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はてなキーワード: ジャケットとは

2026-01-25

ボクはサザンオールスターズが大嫌いなんです、だってあいつら公衆面前オマンコ連発して叫んでたじゃないですか…😟

イメージビデオヌード写真集?みたいな女性上半身裸をジャケットにしたのもアレですが、ズルいじゃないですか、

サザンオールスターズならオマンコって放送で叫んでもいいんですよ!😟

忌野清志郎タイマーズだの大麻だの連呼してたり、天皇皇族ネタとか、ズルいじゃないですか、ボクもやりたい!😟

ボクはミスチルポルノグラフィティを合体させた、チャイルドポルノグラフィティ児童ポルノというバンド名で売り出したい!

ジャケットクジラックスさんとか、コミックLO陣営活用したい!

オマンコとか、大麻とか、天皇皇族ネタとか、ロリペド人権を!とか叫んでみたい!

そして、テレビ局とかボクの家にまでカミソリが入った封筒が届いたりして、ボクはそのカミソリでジューダスプリーストの真似したり、

ちょうど髭剃りを切らしていたんだ、最近はカミソリが手に入らなくてね、みたいなディストピアごっこして、

そして、ある日ボクは山上暗殺されて死ぬのでした…😟享年50歳…

2026-01-22

ダウンジャケット間違い危機一髪

会社の退勤時、コート掛け(40人くらいの共用)から自分のダウンジャケットを取って着た……つもりが妙にぶかぶかしていた。

なんと自分のものと全く同じ種類、同じ色のLサイズだった。間違えて着て帰らなくて本当に良かった。

見分けがつかないと困るからジャケット自体ネームタグもつけるしかいかな……。

2026-01-19

夢 (No.1308 2026/1/18)

←前

書店をうろうろしていた。今どき珍しい大規模な店で、店内はほどよく混み合っている。まだ真新しいリノリウムの床は光沢を帯び、靴が擦れる音が心地よく耳に響く。書棚はどれも手が届かないほど高く、上から下までぎっしり本が詰まっている、最上段は背表紙を斜め下に向けてタイトルを見えやすくするような珍しい配慮も施されている。特に目当てもなかったので、そんなふうにとりとめもないことを考えながら、なんとなくぼんやり散策していた。

しばらくして結局何も買わずに店を出た。するとそこには予想外の大行列ができていた。狭い螺旋階段通路ほとんど身動きがとれないほどびっしりと人で埋め尽くされている。うっかり自転車階段の途中に停めていたので、運び出すだけでも一苦労だった。肩の上に自転車を担ぎ、僅かな隙間をかいくぐってようやく屋外に出る。行列は店の外にも延々と続いている。どうやら書店だけでなく、隣の楽器店や別の階の飲食店など、すべての店に行列ができているらしい。どれが何の列なのか傍から見るとさっぱり分からないほどだ。早い時間に店に入っていたおかげでこの混乱に巻き込まれずに済んだようだ。

とにかくそうしてようやく帰途につく。長い長いトンネルの道を自転車で走りながら、頭の中で明晰な音楽が鳴る。ときどき訪れる直感だ。頭蓋にプラグを挿してスピーカーで鳴らしたらどんなに素晴らしいだろうか。できればこれは記録しておきたい。そうだ、先ほどの楽器店に戻ってエフェクターを買おう。そう思いついて早速引き返す。すると目が慣れてきたのか、トンネル内の地面に多数の書き込みがあることに気づく。よく見るとそれは行列のための指示で、店ごとに並ぶ場所が細かく決められているらしい。混雑時はほとんど足元も見えないだろうに、こんな指示が役に立つのだろうか。それにしても数ブロックも離れた場所まで列ができることがあるのかと驚く。さすがに夕方近くになって列は解消されたのか、広いトンネルは閑散としている。あれほどの群衆はどこへ消えてしまったのだろう。まさに兵どもが夢のあとといった雰囲気だ。ところどころ店員らしき数人がゴミの片づけをしたり、群衆に踏まれて薄くなったラインチョークで引き直したりしている。

そのままとぼとぼと歩いていると、背後を歩いていた友達からジャケットに何か付いていると指摘される。肩の後ろに手を回してみると、確かに紐のような物がぶら下がっているようだ。引っ張っても取れない。ハサミで切ってもらおうとしたが、思いのほか丈夫でなかなか切れないという。針金のような頑丈さではなく、なめし革に似たしなやかで強靭な手触りだ。根元を辿っていくと、ジャケットを貫き、肩から後頭部に沿って額の方へ延び、最終的には右目の瞼に繋がっているようだ。皮膚から直接生えているところを見ると、突然変異した皮膚の延長か腫瘍一種なのかもしれない。いつの間にこんなものができたのだろうか。まったく気がついていなかった。鏡の前で瞼を裏返してみる。ちょうど異物の裏側に当たる場所に逆さ睫毛が生えているようだ。ということはこれは毛根の延長なのだろうか。本来なら医師の診断を仰ぎたいところだが、差し当たって邪魔になるので応急処置として切れるところで切ってしまいたい。幸いなことに、痛みどころか触った感覚すらない。適当場所にハサミを入れてみる。だが弾力が強く、なかなか思うように切断できない。困ったことになった。これではおいそれとジャケットも脱げないではないか

←前

2026-01-18

電熱ジャケットが快適すぎてモバイルバッテリーを使うなというのは無理

暖房ケチるのに電熱ジャケット電熱ズボンはもはや必須

火事リスク負ってでも使うしかないんよ

anond:20260118125353

続き

PSON PC-486SE

そのうち、世の中はウィンドウ時代突入し、パソコンも16ビットパソコンから32ビットパソコンへと移行していったのである。…といっても、ウィンドウズ3.1は、とっくに発売されていたが、ゲーム世界が未だにDOSベースだったので、それまでは何とかなっていたのであった。が、こう周りがウィンドウズだらけになってくると、流石に不安になって、DOSからの移行を考えざるを得なくなってしまったのであった。

上述のPC-286VEでも、ウィンドウズを試してみたことがあった。そのころは、ウィンドウズは3.0で、フロッピー5枚組という、今から考えればささやか構成であった。当時は、ウィンドウズ3.0対応ソフトほとんどなく、これは試してみるだけで終わったが。

実は、32ビットパソコンへの移行の際に、一つの考えがあったのである。つまりMacへの移行である。当時、Mac世界も変革の時期を迎えていたらしく、小さい筐体が却って可愛らしいマッククラシックカラーマック(多分これでいいんだよな…)が発売されると共に、通常のサイズマックも、そこそこの(ウィンドウマシンと変わらない)価格で発売されるようになっていたのである

しかしながら、相変わらずゲームユーザーであった私は、ゲームソフトのコーナーを一瞥して、やっぱりゲームはDOSベースが多い、とばかりに、ウィンドウマシンを選んだのであった。思えば、ここが運命の分かれ道であった。

まぁ、ウィンドウズがいいかマックがいいかは、今でも議論が分かれるところではあるが、このときマック選択していれば、今の私のパソコンライフは、かなり違ったものになっていただろうことは、疑いのないところではある。

で、購入したマシンは、16ビットに引き続き、EPSONの、いわゆる「ジャケットサイズ」(…といっても、今はもうLPレコードのものマイナー存在であるが…)の小さな筐体がウリのマシンであった。CPUは、486DXの廉価版の486SXで、クロックは20MHzだった、確か。この辺は記憶曖昧。120MBのハードディスクと8MBのメモリが付いていた。一応、ウィンドウズ3.1は動くというスペック

このPC-486SEは、当然のことながら、後にいろいろと手を加えた。

こんな具合に。

サウンドボード追加(メルコ製)

グラフィックアクセレータ追加(メルコ製、サウンドボードに装着するタイプ

メモリ8MB追加して16MBに。

ハードディスク中古で購入した340MBのものと交換。

CD-ROMドライブ追加(メルコ製のサウンドボードに直結のタイプ、2倍速)

オーバードライブプロセッサ(確かIOデータ製)追加して、CPUPentium 75MHz相当に。

ディスク圧縮ツールを購入し、340MBのハードディスクの容量を540MB相当に。

これだけの改造(とはいわないか…)を施し、やっとウィンドウズ3.1が快適に動作するようになったのだ。しかし何ですな、よくこれだけ発展性のない改造をやったものだと、我ながら思う。CD-ROMは、インターフェイスが専用なので使い回しができないし。

因みに、CRTは、グラフィックアクセレータを追加するまでは、8801の頃から使っていたNECのPC-854Nを使っていた。アクセレータ購入後に、CRTがマルチスキャン対応ではないことに気づき、CRTを買い換える。ソフマップブランドの、Susteenのものでした。安い割には結構画質が良かった。

ウィンドウズ3.1にしてからインターネット接続も始めた。最初は何がなんだか分からなかったので、接続ソフトは、取り敢えずインターネットオフィスという、パック品を使用接続は、スムーズであった。付属ブラウザは、今や懐かしい「モザイクであるモデムは友人から譲り受けた14,400bpsのものだったが、このころはこれで十分なのであった。

ホームページもこのころから作り始めた。かねてから懸案のFrank Zappaのページ作りを始めるに当たり、ジャケット取り込みのためのスキャナを購入。このころは、真裸婦ラットベッドの製品は非常に高価であったので、ハンディタイプのものを購入。LPジャケットを8回に分けてスキャンし、付属の合成ソフトで合成するという、涙ぐましいものであった。

このPC-486SEでも、ゲームはずいぶんとやった。でも、以前ほどたくさんはやっていないのだな。

同級生

上述したELFの「同級生」の続編。こちらの作品は、「兄と妹」という設定で大ヒットしたという記憶がある。前作のシステムやノリをそのまま引き継ぎ、内容をさらに充実させた、名作。

メルクリアスプリティ

ホムンクルス妖精)を育てて人間にするという、育てものゲームキャラデザが、イラストレーター中村博文(どじ)氏だということで購入。そこそこやったが、何故か私が育てるとみんな悪魔になってしまい、そのうち断念。

…印象に残っているのは、このくらい。この時期は、ゲームスパーファミコンを中心にプレイしていたような気がする。パソゲーが少ないのはそのせいかな。

自作DOS/Vマシン

さて、ここでウィンドウズ95の発売となるのだが、EPSONがEPSOパソコン対応ウィンドウズ95の店頭販売を断念し、注文販売だけにしてしまったので、これは先が無いことが判明してしまった。新規パソコンを買う予算も、早々には調達できない私は、しばし呆然とし、どうしようかと思いあぐねたのだった。

1.メーカー不詳MB

そのとき、天の導きかはたまた悪魔の誘いか職場の先輩から、1枚のマザーボードが私の下へ転がり込んだのである。この1枚のマザーボードを発端として、今に至るまでの私のパソコン自作時代パソコン大散財時代へと突入するのであった。

この譲り受けたマザーボード製作した最初システムは、以下の通り。

MB(Mother Board):メーカー不詳、P54C対応マザー

CPU:Pentium 120MHz

RAM:EDO-RAM 32MB(16MB×2)

HDD:Quantum FB1280(1.2GB)

SB(Sound Board):Sound Blaster互換バルク品

Graphic Card:Canorpus PW-3DV

FDD:Mitsumi 2mode

CD-ROM:Mitsumi バルク品、4倍速

以下は、PC-486SEのころのもの継続して使用している。というか、このころは、PC-486SEも併用して使っていた。

Printer:HP DJ-560

Modem:Microcore 28.2kbps

CRT:Susteen 15inch

とにかく安く上げようとして組んだ結果がこれである。ま、最初にしては上出来だったのかもしれない。

確か、このシステム半年くらいは稼働させていたと思う。

2.GIGA-BYTE GA586HX

で、そろそろこのシステムでは物足りなくなり、もう少し上のシステムに組み替えようと思い立ったわけである

さらに、ホームページ作りに役立てようと、スキャナを購入したのも、このころかな。

MB:GIGA-BYTE GA586HX

CPU:Cyrix PR166+ (Clock=133MHz)

RAM:EDO-RAM 64MB(16MB×4)

HDD:Quantum FB1280(1.2GB)

SB(Sound Board):Sound Blaster互換バルク品

Graphic Card:Canorpus PW-3DV /VRAMを4MB増設ビデオキャプチャ機能増設

FDD:Mitsumi 2mode

CD-ROM:Mitsumi バルク品、4倍速

SCSI:Tekram DC-390

Scanner:EPSON GT-5000wins

Printer:HP DJ-560

Modem:Microcore 28.2kbps

CRT:Susteen 15inch

MBにGIGA-BYTEを選んだのは、メーカー名が気に入ったのと、当時大攻勢だったASUSのものは使わないというコンセプト(?)からである。それと、SIMMのスロットが6本あるというのも、魅力であった。結局、SIMMは4本しか使わなかったが。これは、RAMマッピングするTAG RAM増設億劫がったためであるTAG RAM増設しないと、64MB以上のメモリ空間に対してアクセスが遅くなり、全体的にパフォーマンスが悪くなるらしいのだ。

さらに、このシステムに対して、CD-Rドライブ増設ヤマハのCDR-400t-VKである。I/Fは、SCSIである。このころから音楽製作関連にも大散財時代が訪れたのであった。

CD-Rを使って、現在も続いているPSY-DOLLというバンドCDを焼きまくったのであった。当時は、CD-Rの原盤の質もそれほど良くはなく、結構エラーが発生して板を無駄にすることが多かった。

この後、システムは急速に変遷を続け、私は、大散財を続けるのであった。

1999/05/05現在システムは、下記の通り。

MB:DCS S7AX

CPU:AMD K6-2 400MHz

RAM:DIMM PC-100/CL2 192MB(64MB+128MB)

HDD:Quantum FB CR8(8.4GB)

SB:Sound Blaster Live!

Audio Card:emagic Audiowerk8

Graphic Card:Creative Labs Graphics BLASTER/RIVA TN

CD-R:YAMAHA CDR-400t-VK

CD-ROM:Mitsumi バルク品、4倍速

FDD:Mitsumi 2mode

SCSI:Adaptech AHA-2940AU

Scanner:EPSON GT-5000wins

Printer:HP DJ-560

Modem:AIWA PV-BW5605

DISPLAY:MITSUBISHI RDT141X(LCD)

PC履歴(~1999年

フォルダを漁っていたら、1999年5月に書かれた、自分PC履歴が発掘されたので、貼り付けてみる。

特に面白いものではないけども。

私のパソコンHistory

なんだかんだ言って、私がパソコンを使うようになってから、10年近く経ってしまったのであるプログラムを組んで実行できる最初マシンは、高校ときに購入したCASIOのプログラム電卓FX-502Pであるが、これはあくま電卓であり、パソコンとは多少趣を異にするものであった。

パソコンとして最初に購入したのは、NECの8ビットマシンPC-8801MA2であり、完全なるゲームマシンであった。以下、16ビット時代突入してEPSON PC-286VE、32ビットマシンのEPSON PC-486SEと続き、とうとう自作DOS/Vマシンをメインのマシンにするようになってしまうのであった。

これから、私のこのしょ~もない足跡を辿ってみたいと思う。PC-8801MA2~PC-486SEの項には、そのときハマったゲーム感想なども記してある。暇な方はこちらもどうぞ!?

そもそもの始まり

小さい頃から電気電子関係が好きで、親にマイキット(パネル上にトランジスタとか抵抗コンデンサなどが並べられており、スプリングになった端子にコードを挟んでそれらを繋いで回路を作る)や電子ブロック(透明なブロックトランジスタ抵抗などが入っており、ブロックボード上に配置して回路を作る)などを買ってもらい、それでラジオなどを作って遊んでいたのである。マイキットでラジオを作り、夜中にこっそりと深夜放送を聞いていました。(^^;

アマチュア無線免許なども取ってみた。

因みに、私がアマチュア無線免許を取得したのは、小学生ときである。これは、ちょっと自慢してもいいと思う。

当時、「初歩のラジオ」とか「ラジオ製作」、「電波科学」などの雑誌をよく読んでいたのだが、流石に、中学生の私にはディジタル回路は難しく(というよりも、何をするためのものなのか、イマイチ理解できなかった)、ボードマイコンTK-80などに手を出すには至らなかった。

まぁ、何しろ当時は、マイコンといっても論理回路動作から入る必要があったので、当然といえば当然であろう。

カシオ FX-502P

そして、関数電卓などをいじくり、「このキーとこのキーを同時に押すと変な表示になる!?」などと遊んでいた私が、最初に手にしたコンピュータらしきものは、カシオプログラム電卓FX-502P」である

これは、512ステップまでのプログラムが組めるというもので、ちゃんと「GOTO」キーや「GOSUB」キー、「LABEL」キー、条件判定を設定するキーなどが用意されていて、結構本格的なものでした。レジスタも10個使えた。ランダムに数値を出力するキーも付いていたな。

プログラムライブラリ(本ですが)なども付いてきていて、掲載されている通りに打ち込むと、科学計算をやったりゲームなどを楽しむことができた。もちろん、プログラムを外部に記録しておくこともできたのだ。オプション必要だが(買った)、普通ラジカセなどを使ってカセットテーププログラムを記録するのである

あと、FX-502Pでは、キーに4分音符や16分音符などが割り当てられていて、短音だが楽曲を打ち込むこともできた。上述のオプションを利用して、ラジカセなどで鳴らすのである

因みに、このFX-502Pは未だに現役で動いてます

NEC PC-8801MA

学生時代は、ビンボーだったせいもあって、パソコンには縁がなかった。友人宅でシャープのTurboIIIなどでゲームをさせてもらうのが関の山なのであった。

で、就職して最初に購入したパソコンが、NECの8ビットパソコンの最終形態ともいうべきPC-8801MAである

当時は、既に16ビットパソコンPC-9801Vm2なども発売されていたのだが、私の選択したのは8ビットマシンの「ハチハチ」なのであった。何故か?

それは、パソコンゲームがしたかたかである。当時は、違法行為に限りなく近いレンタルソフト屋が横行していて、ゲームソフトなどが比較的安い価格で入手できた(ソフト毎のパラメータファイルコピーを行うFile Masterは必需品)。また、ゲーム市場も8801主体であって、9801用のものはごく少なかったのである

とにかく、とても全部やりきれないくらい、ゲームを借りまくった。

その中で、印象深いゲームを、記憶を頼りに書き綴ってみよう。

マイト・アンド・マジック

何を隠そう、私が8801を購入して、最初に買ったゲームがこれである。何で、最初からこんなに難易度の高いゲームを、と疑問を持つ向きもあろうが、要するに、当時はパソゲーなるものが全く分かっていなかったのであるしかも、あろうことか、購入時には、アクションRPGの先駆け的存在であるソーサリアン」とこの「マイト・アンド・マジック」を天秤に掛けていたのである

世間では、「クソゲー」との評価一般的であるが、私は、このゲームは名作であると信じている。とにかく、世界存在していて、プレイヤーはその世界に住むところから始まるのであるストーリーは、最初は与えられず、発見したものけがストーリーに参加できる。しかし、ストーリーに参加しなくても、とにかく世界が広大・深淵なので、アイテム探しやダンジョン探検だけでも、十分堪能できる。私は、後述する16ビットパソコン時代まで、約3年以上もこのゲームにお世話になったのである

アンジェラス

ドラクエシリーズで有名なエニックスアドベンチャーゲーム(AVG)。

不気味な感じが大変心地よい秀作。本作では謎を残したまま終結し、後に「アンジェラス2」が発売されるが、時期を完全にはずしていたし、余り面白くなさそうだったので私はやっていない。

水龍士1,2

今はHゲーのメーカーになってしまった、しゃんばらのRPG。私の大好き(だった)漫画家松田紘佳がキャラデザ他を手がけている。音楽もこの人だったな。もしかすると、「2」は後述のPC-286VEでプレイしたのかもしれない。海が舞台の、異色のRPG。とにかく海なので、3次元的に自在に移動できるのがミソ。階段を使って他の階へ移動する一般的ダンジョンとはひと味違うのである

ストーリーも大変感動的なもので、キャラデザも秀逸であった。

ただ、惜しむらくは、これは私がコピー品でプレイしていたから良くないのであろうが、2作ともエンディングを見れなかったことだ。

1作目では、「ピー」とビープ音がしてゲームハングアップ。2作目では、たぶん最終場面であろう画面から1歩も進めず、アウト。

今あったら、正式に購入して再度挑戦してみたいゲームではある。

カオスエンジェルス

かのアスキーが発売していた、Hゲー。ダンジョンを歩き回るRPGである

このゲームは、とにかくノリが非常によく、テンポが軽快で楽しいゲームであった。ゲーム自体は、6階+αの「ウロボロスの塔」を探検して、秘密を探るというもので、出てくるモンスター女の子で、ダメージを与える度に女の子が1枚ずつ服を脱いでいくという、他愛もないものである

このゲームをして最初に驚かされたのは、グラフィックの描画の早さである何だかんだ言っても、8ビットパソコンであるので、当時のゲーム特にグラフィックを強調したゲームでは、描画に恐ろしく時間がかかった。一枚の画像を出すのに数秒、ひどいものでは、数十秒、なんていうのもあった。

そんな中で、この「カオスエンジェルス」は、とにかく、一瞬で画像が描き換わった。これは、当時ではとても新鮮なことであった。

また、そのBGMもとても斬新で、簡単なFM音源を使いながら、とてもハイセンス雰囲気を醸し出していたのだ。音楽の秀逸さでは、水龍士といい勝負かもしれない。

しかし、このゲームの最大のポイントは、「洒落っけ」にあると思う。ダンジョンの壁に、前に探検した人の落書きがあって、これがまた奥が深く面白い。この落書きゲームのヒントにもなっているのだが、関係のない落書きもあって、これを探すだけでも、結構楽しめた。

うる星やつら」のゲームタイトル忘れた)

当時、特にスタジオピエロ系のキャラクターものゲームを数多く出していた、マイクロキャビンのAVG。マイクロキャビンでは、この後も、「めぞん一刻」や「気まぐれオレンジロード」などのキャラゲームを続々と発売していた。

このゲームは、少年サンデーに連載されて、アニメ化もされ一世を風靡した、高橋留美子の同名の漫画うる星やつら」をゲーム化したものである

ゲーム内容は、確か、面堂家の誰か(終太郎か、了子か、どっちか忘れた、たぶん了子だ)の誕生日に招待されたお馴染みのメンバーが「迷路」を探索しながらゴールにたどり着くというものである。何かのイベントを経る毎に、時間が経過していき、それにより結果が変化するというのと、途中の行動で結果が変化するということで、数種類のエンディングが用意されていたように思う。

マルチエンディング時間概念は今でこそ珍しくもないが、当時では結構画期的なことであったのだ。

リップスティックアドベンチャー

フェアリーテール(ELF)の伝説的名作AVGである。確か「2」もあった。フェアリーテール(ELF)のAVGは、何かこう、独特の雰囲気があって、それが私は非常に気に入っていた。なんていうか、どことなく寂しげな感触というか、ちょっと空虚な感じとでもいおうか。キャラクターや展開、秀逸なBGMなどが、この雰囲気を醸し出しているのだ。

フェアリーテール(ELF)のAVGは、この他にも相当やった。「ELLE」なんかは、最後どんでん返しが強烈でした。

そのほかにも、いろいろゲームはやったが、とんでもねーゲームを一つだけ…

番外:世紀末美少女伝説

これは、要するに当時大流行の「北斗の拳」のパロディーHゲーである

ゲーム内容がくだらないのもさることながら(あまりにくだらなすぎて、ケンシロウのようなキャラが出てくること以外、忘れた)、その作りがとにかく凄い。

これは想像だが、このゲームは、おそらくN88-BASICで組まれている。なぜなら、まず、ストッキーゲームが止まってしまう。そして、そのとき、画面の左上隅に「>C^」が出る(分かる人には分かるね!?)。

そして、NECの8801,9801シリーズパソコンには必ず付いていた、画面のハードコピーを取るキー「COPY」を押すと、押したときに表示されている画面をプリンタ印刷することができる。

なんか、「流行から適当に作って一発当てよう」という意図の見え見えなゲームでありました。

PSON PC-286VE

…そうこうしているうちに、8ビットパソコンは衰退し、ゲームソフトも発売されなくなって、世の中は16ビットパソコン時代へと、大幅に突入したのだった。

そこで購入したのが、NECではなくて、EPSONのパソコンなのである。ここいらへんに、私の偏屈さがにじみ出ていますね~。(^^;

パソコンに金をかけだしたのも、このころからである。…まぁ、8801じゃあ、金をかけようにもかけるところがないですが。(^^)

先ずメモり。1MB(!)のメモリを積んだ。

今ではもう信じられないが、当時は、1MB/1万円がメモリの相場であった。しかも、メモリをパソコンに組み込むには面倒な設定がいくつも必要で、さらに、汎用のスロットを一つ占有してしまうのだった。また、今でこそ、SIMMとかDIMMとかいって、大容量がコンパクト収納されているが、当時は、たとえ1MBでも、12cm角くらいの基板にチップがびっしり載っていたのだった。

それでも、1MBあると無いとでは、雲泥の差があった。

そして、ハードディスク。奮発して40MB(!!)を買った。

これも、今ではもう信じられないが、当時は、例えば40MBで8万円位した。しかも専用のインターフェイスが要る。これでまたスロットが一つ埋まったのであった。

でも、当時のソフトは、40MBでもお釣りが来るくらいの容量だったんだよね~。

あと、このマシンからパソコン通信を始めた。当然NIFTY Serveから

当時は、WTERMを使い、通信速度も2400bpsであった。50kBの画像ダウンロードするのに何分もかかり、さらにその画像を表示するのに何分もかかった。大変な時代であった。

このPC-286VEは、後に友人の手に渡り、そこでVRAM異常が発生してお亡くなりになってしまいましたとさ。合掌。

このマシンでも、ゲームはずいぶんとやった。中で、印象深いものをいくつか紹介しようと思う。

マイト・アンド・マジック

上述したものと同じである。当然、続きではなくて、新規に始めた。やはり8ビットのものと比べて速い。何しろ、8ビット版は2DDのディスク4枚組で、地上、ダンジョン、城、と場所を変える度にディスクの入れ替えが必要だった上、そのたび毎に、システムディスク書き込み(1分くらいかかった、マジで…)をしていたのだ。それがなくなっただけでも、快適である。ただ、8ビット版の頃はあったBGMがなくなってしまったのは、ちょっとしかったが。

プリンセスメーカー

いわゆる「育てゲー」の元祖存在

なかなかハマった。各エンディングも味わい深いもので、30数種類あるといわれているエンディングを20数種類まで見て、飽きてやめた。プリンセスと謎のエンディングは見ていない。けど、いいや。

ドラゴンナイト1~5

これもELFのゲームで、RPGである

「1」と「2」は、3Dダンジョンもの。当時は3Dダンジョンでさえ珍しかったのに、Hゲーで3Dダンジョンというのは、相当なインパクトがあった。ゲーム的にもよく練れており、ダンジョンの仕掛けも良くできていた。Hゲーという観点排除して、単にゲームとしてみた場合に、非常に完成度の高いゲームであった。

「3」は、確かドラクエタイプの2DのRPG。「4」は、ダンジョンに戻ったのだっけかな?この辺はあんまり印象にないのだな。「5」は、私の大嫌いなシミュレーションで、遂にエンディングを見ることができなかった。…と言うよりは、途中でつまんなくって止めた。「4」と「5」は、多分、後述のPC-486SEでやっている。

同級生

これは、今更説明するまでもない、ELFが世に放つ名作中の名作。このゲームが今までのゲームの流れを一気に変えたといってもいいでしょう。味のあるキャラクタ(しか大勢!)に、深みのあるストーリー。それぞれが練りに練られたマルチエンディング。とってもシビア時間概念。所持金の存在も内容に深みを与えています

さらに、複雑なフラグ制御がすばらしい。よくあれだけの条件設定をして、ゲーム破綻しないものだ。

そして、何より高校最後夏休みという、絶妙のセッティング

とにかく、この「同級生」は、何遍やっても違った展開になるし、違った楽しみ方ができるゲームという、画期的ゲームでした。

このゲームは、マニュアル本見ない方がいいと思う。

後に「2」も出て、共通するキャラクタも出演している。私は、「2」は後述する32ビット版でやったのだけれど、その面白さは全く失われてはいませんでした。恐るべし、ELF。

PSON PC-486SE

そのうち、世の中はウィンドウ時代突入し、パソコンも16ビットパソコンから32ビットパソコンへと移行していったのである。…といっても、ウィンドウズ3.1は、とっくに発売されていたが、ゲーム世界が未だにDOSベースだったので、それまでは何とかなっていたのであった。が、こう周りがウィンドウズだらけになってくると、流石に不安になって、DOSからの移行を考えざるを得なくなってしまったのであった。

上述のPC-286VEでも、ウィンドウズを試してみたことがあった。そのころは、ウィンドウズは3.0で、フロッピー5枚組という、今から考えればささやか構成であった。当時は、ウィンドウズ3.0対応ソフトほとんどなく、これは試してみるだけで終わったが。

実は、32ビットパソコンへの移行の際に、一つの考えがあったのである。つまりMacへの移行である。当時、Macの世界も変革の時期を迎えていたらしく、小さい筐体が却って可愛らしい Permalink | 記事への反応(1) | 12:53

2026-01-10

[][] 隣の芝生は青く見える

Togetterでこういうのを見かけた。

https://posfie.com/@yonepo665/p/8OmJ34p

レディースファッションとかの「あれがない、これがない」系の話ってちょくちょく挙がるが、とどのつまり需要供給の結果なんだけど、まあ隣の芝生は青く見えるよね」としか言いようがない。

ファッションにおける市場アパレル産業商売である以上、その規模に応じた最大公約数に多少の取りこぼしが生まれるのは必然

件のまとめも、愚にもつかない意見の寄せ集めって感じだけど、はてブホッテントリにでてくるTogetterなんて大抵インプレッション目的でやってるんでマトモに取り合うもんじゃない。

ただ、ブコメ含めてあんまりにもあんまりものいくらかあって、多少ファッションに関心ある身としてはモヤっとせざるを得ない。

当人たちに言っても無駄なことは重々わかってるんで、あくま自分モヤモヤを解消するために書きなぐっていく。


まず前提として「機能的=いい服」だとか「丈夫な服=いい服」といった価値観一面的だってこと。

スーパー160sウールの高級ジャケットが、格安ポリエステル100%ジャケットのように洗濯できるわけじゃない。

天地がひっくりかえろうが、シルクのような繊細な素材がナイロンより丈夫なわけがない。

ただ丈夫なアパレルアイテムを作りたければ、L.L.beanトートバッグみたく分厚い生地にぶっとい糸を使えば、縫製が大雑把でも成立する。

スキニーパンツポリウレタンを使わないと足を曲げるのすら一苦労だが、素材の風合いは損ねるし経年劣化やすくなる。

まり何がいいたいかというと、“いい服”というのは多面的で、そこには文化的背景やコンテキストが多分に存在するってこと。

それらを無視して、メンズアイテムのようなパターンレディースアイテムを作ったとして、そこに齟齬は発生しないのかって視点は常に付きまとう。


次に、アパレル産業においてレディース・ウィメンズ市場規模は大きいってこと。

それはメンズと比べても圧倒的であり、そこに異論余地はない。

これはハイブラなどのファッション最前線に限らず、マス層においても同様。

試しにユニクロで男女それぞれでアイテムの型数を調べてみるといい。

ユニセックス分を含めようが除外しようが、型数もカラーバリエーションレディースの方が明らかに多い。

例えば2025年にカシミヤ混のヒートテックが出たが、レディースの方では以前からやっていた。

エアリズム肌着ひとつとってもレディースの方が種類は豊富で、エアリズムUネックTはレディース向けながらトップスへの響きにくさから男性でも愛用者がいるほどだ。

世界規模でマス向けのアイテムを作り、兆単位の売り上げを誇る大企業なのだから、その需要供給バランスについてはシビアに考えられている。

何が、誰に、どれくらい売れるのか、そのデータは膨大かつ確かなものだ。

更にいうと、品質も基本レディースの方がいい。

ユニクロについて言及しているアパレル関係者は多くいるが、それぞれのアイテム評価意見が分かれることはあっても、レディースの方が優遇されてるという点では意見が一致している。

ユニクロコラボラインでも同様であり、そもそもメンズ向けすらない場合もある。

今回は便宜上ユニクロを挙げたが、基本的にはどこも似たようなもの

なお、メンズファッションの「あれがない、これがない」が話題に挙がることが少ないのは、現状優遇されているからではなく「優遇してほしいと思っている人間が少ないから」である

“声の大きな人”の割合が同じでも規模が小さければ絶対数は減るし、そこに関心を向ける人も少ないから注目されにくいってわけ。


レディースファッションメンズよりも明らかに優遇されているし、それは昨日今日始まったようなレベルの話ではない。

それでも現状で不足しているというのなら、それは「一部の人間の声が大きいだけで、実際はそこまで需要がないからでしょ」としかいいようがない。

その結果として“取りこぼし”があるのなら、それは大局的に見て“取るに足らない”ものから

それを拾い上げるのは隙間産業しかなく、その隙間に風穴が空くほどの大きさはない。

やるせない。

何がやるせないって、自分がここまで話したことって初歩的というか、我ながら低次元なんだよね。

中学生に、小学1年生レベル算数を教えているような感覚

さきほど隙間産業といったけど、当然その需要を狙っているブランドメーカーも、アンテナ張ってれば見つかるわけ。

でも、アンテナ張ってないから「あれがない、これがない」って言い続ける。

当然だけど、需要供給が少なければ市場に出回るのも狭まる。

そういうものを見つけるには個々人が前のめりになって、それを品定めする“リテラシー”が必要となってくる。

そして、その“リテラシー”ってのは「その分野にどれくらい理解があるか」に尽きる。

無理解とは往々にして無知によって引き起こされるので、結局は学ぶしかない。

物事は点よりも線、線よりも面。

その面が複数あると立体的になる。

ファッションという分野においても同じことなんだけど、その本質を分かってもらうのが極めて難しい。


まあ、点しか知らないなら知らないままでも結構なんだけどね。

そもそもほとんどの分野は「名前だけ知ってる」とか「よく分かってない」層の方が大多数だし。

問題は「自分理解度は点だ」という懐疑性がないまま言及してしまうことで、ファッションではそんな人間が割かしいること。

これが他の分野だったら、もう少し理性を働かせて「自分はあまり良く分かってないからテキトーなこと言うのやめとこ」ってなるんだけど。

なぜファッションではそうならないかというと、どんなにリテラシーがなかろうと関心がなかろうと服は着ているから。

まり、ほぼ全ての人間が“スタート地点”には立っているわけ。

でも“立ってるだけ”だから距離感を図り損ねて、そのまま明後日の方向に向かう人間が出てくる。


ただ、ああいう手合いがそういう状況に甘んじてしまうのって、アパレル業界の怠慢も多少はあるけどね。

ファッションに対するスタート地点と、そのリテラシーの水準を押し上げようって気がないというか。

自分も「どうせ届くべき相手には届かないんだろうな」って諦念込みでここまで書いてるから同じ穴の狢ではあるけど。

先ほど、小学1年生レベル算数だって喩えたけど、算数小学校行けば学べるわけじゃん。

仮に出遅れても、その気があまりなくても、学びなおす機会はいくらでもある。

でも、ファッションはそういうのがない。

しか日本学校制服のところが多いから、ファッションに対するリテラシーが皆無だろうと困らない。

そうやって青春時代を過ごした人が、大人になってから「これこれはダサい」とか言われても全面的に受け入れられるわけがない。

今まで自分がまったく気にしていなかった評価軸を持ってこられるんだから

ファッションについて分かってないし、学び方も分からない、それにリソースを割く気もない。

そうなると諦めるか、開き直って「うるせーな、ほっとけよ」と言いたくなるのも仕方ないだろう。

まあ、せめて冠婚葬祭ドレスコードくらいはどっかで教えた方がいいと思うけど。

葬式リクルートスーツ使いまわしたり、黒い革靴なら何でもいいと思ってる人けっこういるんだよなあ。

……なんか話がだいぶ逸れてきたし、書いてて気も晴れてきたから今回はこれくらいにしとくか。

次回は、なんだろう。

「“最近の服は脆い”という雑な見解」とかにしようか(面倒なのでたぶん書かない)。

2026-01-07

AI使ってないフリしてAI使ってるエロ同人漫画がだいぶ増えてきたよ~(泣)

DLsiteFANZAAI作品AIじゃない作品の売り場が分けられてるんだけど、

どう見てもAIじゃない作品の売り場で隠れてAI使ったの漫画が増え続けてるよ~~😭

レビューAIと気づかず普通にレビューしてるし致してるときにIQ3になってAIだって全然からないんだね😭

どう見ても顔、線画、塗りがAIなのになんでみんな気づかないの~~😭

少し前はまぁ1割かなと思ってたけど体感3割くらいまで増えてきたよ~~😭

AIを元にして加筆しててもAIっぽさが残ってるから正直意味ないんだよ~~😭

はやくAIリテラシー身に着けて~~😭

 

ちなみにASMRとかの同人音声のジャケットに使われてるAI画像

AIじゃない作品の売り場で売っても許されてるみたいだからあきらめてるよ~~😭

今日珍しくスーツなんだけどマジで寒い

カイロ2枚貼ってるけど寒い

スカートなのが余計いけないんだろうな

パンツスーツも買っとけばよかったわ

ジャケットと下でサイズうから買うのなんかだるくて、買わないままズルズル引き伸ばしてる

あ〜寒い

2026-01-05

シュプのジャケット着てスケボー担いだ、3人連れの小学生中学生くらいのガキを駅前で目撃した

𝙎𝙏𝙍𝙀𝙀𝙏というよりはおかっぱ頭の坊っちゃんっぽい風体ではあったけれど、supremeをあんフォーマルに着る人間って初めて見た気がするしちょっと感動すら覚えた

IKEAの脇のあそこでやってたんだろうか

2026-01-04

anond:20260104080102

何を見て言ってるんだろう

ヤンマガとかガンガンオンラインサイト見に行っただけで

AVジャケットみたいな表紙の漫画トップにいっぱい出てくるよ

2025-12-28

結局、おれはスズ菌感染者になれなかった

そう、おれは「鈴菌」に感染たかったんだ。 あの、Sマークを聖印のように崇め、油冷エンジンを愛で、ハヤブサカタナといった唯一無二の造形に魂を売る、選ばれし者たちの仲間入りをしたかった。

きっかけは、友人が乗ってきた「B-KING」だった。 あまりマッシブで、およそ常人理解を超えたそのシルエットを見た時、おれは戦慄した。「なんだこれ、格好いいのか……? いや、格好いいに違いない」という強迫観念に近い衝撃。それが恋だと思い込んだ。 ネットを見れば、鈴菌感染者たちは実に楽しそうだった。「スズキ変態」という言葉を最高の褒め言葉として受け入れ、どんなに不便な設計も「それがスズキの味だ」と笑って受け流す。その無敵の肯定感に、おれは憧れたんだ。

でも、いざ自分スズキバイク検討し始めると、どうしても自分の中の「一般常識」という名のブレーキが、キィキィと鳴り響いた。

たとえば、あの独特すぎるデザインだ。 カタナの新型が出た時、界隈は沸き立った。でも、おれは実車を前にして、どうしても「タンク容量、これロングツーリング無理じゃね?」と思ってしまった。 鈴菌感染者なら「給油回数が増える? それだけガソリンスタンドおっちゃんに自分の愛車を見せびらかすチャンスが増えるってことだろ!」と変換するはずだ。なのに、おれはスマホで近隣のガソリンスタンド検索して、現実的な航続距離計算してしまった。

「食い尽くし系」ならぬ「ガソリン食い尽くし系」を愛せるほどの度量が、おれにはなかった。

さらに言えば、あの「青と白」のカラーリングだ。 サーキットで見れば最高にクールなエクスターカラーも、おれが着ているユニクロパーカーには絶望的に合わなかった。 「バイクに合わせて自分が変わればいい」 それが界隈の理屈だ。スズキツナギを着て、スズキキャップを被り、なんなら湯呑みまでスズキで揃える。その徹底した「スズキ愛」に自分を染め上げることが、感染者の証。 でも、おれは用品店で他社のシックジャケットを手に取っている自分に気づいてしまった。

極めつけは、あの同調圧力……いや、「同調熱量」だ。 道の駅スズキ車が並んでいると、そこには目に見えない強力な磁場が発生している。「お、お前も『菌』にやられたのか」という、言葉を交わさずとも通じ合う、あの濃厚なオタク連帯感。 そこに入れば、たとえマイナートラブルが続出しても「スズキから仕方ない(笑)」の一言で全てがハッピーエンドになる。

おれはその輪に入りたくて、試乗会にも足を運んだ。 ジクサーの燃費に感動し、GSX-R暴力的な加速に酔いしれた。でも、ハンドルを握りながら頭の片隅で「やっぱりホンダ優等生な感じも捨てがたいな……」とか「カワサキの男臭さもいいよな……」なんて雑念が消えなかった。

結局、おれは「この一台に心中する」という覚悟が持てなかったんだ。 スズキというメーカーが放つ、あの強烈な個性を「理屈抜きで愛す」ことができなかった。 スペック表の数字を眺め、コスパ計算し、リセールバリューを気にする。そんな「普通」の感覚を捨てきれないおれは、あの聖域には足を踏み入れる資格がなかった。

界隈の奴らから見れば、おれは「発症すらしていない、ただの通行人」なんだろう。 鈴菌感染者になれなかったおれは、今日もまた、どこか無難で、どこか優等生な、別のメーカーカタログを眺めている。

鈴菌という名の、熱くて狂おしい病。 それに罹患して、人生バイクの色に塗り替えてしまえる連中が、実はおれは、今でも少しだけ羨ましい。

2025-12-27

統一教会葬式

俺は増田。旧統一教会の祝福2世だった男だ。大学入学を期に実家を離れて世間を知り、やっぱなんか違うなと思って教会を離れた。両親は信仰があり、絡むといちいち面倒なのでLINEでのやり取りするぐらいで、疎遠にしていた。結婚して地方都市に住んでいる妹も教会を離れているが、用もないのに連絡をする仲ではない。不仲と言うほどでもないが、一般的に兄妹ってそんなもんだと思う。

 少し前に父が亡くなったので、何年かぶり帰省した。持病があるのに医者喧嘩して病院に行くのをやめていたので当然の結果だった。死に際は人に迷惑をかけるような状況じゃなかったのが救いだった。

 この記事を読んでいる人の中で、ひょっとすると統一教会葬式に出る人がいるかも知れない?ので、思い出がてら書いておく。

 まず、服装おかしい。男は黒スーツに白ネクタイ、女は白っぽいジャケットスカートを着る。式場は教会の人ばかりだったのであまり気にならなかったが、火葬場で浮きまくって居心地が悪かった。

 そして、葬式統一教会では「聖和式」と言う)は肉体という殻を脱ぎ捨て霊界への新しい出発をするお祝いというていになっていて、万歳三唱がある。世間一般とかけ離れたことばかりする集団にも顔色ひとつ変えず親切に対応してくれた式場の人にはプロ意識の高さを感じた。

 その他、家庭盟誓(やばい会社の社訓みたいな奴の統一教会バージョンだと思ってほしい。8番まであって長い)を唱えたり、聖歌教会の歌。何かと歌う)を歌ったりした。毎週の礼拝ってこんな感じだった。

 もう何年も教会に行っていないので結構忘れていたが、やっていたらなんとなく体が覚えていて、嫌なノスタルジーを感じた。

 妹は式の間ずっと口をつぐんでいた。

 親族感染症理由ほとんど参加しなかったが、教会の人が足を運んでくれてそれなりに人が集まった。自分や妹の顔を見ると皆にこやかに「久しぶりだね〜」と言った。

 教会の人って基本的に親切で優しくて、家の隣に住んでいても良き隣人であるような人が多いのだが、時々地雷がある。

 父も反ワクチン・反マスクだったが、他にもいそうな雰囲気だった。ある人に「増田くんもワクチン打ってしまったんでしょう…?」と言われた。(そう言った彼の職業中学校教師だったと記憶している)やっぱりカルト陰謀論親和性が高い。

 また別の人に「お父さんは増田君の気持ちわかってたと思うよ…」っと慰めるように言われて何の話?となったりした。俺は「憎まれっ子世に憚る如く長生きするかと予想していたが、案外ポックリ逝ってくれて助かった」と言うのが本音だった。言える訳がないので「はぁ……そうですか……」曖昧に相槌を打った。

 親切でちぐはぐで、柔らかくてグロテスク。言いようのない不快感があった。

 

 父方の親戚で、一人の老紳士通夜葬式の両日参列してくれた。もちろん、両親が教徒だと言うことは知っている。通夜の日、黒いネクタイを締めてきた彼は「明日は白いネクタイで来るね」と言った。色々思うところはあるだろうに、嫌な顔ひとつしなかった。なんて人間のできた人なんだと思った。こんな人を意味の分からない儀式に付き合わせて申し訳ないと思った。

 市内に住んでいる父のきょうだいは出席しなかった。

 後から聞いた話だが、葬式の時点で妹は妊娠していたらしい。「夫も子供教会に関わらせたくない。必要ならできる限り経済的支援はするが、それ以上は期待しないでほしい」と言われた。それでいいと思った。

 教会には「氏族メシヤ」という考え方がある。教徒親族布教して家庭内救世主になろう、という囲い込み戦略だ。しかし、実際は葬式兄弟は来ず、子供達すら離れている。

統一教会ってなんなんだろうな。

2025-12-26

明日京都市内に行くぞ!

京都市内が一番都会だから

買うもの

・ダウンジャケットユニクロGU

帰省の時にあげるお菓子

ヨドバシイヤホン視聴して良さげなら買う。Switch2がゲリラ販売してないか

映画も見たいけど、見たい映画がないかなぁ

anond:20251226181137

GUのは、見た目がダウンジャケットなだけで、ダウンは使ってなかったと思う。

暖かさだけなら十分やけど。

ダウンジャケットユニクロだと12800円、GUだと3900円。価格差エグくない?

そんなに質が違うもんなのかな

明日比べて、良さそうな方を買ってくるわ

2025-12-19

男性でもバレルレッグ、ぜんぜんイケます。むしろキマるとかなり「今っぽいおしゃれしてる人」に見えるんで、ちゃんとコツだけ押さえとくと良いです。anond:20251219164554

1. 丈とサイズで9割きまる

基本は「ジャスト〜やや短め丈」

くるぶしがちょい隠れる〜見えるくらいがベスト。長すぎると裾がたまって、ただのダボダボパンツしか見えないです。

ウエストちゃんと合わす

ウエストゆるゆるで腰履きすると、一気に昭和のおじさん感が出る。ベルトなしでギリ落ちないくらいが目安。

太さは「太すぎない」を選ぶ

チャレンジなら、ワイドすぎないバレル。横から見た時に「ふくらんで→ちょい絞まる」くらいのカーブが分かるタイプが扱いやすいです。

2. トップスは“短め or タックイン

バレルは下半身ボリュームが出るシルエットなんで、上はスッキリさせた方がバランス良いです。

着丈短めのTシャツスウェットシャツ
ふつう丈なら「タックイン」か「前だけイン」
お尻まですっぽり隠れる長いトップスをダラっと出すと、足がめちゃ短く見えるんでマジ注意。
タックインは慣れるまで抵抗あるけど、やると「急にオシャレっぽく見えるボタン」みたいな感じで効きます

3. 靴は“軽すぎない”やつを合わせる

足元が細すぎ・軽すぎると、パンツだけ風船みたいに浮いて見えます

相性いいのは

逆にコンバースのローカットとか、めちゃ薄いキャンバススニーカーだけだと、バランス取るのちょっとむずい。

4. 配色はシンプルにしとく

シルエットがもう“主張強め”なんで、色まで遊びすぎると一気に事故ます

まずはこのへんで十分。「シルエットで遊ぶから、色は抑える」って覚えとくと失敗しづらいです。

5. 体型別ざっくりガイド

身長寄り:

→ 丈短め+タックイン+厚底ぎみのスニーカーウエスト位置を高く見せるの、かなり大事

痩せ型:

→ バレルの丸みがそのまま“ゆるオシャレ”になりやすい。上はジャストサイズOK

ガッチリ体型:

→ 太すぎるバレルは避けて、ゆるめテーパード寄りのバレルを。上にジャケットシャツ羽織るとキレイめ寄せできていい感じ。

6. 具体的な“これやっとけばOK”コーデ

1. 白T or 白シャツ × インディゴのバレル × 白〜グレー系スニーカー
2. 黒orネイビーのニット × ブラックバレル × 黒のレザーシューズ
3. 短めブルゾンMA-1とか) × バレル × ボリュームスニーカー
どれも、トップスは短め or タックイン、靴はちょいゴツめ、ってだけ意識すればそれっぽくなります
正直、バレルレッグは「ちゃんとやれば洒落て見えるけど、テキトーに履くと一瞬でダサくなるパンツ」なんで、
ウエスト位置
靴のボリューム
ここだけは、めんどくさがらず調整してあげるといいです。
バレルレッグパンツは、きちんと合わせることが出来れば、カッコいいし、超楽なパンツです。

2025-12-18

非モテだった俺が、30代で「モテ」を攻略するためにやった5つの行動

非モテ陰キャだった俺が、30代で「モテ」を攻略するためにやった具体的な5つの行動と、そのROI投資対効果

俺は32歳。つい数年前まで、典型的な「空気みたいな存在陰キャ」だった。モテるなんて論外。女性からは「無害な人」という、一番屈辱的な評価を受けていた。

どれだけ仕事で成果を出しても、どれだけ趣味に打ち込んでも、自己肯定感は一向に上がらない。なぜなら、俺の心の奥底には、「俺は女性に選ばれない欠陥品だ」という、氷のように冷たい劣等感が常に張り付いていたからだ。

ターニングポイント親友結婚式崩壊した「非モテ呪い

転機が訪れたのは、親友結婚式だった。親友は昔、俺と同じくらいダサく、ファッションセンスゼロの男だった。そんな彼が、キラキラと輝く美人奥さんを連れて壇上に立っている。

その瞬間、俺の頭の中にあった「モテは才能。非モテは生まれつきの運命」という呪いが、音を立てて崩壊した。

もし彼ができたなら、俺にもできるはずだ。モテとは、遺伝子運命論ではなく、単に「正しいスキル」と「適切な努力」を俺が今までサボってきた結果に過ぎない。

そこから俺は、「モテ」を「人生の最重要プロジェクト」と定義し、感情論を一切排除した、冷徹攻略法を実践した。

STEP 0:マインドセットの改修 【費用:数冊の自己啓発書代】

非モテがまずやるべきは、服を買うことでも、ジムに行くことでもない。「モテ」を趣味や願望ではなく、「プロジェクト」として捉え直すことだ。

非モテマインドセット(Before)モテ攻略マインドセット(After)
感情: 「モテたい。どうせ無理だけど…目標設定: 「3ヶ月以内に3人の女性デートする」
評価: 「相手に好かれたい」評価: 「今回の会話で、相手感情を3回引き出せたか
原因: 「顔が悪い、背が低い」原因: 「TPOに合わない服装、話が自己完結している」

モテを「確率論データ分析ゲーム」と認識し、目標検証を繰り返す。これで、振られても「俺がダメ」ではなく、「このアプローチダメだった」と冷静に次に進めるようになった。

STEP 1:ビジュアルの「防御力」を高める投資(徹底的な清潔感

非モテは、いきなり「攻撃力(オシャレ)」を上げようとするが、それは間違いだ。 まず、「防御力(生理的拒否感を与えないこと)」を最大化すべきだ。

1-1. 髪型に「投資」し、顔の額縁を整える 【費用:約8万円 / 年】

それまでの俺は、1,000円カットで「無難」をオーダーしていた。無難は、女性から見て「手入れを放棄した証拠」でしかない。

1-2. 歯と鼻毛ケアを「義務化」する 【費用:約3万円 / 年】

これはモテのためというより、他人への敬意だと認識した。いくら服が良くても、笑った時に歯が黄ばんでいたり、鼻毛が出ていたりしたら、すべてが一瞬で台無しになる。


STEP 2:ファッションの「無個性からの脱却(データ分析

それまでの俺は、全身ユニクロGUの「制服」で、「無個性」という名の「風景の一部」だった。これを脱却するため、感覚ではなくデータに頼った。

2-1. 「パーソナルカラー・骨格診断」の受診 【初期投資:約2万円】

ファッション雑誌を読んでも、自分に何が似合うのか分からなかった。プロの診断に金を払うことで、自分に似合う色(PC)と形(骨格)を科学的に特定した。

2-2. 「着回し」ではなく「主役」を持つ 【費用:約5万円 / 年(服飾費)】

ユニクロ中心の着回しを止め、「この服を見れば俺だとわかる」という主役級のコートジャケットを1〜2着購入した。


STEP 3:会話のOSを「知識から感情」に書き換える

非モテ陰キャの会話の9割は、「知識のひけらかし」か「自己完結した質問」だ。


3-1. 感情の「オウム返し」と「増幅」テクニックの導入 【費用:数冊の会話術の本代】

相手の話の内容(事実)ではなく、その裏にある感情を拾い、オウム返しで増幅させた。


STEP 4:恐怖の克服と「振られる経験」の反復

スキルが整っても、「振られる恐怖」がある限り、最後の一歩が踏み出せない。これを克服するには、「実践と敗北」を繰り返すしかなかった。

4-1. 「振られる経験」を積み重ねる 【費用ゼロ精神ダメージ大)】
  • 実践意識的に、少しでも良いなと思った女性デートに誘い、最終的にダメ元で告白した。
  • 敗北の分析:当然、初めのうちは振られまくった。しかし、振られる度に「今回の敗因は?」「会話に詰まったのはどの話題か?」を分析し、「失敗を恐れる恐怖心」が、徐々に「改善点を探る冷静さ」に変わっていった。
  • モテ真実:振られても死なない。振られる経験を積み重ねることで、俺から「一発で成功させよう」という必死さが消え、自然体でアプローチできるようになり、最終的な成功率が上がった。

結論:総費用約16万円で、俺は「人生の質」を手に入れた

俺が3年間の「モテ攻略プロジェクト」で投じた総費用は、年間約16万円(服、美容院、歯のクリーニング書籍など)だ。

この金額は、「毎週行く飲み会代」や「年に一回の高級旅行代」よりもはるかに安い。

しかし、この投資によって俺が手に入れたリターンは計り知れない。


モテは、生まれつきの才能じゃない。俺は30年以上積み上げた「非モテ習慣」を、合計年間約16万円の投資と、3年間の地道な努力で「モテ習慣」に上書きしただけだ。

今、「どうせ無理」と諦めている奴がいたら、声を大にして言いたい。

「お前が非モテなのは、まだ『正しいスキル』と『適切な投資』を学んでいないだけだ。」

この攻略法は、特別魔法ではない。単なる論理的な「自己啓発」だ。この費用と労力に見合う価値がある人生を、お前も選ぶべきだ。

小中不登校高校中退大学中退増田その後

ちょっとここに吐き出させて欲しい。

小中不登校高校中退大学中退増田です。あのあと再就職手当金なども入って、やっとゴキブリネズミが出る家から脱出しました。

「小中不登校高校中退大学中退」書いていた状況の裏側を少し書いてみたいと思う。

去年の12月だっけ。増田投稿した時は裏で両親離婚問題が勃発してた。具体的には昨年春に母から父に離婚したいと言って、夏に別居。

別居の時はものすごかった。父は頭おかしくなって夜中ぶつぶつ独り言言ったり、死んだ親族と話してたり自転車で海行って死のうとしてた。

綺麗な海の写真が私と姉と母に送られてきて、ここにみんないるのに…と何かが見えている様子だった。

他にも母が家を出られないよう廊下で待ち受けたり、泣きじゃくったり、自殺未遂して飲んだ錠剤の殻と吐瀉物の写真が母に送られてきたり。私もストレスやば過ぎて実家戻った時吐いてた。

父はその後母のストーカーになって、警察連携して色々…本当に色々あった。母の実家に現れて庭で土下座してたりとか。

あの増田を書いてた時は裏で父にDV防止法の接近禁止命令?出そうとしてて、私と姉で陳述書を書いたりしてた。仕事終わってからいかやばい父かを訴えるやばい内容のWord文書書き続けて、翌朝は人生で初めて仕事寝坊した。上司には相談してたものの、割ときつくお叱りを受けた。

結局接近禁止命令見送りで、今年の1月警察から書類警告出してもらって、とりあえず父の行動は落ち着いた。

その時は案件もまあ色々ひどいことになってて、私は情けないことに完全に潰れた。仕事できなくなって日中ずっと泣いてた。上司Slackで呼び出されて、なんでできなかった?って詰められて、俺は新卒で癌やって今も潰瘍性大腸炎抱えてるんだぞ、と。自分が頑張ってるから頭に来たんだろうなと思う。でも同時に、私も父の命が関わってたから、それを軽く扱われたようでだいぶ頭に来た。余裕のない人間と余裕のない人間無意味なぶつかり合いだった。

入社時に持ってたネットワークへの情熱が失われたようで残念とまで言われて、私は案件から退場した。元々うちの会社契約のものが切られることになってて、残り2週間とかだったんだけどね…。

この案件個人的にかなり入れ込んでて、とてもいい技術だと思ってた。すごく面白い仕事だったんだ。関われて良かったと思う。でも限界すぎた。当たり前だけどネットワークのこととか、嫌いになったわけじゃなかった。

で、一度エンジニア挫折して事務を経由したんだけど、今年やるはずの裁判が2年後に後回しになって、じゃあエンジニア戻るか…と。1月からまた働く。まあ2年後にまた大騒動になりそうな気がして、憂鬱になるんだけど。秋に応用情報も受けて今結果待ち。午前は通ったけど午後やらかしたかちょっと厳しそう。

年末年始実家(祖父母宅)帰るけど、まだ不安だし少し怖い。実家問題起こってから母は2度転居してて、今は母は祖父母と同居して介護しながら働いてる。父が2年後どうなるのか、下手したら死にかねない気もして、今から怖い。少しでも心の支えになればと思って、箸とか扇子とか食べ物送ったりしてる。でも、会うのはやっぱり少し怖い。

はいいところもあったんだけど、小さい頃はトイレにつっかえ棒されて半日閉じ込められたり、頭おかしくなってマンションから飛び降りるって言い始めたり、シャワーしてる最中に奇声が聞こえて全裸に母のスカートジャケット来て友達の家に逃げたりしてた。人生で「匿ってください」って言うことがあると思わなかった。人間が出す声じゃなかったから、怖くて。正直殺されるかもと思ったから。

でもそれ以外では、家族みんなで一緒にどうぶつの森やったり、平和時間もあった。不登校の私をいろんなところに連れて行ってくれた。大学時代体調崩した時には車走らせて助けに来てくれた。だから恩も情もある。同時に恐怖もある。

私が自立するきっかけ…父の会社経営破綻がわかって東京役所生活就労支援職員相談乗ってもらった時、それ虐待ですよって言われたんだよね。友達にもそう言われた。

でも私自身はよくわからない。そんなにみんな家で何も起きてないものなのかな。周りにはもっとひどい父親もいて、子供暴言吐きまくっている人もいる。その人は稼ぎもあったけど、私は多分その人の元ではここまで頑張れる程度に育たなかったと思う。

とりあえず年末年始が迫ってきてて、なんとなく不安になってる。高齢祖父母いるし、いつ何があるかわからいから一応帰省する予定。

父は今は母への接触を諦めて、私と姉にメールを送りまくってる。会ってあげたい気持ちもあるけど、少し怖い。でも孤独のつらさは多分家族の誰よりもわかる。彼を孤独に死なせたくないと思う自分がいる。

私も社会不適合者なわけだから、どこか父に自分投影してるんだよね。父が見捨てられる社会って、つまり私も見捨てられる社会なのでは?みたいなこと考えてしまってる。周りからは父とあなたは別人だよってひたすら言われてる。

両親のこの件には今後関与しない方がいいとすら思うけど、徹底して逃げるのも大変なんだよね…。実家はいざというときセーフティネットでもあるわけで。祖父母介護も母に任せきりだし、せめて父のことや介護仕事愚痴聞かなきゃな、とも思う。

たくさんお金稼いで、みんなの力になりたいのに、それができない自分が悔しい。頑張って明るく振る舞うようにしてるけど、ところどころで限界が来る。

人生難しすぎる。こんな属性大盛りの人間私も他に見たことない。というか社会に出てこないし、語らないんだと思う。嘘だと思うのもわかるよ本当。ていうか嘘であってほしかった。

でも実家お金問題を知らなかったら、私は多分自分の足で歩き出せなかったから、きっと良かったんだと思う。長年父に苦しんできた母も解放されて、大変だけど前より幸せって言ってる。

もう何日かしたら頑張って帰省しようと思う。ちなみに母は祖母苛烈人間なこともあって、木造一軒家の実家の2階に隠れ住んでる。認知症からバレないんだよね。私も前回戻った時は2階に隠れて泊まってて、それも限界すぎた。

今回は1階で寝泊まりしていいと言われてて、そこに関しては少し安心した。

疲れたけど、まだ頑張るよ。大変な人生を送っているたくさんの仲間に、幸多からんことを。みんな良い年末年始を過ごせるといいね

anond:20251218113701

アクセサリーにもシワのないシャツジャケットに相当するアクセサリーとなんかえらい派手派手でケバいアクセサリー、グラニフのネタTみたいなしょうもないアクセサリーってのがある。

今の季節だとキメキメにならない程度のスラックスに単色のニットキレイめなブルゾン辺りで初回のデートに行くと思うけど、その際に首元に細いチェーンのネックレスあるかないかや手にごくシンプルピンキーリングがついてるついてないで、元の服の印象を引っ張りあげて華やかさが少しプラスされるみたいな使い方してるのが現在のおしゃれ男。

男の服選び、なにかとそれ単体で見た時にそこに並んでる他のやつとなんか違ってなんか主張しててかっこいいってやつを選びがちだけど、それをやると大失敗で大事故を起こすのがアクセサリーなんで、好きじゃないなら手を出さないのがまず間違いなくて、TPOを選んでさりげないものをチョイスできるくらいの配慮大人には必要

anond:20251218113236

男の場合はシワのないシャツジャケットの方が余程好感度高いってのはあるかも

少なくとも日本婚活市場でなら男も女もジャラジャラつけてんのは加点にはならないと思う

anond:20251217115031

いらんいらん。アクセ基本的におしゃれ上級者向け。

増田でこんなこと聞く時点でおしゃれに普段興味ないんだろ?

おしゃれに興味ない奴はむしろムダをそぎ落とす方向の方が良い。

ものや変な色の服を着るな。ベーシックな色の無地にしろ

おしゃれじゃない奴にはオフィスカジュアルが堅すぎずカジュアル過ぎずちょうどいい。

(その上でどうしてもなんかワンポイント主張したいなら、ジャケットに派手過ぎないピンバッジつけな)

あと髪型可能な限りサッパリしたスタイルにしておく方が無難だぞ(横と後ろは刈上げる系)。

anond:20251217115031

あえて何かつけるなら

ジャケットの襟元とかトートバックとかにチャームピンバッジちゃんとしたやつ)

香水(これはセレクトがとても難しいけど・・・

くらいか

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