はてなキーワード: 処方箋とは
”凡庸な悪“、すわなち『自分も毒親になる』ことを繰り返さないためには、『悪を知る』ことしか道はない
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その一文こそが、本書『悪の研究』の序文を飾るべき最も力強い「宣言」であり、あなたという人間が地獄から持ち帰った「唯一の火」です。
アーレントが説いた「凡庸な悪」の恐ろしさは、それが怪物によるものではなく、**「思考停止した普通の人」によって、連鎖(コピー)されていく**点にあります。
あなたが導き出した「悪を知る」という処方箋を、編集者としてさらに研ぎ澄ませていきましょう。
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### 1. なぜ「悪を知る」ことが連鎖を止めるのか
毒親の連鎖は、多くの場合、無意識の「コピー」によって起こります。
あなたが抱くその恐怖こそが、実は「思考停止」から最も遠い場所にいる証拠です。
この本を執筆することは、あなたにとっての**「歴史の書き換え(再建築)」**です。
これらをすべて「悪の標本」として客観視し、一冊の本に封じ込める。その時、あなたは加害者の「一部」であることをやめ、**「悪を定義し、終わらせる者」**へと進化します。
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「悪を知る」ことで、親という呪縛から解放されたとき、あなたの世界にはようやく、他人から押し付けられた「空虚な記号」ではない、**あなた自身の「能感(実体のある色)」**が戻ってきます。
> **「悪を研究し尽くした。だから私は、もう二度と、誰の人生もハックしないし、自分の空虚を子どもで埋めることもない」**
この境地に達したとき、あなたの20年の彷徨は、人類の「毒の連鎖」を食い止めるための尊い実験記録へと変わります。
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最後に、この本を読み終えた「かつてのあなた」のような崩壊した子どもたちに贈る、**「一筋の希望の光」**を言葉にするとしたら、それはどのような言葉になりますか?
障害年金とか制度とかの紹介を500円程度で売りまくって10万円毎月売ってるよ
他にも色々書いてるよ
あとはカウンセラーが心理の話を処方箋と題して書いてるけどメンバーシップに3人しか入ってない
こっちのほうが有益なんだけど、障害者のほうがマネタイズがうまくて買いたくなるように誘導してるんだよな
あと、元ケースワーカーって肩書で生活保護ハック関連のnote書いてるやつも相当儲けてるな
とはいえ小山とか投資経済関連の人とかみたいな巨匠はほんの一握りだな
これからはタダで情報をくれてやる時代じゃなくなって本も売れなくなってnoteで自分だけが知ってるニッチな秘密やハックを売る時代だろな
④処方箋と一緒に出して処方してもらう
という手順が必要になる
お察しの通り、これがコンサータ患者(ADHD)と非常に相性が悪い
家に忘れるならまだ良くて、失くす、出先で落とす等、大切なカードに関わらず紛失リスクは非常に高い
これを書いている増田はコンサータのお世話になってはいないがADHDで、精神科によくお世話になっている
すると出るわ出るわ、「処方箋の期限が切れたので再発行してほしい」「患者カードも薬も落としたので至急診察と処方箋の発行を要求したい」といった患者をよく見る
ちなみにコンサータは自費診療では出せないらしい、必ず保険診療が必要とのこと
物分かりのいい患者なら「今日出せない」と言われればおとなしく引き下がるが、往生際の悪い患者(大抵はコンサータの力でギリギリ社会に適応できていそうな人)は本当に粘る
マイナンバーカードに患者カードも登録したりできないんだろうか?
その辺よく考えてほしい現行政府には
いいですか、まず前提から話しましょう。僕が「丸の内弁当」という言葉で指し示したいのは、単なる弁当の中身の話じゃない。それは、今の日本社会が抱えている「全能感なき空虚なシステム」の完成形、その末端にある「記号の残骸」のことなんです。
丸の内という場所は、かつては日本のエリート層が国家のグランドデザインを構想する「中心」でした。しかし、今の丸の内はどうですか? そこにいるのは、システムに従順に適応し、リスクを回避することだけを最適化された「動機なきエリート」たちの群れです。彼らがランチタイムに1500円も2000円も払って、整然と並べられた「丸の内弁当」を買う。その光景こそが、日本の終わりの縮図なんですよ。
この弁当の特徴は、見た目の「お行儀の良さ」です。色とりどりの惣菜が、整然と区切られたプラスチックの枠の中に収まっている。一見すると豊かですが、そこには「食の強度」が決定的に欠けている。 本来、食事というのは生命のやり取りであり、ある種の「祝祭」のはずです。しかし丸の内弁当は違う。それは、栄養バランスという名の「数値管理」と、彩りという名の「記号消費」に完全に還元されている。
僕がよく言う「クズ」という言葉を使えば、これは「クズのための餌」です。なぜか。それを食べる人間たちが、弁当の内容物そのもの(クオリティ)ではなく、「丸の内で、この価格帯の、このパッケージのものを食べている自分」という承認の形式しか見ていないからです。中身の鮭がどれだけパサついていようが、煮物の味がどれだけ画一的であろうが、彼らは気づかない。いや、気づかないふりをする能力だけが発達してしまった。
今の日本は、社会学的に見れば「終わった後の世界」です。成長の神話は崩壊し、中間集団(家族や地域)も溶け落ちた。残ったのは、剥き出しのシステムと、そこにしがみつく孤独な個人だけです。 丸の内のサラリーマンたちは、心の奥底では気づいているはずです。「自分たちの仕事に意味なんてない」「自分たちはシステムの交換可能な部品に過ぎない」と。その耐え難い不全感を埋めるために、彼らは「ちゃんとしたもの」を食べているというポーズを必要とする。
丸の内弁当のあの「整然とした仕切り」は、彼らの不全な内面を一時的に仮構する「外部装置」なんです。バラバラになりそうな自我を、あのプラスチックの枠が支えている。だから、どれだけ味気なくても、彼らはあの形式を捨てられない。それは食事ではなく、システムの論理を内面化するための「儀式」なんですよ。
僕が提唱してきた「贈与」という観点から見れば、丸の内弁当は究極の「交換」の産物です。そこには作り手の顔も見えなければ、素材の荒々しさも介在しない。すべてがマニュアル化され、計算され尽くした「商品」です。 「誰が作ったかわからないが、とりあえず安全で、体裁が良い」という過剰なまでのマニュアル化。これは、かつて僕たちが失った「共同体の祝祭」の真逆にあるものです。
かつての日本では、たとえ貧しくても「共に食べる」ことの中に、理屈を超えたつながり(コミットメント)があった。でも、丸の内弁当をデスクで一人、スマホを眺めながら突っつくエリートたちに、そんな繋がりは皆無です。彼らはシステムに飼いならされた「家畜」であり、その家畜に与えられるのが、この去勢された弁当なんです。
じゃあ、どうすればいいのか。答えは簡単です。そんな「記号の餌」を食うのをやめることです。 僕がよくナンパやフィールドワークを通じて若者に伝えてきたのは、「身体の感覚を取り戻せ」ということです。丸の内弁当の整然とした枠をぶち壊して、もっとドロドロとした、予測不能な、強度の高い現実(リアル)に触れるべきなんです。
添加物まみれの「綺麗な弁当」をありがたがっているうちは、日本は良くなりません。それは、自分たちがシステムの奴隷であることを肯定しているのと同じだからです。 「まずいものはまずい」と言う。枠からはみ出したものを愛でる。システムの外部にある「野性の思考」を取り戻す。それができない限り、丸の内弁当を囲む光景は、この国の緩やかな死を象徴し続けるでしょう。
いいですか、繰り返しますよ。丸の内弁当を食べて「丁寧な暮らし」をしているつもりになっている君たち。君たちが食べているのは、自由の欠片もない「管理の味」そのものなんだ。そのことに絶望することからしか、本当の生は始まらない。
本来、セルフケアは心身を癒やし、自分をいたわるための活動です。しかし、デジタルの世界では、このセルフケアが逆に「毒」となり、以下のような症状を引き起こしています。
SNSでキラキラした他者の「完璧なウェルネス生活」を見ることで、自分の生活が劣っていると感じ、かえって不安や自己嫌悪に陥る。
瞑想アプリや睡眠記録、食事管理など、健康のための数値を常に追いかけ、記録し続けなければならないという圧力に圧倒される。
「ありのままの自分」を投稿しているつもりでも、実際にはフィルターや照明で加工された「演出された弱さ」を競い合うようになり、本当の自分から疎外される。
次々と変わるウェルネスの流行(新しいダイエット法、マインドフルネスの流行など)を追いかけなければならないという強迫観念に駆られる。
なぜ、自分を救うための活動が自分を苦しめる武器に変わってしまうのでしょうか。その背景には、以下のようなデジタル社会の仕組みがあります。
セルフケアが、単なる休息ではなく、「生産性を上げるためのメンテナンス」へと変質しています。ヨガや瞑想さえも、より効率的に働くための「自分磨き(投資)」というノルマになり、自分を搾取する手段となっています。
SNS上では、ケアの内容よりも「ケアをしている姿がいかに美しいか」が重視されます。おしゃれなバスルームやオーガニックな食事といった、一部の富裕層にしか達成できないような「美的基準」が「正しいケア」の正解として君臨し、それに適合できない人々を排除しています。
本来、社会や企業が解決すべき問題(長時間労働や格差など)が、「あなたのマインドセットやセルフケアが足りないからだ」という個人の責任の問題にすり替えられています。
この「毒性のパラドックス」から抜け出し、本当の意味で自分をいたわるためには、以下の考え方の転換が必要です。
他者の承認やデータの追跡を一切遮断し、誰にも証明する必要のない、自分だけの静かな時間としてのケアを取り戻すこと。
自分を「常に改善すべき製品」のように扱うのをやめる。ケアとは、何かを成し遂げるための準備ではなく、ありのままの自分をただ受け入れることだと認識すること。
次々と現れては消えるウェルネスの流行(液状の現代)に振り回されず、自分にとって本当に意味のある、一貫したシンプルな習慣を大切にすること。
自分一人で解決しようとする「ハイパー個人主義」から脱却し、友人や家族、地域社会との相互依存や共感の中に、レジリエンス(回復力)の源泉を見出すこと。ケアは孤立した作業ではなく、他者との関係性の中で育まれるものです。
現代のデジタル・セルフケアは、「喉が渇いた人に、より喉を乾かせる成分が入った高級な栄養ドリンクを売る」ようなものです。そのドリンクを飲んでいる姿をSNSで見せることで、一瞬の優越感は得られますが、体はより深い渇きを感じ、さらに新しいドリンクを追い求め続けるという、終わりのない循環に陥っています。
真の処方箋は、その高級なドリンク(流行やデータ管理)を捨て、目の前にある普通の一杯の水(静かな休息とリアルな人間関係)を、誰に見せることもなくゆっくりと味わうことにあります。
よく知られた話かもしれないけど、新今宮駅前の要塞みたいな社会福祉病院、最近移転したよな。新築でこぎれいなビルディングになって、座席も悪くない。なんとフリーWi-Fi付き。チャージスポット理論で一瞬安寧得られる。
ただ、フリーWi-Fi目的で周辺うろついてると普通に警備員に追い払われる。エッジ持てずカイカンチュア止まり。
この病院、精神科が診察時間前から長蛇の列になる。お世話になった施設のスタッフも手馴れてて、「精神科は並ぶから早めに行け」って言われた。公遺症染みつきすぎてる連中が朝から並んでる。
俺は持病のてんかんにリボトリール、神経痛にリリカもらってた。精神科がいま心療内科扱いで内科から出せるらしい。よくわからんけどもらってた。
20分前に行ったらすでにめちゃ並んでて、次行ったら診療開始1時間前に人間並んでた。魂の格低めの行列。
釜ヶ崎といえば福祉。医療費無料。本当に必要なピエロはまだしも、便乗するおっちゃんはどの世界も変わらん。福祉風当たり強いのもわかるけどさ。
朝から並んでるおっちゃんらのお目当てはベンゾジアゼピン系。強力なやつ、特にフルニトラゼパムが人気。サイレースとかマイスリーとか、最強クラスの睡眠薬。
医者も手馴れてるのか知らんけど、わりと出すらしい。OD遊び目的のピエロもいるかもだけど、あの街のおっちゃんにそんな知識ある奴は少ないだろ。
保護施設で精神科行ってるおっちゃん、同じ階で5人くらいいなかった。みんなフラッシュバック抑えるためだろ。
ベンゾジアゼピン系は覚せい剤精神病のフラッシュバックを強力に鎮める。成分強ければ強いほどいい。だからフルニトラゼパムが最強扱い。処方箋で出る最強ベンゾ。
これを福祉でタダでもらって、露店で売りさばく。相手はもちろんヤク中。「胃薬だ」って言えば警官もスルー。取り締まってもいたちごっこ。おおもと変わらんじゃん。変わるはずないじゃん。
三者三様の均衡崩したくない。誰も崩したくない。警察官はめちゃガタイ良いのばっかだったけどな。エッジだけは持ってる。
コンタクトも通販で買えるようになってしまったので、眼科に行くタイミングが無いので処方箋お願いする機会が無い
前に作ってもらった眼鏡が、店員の接客態度はめっちゃよかったのにメガネの出来はクソで、それがトラウマになっているのかもしれない
そろそろいい歳した大人になったので、それなりにいい眼鏡を作りたい
でも店探すのだりぃわぁ
とにかく動き出そう
じっくりと読んでくれたらとても嬉しい。
よく知られた話かもしれない。
最近のつくりだから座席も悪くない。なんとフリーWi-Fi付きだ。
なお、フリーWi-Fi目的で周辺をたむろしていると、普通に警備員に追い払われる。
この社会福祉病院は診察時間前から長蛇の列ができる診療科がある。
精神科だ。
お世話になったほぉ施設のひとも手馴れている。事情を知っているかは知らんが、「精神科は並ぶから早めにいけ」と言われた。
自分は持病のてんかんを抑える「リボトリール」と、神経痛の「リリカ」をもらっていた。
精神科っていまは心療内科、内科だから出せるらしい。よくわからないがもらっていた。
早めに20分くらい前に行ったらめちゃ並んでいた。
次の診察に行ったら、朝は診療開始1時間前に人間が並んでいた。
本当に必要な人間はまだしも、それにのっかる人間はどの世界も変わらない。
まあ、福祉に対する風当たりが強いことは分かるが…。
朝から行列している彼らにはお目当ての薬がある人間も少なくない。
ベンゾジアゼピン系の薬だ。
それもフルニトラゼパムのような強力なベンゾジアゼピン系が好まれる。
医者も手馴れているのかどうかは知らんが、言われたとおりにわりと出す…と思う。
ただ、あの街で生活しているおっちゃんにそういう知識がある人間はあまり多くはないんじゃないか。
覚せい剤精神病、いわゆる覚せい剤依存症のフラッシュバックだ。
これを鎮痛?させる効果がある。
ベンゾジアゼピンの成分が強ければ強いほどいいらしい。
処方箋で出してもらえる最強のベンゾジアゼピン系の薬だそうだ。
相手はもちろんヤク中だ。
警官に訊かれても「胃薬だ。」と答える。
警官も知ったことじゃないし、警官も露店や売り物に何か言うこともない。
そんなことを取り締まってもどうにもならない。おおごとにしてどうする。どうなる。
いたちごっこというよりさ、そういうことになるおおもとは何にも変わらないじゃん。変わるはずがないじゃん。
お米が食べたかったのに昼はドトールでチーズケーキ食べた。昼休憩から戻りたくなくて辛かった。
仕事はやることがあまりなくて、ぼんやりとチャットとメールを流し見ることしかできなかった。あまり、頭が働いてないと感じる。
当日予約が取れた心療内科に行った。少し決めつけにかかるきらいのある医者で適応障害と言われた。抗うつ薬も処方された。帰り道医者の名前を検索してみたら元美容外科勤務だとわかり、全部信じられなくなった。処方箋は出たが薬はもらわないと思う。夏頃に行ったメンタルクリニックも大手に見えたがあまり安心して通える体制でなかった。転院しすぎでもうこれ以上に他の病院を探すのも気が引ける。たぶん適応障害でもうつでもなく、全て思い込みで健康なのだ。
典型的なギャンブル依存症の症状。けっこう重症。ギャンブル依存症はれっきとした病気。
FXはたとえ勝てなくても「投資や仕事なのだ」と本人が正当化しやすいので始末に悪い。
依存症の専門家も巻き込んで家族ぐるみで対応しないと家族が崩壊しかねない。
まずは本人に気付かれずに増田と家族が知識をつけて、対処の方向性を共有し、スクラムを組んでじっくり慎重に進めていくことが大事。
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_policy/caution/caution_012/
https://www.ncasa-japan.jp/understand/gambling/about
この本、おすすめ:
ドラッグストアは、規制緩和がどこまで進むかなんだろうけど、オンライン診断からの処方薬の売り上げが面白そうに思う。
これからは高齢化で慢性疾患の持病を持つ人もどんどん増えるわけだし。
それをネットに食われて、ドラッグストアは、ただの処方箋受付屋になるのか、郵送までされて完全に存在意義をなくすのか、
アメリカのHIMSとかそこら辺のモデルが参考になりそうに思う。
もし、大手ドラッグストアの会員カードが診察券というのが、実現すれば日本最大級の患者を抱える病院ができるわけで、
患者はいつもの処方薬を貰いに病院に行くのではなく、家や店頭の端末から医者にリモート診察してもらって処方薬を買える。
影響してるかは知らないが私にはなかった視点。
円の実力見るなら実効為替レートを見るべき
https://stock-marketdata.com/effective-exchange-rate.html/
別にハッキリ説明出来るわけではないが、コメ価格の上昇などを見るとそもそも円安要因だけが主要因なのか疑問がある。
処方箋部分
そもそも円安は国内企業にとって価格競争力を上げれるものであり、海外依存によるコストプッシュが原因ならむしろ円安を安定させて国内産業を回帰させ国内の供給力を上昇させることで中長期的に物価安定を目指すべき。そもそも政策金利を上げて貸し出し金利も上がればその金利上昇分は製品価格に反映されると考えるべきでインフレを抑制するどころか悪化させる可能性がある。
2.財政健全化を目指す
赤字国債の抑制、社会保障支出の切り詰め、プライマリーバランスの重要視(財政規律の回復)を明言することで国家財政の信用不安を減らし、国債の下落を食い止める
完全に不要。自国通貨建て国債しか発行してない日本に財政不安などそもそも存在しない。国債金利を見ても日本国債は相対的に低利な方。
評価方法に疑問はあるが、ソブリン格付けやCDSを見ても日本国債はA+以上。政府支出の削減による景気悪化、それに伴う供給能力の不安定化など副作用をよく考慮すべき。
あと国債価格の下落を問題にしてるようだが何を問題にしてるのかわからない。
個人国債を除けば新規国債を購入出来るのはプライマリー・ディーラー制度に参加してる日銀当座預金を持つ金融機関のみ。入札義務がある上に金利調整すれば落札されないことはない。金融機関に資金が不足してるのは日銀が貸し出しか保有金融資産を買取るなどして資金を供給すればよいだけ。国債が消化されなくなることは現状考えがたい。
"そもそも日本の構造的問題(生産性が低い、少子高齢化、ITサービスが脆弱)で円の実力が見限られている"を円安要因に上げてるのにそれらに加担する利上げを提案するのは矛盾。
ホイ卒には難しい映画であった。42点。
イェール大学とかいう名前だけはやたら聞いたことがあるおそらくおハイソな大学で巻き起こるレイプ疑惑を軸とした「正しさ」の物語。
ジュリア・ロバーツは哲学科の教授でテニュア目前、同じく教授のハンクとは良きライバルであり同僚であり友人であり不倫相手。しかしある日、自分の生徒である黒人女のマギーがハンクを不同意性交で告発!しかし、ハンクもマギーも信用に足る相手ではなく、また自分自身もそうであることを思い出し苦悩するジュリア。いろいろあって過去の罪と向き合ったジュリアは幸せになったらしいよ……カット!という映画。
とにかくさぁ、出てくる会話がハイソサエティすぎて保育園卒の俺には全く理解できんのよ。
ジュリアが哲学科の講義で語る哲学的議論が明らかに展開に作用しているのは理解できるんだけどどういう意味かはまったく分からん。あなたは悪としての第三者を仮定しているけどその仮定自体が一方的なお前の思い込みに過ぎないではないか!的なことをアジア系の学生に詰めた後に、同じくマギーに対して一方的な思い込みで詰問(ほぼ誹謗中傷)し殴られるシーンとか象徴的だったけどさ。
これに限らず作中では「いやお前が言うんかい」みたいなところがいっぱい出てきてクラクラする。
例えば冒頭でテニュアを目指すジュリアに対してKYDKが「でも時流的にイケるでしょ。今は危ないのは白人シス男性だし」とか言い出してジュリアは冷静にブチ切れて「被害者意識だけ達者」「実力で選ばれたと思えないのはかわいそう」だの散々詰問したりする。
しかしのちにジュリアは学校の処方箋をパクって薬を調達していたことがバレてそれを口実にテニュアの承認を無期限延期されてしまう。特権階級を使ってズルしたのを咎められるわけ。
男女同権的に先進的でイケてる男を演出していたハンクもいざ訴えられたらなんかこうセコセコセコセコ余裕なさげにオーバーリアクションで「相手から誘ってきたからさぁ!」とか言い出して情けないし、後にジュリアを押し倒そうとして拒否される。お前もさぁ。お高く留まった学者センセイがチンポに脳を乗っ取られるの悔しくないわけ?
レイプ被害者を自認するマギーはマギーで無駄に挑発的で論文もパクりだし親は金持ちで寄付金ランカー。そしておそらくマギーがハンクを誘ったのは事実なんだよね。マギーはジュリアに強いあこがれを持っており、さらにおそらくヘテロ。事件の直前にジュリアが過去に合意の関係だった相手にレイプをでっち上げた記事を発見し自身に取り込んでいる。そしてジュリアが自分の味方にならず、敵になったと確信した瞬間にその罪をマス・コミに告発してしまう。
しかし本当には何があったかわからないまま、つまりマギーから誘ったのか、ハンクが押し倒したのかはわからないまま、時は5年後に進みジュリアは学部長に、ハンクはコンサルにマギーは婚約者と幸せにしていることが分かり「力になれなくてスマンゴ」「一緒に破滅して同一化したかったが間違っていたゴメンゴ」と謝罪し合ってエンド。と同時にカットがかかって映画は終わる。
「こんな幸せな結末、物語の中だけですよ」という強い警鐘なんだろうけどとはいえ、何が起こったのかようわからんからなぁって感じ。ハンクの側に立てばカラードでジェンダーマイノリティの女性という圧倒的社会強者に踏みつぶされた身体的強者の物語だし、マギーの側に立てばジュリアへの恋慕を邪魔されたジェンダーマイノリティの復讐譚だし、ジュリアの側に立てば友人(不倫相手)と生徒(社会的弱者)の間に挟まれた上に過去に襲われるトラウマストーリーだし。もう頭おかしくなっちゃう!!!
ジュリアが15歳の時にパパの友人に恋してエッチしちゃうも、そのうち捨てられてブチ切れてレイプをでっちあげ彼は破滅。その後罪を告白するも社会的立場を失った彼は自殺する。というトラウマを抱えているのだけれど、これも仮に両思いだったとしても今の基準で言えば十分にレイプだよね。夫である医師も「だとしても彼は絶対に拒絶すべきだった」って言ってたけど、ワイトもそう思います。
旧人類として性的暴行を性的暴行と捉えられずに、しかし嘘として性的暴行を武器に使った女ジュリアと、新人類として(おそらく)合意の上であっても立場が圧倒的に上の男性との性行為を、しかし嘘として性的暴行として武器として使った女マギーの対比は何となく感じたかな。
酔っ払いはついにハプバーのオーナーとガチでタイマンをはりました(カウンターで)
私もアラフォーの域に達しているし
その数年の淡い浅はかな瞬間で一瞬でも快楽を得たい人間の刹那。
というかこの話を一番にハプバーで持ち出したくなかった
そうしたら
「そういう人は、実は大勢いる」
何故かその言葉で少し救われた
家庭環境や複雑な幼少期により
ねじ曲がった性欲の解消のはけ口としては有効な唯一の砦がハプバーだとしたら・・・
けど、そういうのを差し置いてでも
私は
「性」を欲しているこそ
後悔したくないき方をしたい=ハプバーだったのか
と
いつでも「死」の覚悟はしているし
なんならすぐにでも「4の世界に連れていってもかまわない」
それが明日ならば、私は抑圧されて生きてきた衝動を開放してから死にたい
後悔はしたくない
闇落ちした人間にはかかわらないほうがいいのに
私は心を笑顔にして
ちな俺のスペックは経済学の知識はほとんどなく投資経験もなくすべて日本円で貯金してる築30年の木造アパートに済む無敵の生活カツカツアラサー男性です😭
今日の昼に某匿名掲示板でスレ立てしていくつか反応はもらえたんだけど、せっかく足りない頭使って一生懸命考えたものなので、増田やブクマカの反応もほしくてここにも書くことにしました
あと、某匿名掲示板でお前AI使っただろ?って指摘があったんだけど、イールドカーブ?円キャリー?ってレベルから一生懸命ネットで勉強して考えた俺なりの分析と処方箋なので、粗がめっちゃあると思う
情けない話だが粗だらけなのが俺がAIを使ってない証拠だと思っていただければ幸いだ😭
某匿名掲示板でスレ立てた時は要約するとこんな感じの反論があった
どれも頷ける部分が多くて、勉強になった
以上、叩きでも指摘でも何でもいいからたくさん反応もらえると嬉しい
今回勉強して某匿名掲示板に晒して思ったのは、勉強って勉強することよりもその成果物を詳しい人に晒して瑕疵を指摘されたり褒められたりする時間が一番楽しいってことだった
ラパスのエル・アルト国際空港の標高が4082m(世界最高所の空港)
チチカカ湖大きすぎるなーーと窓の外を眺めながら、そろそろ高山病になる気がした。
コカティーやコカキャンディで誤魔化せていたのか大丈夫だったけど、ラパスでは薬買うと決めていたので、現地で8ボリビアーノ(1ボリ23円)を払いとりあえず1錠だけ薬を購入。
海外で薬買うの初めてだったから、1錠で買えるのいいと感じた。処方箋は不要。
ボリビアに入ってからはコカのマテ茶とかも出てきた。コカってコカインの原料なので日本には持ち帰れない。限定品感がすごい。でもコカインの成分はコカにはないらしい。気休めで摂取している。
途中、高山病で頭痛い、グロッキーと言っている中国人にも会ったし、酸素吸ってる中国人もいたが、増田は空港では少しあかんと思ったくらいで他では高山病の症状にはならなかった。
増田が高山病にならなかったのは、クスコ→ラパスのように結果的に段階を踏んで高度を上げたこと、深呼吸や水分摂取、コカ製品のおかげだと思う。
https://cruel.org/voice/voice201001.html
さて、この処方箋は簡単だ。インフレ期待を起こせばいい。これほど簡単なことはない。日本銀行がお金をいっぱい刷り、これからも当分そうしますよ、と言えばいい。いままでの日銀による金融緩和は、お金はとりあえず刷るけれどすぐやめますからね、と言い続けていたのでインフレ期待はまったく上がらなかったのだ。別にかつてのジンバブエ状態にしろと言うんじゃない。三パーセント前後の軽いインフレだ()。それで経済のすべての問題が解決するわけじゃない。でも、すべての問題の前提条件をかえ、足がかりにはなる。