「未来社会」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 未来社会とは

2026-01-04

anond:20260104221127

支持。てかGeminiがなくても、Gmailカレンダーあたりの情報で似たようなことできると思ってる。これができればピンポイント情報を受信できるからWebアプリ広告も激減させられるしいい事尽くしだと思う。

最大の障壁技術じゃなくて「個人情報保護法」だと思ってる。あれのせいで全然個人情報自由に使えない。

正直もはや住所もメアドもどっかから漏れてるんだから、逆に個人情報バンバン使えるようにしてマッチング精度爆上げした方がメリット大きいから、日本世界に先駆けて個人情報保護を撤廃して、個人最適された情報が得られる未来社会を作ってほしい。

(このあたりを将来的にチームみらいが真面目に誠実に考えた結果、個人情報保護法廃止に向かって動く、なんて展開を期待してたりする)

2025-11-24

大阪関西万博は結局のところ成功か失敗か。

数字だけ見れば成功、でも本当に良かったかはかなり微妙」という感じがリアルなんじゃ無いか

 

まず集客とか運営面のKPI普通に達成してて、想定2,820万人に対して実績が2,902万人。有料入場も2,500万超えで黒字ラインも余裕でクリア。参加国数もほぼ想定どおり。イベントとしての数字ちゃんと出てる。

 

問題コスト。会場整備費がもともと1,250億の見積もりだったのが気づいたら2,350億に膨らんでて、そのほか日本館とかインフラ整備とか全部合わせると、公共負担だけで軽く数千億。しか夢洲地盤対策とかメタンガスとかで金がかかりやす土地。そこに加えて、地下鉄延伸や道路整備なんかも入れると、どこまでが万博費用なのかも曖昧レベル

 

運営では序盤のトラブル通信障害、動員低迷など)が目立ったけど、後半はV字で持ち直した。一方でレジオネラ菌問題地下鉄トラブル、予約システムの不満など、けっこういろいろやらかしていて、「未来社会」というテーマとズレているという指摘も多い。開催前は「行かない」が8割だったのに、終盤は「行ったら意外と良かった」みたいな声も増えてるという、揺れ幅の大きさがあった。

イメージ戦略広告メディア対策が功を奏したのかもしれない。

 

インフラ面では地下鉄中央線の延伸など、後に残るものもある。ただ、釜ヶ崎の立ち退きとか、IR前提の都市計画とか、誰向けの万博なのか?みたいな点も残る。

いわゆるレガシー的な部分で、夢洲はもともとIR誘致とセットで構想されていて、万博後の土地活用IR前提になり過ぎているのではみたいな話。

 

他の万博と比べると、1970年大阪万博(6,400万人級の化け物イベント)や愛知万博(2,200万人)と比べると、愛知以上1970年以下。期待値が1970大阪幻想に引っ張られてたせいで、「あの熱狂と比べると…」みたいな落胆が心理的には起きやすいかもしれない。

 

結局のところ、社会的レガシーはまだ判断できず、今後1020年次第だろうし、盛大に失敗した東京五輪ほどではないけど、かつての栄光の再来だ!って胸を張れるほどでもない、「ぼちぼち万博」なんじゃないだろうか。

2025-10-19

SFファンとして『永久のユウグレ』には正直がっかりした話

俺がこの作品を観ようと思ったのは単純に「オリアニ×SF」というキーワードに惹かれたからだ。

しか舞台独裁政権下の未来。その政権の名が“オーウェル”となればSFファンならここでもうニヤッとくるはず。なるほど。つまりこの作品未来管理社会を通じて現代批評するようなタイプの本格SFなのかもしれないな。

そう思った俺の期待は一話目で脆くも崩れ去った。

0話目は導入として普通に面白かった。問題は一話目の…全部だ。コールドスリープから主人公が目を覚ましたら未来世界であったにも関わらず文明は退化していて、そこに現代知識を持つ主人公知識技能披露して「すごい!」と驚かれる。

…これって要はSF版なろうじゃないのか?SFでやる必要ある?とまず思った。しかもその未来の描き方があまりに表層的。冷凍睡眠アンドロイドも既に古典SFが散々掘り尽くしたアイデアばかりで、掘る場所を間違えた考古学者みたいになってる。

SFの魅力って未知の世界をどう構築するかにあると思うんだ。つまりセンス・オブ・ワンダーってやつ。俺たちがまだ知らない技術確立された未来社会においては倫理観感情がどのように変化するのか?その技術がどう世界を変えるのか?それを見せるのがSF本来役割で、未来を描くっていうのはそういったことのはずだ。だがこの作品未来の皮を被った過去の焼き直しでしかない。アンドロイドが出てくるだけでSFを名乗られても困るんだよ。そこに新しさがなければ、それはただの衣替えだ。

一話のアクションシーンもそう。ぬるぬる動いていたし作画も良い。ビーム描写も迫力あった。見応えはあったけど…それはアニメとしての演出であってSF思考とはまるで関係がない。アクションが悪いわけじゃない。ただ、なぜここでアクションを描くのかという意味が全くない。悪役は馬鹿だし、世界論理を補強するどころか寧ろノイズになってしまってる。アンドロイド存在を“人間とは何か”を問うための象徴ではなく、“戦う存在”としてしか描けていない。

しかオーウェルという言葉を軽く使ってしまっているのも問題だ。あの名前が持つ文脈理解していたら本来もっと慎重に扱うはず。オーウェル体制という単語を出した瞬間に、視聴者は「ディストピア的な思想統制」を期待する。でも実際はその概念を掘り下げることもなく、物語の装飾として消費しているだけ。だから軽い。あの名前を冠するなら、社会構造もっと徹底的に描くべきだし、政治思想人間精神をどう変えるのかを掘り下げないといけない。それは本来最初にやるべきことだった。

監督インタビューを読んでさらに残念だったのは、その自覚がまったくなかったことだ。作品の狙いとして語られていたのは感情ドラマ人間機械の絆で、要するにSF的な思索を背景としてしか見ていない。感情を描くのは大事だけど、SFが背景に退いた瞬間、それはもはやSFじゃない。

この作品って要はSFとして未来を描けてない。未来を描いているように見えて、実際は過去しか描いてないんだよ。

映像舞台設定も“未来風”ではあるけど、実際の中身は何十年も前のテンプレートの焼き直しにすぎない。つまりこれは、未来を描こうとして過去を描いた作品だ。未来っていうのは単に時代が進んだ先のことじゃない。“まだ誰も見たことのない概念提示すること”だと思うんだよ。でもこの作品にはそれがない。冷凍睡眠アンドロイドディストピアも、すべてが既に古典SFで語られ尽くした過去遺産だ。その使い方にも新しい視点がない。技術の発展を描いているようで、結局は“古いSF模倣”にとどまっている。これじゃあ未来を見せるどころか、昔の未来をもう一度なぞっているだけだ。

未来を描こうとして過去を描いた。

どうか最後までこうならないことを願うばかりだ。

2025-08-14

万博イオンモール

万博最初に行ったのは、開幕1週目の平日。もともとは「う~ん万博?まぁよっぽど閑古鳥が鳴いてたらいってみようかな…?」といった感じだったのだけど、直前になると報道も(悪評が中心だが)増えてきて、こりゃ話のタネに行ってみたいなと急遽行くことにしたのだ。

そんなわけだから、「行ったら行ったで面白いだろうしけど、つまらなかったらつまらなかったで話のタネになるぞ」というくらいの気分で行ったわけだけど、結果楽しかったのでその後もリピートしているわけである

万博お祭り

万博って何なのか、と聞かれたら、私はお祭りだと思った。

「え~お祭り別にー」

とか言っていても、お囃子の声が聞こえてくれば、ちょっと行ってみようかなという気になり、行ったら買い食いもするし盆踊りを見たくなるもんさ。そういう魔力がお祭りにはある。(というより、その種の魔力を祭りというのかもな)

適当に歩いてたらさ、なんか踊ったり歌ったりしてる人がいてさ。ほんで自然に人が集まって、パフォーマンスが終われば自然拍手が起こる。そういう空気が良かったなぁ。

昨今、社会の分断が問題って言われるじゃないですか。その場限りの空気ではあるが、それでも見ず知らずの人たちの間でちょっとした一体感ができることに、少しだけ救いを感じる。なんなら、入場ゲート前に国旗が並んでいるのを見るだけでもちょっとぐっとくるものがあった。

まぁもちろん、こんなのは幻想だ。万博半年やったくらいで分断が消えるわけでもないし、国旗を並べただけで世界平和が達成されるわけでもない。なんなら万博自体が分断の種ですらある。あるいはこのイベントパンとサーカスの類なのかもしれない。

が、それでも、である。たまにはそういう幻想を見て、仮に現実がそうでなくても、あくま理想がどのようなものかを再確認する、というのは意義があるではないだろうか?

まぁ今日はそんな難しい話はいいだろ?祭りなんだからさ。酒でも飲もうぜ

あー万博テーマいのち輝く未来社会?う~ん、こっちについては自分はどういう意味かよく分からなかった。

いろいろ技術の展示はある。ただ、どうしてもこういう場所で展示されている技術はだいぶ無理した「背伸び」の展示だなという印象を受ける。技術ってのはもっと地味なもんなんだよ、ってのが自分技術観だからなかな。

自分が冷めた人間なのかな。シグネチャーパビリオンを見ると、自分表現物を実現するのに大金が動くクリエイターと、食うに事欠く人間の差は何なんだろう?とか考えてしまう。

まぁもちろんね、芸術全然金が回らないような社会がいいとは思わないんだけどさ。

紅白歌合戦よりNHKのど自慢が好き

金のある先進国産油国パビリオン。あるいは企業パビリオンシグネチャーパビリオン。まぁそういうところは、たしかに見てすげーってなるし、それぞれテーマがあって面白い

でまぁそういうのも良いんだけど、けど、なんだかんだで私は中小国パビリオンが好きだな。比較的待たずに入れるのも魅力だし、そういうところにふらっと入ったら愛想の良いスタッフが居たりすると嬉しい。ほんとの小国ともなると、説明員が誰も居ないか、居てもスマホいじってるだけだったりするわけだけど。

気合の入り方もピンキリアフリカなんかは、正直どこの国も似たようなもん置いてんなぁ、違うのは大統領(大概軍人)の御真影だけか?みたいな国も多くてね。

それでもね、世界にはこんなに国があるのか~知らない国がい~っぱいっていうのを見れるだけでも、楽しい有意義だと思うんだよね。子供達にはぜひそういうところを見てほしいね

祭りで野暮なことさせんなよ

何回か行った万博で、やっぱり一番いい体験は、4月の開幕1週目に行ったときだったな。

単純に来場者が少なくて並ばずに入れるところが多いし、気温もちょうどいいし、というのが一番大きいのだけど、それだけではなく、事前情報がろくになかったので、攻略方法などという野暮なことを考えずに済んだ、というのも大きい。

好評が出回る中でも悪評が消えない予約システムだが、そもそも予約なんて大してあてにしてなかったからね。どこが見どころとか分からなかったし。

何度も言うように、万博お祭りなのだ祭りに行くときに、まずは射的をして次に焼きそばを…なんて考えるやつはいない。適当に歩いて、目に入った店を気分で見ていく。祭りってそういうもんだろ?

それを攻略法だのと称して、まるで最適解があるかのように言うもののなんと多き事よ。まぁね、安くもない入場料を払ったからには、というのも分かるんだけどなぁ。しかし、そのような「攻略法」は、万博体験をむしろ損なっているのではないか?と私は思うのだ。

と言いながら、私も4回目とかになると、まだ行ったことの無い人気パビリオンに行きたいものから、会場内で予約サイトしょっちゅうチェックしたりしちゃうわけだ。

もうちょっとこう、何とかならないものかねぇ。(システム的な意味と、そういう野暮な行動をしてしま自分煩悩と)

イオンモールの吹き抜け空間は、大屋リングに似ている

話変わって、このあいイオンモールに買い物に行ったんですよ。そしたらエスカレーター脇のちょっとした催し物とかやるスペースで、高校生かな?がビブリオバトルやってったの。で、クラスメイトらしき人や地域の人、たぶん通りがかっただけの人が周りで足を止めてなんとなしにそれを聞いている。

これを見て、私はそこに万博みを感じた。

万博で好きな空気というのは、こういうのだなってね。

日常の場と非日常の場、世界が集まる場と地域の場、スケールは全く違うけれど、小なりといえども舞台の上に立つ若者と、見知らぬ人たちの間で共有される拍手

なんやかんや、イオンモールっていいところだなと思った。聞くところによれば海外では階層によって行くお店も使う交通手段も違うという。まぁ日本でも本当の貧困層富裕層イオンモールには来ないかもしれないけれど、それでも老若男女、だれが来ても許される空気みたいなのが、ここにある。そうだな、自分が好きな日本ところというのは、イオンモール象徴されているのかもな、なんてことを言うのは大げさかな。あるいは地方都市民の発想かしらね

2025-07-21

anond:20250721150736

SF未来社会への期待って結局はネット関連でしょ

それはもう実現してるし、それ以上の物理的なものはもう非現実的なのわかるから興味もてないだけでは

現実ならファンタジーで良いわけで

2025-06-24

anond:20250621132424

A:今回の「アジャイルガバナンス」の件も、そうした観点から見直す必要がありそうですね。

B:そう思います。新しい技術への対応は確かに必要ですが、それが法の基本原則を損なうものであってはいけません。慎重な検討必要です。

A:そういえば、「アジャイル」とか「Society5.0」とか、こういう用語ってどこから来ているんでしょうか?

B:それは非常に重要な指摘ですね。これらは元々、IT業界が新しいサービス販売促進を図るために作り出したマーケティング用語なんです。

A:マーケティング用語ですか?

B:そうです。「アジャイル」はソフトウェア開発の手法から始まって、今では「迅速・柔軟・革新的」を表すバズワードとして使われています。「Society5.0」も政府IT企業が共同で打ち出した未来社会ブランディング概念です。

A:つまり商品を売るための言葉法学議論に入り込んでいるということですか?

B:まさにその通りです。私はこれを「法学マーケティング化」と呼んでいます学術的な厳密性よりも、印象的なキャッチフレーズが重視されるようになっている。

A:具体的には、どんなマーケティング手法が使われているんですか?

B:いくつかのパターンがあります。まず「対立構造演出」。「古い法学 vs 新しい法学」という分かりやすい図式を作り上げる。次に「権威付け」。G7合意だとか大学でのシンポジウムだとかを使って、お墨付きがあるように見せかける。

A:なるほど。それに「危機感煽り」もありますね。「対応が遅れると取り残される」みたいな。

B:そうです。そして最も問題なのは、「破壊的変化の演出」です。

A:破壊的変化というと?

B:マーケティング用語の特徴として、「これまでは○○だったが、これからは○○だ!」とか「○○はもう古い!これからは○○の時代だ!」みたいに、変化や断絶を過度に強調する傾向があるんです。

A:確かに、「アップデート」という言葉も、そういう印象を与えますね。

B:まさに。でも法制度の発展というのは、本来もっと地味で着実なものなんです。

A:どういうことですか?

B:法制度は社会の基盤ですから、急激な変化よりも着実な発展を求めるべきなんです。継続性を重視し、長年の経験の蓄積を大切にし、新制度導入前には十分な議論検証を行う。

A:マーケティングとは正反対アプローチですね。

B:そうです。マーケティングは「売る」ことが目的ですが、法制度は「社会を支える」ことが目的です。この根本的な違いを忘れてはいけません。

A:でも、時代の変化に対応することも必要ですよね?

B:もちろんです。ただ、その対応のあり方が問題なんです。既存制度の詳細な分析他国事例の慎重な研究、段階的な制度設計継続的なモニタリング...こういう地味な作業こそが真の改革につながるんです。

A:「パラダイムシフト」とか「ゲームチェンジャー」とかい言葉とは真逆ですね。

B:その通りです。そういう「革命的転換」を演出する言葉は、法学には馴染まないんです。

A:でも、なぜ法学者の方々がこうしたマーケティング用語に惹かれてしまうんでしょうか?

B:いくつか理由があると思います。一つは、研究評価新規性が重視されるようになったこと。地道な基礎研究より、目立つ新概念提示する方が注目されやすい。

A:「売れる」研究をしないと評価されないということですか?

B:そういう面もあるでしょうね。それに、マーケティング用語は響きが良いので、つい使いたくなってしまう。

A:確かに、「アジャイルガバナンス」なんて言われると、なんだか先進的な感じがしますもんね。

B:でも、それこそが罠なんです。内容をよく検討せずに、言葉の響きだけで判断してしまう。

A:そうすると、法学者としての本来の使命を見失ってしまうと。

B:はい。法の安定性や予測可能性を確保し、民主主義人権といった基本的価値を守ること。そのために蓄積されてきた知恵を継承すること。これが法学者の使命なんです。

A:マーケティング的な「新しさ」の追求とは、確かに相容れませんね。

B:そうです。特に今回の「アジャイルガバナンス」のように、民主主義の根幹に関わる問題については、より慎重になるべきです。

A:学術権威政策宣伝に使われないよう、注意が必要ということですね。

B:まさに。法学者は、商業主義的な思考に惑わされることなく、学問独立性を保つ必要があります

A:でも、一般の人には、マーケティング用語の方が分かりやすいという面もありませんか?

B:それは確かにそうです。ただ、分かりやすさと正確性は別の問題です。複雑な法的概念安易単純化してしまうと、かえって誤解を招くことになります

A:なるほど。私たちも、響きの良い言葉に惑わされないよう気をつけないといけませんね。

B:そうです。特に政府から出てくる政策提言については、その背景にあるマーケティング意図も含めて、批判的に検討することが大切です。

A:「新しい」「革新的」という言葉だけで判断するのではなく、中身をしっかり見るということですね。

B:その通りです。そして、その「新しさ」が本当に社会にとって必要ものなのか、従来の価値を損なうものではないのかを、慎重に見極める必要があります

A:今回の対話で、「アジャイルガバナンス」の問題がよく分かりました。ただの新しい政策提案ではなく、法学のもののあり方に関わる深刻な問題なんですね。

B:はい。単に個別政策の良し悪しを論じているのではなく、学問としての法学の在り方、ひいては民主社会の基盤をどう守るかという問題なんです。

A:私たち市民も、もっと関心を持って、しっかりと考えていかないといけませんね。

B:そうです。民主主義私たち一人一人のものですから権威や響きの良い言葉に惑わされることなく、自分の頭で考えることが何より大切だと思います

2025-05-18

anond:20250518155708

辞書的な定義」ってどの辞書よ。

小学館 日本大百科全書」の「逆ユートピア(その他表記)dystopia」の項では「とくに近代産業革命以後の機械文明の発達に対して、その否定的、反人間的な側面を強調して描き出された「未来社会」像のことを逆ユートピアという」とある

そもそもユートピア」要素無関係で成立する単なる「ひどい世界」を表現するのにわざわざユートピア由来の「○○トピア」「反理想郷」と呼称することはないでしょ。関係ないのであれば何の「反」だということになる。

2025-05-07

Appleについてnoteに書こうと思ってたんだがボツになったんで放流しとく

iPhoneを使う、Appleを買う】

──iPhoneから始まる、壮大な搾取構造解説

🍎:「Apple依存症」は実在する

Apple製品を売っているのではない。「理想自己像」を売っている。これは完璧設計されたマーケティング戦略の成果だ。

私たちAppleという檻の中で、“自由”という幻想を消費している。

📱iPhone:Proで憧れを煽りSEで逃げ道を作る

AppleiPhone戦略は、「Proで羨望を創り、SE妥協点を作る」階層構造にある。

Proモデルは“一度使うと戻れない”中毒性の体験提供する。

対してSEは、廉価モデルの“安心感”を装いながら、実はProの神聖性を保つための緩衝材として存在している。

ゆえにいずれ物足りなさが不満に転じ、上位機種への渇望を生む。

それは偶然ではなく、設計された欲望だ。

しかAppleは廉価グレードであるSEですら“型落ち”需要を狙った巧妙な罠を張っている。

最初は性能を抑え、価格中途半端だが、時間が経ち型落ちモデルが姿を現す頃に“これでいいか需要が生まれるよう設計されている「時限爆弾なのだ

・快適なゲームにはProが必要

健康管理にはApple Watchが必要

iPhoneを活かすにはMac必要

気づけば複数Apple製品を揃えないと「Apple体験」は成立しない。この「ストレスのない世界」は、完璧な囲い込みの設計だ。

⌚️:Apple Watch:バンドに潜む“自尊心”のトリガー

Apple Watch自体よりも、着目すべきはバンドの持つ「自己表現」だ。

Amazonを探せば多種多様デザインバンド販売されている。ユーザー自分の趣向に合わせて着用できる。

しかバンドApple Watch専用。互換性を持たせないことで、“腕から依存”すら設計しているのだ。

💻iPad体験格差美学

iPadシリーズは「安くてゴミ、高いがゴミ」という構造を持つ。

無印iPad安価だが、RAMも少なく、Pencilは旧式。分割表示も不安定で、書く行為すらストレスになる。

Proモデルは高性能なM4チップMacBookと同じチップセット)と16GB RAMを備えながら、macOSには及ばない。つまりオーバースペック」な高級品。

iPad AirやMiniは、汎用性の高いデバイスとして、また「サブスマホ」的な位置付けとしての「ちょうど良さ」を装うバランス搾取。納得感で財布の紐を緩ませる設計だ。

Apple体験の快適さを段階的に操作することで、自然と上位モデルへと導く。

💰:「縛られて、自由になる」──Appleパラドクス

Proで「憧れ」を植え込み、廉価版で「ストレス」を仕組み、サードパーティで「個性」を売る。

その結果、私たちは徐々にAppleを通じた生活スタイルのものを選ぶようになる。

閲覧履歴位置情報ヘルスデータ──

Appleはこれらを統合し、「縛られる」ことによって他社が追いつけない“なめらかな体験”を提供する。

その心地よさが、囲い込みと依存を強化していくのだ。

ストレスは、あって初めて気づくものAppleユーザーは気付かぬうちに搾取構造の渦中に巻き込まれようとしている。

🌐視野を広げる:業界標準という支配構造

Appleビジネスモデルは、実は他業界にも見られる。

例えば、クラウド業界ではAWSが圧倒的なシェアを誇り、その背後にはAIGPUチップ覇権を握るNVIDIA、そして製造を担うTSMCがある。

TSMC日本Apple専用ともいえる工場建設し、SonyCMOSセンサースマホカメラ)を製造している。

これはApple情報漏洩リスクを最小限に抑えるための“囲い込み”戦略の一環だ。

業界標準を握る者が、すべてを支配する。これを理解し実行している企業けが、生き残る。

🧺:檻は、悪ではない

Appleの「檻」は、決して悪ではない。

「檻」があるから快適な体験をし、新たな価値創造できる。

例えば動画撮影における「望遠から広角レンズへの切り替え」は動きをつけられ、Air dropによってメンバーとすぐに情報共有ができる。

あるいはMacBookによるiPhone遠隔操作で、さらなる生産性向上にも貢献できよう。

それはまさに、クリエイティブ未来を生み出すための“舞台”でもある。

:創業者スティーブ・ジョブズの願い

コンピュータになにができるかではなく、コンピュータを使ってクリエイティブな人々はなにができるか」

道具はあくまツール。だからこそ、

iPad Airを、Apple Watchを、iPhone Proを子供たちに使ってほしい。

未来社会のデザイナーが、インスピレーションを起こせるように。

未来社会で生きる全ての人が、自己表現方法を探れるように。

Appleは、その装置以上の価値創造する、数少ない企業ひとつなのだ

2025-04-28

大阪万博は俺の夢を打ち砕いた、心が折れるほどの大失敗

https://x.com/mori_arch_econo/status/1916305363441451325

https://x.com/colecameron/status/1915653555471737154

転載

東京在住ニュージーランド人、コールキャメロン氏による大阪万博への酷評

--------------------------------------------------

筋金入りの万博オタクの俺は、これまでも世界中を駆け巡って、人間の創意工夫と文化を鮮やかに表現する様を目撃してきた。

上海万博2010の都会的なスペクタクル麗水万博2012の海辺の魅力、ミラノ万博2015の活気あふれる雰囲気コロナ禍のパンデミックのせいでドバイ2020行かなかったんだけどな。

2025年大阪万博は、俺にとっての究極のラスボスキッチリしてる国、おもてなしの国。日本が誇るハイテクを駆使した素晴らしい万博になってるもんだと思ってたんだ。何ヶ月も前からXでもガンガン大騒ぎし、1年前からチケットを確保。俺のオタク魂は、期待度がどんどん高まっていたよ。

ところがだ、2025年大阪万博は、すべての可能性を全否定無駄のお手本、マジイライラするものだわ。退屈でくっそつまんねえ、俺がいままで万博に期待してたもの、そのすべてを裏切るものだよ。

まあ、私の愚痴を聞いてくれよ。


(1)デジタル全滅万博ダイヤルアップ時代に逆戻りしたような世界

新幹線ロボット専門家はじめ技術があるはずの日本が、なぜか2005年の頃のような(20年前のような)、時代遅れのデジタル体験をさせられたぜ。俺の話を聞いてくれ、万博会場内じゃ、4つの別々のアプリを使わなきゃならない。しかも、どれもバグだらけで使えたもんじゃねえ。

メインアプリは、見た目だけのただのウェブページで、ブラウザの「戻る」ボタンすら付いてなかった。万死にあたるとはこのことだ!なんでまた、画面をスクロールしていくのは、まるで泥沼の中を進むようだった。俺は技術者として素人じゃないけど、これは悪夢だった。ウォークマン発明したような国が、どうしてこんなにも基本的アプリデザインをずさんにしてしまうか?不思議でならんよ。

(2)計画を立てようとすると地獄官僚主義迷路

俺は計画を立てたい人間なんだよ。旅程を組むのは本当に楽しい過去万博でも、そのおかげで完璧スケジュール簡単に組むことができてた。それがだ、2025年大阪万博はどうだったか?というと、まさに、わけのわからん労働万博の予約サイトは、あらゆる人にとって迷路。すべての情報をごちゃ混ぜにした迷宮、まるでデジタルピタゴラススイッチだよ。わけもなく無限に複雑だった。

先週、まるでルーブ・ゴールドバーグマシンピタゴラスイッチのことだよ)と格闘しているようだとツイートしました。完全にお手上げになった俺は、もうこれまでの万博知識に頼って、現地で臨機応変対応することにしました。これがまさに、俺としたこと初心者並のミスだった。

上海麗水ミラノでは、回る順番を決めて戦略的に列に並べば息を呑むほど美しいパビリ​​オンに入場できたんだけど、大阪万博システムではオンライン予約そのもの最初の難関。

ステップ 1: まずはチケットを購入。

ステップ 2: 続いて入場する特定の日時を予約。

ステップ 3: そして「クールな」パビリオンコンサート、あるいはまともな食事抽選に応募。

ところが、ここで抽選だ!  話題パビリオンや展示の予約枠を追いかけて、何時間アプリを延々と更新するはめになる。パビリオン予約の「空いている」はずの枠は、全部クリックした瞬間に消えてしまう。

しゃあないと、コモンズ館に行くと、予約はいらんけど二流のブースに閉じ込められることになった。それは、もう、まったく魅力のないどころか、見せかけの、見本市や展示会のただのブースだった。それなりに待てば入場できた、ミラノ万博の見事な「生命の樹」や、飛び入り参加可能だった上海万博の「中国館」と比べればわかる。

大阪万博の予約サイトの仕組みは、万博会場に到着する前に、みんなの心を折るように設計されているんだよ。まったく。


(3)これが…万博…:なにもかも不毛で居眠りを誘う

大阪湾人工島夢洲に足を踏み入れた俺は、「いのち輝く未来社会デザイン」をテーマにした未来的なワンダーランド想像していたんだ。ところがだ、その夢はもろくも崩れ去ったよ。実際には、ただただ過密状態、それが全てという、なんの魂もこもっていない企業展示会のようなものに遭遇してしまった。

会場レイアウトはごちゃっとしたまま、パビリオンはあちこちに散在して、案内の看板はまばらにしかない。至る所に人の動きをせき止めるボトルネックがあったぞ。コモンズ館でのぞいたほとんどのブースは、流行キャッチフレーズ標語と、パワーポイントスライドが映し出されるだけで、いいかげんなものだった。万博における文化の深みはどこへ行ったのか?そんなものは全く感じられなかった。

レストランは事前予約をしていないと入れないし、食事は、ぼったくりだった。道頓堀のフードホールで800円で買えるようなスモールピザセットに2000円も払ってしまったよ。

(4)ジャパンマジックは裏切られた

俺が一番悲しいのは、日本は本当はその期待と責任に答えるることができたはずななのに、ということだ。新幹線スタジオジブリ、そして寿司を運ぶロボットの国、日本世界へそのラブリーな魅力を発信するべきだった。

ところが、2025年万博はクソ官僚主義といいかげんさで、なにもかも頓挫してしまった。2010年の上海万博世界的なビジョンで人々を魅了し、2012年の麗水万博海洋イノベーションで人々を魅了した。2015年のミラノ万博は、食と文化を華やかに融合させた。それに対し、大阪万博は、最悪の欠点ばかりが目立ち、その魅力が消え失せてしまった。

(5)最終判定:とりあえず今持ってる円を使うな

2025年大阪万博、俺は本当にそれに夢中になりたかったよ。でも、ひどいデジタルカオスチケット予約地獄、そして退屈なアトラクションの数々を考えると、それは無理だな、断固拒否

もう万博は諦めて、大阪の真のスターユニバーサル・スタジオ・ジャパンへ行こうぜ。あんなに楽しい体験をするために(万博予約のような)兵站博士号並の知識も準備も必要ない。

しろ東京に来た方がいい。東京毎日が巨大な万博みたいなもんだ。

万博オタクの俺は次の万博には期待しているが、2025年大阪万博ホントに後味が悪い。

日本もっと良い結果が出せたはずなのにな。

2025-04-27

万博マニア大阪万博にご立腹

★★☆☆☆ #EXPO2025 大阪:期待を粉々に砕いた大失敗の万博🇯🇵 🔴 🔵

熱心なワールドエキスポファンとして、これまで世界中渡り歩いてきた。

🇨🇳 上海2010の都市のド派手さ、🇰🇷 麗水2012の海の魅力、🇮🇹 ミラノ2015の活気ある文化融合(🇦🇪 ドバイ2020はコロナパス)。

2025年大阪万博は、日本技術力とホスピタリティが光る最高峰イベントになるはずだった。

𝕏で何ヶ月も盛り上げ、1年前にチケットをゲットして、心の準備は完璧だった。

だが、結果は失望の極み。可能性を無駄にした、ガッカリ万博だった。

今回は、その全てを正直に語らせてもらう。

デジタル体験惨状2000年代レベルUX

まず言いたい。あのアプリ群、どうしてこうなった

4つも別々にインストールさせられた挙句、どれもバグだらけ、動きは鈍くて、使い勝手は最悪。

メインアプリは、ただの劣化ウェブサイトのようで、「戻る」ボタンすら正常に機能しない。これはUX設計最大のタブーでしょう?

スクロールするだけでデジタル泥沼を這いずるような感覚

これが新幹線を走らせる国、世界に誇るIT技術を持つ日本仕事かと思うと、ショックだった。

なぜここまで基本設計破綻させたのか理解できない。

計画地獄官僚的な迷路

俺は、旅の計画を立てるのが好きだ。

行きたいところ、見るべきもの、全部きっちりスケジュールに落とし込むタイプだ。

これまでの万博なら、それが楽しかった。でも大阪では、スタート地点から躓いた。

公式サイトは、あれもこれも詰め込みすぎて、何が重要なのかさっぱり分からない。

必要情報にたどり着くだけでも一苦労。これじゃ計画なんて立てられない。

仕方なく現地でアドリブ勝負に切り替えたけど、それが大間違いだった。

他の万博みたいに、並んだらすごいパビリオンに入れる――なんて甘いもんじゃなかった。

大阪は、「チケット購入→日付指定さら個別抽選」という三段階地獄が待っていた。

しかも、抽選がまたキツい。「予約可能」と表示されてるのに、タップした瞬間に消える詐欺まがいの仕様

何度アプリリロードしても、人気パビリオンの枠は幻みたいなもの

結局、しょぼい常設ホールしか入れなかった。

ミラノの「いのちの樹」のような圧倒的な感動は一切なかった

現地:無機質で退屈な展示

夢洲人工島テーマは「未来社会デザイン」とかでワクワクしたのに、実際は雑多な企業展示会。

レイアウトはグチャグチャ、案内表示は不足、人の流れはボトルネックだらけ。

ブース内も、パワーポイント流行語を並べただけのやっつけ展示ばかりで、文化的な深みは一切存在しなかった。

食事も高額な割に感動ゼロだった。予約なしで入れるフードコートでは、小さなピザセットに2,000円も払わされた。

道頓堀なら800円で食べられるレベルに過ぎなかった。

日本らしさを裏切った万博

日本は、新幹線ジブリ寿司ロボットといった世界が憧れるイノベーションを生み出してきた国だ。

本来なら、これらを世界に見せつける最高の舞台になったはずだった。

上海2010は壮大なビジョンを見せ、麗水2012は海の未来を描き、ミラノ2015は食と文化の躍動を体現していた。

だが、大阪2025は、それらの失敗要素だけを寄せ集め、「魔法」を完全に忘れたかのようだった。

結論:金と時間のムダ

Expo 2025を心から好きになりたかった。

しかし、最悪なデジタル体験ストレスフルな予約地獄、心を動かさない展示。

断言する。「行かなくていい」。

本当の大阪スターユニバーサル・スタジオ・ジャパン」に行った方が絶対にいい。

あんなに複雑な予約戦争をしなくても、純粋に楽しめる。

それか、東京へ行けばいい。東京は、毎日ワールドエキスポみたいな都市だ。

次の万博は追いかけるが、大阪2025は苦い思い出。

日本には、もっと素晴らしい未来が見せられたはずなのに――。

https://x.com/colecameron/status/1915653555471737154

2025-04-26

大阪関西万博コスプレするのダメとか言われてるの見て、正直「なんでやねん…」って思ったんよ。

俺みたいにリアルじゃ全然目立たんし、社会でも居場所ない感じの人間にとって、コスプレって数少ない自己表現のチャンスなんよ。

もちろん迷惑かけたらアカンのはわかってる。通路塞いだりとか、過激露出とか、それは確かにマナー違反やと思う。でもさ、ちゃん節度守って楽しんでる人まで「気持ち悪い」とか「場違い」って言われんのはキツいわ…。

俺、コスプレイヤーさんが万博行ったって見て、「いいね!」って感動したんよ。俺も、ああいう風にちょっとでも目立てたら、普段自分から少しだけ抜け出せる気がするんよね。

万博って「未来社会」見せる場所やろ? だったら色んな文化とか個性を受け入れる懐の深さも見せてほしいやん。コスプレがあることで、「あ、こんな生き方もあるんやな」って思う人もおるかもしれんし。

から、頼むからコスプレ迷惑」って決めつけんといてほしい。俺みたいな冴えへんやつでも、一瞬だけ主役になれる大事表現やねん。もっとみんなが寛容になって、誰でも楽しめる万博になってほしいわ…。

それにそもそもやけど、この日本って国は「公序良俗」や「法律」に違反てへん限り、どんな格好しても自由なんよ。これ、当たり前の話な。

好きな服着る自由ちょっと変わった格好する自由、それ全部含めて「いのち輝く未来社会」ってやつちゃうんか?

2025-04-25

anond:20250425114621

論点が整理されていないので、Grok君に整理してもらいました。参考にしてください。

以下は、X上で議論されている「大阪万博コスプレで参加することの是非」に関する論点を整理し、コスプレ否定派とコスプレ容認派の主張をまとめたものです。各論点について、関連する過去の事例・判例法令必要に応じて記載します。主張の評価は行わず客観的な整理に徹します。

論点1: 大阪万博におけるコスプレ公式ルールとその解釈

コスプレ否定派の主張

公式ルール曖昧さ: 大阪万博公式ルールでは「持込禁止物に該当しないもの」「公序良俗に反しない服装」「平穏を乱す行為禁止」を条件にコスプレ許可されているが、具体的な基準不明である更衣室がないことやトイレでの着替えが禁止されていることからコスプレを想定したイベントではないと解釈すべきである

暗黙の禁止: 公式が明確に「コスプレ歓迎」と明記していないため、「許可されている」ではなく「禁止されていない」に過ぎない。コスプレ運営が想定していない行為であり、ルールの隙間を利用する行為不適切である

運営負担の増加: コスプレに関する問い合わせが増えると運営負担となり、将来的にコスプレ禁止されるリスク高まる

コスプレ容認派の主張

公式ルールの明確な許可: 大阪万博公式FAQで「コスプレまたは仮装をしての入場は可能」と明記されており、特定の条件(持込禁止物、公序良俗平穏)を満たせば問題ない。ルールに則っている以上、コスプレは正当な行為である

運営の歓迎姿勢: コスプレイヤーへの現地スタッフ対応好意的であり、事実上コスプレが歓迎されている。運営側がコスプレ問題視していない証拠である

多様性テーマとの整合性: 大阪万博テーマいのち輝く未来社会デザイン」や「多様性」にコスプレ合致し、文化表現の一環として認められるべきである

関連する事例・判例法令

大阪万博公式ルール: 公式FAQによると、「持込禁止物に該当しないものであれば、装着しての入場は可能」「公序良俗に反する服装平穏を乱す行為禁止」「更衣室はなく、トイレでの着替えは禁止」「他の来場者に迷惑となる写真撮影や、不安感・恐怖感を与えるもの入場拒否可能性」と規定されている。

過去万博: 愛知万博2005年)ではコスプレサミットが開催され、コスプレ公式イベントとして組み込まれた。上海万博2010年)やドバイ万博2020年)でもコスプレ関連イベント存在し、万博コスプレ親和性示唆される。

論点2: コスプレ公共の場での適切性

コスプレ否定派の主張

場違い行為: 万博国際的文化交流技術展示の場であり、テーマパークやコスプレイベントではない。アニメキャラクターコスプレ万博目的(各国の文化歴史技術体験)にそぐわず、場の雰囲気を乱す。

他の来場者への影響: コスプレは目立つため、意図せず注目を集め、写真撮影や囲みの発生で他の来場者の体験を妨げる。特に海外から観光客コスプレイベントの一部と誤解する可能性がある。

公共交通機関や移動の問題: コスプレ姿で公共交通機関を利用したり、会場外を移動することは、コスプレ界隈の暗黙のルール公共の場でのコスプレは控える)に反する。

コスプレ容認派の主張

文化表現としての正当性: コスプレ日本サブカルチャーとして世界的に認知されており、万博多文化交流の一環としてふさわしい。コスプレを通じて日本文化アピールできる。

他の来場者との交流: コスプレは同じ趣味を持つ人々との交流を促進し、万博の「共感の輪」を広げる。スタッフキャラクターとの好意的なやり取りも、ポジティブ体験となる。

個人自由: コスプレルールに則り、他の来場者に迷惑をかけない限り、個人表現自由として認められるべき。万博多様性体現する行為である

関連する事例・判例法令

コスプレイベントの例: コミックマーケットコスプレサミットでは、公共の場でのコスプレ移動を避けるため更衣室が用意され、移動時のルール厳格化されている。万博では更衣室がないため、移動時のコスプレ問題視される。

テーマパークの事例: ディズニーランドユニバーサル・スタジオ・ジャパンでは、特定の期間(例:ディズニーハロウィーン)を除き、コスプレでの入場が制限される。これは場の調和を保つための措置とされる。

論点3: コスプレ著作権不正競争防止法

コスプレ否定派の主張

著作権侵害可能性: コスプレ衣装アニメ漫画キャラクターを基にした二次的著作物であり、権利者の許可なく製作・着用することは著作権法の複製権翻案権侵害に該当する可能性がある。現状は権利者の黙示の許諾に依存しているグレーゾーンである

不正競争防止法リスク: コスプレ姿をSNSに公開し、注目を集める行為は、キャラクター顧客吸引力を利用した「不正競争」に該当する可能性がある。特に万博のような公共の場での露出は、権利者のイメージを損なう恐れがある。

コスプレ界隈への悪影響: 無許可コスプレが目立つと、権利者が法的措置を取る可能性が高まりコスプレ文化全体に規制が及ぶリスクがある。

コスプレ容認派の主張

著作権侵害の非該当: コスプレ二次的著作物に該当しない場合が多く、翻案権侵害には当たらない。個人による非営利コスプレは、権利者が黙示的に許諾しているため問題ない。

ファン活動ポジティブ効果: コスプレ作品宣伝ファンコミュニティの活性化寄与し、権利者にとっても利益がある。万博でのコスプレ作品布教につながり、文化価値を高める。

法的リスクの低さ: 非営利目的コスプレは、権利者が訴訟を起こす可能性が低く、実際には問題にならない。万博ルールに則っている限り、法的問題は生じない。

関連する事例・判例法令

著作権法: コスプレ衣装が元のイラストの「表現上の本質的な特徴」を再現する場合複製権著作権法第21条)や翻案権(同第27条)の侵害に該当する可能性がある。ただし、私的使用(同第30条)や非営利目的場合権利者の黙示の許諾により問題にならない場合が多い。

不正競争防止法: 「マリカー事件」(東京地裁2018年知財高裁2020年)では、マリオ等のコスプレ衣装使用した商業活動不正競争行為不正競争防止法第2条1項1号)に該当すると判断された。非営利コスプレ対象外だが、SNSでの公開が「顧客吸引力を利用」と見なされる可能性がある。

コスプレグレーゾーン: コスプレ権利者の黙示の許諾により成り立っているが、2021年政府コスプレ著作権ルール整備を検討する方針を表明。現時点で明確な法規制はない。

論点4: コスプレマナーと他の来場者への配慮

コスプレ否定派の主張

マナー違反懸念: コスプレは目立つため、意図せず他の来場者に迷惑をかける(例:写真撮影の囲み、スペースの占有)。特に子ども海外来場者への配慮が不足している。

承認欲求押し付け: コスプレ姿でSNS投稿することは、自己顕示欲承認欲求を満たすための行為であり、他の来場者に強制的コスプレを見せる結果となる。

悪意ある利用のリスク: 過去テーマパークで不適切目的(例:子どもへの接触)でコスプレをした事例があり、万博でのコスプレが同様のリスクを孕む。

コスプレ容認派の主張

マナーを守れば問題ない: ルール公序良俗撮影禁止迷惑行為禁止)に則り、他の来場者に配慮すれば、コスプレ問題ない。実際、問題行動を起こしたコスプレイヤーの報告は少ない。

テーマパーク的体験提供: コスプレは来場者にとってテーマパークの着ぐるみのような楽しさを提供し、万博エンターテインメント性を高める。

個人の楽しみ: コスプレ自己表現キャラクター愛の表れであり、他の来場者が不快に感じるとしても、ルール違反でない限り制限すべきではない。

関連する事例・判例法令

過去トラブル: テーマパークでのコスプレによるトラブル(例:不適切接触目的コスプレ)は、公共の場でのコスプレに対する懸念を高めている。ただし、万博での具体的なトラブル事例は未報告。

コスプレイベントマナー: コミックマーケットコスプレサミットでは、撮影時の囲み防止や移動時の配慮暗黙のルールとして存在する。万博ではこれが徹底されていないとの指摘がある。

論点5: コスプレ炎上の背景と批判正当性

コスプレ否定派の主張

コスプレ界隈の体質: コスプレ界隈には「ルールを守らない」「文章曲解する」傾向があり、万博でのコスプレもその延長線上にある。炎上コスプレイヤーのマナー違反非常識な行動への反発である

個人的な不快感: コスプレ万博の場にそぐわないと感じる人々が、ルール以前に「見たくない」という感情から批判している。これは個人価値観の相違によるもの

過剰な注目: 特定コスプレイヤー(例:鹿乃つのさん)がSNSで目立つ投稿したことで、他のコスプレイヤーにも批判が波及。影響力の大きい人物の行動が炎上を増幅した。

コスプレ容認派の主張

不当なバッシング: ルールに則ったコスプレが「承認欲求」「場違い」などのレッテル批判されるのは不当。批判者の多くはルールを把握せず、感情的な反発に終始している。

コスプレ文化への偏見: コスプレに対する否定的な意見は、コミックマーケットなどでのオタクバッシングの延長であり、偏見に基づく。万博多様性否定するものだ。

運営公認: 大阪市長コスプレ関連の記事をリポストするなど、事実上公認されている。批判は「個人的な不快感」を押し付けわがままである スpost:1⁊

関連する事例・判例法令

過去炎上事例: コスプレ界隈では、イベント外でのコスプレ(例:ディズニーランドでの無許可コスプレ)やSNS投稿炎上した事例がある。万博のケースも同様の構造を持つ。

SNS炎上: SNSでのコスプレ投稿は注目を集めやすく、批判過熱する傾向がある。法的な問題がなくとも、感情的な反発が炎上を招くケースは多い。

補足

炎上の中心事例: 議論の中心は、コスプレイヤー鹿乃つのさんが『ダンジョン飯』のキャラクター「マルシル」のコスプレ万博に来場し、SNS投稿したことによるプチ炎上である。このケースが多くの論点引き起こしている。

法的グレーゾーンの影響: コスプレ著作権不正競争防止法に関する議論は、法的解釈曖昧さが議論を複雑化させている。明確な法規制がないため、双方の主張が対立する。

万博特殊性: 国際的イベントである万博は、テーマパークやコスプレイベントとは異なる目的雰囲気を持つため、コスプレの適切性が特に議論の焦点となっている。

以上が、X上で議論されている「大阪万博でのコスプレの是非」に関する論点整理です。各論点について、否定派と容認派の主張をバランスよくまとめ、関連する事例・判例法令記載しました。

2025-04-22

なんで大阪万博って東京でやらなかったんだ?大阪なんて未来がないのに

絶賛大失敗中の大阪万博ってなんで東京で開催しなかったんだ?

東京ならキー局メディアもむっちゃ報道するし大阪西日本から修学旅行簡単に行ける

普通に大盛況になったじゃん


場所がっていうけど東京築地とか空いてる土地ももいっぱいあるし、万博後も有効活用できるじゃん

しかも今回の万博テーマって「未来社会デザイン」なんだから

衰退する未来しかない大阪より

未来のある東京の方がよかったじゃん

2025-04-15

トイレの使い方が分からず漏らすのが未来社会かよ」って言うけど

ボケてトレイの使い方もわからくなって漏らすのもワイやお前の未来ではあるよね…😟

anond:20250415045048


論点1:「万博は開催できただけで大成功

反論: 「開催できたこ自体成功」とするのは、評価基準が極めて主観的です。国際博覧会万博)は国際的交流イノベーションの発信、地域経済活性化といった多目的のもとに開催されるイベントであり、「開催した」だけでなく、その社会的経済的波及効果によって評価されるべきです。

成功指標には、以下が含まれます

経済波及効果雇用観光、消費)

国際的文化技術交流

地元企業スタートアップ活性化

未来社会ビジョン提示SDGsなど)

開催したという事実だけで評価を完結させるのは、事業効果検証責任放棄することになります

---

論点2:「財源は税金だぞ?」

反論: その通りであり、だからこそ厳密な成果検証説明責任が求められるのです。

公共事業税金でまかなわれていることを理由に「どうでもいい」「どうせ回収できている」とするのは本末転倒です。むしろ税金で賄われているからこそ、透明性・費用対効果市民の納得感が重要になります

---

論点3:「愚民の懐しか傷まず、キックバックが得られる」

反論: この主張には陰謀論的要素と侮蔑的言辞が混ざっており、社会的議論土俵に乗せにくいものです。確かに公共事業利権構造不透明資金流用が指摘されるケースは過去にもありますしかし、それは事実に基づいて個別検証すべき問題であり、「すべての公共事業キックバック目的」とするのは根拠のない一般化です。

また、納税者を「愚民」と呼ぶことは公共議論の質を著しく損ないます民主主義社会では、市民政策公共事業の在り方を判断し、批判提案を行うことが健全プロセスです。

---

論点4:「持ち出し金なんて全部payできてる」

反論: 現時点で、万博関連費用(会場整備費・運営費インフラ整備費など)のすべてが回収できているという公式会計報告や第三者検証存在しません。むしろ、一部費用の増額や追加支出パビリオン建設支援など)が報道されており、収支の透明性は今後の大きな論点です。

---

総合的に見ると:

この投稿皮肉や怒りの感情が強く、万博に対する不信感が現れていますしかし、公共事業である以上、事実データに基づいて冷静に議論しなければなりません。「成功か否か」「税金の使い道」「収支の妥当性」「利権の有無」――これらは全て、感情ではなく客観的検証市民的な議論によって判断されるべきです。

小林恭二の「磔」という30年前の短編小説があまりにもSNS社会すぎ

追記】04/15 16:30

こういうプロ驚き屋な記事をかくと、反応が入れ食いになるのがブクマのよいところですね。

ただ、コメントを読んだ感じ、どうにも僕が作品の中の起こってる事象のもの以上に、そこで起こる人間心理価値観欲望の表出に驚いてることがいまいち伝わっていなくて、自分の筆力の無さを感じている。

そもそも価値観人間心理って、線形の延長線上にあるテック未来と比べると、イレギュラーに変化するゆえに想像つかないと僕は思っているが、どうにもブクマカは人間心理一定で変わることはないと思ってるようで、その辺が齟齬の原因かなと思ってる。

あと、下に書いてるけど、1994年発刊だけど、この小説の初出は1992年からね。なのでパソコン通信である種の文化があったのはわかるが、インターネットはすでにあったみたいな指摘してる人は頓珍漢だからね。

 

とはいえ、僕は小林恭二が忘れられた作家になるのはもったいないと思ってるので、もっとこの本を含めて読んでほしいなと思います

この「短篇集」以外をおすすめするなら

1.ゼウスガーデン衰亡

2.モンスターフルーツの熟れる時

3.浴室の窓から彼女

あたりがおすすめです。

僕にとって、この人と薄井ゆうじの二人は、森見登美彦万城目学のようなコンビイメージなんですよ。

追記終わり】

 

小林恭二という作家がいる。いやいたと言ったほうが近いかもしれない。今は専修大作家育成をしていて自作は15年くらい発表していないと思われる。

僕は30年近く前の大学時代、この作家世界で一番好きな作家だった。今もベスト5くらいには入る。あの頃読んだ現代作家の多くは、だんだん思想の方向がどうにも自分と合わなくなってしま作品を読むこともなくなった(すべては不用意な発言を垂れ流すTwitterが悪い)のだが、そういうのをやってなかったこともあって小林は今も好きなままだ。あと、もう一人薄井ゆうじという作家も好きだったがこの人も作品を書かなくなった。

きっかけは高校時代書評欄に数行紹介されていた「ゼウスガーデン衰亡史」だった。のちに福武文庫で買ったその小説は、主人公がいない群像劇で今までに見たこともないとてつもなく魅力的な小説だった。のちの書評なんかを読むと「 『虚構船団』 の影響が大きすぎる」と言われたが、僕には「虚構船団」よりも「ゼウスガーデン衰亡史」のほうがはるかに好きだし、いまでも面白い小説基準はこの小説になっている。この小説よりおもしろいことは小林の他作を含めてもなかなかないのだが。まあ、この作家を読んでたことで僕は今も奇想の強い小説奇書が好きである。レムの「完全な真空」なんかも好きだ。

 

年末書庫を整理したところ、小林恭二の「短篇小説」という単行本が出てきた。奥付を見ると1994年だが多分貧乏大学生自分が買ったのは1,2年程度たった後の古本だったと思う。小林先生申し訳ない、たぶん自分新刊で買ったのは数冊しかない。

何とはなしに読み直すことにした。けっこう好きな短編集だったが、特に好きなのは冒頭からの3作「光秀謀反」(戦国時代戦国大名は、ハプスブルク家とつながっていた信長など、ヨーロッパ諸侯とつながっていたという話。めちゃくちゃ面白い)、 「豪胆問答」(生まれてこの方驚いたことない侍が化け物に遭遇する話、面白い)、「バービシャードの49の冒険 序章」(英雄バービシャードが冒険に出るまでの話。続きが読みたい)だったので、それ以外はあまりちゃんと読んでなかった。たぶん全部を丁寧に読むのは21世紀に入ってから初めてだろう。

 

なんかかなりグッとくるエロイ話とかあって、あれ、こんなにセクシーなのを書く作家だっけかと思ったりしたのだが「磔」という短編を読んでとんでもなくびっくりした。これ、現代の話じゃね??とちょっと動揺してしまったけど、共有するところが見つからなかったので増田で書き散らそうと思い書き始めている。いちおうKindle版もあるようだが、バッキバキにネタバレ引用をするので、ネタバレ回避したい人は読むのやめましょう。とはいえ10編ある短編の一つなので1編程度のネタバレがあっても十分面白く読めると思うが。

 

主人公男性はN区(都会の幹線道路沿いだというから中野区あたりかね)にあるビルの27階にある住居兼仕事場暮らしている。主人公仕事についての描写

わたしは、現在とある不動産会社アナリストとして勤務している。仕事は、電話線を通してコンピュータに送られてくる膨大な情報検索及び処理で、パソコン電話機があればどこにいても可能仕事のため、専ら自宅で仕事をしている

えっ、これリモートワーカーじゃね?? さらに続く文章に驚かされた

会社に行くのは一か月にせいぜい一度か二度くらい。近頃は外に出るのも億劫になり、買い物も通信販売宅配サーヴィスにたよっているから、部屋を出ることも稀だ。

十年位前まではよく、そんな生活をしていて社会とのつながりが希薄にならないかと問われた。

私は答えたものだ。

「もともと会社社会とのつながりを希薄にしたいために、こういう職を選んだのだ。わたしとしては月に一度程度会社にいくことすら面倒くさい」

さらにはこんな文章もある

はいながらにして、ありとあらゆる情報を、獲得することができるのだ。

何を好き好んで、不愉快な生身の人間と接することがあろう。

今の時代リモートワーカーにありそうな心情である

  

これが2020年ごろに書かれた作品なら普通だろうけど、さっきも述べたように奥付は1994年。この作品の初出は1992年である。30年以上前作品である

小林はけして、現代SF作家などにあるような科学的な考証などを積み重ねて世界を描き出す作家ではない。 

実際、この後、主人公仕事を終えて、自分用のパソコンスイッチを入れるのだが

パソコン通信クラシック音楽情報を専門に扱うネットアクセスする。

そしてそこの話題から明日BGMとなる音楽を選ぶ。

ちなみに現在かかっているモーツアルト歌曲は、昨日ネット内で教わったもので、近くのビデオ屋CDも貸し出している)にファクスして取り寄せたもの

と、ネット通販どころかインターネットすら登場しない。パソコン通信会議室だ。(このニュアンスの違い、増田を読む人ならわかるだろうから説明は省く)

作者は自分想像力の範疇だけで書いているのだ。おそらく小林氏は当時パソコン通信をやっていたと思われるのでそういう描写なのだろう。

 

どうやら、このクラシック会議室には太陽暦氏というモデレーターがいて、今日おすすめを教えてくれるらしい。(この辺、僕はパソコン通信詳しくないんだが、パソコン通信でこういうことをやってる人はいたんだろうか。誰か詳しいネットの古老の方は教えてほしい。)

ここでちょっと興味深い話題になる。

ちなみに太陽暦氏はハンドルネーム、つまりパソコン通信ネット上のペンネームで、無論、ちゃんとした本名もあるのだが、ネット上ではハンドルネームで呼び合うのが礼儀となっている

いいねえ、古きネット感覚だ。続けて

太陽暦氏は私のほか何人かのクラシック初心者のために、三か月の間毎日推奨のレコードを挙げてくれることになっている。

それでもって翌日に曲の聴き所などレクチャーしてくれる。

年をとった人に言うと、それでいくらとられるのだと聞かれる。

無料だと答えると大概驚く。

こちらのほうが驚く。

いまだに情報商品か何かと勘違いしているのだ。

情報空気に等しいのだ。

この辺は、ちょっと時代が2周くらいした感じはある。現代社会、やはり情報商品になっている。むしろこの時代よりはるか商品度は高い。2000年代前半くらいまでのネット価値観ではあるが、まあ、今も一部の分野、特に趣味の分野では無料になってる面はある。この後、情報についてのT.ストウニアの「情報物理学の探求」という本から言及がある。ストウニアとこの著作実在するようだが、現代社会でどういう評価なのかはちょっとからなかった。忘れられた学者みたいな感じなんですかね。

 

テレビへの言及もあり、興味深い。

テレビの発信する情報はおおざっぱでクオリファイが不十分で、加えておおむね退屈である

(中略)ことに若い世代には、テレビ情報の古さ、質の悪さを嫌ってこれを見ない人が圧倒的らしい

まじで今の話じゃないの?

 

この後、主人公ネット徘徊する

哲学会議室で「かなり痛烈な罵倒用語を駆使」してメッセージを書き込んで去り、夜中に反論の嵐が巻き起こるのを期待している。荒らしかw

いくつかの部屋を見て回ったのち、バー会議室に入る。

バーといっても本当のバーではなくネット上におけるバーである

ここはバーカウンターにいるような気持ちで人のメッセージを読み、あるいはメッセージを書き込むという、いわば言葉の上でのバー形成している

2ちゃんバーボンハウスみたいなもんか。いや、あれは釣られて受動的に行く場所から違うか。これもパソコン通信で実際にあったやつなんでしょうか。

まあ2ちゃん雑談スレッドやXなどでなれ合いをしてるような感じだろう。

ここで主人公は、その日の夕方自分けが得たとっておきの情報披露する。その情報が何なのかはまあ表題ネタバレしているが割愛しておく。

主人公の心情を引用しよう

書きながら私はぞくぞくしていた。それは渇望していた情報を得たとき快感と対をなすものだった。それはパーフェクトな情報を発信する快感である

この気持ちに心当たりのある人、手を挙げて! はーい! だからこのエントリーを書いてるんだよ!!

これってつまりバズる感覚ですよね。ネットバズることの気持ちのよさをこの作者は30年前に理解していたのだ。いくら小説家という職業とはいえ、この感覚90年代初頭に持っていたのは相当に新しいのではないだろうか。ほんとに深く驚かされた。

主人公情報は狙い通りにバズり、彼はその日のその酒場での「英雄」となった。

そして翌日、彼は新聞自分のバズらせた話題の件について読む。ここで新聞というメディアへの評価も非常に今の時代っぽいので引用しよう

わたし新聞類型的な見出しのひなびた味わいを普段から愛しているが、このときもほほえましく思った。

それは流行終焉した後、ようやく流行存在に気付いて、頓珍漢な批評を加える初老学校教師を思わせた

こんな感じの印象を新聞(だけでなくオールドメディア全般)に持ってる人多いでしょうなあ。

 

以上のような20ページほどの短編なのだが、どうだろうか。

 

最初リモートワーカーの意味を言い切った時点で、うわっすげえと思ったのだが全部読んで、とにかく小林恭二の凄みを感じさせられた。

乱暴な話だが、資料をある程度収集して咀嚼すれば、未来社会がどんな風になってどんなものがあるかは書くことができる。それが30年後の現在と適合していても、ああ、資料くそろえたね頑張った頑張ったくらいの感想まりであるしかし、その未来社会で、人がどういう価値観を持ち、どういう欲望をどのように満たそうとして行動するかまで描いたら、そして、それが後世の人間からして違和感のないものであれば、まったく意味合いが違ってくる。

 

もし、僕が今時の書評系TikTokerのように「30年後のSNS社会を予見したとんでもない短編!!」とか宣伝したら、バズってこの主人公のような「パーフェクトな快感」を得られるだろうか?

参考文献(アフィはないのでご興味あればどうぞ)

短篇小説

書籍

https://www.amazon.co.jp/%E7%9F%AD%E7%AF%87%E5%B0%8F%E8%AA%AC-%E5%B0%8F%E6%9E%97-%E6%81%AD%E4%BA%8C/dp/4087740668

Kindle

https://www.amazon.co.jp/%E7%9F%AD%E7%AF%87%E5%B0%8F%E8%AA%AC-%E5%B0%8F%E6%9E%97%E6%81%AD%E4%BA%8C-ebook/dp/B09THZB8J5/ref=tmm_kin_swatch_0

2025-04-13

スプートニク大阪万博ガチ取材

Sputnik 日本

@sputnik_jp

大阪万博 2025 始まるよ!】

🚆2025年日本国際博覧会の開幕を取材しようとスプートニク特派員大阪へ出発! 現地からとびっきり新鮮な情報をお届けします。

🤩 大阪万博の一番の見どころはスプートニクで! 皆さんもご一緒に見学をお楽しみください。

#大阪万博スプートニク取材 #大阪関西万博 #EXPO2025

https://x.com/sputnik_jp/status/1910656068109160448

Sputnik 日本

@sputnik_jp

万博メディアセンター  稼働開始、最初の印象】

大阪関西万博の開幕を取材しているスプートニク特派員が、稼働を開始したメディアセンター雰囲気をお届けします!

映像ワーキングスペースの様子、写真は展示されているグッズ、そして「夢洲駅」のオールジェンダートイレ

大阪万博の一番の見どころはスプートニクで! 皆さんもご一緒に見学をお楽しみください。

#大阪万博スプートニク取材 #大阪関西万博 #EXPO2025

Sputnik 日本

@sputnik_jp

【「新しい日本の姿を世界に発信」石破首相 万博開会式で】

石破首相12日、大阪関西万博開会式で「世界の人々が対話し、交流する舞台提供する。ここから新しい日本の姿を世界に発信していく」とあいさつした。

コロナ禍を乗り越えた世界は、様々な分断の危機に直面している。こうした時代に、世界中の人々が集まり、『いのち』というテーマに向き合い、最先端技術や多様な考え方、そして文化に触れることは極めて大きな意義がある」

続けて石破氏は、会期を通じて各国や来場者相互交流が進み、世界が再び結びついていくことを期待してやまないと述べた。

大阪関西万博は13日開幕する。会期は10月13日までの184日間。会場は大阪市の人工島夢洲」で、テーマは「いのち輝く未来社会デザイン」。

スプートニク特派員も現地から新鮮な情報をお届けします!

🔔@sputnik_jp で世界を知ろう

https://x.com/sputnik_jp/status/1910953651159392386

Sputnik 日本

@sputnik_jp

万博開幕に向けて最終準備 スプートニク特派員取材!】

2025年大阪関西万博の会場は、13日の開幕に向けて最終準備が進められている。

現在、会場への入場が許されているのは関係者取材許可を得た報道関係者のみ。

スプートニク特派員は、会場のシンボルである大屋リング」やその内側のゾーンの様子を撮影した。ここにはまもなく、世界から代表団が集まる!

大屋リング」は、日本神社仏閣などの建築使用されてきた伝統的な貫(ぬき)接合に現代工法を加えて建築しているという。1周およそ2キロ、高さは最大20メートルで、「世界最大の木造建築物」として2025年3月4日ギネス世界記録認定された。

大阪万博の一番の見どころはスプートニクで! 皆さんもご一緒に見学をお楽しみください。

#大阪万博スプートニク取材 #大阪関西万博 #EXPO2025

🔔@sputnik_jp で世界を知ろう

https://x.com/sputnik_jp/status/1911094460043133215

2025-04-11

万博開会式」を4月12日実施!全国生放送されます

2025年日本国際博覧会 開会式」は、大阪関西万博の開会を飾る式典で、大阪関西万博の開会を華やかに宣言するとともに、テーマであるいのち輝く未来社会デザイン」を体現し、世界中のあらゆる人にそのテーマを共有することで、その実現を目指すためのスタートとなります

日時:4月12日(土)14:00~15:10(予定)

会場:EXPO ホールシャインハット」

EXPO ナショナルデーホールレイガーデン」

なお、開会式NHKにて全国生放送予定です。(放送予定日時:4月12日(土)13:55~15:15)

2025-03-18

万博には行ったほうがいい。特に子持ち。

大阪万博には行ったほうがいい。

大阪万博は、ただの国際的な展示会ではなく、未来を感じることができる場所だ。このイベントには、最新技術未来社会ビジョン直接体験できる貴重な機会が詰まっている。そのため、万博に参加することは、単なるレジャーとして楽しむだけでなく、後の自分人生記憶に大きな意味を持つ。

万博体験できる技術や展示は、未来に向けての大きな一歩を感じさせてくれるものばかりだ。自動運転車AIエネルギーの新しい形、さらにはバイオテクノロジーなど、これらの技術は近い将来、私たち生活に大きな影響を与えるだろう。こうした先端技術を実際に目の当たりにすることができるのは、まさに貴重な体験だ。これを逃すことは、未来世界を形作る瞬間を見逃すことになるかもしれない。

また、子どもの時にやったゲーム話題に入れないというのは、思いのほか大きな寂しさを感じるものだ。例えば、友達大人たちが懐かしいテレビゲーム映画の話をしているとき自分がその時代にその体験をしていなければ、話の輪に入れずに疎外感を感じることがある。大阪万博も、未来重要話題となることは確実だ。万博で触れた技術社会的テーマは、未来世代が語り継ぐ話題になるだろう。そのため、万博に行かないことが後々大きな後悔につながる可能性がある。

さらに、万博には子どもを連れて行くことを強く勧めたい。特に子どもたちにとって、万博のような場所未来を感じ、さまざまな技術文化体験することは、彼らの成長に大きな影響を与えるだろう。子どもたちは、新しいテクノロジー社会進歩に触れることで、好奇心や探求心を育むことができ、また、親と一緒にその体験を共有することは、親子の絆を深める貴重な時間にもなる。万博での体験は、子どもたちにとって将来にわたる大切な思い出となり、彼らの価値観や考え方にも影響を与えるだろう。

万博に行くことで、未来社会技術についての理解が深まり、それを後の世代と共有できる。万博で得られる経験は、単なる観光以上に、未来に向けた一歩を踏み出すことになる。将来、万博体験したことがどれほど貴重で意味のあることだったかを実感する時が来るだろう。その時に、「行かなかった」という後悔を感じないためにも、今のうちにこの機会を逃さず体験しておくことが重要だ。

万博に参加することで、将来に渡る大切な記憶を作ることができる。子どもと一緒に行けば、その体験は親子で語り継ぐことができ、未来に対しての理解価値観を育むための素晴らしいステップとなる。その貴重な機会を手に入れてほしい。

2025-03-06

ぐんぴぃさんが「女性交渉経験がない」まま「妻子持ち」となり、かつ子供が彼の遺伝子を引き継ぐために

## 解決策: クローニングと人工子宮による子作り

ぐんぴぃさんが「女性交渉経験がない」まま「妻子持ち」となり、かつ子供が彼の遺伝子を引き継ぐためには、SF的な技術活用して、従来の肉体的な関係を完全に回避する方法を考えます。以下はその設定です:

状況の背景

ぐんぴぃさんは未来社会に生きており、結婚社会的契約として存在するが、子作りはすべて科学技術によって行われる世界にいます。彼は妻と法的な夫婦関係を結んでいるものの、個人的な信念や文化的理由で「女性との直接的な交渉」を一切拒否しています

子作りのプロセス

遺伝子提供: ぐんぴぃさんは自分遺伝子DNA)を医療機関提供します。これにより、彼の遺伝子が確実に子供に引き継がれます

人工子宮: 妻との間で子供を作る際、妻の卵子とぐんぴぃさんの精子を体外で受精させ、その受精卵を人工子宮で育てます。妻は妊娠出産経験せず、子供は完全に人工的な環境誕生します。

妻の役割: 妻は法的な「母」として子供を育てる役割を担いますが、ぐんぴぃさんとの間に肉体的な接触は一切ありません。彼女自身遺伝子子供に引き継がれるかどうかは状況次第ですが、少なくともぐんぴぃさんの遺伝子必須条件として含まれます

「バキ童」の維持

ぐんぴぃさんはこのプロセスを通じて、女性との直接的な「交渉」(肉体的な親密さ)を一切経験しないまま、子供を持つことができます。彼の「バキ童」としてのアイデンティティは、物理的な接触がないことで保たれます

SF的要素の強化

もしさらSF色を強くしたいなら、ぐんぴぃさんの遺伝子からクロー技術子供を作り、それを妻が「育ての母」として引き取る形も可能です。この場合、妻の遺伝子は関与せず、純粋にぐんぴぃさんの遺伝子だけで子供が作られます

あるいは、遺伝子編集技術(CRISPRなど)を用いて、ぐんぴぃさんの遺伝子を基盤にしつつ、妻の特徴を模倣した子供を人工的に設計する、という方法も考えられます

具体的なストーリー

ぐんぴぃさんは、異性との接触を極端に嫌う潔癖症の持ち主であり、「交渉なんてありえない!」と豪語する男です。しかし、家系存続のために子供を残す義務を感じ、最新のバイオテクノロジーを利用。自分DNA提供し、人工子宮で育てられた息子を持つことに成功します。妻とは契約結婚関係で、彼女子供母親として社会的に認められていますが、ぐんぴぃさんとは一度も手を握ったことすらないプラトニック関係です。

周囲からは「妻子持ちなのにバキ童ってどういうことだよ」と笑いものですが、本人は「俺は科学の力で純潔を貫いた」と誇らしげです。

2025-02-25

野生の島のロズ ネタバレ感想

あん話題になってない映画だけどこの辺に感想ぶら下げておくかな

ネタバレだけど大したストーリーじゃないかネタバレ知って見ても問題ないと思う

anond:20250216113212

どう見てもラピュタです。本当にありがとうございました

予告見た瞬間に誰もが思うことであるし、

ラピュタロボット兵だけで映画作りたいというのは

クリエイターなら誰もが一度は思うことかもしれない

なお監督ラピュタを参考にしたと言ってるしパンフでも突っ込まれている。

そして映画を見てしばらくすると

どう見てもズートピアです。本当にありがとうございました

という羽目になる。

 

ロボ映画としてはなんも新しい要素がない

どこかで見たことある要素だけで作られたよくできた映画しかない

ラピュタFLYズートピアベイマックスマダガスカルアイアンジャイアントあたりの要素で大体全て説明可能

メインテーマは「感情のないロボットが心を持ってしまったら・・・?」ていうベタすぎて100万回擦られたネタ

今どきそれ正面からやる?

やるんだよ!最高の技術スタッフ予算を使ってな・・・

 

ドリームワークス映画って慎みがないよね

隙間なくアクションギャグを詰め込まなければ映画が持たないという強迫観念を感じる

アクションを派手にするためなら多少設定や整合性無視してもいいだろっていう雰囲気がある

もっとなんも起こらない緩い間とかあってもいいしそこまで激しいアクションにしなくてもって思う

そのへんはピクサーのほうが慎みがあって好きだな

 

途中までは完璧

中盤まではすごい小さい島のスケールのまま終わっていく雰囲気があってそれはそれでよかった

雁の群れが旅立つシーンはクライマックスとしては最高だった

典型的なロボ泣きとして文句ない出来だったし斜めから見てても泣けた

 

いや文句がないわけじゃないよ

急に出てくるハヤブサとか雁の群れの長老とか

なんでお前らだけ急に親切やねんとか

なんか布石うっとけばいいのに

魅力的なキャラとして描かれてはいからそこは些細な問題だったか

 

そこから一段階ギアを上げてスケールを拡大していくんだけど、

見てるこっちのテンションは下がりっぱなしよ

 

あんま好きじゃないところ

まず雁の群れが嵐に巻き込まれてロズの仲間が働いてる農場に逃げ込んだら

戦闘ロボットが襲ってくる展開、おかしくね!?

鳥を駆除するのに設備破壊してどーすんだよ

外部から生物が入ってくると汚染されるからまずいというなら鳥が入れないような設計にしとけよ

簡単には入れない農場キラリの機転で頑張って入った!みたいな場面を少し挟むだけで解決する問題だと思うんだが

その辺雑なところが所詮ドリームワークスなんだよな

「バトルシーン入れるなら派手な方が良くね?」という精神でどんどん頭悪くなっていくっていう

ボスベイビーとかマダガスカルは頭悪くてもいいから、SFやるならもっと慎みを持てよ

その後の展開もロズ1体を回収するのにどんだけドンパチやってんだって話だし

あれぐらい派手なバトルやるなら、地球未来ぐらいかかってないとダメだろ

 

突然出てきたタコロボット面白いキャラだったけど、やっぱりいい悪役って序盤から

積み上げていかないとさ、突然アクが強いキャラ出てくると薄っぺらく見えるよね

ムスカ大佐を見習ってほしい

 

やっぱラピュタってすげーんだよ

ロボット兵が映画の中のほんの一要素でしかなくて

ほんの少ししか出てこないのに強烈な印象を残す

莫大な金かけてラピュタを真似してラピュタ以下の映画を作ってもなー

やっぱメインキャラの造形が他の映画に似すぎてるってのは、比べられても仕方ないと思う

 

オチ全然納得いかない

自分で回収信号を出して散々な目にあったのにまた懲りずに回収信号出して無事回収されましたとさ、で感動するか?

またあのタコロボットが回収しにきたんじゃねーのか?その辺都合よく誤魔化してないか

ラストで体内のコアを投げ捨てたのに特に影響なかったんか?

完全に動かなくなって朽ち果てていくロズ、でもハートはここにあるよ!で終わる方が泣けたと思うがなぁ

 

あと人間側の描写の薄さね

ロズを開発した会社コールセンターの人ぐらいしか出てこなくて、明らかに人間は描きたくありません!ていう描写なんだけど

単に未来社会を描くのが面倒だったようにしか見えないね。少しの描写であってもそこに批評性を持たせることもできただろうに。

あんなんだったら人間文明は滅んでいたっていう話にした方がよほど面白くなったと思う

まあ原作あるし続編もあるから変えられなかったんかな

 

とはいえ、一緒に観に行った子供達は大満足だったから小さい子にはおすすめ

なお、ラピュタは公開当時大コケだった模様

慎みなんかよりわかりやすくパクって盛った方がヒットするってことだね!

2025-02-24

anond:20250223211035

1. 『冷たい火星の墓標』 グレゴリー・ベンフォード

火星発見された遺跡調査を進める中で、主人公たちは高度な文明を持つ「恐竜人類」の存在を突き止めます物語の終盤、彼らが残したメッセージから地球人類火星文明が深く関わっていることが明らかになります

2. 『ダイヤモンドの涙』 リンダ・ナガタ

主人公は、謎の物質ダイヤモンドの涙」を追い求める中で、物質人類意識存在に深く影響を与えることを知ります。最終的に、主人公はこの物質を利用して人類進化未来に新たな可能性をもたらす選択します。

3. 『フィボナッチの檻』 C.L.ムーア

主人公は、奇妙な事件に巻き込まれフィボナッチ数列に関連する謎を解明していきます物語の結末では、この数列が異次元への扉を開く鍵であることが判明し、主人公は新たな世界への旅立ちを決意します。

4. 『沈黙方程式チャールズ・L・ハーネス

天才数学者である主人公は、宇宙根本的な法則を解明する「沈黙方程式」を発見します。最終的に、この方程式宇宙崩壊を防ぐ鍵であることが明らかになり、主人公はその知識を使って宇宙の存続を守ります

5. 『アンドロイドは東の空に愛を歌う』 ウィリアム・B・ファレル

人間アンドロイド共存が進む未来社会で、主人公アンドロイド権利を巡る闘争に巻き込まれます物語の終盤、主人公アンドロイドにも感情意識存在することを確信し、彼らの自由平等のために立ち上がります

6. 『空洞の神々』 ブライアン・M・ステーブルフォード

主人公は、宇宙の未知なる領域で「空洞の神々」と呼ばれる存在接触します。物語の結末では、これらの存在宇宙創造進化に深く関与していることが明らかになり、主人公人類位置づけを再考することになります

7. 『脳を持つ月』 デイヴィッド・R・ベンサム

月面での探査中、主人公たちは月自体が巨大な知的生命であることを発見します。最終的に、月は人類共存し、宇宙知識を共有する意志を示し、主人公たちは新たな時代の幕開けを迎えます

これらの作品は、それぞれ独自世界観と驚きの結末で読者を魅了します。ぜひ手に取ってみてください。

2025-02-20

その調子で、80歳で通う教育機関を考えてみて。

80歳で通う教育機関アイデア

1. 再生学院Rebirth Academy)

 人生の知恵と経験を集約し、新たな目的役割を見つけるための教育機関。第二の人生を始めるための準備を行う。

2. 賢老大学Wise Elder University)

 社会未来を導くために、高齢者知識を共有し、若い世代指導者を育成する教育機関

3. 時間叡智館(Chrono Wisdom Institute)

 時代を超えた知識歴史の教訓を学び、未来設計するための教育機関

4. 終焉学府(Endgame Academy)

 人生の終わりを深く理解し、自らの存在意義宇宙との調和を学ぶ機関。「死生学」「存在論」「魂の解放」を専攻。

5. 魂の統合学園(Soul Integration Academy)

 生涯の経験記憶統合し、魂の次のステージに進むための準備をする教育機関

6. 無限探究館(Infinity Quest Hall)

 肉体的限界を超えた知識存在探究を行う場所時間空間意識の枠を越えた学びを提供

7. 未来創造大学(Future Creation University)

 これから世代のために、未来社会の構想や文化的遺産を残すための教育機関

8. 意識融合センター(Consciousness Fusion Center)

 個人意識を集合意識と融合させ、宇宙全体の調和を目指す教育機関

9.賢者殿堂(Hall of the Elder Sages)

 社会の最高の知識と叡智を集約し、世界指導者たちに助言する役割を担う機関

10. 永遠学び舎Eternal Learning Academy)

 死後の学びを含め、永遠に続く知識の追求と存在意味探究する教育機関

anond:20250220130119

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん