はてなキーワード: 違和感とは
神モデラーのアバター遊び倒したので、着せ替えするかと思ってアバター見てるけどどれも品がない
部屋はダイニング、リビング、人間ぶっ犯しゾーン。風呂トイレ別、南向きの角部屋。
どこか引っ掛かりのようなものを感じるものの、その違和感の正体がつかめない。
意識が追い付く前に脳がパターンを検知する。つまり男性に比べたら圧倒的に危険度の高い人生を生きてるから、その分、他人の言動から違和感や危険要素をうまく察知する
人類の歴史を通じてずっと差別されてきて、しかも危険をよく察知した女性たちだけが生き残ってきたから、今ではもう遺伝子の領域になってるんだろうね
「オタク迫害史観」というどう考えても捏造されているオタクたちへの違和感
この note 記事に書かれていることは、筆者と同世代で生まれも育ちも東京23区の私が見てきた世界とほぼ完全に一致している。
ところが、ブコメを見る限り、この記事とは全く別の世界線を生きてきた人も多いようで、
その認識のズレはに共通のパターンがあるのように見えたので、ここにメモ的に記しておく。
まず、平仮名「おたく」という用語が侮蔑語として発明されたのは紛れもない事実である。
ただし、中森明夫が「おたく」を造語したのは1983年で、宮崎事件は1989~1990年だ。
つまり、ワイドナショーや週刊誌でロリコン・オタクの犯行として喧伝されるようになったのは1990年から。
「オタク迫害史観」を持ってる人が見逃しがちなのは、1983年から1990年までの7年間である。
大都市出身の私には、宮崎事件までの7年間の方が「おたく」にたいするバッシングはずっと苛烈だったという記憶がある。
むしろ、宮崎事件で「おたく」なるレッテルが田舎のお爺ちゃん・お祖母ちゃんにまで知られるようになって、
ネガティブなイメージが希釈され、「おたく」がカジュアル化した感触すらある。
例えば、ファッションオタクとか、健康オタクとか、「ポジティブなイメージのもの + オタク」というバリエーションが生まれたのは
宮崎事件以降だった筈だ。皆がオタクという用語を知らなければ、そういう言葉が成立しないのだから、間違いなくそうだ。
もしかすると、80年代はネットが普及してなかったので、大都市以外では宮崎事件まで「おたく」という用語と
そのコノテーションをちゃんと知っていたのは、一部の若者だけだったかもしれない。
それなら、宮崎事件をきっかけにオタクが迫害されるようになったという認識の人が多数いることの説明がつく。
この「1983年から7年間の空白」という時間的なズレが「大都市とそれ以外」という地理的なズレに起因している可能性。
それから、ポップカルチャー全体の社会的地位にたいする認識にも、この記事に肯定的な人と否定的な人でズレがあるようだ。
80年代~90年代は、ポップカルチャーが天下を取り、誰もがそれを認めざるを得なくなるまでの過渡期と言える。
(電車男の頃に「ついにオタク文化がメジャーの舞台に上がった!俺たちは認められた!」と一瞬だけ喜んだ人も多いのでは?)
20世紀末までは、「サブ(下部)カルチャー」と、アニメ・漫画・ゲームを含む「ポップカルチャー」には同じように扱われていた。
世間は、地位の低い「とるに足らないもの」をわざわざ細かく分類しない。
確かに、80年代の親・教師世代が「中学生になったらアニメは卒業だね」という価値観を持っていたのは事実だ。
(氷川竜介によると、1974年のヤマトまでは当の中学生がそういう認識だったらしい)
私を含む凡庸な中学生の多くがそういう世間の空気を漠然と内面化していのも事実だろう。決して納得はしてないけど。
一方で、2000年代以降にオタクから分離され、オタクの敵とされた「サブカル」というジャンルには、
ニューアカのような現代思想や、洋楽、ファッション、デザインなど、80年代当時から比較的に社会的地位が高いものも含まれていた。
おそらく、こういうイメージが2000年代初頭にオタクカルチャーが「美少女系を中心に再編されていく」過程で、
「サブカルはオタクとは違う」「サブカルはオタクを見下してきた」という歴史修正の種子となったのだろう。
2000年代にオタクを「自称」するようになり、オタクと言えば電車男やアキバ、美少女という世界観の人にとっては
もともとアニメの社会的地位が低いところに宮崎事件でイメージが更に悪化したのも、
サブカルに地位の高いジャンルが含まれていたのも「一部の事実」だから。
でも実際には、「ハイカルチャー」の権威がまだ辛うじて息をしていた時代(80~90年代)には、
アニメを含むポップカルチャーも「サブ(下層)カルチャー」の一部としてゴッチャにされていたし、
オタク内部では、ハードSF、ハイファンタジー、軍事などを愛好するオタクが美少女イラストを描いてるような連中をバカにしていた。
その見下されていた美少女系オタクが「自分たちこそオタクカルチャーの中心」みたいな顔をするようになっていくなかで、
昔から地位が高かったジャンルをまとめて「サブカル」という敵を設定するのは都合がよかっただろう。
「オタク故に迫害された」のなら、オタクコミュニティー内で見下されていたことは忘れてしまって(又はその時代を知らなくて)
サブカルという「外部」を設定した方が構図としてスッキリするから。
結論から言うと、外向型の人は内向型の人(オタク)とは異なる思考パターンを持っているため、思考の予測がしづらく、「理解できない=不気味だ」という感覚、すなわち「キモい」と感じてしまうのだ。
以下詳細。(近年はオタク趣味が一般化してしまったが、ここで言うオタクとは「キモオタ」「陰キャ」と呼ばれるような、内向型の人々を指すものとする)
性格には大別して外向型と内向型がある。
一方、内向型は自分一人の時間や内面の思考を大切にすることで、自らの活力を養う傾向がある。
もちろん一人の人間は外向型と内向型の両方の特性を併せ持っているが、特に内向型への傾向が強い人にとって漫画やアニメといった趣味は相性が良い。なぜなら、フィクションの物語は他者とのやり取りではなく、内的な刺激や想像の世界から刺激を得られる活動だからだ。
外向型の人と内向型の人では、異なる”情報交換プロトコル”を持っている。いくつか例を上げよう
外向型は、会話で「その場の空気」や「関係性の維持」を重視するハイコンテクストなもの。内向型は、「事実」や「論理」、「設定」といったローコンテクスト(情報そのもの)を重視する。
外向型はファッションを「非言語的な挨拶」、「相手への配慮」、「場への同調」として扱う。なので外見を整えない人を見ると、「ルール(マナー)を守る気がない」「自分たちを軽視している」という敵対的なシグナルを感じる。
内向型はファッションを「身体の保護」、「利便性」、「自己の投影」として扱う。なので自身の外見を必要以上に整えることを「虚飾」「非合理的」「不誠実」と感じる。
外向型は共感に強い快感を覚え、「集団への所属」が報酬となる。
内向型は情報が整理されることに快感を覚え、「世界の理解」が報酬となる。
このように異なる"情報交換プロトコル"を持つ者同士が会話をすると、互いに意図しないシグナルを受け取ることになり、結果外向型の人間は内向型の人間に対して、「気味が悪い(キモい)」といった違和感を抱いてしまうのだ。
>「オタク迫害史観」というどう考えても捏造されているオタクたちへの違和感
https://note.com/jiraygyo/n/nf00b167468aa
この体験談でわかるのはあくまでも「自分が虐められていた原因はオタクとは無関係だった」という話以上でも以下でもない
それでもオタとは関係なく、「辛い目にあった人に共感するふりをして仲間に引き込もうとする思想的活動家が(左右関係なく)いるので注意した方が良いよ」までは言えると思うが、自分の体験をもって他人の辛い経験まで否定するのは違うだろ
むしろ、引き込みたい人が自分たちの手口を明かしたくないから『辛いだのなんだのは捏造だ』という言い回しで否定している(もしくはそういう考えの連中に影響を受けている)と判断されても仕方がない
左翼やサブカル、フェミニスト界隈は「そんな事実はない」「むしろオタクが加害者だ」と反論を続けている。
これは今に始まったことではなく
大昔にLGBTへの差別について話題になった時も、はてサ界隈の連中は
「LGBTの方々が性的指向でいじめられるのと、お前らオタクがその趣味でいじめられるのを一緒にするな。
お前らのはただの趣味なんだから、お前らがオタク辞めればいいだけじゃん(笑)」と言っていた。
彼らの言動を見ていると、逆説的に彼らが「被害者」という属性を神聖不可侵な錦の御旗と考えていることがよくわかる。
その属性を名乗ってよいのは、彼らのイデオロギーに合致した、被害者としての見栄えが良い人だけなのである。
彼らの言うところの「オタク」のように、自らに賛同せず、見栄えの悪い「汚れた」連中は、錦の御旗を触ることは許されないのである。
「人工甘味料(アスパルテームとかスクラロース)」を親の仇のように叩く層と、「味の素(MSG)」を毒物扱いする層の振る舞いは、驚くほど似通っている。どちらも単なる個人の嗜好を超えて、一種の信仰や「正義の執行」のような熱量を帯びているのが興味深い。
まず彼らが真っ先に口にするのが「化学的な味がするから無理」という台詞だ。しかし、この「化学的」という言葉ほど便利なものはない。実際にはブラインドテストをすれば、高級料亭の隠し味に使われた味の素を「出汁が効いている」と絶賛し、最新の配合で違和感を消した人工甘味料入りの飲料を「スッキリして美味しい」と飲む。彼らにとっての味は舌で感じる信号ではなく、パッケージの原材料ラベルという「知識」によって決定されているように見える。
さらに、科学的なエビデンスに対する独特の距離感も共通している。「脳に悪い」「発がん性がある」「不妊になる」といった不安を煽る言説を好むが、公的機関が「通常摂取量なら安全」と何度結論を出しても、彼らの耳には届かない。代わりに、数十年も前の怪しい実験データや、個人の健康ブログ、あるいは「海外では禁止されている(実際にはされていないことが多い)」といった出所不明のデマをソースとして後生大事に抱えている。彼らにとっての科学とは、真実を探求するための手段ではなく、自分の「不気味だ」という直感を補強するための武装ツールでしかない。
その根底にあるのは「天然なら安心」という素朴すぎる自然崇拝だ。味の素を叩く一方で塩分過多な天然出汁を崇め、人工甘味料を否定しながら砂糖による血糖値の乱高下には目をつぶる。「不自然なものは悪、自然なものは善」という極端な二元論に支配されているため、リスクの総量比較という概念が抜け落ちている。
そして最も似ているのは、その根底に透けて見える選民意識だ。「自分は添加物の嘘を見抜ける、繊細で丁寧な暮らしをしている人間だ」というプライドが、攻撃性のガソリンになっている。彼らが叩いているのは物質としてのMSGやスクラロースではなく、それらを無自覚に許容している「意識の低い大衆」や、それを売りつける「汚い企業」なのだろう。
結局のところ、彼らは食べ物の話をしているようでいて、実は「アイデンティティの話」をしているだけではないか。特定の物質を徹底的に忌避することで、自分は汚染されていない特別な存在だと定義しようとしている。嫌いなものを避けるのは勝手だが、それを「正義」や「科学」の仮面でコーティングして他人に押し付け始めると、それはもう食生活ではなく、ただの厄介なノイズでしかない。自分の舌が感じている不快感の正体が、実は脳内のバイアスによるものではないか、と疑ってみるくらいの余裕は持っておいたほうがいいと思う。
パンデミックで街が止まった。飲食は潰れた。病院は逼迫した。現場仕事の人間は感染リスクを抱えながら働いていた。
人生を見直せました。
もちろん個人が悪いわけではない。感染対策として合理的だし必要だったものだ。
でも構図はかなり醜かった。
社会全体が苦しくなった結果、一部の職種だけが快適さを獲得した。戦争で武器商人だけ儲かる話とかなり近い。
しかもリモートワーカは自分たちを単なる幸運な側だと思っていない。
働き方をアップデートした。
生産性を上げられた。
そういう顔で語る。
違うだろと思う。
たまたま感染症の影響を受けにくい職種だっただけ。社会が壊れたことで得をした側だっただけ。
看護師も物流も工場もスーパーも誰かが現場に立たなければ社会は回らない。
その人たちがリスクを引き受けている間に自宅で仕事しながらコロナで人生変わったとか語られても憤りがあるだけだ。
「本売るならブックオフ」という有名な広告コピーを下敷きにした、「性交売るならファックオフ」という一文は、一見すると粗悪な下ネタである。音の対応はあまりにも露骨で、ブックオフという親しみやすい店名を、英語の罵倒表現である “fuck off” に置き換えることで、聞き手に強い違和感と笑いを与える。だが、このコピーの面白さは単なる語呂合わせにとどまらない。むしろ、その下品さそのものが、現代的な婉曲表現への批評として機能している点にある。
現代社会では、扱いづらい現実を柔らかい言葉で包み直す傾向がある。たとえば「AV女優」を「セクシー女優」と呼ぶこと、「売春」やそれに近い取引を「パパ活」と呼ぶこと、「婚前妊娠による結婚」を「授かり婚」と呼ぶことなどがある。もちろん、これらの言い換えはすべて同じ性質のものではない。偏見を和らげるための表現もあれば、当事者への攻撃性を減らすための配慮もある。しかし一方で、言葉を変えることによって、行為の構造や社会的な問題性までも曖昧にしてしまう危険がある。
このコピーは、そのような美称化に対して、あえて最も身も蓋もない言葉をぶつけている。「パパ活」ではなく「性交を売る」と言う。この表現は、耳ざわりが悪く、品がなく、広告としてはほとんど成立しない。しかし、その不快さによって、聞き手は言い換えられる前の現実に強制的に向き合わされる。きれいな名前を与えたところで、そこに金銭と身体の交換があるなら、その構造は消えない。コピーは、その一点を暴力的なほど明確に示している。
さらに重要なのは、「ファックオフ」という言葉の二重性である。日本語の語感では「ブックオフ」のパロディとして、何かを売る場所の名前のように聞こえる。しかし英語として読めば、“fuck off” は「失せろ」「消えろ」という拒絶の言葉である。つまりこのコピーは、「性交を売るならここへどうぞ」という案内ではなく、「性交を売るなどという発想は拒絶する」というメッセージにも反転する。低俗な言葉が、逆説的に道徳的な拒否の表明になっているのである。
この点で、「性交売るならファックオフ」は、下品でありながら社会派である。むしろ下品だからこそ、婉曲語のぬるさを破壊できる。上品な言葉で批判すれば、それ自体がまた別のきれいごとになりかねない。だからこのコピーは、あえて汚い言葉を選ぶことで、「きれいな言葉で現実をごまかすな」という主張を体現している。
もちろん、現実の広告としては問題が多すぎる。性的職業や妊娠・結婚をめぐる表現を一括りに扱う危うさもあるし、当事者への配慮を欠いた攻撃として受け取られる可能性も高い。しかし、コピーとしての強度は否定しがたい。短く、覚えやすく、元ネタがあり、意味が反転し、しかも思想がある。
これは単なる悪ふざけではない。悪ふざけの形式を借りた、言葉の美化に対する乱暴な異議申し立てである。上品な社会が隠したがるものを、下品な言葉で引きずり出す。そこに、このコピーの最悪さと鋭さが同居している。
ノンアルはマジで売れない
若い料理人が独立してカウンターのフレンチとか始めたら最初は凝ったノンアルのドリンク作るんよ
いろんな果物とかハーブとかスパイスとか組み合わせて食事と合わせても違和感ないやつ
季節ごとに変えたりして見た目も味も凝ってるし美味しいんだよ
当初の計画より印刷代が高くなったのでコスト増を補うために白黒に変更。
スーパーやコンビニ向けの納品は1店舗で扱う量が多くないために、段ボールに入れる商品の数は少ない。12p/csというような感じだ。
しかしそれでは1csの重量はモノにもよるが1k~2kg程度。
この単位で工場からスーパーまで運んでいては物流費がものすごく高くなる。
そんなときに使うのがPPバンド。段ボールを合わせるためのバンドだ。これでくくって物流センターまで運び、物流センターでほどいて店舗に分散配送する。このバンドがない。いつも注文しているところに注文してもいつになるかわからないとの返答。
地域のホームセンターを社員総出で回り、年内使用予定分のPPバンドを買い占めたところもあると聞く。全体的には悪循環ではあるのだが、普通の注文に普通通りに納品がされたらこんなことは起きない。誰も値段のことなど行ってない。でもないと困る。死活問題なのだ。
どこが足りてるの?
企業が実際の現場で「このままだと原材料の調達が不安定になるかもしれない」と感じて対策を取ろうとしているのに、政府がすぐに「問題ない」という姿勢を見せるのは少し違和感があります。もちろん不安を煽らないための説明も必要でしょうが、現場の判断より先に安心感だけを強調されると、本当に大丈夫なのか逆に不安になります。
特に原油や物流に関わる問題は、中東情勢ひとつで急に変わることもあります。過去にも「供給に問題ない」「直ちに影響はない」と言われながら、後になって価格高騰や品不足が起きたケースはありました。だから企業側も早めに備えようとしているのでしょう。
白黒パッケージに変更するのも、コスト削減や供給リスクへの対応としては現実的な判断だと思います。むしろ政府は口を挟むより、企業が安心して対策できるよう支える方が大事ではないでしょうか。
といっても情勢を考えると今後は不透明だし、メーカー独自の方針に政府が介入する必要はない気がするが?消費者としてはメーカーが資源の節約や価格維持を推進するのであれば我々は歓迎する。
政府が把握している統計上のナフサと現実に企業が仕入れているナフサの流通では違うところがあるんでしょう。まあ政府が現実を把握するためにカルビーさんからヒアリングを行うのはいいと思うが、勝手なことをするな買い占め的な動きが起きたらどうするのか、といったような圧力というかプレッシャーのようにも見えなくもないですね。
しかしカルビーさんはこの件での広告宣伝効果はすごいんじゃないですかね、めっちゃ報道されてますし、実際白黒パッケージが出たら多くの人が手に取るのでは。
これ民間企業への高市政権による圧力に他ならない。「私たちがちゃんと目詰まり解消してるのにけしからん」ということだろう。とんでもない政権だ。
困っていた。「3年付き合っていた人がいる」と、知り合って日が浅い彼氏に何気なく嘘をついた手前、彼女(私)として男性経験がないわけにはいかなくなった。
そんなときに私は、彼氏に本当のことを話すのではなく、嘘を本当にするしかないと後から無理やり帳尻を合わせようとする性格だ。いじっぱりでプライドが高く、勢いで口から出た嘘を告白するような勇気や柔軟性がない。30年間キスもセックスもしたことがない私。30代にもなって一度も経験がないなんて、とても言えなかった、本当に恥ずかしくて。恥の意識は彼氏や社会から見てどうかじゃなくて。誰よりも私が、モテない私を開示することを、許せなかった。
その日は何をしていたのか忘れたが、帰りが遅くなって、気づいたら深夜2時近くになっていた。勇気をふりしぼったわけでもなくて、ただなんとなく以前聞いたことのある女性用風俗のwebサイトをぼんやりと眺めていた。●●(都心部某所)、はアクセスがいいけど会社の人に会う可能性がある。どちらかというと●●がいい。スクロールすると、あまり区別はつかないが色々な男性がいて、雰囲気を見比べようとする浅ましい自分がいる。普段は大して顔の好みがないとか言ってるくせにね。写メ日記……は、風俗ではたらく女性のイメージだけど男性も同じなんだな。メンズメイク慣れした、明るい髪に黒パーカーでネックレスをつけたような、いかにもな若くてチャラいイケメンはちょっと、自分の隣にいて違和感が出ることは容易に想像がついた。どうせなら年が近くて、目がくりっとしていない普通っぽい人がいい。うーん、ラブホテルなんて行ったことがないな。でも、向こうが指定してくれるらしい。そうか。
そうしてだらだらサイトを眺めるうちに、なんだか本当にやってみようかな?という気になった。普段は警戒心が強いくせに、こういうときのブレーキが外れてる。深夜3時半くらいに申し込みの電話をしたら、すぐに予定が確約できた。うわ予約できちゃった、と思いながら眠りについた。
翌日の夕方、セラピストの男性が待ち合わせ場所に現れた。爽やかな好青年ではあるものの、想定通り、いかにもな若くてキラキラしたチャラいお兄さんではなくて少し安心する。「●●さんですか?」と話しかけられて軽く挨拶をかわし、そのすぐ後に指が絡んでくる。恋人つなぎ。あ、そうか、私はそういう行為を「買った」ってことだよなとそこで気づき、罪悪感と違和感が混ざり合った気持ちになりながらラブホ街を歩く。
初めてのラブホテルは、なんとなく満喫チェーンと似たような、無機質で綺麗でも汚くもないような空気。受付はスムーズにすんだ。部屋のソファにかけると「カウンセリング」が始まる。質問はこう。「今日来た理由はありますか?」「キスもしたことない?」「オナニーは月にどのくらいする?おもちゃ?指で?」「エッチを克服したいってことなら性感マッサージを多めにしようか」・・文字にすると顔を覆いたくなるような話だけど、病院の問診のように穏やかに淡々と聞かれるので、こちらも過度に恥ずかしくならず、正直に答える。
順番に歯磨きをしてシャワーを浴び、バスローブに着替える。セラピストが照明を落とし、丁寧なハグから始まった。次いでキスに応じ、その後は私の希望もあってひととおりのセックスの流れや型のようなものをリードされつつ教わっていく形になった。男性器を触ったり舐めたりするやり方を教えてもらい、途中からだんだんと楽しくなる。指入れしてもらったけど、入れたことがないので全然入らず。ここから私がしばしば痛がり、ムードが冷めて徐々にその場が工事現場と化していく。なんとか鳴らして指1本が最後まで入った頃。特殊な状況に慣れてきた私に、彼がしれっと「克服したいなら、挿入してみる?」と言ってきた。え、動揺。本番行為がアウトなことはさすがに私でもわかってる。反応を伺いたくて「ゴムないよ」と返すと「ここにあるよー」とホテルの備え付けを指される。よく考えたら当たり前です。でもここで「ゴムをしてくれる」合意が取れたことでちょっと安心した部分もあり。どうせ処女なんていらないし、プロに任せた方が痛いことにならないんじゃないかと思う自分がいた。10代の頃からずっとずっとコンプレックスだったから。男性経験なしでいきなり風俗でいきなり本番されるって、馬鹿なことはわかっていて、それでもそのまま流された。
結局、狭くて痛くて最後まで入らなくて、痛いと言っているうちに彼のものが萎えはじめたようだった。「ちょっと待ってね」と言われ、自分でしごいてるだろうことをベッドの振動で感じながら仰向けで待つ間、私は「入らなかったけど、ここまでできたから彼氏にも言い訳が立つんじゃないか」と考えた。キスやフェラはできたわけだし、色々な事情で長年付き合っていても本当に挿入が難しいカップルだって世の中にはいる。彼氏にもそんな感じで話せば、わざわざここで初日に大工事をしなくたっていいじゃないか。私はセラピストに「今日は諦める」と言った。
それで終わればよかったが、終わらない。さらに馬鹿なのはこの後で、私はゴムを取った状態でいろんな対位で素股をされた。彼が丁寧で「指導」っぽい雰囲気で終始ことを進めるので油断していた。特にバックでの素股は妊娠可能性が高いとあとで知った。私は最中「これってやばいのかな。やばいかもしれないな。この人やっぱ、よくない人か。あーー」と思っていたけど、わかった上で見ないふりをした。性経験がなさすぎて、「妊娠」の可能性に現実味がなかった。ホテルを出て、別れ際にラインを交換した。もちろんこれもNG行為。彼のした行動もろもろについて「したことないって言ってたから今日はサービスだけど、本当はだめだから、言わないでね」と柔らかな笑顔で言われる。内心の私はまさに「ワロタ」であった。自分の中に色恋感情がいっさいないのは幸運であろうか。
彼と別れた後、アフターピルについて調べた。キスもしたことないからアフターピルなんて調べたこともなかったから、5800円もするなんて知らなかった(これは安いやつみたい)。なんとなくネットで調べたところ、女風大手のそのお店で、本番行為はまったく珍しいわけではないような気配を感じた。本番に関する証拠がないから、お店に問い合わせしても泣き寝入りになった人の声をいくつか見た。きっとこれが性被害ってことなんだろうなとなぜか人ごとのように私は思って、お腹が空いたので、繁華街で辛いこってりラーメンを食べた。おいしい。舌がひりひりして、膣が少し痛いことに気づいた。ラーメン屋にいた港区女子とチャラおじみたいな集団がうるさくて、この人たちもみんなセックスしてるんだよねきっと、と思った。
私は今のところあまり傷付かず、なぜか特に後悔していない。客観的にはひどいことをされたんだと思う。そして馬鹿なことをしたんだと思う、たいして調べもせずに。でも、妊娠リスクを背負うことよりも、性経験がないことのコンプレックスの方が、天秤にかけたら私にとってよっぽど大きい。「それ」がなくなって軽くなったことで肩の力がすっと抜けた。やっとみじめな自分から解放されたような気がする。正直、女風での時間が気持ちよかったわけではない。何か良いわけでも悪い訳でもなくて、ただ肌が触れ合っている感覚だけがあった。相手がどんな人か知らないから、何をさらしても恥ずかしくもないし大して感情がわかなかった。金持ちではないので出費だけは痛いけれど。滅多にあることじゃなので忘れないうちに気持ちを書きしるしたくなった。
日常会話で「読書」という単語を発するのは「小説を読むことだけを読書と呼んでる奴」だけなイメージ。「読書」という概念を切り出して持ち出すことそのものに違和感あるって感じだな。(そしてそういう奴って小説しか読んでないイメージ)
既に書かれてるけど、「読書=小説」になってるのがすげえ違和感あるんだよなこういうの。
その2 前の続き
主人公の下呂くんは女性に免疫のない「毒使い」。行動を共にする結婚アドバイザーの城崎は、見た目は美女だが実は男性という。
特殊能力を持った殺し屋と闘いながら、様々な女性と出逢う展開ってところか。
登場人物の名前は、他にも姫川や嬉野など温泉地の名前にちなんでいるのが特徴的。
アクションシーンもよく動いて凄いと感じるけれど、私としてはバトル以外のシーンの方が好き。
メシアニメは私の好物です。メイドさんもかわいいし、食べ物も美味しそう。
コンビニおにぎり、ナナチキ(セブンイレブンジャパン)、信玄餅(桔梗屋)、たまごボーロ(大阪前田製菓)、サトウのごはん(サトウ食品)、ポカリスエット(大塚製薬)、築地さとうビーフカレー(吉祥寺さとう)、おいしい牛乳(明治)、はちみつ&れもん(加藤美蜂園本舗)、いちごチョコクリーム(マリオンクレープ)、おかめ豆腐の絹、木綿(タカノフーズ)など、実在する製品が多数登場。コンビニもセブンイレブンがそのまま描かれている。
食べ物以外にも豆知識が紹介されたり、「鍵をきちんとかけたか気になって確認したくなる」「鯛焼き、頭から食べるかお尻から食べるか問題」など、日常の「あるある」を挟むのもポイント。
おいしそうだし、かわいいし、勉強になるし、ずっと見てられる。
担任の先生は可愛い顔でグラマーだけど、学校中では「怖い先生」と噂されている。
でもそれは単なるコミュ症なだけで、実は声もひょろひょろで体力もない、よわよわ先生だった。
ラッキースケベ系ですね。あと皆んな体の大きさに比べて顔が小さい。
これ、15分でいいかなー。
首を切ることで前世の力を引き出し、前世の偉人の才能を得た者たちが戦うバトルアクション。
主人公は天下の大泥棒・石川五右衛門の才能を持ち、他者の才能まで盗み出すことができる。
「全ての才能を盗み出し、歴史を総括するほどの人物になってやろう」と思っているが、根は優しい人。
人によっては「ドッペルゲンガーは恋をする」というタイトルで知られているかも。
舞台は静岡市。パーマンのコピーロボットのように、能力で生まれた自分のレプリカが学校へ通う物語。
レプリカが過ごす青春や恋、そしてそれを通して本体側が変化していく様が描かれている。
5話でタイトル回収、一旦終わりといった感じ。
〜これはいじっぱりな二人が、「愛してるゲーム」に翻弄される物語である〜
幼なじみ同士で、「愛してる」って言って照れさせた方が負けというゲームを続けている、恋愛頭脳戦。
幼少の頃は単なる「からかい」だったようだが、互いを意識するようになってからは、この関係を繋ぎ止めるためのゲームになっているようにも感じる。
サンデーならではの、「魔法使いが長生きしすぎるやつ」「勇者の声マジイケボだよね」「あの世界の住人銅像たてすぎじゃない?」といった小ネタがあったり。
3年ぶりの2期。
異世界転移した先で万能農具を片手に農業生活をしていたら、様々な種族が移住してきて、村ができて村長になっちゃいました。さらに子供も出来ちゃった。
鉄腕ダッシュの「DASH村」や「DASH海岸」が好きな人は好きかも(あそこまで本格的ではないが)。
異世界でのんびりスローライフと言いながらバトル多めになる作品が多い中、こちらは基本的に農業や村開拓を続ける感じ。
4話で村民同士が戦う武闘会(お祭り行事)があるが、農業アニメと舐めていたら驚くくらい、しっかりとしたバトル描写になっていた。
きらら。秋田から東京のお嬢様学校へ編入するはずだったのが、女子寮を兼ねる漫画喫茶「ヘッジホッグ」に住み込みで働くことに。
住居は一畳間、漫画喫茶暮らしということでこのタイトル。あとはいつもの可愛い女の子たちの日常コメディ。
客があまり登場せず、登場しても店内トラブルで帰ってもらうことが多いため、経営している感があまりない。
荒川弘が描く幻怪ファンタジー。1話の驚きの展開で、掴みはオッケーじゃないでしょうか。
主人公の「どうなってんだよ、これ」「なんなんだよ、なにがおこってんだよ」という反応、私自身もまさにそれでした。
OPはVaundy、EDはyama、Vaundyとのタッグで、作詞・作曲・編曲をすべてVaundyが担当している。
冴えない陰キャだった頃の自分へタイムリープし、灰色だった青春を「虹色に染めてやる」という作品。
主人公はコミュ障ではあるものの、前世でもそれなりの経験を重ねており、第二の人生ではあっさりカースト上位にいてモテる「強くてニューゲーム」状態。
ただ自己肯定感は相変わらず低く、そんな主人公と周囲の間に生まれる「不協和音」や「ギスギス感」が個人的に好き。
3話でAqua Timez『決意の朝』が歌われる。もう20年前の曲なんだよなー。
幼馴染が主人公を「あなた」と呼ぶ点には少し違和感を感じる。名前呼びか「あんた」ならしっくりくるのだが。詩ちゃんかわいい
OPは前島亜美、EDは愛美。EDのアニメーションの担当は、ズーマー好きなんかな。
主人公の女の子・スピカは、ある日言葉を話す猫と出会う。その正体は有名な天才魔術師。
お互いの利害が一致し、猫と師弟関係を結んで1等魔術師を目指す物語。
スピカは猫の封印を解くことができる(時間制限あり)。封印解除には魔力の注入が必要だが、ただし魔力は尻に入れる。
「天才になれなかった全ての人へ」2019年にドラマ化されている。
絵を描くのが好きだけれど才能がない光一。
絵の才能を持ちながら、父の死をきっかけに描くことを止めてしまった左利きの女の子、エレン。
仲がいい訳ではなかったが、結果的に光一がエレンの背中を押す形となり、それぞれの人生が進んでいく。
光一の社会人パートは緊張しながら見るなあ。私にも神谷さんみたいな人いたなあ
テレビではテレ東系列,AT-Xだけ。一部地方では放送されていない。これ全国放送してほしかった
OPはALI、ちょっとバブルガム・ブラザーズのWON’T BE LONGを思い出す歌。
1年ぶりの2期。前世では最強の王と呼ばれながらどこか孤独な人生だったが、転生先では家族や友人に囲まれながら心身共に成長していく。
今シーズンも地上波はテレビ東京のみで、全国ネットではない。BSでも放送して欲しかった。
OPはSIX LOUNGE、EDは22/7。Season1のEDはアーサーが走りながら成長していく感じだったが、Season2はテシアがそんな感じ。
テシアがヒロインなのは分かるけど、私の中ではジャスミンがヒロイン。
『野生のラスボスが現れた!』と同じく、アニメと同じタイミングでサンソフトからゲーム化された作品。
夏休みの前日に当たる終業式の日、教室に入ろうとした瞬間に異世界転移してしまう。
過剰とも取れるオーバーリアクションや奇行が目立ち、テンションが変なアニメに感じたかな。
転移直後に出会ったエルフとは2話で別れ、主人公は新たなパーティーを組む。
一方、エルフたちのパーティーストーリーも並行して進んでいて、これまた1クールでは収まりきらない感じかな。
天才王子と自称悪役令嬢ポンコツ転生者との、ハートフルストーリー。
令嬢バーティアは転生者、王子セシルはゲーム世界のキャラクター。
乙女ゲームの悪役令嬢へ転生してしまうというよくあるパターン。
が、特色は、よくある転生悪役令嬢話とは役割が逆になっている点。
通常はゲームの展開を全て知る転生者が世界を変えていくものだけれど、
今作は、完璧なセシル殿下がバーティアを観察し、言動や行動を基に世界を変えていく展開が面白い。
感情などないようにあれこれこなすセシルだが、オモシレー女、バーティア嬢に心動かされていく。
EDの絵いいなー。
2期で飽きてきたのだけれど、今回は好きかも。主にテンポが良くなった気がする。
「愚者の奇行団」とは対立したくなかったという思いも何とかなりそうだし。
ハッコンのランクがついにレベル3へ。ランクアップは1期7話以来。
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の作者による作品。
四季の神々から与えられた特別な力で各地に季節を巡らせるという世界のお話。
そんな春の季節の「代行者」と、その代行者を守る護衛官の物語が描かれている。
その時何があったのか、そして戻ってくるまでに何があったのかは、毎話少しずつ明らかにされていく。
6話まで観ると大体の状況が掴めてくるのと、EDの持つ意味も分かってくる構成。さくらの声の人の演技にちょっと感動。
それぞれのエピソードの終盤で登場人物の感情が溢れる様子、感動を誘う演出は、まさに『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』といったところ。
タイトルも内容もなかなかクセのある作品。現代アニメーションの見本市。
女神の力で別の世界の「何か変なモノ」に転生し、その世界を見届けて人生を終え、女神の元へ戻って異世界での出来事を確認する。そしてまた転生しての繰り返し。
転生先の世界は毎回異なるクリエイターが担当しており、アニメだけではない多様な表現が試されてる。
特殊な映像や演出が目に飛びすぎて、全然話が頭に入ってこない……というより、むしろ「違う面白さ」がある。
EDはshallm。EDでは本編のメイキング映像が流れるのも特徴的。
女の子が酒を飲む作品です。 私の中でこういった系は『たくのみ』以来かもしれない。あと今作はタイトル通り百合度が高い。
お酒の豆知識をゆっくり解説してくれるコーナーがあるが、どう聞いても、どう見てもひなたとあおいです(クレジットには「スマホの声」と記載)。
いいですね、酒アニメ。私も角打ちによく行きます。私は芋のくっさいのが好きです。 酒の味なんて分からず、酔いと雰囲気だけ楽しむ「ダメな大人」になってしまいましたが。
EDは毎回同じ曲だが、歌う人(キャラ)が毎回違う。 EDアニメーションも毎回異なり、登場人物の「ある日のストーリー」を描く《ヤマノススメ Next Summit》方式。
2年ぶりの2期。間があいたが1期振り返り特番があったので助かった。
魔法至上主義の世界で、まともに魔法が使えない「落ちこぼれ」主人公が剣で活躍する話。
2期では落第し、失意に沈む主人公ウィル。街では年越しの大結界を張る行事が行われていた。
無事に結界が張られたと思った矢先、不穏な魔法円が出現し、街はモンスターに襲われる。
1期ではダンジョンを潜っていたら本来ここには現れるはずがない高レベルなモンスターが登場したり、
今回は街が突如戦場になったりと、ダンまちを見ている人は既視感を抱く展開(原作者が同じ)。
まさか第16話の杖と剣が交わるウィストリアまでがプロローグだったとは
2009年にKAT-TUNの亀梨和也でドラマ化されている。 美味しんぼのワイン版と表現するのは少し雑か。
1話ではそこまで気にならなかったけど、さすがに2話以降は気になってきた。(プロの声優ではないとはいえ、それでも上手い方だとは思う)
話は面白いのだけれど、やはりこの声と展開の早さが、私にはちょっとしっくりきません。
田舎の空き家を管理する主人公と、そこに集まる霊獣たちの物語。
異世界放浪メシの「フェル」に似たキャラクターがいるので、スライムの「スイ」がいても違和感なさそう(「我、山神ぞ」すみません)。
主人公には霊を祓う力があり、メモ用紙に文字を書くだけで、その辺の陰陽師以上の力を持つ霊祓いアイテムになる。
背景がすごく綺麗で、そこまで大盛り上がりする展開はないけれど、落ち着いて見られる個人的に結構好きな作品。
めちゃくちゃ好きなんだが。
歌劇学校を舞台に、決して華やかではない「人と人との歴史を紡ぐ青春群像劇」。映画にしてもいいのでは。
話によって焦点を当てる登場人物が変わり、時代や場所も淡島・鎌倉・広島ところころと変わるため、少し頭の中が大変に感じる人もいるかも。
登場人物はそれぞれどこかで繋がっており、後になって「この人はあのエピソードの人か」と気づくと楽しくなる。
公式サイト(https://awajima-anime.com/story/)の各ストーリーページ下部にある相関図を見ると、つながりが分かりやすい。
同作者の過去作で、鎌倉が舞台だった『青い花』(漫画/2009年アニメ化)とも少しつながりがある。
1年半ぶりの4期。私は少数派かもしれないけどバトルより会議の方が好きです。
勇者と魔王みたいな善悪2者対立した話なら力でバトって分かりやすいんだけど、
こうも役者や国や思惑が増えてきたら会議がないとしっくりこないので。
さてこの度はテンペスト評議会への参加の件。欲まみれで舐めている議員たちはどうなるか
バラエティ番組とか観てると、ちょくちょく出演者が結構ユニークな服着てることがある。
けど、良い意味でそこまで気になったことがないというか、ちゃんと馴染んでいるんだよな。
大抵はスタイリストが用意したものだとは思うけど、だとしたらスタイリストすげえなあと思う。
どうしてそう思うかというと、しゃがむ時にかかとを地面につけようとすると、後ろに転がってしまう。体育の教員には、かかとが堅いと嗤われた。
それだけではない。
堅い椅子に座ると座面に恥骨やクリトリスが圧迫される感覚があって、流石にこれは違うのではないか?とほんのり思うようになったのだ。
しかし反り腰の概念の無かったわたしは、わたしの性器は人と違う形をしているのか?と成長するにつれ、不安を感じるようになった。セックスの知識が増えるにしたがって、わたしは将来セックスが正常にできるのか?という不安が性欲の強いわたしに常に付きまとった。
そこから反り腰という概念にたどり着くまで、長い時間がかかった。
ここ数年、糖尿病改善のためにダイエットをしていて、その一環でリングフィットアドベンチャーやフィットボクシングをプレイしている。
特にフィットボクシングのプレイ中、右膝や右股関節に違和感を感じるようになった。
痛みでもないが、傷んだら嫌だなあと思って、インスタを参考にストレッチやヨガを毎日やっている。
インスタで大量に流れるヨガやバレエ、ピラティスや整体のインストラクターの動画を見ていると、それぞれ表現は微妙に違うものの、反り腰改善のすすめが流れてくる。
足が痩せるということは、足を使えるようになるということか?
試しにフィットボクシングの最中、主観的には腰を丸めて骨盤をかなり後ろに倒して中腰でプレイすることを試している。
すると今まで使ってなかった腹筋に効く。大腿の筋肉に効く。右膝や右股関節の違和感も確実に軽減している。
座るときにも腰を丸めることを心がけてみると、クリトリスが当たらない。腹筋が使われている。
わたしは子供の頃から歩くのが遅かったのも、もしかして反り腰のせい?
わたしはもしかして、反り腰のせいで五十年以上の人生を損していたのか?
どうして誰も教えてくれなかったんだろう…。