はてなキーワード: 中高一貫校とは
子が中学受験を控える親です。ある学校の説明会は中受の功罪を考えさせるものでした。
塾の紹介で、明星Institutionという中高一貫校に興味を持ちました。府中の伝統校、明星学苑が、新しい校長を招き、シンガポールのラッフルズインスティチュートのようなグローバルリーダーを育てる学校をつくるというのです。
なんとなく、好感を持ち、公式Webサイトにあるパンフレットを読んで色々と腑に落ちないところがありました。
「渋谷教育学園幕張中学校高等学校 校長補佐・進路部長」、「渋谷幕張シンガポール校 教頭」、「早稲田大学系属早稲田渋谷シンガポール校 教頭」という肩書が記されているが、どこにも「元」とか「Former」という記載がありません。明星Institutionの校長であり、かつ前述3校でも働いているように読めてしまいます。もしかして校長は今でも本当に渋幕の進路部長をされていて兼務なのでしょうか? 前任校はこのように言及されることを許容されているのでしょうか?
校長が都心の東大合格者を多く排出した学校の出身であることは素晴らしいと思います。ただ、「元」と明記すべきです。保護者は渋幕というブランドではなく、明星Institutionがどのような教育をするのかに関心を持っています。
パンフレットは日本語の横に、英語も記載されています。国際的な人材を集めたいという姿勢の現れでしょう。残念ながら英語がガタガタです。
After graduating from university, Mr Inoue worked for a general company before joining
Shibuya Kyoiku Gakuen Makuhari Junior and Senior High School in 1983. In April 2025, he
will become the principal of Meisei Gakuen and Meisei Junior and Senior High School. In April
2026, he becomes the principal of Meisei Institution Secondary School.
general companyで働いたとか、そういう細かい点は目をつぶって、以下2点が中学生が読んでも、おかしいなと思うはずです。
・時制が混在しています(2025年のことにwill become / 2026年のことをbecomes)
・前任校の「Shibuya Kyoiku Gakuen Makuhari Junior and Senior High School」に何年勤務したのかわからない。
補足すると、パンフレットの後半、地図や施設紹介、クラブ活動紹介はちゃんとした英語でかかれています。明星Institutionという新設カリキュラムを紹介する部分だけ不完全な形で世に出てしまったのでしょう。
校長やすべての教員が英語に堪能である必要はないと思います。ネイティブの先生や専門家にお願いして添削してもらえばいいのです。そのような確認すら怠る学校が、入学した学生にどのような教育を施すのでしょうか?
明星学苑の創設者が大事にされた「実践躬行」は、理論などを自らの力で実際に実行してみること、つまり口だけではなく実際にやってみることの大切さを強調するものと聞きました。明星Institutionの関係者におかれましては、ぜひグローバルな人材を輩出するために、正確に英語で伝えることを実践いただきたいです。
といってもガチガチの財閥や大企業の娘というわけではないが、一般家庭育ちの自分にとってはかなりの家だ。
お嬢様じゃないよ〜学校にはもっとすごい人いたから〜と言っている彼女は東京の中高一貫校から私立美大卒。普通の基準がずれている。
父が勤務医で母が薬剤師、兄は独身サラリーマンらしく結婚願望はないらしい。
家族は全員レクサスに乗っている。昔はベンツほか外車に乗っていたらしい。あと相続税対策で小規模マンションが片手に収まらないほど所有しているとか。
こんな家庭が普通であるわけがないのだが本人にとってはこれが普通なんだそうだ。
私は同じ車好きということで義父にもすんなりと気に入ってもらっている。私たちは結婚式をあげなかったが、その代わりにと(?)私にもレクサスが買い与えられた。もちろん新車である。
ここまで凄いと自分が働く意味や存在意義があるのかと自問自答するようになってきた。
私は本当にパッとしない、どちらかと言えばというレベルでなく普通にチー牛だし学歴も高くない。職業も中小企業のしがない営業だ。
なんでこんなに良くしてもらえるのかと一度だけ義父に聞いたら「そりゃ娘と結婚してくれたからだよ」と一蹴された。
お嬢様とはxで知り合い、ウマが合うのでDMや通話をしたり何度か会っていたらお互い惹かれあってという感じなのだがなぜかこちらが好きになる以上にベタベタに惚れられていた。
義父は開業医ではなく勤務医なので病院の後を継げとかそういうのもないし、世継ぎの期待をされているわけでもない。
妻からは私が養うから仕事を辞めてずっと家で一緒にいてくれと冗談か本気かわからない誘いをたまに受ける。
自慢かよとか思われるだろうけど自分自身の力で得たわけではなく、与えられるだけで見返りを要求されない好環境にいるとむず痒いというかその場にいることへの罪悪感が芽生えてくる。
自分がなぜこんな環境に身を置けているのかわからない。このまま身を置いていていいのかもわからない。
私はどう生きれば良いんだろう。
動くことができなくなってしまった。
幼少期に異常行動をしまくり先生をしっかり困らせ、医者にADHDを言い渡された。貰った薬を継続的に飲むことすらできず、第一印象だけを取り繕って色々と煙に巻いて22歳になってしまった。私は今、行動出来なくなってきた。
小学生の頃、私立の小学校に入った私は、周りに優秀な(実際、将来的に友人の多くは名門大学に進学したらしい)人間が多い環境に入ったが、異常行動は治らなかった。親からはよく「うちは金がないんだから」と言われていたが、私はそんな親の財布から金を抜き、当時趣味だった鉛筆を何ダースも買って叱られたりしていた。
中学受験のために入った塾で、私は何もしなかった。先生には「将来どうするつもりだ」と心配されて面談などをされたが、私は授業中にこっそりガムを噛む事に勤しんでいた。しかしようやく受験直前、急に自主的に過去問に取り組み、第一志望の合格を掴んだ。
中学生の頃、私立の中高一貫校に入った私は、周りに優秀な(上に同じ)人間が多い環境に入ったが、異常行動は治らなかった。親からはよく「うちには金がないんだから」と言われていたが、私は親のクレジットカード番号を盗み、電子マネーに登録するなどして秋葉原で買い物をしまくって叱られたりしていた。成績がどんどん落ち込む私を見かねた先生が、私を吹奏楽部に入れてくれた。強制的に何かを習慣化させる狙いだったはずだ。しかし最終的に私は高校に進学するだけした挙句、数ヶ月で退学して通信制の高校に入った。高校の入学金を無駄に払わされたと親に文句を言われた。ぐうの音も出ない。
高校生の頃、私の周りに優秀な人間は減った。通信制高校だが、親の要望で通学コースになった私は、遅刻した挙句授業中にホールケーキを食べまくるような同級生を見て、世の中こんな人間もいるんだなあ、と思った。
この頃、数少ない優秀な同級生と一緒に、とある分野で登壇発表などをする機会があった。特に何かを苦労して制作したとか、若くしてプログラミングをしたとかではなく、豪華な舞台でガキが偉そうにその分野の将来みたいな妄想を垂れ流しただけだったが、その行動力や内容を知らない大人に褒められて鼻が高かった。今思えば大変優秀な友人に乗っかって金魚のフンみたいに着いて行っただけで、後にその友人は高校のうちに何やらスカウトされて海外に旅立って行った。
塾に入るも大学に入る意味が見出せなかった私は、塾での時間を殆ど棒にふっていた。AO受験にしようと言われてその通りにし、塾の受付にいるオバチャンに言われた通りの学校を受験して合格した。
大学に入ったところでこんな奴はそうそう変わらない。見事に1年目で留年となった。留年者向けのガイダンスはあまりにもレベルが低い人間を諭すような口調で作られており、屈辱的だった。しかし私は2年かけて上がった2年生でもまた留年をした。
至極当然な話だが、数学が人より苦手なのにガジェットが好きだっただけで情報科に進んだのが良くなかった。プログラミングに一切興味が持てず、学校の前でUターンして散歩に行ったりしていた。3年かけて2年生すら全うできなかった私は、4年目に休学を選択して専門学校に行く事にした。
専門学校に進学するために、休学中の12ヶ月のうち2ヶ月ほどを使って合格となった。それ以外の時間は家でダラダラしたり、土日だけバイトをしたりした。専門学校が始まると、最初は楽しかった。好きな内容を選んだ訳だし、内容も知っていることが多かったからだ。しかし夏休みから雲行きが怪しくなる。長期間掛けて作品を仕上げる課題が出たからだ。
他人の作品や技術が好きだっただけで、特に自己表現をしていなかった私は苦しくなってきた。長期間掛けて一人でスケジュール管理をして作品を仕上げるのは私にとって不可能に近い。しかも最初は事前知識で勝っていたが、コツコツ勉強に取り組んだ周りの年下のほうが腕が良くなっていた。当たり前だ。私は何がしたいのかわからなくなっていた。
ついでに致命的なのが自分の借金だ。親には打ち明けていないが私には数十万の借金がある。クレジットカードで買い物をしていたら入金できない額に膨れ上がり、消費者金融で金を借りたりリボ払いなどをしてなんとか1ヶ月遅れぐらいで入金している。既に2枚のカードは強制解約となった。入金遅れでいつ強制解約の通知を叩きつけられるか考えるだけで、何もできず時間が過ぎていく。課題や作品作りに充てるべき時間や、数少ない自分の取り柄だったちょっとした創作意欲は完全に消え去っていた。
さて、ここまで読んでいただきありがとうございます。
私は、せめて好きなことなら学校に通えるだろうと専門学校に行き、しかしそこでも楽しく取り組めず、本当にこの道に進みたいのかわからなくなりました。なので整理のためにもこれを書いたのですが、書いている途中でかなり苦しくなってきました。
休学中に始めたバイトだけは褒められました。接客業なのですが、第一印象だけは繕えるので得意みたいです。いっそこの業界に行こうかなとも思っています。でも、社員の方は大変そうすぎて私にできる気はしません。何より専門学校に行った意味がわかりません。
私はもっと異常であるべきだったのかもしれません。ADHDなら衝動性を持って、過集中で何かに取り組んで無理矢理モノにすれば、僅かなチャンスを掴めたのかもしれません。親には感謝しています。ここまで読んでわかるように、かなりの額を私に費やしてくれています。全て自分のせいでこうなっています。
どうすれば良いのかわからないし、軌道修正は無理な段階に来ているように思えます。しかし、今はただ目の前の事をこなして行くしか道はないと思います。
根本的に楽しく好きなことで生きて行こうと思うのが間違っているなあとも思っています。私は自分がある程度追い詰められて苦しまないと一歩も踏み出さないことを知っていますし、その苦しみが嫌で逃げた先に専門学校を選んだのかもしれないとすら思います。
これを読んでくれ方にお願いしたいのは、是非忌憚なき意見を言ってほしいということです。自分でもこれを書いていて死んだ方が良いのかもしれないとか思いますが、私には自殺する勇気も覚悟も行動力もないので、みっともなく生き続けると思います。なので第三者の方から、私について意見をください。変わるかはわからないですが、まだマシになりたいです。お願いします。
ここまで書けて満足しました。ちょうど専門学校の最寄駅に着いたので、登校して怒られようと思います。今日は逃げずに教室に入ります。ありがとうございました。
twitter(X)ではSAPIXから私立中学校に入ってその後が云々みたいなツイートがよくバズっていますが、その際に言及されるのは御三家といった一流私立中学です。
しかし日能研偏差値30-40くらいの誰も名前も知らないような私立中学について触れられることはあまりありません。
ではそのような所に進学するメリットとデメリットは何でしょうか?実体験を元に書いていこうと思います。
・メリット
私立中学はほとんどが中高一貫であり、エスカレーター式で高校へ進学できます。要は高校受験に向けて必死に勉強する必要はなく、内申点についても考えなくていいわけですから、教員の顔色を伺いながら生活する必要もないわけです。
これは私のような目立たない無気力人間からしたら非常にありがたかったですし、もしも公立中学校に進んで高校受験をしていたらその時点でドロップアウトしていた可能性が非常に高いです。
2.施設が充実している
私立は偏差値に関わらず施設が充実しているところがほとんどです。公立にはないような充実した施設で伸び伸びした学校生活を送れます。
中高一貫校のカリキュラムといえば公立より早く進み、大学受験に有利になるように組まれていると皆さん思っているでしょう。しかし偏差値の低い中学はそもそも中学受験でやった勉強の基礎が身についていない前提で
授業をするので結局公立と同じペースで学習することになります。
2.生徒の質が低いので授業によっては荒れる。
偏差値の低い私立中に通う最大のデメリットはこれですね。公立より高い質の授業を受けるために高い学費を払うわけですが、残念ながら民度は学費ではなく偏差値で決まります。
自分の学校には授業中頻繁に立ち歩いたり、授業妨害レベルでずっと騒ぐ人がいました。しかもそういう人たちはいわゆる発達系の自分をコントロールするのが難しいタイプではなく、バリバリ運動部の人間で、舐めた態度をとっても大丈夫な教員を
選んで授業妨害をしているわけです。最近は底辺層の無気力化が起こっているようで、もしかしたらこのようなことは徐々になくなっていくかもしれません。
ただ誤解しないでほしいのは先生の質や授業そのものの質はそこまで悪くないです。しかし生徒の妨害によりその恩恵を受けられないことが多々発生します。
3.高校受験が無いため怠ける
中高一貫で高校受験がないので、部活や余暇活動に勢力を出し、そちらで結果を残せるのではと考える人もいるでしょう。しかし実際はスマホに明け暮れて怠ける人がほとんどです。
あと学業面であまり競争が発生しないせいか、親に買ってもらったものでマウントを取り合っている集団もいました。
また定期テストでは点数が取れるものの模試の結果は悲惨なもので、偏差値40台がボリュームゾーンでした。
4. 進学先はかなり格差がある。
大学受験を見据えて、中高一貫校に通わせたいと考える人は多いと思います。実際の進学の傾向は以下の通りです。
まず、難関大学に合格できるのは、学年でも上位5%前後に限られます。そもそも推薦入試を希望する生徒が多く、一般受験で挑むのは学年の半数程度というケースも珍しくありません。
「中高一貫校に行ったのだから、最低でもMARCH」という期待を抱く人もいるかもしれませんが、現実には、一般受験では日東駒専レベルでも合否が不安定な生徒が少なからず存在します。
一方で、中堅大学の指定校推薦枠は比較的多く用意されています。そのため、指定校の中から無難な進学先を選ぶ生徒が多いのも事実です。具体的には、和光大学や玉川大学といった、学費がやや高めの中堅大学へ進学するケースが目立ちました。
さらに下位層になると、専門学校へ進学する生徒もいます。彼らを見ていると、極端に成績が悪かったわけではなく、入学当初からなんとなく6年間を過ごし、高校3年生になって「とりあえず行けるところ」を選んだ結果、そうした進路に落ち着いたという印象です。
要するに、中学受験と同じ轍を踏んでしまっている人が多いとも言えます。中学受験では努力したものの調子が振るわず不本意な入学となった人を除き、日常的に勉強する習慣が身についていない生徒が多く、
上位大学を目指すにはどこかの段階で本人が意識を大きく変える必要があります。しかし、その意識改革を実際に成し遂げられる人は少数です。
その他、学校の評判に関しては意外と保護者からはいい傾向にあります。それは保護者自身が実際通ったわけではないのと、仮に子どもが学校生活に対して不満を抱いていたとしても、それをそのまま認めてしまうと、これまで支払ってきた学費が「無駄だった」と認めることにもなりかねません。
そのため、無意識のうちに学校を肯定的に評価せざるを得ないのではないか、個人的には考えてます。
ざっとこんな感じですが、言いたいことを短くまとめると
モラトリアムとして、または高校受験をしたら間違いなくドロップアウトする人のセーフティネットとして、なら行く価値はあるでしょう。しかし生徒の質や進学先には期待できない。といった感じです。
私には3人の家族がいる。父・母・兄。
父が東大に、母が医療系の専門学校に通っていた頃ふたりはインカレサークルで知り合って、20代の終わりに結婚した。その頃父はまだ博士課程にいて、国家資格持ちの医療従事者となった母が支えたらしい。それから父は博士号を取り、大手企業の研究職に就き、兄が生まれ、私が生まれ、母は専業主婦になって、家族みんなで父の海外赴任について行ったこともある。家を買って、"家族4人"で暮らしていた。料理上手で家庭的な母と、頭が良くて順調なキャリアを歩む父。兄も私も健康で、大きな問題を起こすこともなかった。絵に描いたような家庭。
私たちの問題がなんなのか、いつどのように始まったのかわからない。
母は「お父さんも結婚する前は優しかったの」と言う。でも結婚してすぐ手をあげられたことがあって、親にも誰にも言えなかったらしい。幼い私から見ても、偉いのは父で、母は従う人。父は家ではなにもせず、母は頼まれる前から「お茶飲む?」と聞いて、「いい」と言われてもなお「あったかいの淹れることもできるよ。この間○○さんにお土産でもらったのがあるの」と言いつのって「要らないって言ってるじゃん!」ときつく言われ黙り込むような人だった。いま30代となった兄の振る舞いは、この父によく似ている。私も内心で母に苛立つ。
楽しかった思い出もある。夏のキャンプとか、塾でいい成績を取れたら遊園地に連れて行ってもらえたこととか。
ふれあい動物園が好きで、小学生の私の"将来の夢"は獣医だった。父が言った言葉からそういうことになった。
でもどこかに向かう車内の何気ない会話で父が激高して、そのまま気まずい沈黙が流れたり、Uターンして家に帰ったりした記憶も同じくらいある。
父が声を荒げたり物を壊したりするのが怖かった。されるがまま、言われるがままで、ただ黙って父の壊したものを片付ける母がもどかしかった。
だから小学校を卒業する頃、父が単身赴任すると聞かされた時は嬉しかった。私の中学受験が終わった頃で、「せっかく受かった志望校を諦めさせるのはかわいそう」というのが家族で引っ越さない"言い訳"だったらしい。私たち子供の意見は聞かれなかった。この頃の父は激務なのか家庭の不和なのか、メンタルクリニックに通っていたらしい。"職場に近いところで寝泊まりしたいから"一人暮らし用の部屋を借りていた時期もあった。でも父が辛そうにしていた記憶も、幸せそうにしていた記憶もない。父が私のマグカップを使ったことがあって、それが気持ち悪くて二度と使わないと心に決めたことだけを覚えている。
そうして家族3人での生活が始まって、私は母の選んだ中高一貫校に進学した。
ふたつ上の兄は地元の公立。兄も中学受験のために塾通いをしたけれど、本人のやる気が足りないからと父が打ち切ったらしい。後の大学進学を含め、"お父さんのお気に入り"である私の学費は父が、"お父さんはお兄ちゃんに厳しい"から兄の学費は母が捻出したらしい。母は資格を活かして復職し、一人で兄と私を育て、家事をし、仕事もしていた。朝は6時前に起きて朝ご飯とお弁当をつくってくれて、電車通学の私を駅まで送ってそのまま自分も出勤する生活。
確かに父は、兄より私のことが好きだと思う。母より兄より私の方が父の物の考え方を理解できるという感覚が、幼心にもあった。父が母に向かって声を荒げる前にそれを予測できたし、単純に兄より私の方が勤勉で、成績がよく、いわゆる"優等生"だった。父と私は似た者同士なのかもしれない。私は父のことが嫌いだったし、父も私たちにさほどの関心はないようだったけれど。単身赴任を始めて以来、父と会うのは年に数回、話すのは数分になって、それが今日まで続いている。
対して母のお気に入りは兄だと思う。兄は今も母と実家で暮らしている。月5万を家に入れて、当番制でときどき食事を作り、母はそれを褒める。掃除も洗濯も家の修繕費の負担も母で、「お兄ちゃんが作ってくれておいしかった」と聞かされるのは大概がパスタの話だけど、兄は"いい息子"、私は"手がかかる娘"。実家を出て自立していても、兄より収入が多くても、"昔は全然家のこと手伝わなかった"から、私は永遠に手のかかる娘。昔だって兄よりは手伝っていたけれど、母は男尊女卑の根強い家庭で育ったのだと思う。身内を貶すことも文化のうちなのだと思う。
兄と遊んだのは小学生の中学年くらいまでで、まだランドセルを背負っていた頃に「恥ずかしいから外で話しかけないで」と言った記憶がある。共通の趣味も話題もなかったし、兄の自意識が透けて見えるような言動が恥ずかしかった。でも、ひどい言葉だ。私の方から関係を壊したのかもしれない。その頃には既に一緒に遊ぶような関係ではなかったけれど、兄はより話しかけてこなくなった。
兄が高校3年、私が高校1年だったか、その1年前か、その年のセンター試験をそれぞれ解いて、いくつかの教科は私の方が成績がよかった。兄の能力を低く感じ始めたのはこの頃かもしれない。でも兄は、受験のプレッシャーもあっただろうに、「すごいね」というようなことを言ってくれた。そう言える兄のことをすごいと思った。兄のことを尊敬したのはこれが最後になる。
その頃の私たち兄妹はろくに会話せずそれぞれの自室にこもって過ごしていて、物の貸し借りはなかったし、用があるときはドアをノックする関係だった。
でもある夜、ふと気配を感じて目覚めたらベッド脇に兄が立っていた。驚いて「何?!」と聞いたら兄は無言で出て行った。いま思えば、次の日にでも「なんだったの?」と聞けばよかった。聞ければよかったのに、どうしてできなかったのか、なにが問題なのかわからなくてこれを書いている。私は聞けず、兄はなにも言わず、ただただ気持ち悪く思いながら寝て、その後も何度か夜中に兄が部屋に入ってくることがあった。ただそこに立っていて、一度は布団に触った。物を持っていったことはなかったと思う。
母には相談した。相談しているときに兄が帰ってきて、母はそのまま私の前で「○○の部屋に入ってるの?」と聞いた。兄は否定して立ち去って、母は「入ってないって」と私に言って、話はそれで終わった。一度じゃないのに。入ってきてるのに。それで私はいよいよ兄のことが気持ち悪くなって、食器もバスタブも兄の触れたものは使いたくなくて、夕食と入浴を捨てた。水道を止めるために蛇口を触ると、その手をまた洗いたくなって困った。その手を拭くタオルも兄とは別のものを使いたかったし、それでも同じ洗濯機で洗っていると思うと気持ち悪かった。夕飯を食べない生活なのに今より随分ぽっちゃりしていて、なのに生理は2~3カ月に1度しかこなかった。でもそういうことは、我が家では問題として扱われず、兄が遠方の大学に進学して家を出た。2年後に私も出た。
家を出て本当によかった。高校までと大学からで、自分を違う人間のように感じる。連続した人生とは思えない。高校までの記憶がぼんやりしていて、本当にあったことのように感じない。
大学で、回し飲みができるようになった。学校生活を生き抜くために必要だから無理して維持しているだけじゃない、本当に好きな友達ができた。次に会うのを楽しみにできて、泊まりで複数日一緒にいることができる。大切な思い出、というのができた。私のことを大切にして尊重してくれる恋人もできた。一人でいるより一緒にいる方がいい、と思っていることに気づいて驚いた。
その人たちから本当に多くのことを学んだと思う。
関係が近いからと言ってその人を貶す必要はないということ。嫌なことがあったら話しあった方がいいこと。伝えたら聞いてもらえるということ。行動に移してもらえるということ。私も聞きたいし、行動を変えたいし、それは案外簡単で、延々と不満を溜めこむほどのことではないということ。好きな人がいると幸せだということ。いろいろな形の幸せがあること。お互いを思い合う夫婦もいること。家族はなんでも話せる相手、と思っている人もいるということ。
そうして月日が経って、生活や人間関係が安定するにつれ、家族のことが嫌いになった。高校までの自分のことも、あまり思い出せないけれど、思い出せたら嫌いになる気がする。
男尊女卑、人を見下す視線、高い要求や幸せの形を押し付ること、人の気持ちを無視すること。
母は"いい母"として"いい家庭"を築くことに一生懸命だった。本当にすごく努力して、くれた?と思うし、その努力と根性を尊敬している。でも母が見ていたのは理想の家族像であって、私たちではなかったと思う。父と結婚したのは東大生だったからじゃないのか。父が声を荒げて物を壊しても、抵抗しなければ嵐は止むから、私が内心でどんなに兄を気持ちわるがっていても、「気にするな」と取り合わなければ黙るから、そうして"穏やかな家庭"を得ることにしたみたい。「お父さんとは話合いにならない」「なにか言ったらもっと荒れる」と母は言うし、父の気が荒いことは事実だけれど、一方で父は非常に論理的な人でもある。
話し合いを諦めたことは、なにを諦めたことを意味したんだろう。"かわいそうな被害者"として父への不満を言い続けた母は、なにを得たんだろう。
復職してからは家計も折半になり、生活費ももらっていないらしい。母はそのことを誇りに思っていて、それが私には、自立を誇っているというより父なしで生きていけることを誇っているように見える。父は、父としても夫としても、基本的に不在だった。今でも不在で、お互いの退職後にどこでどう暮らすのかは、楽しみな計画というより悩みの種となっている。
母が口癖のように言うこと。
「専業主婦のときは社会に認められていると思えなかった」「資格を取りなさい」「子供を産みなさい」「毎月25日はATMが混んでてなんでかなって思ってたら給料日にはすぐ生活費をおろすって人が結構いるみたいなの。生活に余裕があるって有難いことだなぁってしみじみ思った」
私はどうしても子供がほしいと思えない。
結婚したいと思える人が
40代男子中高一貫校出身者だけど、当時の同級生をモテ観点(その後の人生で彼女作ったり結婚したりできてるか)で分けると、大体6:3:1に分かれるなーと思う。
▼ 上から6割:大学デビューでも難なくキャッチアップできた普通の人たち。共学でも男子校でも安泰層。大半既婚。
▼ 次の3割:素材に致命的な難があるわけではなかったが男子校で6年ぼんやりしてるうちに半数が手遅れになった人たち。既婚者半分。
▼ 下1割:鉄研とかの、もう最初から箸にも棒にもかからない限界非モテの人たち。共学に行ったところでどうにもならない層。全員未婚。
40代の未婚率は大体3割くらいらしいので、安泰層の大半+中間層の半分というのは統計的な数字とも整合する。
上側は運動部と文系進学が多く、下側は文化部と理系進学が多い。進学先のレベルは無関係で、上6割のFランチャラ男とか下1割の東大理系卒研究者とかがいる。
小学生が男子中の受験を考えるにあたって、上6割と下1割は男子校に行くかどうかで結果は変わらないのでどっちでも良いが、中間の3割なら共学か男子校かが予後に影響する可能性が高まる。
御子息が小6の段階で明らかに平均以上か最底辺なら安心して進学させてほしいが、どちらでもないなら男子中という選択が「女性と交流のある人生を諦めさせる」決断になる可能性があることは留意してほしい。
私は東大卒である。現役で東大に合格し、その後大学院まで出てから就職した。
東大と言うと、難関中高一貫校出身とか、ずっと塾や予備校通いで凄く先取りして勉強してたとかイメージされることも多いと思うが、私は全く違った。
私は地方の一般的な家庭出身(両親はどちらも大学に行ってない)で、中学は普通に地元の公立だった。というより先輩にも同級生にも中学受験をするなんていう人は一人もいなかったので、小学生当時の自分は中学受験というものの存在すら知らなかった。
高校も普通の公立高校だった。実家から自転車で通える距離で進学校というだけの理由だった。別に県内トップでもなくいわゆる「自称進学校」で、文武両道を掲げるけどどっちも中途半端みたいな地方によくある公立校だ。
だから有名な進学校のように高3までの内容が高2のうちに終わるみたいなのは全く無くて、むしろ科目によってはセンター試験が終わってもまだ全範囲が終わってないというレベルだった。
高校時代も1年生の間は勉強なんてせず部活ばかりやってた。別にレベルが高い部活じゃなくて(むしろ地区予選1回戦を勝てたらラッキーレベル)ただ友達と単に楽しくてやってただけで、テスト前の部活禁止期間でも隠れて練習してたり部室で駄弁ってたりしてた。
高2の夏になって急に勉強したくなってやり始めたが、それでも家ではやる気が出なかったので平日は放課後に学校に残って下校時刻まで1日2,3時間程度、土曜は学校の自習室で半日程度勉強してただけだった。日曜はリフレッシュ日として受験期までずっと勉強しない日に設定していた(なんだかんだ最後の方は模試とかで潰れたけど)。
予備校には模試を受けに行った以外は一度も通っていない。通信教育や家庭教師も無し。自分で情報を得て自分で市販の教材を買って勉強してた。
それでも現役で東大に受かった。点数も合格者の平均点を超えていたので結果的には余裕だったと言えるのだろう。
自慢とかマウントとか取られても別に良いけど、これが私から見た事実だし、私にとって「普通」の人生だった。
小中学校の勉強なんて授業さえ聞いていればテストで満点取れるのが当たり前、高校だって授業聞いて教科書読めば理解できないことなんて一つもないし、ネット上に転がっている勉強法や受験指南の情報を参考に勉強すれば誰に教わる必要もなかった。
だから小学生のころから毎日塾に通って寝る間も惜しんで勉強して中高一貫に進み、そこからも予備校に通ってずっと勉強・・・なんて本当に必要か?と思う。
とりあえず授業だけ真面目に聞いて普通について行けてさえいれば高校から自分の意思で勉強したって難関大ぐらい入れるし、むしろ子供の頃なんて沢山遊んで経験を積んだり体力を付けたりする方が受験の面でも得なんじゃないかな。
・・・いやまぁ実際は分かってるんだよ。世の中の人たちって別にみんな私と同じぐらい勉強ができるわけじゃないということは。
授業だけ聞いていればテストで満点を取れるというのが当たり前じゃないことも分かってる。真面目に勉強してても中々成績が伸びない子がいるもの分かってる。
それでも私は私の人生しか経験していないので、そうでない人の気持ちは本質的にはどうしてもわからない。分からないから、子供のうちから勉強勉強で受験戦争に巻き込まれる子たちが可哀想だなぁと素朴に思う。ただそれだけの話。
学力やスポーツなどの成功の要因は、持って生まれた才能か?本人の努力か?それとも周囲の環境か?という議論はいつも盛り上がっている。
先に結論を言っておけば、遺伝的要因と環境的要因が半々くらいと言われている。全く面白くない結論だが、
キャスリン・ペイジ・ハーデン『遺伝と平等』などを読んでほしい。これらは関心がある人も多いので、研究もそれらを説明した一般書もかなり多い。
さて、それぞれの要素がそれなりに、という面白くない結果を受け入れずに、持って生まれた才能か?本人の努力か?それとも周囲の環境か?がなぜ盛り上がるかと言えば
「中高一貫校などの環境の良い学校に通わせてもらっていて、自分の成績が振るわなかった場合」本人の努力が足りないためと持って生まれた才能が足りないための2つの要因が考えられるが、
自分の努力のせいにしたくないので、持って生まれた才能が足りない(例えば親が高卒である、親が東大卒ではない)などを理由にしたい。他責思考である。
同じように「親が東大卒であったり、医者であったりして、しかし、自分は地方都市で育っていて、成績が振るわなかった場合」本人の努力が足りないためと環境が良くないための2つの要因が考えられるが、
自分の努力のせいにしたくないので、自分の置かれた環境が悪い(例えば周囲が東大や医学部を目指さない)などを理由にしたい。他責思考である。
逆のパターンもある。
自分が東大卒や医者であるが、自分の成功を「親からの遺伝要因」「筑駒や開成、桜蔭などの難関高校の環境」によるものではなく、「自分の努力」によるものと考えたいため、
遺伝や環境要因を低く見積もることもある。これは他責思考の裏返しで、失敗は人のせい、成功は自分のおかげという思考である。
どちらにしても、人がどう考えやすいかというと自己正当化しやすい考えに流れるのであり、
科学的・実証的な答えは、それぞれの要素がそれなりに、という面白くない答えになるのだから、この手の議論やってもあまり得るものはないと思う
知人に元不登校が3名いるが、
と中学・高校でほぼ学校教育を受けていないがいい進学先・就職先に進み、いい挑戦心や精神的タフさを持っている。
小中高の不登校になったら取り返せないなんてことは全然ないので、子どもの将来についてはそんなに悲観的にならなくてよいかと思う。
(ただ、一方で「高校生になったら子どもも学校行くようになるだろう」「大学生になったら…!」と思っているとそうならなかったときに親の精神が死ぬことがあるので注意。「夜と霧」を読むのをおすすめする。)
そのうえでヤカラ諸君にはその子のことを単なる肉便器として侮っていてほしい。
”清潔でとにかく無口でテンション低いのが平常運転だけど、自分の価値をわかりきってる美人”
が合意の上でそういう男に股を開いて、ハメ撮りや乱交も喜んで受け入れる・・・・・・
そんなシチュエーションに何よりも興奮するんです私は。
多分、中学時代の経験がこういう性癖に影響を与えているのだと思います。
メガネ黒髪無口なのにもかかわらず学年No.1人気があった憂いのある美人の同級生が、学校最凶と悪名高かったヤンキーの同級生と付き合っていたんです。
「非常階段の踊り場でバックでヤったw」とヤンキー君が男連中に自慢してたらしいのを小耳にはさんでほんと最高だったし感謝感激だったんですよ。
贅沢いえば……
「反社・ヤカラにいいように肉便器にされそのことを喜んでいたのにもかかわらず、
大企業勤めの同年代とシレッと結婚し落ち着いた聡明な美人の家庭人として豊洲や二子玉や品川や小杉のタワマンに住む」
そんな締めくくりであってほしいものです。
とにかくですよ?
一見すると関東連合と区別つかないようなヤカラの皆さん(できれば学歴弱者の前科持ちであってほしい)は、どんどんこういう女性にアプローチしていってほしいんです。
そうしてくれると私、ドピュッドピュッと良く精子を出すことができるのであります。はい。
余談ですけどねえ。
「この手の女子は才女、育ちが良さそうに見えるだけで実は反社の情婦がお似合いのアッパラパー」
むしろ彼女ら女子校で学年生徒数少ないのに例年東大何人も受かるような中高一貫校に中学受験で入ってたりして、私立専願ながらちゃんとお馴染みの難関大出てたりするんですよ。
受験生時代から英語と世界史が妙に得意だったりしちゃってね!!
それなのに、それなのに……
大学進学後、男なんかに影響されて腹や尻にタトゥー入れてみたり、乱交(反社様やヤリサー幹部様、複数の強き者から求められる悦び)に忌避意識なかったりしてもう最高。
なんのための実家暮しだあ!笑
【父】受験を1度も経験する事なく慶法→HarvardGMP🏢
小中高一貫校の娘の友達先輩は休みのたびに海外旅行、インスタで繋がっているので娘も行きたいとリクエストが。一方公立小サピ5年生は夏期講習20日か…。お盆休みは夏期講習無いと予想できるけど、馬鹿みたいに高いしなぁ。姉弟状況が違うと難しい😓
2026🎻受験長女の夏期講習2校終わって、先生がお仕事でよろっぱ行かれ、SAPIX夏期講習が今日はお休み🥰 初めて気を緩められる1日✨遊びたいけど…今まで長女に時間使いすぎてサピの勉強が手薄になってた分取り戻そう…算数か、理科か。理科意外に難しくて焦ってる
長女🎻と長男SAPIXを母1人で伴走するには完全に手が足りない‼️夫は「中学受験なんて意味ないよ」派。2人が勉強してるリビングで音を出してアド街ック天国とか見る…子供達ノイキャンのイヤフォンつけたり防音室に逃げる…。でも夫、ボーナスは2,000万円近く持って帰ってくる。何が正解かわからん
この生活を始めて4年たった。
勤めていた工場が事業ごとEMS会社に売却→特殊なチート能力があったため、親会社からの転籍オファーと、お客さんからのオファーをもらって、天秤にかけてお客さんである東証全部上場の大企業に異世界転生した。
学校も地元だったので生まれてから外で暮らしたことがないという箱入り息子。
多分元増田はもともとの生活水準と賃金をもったため地方移住したからあんまり金がかからないように見えるんだろうけど、わいからすると全然違う。
地元の40台平均年収は額面で400万円とどかない。男性でフルタイムに限定して、ようやく420万円をこえるくらい。
わいの前職はそれでも500万円弱まで届いていたのでもらえていたほうだが、残業まみれでこれだった。
で、異世界転生したら、年収が800万円を超えて、今年はランクアップもあって950万円ぐらいになりそう
これぐらいになると、統計上は地元だと上位1%に入る富裕層で、住んでいる町の副町長よりも年収が上である。
通勤時間がゼロになって一日の実質拘束時間が13時間ぐらいで済むようになった。あ、昼休みを除けば12時間か?
何をするにも金がかかりすぎ、人多すぎ。ちょっと動くのにぐんぐんお金が飛んでいく。
スーパーの価格水準が2割ぐらい高い。こっちじゃ120円で売ってるしめじが160円とかそんな感じで地味に高い。
何でもそろうといわれるが、都会に出るようになって明らかに都会のほうが不便じゃんと思うようになった。こっちはイオンに行けばホムセンからジンズからユニクロから映画までなんでもワンストップだけど、都会不便すぎる。特殊なものはネットで手に入るし。価格も都会と同額か安い。
確かに細かい特殊な専門店はないけど、そんなのは東京に遊びに行って寄ればいいだけであって、普段の時間のロスを考えればこっちのほうがずっと効率的。
都会の人は地方のことを知らなすぎるというのをつくづく感じる。
地方から都会でリモートしているという立場から、この状況をいつまで維持できるのかという不安は常にある。
それは事実で、そのための活動をいろいろやっていかなきゃなとは思っているのは多分立場は同じ。
わいはいざとなったら東京に安いアパートでも借りて自費でに拠点生活してもいいかとおもってる。 意識して生活水準を上げないようにしてるので金ならあるんや!状態にあるのでそれぐらい自費で払ってもよいと思ってる。
どうせわいが死んでも相続するやつなんぞおらんし。