はてなキーワード: ディスクとは
なんどもディスク交換させられるゲームと言ったらRIVEN(MYST)の続編。
こいつは当時としてはプリレンダではあったがグローバルイルミネーション(ラジオシティ)を使った映像で頭一歩リードしていた。
CD入れ替え何回もさせられて
FF7はディスク3枚組だから2回、FF8は4枚組だから入れ替えは最長3回で終わるし、最初のディスク入れ替えまで初見だと何時間とかかるから何の手間でもなかったんだが…
もしかしてお前が買わされたFF7とかFF8って戦闘のたびにディスク交換しなくちゃならなかったりする?
それって海賊版か何かじゃね?
続き
そのうち、世の中はウィンドウズ時代に突入し、パソコンも16ビットパソコンから32ビットパソコンへと移行していったのである。…といっても、ウィンドウズ3.1は、とっくに発売されていたが、ゲームの世界が未だにDOSベースだったので、それまでは何とかなっていたのであった。が、こう周りがウィンドウズだらけになってくると、流石に不安になって、DOSからの移行を考えざるを得なくなってしまったのであった。
上述のPC-286VEでも、ウィンドウズを試してみたことがあった。そのころは、ウィンドウズは3.0で、フロッピー5枚組という、今から考えればささやかな構成であった。当時は、ウィンドウズ3.0対応のソフトもほとんどなく、これは試してみるだけで終わったが。
実は、32ビットパソコンへの移行の際に、一つの考えがあったのである。つまり、Macへの移行である。当時、Macの世界も変革の時期を迎えていたらしく、小さい筐体が却って可愛らしいマック・クラシックやカラーマック(多分これでいいんだよな…)が発売されると共に、通常のサイズのマックも、そこそこの(ウィンドウズマシンと変わらない)価格で発売されるようになっていたのである。
しかしながら、相変わらずゲームユーザーであった私は、ゲームソフトのコーナーを一瞥して、やっぱりゲームはDOSベースが多い、とばかりに、ウィンドウズマシンを選んだのであった。思えば、ここが運命の分かれ道であった。
まぁ、ウィンドウズがいいか、マックがいいかは、今でも議論が分かれるところではあるが、このときマックを選択していれば、今の私のパソコンライフは、かなり違ったものになっていただろうことは、疑いのないところではある。
で、購入したマシンは、16ビットに引き続き、EPSONの、いわゆる「ジャケットサイズ」(…といっても、今はもうLPレコードそのものがマイナーな存在であるが…)の小さな筐体がウリのマシンであった。CPUは、486DXの廉価版の486SXで、クロックは20MHzだった、確か。この辺は記憶が曖昧。120MBのハードディスクと8MBのメモリが付いていた。一応、ウィンドウズ3.1は動くというスペック。
このPC-486SEは、当然のことながら、後にいろいろと手を加えた。
こんな具合に。
グラフィックアクセレータ追加(メルコ製、サウンドボードに装着するタイプ)
メモリ8MB追加して16MBに。
CD-ROMドライブ追加(メルコ製のサウンドボードに直結のタイプ、2倍速)
オーバードライブプロセッサ(確かIOデータ製)追加して、CPUをPentium 75MHz相当に。
ディスク圧縮ツールを購入し、340MBのハードディスクの容量を540MB相当に。
これだけの改造(とはいわないか…)を施し、やっとウィンドウズ3.1が快適に動作するようになったのだ。しかし何ですな、よくこれだけ発展性のない改造をやったものだと、我ながら思う。CD-ROMは、インターフェイスが専用なので使い回しができないし。
因みに、CRTは、グラフィックアクセレータを追加するまでは、8801の頃から使っていたNECのPC-854Nを使っていた。アクセレータ購入後に、CRTがマルチスキャン対応ではないことに気づき、CRTを買い換える。ソフマップブランドの、Susteenのものでした。安い割には結構画質が良かった。
ウィンドウズ3.1にしてから、インターネット接続も始めた。最初は何がなんだか分からなかったので、接続ソフトは、取り敢えずインターネット・オフィスという、パック品を使用。接続は、スムーズであった。付属のブラウザは、今や懐かしい「モザイク」である。モデムは友人から譲り受けた14,400bpsのものだったが、このころはこれで十分なのであった。
ホームページもこのころから作り始めた。かねてから懸案のFrank Zappaのページ作りを始めるに当たり、ジャケット取り込みのためのスキャナを購入。このころは、真裸婦ラットベッドの製品は非常に高価であったので、ハンディタイプのものを購入。LPジャケットを8回に分けてスキャンし、付属の合成ソフトで合成するという、涙ぐましいものであった。
このPC-486SEでも、ゲームはずいぶんとやった。でも、以前ほどたくさんはやっていないのだな。
上述したELFの「同級生」の続編。こちらの作品は、「兄と妹」という設定で大ヒットしたという記憶がある。前作のシステムやノリをそのまま引き継ぎ、内容をさらに充実させた、名作。
ホムンクルス(妖精)を育てて人間にするという、育てものゲーム。キャラデザが、イラストレーターの中村博文(どじ)氏だということで購入。そこそこやったが、何故か私が育てるとみんな悪魔になってしまい、そのうち断念。
…印象に残っているのは、このくらい。この時期は、ゲームはスパーファミコンを中心にプレイしていたような気がする。パソゲーが少ないのはそのせいかな。
さて、ここでウィンドウズ95の発売となるのだが、EPSONがEPSONパソコン対応のウィンドウズ95の店頭販売を断念し、注文販売だけにしてしまったので、これは先が無いことが判明してしまった。新規にパソコンを買う予算も、早々には調達できない私は、しばし呆然とし、どうしようかと思いあぐねたのだった。
そのとき、天の導きかはたまた悪魔の誘いか、職場の先輩から、1枚のマザーボードが私の下へ転がり込んだのである。この1枚のマザーボードを発端として、今に至るまでの私のパソコン自作時代、パソコン大散財時代へと突入するのであった。
この譲り受けたマザーボードで製作した最初のシステムは、以下の通り。
MB(Mother Board):メーカー不詳、P54C対応マザー
SB(Sound Board):Sound Blaster互換のバルク品
Graphic Card:Canorpus PW-3DV
以下は、PC-486SEのころのものを継続して使用している。というか、このころは、PC-486SEも併用して使っていた。
Modem:Microcore 28.2kbps
CRT:Susteen 15inch
とにかく安く上げようとして組んだ結果がこれである。ま、最初にしては上出来だったのかもしれない。
で、そろそろこのシステムでは物足りなくなり、もう少し上のシステムに組み替えようと思い立ったわけである。
さらに、ホームページ作りに役立てようと、スキャナを購入したのも、このころかな。
CPU:Cyrix PR166+ (Clock=133MHz)
SB(Sound Board):Sound Blaster互換のバルク品
Graphic Card:Canorpus PW-3DV /VRAMを4MBに増設、ビデオキャプチャ機能を増設
Modem:Microcore 28.2kbps
CRT:Susteen 15inch
MBにGIGA-BYTEを選んだのは、メーカー名が気に入ったのと、当時大攻勢だったASUSのものは使わないというコンセプト(?)からである。それと、SIMMのスロットが6本あるというのも、魅力であった。結局、SIMMは4本しか使わなかったが。これは、RAMをマッピングするTAG RAMの増設を億劫がったためである。TAG RAMを増設しないと、64MB以上のメモリ空間に対してアクセスが遅くなり、全体的にパフォーマンスが悪くなるらしいのだ。
さらに、このシステムに対して、CD-Rドライブを増設。ヤマハのCDR-400t-VKである。I/Fは、SCSIである。このころから、音楽製作関連にも大散財時代が訪れたのであった。
CD-Rを使って、現在も続いているPSY-DOLLというバンドのCDを焼きまくったのであった。当時は、CD-Rの原盤の質もそれほど良くはなく、結構エラーが発生して板を無駄にすることが多かった。
この後、システムは急速に変遷を続け、私は、大散財を続けるのであった。
RAM:DIMM PC-100/CL2 192MB(64MB+128MB)
Audio Card:emagic Audiowerk8
Graphic Card:Creative Labs Graphics BLASTER/RIVA TN
DISPLAY:MITSUBISHI RDT141X(LCD)
フォルダを漁っていたら、1999年5月に書かれた、自分のPC履歴が発掘されたので、貼り付けてみる。
なんだかんだ言って、私がパソコンを使うようになってから、10年近く経ってしまったのである。プログラムを組んで実行できる最初のマシンは、高校のときに購入したCASIOのプログラム電卓FX-502Pであるが、これはあくまで電卓であり、パソコンとは多少趣を異にするものであった。
パソコンとして最初に購入したのは、NECの8ビットマシンPC-8801MA2であり、完全なるゲームマシンであった。以下、16ビット時代に突入してEPSON PC-286VE、32ビットマシンのEPSON PC-486SEと続き、とうとう自作DOS/Vマシンをメインのマシンにするようになってしまうのであった。
これから、私のこのしょ~もない足跡を辿ってみたいと思う。PC-8801MA2~PC-486SEの項には、そのときハマったゲームの感想なども記してある。暇な方はこちらもどうぞ!?
小さい頃から、電気・電子関係が好きで、親にマイキット(パネル上にトランジスタとか抵抗、コンデンサなどが並べられており、スプリングになった端子にコードを挟んでそれらを繋いで回路を作る)や電子ブロック(透明なブロックにトランジスタや抵抗などが入っており、ブロックをボード上に配置して回路を作る)などを買ってもらい、それでラジオなどを作って遊んでいたのである。マイキットでラジオを作り、夜中にこっそりと深夜放送を聞いていました。(^^;
因みに、私がアマチュア無線の免許を取得したのは、小学生のときである。これは、ちょっと自慢してもいいと思う。
当時、「初歩のラジオ」とか「ラジオの製作」、「電波科学」などの雑誌をよく読んでいたのだが、流石に、中学生の私にはディジタル回路は難しく(というよりも、何をするためのものなのか、イマイチ理解できなかった)、ボードマイコンTK-80などに手を出すには至らなかった。
まぁ、何しろ当時は、マイコンといっても論理回路の動作から入る必要があったので、当然といえば当然であろう。
そして、関数電卓などをいじくり、「このキーとこのキーを同時に押すと変な表示になる!?」などと遊んでいた私が、最初に手にしたコンピュータらしきものは、カシオのプログラム電卓「FX-502P」である。
これは、512ステップまでのプログラムが組めるというもので、ちゃんと「GOTO」キーや「GOSUB」キー、「LABEL」キー、条件判定を設定するキーなどが用意されていて、結構本格的なものでした。レジスタも10個使えた。ランダムに数値を出力するキーも付いていたな。
プログラムライブラリ(本ですが)なども付いてきていて、掲載されている通りに打ち込むと、科学計算をやったりゲームなどを楽しむことができた。もちろん、プログラムを外部に記録しておくこともできたのだ。オプションが必要だが(買った)、普通のラジカセなどを使ってカセットテープにプログラムを記録するのである。
あと、FX-502Pでは、キーに4分音符や16分音符などが割り当てられていて、短音だが楽曲を打ち込むこともできた。上述のオプションを利用して、ラジカセなどで鳴らすのである。
学生時代は、ビンボーだったせいもあって、パソコンには縁がなかった。友人宅でシャープのTurboIIIなどでゲームをさせてもらうのが関の山なのであった。
で、就職して最初に購入したパソコンが、NECの8ビットパソコンの最終形態ともいうべきPC-8801MA2である。
当時は、既に16ビットパソコンのPC-9801Vm2なども発売されていたのだが、私の選択したのは8ビットマシンの「ハチハチ」なのであった。何故か?
それは、パソコンでゲームがしたかったからである。当時は、違法行為に限りなく近いレンタルソフト屋が横行していて、ゲームソフトなどが比較的安い価格で入手できた(ソフト毎のパラメータファイルでコピーを行うFile Masterは必需品)。また、ゲーム市場も8801主体であって、9801用のものはごく少なかったのである。
とにかく、とても全部やりきれないくらい、ゲームを借りまくった。
何を隠そう、私が8801を購入して、最初に買ったゲームがこれである。何で、最初からこんなに難易度の高いゲームを、と疑問を持つ向きもあろうが、要するに、当時はパソゲーなるものが全く分かっていなかったのである。しかも、あろうことか、購入時には、アクションRPGの先駆け的存在である「ソーサリアン」とこの「マイト・アンド・マジック」を天秤に掛けていたのである。
世間では、「クソゲー」との評価が一般的であるが、私は、このゲームは名作であると信じている。とにかく、世界が存在していて、プレイヤーはその世界に住むところから始まるのである。ストーリーは、最初は与えられず、発見したものだけがストーリーに参加できる。しかし、ストーリーに参加しなくても、とにかく世界が広大・深淵なので、アイテム探しやダンジョン探検だけでも、十分堪能できる。私は、後述する16ビットパソコンの時代まで、約3年以上もこのゲームにお世話になったのである。
「ドラクエ」シリーズで有名なエニックスのアドベンチャーゲーム(AVG)。
不気味な感じが大変心地よい秀作。本作では謎を残したまま終結し、後に「アンジェラス2」が発売されるが、時期を完全にはずしていたし、余り面白くなさそうだったので私はやっていない。
今はHゲーのメーカーになってしまった、しゃんばらのRPG。私の大好き(だった)漫画家、松田紘佳がキャラデザ他を手がけている。音楽もこの人だったな。もしかすると、「2」は後述のPC-286VEでプレイしたのかもしれない。海が舞台の、異色のRPG。とにかく海なので、3次元的に自在に移動できるのがミソ。階段を使って他の階へ移動する一般的なダンジョンとはひと味違うのである。
ただ、惜しむらくは、これは私がコピー品でプレイしていたから良くないのであろうが、2作ともエンディングを見れなかったことだ。
1作目では、「ピー」とビープ音がしてゲームがハングアップ。2作目では、たぶん最終場面であろう画面から1歩も進めず、アウト。
今あったら、正式に購入して再度挑戦してみたいゲームではある。
かのアスキーが発売していた、Hゲー。ダンジョンを歩き回るRPGである。
このゲームは、とにかくノリが非常によく、テンポが軽快で楽しいゲームであった。ゲーム自体は、6階+αの「ウロボロスの塔」を探検して、秘密を探るというもので、出てくるモンスターが女の子で、ダメージを与える度に女の子が1枚ずつ服を脱いでいくという、他愛もないものである。
このゲームをして最初に驚かされたのは、グラフィックの描画の早さである。何だかんだ言っても、8ビットパソコンであるので、当時のゲーム、特に、グラフィックを強調したゲームでは、描画に恐ろしく時間がかかった。一枚の画像を出すのに数秒、ひどいものでは、数十秒、なんていうのもあった。
そんな中で、この「カオス・エンジェルス」は、とにかく、一瞬で画像が描き換わった。これは、当時ではとても新鮮なことであった。
また、そのBGMもとても斬新で、簡単なFM音源を使いながら、とてもハイセンスな雰囲気を醸し出していたのだ。音楽の秀逸さでは、水龍士といい勝負かもしれない。
しかし、このゲームの最大のポイントは、「洒落っけ」にあると思う。ダンジョンの壁に、前に探検した人の落書きがあって、これがまた奥が深く面白い。この落書きがゲームのヒントにもなっているのだが、関係のない落書きもあって、これを探すだけでも、結構楽しめた。
当時、特にスタジオピエロ系のキャラクターもののゲームを数多く出していた、マイクロキャビンのAVG。マイクロキャビンでは、この後も、「めぞん一刻」や「気まぐれオレンジロード」などのキャラ系ゲームを続々と発売していた。
このゲームは、少年サンデーに連載されて、アニメ化もされ一世を風靡した、高橋留美子の同名の漫画「うる星やつら」をゲーム化したものである。
ゲーム内容は、確か、面堂家の誰か(終太郎か、了子か、どっちか忘れた、たぶん了子だ)の誕生日に招待されたお馴染みのメンバーが「迷路」を探索しながらゴールにたどり着くというものである。何かのイベントを経る毎に、時間が経過していき、それにより結果が変化するというのと、途中の行動で結果が変化するということで、数種類のエンディングが用意されていたように思う。
マルチエンディングや時間の概念は今でこそ珍しくもないが、当時では結構画期的なことであったのだ。
フェアリーテール(ELF)の伝説的名作AVGである。確か「2」もあった。フェアリーテール(ELF)のAVGは、何かこう、独特の雰囲気があって、それが私は非常に気に入っていた。なんていうか、どことなく寂しげな感触というか、ちょっと空虚な感じとでもいおうか。キャラクターや展開、秀逸なBGMなどが、この雰囲気を醸し出しているのだ。
フェアリーテール(ELF)のAVGは、この他にも相当やった。「ELLE」なんかは、最後のどんでん返しが強烈でした。
そのほかにも、いろいろゲームはやったが、とんでもねーゲームを一つだけ…
これは、要するに当時大流行の「北斗の拳」のパロディーHゲーである。
ゲーム内容がくだらないのもさることながら(あまりにくだらなすぎて、ケンシロウのようなキャラが出てくること以外、忘れた)、その作りがとにかく凄い。
これは想像だが、このゲームは、おそらくN88-BASICで組まれている。なぜなら、まず、ストップキーでゲームが止まってしまう。そして、そのとき、画面の左上隅に「>C^」が出る(分かる人には分かるね!?)。
そして、NECの8801,9801シリーズのパソコンには必ず付いていた、画面のハードコピーを取るキー「COPY」を押すと、押したときに表示されている画面をプリンタに印刷することができる。
なんか、「流行だから適当に作って一発当てよう」という意図の見え見えなゲームでありました。
…そうこうしているうちに、8ビットパソコンは衰退し、ゲームソフトも発売されなくなって、世の中は16ビットパソコンの時代へと、大幅に突入したのだった。
そこで購入したのが、NECではなくて、EPSONのパソコンなのである。ここいらへんに、私の偏屈さがにじみ出ていますね~。(^^;
パソコンに金をかけだしたのも、このころからである。…まぁ、8801じゃあ、金をかけようにもかけるところがないですが。(^^)
今ではもう信じられないが、当時は、1MB/1万円がメモリの相場であった。しかも、メモリをパソコンに組み込むには面倒な設定がいくつも必要で、さらに、汎用のスロットを一つ占有してしまうのだった。また、今でこそ、SIMMとかDIMMとかいって、大容量がコンパクトに収納されているが、当時は、たとえ1MBでも、12cm角くらいの基板にチップがびっしり載っていたのだった。
それでも、1MBあると無いとでは、雲泥の差があった。
これも、今ではもう信じられないが、当時は、例えば40MBで8万円位した。しかも専用のインターフェイスが要る。これでまたスロットが一つ埋まったのであった。
でも、当時のソフトは、40MBでもお釣りが来るくらいの容量だったんだよね~。
あと、このマシンから、パソコン通信を始めた。当然NIFTY Serveから。
当時は、WTERMを使い、通信速度も2400bpsであった。50kBの画像をダウンロードするのに何分もかかり、さらにその画像を表示するのに何分もかかった。大変な時代であった。
このPC-286VEは、後に友人の手に渡り、そこでVRAM異常が発生してお亡くなりになってしまいましたとさ。合掌。
このマシンでも、ゲームはずいぶんとやった。中で、印象深いものをいくつか紹介しようと思う。
上述したものと同じである。当然、続きではなくて、新規に始めた。やはり8ビットのものと比べて速い。何しろ、8ビット版は2DDのディスク4枚組で、地上、ダンジョン、城、と場所を変える度にディスクの入れ替えが必要だった上、そのたび毎に、システムディスクに書き込み(1分くらいかかった、マジで…)をしていたのだ。それがなくなっただけでも、快適である。ただ、8ビット版の頃はあったBGMがなくなってしまったのは、ちょっと寂しかったが。
なかなかハマった。各エンディングも味わい深いもので、30数種類あるといわれているエンディングを20数種類まで見て、飽きてやめた。プリンセスと謎のエンディングは見ていない。けど、いいや。
「1」と「2」は、3Dダンジョンもの。当時は3Dダンジョンでさえ珍しかったのに、Hゲーで3Dダンジョンというのは、相当なインパクトがあった。ゲーム的にもよく練れており、ダンジョンの仕掛けも良くできていた。Hゲーという観点を排除して、単にゲームとしてみた場合に、非常に完成度の高いゲームであった。
「3」は、確かドラクエタイプの2DのRPG。「4」は、ダンジョンに戻ったのだっけかな?この辺はあんまり印象にないのだな。「5」は、私の大嫌いなシミュレーションで、遂にエンディングを見ることができなかった。…と言うよりは、途中でつまんなくって止めた。「4」と「5」は、多分、後述のPC-486SEでやっている。
これは、今更説明するまでもない、ELFが世に放つ名作中の名作。このゲームが今までのゲームの流れを一気に変えたといってもいいでしょう。味のあるキャラクタ(しかも大勢!)に、深みのあるストーリー。それぞれが練りに練られたマルチエンディング。とってもシビアな時間の概念。所持金の存在も内容に深みを与えています。
さらに、複雑なフラグ制御がすばらしい。よくあれだけの条件設定をして、ゲームが破綻しないものだ。
そして、何より高校生最後の夏休みという、絶妙のセッティング。
とにかく、この「同級生」は、何遍やっても違った展開になるし、違った楽しみ方ができるゲームという、画期的なゲームでした。
後に「2」も出て、共通するキャラクタも出演している。私は、「2」は後述する32ビット版でやったのだけれど、その面白さは全く失われてはいませんでした。恐るべし、ELF。
そのうち、世の中はウィンドウズ時代に突入し、パソコンも16ビットパソコンから32ビットパソコンへと移行していったのである。…といっても、ウィンドウズ3.1は、とっくに発売されていたが、ゲームの世界が未だにDOSベースだったので、それまでは何とかなっていたのであった。が、こう周りがウィンドウズだらけになってくると、流石に不安になって、DOSからの移行を考えざるを得なくなってしまったのであった。
上述のPC-286VEでも、ウィンドウズを試してみたことがあった。そのころは、ウィンドウズは3.0で、フロッピー5枚組という、今から考えればささやかな構成であった。当時は、ウィンドウズ3.0対応のソフトもほとんどなく、これは試してみるだけで終わったが。
実は、32ビットパソコンへの移行の際に、一つの考えがあったのである。つまり、Macへの移行である。当時、Macの世界も変革の時期を迎えていたらしく、小さい筐体が却って可愛らしい Permalink | 記事への反応(1) | 12:53
https://szkwjp.sakura.ne.jp/suzukawaeditor_nansho.html
スズカワエディタの難所
スズカワエディタの作者たる私(Yoshihiko Suzuki)の場合であるが、プログラミングにかかった時間は①~④に約2週間、⑤に約6週間である。⑥については機能によって大きく異なり、短くて1週間、長いもので2年近くかかっている。プログラミング開始から21年以上経過するが未だに継続中である。
この難所?RopeとかSumTreeでググればサルでもある程度は解決できる。
もしかしたら、できるかなと思い、実装してみたら、ディスクに書き出すこともできた。
"Ropes: an Alternative to Strings", by
Boehm, Atkinson, and Plass, in SOFTWARE--PRACTICE AND EXPERIENCE, VOL. 25(12), 1315–1330 (DECEMBER 1995).
https://www.cs.tufts.edu/comp/150FP/archive/hans-boehm/ropes.pdf
なんで知ってれば、鈴川エディタっぽいものは比較的簡単に作れる。
X(旧Twitter)を掘っていたら、漫画『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』(わたモテ)に関する、2013年の興味深い考察ツイートを見かけた。
めっちゃたまってる、もこっち消化中。 漫画だと「黒い飲み物」=コーラなんだけど、アニメで「黒い缶のコーラ」になってるんだが、ノンカロリーコーラでもアリって寄ってくるのかな?w— あくあぶるぅ (@aquablew) September 10, 2013
もこっち(黒木智子)がこぼしたコーラにアリがたかる……という描写についての疑問だ。
この「黒い缶=ゼロカロリーコーラ缶」という認識、今となっては失われた製品デザインになりつつあるので、当時の背景整理と、論文に基づいた科学的な回答をまとめておく。
結論から言うと、「科学的には、アリはノンカロリーコーラ(人工甘味料)をエサとして認識しないため、漫画やアニメのように大挙して群がってくることは考えにくい」。
アリが甘いものに群がるのは、味覚を楽しんでいるわけではなく、コロニーを維持するためのエネルギー源(炭水化物)を求めているからだ。
この点については、昆虫学の研究によって「アリは単に甘い味に釣られるのではなく、エネルギー源としての価値を厳格に見定めている」ことが裏付けられている。
まず、Brinkman & Gardner (2001) の実験(*1)では、ヒアリは砂糖水には群がったものの、アスパルテームやサッカリンといった人工甘味料の水溶液に対しては、ただの水と同じ反応しか示さず、エサとして認識しなかった。
さらに、Roeder et al. (2021) の研究(*2)によれば、アリは天然の糖(スクロースやグルコース等)の間ですら、「エネルギー効率が良いか」「自然界の主食(甘露)に近いか」を基準に優先順位をつけるほど、摂取対象をシビアに選別している。
つまり、本物の糖質ですら選り好みする彼らが、「甘いだけでカロリー(エネルギー)が皆無」であるコカ・コーラ ゼロをエサとみなす可能性は極めて低い。アリの生存戦略において、ノンカロリー食品は無視すべき対象なのだ。
したがって、アニメで「黒い缶(ゼロ)」からこぼれた液体にアリが群がっている描写があるとしたら、それは科学的には誤り(演出上のフィクション)の可能性が高いということになる。
このツイートの肝は、投稿者が 〈黒い缶=コーラ(ゼロ)〉 と即座に認識している点だ。
2025年の現在、コカ・コーラ ゼロは〈赤い缶(黒文字)〉になっており、当時の感覚とはズレが生じている。
2007年〜: 発売当初。「漆黒のボディ」がトレードマーク。
2013年(アニメ放送時): まだ完全に「黒い缶」。投稿者の認識は正しい。
2017年: 「ワンブランド戦略」で、黒背景に「赤い円(レッドディスク)」が入る。まだ黒い。
2021年9月(転換点): ここで全国リニューアル。缶の地色が「赤(コカ・コーラレッド)」に変更され、ロゴだけが黒になった。
つまり、コカ・コーラ ゼロの缶デザインが〈黒色の面積が多くを占めるもの〉でなくなったのは、西暦2021年のことだ。
あのアニメの描写は、2021年以前特有の光景ということになる。
最後に、作中の時系列を整理して、なぜその描写になったのかを推測する。
以下のWikiを参照した。
初出(ガンガンONLINE):2012年1月19日
原作の2012年、アニメの2013年ともに、世間の認識は「ゼロカロリーコーラ=黒い缶」だった。
では、なぜアニメで「黒い缶」が描かれたのか?
もこっちが健康志向でゼロカロリーコーラを選んだ……というよりは、もっと単純な「大人の事情(商標配慮)」と見るのが自然だ。
アニメで「赤い缶」をそのまま描いてしまうと、誰が見ても世界的ブランドであるコカ・コーラ商品だと認識してしまう。
フィクション作品において実在商品の商標をそのまま出すことは権利関係のリスクを伴うため、色やデザインを意図的に変えて「あくまで架空の炭酸飲料です」のようにするのが業界の通例だ。
スタッフが「赤だとマズいから、中身の色に合わせて黒っぽい缶にしておこう」という処理をした結果、「当時のコカ・コーラ ゼロのデザインと偶然かぶってしまった」というのが真相ではないだろうか。
視聴者(投稿者)には「ゼロだ!」と認識され、その結果「ゼロなのにアリが来るのはおかしい」という科学的な矛盾が生じてしまったわけだが、10年以上前の「黒い缶」デザイン全盛期ならではの面白い現象だといえる。
今更、Microsoft Store内でふと見つけたので入れてみたんだけど、
何も考えないで推薦された最適化すると、スタート時の他者のソフトの起動を止める、
自社のソフトの起動はONにする、Teamsとか…、ブラウザの検索エンジンをBingにされる、
という、更新時のMicrosoft仕草されたりもするんだけど、
それは確定ボタン押す前にチェックを外すとかするとして、
ブーストボタン一発でそれなりに重かったマシンの速度が改善された気がする…😟
基本的に、不要なファイルを削除する、重いプロセスを落とす、みたいな機能だと思うのだけど、
DAW入れたりすると、色々プラグイン関連とかごちゃごちゃしがちで、
なんか最近重いなあ、みたいに思ってたんだけど、色々面倒なので対策しないでいたんだけど、
とりあえず、これは良いのでは?と思ったり…😟
マシンを最適化します、スマホを最適化します、はほぼ9割悪質なアプリだと思っていいと思うんだけど、
これは一応Microsoft純正みたいだし、今のところ実害はないし…😟
まあ、ときどき草刈みたいにHDDの中を整理する、ブラウザのキャッシュクリアみたいなのもそうだし、
Amazon、アニメイト、ゲーマーズ、ソフマップ、メロンブックス、とらのあな。 収録されている映像は全部同じだ。なんなら本編なんてdアニやNetflixで見ればいい。でも、俺たちは「どの店で買うか」に何時間も悩み、特典の一覧表を睨みつけ、そして結局、「全巻購入特典の収納BOX」の絵柄が一番好みな店でポチる。最悪の場合、ドラマCDの内容が違うという理由で、同じ円盤を別店舗で2セット予約したことだってあったかもしれない。
「悪しき文化」だと思う。 正直、狂っている。 消費者を舐めているとしか思えない商法だ。資源の無駄だし、財布への暴力だ。
でも、この商法がなくならない理由なんて、俺たちはとっくに知っている。
まず、業界がいつから言われ続けているのか知らないが、限界を迎えているということ。別に俺はアニメ業界の人間じゃないから本当のことなんて当然知らないが、値上げラッシュの昨今だしアニメの制作費がアホみたいに高騰していることは想像に容易い。現場のアニメーターの待遇がどれだけ改善されているのかも知らないが、クオリティのインフレとかで1話作るのに一体どんだけ金かかってるんだろうって話で。そのくせ、円盤なんて以前より売れなくなっているんじゃないか? 配信が覇権を握り、ライト層はその存在すらもしかしたら知らないかも状態。だから製作委員会は必死になる。数少ない「濃い客」からいかにして定価で、発売日に、確実に金を吸い上げるか。それが店舗別特典という人質商法だとさえ思っている。
でもさ、これを「業界の搾取だ」と被害者ヅラして叩くのは、ちょっと違う気がするんだよな。
認めざるを得ない。俺たちは、モノが欲しいということを。 データじゃなくて、質量のある物体が。タペストリーを飾る壁なんてもう残ってないし、クリアファイルを何に使うかもわからない。ドラマCDだって一度取り込んだら二度と再生しないディスクになるかもしれない。しかもその上、円盤そのものは10年そこらでまともに再生もできなくなるときた。それでも、「その作品が好きだ」という気持ちを、物理的な質量に変換して手元に置きたいんだ。
コンテンツが溢れかえってる今だからこそ、余計にそう思う。誰でもアニメを見るようになった。会社の上司も、知らないけどきっと近所の小学生だってみんな「今期の覇権」の話をしている。アニメはもうオタクの隠れ家じゃなくて、ただの一般教養になった。消費されるスピードも異常だ。ずっと変わらず3ヶ月で次へ、また次へ。間に合わなくなってるアニメだって最近多いだろう。
そんな情報の濁流の中で「俺はこの作品を愛したんだ」って証明できるのは、結局「円盤」という重たい箱だけなんだ。サブスクの視聴履歴は押し流されるしdアニの記録だってサービス終了してしまえばいつか消えるけど、棚を圧迫するデカいBOXは残る。その「邪魔くささ」こそが愛の証明だなんて、倒錯してるけど本気でそう思ってる。
だから俺たちは金に糸目をつけない。「高い」とか「分割するな」とか文句は言うけど、いや最近じゃ初めからまとまってることもあるけど、本音では「俺に金を払う理由をくれ」と願ってる。公式が「これだけの特典を用意しました!だから高いですよ!」とさえ言ってくれれば「仕方ねえな」という顔をして、喜んで財布を開ける。その瞬間、俺たちはただの消費者からパトロン気取りの共犯者になれるからだ。
店舗別特典というシステムは、業界の苦肉の策であると同時に、俺たちオタクの「業」が作り出した怪物だ。俺たちが「モノ」への執着を捨てない限り、そして「推しのためなら金なんてただの数字」という狂った金銭感覚を矯正しない限り、この悪しき文化は終わらない。
それでも俺は終わってほしくないとも思ってる。だって、あの「どの特典にしようかな」って悩んでる時間だって楽しいからだ。 それに今予約した円盤の金を払うのは未来の俺だしな。
光ディスクに保存で永久に持つと思ってる人まだいるのか
最近はHDD安いんだから新しいのに定期的に移せばいい
2つのディスクに2年おき、1年ずらしで保存する
最初:
Disk1 + Disk2
1年後:
Disk3 (Disk1からコピー) + Disck
2年後:
Disk3 + Disk4 (Disk2からコピー)
3年後:
Disk5 (Disk3からコピー) + Disk4
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毎年の恒例行事にすれば良い
最新のデータを誤って上書きすることも考えて過去の1世代は過去時点のデータとして置いておく
2世代目は4年経過になるので、初期化して売るか一時的なストレージとして再利用する
RAIDはバックアップではないがこの方法ならコピーというの手動でせずRAIDにしておき、ディスクの差し替えで自動でコピーさせるでもよい
2つのディスクに同じデータを書き込む手間もなくなる
正直、PCとか比較にならんぐらいぶっちぎりでコスパ良いから欲しい奴は買い時。
DL版オンリーだけど、サブスクの遊び放題あるしソフト2000円以下のセールは毎月やってるから
お金無いって奴でも本体さえ買えれば何とかなるし、何ならP2Wじゃない基本無料タイトルも充実してる。
どうしてもPS4時代のディスク資産使いたいって人は別売りのディスクドライブ付ければ対応可能。
コントローラーはサードパーティ製の変換器使えば、安いコントローラーも使えるようになってきてるから
公式のがクソ高くて使いたくない人でも何とかなる。
(タッチパッドフル活用のPS4初期のゲームとか一部のファーストタイトルは素直に純正おすすめ)
Switch2は携帯性が高いから、プレイスタイルによってはSwitch2のが良いかもしれないけれど
PS Portal リモートプレーヤーは、ソニーが2023年に発売したPS5ゲーム専用携帯機です。当初はリモートプレイ機能のみでしたが、2025年11月6日の大型アップデートにより、PlayStation Plus プレミアムのクラウドストリーミング機能が正式実装されました。
PS Portalのクラウドストリーミング機能により、特定の条件下ではPS5本体なしでゲームをプレイできるようになりました。ただし「完全にPS5不要」とは言い切れません。
- 推奨:15Mbps以上
PS Portalは実はハイブリッドデバイスで、二つの使い分けが可能です。
PS PortalにはHDMI出力機能はなく、TV・モニター接続は公式には非対応です。背面のUSB Type-C端子は充電専用で、ビデオ出力には対応していません。
### コントローラーを接続すればiPadでもPS Portalに近い体験が可能
| 項目 | PS Portal | iPad + DualSense |
| 画質・安定性 | ハードウェア最適化により高画質・低遅延 | ソフトウェアレベルで若干劣る |
| 遅延 | 最小化、接続速度が「一瞬」 | わずかに遅延あり |
| 画面サイズ | 8インチ | 11インチ以上(iPad Proなら優位) |
| 画面品質 | 専用最適化ディスプレイ | 高精細だが汎用ディスプレイ |
| セットアップ | 電源入れてすぐプレイ | アプリ起動→接続→ログイン毎回必要 |
| 携帯性 | 専用コンパクト設計 | 重く、スタンドが必須 |
| コスト | 約3万円 + 月額1,550円 | 無料(既にiPadとコントローラー所有時) |
| PS5本体電源 | クラウドモード時は不要 | リモートプレイ時は必須 |
| 項目 | PS Portal | iPad(既所有) |
| 初年度総額 | 43,880円 | 0〜12,000円 |
| 2年目以降/年 | 13,900円 | 200〜300円 |
| 5年累計 | 113,680円 | 800〜1,500円 |
| 10年累計 | 183,480円 | 1,600〜3,000円 |
クラウドストリーミング機能が実際に使えるのは、現在のところPS Portalのみです。スマートフォンへのクラウドストリーミング対応は、ソニーの発表では「計画中」ですが、実装は遅れており、実用段階には達していません。
### PS5の優位性は失われつつあります。徐々にSteam移植が進んでおり、ソニーは既に「Only on PlayStation」戦略を放棄したと言っていい段階です。
ソニー経営層が明確に戦略転換を表明しました。PC版リリースはPlayStation Studios収益の大きな部分を占めるようになり、Horizon Forbidden WestやSpider-Man Remasteredが特に好調です。
PC移植の利益性は無視できず、ファーストパーティタイトルはかつてはPS本体を売るためのマーケティングツール(独占独占)だったものが、今後は「強いタイトル」をPS向けだけでなく、PCなどにも展開していくことがマージン(利益率)の大きな改善に繋がるという経営判断です。
現在のソニー戦略は明確化しており、最新作ほどPC移植が早いという傾向があります。
| タイトル | PS5発売時期 | PC移植時期 | 独占期間 |
| God of War Ragnarök | 2022年11月 | 2024年9月 | 約2年 |
| Ghost of Tsushima | 2020年7月 | 2025年5月 | 約4.8年(PS4含む) |
| The Last of Us Part II Remastered | 2024年1月(PS5版) | 2025年2月 | 約1年 |
傾向:最新作ほどPC移植が早い。これは「PC需要が急速に高まっている」ことを示唆しています。
なぜ、まだ独占のままか?
これらについても、ユーザーの要望は根強く、ソニー自体が「いずれPC化も検討中」と示唆しているとの報道があります。
1. ゲーム購入の自由度:Steam版はPS Plus不要、完全な買い切り
2. MOD対応:PCはMODコミュニティ活動(PS5では不可)
3. 将来プレイ保証:PCゲームはサブスク廃止後も遊べるが、PS Plus Premiumサービス終了時の権利が不確定
4. 価格競争:Steamのセール戦略がPS Storeより厳しい
実質的には:
ゲーム業界の評価も「The "Only on PlayStation" era is a relic」と宣言しており、Steamの優位性指摘はゲーム業界の現実を正しく捉えています。
ただし1点:PS Plus Premiumのクラウドストリーミング+ゲームカタログは、まだPS Portalでしか体験できない利点として残っています。
ファイナルファンタジータクティクス イヴァリースクロニクルズをクリアした。
エンハンスド版。スタンダード。ディープダンジョンも含めて全部やった。
プレイ時間は100時間ぐらい。多少の物足りなさはあるけどPSのやつ+αという感じでとても良かった。
ストーリー面はPS版と同じだけど、ルカヴィが怪物というよりも人間臭くなった感じが主な変更点かも。
変更点は痒いところに手が届く感じで概ね良かったと思う。
気になる点というか、希望というか。
「physical game」で調べると海外のパッケージタイトルの記事とかが出てくるけど面白い。
北米とかは土地の関係もあってDL版しか売れてないイメージを持ってたけど、熱心なパッケ派も居て
DL版のソフトのパッケージとディスクを生産する会社、オフライン・アプデ無しででゲームクリアまで遊べるか検証する人ら
ゲームディスクに収録されてるVerが後期ROMか調べてたり、アンチサブスクで盛り上がる人らも居てマジで濃い。
規模としてはそこまでではない分、本場のギーク達の熱意は並々ならないというか。
日本は長らく中古大国でパッケージ版が当たり前だった分、むしろダウンロード版の利便性のが際立っている印象だけど
ここから10年後ぐらいにはパッケージの復権を!とか声高々に叫ぶ人らとか出てくるんだろうか。
Switch2のキーカードとかその頃には遊べなくなってそうだしなあ、とか色々考えさせられた。