はてなキーワード: ふじとは
「あ、鳴つた。」
と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾をかぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。
「近いやうだね。」
「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」
「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり深いと生埋めの危険がある。」
「でも、もすこし広くしてもいいでせう。」
「うむ、まあ、さうだが、いまは土が凍つて固くなつてゐるから掘るのが困難だ。そのうちに、」などあいまいな事を言つて、母をだまらせ、ラジオの防空情報に耳を澄ます。
母の苦情が一段落すると、こんどは、五歳の女の子が、もう壕から出ませう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段は絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。
この父は服装もまづしく、容貌も愚なるに似てゐるが、しかし、元来ただものでないのである。物語を創作するといふまことに奇異なる術を体得してゐる男なのだ。
ムカシ ムカシノオ話ヨ
などと、間まの抜けたやうな妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのづから別個の物語が※(「酉+榲のつくり」、第3水準1-92-88)醸せられてゐるのである。
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瘤取り
ムカシ ムカシノオ話ヨ
ミギノ ホホニ ジヤマツケナ
このお爺さんは、四国の阿波、剣山のふもとに住んでゐたのである。(といふやうな気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐるものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。この瘤取りの話に限らず、次に展開して見ようと思ふ浦島さんの話でも、まづ日本書紀にその事実がちやんと記載せられてゐるし、また万葉にも浦島を詠じた長歌があり、そのほか、丹後風土記やら本朝神仙伝などといふものに依つても、それらしいものが伝へられてゐるやうだし、また、つい最近に於いては鴎外の戯曲があるし、逍遥などもこの物語を舞曲にした事は無かつたかしら、とにかく、能楽、歌舞伎、芸者の手踊りに到るまで、この浦島さんの登場はおびただしい。私には、読んだ本をすぐ人にやつたり、また売り払つたりする癖があるので、蔵書といふやうなものは昔から持つた事が無い。それで、こんな時に、おぼろげな記憶をたよつて、むかし読んだ筈の本を捜しに歩かなければならぬはめに立ち到るのであるが、いまは、それもむづかしいだらう。私は、いま、壕の中にしやがんでゐるのである。さうして、私の膝の上には、一冊の絵本がひろげられてゐるだけなのである。私はいまは、物語の考証はあきらめて、ただ自分ひとりの空想を繰りひろげるにとどめなければならぬだらう。いや、かへつてそのはうが、活き活きして面白いお話が出来上るかも知れぬ。などと、負け惜しみに似たやうな自問自答をして、さて、その父なる奇妙の人物は、
ムカシ ムカシノオ話ヨ
と壕の片隅に於いて、絵本を読みながら、その絵本の物語と全く別個の新しい物語を胸中に描き出す。)
このお爺さんは、お酒を、とても好きなのである。酒飲みといふものは、その家庭に於いて、たいてい孤独なものである。孤独だから酒を飲むのか、酒を飲むから家の者たちにきらはれて自然に孤独の形になるのか、それはおそらく、両の掌をぽんと撃ち合せていづれの掌が鳴つたかを決定しようとするやうな、キザな穿鑿に終るだけの事であらう。とにかく、このお爺さんは、家庭に在つては、つねに浮かぬ顔をしてゐるのである。と言つても、このお爺さんの家庭は、別に悪い家庭では無いのである。お婆さんは健在である。もはや七十歳ちかいけれども、このお婆さんは、腰もまがらず、眼許も涼しい。昔は、なかなかの美人であつたさうである。若い時から無口であつて、ただ、まじめに家事にいそしんでゐる。
「もう、春だねえ。桜が咲いた。」とお爺さんがはしやいでも、
「さうですか。」と興の無いやうな返辞をして、「ちよつと、どいて下さい。ここを、お掃除しますから。」と言ふ。
お爺さんは浮かぬ顔になる。
また、このお爺さんには息子がひとりあつて、もうすでに四十ちかくになつてゐるが、これがまた世に珍しいくらゐの品行方正、酒も飲まず煙草も吸はず、どころか、笑はず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、近所近辺の人々もこれを畏敬せざるはなく、阿波聖人の名が高く、妻をめとらず鬚を剃らず、ほとんど木石ではないかと疑はれるくらゐ、結局、このお爺さんの家庭は、実に立派な家庭、と言はざるを得ない種類のものであつた。
けれども、お爺さんは、何だか浮かぬ気持である。さうして、家族の者たちに遠慮しながらも、どうしてもお酒を飲まざるを得ないやうな気持になるのである。しかし、うちで飲んでは、いつそう浮かぬ気持になるばかりであつた。お婆さんも、また息子の阿波聖人も、お爺さんがお酒を飲んだつて、別にそれを叱りはしない。お爺さんが、ちびちび晩酌をやつてゐる傍で、黙つてごはんを食べてゐる。
「時に、なんだね、」とお爺さんは少し酔つて来ると話相手が欲しくなり、つまらぬ事を言ひ出す。「いよいよ、春になつたね。燕も来た。」
言はなくたつていい事である。
お婆さんも息子も、黙つてゐる。
「春宵一刻、価千金、か。」と、また、言はなくてもいい事を呟いてみる。
「ごちそうさまでござりました。」と阿波聖人は、ごはんをすまして、お膳に向ひうやうやしく一礼して立つ。
「そろそろ、私もごはんにしよう。」とお爺さんは、悲しげに盃を伏せる。
アルヒ アサカラ ヨイテンキ
このお爺さんの楽しみは、お天気のよい日、腰に一瓢をさげて、剣山にのぼり、たきぎを拾ひ集める事である。いい加減、たきぎ拾ひに疲れると、岩上に大あぐらをかき、えへん! と偉さうに咳ばらひを一つして、
「よい眺めぢやなう。」
と言ひ、それから、おもむろに腰の瓢のお酒を飲む。実に、楽しさうな顔をしてゐる。うちにゐる時とは別人の観がある。ただ変らないのは、右の頬の大きい瘤くらゐのものである。この瘤は、いまから二十年ほど前、お爺さんが五十の坂を越した年の秋、右の頬がへんに暖くなつて、むずかゆく、そのうちに頬が少しづつふくらみ、撫でさすつてゐると、いよいよ大きくなつて、お爺さんは淋しさうに笑ひ、
「こりや、いい孫が出来た。」と言つたが、息子の聖人は頗るまじめに、
「頬から子供が生れる事はござりません。」と興覚めた事を言ひ、また、お婆さんも、
「いのちにかかはるものではないでせうね。」と、にこりともせず一言、尋ねただけで、それ以上、その瘤に対して何の関心も示してくれない。かへつて、近所の人が、同情して、どういふわけでそんな瘤が出来たのでせうね、痛みませんか、さぞやジヤマツケでせうね、などとお見舞ひの言葉を述べる。しかし、お爺さんは、笑つてかぶりを振る。ジヤマツケどころか、お爺さんは、いまは、この瘤を本当に、自分の可愛い孫のやうに思ひ、自分の孤独を慰めてくれる唯一の相手として、朝起きて顔を洗ふ時にも、特別にていねいにこの瘤に清水をかけて洗ひ清めてゐるのである。けふのやうに、山でひとりで、お酒を飲んで御機嫌の時には、この瘤は殊にも、お爺さんに無くてかなはぬ恰好の話相手である。お爺さんは岩の上に大あぐらをかき、瓢のお酒を飲みながら、頬の瘤を撫で、
「なあに、こはい事なんか無いさ。遠慮には及びませぬて。人間すべからく酔ふべしぢや。まじめにも、程度がありますよ。阿波聖人とは恐れいる。お見それ申しましたよ。偉いんだつてねえ。」など、誰やらの悪口を瘤に囁き、さうして、えへん! と高く咳ばらひをするのである。
カゼガ ゴウゴウ フイテキテ
春の夕立ちは、珍しい。しかし、剣山ほどの高い山に於いては、このやうな天候の異変も、しばしばあると思はなければなるまい。山は雨のために白く煙り、雉、山鳥があちこちから、ぱつぱつと飛び立つて矢のやうに早く、雨を避けようとして林の中に逃げ込む。お爺さんは、あわてず、にこにこして、
「この瘤が、雨に打たれてヒンヤリするのも悪くないわい。」
と言ひ、なほもしばらく岩の上にあぐらをかいたまま、雨の景色を眺めてゐたが、雨はいよいよ強くなり、いつかうに止みさうにも見えないので、
「こりや、どうも、ヒンヤリしすぎて寒くなつた。」と言つて立ち上り、大きいくしやみを一つして、それから拾ひ集めた柴を背負ひ、こそこそと林の中に這入つて行く。林の中は、雨宿りの鳥獣で大混雑である。
「はい、ごめんよ。ちよつと、ごめんよ。」
とお爺さんは、猿や兎や山鳩に、いちいち上機嫌で挨拶して林の奥に進み、山桜の大木の根もとが広い虚うろになつてゐるのに潜り込んで、
「やあ、これはいい座敷だ。どうです、みなさんも、」と兎たちに呼びかけ、「この座敷には偉いお婆さんも聖人もゐませんから、どうか、遠慮なく、どうぞ。」などと、ひどくはしやいで、そのうちに、すうすう小さい鼾をかいて寝てしまつた。酒飲みといふものは酔つてつまらぬ事も言ふけれど、しかし、たいていは、このやうに罪の無いものである。
ユフダチ ヤムノヲ マツウチニ
この月は、春の下弦の月である。浅みどり、とでもいふのか、水のやうな空に、その月が浮び、林の中にも月影が、松葉のやうに一ぱいこぼれ落ちてゐる。しかし、お爺さんは、まだすやすや眠つてゐる。蝙蝠が、はたはたと木の虚うろから飛んで出た。お爺さんは、ふと眼をさまし、もう夜になつてゐるので驚き、
「これは、いけない。」
と言ひ、すぐ眼の前に浮ぶのは、あのまじめなお婆さんの顔と、おごそかな聖人の顔で、ああ、これは、とんだ事になつた、あの人たちは未だ私を叱つた事は無いけれども、しかし、どうも、こんなにおそく帰つたのでは、どうも気まづい事になりさうだ、えい、お酒はもう無いか、と瓢を振れば、底に幽かにピチヤピチヤといふ音がする。
「あるわい。」と、にはかに勢ひづいて、一滴のこさず飲みほして、ほろりと酔ひ、「や、月が出てゐる。春宵一刻、――」などと、つまらぬ事を呟きながら木の虚うろから這ひ出ると、
ミレバ フシギダ ユメデシヨカ
といふ事になるのである。
見よ。林の奥の草原に、この世のものとも思へぬ不可思議の光景が展開されてゐるのである。鬼、といふものは、どんなものだか、私は知らない。見た事が無いからである。幼少の頃から、その絵姿には、うんざりするくらゐたくさんお目にかかつて来たが、その実物に面接するの光栄には未だ浴してゐないのである。鬼にも、いろいろの種類があるらしい。××××鬼、××××鬼、などと憎むべきものを鬼と呼ぶところから見ても、これはとにかく醜悪の性格を有する生き物らしいと思つてゐると、また一方に於いては、文壇の鬼才何某先生の傑作、などといふ文句が新聞の新刊書案内欄に出てゐたりするので、まごついてしまふ。まさか、その何某先生が鬼のやうな醜悪の才能を持つてゐるといふ事実を暴露し、以て世人に警告を発するつもりで、その案内欄に鬼才などといふ怪しむべき奇妙な言葉を使用したのでもあるまい。甚だしきに到つては、文学の鬼、などといふ、ぶしつけな、ひどい言葉を何某先生に捧げたりしてゐて、これではいくら何でも、その何某先生も御立腹なさるだらうと思ふと、また、さうでもないらしく、その何某先生は、そんな失礼千万の醜悪な綽名をつけられても、まんざらでないらしく、御自身ひそかにその奇怪の称号を許容してゐるらしいといふ噂などを聞いて、迂愚の私は、いよいよ戸惑ふばかりである。あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鉄の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。鬼才だの、文学の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狭い故であつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。このへんで、日本百科辞典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博学の士に一変して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顔をして、鬼に就いて縷々千万言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供の絵本が一冊ひろげられてあるきりなのである。私は、ただこの絵本の絵に依つて、論断せざるを得ないのである。
見よ。林の奥の、やや広い草原に、異形の物が十数人、と言ふのか、十数匹と言ふのか、とにかく、まぎれもない虎の皮のふんどしをした、あの、赤い巨大の生き物が、円陣を作つて坐り、月下の宴のさいちゆうである。
お爺さん、はじめは、ぎよつとしたが、しかし、お酒飲みといふものは、お酒を飲んでゐない時には意気地が無くてからきし駄目でも、酔つてゐる時には、かへつて衆にすぐれて度胸のいいところなど、見せてくれるものである。お爺さんは、いまは、ほろ酔ひである。かの厳粛なるお婆さんをも、また品行方正の聖人をも、なに恐れんやといふやうなかなりの勇者になつてゐるのである。眼前の異様の風景に接して、腰を抜かすなどといふ醜態を示す事は無かつた。虚うろから出た四つ這ひの形のままで、前方の怪しい酒宴のさまを熟視し、
「気持よささうに、酔つてゐる。」とつぶやき、さうして何だか、胸の奥底から、妙なよろこばしさが湧いて出て来た。お酒飲みといふものは、よそのものたちが酔つてゐるのを見ても、一種のよろこばしさを覚えるものらしい。所謂利己主義者ではないのであらう。つまり、隣家の仕合せに対して乾盃を挙げるといふやうな博愛心に似たものを持つてゐるのかも知れない。自分も酔ひたいが、隣人もまた、共に楽しく酔つてくれたら、そのよろこびは倍加するもののやうである。お爺さんだつて、知つてゐる。眼前の、その、人とも動物ともつかぬ赤い巨大の生き物が、鬼といふおそろしい種族のものであるといふ事は、直覚してゐる。虎の皮のふんどし一つに依つても、それは間違ひの無い事だ。しかし、その鬼どもは、いま機嫌よく酔つてゐる。お爺さんも酔つてゐる。これは、どうしても、親和の感の起らざるを得ないところだ。お爺さんは、四つ這ひの形のままで、なほもよく月下の異様の酒宴を眺める。鬼、と言つても、この眼前の鬼どもは、××××鬼、××××鬼などの如く、佞悪の性質を有してゐる種族のものでは無く、顔こそ赤くおそろしげではあるが、ひどく陽気で無邪気な鬼のやうだ、とお爺さんは見てとつた。お爺さんのこの判定は、だいたいに於いて的中してゐた。つまり、この鬼どもは、剣山の隠者とでも称すべき頗る温和な性格の鬼なのである。地獄の鬼などとは、まるつきり種族が違つてゐるのである。だいいち、鉄棒などといふ物騒なものを持つてゐない。これすなはち、害心を有してゐない証拠と言つてよい。しかし、隠者とは言つても、かの竹林の賢者たちのやうに、ありあまる知識をもてあまして、竹林に逃げ込んだといふやうなものでは無くて、この剣山の隠者の心は甚だ愚である。仙といふ字は山の人と書かれてゐるから、何でもかまはぬ、山の奥に住んでゐる人を仙人と称してよろしいといふ、ひどく簡明の学説を聞いた事があるけれども、かりにその学説に従ふなら、この剣山の隠者たちも、その心いかに愚なりと雖も、仙の尊称を奏呈して然るべきものかも知れない。とにかく、いま月下の宴に打興じてゐるこの一群の赤く巨大の生き物は、鬼と呼ぶよりは、隠者または仙人と呼称するはうが妥当のやうなしろものなのである。その心の愚なる事は既に言つたが、その酒宴の有様を見るに、ただ意味も無く奇声を発し、膝をたたいて大笑ひ、または立ち上つて矢鱈にはねまはり、または巨大のからだを丸くして円陣の端から端まで、ごろごろところがつて行き、それが踊りのつもりらしいのだから、その智能の程度は察するにあまりあり、芸の無い事おびただしい。この一事を以てしても、鬼才とか、文学の鬼とかいふ言葉は、まるで無意味なものだといふことを証明できるやうに思はれる。こんな愚かな芸無しどもが、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。お爺さんも、この低能の踊りには呆れた。ひとりでくすくす笑ひ、
「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげませうかい。」とつぶやく。
スグニ トビダシ ヲドツタラ
コブガ フラフラ ユレルノデ
お爺さんには、ほろ酔ひの勇気がある。なほその上、鬼どもに対し、親和の情を抱いてゐるのであるから、何の恐れるところもなく、円陣のまんなかに飛び込んで、お爺さんご自慢の阿波踊りを踊つて、
赤い襷に迷ふも無理やない
嫁も笠きて行かぬか来い来い
とかいふ阿波の俗謡をいい声で歌ふ。鬼ども、喜んだのなんの、キヤツキヤツケタケタと奇妙な声を発し、よだれやら涙やらを流して笑ひころげる。お爺さんは調子に乗つて、
大谷通れば石ばかり
笹山通れば笹ばかり
とさらに一段と声をはり上げて歌ひつづけ、いよいよ軽妙に踊り抜く。
ツキヨニヤ カナラズ ヤツテキテ
ヲドリ ヲドツテ ミセトクレ
ソノ ヤクソクノ オシルシニ
と言ひ出し、鬼たち互ひにひそひそ小声で相談し合ひ、どうもあの頬ぺたの瘤はてかてか光つて、なみなみならぬ宝物のやうに見えるではないか、あれをあづかつて置いたら、きつとまたやつて来るに違ひない、と愚昧なる推量をして、矢庭に瘤をむしり取る。無智ではあるが、やはり永く山奥に住んでゐるおかげで、何か仙術みたいなものを覚え込んでゐたのかも知れない。何の造作も無く綺麗に瘤をむしり取つた。
お爺さんは驚き、
「や、それは困ります。私の孫ですよ。」と言へば、鬼たち、得意さうにわつと歓声を挙げる。
コブヲ トラレタ オヂイサン
ツマラナサウニ ホホヲ ナデ
オヤマヲ オリテ ユキマシタ
瘤は孤独のお爺さんにとつて、唯一の話相手だつたのだから、その瘤を取られて、お爺さんは少し淋しい。しかしまた、軽くなつた頬が朝風に撫でられるのも、悪い気持のものではない。結局まあ、損も得も無く、一長一短といふやうなところか、久しぶりで思ふぞんぶん歌つたり踊つたりしただけが得とく、といふ事になるかな? など、のんきな事を考へながら山を降りて来たら、途中で、野良へ出かける息子の聖人とばつたり出逢ふ。
「おはやうござります。」と聖人は、頬被りをとつて荘重に朝の挨拶をする。
「いやあ。」とお爺さんは、ただまごついてゐる。それだけで左右に別れる。お爺さんの瘤が一夜のうちに消失してゐるのを見てとつて、さすがの聖人も、内心すこしく驚いたのであるが、しかし、父母の容貌に就いてとやかくの批評がましい事を言ふのは、聖人の道にそむくと思ひ、気附かぬ振りして黙つて別れたのである。
家に帰るとお婆さんは、
「お帰りなさいまし。」と落ちついて言ひ、昨夜はどうしましたとか何とかいふ事はいつさい問はず、「おみおつけが冷たくなりまして、」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度をする。
「いや、冷たくてもいいさ。あたためるには及びませんよ。」とお爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につく。お婆さんにお給仕されてごはんを食べながら、お爺さんは、昨夜の不思議な出来事を知らせてやりたくて仕様が無い。しかし、お婆さんの儼然たる態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひつからまつて何も言へない。うつむいて、わびしくごはんを食べてゐる。
「瘤が、しなびたやうですね。」お婆さんは、ぽつんと言つた。
「うむ。」もう何も言ひたくなかつた。
「破れて、水が出たのでせう。」とお婆さんは事も無げに言つて、澄ましてゐる。
「うむ。」
「また、水がたまつて腫れるんでせうね。」
「さうだらう。」
結局、このお爺さんの一家に於いて、瘤の事などは何の問題にもならなかつたわけである。ところが、このお爺さんの近所に、もうひとり、左の頬にジヤマツケな瘤を持つてるお爺さんがゐたのである。さうして、このお爺さんこそ、その左の頬の瘤を、本当に、ジヤマツケなものとして憎み、とかくこの瘤が私の出世のさまたげ、この瘤のため、私はどんなに人からあなどられ嘲笑せられて来た事か、と日に幾度か鏡を覗いて溜息を吐き、頬髯を長く伸ばしてその瘤を髯の中に埋没させて見えなくしてしまはうとたくらんだが、悲しい哉、瘤の頂きが白髯の四海波の間から初日出のやうにあざやかにあらはれ、かへつて天下の奇観を呈するやうになつたのである。もともとこのお爺さんの人品骨柄は、いやしく無い。体躯は堂々、鼻も大きく眼光も鋭い。言語動作は重々しく、思慮分別も十分の如くに見える。服装だつて、どうしてなかなか立派で、それに何やら学問もあるさうで、また、財産も、あのお酒飲みのお爺さんなどとは較べものにならぬくらゐどつさりあるとかいふ話で、近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜、鬱々として楽しまない。このお爺さんのおかみさんは、ひどく若い。三十六歳である。そんなに Permalink | 記事への反応(0) | 18:24
むりやりに大絶賛してみる!
まず制作陣がガチで天才だから、この物語への主な批判ポイントが、そのまますべてSF設計の土台なんだよね。
たとえば、キャラの葛藤がないとか、ご都合主義のAIっぽさとか、リアリティがないとか、散々な言われようだけれど。
それって『超かぐや姫』の核心なんだよね。
なぜかって……本作は、『神に喧嘩を売ってでも人間を作りたい』ってのがメインテーマだから。
超簡単に表現すると、人間らしさが消えちゃった彩葉と、ほんとうは人間じゃないかぐやが、「パンケーキを食べておいしい!」と感じたい話。
これこそが『超かぐや姫』の始まりであり、終わりに至るまですべて。
その為には、超早送りでびゅーんっと駆け抜けて、配信界の頂点にたどり着いて、「資本主義バンザイ!」でドパガキから集金しまくって、神の領域に挑戦しなきゃならない。
まるで全部乗せのパンケーキ、すべて持った超人のエネルギーで。
言うなれば、『令和のセカイ系はサイコパス』、うじうじと理屈を語るよりも、葛藤さえもハイスピードで終わらせて、きみとぼくの為――彩葉とかぐやの為だけに、神の理屈をねじ曲げにゆく。
(※セカイ系とは? 「きみ」と「ぼく」という、 ちっちゃな関係性が、 国家や社会をすっ飛ばして、世界のあり方に直結する話)
すなわち、新時代のセカイ系は、狂気で踏み込む決断主義、なにもかも舐め腐って、日本の古典――竹取物語をぶち破らなきゃならない。
天の羽衣を脱ぐ、綺麗事を捨てて、パンケーキの為だけに成り上がる話。
そこまでやらなきゃ、宇宙一の負けヒロインであるかぐやを、地獄の円環構造から救えない。
逆に言えば、それを実現させるまでは、まるで水と粉のパンケーキ、感情移入できないくらいぱっさぱさ――人間味がない、AIみたい、機械的なんですよ。
たとえば、主人公の酒寄彩葉17歳JKは、【楽しんでる場合やあらへん……いちばんやないとあかん】って母親に冷たく言われ続けたせいで、完璧主義のマシーンになっちゃったと。
つまり、学生なのに週5日のバイトで一人暮らし、東大を目指す受験勉強、プロゲーマーばりの腕前、こんだけ詰め込みすぎなのは、いわゆる『過剰適応』って奴。
いじめられっ子がなぜか笑うのと一緒で、『苦しさを100%抑圧』している。
まるで広末涼子の爆走185キロ、人間って一度狂うと止まらないんだよ。
さらに彩葉は、Vtuber月見ヤチヨの歌声に惚れ込んで、ガチガチに推し活もやっていると。
ここでも批判の声――「推し活が記号的、ただの舞台装置」みたいな意見があるけれど、これはSF的にも心理面でも必要不可欠なんですよ。
どういう事かって、彩葉は疲れすぎな日々に、お母さんからの罵倒が幻聴として聞こえていて、それを防ぐためにイヤホンをつけて、ヤチヨのRememberを聴き始めたと。
それもあって、○人的スケジュールなのに、なぜか感動できたり黄昏れたりと、一見余裕があるように見えるのは、その瞬間だけが抑圧からの解放――人間性を取り戻せているから。
その証拠に、「推しがいなければ生きられない」という考えで、食欲がない鬱状態のときも、推しさえ見ればちょっとずつ食べられる、そんな描写もされていて。
もはや推しというより神様――だからこそ彩葉は、月見ヤチヨの神棚アクリルスタンドを大事に飾っているんだよね。
しかもSF的にエグいのは、『超かぐや姫』って本質的に『神○し』のお話になっていて。
「パンケーキを食べたい」というエゴの為に、冗談抜きでドパガキも資本主義もハックして、運と才能とお金と人脈でフルスイングする。
そして、もう一人のヒロインかぐやは、さっきも言ったとおり、本来、人間ではなくて、じゃあ何者かって、月に住んでいたむなしい存在――肉体のない思念体なんですよ。
なので、地球に舞い降りて人間の肉体を得てすぐに、「自由な毎日が楽しいなぁぁ!」って欲望が大爆発する。
その最たる例としては、彩葉が睡眠を削ってまで働いて、がんばって貯めたお金――12万円を使い果たしたことがあって。
ちなみにこのシーン、「彩葉の怒りがあまりにも薄い!」って批判が多いんだけれど、それへの反論は秒速で終わるんだよね。
まず彩葉のため込んだ12万円は、超現実主義なお母さんの呪縛なんだよ。
【この世で頼れるんは自分一人や】、【今日の百円は明日の千円や】みたいな、冷たい言葉を吐かれすぎて、「心が壊れても頑張らなきゃ」という呪いになっている。
つまり、今までずっと無駄なく効率的に生きてきて、完璧主義の廃人になっていた彩葉に、無駄遣いでショック療法――かぐやはこれでもかとご馳走を振る舞った。
人間を人間たらしめるクオリア――簡単にいえば、おいしいという感情、「生きている!」という感覚を取り戻せたと。
その結果、このあと少しして風邪を引くんだけれど、それは別な言い方をすれば、やっと風邪を引けたんだよね、甘えと弱さを出しきって、これでもかと人間らしく。
今まで母親の祟りにやられて、完璧超人のマシーンだった彩葉が、かぐやによって人間性を蘇らせたってこと。
そう考えると、もはや妖怪人間ベムよろしく、「早く人間になりたい」ってのが、『超かぐや姫』のキモなんですよ。
そして、この物語のマジで恐ろしいところは、かぐやが元々暮らしていた月の世界なんだよね。
ここってのは味も温度もない巨大な水槽みたいで、喜びも悲しみもなくて、生きることも死ぬこともできない、永遠なる空っぽの場所であると。
でもって月の住人たちは、ゲームのNPCと同じで、無感覚の日々を繰り返すという、究極的にむなしいシステムに閉じ込められていて。
そんな中、かぐやだけが奇跡というかバグの発生によって、「寂しい! 退屈! 死にそう!」って、みるみると自我が芽生えて、月から飛び出しちゃったんだよ。
そして流れ星のようにキラキラと、『もと光る竹』という宇宙船に乗って、そのまま地球の電柱にビリビリビリってぶつかってゆく。
すると、一瞬でゲーミング電柱になるんだけれど、これは月のテクノロジー、地球環境に馴染むべく、そこに最適化された肉体――今回は赤ちゃんの体を用意して、かぐやの思念体が入り込んでゆくと。
そんでドパガキよろしく、タブレットでネットサーフィン、高速で情報収集をすることによって、その知識量に合わせてハイスピードで、女子高生くらいの見た目に変化するんだよ。
なので、普通の人間たちとは違って、文字通り、恥も外聞もないから、持ちうる力は『すべて出す』を地でゆく、このあと一瞬にして配信業でのし上がるんだよ。
そもそも、かぐやが彩葉のお金で勝手に、ライバーになる為のスマートコンタクトを買って、メタバースの世界ツクヨミにログインして、大観衆の前でいきなり叫ぶ売名行為までやって、終始、大暴れするんだよね。
なのでよくある批判――「子育ての苦しみがない」、「生配信の世界は甘くないぞ!」ってのは、筋の通ったやり方で回避できる。
そうこうして、「パンケーキがおいしい」と思えるくらい、かぐやは人間の幸せを覚えてゆく。
でも残念ながら、『かぐやは月の秩序を乱すバグ』と見なされて、月の世界へと戻されてしまう。
これは日本の古典である『かぐや姫』の結末通りで、強制的なバッドエンドを迎えると。
まず月に戻されたかぐやは、また何もない水槽の中に入れられて、虚無の永久ループに閉じ込められると。
しかも以前と違うのは、主人公の彩葉と出会って、笑ったり歌ったり、パンケーキの甘さを感じたりで、幸せを知ってしまったからこそ、その絶望はより深いんだよね。
5億年ボタンの比じゃないさみしさ、『生と死の狭間』にある闇のような場所で、永遠のひとりぼっち。
でもそんなある日、38万キロの彼方――地球惑星から、懐かしい歌声が聞こえてきて、「もう一回だけ地球に行こう! 彩葉に会いたい!」って、奇跡で飛び起きることができた。
でも運命は残酷で、「また宇宙船に乗って地球に出発だ!」ってときに、タイムトラベル機能をオンにしたもんだから、なんと制御不能でバコーンって隕石と衝突して、8000年前の地球にぶち飛ばされたんだよね。
すると何が起きたか、宇宙船のシステムがエネルギー切れ、月のテクノロジーが使えないせいで、最適な肉体を作り出せない、前と違って赤ちゃんにもなれない、ただの思念体――魂だけで放り出されたと。
それはつまり、声も出せない、誰とも話せない、誰の目にも見えない、永遠に続く孤独がはじまった。
これは昔の名作、『STEINS;GATE』のトラウマ回と似ていて、とある女の子が不完全なタイムマシンに乗ったら、時間跳躍のときにダメージを食らって、自分の名前以外すべてを忘れちゃったんだよ。
とてつもない使命、大切な約束があったのに、のうのうと生きてしまったことを悔いて、【失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した】、そう書き綴って……そのまま自殺するんだよね。
そして、かぐやの場合はより怖い――寂しくても退屈でも永久に○ねないから。
なので、「彩葉! 彩葉! 彩葉!」って発狂するんだけれど、それは声にも叫びにもならなくて、いつまでも絶無なんだよね。
泣きながら膝を抱えようにも、そこには涙も膝もない。
けれど1%の奇跡として、宇宙船に乗り込んだときに、地球で彩葉からもらった、たまごっちみたいな携帯ゲーム機、そこに『犬DOGE』という柴犬、電子のペットがいて。
その結果、シャットダウン直前の、宇宙船による最後の力で、たまたま近くにいた、かわいいウミウシ――海のウサギとも呼ばれる生物をスキャンして、そこに犬DOGEの軽いデータをぶっ込めた。
これはつまり完成済みのハードウェア、しょぼいけれどロボットの出来上がり。
だから、ウミウシにログインした犬DOGEをハッキングして、思念体のかぐやが入り込んで動かせるってこと。
そうこうしてウミウシのかぐやは、不老不死の日々を進んでゆく、それも8000年。
縄文時代、平安時代、戦国時代、あらゆる時代に漂って、大量の出会いと別れがあって、もちろん戦争による○し合いもあって、破壊と再生が延々と繰り返される中、かぐやは孤独な観測者として、それらを眺め続けたんだよね。
毒も薬も酸いも甘いもカオスも、すべて飲み込みながら。
そうやって膨大な時が流れて、人類は血みどろの歴史の果てに、電話に冷蔵庫にテレビに、そしてインターネットという、高度な文明を誕生させるんだよ。
そんなある日、かぐやはウミウシの身体のままで、パソコンのキーボードを押して、『Hello,world!』って入力した。
つまり、8000年の時を経てとうとう……想いを伝えられるようになった、孤独な旅がやっと終わった。
その瞬間かぐやは壮大な夢を思い描くんだよ。
それってのは、地球での血なまぐさい争いとか、ひとりぼっちとは無縁な、ユートピアの仮想空間を作ること。
要するに、『水も波も立たない巨大な水槽である』月の寂しさを、他の誰にも味わって欲しくないってこと。
だからこそ、ここでの仮想通貨『ふじゅ~』は、水のように、あぶくのように湧き出てくる。
まさにドパガキよろしく、人の心が踊れば踊るほどに、無尽蔵に金が降り注ぐんだよ。
そうしてかぐやは、ウミウシの身体をよじりながら、htmlを書いてアクセス解析もして、とにかく試行錯誤しているときに、はっと衝撃的なことに気づく。
それってのは、自分がゼロから築き上げてゆく仮想世界が、かつて彩葉と遊んだツクヨミだってことに。
そして、彩葉が歌声に惚れたVtuber月見ヤチヨは私なんだってことに。
すなわち、ぐるぐると同じ輪廻を巡って、この8000年の孤独も含めたループが、何百回、何千回、何万回も続いているのかもしれない。
これをむりやり表現するならば、『メタ的ディストピア円環構造』だね。
つまり、『感情を持った思念体』のかぐやが、月から地球に来て赤ちゃんとして生まれる→彩葉と幸せな時間を過ごす→月の世界に戻される→歌が聞こえて脱出を決意……でも隕石に衝突→8000年前の地球に吹き飛ばされる→そして今の今に繋がる――
めちゃくちゃ残酷なことに、この円環構造の中で、常にかぐやは自我があって、しかもその時間の大半、メタ的視点――実体のない魂のような存在として、声にならない声を上げながら、ずっとひとりぼっちで過ごしている。
そしてこの、『メタ的ディストピア円環構造』をぶち壊すには、バグを伝染させる必要があった。
もっと単純な話、心の底から「パンケーキがおいしい!」と思えること。
彩葉のケースで言えば、月のシステムみたいな完璧主義をやめて、泣いて甘えること、自分の意思で進路を決めること、ホンモノの反抗心で母親にぶつかること。
そのうえで最大の敵は、退屈で○にたくなるほど整った、穢れなき月のAI的世界なんだよね。
だからこそ、ドパガキも資本主義も運も才能も醜さも、Rememberという推しの曲もすべて総動員して、綺麗事抜きの人間らしさで殴り返した。
ありとあらゆる手段で、『竹取物語』の運命――かぐや姫は月に帰るという、神様の結末を破壊する為に。
それはつまり、彩葉の推し――神様だった月見ヤチヨ(かぐや)に、『終わりのある人間としての人生』を与える、今度は自分が神様よろしく、生命を誕生させるってこと。
ちなみに当初、メタバース(ツクヨミ)の世界では、かぐやを連れ去りに来る、月人(つきじん)という大勢の敵を、ゲームのシステムに落とし込んで、プロゲーマーの力とチートによって倒そうとしたんだよ。
現実世界じゃ負けるに決まっているから、ゲームの敵キャラにダウングレードさせようとした。
でもそんな甘っちょろい敵ではなくて、まるで勝ち目がなかった。
その結果、映画の途中でスタッフロールが出て、「めでたし めでたし」って、皮肉なエンディングが軽く流れるんだよね。
でも彩葉はその終わりを許さずに、ツクヨミという仮想空間――一億総ドパガキ社会ってくらい、ユーザー数の多い場所で、ハイスピードで配信者として売れて、べらぼうに儲けたお金と、人脈をフル活用して、10年間、ロボット工学をはじめとした科学技術を学んでゆく。
なぜかって、かぐやの思念体を入れる義体――それも寿命のあるホンモノの生命体を作りたいから。
これこそが『超かぐや姫』のすべて。
つまり、愛とは綺麗事ではない、愛≒平和ではない、愛とは能動的なバグなんだという、パンケーキを食べておいしいと感じる話。
↓『本音のおまけ』
冒頭で、「むりやりに大絶賛してみる!」と宣言したとおり、映画版の『超かぐや姫』は、ファミ通の文庫版も読んで、SF設定もメモして、登場人物の背景も学んで想像して――つまり、こちら側でかなり踏み込んで視聴しないと、ちんぷんかんぷんな事ばかりだ。
とはいえ、90年代2000年代を振り返りゃ、映画であれ音楽であれゲームであれ、たった一本、たった一枚、たった一作を繰り返し……狂ったように楽しむものであった。
たとえば、FFや聖剣伝説をやるときにはアルティマニアという、ごっつい攻略本を買ってプレイ前から読みふけっていた。
そう考えりゃ、『超かぐや姫』の円環構造よろしく、ぐるぐるとリピートする事が大前提の作品があっても良いのかもしれない。
しかも『超かぐや姫』 の場合、知識と考察を重ねるごとに、「この複雑な円環構造のSF設計を考えると、これはこれでアリかもな」と思えてきて、じわじわと評価点が高まる。
らんま二分の一を久々に読むふけっていたら高飛車という有名な絶叫マシーンがあることを思い出したのだ。
俺はさっそくスマートフォンで調べたら富士急ハイランドにあると知った📱
ふーん。富士山って山梨県なのか静岡県なのかわかんねーけどいきゃあどっちでもいいだろうさ🗻
んじゃらんま二分の一を読破して無差別格闘流の免許皆伝になったし武者修行にいくか👊
何度も富士急って言ってるともろきゅうを食いたくなってくるんだよな。人間って不思議発見だなもろきゅ~🥒
電車に乗っているときにふと、俺は何で富士急ハイランドに一人で向かっているのだと我に返った。
そういえば俺絶叫マシンって苦手じゃなかったかなあと記憶の彼方にあったのを思い出す。
ひきかえせひきかえせと頭の中にランシールの壁沿いのキモイ仮面どもを思い出した。
富士急ハイランドに到着すると、天気は曇りだった。
入園口で手続きを済ませて、さっそくFUJIQと書いてあった置物をみつけた。もう気分はいってQでイモト。
さぁてお目当ての高飛車は、と思ったら、ぎょぎょぎょぎょぎょ行列じゃねええかなんだこいつら!!??
ゲームによくいる無限湧きするモンスターみたいに人間がぞろぞろぞろぞろと行列を作っていた。
参勤交代かよ!ここは江戸じゃねえよ!静岡だよ!いや山梨か!?シラネーヨ俺も
俺はこんなにもに人間が集まるのが遊園地だということを忘れていたようだった。
こいつら!仲間や家族や恋人でつるんで交代でトイレに言ってやがる!何だよ参勤交代してんじゃねえ!
俺なんか一人だぞ!一人じゃない君は~夢にかわっていくとか歌っても俺は一人なんだよ!劇団だって一人だろ!
許せねえよお前ら俺に当てつけしやがって俺なんてこのために並ぶ前にトイレいってそこから水分をとっていないんだぞ💧💧💧
ゴクゴクうまそうに飲みやがってよお!
俺はそんな群れるやつとは違って一人なんだ。仲間由紀恵だって一人だろう。仲間由紀恵に仲間がいるか知らんけど。
俺はそうして1時間以上を待った。なんで電車で時間かけまくって、さらにここまで来て待機しなければいけないのか
そうしてついに俺はあの高飛車に来た。一人は俺だけだった。まあそういうこともあるだろう。
やっとこさ乗れるぜ。まっ高飛車なんて大したことねーんだろ大丈夫大丈夫この歌歌えば悩みもバイバイバイ
😎「ケツからまくるのが最高にカッコいい勝ち方なんだ。」
そして静かになる。ガタガタと前に進んでいく。ドナドナのように出荷される気分だった。
そう、漆黒の闇。いやいやいやいやいやいやいや待て待て待て待て太陽のマテ茶まてまてまてまてまて!
おいおいおいおいおい!そりゃねえって真っ暗闇はずるいこれはやばい、いつ急に動き出すか視界ゼロなのでわからん
急発進キタアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
ギエピー!
そしてトンネルを抜けると別世界でした、じゃなくてええええええええ
一気にふじょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おっおっ内臓が!ないぞうになるううううううううううううう!
右に左に上に下にいいい上上下下左右左右BAAAAAAAAAAA
上X下BLYRAエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ
カカロットカカロットカカロットおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
早い早い早い早い!!!ごめんみんなごめん!地球さんごめんなさい!
高飛車なんて雑魚だとか思ってた俺が雑魚でしたバカヤロウ!無理だこんなのもうやめて!とめてくれ!
もうどうにも止まらないじゃないんだああああ!とめ!とめて!頼む!なんでもするから!!!
その願いが通じたのか、なんと高飛車は止まった。んなんだよやればできるじゃねーか(呆れ)
ん?止まった?え?
ふ、え、あれ、ゆっくりうご、うごいて、あの、え、ごめんナニコレ珍百景
ゆっくり、そうゆっくりと高飛車が空に向かって動いていくんだ。
ほぼ垂直に
ほ ぼ 垂 直 に ! ?
おなしゃす!ユルシテクダサイ!なんでもしますから!いや無理無理!だって!こんなお前
最後尾だからかわかんねーけど怖い!怖い!俺はいい大人だぞ!大人だぞ!びびってどうす、
どうしようもねえだろこんなの馬鹿クソお前なんで俺はこんなところにきたんだ!
そうだ、らんま二分の一だ!猛虎高飛車だろ!俺は虎だ!虎ファルガーローだ!ちげえよ!似てねえよ
あっあっあっ、空が点が見える。曇った空が☁、近い、近いよ。まだ終わらないのか。
……え?
は?なんだこれおい
いや止まってくれとはいったけどこれはないだろ。おい。え?動かないぞ?
うんありえん。ありえねえって、こ、こんなあっ怖い。俺もうおしまいだ!
う、ウゴケウゴケウゴクンダヨ!碇シンジかよってくらい動けと念じる。
さっきとは打って変わってだ。
え、でもちょ、ま、
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ひっひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいしぬうううううううううううううううううう
やめてくれやめてくれやめて懇願!助けて!もうだめだあああああああああああああああああ
っしゃあああああああああああああああああああああああああうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
絶叫を上げた。大人なのに超絶叫を上げた。最後尾でよかった。俺の情けない顔が見えなくてよかった。
では感想を。
乗るなエース!お前らこれはやばい冗談抜きでやめとけ。精神と肉体が100年分疲労するぞ。
俺!?俺は楽し、たの、たの、楽しかったよ!!!!!!!!!!!!!
こんないい経験ができて人生レベルアップしたよ俺はよ!もう卒業だよ人生!
うひょおおおおおおおおおおおおおおおマジか!
超絶情けない顔をしてアゴがエネルみたいに大きく開けた俺の写真があるううううう!
やべえこれは買うぞ!買った!
ふぅ
幕末から明治にかけて活躍した歌川貞秀(うたがわ さだひで)は、空を飛ぶ鳥の視点で描く「パノラマ地図」のような浮世絵を多く残しています。
大阪の街並みを中心に、遠くに京都や奈良、さらには富士山までを一画面に収めて描くことがあります。
これは「実際に見えるかどうか」ではなく、「日本の名所をひとつの絵に凝縮して見せる」というエンターテインメントとしての演出です。当時の人々にとって、富士山は日本の象徴であり、地図絵の中に描き入れられる特別な存在でした。
大阪港にある天保山は、もともと川の浚渫(しゅんせつ)で出た土を積み上げた人工の山です。これが「富士山に似ている」として親しまれ、浮世絵にも描かれました。
明治時代、生國魂神社の近くに「難波富士」と呼ばれる巨大な富士山型の展望台が作られました。螺旋状の通路を登って景色を楽しむアトラクションで、その様子を描いた絵も存在します。
有名な葛飾北斎の『冨嶽三十六景』の中に、大きな樽(たる)の中から富士山を覗いている「尾州不二見原(びしゅうふじみがはら)」という作品があります。
これは現在の名古屋市(中区富士見町付近)を描いたものですが、西日本の風景として大阪のイメージと重なって記憶されているケースもよくあります。名古屋(尾張)は、平地から富士山が見えるほぼ西の限界点と言われています。
もしご覧になった浮世絵が、大阪の街並みの向こうに富士山が堂々とそびえているような構図であれば、それは当時の絵師が「大阪も富士山も、日本が誇る素晴らしい景色だ!」と盛り込んで描いた、今でいう「コラージュ画」のような作品だった可能性が高いです。
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・01 [隠し絵][ある人物の名前]いっこく堂 いっこくどう
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・03 ゆりやんレトリィバァ
・04 [3択]1 番
・06 『オリーブ(の首飾り』
・07 [近似値]16種類
・08 フィヨルド
・09 ちゃんみな
・12 [3択]3 番
・13 齊藤京子 さいとうきょうこ
・14 福岡(県
・15 タッチダウン
・16 うさぎ
・17 [よーく覚えましょう][いくつ]2 つ
・19 牧野富太郎 まきのとみたろう
・21 シャギー(ニット
・22 ハムスター
・26 宮城(県
・27 75(パーセント
・30 [3択]エクアドル
・31e [略さず]スクリーンショット
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(日曜本放送)このあと14:15からは「人生に魔法をかける ロングブレスで激変物語」→14:45BS10からのお知らせ
17:35-18:00 Go!Go!ゴルフ女子 #50[字]
(18日日曜日)
赤:冨山哲@東京
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・02 馬耳東風 ばじとうふう
・03 『徳川家康』
・04 チャコ(ペン
・05 [3択]3(番
・06 棚橋弘至 たなはしひろし
・08 『トムとジェリー』
・09 [正しいのを選びましょう]ペルセウス座 みずがめ座 おおいぬ座 わし座 ぼうえんきょう座 とかげ座 コップ座 …
・12 左 足
・13 北九州(市
・14 お見送り芸人しんいち
・15 Secyruty Police セキュリティ・ポリス
・18 ヴィヴァルディ
・19 ウノ
・21 マヌカ(ハニー
・25 [3択]2 00万円
・26 いよかん
・27 ドルチェ&ガッバーナ
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(日曜本放送)このあと14:15からは「人生に魔法をかける ロングブレスで激変物語【2日間で驚きの腰痛改善】」→14:45BS10からのお知らせ
これは先週の分
本傑作選の再放送の情報は(追記)1月11日土曜日、いつもの13時からです
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・02 宮藤官九郎 くどうかんくろう
・06 [すべて]北海道大学 宇都宮大学 名古屋大学 和歌山大学 鹿児島大学
・07 [3択]ワシ
・08 はっとり
・09 [近似値]14(億)2860(万人
・22 『劇場版 )シルバニア(ファミリー フレアからのおくりもの』
・23 [3択]3 .5トン未満
・27e 『ジャンヌ・ダルク』
・yy 登竜(門
・02 [同じ]スプリング
・04 等圧(線
・06 レブロン・ジェームズ
・07 [すべて]長野(市 名古屋(市 奈良(市 長崎(市 那覇(市
・08 サ行変格(活用
・09 ジョイマン
・14 蚤《のみ》(の市
・15 ガンマ
・16 ひざ
・19 [合計]9(人
・20 横隔(膜 おうかく(まく
・22 かつお
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・27 虫(へん
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・28e tuki. ツキ
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(日曜本放送)このあと14:15からは「蛍原徹の真剣ゴルフ部! ホトオープン #185」
HER・HIM ハーヒム(新海つかさ)
https://bigcomics.jp/episodes/9e41c2045b5ec/
これはもう今月に入ってからの話ですが「えーあい」というのが250ブクマくらい集めまして
翌日公開されたこれと素材と調理の仕方は似ていて、比べるのも面白いかと「えーあい」のほうが回転数が上ですかね
https://kuragebunch.com/episode/2551460909858761432
Leander(エシナ潔)
https://comic-zenon.com/episode/2551460909736260706#
不死身のふじお(犬飼優羽)
https://bigcomics.jp/episodes/b852e48005bb4/
読んだことない人は私にオススメのフィクションを教えてほしいです。
それもない人は好きなyoutubeを教えてほしいな。
それもない人は当たった宝くじで何を買うか教えて。
【漫画編】
・4歳児とそのパパと周りの人たちのほのぼの面白い日常系。ふふってなる。たまにネットで試し読みができるからね。見てみてね。
・続きがすごく気になる!ってなるから是非みんな見て欲しい。量が多いしそこまで頑張りきれないよって人は旅団編とかGI編まで流し見でもいいと思う。それぞれの話のオチもほへーってなる。感想がアホっぽすぎるか。予想つかない展開といえばいいのかな。
私は好きすぎて日常的に台詞を言う激ヤバ27歳になってるから、日常会話にHUNTER×HUNTERの台詞を言いたい人は是非みて♡♤沈黙、それが答えだ!!!!!!!!!!
カナカナ
・設定はスパイファミリーと同じく、心が読める少女の話だけど、隣にいるのが爆笑ボーイだから、そりゃあもう面白い。サンデーうぇぶりのアプリで読めるんじゃあないかしら?
・女子高生の日常系。面白い。少し不思議な話もあってミステリー小説とか好きな人もハマると思う。うちは父がめっちゃハマった。嬉しいね。
脳噛ネウロ
・ミステリーの皮を被った人間讃歌物語。女子高生が頑張る。色々と。時には悩みながらもバンバン謎を解いていくよ。
ファブル
・ギャグだね。もはやこれは。最強の殺し屋が日本を綺麗にする話。あと美女が飲んだくれる話。
・絵が綺麗。女子にオススメ。どの話も面白くて綺麗。少年の復讐物語。推し探し中乙女たち集まれ〜!
・銃と戦いの話。しょたおねかと思いきや内容も面白い。オチに感動。
・男子高校生が妹の死を解明していく話。かっこいい台詞が出てくる。時間関係ある系が好きだからハマった。
はてな匿名ダイアリーを読む人の中に、中高生がいるとは思えないが、中高生とか特にハマるんじゃないかな。
・お腹抱えて笑う。なんで〜。
いぬまるだし
・王子様ギャグ物語。まずは2巻ぐらいで様子をみてもいいかもね。博識になれる気がする。
・女子たちがストレッチする話。女子が可愛いんだよ。日常系。物語の起伏はあまりないんだけどなんかゆるくて好き。
女の園の星
・ミステリー。元気がないと読めない。
・絵が綺麗で面白い。妖怪ミステリー系。小説家の乙一とか好きな人すきなんじゃないのー!?
・絵が綺麗。神様の話。
働かないふたり
・のんびり日常系。くらげばんちで読めるからみんな見てみてね。
裏バイト
少し不思議な話たち。少し不思議なバイトをこなしていく女子2人の短編集。
月刊ムーとか星新一とか世にも奇妙な人は絶対読んだ本がいいよ。
↓最近好きになった↓
路傍の藤井
くたくたの仕事終わりに楽しめる娯楽はありがたい。
妹は知っている
内容と関係ない話をすると、面白いのだが、たまにそうだった!と思い出すのかちちがでるのが面白い。
「くらこん」は、昆布製品でフジッコと並ぶ大手メーカーであり、特に「塩こんぶ」が非常に有名です。
佃煮とは少し異なりますが、昆布加工品としては大きなシェアを占める強力なライバルです。
お菜つくだに シリーズなど、昆布やその他の素材を使った佃煮を提供しています。
大手メーカー以外にも、佃煮の市場には多くの競合が存在します。
地域に根差した品質の高い佃煮を製造・販売しており、贈答用などの分野で競合します。
スーパーやコンビニなどが独自に開発した昆布佃煮も、価格帯によっては競合となり得ます。
市場ランキングを見ると、フジッコの「ふじっ子煮」が佃煮カテゴリーで強いシェアを占めていますが、「くらこんの塩こんぶ」も上位に入っており、昆布加工品市場全体で競合関係にあることがわかります。
「ふじっ子煮」は、「ごはんのお供」としての佃煮市場で特に大きな存在感を持っています。
京風のあっさりした味付けや、品質にこだわった商品展開で知られ、特に贈答品や高級志向の市場で競合となります。
フジッコほど煮豆に特化していなくても、幅広い惣菜やチルド製品を展開するメーカーも競合となります。
スーパーのチルドコーナーに並ぶ、大豆やひじき、切り干し大根など和惣菜全般が、食卓の「あと一品」という場面で競合します。
スーパーやコンビニが独自に開発した煮豆や五目豆も、手頃な価格帯で強力な競合となり得ます。
外食産業や給食、スーパーの惣菜売場向けに煮豆を卸しているメーカーも、最終的に消費者の口に入るという点で競合となります。
「おまめさん」シリーズは、「きんとき」や「黒豆」などの定番に加え、「朝のたんぱく おまめさん」のような健康志向の商品も展開しており、家庭用のパック煮豆の分野で圧倒的な存在感を持っています。
この市場では、「手軽に一品を済ませたい」というニーズに応えるため、味付けのトレンド(甘さを控えめにする、だし感をアップするなど)への対応や、賞味期限の延長などの商品開発競争が日々行われています。
ふじょしなんじゃないの?
茨城県結城市で裸のままマッサージ台の上でタイ人女性死亡。娘が「他殺の可能性」を訴え! | タイニュース・クロスボンバー(X-bomber Thailand)
https://x-bomberth.com/20251009massagethai/
東京の文京区で起きた12歳のタイ人女児が個室マッサージ店で性処理仕事をやらされていたという事件について調べてると、上記の茨城県結城市で起きたタイ人女性の不審死のニュースを発見した。
娘の大学の学費を稼ぐために茨城県の個室マッサージ店に出稼ぎにきていたタイ人の40代女性が店のベッドで全裸で死亡しているのが発見されたという。日本のメディアでは遺体発見のニュースにもなっていなかったが、タイでは娘が前日夜に母と普通にビデオ通話していた点などから母の死に疑いを抱き世論に訴え出てニュースになったみたい。遺体を送還して死因を捜査するなんて話も出ていたようだが、一ヶ月前のこのニュース、その後どうなったかは分からなかった。
この母親は夫と離婚後、一家の大黒柱として家族を養うために日本にまで出稼ぎに来ていたらしい。12歳の娘をマッサージ店で働かせてた母親も夫と死別後に家族を養うためにシンガポールや日本で出稼ぎしていたと記事にあった。
NHKの朝ドラの名作「おしん」には、おしんの母ふじ(泉ピン子)が夫や姑公認で温泉宿に出稼ぎに行く場面がある。ぼかされているが性接待要員の女中になりに行くのである。家族が明日食べる飯のために。世界は大正時代に戻っている。
白:荒田圭輔@大阪
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・02 たまごっち
・04 どぶろく(の日
・05 [3択](3) 番
・06 ズブロッカ
・07 [どちら]芋(焼酎
・08 [すべて]インドネシア マレーシア フィリピン シンガポール タイ
・09 ビール
・14 プラド美術館
・16 イヌ(科
・18 [よーく覚えましょう]11
・19 [3択]運動会
・21 オイル)サーディン
・26 [AC3]パパ
・27 岩井
・29 柿本人麻呂 かきのもとのひとまろ
・32e 総務 省
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14:30からは「蛍原徹の真剣ゴルフ部! ホトオープン #176」
(26日日曜日)
回文増田はときどきJ-POPの歌詞の一部や曲名、アーティスト名を引用するかたちの表現をとる
(例)
岡本真夜「TOMORROW」
時間があったらって
いつ時間があるのかしら。
そう思うとシクシクって泣いちゃいそうだけど
涙の数だけ強くなるでお馴染まないぐらい岡本真夜さんなのよ。
「おーどりー わかばやし あんちすれ ぱーと よんひゃくさんじゅう」
オドヲタおよび贅肉は巣にお帰りください
・笑いに繋がらない虚言癖
・空気が読めない
・卑屈で狭量、陰湿
・病的にしつこい
・社会不適合
2: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2015/08/02(日) 23:26:32.817 ID:LvrJaeQ50.net
●2007年4月21日(土)流れ星と三拍子トークライブ「猫と花Vol.19」(新宿LOFT)にゲスト出演した時の発言 ← 殺人未遂です
若林「春日が『どんなことがあっても俺は絶対死なない』って言うからムカついて殺そうと思った。
廃車予定で傷付けても良いという友達の車でバイト帰りの春日が通る駐車場で待ち伏せして、
車を30km/hぐらいで春日を轢く勢いで発進した。そしたらぶつかる瞬間に春日がジャンプして
車の上に乗り上げて張り付いたから、ムカついてワイパーでガガガガッと挟んでやった。」
さすがにヤバいという事でスタッフに話すのを止められたとANNで話す馬鹿。
(1)相方の上からキャラが霞むほどの天狗ぶりで、実力もないくせに仕事を選んで手を抜き文句を言う
(2)光年単位で離れたものに対する責任転嫁 (堂本兄弟、いいとも等での客へのブチギレ、村上龍との対談等)
(3)決して自らを省みない(「俺は悪くない・折れるつもりはない・謝りたくない」が口癖)
(5)ネガキャンとしか言いようのない笑えない他人sage(相方や後輩、一般人が格好の標的)
(6)番組をストップさせてでも守るほどのプライドの高さ。誰かが若林に都合の悪い話をしようとすると必死に制止する。
(8)人の話をまったく聞けない。どうでもいい横槍を入れて妨害するか、
狭い視野での相手に対する思い込みを頭ごなしに決めつけて話す。
(9)義理人情の無さ(世話になった先輩をネタにするというより馬鹿にする、感謝のひとつもない)
(10)もうとっくに卒業してるはずの中学生段階に未だにとどまっている
(ドSな自分・気難しい自分演出、ブチ切れる、友人の会社での悪戯等、いい大人は決してしないことをする)
(11)現場で挨拶ができない(アグネスブログ)。目上の人との飲み会でもお酌ができない。(ダヴィンチ)
→収録が始まるまで共演する女優さんと顔を合わせないようスタッフと話し込む
4: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2015/08/02(日) 23:27:39.606 ID:LvrJaeQ50.net
◆◆BREAK MAX (ブレイクマックス) 2012年 12月号掲載◆◆
・オードリーの仕事の方向性を決めて仕事を取ってくるY嬢(マネージャー)と、
自分の好きな仕事をしたい若林とウマが合わず、若林がY嬢外しを会社に直訴。
会社としてはドル箱であるタレントの意向を汲まないわけにはいかず、Y嬢は他芸人コンビの担当に。
そして程なくしてY嬢は退社。
(1)「てにをは」や単純な言葉のチョイスを間違える、漢字が読めない、書けない、言葉を知らない→相方のボケに対応できない
(2)常にすべった時の保険を用意している
・スタッフとのやりとり等の内輪話 →素人にはわからない楽しさという言い訳
→最初から笑いを取りに行ってないところがシュールなんですという言い訳
・滑るだろうとわかっていてもどうしても言いたいフレーズをネタに盛り込む
→あえて滑ってるんですという言い訳
(3)テンションが安定しない上に、それを隠そうともしない(視聴者そっちのけのプロ意識のなさ)。自分のネタをグフグフと笑いながら話す。
(4)単調で一辺倒の返し(名字の呼ばれ間違いに対する返し等、一年以上ほぼ変化なし)
・学識があるように見せかける(村上龍と話したい、政治の話がしたい、資本主義批判ができる等)
・相方を良く見せるための裏方という自己規定、芸人である自分の否定
・自分には逆らわない身内を酷い目に合わせる、自分をサイコ野郎と呼ぶなどして
「俺を怒らせたらこわい」ということを回りに見せ付ける、という小学生しかやらない芸当を平気でやってのける
(6)(5)のような下手なキャラづけとその性格のため、スベった後にフォローをするのが難しく、相方以上の大事故になる
(7)ツッコミとダメだしをとりちがえている。おまけに他芸人の春日へのツッコミフレーズをパクる。(ユニーク仕上げ、浅香光代、足閉じろ)
(8)若林の言う「うまいぃぃぃぃぃ」はタカ(タカアンドトシ)の昔のギャグをパクったものである
5: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2015/08/02(日) 23:28:04.949 ID:LvrJaeQ50.net
M-1の時に家に帰るタクシー代がないというので春日が1万円貸したが
TV局がタクシーを出してくれたので、貸した金は必要なくなったから返してくれと言った
しかし「この金はお前より俺の方が有効に使える」と言って結局返してくれなかった
そういう貸しても返って来ない事が度々あって、実際に実害があるので若林にお金は貸したくない(おどおどオードリー#12)
・売れなかった時代の話の締めとして必ず「春日=ポンコツ」話をもってくる(自分のボケについてはスルー)
・ツッコミとダメだしをとりちがえて相方のボケを「つまらない」などと言い、つまらないものをさらにつまらなくする
・相方や先輩がスベると、巻き込まれるのを恐れてつっこみすらやめて黙る
・後輩芸人たちのどうでもいいガヤをわざわざ拾って滑らせる(キャンナイ)
(2)教養があるように見せかける
・とりあえず村上龍、村上春樹、岡本太郎といったビッグネームを出せばいいと思っている
・政治について語りたいけど相方は話にならないから、などと言って結局話さない
・エッセイの連載や、ラジオでお昼の帯番組(世相を斬るような内容の)をやりたいなどと語る
(3)春日から一発屋のにおいがするため、オードリーが売れたのは若林の腕のおかげに違いないと考える(普段お笑いを見ない人たちの評価)
(4)謙虚さを堂々と見せ付けるという一見矛盾することをやってのける
・自分を過剰に過小評価することによって他人が修正してくれるのを待つ
→要するに、若林はありもしない爪を隠すそぶりを盛大に見せ付けたあと「能ある鷹は爪を隠す」と大声で叫んでしまうような人間
6: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2015/08/02(日) 23:28:24.754 ID:LvrJaeQ50.net
・弄られて→「○○さん、俺に厳しくないですかぁ~」または
「春日の方が××ですよ」となすりつける(往々にして賛同は得られず)
・馬鹿だと言われて→「俺バカなんですよ」と開き直る(26hTV、いいとも)
「僕人気ないですから」「春日はスターで僕は黒子」→「そんな事ないですよ」待ち
・謙虚なように見せかけて、他人の言葉として自分を高く評価する
「(くじらの台詞として)おまえは努力家で、落語なんかもよく勉強しているのに…」(ラジオ等)
・相方をこき下ろすことで自分への評価を得ようとするが、言うことが二転三転する狼少年ぶり
「売れない頃、相方が『時代が春日に追いつく』と言ったのは嘘」
「相方は一回もネタを書いたことがない」→DVDに収録されている
・しきりに「自分がネタを書いている、相方は一切書かない」ことを主張するが、
漫才の春日の台詞部分は春日によるものであったり、また、作家が少なくとも3人はついている
・自分がやりたくない、体を張るような仕事は「それは相方の仕事」等と言い張って回避しようとする(はねトび等)
「イジリで叩かれたりすると、本気でムッとしてしまい、変な空気になる」などと弁明(内さま)
・相方のエピソードを自分のものにする、または自分にとって都合の悪いエピソードを相方になすりつける。
・ラジオのゲストが芸人だと変なハイテンションでリスナー置いてきぼり、
年下のモデルや女優などには見下したような態度でおざなりに進行
35: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2015/08/02(日) 23:34:35.869 ID:LvrJaeQ50.net
【贅肉】…若林本人が呼称した自分のファンのこと (>>7あたりを参照)
【四分の一】…このスレの四分の一は自分が書き込んだと公言する贅肉のこと
【aya-】…このスレに毎日のように凸して春日叩きを筆頭に色んな芸人を叩いたり若林を褒め称え擁護する。
時に春日をワザとらしく褒めて春日のナリオタをするのを得意とする若林ファンのこと
自演でナリアンチをするさいは若林と他芸能人を一緒に叩いたり、贅肉の事を「お肉ちゃん」と呼んだりもする。
メル欄を[aya-]や[a]にしたまま自演してた事から発覚(証拠のログは馬鹿林信者ヲチスレ1に記載)
※若林ファン(贅肉)はテンプレ貼りの途中によく邪魔をしたり、勝手に次スレを立てたり、
テンプレを改変したり、ナリアンチで悪質なレス(例:犯罪教唆・薬をしている等)をしたりして毎日のように荒らしに来る。
8: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2015/08/02(日) 23:28:44.953 ID:LvrJaeQ50.net
・「公の場」を「こうのば」、「我が家」を「わがけ」、 学校の居残り「補習」の事を「補修」と二度書き間違う(たりないふたりツイッター5月10日付)
・38歳の「妙齢」の女性という間違った表現→妙齢とは女性の若い年頃の事である(たりないふたり)
・フリップに直筆で飼いたいペットは「芝犬」と書く→「柴犬」(おどおどオードリー)
・「黙々」を「だまだま」、「造詣」を「ぞうし」、時期尚早を「じきなおはや」、千鳥が淵を「ちどりがふじ」 、気心を「きしん」と読む(ANN等)
・「あせばむ」も漢字で書かれると読めない(Qさま)。漫才の「ネタの一環」を「ネタの一貫」(たりないふたりツイッター)
・直筆アンケートで「披露」を「被露」と書く。正確には「被」ですらなく、しめす偏だった。 (お笑い男子校)
・「所」「以」「作」の漢字が書けない(内さま)、「TPP」を「TTP」(ANN)
・「二つ返事で断った」(ANN)、狩野英孝を「かのうえいこう」(シャンプーおじさん・TORE)
・古文書を「ふるぶんしょう」、唯一を「ゆういつ」(ANN)、年俸を「ねんぼう」(Going! Sports&News)
・ピラメキーノ「芸能人の通知表公開」では通知表を失くしたということで非公開
・ヒルナンデスのコーナーMCで、ボードに貼られた雑誌記事の文章を読み上げる際のありえない誤読。
「(ネギのような)細長い野菜を端から切ります」を、「(ネギのような)こまかいやさいをたてからきります」
記事で例に出ている野菜がネギという事から、全体の流れを全く理解出来ていないのが分かる。
・内海桂子師匠を「うちうみけいこ」(2012年11月24日 ANNコーナー「勝手にジャンクション」)
・ヒルナンデスでゆるキャラ1位になった愛媛県今治市のゆるキャラの名前は何かという問題で、
水トアナが事前に「いまばり市」と読み、南原さんが「いまばりの」と言っていたにも拘わらず、
コーナーMCである若林が最後の補足説明で今治(いまばり)市を「いまじ市」、今治(いまばり)タオルを「いまじタオル」と読む。
9: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2015/08/02(日) 23:29:05.070 ID:LvrJaeQ50.net
・すぐに心折れた顔をして周囲に気を遣わせて事故
→世話になった先輩のライブや打ち上げにも多忙を言い訳に顔を出さない(春日は出席)。
・ファンを「うるせぇ」「気色悪い」「クズ」、自分への批判は「相方ファンの仕業」
・相方の彼女や家族にも暴言を吐く一方で、自分の身内への弄りは許さない
・大ファンだった村上龍と対談(TVぴあ)後、「会わない方がよかった」(ANN)
・トータルテンボス藤田と春日に対して、「ネタを作らない奴は操り人形」(若手DM)
・収録で漫才に笑ってくれなかった梅宮辰男について、実名をあげてラジオでグチる。コーナーまで作る。
→トラのかぶりものを被ってアイドル風に撮るという要求に応えず、
1人だけ適当に頭に乗せて仏頂面、他の芸人は皆プロとして仕事をこなしていた。
→断るために何度も仮病を使う(ケンコバは知らずに若林をフォロー)
→参加しても、誰にも言わず途中でひとりで帰る
→人間関係を築かないので本番で絡めない、他芸人とも連携できない
・イロモネア×フレンドパークにて、失敗を責められるが急に不機嫌になって「謝りたくない」と主張、空気が変に。
→バナナマン日村が「お前なんか嫌いだ」と言ってむりやり回収
・飼育員のおじさん(素人)を「ジジィ」呼ばわりして逆ギレ、バナナマン日村に金網越しに飛び蹴りを食らわす(アドレな)
・ごきげんようにて、春日のトークが滑ったことに大喜び→司会の小堺氏に訝しがられる
・「(オードリーとの共演を嫌っている)上沼恵美子は汚い舞妓」「こっちからお断り」(ピンライブレポ)
11: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2015/08/02(日) 23:29:33.173 ID:LvrJaeQ50.net
・「絶対的な基準でものを考えられるようになりたい。相対的な人を見ると、死ぬときにも
フジッコ以外の食品メーカーも昆布豆を製造・販売しています。お近くのスーパーやオンラインストアで探してみてください。
昆布豆と同様に、大豆や他の野菜、昆布などを甘辛く煮たものです。フジッコの「ふじっ子煮」に近い商品が見つかるかもしれません。
大豆の水煮と昆布、調味料があれば、ご家庭で昆布豆を作ることができます。レシピサイトなどを参考に、お好みの味付けに調整できます。
昆布や海藻、野菜などを醤油や砂糖で煮詰めた佃煮は、多くのメーカーから販売されています。
スーパーのお惣菜コーナーや、オンラインストアで、「ひじきの煮物」「きんぴらごぼう」など、類似した味付けの惣菜を探してみるのも良いでしょう。
昆布やひじきなどの材料と調味料があれば、ご家庭で佃煮を作ることができます。
フジッコ以外にも、多くの食品メーカーが塩こんぶを製造・販売しています。
昆布を細切りにして、醤油やみりんなどで あまく煮て、塩を振ると自家製塩こんぶのようなものができます。
ブルガリアヨーグルト、ギリシャヨーグルトなど、様々な種類のプレーンヨーグルトが市販されています。
乳製品アレルギーのある方や、植物性食品を好む方におすすめです。
ヨーグルトメーカーや、市販のヨーグルト種菌を使えば、ご家庭でヨーグルトを作ることができます。カスピ海ヨーグルトの種菌も販売されています。
お近くのスーパーやオンラインストアで、類似の商品を探してみましょう。
男女問わず使う性癖用語&スラングは、ほぼ全て男性向けから生まれてる
↓
女性向けにない時は男を野蛮呼ばわり
↓
?????
ははーん。
こいつ女性オタクと全く接点がないミソジニー非モテオタクだな?
意味: 主にボーイズラブ(BL)において、性行為や関係性における役割を示す言葉。「受け」は挿入される側、または精神的に受け身な役割を担うキャラクター。「攻め」は挿入する側、または精神的に主導権を握る役割を担うキャラクターを指します。
解説: BL作品を理解・創作・語る上で最も基本的な概念の一つです。どちらが「受け」でどちらが「攻め」かという「カップリング(組み合わせ)の左右」は、ファンにとって非常に重要な要素となることが多いです。
「証拠」・文脈: BL漫画、小説、同人誌のキャプションや紹介文、ファン同士の会話、SNS(Twitter/Xなど)でのカップリング表記(例:A×B、Bが受け)などで極めて一般的に使われています。「#●●受け」「#▲▲攻め」といったハッシュタグも多数存在します。
意味: 「腐女子」は男性同士の恋愛(BL)を好む女性ファンの自称・他称。「腐向け」は、そのようなファン層を対象とした作品やコンテンツ全般を指します。
解説: 元々はやや自虐的なニュアンスを含む言葉でしたが、現在ではコミュニティを示す一般名詞として広く使われています。この言葉の存在自体が、BLというジャンルとそのファン(主に女性)の巨大なコミュニティを象徴しています。
「証拠」・文脈: 自己紹介、作品の注意書き(「腐向け注意」など)、SNSのプロフィールやハッシュタグ、ニュース記事などで広く使われています。「腐女子」をテーマにした漫画やエッセイなども多数出版されています。
意味: 人間がα(アルファ)、β(ベータ)、Ω(オメガ)という第二の性を持つという特殊な世界観設定。特に男性のΩが妊娠・出産可能とされることが多く、男性同士のカップルが生物学的な子供を持つことが可能になる設定として、BL作品で非常に人気があります。「ヒート(発情期)」「番(つがい)」などの関連用語も存在します。
解説: 元々は海外のファンフィクション発祥とされますが、日本のBLコミュニティで爆発的に普及し、多くの商業BL作品や同人誌で採用されています。非現実的な設定だからこそ描けるドラマや関係性が、多くの女性ファンの心を掴んでいます。
「証拠」・文脈: BL漫画・小説のジャンル表記、同人誌即売会でのジャンル分け、pixivなどの投稿サイトのタグ、SNSでの作品紹介などで頻繁に見られます。「#オメガバース」で検索すると膨大な数の作品や言及が見つかります。
意味: キャラクター、カップリング、作品、アイドル、声優など、自分の好きな対象(推し)に対して、あまりの素晴らしさや愛おしさ、幸福感などから、拝みたくなるような、神聖さすら感じるほどの強いポジティブな感情を表す言葉。
解説: 元々は宗教的な言葉ですが、オタクコミュニティ(特に女性ファンが多い)で感情表現として転用され、広く定着しました。「好き」や「可愛い」を超える、最大級の賛辞として使われます。感情が昂ぶりすぎて語彙力を失った状態を示すこともあります。
「証拠」・文脈: SNS(特にTwitter/X)での感想ツイート、ファン同士の会話、作品レビューなどで日常的に使われます。「○○(キャラ名や作品名)が尊い」「尊すぎて無理」といった形で頻出します。多くのメディアでも「オタク用語」として紹介されています。
意味: 「尊い」と似た状況で使われることもありますが、より感情の振れ幅が大きい状態を表します。(1)好きな対象が魅力的すぎたり、供給(公式からの情報や新作など)が多すぎたりして、感情が処理しきれないポジティブな「しんどさ」。(2)物語の展開が辛すぎたり、キャラクターが不幸な目に遭ったりして、精神的にダメージを受けるネガティブな「しんどさ」。どちらの意味合いでも使われます。
解説: ポジティブな意味でもネガティブな意味でも、感情が極度に揺さぶられている状態を示す便利な言葉として、女性オタクを中心に広まりました。「感情のジェットコースター」のような状態を表現するのに適しています。
「証拠」・文脈: 「尊い」と同様に、SNSでの感想、ファン同士の会話などで頻繁に使われます。「推しの供給過多でしんどい(喜び)」「今日の公式ストーリーがしんどい(悲しみ)」のように、文脈によって意味合いが変わります。
意味: 「夢女子」は、漫画・アニメ・ゲームなどの既存キャラクターと、自分自身(または自分の分身となるオリジナルキャラクター)との恋愛や交流を妄想・創作する女性ファンのこと。「夢小説」はそのような内容の二次創作小説を指します。
解説: キャラクターへの強い愛情や「もし自分がこの世界にいたら」という願望を満たすための創作・嗜好形態です。恋愛要素だけでなく、友情や家族のような関係性を描くものもあります。男性キャラクター相手だけでなく、女性キャラクター相手の場合もあります。
「証拠」・文脈: pixivなどの投稿サイトには「夢小説」「夢向け」といったタグやジャンルが存在し、多くの作品が投稿されています。SNSでも「#夢女子さんと繋がりたい」といったハッシュタグが使われ、コミュニティが形成されています。同人誌即売会にも「夢」関連のジャンルが見られます。
意味: 作品の登場人物たちの特定の組み合わせ、特に恋愛関係にある(とファンが考える・妄想する)二人組を指す言葉。「カップリング」の略。
解説: 二次創作活動やファン同士の交流において、どのキャラクターとどのキャラクターの組み合わせを好むか(推しカプ)は非常に重要な要素です。BL、男女カップリング(NL/ノマカプ)、百合(GL)など、様々な組み合わせに対して使われます。
「証拠」・文脈: ファンアート、二次創作小説、同人誌、SNSでの会話や作品投稿などで日常的に使われます。「推しカプはA×B」「この二人のCPが好き」といった形で表現されます。作品名の後に「CP名」を付けて検索することも一般的です。
意味: 最も応援している、好きなキャラクター、アイドル、俳優、声優などの対象を指す言葉。「一推しのメンバー」を略したのが語源とされます。
解説: 単なる「好き」を超えて、積極的に応援したい、その活動を支えたい、という熱意を込めて使われます。「推し活(推しを応援する活動)」という言葉も生まれ、グッズ購入、イベント参加、SNSでの布教活動など、様々な形で表現されます。
「証拠」・文脈: アイドルファン、アニメ・ゲームファン、舞台ファンなど、非常に広範な女性コミュニティ(もちろん男性ファンも使います)で使われています。SNSのプロフィールに「推し」の名前を書いたり、「#推しのいる生活」「#推ししか勝たん」といったハッシュタグが流行したりしています。
意味: (主にBLにおいて)男性キャラクターが精神的・肉体的に屈服させられ、女性的な役割(受け)や感覚に「堕とされる」状況や嗜好を指す言葉。プライドを砕かれたり、意に反して快楽に溺れたりする描写が含まれることが多いです。
解説: Aさんのご指摘にもあった言葉ですが、男性キャラクターの尊厳が傷つけられる過程や、抗えない快感に支配される背徳感などに性的興奮を見出す嗜好として、一部のBLファン(特に過激な描写を好む層)の間で使われます。
「証拠」・文脈: BL漫画・小説のタイトルや内容紹介、pixivなどのタグ、同人誌のジャンル表記などで見られます。刺激の強い描写を含むため、検索や閲覧には注意が必要とされることが多い言葉です。
意味: 直接的な描写はないものの、状況証拠や象徴的な表現、キャラクターの言動などから、あたかも「○○」という事象(例:妊娠、キス、セックス、結婚など)が起こったかのように強く示唆されたり、ファンがそう解釈したりする状況や表現技法。「概念妊娠」「概念キス」のように使われます。
解説: 特に男性同士の関係性を描くBLなどで、生物学的な制約や描写の制約を超えて、二人の結びつきの強さや愛情の深さを表現するために用いられることがあります。また、公式からの供給が少ない場合に、ファンが想像力を働かせて関係性を補完する際にも使われます。
「証拠」・文脈: SNSでのファン同士の考察や感想、二次創作のテーマなどで見られます。「このシーンは実質○○(例:結婚)」「これは概念△△だ」といった形で使われます。解釈の幅が広く、想像力を刺激する言葉として機能しています。