はてなキーワード: 開業医とは
xのこのポストね
https://x.com/child_doc555/status/2053439651193438417?s=46
この旦那が専業主婦の奥さんを見下して、自分が上相手が下と考えているところにはしんどいものがあるが、正直この文はわからなくない
妻が細かい(ワイからすると)どうでもいいことをやたら気にするのは、元々の性格もあるだろうが、人生における責任範囲が狭過ぎるが故に、どうでもいいところを掘り下げるしかないのかな?と感じる。
そのどうでもいい非合理的なこだわりを押し付けることで、自らの存在感と権利と存在価値を必死でアピールしているように見えてしまう。
教育とかコンプラの部署とかで暇してるおじさんって何かトラブルがあると嬉々として出てきて、たくさんの時間話し合い、現場にやりすぎな対応を求めてくるというのを確かに体験したことがある
この旦那側の意見を鵜呑みにはできないが確かにそういう人はいる
まあとはいえ、この旦那は専業主婦に外の世界に行ってもらうために自分で家事育児を担うつもりはなさそうなので残酷な話なんだが
せめて同じような内容で「男性医師」「独身男性医師」、って書いている記事を提示しないと話が始まらないと思うが…
言ってること、「加害者の名前をマスコミが出さないってことは、加害者は中国人か韓国人に違いない!」と吹き上がってる底辺ネトウヨと変わらんで
これ、「開業医」という単語から、無自覚に男性を想像してたが、女性なんだね。しかも独身女性。
https://news.yahoo.co.jp/articles/3d58b54af64a8724964831b4e763dc8a0efbce9c
確かに自分にジェンダーバイアスがあるのは認めるが、記事に載ってる顔写真も男性なので、つい男性かと思ってしまっても無理なくないか……。
犯罪者が男性である場合に見出しに性別が載らない男消し構文が用いられるのはフェミニストからよく指摘されるところだけど。
このニュースみたいに女性が主体のポジティブなニュースの場合、性別が消されて、職業上男性かのように思わせる工作が行われるんだね。男消し構文ならぬ女消し構文か。
「開業医」ではなく、「女性医師」「独身女性医師」、って書いてもいいと思うんだけど。
もっとも、同じ女性でも独身ではなく既婚子持ちだったら全然違ってそうだな。母が、祖母が、と女性性を強調されそう。
既婚子持ち女性のポジティブなニュースだとこれでもかという程性別を強調するのに、独身女性のポジティブなニュースは敢えて属性を消す。
一番クラシックな論点だと思われる。厚労省とかも問題視してるのはこの論点だろう。
この論点は、保険医療に医者が足りないので、医学部を増員したのに、その増員分がマンマ美容に流れてしまったという主張がなされてる。
実際、その通りなんだけど。
この論点においては、保険医療は逆に、新専門医制度を槍玉に挙げられて、「専門医制度を改悪したからこうなった」という反論もよくみる。
実際、専門医制度の改革は、過半数の医者が大反対したのに、押し切られた。
なぜ、そんな改悪があったのかというと、利権を持ってる医者、特に医局の長老が、医局の力を取り戻すために、専門医制度で若手を絞りたいからだった。
あまり知られていないが、専門医制度に乗ったら、かなり低い給料で、しかも責任も重く、奴隷労働が待ってる。普通の超ブラックなんか霞むレベルのブラック。
1日20時間365日休みなしなどでも「ホワイト」と言われるくらいの、超苛烈な勤務を、上司にさからわないでやり過ごす数年間が待っている。
さらに、都会で専門医制度に乗っても、一定の期間は、田舎に飛ばされる。拒否権は無い。
しかし、専門医制度がキツくなり、特に東京などの都会での就職が絞られたりした結果、
「都会で高給を得られる美容に行った方がはるかにいい」となってしまった。
男性でも、初期研修医の時点で絞られた人は、美容に流れてしまってもおかしくないと思う。
はっきり言って、手術は、センスと経験が物を言う。特に、手技系は大事だ。
もちろん、専門医課程で、高度な火傷だとか、指が多くで生まれてくる場合の指の切除とか、口唇口蓋裂という鼻と口が繋がって生まれてきた場合の手術とか。
そういう、コスメティックじゃない手術は、経験してないのが直美だと思う。
しかし、二重形成とか、鼻形成とか、そればっかりやってる医者の方が、あまり経験ない医者より上手いのは自明だと思われる。
特に、美容のセンスがある女性の場合は、手術だけでなくどういうデザインにすべきかのセンスが違うと思われる。
また、若い時のみずみずしいセンスの方が、患者の要求を理解できて、手技にも繋げられるんじゃないかと思う。
一方で、医学としての手技という観点から見ると、術前のリスク把握や、術中の麻酔の管理、術後のケア、生涯にわたる合併症のフォローなどは、保険医療の医者だと気になる。
一般的な外科医は、そのようなリスクに関する教育が非常に強い。
しかし、そのような教育も、あくまで、成功例のクオリティとのトレードオフだろう。
若い医者が美容のセンスがあるという論点から差し引いたら、プラマイゼロか、下手したらマイナスの可能性もある。
正直、一番多いんじゃなかろうか。
こういう、くだらない感情論で直美を叩いてる医者は恥ずかしい。
医者が金稼ぐほど、政治的な発言力も増えるんだから、保険診療で絞られて発言ができなくなったら終わりなのがわからないのか。
「保険診療が絞られるんなら、美容に行ってやるぞ」というのは、交渉でいうBATNA (代替手段)だ。
保険医療しかできないとみられたら、厚労省も国民も、医者をイジメまくる。
保険医療が頑張ってるのに〜国民も厚労省も財務省もいじめる〜ってアホか。だったら、美容医療応援した方が、保険医療のためじゃないの?
「医師会は開業医グループだから、勤務医の意見が反映されない」とかと同じようなアホさ。
開業医という対抗策があるから、国も医療費削減に無茶できないわけで。勤務医のイグジットがなくなって、勤務医だけになったら、そりゃ終わるよ。
そういうのもわからないレベルの医者が多いのが本当に恥ずかしい。
でも、脱毛とかは最近の若い人には当たり前だし、美容脱毛とかで行く医者はいてもいいんじゃない。
あと、海外ではコスメティックで稼いでる国がある。トルコの植毛とか、韓国の整形とか。
日本が海外からお金取れるような美容医療を作るのは、産業政策的にはいいんじゃないか。
あと、若くて美しい男女が、スタートアップみたいに盛り上げていくのも、いいんじゃないの。
妻が義母の話ばかりする。
朝、豆から挽いたコーヒーの香りが、二十七階のリビングにひろがる。南向きの窓は、昨夜の雨をなかったことにするみたいに、東京湾の鈍い光を受けて白く曇っていた。食洗機は静かに止まり、ロボット掃除機は充電ドックで眠っている。妻はアイランドキッチンに立って、バルミューダのトースターから焼き上がったパンを取り出しながら、なんでもない顔で言った。
「お母さんがね、このあいだ麻布台のマルシェで買ったオリーブオイル、すごくよかったって」
またか、と思った。
もちろん、義母に悪い印象があるわけではない。むしろ上品で、よく気がついて、僕よりずっとこの街の流儀を知っている人だ。港区の空気を肺の奥まで吸って、それを酸素ではなく作法として体内に巡らせているような人で、白金の美容院も、青山の歯科も、紀尾井町のランチも、ぜんぶ「いつものところ」がある。僕には、いまだに「おすすめ」があるだけだ。
「へえ」と言って、僕はアボカドに塩を振った。
妻は続ける。
「あとね、お母さん、やっぱり子どもは英語だけじゃなくてピアノもやらせたほうがいいって。受験のためじゃなくて、耳が育つからって」
「そう」
「それと、中学受験するなら四年生の冬には動いておいたほうがいいって」
「まだ五歳だけど」
「早い家はもっと早いらしいよ」
トーストの表面でバターがゆっくり溶ける。ナイフの先でそれを伸ばしながら、僕はふと、この家にあるもののいくつが妻の趣味で、いくつが義母の助言で、いくつが「いま、このあたりでは普通」なのだろうと考える。アルヴァ・アアルトのフラワーベース。無垢材のダイニングテーブル。玄関のルームフレグランス。洗面所のハンドソープ。ベビーチェアの色。観葉植物の鉢の形。僕が自分で選んだものなんて、書斎の電気スタンドくらいかもしれない。
結婚してから、僕たちは上へ上へと住み替えてきた。最初は郊外の賃貸マンション、次に城南の低層レジデンス、そして今のタワーマンション。引っ越すたび、景色はよくなった。駅からの距離は短くなり、共用部は静かになり、宅配ボックスは大きくなり、ラウンジにはいつも誰かがノートPCを開いていた。暮らしは整っていったはずだった。なのに僕の輪郭だけが、上層階の薄い空気の中で少しずつ曖昧になっていく気がした。
「今度の日曜、お母さんたち来るって」
妻はジャムの瓶を閉めながら言った。
「聞いてないけど」
「言ってなかったっけ。ワイン持ってきてくれるって。あと、あのソファの位置、やっぱり窓側にずらしたほうが部屋が広く見えるって言ってたから、一回やってみようよ」
「そのソファ、去年買ったばかりだよね」
「だから?」
「いや、別に」
別に、が便利なのは、自分でも知っている。反対しているほどでもないし、賛成しているわけでもない。その中途半端さが、僕の年収みたいで嫌だった。妻の実家は太い。義父は開業医で、義母はそれを「支えた」と一言で片づけるには惜しいほど上手に運営してきた人だ。教育も、住まいも、人付き合いも、失敗の匂いがしない。僕の家にはそういうものがなかった。父は地方公務員で、母は生協のパートだった。堅実で、まっとうで、でも東京の上澄みに触れる方法なんて知らなかった。
妻が義母の話ばかりするのは、つまり、正解の話ばかりするということだった。
どの小学校がいいとか。
どこのホテルのアフタヌーンティーは写真映えのわりに味が普通だとか。
資産形成はインデックスで十分だけど、現金は別で厚めに持ったほうがいいとか。
子どもの靴は見た目より足型で選んだほうがいいとか。
どれも間違っていない。間違っていないから、反論できない。間違っていないことの集積でできた暮らしは、たいてい美しい。でもその美しさは、ときどき人を黙らせる。
日曜、義母は想像どおり上質なグレーのニットを着て現れた。義父はボルドーを二本提げていて、娘である妻はそれだけで少し誇らしそうだった。娘というより、選ばれ続けてきた生徒みたいな顔だった。義母は玄関に入るなり、何も否定しない口調で言った。
「やっぱりこのソファ、もう少しだけ寄せると素敵ね」
「でしょ?」と妻が笑う。
僕はワインオープナーを探すふりをした。
食事のあいだ、義母は悪意なく、しかし寸分の隙もなく、この家の未来を設計していった。子どもの習い事、別荘を持たない代わりのホテル会員権、インターナショナルスクールの説明会、いま買うべき美術、売らなくていいマンションの買い方。妻は何度もうなずき、メモまで取っていた。僕はサラダを取り分けながら、まるで自分の家に招かれた客のような気分になった。
食後、妻がキッチンでグラスを洗っているとき、僕は珍しく義母と二人きりになった。リビングの夜景は、水槽のようにきれいだった。見えるビルの灯りのひとつひとつに、それぞれ別の正解があるのだろうと思った。
「あなた、少し疲れてる?」
意表を突かれて、僕は笑った。
「そんなふうに見えますか」
「見えるわよ。娘は私の話をよくするでしょう」
「ええ、まあ」
「昔からなの。何か決めるとき、自分で決めたくないのよ。正しいほうを選びたいの」
僕は返事に困った。義母はそこで初めて、少しだけ声をやわらかくした。
「でもね、正しいことと、自分で選んだことは、別なのよ」
僕は義母の顔を見た。整った横顔のどこかに、はじめて年齢らしい影があった。
「私はたくさん失敗したの。あなたたちが見てるより、ずっと」
「そうなんですか」
「そうよ。だから娘には失敗させたくなくて、つい口を出すの。でも、あの子、あなたの前でまで私を使ってるなら、それはちょっとよくないわね」
その言い方は、叱るでもなく、突き放すでもなく、不思議と公平だった。
僕は思い切って言った。
「でしょうね」
「それは違うわ」
義母は即答した。
「価値がないんじゃなくて、まだ見えていないだけ。人は、自分が安心できるものしか、最初は信じられないから」
「ねえ、お母さん、このグラスどこで買ったんだっけ?」
「それ、表参道のHAYよ。前にも言ったじゃない」
妻が戻ってきて、また三人になった。会話は何事もなかったように続いた。だけど僕には、義母の輪郭が少し変わって見えた。完璧な助言者ではなく、失敗を隠しながら正解を配る人。つまり、僕たちと同じ、年齢を重ねただけの一人の人間に。
その夜、義母たちが帰ったあと、妻はソファに座ってスマホを見ながら言った。
「お母さん、やっぱりすごいよね」
僕はワイングラスを片づけながら、「うん」と言った。
妻は続ける。
「なんか、全部知ってる感じする」
「全部は知らないと思うよ」
「え?」
「……そうかな」
「そうじゃないと、あんなふうには言えない気がする」
妻はしばらく窓の外を見ていた。二十七階の高さでは、地上の音はほとんど届かない。救急車も、笑い声も、信号待ちの苛立ちも、なにもかもガラスの向こうで無音の映像になる。僕たちはよく、この静けさを豊かさだと思い込む。
「私ね」と妻が言った。
「うん」
「お母さんみたいになりたいんじゃなくて、お母さんみたいなら安心だって思ってたのかも」
初めて聞く種類の本音だった。
僕はグラスを置いて、彼女の隣に座った。
「じゃあ、これからは二人で決めよう」
「変なの選んでも?」
「変なのの責任は半分持つよ」
妻は笑った。その笑い方は、義母によく似ていて、それでいて少しだけ違っていた。
数週間後、僕たちはソファを動かさなかった。代わりに、ダイニングの上に吊るしていた照明を、少しだけ不格好なものに替えた。妻がネットで見つけた、海外の無名デザイナーの照明だった。義母ならたぶん選ばない。けれど夜になると、その光は妙にやわらかくて、食卓の上の傷やパンくずまで、ちゃんと僕たちの暮らしの一部として照らした。
妻は相変わらず義母の話をする。けれど前ほどではない。そしてときどき、「私はこうしたい」と主語を変えるようになった。
タワーマンションの高層階に住むというのは、景色を買うことだと昔は思っていた。
でもたぶん違う。
ほんとうは、自分がどこまで他人の価値観でできているか、その見晴らしのよさに耐えることなのだ。
だから僕は、少しだけ不格好な照明の下で、妻が自分の言葉で話しはじめるのを待つ。完璧ではないこの部屋が、ようやく僕たちの家になっていく音を、静かに聞いている。
「子供」も無料をいいことに大量に美容薬ストック目的で受診してるケースがあるんだが。
https://www.m3.com/news/open/iryoishin/1207121
患者や患者家族から美容目的と思われるヒルドイド処方を求められたことがあるかどうか、m3.com会員に聞いたところ、開業医の40.6%、勤務医の34.5%が「ある」と回答した。「明らかに母親が使う目的でも、子どもがヒルドイドでないと治らないと言ってくる」「処方できる最大量を希望された」「使用量が多すぎると指導したところ、以降来なくなった」といった経験談や、さらなる負担増を求める声が数多く寄せられた。
広がる子供の医療費無料化、過剰受診も 見直しは進まず - 日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC151XJ0V10C23A1000000/
大学病院の待ち時間が長いのはそれだけ人が少ないからで、だったら開業を禁じて大学病院に医者を集約させればいいよね。
クリニックなんて画像診断も適当で俺の母も先日大学病院にてプラークが見逃されていたことがわかったわけでな。個人病院は二重チェックとかできるほど医者いないからどうしてもそういうことになる。
患者を大学病院に行かせたくないのは厚生省が医療費削減したいからっていうけど、そもそも大学病院が予防医療を十分にできるようになれば、病気を見つける検査の類自体はかかる費用って雇ってる医者の固定費その他って感じなわけだからその問題もないはずなんだよな。
dorawiiより
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とある事務職ホワイトカラーなんだが、Claude Codeで業務の90%くらい自動化できちゃってて、今やってることと言えばターミナルを3つ4つ開いてagents teamそれぞれ有効化してプロジェクトマネージャー役AI、Webエンジニア役AI、インフラ・DBエンジニア役AI、レビュー・テスト担当AIの4人チームを複数作って現状のシステムの課題洗い出し、ユーザからの要望をイシューチケット化、そしてチケットを自動で読み込んで改修・リリースさせて、こっちはたまに聞かれる作業方針とかをちら見してyesって10~20分に1回くらい押すだけ
そして今までの数倍の仕事をこなせてる
でもね
当然ながら別に自分以外の奴がやったってそんな大差ないことがもうできるわけだから、何も俺に高い給料払ってまでAIシバキ人やらせる意味ってないんだよな、会社的には。
当然業務の背景や文脈を知っている面では他の奴よりはAIに情報をインプットするのは多少うまいだろうけど、まあ「多少」でしかないし、会社がもっと安く使える若手に俺の仕事やらせたってまあ多少クォリティは落ちるだろうが、それでも回らなくもないだろう
ってのがめちゃくちゃ実感できちゃってて、もう頭の良さとか知能の高さとかが価値になる時代は完全に終わったんだなって諦め始めてる
人によってはいろんな反応があると思う
例えば「AIはまだまだ~ができない」、とか「とは言っても~は人間の方がまだ上」とかね。「AI一回使ってみたけど全然ダメじゃんwまだ人間の仕事は無くならないわこりゃ」というやつもいる。
でもこれって個性が出てて本当に面白いと思う。別に誰が間違ってて誰が正解というものでもないんだけど、これまでのホワイトカラーエンジニアとして仕事に向き合ってきたその向き合い方がそのままAIの評価、コメントになってアウトプットされてる感じがして。
俺についても、自分がこんなにもあっさりエンジニアという仕事が今後不要になると確信するとは思ってなかった。定年くらいまでエンジニア自認でコンピュータが得意なスペシャリストとして仕事し続けるものだとうっすら思ってたはずなのに、たったの数カ月Claude Codeを使ってただけでこんな簡単に将来について再考することになるなんて、思ってもいなかった。自分がこんな反応をする人間なんだ、って今初めて分かって逆に感動すらしてる。不思議だよね。自分のことなんて自分が一番わかってるはずなのに、AIをちょっと触って(とは言ってもほぼ毎日朝4時まで起きてAIにプロダクト作らせてるんだが)、そんでこれまで10年以上自分の存在意義だと確信して疑わなかったソフトウェアエンジニアという自認が、こうもあっという間に諦められるものなんだ、ってね。
Xを見てるとAnthropicやOpenAIのCEOが「知能には今後価値がなくなる」と言ってるけど、本当に心の底からこれが実感できる。
じゃあどうすりゃええねん、って感じなんだけど、マジで思い浮かばないんだよな。これからどう生きていけばいいのか。
俺の場合は早いうちから副業やったりして収入や資産が平均よりはあるほうだから、まあ最悪無職になっても住むところがなくなるってまではいかないけど、とはいえ60歳まで何やるんだって言われたらもうわからない。
だから今SAPIXとか鉄緑とかに通わせられてる子供は可哀そうだと思う。だって知能に価値がなくなる社会で知能競争させられるんだぜ?頭のいい子供ほど、そろばん弾く速さ競う時代遅れの競争に若い時間を消費すべきなのか苦悩がすさまじいだろ。医者なら人生安泰っていう奴いるけど、勤務医なんて今年収800とか1200とか、もう上の下のサラリーマンの方が全然高いくらいだぜ?開業医なんて個人事業主や法人社長みたいなもんだから医者ってくくりじゃないしな。
もう社会の変化は2026年夏くらいから明確になってくると思う。Xはエコーチェンバーっていうけど、これまでプログラミングとか全くやってなかったような人たちがこぞってClaude Code使って企業が作ったようなクォリティのWebサービスばんばんリリースしてるの見ておったまげた。自分の会社でも今まで自分にプログラムやシステムについて質問しに来てた人たちも自分でAI使ってどんどんアプリやシステム作ってる。(まあこれについてはどうしても作りが甘いというか、流石にまだ安心できるレベルのクォリティではあるが、この初心者特有の品質の甘さが無くなっていくのも時間の問題だろう)
IT関連だけでなく、動画制作、イラスト、ライター、弁護士、コンサル、情報処理、広告、映画、役者、新聞、心理カウンセラー、情報分析サービス、モバイルアプリ開発、法務・行政手続き関連事業、税務、経理、もう目につく大半の第三次産業の業種は壊滅するだろうし、実際にその業界にいる人たちは門外漢である自分よりも数倍危機感を覚えているだろう。
例えば自分も有料Webサービスを作る際の法務相談もClaudeに依頼し、Claudeはあくまで他人から聞いたみたいな前書きを入れてくるが、特定商取引法にの記載義務を教えてくれたり法的にグレーな部分で万が一訴訟が起きたときに争えるような抗弁文面の準備までしてくれる。iOSモバイルアプリのアプリ登録数がこの半年で数倍に膨れ上がってるのも参入障壁が消滅したことによるものだろう。
つまり、あらゆる肉体労働を伴わないサービス産業の大半が、今後は月収30万の事務職の人間一人を月額$200程度のAIに置き換えて業務を執行できるようになる。
このAIによる業務置き換えの帰結は何なのか。もう完全に2026年夏までに保有してる資本の、それ以降の永久の固定だと私は見る。
もう企業は採用に頭を悩ませる必要はない。誰を雇ってもAIを使わせるだけだから同じだ。東大卒よりClaude Opus、北京大、ケンブリッジ大卒よりClaude Opus。Marchだの早慶だの、もうどうでもいい。分からなかったらAIに聞いて、でみんな同じ。となれば差がつくのは資本だけ。金がある会社はAIのソフトパワーを使って毎月$5000程度のAI人件費で平均的な社員200人分くらいのマンパワーをゼロから買える。社員200人に月給30万払ったら6000万円の出費だけど、AIで代替すれば80万円くらい。金ある会社は毎年ノルマのように全社員の15%くらいを分社化、事業分割で合法的に整理解雇して、最終的には全社員40人くらいの、高校の教室に収まるくらいの人員規模でかなり大規模な事業をメンテナンスできる。まだできないだろうが、あと半年くらいしたらAIにAIをマネジメントさせるところまで進化するのはもうほぼ定説だ。
ただここは日本であってアメリカじゃないから、そりゃAIでデスクワークのほぼすべてが代替できるからといってクビ切るのは難しいだろう。
そもそも日本企業の大半は真剣に利益を追求して事業しているわけじゃなく、学校や部活動の延長で先輩後輩先生ごっこしてるだけの会社だらけだし、業務の合理性なんて最初から考えてないだろうから、いきなり大量解雇が始まるとは全く思わない。むしろJTCの高齢者経営陣は従えてる武将や農民の人数を自身の権力だと思いたがるご老人だらけだから、解雇してAIに置き換えてせっかく座った上長という椅子の価値を自ら下げるとは考えづらい。
ただし、それは業界が完全に閉じている閉鎖的な業界だけで成り立つ話だ。外資が社員10人の日本現地法人作ってあとは全員AIで業務を回す、なんて世界はもう数カ月後という規模の近さで迫っている。そうなったときにおこるのは、JTCが駆逐されつくすまで続く徹底的な合理化だ。そしてまさかのデフレも今年始まるだろう。デフレ、つまり物価が下がる。そりゃそうだわな。あらゆる人件費がこれから50%とか70%レベルでカットされる余地があるんだからな。もう行きつくところまで徹底的に合理化が進むだろう。
そして、その合理化された社会で唯一生き残れるのは、大量の資本を持つ資本家だけ。資本家はAIを使って他の非合理的な企業から売上を横取りし、さらに資本を増やしていく。
一方非資本家である労働者側は、もう格の高い大学に入学して知能で資本家階級に成り上がることが今後不可能になる。
東大卒だろうがハーバード卒だろうが、頭の良さではAIの方が圧倒的に上なのだから、資本家からしても卒業大学などもはや眼中にないだろう。今後履歴書から学歴の部分が消える可能性すら見え始めてくる。つまり資本家はAIを使ってより資本を増やす一方で、労働者が資本家に階級上昇する経路が完全に途絶えるのだ。
チームみらいが支持された「本当の理由」と言いつつ、本当の理由が書いてないな。
チームみらいが支持された理由として、まず
・高齢者優遇という有りもしない脅威を煽り、現役世代と高齢者と対立という偽の対立軸を作り出したから。
が挙げられるが、この理由はさほど大きくないと思われる。何故ならばチームみらいの支持率は高所得者層で有意に高く、単に現役世代からの支持という理由では説明が付かないから。
より大きな理由としては、
・貧乏人を見下し、自分の所得は全て自分と家族だけのものだと思い込み、納めた税金を貧乏人に使われたくない高所得者のハートをがっちり掴んだから。
があると思う。「本当の理由」はこっちだと思うよ。
この記事のズルい所は、記事に出ている取材対象者の属性について、それとなく誘導している点だ。
記事に出てくる1人目は、「東京都新宿区に住む男子大学生(20)」。どの大学の学生なのか、上京組なのか実家住まいなのかも不明だ。
ここに「早稲田大学2年生。両親ともに開業医でタワマン住まい」という情報があったらどうだろう。印象は変わるのではないか。
2人目の、「横浜市青葉区から駆けつけた主婦(30)」についても、「東大経済的部卒。MBA持ち。夫は大企業管理職。」だったら印象は変わるだろう。
個人の属性について伏せる事で、あたかも何の特権も持たない普通の人々であるかのように印象操作し、それによってチームみらいの支持層についも誤認させようとしていると思われる。
もっとも、後者についてはこの共働き全盛期で主婦という時点で、ある程度の想像はできる。
前者についても、新宿区が実家なのであれば金持ちのボンボンなのではないかと想像はつく。
これは「#ママ戦争止めてくるわ」と同じやり口である。単に「ママ」という単語を聞いた時、人は無意識に20代くらいの、特に学歴や職歴がある訳でもない普通の若い女性を想像してしまう。
しかし「ママ」の発起人である清繭子さんの実態は、1982年生まれの43歳で、早稲田政治経済学部大学を卒業したエリートで、17年間の出版社勤務の経験があり、書籍を発行しているプロの作家である。
といってもガチガチの財閥や大企業の娘というわけではないが、一般家庭育ちの自分にとってはかなりの家だ。
お嬢様じゃないよ〜学校にはもっとすごい人いたから〜と言っている彼女は東京の中高一貫校から私立美大卒。普通の基準がずれている。
父が勤務医で母が薬剤師、兄は独身サラリーマンらしく結婚願望はないらしい。
家族は全員レクサスに乗っている。昔はベンツほか外車に乗っていたらしい。あと相続税対策で小規模マンションが片手に収まらないほど所有しているとか。
こんな家庭が普通であるわけがないのだが本人にとってはこれが普通なんだそうだ。
私は同じ車好きということで義父にもすんなりと気に入ってもらっている。私たちは結婚式をあげなかったが、その代わりにと(?)私にもレクサスが買い与えられた。もちろん新車である。
ここまで凄いと自分が働く意味や存在意義があるのかと自問自答するようになってきた。
私は本当にパッとしない、どちらかと言えばというレベルでなく普通にチー牛だし学歴も高くない。職業も中小企業のしがない営業だ。
なんでこんなに良くしてもらえるのかと一度だけ義父に聞いたら「そりゃ娘と結婚してくれたからだよ」と一蹴された。
お嬢様とはxで知り合い、ウマが合うのでDMや通話をしたり何度か会っていたらお互い惹かれあってという感じなのだがなぜかこちらが好きになる以上にベタベタに惚れられていた。
義父は開業医ではなく勤務医なので病院の後を継げとかそういうのもないし、世継ぎの期待をされているわけでもない。
妻からは私が養うから仕事を辞めてずっと家で一緒にいてくれと冗談か本気かわからない誘いをたまに受ける。
自慢かよとか思われるだろうけど自分自身の力で得たわけではなく、与えられるだけで見返りを要求されない好環境にいるとむず痒いというかその場にいることへの罪悪感が芽生えてくる。
自分がなぜこんな環境に身を置けているのかわからない。このまま身を置いていていいのかもわからない。
私はどう生きれば良いんだろう。
https://anond.hatelabo.jp/20251201061644#
https://anond.hatelabo.jp/20251201061741#
めちゃくちゃ。6時には閉めるとこほとんど
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20251201062058#
https://anond.hatelabo.jp/20251201062158#
若々しさをいじしてるひとにたいする妬み
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20251201062317#
未就学児は幼さだろw
どういう頭をしていたら、こんな意味不明なことを思えるのだろう
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20251201062404# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaS1FGAAKCRBwMdsubs4+ SABjAQCCuO6n5HCCtpws9mz3sU6TS4c2okmSBwNtpF4N99pUmAEAvpzStW2eeIMi UvY2/+K/mSlFX77OexT2yrTFx4ZLUQg= =YA0M -----END PGP SIGNATURE-----
その代わり稼ぐ額は自分で決められる
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/posfie.com/@taimport/p/2NKjSDA
日本の社会保障制度は人口が増加し続けることが前提のネズミ講的なシステムで、このままだと現役世代が負担可能な上限を超えて破綻するっていうのは日本国民なら全員知ってるはずのお話ですよね。
だからこの国を維持するために、老人と心中しないためには社会保障制度を改革する以外に道はないわけじゃん。
年金を積み立て方式に徐々に移行する、医療費の自己負担額を増やす、OTC薬規制、開業医を減らす、色々と言われているが結局は全部やりながら痛みを伴った改革を進めていかないとこの国の社会保障制度は持たないんですよ。
そう言う前提を無視して、「社会保障費を削ると結局は現役世代の負担になるから.....」とか言って現状を肯定している人たち、人が善くてで素晴らしいことですけどどうやって現状の水準を維持し続けるのかまずは教えてもらっていいですか?
日本の社会保障はもう撤退戦で、直接的に生死に関わらないQOLに関する部分は自費でやるか、できないなら諦めてくださいって国と子供が老人、親にお願いする状況なんですよね。国が面倒を見なくなったからと行って、子供がその分を巻き取るわけでもなく、申し訳ないけど最低限以外は面倒見れませんっていうのが現状なんですよ。
海外は高血圧に該当しない値でも日本では高血圧症に診断されて一生やめられない薬を処方され医師の食い扶持にされるんだ
日本医師会は開業医が多いから彼らの儲けになるように基準が設けられる、高齢になればみんな高血圧に該当するんだから、あとはわかるな?
みたいなこと70代の義両親にドヤ顔で言われ心底呆れた。
チョチョっとネットで調べればコンマ数秒でデマとわかることを言ってきたので、なんか数周回って私のこと試してるのかな?っておもった。ところがしばらく会話していてどうやら本気のようだったので、もう手の施しようがないな、と諦めの気持ちになってきた。ていうかあんたらの食いもんしょっぱすぎんだよ。血管ぶちぎれたらベッドの上で身動きできない奴らに向かってさもありなん。って絶対に言ってやる。面倒は見ないからな。子どもたちに迷惑かけるな。本当に腹が立つ。