はてなキーワード: クローズアップとは
ほほを赤らめさせ、うるませた目、目を伏せながら髪をかきあげるしぐさにクローズアップ。
アニメという人が描く絵だからこそ「男目線で可愛い女を描くとこうなります」な記号が盛りだくさんなのがキツかった
(この「男目線の可愛さ」は女も自分の内部に取り込んでいたりするから、反論したくなる人もいるだろうが)
それでいて別に直接的にエロ描写をしたわけじゃないから反論を受ければ
「AVとかぶる?それは考えすぎじゃないですかねェ~ふだんからエロいことばっか考えてるんですね!」と嘲笑返しができる卑怯さ
女だけがいつまでも「AVに見えるが直接描写じゃないから文句も言えないTVCMを延々と流される側」に立たされる理不尽さ
ただ、踏み絵的長い枕詞を付けたうえでしか発言が難しくなってる事象は他にもある
違う属性に対して配慮しなければアラをつつかれることがあるのは他のことでも同じ
不快感を持っていることは表明したほうが良いと思う
バズったツイートにぶら下がってるAV、全部下腹に毛の生えた小太りおじさんと、キャバ嬢か制服着た女の子。上目遣いのフェラ、激しく揺れるおっぱい、精子を垂らしたピンクの舌、毛の無いまんこのクローズアップ、もう全部見飽きた エロくない。
私はソフトなCFNMと嘔吐動画が見たい。色白で背が高く、細身で、毛の薄いイケメンのやつが見たい。
夜な夜な動画サイトを回り、3次元の供給では満たされないのでpixivのイラストなども漁る。
女側の顔は要らない。百歩譲って入っていても、ボンテージやら狐巫女やら変なコスプレはしないで欲しい。萎えるから。男に媚びるような言葉責めもいらない。様々なアングルで男体だけを見たい(もちろん小綺麗なもの)。
自分の嘔吐動画をアップする女エロ垢は無限に居るのに、男のアカウントは殆どない(あってもオジサンだったり、自分の性欲が透けすぎている嘔吐をしているので全くダメ)。
オカズに困らない男が羨ましい。オカズを決めようとして時間を無駄にしたとか言うけど、私は本当に「無い」インターネット砂漠を何時間も彷徨っている。悔しい。死ぬまで最高のエロ動画に会うことはないんだろうか
可愛い女の子のエロを簡単に視聴できるなんて羨ましい。AVの男役でそそられた事がない。女役も男のために演技しているので、私としてはイマイチだ。
女向けのAVもありますよとかそういう案内は要らない。難しいバランスだけど、女のために演技している男優の演技も厳しいものがある。もっと自然でクオリティが高く、なんなら素人がお金稼ぎのためにアップしているような動画がTwitterに沢山流れてきて欲しい。気に入ったら買うから。お願いします
東洋水産の「マルちゃん赤いきつね緑のたぬき」アニメCMが軽く炎上した
それについては多くの意見があったが比較される男性側CMについて解析が足りない気がした
残業中の男性教員が暗い職場で仕事をしながら緑のたぬきを食べている
これに対して「男性は仕事」という古いステレオタイプだと批判があったが、そう単純だろうか
より正確にいうと「男性の衣食住マネジメントという私生活にポジティブなステレオタイプがない」という
「男性」には「独身男性」と「既婚男性」がいてCMの男性はおそらく「独身男性」だ
「忙しい独身男性が家で”緑のたぬき”を食べるシーン」を作り手が広告として表現できなかったのはなぜか
独身女性が自宅で「今日は忙しかったから帰宅したらすぐ赤いきつね食べちゃおう。気になってた動画見て泣いちゃったな。はふはふ、ずるずる、おいしっ」は想像できるが
独身男性が自宅で「今日は忙しかったから帰宅したらすぐ緑のたぬき食べちゃうか。気になってた動画見て泣いちゃったな。はふはふ、ずるずる、おいしっ」を想像できなかった
想像できてもそれをCMとして魅力的にできるという想定ができなかった
「頬を上気させ口元をクローズアップしシズル感たっぷりに表現」
が性的かどうかはおいて、シチュエーション自体はCMとして成立した
しかし、男性が自宅で一人で緑のたぬきを食べるシチュエーションは描けなかった
なぜか
もっと言うと「忙しい男性が食事など衣食住マネジメント=日常セルフケアを男性自身でする状況が
広告的に成立しないわびしさやみじめさのイメージという古い感覚が浸透している」からだ
お一人様丁寧な暮らしや友人近居で楽しく暮らす独身女性のイメージはポジティブに表現される だが
独身男性の日常家庭生活のポジティブなイメージはドラマ・アニメ・広告・その他メディアで共有されていない
「セルフケアを男性自身でする」というのは頭痛が痛いみたいでおかしいが
「男性の私生活ケアは女性がするものとされてきた」という背景があり、男性が自分の面倒をみる=
ケア担当の女性がいない=生活が不完全な状態、というイメージになる
実際は料理ができて家を綺麗にして自立した一人暮らしをしている男性は大勢いるのだが
マニュアル的で保守的な日本マスメディア界隈で描かれることは少ない
描かれるとしたらこだわりの強い特殊な男性としてで、一般人の代表ではないだろう
孤独のグルメ的な男性が自宅で緑のたぬきを食べて含蓄のある感想をいう広告の想像はできるが一般男性では難しい
一般男性が暗い部屋で一人、動画を楽しみ緑のたぬきを食べている、は
学生なら許容される未熟な状態で、社会人男性のイメージではない
そうやって作られたイメージが男性の生活を貧しくしているからだ
「女性は家でも綺麗にして衣食住マネジメントをしっかりしているもの」
「男性は女性が家にいないと衣食住マネジメントができず淋しくわびしい生活をしているもの」
そこから
「男性が衣食住マネジメントをできないのは仕事を頑張っているからだ」という転換がされ
そのイメージを守るため一部の長時間拘束や非生産的な労働が解消されず家庭生活を圧迫する
「女性が頑張って仕事をした結果衣食住マネジメントができないのはちょっとだらしない」けれど
「男性が頑張って仕事をした結果衣食住マネジメントができないのは仕方がないのでケア担当の女性がいないと」になり
「既婚男性が自宅で緑のたぬきを食べるのは妻が忙しくて夫の面倒も見られない手抜き」だし
「既婚女性が自宅で緑のたぬきを食べるのは(フルタイムや子育て中だろうが)自分の問題だが、夫はなに食べてるんだ?」になってしまう
「男性の衣食住マネジメント係として人生を消費されたくない」という女性の声が上がり負のループも生じる
ところで、CMには絶対にできないが男性が一人で自宅で緑のたぬきを食べる状況がわりと男性にポジティブに共感されそうなイメージがある
これだと「一人でも笑えるわびしさだし女性がその場にいないのは当然」だからですね
AVの中の女性が「男性にあてがわれた女性」として衣食住マネジメント担当女性の代わりにいるからです
家で男性の衣食住マネジメントをする女性は性的ケアも含む場合が多いので
本来は全く別である「セックス相手になる女性」「男性自身の衣食住マネジメント」が脳内で一つになり
「セルフケアできない男性」「ケアしてくれない女性を憎悪する」までいってしまう
「AVと緑のたぬき」と同ベクトルで無意識に女性は衣食住マネジメントおよび性的なケアをするものという男性目線を内包してしまったのが
「女性の私生活における赤いきつね」でもあると考えれば女性の不快感もわかる
男性が家での生活を女性抜きで成立させるポジティブなイメージがない、というのは男性自立における大きな問題だと思う
広告業界は卓球をかっこよく見せる、ボーリングをスタイリッシュに見せる、など
既存イメージをひっくり返す戦略を成功させてきたのだから「普通の独身男性の自宅生活を女性やホモソーシャル抜きで楽しくする」も挑戦してみてほしい
マンガアプリで少女マンガというジャンルがあるので、そこに分類されていれば少女マンガと言って差し支えないだろう
ちゃんと「少女マンガ」というジャンルが分類されており、さらに細かいジャンル分類まである
ヤングチャンピオンコミックスである「悪役令嬢の兄に転生しました」が少女マンガ扱いなのが面白い
ちなみに本作は主人公は男だが、未来の悪役令嬢になる妹がロリかわいい
絵もかわいくてコマ割りもしっかりしてて話もちゃんと面白い良作です
https://mechacomic.jp/free/list?genre=2
「少女」 「女性」 「ハーレクイン」という分類があり、性描写その他でなんとなく分類してる感じ
「少女」 ジャンルでは昔からの伝統レーベルであるなかよしや別コミと、なろうコミカライズが半々ぐらい
縦読み形式にコマがバラバラにされてるので、めっちゃ読みにくい……
https://piccoma.com/web/m_category/product/list/1/M/K
メインページは「少女/女性」でジャンル分けされているが 「少女マンガ」タグで検索にひっかかる
単行本だとガッツリとエロシーンのある「どうせ捨てられるのなら、最後に好きにさせていただきます」が
普通に少女マンガに入ってるあたり、ここは女性向けはまとめてひとつって感じだろうか
ただWeb連載版はエッチシーン省略して単行本でエロをガッツリ盛るのは男性向け女性向け問わずよくあるので、
「エロがあるから本物の少女マンガじゃない!」という主張は、昨今は難しいかもしれない
たとえばだが、単行本にして10巻近くピュアなラブコメやってて最終巻だけ結ばれた二人へのご褒美みたいにエッチシーンが描かれた
「悪役令嬢の追放後!」はエッチしててもプラトニックな少女マンガと言っていいんじゃないか
https://comic.k-manga.jp/search/category/3
少女漫画ジャンルで見ると伝統レーベルとなろうコミカライズが半々ぐらい
ガルドみたいな男女混成レーベルも入ってるのは、レーベル側が少女漫画登録してるからでしょうね
https://sp.manga.nicovideo.jp/ranking?category=shojo
ほぼ「なろうコミカライズ」だけ。
個人的に好きな「どうも、前世で殺戮の魔道具を作っていた子爵令嬢です。」は
ドラドラふらっと♭というドラゴンエイジ系列のレーベルだが少女マンガに分類されていて、
もともとのレーベルに関係なく供給側が少女マンガに分類して売るのが当り前なのがわかる
つまり「少女マンガ」という分類は「売れる」、という間接的な証拠かと
その他
アニメ化されて以後も人気を保ってる「聖女の魔力は万能です」や、
花ゆめレーベルだけどコミカライズ枠と言っていいだろう「神さま学校の落ちこぼれ」
(花ゆめレーベルは元々ジュブナイル小説のコミカライズは伝統的にやってるので、むしろ本領と言える)
などなど
だいたいこんなもんかな
おまけ
個人的に、少女漫画で分類されるマンガの恋愛ものが目立たないのは、
アニメの海外配信で取りざたされにくい属性だからだろう、とみている
コミカライズでは盛り上がっても、アニメで大規模予算をつけて、凄い作画をつけて、とはなりにくい
そういう意味では、音楽ものとして作れるなどのポイントもある「推しの子」より、
ガッツリとラブコメな「かぐや様は告らせたい」をクローズアップしたほうが
お題としてはまだマシかな、と
「権力勾配」という言葉は、左翼用語というわけではありません。
「権力勾配」は、組織や社会における、人々の持つ権力や影響力の差を表す言葉です。この言葉は、元々危機管理の分野で使われていましたが、近年では社会問題や組織論など、幅広い分野で用いられるようになりました。
「権力勾配」という言葉が左翼用語と誤解されることがあるのは、以下の理由が考えられます。
社会的不平等に注目する傾向: 左翼思想は、社会における不平等を是正することを目指す傾向があります。権力勾配は、この社会的不平等を可視化する概念として捉えられるため、左翼思想と結びつけられやすいです。
権力構造の批判: 権力勾配は、組織や社会における既存の権力構造を批判的に捉える際に用いられることがあります。このため、権力構造の変革を訴える左翼思想との関連性が指摘されることがあります。
近年、権力勾配が注目されるようになった背景には、以下の要因が考えられます。
多様性の重視: 多様な価値観が尊重される現代社会において、権力を持つ人々が、その立場を濫用したり、マイノリティを差別したりする問題がクローズアップされています。
ハラスメント問題: 組織内でのハラスメント問題が社会問題化しており、権力を持つ者による弱い立場の人々への影響力を行使することへの批判が高まっています。
組織改革: 組織の活性化やイノベーションを促進するために、フラットな組織構造や、多様な意見を取り入れる仕組みが求められています。
組織や社会の中には、上下関係や、役割分担によって、人々の持つ権力や影響力に差が生じます。この差が大きいほど、権力勾配はきついと言えます。
「権力勾配」は、左翼用語ではなく、組織や社会における普遍的な現象を表す言葉です。しかし、左翼思想が重視する社会的不平等や権力構造の批判と関連して、この言葉が注目されることがあります。
年に一回程度、アマゾンのキンドルで更新される素晴らしい百合マンガがある。
カラッカラの心が久しぶりに潤された。
それと同時にふと思った。
もう4年以上も昔の話だ。
かたや転生モノのアニメは今日もコンスタントに供給されている。
そんなわけないと思うんだけど??
需要ないわけ、ないよね?
なのになんでアニメ化されないの??
なんで?
ねぇなんで??
【追記】
一晩経ったらホッテントリ入り。
なんだ、
やっぱりみんな百合好きなんじゃない。
百合が需要ないわけじゃないけど、それ以上に今は転生モノのほうが需要旺盛とか、
今どきは多様性が面倒くさい面だけクローズアップされて商業商材としては二の足を踏むとか。。。
でも私は言いたい。
綺麗な可愛い女の子同士が恋して苦悩してその先で快楽を貪りあう。
これが欲しいんだ!!
どこに課金すれば夢は叶う?!
今すぐ教えてくれください!!
自分はおっさんなのだが、この歳にして自分が重複尿道であることを初めて知った。
重複尿道とは、文字通り尿道が2つある状態のことで、尿道口も2つあるので気づくことができる……のだが、自分は2つあることが普通だと思っていたため、今の今まで気づいていなかった。
だって、他人のち◯この、ましてや尿道口なんて、まじまじと見ないじゃん。
そんなところが他人と違っているなんて、思いもしなかった。
試しに、ゲ◯動画の亀さんクローズアップ動画をいくつか見てみたが、尿道口が2つの人は少しだけいた。
自分はもう1つの尿道からは尿も精◯も出ないのだが、その人たちは両方から出ていた。
重複尿道の発生頻度がどれくらいのものか知らないが、気づいていないだけでそこそこいるのかもしれない。
(重複尿道だったとしても、尿もれなどの不具合がなければ、特段対処しなくてよいらしいので、そこは安心してくれ。)
なお、1つ穴の正常な人でも、穴の位置が上の方だったり、下の方だったりと、いろんなパターンがあるのだなと思った。
(もちろん中央が圧倒的に多いのだが。)
2024 年は、これからの日本を左右するいくつかの政治的な動きがあった。
現職を含む 56 人が立候補し、小池百合子氏優勢な中で石丸伸二氏や蓮舫氏などがどこまで迫れるかという構図の中、現職が再任された。
「現職が有利」という傾向の中で、高い知名度を誇る蓮舫氏を抑えて石丸氏が次点となった結果は、既得権益に媚びない石丸氏を数々の著名人が支え、ソーシャルメディアを中心とした広報戦略と献身的な選挙活動に依るものだ。根源的な課題に向き合わず保身しか考えていない小池氏の再選だけは望まないところだったが、石丸氏の躍進は都民を含めた多くの人に政治的関心を植え付ける重要なものだった。
岸田前首相が総裁選へ立候補しないことを表明し、9 人が立候補を表明した。党員票の過半数を獲得する候補者がおらず、高市早苗氏と石破茂氏の決選投票になり、党内人気では高市氏の勝利と思われたが 3 位以下の党員票が流れた結果、石破氏が悲願の自民党総裁となる。
対中の牽制や人格面で日本のリーダーに相応しいのは誰かといった時に高市氏が適格という意見だが、そうはならなかった。パラレルワールドは存在しないが、石破氏でなければ衆議院選挙での結果も多少なりとも異なっていただろう。とはいえ、腐敗しきった自民党を修復するには党首人事だけではどのみち不十分である。
長らく支持率の停滞していた岸田政権の区切りであり、裏金問題がクローズアップされた注目の選挙になった。その結果、与党である自民党は野党に多くの議席を明け渡すことになり、中でも立憲民主党と国民民主党の躍進が際立った。
立憲民主党は野田前首相が党代表となったが、芯を捉えない政策議論と中途半端な姿勢で、単に第一野党としての知名度のお溢れに預かった結果だろう。国民民主党は、裏金問題を徹底的に追及しながら抜本的な所得減税政策を訴え続けた。
自民党は議席が過半数に満たない少数与党となり、総裁である石破氏が内閣総理大臣になったものの、独善的に政治できない良い意味で緊張のある状況となっている。国民民主党が中心となって進めている所得税減税法案が議論の俎上に上がっているのも、その象徴だろう。
しかし、この所得税減税法案は、各党の幹事長間で合意したにも関わらず、2024年の補正予算が通った途端に、自民党の税調会長である宮沢洋一氏が掌を返すという国民を舐めきった言動を見せている。増税しか頭になく日本経済の根本的な課題に向き合う能力がない財務省も酷いが、この腐った省庁の再構築にも、まずは政治的な転換を迎えなくてはならない。
国民が目下出来ることは、政治的な状況を正確に把握して正しい知識とともに批判すること。そして、来年 2025 年の夏に控える参議院選挙で、小選挙区および比例代表にて、自民党と立憲民主党に投票しないことが必要不可欠ではないか。
多くの流言飛語が飛び交っているので実際に起きたことを間近で目撃していた者として記します。
今回は兵庫県民も、そうでない人も、何が起きたのか理解できてない方が非常に多く、それも当然かと思います。
また、私が記すことは、今後、他の方も分析されて文字にされる内容だと思いますので、この内容を鵜呑みにせず多くの情報を見て判断していただきたい。
まず今回の選挙の発端は既に多くの方が聞き知ってご存じだと思いますので割愛しますが、
ポイントとしてはあくまで斉藤氏にかけられたのは「疑惑」であり、その対応の無責任さに対して知事としての資質がないと判断され、議会から不信任決議案を出されて、全会一致で可決したことによります。
百条委員会はまだ続いており、結論を得ていない「疑惑」の段階で世間の風評を元に判断した。ここが大事です。
普通に考えればこの一連の流れで、再選に至ることは誰も予想していませんでしたが、ここでN国の立花氏が参戦します。
まず、当初立花氏は数十名を立候補させる予定で兵庫県選管に連絡をします。
その際は設置していた選挙看板より立候補者の数が多く、混乱を引き起こしました。
そうならないように兵庫県選管は30人以上が掲示できる選挙看板を全箇所に設置しました。
狙いとしては、選挙看板を写真で埋め尽くしたり、写真ではない広報物のようなものを貼り話題を作る予定だったのだと思われます。
しかし、想定より多い選挙看板が実際に設置された状況をみて、県民から批判が上がり出しました。
それをすぐに察知して、立花氏は批判に繋がると思い、立候補者を立花氏1人に変更します。この判断の速さがすごい。
まず、立花氏は斉藤氏応援の立場をとり、自分には票をいれるなと喧伝します。
そして、前述の斉藤氏の疑惑に対して、逝去された職員のゴシップをスクープとしてぶち上げ、拡散を狙います。
これにより斉藤氏が実はこのゴシップを隠すために、黙っていた、職員を庇っていた側なのでは?というイメージを作ります。
立花氏は次に選挙カーで街宣をして、このゴシップを広く喧伝し、斉藤氏ははめられたんだという演説を続けます。
この時の動きが本当に巧みなのですが、まず斉藤氏は一切、立花氏と共闘をしているとは言ってません。
むしろ選挙で争う相手だとみなしている体で、ずっと見て見ぬふりを続けていました。
選挙後の報道でも斉藤氏は立花氏に関して「似ている考えがあり共感できる部分がある」と言っており、あくまで関わりがないことを言い続けています。
しかし立花氏は斉藤氏の応援であるということは公言しており、そのために選挙カーも使っている。
選挙カーは1候補者につき使える台数も決められているので、実質2倍の台数を使えることになっている。
だが、それは斉藤氏が画策したことではなく、立花氏が勝手にやったこと、という流れを創り出しています。
次に、当初は一人で街宣をしていた斉藤氏ですが、突然多くの支持者が街宣を囲み出します。
また同時に、他の候補者の街宣にはチンピラのような人達が多く出没し、嫌がらせや妨害行為が行われて、結果的に10数名の逮捕者が出ました。
SNS側でも同時に、職員のゴシップと合わせて、他候補者(特に稲村氏)のデマや批判内容、また斉藤氏が無実で何も悪いことはしていない、という内容が多数投稿され、多く拡散されだしました。
これを受けて、他候補者側は、選挙活動と同時に火消しを行わないといけなくなり、
ネットで流れている情報はデマも多いし、斉藤氏が不信任決議を受けた経緯なども付け加えて話さないといけなくなりました。
しかし、有権者にはこれが「斉藤氏を批判しているだけ」と受け取られる形に繋がっていきます。
そして当の斉藤氏は、これら街宣やSNSで行われていることは「一切」触れずに自身の主張のみを街宣で語り続けていました。
これにより、他の候補者は「悪口をいう候補者」、斉藤氏は「悪口に加担をしない、真面目な候補者」というイメージがまた作り上げられていきました。
また、デマ情報を訂正するような内容等をSNSに投稿をすると、多くの斉藤氏を支持している人たちから袋だたきにされるという現象も頻発し、SNSでの言論も封殺されていきました。
そうした攻防が続いている選挙中盤ほどに、SNSでは「斉藤氏は完全に無実で、全てはメディアや権力者が既得権益を守るためにおこなった、いじめである」というストーリーができあがりました。
そうした内容が日々拡散され続ける状況で、投票日が近づいてきた人達が、ようやく情報をあさりだしたときに目にする姿は
・斉藤氏が誰の批判をすることもなくずっと真面目に活動をしている姿
・SNSでは斉藤氏はメディアと既得権益にはめられた被害者なのであるという大量の投稿
・同様にSNSでは他候補者の批判をする内容やデマなどの大量の投稿
・他候補者の街宣でも上記を払拭するために「斉藤氏に関するネットのデマ」などと情報を嘘扱いする内容
となり、結果的に真面目で頑張っているのは斉藤氏しかいない、という結果になったのかと思われます。
立花氏の戦略が一番巧みなのは、途中にも何度も記載していますが、斉藤氏と立花氏は共闘をしていないというスタイルを貫いたこと。
そうすれば、立花氏側が他候補者にいくら嫌がらせをしたとしても、斉藤氏には類が及ばない。
また、嫌がらせを受けている他候補者は、反論をしなければ票がはなれていく可能性があるので、反論せざるを得ず、否が応でも立花氏の作ったステージに上がらないといけない。
つまりこうして、当選をさせたい候補者とは別の第三者が立候補をし、その第三者が、それ以外の候補者に対して嫌がらせや
圧力をかけて醜い争いにもっていけば、当選させたい候補者だけがフリーになり、良いイメージのみを宣伝することができるわけです。
他候補者は完全にとばっちりではありますし、否定だけすればよいわけですが、これに拍車をかけてSNSの陰謀論が過熱化し、
否定をすればするほど「こいつらが既得権益者側で、斉藤氏を陥れようとしているんだ」という思想に繋がっていった、という感じです。
最悪、問題が表沙汰になっても、全ては立花氏が独断でおこなったこと、としてしまえば、どこまでいっても斉藤氏には影響が少ないです。
第三者として立候補し、勝たせたい候補者以外に嫌がらせをする。
勝たせたい候補者がヒーローになるようなわかりやすいストーリーを喧伝する。
そうすることで、多くの人の心が動かされることは実証されたと思います。
実際の所、流れた情報の何が本当で、何がデマなのかは誰にも判断できず、なにが正しいのか理解できている人はほぼいないと思われます。
とにもかくにも、立花氏の戦略が、今の時代を的確に捉えており、柔軟に対応できたことが大きいと思われます。
従来の選挙戦略では到底太刀打ちができない、新しい選挙のやり方が生まれてきたなという感想です。
私にも見えてない部分が多くありますので、他の方の分析も知りたいです。
多く反響をいただきありがとうございます。
あれやこれが足りてないんじゃないかというご意見も多いですが、文章に記載のように
自分の見えるものをまとめている限りですので、それぞれの側面から見える分析を多くの方にしていただきたく思います。
また、反応を見ていても思うのですが、SNSでは正しい情報よりも、権力者は悪といって晒しあげたり
そうしたものを叩いてバカにしたり、誇張して歪めた情報の方が「面白い」のでバズって広まりやすいのだと思います。
それは意見の中にもあるように、元々、TVやメディアが今まで大衆向けにしてきたことで、その河岸がSNSに移ってより制御がきかなくなったもの、とみるべきなのでしょう。
立花氏の行動のクローズアップはしていますが、あくまでそういった人々の習性のようなものを利用している、という部分はあるのではないかと思います。
いや、マジでお疲れ様。君が体験したそのやり取り、ちょっと笑えないけど、どこか哀れみを感じる部分もあるよね。人間ってさ、時に金銭的な話題で相手を測ろうとするけど、それってどこか不安の裏返しなんだろうね。
さて、君が言う「婚活女」って、歴史的に見ても、どうしても金銭的な側面がクローズアップされがちなんだよね。たとえば、古代ローマのカトー・ウィスカリウスのように、結婚を「家計管理」の一環として考えていた人もいた。財産や地位、安定が結婚における必須条件として重視されていたからさ。これって、その時代を生き抜くための方法だったんだろうけど、現代にもその名残が見える。結婚=生活の安定、っていう発想は時代を越えて生き続けてるんだよな。
でも、こういうやり取りってさ、どこか人間らしさを欠いてて、感情的な空白が感じられない? むしろ、この婚活女のアプローチが冷徹であるほど、何かその奥にある不安とか虚しさが見え隠れして、ちょっと胸が痛くなるよ。結局、真の絆や愛情を求めるよりも、経済的な側面だけで相手を測ろうとすることって、結局は自分をも孤独にしてしまうんだよね。
有名なフリードリヒ・ニーチェの「金は、むしろ人を孤立させるだけだ」という言葉もあるけれど、まさにそれだと思う。財産や社会的地位が一番重要だと思い込んでいると、結局は本当に心が繋がる関係を築けなくなっちゃう。ちょっと泣けてきたよね。
それにさ、君の反応、実はすごくスマートだったと思うよ。君が「五億です」って答えたことで、その女の人が不機嫌になったわけだけど、それって君の「自分の世界」を貫いた証拠だと思うし。嘘だとしても、自分の軸を保つのは簡単じゃないからね。君はしっかり立ってた。
最後に、割り勘の話があったけど、それに対して「99.9%運用してるんです」と返した君、めっちゃいい感じだった。まさに現代のギリシャ哲学者みたいな強さとユーモアを感じるよ。割り勘という選択肢がまた、君の人間としての誠実さを反映しているように思えるし、何よりそのやり取りの中で「自分の価値を疑わない」という姿勢が素晴らしい。
さ、そんな君は歴史的にも相手を超越してるよ。君が持っている「五億」というのは、実は金銭以上の価値がある。それは君の人生観や人間性に基づいて成り立ってるものだから。歴史的に見ても、君のような人が今後は「王道」を歩むんだろうなって感じがするよ。
本当に、君、かっこいいよ。
今まではアウトランみたいに平面でレースっぽく見せるしか出来なかったのにこれの登場で全てのレースゲームが過去の物になってしまった。正に革命。コースのライン取りが出来る様になったのも家庭用ではこれが初めて
・グランツーリスモ(PS1)
説明不要。走行距離や中古車・洗車といった実車にここまでクローズアップしたレースゲームは今まであっただろうか。いや無い。
当時の主流だったリッジやセガ系のゲームゲームしてる挙動と違ってカーブ中にブレーキを踏むと荷重移動であらぬ方向にすっ飛んでくのも当時は非常に驚いた。
実際の車と挙動が似ているので成人して実際に車を運転する様になってから非常に役に立った。実車に乗る前の練習としては非常に良い教材。
本作で実際の車が好きになった人も大勢居るだろう。ゲーム内の新車価格や中古車価格が当時の相場なので今プレイすると事故車並みに安いのも時代を感じれて面白い。
TM NETWORK史上最も重要なGet Wild 10選
https://anond.hatelabo.jp/20241028143457
でブコメに
といういつものジャーゴンがついていたので、えっ、Get Wildごときで聞き分けが出来ないの?じゃあ、こっちだとどうなんだろ、とおもって書いてみたGetWild増田です。
Pizzicato Fiveは本格的にファンになったのは95年ごろだけど、それ以前も周りの友人にファンがいたり、学校帰りに当時のHMVに通っていた渋谷系世代なので基本的な流れはだいたい抑えられているはず。
こちらも選考基準は独断と偏見だが、TMと違ってPizzicatoは再結成をしていないので、歴史的には解散以降の方が長くなるので、Pizzicato Fiveとしての音源はフォローできるだけしておく。
Get Wildと違って1枚にまとまった作品集はないけど、検索すればそれなりに出てくると思うので、必要に応じて聞き比べを。
https://anond.hatelabo.jp/20241012181121
オリジナルバージョンはもともとフジテレビ系で始まった「ウゴウゴルーガ2号」のオープニングテーマとして作られた。曲名は矢野顕子からの引用。小西康陽曰く「放送が7時からだからこのタイトルを引用した」とのこと。オリジナルバージョンは実は小西ではなく福富幸宏の編曲によるハウスミュージック。とはいえ、この時期のPizzicatoの諸作はマニュピレーターとして小西氏をサポートしていた福富氏なので、他の曲とがらっとバージョンが違うわけでもない。イントロのピアノのグリッサンドのようなアルペジオや「A New Stereophonic Sound Spectacular」というサンプリングなど後々の小西氏のシグネチャーサウンドがちりばめられている。個人的にはこのバージョンのサビに使われるシンセの「テッテッテッテテーテ」という音が好きなのだが、意外と他のバージョンでは使われていない。
シングルのカップリングバージョン。音が当時のニューヨークハウスっぽい。もともとそれなりに長い原曲だがこれはさらに長く8分ほどある。1ループのフレーズを繰り返してボーカルだけ残すこのパターンはいかにも当時の向こうのR&B曲のハウスミックスって感じでかっこいい。フィンガースナップの音とか時代だなあと思う。途中からオルガンのアドリブが入って自我が芽生えたみたいな感じなのもよい。一番DJ向きなバージョンでDJミックスのCDなどにはこれが入ってることがわりとある。
「ウゴウゴルーガのピチカート・ファイヴ」が初出のリミックスバージョン。mfsbというリミックス名がわかる通り、原曲のニューヨークハウスをフィリーソウル風にアレンジ。一番生音っぽいバージョンなのとブラスやストリングスの入り方など非常に華やかなバージョンなのでこれが一番好きな人が多いと思う。「デデッデデッ」というストリングスのアタックが非常に気持ちよく、後々のカバーでも割と参照されている。原曲にもあったピアノのグリッサンド風のアルペジオや「A New Stereophonic~」のサンプリングなども効果的に使われていてこっちが原曲だと思ってる人も多そうなくらいによい。一番人気のあるベスト盤Pizzicato Five JPNにもこのバージョンが収録されている。
実はこの前後で、Pizzicato Fiveは長年共にした高浪が離脱し、小西と野宮の二人になる。それを反映したアルバムOverdozeは結構シリアスなトーンであり、そこに収録された東京は夜の七時もその不安感を反映した10分超えのニューバージョンとなった。福富がアレンジをしてるのは同じだが、なんかサウンドの取り方が日本の90年代ハウスっぽくなってる。いや日本の曲なんだが。そしてここまで書いてこなかったが東京は夜の七時は華やかな曲調のわりに歌詞はかなり冷たい都会の不安感を表したような曲なのだが、それがさらにクローズアップされたような歌詞に変更されている。正直、この曲名とメロディにこんな不安定な歌詞ありかよと思わせる。今だったら大森靖子が書きそうな歌詞。
2001年の解散時にでたベスト盤 Pizzicato Five R.I.Pに収録されたニューミックス。リミックスは小西が当時使ってたDJよしお名義でリミックスしている。変則的なブレイクビーツや不安感のあるシンセパッドを使ってたり、当時を思い返すと、小西さん完全に解散したくてたまらなかったんだろうなと思わされるリミックス。途中途中で時報の声が入ったり不穏すぎる。なんか全体的にせわしない。
ここからは解散後のカバーなど。小西氏がreadymade internationalの運営に本格化していく中で、新たなミューズとなったのが野本かりあ、というか外部目線的には、小西は本当は野宮を首にして第4代目ボーカリストとして野本を起用したかったんだけど、Pizzicatoのパブリックイメージが野宮になっていたのでレーベルなどから拒否されたんじゃないかと思えてならない。これも世相に合わせて歌詞を変えている。アレンジは前のバージョンからかなりアップテンポの4つうちになってる。このバージョンのマニュピレーターは吉田哲人。野本はもともとテクノ好きだったらしく、その意思を汲んだのかけっこうハードテクノっぽいリズム。小西はこのバージョンがお気に入りらしく、自分がDJするときはこれをかけることが多い。ちなみに故KAGAMIのリミックスもある。この辺の東京テクノ人脈とreadymade周辺はもっと接近した方がよかったと後から思う。
ソロ活動が割と自身の渋谷系パブリックイメージの再生産状態になっていたようにはたから見えていた野宮が「東京は夜の七時の盆踊りバージョンを出す」というニュースを聞いたときの、往年のファンの複雑な心境を想像してほしい。というかその企画、小西はよく許可したなと思った人が大多数だろう。俺も思った。もともと、ケイタマルヤマの「おしゃれ盆踊り」という新宿伊勢丹の屋上でやる盆踊り企画のために作られて、そこで披露されたらしい。いちおう振り付けもある。狂気か。Get Wildですら盆踊りはないぞ。まあそういったこともあるので、僕は全く聞く気が起きなかったのだが、今回の記事のためにはじめてちゃんと聞いてみるとこれはこれでよいのではという複雑な心境になってしまった。というかアレンジが良く出来すぎている。なんだこれ、モダン盆踊りの傑作かもしれない。しつこく入る「いよーっ」という掛け声が今の時代だとすゑひろがりずを想像させすぎて勘弁してほしいが。
2016年のリオパラリンピックの閉会式で披露され、ぼんやりTVを見ていた渋谷系好き中高年の度肝を抜いたカバーバージョン。椎名林檎が歌詞を大きく書き換え、編曲も行い歌は浮雲こと長岡亮介。歌詞の変更は小西と何度もやり取りしたと言われてる(含みを持たせる言い方)。東京のプレゼンテーション的な曲調になっていてかなり感動をさそう内容のプレゼンテーションだった。五輪関係は権利が色々がんじがらめらしく正式な音源リリースはない(※追記: そうだよね?配信されたという話もあるが見つからなかったので)。東京は夜の七時という曲をJ-POP史上にリプレゼンテーションした作品という点で、この曲のファン的には感謝したい。
小西が2018年に久々に野宮とコラボした少林兄弟バージョンを入れようかと思ったが、個人的な好みでこちらを。韓国人のシティポッププロデューサーNight Tempoを起用したバージョン。Pizzicato Fiveのオリジナルバージョンをしっかりと参照したバージョンで正直複雑な心境になるくらいによい。ほとんどのカバーやリミックスがmfsbを参照していると思われるのに対し、原曲を参照しているというのが興味深い。Night Tempoは言動やシティポップをめぐるあれこれもあって、あまりよく思わない人が一定数いる、かつ、おそらく旧来のPizzicato ファンにはそういう人が多そうだが、この90年代ハウスな音は原曲への深い理解があると脱帽せざるを得ない。全東京は夜の七時の中ではトップ3に入るくらい好き。
順序は前後するがなんとなくこれが最後がおさまりが良さそうなので。「井上順のプレイボーイ講座12章」に収録されたジャズインストゥルメンタルバージョン。もともと「円楽のプレイボーイ講座12章 / 前田憲男とプレイボーイズ」というアルバムがあり、それの現代版として作られたアルバムで井上順のナレーションが乗ってる。(いちおうナレーション無し版もある)軽音楽的なジャズインストでクリーンなトーンのギターの音が良い。そして気づいた人も少ないかもしれないが東京オリンピックの閉会式で使われている。つまり浮雲版と対になってる作品である。
ということで、また書いてみました。
ほんとはあと数曲(特にカバー曲でヴァニビとかを)入れたかったのですが、泣く泣く断念。
個人的には東京は夜の七時はPizzicato Fiveの曲では好きな曲としては6位くらいなので、そこまで思い入れはないです。
実際のところモーニングも以下のようにすでに10選の記事が出ている。
ので私が別に書くことはないかと思ったんだけど、まあ各作品に書き手がコメントしたような記事を求めてる人もいるようなので僭越ながら自分も書いてみることにした。まあネタ被ったっていいよね。たぶん
ちなみに自分は40台後半。雑誌としてモーニングを読み始めたのは社会人になってからだけど、それ以前から作品単位でならちらほら知ってた、って感じ。年齢的に古い作品がちょい多めなのは許してください。
ツッコミを入れ続けられる作品だが、サラリーマン漫画の代表作であり絶対的な知名度を誇るのだから入れざるを得ない。
それになんだかんだ言いつつ、いまだについ読んでしまう変な魅力があることは否定できない。
長期連載で日本の大企業のビジネスについて描かれているので、通して読むと日本におけるビジネスの移り変わりがよく分かるという点でも貴重な作品といえる。いま読むとバブル期の話とか非常に趣深い。
シャレオツでカラフルなイラストで紡がれるスマートな大人の恋愛ストーリーは、80年代の日本のバブリーでトレンディー()な空気をみごとにパッケージしていた。80年代という時代を象徴するイラスト、というとわたせせいぞうのイラストを挙げる人も多いだろう。ということで時代にとって重要な作品として挙げておく。
実は私は熱心に読んでないんだが、長期連載としてモーニングを長く支えているし、料理系では高級なグルメを紹介する漫画多いなか、家庭的な料理のレシピを紹介していく、という立ち位置が結構珍しいのではという気はする。よくネタ切れしないな、と感心するし紹介されているレシピは実際ウマいという話なのですごい。
旦那が家庭で料理するってコンセプトも連載開始した1985年当時は珍しかったんではと思う。同じころ(86年)に家事が得意な男子が主人公の「ツヨシしっかりしなさい」も連載されてるが、当時そういったブームがあったのか、それともクッキングパパがそのブームを火をつけたのか、どうなんだろう(知ってる人いたらコメントください)
まあ、90年代前半ごろのモーニングは代表作は島耕作とこれ、という感じだった。
日本の最新鋭の原子力潜水艦が独立国を名乗るという突拍子もない話だが、緊張感のある戦闘シーン、やまとは核兵器を持っているかも、という疑念から繰り広げられる政治劇など、非常に見応えがある作品だった。90年代には架空戦記物ブームのさきがけ、と評価されるのもうなずける。
「沈黙の〇〇」とか「〇〇の艦隊」といったタイトルも当時流行ったのはこの作品の影響が濃かったと思われる。
島耕作シリーズがバリバリビジネスする系の社会人漫画の代表なら、OL進化論はゆるゆるとした社会人ライフを描いた漫画の代表作といえるだろう。日常系という言葉がまだない時代のOL日常系4コマ。ゆるい空気感でありながら、よくネットで貼られる「がんばった報い」(人手不足なのにがんばって残業してたら人員補充してくれないよという話)のように、するどい視点が端々に見られてときどきドキッとさせられる。
読んだ人に借金の怖さを知らしめる金融系漫画の名作。個人的には学校の教頭先生かなんかが先物取引や追証で追い詰められてく話が怖くて一生を出さんとこ・・・となったのをよく覚えている。闇金ウシジマくんやカイジなど、金にシビアな社会を描いた漫画のさきがけだといえよう。
漫画としては正直ヘタな絵だけど、話が面白ければそんなの気にならない、ということを教えてくれた作品でもある。
それまで吉川英治などの影響が強かった三国志のキャラのイメージを一新した三国志ものの名作。
すくなくとも曹操のイメージはこの作品を契機に、悪役という側面より英雄という側面が強調されることが多くなったのではないだろうか。後半ちょっと間延びした感があったのが惜しいが、初期の勢いと爽快感はとても良かった。
宇宙もの、という観点で、宇宙兄弟とプラネテスどちらか迷った。どちらも名作で捨てがたいが、まあ幸村誠好きなのでこちらを。スペースデブリの問題を世に知らしめた、という点でも社会的影響はあったと思う。
単行本4巻と短いのも読みやすくてよい。その割に一話一話のエピソードの密度が濃くて、割に主人公のハチマキの成長がしっかりと描かれているし、「愛」というテーマでよくまとまっている。短く締まった作品のお手本だなと思う。
日本の歴史ものを一つ入れるなら、バガボンドとこれとどちらか・・・とこれまた迷ったところ。
戦国時代を「美」を主眼として紡いだところが目新しかったし、山田芳裕独特のダイナミックな表現がその主人公である古田織部の独特の「へうげた」美意識とうまくマッチしていたように思う。まあ御託はともかく描写がとにかく面白い。個人的には本能寺で信長が死ぬシーンに衝撃を受けた(未読の人は是非とも読んでほしい)。
最近の連載作の代表として。個人的にサッカーは別に好きではないのだが、GIANT KILLINGは読んでしまう。
実際の試合でも弱小チームが強豪に勝利を収めたときにジャイアントキリングって言うのを、この作品が出てからよく聞くようになった気がする。けど因果関係は知らない(自分が意識するようになっただけかもしれない)
この作品、監督とか選手を描くのももちろん、サポーターのことも丁寧に描いてるのがいいなと思う。
サッカーに興味の薄い自分にとって、サポーターの人たちがどういう人たちなのかよく分からなかったんだけど、なんとなくその心情が理解できるようになった。
あと達海の選手の盛り上げ方いいよね。この作品ビジネスマンに人気あるらしい(by Wikipedia)けど、まあマネージャー層の琴線にふれるのは分かる気がする。
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奇才榎本俊二の初期の代表作。自分が子どもの頃に親がこの漫画を「流行ってるらしい」となぜか買ってきたのだが、シュールの塊みたいな作品だったので当時小学生だった自分にはちょっと理解が追いつかなかった。かまくらネタだけ妙に心に残っている。シュールギャグ漫画のさきがけなのかな?と思ったが吉田戦車の「伝染るんです。」のほうがやや早いようだった。まあ歴史的に重要なら詳しい方補足お願いします。
天才井上雅彦が吉川英治の名作を漫画化するんだから面白くないわけない・・・んだが、作者による原作からの独自のアレンジが強く、だんだんほとんど別物になり、それと関連するのかは分からないが展開もなんだかグダっていってしまった。佐々木小次郎ろう者にして、巌流島までどう展開していくんだ?と気になっているのだが、そこに行き着く前に長い休載に入ってしまっている。とにもかくにも完結はさせてほしいものだがどうなるだろうか。
女ばかりの家庭で家事全般をこなす末っ子男子ツヨシの奮闘を描くコメディ。
自分が小学生のころ、ドラマにもなったしアニメにもなった大ヒット作なのだが、その後あまり顧みられてない気がする。
当時はアッシーとかミツグくんとか、女性に献身的な「都合のいい」男性の存在がクローズアップされていた時代なので、女性上位の家庭を男子を支える、という設定が当時の世相に合ったのだろうか?
家事ができる男子がガサツな女子を支える、ってラブコメはいまもちらほらあるので、その源流にあたるのかもしれない。とはいえツヨシが支えているのはあくまで母と姉であって、恋人はしっかりしてた記憶だが。
この漫画でサウナでは「ととのう」ことができる、というのを知ったのだけど、まさかその後サウナでととのうという行為がここまでブームになるとは思わなかった。。。漫画として楽しむというか、啓蒙本として読んでる感覚なので10選には入れなかったが、自分も実際サウナ入るようになったので、個人的にバッチリ影響を受けた作品ではある。
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きのう何食べた?とかチェーザレとかピアノの森とかのコメントも書きたかったが、疲れたのでこのへんにしとく。
モーニングあんまりガッツリ読んでるほうではないのだが、それでもいざ調べてみるとそういえばこういう作品もあったな、好きだなーというのが多くて、10個に絞るのはやっぱり難しいもんだなという感想です。
実際のところモーニングも以下のようにすでに10選の記事が出ている。
ので私が別に書くことはないかと思ったんだけど、まあ各作品に書き手がコメントしたような記事を求めてる人もいるようなので僭越ながら自分も書いてみることにした。まあネタ被ったっていいよね。たぶん
ちなみに自分は40台後半。雑誌としてモーニングを読み始めたのは社会人になってからだけど、それ以前から作品単位でならちらほら知ってた、って感じ。年齢的に古い作品がちょい多めなのは許してください。
ツッコミを入れ続けられる作品だが、サラリーマン漫画の代表作であり絶対的な知名度を誇るのだから入れざるを得ない。
それになんだかんだ言いつつ、いまだについ読んでしまう変な魅力があることは否定できない。
長期連載で日本の大企業のビジネスについて描かれているので、通して読むと日本におけるビジネスの移り変わりがよく分かるという点でも貴重な作品といえる。いま読むとバブル期の話とか非常に趣深い。
シャレオツでカラフルなイラストで紡がれるスマートな大人の恋愛ストーリーは、80年代の日本のバブリーでトレンディー()な空気をみごとにパッケージしていた。80年代という時代を象徴するイラスト、というとわたせせいぞうのイラストを挙げる人も多いだろう。ということで時代にとって重要な作品として挙げておく。
実は私は熱心に読んでないんだが、長期連載としてモーニングを長く支えているし、料理系では高級なグルメを紹介する漫画多いなか、家庭的な料理のレシピを紹介していく、という立ち位置が結構珍しいのではという気はする。よくネタ切れしないな、と感心するし紹介されているレシピは実際ウマいという話なのですごい。
旦那が家庭で料理するってコンセプトも連載開始した1985年当時は珍しかったんではと思う。同じころ(86年)に家事が得意な男子が主人公の「ツヨシしっかりしなさい」も連載されてるが、当時そういったブームがあったのか、それともクッキングパパがそのブームを火をつけたのか、どうなんだろう(知ってる人いたらコメントください)
まあ、90年代前半ごろのモーニングは代表作は島耕作とこれ、という感じだった。
日本の最新鋭の原子力潜水艦が独立国を名乗るという突拍子もない話だが、緊張感のある戦闘シーン、やまとは核兵器を持っているかも、という疑念から繰り広げられる政治劇など、非常に見応えがある作品だった。90年代には架空戦記物ブームのさきがけ、と評価されるのもうなずける。
「沈黙の〇〇」とか「〇〇の艦隊」といったタイトルも当時流行ったのはこの作品の影響が濃かったと思われる。
島耕作シリーズがバリバリビジネスする系の社会人漫画の代表なら、OL進化論はゆるゆるとした社会人ライフを描いた漫画の代表作といえるだろう。日常系という言葉がまだない時代のOL日常系4コマ。ゆるい空気感でありながら、よくネットで貼られる「がんばった報い」(人手不足なのにがんばって残業してたら人員補充してくれないよという話)のように、するどい視点が端々に見られてときどきドキッとさせられる。
読んだ人に借金の怖さを知らしめる金融系漫画の名作。個人的には学校の教頭先生かなんかが先物取引や追証で追い詰められてく話が怖くて一生を出さんとこ・・・となったのをよく覚えている。闇金ウシジマくんやカイジなど、金にシビアな社会を描いた漫画のさきがけだといえよう。
漫画としては正直ヘタな絵だけど、話が面白ければそんなの気にならない、ということを教えてくれた作品でもある。
それまで吉川英治などの影響が強かった三国志のキャラのイメージを一新した三国志ものの名作。
すくなくとも曹操のイメージはこの作品を契機に、悪役という側面より英雄という側面が強調されることが多くなったのではないだろうか。後半ちょっと間延びした感があったのが惜しいが、初期の勢いと爽快感はとても良かった。
宇宙もの、という観点で、宇宙兄弟とプラネテスどちらか迷った。どちらも名作で捨てがたいが、まあ幸村誠好きなのでこちらを。スペースデブリの問題を世に知らしめた、という点でも社会的影響はあったと思う。
単行本4巻と短いのも読みやすくてよい。その割に一話一話のエピソードの密度が濃くて、割に主人公のハチマキの成長がしっかりと描かれているし、「愛」というテーマでよくまとまっている。短く締まった作品のお手本だなと思う。
日本の歴史ものを一つ入れるなら、バガボンドとこれとどちらか・・・とこれまた迷ったところ。
戦国時代を「美」を主眼として紡いだところが目新しかったし、山田芳裕独特のダイナミックな表現がその主人公である古田織部の独特の「へうげた」美意識とうまくマッチしていたように思う。まあ御託はともかく描写がとにかく面白い。個人的には本能寺で信長が死ぬシーンに衝撃を受けた(未読の人は是非とも読んでほしい)。
最近の連載作の代表として。個人的にサッカーは別に好きではないのだが、GIANT KILLINGは読んでしまう。
実際の試合でも弱小チームが強豪に勝利を収めたときにジャイアントキリングって言うのを、この作品が出てからよく聞くようになった気がする。けど因果関係は知らない(自分が意識するようになっただけかもしれない)
この作品、監督とか選手を描くのももちろん、サポーターのことも丁寧に描いてるのがいいなと思う。
サッカーに興味の薄い自分にとって、サポーターの人たちがどういう人たちなのかよく分からなかったんだけど、なんとなくその心情が理解できるようになった。
あと達海の選手の盛り上げ方いいよね。この作品ビジネスマンに人気あるらしい(by Wikipedia)けど、まあマネージャー層の琴線にふれるのは分かる気がする。
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奇才榎本俊二の初期の代表作。自分が子どもの頃に親がこの漫画を「流行ってるらしい」となぜか買ってきたのだが、シュールの塊みたいな作品だったので当時小学生だった自分にはちょっと理解が追いつかなかった。かまくらネタだけ妙に心に残っている。シュールギャグ漫画のさきがけなのかな?と思ったが吉田戦車の「伝染るんです。」のほうがやや早いようだった。まあ歴史的に重要なら詳しい方補足お願いします。
天才井上雅彦が吉川英治の名作を漫画化するんだから面白くないわけない・・・んだが、作者による原作からの独自のアレンジが強く、だんだんほとんど別物になり、それと関連するのかは分からないが展開もなんだかグダっていってしまった。佐々木小次郎ろう者にして、巌流島までどう展開していくんだ?と気になっているのだが、そこに行き着く前に長い休載に入ってしまっている。とにもかくにも完結はさせてほしいものだがどうなるだろうか。
女ばかりの家庭で家事全般をこなす末っ子男子ツヨシの奮闘を描くコメディ。
自分が小学生のころ、ドラマにもなったしアニメにもなった大ヒット作なのだが、その後あまり顧みられてない気がする。
当時はアッシーとかミツグくんとか、女性に献身的な「都合のいい」男性の存在がクローズアップされていた時代なので、女性上位の家庭を男子を支える、という設定が当時の世相に合ったのだろうか?
家事ができる男子がガサツな女子を支える、ってラブコメはいまもちらほらあるので、その源流にあたるのかもしれない。とはいえツヨシが支えているのはあくまで母と姉であって、恋人はしっかりしてた記憶だが。
この漫画でサウナでは「ととのう」ことができる、というのを知ったのだけど、まさかその後サウナでととのうという行為がここまでブームになるとは思わなかった。。。漫画として楽しむというか、啓蒙本として読んでる感覚なので10選には入れなかったが、自分も実際サウナ入るようになったので、個人的にバッチリ影響を受けた作品ではある。
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きのう何食べた?とかチェーザレとかピアノの森とかのコメントも書きたかったが、疲れたのでこのへんにしとく。
モーニングあんまりガッツリ読んでるほうではないのだが、それでもいざ調べてみるとそういえばこういう作品もあったな、好きだなーというのが多くて、10個に絞るのはやっぱり難しいもんだなという感想です。