はてなキーワード: コンプラとは
xのこのポストね
https://x.com/child_doc555/status/2053439651193438417?s=46
この旦那が専業主婦の奥さんを見下して、自分が上相手が下と考えているところにはしんどいものがあるが、正直この文はわからなくない
妻が細かい(ワイからすると)どうでもいいことをやたら気にするのは、元々の性格もあるだろうが、人生における責任範囲が狭過ぎるが故に、どうでもいいところを掘り下げるしかないのかな?と感じる。
そのどうでもいい非合理的なこだわりを押し付けることで、自らの存在感と権利と存在価値を必死でアピールしているように見えてしまう。
教育とかコンプラの部署とかで暇してるおじさんって何かトラブルがあると嬉々として出てきて、たくさんの時間話し合い、現場にやりすぎな対応を求めてくるというのを確かに体験したことがある
この旦那側の意見を鵜呑みにはできないが確かにそういう人はいる
まあとはいえ、この旦那は専業主婦に外の世界に行ってもらうために自分で家事育児を担うつもりはなさそうなので残酷な話なんだが
好きなの選べよ
パターン1
売り物は水とかサプリ
規定なし
パターン2
情報商材屋で実務経験のない主婦とか起業志望のコネなし学生相手に情報商材売って小銭稼ぎ
パターン3
パターン2の生徒。本人は学生や主婦やニートなので平日昼間のスタバに通える。コンプラもない。そもそも働いてない
パターン4
業務委託のフリーランサー。ITに疎い零細企業だけがクライアント。コンプラとかその辺の契約一切なし。全部なあなあで仕事してる
最近の国内外色んな作品を見ていて思うんだけど、ポリコレやコンプラの関係なのか作中であんまり露骨な差別描写は出来なくなって、
でもその割に差別に反対する描写だけはきっちり入れる事が多いから、チグハグになってる作品が多いと思う。
作中では差別があるとしてもせいぜい現代の先進国程度の差別で、理想に限りなく近い社会として描かれる
女性が仕事を持って働き尊敬されていたり、有色人種が白人に混じって責任のある役職に就いていたりする。
だけどイスラム圏の酷い所か奴隷制度時代のアメリカ並に酷い差別があるのを前提とするかのように、強い言葉や暴力でもって差別に反対する様子が描かれるという。この不均衡。
差別がそこまで酷くないんだから穏当な手段で立ち向かえば十分なんじゃないかと思うのに、何故かそうはならない。
舞台となる国は中世ヨーロッパでの小国でありながら、身体に障害のあるアジア系女性が仕事を持って働き王にも認められている。全体的に人種差別や性差別が見られない。主人公の家庭は父が早期に亡くなり母と祖父と主人公の三人暮らしだが、祖父が100歳の老人になるまで元気に生きている。現代の先進国でも難しいくらいに理想的な社会だ。
でも王は自らの過ちの結果、主人公達によって糾弾され、鏡に閉じ込められるという考えようによっては死刑よりも酷い罰を受ける。
あの展開ならば初期状態のロサスをあそこまで理想的な国にする必要あった?主人公達の努力で差別が解消されたという展開じゃ駄目だったのか。
これに限った話じゃなく、こういうの色んな作品で多いと思う。
いろいろ誤魔化してるが本質的に書きたいのはR18だろうからエロ小説でも書いてればいいのに本番がないのでエロ本にしても中途半端、剣と魔法の冒険物としても中身なしみたいな、どうしようもない作品の印象を受ける。
その後の展開がないのは
「魔法の国ザンス」は、魔法を使えるのが当たり前の国で生まれた青年が魔法を使えないがゆえに、魔法の国ザンスを追放されるところから始まる物語。
ピアズ・アンソニィ作のファンタジー小説で非常にユーモア色が強く、数十年前にはオススメの海外ファンタジーを挙げていけば最初の方に行き当たる作品だった。
のだが、性的な小ネタが多く、昨今ではコンプラ的にアウトラインにかかっていて大手を振って紹介されることは最早無いだろう。
ある女性キャラは魔法の力により1ヶ月の中で容姿がとても美しい状態から、とても醜い状態へと変化していく。
一方で知能や知性は逆をたどる。
最も美しい状態の時が頭がパッパラパーで、最も醜い状態のときに知性がとてつもなく高くなる。
作品の中で、それは女性の生理を暗喩すると同時に最も美しいときに最も知性が低くなるという状態は様々な想像を起こさせる。
この設定の物語を書いて発表するのは、今の時代には若干の困難を伴うかもしれない。
また別のキャラクターは、極めて美しく性的な魅力に溢れているケンタウロスなのだが、
SEXに対しての道徳心が極めて高く自身に欲情するオスを軽蔑する傾向にある。
また魔法に対する懐疑心がこの世界のケンタウロスは一般的に強いという設定なっている。
しかし、ある事件が起きて、ザンスで一切の魔法が使えなくなるとそのケンタウロスの性的で魅力溢れた容姿は崩れていき、誰からも注目されない存在となる。
実はそのケンタウロス自身は知らないうちに「魅了」の魔法を常時発動していたのだが、それを失った途端にそれまでの特権的な扱いを他者から受けなくなる。
その経験を通じて、そのケンタウロスは魔法や自身の性的魅力が溢れていることに対する考え方を許容する方向へと変えるようになる。
と言った具合に、どうにも今の世の中ではキャンセルされそうな内容を多分に含んでいるのだ。
ハヤカワの古いFTシリーズは同作品も含めて、電子書籍化から完全に置いてけぼりにされており、書籍の方も入手が困難状態が続いている。
30代になって今更、というか30代になってもう若くないからこそ意識してしまうのか?
仕事上のお付き合いや、新しい部署や、その客層などを考えると清潔感を意識せざるを得ない環境にある。
それまでよくも悪くも男同士だから!で済んでいたのが、今となっては悪癖となっている部分もあるし、改善しなくてはいけないという責任感もある。
ただそういった清潔感を演出する行為そのものを、男社会で育ち育てられてきた自分などはキモい行為に感じてしまう。
もちろん服装の身だしなみなどは男社会においても重要できちんとしたスーツの着こなしは最低限出来ていると思う。
あと臭いに関してもきちんと毎日風呂に入っているし、夜ふかしして飲み明かした朝などにはシャワーを浴びてから出勤したりしている。
ただ、これはどうしたらいいんだ?と思う部分がある。
自分はかなりの汗っかきであるのだが、年々歳を重ねる毎に肌が脂性になってきてしまった。
正直寝起きはドロドロ、洗顔してすぐそばから、とくにこれからの暑くなる時期にはテカり始めたりする。
これをどうしたものか?と悩む。
フェイスパウダーというのだろうか?そういった類のものを試してみたところ、確かに専用品だけあってすごくよく出来ている。
ただひとつ気になるのが、どうしたところで白浮きというのだろうか?肌が不自然に白くなっているのは「見れば」わかるはずだ。
もちろん今までのガサツな男だらけの部署だったらそんなことに気づく野郎もいないし、気づいたところで「お前◯イかよ?」とかいうコンプラアウトの軽口で済まされるだけだったろう。
管理職1年目のオッサンが過剰な自意識でキモいことしてると思われないだろうか?
あれ?あのオッサン眉毛の手入れとかしてるんじゃない?キモー、とか思われてたら職場の雰囲気が悪くなってしまわないだろうか?
などという、自意識そのものがキモいのは言うまでもないのだが。
とにかく自分としては任された以上よりよい部署にしていきたい。
そのうえで必要であるはずの最低限の身だしなみやマナーを身につける努力はするのは当然だと思う。
ただ男社会で育ってきた自分にはそういった行為そのものがキモいように感じる。
そこがわからない。
少女を性的搾取するのがコンプラ的に問題あるなら、少年を性的搾取するのも問題あるって、さすがにその前に気付くやろ、、、
高野: 連載開始当初は、もっと単純に考えて描いてたんですよね。「長く続けさせてもらえるかもわからないし」とちょっと油断していたところもあるかもしれません。そもそも「OLと少年」という設定自体、自発的に生み出したものではありません。最初は「おじさんと少女のマンガで、少女が脱ぐシーンも入れましょう」と言われてネームを描いていたんですが、「こ、これはやだ!」と自分のなかでアラートが出てしまって、その代替案として出たものなんですね。
――ああ……。
高野: 「このままじゃ描きたくないし、おじさんの気持ちもわからない、OLと少年で描かせてください」と言ったのが、『私の少年』が生まれたきっかけです。でも1話が思わぬ反響をいただいて、1巻が出て……そこでようやく「自分では健康的なマンガを描いているつもりだったけど、よくよく考えるとこれもあやういよな!?」と気付いたんです。
●大体性差別とされるのが少年誌や青年誌の女性作者に対する「BL臭い」「バトルが下手」「いかにも女が書きそうな男キャラ」みたいな批判ですが、はっきり言って女性作者が描きがちな描写に対する違和感や不快感みたいなものちょくちょくあるのは事実です。
しかし本来の対象読者が男性なのだから女性受けを狙った描写に批判があるのも当たり前のことです。それを性差別と捉えるなら、本来の対象読者ですらない女性読者から「ヒロインが童貞の考えた妄想」「女性キャラの服がダサすぎ」「女性キャラの心情にリアリティがない」みたいな事を言われるのが日常茶飯事な男性作者はもっと差別されてることになります。むしろ男性にとって都合のいい描写をフェミニストから女性差別としてカウントされがちです。男性は少女漫画の男性キャラ等に対して軽くバカにすることはあっても、女性を対象としたジャンルなのだから女性受けの描写は当たり前だという認識は持っています。
●こういう批判はどんな状況であっても「女作者と判った途端手の平を返す」と謎に付け加えられます。つまり男性受けの悪い描写だから批判されたのではなく、女性作者だから差別をされたということにされがちです。
元々女性名を名乗っている作者や女性であることを公言している作者にすら使われます。なおブルーロックのように男性作者も腐臭いという批判はちょくちょく受けます。
●性差別のソースが5chだったりしますがまず匿名である限りどっちの性別が言ったかはそれこそ分からないはずです。
●少女漫画で平成以降活躍できている男性作者はごくわずかです。90年代くらいまでは少女漫画志望の男性もそれなりにいましたが今はほとんどいません。理系女子的な考え方でいけばむしろそれが男性差別です。和田慎二先生のようにサービスシーン💛とヌードを描くのが許されていたのは昭和だからこそで、赤いきつねですら炎上する現在において少女漫画で男性作者が1mmでも男性受け描写っぽく見えるシーンを書いたら秒で追い出されるのは火を見るより明らかです。
逆に性差別を受けているはずの女性作者がこぞって少年青年誌で連載したがっているのが現状です。ついでに言えば漫画界全体でも男性作者の割合は23%です。
●ゼロ年代以降男性受けする少女漫画もめっきり減ります。作者の性別疑惑が少女漫画で起こりにくいのは、そもそも男性作者も男性受け描写もほとんどないからです。今時の漫画に男女関係ない!みたいな事を言ってる人は少女・女性漫画を批判してください。
逆に少年漫画のグッズプストアもコラボカフェも舞台化もほとんど女性客で、むしろ少年が差別されがちとすら言えます。
●一条ゆかり先生が少年誌の編集から水をぶっかけられたエピソードが女性差別とされてますが、そもそも何十年も前の話で、当時の漫画界の力関係は編集上位かつコンプラもなく、むちゃくちゃな事をやられた漫画家は男女問わずたくさんいます。なお一条ゆかり先生は逆に「男性に少女漫画は描けない」といった旨の発言を過去にしています。
●ジェンダーレスなペンネームは男女作者やジャンルを問わず一般的ですが、少年青年誌の女性作者だけ差別のためにそういうペンネームを使ったことにされます。
●男性名を勧められたと公言してるのはジャンプの浅美裕子先生のみ(それも30年以上前)ですが、結局勧められただけで普通に女性名を使用しているので強制ではないのがわかります。
なお本人は友人からも作風がホモ臭い(当時で言うところのやおい臭い)と言われているのを公言していて、むしろ少年読者が寛大とすら言えます。
最近、いわゆる「リベラル政党」が弱くなったと言われることが増えた。
これは単なる印象論ではなく、社会の構造そのものが変わった結果だと思う。
パワハラという言葉すら存在せず、弱い立場の人間は声を上げる手段を持たなかった。
しかし今はどうか。
仕事や教育の現場でも、問題が起こらないようにコンプラ遵守を徹底する。
発達障害やLGBTといったマイノリティへの理解も進んでいる。
男女同権は「女子枠」とかいうアファーマティブ・アクションが生まれるくらいに定着している。
この流れはネットが普及して更に加速していった。
救うべき民草は経済的に豊かであり、また「弱者」などではなく声を上げる手段も持っている。
はっきり言って、左翼が頑張らずとも社会はごく自然に進歩的な方向に向かっているのである。
一方で、保守側はどうか。
彼らは元々「変えすぎない」ことが役割なので、
社会がある程度整った今の状況と非常に相性がいい。