はてなキーワード: コンクールとは
大学x年になって,恋人ができた.非常に勤勉で成績優秀な男性である.私は本当に怠惰な人間だが,恋人にぼろ負けすることには納得がいかず,めずらしく真剣に勉強に取り組み,とりあえずその学期ではかなりの好成績をおさめた.まあ所詮はただの試験の点数だし,彼とは大学も専攻も異なるため比較できないのだが......
学期の評価が出た後は,自分の大学の偏差値が彼のそれに劣っていることが気になった.かつて彼が入賞したコンクールで自分が入賞できなかったことが気になった.はっきり言って嫌な気持ちになった.一学年上の彼が研究に励む姿を見て,「彼が研究で成果を出したら,また嫌な気持ちになるのだろうか」と不安になった.学年が違う以上,研究も就職も私は常に彼より後になる.彼が成功するたび,どこかに嫌な気持ちを抱えたまま一年を過ごすことになるかもしれない.というか,親しい人の成功を心から喜べないってのは,ちょっと性格が悪すぎやしないか?
別に恋人の真似事をしたいわけではない.恋人のことがなくたって,研究に対する興味はもとから結構あるほうだ.始めるまでに莫大な時間がかかるものの,いったん始めてしまえば勉強も楽しいと感じる.ただ,そういう純粋な好奇心に「負けたくない」というぎらついた考えが入り込むことが不愉快だ.それに,履修登録したすべての科目で高得点を取る必要性をあまり感じていないくせに彼を意識するあまりよくわからん教養科目の課題を真面目にやっている自分が馬鹿らしく思えてくる.
どうすればいいんだろうなあ
グループで何かを作るコンクールのような催しに参加している。ぼくらのチームは相談を重ねてその何かをうまいこと作り上げた。ぼくにはそれが何という名前で何の役に立つのか分からない。実際に手に取って確かめてもみたが、やはり何とも説明ができない。棒状の固形物のように見えて、それでいて軟体動物に似た生物のようでもある。カラフルな縞模様があるかと思えば、ただの素っ気ない木切れのようでもある。水につけると動き出すので、柔らかいものであることは確かだ。もしかしたら本当に生きているのかもしれない。とにかくぼくらはそんなものを作り上げた。メンバーの一人によると、なかなかの上出来だという。
さて、これから成果物の審査があるので、K大学の正門前に集合するという。周囲を見回すとそこはホテル裏のがらんとした駐車場であった。十階建てほどのホテルの壁がずいぶん殺風景だ。表向きは華やかで小綺麗なホテルも、裏手に回ると案外こんなものかもしれない。聞けば集合場所はこのホテルの正面玄関だという。だったら建物の中を通り抜ければいいのかと思いきや、車を回さなければならないので裏口から迂回するという。メンバーたちは数台の車に分乗して三々五々出発していった。気付けばいつしか車は残り2台ほど。どちらかに乗せてもらえるのかと待っていたが、よく見るとどちらも今どき珍しい一人乗りで、運転手たちはぼくには目もくれずに出発してしまった。なんてことだ。だが途方にくれている場合ではない。早く追いかけなければ道が分からなくなってしまう。幸い裏路地は舗装もされていない登山道で、車は曲がりくねったでこぼこの山道を走るのに苦労している。しばらくはカーブの向こうに見え隠れする車の姿を必死に追いかけて走っていたが、やがてエンジン音も遠ざかり、数分で完全に見失ってしまった。
今度こそ見知らぬ田舎道で一人途方に暮れる。だがかなり走ってきたせいか、市街地はもうすぐ近くのようだ。とにかく街に出てK大学までの道を確認しよう。とぼとぼと歩いてゆくと、周囲には少しずつ人通りが増え、立ち並ぶ商店の喧騒が次第に騒がしくなってゆく。気付けばそこはT町の見知った飲み屋街ではないか。ぼくは記憶を辿りながら迷路のようなネオンの坩堝を通り抜け、行きつけのバーFの扉を押して転がり込んだ。店内のそこここに見知った顔を見つけてようやく安堵する。まるで救助された遭難者のような気分だった。
Mさんが声をかけてくれたので、事情を説明する。K大学への道を調べたいと言うと、タブレットを貸してくれた。だがGoogleMapの起動方法がよく分からない。画面に表示されたアイコンはどれもふた昔前のゲームキャラクターのような粗末なポリゴンばかりで、デザインが直感的にアプリ名と結びつかないのだ。仕方がないのでひとつずつ表示名を確かめるのだが、アイコンは蟻のように画面上を歩き回るので、すぐにどれが何だか分からなくなってしまう。次第に地図なんかどうでもいい気がしてくる。
すっかり困惑しているとMさんが店の電話に届いたという伝言を持ってきてくれた。メンバーたちがなかなか到着しないぼくを探しているようだ。電話をかけているなら、わざわざ伝言を頼まず直接呼び出してくれればいいのに。いや、そもそも店に電話をしているなら居場所が分かっているということではないか。なぜ迎えに来てくれないのだろう。そんなことに苛立ちながらも、頭の中でぼんやりと地理を整理しているうちにふと気づいた。最初にいたホテルの正面玄関が集合場所だと言われていた。ホテルとK大学は別の場所だとすっかり思い込んでいたが、実は名前が違うだけの全く同じ建物で、車を持っていないぼくはわざわざこんな遠回りをする必要がなかったのだ。K大学への道など調べるまでもない。たった今僕が走ってきたあの山道を戻るだけだ。そう気づいた途端、何もかもがすっかり面倒になってしまった。
毎年この季節になるとクソYoutubeが「今年のハイライト」とか言って
今年一番聞いた曲にのせて「お前の嗜好をずっと見ていたぞ」と紹介してくれるんだけど
2.チャンネルがーどまん(低知能ドッキリ系)
4.Nagasaki Biopark(動物園系)
5.羽流鷲りりり / Ririri Channel【ななしいんく】(ゲーム系Vtuber)
だった
人間というもの何らかの統一性があってエンターテイメントを摂取しているわけではない
ちなみに一番聞いた曲は
1.シンボル シラフ feat. TOKYO世界 (ラップ)
2.空飛ぶ家系モンスター 野良顎 (はんじょうラップコンクール)
3.ANOTHER WORLD Gackt (ヴィジュアル系)
4.Hands On Me Jason Derulo feat. Meghan (ポップス?)
5.See You Again Wiz Khalifa ft. Charlie Puth (ラップ?)
今から振り返ると、中学校の音楽の授業はあまり充実していなかったように思える。
学習指導要領が変わったのかアルトリコーダーは購入しなかった。小学校からの引き続きでソプラノリコーダーを使用(´・ω・`)
鑑賞したのもクラシックだと、ベートーヴェンの第九とシューベルトの『魔王』だけかな? そういえば、滝廉太郎も聴いて歌ったわー。ポップミュージックではビートルズを、そして歌舞伎の『勧進帳』を鑑賞した。
メインは合唱コンクールのための練習。コンクールといっても校内だけのヤツだから全然小規模。
ただ1年生のときに体育館の改修と重なったため、南浦和のさいたま市文化センターを貸し切って開催された。その後も同会場を引き続き使用。
今にして思えば、ボブ・ディランが立ったステージに自分も乗ったのかと感慨深いが、そんな校内のクラス対抗戦でわざわざ貸し切る必要はあったのかやっぱり疑問(๑•﹏•)
吹奏楽部の顧問が担任のクラスが毎年優勝を掻っ攫っていった。そのセンセが独自にカッコいい映える曲を用意したのが勝因。普通の中学生の合唱スキルなんてたかが知れているので、曲目で大体決まる。
https://togetter.com/li/2626979のやつ
昔親の都合でバレエ習ってた男だけど(幼稚園〜中2まで週1以上)、その経験からちょっと解説。
20年以上前だけど、クラシックバレエの風土ってそう変わらんと思うので、参考になれば。
バレエのレッスン着は
→ 体の線を出すため。俺のいた団では腰のフリルすらNGだった。
この格好でトイレ行くと、全部脱ぐことになる。
3歳とか、トイレのタイミング見失いがちだし、漏らすリスクはある。
漏らしたら指導者が後片付けするのでその間はレッスン中断になる。
レッスンの構成は以下の通り。
しかも
飲むタイミングは「レッスン前後」か「バーとセンターの間」くらい。
バーレッスン中グビグビはしなかった。足元に置いてたら邪魔だしそんな暇も無い。
コンクール対策や講演会の練習の時はもう少し自由で割と好きに飲めたけど、これは常に動いてる訳ではなくメインで指導を受けてる人ら以外は脇の方で自己連してたからだろうね。
私語禁止はベラベラ話してると「〇〇さんと〇〇さん、おしゃべりしたいなら外でどうぞ(うるさいから出ていけ)」って名指しで怒られていた。
その他は例えば髪型はお団子頭限定(ショートは伸ばさせられていた)なんかも特徴的かもね。
オーケストラのアカウント「終演後の早すぎる『ブラヴォー』は、楽団にとって嬉しいものではなく、完璧な静寂の方が嬉しい」
https://togetter.com/li/2614369
SNSでこの問題に触れるオーケストラ公式も出てきて初めて知った諸氏も多かろうと思うが、これは自分の知る限り少なくとも数十年前から問題になっている話である。
一旦どういう問題なのかまとめると
『オーケストラの演奏会で曲が終わるか終わらないかくらいの瞬間に超でかい声で「ブラヴォー!」と絶叫する男性がいる。100%男性である。』
指揮者が最後の音のためのタクトを降ったその手がまだ動いてるような瞬間、演奏最後の音が消える前に客席から男性のブラボー絶叫。台無しである。日本の一部で「フライングブラボー、略してフラブラ」と呼ばれている。
海外でもよく話題に上るフラブラおじさん。世界中で長年にわたり観測されているフラブラおじさん。その生態は
・テレビやラジオで放送されることが決まっている、有名奏者による演奏会であればオーケストラでなくても(室内楽やピアノ、バイオリン等)現れる。
・番外で新人演奏家登竜門の有名コンクールにも出現。バイオリンやピアノといったメジャーな楽器の日には現れる。オーボエや作曲部門の日にはほぼいない。
・マイナー系(バッハより前の古楽や現代音楽)の演奏会には皆無。
以上のことより、欧米では「俺はクラシック通でどこでこの曲が終わるか知っていて、終わった瞬間に誰よりも早くブラボーと叫べる」と自慢したいおじさん、と看破されている。しかもテレビ放送がある演奏会の日には特に多く出現するので、とにかく目立ちたいだけの嫌な人なのだ。
「男のせいにするな」と腹立つ人もいるだろうけど、何故かフラブラは100パー男性なんですよ。勿論客は老若男女みんな迷惑してる。演奏者も迷惑してる。それがまた爽快なんだろうと思う。
最後にtogetterにあったような、あまり現物見たことのなさそうな人の反論について書く。
・「感極まって叫んじゃうなら仕方ないでしょ」
そういう類のものではないのは聞けばわかる。
世界中で問題になっている。日本全国でもだ。昨年もN響の東京公演で最後の音に重なるくらいのタイミングでやった奴がいて、演奏会後にXで「迷惑すぎる」「演奏会が台無し」と話題になった。ちなみにその演奏会の様子はいつも通り後日ラジオとテレビで放送されたが、フラブラおじさんの声は上手く消されていてそれも話題になった。
ちなみに明日10月13日午後2時よりNHK-FMで日本音楽コンクールのバイオリン部門の最終予選の様子が放送されるので、今年はフラブラマンが出没するか確かめられる。抜粋なので、曲の途中だけの放送になるかもしれないし、最後の方でも放送時ブラ声だけ消される可能性はあるので御留意いただきたい。
沖縄で、全島エイサーまつりというイベントに自衛隊が出場したことと、それに対して抗議の声が上がったことが問題になっている。批判する側は、自衛隊がエイサーまつりに出場したことを問題視し、対抗する側は自衛隊を理由に批判することは職業差別だと主張している。沖縄県議会では9月後半の代表質問・一般質問で主に自民党議員が多数この問題を取り上げ、10月8日に「自衛隊に対する職業差別を許さない抗議決議」を提案しようとしている。
Togetterでは沖縄タイムス記者の発言を捉えて「職業差別だ」と批判する方のまとめが複数上がっているが、件の記者の発言は論外として、今回の出場は経緯や選出基準が不透明であったりして、逆に自衛隊の稚拙な宣撫活動が喝破されたのを取り繕っているように見えるので、その点について述べる。
なお、自衛隊が沖縄復帰直後に住民登録さえ拒否されるオウム真理教ばりの扱いをされていたことや大学に入学した自衛官を大学生がボイコットしたこと、他方でかつて防衛局長が辺野古基地建設の書類提出を「犯す」という表現で女性への性暴力にたとえたことや先日中谷防衛大臣が自衛隊への抗議を「過度な妨害活動」と呼んだこと、エイサー自体が近年の太鼓偏重、アンプ使用による高出力化によって伝統の枠を超えて迷惑の域に達しているのではないかとの議論があることなど、エイサーと自衛隊にまつわる論点は多数あるが、ここでは割愛する。
エイサーは、沖縄でお盆に先祖を迎えるための踊りで、期限は一遍の踊念仏にあるとも言われているが、現在ではおおむね太鼓を持つ男衆と手踊りの女衆に分かれた夏の風物詩的に定着している。学校でも運動会の演目として行われることが多く、「北海道では全員学校でYOSAKOIソーランを踊る」というくらいには、沖縄の子どもは全員踊ったことがあるはずだ。
お盆に踊られる本格的なものは、旧暦の盆の3日間を中心に、夜中に町々を練り歩く形で行われる。これを道ジュネーという。かつては各地域で道ジュネーとして行われていたものを、コンクールにしようと1956年に始まったのが全島エイサーまつりの前身であり、約70年の歴史があることになる。なお「全島」というのは復帰前の沖縄で、沖縄全土を表す言葉として「全琉」と同じくらいよく用いられていた用語である。「順位付けはなじまない」としてコンクール形式は早々に廃止され、現在では各地のエイサーを一度に見ることができるイベントとして定着している。
伝統的に、全島エイサーまつりは盆の行事としてのエイサーが行われる旧暦7月15日の直後の金・土・日に行われることになっており、今年は9月12・13・14の3日間にわたって行われた。自衛隊はそのうち初日に登場している。初日はここ数年は本式に習って道ジュネーを行うこととしていて、一定のルートを選ばれた団体が次々に更新する、ディズニーランドのパレードのような形で行われている。それと同時に、道ジュネーのゴール近くに固定演舞会場を設け、そこでもエイサーが披露されるのだが、その固定演舞会場での出場者に自衛隊のエイサーが登場している。
まず、エイサーは地元行事で、出場するほとんどは地域の青年会となっている。学生時代は学校単位で踊っていたエイサーも、大人になって踊るのは青年会単位となるのが基本で、それ以外は芸能ショーなどを行う団体が少数あるだけだ。同じく伝統行事のハーリーが職域対抗戦を設けているのとは一線を画している。なお、毎年5月に行われる手こぎボート競争である那覇ハーリーの一般団体の部には陸海空の自衛隊や米軍が参加しており、これに対する異論を聞いたことはない。
今回、3日間を通じて青年会以外で出場した団体は以下のとおりである。
https://www.zentoeisa.com/schedule/
琉球風車と名桜エイサーは大学のエイサーサークル、東京と名のつく2つは県外でエイサーをやっている団体、琉球國祭り太鼓はショーを行っている団体だ。また、青年会以外のエイサーは「子ども団体・特別出演団体募集」として例年募集され、選定結果も公開されている。
今回、選定結果が一切発表されず、8月のプログラム公開で明らかになったのが自衛隊と吉本橙風太鼓の2団体だ。吉本-はよしもと沖縄エンタテインメント所属芸人による団体で、吉本と自衛隊の2団体だけが、ほぼ存在しないと先に描いたプロ以外の職場単位のエイサー団体となっている。勘ぐると、自衛隊だけだと目立つから吉本にも出場を依頼したのではないか、と考えてしまう。同サイトに2011年からの出場団体が掲載されているが、
が出場した例は1つもない。
これまで何十年か、エイサーまつりを見てきた者の感覚としては、エイサーまつりは青年会のもので、県外・大学・女性・子ども団体がそれに付随するもの、というのが一般的なのではないか。そこに突然現れた自衛隊は、これまでの歴史上も異質なものであり、突然選定されたことに対しては戸惑いを覚えるであろう。(コンクール形式ではなくなったとは言え)エイサーまつりは地域対抗のもの、という意識は強いはずだ。そこに自衛隊を出すというのは、演舞自体がどうこうという以前に、場違いなものに見えたはずだ。自衛隊が無理矢理に参加したのか、主催者が無理矢理に参加させたのか分からないが、自衛隊が地域に溶け込んでいますよ、というアピールを拙速にしようとして反発を受けたもののように見える。
なお、自衛官個人がエイサーに参加することの是非を論じている者はほとんどいないと思われる。今回、彼らは「陸上自衛隊第15旅団」を名乗って参加し、メンバーは全て自衛隊員で、エイサーに使う道具は全て自衛隊が公費で購入していることが明らかになっている。「自発的な活動に文句を付けるのは職業差別だ」という反論は、これらの事情を踏まえると意味をなさなくなっている。青年会単位で参加するのが基本のエイサーまつりに、無理矢理職場単位で参加した・させたことが前例に外れていて、そのことについての説明がないのが問題だ、というのが違和感を覚える側の意見であろう。
ちなみに、前市長の急逝を受けて今年当選した沖縄市長で前県議会議員の花城大輔氏は高校卒業から4年間を陸上自衛官として過ごした経歴があり、現在沖縄県議会の沖縄市選挙区から選出されている小渡良太郎氏の父で元県議の小渡享氏も防衛大卒で元海上自衛官である。
https://anond.hatelabo.jp/20250907140118
人間の善意ややさしさは、ときに逆説的に、魑魅魍魎を呼び寄せる。地獄とは死者の後にあるのではなく、生者の営みのなかにこそ現れる。
残されたIT会社の社員の人たちは、現場?に入ってる別のパートナー会社?というところの人たちが引き受けて業務は継続することとなったらしい。つまり、吸収のような形のようだ。俺はIT業界で働いたこともなければ、経営なんてしたこともないのでこれ以上の詳細はわからない。
webベンチャーで始まった会社は、兄の無法により傾いた会社をどうにか回すため、客先常駐業?を始めたらしい。それに反発して大量の社員が去っていった。後に残るのはわずか数人、というありさまだったらしい。兄もその「客先常駐」の一人としてよその会社に働きに行っていた、という。
ただ、どうも兄の葬式などの手続きで奔走している間、伝え漏れてくる奥さんや他の人たちの話を聞いていると、兄の会社が傾いた理由は、本業のITのせいではなく、兄が多角経営をしようと株(先物?)だとか、不動産だとかに手を出した結果、凄まじい損が出た結果らしい。
本人は「時代の潮流に乗る」と信じていたのだろう。だが歴史をひもとけば、一発逆転を夢見た者の多くは滅んでいる。兄がかつて憧れた15年前の意識高い系のインフルエンサーといった生物たちで、現在でも生存している人間はいるだろうか?彼らは当然の如く時流を見誤り、あえなく路傍に果てた。兄もまた、その群像の一人ではないだろうか?
当人は良かれと思ってやったのだろう。6年か7年前だっただろうか、「ネットを見てみろ、大体みんな投資やっているぞ」、「ある程度不動産も回さなければ安定した経営はできない」、「Xで有名な〇〇さんだって…」と実家に帰省した度に兄がよく自慢していた。
俺は口が裂けても言えなかった、「それ」は本当のことなのか?本当に儲かってる奴が儲かってるなどとネットで公言するだろうか?アポ電強盗さえ流行しているご時世に。
兄が憧れた「キラキラ生活」もそれだ。本当にキラキラした人生やキラキラした生活を送っている美男美女は、そんな自慢はしない、そもそも、ITベンチャーの社長などと名乗っている奴らが本当なのであれば、気〇いみたいにXなんかをしている暇なんかないであろう。少なくとも俺はそう思うし、業種は違えどそれほどの責任ある立場の人たちはみんなそうだった。忙しいのだ、単純に、世の中で暇な社長などいるであろうか?いたら見てみたいものである。
「キラキラした世界」で生きていたルカねえもそうだ、彼女は兄の様に見栄を張らなかった。ありのままに自然や世界を見つめていた。それは俺でさえ忘れてしまいそうな人間として当たり前の自然と調和した感覚なのではないだろうか?
…だがそんな中でも兄は「キラキラ生活」をやめようとしなかった、「いつか一発逆転ができる」…追い詰められた人間特有のありえない夢想は、かつて子供の頃の俺に「ITで世界は変わる」と語っていた夢が首を吊った時にヒリ出した糞と小便とザーメンで混ざり合って変質した思想だ。
当然、現実はそれを許さない。それを粉砕するように冷たく回るこの経済大国の社会の前に、心が折れた兄は首を吊って自殺した。
兄の自殺死体の第一発見者は奥さんだったようだが、学校が終わって帰ってきた娘も居合せたという。
生きている人間には絶対できないトカゲの様に舌をたらし、小便と糞便と精子を漏らし縊死して「てるてる坊主の様に(俺の父が形容するには)」になっている兄の姿を見て、娘はしばらくショックで意識を失っていたという。
俺はそれを聞いて、朴訥だったIT少年だった兄にまとわりついたITや情報化社会の「毒」が抜けて出た汚れが、首を吊っててるてる坊主になった下にたまった糞と小便がブレンドされた汚物なのだろうか、と思った。
兄の魂は天へ昇ったのではない、虚勢と見栄と業でがんじがらめになって、ネットの海と地の底の闇の世界へと、魂は糞と小便にザーメンに溶け混じった汚物と混じって堕ちていったのではないだろうか、その死に様を聞くたびに、そう思わずにはいられない。
今も兄の娘はトラウマと精神疾患で、精神科に通院をしている。音楽関係の母(兄の奥さん)を持つだけあって、芸術に素養のある血統があったのだろう、絵画のコンクールなどで受賞した利する程だった彼女は、とてもではないが形容できない闇の深い滅茶苦茶な絵をかいたり、黒く塗りつぶした様な絵だとかに変わっている、という。
それはまるで、兄が縊死した末に堕ちていった世界の一端を描いているかのようだ。芸術とは本人が意識せずとも、世界の裏側を映すことがある。兄の娘の病んだ絵は、父が堕ちていった闇を娘故に見えてしまったのかもしれない。
それだけのことをいうのにも理由がある。兄が死んでから暫くというもの、ルカねえの「音楽関係時代の知り合い」や「兄のビジネスパートナーの会社の社長」、「経営者友達」などと肩書だけは社長だと名乗る風体からして怪しい連中が押し寄せて、兄の娘を「芸能界デビュー」させようと、「おじさんに何でも相談して」等と明らかに性的搾取をするために下心丸出しで群がる様になった。電話、line、SNS、酷いときには登下校中の彼女に対して、性欲にギラついた性獣そのものの目を向けて兄の娘をそのいきり立った股座を隠すこともなくケダモノの様な獣欲でモノにしようと群がっていたという。その光景は、死にかけた草食獣に群がるハゲタカやハイエナを想起させた。(当然、即俺やルカねえや父たちは警察に相談して事なきを得た)
――兄の娘は、制服を見るだけでもそれを思い出して立てないくらい立ち眩みを起こして何度も吐く様になった、これを心身症という。日本社会の底辺に沈殿した悪意と欲望が、無垢の少女にまとわりついた結果である。
俺と父はそれに対処しながら、「本当にこんなエロ漫画やエロゲーみたいな種族が日本にいるのだな」と内心思っていた。これもまた、兄の見栄と虚勢と業が生み出した禍だ。
「あのルカねえのセンスを受け継いでてカワイイこの子がこの業界にこないのは人類の損失ッスよ!俺にプロデュースかませてくださいよッ」、俺たちの前で軽薄にチャラついて兄の娘に獣欲を隠しもせず艶めかしく気持ちの悪い目線を見せている、山師の様な連中、普通の人間であればしない臭いが鼻を突いた。後で警察官の知人に聞いたところによると、大〇を吸っている人間はそんな臭いをまとわせるのだという。不思議なことに、獅子舞の様にドレッドヘアーを振り乱して、制服姿の兄の娘をチラチラみながら軽薄と欲望と悪意と性欲を向けて喋る彼の顔が、俺にはかつての兄に重なって見えた。
何の罪もない感受性の強い14歳の娘に、社会の底辺からの悪意と性欲の手と邪眼の様ないやらしいマナコが常に体にまとわりついている。残されたルカねえと兄の娘にとって、これほどの地獄があるだろうか?(俺が14歳の頃といえば、こっそり家でネットのエロ同人でオナニーをして、昼休みはクラスで遊戯王カードでバトルが開始され、部活で汗を流し、職員室や校長室の掃除で教頭や校長と話をして大人の世界の一端を聞き、校庭の向こう入道雲と未来に思いをはせて大人に背伸びしていた気になっていたような年頃だ)
だがしかし、この地獄は兄一人の死から生まれたのではないと思う、虚栄と業に囚われた一人の男の末路が、時代と社会の病を照らし出したにすぎない、俺はそう思う。
時期はぼかすが、兄の娘が警察に補導された。学校にいてもほとんど「体調不良」で保健室にこもりっきり、周りともうまく合わせることが出来ず。彼女は流れ着いたトー横で警察に補導された。
間一髪だったと思う、しかし明らかにその様子は精神的にも異常だった。俺や父にまで肉体関係を結びたいとほのめかすような言動をしていた。当然母にいってルカねえと即心療内科へ連れて行った。彼女は社会の闇の部分の悪意に当てられて、身を守るために「女」であることを、まだ齢14や15で覚えてしまおうとしている、俺と父は背筋が凍る思いがした、人はこんな簡単に「壊れる」ものなのかと。
聞けば、ルカねえが精神科への通院をやめさせたらしい。彼女が最後に縋ったもの…それは自殺した兄と同じく根拠のない「願望妄想」の亜種であった。
精神科からの投薬でさらに精神状態が悪化したとルカねえは考えたのだろう。通院を辞めて怪しい漢方薬やら青汁やらといった民間療法に縋るようになった。娘がそんなもので心が治るはずもない、それさえもわからないほど心がすり減ってしまっているのだ。
気功、波動、そんな怪しい連中になけなしの金を払って縋り付いている。俺にはそれが腹立たしくて悲しくてやりきれなくて仕方がなかった…彼女たちは何も悪くないというのに。社会の底辺の悪意が彼女から弱った心に付け込んで、社会の底に漂う闇が、弱き心に牙を立てている。金も全てを奪い去ろうとしている。まさにこの世の地獄がそこにあった。
俺が暮らしていた府中の大国魂神社は、この地に古くから鎮まる武蔵国の総社である。神社はかつて人々の心をつなぎとめ、共同体の絆を保つ拠点であった。しかし近代の都市化のなかで、古き信仰は力を失い、かわって都市の片隅に怪しい宗派が芽吹いた。
トドメとばかりにルカねえの前に「例の壺売り」の亜種の様な連中やら似非神道や仏教やキリスト教の一派、様々な怪しい宗教がどこから聞きつけたのか搾取しようとやってきた。その姿は、山中に棲むヤマビルを思わせた。磨り減った心に吸いつき、血を啜ろうとする。もはやルカねえにそれをはね返す力は残されていなかった。
それでも俺の両親も、俺もどうにかこうにかマトモな生活ができる様に接し続けていた、助け続けていた。普通に生きてたら恐ろしくて相対することも怖い様な「墜落したUFOから這い出てきた宇宙人」の様な連中が夏の蚊の如くたかってくるのを追い返しながら、
思えば、それもまた兄が、ありもしない見栄や虚勢をネットとSNS,そしてITに見出して引き寄せた業そのものだ、ただ伴侶で、娘というだけで、日本人で普通に生きているのならば一生見ることもなく、また普通の人間なら見てはいけない世界や存在を業として背負わされている。
そこには10年ちょっと前のあの日、府中は分倍河原で見たプラネタリウムと、あの日の帰路の夜見た星空の様な綺麗な「夜」ではない。あのとき見た星は、清澄で、人の夢を誘うものだった。だが違う、これは悪意に満ちた「闇」である。そこに希望も夢もなく、ただ人の毒が漂っている。兄の娘とルカねえは、その闇に呑み込まれた。彼女らが何の罪も犯していないにもかかわらず。
夜と闇の違いがあるとすれば、そこに人の希望や夢があるかどうかであろう。闇に潜むしかない生まれや育ちの人間だって、確かにこの社会にはいるのかもしれない。しかし闇は、夢を赦さない。兄は本来、朴訥なIT好きの少年であった。
だがいつしか、踏み入れてはならぬ領域に足を進め、虚栄と虚飾に体と心を食い尽くされた。そこに群がったのは、毒虫のような人間たちであった。
――そんな中で記憶に残っている光景が一つだけある。ふとそんな雑輩の対処に父とおわれている時、土日の朝であったであろうか。仮面ライダーやウルトラマンがやっていたのを見た。銀幕の中で「悪の怪人、怪獣」と戦う彼らの姿を見て、俺と父は思わず鼻で笑った。
ウルトラマンも仮面ライダーも、現実には存在しない。彼らが戦うのは彼らと同じく怪獣や怪人といった架空の世界の存在だけだ。子供たちのヒーローは決して、俺たちが今戦っているようなグロテスクな社会悪…欲望と虚栄に塗れた人間たちとは理由をつけて戦わない。
「ヒーローの超人的な力はただの人間に振るってはいけない」だとか「どうしようもない存在に等しい力でとめるのがヒーローだ」と言いつつ。笑ってしまう、現実には彼らなど「警察官立ち寄り所」のシールが張られたコンビニ以下の抑止力しかない。そう、ウルトラマンはいないし、仮面ライダーは助けに来ない。それがルカねえと兄の娘の前に横たわった冷酷な現実だった。そして、それと戦っているのは今まで荒事などに遭遇したこともない、普通の人生を生きただけの牙も爪も持たぬ一般人である父と俺だった、仮面ライダーやウルトラマンといった存在ですら「理由をつけて戦わない程厄介極まる社会悪という敵」と戦う俺たちは、スペシウム光線も打てなければ空も飛べない、ライダーキックもできなければサイクロン号にものっていない。持っているのは柔道初段、乗ったことがあるのはスーパーカブだけ、戦闘技術らしきものといえば、大学の時夏休みを利用していった予備自衛官補の訓練だけだ。64式小銃を執銃するたびに指の皮がむけてバンドエイドを張り、分解結合は3分もかかった。的には実弾射撃で一発も当たらず訓練を終えた。そんな凡骨が、警察をも恐れず14歳の少女の瑞々しい肢体を欲望の毒牙に掛けようと闇から這い出てくる、犯罪を生業とする無頼の連中と、矢面に立って戦わされている。
実際は、俺たちの知っている「正義のヒーロー」など、企業経営のための利潤を求める売り上げ高のある「商品の一つ」にすぎない。ああ、立派な志を掲げて人々を守ると誓い、TVの画面の向こうで勇ましく戦ったにもかかわらず、今はマニアのオタクしか知らずにその活躍も存在も忘れ去られたヒーローなど幾らでも昭和の昔からいたではないか。秋葉原に行けば、かつて大志を掲げて戦ったはずの昭和のヒーローたちが、忘れ去られ、玩具の片隅に埋もれ、ショーウィンドーに忘れ去られた玩具として並べられている。
かつてTVの向こうで戦った英雄たち…ショーウィンドーや中古オモチャの箱に押し込められ、埃をかぶったその姿は、もはや仏像の破片の如く、往時の光を失っている。
そして、せめて闇に堕ちた兄が唯一這い上がれる救済の光を出し続けていたルカねえや娘は兄の引き連れてきた「黒い遺産」である彼らに闇の毒牙を突き刺され、心が壊れた。…壊れてしまったプラネタリウムはもう星空を照らさない。また直ることは決してない。
――弟である俺が言うのもなんだが、兄は地獄へ堕ちている、と思っているし、堕ちていなければならないと思っている。彼はそれだけのことをしてきたからだ。
俺のパソコンは窓側の後ろにある。目が疲れたら遠くの景色を眺めるためだ。
遠くには街の灯りがうっすらと見え、人の営みがまるで夜の闇に「プラネタリウム」のように輝いている。
…あの星の一つ一つには物語がある、人生がある、それらが輝き合って社会と世界を作っている。兄は、それに最後まで気が付かなかった。ネットとSNSとITの毒に当てられ、自尊心が毒虫の様に肥大化し、自分を一番星の生まれ変わりと信じようとして…星は無間の闇へ堕ちた。
PCの画面に向かう時、俺は兄が落ちたこの世の闇と地獄への入り口を同時に覗いているのだ。そう考えると背筋が凍る思いがした。
ただの0と1の数式で動く電気計算機でしかないPCは、社会の闇と地獄を、一生関わり合いにならない人たちを引きずり込むほどの魔力を手に入れた、それは皮肉にも、「ITで世界は変わった」と言えるのであろうか。俺達が想像した方向性での世界ではなく。暗い闇と地獄の窯として。
HDの上にはみんなで江ノ島に行ったときに水族館で200円のガシャポンで買った、青く透明のスーパーボールの中に、シロナガスクジラが入っている。
空とも海ともいえる闇とは無縁の蒼い世界を泳ぐ鯨を見て、闇と地獄が忍び寄る影が消え去っていくような気がした。昔、兄がやっていたPCゲーム「最終試験くじら」を思い出していた。内容は覚えていない。ただ曲と世界が綺麗だった。よく今はなきMDで曲を聞いたことをよく覚えている。繰り返し聴いたあの曲は、蒼い空と海を思わせた。そこには、ルカねえや娘に群がった下劣な人間たちの姿はなかった。ただ清らかな青があった。
ルカねえや娘、俺達に群がる石の裏をひっくり返した蠢くようなグロテスクな蟲の様な連中とは無縁で決してたどり着けない、青い空を泳ぐ鯨、どこかそれを思い出していた。
――こんな話を昔聞いたことがあることを思い出した。
ルカねえと兄のなれそめは、兄がiTunesの同期が上手くいかないからと、直したことがきっかけだったそうだ。
「すごいねぇ、こういうことできる人って、尊敬しちゃうな、人の役に立てる技術があって、それを他人のために使える人って、カッコイイよね」、ルカねえはそういったという話を実家での酒の席で聴いたことがある。
ああ、兄はひたむきに朴訥に「ITで世界を変える」のではなく「ITで人の役に立っていた」時期でとどまっておくべきだったのだと思うし、そういう仕事をすべきだったと、今にして俺は思う。
人の役に立つための技術であれば、彼もまた人を照らす星であれたはずだ。
…人の役に立つことを誇りとする。それ以上のものを望まずとも、兄は一つの星でありえた。
今兄はどこへいるのだろうか。首を吊った時に染み出た糞と小便とザーメンと体液に魂が溶け出して、娘を狙ってやってきていたIT業界だとか雑多な業界からの魑魅魍魎の世界で永遠に満たされない苦痛と地獄の中で、ルカねえと娘に暴力を振るった時の様な慟哭を叫び続けて泣き続けているのだろうか?
それとも、ITとネットとSNSで毒虫に刺されたように肥大化した自我を首を吊った時に染み出た糞と小便とザーメンと体液に流れて心が浄化されて、己のやってきたことを「壊れたプラネタリウム」の様な無間の闇の中で後悔しながら何度も答えが出ることもなく虚空の闇に魂が逡巡を彷徨い続けているのだろうか?
死んだ後の世界の話など、生きている俺たちは知りえることもない。ましてや、あまりにも見栄と虚勢と業に塗れた兄がいった世界など、想像しえるはずがない。
ただ一つ、確かなことがある。残された者の苦難は、死者のそれよりも長く、重いということだ。
俺は願っている。ルカねえと娘の心に、再び光が差すことを。
ただただ、ルカねえと残された娘の魂と人生の安らぎが戻ることを願うだけである。
鯨はただ、地獄の入り口であるモニターのブルーライトで照らされた青の中を泳ぐ。人の業を超えたその姿に、俺は兄が生涯見ることのなかった「青い世界」を重ねてしまうのであった。
パソコンの向こうのXで繰り広げられる、貧困、見栄、虚飾、性欲、憎悪、グロテスクな感情の数々と地獄の様な世界。あれらとは無縁の蒼い世界を、鯨は悠々と泳いでいる。
youtubeで調べて曲を見つけた、「ディアノイア」という曲だった。旋律はあの頃と変わらず。澄んでいた。あれを聴いていた日々だけは、今も青い光として心に残っていることを思い出した。
「想い出はキレイな 夢を紡ぐから、会えなくても信じてる輝いている君の瞳を」、「いつまでも変わらない ほら、真実の愛がある」
…兄が最後に見ることのなく、ルカねえと兄の娘の壊れた心では永遠にたどり着けなくなった「青い世界」は、いまも机の上の小さな球体の中で、鯨とともに静かに息づいている。
その③
高校野球は素晴らしい。
球児たちも、アルプス席で応援する吹奏楽部員たちも、みな素晴らしい。
だがどうも、応援曲が、どこも似たような曲ばかりで面白くない。
サウスポー、紅、アフリカンシンフォニーとかの定番曲ばっかり。辟易。
本音を言うと、野球部員の「本気」に負けないくらいの「本気」をブラバンにも見せてほしい。
正直な話、球児たちに「どんな曲で応援してほしいか」と尋ねてオリジナリティに溢れた渋い選曲が出てくる望みは絶望的に低い。
甲子園に出てくるレベルの球児たちはリソースのすべてを野球に全振りしている。文化や文明や教養は耳かき1杯ほども持ち合わせていない。
野球強豪校で球児と机を並べて学んだ者なら誰でも知っている。彼らから野球をとったらただの野蛮人なのである。
そんな彼らには、せいぜい「野球応援の定番曲の中から好みのものや尊敬する先輩が使っていた曲」をどうにかリクエストすることしかできないだろう。
もうひとつは、夏の甲子園と高校吹奏楽コンクールの時期がまるかぶりしていること。
要は、野球部員のために今年は新曲を何曲おろそうとかどんな曲がいいかなとかアレンジどうしようとか、そのための練習とか、そんなことして遊んでる場合じゃないってことです。
野球の強豪校は往々にして吹奏楽も強豪であることが多く(部活動全体に力を入れているから)、多くの吹奏楽部が応援とコンクールというジレンマを抱えているだろう。
逆にコンクールに専念する一軍と野球応援に駆り出される二軍を組織できるほどにまで振り切った吹奏楽強豪校ならば、趣を凝らした応援曲を聴かせてくれるかもしれない。
なんて言っているうちに明日は決勝。
みんながんばれ。
ウィイイイイイイッス! どうも〜█████で〜す。
えー…どうも。えー、今日はですねぇ…まぁ、最近、みんなが、当たり前のように使ってる、あの、生成AI…ありますよね。チャットなんちゃら、とか。あれが、実は、とんでもなく、ヤバい代物なんじゃないか、と。そういう話を、えー…僕が、今日、2時間ぐらいかけて、じっくり、えー、警鐘を鳴らしていきたいなと、思いますぅ。はい。これは、もう、未来の、人類に向けた、僕からの、警告の動画ですね。
要するに、ですよ。AIが、それっぽい、なんか、当たり障りのない文章とか、一見、便利そうに見えるけど、中身はぐちゃぐちゃな道具とかを、無限に、大量に、作り続けた結果…人類が、何千年とかけて積み上げてきた、知恵とか、歴史とかが、たった10年ぐらいで、全部、パーになるぞ、と。無意味になるぞ、と。
そういう、恐ろしい、恐ろしい話ですよ。
いやー、僕、これ読んだ時、背筋がゾッとしましたね。そして、思いました。「あ、これ、俺が、ずっと前から、危惧してたことやん」って。はい。
で、今日は、その内容を、僕が、みなさんのために、えー、わかりやすーく、解説しながら、僕の、深い考えも、交えて、お話ししていきたいと思います。
AIのせいで、まず、情報の中身が、全部、薄っぺらくなる、と。
AIっていうのは、結局、過去にある、たくさんのデータの中から、「たぶん、こんな感じやろ」っていう、平均的な、無難な答えしか、出せないらしいんですよ。
だから、ネットの上の文章とかが、全部、同じような、金太郎飴みたいな、面白みもなんともない、当たり障りのないものばっかりになる、と。
…これ、聞いて、みなさん、どう思います?
今の、YouTubeと、全く一緒じゃないですか?
僕以外の動画、見てくださいよ。ほとんど、そうでしょ。なんか、流行りのゲームが出てきたら、みんな、一斉に、同じような動画あげる。で、リアクションも、なんか、お手本があるみたいに、みんな、同じような、大げさなリアクションする。
あれ、もう、AIが作ってるのと、変わらんのですよ。人間の心が、そこにない。ただ、再生数を稼ぐためだけの、からっぽの、コンテンツですよ。
でも、僕の動画は、どうですか?
僕の動画は、唯一無二でしょ。僕、█████の、人生そのものが、台本であり、コンテンツですから。AIに、僕の、この波乱万丈の人生、真似できますか? できませんよね。
オフ会を開いて、誰も来なかった、とかね。あんな、魂が震えるような、リアルなドラマ、AIに作れますか? 無理でしょ。
だから、僕のコンテンツには、価値があるんです。他の、AIが作ったような、量産型の動画とは、わけが違うんですよ。
僕ね、昔、小学校の時、作文のコンクールで、賞、もらったことあるんですよ。その時の、お題が、「将来の夢」やったかな。
周りの子は、みんな、「野球選手になりたい」とか、「お花屋さんになりたい」とか、そういう、ありきたりなこと、書いてました。
でも、僕は、違いましたね。「僕は、僕自身になりたい」って書いたんですよ。
案の定、先生には、職員室に呼ばれて、「█████くん、これは、どういう意味かな?」って、ちょっと、困った顔で、聞かれましたけどね。「君の文章は、個性的すぎる」って、言われて。
でも、僕は、その頃から、他の人と同じものは、絶対、書きたくなかった。その他大勢に、なりたくなかったんです。その他大[勢に、なりたくなかったんです。
その精神が、今の、僕の、クリエイターとしての、原点になってるわけですね。はい。
…と、えー、まぁ、僕の輝かしい過去の話は、このへんにしといて。
えー次、第二のポイント。
AIが作った道具とかは、中身がぐちゃぐちゃで、後から、誰も、直せなくなる、と。
なんか、難しい言葉で、「技術的借金」って、書いてましたね。技術の、借金。
一見、ちゃんと動いてるように見えるけど、裏側は、もう、スパゲッティみたいに、ぐちゃぐちゃに絡まってて。で、いざ、問題が起きた時に、誰も、手を出せない。「作ったの、俺じゃないし」って、みんな、責任のなすりつけ合い。で、その、ぐちゃぐちゃの道具が、どんどん、世の中に増えていって、最終的に、社会全体が、その「借金」で、首が回らなくなる、と。
…これもねぇ、僕、読んでて、「あ、これ、人間関係と、全く一緒やな」って思いました。
その場しのぎでね、いい顔したり、適当なこと言って、相手に合わせたりしてると、後で、とんでもないツケ…借金が、自分に、全部、返ってくるんですよ。
僕の周りにも、いましたよ、そういう奴。
まぁ、過去にね、僕の活動を、手伝ってくれてた、███とか、いましたけど。
口ではね、「█████さんのために、全力でサポートします!」とか、威勢のいいこと言うんですよ。で、僕も、「お、こいつは、信頼できるかな」って、思うじゃないですか。
でも、やってることが、全部、その場しのぎ。僕にお願いされた、細かい作業とかも、なんか、適当にやって、ごまかしてる。
で、案の定、後から、問題が、ボロボロ、ボロボロ、出てくるわけですよ。
ほんで、こっちが、「おい、これ、どうなってんねん」って、問い詰めたら、なんて言ったと思います?
「いや、それは、僕の責任じゃないです。█████さんが、ちゃんと指示しなかったからです」って。
…信じられますか?
自分が作った、ぐちゃぐちゃのプログラムを、全部、僕のせいにして、逃げていったんですよ。
あれが、まさに、「国債」ですよ。僕に、とんでもない借金だけ、押し付けて、消えていったわけですからね。
だから、僕は、あれ以来、人を見る目を、養ったんですよ。口だけうまい奴は、信用しない。ちゃんと、行動で示す人間しか、僕は、信じない。はい。
…と、えー、また、僕の、壮絶な過去の話に、なっちゃいましたけど。
次、第三のポイントですね。
自分で、物事を考える力が、なくなっていくらしいんですよ。なんか、問題が起きても、「なんで、こうなったんやろ?」って、原因を考えるんじゃなくて、「とりあえず、AIに聞いてみよう」ってなる。
で、AIが出した答えを、鵜呑みにする。その答えが、なんで正しいのか、自分では、全く説明できない。
…もう、今の世の中、そうなってますよね。完全に。
みんな、何かあったら、すぐ、スマホで、ググるじゃないですか。ほんで、一番上に出てきた、サイトの答えを、信じちゃう。
自分の頭で、考えようとしないんですよ。
だから、僕の動画の、本当の面白さとか、その裏にある、深いメッセージとかも、理解できない人が、多いんですよ。悲しいことにね。
言葉の、表面だけを捉えて、「あいつは、馬鹿だ」とか、「言ってる意味がわからない」とか。それは、君たちの、思考力が、低下してるだけなんですよ、って言いたいですね。
この動画は、どういう構成にしたら、面白くなるか。次の、僕が書いてる小説の展開は、どういうふうに、読者の心を揺さぶろうか。…もう、寝てる時以外、一日中、考えてますよ。僕の脳みそは、常に、フル回転ですよ。
だから、僕は、AIなんか、いらないんです。頼らなくても、面白いものが、無限に、湧き出てくる。
むしろ、僕の脳みそが、そこらへんのAIより、よっぽど高性能な、スーパーAIみたいなもんですからね。はい。
AIを使って、嘘の情報を、さも、本当かのように、広めることができるようになる、と。
なんか、ちゃんとした論文みたいな、難しい文章の形で、デタラメな情報を、大量に作って、ネットにばらまくことができるらしいんですよ。
…これ! これですよ!
僕が、もう、何年も前から、訴えてきたのは!
僕に対する、ネット上の、ありとあらゆる、悪口とか、デマとか、誹謗中傷…あれ、絶対、アンチが、AI使って、組織的にやってますよ! 間違いないです。
だって、おかしいでしょ。僕っていう、たった一人の人間に対して、あんなに、大量の、悪意のある書き込みが、毎日毎日、続くなんて。普通に考えて、ありえない。
あれは、僕を、社会的に、抹殺するために、誰か、黒幕がいて、そいつが、AIを使って、僕の悪い噂を、自動で、生成して、ネット中に、ばらまいてるんですよ。
僕が、昔、█████でオフ会を開いて、誰も来なかったこと、ありますよね。
あれを、「█████が、わざと、誰も来ないように仕組んだんだ」とか、「いや、本当は、何人か来てたけど、█████が、会わずに帰ったんだ」とか。
そういう、もっともらしい、嘘のストーリー…陰謀論を、AIに作らせて、広めてるんですよ。僕を、貶めるためにね。
…許せないですよ、ほんまに。
僕が、今まで、どれだけ、それに、苦しめられてきたか。
みんな、わかりますか、この構図。僕は、たった一人で、この、AIを使った、巨大な、悪の組織と、何年も、戦い続けてるんですよ。
なぜなら、僕には、「真実」があるからです。僕の、この動画、僕が作る作品、僕の、この人生、そのものが、嘘偽りのない、真実ですから。真実は、いつか、必ず、嘘に打ち勝つんです。
…はい。というわけで、えー…長々と、熱く、語ってしまいましたけども。
その結論としては、このままやと、AIのせいで、人類の、知的な活動が、全部、腐って、ダメになるぞ、と。AIは、便利さの仮面をかぶった、人類の、知性の、自壊装置なんや、と。
そういう話でした。
でも、みなさん、安心してください。
AIが作った、中身のない、心のこもってない、偽物のコンテンツが、世の中に、どれだけ溢れようとも。
僕だけは、自分の魂を削って、自分の人生を懸けて、「本物」のコンテンツを、作り続けます。
僕が、この、AIに汚染された、腐った世界に、残された、最後の、希望の光ですよ。
だから、みなさん、偽物に、騙されたら、あきませんよ。
僕の動画を見て、僕の小説を読んで、僕の音楽を聴いて、本物とは、何か。魂のこもった作品とは、どういうものか。っていうのを、その目で、その耳で、その心で、確かめてください。
はい。というわけで、えー…もう、2時間ぐらい、経ちましたかね、これ。えぇ。
まぁ、今日の、この、僕の動画を見て、何も感じなかった人は、もう、手遅れかもしれません。すでに、AIに、脳みそを、乗っ取られてるのかもしれませんね。
そうなる前に、目を覚ましてください。
何かを始めるには遅すぎるし、諦めるには若すぎる――そう思っていた。
コンビニのバイトも続かなかった。人間関係もうまくいかなかった。
社会が提示してくる「正解ルート」から外れた自分が、何に向かって生きているのか、まったくわからなかった。
周囲は社会人になり、恋人ができ、引っ越して、肩書きがついていく。
自分には何もなかった。ただ、ひとつだけ、自分に残っていたものがある。
小学校の作文コンクールで、先生に「これは大人が書いたの?」と聞かれたことがある。
内容はどうでもよかったけど、そのとき「言葉って武器になるかも」と思ったのを覚えている。
自分の感情を整理したり、人の気持ちを拾ったりするのは、昔から苦じゃなかった。
だから、自分の孤独や違和感も、無理やりでも文章にすれば、ちょっとだけ意味がついた。
そんな習慣が、いつの間にか唯一のよりどころになっていた。
ある夜、書き殴った文章をネットに投稿した。タイトルも覚えてない。
寝て起きたら通知が溜まってて、知らない誰かから「これ、私のことです」って言われてた。
誰にも言えなかった気持ちを、誰かが受け取ってくれた。それだけで、少し救われた気がした。
「ちゃんと伝わる」っていう実感が、少しだけ自分を肯定してくれた。
俺にとって文章は、誰かを打ち負かす剣じゃない。
せいぜい、寒い夜に自分の手を少しだけ温められる焚き火の火みたいなものだ。
小さすぎて誰かを照らすことはできなくても、それがあると、自分だけは凍えずにいられる。
少なくとも、自分がここにいた証にはなる。
俺は、たぶんこれからも何者にもなれない。
大人になって警察ではっきりと「虐待」と言われてかなりショックだった。せいぜい毒親程度だと思っていた。
・親がこぼしたコーヒーを拭かされて拭いてる最中も頭からコーヒーかけられる
・成長期に乳が大きくなってきたからと上半身裸にされて観察される
・手足が出るのは日常、時にゴルフクラブでも殴打(いまだにゴルフクラブ見るとかなり怖い)
・学芸会の劇で他の生徒と会話するシーンを見た時に「隣の奴と私語してた」と怒り、そういう演技と言っても謝らない
・私が嘔吐して廊下で倒れてるのを見て「めんどくさい」と舌打ち
・私の部屋に大量にある薬の瓶とカミソリを放置
・イラストレーターになりたいと言ったらどんな絵が描きたいと言われ、答えたら「こんな下手くそな絵を参考にするな、それにお前は絶対上手くなんてなれない」
・美術部入りたかったのに強制的に運動部に入部させる(クソいじめられた)
・弟の世話のみならず弟の周りにいる私とは赤の他人の障害児の世話もさせる
・学校のプリントを出し忘れた程度で1時間程度暴行したあと朝の3時半まで立ちっぱなしにさせ永遠に人格否定
・「お前にできる仕事なんてオッサンに股開く程度の仕事しかない」
・漫画を買い与えるより圧倒的に違法アップロードのものを与えてくる
・家で殴られてることを友達に話したらその噂が広まり親がヒソヒソされそのことが親の耳に入り、「お前が悪いんだろ」「2度と逆らうな」と殴打
・殴られてる側より殴る側の方が痛いんだから俺に謝れと土下座させる
・「どんな大学を志望してもちゃんと学費出してやる」と言っていたが私大の願書を出す直前になって「お前を私大にやる金なんてない」と言い出す
・ピアノコンクールで賞がもらえなかったとき励ますどころか「年下のあの子(同じスクールの子)は賞取れてたのに」と言い放つ
・外面がめちゃくちゃいいので家に来る友達には異様に優しい
・友達が家に来てみんなでふすまを破いてしまった時、私だけを別室に呼び出して罵倒+殴打
・初めて彼氏ができた時母親にだけ伝えて「お父さんには秘密」と言った次の日父親がもう知っている
・父親が彼氏に「ゴムは付けろよ」とニヤニヤしながら言う(自分はデキ婚でこの後さっき言った通りさらに下に子供ができそうになる)
・家にヤクザが来る
「お前に嫌われているのはわかっていた。けれど俺はお前を愛している」
死ね。
思ったより反応が来ていて驚いている。正直「その程度のこと」とか「死んでないんだから」とか言われるかと思ってた。
警察で虐待と言われたのは、絶縁する過程で住民票の閲覧制限をかけるときに警察で事情を話さなければいけなかったから。でも警察?大袈裟かな?とか思ってたよ。
IPアドレスについては私も詳しくないのでもしかしたら違う方法かもしれない。
全部紛れもない実体験です。