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はてなキーワード: 党派とは

2026-05-10

イギリス選挙で新興党派が大勝した!と喜んでる人のXポスト見たら

だいたい「日本人も目覚めなきゃダメだ!」「移民排斥!」を訴えてるオレンジ脳の人たちでダメだった

2026-05-09

anond:20260509093559

まあそういうことでしょ

デモでわめいてる話題なんてどうでもよくて本当は党派の利害が第一だし、そして実際のところその役にすら立ってないんだから

2026-05-08

anond:20260508163838

でも左翼さんは

デモ民主主義の基本なのだから党派関係なく好意的に見ている/見るべきだ」と話していたので

右翼デモ好意的に見る左翼が必ず存在するか、さもなければ左翼は嘘つきか、の二択ですよね?

2026-05-06

anond:20260506210048

もう全体の話を理解できなくなってるようだから整理してあげるね

おまえの最初の主張



一見筋が通ってるように見えるけど、ここに3つの破綻がある。

①「同じ基準」と「強度の要求」を混ぜてる

「同じ基準批判する」っていうのは本来評価ルールが一貫していることであって、

批判の強さや頻度が同じであることじゃない。

でもおまえは途中から北朝鮮中国に“もっと強く批判しろ”」っていう“強度の要求”にすり替えてる。

これでまずロジックがズレる。

②「脅威=批判優先順位」という飛躍

おまえの中では脅威が大きい→ だから強く批判されるべきってなってるけど、これ根拠がない。

実際の反戦市民運動

みたいな要因で対象が決まる。

まり「脅威が大きい順に批判される」という前提自体がおまえの独自ルール

これを“中立基準”みたいに言ってるのがズレ。

③「自国中心」を党派性と誤認してる

現実反戦自国政府同盟国に向きやすいのは、働きかけが可能制度的にアクセスできるから

これは構造的な制約の話であって、党派性の証拠じゃない。

でもおまえはこれを

特定立場批判したいからそうなってる」

と“動機問題”にすり替えてる。

結局どういう誤りか

まとめるとおまえは



この3つを積み重ねて「反戦党派的」って結論にしてる。

おまえのこの文章

  • 前提がズレていて
  • 評価軸が途中で入れ替わっていて
  • 動機勝手に決めつけている

整理したうえで、お前のコメントに返信すると

いやお前は現実的な問題本質や制約を冷静に見ていると言うが、実際に政府実施している政策戦略を見ればお前の言う制約はかなり極端で現実離れした内容になっているのがなぜ分からないのか。

実際の制約はもっと複雑多様で、取れる選択も色々ある。

時間がかかるが他国に働きかける場合すらある。

お前は現実の制約について教条的な前提を置いているか堂々巡りになっているんだ

その反論、見た目は「現実もっと複雑だ」で強そうに見えるけど、相変わらず論点を外してる。

①「制約が極端」という批判がズレてる

おまえは制約はもっと複雑で多様って言うけど、それは最初から前提に入ってる話なんだよ。

こちらは制約が複数ある、その中で相対的選択が偏るって説明してるだけで、「単純な制約しかない」なんて一度も言ってない。

それを勝手単純化して「極端だ」と批判してる時点で、まず読み違い。

②「選択肢がある」と「制約が弱い」を混同してる

他国に働きかけることもできるそれはそう。でもそこからから制約は現実離れしているは全く繋がらない。

正しくは

他国への働きかけ:可能だがコスト高・時間長・不確実

自国への働きかけ:相対的に低コスト実効性高い

っていう選択肢の非対称性の話。

おまえは

選択肢が存在する=現実的に同等に選べる

みたいに扱ってるけど、ここが雑。

③「教条的」というラベルブーメラン

おまえは「複雑性」を強調してるけど、結局やってることは

「脅威が本質

「だからそこに強く向かうべき」

っていう単一軸への収束

それこそが一番教条的

本当に複雑性を認めるなら、

みたいに複数軸で評価しないといけない。

でもおまえは脅威だけ特権化してる。

④ なぜ堂々巡りになるか

原因はシンプルで、

から

から何を説明されても「それは本質じゃない」「教条的だ」で弾くしかなくなる。

お前の国語能力的な問題

で、最後におまえがちゃん議論できない原因だが

① 文のレイヤーを読み分けられていない

規範(どうあるべき)」

記述現実はどうなっている)」

この基本的区別ができていない。

その結果、

説明に対して「それはおかしい」と価値判断で返す

価値判断に対して「現実は違う」と説明で返す

というズレた応答になる。

② 書かれていない主張を勝手に補っている

おれは

「制約があるからこうなりやすい」

しか言っていないのに、

おまえはそれを

「だからそれでいい」

本質を見なくていい」

に読み替えている。

これは典型的誤読ストローマン)。

用語意味を途中で入れ替えている

「同じ基準」→ 途中から「同じ強度」に変換

可能」→ 「現実的に同等に選べる」に変換

こういう意味すり替えが多い。

これで一見筋が通ってるように見せてるだけ。

抽象語で議論を止める癖

本質」「構造」「教条的」みたいな言葉を使うけど、

何を指しているのか決して具体化しない、定義も出さな

から、結局ただのラベル貼りになっている。

自分の前提だけ固定して他を切り捨てる

「脅威が本質」という前提は固定

それ以外の要素(制約・実効性)は全部軽視

その状態で「複雑性」を語るから整合しない。

結論

おまえの問題意見の是非以前に、

この3つが崩れてること。

そのせいで相手の話を正しくトレースできず、存在しないズレを自分で作って、そのズレに反論し続ける構造になってる。だから議論がずっと空回りする。

anond:20260506201252

最初から本音書いとけよ。むしろこれで構造がはっきりした。

①「反戦本来すべてに同じ基準適用すべき」

②「でも北朝鮮中国現実に脅威だから重視すべき」→ この時点で“同じ基準”は放棄されてる

まり自分で「普遍基準」を掲げておきながら、

途中で「いやでも脅威の大きさは違うよね?」って言い出してる。

それなら最初から言うべきはこれなんだよ、「反戦も脅威評価に応じて強弱をつけるべき」でしょ?


さらに雑なのが後半。

左派結論ありき」って言ってるけど、いやそれ、そのまま自分に刺さってるからね。

中国北朝鮮は脅威」→ OK

「だからそこに強く向かない反戦おかしい」→ 価値判断

「だから反戦党派的」→ 結論

これ、完全に結論リブンの三段跳び

しかも「問題構造を分解しない」とか言ってるけど、

自分

反戦運動の対象選択国内政策中心になりがち)

市民運動の影響可能性(自国政府には働きかけやすい)

国際政治上の制約(他国への直接影響の限界

みたいな基本的構造要因を全部無視してる。


まとめるとシンプルで、

お前は「中立基準」を語っているようで

実際は「脅威認識に基づく優先順位」を前提にしていて

それを満たさな反戦を“逸脱”扱いしてる

まりこれ、

反戦党派的」なんじゃなくて

自分安全保障観に従わない反戦が気に入らない」

ってだけ。

その状態で「左派結論ありき」とか言っても、ブーメランが綺麗に戻ってきてるだけなんだよね。

anond:20260506144308

言ってること、途中で自己崩壊してるの気づいてる?

「どの国でも同じ基準批判するはず」って普遍性を持ち出しておきながら、すぐ「北朝鮮中国には〜」って特定対象を持ち出してる時点で、その基準もう歪んでるじゃん。

それ、結論ありきで「反戦は偏ってる」って言いたいだけで、最初から自分が重視してる脅威認識を前提にしてるだけだろ。

要するにこういうことなんだよな。

「俺がヤバいと思ってる相手ちゃんと強く批判しない反戦おかしい」っていう、俺基準中立押し付けてるだけ。

で、それってまさに昔の「暴支膺懲」が言葉を「価値観外交」とか「法の支配」とか「独裁国家批判」に変えただけで、正しい俺が教えてやる・正してやるっていう態度はそのまま温存されてるって話。

反戦党派的に見えるんじゃなくて、自分の中にある「どの国がより悪か」っていう序列意識が強すぎるからそこに一致しない反戦が全部「偏ってる」に見えてるだけ。

まり、「反戦政治的に利用されてる」って批判してるつもりが、

自分の側の政治性とか価値観バイアスは完全に棚上げしてる状態

結局それ、

中立であれ」って言いながら一番中立から遠い位置にいるパターンなんだよね。

2026-05-01

デモの人たち党派さないのなんでだろ?

なんか、党派関係なく、今日本がヤバい

戦争になってしまうかもしれないから集まった人たち!

という体で集まったということにしたいみたい。

言うても共産党とバレてるのでそんなに隠しもしないけど

「次の選挙に向けてこの人に投票しよう!」というのがない。

から顔売っとかないとダメじゃない?選挙勝ちたいのなら。

けどイマイチマスコミの食いつきも悪いし

まとまってるようでまとまってないんだよな。

ペンライト持って戦争反対言うて、

で?ってなってる。

洗脳されてデモ参加してる人は疑問に思わないか

リズムに合わせて声発するだけで気持ちよくなってる感じ。

3万人も優秀な信者が集まってるのなら

1人1000円出すだけで3000万円の活動費集まるし

一人くらい立候補立てれるんじゃないの?

2026-04-28

はてブマイナス評価、いつの間にか効果出るようになってる?

この記事、さっき見たときはpoko_penのしょーもない意見トップにあってスター数もまだ上位にあるんだけど

注目コメントから消えたね。内容的にもマイナス評価連打されてそうな党派コメだし

マイナス評価効果出るようになってるんだろうか。

「メディアは沈黙」は本当か…辺野古転覆事故を1か月追って分かった、沖縄2紙と産経新聞の決定的な違い | 文春オンライン

id:poko_pen 「著者はプチ鹿島」 なので左派に偏った人だし、内容も他紙も少なから報道してるだろと活動家平和教育を利用して犠牲者出した事に触れようとしないので読む価値なし記事

2026-04-17

自民党大会自衛隊員国歌歌唱、何が問題一橋大の江藤教授に聞く 2026年4月17日 6時00分 聞き手・野平悠一

 自民党大会陸上自衛隊員が登壇し、国歌を歌った問題めぐり木原稔官房長官自衛隊法には違反しないが、「反省すべきだと考えている」との認識を示した。今回のことがなぜ問題視されているのか。なぜ自衛隊員には政治的中立性が求められるのか。一橋大の江藤祥平教授憲法学)に話を聞いた。

 

 ――政府国歌歌唱は、自衛隊法制限する政治的行為には当たらないとの認識を示しています。これは政治的行為にはあたらないのでしょうか。

 

 まず行為のものと、どのような場なのかを切り離して考える必要があります。確かに国歌を歌う行為は、一般的には政治的行為ではないでしょう。例えば入学式などで先生国歌を歌うのを政治的行為だという人はいません。

 

 政治性が伴うかどうかは文脈依存します。今回は、自衛隊員職務としてではなく、私人として政党大会国歌を歌ったとしていますしか問題は、客観的に見て自衛隊党派的に利用されているように見えるかどうか、です。

 

私人としての歌唱から問題ない?どう見られるかがポイント

 ――客観的にそう見えるか、とはどういうことでしょうか。

 

 例えば「寺西判事補事件」(1998年)があります市民集会で、裁判官であることを明かして発言した時に、それが裁判所法が禁じた「積極的政治運動」に当たるとして処分を受けました。

 

 同じように考えると、本人は私人として歌ったとしても、客観的には現職の自衛隊員特定政党のもとで国歌を歌っているわけなので、党派性を帯びるとみられてもおかしくないでしょう。

 

 ――防衛省私人であるとしていますが、党大会では制服を着た隊員が「陸上自衛隊が誇るソプラノ歌手」と紹介されて登壇しました。

 

 二つの段階に分けて考えたほうがいいでしょう。一つは、自衛隊制服を着て党大会に参加することの是非。どんな服を着ていくかは、その人がどういった立場で参加しているかを表します。たとえば裁判官が法服を着て市民大会に参加すれば、参加者はその人のことを「裁判官として振る舞っている」と見るわけです。

 

 今回はそこに国歌を歌うという象徴的な行為が加わります。つまり自衛隊員であることを示す制服の着用に、党大会という場で国歌を歌うという象徴行為が重なることで、政治的意味合いを帯びて受け取られる可能性が高まります

  

 ――制服で参加する。または私服国歌を歌う。そのどちらかだけなら問題ないのでしょうか。

 

 自衛隊員として紹介されることもなく、私服を着てソプラノ歌手として歌っていれば問題ないでしょう。どんな場でも制服を着るのは自衛隊員としてのプライドなのかもしれませんが、そのプライド政治的中立性の要請を上回るとは言えません。

 

自衛隊員政治的行為制限される理由

 ――そもそも自衛隊法自衛隊員政治的行為制限する規定があるのはなぜでしょうか。

 

 政治的中立性を求める規定は、自衛隊員以外の一般職国家公務員特別公務員に関してもあります。法を執行する立場の人たちが政治的行為をしてしまうと、政治的中立に法を執行していないのではないかという疑いが出てしまうためです。

 

 さらに、自衛隊員一般公務員と比べても特殊で、政治的に動いているという疑いが出るとシビリアンコントロール文民統制)の観点からも大きな問題となります

 

 自衛隊職務自体が、政治の影響をもろに受けやす職務といえます自衛隊防衛を担う実力組織である以上、文民統制観点から法律に従って執行されているという「外観」を保つことが極めて重要なのです。

 

https://digital.asahi.com/articles/ASV4J319QV4JUTFK015M.html

2026-04-11

[]日本学術会議の「軍事研究反対」主張と矛盾

日本学術会議(JSC)は、戦後科学者戦争協力反省を原点に「学問の自由」(憲法第23条)を守る役割を担ってきた機関です。しかし、その核心的主張である2017年軍事的安全保障研究に関する声明」は、中国軍事研究政治工作との関係で深刻な矛盾を抱えています。本記事では、JSCの主張を整理し、学術振興と民主主義保持への影響力、既得権益との関係検証します。

1. JSCの主張の核心 — 2017年声明概要

2017年3月24日、JSCは「軍事的安全保障研究に関する声明」を幹事会で決定・公表しました(JSC公式サイト掲載)。主な内容は以下の通りです:

1950年声明(「戦争目的とする科学研究絶対にこれを行わない」)と1967年声明(「軍事目的のための科学研究を行わない」)を継承

防衛装備庁の「安全保障技術研究推進制度」(2015年開始)を「政府による研究への介入が著しく、問題が多い」と批判

軍事的手段による国家安全保障研究が「学問の自由及び学術健全な発展と緊張関係にある」と明言。

JSCは「研究成果が科学者意図を離れて軍事転用されるリスク」を強調し、大学等に技術的・倫理的審査制度の導入を提言しました。この声明は現在有効で、多くの大学防衛省研究資金への応募を自粛禁止する基盤となっています

2. 明確な矛盾中国軍事研究政治工作への対応

一方で、JSCの姿勢中国関連では極めて曖昧です。

• 千人計画(Thousand Talents Program)問題

中国政府海外研究者を高額報酬招聘する国家事業で、軍民融合(民間研究軍事利用)政策と連動しています2021年読売新聞調査では少なくとも44人の日本人研究者(東大京大大阪大など)が関与を確認中国側は2020年頃にネット上の関連記述を大量削除し、実態不透明しました。


JSCの対応

BuzzFeed News取材2020年)に対し「学術会議として千人計画に協力したり、交流したりするようなことはしておりません」と否定するのみ。中国軍事研究協力リスクへの積極的批判声明は一切出していません。

国家情報法・反スパイ法


中国法は中国籍者(在外含む)に国家情報活動への協力義務を課しています国家情報法第7条、反スパイ法第8条)。日本政府国会質問主意書で「日本公的機関採用されている中国職員は協力義務が生じる可能性がある」と認識しています。


JSCの対応

明確な警告・批判声明なし。中国科学技術協会との2015年協力覚書を維持したままです。

この「国内軍事研究は厳禁、中国軍事研究は無批判」という二重基準は、JSC自身2017年声明で強調した「普遍的学問の自由」と矛盾します。甘利明氏(自民党)はこれを「一国二制度」と批判しました。

3. 学術の振興と民主主義保持への影響力

JSCは日本学術界の「頂点機関」として大きな影響力を持っています

学術振興への影響


声明により多くの大学防衛省研究資金敬遠。結果、デュアルユース(民生・軍事両用)技術国内開発が遅れ、先端研究の選択肢が狭まる副作用が生じました。一方、JSCは「民生分野の研究資金充実」を提言しており、学術振興自体否定しているわけではありません。

民主主義保持への影響


肯定的側面:政府介入を監視し、戦後民主主義の「学問の自由」を守る役割果たしてきました。
否定的側面:中国の借船出海(他者の船を借りて影響を広げる)戦略に対し、無自覚に「船」を提供する構造放置中国留学生依存JASSO 2024-2025年統計外国人留学生の36.7%が中国人)と文系テニュア審査左派思想優位が重なり、党派主義(自陣営有利な二重基準)が主流化しています。これにより、民主主義の基盤である多元的情報環境が静かに侵食されるリスクが高まっています

4. 既得権益のために理念を曲げていないか

経済的既得権益

大学経営中国留学生学費収入に強く依存私立大学特に顕著)。批判姿勢を取れば留学生減少→経営危機の恐れがあります

キャリア既得権益

文系テニュア審査では「平和主義・反権力」的な立場無意識評価されやすい(2017年声明の影響)。中国批判研究は「右派的」と見なされ、昇進・資金獲得で不利になりやすい。

結果として、JSCや関連学識者は「学問の自由」という理念を掲げつつ、実際には自らの既得権益財政安定・キャリア安定)を守るために選択批判を行っている可能性が否定できません。

理念を曲げているかどうかは個別判断ですが、構造的には「党派主義」が優位になるインセンティブが働いていると言えます

結論理念一貫性が問われる時代

JSCの主張は戦後日本学術界の良心体現していますが、中国権威主義軍拡政治工作という21世紀現実に対しては明確な矛盾を抱えています学術の振興と民主主義の保持のためには、資金の透明性向上、審査多様化理念普遍的適用が不可欠です。

日本学術会議が真に「学問の自由」を守る機関であるためには、国内軍事研究だけでなく、中国の借船出海戦略にも同じ基準で向き合う必要があります。そうでなければ、理念既得権益美名に過ぎなくなります

(本記事はJSC公式声明読売新聞調査JASSO統計国会質問主意書などの公開情報に基づきます。)

2026-03-25

[] 教師不在の「政治的丸投げ」は、教育基本法違反する

教育基本法第14条第2項は、学校が「特定政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治活動をしてはならない」と明確に定めている。
この規定精神は、子どもたちに一方的党派的な思想を押しつけるのではなく、中立・公正な立場から多角的物事を考えさせる教育を求めるものである。
以下では、まず法律の想定を説明し、次に現状との比較を通じて問題点を明らかにする。

1. 教育基本法規定

法律文科省の通知が、学校行事特に修学旅行平和学習)で求める基本は、次の3点に集約される。

学校教員責任を持って生徒を直接指導監督すること
• 外部団体プログラムを利用する場合でも、学校が内容を事前に十分検証し、賛成・反対の両論を必ず併記すること
政治的に敏感な活動では、教員が同伴して中立性を守り、安全管理も徹底すること

これが、教育基本法第14条の趣旨である。
教師意図的に外し、外部に丸投げすれば、学校の関与が薄れ、中立義務形骸化する恐れがある。法律は「教員を外せば問題ない」とは一切認めていない。むしろ教員積極的な関与こそが、政治中立安全配慮を両立させる鍵だと位置づけている。

2. 現状――同志社国際高校辺野古事故が示した法の逸脱

2026年3月16日に発生した同志社国際高校事故は、この「正しい姿」と正反対現実を浮き彫りにした。

ヘリ基地反対協議会が運航する抗議船「平和丸」「不屈」に乗船した生徒18人(うち1人死亡)の引率教員2名は、どちらも船に乗っていなかった。

学校側は「班別行動のため」「希望コースから」と説明したが、事故発生時は岸で待機しており、救急車サイレンで初めて異変を知った。過去にも同コースで「教員不乗船」が繰り返されていたことが報道されている。

学校は、抗議船であることを保護者・生徒に対し「基地反対を唱える人が乗る船」と曖昧に伝え、「抗議船」とは明示しなかった。

外部の活動ガイド一方的な反基地視点だけを提示する中で、「生徒が自主的に考える機会」と主張した。

読谷村教育民泊チビチリガマ見学民泊交流)でも、同様の構造常態化している。

地元ガイドが主導し、教師は全体を遠くから監督するだけというケースが多く、思想的に偏った交流先との指摘が後を絶たない。旅行会社は全体手配のみを担い、敏感な部分は学校が直接外部団体に依頼する「責任分散」が横行している。

これらはすべて、教育基本法第14条が禁じる「政治活動の外部委託」に該当する恐れが極めて高い。

法律が求める「学校責任による中立確保」と「教員の直接関与」が、大きく損なわれている典型である

現状は法律趣旨から大きく逸脱している。「希望制」「自主尊重」「実践教育」といった言葉で美化されても、結果として未成年生徒に偏った政治体験を強いている事実は変わらない。これは「脱法的手法」ではなく、法の精神空洞化させる深刻な問題である

結論―法遵守への回帰直ちに

教育基本法は、子どもたちを政治的道具にしないために存在する。
教師不在の丸投げ構造は、この大原則を根底から崩すものであり、看過することは許されない。法遵守対策を実行すべきである

1 外部プログラム事前審査義務化し、学校責任を持って内容を検証する
2 政治的に敏感な活動では、教員の同伴を原則義務とする
3 すべてのプログラム両論併記を徹底する

読谷村民泊をはじめ、全国の同様の「平和学習」についても同一の基準適用し、抜本的な見直しを進める必要がある。

学校教育は、法律を守り、中立を徹底する場でなければならない。


未来を担う若者たちを、特定イデオロギーの道具にしない

それが、教育基本法精神に忠実な、真に責任ある教育行政の最低限の義務である

2026-03-21

高市褒め会場

この増田約束したので会場作った(反応ほぼ無いからやらなくてもバレなかっただろうけど、流石にね)

 

高市支援無しでトランプ会談乗り切ったら流石に全力で褒める

anond:20260319112814

 

というわけで、高市よくやった! ナイス! ベリーナイス

正直言って今回の会談については予想以上の成果だった。もともとかなり悪い想定をしていたのもあるけど、

トランプかいイカレた爺さんが相手だと考えると、高市以外の誰かでも同じ結果を出せたかは分からない、そういう意味難易度が高いミッションだったのは認めざるを得ない

特段の失言もなく、ほぼ無傷で乗り切った。そしてイラン側にも徒に敵視される様な結果にならずホルムズ海峡通過を認めるかも?って状況なのかな?とにかく非常に良かった、安心した

マジでよくやった、これまで高市首相の立ち振る舞いには不満や不安を感じる事が自分は多かったけど、そんな自分でも今回の結果を出してくれたことについては「高市首相でよかった」と感じたよ

(例えば、今から時間をもどしてトランプ会談やりなおしにする代わりに別の首相に変えられる、と言われたら、結構迷うが流石に「しない」方を選ぶと思う、同じ結果が得られるか分からいからな・・・

 

今でも他の首相(石破とか、或いは他の野党党首とか)が良いとは思ってるが、そんな自分でも今回の結果は良かった、という事を伝えたい

信賞必罰というか、悪いものは悪いというのと同じように、良いものは良いと褒めるのは大事だと思うんだよ

それが無いと、全部が全部、敵か味方か、党派性判断してしまうことになる、そんな状態では立場の違う相手意見を擦り合わせる事なんて出来ない(党派性が敵なら良いものでも悪いと言うって事なんだから

自分高市自民批判的だが、しか党派的な判断だけする訳じゃない、良いものは良いと褒められる、という事は示したいしそうありたいと思う

 

というわけで褒め会場作ったので、ほかのみんなもよかったら褒めてっていいぞ

2026-03-04

60代で頭の良さを維持できる人は何%なんだろう

頭が良いと思っていた人が60を過ぎて急に論点理解できていない、話の流れを理解できていない、意味不明な返しをするようになっている。

SNS上の有名人の話ではない。そういうバズ的な話、党派的な喧嘩の話はしてないし、する気がない。職場にいる、親戚にいる、知人にいる、身近な話だ。

有名人の話だと、高齢でも頭脳キープできている良い例が目立つように思う。近くの、一般的な人の、「高学歴なのに」「50歳くらいのころは頭の回転が速かったのに」という実感。

私は39歳だ。頭脳労働賞味期限のようなものを感じている。農業は90歳になってもできるのに、ホワイトカラー労働は定年くらいの年齢で、足を引っ張る側になってしまうという感覚

嫌だな。自分高齢でも賢いままでいられる特別な出来の側だと思えない。頭脳労働者以外の部分に重心を置いたほうが良いのだろうなと思う。衰え、衰えたあとの人生が長く続き、迷惑をかけることを今すごく考えている。

2026-02-24

anond:20260223153920

リタスTV視聴層で今回は中道にも投票したバキバキリベラル左翼だけど、この絵はちょっと支持できない。

動画瀧波ユカリ氏は「党派を問わない」と言っているのだが、「党派がないわけないでしょ。元の清さんともかく、熱心に拡散している人たちに党派バリバリありますよ」」「このサザエさんSNS陰謀論にハマっている主婦の絵にも見えますよ」とか、津田大介も突っ込まないと。

2026-02-21

これもう世界日本見習った方がええんとちゃうん?

大統領制:強力な権限を与えた端からオイタばっかりするし、そもそもろくな奴が出てこない

イギリス下院が全部小選挙区制。得票1/3だけで議席の2/3を独占

その他ヨーロッパ:少数党派乱立で極右政党が堂々と政権入りする始末

2026-02-17

AI作文[左派議員人間性喪失マップ]

中道改革連合中道)の立憲残党&左派政治家を、人間性レベルで上昇負荷分類してみた

1. 泉健太けが一層止まりで「人間性キープ」の救世主報道通り「生真面目」「同志の落選に辛い」と共感寄り添い型。立憲残党の「老害まれ」の中で光ってる。 他の立憲残党は三層〜五層中心。選挙惨敗で「政策より政局」「揚げ足取り」が目立ち、自民批判の「痛み」が党派憎悪に変形。安住・野田の「態度悪」「資格ない」発言典型

2. 左派山本・志位)は六層直行れいわのポピュリズム共産連合呼びかけが人間じゃないレベル」の党派主義に。共闘しても「成れ果て化」確定。

3. 全体的に、中道の「生活者ファースト」軸が浅層で止まってるのに、立憲残党の過激化で人間性ロスト連鎖。泉氏が代表になってたら…って思うよね(笑)

人間性レベル(上昇負荷)該当政治家発言理由ミーム解釈
深界一層(軽いめまい気遣いMAX
人間性キー
*泉健太**
「本当に辛い。辛いよ…」「傷ついた仲間・支持者に寄り添う」「政策で競う」
落選議員事務所訪問辻元清美(一部気遣い寄り)
泉氏だけが「自省を」「仲間を伸ばす執行部」と内省的。立憲残党の中で唯一の「光」。他の党員からも「感性気遣い最強」と絶賛。まだ人間
深界二層(頭痛・しびれ)批判はするけど穏やか
微妙人間
*重徳和彦**(中道国対委員長
高市政権短期決戦型は混乱招く」
**岡田克也**(落選
世襲批判の残り香
政策論に留まるタイプ。安住幹事長の「態度の悪い」イメージ自虐カバーする野田系の一部。まだ吐き気まり
深界三層(幻覚幻聴党派色強め
方向感覚バグ
*枝野幸男**(落選
媚中派レッテル貼られつつ「右傾化阻止」
**安住淳**(落選
「玉木呼び捨て」「偉そう態度」連発
ネットで「鋭い自己分析w」と冷笑される自虐批判幻聴レベルの「自民上級国民陰謀論がジワジワ。平衡崩れ始める。
深界四層(激痛・出血過激
人間性にヒビ
*野田佳彦**(元共同代表、辞意)
政治家資格ない!」「血を流す前提の政策
**辻元清美**(一部)
朦朧とした頭で…」落選訪問も叩き混じり
痛み批判が「資格剥奪レベルに。選挙中「大間違い、バカ野郎!」と先輩吠え。出血多量で党イメージズタズタ。
深界五層(感覚喪失自傷自爆モード
人間性薄れ
*小川淳也**(新代表
熱血漢」だが「他責思考批判に「負けた全てが詰まってる」
**米山隆一**(落選
SNS戦略無策自白で「党員政治理念の無さ」
内部自傷全開。「執行批判」で仲間を伸ばせないループ感覚ゼロで墓穴掘り。立憲残党の末路。
深界六層(人間性喪失成れ果て
即死
*山本太郎**(れいわ)
「壊れた国に歯止め」「消費税廃止野党連合過激ポピュリズム
**志位和夫**(共産
野党連合政権」呼びかけつつ党派絶対
左派の極み。「自民人間じゃない」「右傾化の成れ果て」と非人間化。生き残っても「議論不能の異形」。中道残党が左派に寄ったらここ。

2026-02-16

anond:20260216194148

俺も前はツイッター自分意見書いてたけど

もうやめた

なんでもかんでも党派レッテル貼ってリンチにする連中が多すぎる

2026-02-13

悪口の"外注"という言葉はしっくり来ない

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/2663109

もともとは「高市総理は敵をdisらない」、「いやいや、支持者がdisっているだろう」みたいな話だったけど、この支持者によるdisりって政党が何かしようがしまいが勝手に起こるモノで、"外注"とは違うように思うんだよな。

"外注"って言うと悪い政治家が裏で糸を引いて支持者を操り、敵対政党攻撃してるみたいになってしまう。

そして案の定というか、はてブみたいな特定党派への憎しみが強いところにそうした言説が流れ込むと、たちまち「○○党ガー」という陰謀論に変わっていく。

ブコメでは自民批判の大合唱だが、支持者による他党へのdis合戦なんてどこもやってることでしょ。

主張に対する主観的な正しさのジャッジを除いて客観的に見れば、自民支持者だけが特別悪辣言動をしていたとは思えないし。

なんなら、これは俺が左派寄りのエコーチェンバーいるからそう感じるだけかもしれないが、「#ママ戦争止めてくるわ」(=自民戦争をする党というdis)を筆頭に、バズらせ力なら左派の方が勝ってるくらいじゃないか? 結果はむしろマイナスに働いた感はあるが……。

物量に関しては圧倒的に自民支持者によるdisの方が多かったように見えるけど、これはそもそも民主主義における支持者による草の根応援活動って、もともと人気政党の方が参加する人数も増えて、勝ってる方をより勝たせる仕組みなので、悪辣さとはまた別な気がする。

(そうした偏りを生む仕組みを好ましくないモノとして一定規制必要では? という主張には一考の価値があるが、それはまた別の話なので置いておく)

陰謀論に傾倒するより考えるべきは、今回の選挙で「他党への批判は支持者がやってくれるから自分達は自己アピールに注力して多角的選挙戦術を行った政党」は昇り調子で、逆に「支持者が他党批判をしているのに自分達まで批判一生懸命になって有権者食傷気味にさせ、しか自己アピールが疎かになっていた政党」は結果が振るわなかったという、選挙における広報マーケティング戦術の部分だと思う。

左翼壊滅は民主主義成熟帰結である

アメリカ哲学者ウィリアムジェームズは、「プラグマティズム」という哲学提唱した。プラグマティズムを体系化し教育政治など多方面に影響を与えたのが、大哲学者ジョン・デューイであり、日本国憲法が当時でも有数のリベラル憲法になったのは、デューイの教え子の影響が大きい。

ウィリアムジェームズ政党間の「good temper」(穏やかさ、冷静さ、寛容さ)を重んじる。敗北した側が不平を言わず、静かに次の機会を待つ態度を説く。これが失われれば、民主主義は退廃(degeneration)するとジェームズは警告している。

この考えは、プラグマティズム民主主義観(試練のプロセス市民的習慣の積み重ね)を象徴し、政敵への誹謗中傷を強く否定する基盤となっている。

中道と旧左翼の退潮は、国民成熟し、誹謗中傷武器にすることの邪悪さに気がついたからだとも言える。憲法精神に今こそ立ち返り、民主主義実践することができる基盤がようやく生まれたのかもしれない。

米中露がいずれも専制に傾きつつある現在で、国民が「民主主義価値」を理解するまで成熟したことに、かすかな希望を感じる。

下記は引用

「すべての国にまさって祝福された国とは、市民天才(civic genius)が日々救済を行う国である……外部的に絵になるような行為ではなく、合理的に話し、書き、投票し、腐敗を迅速に打ち砕き、政党間で穏やかな態度(good temper between parties)を保ち、人々が真の人物を見抜き、狂信的な党派主義者(rabid partisans)や空虚ペテン師empty quacks)ではなく彼らを指導者に選ぶ国である。」

民主主義はまだ試練の最中にある。我々の市民天才(civic genius)はそれの唯一の防壁であり、法律記念碑も、戦艦公立図書館も、大新聞も活況を呈する株式も、機械発明政治的機敏さも、教会大学公務員試験も、内なる神秘(inner mystery)が失われてしまえば、我々を退廃から救うことはできない。あの神秘は、一度に我々の英語を話す人種秘密であり栄光でもあるが、二つのありふれた習慣、二つの公的生活に持ち込まれた根強い習慣以外に何もない——修辞的に表現するに値しないほど平凡な習慣だが、人類が得たものの中でおそらく最も貴重な習慣である。その一つは、反対党が公正に勝利したときに、訓練され規律された穏やかな態度(trained and disciplined good temper towards the opposite party when it fairly wins its innings)を持つ習慣である。」

チーみらの先兵が他党派閥を貧乏人呼ばわりしてて草

本物の階級闘争が来てるな

2026-02-10

自称リベラルはなぜ正直に言えないのか?

自称リベラルの多くは、正直に言えば次の前提を共有している。

自分たちは正しい

• その正しさは何を聞いても変わらない

そもそも相手を説得するつもりはない

にもかかわらず、これをそのまま言うことはほとんどない。

なぜ言えないのか

理由は単純で、それを認めた瞬間に「対話」「民主主義」「説得」といった看板が崩れるからだ。

本音を正直に言えば、こうなるはずである

これは正しさの表明であって、合意形成や説得は目的ではない

しかしこれを言ってしまうと、自分たちがやっているのが議論ではなく、単なる立場表明だと露呈してしまう。

その結果起きている矛盾

• 説得する気はないのに「なぜ分からない」と怒る

合意形成放棄しているのに「民意」を語る

批判しかしないのに「改善のため」と言い張る

これは議論ではない。

やっているのは「自分は正しい側に立っている」という確認作業、つまり道徳的ポジション取りである

さらに厄介な点

一部では、説得しないこと自体正義だと考えられている。

• 説得=迎合

• 歩み寄り=加担

理解しようとする=裏切り

こうなると、最初から言語ゲームが成立していない。

相手を変える気はないのに、相手が変わらないことだけは許さない。

結論

「正しい。その正しさは何を聞いても変わらない。説得するつもりは最初からない」

これを正直に言え、という要求論理的には正しい。

だがそれを言った瞬間、自称リベラルは「リベラル」ではなく、

正義を振りかざす党派

道徳的優位性の自己確認集団

だと自白することになる。

から言わない。

言えない。

そして、その曖昧さのコストはいつも他人押し付けられる。

中道敗北の反省

今回の中道惨敗は自滅であるが、しか自分も当初は中道結成に賛成しており、判断を誤ったと思うので反省がてらに書く。

第一に立憲と公明連携それ自体は適切な戦略だったと思う。特に公明については斎藤代表の誠実そうなしゃべり方や、夫の横暴に付き合いきれなくなった妻という熟年離婚雰囲気から有権者は同情的だったのではないか。立憲についても反高市票をある程度集めることができたはずだ。高市首相は強烈な人気を誇っているが、強烈な人気には強烈な反発が必ずついてる。問題新党を作ったことだと思う。連携はよかったが新党はまずかった。何よりも野合とみられた。ずるいことをしようとしている集団だとみられたわけである

この世で最も嫌われるのは知識人政党であり、政党特に嫌われる。なぜなら怪しいことをしている集団からだ。素直に考えれば間接民主制(特に比例代表以外の政治制度)においては一人一人の政治家がそれぞれの信条を訴えて当選し、そして国会個人として議論すればよいと思われる。政党は票集めのための集団であり、立派な理念を掲げれていたとしても、怪しい目で見られる。なぜでは個人で訴えずに集団を作るのかと怪しまれる。昨今のNPOをめぐる疑惑も同じであり、集団で何かをやっているというのは怪しいのだ。これは健全感覚だ。

(なお、営利企業もまた集団であり怪しいことがあるが、しか営利企業利益のために合理的に動くと考えられているため、怪しさが減じられる。つまり活動目的が明確であり、合理性の有無はCGコード市場によって監査されることになる。不明確な動きをしていれば株主が離れていく)。

怪しい集団とみられたならばどんなに立派な理念を言っていても無意味である。必ず裏の目的があるとみなされるからだ。そもそも政策論争フィールドに立てない。あらゆる政策は裏があると思われその主張は無効化される。

自公政権だってそうではないかという反論があり得るだろうが、3つの反論がある。①自公連立政権であり、自民党公明党は決して吸収されなかった。自民党公明党がそれぞれに牽制あいつつ、協力していることが有権者から見て明確であった。②自民党内の派閥存在自民党内においても派閥存在し、互いにけん制しあっていることが見えていた。したがって、自民党という怪しい巨大な集団ではなく、派閥同士の牽制というガバナンスが効いている組織とみられていた。これに対して中道においてはそのような牽制が見られず、票目当ての怪しいなれ合いのみが見られた。③同じ土俵に降りたのであれば、挑戦者が負けるに決まっている。同じ怪しい集団ならば、とりあえず現状を変えないであろう自民党を選ぶに決まっている。

結局、中道ガバナンスが効いていなかったし、それを有権者に見透かされ、失格判定を受けた。自民党ガバナンスが効いているとは言い難いが、派閥による牽制残滓が残っていること、そして、少なくとも石破⇒高市という政権交代を果たしたこと評価する有権者がいたのだろうと思う。

政党ガバナンスは高い透明性が必要である公明党は創価学会という支持母体を抱え、組織力は非常に高いものの、透明性に疑義を抱えている。その点が公明党を嫌う人々が存在するゆえんでもあろう。立憲は結党以来は枝野を中心として開かれた存在であったが、その透明性が昨年秋の政局以降、大きく減じられた。個人的には安住政局は非常に興奮するものであったが、政局で興奮するのは異常者である。私は異常者であったがゆえに、新党結成についても公明票と立憲票の足し算しか考えられなかったのであり、党の透明性を省みていなかった。反省と後悔しかない。

第二に、政策論争としても失敗していた。ただ前述のとおり、そもそも怪しい野合であるとみられた時点で政策論争フィールドに上がれずに失格となるのであり、政策のまずさは補助的な理由に過ぎないだろう。

この点よく食料品消費税減税が指摘される。この点は伝え方がまずかったが、一連の政策の一部としては必ずしも完全な悪手ではなかった。というのも岡本政調会長が主張していたように、食料品減税は他の消費税12%に上げることとセットであることが予定されていた。食料品中心のインフレが続くのであれば、食料品限定の消費減税はわからなくもない(低所得者世帯への給付がより望ましいとは思うが)。ジャパンファンドについては残念ながら擁護のしようがない。ただこれについては自公連立政権の時には自民党好意的に受け止めており、おそらくそ場合にはここまで広範な反発を招くことはなかったのではないかとは負け惜しみを言っておく。

安保法制については、立憲時代(野田代表時代)の伝え方がまずかった。そもそも違憲部分という説明野田自身理解していなかったのではないか代表理解も納得もしていないことを積極的に謳うのはどうかと思う。勉強していないことがばれていた。

なお個人的には安保法制は制定当時はやはり違憲であったと思う。しか現実において防衛力強化が必要なことは周知の事実である以上、違憲であるならば憲法を変えるしかない。憲法改正手続を踏まずに安保法制を制定したということが安保法制違憲性の問題なのであり、9条2項違反はそれに比べれば大きな違反ではない。立憲を謳うのであれば、安保法制違憲を前提に、憲法改正を主張してほしかったところである安保法制において緻密な議論が行われ、法的基礎が固められたのだとの議論があるが、緻密な議論議論正統性担保しない。いかに見事な砂上の楼閣を作ったとしても砂上のものにすぎない。立憲民主党はしたがって、憲法改正による正統な基礎固めを主張すべきであったと思っている。この点を枝野理解していたと思われるが、違憲というワードに惹かれてわらわらと集まってきた左派は何も理解しようとしなかった。

現在においては、安保法制はもはや事実として定着してしまった以上、憲法改正手続きに拠らない憲法改正が行われたとみなす他はない。

とはいえいずれも、中道政策論争をするフィールドにも上がれていなかったのだから直接の敗因ではない。そもそも自民党政策を主張していなかった。やはり野合とみなされたことによる敗北であろう。

自民党投票した有権者偏差値を嘆く声もあるし(後述するように有権者はとても賢い)、(都合のいいときだけ)市場審判を求める声、さらには(驚きべきことに!)トランプ政権による高市政権への圧力に期待する向きもあるが、党派的な思考をしている限りにおいて野合批判は免れない。左派が低調であるのも、組織における透明性の低さと党派性を見抜かれているからだと思われる。

有権者は賢く選択をした。仮に日本において確固たる野党が成立するとすれば、それはおそらく現実的な政策ではなく、まずは(相対的自民党野合集団と見えるような)高い透明性のあるガバナンスが何よりも必要になる。そのガバナンスは単に意思決定過程を透明にすればよいというものではなく、党内で各種のアクター牽制あいしかし十分な議論と調整を経て政党としての意思決定をし、それに所属議員が異議なく従うという姿を見せなければならない。

(おそらくチームみらい及び参政党の躍進はいずれも自民党派閥システムに代わる新たな政党ガバナンス可能性が評価されているように思われる。もっとも、チームみらいについて以下の指摘がある。

https://okadaasa.theletter.jp/posts/5c5f5c60-9c33-4311-832b-c78cc34efcd8

また参政党については一見して透明なガバナンスを謳うように見せて、非常に不透明な、カルト宗教的集団であるところが一部の支持者以外の多くの有権者に強烈な拒否感を与えるゆえんだろう)

2026-02-09

anond:20260208232538

首相Slackは全て目を通すこと、Slackで共有された内容は公式とする、文句あるやつはその場で議論すること(机の下でごにょごにょ金銭のやり取りをしないこと)

これをルールにすればいいだけ

党派閥と裏金とはおさらばしたクリーン自民党なのだから、このルール一本であらかた問題解決できる

首相にたてつけば、また単独で半数とれないクソみたいな政党に逆戻りだから任期満了まできっちりと仕えることが、吸えるうまい汁を最大化できる戦術

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