はてなキーワード: 手作りとは
21歳〜27歳までの6年半付き合った元カレがいた。
私にとっては大恋愛だった。
結婚すると思っていたし、その話は彼の方から何度もしてくれた。
それでも別れてしまった。浮気や喧嘩別れ、というわけではない。
彼とは付き合っていた時間の半分以上が遠距離恋愛だった。会えるのは半年に1回くらいで、LINEは毎日していたけれど、電話はほとんどしない。
会えたときはめちゃくちゃ嬉しくて楽しくてドキドキするけど、時間とともに気持ちは薄れて、また会ったときに気持ちが復活して……の繰り返し。
そうして昨年末、
将来住む場所、生活環境と、それ以外のこと(家族や友人と離れてしまうこと、ヲタ活がしづらくなってしまうこと、仕事など)を天秤にかけたとき後者に気持ちが傾いている自分に気がついた。
完全に嫌いになったわけでも、気持ちが全く無くなったわけでもない。けれど、この関係を続けるのに限界が来てしまった。
私は彼の地元に行く踏ん切りをつけられなかったし、彼は私を迎え入れる準備を整えられなかった。
別れ話は電話で伝えた。私の気持ちが離れていることに勘づいていたようで、引き止められることはなく、最後は他愛もない話や今ならぶっちゃけられる思い出話なんかをして電話を切った。
6年半も付き合っていて、大好きで運命だとすら思っていた人と別れたのに、あんまり引き摺ることはなく、翌週にはマッチングアプリを入れて2週間くらいで一気に7人くらいと会っていた。
なんなら今はいい感じの人がいる。
それなのに今、部屋を片付けていたら彼にもらった手紙が出てきて感傷的な気持ちになってしまった。
私が彼の誕生日に手紙や手作りのアルバムを渡したのを始まりに、彼も毎年誕生日に手紙を書いてくれるようになって、6年分の手紙。
恋愛経験豊富な彼が、「今まで彼女に手紙なんか書いたことない」と言っていた。本当かはわからない。
読み返したら泣いてしまう気がして封筒は開けていないけど、ミニアルバムやプリクラも出てきて苦しい。
別れて2週間くらいでスマホに残っている写真は全部消せたのに、手紙という心の込められたものを前にするとどうしても捨てられない。
お祓いとかお焚き上げに持っていくという話も聞くが、それは違うような気がしている。
「元カノからもらった手紙を捨てない彼氏に怒る彼女」が度々SNSで議論されているけど、こんな気持ちなのだろうか。ここまでセンチメンタルではないのだろうか。
もし次に恋人ができて、その人のことを元カレ以上に好きになれたら捨てられるだろうか。
元カレ以上に好きになれる人なんているのだろうか。
40年前のメニューとして、その時に30代の客層ターゲットだったとして75年前つまり戦後の物資不足のころである
チキンはもちろん食える時代ではないが、醤油と砂糖で大根を甘辛く炒めるなどはあっただろうな。
【結論】
醤油+砂糖そのものを指す用語ではなく、大戸屋の創業理念である
「かあさんの手作り料理=家庭の味・安心感」ブランド表現の一部と見るのが妥当。
味付けとしては、醤油ベース+甘み(砂糖・みりん系)+だし+大根おろしなので、
「甘辛い醤油味の家庭料理」という方向性を当てている点はかなり近い。
一方で、
「戦後の物資不足期の記憶(75年前)の象徴として、醤油と砂糖の味を“かあさん煮”と名付けた」
というところまでのストーリーは、公式情報では裏付けがなく、かなり創作寄りの推測。
総評:
語源・歴史背景のロジックは“エビデンス不足の推理”という位置づけ。
より正確に言うと:
要素 内容
技法 煮る・絡める・照りを出す
「チキンかあさん煮定食」自体の位置づけと歴史
「創業当時からの定番メニュー」「創業時からのメニュー」といった記述がされており
大戸屋の中でもかなり古くからある看板メニューとして扱われている
コンセプト:当時は日本人の4人に1人が栄養不足と言われた時代に、
という流れが公式に語られている
したがって、
実際の創業(1958)から考えても “数十年クラスの古い定番”としては大きく外れていない
ただし
“いつ・どの店舗で「チキンかあさん煮」が初登場したか”という
正確な年は、公式には明示されていないため、
「かあさん煮」「母さん煮」を、
生姜煮、甘辛煮、照り煮、そぼろ煮 など
最近は料理作るのにハマっているらしくパンチェッタを作ったりもしているみたい。
家で一緒に飲んでいる時にYoutubeを見たりするんだけど
料理もワインも好きだしインソンソンとか好きかなと思い紹介した。
前から知っていたわけではなく、正月に令和ロマンがテレビで紹介しているのをきっかけに知った。
おしゃれな家で凝った手作り料理を作ってワインを飲んだりしている動画。
人を嫌な気分にさせるような動画ではない。
週末家で料理作って飲もうと話をしていた。
何作ろうか〜と話していた中で
「インソンソンもその料理作っていたよね」と話したら突然怒り出す友人。こわ
言い分をざっくり言うと俺はインソンソンみたいに料理上手くないしあんな高いワイン知識もないし持ってもいないし比べられてるみたいで辛いと。
大声で怒り出すから周りがジロジロ見てくるし本当に恥ずかしかった。
いい年したおっさんが何言っているんだろ。
大声でワーワー言われてとても悲しくなった。
気持ちの整理のためにここに吐き出させてもらいたい。知っている人が見たら即身バレだろうが。
自分の出身は関東で相手は関西。当時自分は北東北で働いており、相手も大学が隣の県であったためにマッチしてやり取りするようになった。顔が可愛いのはもちろん、頭がよくて話が合い、英語が話せて海外志向である点など自分とは違うタイプであったのがとても魅力的であった。
いい感じではあったが向こうに他に付き合う人ができたようで連絡しなくなり、その何ヶ月か後に別れてまた連絡を取るようになった。
自分はそれまでろくに女性と付き合ったことがなく、いわゆる童貞であった。
最初に会ったのは東北の中心地の仙台で、何をとち狂ったのかいきなりシティホテルのちょっと良い部屋(ツインにはした)を3泊予約した。
水族館とかありきたりなデートをしたり少し高めな焼肉に行ったりして2日め夜に彼女に促される形で告白し、付き合うことになった。
3日めに初体験を迎えることとなったのだが、緊張のため立たなかった。しかし一日中部屋でイチャイチャして幸せであった。
それからは1ヶ月記念旅行や3ヶ月でペアリングを買ったり、順調であった。
毎年付き合った記念日には旅行に行っていた。記念日ごとに彼女が作ってくれた手作りのアルバムが宝物だ。
普段は遠距離であったが相手は学生でコロナ禍のためリモート授業であり(寮生活だったのが実家の関西に戻っていた)、2ヶ月に一回くらい私の家に数週間泊まりに来てくれた。帰り際にサプライズで1つ1つにコメントを書いて作り置きのおかず何品を冷凍庫に残して行ってくれたのは今でも記憶に残っているし、別れ際に毎回泣いてしまう私に手紙を書き置きしてくれたこともある。
そんなこんなで時々旅行などに行きつつ、普段は私の家まで来て泊まってくれるという感じで関係が続いていた。
3年め頃には彼女はヨーロッパに半年×2+8ヶ月くらいで留学にいった。大学時代の留学と大学院だ。時差の関係でこっちの深夜か朝方に毎日のように電話した(電話に関しては彼女の意向が強かった)。寝不足に悩まされることも多かったが、元気にやれていることがわかって良かった。時々日本からの食糧などの荷物も送った。毎回10kg近くになって重かった。
初めての海外旅行に行ったのもこの頃だ。自分は英語に苦手意識があったが、彼女は留学先に戻る前に行きたいとのことで全額自分持ちでサントリーニ島に行った。景色が本当に素晴らしく、また絶対に行こうねとよく話していた。お土産のパーカーをお揃いで買った。
そこから海外へのハードルが下がり、彼女の留学先に遊びに行ったり、海外在住の友人に1人で会いに行ったりなどするようになった。他にも彼女と1回ヨーロッパに旅行に行った。相変わらず英語は下手だが、下手なりに話せばいいんだなと思えるようになった。
この頃から恋愛的なドキドキはなくなり、一緒にいると落ち着く相手に変わっていった。それは相手も同じだったと思う。
留学から帰ってきてしばらく経った4年めのクリスマスには手作りのアドベントカレンダーを送った。箱自体は既製品で中身を24品+α選んで詰めた。本当に大変だったがすごく喜んでくれた。次やるのはプロポーズの指輪を最後に仕込むサプライズをやる時かな、とぼんやり考えていた。
このことを話した職場の先輩からはカラオケの後の3次会で「4年めのアドベントカレンダーなんて俺が3年めの浮気を楽しく歌ったのが軽すぎるな」なんて茶化された。
転機は昨年だった。彼女が4月から東京の外資系コンサルに就職した。当然仕事は忙しく、メンタルをやられたりした時もあったが同期ともよく遊んだり楽しそうに過ごしていた。自分は変わらず仙台だったが今までのうちで一番近かったため月1以上で週末に会いに行った。ここに至っても毎日のように電話する習慣は変わっていなかった。
前からもう少し恋愛がしたいとは言っていたが、周り(彼女より2-3歳下)がそういうことで楽しそうにしているのを間近で見て影響を受けたのだろう。
1ヶ月前くらいに彼女が留学時の友人に会いに一週間ほど旅行に行った。その頃から連絡がそっけなかったり、必ず繋いでいた手を繋がなくなったり、電話しようと言っても断られたりなど兆しは見えていた。また、外すことのなかったペアリングとプレゼントのブレスレット・ネックレスを外していた。
余談だが、ブレスレットは留学先で切れて落ちてしまい、彼女に泣きながら謝られた。その後サプライズのつもりで留学先に行った時にブレスレットをプレゼントしたが、予期されていたらしい…。
そして前々から約束していたので予定通り年越しを彼女と過ごし、予感していた通り振られた。
彼女との関係性を言っていなかったな。趣味もご飯とお酒や好きなyoutuberが同じということ以外は被りがなく、価値観も異なり政治的な考え方に至っては真逆であった。ケンカ(というより怒られた感じだが)はしょっちゅうだった。自分は仕事はそれなりのものに就いているが生活態度がかなりだらしない。一方で彼女は非常にしっかりしている。自分の片付けがだらしなかったり物を出しっぱなしにしていたり報連相がなかったりなど色々と言われることが多く、きつい時には別れた方が楽になると何回か思ったほどだ。
それでも改善の努力をしてケンカの頻度はやや減ってきた(生活態度はまだまだ直っていない)。
正直人から見て合わないタイプの2人だったと思うし、努力で関係性を続けてきた面も否めない。相手は感情など素直にぶつけてきたが私は言いたいことをなかなか言えないことも多かった。
それでも自分は彼女のことをかけがえのない存在だと思っていたし、性的な目で見ることが減ってきても大切だという思いは増していった。
無垢な寝顔が好きだったしプレゼントなどで喜ぶ顔が嬉しかった。自分の愛情をほぼ無条件に受け入れてくれる相手として、自分のことを深く理解してくれる相手として、なくてはならない存在であった。また、これからも彼女の一番の理解者になれるのは自分だと自信を持っている(この辺はだいぶ重いだろうか)。
今の自分は彼女によって作り直されたと言っても過言ではない。内向きからやや外向きになったし、友人関係も前より大事にするようになった。身につけているものはほとんどが彼女からのプレゼントだ。髪型もパーマにするようになった。付き合う前はお金第一であったが、今では彼女が喜ぶのが一番でそのための出費は惜しくなかった。仕事優先から彼女優先にも変わった。日常で彼女が関係しないものはないと言ってもいい。
彼女も付き合っていくうちに変わってきたと思う。前はメンヘラ傾向というか、自信のなさからか、夜に電話してても急に泣き出して別れないよね?と聞いてくることが度々あったが今では可愛いねと言ってもでしょ?と答えるくらい自信を持てるようになったようだ。ただ、モテないというコンプレックスについては自分がどんなに愛情を注いだつもりでも、癒すことはできなかったようだ。
話を戻そう。別れ話は淡々としていた。彼女は相手に尽くすタイプだったが私が尽くしていたためにそれができなかったこと、それにより思うように女性らしくいられなかったのがストレスだったこと、ドキドキ感がなくなってしまったこと。
それでも5年間は大切な日々だったし大切な存在を失って後悔するかもしれないとも言ってくれた。自分は泣きながら聞くばかりだったが、彼女もまだ気持ちが揺らいでいるなどと言いながら泣いてくれた。
別れ話以外は量は減ったものの普段通りの会話だったし年越しの初詣は彼女の幼馴染と3人でいった(去年も同じであった)。
別れ際も新幹線改札まで送ってくれた。最後にはいい〇〇(私の職業)になってねと応援してくれた。最後まで私のことを大事に思ってくれてるんだなと感じた。改札を通ってからも振り返れば笑顔で大きく手を振ってくれていた。普段の別れの時のように、まるでまた会えるかのように。私はいつも以上に泣いていた。
一年くらい引きずるのは確実だろう。彼女の3月の誕生日にはおめでとうのメッセージの許可ももらってしまった。それでも、脳内の彼女に怒られながら部屋をきれいにしたり、海外にまた行くために英会話を頑張ったりして引きずりながらも成長はしていけると思う。いわばこれは彼女からの卒業なのだ。今は気持ちの整理がつかず、これを泣きながら書いているがいつか部屋がきれいな状態を保てるようになり、英語にも自信がついて職業技能も向上し、身につけるものが刷新された時、新しく愛せる相手を見つけられるようになるはずだ。
脱線も多くわかりにくい駄文を最後まで読んでくれてありがとう。
彼女への愛、自分の気持ちを昇華するために文章にさせてもらった。いわゆるジャーナリングのつもりである。
追記:なぜプロポーズをしなかったと訊かれそうだから断っておくが、プロポーズについては彼女が社会人として落ち着いてからがいいということを前から話し合っていたためにまだしていなかった。指輪を見に行こうねとも話していたがそれが実ることはなかった。
「三大」「教えて」「ネタがすぎるやつ」「挙げてけ」「政治」は除外
教育とかそういう話じゃないよ。もうそこは最底辺まで下がっていると言っていい。これからは虐待とか不適切保育がどんどん増える。
去年くらいから「子育て支援員」という制度ができた。地元のおばさんが数日の講習を受けて保育現場に立ち、一定の権限を持って子供と関われるということだ。恐らくこれからはこの子育て支援員が増え、保育士はクラスに1人、と言う流れになっていくと思う。
そうすると、あれだ。
学のないヒスババアが保育園に流入すると言うことだ。一般的に加齢に伴って怒りを抑えることは難しくなる。経験豊富で頼りになるババアもいるだろうが、そういう人材は他の職場でもひっぱりだこなはずで、給料が安くて責任は重く汚いこの仕事をしたがるかといったら怪しい。恐らく世話好きという名の支配欲満点の無能なヒスババアが結構な割合で入ってくる。そういうババアはえこひいきをするし、独自の教育論を語ってきついしつけをするし、若い先生を虐めるし、徒党を組んで上にも逆らってくる。いい人材は余計に辞めていく。
でもさ、それでいいと思う。保育士は大学出てする仕事じゃない。
そもそも保育士というのは本当に待遇が悪い。介護士看護師も大変だが、断トツで金が稼げないのは保育士である。そこそこ都会に近い園で、5年目で額面17万,そこに色々と手当が載って20万、税金が引かれて手取りが17万に戻るというミラクルがあちこちで起こっている。もちろん大変だが、看護師介護士は夜勤がある。夜勤手当がある。保育士は夜勤はないし、夜勤のある園の求人票を見てみたら、保育士は夜勤手当が2000円だった。子供の小遣いだってもう少しある。
求人票には25万!とか書いてある園もあるが、それは管理職になれたらの話で、多くは17〜18万スタート、昇給はほぼなし。管理職なんて多くて2人ほどで、いきなり園長が血縁者を連れてきてそこに据えたりするから、頑張るだけ無駄である。唯一の頼みの綱は公務員になることだが、どんどん民間に園を委託しているため門戸は狭くなる一方だ。
なのに責任は重いし、毎日走り回って紫外線に晒され、大量の書き物をさせられ、手作りに拘らされ(この辺りは改善している園も多い)、有給はとれない、ネイル派手髪は禁止で妊娠のタイミングすら決められる。そこまで求められるのに、学校の先生は聖職者と言われるが保育士は底辺職扱いである。飲み屋で言うとバカ女だと思われるしエロがられるため注意が必要だ。
そんな職場で、誰が働きたいと思うか?賢い子はすぐに辞めてしまう。ネイリストとか事務とかに転職していく。残るのは、保育が本当に好きな人、行き場がない人。それから子育てがひと段落したババアたち。
もう既に教育面ではホイ卒の1年生は椅子に座っていられないほど地に落ちてはいるが、今後は虐待が増える。子供の様子がおかしいと感じたら,カバンや下着にレコーダーを入れる、異常が見つかったら役所に駆け込むことをおすすめする。
生産者が栽培期間中に農薬を使っていなくても、近隣からの飛散や土壌・水源からの残留の可能性があり、「一切の農薬不使用」を保証できないため
有機栽培は化学農薬を使うのはNGだけれど、JAS規格で使用可能な肥料OKでその肥料の原材料(稲藁など)は化学農薬を使用して育てた植物でもOK
日本の農業構造上、完全にオーガニックな飼料だけで育った家畜の糞や、無農薬の稲わらだけで肥料を賄うのは現実的に困難であるため、間接的に流入する可能性は許容されている。
残留農薬や近隣の畑から農薬が飛んで混入することは否定しない。
もし消費者が「無農薬」レベルで「AI不使用」を期待している場合。
農薬の場合 「農薬不使用」(どこかに農薬不使用とは農薬:栽培期間中不使用であることの説明が必要)は農薬が含まれている可能性はOKだけれど、
食品添加物の不使用表示に関するガイドラインにあるNGな類型の
類型9:加工助剤、キャリーオーバーとして使用されている(又は使用されていないことが確認できない)食品への表示
にあるように 「不使用」表記でも消費者は「含まれていない」事を期待しうる。
ポン出しやそれのちょっとした改変がNGなのは万人が納得いくと思う。
じゃあ、自分が描いた絵をi2iするのは?
写真をi2iするのは?
AIが出力した絵を見て描くのは?
(あるいはコンタミネーション)
上記がNGならiPhone等で撮影した写真はAIがi2iした画像を出力しているので、それを資料にするとアウトになる。
過去に見聞きした作品を無意識のうちにパクってしまう行為。これは本人はパクったつもりが無くても、著作権法違反になる。
AIが出力した絵を見て描くのがNGなら、いちどでもAI作品を見たなら「無意識の依拠」してしまう可能性がある。(過去にみたAI作品(著作物性が有り)の作品と類似してしまうと著作権法違反となる。これはまさに、AIが出力した画像をみて描いたと同じ結果)
本当に大丈夫?
間接的な利用はOKなん?
利用しているアプリがAIで作られていた場合。それはOKなん? LinuxやWindowsにも生成されたコードは含まれてるけれどOKなん?
「AI不使用」を謳うより先に「AI不使用」とは何かを決めるべきでは?
AIを使用しない事ではなくどこまでAIを使用してよいかを決めるということ。
余談。
食品添加物の不使用表示に関するガイドラインのほかの類型に以下のものがある。
賞味期限及び消費期限、食品添加物の用途等)と関連付けている表示をいう。
優良又は有利であると認識させる期待で付けるのが殆んどだろう。
ヨーグルト作成のための機械を使い、買ったばかりの新鮮な牛乳とカスピ海ヨーグルトの粉みたいなのを使っているので、
僕が発酵させたヨーグルト (腐ってるかもしれんけど) よりはましだろうが、正直、既製品を食べたい。
リクルート(荒川アンダーザブリッジ)体質で、親には逆らえないが、子供と嫁にはいつも申し訳ないって思ってる。
賞レースのお笑い? Sns? 動画サイト? ゲーム? アニメ?
アニメは観てるだけでいいなって唄ったが25分も持たない
どれもこれもが観たことある存在 もうオリジナルなんて生まれない限界
もしぼくがプロポーズするならきっと美しい花咲く丘で 断崖絶壁の上に広がる丘で
しゃかりきになって働く
心から謝りもする
すべてはきみが居てくれるから頑張れる
Hey, clap your hands
きみだけをきみだけをって唄った気もするが そのきみはどこにも居ない
ひとに興味がない 冷たい無機質な状態
帰省もしない 親に顔見せない 安泰な my life ただ心は荒むばかり
そばにいてよ ぼくを見つけ出して ここに居るんだよ
100年の孤独の中で待ち続けてんだよ
嵐が来ようが負けない
ビニール傘で立ち向かう
すべてはきみが居てくれるから
生きるってなんなんだ 答えを教えてよ
生きるってなんなんだ 答えを教えてよ
しゃかりきになって働く
死んでたような毎日が
きらきらと輝きだした
それは全部きみと会えたから
会えたんだ
会えたよね?
会えたっけ?
会えた気が
しただけか
夢だった
わかってる
そんなもの
朝の空気というものは、本来すがすがしいらしいけれど、私にとっては単なる演出でしかない。
名家ルヴェリエ家の令嬢たる私、アメリアは、今日も執事セドリックが操る馬車――最新式の魔導車輪装置付き――で学院へ向かっていた。
膝の上には、婚約者レオン様のために「私が手作りしたことにしている」昼食弁当。
指先ひとつ動かしていないのに「手作り」になるのだから、令嬢とは便利な職業である。
そうして道を進んでいると、前方で妙に丸いお腹を抱えた女性がよろめいているのが見えた。妊婦だろうか。道端で苦しんでいるように見え、演出としては完璧だ。
「止めて、セドリック。助けるわ」
「……ありません」
馬車を降りると、妊婦らしき女性がこちらを向いた。次の瞬間、彼女の腹が破裂するように膨らみ、皮膚が裂け、紫色の眼球がずるりと覗いた。
……どう考えても妊婦ではなかった。
私は優雅に一歩さがったが、その化け物は触手の束を一斉に伸ばしてきた。
「お嬢様っっ!!」
セドリックが私を突き飛ばし、魔法陣を展開した。青い閃光が触手を焼き払い、化け物は黒焦げの肉塊となって崩れた。
しかし――
「ぐっ……!」
セドリックの腕は赤く裂け、骨が一部見えていた。まったく、困ったわね。
私は地面に倒れ込んだ自分の肘を見た。
ほんのちょっと擦りむけて血がにじんでいる。
非常に痛い。
世界一痛い。
「みんな聞いて!!」
周囲の野次馬に向かって私は叫んだ。
「この執事、私を突き飛ばしたの!暴力よ!令嬢の私を傷つけたのよ!!」
「言い訳しないで!!弱者男性のあなたが私を押したせいで、私はこんな大怪我を……!!」
魔王戦争以降、国民に施された忠誠心強化の洗脳術式が刺激されるとこうなる。
「令嬢を傷つけた罪……拘束しろ」
「許されない……守れない執事など……」
「お嬢様、待ってください、本当に誤解――ぐっ……!」
その声を聞きながら、私は肘の傷にそっと触れた。
すると傷口が淡く光り、逆流するように皮膚が再生していく。
たまたま見つけた個人サイトで長崎市民FMのスタッフさんとサイト主がやり取りしてるのを見つけて、どんなラジオなのかとスタッフさんが貼ってたリンクを踏んでみたら(双方フルネームと素性を公開してたし平和なやり取りだったから、この時点ではまったく怪しいとは思っていなかった)、ぱっと見は手作り感あるけどちゃんとしたラジオ局のサイトなのに、下にスクロールするとオンラインカジノに誘導する内容になってて詐欺サイトだと気がついた。
改めて長崎市民FMを検索してみると、その詐欺サイトと体裁がそっくりだが、ちゃんとした内容の公式ホームページが存在していた。同様の事例がないか調べたところ、「怪盗レーニャ」という九州で放送されたアニメのサイトがドメイン悪用でオンラインカジノ誘導サイトになっているというニュース記事を見つけ、今回も同じ手口によるドメイン悪用被害なのだと察した。他にも事例はあるらしいが、「怪盗レーニャ」とは九州のメディア関連の事例という点で一致しているから、同じ犯人にターゲットにされたのかなと想像している。
サイトからはすぐに撤退したから詳しくは見ていないけど、AIであることが丸わかりという点では雑な作りであったものの、長崎にある架空のカジノを紹介してそこで働くスタッフのAI画像を載せてたり(山田太郎、佐藤花子みたいな名前付きだった)、カジノをラジオで宣伝しませんか?みたいなコミュニティFMらしい内容になってたりと、その放送局に特化して擬態していたのが衝撃的だった。本物のサイトをAIに学習させて生成すれば大した手間もなく作れるのだろうし、単純に利用できそうなドメインを悪用しているだけなのだろうが、正直なところなんでこんなマイナーな地方FMのサイトにこんなクオリティで擬態したんだ、そのやる気があればもっとデカいサイトでも良かっただろという感想が浮かんでくるくらいにはよく出来ていた。10年ほど前の個人サイトでのやり取りを見ていたところで出くわしたということもあり、人間とAIが対比されるSFのような感覚もあれば、現実と虚構が曖昧になるホラーモキュメンタリーのような感覚もあり、なかなか不気味な体験だった。
その後軽く調べてみたが、特に長崎市民FMが注意喚起をしている様子を見つけられず心配になり、あえてここで名前を出してみた。ブックマーク登録してタイムテーブルを確認している人も多いだろうからドメイン悪用にはすぐ気がついただろうと思いつつ、もし気がついていないなら伝えるべきかとも悩んだが、伝えたところで向こうも注意喚起以上の対策ができるわけではないだろうし、その地方在住というわけでもない自分が急にメールを送ってもそれこそ怪しまれると思い、メールを送る勇気は出なかった。
生成AI詐欺サイトに急に出くわすとめっちゃ不気味という日記がてら注意喚起になればいいと思って書いたけど、迷惑なようなら消します。
「恋愛をしてみたい」じゃねえんだわ。
まずおとぼけビ〜バ〜の『ジジイ is waiting for my reaction』を聴け。
聴いたか?
じゃあ話を始めよう。
あのな、お前が中学の頃どうだったとか高校の頃どうだったかとかどうでもいい。
死ぬほどどうでもいい。
お前の恋愛に対する憧れもどうでもいい。
そんなもんはない。
毎日仕事をし、生活をしている人間が、「この人といるのは楽しい」「会えると嬉しい」「尊敬できる」と感じるのはどんな人間だ?
少なくとも、ただでさえ毎日忙しいのに相手をするのがめんどくせ〜奴や、こちらからの気遣いを要求してくる奴ではないよな?
会う時にいつも感じがいい。
機嫌が一定している。
人の事を悪く言わない。
デリカシーがあり、言いたくないことに突っ込んで来ない。
ふとした時に気が利く。
こういう人間との単純接触を繰り返していくうちに、人としての好感は確実に積まれていく。
要するに人望だ。
人望のある人間は人として好かれる。
一緒にいたい、遊びたい、話をしたいと思われる。
それだけの単純な話なのだ。
そういう人間的成長のための努力をせずに、「初期コストが〜」とか言ってるのかお前は?
バカか??
アルマーニのスーツを着ろとかロレックスの腕時計をしろとか表参道の美容院へ行けとか言ってるんじゃない。
周りの人間に対して能動的に善意を向けられる人間であれと言ってるんだ。
うちの職場は薄給だが、家庭のある人間、彼女のいる人間は多い。彼らは別にイケメンでもオシャレでもない。
たとえ地味な人でも「あの人を選んだ奥さんは見る目あるよね」と言われているタイプは一定数いて、そういう人たちは総じて普段から利他的な行動を取っている、人望の厚い人たちだ。
外向的な人もいれば無口で内向的な人もいる。
問題はそこではないのだ。
だから会話が下手とか口下手とか共通の話題が〜、とかしょうもない言い訳をするな。
お前がフッ軽な陽キャだと思っている人間の中で、自分に自信があって喋るの大好きな、生まれついてのムードメーカーなんて半分もいない。
残りの半分以上は(というかほとんどの人間は)「自分から話振ったりするのは面倒だけど、誰かがやらなきゃ場が回らない」「疲れてるけど顔に出したら場が暗くなるから」という義務感(善意)で、場を回したり自分なりの笑顔でリアクションしたりしてる、普通の人間だ。
コミュニケーションにおいて、見返りを求めずにそういう努力を継続したことはあるか?
口下手でも口下手なりに、黙々と誰かの役に立つことはできる。
見ている人は見ているから人望は必ず付いてくる。
この人になら相談できると思って異性から相談を持ちかけられたりすることもあるかもしれないし、そこでも変な下心を出さずに真摯に振る舞えば、そこからまた親密になるかもしれない。
そんな事は起こらないかもしれないが、起こらなかったからと言って誰も損はしないだろう。
お前が周りからうっすらと「良い奴だな」と思われ続けるだけだ。
それでも同性から人望を集めれば、出会いのきっかけも増えるだろう。
女を口説こうとするな。
自分のことばかり考えるな。
時には割を食ってでも人を助けろ。
ごくごく当たり前の、こういう心構えなんだよ。
お年寄りを助けろ。
道を譲れ。
店員にお礼を言え。
人の話を興味を持って聞け。
相手が興味があることに興味を持ち、相手が大事にしていることを大事にしろ。
それが人を尊重するということだ。
「女だから荷物を持ってあげる」とか「女だから歩道側を譲ってやる」とかじゃないぞ。
男だろうが女だろうが大変そうなら手伝ってやり、そうじゃないなら余計なことはするな。
人として当たり前のことだ。
ここまでやっても好かれないかもしれないんでしょ?僕ちゃん傷つきたくないよぉ〜と言っていたいなら一生やってろ。もう知らねえ。
だがな、40代独身だけどデートして連れ回してほしいみたいな事を書いてた増田もいたが、お前らがやりたいデートだの恋愛だのにおいて「相手が払っているコスト」という概念を忘れてないか???
遊園地で手作りのお弁当食べてイチャイチャしたいと言うとき、相手の女(別に男でもいいが)は、お前と遊ぶために休日の時間を割き、前の日から準備をし、その日やる予定だったことを別の日に回し、何を着るか、何を話すか、何を食べるか考え、楽しい時間を過ごすために気を遣い、頭を遣い、金を使うわけだ。
人生のために大事な資格の勉強とかを後回しにしてお前との時間を取るかもしれないのだ。
そのことをスッポリ考えから抜かして、「女の子に好きなように連れ回してほしいよぉ〜」じゃねえんだわ、甘えん坊か?
タクシー代全部払わされて道中無言でスマホいじっててもいいならともかく、お前らは自分と過ごしてニコニコ楽しそうにしていてほしいんだろうが。
会話を弾ませ、素敵な服を着て、機嫌を悪くすることもなく。
相手にそれを要求していることに全く無自覚なまま、自分は受動的でいいと思ってるのか?
王様かお前らは。
私がどういう立場からこれを書いているのかも表明しておこうと思う。
会社員として、どちらかと言えば男が多めの職場で働くミドサーの女である。
若い頃は別にモテる方でもなかったが、この年齢になって「手近なところでワンチャンいけそうな、レベルの高すぎない独身の女」としての需要が出てきてしまい、下心ありありの非モテのおっさん(同世代〜50代)によく絡まれている。
奢ってあげるから飲みに行こうだの、ご飯食べに行こうだの、チケット取ってあげるから◯◯行こうだの、今暇?だの
うるっっっっせええええんだよ
黙れ。散れ。こっちの反応を横目に窺うようなその気色悪い顔をやめろ。
ワンチャンねえんだよ。
お前らにとっては私はキャバクラのお姉ちゃんやP活より金のかからなそうな手近な女かもしれないが、私はお前らと出かけるために化粧をしたくないし、十年くらい前で時代が止まってるつまんね〜話をニコニコ聞きたくねえんだよ。
それと総じて「◯◯してあげる」って上から目線だけど、どうしてこっちから望んだわけでもないのに実費さえ出せば感謝されると思ってるんだ。
大体、なんにも努力はしたくないけど恋愛はしたいよぉ〜、セックスはしたいよぉ〜、なんつ〜のは、すね毛も乳毛もボーボーに生やした女が鼻くそほじりながら「イケメンにクンニされてえなあ〜ありのまま愛されてえ〜」とほざくようなもんなんだよ。
嫌だろそんな女。
目の前の相手に、「女」という幻想や幻覚ではない、人間としての興味関心を持ち、相手が嫌がるだろうなとか、困るだろうなと思うことはやるな。
80を超えても元気で明るい祖母だった。
なかなかに破天荒な性格で、10代から酒とタバコを嗜み(あの時代では普通だった)、半ばヤクザのような祖父とは2回離婚して3回結婚したようだった。
私が幼い頃に亡くなったので覚えていない。
祖父は手先が器用な上に気遣い上手で話も上手いので、大層モテたらしい。
ある日突然愛人の元へ行ってしまい、帰ってこなくなることもザラにあったという。まだ幼かった父の手を引いて色々なところを転々と働いたと、いつだったかタバコの煙を燻らせながら話していた。
祖父の借金まで背負って、祖母は懸命に働いた。高校を出ていない祖母は飲食店を転々とし、朝から晩まで働いたうえで幼き父の世話もした。ここだけ聞くと祖父が一方的な悪者のようにも聞こえるが、祖母は祖父を恨んでいるようには思えなかった。
「愛人作って出ていっちゃう時もあったけど、モテる人だったから」
「あの人は本当に手先が器用でね、こんなものだったら手作りしてたよ」
恋や愛というものを理解していない私にはそんかものか、と思われて聞いていたが、今思うと間違いなく祖母は祖父を愛していたのだろう。(沢山のしなくてもいい苦労もさせられたと思うが)
祖母は祖父が亡くなってから一人で暮らしていた。「誰かの負担になりたくないから」と快活に笑う祖母は70すぎまで働いていた。
遊びに行くと、タバコを吸いながら店のオーナーの愛人の悪口や、不倫をやめられないどうしようもない同僚の女の悪口など(今思えば不倫話ばかりである)を言う祖母はなんというか、世間一般での「おばあちゃん」らしくなくて好きだった。
彼女は趣味も若く、60すぎできゃりーぱみゅぱみゅのライブに行っていた。今流行りの芸能人は祖母に聞けばすぐわかった。
愛人を囲っていたり、不倫を続けたりする人間が祖母の周りには多くいたようだが、ともすると祖母にとっての愛人はタバコではなかろうか。
10代から吸っているタバコの量は減ることなく、祖母の肺を黒くし続けた。
ついに肺気腫になり、3時間に一度酸素吸入をせねばなくなった祖母は、紙タバコから電子タバコへ変えた。(紙タバコでは酸素により引火するため)
10代から50年以上積み上げた習慣を崩せる人間はなかなかいないだろう。
酸素吸入器を部屋の端に置きながら、祖母はそれでも元気にタバコを吸い続けた。
もはや家とスーパーと病院の往復しかしていなかった祖母ですら、見逃されることさなかった。
急に入院が決まったのが2週間前、意識を失ったのが昨夜だった。
祖母はその細い体にたくさんの管が巻き付かれていて、腕はアザまみれだった。
苦しそうに、なんとか息をさせられている状態であった。意識がないのでもはや痛みも感じないらしいが。
父から、何か言葉をかけてほしいと言われたが祖母の状態へのショックが大きく、何を伝えたらいいか分からない。
先に到着していた弟が、手を握ってあげてと言った。
祖母の痩せ切った手はとてもあたたかかった。思えば祖母の手を触ったことなど、20年ぶりかもしれない。
生きている。
変な言い回しだが、祖母は当然今までも生きていて、その体は熱を持っていたはずである。だが、生と死の狭間にいる祖母に触れて初めてその熱を知り、生を実感した。
上手く言葉にできない。しかし、あの手の熱はきっと一生忘れないであろう。
握り返されることはなかったが、私に熱を分け与えてくれた左手には結婚指輪が光っていた。シミや皺も多く、手首には管もたくさん巻かれていたその左手はとてもきれいだった。
医者は今夜が山場だという。
父は病院に一晩つきそう。