はてなキーワード: 軍部とは
兵士数ベースでは現在も日本が最大級で、約5万人超の米軍人が駐留しています。
アメリカの傘下だ。
沖縄県(嘉手納基地など)に集中し、米軍専用施設の約70%が存在。
国際的には、Japan Self-Defense Forces(自衛隊)は事実上の「軍隊」とみなされることが多いです。装備・指揮系統・任務・法体系が通常の軍とほぼ同じだからです。
自衛隊は軍隊であるという認識がほぼ世界的なものだが、自衛隊が兵士でないというなら日本は米軍兵士しかいないことになる。
2026年3月16日の辺野古沖抗議船転覆事故から1ヶ月以上が経過した現在も、ヘリ基地反対協議会(安次富浩氏ら)は遺族に対し、直接的な対面謝罪・手紙・弔電を一切行っていません。
https://news.yahoo.co.jp/articles/a8e1ce17609471c2b5cac0a6f5b279117d0b58c8
記事によると、共同代表の仲村善幸氏と事務局長の東恩納琢磨氏に記者が「なぜ遺族に謝罪しないのか」と直接聞いたところ、両氏とも口を揃えて「弁護士に聞いてください」と回答しただけでした。4月3日頃に弁護士を通じて「遺族の意向を確認中ですのでお待ちください」と学校側に連絡した記録はありますが、対面謝罪や手紙・弔電などの具体的なアクションは確認されていません。
この「謝れない」姿勢は、単なる個人の冷たさではなく、構造的な問題です。
共同代表制・構成団体連合という分散型組織のため、誰が最終責任者かわかりません。共産党(北部地区委員会が構成団体)、日本基督教団社会派、労働組合、辺野古基金などが緩やかに連携し、責任をたらい回しにできます。結果、「団体として謝罪した」「政府の責任だ」と主張することで、個別・具体的な謝罪を回避します。
「平和」「反基地」「民意の抵抗」という強い大義が、違法占拠(テント村・海上カヌー)や違法運航(無登録船・無保険)を正当化します。謝罪をすれば「自分たちの活動に非がある」と認めることになり、運動の正当性が揺らぐため、心理的・組織的に極めてハードルが高い。
最も深刻な要因は、運動の継続自体が利権を生み出す分散型ネットワークです。
・辺野古基金の資金循環 2015年に設立された辺野古基金は、2026年3月末時点で寄付総額約8億5,492万円(124,939件)を集め、ほぼ全額を反対運動の支援・運営費に充てています。主な寄付元は教職員組合(日教組・全教)や自治労などからの組織的寄付です。
・修学旅行・平和学習からの収入 年間約2,000校に上る沖縄平和学習で、抗議船使用料(「協力金」「カンパ」名目で1人あたり数千円)、民泊プログラム料、ガイド料が発生します。同志社国際高校の事故時も、船員3人に対して各5,000円(計15,000円)が支払われていました。
・激励ツアーなどの商業的活動 富士国際旅行社などが「辺野古・高江激励訪問ツアー」(8〜9万円/人)を定期的に企画・販売し、ヘリ基地反対協議会が現地ガイド役を務めています。これらの参加費もネットワーク内に還流します。
・宗教献金の役割 日本基督教団社会派では、信徒献金や牧師謝儀が抗議船購入・運用資金に間接的に使われるケースが確認されています。
一つの団体が「やめよう」と言い出せば、全体の資金源が失われ、ネットワークが崩壊する可能性があります。このことが、主体的な意思表明・反省・方針転換を実質的に不可能にしています。
安次富浩氏ら協議会メンバーは事故直後の記者会見で私服のまま出席し、腕組みをして仏頂面で臨むなど、責任回避的な態度が目立ちました。小池晃共産党書記局長も会見で「平和の問題を一生懸命勉強して沖縄まで来られた方が…命を落とされるのは絶対あってはならない」と述べ、事故を「平和教育の犠牲」として位置づけ、政府責任論を強調しました。
戦前は軍部・政府が「聖戦」「神風」「大本営発表」で失敗を認めず、内部批判を「非国民」として排除しました。現在も「平和」という大義名分のもと、事故原因の自己検証や活動の見直しが極めて困難になっています。明確な指揮系統がない分散型ネットワークは、外部からの是正圧力(海上保安庁捜査・文科省通知)を受けつつも、内部自浄が機能しない「集団無責任体制」を生み出しています。
基地反対団体の「謝れない構造」は、集団無責任体制+大義名分+相互依存ネットワークと資金還流が複合的に絡み合った結果です。
これは戦前の総動員体制の「誰も最終責任を取らない」病理を現代版です。トップが存在しない様々な団体が、思想と利権で結びついているため、「大義に逆らう」主体的な反省や方針転換をすることは、実質的に不可能な状態です。
現実を見ない軍部が精神論だけで戦争に突き進んだという評価がされてるけど、戦争を起こさなくてもジリ貧でアメリカにやられてたから、まだ戦える力のあるうちにワンチャンにかけて戦争を仕掛けたのはある種の合理性である。
以下は、日本の内閣総理大臣(首相)経験者のうち、暗殺(または襲撃により死亡)された人物の一覧です。歴代首相経験者(約64人程度)のうち、7人が該当します。
暗殺された首相経験者(時系列順)伊藤博文(初代・第5・7・10代首相、1841-1909) 1909年(明治42年)10月26日、中国・ハルビン駅で韓国独立運動家・安重根により銃撃され死亡(当時は枢密院議長)。
原敬(第19代首相、1856-1921) 1921年(大正10年)11月4日、東京駅で青年・中岡艮一により短刀で刺殺(現職首相)。
浜口雄幸(第27代首相、1870-1931) 1930年(昭和5年)11月14日、東京駅で右翼活動家により銃撃され負傷。療養中に容態が悪化し、1931年8月に死亡。
ロンドン海軍軍縮条約関連の反発が背景(現職首相時の襲撃)。
犬養毅(第29代首相、1855-1932) 1932年(昭和7年)5月15日、「五・一五事件」で海軍青年将校らにより首相官邸で射殺(現職首相)。
高橋是清(第20代首相、1854-1936) 1936年(昭和11年)2月26日、「二・二六事件」で陸軍青年将校により自宅で殺害(元首相・当時蔵相)。
斎藤実(第30代首相、1858-1936) 1936年(昭和11年)2月26日、同「二・二六事件」で殺害(元首相・当時内大臣)。
安倍晋三(第90・96-98代首相、1954-2022) 2022年(令和4年)7月8日、奈良市内で街頭演説中に元海上自衛隊員により銃撃され死亡(元首相)。
補足
現職首相として直接暗殺されたのは、原敬・犬養毅の2人(浜口雄幸は負傷後の死亡のため含む場合あり)。
これらの事件は、大正デモクラシー期や昭和初期の政治的不安定(軍部・右翼の台頭)を象徴するものが多く、日本政治史に大きな影響を与えました。
戦後では安倍晋三元首相が初のケースで、それ以前の要人襲撃(例: 岸信介首相の負傷など)は死亡に至らないものがほとんどです。
はい、戦時中(特に昭和10年代後半~1945年頃)に「国家神道」という具体的な用語が使われていたのは、ごく一部の限られた場面だけでした。一般的・日常的に広く流通していた言葉ではなかった、というのが正確な理解です。
gendai.media
「国家神道」という言葉は、帝国議会での一部議員の発言(例:1908年・1911年の小田貫一議員の発言)や、神道学者・内務省・陸軍省関係者の専門的な議論、軍部や学術文書の中で散発的に見られる程度でした。
しかし、一般国民向けの新聞・雑誌・教科書・プロパガンダ、学校教育、日常会話ではほとんど登場しませんでした。代わりに使われていたのは「神道」「神社神道」「国家の祭祀」「皇道」「国体」「惟神の道」などの表現です。
軍国主義が強まる中で、神社参拝・遥拝・戦勝祈願・八紘一宇・聖戦などの実践やイデオロギーは確かに国家的に推進され、国民生活に深く浸透しました(教育勅語の読み上げ、神社への強制的な寄付や参拝、靖国神社の位置づけなど)。
しかし、それらを一括りにして「国家神道」と呼ぶ用語自体は、依然として専門家・官僚・軍部内の限定的な文脈でしか使われていませんでした。
一般大衆やメディアでは「神ながらの道」「天皇の道」「国体精神」といった言葉が主流で、「国家神道」というカテゴリー名はほとんど普及していませんでした。
なぜ「ごく一部」だったのか当時の公式スタンスは「神社神道は宗教ではない」(国家の祭祀・道徳教育・愛国心養成のための非宗教的施設)というものでした。これを「宗教の一形態」として「国家神道」と名付けてしまうと、憲法上の信教の自由と矛盾する恐れがあったため、用語として避けられていた側面があります。
GHQの神道指令(1945年12月)で、初めて「国家神道(State Shinto)」が明確に定義・命名され、戦後の歴史叙述で一気に広まったのです。それ以前は、実態(国家管理の神社体系+天皇中心のイデオロギー)はあっても、統一的なラベルとして定着していなかった。
まとめ実態(国家が神社を管理・利用し、天皇崇拝を国民統合のツールにした体系) → 戦前から戦時中まで強く存在し、特に戦時中は軍事動員に活用されました。
「国家神道」という用語 → 戦前・戦時中はごく一部の専門的・官僚的な文脈でしか使われず、国民一般には馴染みの薄い言葉でした。
つまり、あなたの理解「戦時中に使われていたのはごく一部だけ」は、用語の使用頻度・普及度という点では正しいです。ただし、実態としての「国家神道的な仕組みや思想」は戦時中にかなり強力に機能していた、という区別が大事です。戦後のGHQがこの用語を導入して「軍国主義の源泉」として批判的に総称したことで、今日のイメージが形成された部分が大きいと言えます。
50ブクマ以上ついたposfieまとめを過去80件近く調べたら7割近くがオーディンが作ったまとめだった。
ここまでくると才能だよ、オーディン。俺らブクマカはオーディンが取捨選択したツイートで世間を知った気になっている。
まとめられていないツイートを考慮すると、印象が全く異なる話題もあるかもしれないのに。
なんだか情けないよ
| 日付 | まとめ作者 | 記事タイトル(オーディンのまとめのタイトルは無駄に長いので冒頭50文字だけ) |
|---|---|---|
| 2026/04/12 | オーディン | 退去の立ち会いで管理会社に「クリーニング代5万+壁紙張替え8万+鍵交換2万で合計15万円です」と言わ |
| 2026/04/10 | オーディン | 配送のために駐車し、マンションに置き配していた2〜3分の間に駐車違反となったポスト主だが、こんな事が |
| 2026/04/10 | オーディン | 消費減税のレジ改修に「1年必要」と事業者が答えたが、たった7社しかなく、なぜかリクルート社も入ってい |
| 2026/04/10 | オーディン | なぜ今の家は「直せない」のか。日本家屋は「素材」の集まりで、大工の腕があれば100年前の柱にも新しい |
| 2026/04/09 | オーディン | 相続税。抜け道なんてなんぼでもあるからな。例えば、親が買ったマンションに子どもが無料で住んでも、贈与 |
| 2026/04/09 | ゴールデンハニワ | 「ゴッドハンド輝」などで知られるマンガ家の山本航輝先生が「担当者の言う通りにしていても成功するわけじ |
| 2026/04/09 | オーディン | 京都府、安達結希くん行方不明で衝撃の最新情報を文春が発表。母親が再婚して、父親は継父。2人は結希くん |
| 2026/04/09 | オーディン | 「文明のはじまりを掘っていたはずなのに、出てきたのは“人じゃない顔”だった」今のイラクあたりにあった |
| 2026/04/09 | オーディン | これまで、反高市デモのことは見聞きしてきたけど、こんなに女子比率が高いのは、たぶんどこも伝えてない→ |
| 2026/04/08 | オーディン | 小学校の入学式でひらがなを読めない子供が靴箱から他人の靴を履いて帰ってしまい、踵を潰してしまった上、 |
| 2026/04/08 | ゴールデンハニワ | 「メルカリがやばいとか色々言われているけどフリマの中だと一番マシだと思います。私の中だと一番やばいの |
| 2026/04/08 | Count_Down_000 | 「動作に慣れてはいくが、上達してるわけでない」……室伏広治が「いかに反復させないで練習するか」を重視 |
| 2026/04/07 | オーディン | 「アメリカのシャワーヘッドって、ほぼ固定式なの。なんでなんだろ」日本のみたいにホース式じゃないとお尻 |
| 2026/04/07 | オーディン | 婚活市場が地獄だと言われて久しいが、地獄の正体を構造で説明できる人は少ない。答えはシンプルだ。「女性 |
| 2026/04/07 | ミサイルマン | 「知人が家賃補助10万ちょっとあって、彼女と16万の部屋で同棲し家賃折半ってなった時に8万請求したら |
| 2026/04/07 | OOEDO | 社民党党首選後の記者会見、怒号や途中退出など歴史的大混乱に。その反響 |
| 2026/04/06 | オーディン | 日本の文化の特殊さを語る上で欠かせないのがErin Meyerの研究で、日本はTop-downを強く |
| 2026/04/06 | ゴールデンハニワ | カバー株式会社の「運営体制の変更」によってサポートが行われなくなったホロスターズ、現在複数のタレント |
| 2026/04/05 | オーディン | 女性にはハイパーガミー(格上オス好き)の本能がある。自由恋愛に任せると恋愛市場はどうしても上位男性に |
| 2026/04/04 | オーディン | 「日本には奈良時代にペルシャ人の役人がいた」私の母方、奈良時代から細々と現代に生き延びてる人達なのだ |
| 2026/04/04 | オーディン | 我が家はPayPayほけん入ってます。390円/月で同居の家族"全員"が対象。しかも賠償責任3億円ま |
| 2026/04/04 | 虫塚虫蔵 | 海外Xユーザー「日本について教えて」→日本人「無宗教だけど行事はやるし物に魂がある」→その感覚はエグ |
| 2026/04/04 | オーディン | アニメ大国の日本は君らの国より遥かに性犯罪も被害児童も少なく、自分達の努力不足を責任転嫁せず、税金ち |
| 2026/04/03 | オーディン | 「歴史って、消えた国ほど、あとから妙にこちらを見返してくる」ヒッタイト帝国って、古代史の中でもかなり |
| 2026/04/03 | オーディン | 「真珠湾攻撃は、日本人がアメリカ本土に対して行った最悪の攻撃ではなかった」日本の葛や竹を鑑賞用とかで |
| 2026/04/03 | オーディン | 石油は1度燃やして終わりだけど、太陽光パネルや風車は1度設置すると長い間発電し続ける。その理由は太陽 |
| 2026/04/03 | オーディン | 中山美穂さん、20億円相当の遺産を残したけれども、離れて暮らした息子は相続放棄したが、理由は10ヶ月 |
| 2026/04/02 | 私は帰ってきた | ポケモンセンターストーカー事件の犯人、学生時代から女にモテモテだった・・・バレンタインでは超人気で県 |
| 2026/04/01 | オーディン | 女が男に理詰めされて泣くのって、「この人には敵わないー😭難しくてわかんないよー😵💫えーん😭」じゃな |
| 2026/03/30 | 田舎者 | 不動産会社から出される契約書は、すべて写真撮ってGeminiに投げて、「私は契約当事者(甲)です。私 |
| 2026/03/30 | Elif | 仁藤夢乃氏 暴行訴訟裁判所の判断「サッカーのシミュレーションと同様に」「暴行された振りをするためにわ |
| 2026/03/28 | オーディン | イスラエルの軍部がパンク寸前らしい。軍のトップが閣僚会議で「もう限界。赤信号10本分くらいのヤバさ」 |
| 2026/03/28 | オーディン | 租税支出透明性ランキングの韓国と日本の差を見る限り、日本は税金の使い道の透明度を高めるだけで錬金術の |
| 2026/03/28 | オーディン | 「氷河期世代が左に寄らないのはおかしい」といった雑な前提は、そろそろ捨てた方がいい。1,000万人規 |
| 2026/03/27 | オーディン | 透析患者1人の年間コストは500万円ぐらいで、全部で30万人ぐらいいる。年間で150億円。透析開始す |
| 2026/03/27 | オーディン | 「お前を殺して俺も死ぬを体現してる」池袋ポケモンセンター刺殺事件の全体像が見えてきたが、時系列にする |
| 2026/03/27 | オーディン | 不動産触ってると感じるのは、相続税のない中国人が2代3代と富を積み上げて日本の好立地を買ってく一方で |
| 2026/03/26 | オーディン | 「解体業者目線で見ると少し甘い気がします」タワマンのほぼすべてが解体費用を見込んでいない。建て替えや |
| 2026/03/26 | オーディン | スーパーなどで店員を怒鳴りつけている爺さんなどを見かけると、脳内で有名な「実るほど頭(こうべ)を垂れ |
| 2026/03/26 | オーディン | 「うちの母親に似てる…パニックになると逃げちゃう」このタイプの人は単純に知能が低すぎて「他人の気持ち |
| 2026/03/26 | オーディン | これ、めちゃくちゃ大事で、トラブル回避のために事前対応する事が推奨されたりするけど、「結果から学ぶ」 |
| 2026/03/26 | こん! | 外国人無罪!ベトナム人が300万円を盗むも無罪判決!被害者は泣き寝入り確定!!不良外国人どもに狙われ |
| 2026/03/25 | オーディン | これから日本は人口が大きく減るから、インフレの今、焦ってマンションや家を買わなくても、空き家がたくさ |
| 2026/03/25 | オーディン | 某大手企業に勤める友人が再雇用で働いている年配者に少し高度な仕事を振ると「昔と比べて1/3しか給料貰 |
| 2026/03/25 | ゴールデンハニワ | 私は平和を願った「だけ」なのに廊下に立たされた女の子を描いたイラストが話題に |
| 2026/03/24 | オーディン | 建築資材が最大50%値上げで何が起きるかって、「マンション高すぎて買えない」じゃないんよ。「買ったの |
| 2026/03/24 | オーディン | 私が祖父から言われて印象に残っていること。母方祖父「戦争で色々拠出したのに戦後財産税で全部没収された |
| 2026/03/23 | cu6gane | テレビを見る習慣がなくなってある程度経つと”知ってる芸能人”がほぼいない状態になる、その状態の人にテ |
| 2026/03/23 | オーディン | 親がホワイトカラー会社員の場合、親から職業的スキルをほぼ継承できないことがニートを生んでると思うのよ |
| 2026/03/23 | オーディン | ナイジェリアの石油施設で、セキュリティ主任として勤務していた頃、当時同国で暴れ回り、市民を殺しまくっ |
| 2026/03/23 | コンジョ福祉支援センター | ユニクロはコンジョにだけ、すぐダメになる靴下を売っている‼️ |
| 2026/03/22 | Elif | 玉城デニー知事、喪服のままラジオ出演し笑顔で指ハート |
| 2026/03/22 | オーディン | 「ナフサが止まると、日本中の病院から点滴袋が消えます」原油が不足すると、点滴や透析、手術など医療のあ |
| 2026/03/21 | 私は帰ってきた | 【草】自称オタク?のフェミニスト女さん、「フェミニストはオタクの血で献血が穢れるなんて言ってない!」 |
| 2026/03/21 | オーディン | 先ほど、ロンドンのホテルの外で携帯を見ていたら、タクシーの運ちゃんが止まって「気をつけろ!携帯のひっ |
| 2026/03/21 | オーディン | 「結石をやったら水を飲め」は医療の「常識」だったが、1600人以上対象のランダム化比較試験で水分を増 |
| 2026/03/21 | オーディン | 最近ヤマト運輸がほとんどEVになってるのは、配達系って止まっては走ってが多いから加速時の燃料食うガソ |
| 2026/03/21 | オーディン | 自宅を建てるときにさんざん調べたんだけど、太陽光パネルって平均的な寿命20~30年に対し、EPTが1 |
| 2026/03/20 | オーディン | ホルムズ海峡の「完全封鎖」が崩れ、イランが故意に特定の国、トルコ、インド、パキスタンのタンカーを通し |
| 2026/03/20 | 私は帰ってきた | 【腐ェミいちゃん誕生】腐女子界隈は急速に共産主義のオルグ対象となっており、特に刀剣乱舞界隈では「公式 |
| 2026/03/18 | オーディン | 貧乏だと頭が悪くなる、ではなく、おそらく正確には、お金の心配が考える余力を削る。Scienceに掲載 |
| 2026/03/18 | ミサイルマン | 女子生徒死亡事故の謝罪会見で腕組みしていたのは安次富浩( あしとみひろし) |
| 2026/03/17 | オーディン | 負けたから言うわけではないが、野球代表チームを「侍ジャパン」とか呼ぶの辞めたら良いのにと前から思って |
| 2026/03/17 | オーディン | ホルムズ海峡閉鎖で大打撃を受けるはずのドイツが、アメリカに対し「おまえらが勝手に始めた喧嘩だろ?俺た |
| 2026/03/17 | Hokuto Ide | 沖縄で女子高生が亡くなった件に関する一人のクリスチャンの謝罪 |
| 2026/03/17 | エスケイプ | 元同志社大学教授「反対派を敵視する海保が速やかに救助したか調査が必要」 |
| 2026/03/17 | オーディン | 日本の水産資源量(水揚げ)の低下が酷いって話があり、これは資源管理していないことに起因するんだけど、 |
| 2026/03/16 | オーディン | 若いマウスが老いたマウスと一緒に暮らすと、それだけで若い方の記憶力が、老マウスと区別つかないレベルま |
| 2026/03/16 | オーディン | 建設業界の人手不足が度々話題になるが、その原因は単に「賃金水準」が低すぎるからであり、20年選手の日 |
| 2026/03/16 | cu6gane | 『鋼の錬金術師』エドとウィンリィの告白シーンに「女は出産によって全部賭けるしかできない」と言い出した |
| 2026/03/16 | オーディン | EV失敗は大学レベルの理系の知識があれば誰でも予想でき、技術を知らない人間の声を無視する勇気のあった |
| 2026/03/14 | オーディン | なぜ救急車で一律にお金取るのがダメなんかね。どうせ重症なら入院してお金払うじゃない。軽症なら潔くお金 |
| 2026/03/14 | Ichiro.Y | 神戸市はプロオーケストラ『神戸市室内管弦楽団』を廃止して、地元音楽愛好家に毎年1億円のバラマキを始め |
| 2026/03/13 | オーディン | 1960年代に女性作家や女性漫画家が活躍していてのは事実だけど、女性は結婚して家庭に収まるべきものと |
| 2026/03/13 | オーディン | この間、韓国のウェブトゥーン会社の人と話したんだけれど、なるほどぉ~と思いながら様子を見ていきたいと |
| 2026/03/13 | オーディン | 銀座の資生堂でご飯を食べる生活から、芋の蔓をありがたがるまで僅か2年だったというご婦人の体験談を聞い |
| 2026/03/13 | オーディン | 京都の町屋が壊される理由。文化財とかに指定されてしまうと勝手に壊せない、改造できない、下手すると住む |
| 2026/03/13 | もーたむん | 「J-POPはアニメの下請けになったのか?」に関するアニメタイアップなどの話 |
| 2026/03/13 | オーディン | 日本人は近い将来、自動車産業を事実上失うのだが、それに気づいている人は多くないようだ。未来は予想以上 |
| 2026/03/11 | うま | ITに強いと主張してる新しい部下の得意ソフトが「一太郎」と聞いて、とんでもないポンコツか、はたまたす |
| 2026/03/11 | Elif | 小泉進次郎がサーフィンをして、汚染されてると主張していたナベテル先生が福島が安全だと理解する |
| 2026/03/11 | オーディン | なぜ日本が終わってるかって、35年も衰退し続けている上に、ここに来て不況も少子化も加速してるのだから |
「戦場のリアリズムを描いた」――。富野由悠季監督(84)が手がけたアニメ「機動戦士ガンダム」がテレビ放映されてから46年。これまで70以上のシリーズ作品が生み出され、その原典として今なお、愛され続けています。戦争体験から遠ざかった世代が大多数となった戦後80年、アニメなどフィクションを通して描かれる戦争はどう変わったのか。視聴者の意識は。〝最初のガンダム〟にこめた思いとともに、語りました。
――今年も、最新作「機動戦士ガンダム ジークアクス」が大きな話題を呼びました。富野さん以外が監督したものも含め、映像化されたものだけで70作品以上になります。時代ごとの新しいガンダムシリーズから入ったファンが、1979年放送の初代ガンダムを見るという流れができています。
本当に嫌な言い方なのですが、僕以降のガンダム作品は一切見ていません。作り手が違えば、他人が口をはさむのはよくないからです。ガンダムという作品が商品になってしまい、作家の立場からは何も言えなくなったのです。
ちょっと違うなと思う作品もあるし、逆に、ああ僕には作れないよねと思った作品もある。だから、ガンダム人気を支えてくれるための新作というのは認めるんだけれども、元の作品とは一緒にしてもらっちゃ困るというプライドもあります。
ガンダムは発表当時、人気がなくって、めちゃめちゃにへこんだ時期もあります。それが今、こうして親しまれているのはうれしいものです。
昔は「子どものもの」「絵空事」でしかなかったアニメという媒体を、考える材料として見てくれているというのは、うれしいですよ。だけど、困ったこともある。40年、50年経って、ガンダムというタイトルは残っても、原作者の名前というのは消えていくのも宿命なのです。そういう歴史的なところに足を踏み込んでしまった、というのはちょっと寂しいなとも思います。
――ガンダムで描かれた戦争の描写には、どんな思いを込めましたか?
ものすごく簡単です。子どもたちに、戦闘行為というのは乱暴な行為だからやってはいけませんよっていうことを分からせるということしかないですね。
ただ、当時の観客がそれを理解しているかと言ったら、ほとんど理解していないんです。それはもう仕方ないことで、理解してもらうのに20年、30年、かかるんだという覚悟はしていました。
独裁者をどう止められるのか
――長年のガンダムファンの一人として、かつては「ジオンにもジオンの正義がある」という捉え方が少なくなかったように思います。今、SNSなどを見ると、ジオン公国の独裁や大量殺戮(さつりく)に対して、批判的な見方が増えているように感じます。
僕の立場としては、良かったなと思っています。視聴者の年齢が上がってきて、みんなが勉強してきたんですよ。だってガンダムなんて46年前の話ですよ。かつてのアニメファンが成長して、大人になっていく中での理解が広まっていったのだと思います。
むしろ、僕が今、困ったなと思っているのは、実際問題として想像したときにギレン・ザビ(ジオン公国総帥)のような独裁者をどうすれば止められるのか、ということ。
作中ではザビ家内の権力闘争の結果、妹(キシリア)の手によってギレンが殺され、独裁体制は崩壊しましたが、現実はそう簡単にはいっていないでしょう?
暴力によらない、政治的な手段で独裁者を止めるにはどうすればいいか。その難しさを考えさせられているのが、ガンダムの真骨頂なのです。
――作中で描かれるジオンの設定を見ると、ドイツなど第2次世界大戦の枢軸国のイメージが重なります。設定の意図は?
明確に敵というのは分かりやすく作らなければいけないのですから、皆さんが知っている独裁体制を利用しただけです。
増えすぎた人口を移したスペースコロニーの中で、独裁国家を作る。自分たちは「棄民」である、地球には帰れないらしいという境遇になれば、やはり「反地球」の行動を起こすだろうという設定は見事にできたと思っています。
そうしてフィクションを描いたつもりが、20、30年もしないうちに、次の独裁者の誕生が現実になってしまいました。
ロシアやアメリカの現状や、中南米、アフリカ、中東各国の事例を見ても、今の国際政治は、アニメ以下でしょう。このまま、行き着く先まで問題のある政治家たちを是認していったらどうなるのか。
独裁者のような人間が大国を動かしている21世紀って、すごく変な時代でしょう。まさにポピュリズムが生み出したものだろうと思っています。
――今の世界情勢と、かつての大戦前夜を重ねてみる人もいるようです。
80年前を振り返った時に、ナチスのヒトラーという人も選挙で選ばれたんだという事はよく知るべきです。政治哲学者で思想家のハンナ・アーレントは著書「全体主義の起源」で、一般大衆のことを「群衆」「モッブ」と呼んでいます。独裁というのは、独裁者が1人で起こすわけではないのです。まず、独裁者を生み出す群衆がいて、その上に立って旗振り役ができるやつがトップに立つ。
日本の場合、真珠湾攻撃で開戦したときに著名人を含めて、かなりの人が「これで気が晴れた」みたいな言い方をしている。勢いにのって、国民までもが軍国主義化していた。僕は、これは新興宗教と同じだと思っています。
――朝日新聞を始め当時の新聞も、婦人会や在郷軍人会などの不買運動に屈して、筆を曲げてしまった。そして、戦争を賛美する論調になった新聞はよく売れ、新聞が軍部と一体化してしまったという負の歴史があります。
軍だけでなく、コモンセンスとしてものをしゃべることができるメディアでなくなったのです。昭和16(1941)年の段階で、すでにそうではなくなっていましたよね。一番汚いと思ったのは全滅を「玉砕」と言い換えるような、負け戦だと思わせない言葉づかいですね。戦艦大和を沈められても「世界最大の戦艦だった」と誇るような言葉づかいは、戦後もずーっと残っているのです。
軍事技術者だった父
――富野さんは終戦時3歳。父親は軍事技術者だったそうですね。
化学の技師でした。戦闘機の与圧服の開発などもしたみたいですが、一番は、ゴムを使った雨がっぱみたいなものを作らされていた。風船爆弾の気球を作る仕事もやらされていたようです。
父が戦後、何度か僕に言った言葉があります。国に裏切られた、と。あの戦争にもどこかで光明があるんじゃないかと思っていたらしい。きっと日本は勝つ、とすり込まれていたんですね。
働いていた神奈川県小田原市の工場の近くにも焼夷(しょうい)弾が落ちたことがあったのに、なんで日本が勝てると思ったんだろうか。不思議でしょうがないんだけど、その時代の日本を考えると、父が特別に軽率だったとは思えないですね。
――戦争そのものへの忌避感は持ちながらも、兵器やアニメの戦闘描写をかっこいいと感じるという人は少なくないと思います。私自身もそうです。この矛盾について考えていました。
民衆の支援で軍は成立しているんです。軍装の兵士が正しく起立している姿を見るとかっこいいじゃないですか。「死に装束」なのにかっこいい。戦死という悲劇すら美しく見せるためには、戦死者に対しては、礼を尽くさなければならない。「兵隊さんたちありがとう」と思わせる、そしていざとなった時に民衆が戦力になっていく構造は、有史以前からあったんですよね。
ガンダムでは、地球降下作戦を指揮したジオン軍のガルマ・ザビの戦死を、ギレンが国威発揚に利用するという描写を入れました。だから僕には痛切に分かることなんだけれども、平和時の一般の国民にはなかなか通じません。どうしてか。「アニメの話でしょう?」。それでおしまいなんですが、この感覚もまた当然のことだと思っています。平和なら、ね。
――戦後80年が経ち、「はだしのゲン」など、実際の戦争の被害を題材にした作品の描写が「残酷だ」と敬遠されることが増えています。ガンダムシリーズなどのフィクション作品でも「人が死ぬ描写が重い」と感じる人も多いようです。
ガンダムでは戦場のリアリズムを描きましたから、当然の感想だと思います。
作り手である僕自身も、敵だろうが味方だろうが、人が死ぬカットを作るのはものすごくつらいのです。絵空事だからって、笑っていられない。登場人物が命を落とす場面では、担当する声優の顔が見えるんです。
今のバトル漫画なんかを見ていると、リアリズムでは戦闘していないですよね。死ぬ寸前までいっても絶対死なないような。そういうものを見慣れている世代にとっては、リアルな戦争を描いた作品を見る気にはならないのでしょうね。
――戦争を知る世代がいなくなったとき、映像作品で今までと同じような戦争の描き方はできると思いますか。
架空の戦争としての物語はあるでしょう。でも、リアリズムで作るというきめの細かさを持った作品は出てこないでしょう。戦っているらしくしているだけで、それは戦争ではありません。
エンターテインメントでなければ客を呼べないと考えたとき、リアリズムを持って問いかけることは難しいだろうし、そういう視点を持った映画人がどれだけいるだろうかと。現に、飛んでくる弾丸やミサイルをかわすといった、シューティングゲームやアクション映画のような作品になっているでしょ?
「ニュータイプとは何か」今も
――ガンダムでは、優れた洞察力を持つ人類を指す「ニュータイプ」という概念を提示し、人が分かり合えるかもしれないという希望も描かれました。ファンの間では今でも、「ニュータイプとは何なのか」という話題で盛り上がります。
ニュータイプは、ガンダムの物語をきれいにまとめるための「方便」だったけれど、僕が一番困ったのは、ニュータイプになるための方法を、子どもたちにきちんと示すことができなかったこと。その意味では、敗北感がとても強い。それはまだ続いています。
新しいガンダムを作る気がまだあるかといえば、それは、ある。これだけ気にいらないガンダムがいっぱいあるんだから(笑)。
世界中の人間が一気にニュータイプになるかもしれないという楽しい作品が作れたらいいなと思っているけれど、それはアニメの中で考えるしかないことです。そう簡単に作れるとも思えない。やっぱり、アニメは難しいよ。
https://digital.asahi.com/articles/ASTBR2C33TBRPITB00JM.html
朝日新聞や日本基督教団(特に社会派)の戦後的な立場は、戦前の「皇道推進派・戦争協力派」から「日本断罪派・反権力派」への大きな鞍替え(方向転換)を象徴する事例として、保守層を中心に長年批判されています。「悪を糾弾する立場」を維持しながら、対象を替えているという構造があります。
◦ 朝日新聞:戦争報道で積極的に国策を支持。「大東亜共栄圏」「聖戦」などのスローガンを連呼し、軍部・政府のプロパガンダに協力。
◦ 日本基督教団:1941年に国家神道的な圧力の下で合同し、戦争協力の姿勢を取った。多くの牧師が「皇道キリスト教」を掲げ、戦争を「神の摂理」と位置づける神学を展開。
◦ 朝日新聞:戦争責任を深く反省する立場に転換。以降、「反戦・平和」「反権力」を一貫した editorial line とし、保守政権や自衛隊、安保政策を強く批判するようになった。
◦ 日本基督教団:1946年の「戦争責任告白」で戦時中の協力を公式に悔い改め、社会派が主流に。戦後は「構造的罪」「反権力・平和運動」を神学の中心に据え、反基地・反安保運動に深く関与するようになった(金井創牧師の活動もこの延長線上)。
天皇制・軍国主義・国家神道を「正義」と位置づけ、それに反対する勢力(共産主義者、リベラル、キリスト教の一部)を「国賊」「悪」と糾弾。
今度は「天皇制・軍国主義・国家権力・米軍基地」を「構造的悪」と位置づけ、それに反対しない勢力や現実路線を「加害者側」「右翼」と糾弾。
「常に自分たちが悪を糾弾する側に立つ」**という姿勢は変わっていないが、糾弾の対象が180度変わったのです。
• 生存戦略としての転換:敗戦後、戦争責任を追及される中で「自分たちは実は抵抗していた/被害者だった」というナラティブを構築する必要があった。
• 新しい正義の獲得:戦前の国家主義が崩壊した後、「反戦・平和・人権」という新しい「絶対的正義」を掲げることで、道徳的優位性を維持。
• 連続性:戦前も戦後も「権力に対する批判的立場」を自認しているため、自己矛盾を感じにくい。
この構造は、現在の沖縄の反基地運動や平和学習報道にそのまま投影されています。
• 朝日新聞や沖縄タイムスは、反基地運動を「平和の闘い」「県民の総意」として肯定的に報道し、反対する意見を「右翼の攻撃」「誹謗中傷」と一括りにする傾向が強い。
• 日本基督教団社会派は、金井牧師のように「イエスは辺野古の現場にいる」と聖書を反基地運動に直接当てはめ、信仰と政治を一体化させる。
• 結果として、「悪を糾弾する側」に留まり続けることで、運動の正当性を維持しつつ、異論を封じ込める空気を作り出しています。
これは戦前の「非国民」レッテルと構造的に似ており、多様な意見を排除し、社会的分断を固定化する弊害を生んでいます。
朝日新聞や日本基督教団社会派の事例と同様に、戦前は国家主義・戦争協力に積極的だったのに、戦後になって「反戦・平和・反権力」を強く主張するようになったメディアは他にもいくつかあります。以下に、主なものを挙げます。
• 戦前・戦中: 朝日と並ぶ大手紙として、軍部・政府の国策を積極的に支持。「大東亜共栄圏」「聖戦」を連呼し、戦争報道で大きな役割を果たした。
• 戦後: 急速に反戦・平和主義に転換。憲法9条擁護や自衛隊批判を強く打ち出し、左派寄りの論調が目立つようになった。
• 特徴: 朝日ほど極端ではないが、「戦争責任の反省」を前面に出し、戦後の「平和主義メディア」としての立場を確立。保守層からは「日和見的な鞍替え」と批判されることが多い。
• 戦前・戦中: 正力松太郎(戦後読売新聞社主)が軍部と密接に関わり、戦争協力報道を積極的に展開。プロパガンダ色が強かった。
• 戦後: 比較的早く「中道保守」路線に転換。ただし、戦前からの軍部とのつながりが長く批判された。
• 特徴: 他の大手紙に比べて転換の度合いは穏やかで、現在は比較的バランスを取った報道姿勢とされるが、戦前の軍部協力の過去は保守層からも時折指摘される。
• 戦前: 中日新聞(当時の新愛知新聞など)は軍国主義報道に協力。
• 戦後: 特に左派寄りの論調が強く、反基地・反安保・護憲を強く主張するようになった。
• 特徴: 現在も沖縄の基地問題では反基地寄りの報道が目立つ紙の一つ。
• 戦前・戦中: 国営放送として軍部・政府の完全なプロパガンダ機関だった。「ラジオ体操」「国民精神総動員」などの戦争協力番組を大量に制作。
• 戦後: GHQの指導の下で「民主主義放送」に転換。以降、「平和主義」「反戦」を強く打ち出す報道姿勢が定着。特に国際報道や国内の社会問題では左派寄りと見なされる傾向が強い。
• 特徴: 公共放送という性格上、「中立」を掲げつつ、実際の報道バランスが左に寄っているとの批判が保守層から根強い。
• 戦後: 全国紙や地方紙に配信する記事で、反戦・平和・リベラル寄りのトーンが強いと指摘される。
• 特徴: 地元紙(特に沖縄タイムス・琉球新報)の報道傾向にも影響を与えている可能性が高い。
• 戦前: 国家権力(天皇制・軍部)と一体化し、戦争を積極的に支持・宣伝。
• 戦後: GHQの占領政策や「民主化」の波の中で、急速に「反戦・平和・反権力」の立場に鞍替え。
「戦争に協力したのは仕方なかった」「本当は内心反対だった」「今こそ真の平和を追求する」というナラティブを構築。
戦前は「反国家勢力」を悪と糾弾し、戦後は「国家権力・米軍・保守政権」を悪と糾弾する形に切り替わった。
この鞍替えは、「常に自分たちが正義の側に立つ」という姿勢の維持が背景にあり、結果として「現実の多角的な検証」が疎かになる弊害を生んでいます。
沖縄の地元紙(琉球新報・沖縄タイムス)が反基地運動を強く支持し、事故の本質(平和学習の政治性、安全軽視、外部勢力の関与)を十分に検証しない姿勢は、この戦後メディアの鞍替えパターンと重なります。「平和」という新しい正義の名の下に、運動の既得権益化や言論の硬直化を許している点が特に似ています。
歴史的に見ると、このような大規模な方向転換は、自己反省が不十分なまま新しいイデオロギーに乗っかることで起きやすく、長期的に社会の分断や現実認識の遅れを招きやすいという教訓があります。
天皇は長らく「便利な神輿(みこし)」として担がれ、権力者やイデオロギー勢力に利用されつつ、本人の意思や伝統的な神社とのつながりはしばしば無視・切断され、時には「拗らせた連中」のクーデターや暴走の口実にされる——という皮肉な状況が、江戸後期から戦前まで繰り返されました。以下でまとめます。
天皇は将軍や摂関家、武家政権の正当性を与える「権威の源泉」として機能。実際の政治・軍事は幕府や貴族が握り、天皇本人は宮廷内の儀礼・文化に留まるケースが多かった。後醍醐天皇の建武の新政(1333-36年)は珍しい親政試みでしたが、武士の不満・恩賞問題・現実離れで3年で崩壊。足利尊氏の反乱を招き、南北朝分裂へつながりました。天皇の「意思」が尊重されたというより、理想論が暴走した例です。
水戸学・国学が天皇を「国体の中心」「神聖なる君主」に再定義。吉田松陰ら志士はこれを倒幕の論理に利用しましたが、天皇(孝明天皇など)の実際の意向より、論者たちのナショナリズムが優先。結果、天皇は「尊王」の象徴として担がれ、維新後の権力闘争の道具にされた側面が強い。
明治維新以降、この「神輿」性はさらに近代的に洗練されました。
決定的な切断点です。
• 明治政府は「祭政一致」を掲げつつ、神社を「国家の宗祀(非宗教の公的祭祀)」に位置づけ、神職を官選・世襲廃止にしました。伝統的な神社勢力(吉田家・白川家などの既得権)や神仏習合の慣習は剥奪・排除。
• 天皇は伊勢神宮を頂点とする全国神社の象徴的頂点に据えられましたが、実務的なつながりは官僚(内務省神社局など)が管理。天皇の意思より、国家の国民統合・イデオロギー装置としての利用が優先されました。
• 真宗(浄土真宗)側の「神社非宗教論」策謀も絡み、神道勢力を抑えつつ、天皇祭祀だけを「宗教未満」として残す形に。結果、神社は国家の管理下で「便利に」使われ、天皇と神社の伝統的ネットワークは大幅に切断されました。
伝統を「スッパリ切る」ことで、天皇を近代中央集権国家の柔軟な象徴に再定義したのです。
昭和期になると、天皇はさらに「意思を尊重されにくい」立場に置かれました。
軍部・右翼が天皇を「世界の親」「万民の赤子」の象徴に勝手に拡大解釈。記紀の神話を都合よく世界普遍主義に読み替え、侵略イデオロギーの正当化に利用。
皇道派青年将校らが「昭和維新」「尊皇討奸」を掲げ、首相・大臣らを暗殺・占拠。「君側の奸」を排除すれば天皇親政が実現すると信じ、行動を起こしました。しかし、昭和天皇は激怒し、「朕自ら近衛師団を率いて討つ」とまで言い、鎮圧を強硬に命じました。将校たちは天皇の「大御心」を勝手に解釈していただけで、実際の天皇意思は無視・逆手に取られた形です。事件後、統制派が台頭し、軍部の独走を加速させる皮肉な結果に。
ここでも、天皇は「尊皇」の神輿として担がれましたが、拗らせたイデオロギー勢力(青年将校ら)の暴走の口実にされ、本人の明確な意思表示(稀だった)がなければコントロール不能でした。終戦時(1945年)の聖断のように、天皇が明確に意思を示した例外は少なく、ほとんどの時代で「担がれる側」でした。
• 権威 vs 権力の分離:天皇は万世一系・神聖性の「権威」を持つが、政治実権は少ない。これが「神輿」の便利さを生み、江戸の尊王論→明治の国家神道→昭和の軍国主義で繰り返し利用された。
• 意思の尊重されにくさ:後醍醐天皇のように親政を試みても失敗し、明治以降は国家・軍部が天皇のイメージを「勝手に付託」。神社との伝統的つながりも切られ、孤立した象徴に。
• ナショナリズムの道具化:水戸学・国学から始まる再定義が、天皇を柔軟なイデオロギー装置に変え、「意味不明な主張」(世界万民が天皇の赤子など)を可能にした。
戦後、神道指令で国家神道は解体され、天皇は象徴天皇制にシフトしましたが、この「神輿」としての歴史的遺産は、象徴性として残っています。
・実は政治家や軍部にはナチス時代のユダヤ人虐殺側がごまんといる(つまり亡命者)
・パレスチナ人虐殺してるけど実は現在イスラエル人の多くがパレスチナ人や北アフリカ、中東の少数民族との混血で純粋なユダヤ人は殆どいない
・実はイスラエルの領土は飛び地なのでヨルダンやレバノン、パレスチナの領土が欲しくてそれらしい理由を付けて戦争してるだけだった
・キリスト教を馬鹿にしてたのはイエス・キリストがパレスチナ人だったから(ユダヤとの混血説もある)
・日本のAVにはイスラエル人女性をナンパして致したビデオがある
多分民主主義国家と権威主義国家に必要な条件を取り違えていると思うんだよな。
確かに日本のような民主主義国家では、お前の言うような状況は致命的なのだが、100万人も死傷しているロシアや、経済が衰退しているがトップが変わらない中国を見て分かるように、
権威主義国家では国民全体の幸福よりも、権威が生き残れることが重要になってくる。
その視点だとイランの数万人殺害なんて大したことないし、それ以降民衆は沈静化しているからむしろプラスに働いている。デモのときに軍部や革命防衛隊が一切離反しなかったことから分かるように一部の国民は困窮する状況だが権力や軍事を維持するうえでは問題ないレベルなことがうかがえる。
仮にイランがインフラ攻撃に耐えられないと仮定しても、今一番のイランを有利にしているのはアメリカが弱腰で短期に戦争を辞めたがっているという点なんだよな。
インフラを人質に取っているとは言うが、海峡封鎖が強まるとトランプの政治生命に関わるから無理なわけだからアメリカ側は大した攻撃ができない。
戦後80年、多くの歴史が語られてきた。ただ、大切な問いは、実はまだ十分に検討されていないのではないか。いま問われるべきは、なぜ、当時の人々があれほど熱心に戦争を支持したのかの解明ではないか――。そんな思いで、日本の外から日本近現代史を研究する歴史家、益田肇さんに聞いた。
人々にとっての戦争の「魅力」
――なぜ、「日本が戦争に突き進んだ理由」に向き合ったのですか。
「本当に問われるべき問いが、まだきちんと検討されていないのではないか、と感じていたからです。一般的な歴史では、『軍部が暴走し、国民は戦争に巻き込まれた』と、人々が『受け身』に描かれることが多い。まるで人々は、台風が通過するごとく戦争を耐え抜いたかのように。そこに抜け落ちているのは、戦争を支持する人々の存在です」
「その結果、人々が戦争を賛美もしていたという事実が見えにくくなっている。近年、そうした人々に焦点を当てた研究が増えてきましたが、私は、人々にとっての戦争の『魅力』に着目しました」
――魅力、ですか。
「当時、多くの普通の人々が熱心に、前向きに戦争や全体主義を抱きしめました。そうした人々をただ批判するのではなく、戦争の『魅力』を考えてみたいと思ったのです」
「日本が戦争に突き進んだ理由は、当時の政治や外交を追うだけでは捉えきれません。政治も外交も真空の中で行われたのではなく、時代の磁場の中で動いているからです。その磁場を知るため、普通の人々が戦争や全体主義の名のもと、いったい何を願い、何を争っていたのかを探りました」
――当時の人々の認識を知るのは大変そうです。
「多用したのは日記です。手紙や新聞、雑誌への投稿も。一人の日記に頼るより、大量に使うことで時代をあぶり出そうとしています。同じ時代に生き、同じように感じていた共時的なパターンは何か、と。断片では何かわからなくても、大量に並べるとイメージが浮かび上がってくる『モザイク画』のようなものです」
「すると、戦争そのものを支持していたというより、他の作用があって戦争支持を唱えていた人々の姿が浮かび上がってきた。身の回りでもともとあった別の『戦い』に、国防や愛国の論理が乗るとうまく回りだす――という様子が、断片を並べていくことで見えてきたのです」
――どんな断片でしょう。
「例えば、正月の日記に今年の決意として『忍耐、勤勉、努力』と書くような真面目一徹の神奈川県の青年がいました。幼い頃から男らしい兵士になるのが夢でしたが、徴兵検査で甲種合格できず、その途端、日記の記述は一層好戦的になる。対米開戦も喜ぶ。戦場には行けないが国内で頑張ると張り切り、勤務先で評価が高まった頃が一番誇らしげです。戦争の支持は、彼にとってはむしろ男らしくなりたい、ちゃんとした人物になりたいという思いの現れでした」
「東京の小学校長を務めていた女性は、1931年の座談会で振り返っています。洋服で道を歩いていた時に20回ほど嫌がらせを受け、『おいこら! 何のために洋服なんか着ているんだ、お前のやうな女がいるから国防を危くするのだ。今日は許してやるが今後もこんな格好をしたら、見つけ次第叩(たた)き殺すぞ』と通行人から怒鳴られた、と。注意した側にしてみれば、それまで不愉快に感じていたことを『国防』論理で批判できるようになったわけです」
「昭和維新運動に参加するような青年将校らにしても、口では国の行く末を憂えるような議論をしていても、実際に問題視しているのはジェンダー規範の緩みだったりすることがあります。例えば、二・二六事件首謀者の一人として刑死する鳥取県出身の青年は、若い頃の日記で国家が立ち行かなくなるといら立っていますが、よく読むと実際には、大正期に、女が男のようになり、男が女のようになりつつあることにいら立っている。いわく、『女は恋をするもの』『男は恋せらるるものである』ことが『自然』なのに、近ごろは『女権尊重の声』が高くなり、『女そのものが威張り出して』いて、男にも『女の様になった奴(やつ)が多い』、と記しています」
「似たようなことは財界でも。ある鉄道会社の社長は経済誌で『我が臨戦体制』に胸を張りますが、実際にしたのは一斉朝礼や幹部の定刻出社、全社的な清掃運動など、様々な業務の合理化と能率増進です。戦争が始まった途端、平時になかなかできなかった規律を整えることが戦時の論理で可能になった。同様に、各地の村での派手な結婚式や酒の飲み過ぎも、自粛の対象になりました」
――研究は大正時代(1912~26年)までさかのぼっています。
「大正期は基本的に『解放の時代』で、多くの人々が『らしさ』からの脱却を図っていました。女性が良妻賢母に当てはまらない生き方を求め始めた。女性が髪を切り、スカートをはいて、さっそうと街を歩けば、男性もオールバックの長髪にして香水をつける。労働運動や部落解放運動、朝鮮人の権利運動も活発になった」
「同時に、これらの解放の動きへの反発がくすぶり始め、1910年代後半には『世の中が乱れている』と感じる人が増えています。いわば男らしくない男、女らしくない女、日本人らしくない者たちへのいら立ちです。この底流を見ないと、31年の満州事変以降、戦争への支持が噴き出した背景が理解できない。それが後に噴出するエネルギーとなるからです」
「ここで重要なのは、手段と目的が往々にして逆転していたことです。例えば、『婦人よ家庭に還れ』『筋骨共に隆々これが日本男子』とのスローガンは、表面上の論理としては、婦人を家庭に戻すことで(手段)未来の戦士を育てよう(目的)、男子の体格を向上させて(手段)日本を背負って立つ男子となれ(目的)となっています。でも実は、その『手段』自体が、失われた『らしさ』復活のため、多くの人々が戦い続けてきたそもそもの『目的』ではないでしょうか。以前から、『妻らしさ』『母らしさ』の逸脱である職業婦人やモダンガールを家に押し戻し、オシャレ熱に興じるモダンボーイや読書ばかりの文学青年に『男らしさ』を教え込もうとしていたではないか、と」
「自分らしさを重視する『個人主義』や『多様性』、その結果生じる従来の『らしさ』の揺らぎと対立の増加。これらにいら立つ人々にとって、民主主義や議会政治はむしろ調和を乱す元凶。個を重視し、多様性を認め、対立を助長するからです。この『機能不全』を戦争や全体主義で克服しよう、競争と対立、分断と格差で疲弊した社会を立て直し、一体感と調和を取り戻そうと願う人々の姿が浮かんできました」
――先ほどの個々の話は、日本が戦争に突き進んだ時代を映すモザイク画の素材なのですね。
「そうです。個々は小さな話でも、全体としてうねりを作り、当時の磁場を作る。そのように見ると、『解放の時代』『引き締めの時代』『戦いの時代』という流れが浮かび上がってきます。それぞれの時代はくっきりと分かれるわけではなく重なっていますし、同じ人間にも異なる側面が共存している。それでも、どれかが強く現れる時代や時期があります」
「19世紀末の大衆社会の到来以降の国家戦争のあり方を見ていると、国家が主とも、社会が主とも、言い切れなくなる。国家戦争が起きるから、『男らしさ』『女らしさ』『妻・母らしさ』『家族らしさ』が求められ、皆が国家に協力させられるのか。それとも、『らしさ』規範があちこちで瓦解(がかい)するから、復権させる引き締めのために定期的に危機が唱えられ、国家戦争が求められるのか。小さな話を集めていくと、国家が主で人々が巻き込まれたという一方通行の作用だけでないことが見えてきます。そもそも国家が社会から離れて存在するものではないからです」
「言霊とでも言うのでしょうか。一度言葉を発すると、そこに文字通りの真意がなかったとしても、言葉は独自に力を持ち始めるものです。社会に飛び交うそうした無数の言葉が重なると『国論』となり、政策決定者たちが無視できなくなる。その選択も縛られる。日本の戦争への道を考える上でも、政治や外交だけでなく、人々の願いが集合する社会も検討して、両者を融合するよう努めました。政策決定者と人々の作用は双方向だったのです」
「当時、為政者は国内のごたごたを避けようとして、国外で戦うことを選びました。これも、日本が戦争に突き進んだことの理由の一つです」
「例えば、関東軍の謀略で引き起こされた31年の満州事変を、その後のいわゆる『十五年戦争』の起点と捉えると、軍部が日本を戦争に引きずり込んだという軍部中心的な理解になります。しかし見落としがちなのは、これが『解放の時代』の真っ盛りだったということです。『らしさ』からの解放の絶頂期で、見方によっては社会秩序が急速に瓦解した時代でもあった」
「満州事変はそのタイミングで起き、社会変化にいら立っていた人々が飛びつきます。当時、政府は不拡大方針をいったん閣議決定したものの、国内の戦争熱を前に引き下がれなくなる。このようにたどれば、戦争への道が、政策決定者と人々の相互作用から作り出されていたことが見えてきます」
「上海事変(32年)でも、3人の工兵が爆薬を担いで敵陣に突っ込み戦死したとされた『爆弾三勇士』(現在は事故の可能性が指摘されている)が、『男らしさ』の貫徹として全土で支持を集めました。ただ、そうした『らしさ』を尽くした人をたたえる美談ブームはこれが初めてではない。『爆弾三勇士』ブームはむしろ、20年代半ばに始まる美談ブームの背後でくすぶっていた社会保守の機運が、全国的な運動となった転換点と見るべきでしょう」
「社会のなかの政策決定という点では、外相・松岡洋右が典型例です。松岡は(石油資源の確保のために東南アジア方面へ進出する)南進論には否定的でした。必ず米国の反発を引き起こす、と。その読みは正しかったのですが、それを密室の会議でしか言わない。南進論を支持する社会の磁場を読み取り、人前では南進論を推す右翼にも同調するのです。彼が提唱した『大東亜共栄圏』構想や西洋植民地主義に虐げられた民族の『救済』という論理にしても、当人の意図をはるかに超えて、南進論や対米強硬論の過激化を呼び起こしてしまいました」
――メディアの影響は。
「極めて大きかったと思います。37年7月の盧溝橋事件から12月の南京陥落までで特に顕著です。全国紙の一面記事は、映画の一コマのような劇的な写真で読者の興奮を高め、県版記事は、郷土兵の戦死を顔写真付きの美談に仕立て上げて文字通り顔の見える報道で読者の情感に訴えた。こうして全国紙の部数は劇的に伸びました。地方紙も、当時は地元有力者が社主を務めるケースが多く、政財界と直結していた。新聞社が県民決起集会を主催し、その興奮を記事にしていて、さながらイベント会社のようでした」
「世論にのみ込まれたという意味では、満州事変での朝日新聞が象徴的です。新聞各社が強硬論を書きたてる中、朝日は当初慎重論を唱えていました。ところが大規模な不買運動が始まり、売れ行きが万単位で落ちると、社論が転換し軍部支持の方針が決まった。他の新聞社と一緒になって『肉弾三勇士』を称賛する歌詞の読者コンテストを開くなど、戦争支持を盛り上げました」
「人々が一枚岩の犠牲者に見えてしまうことです。そうした歴史観は、現代にも影響します。今の政治や社会を考える時も、同じ受け身の構図で自分たちを捉えてしまい、重要な役割を果たしていることに無自覚になる。それは他者に責任を転嫁する見方も強めます。戦争への道は人為的なものです。だからこそ、支持した人々が大勢いたという点から見直したいと思いました」
――「らしさ」からの解放と、それへの反動としての「引き締め」は、今も各地で起きているのでしょうか。
「もちろんです。私は、人々の『解放』と『引き締め』をめぐる戦いを『社会戦争』と名付けました。この視点の利点は、日本の経験を普遍的、現代的、総合的に見直すことができることです。どの社会にも、どの時代にも、解放と引き締めの戦いはあるから、日本史を世界史とつなげて考えることができる」
「為政者の動向だけでなく、普通の人々も視野に入れて政治と社会を総合的に捉える。この視座から見ると、日本における参政党の躍進、米国でのトランプ大統領再選、ロシアでのプーチン大統領への支持にも、背景にそれぞれの社会戦争があるのではないかと思えてきます」
――解放と引き締めが振り子のように繰り返されてきたと考えると、あの時代が「例外」だったと思えなくなります。
「戦中は暗く息苦しい時代で、その前後に明るい時代があったという理解があります。戦中を日本近現代史における例外とみなせば、楽です。『例外的な時代だったが、元に戻したので大丈夫』と言える。例外にすれば、ひとごとのようにできる。だからこそ、あの時代を単なる『例外』とみなすべきでない。むしろ、今とも地続きの、自分のこととして見るべきだと思います」
「歴史の見方を変えると、現在の見方も、未来の見方も変わる。だから歴史の視座の多様化が大切なのです。過去の重要な転換期に、普通の人々が翻弄(ほんろう)されるだけの受け身の存在ではなかったことに気付けば、私たちの現在や未来への向き合い方も変わってくると思います」
「そのおかげで、欧米や日本だけでなく、アジア各国の研究者とも共同研究する機会に恵まれ、多様な見方に触れることができます。今春には編者として『Cold War Asia: Unlearning Narratives, Making New Histories』を出版しました」
「従来の冷戦史は、米国やソ連、中国の政治指導者や高官を中心に展開されますが、この本ではアジア各地の普通の人々の体験を通して冷戦を描きました。同様に、日本史も相対化して考えるようになりました。異なる国々でも似たパターンが見えてくれば、日本で起きたことが特別とか例外とは見なくなります」
「視野を広げないと歴史を語れないことにも気付くので、関心領域が地理的にも時間軸でもどんどん広がっています。例えば、今回は私の専門は日本近現代史、20世紀アジア史、米国外交史と説明していますが、日本では『広すぎる』と思われるかもしれません。でも20年間研究していれば、どうしても専門領域は広がるんです。今回は日本が主題なので日本近現代史を一つ目にしていますが、冷戦史を書いた時は米外交史とアジア史と説明しました」
――国内外で秩序が揺さぶられる今、歴史学に求められることとは。
「そもそもの歴史学の原理はアナリシス(分析)です。基本的に分けて考えていく。分けることで物事の真実が見えてくるという前提です。だから研究者は、時代を絞り、地域を絞り、テーマを絞る。研究が進めば進むほど、分岐が進み、専門化が進むゆえんです」
「ただ、それぞれの研究成果を本来、どこかで融合させないといけない。もともと世界はつながっているし、政治や社会や文化といった事柄も本来分かれたものでもない。だから、アナリシスの対になる概念、シンセシス(総合)も必要ではないかと思います。私が取り組んだのはこの路線で、小さな話をあっちこっちから拾い集め、モザイク画のように『合わせる』ことで新たに見えてくるものもあるという姿勢です」
こりゃ泥沼化するわ…イランの徹底抗戦がえぐり出した「トランプ政権の急所」日本も他人事ではない理由
日章丸事件は1953年。オイルショックは1973年。イラク戦争は2003年。いずれもトランプ政権とは無関係だが、起こっていることはそう変わらない。
カジノ経営に進出して本来の運営元であるネイティブアメリカンを侮辱したり、経営が傾いてジャーナリストを訴えたりしたのも政治家に転向するより前の話だが、やっていることは全く同じだ。
政権の軍部高官による「イスラエルと同国の米国内での強力なロビー活動からの圧力」などという発言は、少し前なら陰謀論者扱いされて終わりだったはずだ。起こっていることは何も変わらないのに。
例えば、銀行預金がある日突然なくなって、銀行にも警察にも法律事務所にも取り合って貰えなかったら、どうやって生きて行けばいい?
日本の法律が守られているという事実は、どうしたら確認できるだろう?法律を守らないブラック企業なんて、そこらじゅうに溢れているというのに。
最初に断っておくが、これは統計に基づいた社会学的な分析じゃない。
ただの低学歴な増田が、インターネッツと日常会話から得た、極めて雑で偏見に満ちた観測に基づくお気持ちだ。
ただただ今の日本に漂う戦争観のねじれが気味が悪くて仕方ない。
現在のきな臭すぎる世界情勢と、日本政治を巡るあれこれへのフラストレーションを整理するために、俺の思う日本人の戦争観をちょっと書いてみる。
よく中韓の人が日本批判の文脈で「日本人は戦争を反省していない」と言うが、それは半分正解で半分は外れていると思う。
中韓では知られていないのかもしれないが、実は日本はわりとガッツリ子供に敗戦の教訓を浴びせて育てる国だ。
戦争は悲惨で、平和が一番で、二度と繰り返してはいけないとかなんとか。
問題はその中身だ。
日本で流通している戦争の語りは、主役である善良な庶民が、悪い軍部や国家あるいは「戦争という化け物」そのものにひどい目に遭わされた話に終始している。肝心な部分を抽象化して誤魔化しているわけだ。
戦時下の抑圧、徴兵、空襲、原爆。それ自体は否定しようのない事実だし、悲劇だ。
しかしそればかりをリピート再生するだけでは、決定的なパーツが抜け落ちたままだ。
日本はなぜあんな狂った戦争を始め、どこへ行って何をしようとしたのか。
占領地で誰を殺し、誰の尊厳を踏みにじり何を奪ったのか。ここが驚くほど空洞になっている。
現代社会を生きる多くの日本人にとって、第二次世界大戦は、軍部というモンスターが突如暴走して可哀想な庶民が巻き込まれた不可抗力の災害として処理されている。
もっと雑に言えば「かわいそうな日本人の体験記」としてしかパッケージ化されていない。
これらの帰結として、日本は追い詰められて戦わざるを得なかった被害者であり、英霊は国を守るために散ったという、驚くほど自分勝手な認識にたどり着いてしまっているケースが散見される。
そりゃ末期になれば本土空襲も沖縄戦もあった。その局面だけ切り取れば攻め込まれたのは事実だろう。
しかしその前に日本軍がどこで何をしていたかをスキップして、「我々もつらかったんだ」で話を閉じるのは、あまりにも都合がよすぎる。
この手の被害者意識としての反戦は、教育だけではなく娯楽作品でも延々とアップデートされている。
たとえば『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』とか、まさにその典型だと思う。
そこで描かれるのは、時代に翻弄された純粋で優しい若者たちだ。
彼らがなぜそこに立たされていたのか、その死がどれほど組織的で無残な敗戦処理だったのかという構造より、こんなに優しい子たちが死ななきゃいけなかったなんて、戦争は残酷というお涙頂戴が前景化する。
観客が回収するのは侵略戦争の末路ではない。愛し合う人々を切り裂く戦争はダメという極めてパーソナルで消費しやすい感情と、彼らが命がけで“守って”くれた日本を大切にしなければならない、という異次元から突如湧き出るピュアなナショナリズムだ。
「加害」という面倒くさい政治認識をスルーして感情だけで泣けるから、この手の物語は若者にもバズる。
(この項目で引き返そうとした奴いるだろ、せめて最後まで読め)
この「庶民がかわいそう」で止まっている反戦は、実は国家にとって一番扱いやすい。
なぜなら、庶民がひどい目に遭わないシステムさえ提示できればいくらでも軍事化を肯定できてしまうからだ。
この定番文句を添えるだけで、かつての加害の歴史にブレーキをかけるはずの反戦は、あっさりと国防として回収される。
だから俺は高市のような強い安全保障や国家の誇りだのなんだのを掲げて威勢のいいことを言い出す権力者に強い警戒心を抱く。
最近のニュースを見ていると、ああいう連中が掲げる景気の良い甘言に対して反射的に身構える土台がこの国にはもう残っていない気がして、なんだか絶望的な気分になる。
日本人は、戦争を侵略と加害のシステムとしてではなく、一般市民が不幸になる不可解なイベントとして理解している。
分析が甘いから、再発防止策も「平和を祈る」みたいなフワッとした精神論で終わる。
どうせまた清潔な広報と気持ちいい言葉をまとった権力に、驚くほど簡単に流されるんだろう。
戦争は悲惨なんて誰でも言えるが、それだけでは足りないのだ。
日本が加害者でもあったとかいう等価交換みたいな話ですらない。
加害の主体として戦争をし、他民族を使役し、最終的に自壊したという不快な事実を直視しない限り、日本の反戦はずっと片手落ちのままだ。
いずれまた、嵐が去ったらあの頃は庶民が辛苦を強いられたと被害者面するんだろうか?
俺はこの国を最後まで好きでいたいんだ。頼むよ。
テヘランで生まれた同世代の友人たちと話すと、いつも同じところに行き着く。
「俺たちの人生には、王様はいなかった。でも“王様の時代”は、ずっとテーブルの上に置かれている」——パーレビ王朝ってのは、そういう存在だ。
1979年の革命を、自分の目で見たイラン人は、もうだいぶ年配だ。
今のイランの平均年齢は30代前半、人口の大半は革命後に生まれている。革命を「体験した」世代は、もはや社会の少数派になりつつある。
つまり、今日のイラン人にとってパーレビ王朝は、「生々しい記憶」じゃなくて「語り継がれた物語」と「SNSに流れてくる古い写真」の世界なんだ。
王朝の時代を経験した親や祖父母の話を聞くと、まず出てくるのは「近代化」のイメージだ。
識字率が上がり、道路や鉄道が整備され、テヘランは中東有数の大都会になっていく。
洋楽が流れ、ミニスカートの写真がアルバムの中に残り、酒もクラブも普通にあった——多くの家族の記憶では、あの頃は「世界とつながっていた時代」だ。
でも、同じ口からこうも出てくる。
「サヴァクの名前を口にするな」「政治の話は家の外でするな」、そして友人や親戚が突然いなくなる話。
パーレビの時代は、「未来がある」という興奮と、「いつ踏み潰されるかわからない」という恐怖が同居した時代だった、という証言は本当に多い。
そのアンビバレントな記憶が、いまの若い世代にそのままコピーされているわけじゃない。
「昔は仕事があった」「昔は世界から孤立してなかった」「昔はこんなに貧しくなかった」。
こういう言い方で、パーレビ期は「今の地獄」を照らすためのライトみたいに使われている。
イラン国内とディアスポラの議論を長く追っていると、面白い癖が一つ見えてくる。
パーレビを持ち上げる声の多くは、「王制が最高だった」というより、「今よりはマシだった」という相対評価で語る。
これは、社会学の論文でも「現在への絶望と過去への理想化がセットで動く“ノスタルジー装置”」として分析されている。
彼らはサヴァクも革命前の不平等も、身体で覚えていない世代だ。
だから、王政の暗部は教科書と政権のプロパガンダで聞いただけ。
一方で、パーレビ期の写真や動画には、「髪を出して笑っている女性」「酒場」「西洋ブランド」があふれている。
このギャップが、「俺たちが知らない、もう一つのイラン」を想像させる。
友人の一人はこう言った。
「パーレビを恋しがっているんじゃない。俺たちの国が“普通の国”だった時代を恋しがってるだけだ」
この一文が、今のイラン人にとって旧王朝がどういう存在かをよく物語っていると思う。
長年ロサンゼルスやロンドンのイラン人コミュニティをウォッチしていると、亡命皇太子レザー・パーレビの扱い方の微妙さがよくわかる。
国際機関や欧米メディアとのネットワークも長く、英語もフランス語も堪能で、「外向けのブランド」としては完璧に設計されている。
でも、内向きの話になると、空気は一気に変わる。
王党派の集会では「プリンス・レザー」と持ち上げられる一方で、左派や世俗共和派からは「西側が好む記号」「イランの現実から何十年も離れた亡命貴族」とバッサリ切られる。
SNS上での支持の多くは、ディアスポラと匿名アカウントに偏っていて、「オンラインの人気」と「国内での本当の影響力」のギャップを指摘する研究も出てきている。
要するに、レザー・パーレビは「実働部隊」ではなく、「象徴」として機能している。
彼の名前が街で叫ばれるとき、それは必ずしも「王政を返せ」という直球の要求じゃない。
むしろ「この体制には未来がない」「別の選択肢があるはずだ」という、否定形の叫びが先にあって、そのスクリーンとして王家の名が投影されている。
ここにトランプが登場すると、話は一気にアメリカ政治のロジックに引き寄せられる。
彼にとってイランは、「悪役の坊主政権」「人質事件」「核」「イスラエル」「石油」、このあたりのキーワードで構成された舞台装置だ。
そこに「追放されたプリンス」「自由を求める若者たち」というストーリーを足せば、テレビ的には最高のコンテンツになる。
すでにトランプの側近がレザー・パーレビと極秘に会い、「体制崩壊後の移行シナリオ」を擦り合わせているという報道も出ている。
トランプ本人も、彼を評価しつつ「国内支持がどこまであるかは疑問だ」と含みを持たせている。
この距離感は非常にトランプ的で、「全力で担ぐ」ほどの覚悟は見せないが、「使えるカードとしてポケットには入れておく」というスタンスだ。
アメリカ大統領としてのトランプは、 ideology より「絵になるか」「勝ち筋があるか」を優先する。
もしイラン政権が本格的に崩れ、街頭でレザー・パーレビの名前が自然発生的に盛り上がる局面が来れば、彼は迷わず「自由を求めるイラン人とそのリーダー」として全力で担ぎ出すだろう。
逆に、国内世論調査や情報機関の分析で「王政カードは重すぎる」と出れば、「イラン人自身が決めるべきだ」と一歩引いた位置から、別の世俗派・軍部エリートに乗り換える可能性もある。
つまり、トランプにとってのレザー・パーレビは、「固定された盟友」ではなく、「コストの安いオプション株」だ。
支援表明や会談の写真を出すだけで、イラン政権を刺激し、西側メディアに“わかりやすい対立軸”を提供できる。
それでいて、本当にイランの将来を彼に委ねる気があるかどうかは、また別の話だ。
事情通として長くこの問題を追っていると、結局いつも同じところに戻る。
パーレビ王朝は、いまのイラン人にとって「選択肢」というより「鏡」なんだ。
その鏡の前で、イラン社会は自分にこう問いかけているように見える。
「俺たちは、どの失敗から目をそらし、どの失敗を認めるのか?」
トランプがどれだけ王子の肩を持ち上げても、最終的に決めるのは、革命を“知らない世代”が多数派になったイラン社会だ。
明日の通貨レート、就職口、ネットの検閲、街頭での暴力——その全てに対して、「あの時代よりマシか?」と、パーレビの亡霊をものさしにしている。