はてなキーワード: 喫煙所とは
4時半〜5時に中途覚醒
5時半ごろに母が起床
YouTubeで「社畜ねこのむぎ」を観ながら、母に淹れてもらったブラックコーヒーを飲みアイコスを吸う
仕事のことを考えるとストレスでスパスパタバコが進み、ここで5本くらい吸う
東京駅着
コンビニでモンスターエナジーを買い、ビルの喫煙所でモンスターエナジーをガブ飲みしながらアイコスを5、6本くらい一気吸い
出勤時間30秒前に出社
出勤した途端に早朝から出勤して仕事してる係長から「増田くんちょっといいかな」と声をかけられダメ出しから朝が始まる
仕事開始
想定している状況はこんな感じだ。
想定している相手は、例えば、会社やサークルの先輩、恋人の親、飲み屋で知り合ったおじさんなど。
その方法を単刀直入に言うと、「教えを請う」というそれだけだ。
「教え」の内容というのは、例えば
などがあるが、正直内容は何でもいい。
「教えを請う」という部分が大事だ。
よほど険悪な関係でもない限り、人に何かを教えてと言われて、あるいは相談をされて嫌な気持ちになる人はあまりいない(もちろん頻度や話題選びは重要だが)。
子供に片付けをさせたい時、「片付けなさい!」と怒るより、
「〇〇くん、この玩具どこに片付けたら良いのかお母さん(お父さん)に教えて?」
と言うと、片付けをやってくれる確率が上がるという。
人には「教えたがり」の本能がある。これを利用しない手はない。
この方法は「ただ相手が良い気持ちになる」というだけではない。
こちら側にも、色んな人から色んな知識を吸収できて嬉しいという利点がある。
これを「相手に媚びへつらうみたいで嫌だ」と思う人がいたら、とても勿体無いことだと思う。
この方法を使って、小さい会社の社長さんとか、工事現場の作業員さんとか、色んな人に色んなことを訊いてみたけど、どんな人でも面白い話の1つや2つは持っている。
誰でもすぐに実践できるので、やってみてほしい。
やり方については、アレコレ説明するよりも実例を見た方がイメージがつきやすいだろうから、私が実際に会話で使った事例を紹介する。
喫煙所にて
「最近日本酒にハマってるんですけど、先輩日本酒に凝ってましたよね?
趣味の話でアドバイスを求められたら、たとえ嫌いな相手でも、私は答えてしまうと思う。
それと、相手の趣味の話で相談をすると、飲みや遊びに連れて行ってくれたりする。
お酒以外でも、アウトドアとか、おすすめの小説や映画とか、趣味の話で相談をすると、とにかく会話が弾むから、是非やってみてほしい。
注意点は、軽い気持ちで相談するのはNG。おすすめを訊くなら、ちゃんとそれを買ってみて、後日感想を送るべし。
それが嫌なら、もう少しライトに
「日本酒に興味あるんですけど、まだ違いがあんまり分からないんですよね……。
くらいの言い方で聞いてみるのがいいと思う。
LINEにて
「この間お邪魔した時にいただいた油淋鶏、すごく美味しかったです!
〇〇ちゃんと一緒に食べたいので、もしよければお時間ある時に、レシピを教えていただいてもいいですか?」
この文面を送っただけ。
・理由を伝える(人間は理由を提示されると、その内容に関係なく納得感が増す)
の2点。
ちなみに、これはお世辞ではなく、出してもらった油淋鶏は本当に美味しかった。
レシピ通りに作ってみたらちゃんと美味しく作れて、彼女も喜んでくれた。
恋人の親じゃなくても、生活面のアドバイスも趣味と同様話が弾みやすいから、おすすめ。
特に、相手が凝っていることについて聞くと、有益なアドバイスがもらえる。
インテリアに凝っている人なら家具についてとか、在宅ワークの人ならおすすめの椅子とか。
どういう導入だったかは詳しく覚えていないけれど、大体こんな流れだった。
↓
(チラッと身の上話)
↓
「ずっとここでお仕事されてるんですか?」
↓
↓
(その内容に関連して人生相談。運輸業への就職のこととか、奥さんがいるって言ってたから結婚のこととか)
私はよく単発で、工事現場の警備員とかイベントスタッフのバイトに入っていたので、バイトや社員のおじちゃんと喫煙所で一緒になった時に、こうやって話を聞いていた。
こういう場面だと、相手の趣味も生活も分からない上に、年齢が1回りも2回りも上の人に「ご趣味はなんですか?」なんて聞き辛いので、思い切って仕事や人生について聞いてみることにしている。
これがまた、面白い話を聞けたり有益なアドバイスが貰えたりするから、楽しい。
ポイントは、いきなり重い話をぶっこんでも吃驚されるので、ちゃんとワンクッション置くこと。
上の例だと、仕事の話→人生の話→相談という風に、仕事の話をクッションに使うことで、「親しくなってから相談」という流れに持ち込んでいる。
悩んでいることに対してどこに答えが転がっているかなんて分からないのだから、色んな人に聞いてみるのが一番だと思う。
ただ注意点としては、みんな親身になって答えてくれるけど、同時に無責任な回答もしがちだから、重大な事柄については相談する相手を間違えないようにしたいところだ。
私は身体と精神に障害があるが、そのことを開示すると色々言われる時があるので、普段は言わないようにしている。
だから、特に初対面の人には、結婚の話とか仕事の話とか、人生哲学の話とか、仮に否定されても自分が傷つかない内容を相談するようにしている。
以上、私の実例を紹介した。
周りには、年上の人と喋るのが苦手だという人がちらほら居る。
それは友人同士のフラットな関係に慣れているからなんじゃないかと思っている。
家庭内でも、母親と友達のような気軽な関係の親子が昔より増えている気がする。
会社や学校での先輩・後輩の関係、あるいは家庭内の親子関係が、フラットなものがいいのか、そうじゃない方がいいのか、私には分からない。
「教えを請う」というのは、相手(の知識や経験)が自分より上だと認めて、へりくだって行うものだから、ここで紹介した方法は、その上下関係に迎合したやり方だといえる。
ただ、現在の日本が縦社会なのは事実だから、それを上手く利用して生きるのは悪いことじゃないと思う。
相手は年下に頼られて嬉しい。こちらは知識や経験を吸収できて嬉しい。
そしてお互い、会話が弾んで仲良くなれる。
なぜか気になっていたが、説明してくれた。
「お袋も婆さんも1960年代にはゴミはきちんと洗ったりはさみを入れて出していた。」
「ゴミの出しかたでそいつの人徳や人格がわかるとお袋や婆さんから教えられた。」
と言うことらしい。
ただ、言っていることはその通りなので以来反省してきっちり出すようになった。
今でも「俺は公団出身だ。」と自慢げな話す。水洗トイレとガス風呂で驚いたかとか。
いや、親父の婆さんが言ってるってことは、戦前はおろか大正くらいまでさかのぼるのかもしれない。
徳のあることで。よごさんしたね。
親父は1990年には携帯たばこ入れを使っていて、喫煙所以外では吸わなかった。
1990年ごろは確かに男女参画社会基本法が可決成立施行したり、そういうリベラル時代だったのはわかる。
ただ、ゴミの捨て方にまでこだわるとはなんとも言えない。
それをきいて俺もゴミの出し方がすごい丁寧になった。
俺は非難されている。
それは俺の脳内にだけ起きているのかも知れないし、俺が相談した医者だけが嘘つきなのかも知れない。
目に見えず信頼できる数値化も難しい「体臭」という概念で持って、俺は日夜攻撃されている実感の中で生きている。
通りすがる同僚が俺を「臭い」と言い、横切った通行人が咳き込む。
それが幻聴なのか他の事象への脅迫的な結びつけなのか俺にはもう分からない。
いつも小声で呟かれる「臭い」はレコーダーには拾われず、遠くで大声で語られる「誰かの体臭の話」はその正体に要領を得ない。
「アイツは自覚がないんだよ」と誰かが口にしているが、それが何を指しているのかは具体的には分からない。
ただ一つ言えるのはいつも同じ口調で大声で何かを避難している数人の同僚と、数十人の同僚が小声で口にしている気がする「臭い」という呟きだけだ。
統合を失調仕掛けているのかもしれない。
「おいお前ら!ここにもこんな臭いやつがいるぞ!こいつはどうなんだ!」と叫びそうになってしまう。
俺はもう限界なんだと思う。
でも同時に「全てを諦められる領域」へのアセンションが近づいている実感がある。
だってこんなにも何年もはっきりと攻撃されているが、未だに明確な差別は受けていない。
いや、俺がいない所、たとえば飲み会の席や喫煙所で「臭すぎー」「それなー」「死ねー」「殺してー」と言われているかもしれないんだが、よくよく考えたらよっぽどの善人以外は何らかの欠点をあげつらわれるか、ないしは美点への嫉妬や価値観の相違を根拠に「うぜー」「死ねー」「分かるー」「殺してー」と言われているのだろう。
だが、それらは「何らこの民事裁判や刑事罰を引き起こせるレベルでの実害を生じているか」という論点で見れば「そこまでは行かないかも」という結論にいたり、そしてそれは俺が一日数十回か百数十回かないしは数百回かもしかしたら千回以上耳にする「臭い」の小声だって変わらないのだ。
ただ「臭い」という声がするだけだ。
俺の知らない所で何らかのNGリストに入ったりしてるのかも知れないが、そんなのは目に入らないのなら無いと同じだ。
俺は小声の悪口以外はこれと言って大きな実害を受けていない。
それさえ無傷で終わるならすべては無害となる。
その領域が近づいている。
何年も続く自臭症は何人もの医者により証明され、結論は「本当に臭くない」か「医療的措置が必要となるラインでもないのに騒ぎ立てる集団の中で暮らしている」のどちらかであることが判明している。
あとはもう俺の気の持ちようだけだ。
明確にはなんの差別も受けていない世界の中で、俺の耳にだけ聞こえレコーダーが拾わない小声の悪口が何度となく聞こえるだけだ。
気にするな。
生きよう。
本当に臭いのだとしても、医者が問題ないと太鼓判を押すレベルのものを騒ぎ立てる奴等こそが悪いんだ。
そんなに臭い人間が許せないなら、老人ホームで臭い老人を大量虐殺してくればいいじゃないか。
どこぞの聖とお前らの境界は実行に移すか否かの薄皮だけだって自覚すらない差別主義を抱えてることによくもまあ無自覚で、いや、無自覚だから平気なんだろうな。
つまりは、もし俺のこれが幻聴じゃないなら、奴らは単に「バカ」ってことか。
それはそれで悲しいなあ。
だが週末、熊本でなにかあるのか知らんがホテル満室で追い出されたので旅に出る。(泊まれるが法外に高い)
どっちがいいかChatGPTに聞いたら「どっちもいいよ!」みたいなふざけた回答しやがった。
おまえはいつもそうだよ。二択で質問してるのに玉虫色の回答で責任を回避しようとしやがる。
どっちか選べと指示したら「鹿児島」だと答えたので鹿児島に決定、はい責任はChatGPTな。
途中吉野家で朝食をとる。「牛すき鍋定食肉二倍盛り」。朝なのでビールは無し。バス旅でおしっこ危険。
俺は吉野家では「並牛」「牛鮭定食」「牛すき鍋定食肉二倍盛り」しか頼まない。
人生初吉野家から40年間これを貫いている。あと吉野家以外の牛丼屋はパチモノでありクソである。
キン肉マン問題や嫌なら食うな問題などどうでも良い。牛丼は吉野家である。異論は認めない。
吉野家下通店のドアは手動である、なぜ自動ドアにしないのか謎。理解不能。これだけは吉野家を許せない。
熊本の大衆は育ちが悪く品性が低めなので開けたドアを閉めない。ドアをきっちり閉めたら負けだと思っている。
熊本にはそこらじゅうに「あとぜき」の張り紙がある。熊本弁で「開けた扉を閉めろ」という意味だが、
そんな張り紙をあちこちで見かけるほど奴らはことごとく閉めない。
まして吉野家の手動ドアなど完全に閉まることはまずない。閉めろと念入りに張り紙はしているが誰も閉めない。
徒歩、桜町バスターミナルに着くと20分後出発の便がある、鹿児島行きバス路線があるのは知っているが時刻表までは調べていない。
チケットを購入。
旅慣れている俺はファミマで颯爽とお茶とチョコとワッフルを購入。
バスに乗る。
熊本のバスはクソ遅い。市内慢性的渋滞なのに市内から高速道路までのアクセス道路が無い。首都高的な、バイパス的な道路がなく
桜町バスターミナルから熊本ICにたどり着くだけで一時間かかる。新幹線ならもう鹿児島に着いている。
だがバスなら4200円で鹿児島まで行ける、新幹線だと7700円
バス一択である、金は無いが時間はたっぷりある。そもそも急ぎの旅ではない。バスの車窓も含め旅なのだ。
それにしても遅い、市内でいちいちバス停に止まり乗客を乗せる。高速バスなのにぜんぜん高速じゃない。
ようやく高速道路に入り山中をひたすら走り、無駄に鹿児島空港に立ち寄り、3時間半で鹿児島中央駅に到着。14時くらいだったと記憶している。
鹿児島は20年ぶり。今の駅ビルに建て替わる直前の鹿児島中央駅(当時西鹿児島駅)にしか来たことがなく現在の立派な駅ビルには薩摩藩の貫禄を感じた。観覧車もあるし。
駅前をふらついていると市内観光循環バスを見つけた。230円でぐるっと一周できる。80分乗って230円。どう考えてもお得。乗るしか無い。これで主要観光地全部行ったことになる。
乗ってから数分で気付いたが、そういえばこれ20年前も乗ったわ。見覚えあるわ。行動パターンが20年変わってない俺。
西郷どんの洞窟ショボっとか思いつつ、20年前も見たわ、みたいな。
俺は日本全国、世界各地行っているのでたいていのモノは初見でも感動も無いが、二度見であるからさらに新鮮みもまったくない。
16時。アホらしくなり途中天文館で降り(ほぼ一周してる)、銀だこで腹ごしらえ。
安定の銀だこ、どこで食ってもハズレはない。
鹿児島に来たからと言うて嬉しそうに黒豚だの地鶏など食わない。どうせまずい。よくて値段相応
高度に資本主義が発展し、かつ食品の保存、輸送が極限まで進化した我が国。
朝に豊洲で仕入れた魚が午後には那覇空港に到着し空港の中の寿司屋で提供されるのだ。
美味い魚や肉や野菜は大資本が狩り尽くし、一般市場にはそのお溢れしか回ってこない。
地元だから新鮮で高品質で安い、なんて幻想にすぎない。もうそんな時代ではない。
美味いもの食いたきゃ金を出さなければならないし、品質は都会も田舎も変わらない。
ハイボールとたこ焼き、最高であり、庶民の幸福であり、食いながら宿を探す。
宿は取っていない、取れなきゃ満喫でもいいのだ。この時間になるとホテルは空室よりもマシと捨て値で部屋を売り出す。
案の定、東横イン7000円を見つける。予約し銀だこお会計しチェックインに向かう。徒歩5分
ちなみに銀だこのスタッフはみな可愛かった。鹿児島は女子のレベルが高いように思う。熊本には悪いが熊本はアレだ。
熊本は男は扉を閉めない、女はヘチャ。ではいいとこ無しのようだが、俺は熊本が大好きだ。なんなら引っ越ししてもいいと思っている。
息子が友達と離れたくないと拒絶したので断念したが、でもキミクラスで浮いててボッチって嘆いてなかったっけ?まぁいい。
ともかくホテルにチェックイン、暇つぶしにテレビを見る、スマートテレビはネトフリにも対応、颯爽とログインして「斉木楠雄のΨ難」の続きを観る。鹿児島まで来てなにやってんだと思うだろうが、いいのだ。こういうのでいいのだ。
21時。小腹が空いた。週末の鹿児島の繁華街、どんなものかパトロールに出発。
グッと来る店がまったくない、Bar、キャバクラ、居酒屋、なんでもいいから1軒くらいと思ったが、無い。
仕方がないので客がそこそこ入ってるラーメン屋に入ったが、ぜんぜん美味くない。な?だろ?
ホテルに戻り寝る。
朝、さてどこに行くか、ノープラン。アホらしいので即戻りでもいい気がしてきたが、せっかくだし、桜島に行く。
フェリーに乗る。チケットは無く桜島の下船時に支払うという合理的オペレーションはグッドである。そして安い。250円だったか。
金額を確かめようと念の為にググったら検索要約に130円と出てきた。どっからそんな値段が出てきたのか。これだからAIは。
古い値段なのか、小児運賃を誤判定しているのか、意味わからん。
それにしても桜島は偽物である。おまえ島を名乗っているが島じゃねぇじゃん、繋がってんじゃん、現状ただの半島であり錦江湾のノドチンコである。桜半島に改名しなさい。島じゃないんだから。
無論、ただの地名であるという言い訳もありましょう、例えば島原は島でも無いし原っぱでも無い、島が付く地名などゴマンとあり、地名と実態は別物であり、安田さんが安いわけでも田んぼなわけでもない、それらの一種であるという言い訳だろうが、俺は許さない。
とか思いながら桜半島を眺めていると船は出発した。デッキではアホみたいにうどんを食うてるアホがいる。クソ高いのに美味いわけが無い。
テレビでタレントがうまいうまいと言うてるのを見て自分も食いたくなったのだろう、美味いわけが無い。
船は15分で到着。元船乗りの俺としてはこの手のフェリーの操舵技術には感服する。
自動車のCMなどでキツキツ駐車スペースにスピンで滑りながらピタリと止める、みたいな演出あるじゃん。
ともかく桜半島に到着。
降りる、250円払う。Suicaで払おうとしたが使用する人はほとんどいないのだろう、都度タッチ端末を起動しているのか知らんが応答がすこぶる遅い。
なんぞ?
なんか人がたくさん走ってきた。マラソン大会してやがる。うっざ、さっきのはスタートの合図
この手の観光地にはたいていレンタル自転車があるもので、案の定あったので借りに行ったら今日はマラソンだからダメだと。ふぁっく
わざわざ活火山の真下でマラソン大会やってんの。3000人集まってんの、アホかと。
徒歩で海岸沿いに向かう
ビジターセンターなる観光施設があったので入る、土産屋があり溶岩石が売っていた。300円。
マイクラにハマってる息子が最近やたらと溶岩溶岩とうるさいので買っていこうと思ったが、
ここってそこらの石全部溶岩じゃねぇの?
海岸沿いに恐らくかつて溶岩だったのではなかろうか的な石ころを拾ってカバンに詰めた。300円儲かった。
なぁに子供にはわかるまい。ただの石でもいいのだ。
かつこの行為が厳密には法律違反ではなかろうとかいう懸念もあるが、俺の中では違法性は阻却されると判断している。
鹿児島に戻る。
ちなみに船の出発ジングルが長渕剛であった。俺は長渕が嫌いである。
人格、品格というのはその人がアイデンティティ確立において誰もが何かしら持つ劣等感をどのように消化するか、が大きく作用する。
彼は音楽に関しては天才である。体系的音楽教育を受けずギター一本で多くの人の記憶に残る名曲を生み出してきた才能は凄いのであり、俺も若い頃、まだ自分でピアノを弾いていた頃には彼の曲をいくつか弾いた。コード進行はシンプルであり、奇抜な音楽要素を取り入れるわけではなく、しかし優しく強いメロディーは誰の頭にも残る。
が、彼は自己プロデュース能力やタレント性、カリスマを宗教にしてしまった。
アホを信者に搾取することは悪いことではない。宗教屋はみなやってる、それで救われるやつもいる。
が、彼は劣等感の克服を歪んだ形で完結させ、歪な宗教に昇華させた。俺はそれを嫌悪するのだ。
ワンテイクというYoutubeのチャンネルにも出ているが、説法がながぇのよ、普通のアーティストは「行きます」程度の一言で演奏開始するのだが、彼は人生口上を長々と30分近く喋ってから演奏に入る。うぜぇぇぇぇ、のであり、嫌いだ。
さて、俺は帰りのフェリーの甲板で涼んでいた。外気温19度、日差しもあり普通に暑い。散々歩かされたので汗ばんでいる。
が、近くに高校生の修学旅行のグループ行動らしき集団がいて、「さーむーい」「マジありえなーい」みたいな私弱いアピールして女子の真横でTシャツであり、俺がおかしいのか、JKがブっているのか、みたいな絵面であり、俺はJKたちに笑われていた。
鹿児島中央駅まで戻り指宿まで行く、まだ時間はある、片道1時間ちょい。指宿で降りずにそのまま乗り続けるとJR路線最西端の西大山駅まで行けるらしく、かなり魅惑的であり、てかそのまま枕崎まで行きたいが、アホではないので帰りをシミュレーションすると無理ゲーであることがわかり諦めて指宿で降りる。
というか、鹿児島県は上白石萌音様を生み育てた聖域であり、指宿はかの大漫画家川原泉先生を生み出した伝説の地である。
堪能せねばならない。
指宿駅前に食堂だか居酒屋だか料理屋みたいなのがあり、2500円の定食を食う。きっと川原泉先生もここで飯を食われたに違いないと考えると美味さは倍増する。実際美味かった。だが、どうやらその日は指宿で全国かつお祭りとやらが開催されているようで(店にポスターが貼ってた)、車で10分ほどの会場でなんかやってるらしい。13時半なのでまだ間に合う。俺が計画的に行動し、事前リサーチしていれば間違いなくそれをターゲットにしていただろう、カツオは俺の好きな魚ランキング10位内には入るほど好きだ。残念
地ビールがあったので飲む、美味い、おかわりしてしまった。これが間違いだと気づくのは30分後である。
14時半、帰路、鉄路かバスか。どちらもアリのようだ。来るときJRだったので時間かかるが景色の良さそうなバスもよかろうとバスで帰ることにした。ちなみにJRはクソであり、せっかく海岸沿いを走っているのに藪で景観が台無しである。
JRが軌道外の雑草を放置しているため車窓は最悪のコンディション。
言い訳をすると乗車直前にトイレには行ってる、アホでは無いのだ。
あと1時間ちょい我慢は「むり」との決断を下し、途中「観音崎展望所」バス停で途中下車。
道の駅だからトイレくらいあるだろう、あった、おしっこした。セーフ。間に合った。次のバスを検索すると絶望しか無かった。2時間後。
最寄り駅まで徒歩20分。20分くらいは歩くが、列車が来るのは1時間後。ふぁっく。ド田舎死ね。
結局小一時間海岸で桜半島を眺めながら佇むことになった。気候が良いのが救い、桜半島はきれいだった。
ようやく時間が来たので生見駅から列車に乗る。「ぬくみ」と読むらしい、勉強になった、残り人生で活かせる機会は無いだろうが。
生見駅での乗客は俺一人だが、枕崎や指宿から乗ってきたのであろう観光客で空席ゼロ。外人だらけ。
ちなみに生見駅の側には「この付近で大便した奴はぶっ殺す 家主」的な看板があちこちにありどんな治安だよと思った。
本来の目論見では鹿児島中央から4400円でバスで熊本まで戻る予定だったが、この時間だともはや新幹線ワープしかない。
指宿在来線から新幹線に乗り換えようとしたのだが、改札内に新幹線切符売り場は無いらしい、一度改札を出てから買い直しだとか。
都会育ちの俺は新幹線とは5分に一本走っているものという常識がありそのような感覚だったが、時刻表を見ると絶望しかなかった
はぁぁぁぁぁ?
よんじゅうよんぷん?待ち?なんで接続列車にしないの?その前が3分間隔出発で次が44分の空白ってなんなの?
なんでばらけないの?アホなの?
が、良い、許す。俺はちょっと機嫌が良い。
実は指宿からの帰路に衝撃的な出会いがあった。途中でJK3人組が乗ってきたのだが、その一人が俺の初恋の人にそっくりだったのだ。
瓜二つというて良い、とはいえ初恋の人に最後に合ったのは35年前なので記憶が定かではなく写真も持っていないので相当補正がかかっているかもしれんが、顔立ち、スタイル、雰囲気がそっくりだった。俺が余命一ヶ月とかならアレでソレしてしまったかもしれない。だが俺はあと50年生きる予定なのでそんな事で刑務所には入りたくない。
コーヒーを飲む。そういえば出張に電動鼻毛カッターを持ってくるのを忘れた(バックのどこを探してもない、入れたはずなのに)ので隣のヨドバシで買うか思案、だが、よくよく考えてみると鼻毛カッターを使うのは1週間から10日に一度である。
出張はあと2週間だから使っても1回、もしくはせいぜい2回であり、自宅に戻れば前のがある、別にそれで困ってない。
パナソニック製で10年前に購入したものだが、電池式なのでバッテリーヘタリもない。そもそも毎日使うものでもない。
そしてこの歳で新しい電動鼻毛カッターを購入したとしてあと何回使うだろうか。鼻毛がどうでもよくなるのが80歳くらいだとして、週一使うとして残りざっと1400回である。
あ、けっこうあるな、新しいの買ってもいいかな、人生最後の電動鼻毛カッター、いやいやいや、今のやつで人生最後まで走り切れるのでは。
とか考えてたら30分が過ぎ、ホームに向かう、新幹線ホームに喫煙所があると思いきやなかった。大都会熊本駅にはあるんだけどね。
新幹線発車。
車内アナウンスで「座席に荷物置くな」と言うているのにお隣の中年女性はガン無視。
俺は三列シートの真ん中にふんぞり返って座っている。なぁに乗車率3割も無い。
ちなみに三列シートは真ん中だけちょっと幅が広いのだ。
18分のインターバルがあるのでのんびり新幹線ホームの喫煙ルームでタバコを吸う。
吸い終わり、ん?豊肥本線ってこの時間そんなに間引き運転だったっけ。調べると
18:43発があった。余裕で乗り換え間に合うじゃん。ジョルダンふぁっく
なんやかやホテル到着、急いで帰ったのは理由がある、荷物が届く。
スーツケースを宅配便で送っている。ホテルというかウィクリーが預かってくれないので近所のコンビニから Permalink | 記事への反応(0) | 16:52
単一の尺度で価値を測ろうとするのは、その人の視野の狭さを示してると思う。有体を言えば、頭が悪そうにみえる。
今日、東京大学理科三類に合格し、通ってらっしゃる栗林氏のYoutube動画を観た。タイトルは「学歴にこだわってる人へ(https://youtu.be/m0njQXdFK1I?si=bme7omYBap7MaVBH)」だ。
自分なりに要約すると彼の主張は以下だ。
「学歴にこだわんなよ、しょーもない」
「偏差値だけを基準にものごとを選ぶのって、価値を一つの基準でしか判断できてない」
「価値には色んな要素がある。その学校の教授とか、どういう講義を受けられるのとか、その学校の求めてる人材像と自分がマッチしてるのとか。偏差値はわかりやすく一つの要素を単純化して表示してるだけ」
頚椎が骨折しそうになるくらい首を縦に振ると同時に、これは東京大学理科三類という国内でもっとも難しいと思われる受験区分を通過してる彼だからこそ言えることだと思った。
何の肩書きも持たない俺が追従しても、説得力に欠けるかもしれない。何を言ったかは大事だけど、第三者に伝えるときは誰が言ったかも重要視されやすい。
けどまあ、言わせてほしい。
俺は他人によくムカつくんだ。他人を狭い視野で批評するやつに。
高学歴とか、何の資格を持ってるとか、家庭がどうとか、心底どうでもいい。俺やあんたが何が実現できるかのほうが遥かに重要だと思うんだよ。
(補足。東大とか旧帝大とかMARCHに受かってる人の努力はすごいし、尊敬してるよ。だって俺には到達できないもんな、そういうの)
俺も世間一般で見たら「頭がいいのかなあ」と思われる仕事に就いてたさ。
けど、中を見たらPCの前と喫煙所を反復横跳びするボンクラ、パワハラして僻地にぶっ飛ばされてるボンクラ、自分のミスを部下になすりつけるボンクラ、そういうのがわんさかいたよ。
けど、外から見たら「この人、頭がいいんだろうなあ」だ。中ではお荷物だのなんだと言われててもね、そんなもんだよ。
こんなやつらより外であくせく現場作業してる人たち、じいさんばあさんの介護をしてる人たちのほうがよほど社会のためになってると思ってたさ。
だからこそ、肩書きとか学歴とか一つの特徴をもって他人をつべこべ批評するやつが嫌いなんだ。何も見えてないくせに、わかったようなことを言ってるからだ。
関係っていうか質が低い。
職場で同僚の悪口連呼するとか、忙しいときほど喫煙所で愚痴ってるとか、高卒学歴コンプで経験年数自慢ばっかするとか、なんかもう全てがしょーもない人がたくさんいる。
デブも多いし、なんかクセー奴も多いし、当然くせーデブも多いし、くせーデブの人に他人に対してはアイツマジくせーと言ってる意味分からん化物もいる。
本当にどうなってるんだとなる。
中身の見えないガチャで当たりを狙うならある程度低い所に照準を合わせたい。
確かに俺の周りの公務員はレベルが低いのだが、学生時代16年のクラスメートがどんなだったか振り返っていくと「まあこれが平均なんかもな」って感じはある。
手に職はない。
職に職があるのが公務員だ。
その職を捨てた先にあるのは無だ。
ヤバイ。
多分だけど、最低賃金の職場でほぼ昇給無しで人生を終えるのでは?
FIRE出来る土壌が整った状況で「念の為に簡単な仕事を」ぐらいの気持ちじゃないと無理だわ。
はー詰んだわー。
結局、どんな場所でも自分がやりたい仕事に巡り合えてたら、生きたいように生きれていたら多分それでよかったんだと気づいた。
以降自分語り乙
メーカーの地方工場に薄給の派遣で長いこと働いてたんだけど、デザイン職が諦められない&人との雑談が家車子供な環境に耐えられなくてジリ貧で上京した
地元にはそういう会社そもそも全然なかったし(ないわけじゃないけど、スキル積み上げた人たちがUターンしてきて身内だけでやってるような会社かも)
※一応大卒&デザイン系の学科出身だけど有名なところでもないし、結局美大卒の美大卒というブランドの強さには勝てない
学歴・環境・自分自身全てにコンプを抱えつつの東京生活、結局何回も転職して履歴書を汚し、バイトでなんとか食い繋ぎ
デザイン職、環境ガチャさせるくせにやりがい搾取すぎんだろとか人間入れ替わりすぎだろとか
コンクリートジャングル暑すぎるとかコンビニの外人言葉通じなさすぎるとか物価の割に給料低すぎるとかアパートがボロすぎるとかきたらきたなりのイラつきを抱え
職安帰りに渋谷の駅前の喫煙所でどんな人間でも酸素を吸って二酸化炭素を吐くこと自体は誰の不都合にもならないことに安心したり
色々あって最終的にデザイン職は諦めた ていうか自分の判断で辞めた 後悔はない
ちゃんと諦めて自分が何したいのか俯瞰するために必要な経験だったと思う(そうするしかないというのもある)
今はなんだかんだ上京生活を続けながらSEの仕事をやっている。上京したなりの仕事に落ち着いたらしい。(地元視点ではシンプルにそう)
リモートメインでたまに出社、上司は独身中年の女、元声優の同僚、週末は電車乗ればなんでもあるとこ行けるの無視して家で映画見たりしてる
開発の仕事メチャクチャ楽しい 伴侶はいない。てかいらない これは逆張りでもなんでもなく、いらない
いやまシンプルにオチとしてこの仕事と生活できんなら地元帰りたいけど(物価家賃高いし)地元に同じ環境はないんだわというだけの話です。
よくわからん専門性を出されて困惑している方々も居るかも知れないが、私は公園を専門にGoogleMapローカルガイドを投稿し続ける者である。
何故そんな専門性に至ったかと言えば、きっかけはよくある「子供が生まれたから」であり、子供が生まれて、その子供がブランコや滑り台や砂場遊びなどができるようになってくると多くの親は感じたと思う。
いや、そもそもGoogleストリートビューですら公園内部をキャプチャしてくれてはおらず、道路から遠目で公園を眺めることしかできず、子供を連れて遊びに行くとしても「トイレとかあるのかな?」と思っても確認が一切できなかったのだ。
その当時はまだまだ食べログが全盛だった頃、GoogleMapローカルガイドもほとんど話題になっておらず飲食店の情報すら非常に少なかった。私は思った・・・
思い立ったが吉日、私は以前から子供の写真を取るため欲しかったRICOH THETAとカメラ三脚を速攻で購入し、子供をベビーカーに乗せて遊びついでに近隣の公園を巡るというのを土日の趣味とした。
妻も「私も困ったことあるし私の良い息抜きにもなるし親子で遊んできて良いよ」と理解を示してくれて本当に色んな公園を巡ったのだ。
そんな活動を始めてたったの1ヶ月で驚きの成果が出る。私のローカルガイドの閲覧数がたったの1ヶ月で1公園あたり1,000 Viewを超えたのである。私は確信した
やっぱりこれ需要あるじゃん!他のパパさんママさん公園の情報欲しかったんや!!!
冷静に考えればそうなのだ、地元就職であれ他の都道府県就職であれ新しく家庭を持てば生まれ育った土地から多少なりとも離れている可能性が高い。
私達は生まれ育った土地の実家の近くの公園はよく知っているが隣町の公園のことは場所を何となく把握していても、どのような設備があるのか全く知らないのだ。
あそこの公園には滑り台があるよ、ブランコが、鉄棒が、アスレチックが、あなた達は隣町の公園のことを知ってますか?知らないでしょう?私も知らなかった。子供が生まれてからそのことに気が付いた。
現代社会は少子高齢化とは言っても常に新規需要が喚起される公園ローカルガイドは確実に時間をかけて閲覧数や感謝のリアクションが付き続けて膨大な数に至るのだ。
ここからは公園ローカルガイドに載せておくべき情報を提供することで皆さんにも全国津々浦の公園情報をGoogleMapローカルガイドへ投稿する一助としたい。
これ以降の項目、例えば遊具などの写真は掲載されていた方が良いし、それが故にRICOH THETAの様な360°カメラの写真は非常に需要がある。
この情報が無いと駆け回れるほどの広さがあるのかどうか不明になるし、出来る遊びの種類が推測しにくい。
これは本当に大事。公園ローカルガイドのメイン情報と言っても過言じゃない。
公園によっては遊具が存在しない公園というか広場も存在するが、遊具が存在しない場合はその旨を明記しておいた方が良い。
滑り台が大小あり計2基で小型滑り台は乳幼児用の全高が低いもの。
ブランコが1基で座席数は4席、そのうち2席は乳幼児用の転落防止型、ブランコの鎖に持ち手カバーがなく指を挟む可能性あり。
砂場は1箇所で直径は4mほど、猫防止のネットはなし。
バスケットゴールリングが1基で1on1用、高さはおそらくバスケットボール公式ルール準拠。
子育てにおいてトイレの存在は非常に重要である。そしてトイレがなくとも水道を備える公園が存在していたりする。
トイレは大便器や小便器がどれだけの数があるのかしっかりと記述しよう。商店や大型商業施設基準ではなく「公園のトイレとして」どの程度の清潔さが保たれているのかも記述しておくと良い。
注意点として、公園の水道は通水がなされていない場合があるので実際に蛇口を捻って通水がなされているのか確認すべきである。更に冬季など季節によって断水される公園もあるので確認が可能であれば記述しよう。
極々稀だが公園にはボールや積み木、竹馬などが貸し出しされている公園もある。
子供を遊ばせる安全の判断、飛距離の出る球技(野球やサッカーなど)が行えるのかどうか?の判断が可能になる。
当然ながら休憩へ使うし、おむつ交換でも活用できるので大きさも重要なのだ。
ベンチやテーブルも一緒に併設されていることが多い。
樹木や芝生など。公園内林道が整備されている場合は林道も記述しよう。
これは乳幼児であればボール遊びで転んでも安心だし、成長すると虫取りする際の情報として活きる。
意外と需要のある情報で、遠方から遊びに来る親にとっては情報提供されていると助かる。
つまり、どんなに小さな公園であっても「駐車場は無い」と明言していてくれたほうが良いのだ。
最近は少なくなったが喫煙所のある公園もある。喫煙所が存在するのであれば記述しておいたほうが良い。
これは子供の健康を守るためだし、むしろ公園での喫煙は条例で禁止されていない限り合法なので逆に喫煙所を設けている公園のほうが姿勢として圧倒的にマシな方ではある。
公園は自治体条例や各々の公園で独自のルールが定められている場合がある。
大抵は立て看板や掲示板に記述されているので、その情報を記述しよう。
世知辛い世の中だが近隣住民の家屋が公園に隣接されている場合は余計なトラブルを招く可能性があるので、近隣家屋との距離は記載しておいたほうが良い。
そして、大半の公園は自動車も通行できる一般・生活道路が隣接しているので、その状況と自動車の通行量の情報があると親は安心できる。
例えばストレッチ用の器具があるとか、マラソン・ウォーキング用の道が整備されているとか、自転車がよく通行するとか、犬の散歩によく使われているとか、水場があり夏季は水遊びができるだとか、ポケモンGOのポケストップがあるのような特記したい情報があれば載せると良い。
現在最も閲覧されている公園(観光地ではない住宅地の公園)の閲覧数は約60万Viewです。
私はおおよそ4,000箇所の公園へローカルガイドを付けており、それぞれの公園は中央値で約15,000〜25,000 Viewほどで推移してます。これが公園ローカルガイドの需要。