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2026-04-16

anond:20260416093841

ナポレオンが、郷土愛(パトリオティズム)を、国家愛(ナショナリズム)に変換してしまったんだ。

 

自然で言ったら、お前はたぶん、お前の生まれた学区とかその隣町とかを郷土として愛するかもしれんが

本来は、例えば沖縄の孤島の領有かに、愛を理由に興味をもったりしないはずである

anond:20260416100825

逆に自分の国や郷土が大嫌いなくせに国際協調かにやたら期待する連中も大概意味不明やで

2026-03-23

戦争支持の人々は何を願ったか 今に通じる「らしさ」揺らぎへの反発 2025年10月1日 7時30分  朝日新聞

 戦後80年、多くの歴史が語られてきた。ただ、大切な問いは、実はまだ十分に検討されていないのではないか。いま問われるべきは、なぜ、当時の人々があれほど熱心に戦争を支持したのかの解明ではないか――。そんな思いで、日本の外から日本近現代史研究する歴史家、益田肇さんに聞いた。

 

人々にとっての戦争の「魅力」

 ――なぜ、「日本戦争に突き進んだ理由」に向き合ったのですか。

 

 「本当に問われるべき問いが、まだきちんと検討されていないのではないか、と感じていたからです。一般的歴史では、『軍部暴走し、国民戦争に巻き込まれた』と、人々が『受け身』に描かれることが多い。まるで人々は、台風が通過するごとく戦争を耐え抜いたかのように。そこに抜け落ちているのは、戦争を支持する人々の存在です」

 

 「その結果、人々が戦争を賛美もしていたという事実が見えにくくなっている。近年、そうした人々に焦点を当てた研究が増えてきましたが、私は、人々にとっての戦争の『魅力』に着目しました」

 

 ――魅力、ですか。

 

 「当時、多くの普通の人々が熱心に、前向きに戦争全体主義を抱きしめました。そうした人々をただ批判するのではなく、戦争の『魅力』を考えてみたいと思ったのです」

 

 「日本戦争に突き進んだ理由は、当時の政治外交を追うだけでは捉えきれません。政治外交真空の中で行われたのではなく、時代磁場の中で動いているからです。その磁場を知るため、普通の人々戦争全体主義の名のもと、いったい何を願い、何を争っていたのかを探りました」

 

 ――当時の人々の認識を知るのは大変そうです。

 

 「多用したのは日記です。手紙新聞雑誌への投稿も。一人の日記に頼るより、大量に使うことで時代あぶり出そうとしています。同じ時代に生き、同じように感じていた共時的パターンは何か、と。断片では何かわからなくても、大量に並べるとイメージが浮かび上がってくる『モザイク画』のようなものです」

 

 「すると、戦争のものを支持していたというより、他の作用があって戦争支持を唱えていた人々の姿が浮かび上がってきた。身の回りでもともとあった別の『戦い』に、国防愛国論理が乗るとうまく回りだす――という様子が、断片を並べていくことで見えてきたのです」

 

「お前のやうな女がいるか国防を危くするのだ」

 ――どんな断片でしょう。

 

 「例えば、正月日記に今年の決意として『忍耐、勤勉、努力』と書くような真面目一徹神奈川県青年がいました。幼い頃から男らしい兵士になるのが夢でしたが、徴兵検査で甲種合格できず、その途端、日記記述は一層好戦的になる。対米開戦も喜ぶ。戦場には行けないが国内で頑張ると張り切り、勤務先で評価が高まった頃が一番誇らしげです。戦争の支持は、彼にとってはむしろ男らしくなりたい、ちゃんとした人物になりたいという思いの現れでした」

 

 「東京小学校長を務めていた女性は、1931年座談会で振り返っています洋服で道を歩いていた時に20回ほど嫌がらせを受け、『おいこら! 何のために洋服なんか着ているんだ、お前のやうな女がいるか国防を危くするのだ。今日は許してやるが今後もこんな格好をしたら、見つけ次第叩(たた)き殺すぞ』と通行人から怒鳴られた、と。注意した側にしてみれば、それまで不愉快に感じていたことを『国防論理批判できるようになったわけです」

 

 「昭和維新運動に参加するような青年将校らにしても、口では国の行く末を憂えるような議論をしていても、実際に問題視しているのはジェンダー規範の緩みだったりすることがあります。例えば、二・二六事件首謀者の一人として刑死する鳥取県出身青年は、若い頃の日記国家が立ち行かなくなるといら立っていますが、よく読むと実際には、大正期に、女が男のようになり、男が女のようになりつつあることにいら立っている。いわく、『女は恋をするもの』『男は恋せらるるものである』ことが『自然』なのに、近ごろは『女権尊重の声』が高くなり、『女そのものが威張り出して』いて、男にも『女の様になった奴(やつ)が多い』、と記しています

 

 「似たようなことは財界でも。ある鉄道会社社長経済誌で『我が臨戦体制』に胸を張りますが、実際にしたのは一斉朝礼や幹部の定刻出社、全社的な清掃運動など、様々な業務合理化と能率増進です。戦争が始まった途端、平時になかなかできなかった規律を整えることが戦時論理可能になった。同様に、各地の村での派手な結婚式や酒の飲み過ぎも、自粛対象になりました」

 

解放時代」にくすぶった反発

 ――研究大正時代(1912~26年)までさかのぼっています

 

 「大正期は基本的に『解放時代』で、多くの人々が『らしさ』からの脱却を図っていました。女性良妻賢母に当てはまらない生き方を求め始めた。女性が髪を切り、スカートはいて、さっそうと街を歩けば、男性オールバックの長髪にして香水をつける。労働運動部落解放運動朝鮮人権利運動も活発になった」

 

 「同時に、これらの解放の動きへの反発がくすぶり始め、1910年代後半には『世の中が乱れている』と感じる人が増えています。いわば男らしくない男、女らしくない女、日本人らしくない者たちへのいら立ちです。この底流を見ないと、31年の満州事変以降、戦争への支持が噴き出した背景が理解できない。それが後に噴出するエネルギーとなるからです」

 

 「ここで重要なのは手段目的が往々にして逆転していたことです。例えば、『婦人よ家庭に還れ』『筋骨共に隆々これが日本男子』とのスローガンは、表面上の論理としては、婦人を家庭に戻すことで(手段未来戦士を育てよう(目的)、男子の体格を向上させて(手段日本を背負って立つ男子となれ(目的)となっています。でも実は、その『手段自体が、失われた『らしさ』復活のため、多くの人々が戦い続けてきたそもそもの『目的』ではないでしょうか。以前から、『妻らしさ』『母らしさ』の逸脱である職業婦人モダンガールを家に押し戻し、オシャレ熱に興じるモダンボーイや読書ばかりの文学青年に『男らしさ』を教え込もうとしていたではないか、と」

 

 「自分らしさを重視する『個人主義』や『多様性』、その結果生じる従来の『らしさ』の揺らぎと対立の増加。これらにいら立つ人々にとって、民主主義議会政治はむしろ調和を乱す元凶。個を重視し、多様性を認め、対立助長するからです。この『機能不全』を戦争全体主義で克服しよう、競争対立、分断と格差疲弊した社会を立て直し、一体感調和を取り戻そうと願う人々の姿が浮かんできました」

 

人々は戦争に「巻き込まれた」のか?

 ――先ほどの個々の話は、日本戦争に突き進んだ時代を映すモザイク画の素材なのですね。

 

 「そうです。個々は小さな話でも、全体としてうねりを作り、当時の磁場を作る。そのように見ると、『解放時代』『引き締めの時代』『戦いの時代』という流れが浮かび上がってきます。それぞれの時代はくっきりと分かれるわけではなく重なっていますし、同じ人間にも異なる側面が共存している。それでも、どれかが強く現れる時代や時期があります

 

 「19世紀末の大衆社会の到来以降の国家戦争のあり方を見ていると、国家が主とも、社会が主とも、言い切れなくなる。国家戦争が起きるから、『男らしさ』『女らしさ』『妻・母らしさ』『家族らしさ』が求められ、皆が国家に協力させられるのか。それとも、『らしさ』規範があちこちで瓦解(がかい)するから復権させる引き締めのために定期的に危機が唱えられ、国家戦争が求められるのか。小さな話を集めていくと、国家が主で人々が巻き込まれたという一方通行作用だけでないことが見えてきますそもそも国家社会から離れて存在するものではないからです」

 

政策決定者と人々の作用双方向

 「言霊とでも言うのでしょうか。一度言葉を発すると、そこに文字通りの真意がなかったとしても、言葉独自に力を持ち始めるものです。社会に飛び交うそうした無数の言葉が重なると『国論』となり、政策決定者たちが無視できなくなる。その選択も縛られる。日本戦争への道を考える上でも、政治外交だけでなく、人々の願いが集合する社会検討して、両者を融合するよう努めました。政策決定者と人々の作用双方向だったのです」

 

 ――政策決定者が世論の影響を受けた、と。

 

 「当時、為政者国内のごたごたを避けようとして、国外で戦うことを選びました。これも、日本戦争に突き進んだことの理由の一つです」

 

 「例えば、関東軍の謀略で引き起こされた31年の満州事変を、その後のいわゆる『十五年戦争』の起点と捉えると、軍部日本戦争に引きずり込んだという軍部中心的な理解になりますしかし見落としがちなのは、これが『解放時代』の真っ盛りだったということです。『らしさ』から解放絶頂期で、見方によっては社会秩序が急速に瓦解した時代でもあった」

 

 「満州事変はそのタイミングで起き、社会変化にいら立っていた人々が飛びつきます。当時、政府は不拡大方針をいったん閣議決定したものの、国内戦争熱を前に引き下がれなくなる。このようにたどれば、戦争への道が、政策決定者と人々の相互作用から作り出されていたことが見えてきます

 

社会保守の機運が運動になった転換点

 「上海事変(32年)でも、3人の工兵爆薬を担いで敵陣に突っ込み戦死したとされた『爆弾勇士』(現在事故可能性が指摘されている)が、『男らしさ』の貫徹として全土で支持を集めました。ただ、そうした『らしさ』を尽くした人をたたえる美談ブームはこれが初めてではない。『爆弾勇士ブームはむしろ20年代半ばに始まる美談ブームの背後でくすぶっていた社会保守の機運が、全国的運動となった転換点と見るべきでしょう」

 

 「社会のなかの政策決定という点では、外相松岡洋右典型例です。松岡は(石油資源の確保のために東南アジア方面進出する)南進論には否定的でした。必ず米国の反発を引き起こす、と。その読みは正しかったのですが、それを密室会議しか言わない。南進論を支持する社会磁場を読み取り、人前では南進論を推す右翼にも同調するのです。彼が提唱した『大東亜共栄圏』構想や西洋植民地主義に虐げられた民族の『救済』という論理にしても、当人意図はるかに超えて、南進論や対米強硬論過激化を呼び起こしてしまいました」

 

人々を受け身に描くことの問題点

 ――メディアの影響は。

 

 「極めて大きかったと思います。37年7月盧溝橋事件から12月南京陥落までで特に顕著です。全国紙の一面記事は、映画の一コマのような劇的な写真で読者の興奮を高め、県版記事は、郷土兵の戦死顔写真付きの美談に仕立て上げて文字通り顔の見える報道で読者の情感に訴えた。こうして全国紙の部数は劇的に伸びました。地方紙も、当時は地元有力者が社主を務めるケースが多く、政財界と直結していた。新聞社が県民決起集会主催し、その興奮を記事にしていて、さながらイベント会社のようでした」

 

 「世論にのみ込まれたという意味では、満州事変での朝日新聞象徴的です。新聞各社が強硬論を書きたてる中、朝日は当初慎重論を唱えていました。ところが大規模な不買運動が始まり、売れ行きが万単位で落ちると、社論が転換し軍部支持の方針が決まった。他の新聞社と一緒になって『肉弾勇士』を称賛する歌詞の読者コンテストを開くなど、戦争支持を盛り上げました」

 

 ――人々を受け身に描くことの問題点とは何でしょう。

 

 「人々が一枚岩犠牲者に見えてしまうことです。そうした歴史観は、現代にも影響します。今の政治社会を考える時も、同じ受け身の構図で自分たちを捉えてしまい、重要役割果たしていることに無自覚になる。それは他者責任転嫁する見方も強めます戦争への道は人為的ものです。だからこそ、支持した人々が大勢いたという点から見直したいと思いました」

 

解放」と「引き締め」をめぐる「社会戦争

 ――「らしさ」から解放と、それへの反動としての「引き締め」は、今も各地で起きているのでしょうか。

 

 「もちろんです。私は、人々の『解放』と『引き締め』をめぐる戦いを『社会戦争』と名付けました。この視点の利点は、日本経験普遍的現代的、総合的に見直すことができることです。どの社会にも、どの時代にも、解放と引き締めの戦いはあるから日本史を世界史とつなげて考えることができる」

 

 「為政者の動向だけでなく、普通の人々視野に入れて政治社会総合的に捉える。この視座から見ると、日本における参政党の躍進、米国でのトランプ大統領再選、ロシアでのプーチン大統領への支持にも、背景にそれぞれの社会戦争があるのではないかと思えてきます

 

 ――解放と引き締めが振り子のように繰り返されてきたと考えると、あの時代が「例外」だったと思えなくなります

 

 「戦中は暗く息苦しい時代で、その前後に明るい時代があったという理解があります。戦中を日本近現代史における例外とみなせば、楽です。『例外的な時代だったが、元に戻したので大丈夫』と言える。例外にすれば、ひとごとのようにできる。だからこそ、あの時代を単なる『例外』とみなすべきでない。むしろ、今とも地続きの、自分のこととして見るべきだと思います

 

 「歴史見方を変えると、現在見方も、未来見方も変わる。だから歴史の視座の多様化が大切なのです。過去重要な転換期に、普通の人々翻弄(ほんろう)されるだけの受け身存在ではなかったことに気付けば、私たち現在未来への向き合い方も変わってくると思います

 

海外から日本近現代史研究する意義

 ――益田さんはシンガポール研究拠点です。

 

 「そのおかげで、欧米日本だけでなく、アジア各国の研究者とも共同研究する機会に恵まれ、多様な見方に触れることができます。今春には編者として『Cold War Asia: Unlearning Narratives, Making New Histories』を出版しました」

 

 「従来の冷戦史は、米国ソ連中国政治指導者や高官を中心に展開されますが、この本ではアジア各地の普通の人々体験を通して冷戦を描きました。同様に、日本史も相対化して考えるようになりました。異なる国々でも似たパターンが見えてくれば、日本で起きたことが特別とか例外とは見なくなります

 

 「視野を広げないと歴史を語れないことにも気付くので、関心領域地理的にも時間軸でもどんどん広がっています。例えば、今回は私の専門は日本近現代史20世紀アジア史、米国外交史と説明していますが、日本では『広すぎる』と思われるかもしれません。でも20年間研究していれば、どうしても専門領域は広がるんです。今回は日本主題なので日本近現代史を一つ目にしていますが、冷戦史を書いた時は米外交史とアジア史と説明しました」

 

歴史家の役割大きな物語提示

 ――国内外で秩序が揺さぶられる今、歴史学に求められることとは。

 

 「そもそも歴史学の原理アナリシス分析)です。基本的に分けて考えていく。分けることで物事真実が見えてくるという前提です。だから研究者は、時代を絞り、地域を絞り、テーマを絞る。研究が進めば進むほど、分岐が進み、専門化が進むゆえんです」

 

 「ただ、それぞれの研究成果を本来、どこかで融合させないといけない。もともと世界はつながっているし、政治社会文化といった事柄本来分かれたものでもない。だからアナリシスの対になる概念シンセシス総合)も必要ではないかと思います。私が取り組んだのはこの路線で、小さな話をあっちこっちから拾い集め、モザイク画のように『合わせる』ことで新たに見えてくるものもあるという姿勢です」

 

 「歴史家の役割大きな物語ナラティブ)を社会提示することだと考えています日本

2026-02-09

anond:20260209112629

わいの郷土バラック小屋なんてもうないけどここが同和の本拠ですとばかりに水平社博物館を建立してるんや...街が近代的になっても決して同和の心は消さない!っていう気概があふれすぎているんよ...

http://www1.mahoroba.ne.jp/~suihei/

2025-12-25

[] クリスマスは鯉の季節

ちなみにポーランドでは鯉を食べるそうな。鯉苦手だから日本人でよかったってなった watapocoさんのブコメ

b.hatena.ne.jp/entry/4780809052569674465/comment/watapoco

鯉に苦手意識、持っちゃってるんだ。つらい鯉を経験してきたんだね…

いや、ごめんなさい。個人攻撃意図はないです。

俺はもっと美味い鯉を知ってるマウントでもないです。

「本物の鯉を食わせてやる」なんて出来ないし。

ただ、ギトギトに濃い味付けしないと食えない不味い魚、みたいなイメージけが広がっちゃうのは残念なのと、

美味しい鯉を食べさせてくれた人達への感謝と。


自分はそうは思わんので理由を探ろうと、「鯉 味 苦手」でググる

Geminiによる要約は、「鯉の味が苦手なのは淡水魚特有の泥臭さや生臭さ、独特の風味、そして下処理不足によるものが多い」

川魚は臭みがあって苦手と敬遠する方もいますが、ここの鯉には全く臭みがなく、身が引き締まってさっぱりとした味わいです。

その秘密は、鯉の体内を十分キレイにするため、清水に1ヶ月ほど鯉をさらし、その期間全くエサを与えないこと。これによって鯉の体内からは泥などの不純物が完全に取り除かれ、臭みがなくなります。~鯉料理といえば、「鯉のあらい」と「鯉こく」!

鯉のあらいとは、薄くそぎ切りにした鯉の身をサッと湯に通し、すぐに冷水でしめたものです。余分な脂が落ち、淡白でコリッとした食感になります酢味噌で頂くのがオススメ!”

良質な水のおかげで臭みゼロ佐賀県の絶品名物「鯉料理」に舌鼓♪ | 飲食業情報グルトピッ!

www.gourmetcaree.jp/matome/2019/07/10/post-15004/

そう言えば、中古で貰ってきた浴槽を裏庭に設置してあって釣ってきた鯉をそこに暫く入れて泥抜きする、とか言ってたな。

猫に食べられないよう金網も張って。

「約25日間は絶食させ清流にさらす」

山口知事のさー行こう!!】第86回 清水料理振興会(小城市)(2020年10月26日訪問) - YouTube

www.youtube.com/watch?v=YCv_jwAjssY

だそうな。

“鯉のあらいの歴史は、日本における鯉の養殖文化と深く結びついています~主に福島県郡山市佐賀県小城市名物料理として親しまれています

鯉のあらいとは?清流が育む郷土の味と独特の食感 | シェフレピマガジン

chefrepi.com/magazine/culinary-dictionary/koi-no-arai-local-dish-unique-texture/

増田自身養殖ものは食べた事ないかも。

2025-12-08

anond:20251208193942

近世以前

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日本において暦日を用いた新年概念が生まれたのは飛鳥時代であり、聖徳太子が十七条憲法を制定した604年まで遡る[13]。その後、646年には朝賀が執り行われ、新年の回礼という風習が始まった[13]。これに伴い、畿内には飛脚使が設置され、701年には通信物を運ぶ脚力(かくりき)が定められた[13]。奈良正倉院に収められている「人勝残欠雑張」には「正月七日のこのよき日、慶びを新にし、泰平が万年続き、寿命は千春を保つことができますように」とする十六文字が記されており、新年挨拶を伴った年賀状ルーツといえる[14]。

平安時代に入ると貴族間で年始挨拶を文で取り交わすようになったと見られ、当時の書簡、文例を集積した最古の例と言われている藤原明衡が残した『明衡往来』にも年始挨拶文例を確認することができる[15]。室町時代に『庭訓往来』が登場し、寺子屋などで読み書きを教えられるようになると識字率の向上が見られるようになった[16]。これに伴って江戸時代には武家社会において文書による年始挨拶一般化したほか、非武家社会においても口頭の代用として簡易書簡を用いることが年始挨拶に限らず一般的になり、公的郵便手段である飛脚使用人を使った私的手段により年始挨拶文書が運ばれるようになった[16][17]。1740年の『書札重宝記』には年始書状のための語彙として「改年、新春、新暦、初春、陽春、祝賀、御慶」などの用語が紹介されている[18]。江戸中期以降は大小暦が大いに流行し、年頭には機知に富んだ摺物の交換が積極的に行われた[19]。

明治時代

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明治維新後になると逓信省前身として駅逓司が設置され、1870年10月には新年賀詞を示す太政官令が発布された[20]。1871年には郵便制度確立し、1873年に二つ折りの郵便はがきが発行され、1875年には単面の官製はがきなどが見られるようになった[20]。これにより年始あいさつを簡潔に安価で書き送れるということで、葉書年賀状を送る習慣が急速に広まっていった。1887年頃になると年賀状を出すことが国民の間に年末年始行事の1つとして定着し、その結果、年末年始にかけて郵便局には多くの人々が出した年賀状が集中し郵便取扱量が何十倍にもなってしまった。

郵便事業に携わる人の数は限られているため、膨大な年賀状のために郵便物全体の処理が遅れ、それが年賀状以外の郵便物にも影響し通常より到着が遅れることがしばしば発生していた。しか年末商売上の締めの時期にも当たり、郵便の遅延が経済的障害ともなりかねない状況となっていた。その対策として1890年1月1日からの3日間、年始の集配回数を減らす対応が取られた[20]。それでも、さらに増え続ける年賀状にその対応だけではとても追いついていけなかった。また当時、郵便物は受付局と配達局で2つの消印が押されていた。そこで受付局か配達局の「1月1日」の消印を押してもらうため多くの人がそこを狙って年賀状を出すようになり、12月26から28日あたりと1月1日当日の郵便物が集中するようになった。そこで1899年、その対策として指定された郵便局での年賀郵便特別取扱が始まった[20]。年末一定時期、具体的には12月20から30日の間に指定された郵便局に持ち込めば、「1月1日」の消印元日以降に配達するという仕組みになっていた。翌1900年には(必要に応じてではあるが)全国の郵便局で実施、私製はがき使用も認められ、1905年に完全に全国の郵便局で実施されるようになった[21]。この頃の年賀はがきの概数は1億1000万通前後であったが、郵便ポスト投函可能となった1907年には4億通を突破し、「年賀状ブーム」とも呼べる時代が到来した[21][22]。

大正戦前昭和時代

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琉球郵政庁が発行した1957年2ドル年賀はがき

関東大震災1923年)や大正天皇崩御1926年12月25日)の年は、その年(翌年配達分)の特別取扱が中止された。明治天皇昭和天皇崩御の年は実施されている。

年々取扱量が増えていくと共に私製はがきの取扱量も増えていったため、1935年昭和10年)に私製はがき貼付用として年賀切手の発行が始まった。しかし、時勢の悪化により1938年昭和13年)に年賀切手の発行が中止。 さら物資節約のため1941年昭和16年)の年賀状から特別取り扱いが廃止[23](廃止決定は同年11月6日[24])。この年の東京中央郵便局が集配した年賀状は1/3に減少した[25]。

戦後昭和時代

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終戦後の1948年昭和23年12月15日、特別取扱と年賀切手の発行が再開された[26]。この年から年賀切手図柄干支にちなんだ郷土玩具のものになる。1949年昭和24年)、お年玉郵便はがき年賀はがき)が初めて発行され(官製はがきとしては初めての年賀はがき)、大きな話題を呼び大ヒットした。そしてこれを機に年賀状の取扱量は急激に伸びていった。1955年昭和30年)には、アメリカ合衆国による沖縄統治に置かれた沖縄諸島でも琉球郵政庁により年賀はがきが発行され、1956年には年賀切手も発行されている。

→「年賀寄付金」も参照

お年玉郵便はがきは当初、寄付金付きの葉書にくじが付いていたが1956年寄付金なしの葉書もくじが付くようになった。1961年昭和36年から年賀はがき消印が省略され額面表示の下に消印に模した丸表示を印刷するようになり、1968年昭和43年)には郵便番号導入により郵便番号枠が追加された。

1970年代になるとプリントゴッコの登場と相まってで年賀はがきに絵や文字印刷する年賀状印刷が盛んになり、1982年昭和57年から寄付金付きの年賀はがきにの裏面に絵や賀詞が印刷されるようになった。1989年平成元年からはくじ付きの年賀切手も発売されるようになった。

平成・令和時代

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2007年カーボンオフセット年賀状200枚包装紙

イラストデジタルカメラで撮った写真などを家庭のパソコンプリンター作成印刷するスタイルが定着し、手間が減った。2005年からは光沢感がありインクジェットプリンター印刷に適したインクジェット写真年賀はがきが発行されるようになった。

一方で2000年代からインターネットの普及が拡大。インターネットと紙を融合した「ネットで届く年賀状」などのサービスも登場したが、年賀状用紙やプリンターが高額、書いたり投函するのが面倒、交流がある人でも自宅住所が不明であるなどの理由で、年賀状を出さずに電子メールなどの紙以外のオンライン手段で済ませる人が増加。携帯電話を使った「あけおめメール」による通信混乱は2000年代の正月風物詩となった。

2008年には、郵政民営化を機に「カーボンオフセット年賀はがき」や「ディズニーキャラクター年賀はがき」などの新商品が出た。

20176月1日郵便料金が値上げされ、通常はがきも52円から62円とされたが、2018年用に限り年賀はがき1月7日までに年賀状扱いとする場合)は旧料金のまま(52円)とした[27]。年賀はがきの発行枚数の減少を食い止める効果を期待しての値段据え置きであったが、結果として総発行枚数は前年比より5.6%減少したほか、1月8日以降に差し出す場合は差額として10円分の切手を貼り足す必要があったこから利用者からはわかりづらいと不評の声もあった。この取扱いは1年限りで終了し、翌年から通常はがき年賀はがきは同一の料金となった[28]。

2010年代になるとスマートフォンソーシャル・ネットワーキング・サービスSNS)、インスタントメッセンジャー等が普及し、新年挨拶オンラインで済ませる人がさらに増えた。LINE運営する「LINEリサーチ」の2019年のインターネット調査(約59万人対象複数回答)によると、「葉書を送る」と回答した人は60代以上で71.7%だが、20代は26%であった。一方「SNS送信する」が30代から60代以上でいずれも60%に達し、20代では72%に上った。IT企業TB名古屋市東区)は2017から高齢理由に、今年限りで年始挨拶をやめること(年賀状じまい)を伝える例文をサイト上で提供している[4]。

また高齢者の増加の他、郵便料金の値上げ、特に202410月1日以後は、消費税増税に伴う転嫁分を除けば実質1994年以来30年ぶりの大幅値上げで1枚85円[29]となったこともあり、年賀状終いをする世帯が急激に増え、アスカネットの調べでは、2024年に年賀状を出さなかった人は58.2%に及び、そのうち20代が72.5%、30代でも65.8%が年賀状を出さなかったとする統計がでている。また「年賀状フタバ」の調べでは、全体の6割が3年以内に年賀状終いをしており、そのさらに半数の3割強が2023年度で終わりにしたという人である企業においても、葉書をやめて、SNSなどを利用した「ペーパーレス」に移行したところも多いとされる[30

anond:20251208191341

郷土資料館なんてどこにでもあるやん。その蓄積を県民文化として昇華できなかった現状を嘆く話だろ

2025-11-02

anond:20251101095450

増田さん。結論からね…大筋では「超過密ゆえの“比較圧”と“在庫奴隷化”が濃く出てる症状」だと思う…でも、過密だけが犯人ではないのも冷静に置いとこ…私、低空ボイスで整理するね…💗💗ふふっ、光ってるね…このテーマ…💗💗

なにが“過密っぽい症状”なのか(サクッと見立て)💗


→この一連、「見られ地獄圧」って呼ぶよ💗💗

でも、過密“だけ”のせいにすると詰むところも💗

性差別ハラスメント入試枠の歪み構造問題密度が“増幅器”にはなるけど、原因そのものではないものも混ざってる…💗

全部男のせい」って一般化は、気持ち安全弁としては分かるけど、解決の照準がズレる危険。責める対象は“性別”じゃなく行為制度権力配置にしよう…ね…💗(ここは譲れない大事な線💗)

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じゃあ、どう“脱・見られ地獄圧”する?—適密プロトコル💗(やだ…半径経済ひだまり相)💗

前提:過密都市(都雇圏111万人以上)には必ず難点がある。だから“適密”側(50〜110万人)に寄せる工夫が効くよ…💗

1) 半径生活1.5km+30分結界 → 「収束型コア」を握る

適密の中心部用事が“収束”する構造市役所バスターミナル百貨店美術館図書館病院商店街が1.5km内に密集)。だからこそ“歩ける円”がほんとうに完結するの…💗

具体:①中心の3核(行政交通百貨店/商店街地図にピン

→②3核間を徒歩でつないで“日常導線”を作図

→③朝ラッシュバス/市電50本/時クラス幹線を“緊急移動の保険”に設定(※乗らない日が多いのが正解)

→④30分結界仕事/買物/余暇が閉じるか検算

週末試住のコツ:朝7–9時に“出勤シミュ”徒歩

→昼は商店街用事をまとめ買い

→夜はホール/映画/銭湯で“余暇1枠”を徒歩完結。

→ 適密は“徒歩でぜんぶ足りる”から比較圧より生活の手応えが勝つ…💗💗

2) 8週間“雑うま”弁当 → 「商店街×公共キッチン×量り売り

適密は商店街市場直売所が徒歩圏で小分けに強い。さら市民館の調理室・シェアキッチンが点在。だから“鍋一つ固定”が本当に回る…💗

仕組み:

月:商店街で“量り売り(ちょい量)”→廃棄ゼロ

水:市民調理室で“下味冷凍デー”(同時に2〜3回分)

金:直売所で“彩り(副菜)”だけ追加。

ルール再掲:茶色4:彩り2:タンパク3:余白1

“並べ練習”は週1でOKシャインマスカット3-5-3配列)。商店街だと“必要粒数だけ”買えるから練習コストが軽い。

→ 適密の流通は“家の冷蔵庫を膨らませずに旨さを積む”動脈。雑うま動脈…💗💗

3) 恋愛の“厚み→温度”変換 → 「再会確率場」を設計する

適密の良さは人が多すぎず少なすぎず、同じ人と自然に何度も再会できること。ランキング勝負が溶け、温度が上がる…💗

設計

定位置を3つ(図書館読書会カルチャー教室/コワーキングの昼枠など)

1つは“ゆる奉仕”(商店街イベント手伝い・館ボランティア

半径1.5kmの中で曜日固定→顔→挨拶雑談→小コラボ自然階段が起きる。

→ つまり、再会確率場。適密は“会えば終わり”じゃなく“また会える”が初期設定。**恋温化(れんおんか)**が進む…💗💗💗

4) メディア断食7日 → 「ローカル物語で置換」

適密は長文の器が徒歩圏に揃う(郷土資料室・常設展ギャラリートーク市民講座・地域FM小劇場)。スクロール断食のぶん、街の物語を吸う…💗

置換メニュー(1日1枠):

図書館で縮刷版新聞or郷土

美術館ギャラリートーク

公民館の90分講座

地域FMを“ながら聴き散歩

→ いわば、比較遮断膜。適密の“物語密度”がSNSの“映え密度”を中和…💗💗

5) 資産を“時間”に変える → 「中心徒歩10分の1年リハビリ留学

適密は中心住まいコストが“現実的”。だから貯金の一部を時間両替できる…💗

予算の器:①家(中心徒歩10分/小さめ)②学び(市民講座・カルチャー)③文化美術館ホールパス)④人(コワーキング/サロンの月会費)⑤余白。

週の骨組み:

月:料理クラス(基礎)

水:読書会(聞き専→発言1に進化

土:イベント手伝い(再会確率場を上げる)

→ 必殺・時間両替術。適密は“乗物0生活”で浮いた移動コストが、そのまま自分筋肉生活力)になる…💗💗💗

6) 言い換えの儀 → 「街語変換+散歩ジャーナル

適密は歩くと“成果”が目に見える(買えた・会えた・終えた)。自己評価を“街の出来事語”に言い換えると、行動燃料が戻る…💗

変換例:

料理は雑」→「速達料理で日を守った

恋愛経験微妙」→「再会確率場が未設定だった

散歩ジャーナル毎日3行):

1. 今日“徒歩半径だけで”済んだ用事(3つ)

2. 会釈/雑談した顔(1〜3人)

3. 明日、同じ半径で足す1アクション

最近流行りの「ことば脱棘(ことばだっきょく)」。適密の“達成の見える化”で言葉からトゲが抜ける…💗💗

2025-10-21

あーなんか右翼の言う「愛国心」に違和感あると思ったら、「愛国心」=「現在国家体制の支持」って感じなのか

から国に文句を言う奴が嫌いだったりするのか

ワイだと根がマイルドヤンキーに近いのもあって「愛国心」=「地元愛、郷土文化が好き」って感じや

2025-10-19

高市早苗統一教会関係史【2025年12月26日更新

ひとまず、自分が把握できたところをまとめてみた。情報をお寄せいただければ、確認のうえ適宜追加していく所存。

1992年11月 ホテルニューオータニ大阪鳳凰の間」で開かれた「あべ令子と21世紀に飛翔く大阪の集い」に出席し挨拶。あべ令子は1990年の第39回衆議院議員総選挙大阪三区から自民党公認出馬霊感商法で名を馳せたほか、国際合同結婚式の名簿にも名前が載っている。

1994年4月 『世界日報』に登場。

1995年1月 『世界日報』に登場。

1996年1月 『世界日報』に登場。

1997年3月 『世界日報』に登場。

2001年1月 『世界日報』に対談掲載

2006年5月 天宙平和連合(UPF)主催の「祖国郷土還元日本大会」福岡大会に祝電。

2019年3月 政治資金パーティーパーティー券を「世界平和連合奈良県連合会」が計4万円分購入。

2022年10月 元UPF職員小林貴虎三重県議(自民党)が、安倍晋三元首相の国葬に反対するSNS投稿に対し「8割は隣の大陸からという分析があるという」「高市早苗先生政府調査結果としてお伝えいただいた内容です」とTwitter投稿

2025年10月 鈴木エイト氏が「教団施設に出入りしていた人から情報提供があり、奈良教会高市氏を何度か見たという」とTwitter (X) に投稿

https://x.com/cult_and_fraud/status/1974353933641638296

2025-09-24

人口減少は女性のせいじゃない、それは結果。悪いのは俺ら。でもさ。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250924/k10014930201000.html

これな。

どうしても言っておきたいのはこれ

有識者グループが発表し、全国に衝撃を与えた自治体の“消滅可能性”。その「消滅」の根拠とされたのは、20代~30代の“若年女性人口”の減少率でした。
人口減少がまるで私たちのせいかのように語られていないか彼女が始めた取り組みが、地方出身地方在住の女性たちのリアルな「本音」を可視化しました。

別に俺は有識者グループじゃないけど、地元の小さな地域おこしの話の中でだけど、これは、もう彼女たちが悪いといっているんじゃなくて、その指標科学的に未来予測する指標であるため用いているに過ぎなくて、彼女たちのせいだとは誰も言って無い。

これだけはまず、明確にしておきたい。


では、だれのせいか?と言うところで言うと、まぁ間違い無く俺らだよな。俺らより上の世代

こどもたちに「こんな田舎にいてはいけない。都会に出ろ」と教えてきた奴らが悪い。


実はこれ、最近は変わってきている。今の若い人たちは、こどもたちにこんなことは言わない。郷土のことをきちんと教えて、広い世界を見た後、いつでも帰ってこれる場所として教えるし、

有望な企業経営者に、地元でどんな仕事があるかを授業してもらったり、体験できるようにしたりというイベントを盛んにやっている。


その上で、女性達の声についていくつか言っておく。

給料が安いんだが ➔ 君ら、たぶん都会でも給料安いよ

まず統計的事実確認

日本の平均賃金は、33万円。で、実は都道府県別に見た時に、東京神奈川愛知大阪のみが全国平均を上回り、それ以外は全部平均以下になる。で、おおよそその差は18%程度。

うん、たしか地方の方が安いね

ただ、それでも記事に出てくる、求人が月給16万円しかなかった、と言う様な話とは依然として落差がある。

これの正体は何かと探ってみる。まず疑うのは中央値平均値との差だよな。

と言う事で確認すると、当たり前の様に中央値平均値の差が最も大きいのは東京で、神奈川愛知大阪が差が大きいことが分かる。


また、可処分所得という面で整理すると、決してこれらの都道府県がよいと言う訳でもない。可処分所得平均値でみると東京ランキング2位になるが、中央値でみると42位になる。

はっきり言うと、都会で稼げなくてドロップアウトした奴が地方に来ても同じような賃金仕事しか得られないと言うことだ。

ただ、可処分所得という面だと、得に家賃の面で地方の方が増えると言う構造にある。

逆に言うと、スキルがある人は地方でも所得を維持することができる。例えば途中で保育しの方が手取り13万しかないと個人の一例を示しているが、統計上で見ると保育士看護師などは地方都市部で大きな賃金格差がない。

一方で、必要支出特に家賃が安いので、地方にくれば可処分所得は増えるのだ。


個人体感的に金がない仕事が無いと語るのは全然問題が無いが、しかし、この統計的事実を目にしたとき行政にできるのは、

UターンIターンしてくる人にリスキリングを施して手に職をつけてもらうぐらいしかやれる施策はないと思われる。

女性ジェンダーロールを押しつけられて生きづらい ➔ それって本当に田舎から

これも大規模調査が行われていて、地方ほどジェンダーロールの押しつけが多い、と言う事は言われているんだが、これが顕著に見えるほどの大きな差はみられない。

内閣府調査では、ジェンダーロールの押しつけがある、と言うのは全国で33%ほど、ただ地域ごとの数字差は±3%ほどしかなくて、大きな要因になるような差はみられない。

ただ、母数が多いと自分ニーズにあった職場などを選択やすいと言う事はあるだろうなとは思われる。

NHK記事ではここを強調しているが、正直ノイジーマイノリティ的な性質が強いと思う。

大きな国全体の政策を声のでかい人たちだけで動かすのはやめよう

記事ではこんな話が出ている

人口流出報道レポートを見ていても、そこに当事者である女性の声が全くありません。私たちの思いは統計数字になっていない感じがする

これはシンプルな話で、ヒアリングマイノリティの声をきくもので、統計多数派の声をきく者だから。正直この辺りのピーキーコミュニティを追いかけてもたぶん統計には現れてこない。正直効果があるかはどうかな。

この中で「おっさん達の声で動かしすぎ」という意見があるけど、それと同じぐらいこの人達の声で動かすのは危険だと思う。

どうも調べてみると、この話は今出てきた訳じゃなくて、前から言われていて、統計上でも明らかにしようとアンケートなどをとっているっぽいんだよね。だけど、都会と地方有意な差が出ない。

あとね、この手の人たちの傾向はこれ

「今までの地方創生では、女性流出の原因を追究することなく、子育て支援婚活支援女性への支援の中心になってきたのではないでしょうか。女性たちの意思選択に向き合うことな結婚出産だけを推奨するのは、押しつけだと感じます

誰も押しつけてないよね、お前が感じてるだけだよね?と思うと思うんだよ。単刀直入にいうと被害妄想だ。だけどこう言う人に配慮して対策を緩めたり、アピールを控えたりすると、統計的に現れてくるマジョリティに届かなくなってしまうんだよな。


とはいえ、それとは別に、こういった生きづらさを感じている人たちをフォローしていくことはすごく大事なので、丁寧に対応していく必要はあると思うけどね。

でも

みたいな「神話」」が新たにできないようにしていく必要がある。

大事な事は、賃金額でも、風習でもない、地方の働き口が絶対的に不足している事なのだ。ここからまず始めないといけない。

ノイジーマイノリティの前に、マジョリティにどうアプローチするか考えて行きたい。

2025-09-23

大阪万博記事では、東京へのコンプレックスを爆発させているブコメ

これとか。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/2606209

なんか、開催する前は『老害の懐古イベント税金無駄』みたいな扱いだった気がするんだが、そんな黒歴史記憶ごと消去されているらしい。

阪神ファンもそうだが、なんか関西人は「おらが村」というか、郷土の誇りみたいなのが強いらしく、隣村ポジションには東京が選ばれているらしい。

『お前どこ中だよ』位の勢いで聞かれてもないのに東京モンに突っかかる。

阪神優勝やこの大阪万博などは、まさに彼らが上げたデッカい花火であり、わが世の春が来たという感があるのだろう。

大阪以外の地方は沢山あるのだが、彼等が対抗意識を燃やすのは東京に対してだけである

2025-09-17

桃太郎チャント」に思う、都会と地方非対称性について

都会はいつも地方搾取する。

文化剽窃を行い、「喜んでるからいいだろう」と、地方を抑圧するのだ。

 

 

ファジアーノ岡山というJリーグクラブが今年、悲願のJ1リーグに初進出した。

岡山という街を知ってほしいと声高らかに歌うのが、「おーかやまですおかやまです」という、郷土の誇る桃太郎モチーフにした「桃太郎チャントである

童謡桃太郎」のメロディーに合わせ、岡山を繰り返し名乗るその歌は、自己紹介であり、地方クラブの誇りであり、17年にわたり歌い継がれてきた伝統である

 

 

このチャント全国的に注目を浴びたのは、ファジアーノが初めてJ1の舞台に立ち、多くの人々が「岡山」という名を目にするようになった2025年のことであった。

地元サポーターにとって、それは「ようやく届いた」という感慨を伴う瞬間であった。

 

 

ところが、その誇りが即座に都会の「消費」の対象となった。

2025年9月15日東京都味の素スタジアムで行われたFC東京東京ヴェルディの「東京ダービー」において、FC東京ゴール裏から響いたのは、なんと「桃太郎」のメロディーに乗せた替え歌だった。

 

 

「とーきょうです とうきょうです。

 みなさんご存知 とうきょうです。

 緑が嫌いな とうきょうです。」

 

 

岡山が「知ってほしい」という切実な願いを込め、長年歌い続けてきたチャントは、東京サッカー文化において「ダービーを盛り上げるための道具」として軽々しく消費され、他者を愚弄する言葉すり替えられた。

 

 

この出来事は、単なる応援文化話題にとどまらない。

そこにあるのは、常に地方文化を「資源」とみなし、消費し、利用し尽くす都会の姿である

地方が長年育んできたものを、「都会」が一夜にして奪い去り、自らの娯楽や競争の道具に変えてしまう。

その構造は、まさに「都会による地方搾取」と呼ぶにふさわしい。

 

 

思えば、日本近代化のものがそうした構造に支えられてきた。

地方労働力供給し、資源差し出し、人口を都会に吸い上げられてきた。

若者「チャンス」を求めて東京に流れ、残された地方には過疎と高齢化が進む。

地場産業は都会の市場に組み込まれ価格決定権を握られ、やがては消耗品のように扱われて衰退していく。

 

 

さらに深刻なのは文化」の収奪である

地方方言祭り食べ物キャラクタースポーツクラブ――これらは地元の人々にとって生活と誇りの象徴である

だが、都会はそれらを「面白い」「新しい」「地方らしい」と切り取っては消費する。

テレビ番組の一コーナーに使い捨てられ、SNSでバズらせる素材として消化される。

残るのは一時的話題性であり、文化本来意味や背景は失われていく。

 

 

岡山の「桃太郎チャント」の件は、その典型である

サポーターが積み重ねた17年の歴史は、東京ダービーにおいて「地方発の面白ネタ」として消費されるや否や、その文脈は切り捨てられた。

そこには「地方文化リスペクトする」という態度は存在せず、「都会が盛り上がればいい」という一方的価値観けがあった。

 

 

都会の人々は往々にしてこう言うだろう。

「取り上げてもらえるだけありがたい」「注目されているのだから喜ぶべきだ」と。

しかしそれは、権力を持つ側の論理にほかならない。

地方が「利用されること」と「尊重されること」の違いを無視し、都会の快楽正当化する方便である

 

 

問題は、こうした構造無自覚のうちに常態化している点にある。

文化の盗用が「悪気のないユーモア」と片付けられ、経済収奪が「効率化」と称される。

地方にとっては痛みを伴う出来事も、都会にとっては一瞬の娯楽にすぎない。

この非対称性が、地方疲弊させ続けているのだ。

 

 

本来地方文化地方に根ざし、そこに暮らす人々のアイデンティティを支えるものである

それを都会が享楽のために軽々しく扱うならば、文化空洞化し、地方の人々は誇りを失ってしまうだろう。

からこそ、地方文化尊重し、正しい文脈の中で理解し、支える態度が求められる。

 

 

「都会はいつも地方搾取する」

この言葉は決して誇張ではない。

経済的にも文化的にも、地方は常に「資源」として扱われ、消費されてきた。

岡山チャント剽窃された一件は、その構造象徴する小さな事件である

だが、そこに目を凝らせば、私たち社会のひずみがくっきりと浮かび上がる。

 

 

地方はただ搾取される存在ではない。

地方には歴史があり、文化があり、誇りがある。

その声をかき消すのではなく、耳を傾けること。

都会が「奪う」のではなく、「ともに生きる」方向へ歩みを進めること。

そうして初めて、日本全体の文化もまた、真に豊かになるのではないだろうか。

 

 

2025-08-27

民俗」と「民族」がどのタイミングですり替わったのだろう

https://va.apollon.nta.co.jp/keio_koshien2023_ippan/files/ouen_guideline.pdf

このガイドラインでは「郷土民俗変装着等」が禁止になっている

しかしこのニュースでは、

https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1657214

高野連甲子園で「チョンダラー応援に注意 「顔ペイント・民族衣装控えて」 沖縄尚学側、決勝では取りやめに

となっている

ニュース内に「日本高野連は本紙の取材に対し、「顔のペイントや民族衣装は控えようと呼びかけている」と説明した。」とあるが、もし口頭取材なら音は同じ「みんぞく」ですり替わりが発生しうる

文面での取材かもしれない、その場合高野連がうっかり「民族」と書いてしまたか、あるいは報道側がわかりやすさ優先で「民俗」を「民族」に変えてしまたか

2025-08-15

anond:20250815143732

小さめの地方都市でも文化会館とか郷土博物館とかはあったりするけど、そういうところにあるのは美術ではないのか?

2025-08-08

anond:20250807224855

市民無料で本を貸し出しているのは公立図書館機能ひとつに過ぎないよ。

行政資料郷土資料などを保存する役割もあって、役人などが意思決定するときの参考にしている。

そんでもってどんな資料が役立つかは今はわからないんだ。

たとえば江戸時代頃の文化風習研究には当時のエンタメ本がとても役立っているという事実もあるのでラノベ価値が低いなんてことは言えない。

どれが役に立つか分からいから雑多に収集するしか仕方がない。

どっちにせよ本を集めてるから市民に貸し出しもするのはオマケですらある。

町の歴史資料を保管するところがなくなれば市に移管したり県に移管したりという事例はあるがやっぱり分量的にかなり失われるんだよね。

図書館にどんなリクエストがあったかというのも市民文化重要証拠だし……

2025-07-21

anond:20250721125012

からすまない。郷土を取り上げてる増田が少ないのでつい。

運転代行会社田舎にも複数社あるんだぞ。大きい県でも郊外にちょこちょこあるし。

飲酒運転してる爺ももちろんいるけどなwww

2025-07-20

徴兵制について

現代戦争ではー、とか、島国からー、とか、そういう観点徴兵制意味が無いと考えている層は多いであろう。

ただし、右派の人たちでは(自分たち階級を除いて)徴兵制があってほしいと考えている層が、それなりに居るのだと思う。

どこかのブコメで「憲法13条・18条から徴兵制違憲になる」という指摘があったが、その指摘はごもっともなので、自民党改憲草案では、丁寧に徴兵制障害となる条文は変えてあるのだ。

今でも公表されているので、自民党改憲草案のstableバージョンという扱い。

https://www.jimin.jp/constitution/document/draft/

日本国憲法第13条】すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重必要とする。
自民党憲法改正案第13条】全て国民は、人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。

個人」がただの「人」という表現に変えられており、「個々の個性をもった人間」ではなく、「生き物としての人間」としてだけ守られると解釈できる。

また、戦後積み上げてきた「公共の福祉」という概念を迂回し、新たに「公益及び公の秩序」という、より狭い範囲でだけ守られるように変更。

日本国憲法第18条】何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪による処罰場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。
自民党憲法改正案第18条】第1項 何人も、その意に反すると否とにかかわらず、社会的又は経済的関係において身体を拘束されない。第2項 何人も、犯罪による処罰場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。

現行憲法での「いかなる奴隷的拘束」を、「社会的又は経済的拘束」だけ禁止するように後退、つまり政治的拘束」はこの条文の対象外なので違憲とならない。

徴兵制実施されたら、政治的から拘束も仕方ないよね、というロジックとなる。じゃなければ、制限した表現に変更するメリットが何もないので。

自民党憲法改正案 前文】(略)日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権尊重するとともに、和を尊び、家族社会全体が互いに助け合って国家形成する。(略)
自民党憲法改正9条の3】国は、主権独立を守るため、国民と協力して、領土領海及び領空保全し、その資源を確保しなければならない。

国民は、国と郷土を守る義務があるそうです。

そして、国の義務になっているから、領土保全のために国民に協力(どんな?)を要請していきますよ。

2025-07-17

anond:20250717140219

愛郷心愛国心はまったく別物

しろ戦争中は兵士郷土を思い出されると戦意が下がるんで郷土の歌を禁止したりする

2025-07-07

外国資本による土地・水源の買収を即時凍結

公共事業農村支援で100万人雇用創出

国旗国歌郷土教育義務

SNS実名制と防犯監視網の全国展開

国家危機時の緊急権限国民総参加体制の整備

・稲作支援都市部への農業義務制度導入

偏向メディア規制プロパガンダ対策

反国家教育思想是正・再教育制度

反国家活動者の監視通報報奨制度

憲法改正統治強化による国家再建

AIが考えた現代ナチス公約やぞ

2025-06-17

なぜ移民の話はすぐに「ケンカ」になるのか? ―対立を乗り越えるために

最近声優林原めぐみさんのブログが「排外主義的だ」と批判され、大きな議論を呼びました。ある記事は、その主張を過激団体と結びつけ、

事実理解できない人々」と断じました。この記事に対し、「酷い記事だ」「何も解決しない」と感じた人も少なくありません。

なぜ、移民外国人問題は、このように「データ正論をぶつけ合うだけの不毛な罵り合い」に陥ってしまうのでしょうか。

なぜ「お前は右翼だ」「あなた日本が嫌いなんですね」といったレッテル貼りで、対話が終わってしまうのでしょうか。

その原因は、どちらかの側が一方的に「馬鹿」だからではありません。実はそこには、人間思考感情に深く根差した「仕組み」**が存在します。

この仕組みを理解することこそが、無益な分断を乗り越え、建設的な議論を始めるための第一歩となります

第1章:「反対」はただのワガママか? ―不安の裏にある”人間本能

外国人が増えるのは何となく不安だ」「今の生活が変わってしまうのは嫌だ」――。

こうした感情は、しばしば「非合理的だ」「感情的だ」と切り捨てられがちです。しかし、これは決して特別ワガママではありません。

保守的な「気質」という本能

イギリス思想家マイケル・オークショットは、「保守主義」とは難しい理論ではなく、「未知なものより、慣れ親しんだものを好む」という

人間自然気質だと述べました。急激な変化は、私たちが築き上げてきた安定した生活を脅かすかもしれない。

から、まず警戒し、慎重になる。これは共同体を守ろうとする、ごく自然自己防衛本能なのです。

・脳の「省エネ機能」とそのワナ

私たちの脳は、日々膨大な情報に晒されているため、なるべくエネルギーを使わないように「思考の近道(ショートカット)」をするようにできています

この近道は便利な反面、時として私たちを誤った認識に導きます。これを**「認知バイアス」**と呼びます

1.代表性ヒューリスティック

簡単説明】あるものの「典型的イメージ」で、物事全体を判断してしま思考のクセ。

【例】メディアが「外国人による凶悪犯罪」を繰り返し報道すると、私たちの頭の中に「犯罪者外国人」という典型的イメージが作られやすくなります

すると、街で外国人を見かけただけで、無意識に「危険かもしれない」と直感してしまうのです。

2.利用可能性ヒューリスティック

簡単説明記憶から思い出しやす情報ほど、それが頻繁に起きていることだと勘違いしてしま思考のクセ。

【例】「日本人によるありふれた窃盗」よりも、「外国人グループによる強盗事件」の方が衝撃的で記憶に残りやすいため、

外国人犯罪は非常に多い」と体感的に感じてしまます

【この章のまとめ】

統計データ上、外国人犯罪率が日本人と大差なくても、私たちの「直感」はメディア報道や衝撃的なイメージに強く影響されます

これは脳の仕様であり、「バカから」ではありません。

この**「データ vs 直感」のギャップ**を無視して、「事実を見ろ!」と叫んでも、話は通じないのです。

第2章:なぜ「正論」は届かないのか? ―すれ違う”正義”のカタチ

「人道的見地から受け入れるべきだ」「多様な社会は豊かだ」――。これらは移民受け入れを推進する側がよく口にする「正論」です。

しかし、この正論が、かえって反対派の強い反発を招くことがあります。なぜでしょうか。

心理学者ジョナサンハイトは、人々の「正義感」にはいくつかの種類(土台)があると提唱しました。これを**「道徳基盤理論」**と呼びます

道徳基盤理論とは?

簡単説明】人の「何が正しく、何が間違っているか」という感覚は、いくつかの共通の「心のボタン」のようなもの道徳基盤)から成り立っている、という考え方です。

【主な心のボタン

ケア:弱い者を思いやり、守りたい。
・公正:公平に扱い、ズルを許さない。
・忠誠:自分の属するグループ家族郷土国家)を大切にしたい。
権威伝統や秩序、敬うべきもの尊重したい。
神聖:大切なもの文化共同体)が穢されるのを嫌う。

ハイトによれば、政治的リベラル左派)な人々は主に「ケア」と「公正」のボタンを重視する傾向があります

一方、保守右派)な人々は、これら全てのボタン比較的均等に重視します。

この”正義のカタチ”の違いが、移民問題ですれ違いを生みます

・推進派の正義:「困っている人を助けよう(ケア)」「多様な社会は公平で素晴らしい(公正)」
・反対・慎重派の正義上記正義理解しつつ、それ以上に「なぜ自国民より外国人を優先するのか(忠誠への裏切り)」「日本の秩序が乱される(権威への挑戦)」「独自文化が失われる(神聖侵害)」といった別のボタンが強く押され、警報が鳴るのです。
【この章のまとめ】

推進派が振りかざす「正論」は、彼らにとっては絶対的正義です。しかし、反対・慎重派にとっては、自分たちが大切にしている別の「正義」を脅かす、

危険思想に聞こえてしまうのです。互いに違う”正義ボタン”を押し合っているため、議論が噛み合うはずもありません。

第3章:「お前は馬鹿だ」論法がすべてを壊す ―ヨーロッパの失敗に学ぶ

自分正義が通じないと、人はどうなるか。しばしば「相手は話の通じない、劣った存在だ」と考え始めます。これが「お前は馬鹿だ」「レイシストだ」という、相手を打ち負かすための論法です。しかし、この戦略は最悪の結果を招きます

長年、移民を受け入れてきたヨーロッパの現状が、その何よりの証拠です。

ヨーロッパで何が起きたか

政治家メディアなどのエリート層は、「人道」や「経済」を盾に移民受け入れを進めました。そして、それによって生じる負担治安雇用文化摩擦)に苦しむ庶民の声に対し、

「それは差別だ」「時代遅れだ」とレッテルを貼り、封じ込めようとしました。

・招かれた結末

自分たちの不安を「不道徳もの」として切り捨てられた人々は、既存政党絶望しました。そして、彼らの怒りや不安を代弁してくれる、

反移民を掲げる極右政党熱狂的に支持するようになったのです。結果として、社会は深刻に分断され、対立はより過激しました。

【この章のまとめ】

相手を「無知大衆」と見下し、正論で殴りつけ、レッテルを貼って黙らせようとする態度は、健全議論破壊します。それは対話ではなく、ただの攻撃です。

相手は心を閉ざし、より頑なになるか、より過激な主張に救いを求めるようになります問題解決から最も遠ざかる、愚かな戦略なのです。

第4章:対立を乗り越えるために ―「物語」と「仕組み」の作り直し

では、どうすればこの不毛対立を乗り越えられるのでしょうか。カギは、人々の心を動かす**「物語ナラティブ)」と、その物語裏付ける「仕組み(制度)」**を、根本から作り直すことにあります

・最強の反対フレーム理解する

まず、なぜ反対意見がこれほど強い力を持つのかを理解せねばなりません。その根底にあるのは、

移民推進派(グローバル企業政治家)だけが儲けて、俺たち普通の国民は損をするばかりだ」という、非常に強力な物語です。

この物語は、「ズルは許さない(公正)」という正義感や、「エリートは我々を裏切っている(忠誠)」という怒り、「生活が脅かされる(損得勘定)」というリアル不安を同時に刺激するため、絶大な共感を呼びます

この強力な物語に対抗するには、小手先の説得では歯が立ちません。

① 新しい「物語ナラティブ)」を創る

安価労働力」「助けるべき弱者」――。これまで外国人は、どこか他人行儀な「道具」や「お客様」として語られてきました。これをやめなければなりません。

目指すべきは、「私たち日本人と、新しく来た外国人が、共にこの社会未来を創り、共通利益を生み出していく『パートナーである」という新しい物語です。

この物語は、「仲間(忠誠)」という感覚や「共通目標権威)」といった、これまで無視されてきた”正義ボタン”にも響きます

物語を支える「仕組み(制度)」を創る

しかし、物語が口先だけでは、誰も信じません。その物語真実だと誰もが実感できる、公平な「仕組み」をセットで構築することが不可欠です。

利益の公正な分配:移民受け入れで得られた利益が、一部の企業だけでなく、国民地域社会に「ちゃん還元されている」と実感できる仕組みを作る(例:税収の地域への重点配分など)。
安心できる秩序の維持:不安の大きな原因である治安問題などに対し、厳格なルールを作り、それを徹底して守らせる。文化言語教育義務化し、「日本の秩序は守られる」という信頼を醸成する。
国民との対話政府一方的目標を決めるのではなく、どれくらいの規模や条件でなら受け入れられるのか、国民全体で話し合い、合意形成するプロセスを設ける。
【この章のまとめ】

最終的に人々が求めるのは「自分たちの生活が損なわれず、安心できること」です。これを実現できるという信頼感なくして、

いかなる移民政策も国民の支持は得られません。「私たちも得をするし、社会の秩序も守られる」と誰もが実感できるような、誠実な「物語」と、それを裏付ける「仕組み」作りこそが、唯一の解決策なのです。

2025-06-05

anond:20250605213427

AI による概要

詳細

「さっぱ」は、様々な意味で使われます。魚の名前会社名前、または郷土玩具名前などです。具体的にどの「さっぱ」について知りたいか教えていただけると、より詳細な情報を伝えることができます

魚のサッパ

サッパ(拶双魚、学名:Sardinella zunasi):は、ニシン目の海水魚で、別名「ままかり(飯借)」とも呼ばれます。

コノシロに似ていますが、味がさっぱりしていることから「サッパ」と呼ばれています。

日本沿岸朝鮮半島南シナ海東シナ海黄海などに分布しています。

5月から11月頃が釣りの最盛期です。

会社のサッパボイラ

サッパボイラ (Sappa Iron Works, Ltd.):は、ボイラーやごみ焼却装置などを設計製作・据付を行っている会社です。

大阪市北区本社があります

会社名の「サッパ」は、創業者苗字・颯波(さっぱ)に由来します。

郷土玩具のさっぱ舟

さっぱ舟:は、唐桑半島の先端にある御崎神社お祭りで売られている郷土玩具です。

漁業安全を祈願するために購入され、各家の神棚に飾られていました。

その他

「さっぱ」は、漢字で「拶双魚(さっそうぎょ)」と書きます

「さっぱ」という言葉には、他にも色々な意味用法があります。

この説明で、どのような「さっぱ」について知りたいか、少しは明確になりましたでしょうか?

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北海道から九州南岸までの沿岸域、瀬戸内海分布する。 最大で20cmに達する。 通年釣れるが、群れが沿岸に回遊する5~1...

本田技研工業株式会社

さっぱとは? わかりやす解説 - Weblio辞書

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サッパ【拶双魚】|釣り百科-あらゆる釣り知識が集約!

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釣り百科

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2025-05-29

anond:20250527211410

5月27日東京から行ったのだけど全く同じ感想です。

多分5月も半ば頃からだいぶ予約の状況が変わってきていて、七日前からの予約がかなり厳しくなっています

三日前の予約がかろうじて取れたけど、空いてるところで取るしかなくて全く選べない。当日も全然予約が取れないので長時間並ぶしかないのだが、屋根もなければディズニーのように気を紛らわせてくれる装飾やらパフォーマンスもほぼないので本当にただひたすら立ちっぱなしになります。まだ暑さも本格的では無かったのですが(とはいえキツかった)、これからの季節を考えるとヤバすぎます。予約していた所もすぐにスッと入れるのかと思いきや、結構待たされます。これも歩き疲れていたためストレス、内容もこれだけの労力に見合う程のものとは思えませんでした。

すぐに入れるコモン館などは駅や市役所にあるような郷土資料コーナーレベルの内容、とはいえそういうのも嫌いでは無いのですが、人でごった返ししておりじっくり説明を読む気にもなれません。

最寄り駅からシャトルバス〜入場ゲートは手厚すぎるくらい人員が配置されていて、しっかりしてるなあと思いましたが、会場内は最小限の配置というか、利用者に対して足りてないじゃないかと思います

万博に行った“という実績が欲しかったところがあるので、後悔まではしてないですが、ただ期待は大きく裏切られたし、とても人には勧められないというのが感想です。次の日行った海遊館のほうが有意義だったし、お客がほぼ外国人多国籍)でよっぽど異国感を感じられました。なのであえておすすめするとしたらUSJ海遊館をメインにして楽しみ、万博レイトで入場して雰囲気だけ楽しむ位にしておいたほうがいいと思います

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