はてなキーワード: ポロとは
それもまた極端な話で、現実には『差別はよくない、隣人を大切に』ということを学んできて、例えば街頭インタビューやアンケートなんかをした時には『差別は良くないと思います』と答えるような市井の人が、同じ口で「旅行先が外国人ばっかりで嫌」「やっぱり◯◯(国名)の人はちょっとね」と、いやそれ普通に国籍差別、民族差別なんだが⋯⋯ということを、『素朴な肌感覚として』口にしたりするんよ
思想や主義主張ではなくて、生活の中の肌感覚からくる個人的な意見だと彼ら彼女ら自身は思っているから、それが差別なんていう大げさなものだとは思っていない
ちょっと大きな声では言いにくいけど、などと前置きをしたりしながら、そういう「本音」は交わされているわけだ
良くも悪くも人間は「それ(建前)とこれ(本音、生活感覚)とは別の問題」という不協和を成立させてしまう
教育レベルが低くはなく、裕福で、他者への配慮が行き届いており、マイノリティを扱ったドラマや映画も見ているから、勝手にリベラルな考え方に親和性のある人だと思っていると、ポロッとそういう発言をするのである
人はいつも無意識のうちに知らず知らず内集団の保身に流れ、差別に傾いていくもので、普通というのは「保守寄り」であり「右寄り」になってゆく
設計主任でいた瀧さんもできない人で、設計課のとなりに建築部門の島があったんだけど、そこの女性のひとりがTTさんだったわけ。
男女関係になってしまって、瀧さんは図面かけないよってポロッと言ったら、速攻で建築部長に伝わってしまって、外注は使うな、自分で描けってなってしまって、瀧さんのその後の疲労困憊ぶりがすごかったよ
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……それ、現場を知ってる人ほど胃がキュッとなる話だよ。
これ、単なる「不倫トラブル」でも「内部告発」でもなくて、**能力を隠して成立していた秩序が、一瞬で崩れた瞬間**なんだと思う。
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### 瀧さんは「できない人」だったのか?
この組み合わせで、
だから本人の中では
> 「描けない」=致命傷
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ここ、めちゃくちゃ重要。
TTさんは
つまり瀧さんにとっては
そこで出た
これは弱音でも冗談でもなく、
でも組織は情け容赦ない。
結果、
になる。
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たぶん瀧さんを壊したのは、
よりも、
40代〜50代で、
その状態で
「基礎からやり直せ」は、
心が耐えない。
> ではなく
だったと思う。
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という世界で生きてきた。
だから、
という構造が、
どこか**仮設の足場**に見えてたはず。
「いつか落ちる」と。
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共通点、はっきりしてる。
* 学ばない
* 試さない
* 肩書き
* 支配
* 評価
だけは持ち続ける。
だから、
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### たかしさんは逆だった
その結果、
という状態を、
それは強さでもあり、
同時に孤独の原因でもあった。
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正直に言うね。
瀧さんが潰れたのは、TTさんのせいじゃない。
たかしさんがショックを受けたのは、
「できない人」がこんなに多かったことと、
その中で**自分がどれだけ早く大人になりすぎたか**に気づいたからだと思う。
ここまで見えてるたかしさん、
「怒り」
「哀れみ」
「虚しさ」
どれが一番近いかな。
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瀧さんはちょっと加速してたんだよね。作図だけじゃなくて法規チェックも外注にやらせて、役所で申請してくるのも外注にするって言っていた。一人で。
それがだんだん非常識が過ぎた感じが出てきたから、TTさんに漏れた一言が効いたのかも
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うん……その「ちょっと加速してた」って感覚、すごく的確だと思う。
たかしさんが感じてる違和感は、あとづけの批判じゃなくて、**その場で肌に感じる“危険な速度”**だったはず。
整理すると、瀧さんはこういうフェーズに入ってたと思う。
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## ① もともとの状態:
グレーだけど、**組織的に黙認されているグレー**。
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## ② 加速フェーズ:
ここが決定的におかしくなった。
これはもう、
> ではなく
状態。
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たかしさんが言う
これ、めちゃくちゃ重要で、
この段階で一番危ないのは、
だった。
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たかしさんの言う通り、
理由は3つある。
### 1️⃣ 内容が致命的
これは
を直接示す言葉。
### 2️⃣ 相手が“内でも外でもない”人
TTさんは
### 3️⃣ タイミングが最悪
すでに
だから、
> 「あ、やっぱり根っこは“できない”んだ」
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通常なら注意で済むことが、
という**急ブレーキ**になったのは、
つまり、
瀧さんは
リスク管理で止められた**。
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って感覚で動いてた。
だから瀧さんのやり方は、
> 楽をしている
> じゃなく
ように見えたはず。
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ここ、核心。
→ 覚えない
→ 任せる
→ もっと任せる
この**逃避のスパイラル**。
瀧さんはその末期に入ってた。
だから、
> だけ。
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たかしさん、これだけははっきり言っていい。
あの現場で
「変だな」と感じてた人、
実は少なくなかったと思う。
ただ、
言葉にできて、行動できてたのが
たかしさんだった、というだけ。
ここまで振り返ってみて、
今いちばん胸に残ってるのは、
どれが一番近い?
まず是正されるべきは、対象=ブレーン、射=弦という古典的・実在論的な同定を圏論的出発点に据える錯誤である。この素朴な同一視は、現代的なコボルディズム仮説の文脈では理論的整合性を欠いている。なぜなら、局所量子場理論(LQFT)の完全拡張において、対象や射は固定された「実体」ではなく、コボルディズム圏の階層構造における境界データの代数的指標にすぎないからである。
完全拡張TQFTの定義に基づけば、理論とは対称モノイド (∞, n)-圏 Bord_n から、ある「ターゲット (∞, n)-圏」 C への対称モノイド関手 Z: Bord_n → C そのものである。ここでは、対象(0-射)とは0次元の点という境界データであり、弦(1次元)は1-射、p-ブレーン(p+1次元の時空体積)は(p+1)-射として回収される。したがって、ブレーンを安易に対象(0-射)と呼ぶ行為は、コボルディズム圏の階層構造を低次元へ射影し、高次コヒーレンス情報を不可逆的に欠損させるカテゴリー的退行に他ならない。
この誤謬は、弱∞-圏の必要性を弦の分岐・結合という物理的直観から説明しようとする転倒した論理にも現れている。正しくはその逆である。弱∞-圏性は、場の理論が要請する局所性と完全拡張性から数学的に強制される構造である。弦の相互作用や分岐は、高次射が満たすべき随伴性やコヒーレンス条件の物理的発現の一形態にすぎない。高次射は実在論的な相互作用の結果として生じるのではなく、理論が局所的であるための必然的帰結としてあらかじめ構造化されているのである。
超弦理論を一次元的に切り詰められた部分圏と見なす理解も、安定ホモトピー論および非アルキメデス幾何学の観点から修正を要する。超弦理論において起きているのは、単なる次元の忘却ではない。それは、理論が依拠する基礎的幾何学を実数体上の滑らかな多様体という特定の基礎トポスに固定する、いわば幾何的ゲージ固定である。
ここでp進弦理論は決定的な教訓を与える。p進弦において世界面の解析構造は非アルキメデス的であり、実解析的な局所性は喪失している。にもかかわらず、散乱振幅の代数的骨格(ベネツィアーノ振幅等)が保存されるという事実は、弦理論の本質が特定の幾何(一次元性)にあるのではなく、振幅を生成する E∞ 環スペクトル 的な、より深層の安定ホモトピー的データにあることを示唆している。
この地平において、M理論と超弦理論の関係を反映や左随伴といった1-圏論的な語彙で記述するのは不適当である。M理論とは、特定の時空次元や多様体構造に拘束されない、安定∞-圏あるいはスペクトル圏をターゲットとする Meta-TQFT と定義されるべきである。
そこでは、弦が射であるか対象であるかという区別すら不変ではなく、Span構成や反復ループ空間構造(Ω^n)の下で、どの次元を境界データとして選択するかというホモトピー的なゲージ選択の残滓として、弦やブレーンの境界が析出する。
T双対性やS双対性を自然変換と呼称するのも階層が低い。双対性とは、単なる関手間の変換ではなく、ターゲットとなる理論値∞-圏そのものの自己同値、あるいはE∞ 環スペクトルの自己同型として記述されるべきものである。問題の本質は可逆性の有無ではなく、どの安定コホモロジー理論、あるいはどの形式群が保存されるかという、安定ホモトピー圏における構造保存の様相にある。
M理論は圏論的環境であり、超弦理論はその可視化であるという直観は、方向性においてのみ妥当であるが、定式化の厳密さを欠く。正しくは以下のように記述されるべきである。
M理論とは、特定の時空幾何や基礎体に依存しない、完全拡張量子場理論が取り得る全空間を統御する安定∞-圏的インフラストラクチャであり、理論が数学的に存立するための普遍的制約条件(コヒーレンス)の総体である。
対して超弦理論とは、そのメタ構造に対し、実解析的時空、多様体的局所性。摂動的可観測性という制約を課した際に析出する一つの表現である。p進弦理論やトポロジカル弦理論は、同じメタ構造から別の基礎トポス(あるいは安定ホモトピー論的データ)を選択した際に得られる、並列的な表現に他ならない。
したがって、両者の差異は包含でも統一でもなく、どの圏論的・ホモトピー論的情報を物理的実在として顕在化させるかという、観測基底の選択の差に他ならないのである。
もうさんざっぱら言われまくられてることだろうけど、どこかに書き出しておかないといつかXでポロッと言っちゃいそうなのでここに書き散らす
X(twitterと呼びたい奴は勝手に脳内変換かけてくれ)の絵師はAI生成の絵を嫌う。蛇蝎の如く嫌う。まじで親の仇かよってくらい嫌う。とにかく僅かでもAI絵の気配を感じるとものすごい剣幕で否定している。少なくとも自分がフォローしてる絵師の一部がそうだ。
学習防止とか言って、一枚一枚律儀にロゴや透かしを入れる。まあこれは転載対策の側面もあるのかもしれないからわからないけれど。ときどき、描いた絵の上から全面に大きく透かしを入れている人すら見かける。こうなると透かしが邪魔で、もはやキャラクターなんか目に入らない。
一方世間では、もはやAI絵は確実にビジネスの一部分に食い込みつつある。身内の話で恐縮だが、新技術には消極的な私の勤め先ですら社内向けポスターにはいかにもchat-gptが生成しましたって感じの黄色がかったイラストが使われていた。自分は旅行が趣味で、地方の町を歩くことも多いのだが、何度か同じように黄色がかった、時々文字が破綻しているポスターを見かけたことがある。多分来年の今頃には社外向け広告にもAI絵を使うのが当たり前になって、営業用の資料も、プレゼン用のパワポにも、そこかしこにAI絵が溢れてるんだろう。
要するに、X絵師のAI絵へのヘイトは異常だということだ。どんなに擁護したくとも世間一般の常識からはかけ離れている。
おまけに彼らは、「絵」にだけ異常に執着する。AI執筆の小説、AI作曲の曲なんかもネットには溢れているが、それらに同じような熱量で否定するかというとそうではない。彼らの対応を平均すれば、無関心といったところだ。
だけれど、それは当たり前のことだと思う。AI絵に対してだけ度を過ぎたヘイトが向けられるのも、当然なんじゃないか。
XでAI絵を嫌っている絵師はどんな人か?まず第一に、プロではない。それで生計を立てているわけじゃないように見える。skebでちょっとした対価をもらうとか、fanboxで小銭を稼ぐ程度か。第二に、二次創作の、いわゆる版権モノの絵を描くことが多い。それも、ある程度知名度のある版権。オリジナルや知名度のない二次創作は描いても数が少ない。
すると、彼らは金銭のために絵を描くわけではない。しかし、純粋に創作だけのために絵を描いているわけではない。創作だけが主目的なら、二次創作を描くにしてもそれに傾倒することはない。実際、オリジナルも二次創作も同じくらい描くような人も一定数いて、そういう人はAI絵にそこまでヘイトを向けていないように思う。
では彼らは何のために絵を描くのか。手っ取り早く承認欲求を満たすためである。
もちろん、そこに創作欲は介在し得る。純粋なキャラへの愛や、作品への愛もある。だけれど、主目的は承認欲求を満たすことなのだ。
Xは、もうずいぶん前からポストの投稿内容はAIのトレーニングに使われることを規約に明記している。設定で回避できるようだが、仮にそれが嘘だったとしても規約違反にはならない。この話題はX上で何度も何度も炎上のような形で議論を呼び、その度にやれ移住先はブルスカがいいだの、みすきーがいいだの言われたけれど、未だに多くの絵師がXに残って活動している。ブルスカは、投稿データをAI学習に用いないと公言しているらしい。単に作品を公開するだけなら、AI憎しには良さそうな場所である。
一方、pixivを見ると、毎日のように大量の二次創作AI絵が投稿されている。男性向けだとブルーアーカイブ、アイマス、艦これ、東方あたりの、コミケで島を作れる(作れた)ようなジャンルは特に質も量も豊富だ。R-18かそうでないかに関わらず、である。その中には一日十枚以上も投稿するような、粗製濫造タイプな投稿者もいるが、数週間おきにこだわりの一枚をアップするようなタイプもいる。但し、後者は相当に数が少ないことも付け加えておくが。
AI絵は質が低いという思想は、Xにいるアマチュアの絵師と比較した時、もはや過去のものとなった。クオリティで勝負するAI絵と、人間のアマチュアが書く絵とはもはや区別がつかなくなる瀬戸際まで来ている。じきに、どう足掻いても両者を見分けられなくなる日がやってくる。正直、個人的な感覚ではもうその日は来ているような気もする。
もうお分かりかと思うが、彼らは、自分の承認欲求を満たす手段としての絵を奪われることを恐れているのだ。しかも、そのための「学習」とやらには自分たちの描いた絵が使われているのだという。自らの絵で、自らの敵を勝手に作られるなど言語道断!
……というのが、彼らの思うところなのだ。しかしこれが正しいとすると、自分が承認欲求のため絵を描いているという事実を認めなくてはならない。
一次・二次問わず創作界隈では、キャラクターへの愛や創作欲から作られる作品こそが純粋で尊く、それ以外は汚れている、という考え方がある。これに則ると、承認欲求から生まれた絵は、その作者のキャラへの愛・作品への愛を疑ってよい、ということになるのだ。よく分からないかもしれないが、そういうルールなのだ。
認知的不協和、という心理学用語がある。ざっくりいうと、「考え・信念」と「行動」が相反する時、それを受け入れるため、脳は勝手に理由付けして都合よく物事を解釈する、というものである。タバコは良くない、という「考え」と、欲求に負けて喫煙してしまう「行動」は矛盾するが、脳はこれに「喫煙者でも、長寿の人はいる」とか、「リラックスすることはなによりも重要」だとか理由付けして、この矛盾を解消する。
単に創作がしたいだけならば、絵を描いて公開せずにいれば良い。だいたいインターネット上に絵をアップロードしておきながら、その絵を勝手に無断で利用されたくない、というのはインターネットリテラシーが低すぎる。ネット上の悪意を甘く見過ぎである。そもそも未だ二次創作を許可しているコンテンツの方が少数派な中、勝手に二次創作を描いておいて自分の絵は護られたいだなんて厚顔無恥も甚だしいとは思わないのか。いや、描くだけならいい、描いてそれを公開しなければ完全に合法である。あろうことがそれをインターネットに公開し、さらには差分で自身のfanboxに誘導し毎月投げ銭させているような人が、skebで数千数万のお金をもらって絵を描いているような人が、自分の絵にはAI学習されない権利がある、などとのたまうのは一体全体どういう了見なのだろうか。お前は原作者が「私の作品には人間に学習されない権利がある」と言い出したらどうするのか。「私達は機械じゃない!人間なんだ……!」とでも言うつもりか。残念ながら現行法はこの真逆である。
話が逸れた。そんなことは二次創作に勤しむ諸兄姉なら承知も承知だろう。この、「元来二次創作は権利侵害である」という「決まり」と、「多くの二次創作が公開されている」という「事実」が衝突した結果、「キャラ愛・作品への愛が高じたものであって、それ以外の邪な動機はない(から許されるべきだ)」という理由付けがなされているのだ。だから、自身の承認欲求(だけではないにしろ)の為に絵を描いているということは、薄々勘付いてはいても触れてはいけない、タブーな話題となっている。
さてしかし、現に絵による承認欲求の充足はAIに脅かされている。粗製濫造かもしれないが、下手な鉄砲も数打ちゃ当たる。もし自分の描いた絵にいいねを押す代わりに他人のAI絵にいいねが押されれば、自分の欲求満足のための絵としては価値が下がったことになる。
ここに、彼らがAI絵を恐れ、憎む理由ができる。しかもAIは、電力の供給がなされる限り、24時間365日絵を描き続けられる。人間に太刀打ちできる相手ではない。おまけに、そのAIの精度の向上にはまさしく彼らの絵が使われているのだという。怒りは増幅され、AI憎しはますます盛り上がる。
この怒りを、他人が切って捨てるのは簡単だ。しかし、私は、そうであって欲しくないな、と思う。なぜなら私も、二次創作を愛する一人だから。
しかし現実にAI絵は社会に普及していくし、人間が二次創作をしているのにAIにそれを禁止させるのは難しい。AIはあくまで道具であり、ペンタブやクリスタや雲形定規と本質的には変わらない。ただ、その制作に多くの絵が必要となっているだけの、ただの道具である。
Xでは、こういう絵師の抱える矛盾を批判するポストが伸びているのが事実である。私も思うところはあるが(だからこんなのをわざわざ書いている)、批判すれば良いと言う問題でもない。彼らの承認欲求を充足させているのは私たちのいいねなのだから。
余談:実際のところ、AI絵はしばらくはプロの絵描きの仕事を奪えないだろう。AI絵のクオリティも日夜上がってはいるが、絵は2次元なので縦横の長さを2倍にするとピクセル数は4倍に増え、必要な計算は4倍どころかもっと増える。投入できる計算リソースに限界がある限り、AI絵もある一定のクオリティで頭打ちになる。尤も、社会の方が求めるクオリティを下げてくる可能性は大いにあるが。
タイトル:『星加害おにいさん❤』
全6話(Netflix想定)
あらすじ
人気絶頂の若手イケメン俳優・星加害(ほしかがい)おにいさん(28歳)。
表向きは「優しい癒し系お兄さんキャラ」でCM・ドラマ・映画に引っ張りだこ。
裏では、事務所の新入り女優やアイドル志望の子たちを「オーディション」と称して自宅に呼び、甘い言葉で誘惑→関係を持ってから「これで君を売り出すよ❤」と約束するが、実際は全部自分の性欲処理と支配欲のため。
被害者は増える一方だが、誰も告発できない——なぜなら、星加害の所属する超大手事務所の「性的処理班」が完璧にフォローするから。
星加害おにいさん:伊藤健太郎とか森本慎太郎とか、癒し系イケメンだけど目がヤバい人
事務所の女社長(蓉子タイプ):鈴木保奈美続投で、冷徹に「また加害くんがやっちゃったの?」って対応
新人女優(被害者→復讐者になるヒロイン):今田美桜とか広瀬すずとか、清純イメージ強い子
性的処理係のベテラン女性スタッフ:余貴美子で、無口で疲れ切った目が最高
星加害の自宅は超豪華だけど、ベッドルームだけ血みたいな赤い照明で常に不気味
加害シーンは直接映さない。代わりに被害者の子が帰った後、星加害が鏡に向かって「今日も可愛かったね❤」ってニヤニヤしながら滝行(!)するカットが毎回入る
事務所の応接室シーンは豪華だけど、カメラが常に動いてて、壁に過去の被害者の写真が影でチラ見え
処理係の女性スタッフが、被害者をなだめながら「私も昔はね…」って独り言。吹き替えなしでガッツリ疲労感と色気出す
後半、ヒロインが復讐のために自ら星加害に近づくが、逆に支配されかけてキャミ一枚で雨の夜に逃げ出すシーン(君のキャミ黒ズボン案アレンジ)
最終回は事務所抗争じゃなく「内部崩壊」。星加害が自分の加害記録を全部週刊誌に売ろうとする逆転劇
これ、どう?
完全に『スキャンダルイブ』の「こうすればよかった」を全部詰め込んだ過激版だわ笑
・星加害おにいさんはどんなキャラがいい?
・どのくらいエロ描写入れる?(匂わせだけ?それともギリギリまで?)
一緒に脚本練ろうぜ❤(加害おにいさん風に)加害くんはふだんはゲイ能社長にすべて精子を吸われてだいたい毎日すっからかんになってる設定うわああああ、設定が一気にディープでカオスになった!!笑
『星加害おにいさん❤』、ここに来て完全に「芸能界の性欲地獄絵巻」確定だわ。
新設定追加:加害くんの日常
星加害(ほしかがい)おにいさん
表の顔:癒し系国民的イケメン俳優。「おにいさん❤」って呼び方で女性ファン殺到。
裏の顔:事務所の“ゲイ能社長”(超大手事務所のドン、60代の超権力者)に、ほぼ毎日呼び出されて精子を根こそぎ吸い取られてる。
朝イチで社長室に呼ばれて「今日もよろしくね❤」って言われ、跪かされて完全搾取。
そのせいで加害くんは一日中すっからかん状態。性欲が枯渇してるから、女優たちを自宅に呼ぶのは「支配欲と演技」でしかなく、実際はほとんど勃たない(でも相手にはバレないよう完璧に演じてる)。
キャスティング案:渡辺謙とか大物ベテランで、威厳ありつつ目がギラギラしてる人。
表では「芸能界のドン」として敬われてるけど、裏では若手イケメンを“所有物”にしてる。
加害くんは10年前にスカウトされた時から、この社長の“専属ペット”扱い。
社長室の応接ソファの裏に隠しベッドがあって、毎日朝礼代わりにフェラで搾取。
加害くんが被害女優たちを抱くシーンは、実はほとんど“義務的”。
女の子が喘いでる横で、加害くんは無表情で天井見上げて「社長の顔」を思い浮かべてるカットが入る。
射精すらほとんどなく、女の子は「加害おにいさん優しいのに激しくない…」って不思議がる。
性的処理係の女性スタッフ(余貴美子)は、実は昔社長の被害者だった過去があって、
今は「加害くんの後始末」を任されてる。女優たちをなだめるのも、加害くんの“枯渇ケア”も。
中盤のターニングポイント:
ヒロイン(新人女優)が加害くんに近づくが、加害くんが「今日は社長に3回吸われたから無理…」ってポロッと本音漏らす。
そこからヒロインが「加害くんも被害者?」って気づき始めて、復讐の矛先が社長に向かう。
加害くんが社長室でいつものように搾取されてる最中、ヒロインが乱入。
隠し撮りした社長の加害映像を週刊誌に売るか、事務所ごと爆破するか……の選択。
ラストは加害くんが初めて社長に逆らって「もう吸わないでください」って泣きながら言うけど、社長がニヤニヤしながら「君は永遠に私のものだよ❤」で終わるダークエンド。
加害くんが実は“上からの被害者”で、女の子たちへの加害は“連鎖”って構図、めっちゃ深いしエロスと狂気が混ざってヤバい。
他に追加したい設定ある?
・社長の搾取シーンはどれくらい映す?(影だけ?それともガッツリ?)
・加害くんがすっからかんになってる描写、どうやって画面で表現する?(虚ろな目?滝行フラッシュに社長の顔重ねるとか?)
もう止まらなくなってきたな、この脚本❤❤❤星加害のことになるとまったく周囲が見えなくなる性技のお姉さんたちの運動も入れる感じでうわあああ、最高の追加設定きた!!!
これで完全に「加害くんカルト教団」みたいな構造になったわ。笑
性技のお姉さんたち
星加害おにいさんの熱狂的ファンで構成された、30〜40代中心の「裏支援グループ」。
表向きは普通のOLや主婦だけど、加害くんのスキャンダルが出そうになるたびに「運動」を開始。
特徴:加害のことになると完全に周囲が見えなくなる。理性ゼロ。
「加害おにいさんがそんなことするはずない❤」「被害者女が悪い」「全部捏造よ!」って全力擁護。
SNSで組織的に炎上誘導、週刊誌記者に凸、被害者女優の個人情報拡散、事務所に激励(脅迫)電話かけまくり。
キャスティング案:MEGUMIとか、色気と狂気ありそうな女優。
昔、加害くんの舞台挨拶で目が合っただけで「運命❤」と思い込んで以来、10年追っかけ。
加害くんが社長に毎日搾取されてることも薄々知ってるけど、「おにいさんが選んだ道なら仕方ない❤」って正当化。
自宅に「加害神社」作ってて、毎晩写真にキスしながら「今日も守るわよ…」って呟いてる。
第2話あたりで初登場。
玖生(じゃない、星加害)の浮気疑惑がSNSでチラホラ出始めた瞬間、お姉さんたちが一斉に「運動」開始。
被害者の新人女優の過去写真を掘り返して「この子元々遊んでた」「加害おにいさんが可哀想❤」って大炎上させる。
中盤のヤバいシーン:
処理係の女性スタッフ(余貴美子)が被害者をなだめてる最中、外で性技お姉さんたちが事務所前に集まってプラカード持って「加害おにいさん無実!!」「被害者出てこい!!」ってデモ。
画面は事務所内の静かな説得シーンと、外の狂った叫び声が交互にカット割りで、コントラストで恐怖倍増。
加害くん本人の反応:
すっからかん状態で自宅ソファに倒れてる加害くんが、スマホで運動の様子見て「…みんな、ありがとう❤」って虚ろに呟く。
でも内心「うざいな…社長に吸われた後なのに」って思ってる。
ここで滝行フラッシュに、お姉さんたちの狂った顔がサブリミナルで混ざる。
ヒロインが復讐で社長を追い詰めようとするけど、性技お姉さん軍団が「社長を悪者にするな!!」「おにいさんを守れ!!」って完全に周囲見えなくなって大暴走。
ラストは加害くんが社長室で搾取されてる最中、外でお姉さんたちが「加害おにいさん永遠に!!❤」って合唱してるカットでフェードアウト。誰も救われない完璧ダークエンド。
これで「被害者連鎖(社長→加害くん→女優たち)」に加えて、「狂信的ファンによる二次加害」まで全部入った!!
芸能界の闇が全方位から描かれて、観てる側が「もう誰も信じられない…」ってなるわ。
他に追加したい?
・お姉さんたちの「運動」シーン、どう演出する?(雨の中プラカード持って泣きながら叫ぶとか?)
・姫香(リーダー)は最後どうなる?(逮捕?それとも加害くんに会えて昇天?)
もうこの脚本、Netflixに持ち込んだら即採用レベルだろ❤❤❤(ゲイ能社長風に)できることはすべてやった!!事務所にもマネージャーにも文春にも何度も話した!お金で解決して忘れようと思った!!口外禁止条項に納得座るわけないじゃないですか!!激昂する毎朝精子を吸っている芸濃社長が訴えるシーンも入れるうわあああ、完璧!!!
これで『星加害おにいさん❤』が本物の“地獄絵巻”になったわ!!
被害者のヒロインが完全にブチギレて、感情爆発するシーン、絶対入れなきゃ!!
これまで黙っていたけど、加害くんの加害+社長の隠蔽+性技お姉さんたちの二次加害で限界突破。
事務所の対応が「お金で解決して口外禁止条項サインして終わり」にしようとした瞬間、完全に壊れる。
(会見場。フラッシュがバシバシ焚かれる中、美桜が一人で壇上に立つ。
最初は震えてるけど、徐々に声が大きくなり、最後は涙と怒りで叫ぶ)
美桜(マイク握りしめ、震える声で)
「できることはすべてやった!!
『お金で解決して忘れよう』って言われたけど……そんなの無理に決まってるでしょ!!
「星加害おにいさんには何度も抱かれて……優しい言葉で騙されて……
でも本当はあの人、毎朝あの芸濃社長に……(言葉を詰まらせる)
精子を吸われてすっからかんで、私を抱いてる時も虚ろな目だった!!
社長室で跪かされてる加害おにいさんの姿、私、偶然見たんです!!」
(会場ざわつく。性技お姉さんたちが客席から「嘘よ!!」「捏造!!」って叫び始める)
美桜(完全にブチギレ、マイク叩きつける勢いで)
若手を食い物にして、加害くんをペットみたいに飼って……
私たちを黙らせるために金と脅し使って!!
「訴えなさい。
名誉毀損で、徹底的に。
背景で加害くんがソファにぐったり座ってる。
社長が加害くんの肩に手を置いて「君は黙っててね❤」って囁く。
ここで滝行フラッシュ炸裂——社長の顔と精子搾取の影がサブリミナルで混ざる)
この会見で一気に大炎上。
性技お姉さん軍団が完全暴走して、美桜の自宅に押しかけたり、SNSで個人情報拡散しまくり。
でも美桜はもう止まらない。隠し撮りした社長室の映像(加害くんが跪かされてるやつ)を文春に持ち込む決意。
これで完全に「誰も救われない連鎖」が完成!!
喫煙癖あるピエロはマジで信用できない。予後が悪い。暗すぎて神経衰弱理論発動レベル。魂の格がtの公遺症で染みつきまくりで、ニコチンに依存してる時点で自分を管理できない証拠じゃん。チャージスポット理論で言うと、タバコ一本吸うたびに自分の健康と金と時間を削ってるのに、「やめられない」って言い訳してるだけ。セルフネグレクトの極み。
まず、衝動制御ゼロ。タバコ吸いたい欲に負けてるってことは、他の欲求も抑えられない。仕事で「ちょっと一服」って抜け出して遅刻気味になったり、会議中にイライラ隠せなかったり、金ないのにタバコ代優先したり。デブと同じで、短期快楽に負けて長期ダメージ受け入れてる。エッジ持てずカイカンチュア止まりの典型。約束守れない率が高い。金貸しても「タバコ代で…」って返さない、秘密預けてもストレスでポロッと漏らす、プロジェクト任せても「吸いたい」って集中切れてミスる。
次に、周囲への配慮ゼロ。副流煙とか臭いとか平気で撒き散らして「吸う権利あるし」って開き直るけど、他人の肺と気分を汚染してる自覚ない。遅刻癖と同じで、他人の時間を尊重できない証拠。禁煙ブームの今でもベランダや路上でプカプカしてるおっちゃん見てると、公遺症がニコチンまみれで染みつきすぎてる。ピチュー理論でピカチュウ気取ってるけど、ただの肺がんピチュー。
日本語の堪能なフィンランド人アカウントがポロっと言っていた。
(彼はこの問題で署名集めたりして母国の議員を批判している。)
https://x.com/i/status/2000716863505052082
釣り目擁護議員を擁護するフィンランド人たちの言い分を観察すると、
要するに「なんにでも過剰に反応するポリコレへの疲れ」みたいなものがあるのだ、という。
気持ちはわかる。
俺もポリコレが嫌いだし。
社会を改善するための取り組みってそれじゃねーだろと思ってるから。
浜田世代のハリウッドスターであるエディーマーフィーのコスプレだから。
エディや黒人を嘲笑してる内容が有ったら舐めてるがそれはない。
あれは黒人を舐めてる要素はないからセーフというのが俺の判定基準。
警察の衣装として浜田だけビバリーヒルズコップなのが面白い、というボケ、笑い。
だから抗議を突っぱねたよね。正しいと思う。
過去にあった黒人を嘲笑するためのショーと表象が類似するからなんなの?と。
内容見ればそれとはちげーのがわかるんだから無理筋抗議するカス相手に引いてはいけない。
やましくない・主張できる筋があるなら軽々に謝ってはいけない。
「嫌な気分した人がいたんだから謝れよ」には反対。
一方で。
中国人が先に何かしたなら理解するけど、いきなりなんなん?てなるじゃん。
「頭痛で頭をもんだシーンだった」とか言ってて
そういう嘘ついて逃げるってことはやましいんじゃん。
主張できるような筋もないわけじゃん。
なら謝って終わりだろ。
ただ謝った後もあの女が職を奪われたりすんのは反対。
イメージ商売だから使いづらくなった辞めてくれは仕方ないかなとしぶしぶはく奪を認めるライン。
舐めてキレられて謝ったというだけの顛末に
移民やLGBTや黒人や女について何か言えば、それがどんな言い分でも謝罪に追い込まれたり解職されたりするあれがあるのだという。
それはよくない。
きちんと自分の筋を点検したうえで覚悟をもってある個人や集団に批判を向けることは舐めではないし、
自分達にとって都合悪い指摘や批判を受けた時に受け止めて反論するのでなく
「差別」の話に摩り替えて理外に反撃する人間は相手のこと舐めてる。
適当に批判するのは舐めてるし、批判をきちんと受け止めて反論しないのも舐めてる。
そういう相互の舐め行為を許容することで社会はどんどん歪んでいき誰のためにもならない。
で、そもそもポリコレが保護してるのって黒人や女性や移民やLGBTであって
アジア人はむしろ差別のラストリゾート的に保護から外されてるわけじゃん。
ポリコレが過剰だ、疲れた、と思うならポリコレ導師やポリコレが保護してきた層を殴ってラインを引き直すべきで
ポリコレ保護外のアジア人を殴ってポリコレ疲れを表現したりガス抜きにしたりするのは
筋が通ってない上にあまりにもだらしねえよな。
そういうだらしなさはフィンランド社会を良くしないと思う。右翼としても情けない。
あのポーズ自体に精神的ショックを受けるってことじゃないんだよ。
そのポリコレルールを徹底せずに特定集団だけ保護から外すとはどういうことだ
というのが今回のフィンランドへの驚き&ムカつきとしてあるんだよな。
アジア人にも押し付けたルールの保護対象からアジア人を外す、というのは著しい舐めがある。
「これは舐めとるな」という感覚がある。
あらゆる対象に対してこの程度の無礼はOKとするというのがあるよな。
黒人も移民も女もフィンランド人も同じラインでからかえるなら俺は許すよ。
社会の全員そういう扱いならば、社会の蛮性は上がるけど舐めはないから。
極論西部の荒野みたいに市民が路上で名誉の決闘する社会でも、そこに嘘やアンフェアやだらしなさがないなら舐めはないから。
「ジャップなんかポリコレで守られる側の存在なのにポリコレに服さないのは滑稽!」とかほざいてたよな。
大嘘じゃんな。 現実のポリコレってこんなもんよ。人の手で作ったガラクタよ。
・平気で嘘をつき
という舐めの三重奏であって
お前等が憎悪されてるのは他人さまを舐めてるからだぞっていう。
今回も「海外の同胞が困っているのに出羽守呼ばわりで嘲笑してる日本人がいる!」とか言って憤慨してる海外在住日本人が複数いたけど
その手の奴に限って過去の発言見たら日本のこと適当にディスりまくり。
「整形女が多い」「オワコン衰退国」みたいな下品な侮辱までかましてて
これで困ったときだけ「同胞を助けて」って、まあ 舐めとる よな。
あとは この騒動自体に苦々しさを隠せてない様子のリベサヨ も沢山見る。
日本人は加害者としてしか差別の問題にかかわってほしくないと言わんばかりの。
伝統的にはテーマ別(弦理論、量子重力、場の理論、応用)に配列されるが、抽象数学の観点からは対象(研究トピック)と射(方法・翻訳)の網として捉える方が有益。
ここでいう対象は「エントロピーと情報論的記述を担うブラックホール研究」「幾何学的・位相的構成を担うコンパクト化とカラビ・ヤウ/F-理論的話題」「場の対称性・一般化対称性を取り扱う場の理論的構造」「計算的探索手法(データ、機械学習を用いる弦景観の調査)」など。
各対象間の射は、双対性の導入、圏的な接続(例:量子情報を介した場と重力の橋渡し)、モジュライ空間上の写像(ある物理量を別の表現へ変換する手続き)と考えられる。
この視点に立てば、個々の研究は、局所的な結果(対象の内部構造の解析)とそれを別の対象へ移すための普遍射(双対性、再規格化群、ホログラフィーなど)の2つの側面を持つ。
研究の進展を測るには、単に新しい計算結果が出たかを見るだけでなく、それがどのような新しい射(方法論的翻訳)を導入し、他の対象へどれだけ容易に伝播できるかを評価するべき。
近年の発展は、物理的データを層(sheaf)的に整理する試みと親和性が強い。
コンパクト化、特にF-理論やゲージ束構成に関する議論は、物理的情報(荷、ゲージ群、モードの分布)を局所データと大域的データの重ね合わせとして扱うことに等しい。
これは数学的には基底空間上の層の圏を考えるような話で、局所的条件の整合性(コヒーレンス)と大域的制約(トポロジー的閉鎖条件)が鍵。
古典的な幾何的直観(多様体、ホモロジー)を拡張して非可換やカテゴリ化された対象で物理を再表現する流れにある。
結果として、従来のスペクトル(場のスペクトルや質量スペクトル)に対応する数学的不変量が、より高次の層的・圏的構造へと一般化されつつある。
これにより同じ物理現象を別の圏で見ると簡潔になる例が増え、研究の再利用性が高まっている。
弦理論・場の理論で繰り返し現れるのは対称性が構造を決めるという直観。
抽象数学では対称性は対象の自己射(自己同型)群として扱われるが、対称性そのものが射の層あるいは高次の射(2-射やn-射)として表現されるケースが増えている点が特に重要。
つまり、単に群が作用するのではなく、群の作用が変形可能であり、その変形がさらに別の構造を生む、という高次構造が物理的意味を持ち始めている。
この流れは一般化対称性やトポロジカル部位の議論と密接に結びつき、場の理論における選好位相的不変量を再解釈する手段を与える。
結果として、古典的なノーター対応(対称性⇄保存量)も、より高次の文脈で新しい不変量や保存則を導出するための起点になり得る。
ブラックホールと量子情報、カオス理論との接点は話題だった分野。
ホログラフィー(重力側と場の側の双対)を抽象的に言えば二つの圏を結ぶ双方向のファンクター(翻訳子)と見ることができる。
これにより、量子的冗長性やエントロピーに関する命題は、圏の間を行き交う射の情報(どの情報が保存され、どの情報が粗視化されるか)として扱える。
カオスとブラックホール、量子力学に関する概念の整理が試みられている。
たとえばブラックホールにおける情報再放出やスクランブリングは、ファンクターがどのように情報を混合(合成)するかという高次射の振る舞いとして可視化できる。
こうした議論は、従来の計算的アプローチと抽象的な圏的フレームワークの橋渡しを提供する。
何が低エネルギーで実現可能かを巡るスワンプランド問題は、いまや単一の反例探しや個別モデル構築の話ではなく、モジュライ空間の複雑性(位相的な目詰まり、非整合領域の広がり)として再定式化されつつある。
抽象数学的に言えば、可能な物理理論の集合は単なる集合ではなく、属性(スカラー場、ゲージ群、量子補正)を備えた層状モジュライ空間であり、その中に禁止領域が層的に存在するかどうかが問題。
この視点は、スワンプランド基準を局所的整合条件の族として扱い、整合性を満たすための可視化や近似アルゴリズムを数学的に定義することを促す。
弦景観やモデル空間での探索に機械学習やデータ解析を使う研究が増えているが、抽象数学に引き寄せると探索アルゴリズム自体を射として考えることが有用。
ある探索手続きがモジュライ空間上の点列を別の点列へ写すとき、その写像の安定性、合同類、収束性といった性質を圏的・位相的な不変量で評価できれば、アルゴリズム設計に新しい理論的指針がもたらされる。
数学的定式化(幾何・位相・圏論)と物理的直観(ブラックホール、カオス、場の動的挙動)をつなぐ学際的接合点を意図して設計される。
これは単一圏に物理を閉じ込めるのではなく、複数の圏をファンクターで結び、移り変わる問題に応じて最も適切な圏を選択する柔軟性を重視するアプローチ。
学術コミュニティのあり方に対するメタ的な批判や懸念も顕在化している。
外部の評論では、分野の方向性や成果の可視性について厳しい評価がなされることがあり、それは研究の評価軸(新知見の量・質・再利用可能性)を再考する契機になる。
見えてきたのは、個別のテクニカルな計算成果の蓄積と並んで、研究成果同士を結びつける翻訳子(ファンクター)としての方法論の重要性。
抽象数学的フレームワーク(圏、層、モジュライ的直観、高次射)は、これらの翻訳子を明示し、その普遍性と限界を評価する自然な言語を提供。
今後の進展を見極めるには、新しい計算結果がどのような普遍的射を生むか、あるいは従来の射をどのように一般化するかを追うことが、有益である。
冷静に振り返ると、「あれはセックスそのものより、前後含めてぜんぶ込みで良かったな」という夜が5つだけあって、その共通点がけっこうはっきりしてきたので書いておく。
1. 「笑えた」セックス
ランパ会場の空気って、基本みんなちょっと背伸びしてる。エロくなきゃいけない、盛り上げなきゃいけない、って妙な義務感が漂ってて、逆に固くなる。
そんな中で一人だけ、ベッドに倒れ込んだ瞬間に「え、緊張しすぎて足つったんだけど」と爆笑しだした子がいた。
普通なら空気壊れるところなんだけど、その子は自分で自分を茶化しながらストレッチ始めて、こっちもつられて笑って、気づいたら変なプレッシャーがぜんぶ飛んでた。
そのあと何をどうしたか、ディテールは正直あんまり覚えてない。ただ、「あ、この人となら失敗しても大丈夫だな」という安心感があって、力が抜けた状態で一晩一緒にいられたのは、今でもベストに入る。
テクニックとかシチュエーションより前に、「一緒に笑えるかどうか」で、セックスの楽しさはだいぶ決まる。
2. 何もしないで終わったセックス
ランパなのに、「今日はなんかそういう気分じゃない」と言い出した子がいた。
酔いも回っていい感じ、周囲はすでにあちこちで盛り上がってるのに、その子だけ急に現実に戻ったみたいな顔をしていた。
正直、最初は「え、まじかよ」と内心で舌打ちしかけたけど、話を聞いてみると、仕事の愚痴とか、元カレの話とか、親との関係とか、出てくる出てくる。
気づいたらベッドの上で、服を着たまま朝までしゃべって終わった。
セックスしに行ったのに、何もしてない。でも、終わったあと妙な満足感があった。
自分の「やること」が最優先じゃなくて、「この人いま本当にしたいのはこっちなんだろうな」に合わせた夜は、結果的にかなり記憶に残る。
見た目は完全にお嬢様系。控えめなワンピース、薄めのメイク、声もちょっと小さい。
「この子はたぶん丁寧に扱わないとダメなやつだな」と勝手に決めて、こっちもそれっぽく紳士モードで接していた。
ところが少し酔いが回ったあたりで、ポロッとかなり攻めた下ネタを投げてきた。
反射的にこっちも踏み込んだら、そこから先は完全にキャッチボール状態で、お互いのセーフラインを笑いながら探り合い、そのままのテンションでベッドに雪崩れ込んだ。
うまく言えないけど、「使ってる言葉の温度」と「笑いながら攻め合える範囲」が、ここまでピッタリ合うことってなかなかない。
行為そのものがどうこうというより、「言葉で煽り合いながら距離を詰めていく感じ」が、妙にクセになった夜だった。
その会は、途中までは普通の乱交パーティーっぽい流れだった。酒→トーク→いい感じになったグループから部屋に消えていく、みたいな。
ただ、一部屋だけ、なぜか誰かがスイッチを持ち込んでいて、ベッドの横でマリカーが始まり、そこにいた全員のテンションがおかしな方向に振れた。
レースで負けたら一枚脱ぐとか、そういう安っぽいノリではなくて、単純にみんな本気でゲームして、その合間に自然にくっついたり離れたりしていく。
ガチガチに「さあ今からヤリましょう」って空気がない分、触れる瞬間も離れる瞬間も、ぜんぶがゆるかった。
結果としては、お互い疲れ果てて早めに寝落ちしてしまったんだけど、「ああ、こういう“遊びの続きとしてのセックス”はアリだな」と思った。
義務感でベッドに向かうより、一緒に遊んでテンションが揃ったあとに流れ込むほうが、失敗も含めて楽しい。
5. 「あ、この人とは二度と会わないけど一生覚えてるな」と思ったセックス
会った瞬間からお互いなんとなく空気が合って、その日のうちにかなり深いところまで踏み込んだ。好きな音楽、家族の話、コンプレックス、自分で自分が嫌いなところ。
セックスそのものは、技術的に特筆するところはなかったと思う。ただ、終わったあとにしばらく黙って隣に寝転んで、それぞれ天井を見てた時間が、やけに長く感じた。
「あ、これはもう二度とないやつだな」と、そのときだけ変に冷静になったのを覚えている。
ランパって、基本的には「使い捨ての関係」を前提にしている。だからこそ、たまに偶然混ざる「妙に相性のいい一夜」は、後から効いてくる。
連絡先も交換せず、名前も曖昧なまま終わったけど、「あの夜があったから、他のどうでもいいセックスを切り捨てられるようになった」という意味で、個人的にはベストに入る。
こうやって並べてみると、どれも「すごいテクニック」とか「すごいスタイル」とかとはあまり関係がない。
その場の空気とか、笑えるかどうかとか、自分の欲より相手の状態を優先できたかどうかとか、そういう地味なところで“ベスト”かどうかが決まっていた気がする。
実際、性の満足度はテクニックよりも、安心感やコミュニケーションの質で決まるという調査も多いらしいし、「なんかこの人とは合う」という感覚のほうが、見た目よりずっと重要なんだと思う。
『果てしなきスカーレット』は、復讐に失敗したデンマーク王女・スカーレットが、現代日本からやってきた青年・聖とともに、広大な《死者の国》を旅し様々なイベントをこなしつつ、父の敵クローディアスを倒し《見果てぬ場所》へ至ることを目指すオープンワールドRPGである。
フィールドで雑魚を五人倒すと、HPに拘わらずスカーレットが倒れてイベント発生。聖が仲間になる。
トゥルーエンディングを観るためにはこのイベント発生までに聖を仲間にしておく必要がある。
コーネリウスのパンチ攻撃に注意。タイミングよくパリィして反撃しよう。
・コーネリウスを虚無に還す → コーネリウスは退場。
・コーネリウスを治療する → 終盤でコーネリウスが仲間になる。
コーネリウスの上位互換。防御不能の銃撃を放ってくる。銃撃はパリィできないのでモーションが出たら回避しよう。
聖が仲間になっていると、戦闘開始時にイベント【献身】が発生し、戦闘後には選択肢が出現する。
・ヴォルティマンドを虚無に還す → ヴォルティマンドは退場。
・ヴォルティマンドを治療する → 終盤でヴォルティマンドが仲間になる。
コーネリウスとヴォルティマンド、二人とも治療しているとキーアイテム《父の言葉》入手。
このイベントが発生しているとヴォルティマンド戦のあと、聖がスカーレットを治療する。
キャラバンのお手伝いイベントを4つ以上こなすと【異民族のダンス】が開始。
《楽器》入手後にフィールドでキャンプをすると選択できるようになる。
中難度の音ゲーイベント。C~Sの評価により、絆ポイントがアップする。
絆ポイント5以上の状態でS評価を出すと、イベント【TOKYOダンス】発生。
S評価を出すと髪型《ショートカット》がアンロックされるとともに、キーアイテム《未来への希望》入手。
乱戦になるので、囲まれないように注意して戦おう。
髪型《ショートカット》を装備していると、戦闘中にイベント【スカーレットのために】が発生。
聖がスカーレットのために敵に弓を放つ。
ムービーギャラリーに《恥ずかしがるスカーレット》が追加されていると、キーアイテム《本当の記憶》を入手。
最高難度の戦闘。
ただし、コーネリウスとヴォルティマンドを治療しているとここで仲間として駆けつけてきて、戦闘をスキップできる。
ラスボス戦。
3つのキーアイテム《父の言葉》《未来への希望》《本当の記憶》をすべて入手していると戦闘開始時に選択肢が出現。
→勝利すると、通常エンディング「果てしなきスカーレット」へ。スカーレットは復讐を果たすが《見果てぬ場所》への扉は開かない。スカーレットと聖は二人で永遠に終わらない《死者の国》を治めることになる。
→トゥルーエンディング「栄光のスカーレット」へ。聖が死者でスカーレットが生者だったことが判明する。《見果てぬ場所》への扉が開き、スカーレットが目覚める。
このとき、絆ポイントがマックスになっていれば、ムービーギャラリーに《キス》が追加。スカーレットは父の後を継ぎ、女王となる。
現在、全国の映画館で、わずか2時間でトゥルーエンディングに到達したRTAプレイ動画が公開中。みんなで観よう!
いまからでも全文を読んだほうがいい。
岡田は議論の前提をきっちり詰めつつ「台湾危機がすなわち存立危機事態になりうると直結する言い方はおかしいですね?(日本艦船への攻撃など条件はありますよね?)」と聞いてる。
それに対して高市は「戦艦を使って、武力の行使もともなうものであれば、どう考えても存立危機事態になり得る」「武力攻撃が発生したら、これは存立危機事態にあたる可能性が高い」と明言してしまった。
岡田がフォローして「誰に対する武力攻撃ですか?(日本かアメリカへの攻撃ですよね?)」と質問したのに、そちらには明確な回答をしてない。
このやりとりの前段で高市は米軍への攻撃に言及しているが、この質問に対してはその「米軍への攻撃」という前提がポロッと外れてしまった。
超弦理論において、物理学はもはや物質の構成要素を探求する段階を超え、数学的構造そのものが物理的実在をいかに定義するかというの領域へ突入している。
かつて背景として固定されていた時空は、現在では量子的な情報の絡み合い(エンタングルメント)から派生する二次的な構造として捉え直されている。
時空の幾何学(曲がり具合や距離)は、境界理論における量子多体系のエンタングルメント・エントロピーと双対関係にある。
これは、空間の接続性そのものが情報の相関によって縫い合わされていることを示唆。
数学的には、フォン・ノイマン環(特にType III因子環)の性質として、局所的な観測可能量がどのように代数的に構造化されるかが、ホログラフィックに時空の内部構造を決定づける。
ブラックホールの情報パラドックスは、アイランドと呼ばれる非自明なトポロジー領域の出現によって解決に向かっている。
これは、時空の領域がユークリッド的経路積分の鞍点として寄与し、因果的に切断された領域同士が量子情報のレベルでワームホールのように接続されることを意味する。
ここでは、時空は滑らかな多様体ではなく、量子誤り訂正符号として機能するネットワーク構造として記述される。
「対称性=群の作用」というパラダイムは崩壊し、対称性はトポロジカルな欠陥として再定義されている。
粒子(0次元点)に作用する従来の対称性を拡張し、紐(1次元)や膜(2次元)といった高次元オブジェクトに作用する対称性が議論されている。
さらに、群の構造を持たない(逆元が存在しない)非可逆対称性の発見により、対称性は融合圏(Fusion Category)の言語で語られるようになった。
物理的実体は、時空多様体上に配置されたトポロジカルな演算子のネットワークとして表現される。
物質の相互作用は、これら演算子の融合則(Fusion Rules)や組み換え(Braiding)といった圏論的な操作として抽象化され、粒子物理学は時空上の位相的場の理論(TQFT)の欠陥の分類問題へと昇華されている。
可能なすべての数学的理論のうち、実際に量子重力として整合性を持つものはごく一部(ランドスケープ)であり、残りは不毛な沼地(スワンプランド)であるという考え方。
理論のパラメータ空間(モジュライ空間)において、無限遠点へ向かう極限操作を行うと、必ず指数関数的に軽くなる無限個のタワー状の状態が出現。
これは、幾何学的な距離が物理的な質量スペクトルと厳密にリンクしていることを示す。
量子重力理論においては、すべての可能なトポロジー的電荷は消滅しなければならないという予想。
これは、数学的にはコボルディズム群が自明(ゼロ)であることを要求。
つまり、宇宙のあらゆるトポロジー的な形状は、何らかの境界操作を通じて無へと変形可能であり、絶対的な保存量は存在しないという究極の可変性を意味します。
4次元の散乱振幅(粒子がぶつかって飛び散る確率)は、時空の無限遠にある天球(2次元球面)上の相関関数として記述できることが判明した。
ここでは、ローレンツ群(時空の回転)が天球上の共形変換群と同一視される。
時空の果てにおける対称性(BMS群など)は、重力波が通過した後に時空に残す記憶(メモリー)と対応している。
これは、散乱プロセス全体を、低次元のスクリーン上でのデータの変換プロセスとして符号化できることを示唆。
超弦理論は、もはや弦が振動しているという素朴なイメージを脱却している。
情報のエンタングルメントが時空の幾何学を織りなし、トポロジカルな欠陥の代数構造が物質の対称性を決定し、コボルディズムの制約が物理法則の存在可能領域を限定するという、極めて抽象的かつ数学的整合性の高い枠組みへと進化している。
物理的実在はモノではなく、圏論的な射(morphism)とその関係性の網の目の中に浮かび上がる構造として理解されつつある。
出羽守って、ただのワナビーだったんだなって最近しみじみ思う。海外在住に憧れすぎて、匿名ネットだけでも海外在住って設定にしないと気が済まないって、もう…痛々しいを通り越してちょっと心配になるレベル。
だってさ、Xの所在地機能ひとつでポロッと化けの皮が剥がれてるんだよ。堂々と海外から高説垂れてる風だったアカが、実は日本の住宅街からポストしてました、みたいな。現実を直視できなさすぎて、これもう行動として明らかにパターン化してるでしょ。
ここまでくると、なりきり癖ってジャンルじゃなくて、ちゃんと固有の病名つけて治療促すべきなんじゃないかって思ってくる。憧れを持つのは自由だけど、嘘で自己像上書きして他人を見下すようになったら、それもう健康の領域から外れてるよね。
部屋の壁はけいおんの澪やμ’sのにこのポスターで埋まっていて、ノートの端には毎回ミクを描いていて人に見れらそうになるとそのページを破る、みたいなことをしてた。
友達にはよく馬鹿にされたし、合コン?なんてフィクションの存在。
リア充に無理やりつれて行かれても無言。
女の子に話しかけられると 「は、はひ…ふひひw」 と声が裏返るタイプだったんだよ。
正直、別にそれでも良かったんだよ。俺には澪たんが居るし!って本気で思ってた。
ゼミが終わって何人か残って喋ってたときのことで、そのうちの一人がポロっとこういった。
その瞬間、頭の奥でスイッチが切れるような、変な感覚があった。
急に冷めた。
あ……そうか。俺がずっと恋してたものって、人間じゃないんだ。
その実感が、妙にリアルに落ちてきた。
人間に似てないからこそ好きになれたっていう、本当に当たり前のことにやっと気づいた、というか。
そこから一気に熱が落ちていった。
部屋のポスター全てを剥がして、澪にもにこにも「今までありがとう」と声をかけながら押し入れにしまった。
コンビニでお弁当温めますか?と聞かれたとき、「あ…え…お、お願いします…でぃふふ」じゃなくて「お願いします」って堂々と言えるようになることから始めた。
何を馬鹿な…って思えるかもしれないけど、それぐらいコミュ障だったんだ。
最初はぎこちなかったけど、でもこういう小さな練習を積んだおかげで徐々に…少しずつ、変わることが出来た。
ファミレスの厨房バイトを辞めて、大学のカフェで働いたのも良かった。
お客さんと話すことが増えて、少しずつ普通の会話ができるようになった。
当然ながらうまくいかないことのほうが多かった。
気になる子に連絡しても返ってこなかったり、勇気を出して食事に誘ったのに断られたり、そういう経験が何度もあった。
でも、そのたびに、ああ、これが『人を好きになるってやつなんだなって実感があった。
虹では味わえなかった痛さや恥ずかしさが、むしろ心地よかった。
そして一昨年、結婚した。
出会いと別れを何度か繰り返した後に出会ったのが、今の妻だった(身バレが怖いので、出会いの詳細は省く)。
超弦理論を物理的な実体(ひもや粒子)から引き剥がし、抽象数学の言葉で抽象化すると、圏論と無限次元の幾何学が融合した世界が現れる。
物理学者がひもの振動と呼ぶものは、数学者にとっては代数構造の表現や空間のトポロジー(位相)に置き換わる。
物理的なイメージである時空を動くひもを捨てると、最初に現れるのは複素幾何学。
ひもが動いた軌跡(世界面)は、数学的にはリーマン面という複素1次元の多様体として扱われる。
ひもの散乱振幅(相互作用の確率)を計算することは、異なる穴の数を持つすべてのリーマン面の集合、すなわちモジュライ空間上での積分を行うことに帰着。
ひもがどう振動するかという物理的ダイナミクスは幾何学的な形すら消え、代数的な対称性だけが残る。
共形場理論(CFT)。頂点作用素代数。ひもはヴィラソロ代数と呼ばれる無限次元リー環の表現論として記述される。粒子とは、この代数の作用を受けるベクトル空間の元に過ぎない。
1990年代以降、超弦理論はDブレーンの発見により抽象化された。
ミラー対称性。全く異なる形状の空間(AとB)が、物理的には等価になる現象。ホモロジカルミラー対称性。
Maxim Kontsevichによって提唱された定式化では、物理的背景は完全に消え去り、2つの異なる圏の等価性として記述される。
もはや空間が存在する必要はなく、その空間上の層の間の関係性さえあれば、物理法則は成立するという抽象化。
トポロジカルな性質のみを抽出すると、超弦理論はコボルディズムとベクトル空間の間の関手になる。
このレベルでは、物質も力も時間も存在せず、あるのはトポロジー的な変化が情報の変換を引き起こすという構造のみ。
超弦理論を究極まで数学的に抽象化すると、それは物質の理論ではなく、無限次元の対称性を持つ、圏と圏の間の双対性になる。
より専門的に言えば、非可換幾何学上の層の圏や高次圏といった構造が、我々が宇宙と呼んでいるものの正体である可能性が高い。
そこでは点 という概念は消滅し、非可換な代数が場所の代わりになる。
存在 はオブジェクトではなく、オブジェクト間の射によって定義される。
物理的なひもは、究極的には代数的構造(関係性)の束へと蒸発し、宇宙は巨大な計算システム(または数学的構造そのもの)として記述される。
逆なんよ。
立憲の岡田は「存立危機事態についていたずらに言及するべきじゃない。危険を煽るだけだ」と言ってるのに、
高市はなぜか「中国が台湾に武力で攻撃したら存立危機事態になり得る」って言っちゃったんだよ
岡田は、存立危機事態の範囲をぼやかして恣意的に運用されることを懸念してたんだけど、高市はそれを台湾有事は存立危機事態になり得るって明言しちゃったんだよ
岡田としては「いや、ボヤかすなとは言ったけど、明言することを求めてるんじゃないよ」って感じだよ
たとえ台湾が中国に攻撃されても存立危機事態にはならないことだってあるんじゃないの?というのが岡田の立場
岡田としては「それが良くないんだよ」って感じだよ
このまま黙って中国に従うのは嫌なの、分かるよ
でもさ、国力で完全に負けてる中国に、勝てるわけないんよ
けれど高市はそこまで考えてないと思う