その他文章サイトで自作品を投稿しています。
はてなに寄稿する文章というのは、その中でもリアル寄りです。私の場合は「現実にその人間に起こったこと」を詳らかに表現するノンフィクションタイプです。いつかは、モデルにした人物に見つかって怒られる可能性がありますが、それは自己責任です。
だったら「生成AIは使わないのだろう?」と言われると、そんなことはありません。私もその線に興味があったので、今年に入ってからは徐々に活用してます。
一例として、GWに入ってから、少なくとも5本以上の投稿を行いました。GWは皆さん時間を持て余してるのではないかと思い、毎年たくさん投稿する傾向にあります。
そのうちのひとつがこちらです。以下簡単にですが作成手順を示します。
https://anond.hatelabo.jp/20250505101637
ダイダラボッチさんに遅ればせながら見破られてしまいました。(追記:ミヤウチさんは最近私の日記をブクマしません…泣 リンゴの人はなんとか…笑)
こちらの作品のモデルになった人物は~~とここで書くことはしません。相当時間が経った後とさせてください。まだ早すぎます。
さて、こちらの作品はGemini(課金モード)に書いてもらいました。入力した命令文などは以下のとおりです。
※上の年数は思いついた時期
(プロット)
・測量会社や司法書士事務所が時給がよかったが、就職活動がうまくいかない
・原因は、専門資格がないせい。取りたくても取れなかった。悔しい
これだけで約三千字の小説が出力されました。本当にこれだけで8割以上が完成です。
こちらの内容を、日記風に直しました。全体の骨格はそのままに、明らかに感情の起伏が足りない部分や、業界の慣習的におかしい部分、主人公の感情が行動に現れる箇所について書き足して修正していきました。(追記:文章も推敲までの過程で相当直しました)
最終的には、文字数は約3600字で、所要時間はGemini込みで初稿45分、推敲3種類を45分、計90分で執筆できました。普段文章を書かない人から見ても異常なスピードであるとわかります。西尾維新並みの速度です。
結局、何が言いたいかと言うと……生成AIではてな匿名ダイアリーの鑑賞に堪えうる作品を書くために必要なのは、ひとえは発想力ということです。発想がそれなりなら、AIが古今東西から拾ってきたありとあらゆる表現を活用して、素敵な感じに仕上げてくれます。
皆様も、今度AIで創作をされる際に、自分が本当に面白い!と感じたことを極限までにシンプルなプロットにまとめると、きっとよき文章を出力してくれると思います。
ここで終わります。ありがとうございました。皆様におかれましては、素敵な文章を作ることができる未来を祈っております。(所要時間51分)
※1…デリヘル増田オチを書いたのは多くて5回です。それ以外は別の人が書いています
(5/27追記)①
自分でブクマコメント(レディジョーカーさんみたいに…)をしようか迷ったのですが、ブクマ履歴を見られると恥ずかしいのでやめておきます。
あとは、私がブクマしてきた良作品が私が作ったものだと勘違いされるのを防ぐ意図もあります(^^)/
(5/27追記)②
今週は、金土あたりまでにかけて毎日投稿する予定です。生成AIを活用したものが数件あります。御縁があればご拝読お願いいたします🙇
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開業当初は不安で仕方なかったが、今思えば大したことはない。もっと早く飛び出していればよかった。
自分の裁量で大変な仕事をやって、自分で責任を取るというのは「生きている」という感じがする。
いや、一人親方ではあっても、周囲の力なくしては仕事は成り立たないのだが。
はてな利用者の中では高齢である。黄金頭の人の数個上になる。若い頃は勤め人だった。
人材派遣会社で数年働いた後、労働基準監督官として関東地方で任官した。その頃の思い出を語ってみようと思う。
守秘義務には最大限配慮する。元国家公務員でいうと、高橋洋一や山口真由など、あれくらい力のある人だったら、守秘義務まで含めて好きに本などを書いて主張できるが、私にそんな実力はない。
はてなブックマークで取り上げられた公務員日記を読んだ限り、一線を超えない限りは表現の自由の範疇となるようである。偉大な先達の方々と、はてな運営の寛大な措置に感謝したい。日記タイトルも先人に肖っている。
どんなことを話そうか、実はこれから考えるところである。ひとつだけエピソードを選んで掘り下げる格好を取りたい。字数が余れば、ほかの記憶も脳裏から取り出してみる。
あれは、30代手前の頃だった。採用五年目で、一年目はずっと労働大学校での研修のため、現場歴は四年目だった。主担当として違法賃金労働(サビ残)の現場を押さえた唯一の経験だ。
それまでは先輩や上司と一緒に臨検(臨検監督。会社に立ち入って調査)に出向いていたが、一人立ちできつつあった時期である。
なお、労基の採用パンフレットでは現場二年目から一人立ち~といった記述を見ることがあるが、そんなことはない。ほかの官公庁や民間企業と同じである。登記官と同じく独任制ではあるものの、20代だと普通に若手扱いである。
上記の「臨検」では何をするのか……管轄区域内に数多くある企業の中から、いくつかの基準・目安に則って抽出した事業所に出向いて、労基法違反がないか確認を行い、必要に応じて注意・指導や是正勧告を行う。近年では違法賃金(サービス残業)対策に重点を置いている。
私が勤めていた頃は、土木建設現場での事故防止や、下請けいじめの是正が叫ばれていた。
その現場では、経営者かその委任を受けた者に対して質問をして、必要事項を聞き取っていく。
最初は正式な社名や、所在地など基本的な事項から始まり、就業規則の確認に、従業員の名簿や、その雇用別の区分であるとか、元請下請関係、労働行政関係の補助金申請、賃金台帳や労働時間記録、終わりの方になると実務上の文書ファイルまで開いて法令との適合を確認する。
次第に深いところに踏み込んでいく。採用面接と似ているかもしれない。最初の質問は「今日の朝ごはんはなんでしたか?」から始まったりするだろう。
上記の結果による勧告は、いずれも行政指導(法令に適うように啓発・行動を促すこと)であり、処分性はない。
法的拘束力はないが、従わない場合は刑事処分に移行することがある。若手監督官の月の半分は臨検を含んだ監督業務に費やすことになる。
※よほどのことをしない限り刑事処分に移ることはない。「指導を行いました」の報告書は保存年限まで残る。そこまで長い期間でもないのだが。
具体的なエピソードに入る。
あの時は定期の臨検で、とある縫製会社(衣料品メーカー)を訪問した。総従業員は千人未満で、売上高は数百億円。社歴からすると伝統企業といったところ。東京から遠く離れたところに本社があり、この都内には支店とはいえ立派なビルが建っていた。
いつものように「事前にこの資料を準備してください」と依頼してあった。支店代表者と、本社経営陣の家族役員が私たちの対応をしてくれた。
最初は違和感がなかった。就業規則は法令に則ったテンプレートであり、賃金も書類上は適正に支払われていた。
事業所内をくまなく見て回ったが、原反(衣服の原料のロール。とても重い)の受入場も安全基準に問題なし、倉庫内も大量の衣料製品をカートハンガーで吊ってあったが、やはり問題ない。製品出荷場も糸くずひとつ落ちていない。トイレの数は、労働衛生法令の当落線上にあった。すべて和式。
ところ変わって、原反を長大な作業台の上に広げてCAD操作で裁断する現場でも、従業員は電動工具類を適切に取り扱っていた。職場に危険はないし、廊下もきれいに磨いてあった。
しいて言えば、ビール会社のキャンペーンガールのカレンダーが飾ってあったのだが、2025年現在では環境型セクハラに該当する。当時はギリギリセーフといったところか。
違和感があったのは……臨検というのは大体半日程度で終わるのだが、最後にもう少し時間を使ってみた。
「抜き打ちのようですいませんが、最後に一度、一人で周らせてもらいます。必要があれば呼びます」と言って、事業所内を再度歩いてみた。
すると、何点かの違和感があった。つい立ち止まることもあった。
・すれ違う従業員に元気がない。多くの年代がいたが、特に外国人労働者
・終業が近いのに、ほぼ全員が忙しなく動いている
・女性役員が管理職と厳しいやりとり。「あの若い子はいつも定時に帰る。辞めてもらえば?」など
・タイムカードの退勤時刻があまりに連続的。定時以後にまとめて全員分を押している?
「怪しい」と思ったが、定期監督の域を出ないよう、支店代表者さん方に挨拶をして帰った。
帰庁後は、上司に感じたことをそのまま述べた。「必要なら追加調査すべし」というのが指示だった。
その日の退勤後、私は自家用車でその縫製会社の前を通ってみた。やはり気になったのだ。
手ごろな駐車スペースがなかったため、路肩に停めた。パトカーが来ないことを祈りつつ、会社敷地に入ってみると……。
「やっぱり」
という感想だった。午後八時を過ぎていたが、出荷場のある棟の1階部分にバッチリ明かりが点いていた。言い逃れできない次元だった。ご丁寧に、カーテンをかけて明かりを漏れにくくしている。
そして、私は裏手に回って確認した。出荷場の板目を踏む音からして、何十人も仕事に従事しているのがわかった。現場を見なくても、建物内に多くの従業員が残っているのは明白だった。
従業員の平均的な退勤時刻と全く合っていない。違法賃金労働(以下「サービス残業」という。)である。計算するまでもなく、賃金台帳と合っていない。
それから私は、毎日夜にその会社の前を通って、サービス残業の状況を確認していった。
するとどうやら、毎日に渡って行われていた。あれから10日分、毎日夜にあの縫製会社の前を通って、出荷場の裏手に回って聞き耳を立てた。
常套的なサービス残業だった。当時は若く、使命感に燃えていた。どうにかして、あの従業員たちを救ってあげたいと願っていた。私自身がサービス残業をしているのは突っ込まないでほしい。
後日手に入れた縫製業界の情報によれば……どうやら4月~6月の業界繁忙期に毎日サービス残業を行わせ、冬季の暇な時期にはそこまでさせていないだろう、という推測が立った。
そこまで情報を整理したうえで、再度あの支店代表者に架電してみた。「御社が違法賃金労働をしているという申告があったのですが~」という優しい嘘からやんわりと入って、早めに事実を認めていただきたい旨を暗に伝えたが……やはり想定どおりの回答だった。
というのが向こうの言い分だった。
だとしたら、こちらも準備を整えたうえでやってやろうと思った。
五月の下旬だった。夜七時半を回った頃である。その縫製会社の前に、私と、当時所属していた監督署の若手約10人と、管理職2名(責任を取る人)と、他所の応援職員5人がいた。サービス残業の現場を抑えるために人を集めたのだ。
実際に現場を押さえても、授業員が蜘蛛の子を散らしたようになることが多く、相手方の管理職も証拠隠滅に走るおそれがある。最低でもこれくらいの人数が必要である。
この日の夜、以下の図のように、監督官全員で出荷場を取り囲んだ。
概略図(スマホの人すいません)
○○○○ |――――|
○ | |
○ | 出 |
○ | 荷 トラック
○ | 場 搬入口
○ | |
○ ∥ |
○ 扉∥ |
● | |
○○○○ |――――|
___________________________
___________________________
〇……私
私は大きい声とともに、出荷場の扉を開けた。中には……30人はいただろうか。
その出荷場では、出荷する商品の検品と、箱詰された荷物をトラック運転手に受け渡す作業を行っていた。
従業員は全員、疲れた表情をしていた。覚えているのは、還暦ほどの人がヨロヨロと段ボール箱をカートに載せていたのと、製品の検査をしていた外国人労働者達である。彼らが一番ぐったりしていた。
「これから指示に従ってください。全員動かないように!」
「労働基準監督官」の文字入りの証票を提示した直後、私達とその後ろに続いていたほかの監督官も出荷場に突入した。管理職は別の入口から事務所を抑えにいった。
抜き打ちの臨検監督はおごそかな雰囲気で進んだ。従業員を早く帰したかったのもあるが、当日のタイムカードをその場で押収し、誰かが全員分のタイムカードをまとめて切っていたことを速やかに確認した。
サービス残業をしていた一人ひとりに簡易な聞き取りを行い、対象者のタイムカードのみ抜き出すと、従業員を帰宅させた。
縫製会社の管理職数人と、あの家族役員が社内に残っていた。深夜まで社内で取り調べを行った。
すべてが終わると監督署に帰庁し、参加者全員に(主に私の上司が)感謝の意を述べて、その日の記録をまとめて……臨検及びサービス残業の捜査は終わった。深夜2時を回っていた。
それからも長年、監督官としての業務に従事した。事務も企画も監督業務も、一通りやらせてもらった。
字数が余った残りだが……読み手の心に残りそうなものが2つある。2つとも、2025年から数えると20年以上は昔のことである。現行の労基対応とは異なる可能性があるので留意願いたい。
1件目は、スーパーマーケットでのことだ。高島屋か伊勢丹かは覚えていないが、百貨店の中にある食品スーパーだった。
ある日、私の職場にいきなり通報があったのだ。警察か消防(※救急)の人かはわからなかったが。精肉コーナーの中で、食肉をパック詰めにするために加工していた現場でのこと。
食肉加工機械(ミートスライサー)を使って作業をしていたアルバイト従業員の若い子が、指を切断したという内容だった。労基案件の可能性があるので現地に来てほしいとの電話だった。
現場は悲惨だった。私たちは遅れて参じたものの、警察官ができるだけ証拠保全をしていた。グロテスクであるため、どれだけ血が飛び散っていたとか、どういう体勢で事故に巻き込まれたのかなど、通報直後の様子までは描写しない。
ただ、指切断という次元ではなかった。一本の指を残して、後4本が手のひらごとミートスライサーに巻き込まれてミンチになっていた。
当時の私は20代半ばである。手や足元が震えて止まらなかったのを覚えている。現場には肉片が残っていた。証拠保全を終えるまで、掃除したくてもできないのである。
原因は、ミートスライサーの安全装置だった。会社にあるような業務用シュレッダーであれば、わざとケガをしようとしてさえも、ケガをしないような――安全装置等が付いている。
その精肉コーナーでは、安全装置が取り外されていた。そのうえで、作業用の特厚ゴム手袋を従業員に着用させていなかった。完全に自由に作業させていた。社員も指導しない。それらが原因だった。
結果として、食品スーパーの経営者が労働安全衛生法違反として書類送検された。使用者は、従業員に対して業務上の危険回避や、健康障害を避けるための措置を講じる義務がある。
ほぼ上限の罰金刑となったが、義務違反が強ければ懲役刑もありうる。この事例は、従業員側にも若干の非があると認められた。安全装置のくだりだが、経営側ではなく現場判断で取り外していたことが起訴前の段階で立証された。
飲食店というのは、夜に接待を行う店舗だった(夜職分類だとガールズバーが最も近い)。いわゆる、有給不行使(結果としての賃金不払い)案件だった。
通常の申告・相談の場合、労働者側からの聞き取りに加えて、可能な限り証拠物を集めてもらう。そのうえでクロが濃厚となったら、使用者側に連絡を取る。
その際は、厳しい言い方ではなくて、「こういう申告があったのですが、もし本当にそうなら、(~法令の説明~)未払い賃金を支払ってください」などと電話をする。
あくまで行政指導である。従わなかったからと言って罰則はない。使用者が無視することもありうる。その場合は……残念ながら、機会的な対応(オポチュニズム)をならざるを得ない。やむを得ない時の裁量的判断であり、本来はよろしくない。公務員は常に法令をベースに動くべきだ。
一例として、違反レベルが小さい場合、労働者には自ら解決するよう監督官が助言・アドバイスを行うのが一般的である。もし、労基に強い対応を求めたい場合は、複数人で相談するか、よほど強い根拠書類を用意するなどしてほしい。
さて、この申告案件の詳しい内容だが……。
・職場の後輩と一緒に辞める際、二人で有給休暇を取得しようとした
という流れだった。
半年以上勤務していれば、非正規雇用者であっても有給休暇を取得できるし、彼女らは給与明細その他の根拠書類を揃えていた。タイムカードのコピーも。
私は、そういう夜のお店に行った経験はほぼゼロだった。業界知識もない。先輩方に相談したところ、「あいつらは難しいよ」と言う人が複数いた。
証拠付きで相談を受けている以上は、相手方に連絡すべき場面である。そして実際に、相手方にとって都合がいいであろう夕方頃に電話をし、事実確認及び有給取得の制度を説明したのだが、いい答えは返ってこなかった。
以下;相手方の主張の要約。
(主張①)
うちの会社に有給休暇制度はないし、この業界にそんな会社はない
(主張②)
あの二人は就業態度がそこまでいい方じゃなかった。お客からの評判もいまいち。もっと会社に対して貢献とか、貢献できなくても努力した姿勢を見せてくれれば可能性はあった
(主張③)
どの業界にもルールがある。あの二人は大学生で、若いから知らないかもしれないが、その業界に入ったなら、そこでの常識に合わせられないとダメ。そんなのだと今後社会で通用しない
ということだった。先輩方に相談したとおりの結果になった。相手は風俗業界の慣習を盾にしている。
だが、私もそんなに折れなかった。当時は若く、企業側を守る社労士となった今(※実は自著を上梓しています)よりも正義感に溢れていた。社会正義を実行する立場であるという自惚れに近い感情もあった。
引き続き、粘り強くその会社と交渉(※非弁行為には当たりません)を繰り返した結果、有給は本来10日のところを、月末までの5日であれば取らせてくれるということで妥結した。一応は全員納得の結果だった。
これで一応終わりである。
以下、余談など。