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2026-04-23

dorawii@新刊発売(予定)

自転車に乗っている子どもはなぜペダルをこぐたびにそれに連動するようにそのペダルを下げる方向に上半身を揺らすのか?

視界的にやかましくてうざい

歳差運動やめろ



dorawiiより


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https://anond.hatelabo.jp/20260423151217# 
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2026-04-01

国旗損壊罪日章旗シールクルマチャリに貼られたらどうする問題与党同調者にはこたえてほしい

駅、空港ショッピングセンターコインパーキング

クルマチャリなどを駐車することは往々にしてある。

駐車場から出るぞというとき日章旗シール大事なところに貼られていたら、すごく対処が大変で、嫌がらせ手段に使えてしまうのではないかという懸念がある。

与党や創設支持者におかれては、この問題にこたえてほしい。というか、緊急避難を、国旗損壊罪では広げてほしい。

大事なところ、とはクルマのドアとか、チャリペダル車両全般タイヤと車体をまたぐ形でシールを貼るのもいい(嫌がらせ犯にとって「いい」)

日章旗シールは、一度貼ったらはがすのが難しいタイプのやつ(市販されている)

緊急避難について、(特則規定なく)国旗損壊罪適用されるケースは限られる。よって嫌がらせに使われやすい。

医薬品を服用等しないといけない持病がある人で医薬品が遠くにあるケース、

幼児食べ物飲み物を与えないといけないが幼児が遠くにいるケース、

ペットへの餌やりをしないと動物福祉問題がある場合で、ペットが遠くにいるケース、

雨、雪がひどく避難しないと傷害を負うケース、

などは法益比較で(原則通りでも)緊急避難は認められることになるが、こういったケースしかない。

怖いなと思ったら、拡散してもらえると。

追記1)

対処が大変」というのは、日章旗シールを貼った者をなんとか見つけ、はがすよう求め、場合によっては民事訴訟(「はがせ、との判決をするよう求める。」)を提起して、ということが必要になるということを考えている。

そもそも簡単に見つからない。警察も、貼った者を探してはくれないだろう。

そういう場合車両永遠に動かせない。衝突事故が起きたりして、他人の過失により国旗損壊されるなどすれば、そこから車両は動かせるようにはなるが、可能性は高くない。

追記2)

この「日記」(エントリ : https://anond.hatelabo.jp/20260401124656 )の文章は、何人もすべて自由に利用してよい。

2026-03-28

自転車交通違反に「青切符」4月導入、ながらスマホ反則金1万2000円…警察高校生外国人らへの周知に力

“ 今月18日、北九州市若松区の「響灘ビオトープ」内の研修施設で開かれた外国人向けの自転車交通安全教室。区内の企業で働く外国人ら32人がシミュレーターペダルをこぎながら疑似運転し、原則として車道の左側を走行することなどを学んだ”

https://www.yomiuri.co.jp/local/kyushu/news/20260327-GYS1T00064/

2026-03-12

終わりなきMT/AT論争

今日今日とてXでは、またMT/AT論争が巻き起こっている。まるで北緯38度線のように、争いがいつまでも終わらない。停戦状態にあるだけ、38度線の方がマシかもしれない。

私のTLを観測している範囲では、MTからAT派への攻撃を見かけることが多い。健常者ならMT乗れて当たり前とか、MT挫折してAT限定にしたやつは公道走るなとか、まぁそんな具合だ。

かくいう私も最近ATからMTに乗り換えた。峠を攻めたいとかサーキットでかっ飛ばしたいとか、そういうわけでは全然ない。単に車の運転に刺激が欲しかったのだと思う。

その上で私見を述べるなら、現代日本道路事情において積極的MT選択する必然性は「ほぼ皆無」であるし、AT限定を批難する要素も見出しにくい。

MT派によるAT批判を見ていると、いわゆる老害共通する部分が多いように感じる。なぜ人間は、便利な新技術の登場をかくも毛嫌いするのであろう。MTにも乗れないなら車をちゃんと動かせないなんて言う奴は、手書きじゃないと心がこもっていないなどと言って電子的に作成した履歴書否定したり、お腹を痛めて出産しないと母親にはなれないなどと言って無痛分娩否定する連中と同レベルではないか。幸いなことに現代では、人間がわざわざ手動でギアチェンジしなくても機械がやってくれるようになったのだ。それだけの話だ。便利さ重視でATに乗りたいならATに乗ればいいし、トラディショナル操作にこだわりたいならMTに乗ればいい。

クラッチを含めた両手両足の操作ができなきゃ安全運転できないという意見もあるが、これではかつての「交通戦争」の事実を全く説明できない。誰も彼もがMTを動かしていた時代であっても、交通事故はそこら中で発生していた。だからMTに乗れるなら安全運転できるということにはならないし、ATから危険運転を産むというのも短絡的な考えだ。少なくともAT全盛の現代の方が事故発生件数は少ないのである。これはミッション方式というよりも道路事情安全技術の発達によるところが大きいかもしれないが、

というかAT運転できる程度の身体自由があるなら、MTだって乗れる人が大半だろう。出だしの飲み込みのスピードは人によって差があるから、初手で苦手意識を植え付けられる人も出てくる。しか時間をかけて練習すれば克服は決して難しくないし、出だしのペースと最終的な技術の習熟度は必ずしも一致しない。ただ現実的はいつまでもだらだらと教習所に通えるわけではないから、時間的・経済的心理的負担増を嫌ってMTATに切り替えている人が多いだけではないかと思う。実際、現代日本AT比率を考えれば、余計な苦労を背負ってまでMT固執する必要はどこにもない。あくまでも本来目的は「自動車免許の取得」であって「MTを動かすスキル」ではない、という人は相当数いるだろうし、MTATに切り替えることで無事に本来目的を達成した人もまた相当数存在する。それできちんと運転できているなら、何も悪いことは無い。

ATに対するMTの優位性はシーンに応じてドライバー自由ギア選択できる点にあるが、そもそも公道ではMTに乗ってまで積極的ギアを変えるべき場面というのがそこまで多くない。ATであってもそうした場面には十分に対応可能だ。たとえば長い坂道を下るときには低めのギア選択してエンジンブレーキを使い、フットブレーキのみに依存しないことが大事になるが、ATであってもBとかSとかLとかのギア選択すれば同じ目的を達成できる。なにもMTである必然性はない。普段運転するエリアアップダウンの乏しい平地であるなら、なおさら些末な問題になる。高速合流時などにおいても、低めのギアで十分に加速することが求められるが、やはりSなどを使えばATでも十分な加速が得られる。

またMT自由度の高さは、操作煩雑性や諸々のリスクと表裏一体である信号待ちからの発進一つとっても、ATアクセル踏み込むだけでたちどころに加速していくが、MTは矢継ぎ早に1→2→3と切り替えながらスピードに乗っていかないといけないし、回転数をマッチさせる運転ができないと乗り心地が極端に悪化する。急坂ではサイドブレーキも使わないといけない。シフト操作ミスがあればオーバーレブリスクも出てくる。交差点のど真ん中でエンストしようものなら、他車の交通を阻害したり追突されたりする要因になる。

そうしたことを考えると、「余計な操作心配に煩わされずに街中をスムーズに走る」という部分においては、圧倒的にATが有利になる。最近AT燃費も優秀だから経済面でのMTの優位性もたかが知れている。新車販売においてはMTの方がATよりも若干安価だが、街中ではATの方がずっと多いのだからユーザーはそんな価格差は気にしていないのだろう。車重の軽量化メンテナンス性の高さなどもあるが、車重全体のわずか数パーセントしか満たない差を必死に削り出すようなドライバー稀有であろうし、多少ラフな使い方をしても問題なく長距離を走れるATは多い。やはり、ATMTよりもずっと便利で取り回しのしやす機構だという結論になる。

ただ、この利便性の高さがドライバー思考力を奪っている点は否定できない。余計な操作心配に悩まされない状態というのは、必要操作心配までをも忘れてしまリスクを跳ね上げる。上述した下り坂でのエンブレの件にしても、ブレーキランプを煌々と照らしながらダウンヒルする車を見かける機会は少なくない。上り坂で先行車が後退してくるリスクを考えず、車間距離をビタビタに詰めてくる車もいる。現代先進技術は、考えなくても車を動かせる状態をも産んでいるため、このような事態が発生する。利便性を求めた結果であるから、それ自体は悪ではないのだが、車に乗られている人たちを大量生産しているのも事実だ。

考える必要が無い状況での運転は、ドライバーにとって油断の原因にもなってしまう。走行中につい眠気に襲われる...というのは誰しもが経験するだろうが、AT車は要求される操作が少ない分、どうしても注意が散漫になりがちだ。集中力の低下や居眠り運転を防止するなら、変な先進安全技術を搭載するよりもMT車に乗った方がよっぽど良いのではないかと思わなくもない。雑な操作をすればすぐさまシフトショックやエンストが発生するから、舟をこいでいるドライバーを叩き起こしてくれる。そもそもシフトレバーをギコギコやっているうちは体にも脳にも刺激が入るから、眠気を誘発しにくい。高速に乗って6速固定のクルコン、みたいな運転場合はどうしようもないが...

免許区分関係なく、運転中に思考が鈍る事態は避けねばならない。AT限定ではこの部分が問題になりやすい。運転中の突然の眠気などはどうしようもない(眠気の発生自体は根絶しようがない)が、MTに関する座学および実技教習は、教習の区分とは無関係実施してもらいたい。先進技術過去技術を土台として生まれるのだからMTのようなプリミティブな機構理解することは決して無駄ではない。どころか先進技術理解するための助けになる。

色々書いたが、個人的にはAT限定ドライバーただちに危険運転をするとは思わない。むしろ逆で、今この時代にわざわざMT選択するような人間の方にこそ、何をしでかすかわからない危険性・変態性を感じる。MT乗りはスポーツ走行が好きな連中も多いだろうから、法定速度をガン無視したり、峠を攻めたり...ちょっと前にマジキテル連合の一件が問題になったが、変にMTを乗り回す連中の方がAT限定ドライバーよりもよっぽど危険ではないか

ならいざ知らず、今はどこを取ってもATMT凌駕してしまう。MT派の立ち位置はまさに砂上の楼閣である国産スポーツカーの雄として長い歴史と高いブランド力を有するGT-Rでさえも、最後にはMTを切り捨てた。AT技術進化MTの衰退を端的に表している事例である現在では教習所でのMT教習時限も大幅に削減されてしまったし、世界EV化へと舵を切っているし、MTに乗ることはますます困難になるだろう。しかし繰り返しになるが、ドライバー思考力は利便性反比例するように低下するリスクを抱えている。車をただの移動手段しか見ていない人もいるだろうが、自分アクセルブレーキを踏むとき、あるいはハンドルを切るときに、各パーツがどう反応して車全体がどう動くのか、自分の車と他の車の挙動はどう違うのか...免許を有し運転する限りは決して放棄してはいけない思考である思考放棄ドライバー割合は、MT派よりもAT派に多いだろうということは想像に難くない。

AT基本的に、なにもせずとも車が進んでいく。なにもしなくても車が進んでしまうとも言える。それは確かに便利なのだが、人間は時に利便性度外視して楽しさを求めたくなる生き物だ。素人が手間暇をかけてつくった料理冷凍食品にすら及ばないかもしれないが、単純な味の優劣だけでは語れない満足感がある。生成AIは短時間クオリティの高いイラストを出力するが、画材や構図やシチュエーションについて、悩みに悩んで生み出した手描きの絵を眺めることでしか得られない感覚がある。令和の時代MTに乗るという選択は、理屈だけ考えれば全く筋が通っていない。だが筋が通っていないことは、不正解だということにはならない。シフトレバークラッチペダルを操るあのドライビングフィールは、ATでは決して味わえない。

からATが好きならATに乗ればいいし、MTが好きならMTに乗ればいい。本当にたったこれだけの話のはずなのだが...お互いもっと柔軟に考えようぜと思わずはいられない。そうすれば無駄な論争も発生しないのにね。

2026-02-22

実は自宅でデスクワークしているときでも、ぼくはアリオネに跨っている。


ワーキングチェアには、かなり前からそれなりのこだわりがあった。

腰痛持ちになりかけた時期があって、「もう二度とあの鈍い痛みを味わいたくない」というだけの理由で、人が勧める椅子はだいたい一通り試した。人間工学だのメッシュだのを謳う海外ブランド、フルアジャスタブルな高級チェア日本製のしっかりしたオフィスチェアまで、値札は基本的に見ないふりをしてきた。

けれど、どれだけ試しても「これだ」と決定打をくれる椅子はなかった。

座った瞬間はたしかにいい。背もたれは背中を受け止め、クッションは太ももをやさしく支え、肘掛けは「ほら、ここに手を置きなさい」とばかりに高さを合わせてくれる。

だが三十分も作業を続けると、必ずどこかが気になり始める。

ひざの裏が圧迫される。

骨盤じわじわ前滑りしてくる。

腰を立てたつもりなのに、いつの間にか猫背に戻っている。

座面を一段下げると、今度は肘掛けが高すぎる。

肘掛けを下げるとキーボードが遠くなり、肩に力が入る。

ランバーサポート位置を変えると、さっきまで良かったはずの背中感触が急に嘘くさく思えてくる。

「結局、おれの体が悪いのか?」

そう思いながら、ため息交じりに高さ調整レバーをいじる夜が、何年も続いた。

転機になったのは、ロードバイクを室内に持ち込んだことだ。

トレーニング用に固定ローラーを導入し、休日の早朝や雨の日にペダルを回すようになった。しばらくは完全に「運動のための空間」と「仕事のための空間」を分けていたのだけれど、ある日、メールの返信が急ぎで、クールダウンのつもりで軽く回していたときに、そのままノートPCを膝に載せてタイピングを始めてしまった。

これが、妙にしっくり来た。

まず、アリオネは前後に長い。ノーズからテールまでスッと伸びるあの独特のシルエットは、ロードレースのために用意されたポジション可変域そのものだ。

前に寄れば前傾が深くなり、後ろに引けば骨盤を少し立てて、上半身を起こせる。

本来レース中の瞬間的なポジションチェンジのために設計された前後長だが、PC作業でもその自由度がまったく同じ恩恵をもたらしてくる。

タスク管理ツールガントチャートをいじるときは、サドル後方、テールぎりぎりに腰を預ける。

ここは背もたれなどないはずなのに、骨盤の角度が絶妙に落ち着くポジションで、「腰を立てろ」というメッセージダイレクトに伝わってくる。

背中自分筋肉で支えるしかないが、不思議とそれが苦にならない。椅子に甘やかされないぶん、姿勢サボる隙がないのだ。

一方で、コードレビューに集中したいときや、考え込むような設計作業に入ると、腰をすこし前にずらしてノーズ寄りに座り直す。

ここまで来ると前傾姿勢に近くなり、腕は自然と前に伸びてキーボードにかかる。上半身の重さがペダルへと伝わるライン意識するのと同じ要領で、今度はその重さを指先と画面の中のテキストへ流し込んでいく感覚になる。

アリオネは、柔らかくはない。むしろ「硬い」と表現されることの多いサドルだ。

しかし長時間乗っていても、不思議なことに「一点だけが痛くなる」ことがほとんどない。

それは単純なクッション性ではなく、前後ポジションを変えながら負荷を分散させられる設計のおかげだ、と多くのレビューも言っている。

ぼくにとって、この「逃げ場がある」という感覚は、仕事中の精神衛生にも直結していた。

タスクが変わるたびに、ほんの数センチだけ腰を動かす。

メール返信のときはテール側、文章を書くとき中央よりやや前、重いバグ対峙するときはノーズ寄りまで前進する。

その度に、視界の高さと身体感覚と、頭のスイッチが少しずつ切り替わる。

—座る位置を変えることで、仕事モードも変わる。

高級オフィスチェアにも、背もたれのリクライニングや座スライド、ランバーサポートの微調整といった「モード切り替え」の仕掛けはたくさん用意されている。

けれどそれらは、大抵レバーノブ操作して「姿勢椅子に合わせる」儀式必要としていた。

アリオネの場合は逆で、「椅子操作する」手間が一切ない。

ただ跨がって、数センチお尻をずらすだけでいい。

ロードバイクの上でやってきたことを、そのまま机の前に持ち込んでいるだけだ。

もちろん、このスタイルには問題もある。

まず第一に、見た目がひどい。

室内に固定されたロードバイク、その前輪を挟むローラー台、そしてバイクトップチューブギリギリまで下げられた天板高めの作業デスク

部屋に入ってきた人は、まず「これで仕事してるの?」と眉をひそめる。

椅子の代わりにビンディングシューズを履いたままMacBookを叩いている人間は、たぶん一般的感覚からすると少しおかしい。

それから安全面。

勢いよくペダルを回しながらメールに熱中していると、ローラーの上でバランスを崩しかけることがある。

固定ローラーと言っても、完全に「動かない」わけではない。微妙なしなりと軽い揺れがあり、そのおかげで路面に近い脚の感覚が得られるのだが、同時に「落ちそう」という緊張感も常にまとわりつく

だがその不安定ささえも、ぼくにとってはプラスだった。

アリオネに跨っている間、ぼくは「座らされて」いない。

常にどこかの筋肉で、姿勢を支え続けている。

集中が切れて猫背になった瞬間、腰のあたりに違和感が走り、「あ、フォームが崩れた」と自覚できる。

椅子に深く沈み込んで、気づけば一時間同じ姿勢で固まっている、ということがほとんどなくなった。

作業の合間に、モニターから目を離して、少しだけギアを重くする。

ケイデンスを上げ過ぎない程度に、脚に一定の負荷をかけながら、さっきレビューしたコード懸念点を頭の中で組み立て直す。

汗が出る手前くらいでペダルを緩め、心拍が落ち着いた頃に、またカーソルの前に戻ってくる。

ワーキングチェアに「快適さ」を求めるのをやめてから仕事リズムあきらかに変わった。

快適さの代わりに手に入れたのは、「常に自分バランスを取り続ける」という緊張感と、それに裏打ちされた集中の持続だ。

ふと視線を上げると、モニターの向こうのタスクと、足元のペダルの回転数が、同じテンポで進んでいるのに気づいたりする。

いまも、書斎の隅には高価なワーキングチェアが二脚、出番を失って立てかけられている。

どちらも素晴らしい椅子で、座ればたぶん快適だ。

けれどぼくの身体はもう、あの「何もしていなくても支えてもらえる」という状態に、完全には戻れなくなっている。

デスクワークの相棒として、一番しっくり来たのは、結局ロードレース用の細長いサドルだった。

本来なら時速四十キロ世界で戦うために設計されたアリオネが、今日も室内で、静かにぼくの仕事時間を支えている。

2026-02-21

ジャズマスター

弦落ちとかは全く気にならない(強く弾き過ぎでは)けど、ペダルじろうと屈む度にアームがすっぽ抜けるのは流石に設計ミスが過ぎるだろ

2026-02-02

anond:20260118221943

自分はてブについて感じる劣化はたとえば、

<感じる劣化

勝間和代さんみたいな「おまえら音声入力フットペダルヘルシオホットクック使ってみろよ、飛ぶぞ」みたいなアーリーアダプター開拓者的な新スタイル布教する人がめっきり減った。

新サービスサイト立ち上げたから見て?→そのAPI叩いて別のアレと組み合わせてみたお! みたいなのほぼなくなった。まあいさらWEBで何かを始めるっていう時代でもないのかもしれないけど。AI関連の話は少しあるのかな。

ブコメとか高度に本質的かつ専門的で「ムムッ、これは本職の予感、はてブおそるべし」みたいなのが激減。間違ったデマまがいの書き込み多いっていうか8割そんな感じですよね?

・「はてサ」でさえ「アンジェライヴィスを読んでいてこう思ったんだけど、」みたいな知性的な習慣や首尾一貫した理論武装の片鱗が少しはあったような気がしないでもないけど、日本死ね以降「自分はそうは思わないけど理屈としては言いたいことはわからなくもない」ということがほぼなくなった。人文社会学系の内紛みたいなのの「炎上ヲチ」みたいなのは全然面白くない。

ベンチャースタートアップ業務の傍らチームビルド勉強しています、ハックマンとかベルビンのチームロールとかレンシオーニのアレでいうところの・・・みたいな前のめりに背伸びした感じの話けっこう好きなんだけどそういうのもほぼなくなった。

デイトレ自動取引で寝ているだけでお金が増えていくお( ^ω^)みたいなのもなくなった。稼げるYOUTUBEに行ったのかな。

・・・まだまだあるけど・・・

2025-12-29

現在世界秩序」≒「貨幣価値」 どちらも最終的には国家保証

もしも明日(24時間後)、確実に地球が滅ぶとなったら(人類の何割かが、そう確信したら)、地球上に

秩序は存在しなくなり、アナーキー暴力的な『北斗の拳』の世界になるだろう。

たとえば、人気女性アイドルは、前日まで熱心に応援していた男性ファン達によってレイプされるかもしれない。

難しいことはわからないが、国家が発行する「貨幣価値」も、同じ構造なんだろう。

自転車と同じで、進んでいる(ペダルを漕ぎ続けている)限りは、秩序が崩壊する(倒れる)ことはない?

永続性に疑念が生じたら、その疑念一定数の人間が共有したら、崩壊する?

2025-12-22

踏み間違いかもしれないときに強く踏み込んだ話

アラフィフ男子

車は週に2回程度、仕事でもプライベートでも運転

先日20年目のゴールド免許更新した。

自分で言うのも何だけど周りから運転技術マナーに定評がある。

でもそれに奢らず、常に無事故を心がけて運転している。

結果としては事故にはならなかった。

というか踏み間違いは起こっていなかった。

にも関わらず、車が想定と違う挙動をしたとき自分の行動が正しいはずだという考えを改めることができなかったことがとても恐ろしく感じてしまった。

会社レクリエーションゴルフに向かうときのことだった。

いつもは知っている社員数名とその時のゲストを拾って行くのだが、色々と偶然が重なってほとんど喋ったことのない別の会社オーナーさんだけを乗せていくことになった。

ただでさえ人見知りな上に、この人に何かあった日には取引にも大きく影響があると、嫌でも緊張を強いられる運転だった。

それでも高速道路スムーズに危なげなく抜け、ゴルフ場直前のコンビニに寄ろうとしたときのことだ。

郊外特有の広い駐車場で、入口に近い駐車位置にバックで入れるために車を転回させた。

いつも通りミラーモニターを交互に見ながらブレーキアクセルを交互に操作して、さぁ、あとはまっすぐ下がるだけという状況になった。

車止めにぶつかる衝撃が起こらないように、ブレーキを甘く踏む。

その時だった。

自分操作とは反するように、車が突然後ろ向きに加速したような気がした。

おかしいと思いブレーキを緩めて踏み直してみたが、車は一向に下がることを止めないように感じた。

そのたった一瞬で軽いパニックになり、そのままブレーキを強く踏み込んでしまった。

頭の中では、自分は正しい操作をしているのだからそれで止まらないのは踏み込みが足りないか車の不具合が起きているに違いないとしか考えることができなかった。

もしこれが踏み間違いなら後ろ向きで店に突っ込んでしまうかもしれない。そう思って全身に力が入ったのはその後のことだった。

その次の瞬間には全てが勘違いであることに気がついた。

ブレーキを踏んだのに後ろに加速したと感じた理由は、左隣の車がちょうど出発したからだった。

左隣の車両は少し小さめのトラックで、こちらがちょうど駐車場に収まると同時くらいに出発した。

左側のミラー縦方向の収まり確認しようとしていたときに、風景が前方向に流れたために車が下がっていると勘違いしてしまったのだ。

これ自体は本当に大したことのない話であって、別に読む人を騙したかったわけではない。

しかし怖いのは、そうして車が加速し始めていると感じたにもかかわらず、自らが行っている行動=ブレーキを踏むということを一ミリも間違っているとは考えずにブレーキを強く踏み込んでしまうことだった。

とてもではないが、この数秒間でブレーキアクセル操作を間違っているかもしれないとは思えなかった。

車が自分の意に反して動いていると感じたとき、人はまずその車を止めようとする。

そして、止めようとする手段とはブレーキを踏むことであって、ペダルを踏んでも止まらいからと言ってそれがブレーキではないという考えには至ることができなかった。

ブレーキを踏んでも止まらないなら、ブレーキが効かなかったかもしれないと何度も踏んだり強く踏もうとしてしまうのだ。

今まで踏み間違いのニュースを見てきて、動き出したなら踏んでいるのはアクセルなんだから踏み直せばいいだなんて簡単に考えていたが、とてもじゃないがそんな余裕はなかった。

車という大きな物体が、自分の意とは反してた動きをしただけでパニックになるのだ。

相手機械から機械が誤動作していると決めつけてしまうのだ。

その結果、正しいと思っている自分の行動の延長線にあることをより力強く行ってしまうのだ。

実際に自分の体で体験してみてはじめて感じることのできた恐怖だった。

今回は実際にブレーキを踏んでいたから何事もなかったが、これがもし、ブレーキだと信じてアクセルを踏んでいた場合はどうだっただろうか。

それを考えると、踏み間違い事故が急に身近なものに感じられてしまった。

この辺りの心のメカニズムを擬似体験できればもしかしたら踏み間違い事故減少のヒントになったりしないだろうか。

想定するフィードバックが得られなかったとき人間の行動をパターン化してみたりすると何かが得られそうな気がしないでもない。

2025-12-08

自作グラベル

チェーンリングが46Tなのを42Tに

アカセットをワイドレンジ化(34→42)

ヒルクライム特化

エクステンダーかう

チェーン交換(ながくする)

折り畳み

ホローテック

チェーンリングクランクBB交換(46Tのまま)

ペダルは流用

チェーンはグラベルから流用

ブレーキシュー交換

2025-11-27

映画ヒックとドラゴン(実写版)を見た。

いや~これはよくないですよ。

ただ最高の食材を最高のシェフが最高の調理をしただけの作品92点。

ちなみに原作小説アニメも未履修。これが初のヒックとドラゴンになりマス。

 

映像もいいし、脚本台本もいいし役者もいいし基本的にはほとんど言うことない。

ヒック役の人、繊細そうなイケメンでいい役者やわ~と思って調べたら17歳らしい。

きたる20代というハリウッド暗黒期間をうまいこと乗りこなしてほしい。

 

まずドラゴントゥースとヒックの触れ合いの繊細さがいいよね。

トゥースがどう見ても猫みたいや羽生えたイモリなんだけど、黒いぬめっとした皮膚感がリアルだし、ちょうどキモいカワイイ中間くらいでよき。仕草や態度でどんどんかわいく見えてくるのは腕やなぁ。

捕らえたところを殺そうとするも解放する→餌を持っていく→自身武装解除する→同じものを食べる→何度も餌を持っていく→触ろうとする→拒否される→目をそらして触ろうとする→触れる→お絵描きを一緒にするという非常に煩雑且つリアルな対動物懐かせプロセスを踏んでいていい仕事してるなと思った。特にこのファーストタッチで目を逸らすのがねぇ細かすぎてねぇ。野生の戦場においては目を逸らすっていうのは全面降伏なわけですよ。すべての抵抗を諦めますっていう。だからこそ、トゥースも身を委ねてくるっていう、これね!

ヒックの罠で尾翼の片方を損傷して飛べなくなったトゥースのためにヒックは人工翼を製作トゥースに乗ってフットペダルで翼を操作し飛行できるように訓練を行う。ここでどんどんヒックとトゥースの絆が深まっていくし、空飛ぶシーンの躍動感がすごい。これ映画館で見たかったわ~。

いろんなポジションを図解して思いのままにトゥースを操縦できるようになったヒックだったが、事故トゥースが操縦不能状態に陥る。その混乱の中、図解を投げ捨てトゥースに身を委ねマニュアルではなく心で「共に飛ぶ」展開も完璧すぎて鳥肌が立った。俺は今データを捨てるぞ!!(負けフラグ)

あとヒロインめっちゃ嫉妬するトゥースかわいい

 

ヒックは力こそパワーのヴァイキングの長の息子だけどひ弱で繊細。なのでヴァイキングの連中からバカにされている。俺はみんなと同じになれない別の方法で力になりたいと思いながらも、実際には同じになることに憧れている。この世界にはドラゴンマジでウジャウジャいて家畜を求めて定期的に村を襲撃し、ヴァイキングはそれに抗いドラゴンと戦いながら生きている。

 

ヒックは一人前のヴァイキングとして認められるための試練に挑むんだけど、これが「捕えられている試練用のドラゴン戦闘で御していく」試練になっていて、対策とかも提示されていてゲーム感覚でめちゃくちゃわかりやすい。デブ、女戦士チャラ男双子の6人で共に挑むんだけど、1周目の戦闘ではヒックは何の役にも立てない。雑魚からしょうがないね

しかトゥースとの触れ合いの中でヒックは戦闘方法以外のドラゴン習性を学びそれを活かして2周目の試練を戦闘以外の方法ドラゴンを御すことで攻略していく。触れ合いで相手理解することで戦いは回避できるのではないかという教訓を教訓臭くなくエンタメとして提示できているのは強い。

そしてその試練の過程を経てヒックは徹底的にバカにしていた若手のヴァイキングから強い信頼を得ていくことになる。ここで弱いながらも「力で厄災を制圧していく旧世代」と「理解で厄災と共存する新世代」のゆるく提示され、旧世代の長の父と、新世代のリーダーのヒックという構図がうっすらと示されるのもよい。

 

遠征から戻った父が息子の活躍を聞き歓喜するもその方向性は「お前もドラゴンスレイヤーとして立派な長になれ」というものであり、ヒックの価値観とは対立し、母の形見で作った「武力象徴である兜をヒックに託す。

そしてドラゴン試練の最終戦、初めて父が見守る前でドラゴン対峙するヒックは武装放棄し、父から継承した武力象徴である兜を投げ捨てる。多くの旧世代の前で「ドラゴン敵対すべき存在ではない」と示そうとするが、価値観否定された父は激昂、敵意をむき出しにしその結果ドラゴンを怒らせヒックは危機に陥る。

トゥースがヒックを救いに闘技場に乗り込み救出に成功するが逆にヴァイキングに捕えられ拘束され、ドラゴンの島への案内役にされてしまう。

ドラゴンたちはドラゴンたちで島のクソデカ長(女王蜂)に支配されており、女王蜂に捧げるために獲物を奪いに来ていたことがわかる。このあたりも強権で力で部族支配するヴァイキングの旧世代組と寄せた構図になっていて非常にわかやすい。

 

そしてトゥースを救い、ドラゴンの島へ向かった旧世代を救うために訓練生組は訓練用ドラゴンに乗って島へ向かう胸圧展開。しかドラゴンもこう見るとデブ、狂暴、チャラ、双頭と訓練生と対になってるのもニクい。ただここは個人的にはちょっと性急だなって感じるところで、お前らの間にそんな絆なかったやろってなったかな。もっと訓練生と訓練用ドラゴンの触れ合いパートいっただろ。まぁ、それ入れるとこの共に征こうのシーンのインパクト薄れるから難しいけどさ。

 

で、まぁいろいろあってヒックは父親に認められ父親ドラゴンが憎むべき敵だけじゃないことを理解してトゥース解放、クソデカドラゴンをぶっ倒すもヒックは片足を失ったのでした。おわり。ってなるんだけど、ここの大スペクタクル感は本当にすごい、絶対映画館で見るべき。俺?11インチタブレットで見ました(半ギレ)。

 

個人的にこの片足失うエンドは割と微妙だなと思っていて。もろちん片翼を失ったトゥース対応していてトゥースの片翼となっていたヒックと同じように、これからはヒックの片足にトゥースはなっていく。2人(1人と1匹だけど)で1人の完全球極体になったって表現なのは痛いほど理解できるんだけども。

作中の論理としては弱いかなって。

作中ではヒックはラストバトルで父親に認められたことですべてを手に入れて丸く収まっていた。トゥースともカンペを捨てる展開を経て心身一体の状態になっているので、ヒックが足を失うことで得るものがないんだよね。不具になることで部族の長として完全なる戦士にはなれないってことかもしれないけど、ヒックの師匠義手義足鍛冶屋だけど族長から圧倒的な信頼を得ているからそこまで大きなハンデにも見えない。なにより戦士ではないヒックを父親が認めちゃってるしね。

展開としては美しいラストだと思うんだけど、なんかこうもうちょっとうまいコネクトなかったかなって思った。

 

でもエンタメ作品としては間違いなく見て損する人誰もいないレベルの出来だと思うし、お子様の教育にもいいと思うので全盛期のディズニーくらいのパワーを感じた。やっぱハリウッドはすげぇや。

オススメアニメ版も見てみようかな。

2025-11-21

anond:20251121083636

なんかカプセルみたいなやつとか、デッカい球体みたいなの全体が回転するやつとか、体感ゲーム凄いのあったよな〜

…ああいうの、アニメの中ではよく出てくるようになったけど、現実は実際には3Dのゴーグルつけてケージ組んだ中でせいぜいペダル踏む(手にはコントローラ持ってるけど)ぐらいな方向に逝っちゃったよなぁ😢

2025-11-12

楽器は金でまた買えてもモチベーションは買えないということで決着した。

アンプは点けっぱなし、ペダルも電源繋ぎっぱなし、気が向かない限り拭きもしない。

手に取るハードルを極限まで下げる。

マミをいじるのによっこらせと屈むのすら面倒に思うかもしれないし、ギターボリュームを捻るだけ。

ホワイトノイズも受け入れる。

弦を緩めたりだなんてもってのほか

スタンドも買わない。

専用のスタンドに収まってると、なんか安定しすぎてる。

本を敷いて床への心配を防ぎつつ、適当に立て掛けとく。その距離感が手に取りやすい。

これはスタンド買うのを面倒臭がってるだけなのかもしれない。

いや、夜だけでも電源切っとけば大分寿命が変わってくるんじゃ……

とかそういうスケベ心がもうダメ

傷もうが反ろうがなんだろうが、知ったことではない。

いや、「本当に好き」なら手に取るはず、好き好んで趣味でやろうってのにその程度のモチベーションでは続かない、向いてない。

とか心のクソリプ野郎が囁いても無視する。

上手くもねえ分際で、一丁前にそういう変なマッチョさを出すのがもうダメ

いやあ、そんな程度のことで……とかバカにしていたけども、自分チンパンジーだと思わなければならないとしばらく生きてて流石に分かってきた。

いや人間感情はそんな……

主体的に生きようとする意志や納得にこそ……

とか考える気持ち大事にしつつ、それはそれとして人間なんてロボットなんだから日光浴びてりゃ元気になる、やる気なんて存在しないからとにかくハードルを下げる、みたいな視点も器用に両立させねばならない。

というのは意識的にやっていたというより、単純に横着だっただけなのかもしれないけど。

実際毎日手に取ってるしな。

特に、「あれ弾くぞ」という明確な気持ちが無くても手に取る癖がついたのが大きい。

ただのTAB譜カラオケだけでなく、なんとなくの手癖で弄る、ということが増えた。

覚えるだけ覚えてまったく活用されていなかったペントニック知識が、ようやく技術と結びつき始めた。これは面白い

名曲フレーズ独創性というものを感じるようになって、より味わいが深まる。

2025-11-08

THRの価値が分かってきた

チューブしろトランジスタしろアンプはそれなりに音を出さなきゃ真価を発揮出来ない(ここでいや違う、となる人にとっては大して価値がないのかもしれない)

爆音で鳴らす気持ち良さという所を抜きにして、家でせいぜい2か3で弾いててもギターペダルキャラクターを味わいきれない

じゃあアンシミュにしよう

これなら実音量出さなくても、イイ感じの音に出来る

でもいちいちDAW開いたり、そもそもif持ってなかったり、ロクなスピーカーが無かったりでめんどくさいね

そもそもソフト揃えるにも金かかるし、フリーで色々集めるのも面倒だし、IRとか良く分からん

そもそもアンプでのボトルネック解消が目的なのに、ようわからんのでしょーもない音になったら本末転倒だし

そこにコレ一台で済むTHR!という所まで分かった

なんか安心ヤマハヤマハから多分音もいいはず!

くらいに思ってた

かなり揺れている

でもやっぱ部屋にブルースジュニアとか置いてあったら嬉しいよな

2025-10-24

フットペダルはOFFの状態を維持するのに変な姿勢で筋力を使うのが終わってる

2025-08-29

やっぱ自転車の方が危なくね?

キックボードって急旋回したら危ないというか、スピード出てたら物理的にできないじゃん

大径の自転車だとそれができてしまうから事故の引き金になるわけで、できないキックボードの方が結果として安全という

キックボード安全な部分をもっと自転車に取り入れていくべきだと思うわ

とりあえず自転車

・旋回半径が大きくなるようにハンドル角に制限を追加

スピードを検知する仕組みを導入して20km/hを超えるとペダルがスカって加速しないようにする

これは取り入れた方がいい

2025-08-15

日本でも目立つサイバートラック実態は?

日本でも全国展示ツアーを行い、トミカ博で実車展示、さらトミカ製品にも採用されるなど、強いインパクトで知られる存在であるサイバートラック。だが、販売開始から1年以上経った実態はどうなのか?

結論

話題性は極大だが、量販モデルとしての確からしさは極めて薄い。

北米販売が失速

仕様後退とリコール続出

なぜ?

日本導入は未定

まとめ

サイバートラック販売は失速し、仕様後退と品質課題露出した事実は覆らない。したがって、サイバートラックは「話題性は極大だが量販の柱ではない」という位置づけだ。

しか本質は、テスラ優先順位が「EVハード世代進化」ではなく、「自動運転・ロボティクス・エネルギーソフトエコシステム確立」へと移った点にある。車両ソフトサービスの終端装置であり、台数よりもエコシステム価値の最大化が目的になっている。

この前提では、今後の評価軸は販売台数よりも、FSD等の採用率、AI能力の外販/内製効果、RobotaxiやOptimusのようなロボット事業ソフト課金によるARPUエネルギー事業収益貢献に移る。EV技術への増分投資相対的に低下し、ハードは「良いが必要十分」を維持する方針に見える。

テスラは「EVメーカー」ではなく「自動運転とロボティクスを核にしたAI/エネルギー企業」への転身を急いでいる。サイバートラック販売不振はその転身を象徴し、現時点では移行の踊り場にいる、という見立てが正しい。

2025-08-13

dorawii@執筆依頼募集中

自分の貧しいイメージだと夜勤番ってのがしてるのは何か緊急時ストップするためにいるもので、

別にその人がいなくなったら緊急時メルトダウン等大変なことが起こるかもしれないってだけで、

それを除けば供給システムそれ自体自動化されてるから人が忽然と消えても供給はされるづづける、

自転車発電みたく人が関わってペダル回してる間しか電力が作られない供給されないってのとは違うって考えなんだけど、どうなん?

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-----END PGP SIGNATURE-----

2025-08-12

anond:20250812122123

から俺は風呂で出来る運動器具をつくれと常々いっている

風呂に設置する防水抗菌フットペダルみたいなのがあれば

人類の悩みが解決する

2025-07-26

わたし休みの日にのんびりとサイクリングをするようになった理由

みなさん、こんにちは今日は、わたし最近大切にしている過ごし方について少しお話ししようと思います

仕事人間関係日常のあらゆることがめまぐるしく動く現代

以前の私は、休みの日でも何かと予定を詰め込みがちで、あわただしく過ごしていたように思います

でも、ふと「もっと自分のペースで、心地よい時間を過ごせたら素敵だな」と感じるようになりました。

そんなある日、きれいな青空に誘われて、何年も使っていなかった自転車を引っ張り出してみました。

乗り始めると、驚くほど風が心地よくて、景色のんびりと流れていくのを感じました。

コンビニアイスコーヒーを買って公園ぼんやりしたり、気になるカフェにふらっと立ち寄ったり。

スマホを気にすることもなく、ただペダルをこぐことに集中している自分がいました。

サイクリングは、思っていた以上に「自分のための時間」をくれるものだと実感しています

頭の中が整理されたり、新しい発想が浮かんだり、心のもやもや不思議と軽くなっていることに気づくんです。

誰かと一緒に過ごす賑やかさも好きですが、ひとりきりで自分と向き合う時間も、今の私にはとても大切だなと思えるようになりました。

いまの暑い時期、こうしてのんびり自転車を漕ぐのはなかなか難しくなってしまいましたが、また秋風が心地よくなったら、自転車を引っ張り出して出かけたいと思っています

2025-07-14

ボートマッチに行ってきた

選挙前になると、各地で「ボートマッチ」が開催されるのは皆知ってると思うけど、恥ずかしながら自分はこれまで一度も行ったことがなかった。

今朝たまたま近くの河川敷を通ったら、ちょうど地元立候補者たちが出走するというので、観戦してきた。

正直、なめてた。

ただのボートレースだろ?とか思ってた自分を張り倒したい。

会場では、候補者それぞれが自分政策象徴するボートに乗って現れる。

与党系は巨大で安定感のあるクルーザー型。

野党系は手作り感のあるカヌーや、時に浮力ギリギリの筏だったりする。

無所属新人ペダルボートだった。足で漕ぐやつ。泣けた。

レースが始まるとすぐにわかる。

政策に筋が通っている候補者」は、まっすぐ力強く進む。

中途半端迎合してる候補者」は、オールの動きがチグハグで、すぐスピンする。

公約が軽い候補者」は、風に煽られて対岸に流されていった。

一人、開始30秒で沈んだ人がいたけど、「政界引退します」と水中から叫んでいて会場がどよめいた。

特に印象的だったのは、「若者の声を政治に」と言っていた候補者

ボートスピーカーを載せてTikTok音源を流していたが、それが重量オーバーボートが傾きっぱなしだった。

パフォーマンス重視の政治は沈む」と、隣のボートからベテラン候補がぼそっと言っててちょっと痺れた。

レース後には、「あなたに合った候補者はこの人!」という診断テントが設置されていた。

係員に「どのボート共感しまたか?」と聞かれて、「沈んだ人」と答えたら、

「それ、いちばん本気で政治と向き合ってた人ですね」と真顔で言われたのが今日いちばんの収穫。

2025-07-08

自転車自動車の「自」の意味正反対

自転車とは、自分ペダルを漕いで車輪を回転させて進む車だから自転車

自動車とは、自動で動く車だから自動車

共に、車で、"自"という同じ文字が入っているのに、"自"の解釈正反対すぎる。

自転車場合は、自分で動かす。自動車場合は、自動で動く。

なんでこんなややこしいことにしたのか、意味不明すぎる。

やっぱ時期が悪かったんだろうな。

昔は何でも読み方を現地語に翻訳ローカライズして利用していたので。

ローカライズ弊害だと思うんよね。

もし、今の日本自転車が初めて輸入されていたら、自転車ではなく、バイシクルカタカナで呼ばれていたと思う。

インターネットスマートフォンみたいにね。

例としては、モペットは、そのままモペットと呼ばれているわけだし。

https://grok.com/share/bGVnYWN5_d6b07a30-7ac1-462a-a365-83f1e500aa56

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