はてなキーワード: 1973年とは
ブログが映画化され話題となったフードライターのジュリー・パウエル(Julie Powell)さんが先月26日、ニューヨーク州北部にある自宅で死去した。49歳だった。
夫のエリック・パウエルさんはニューヨークタイムズに、死因は心不全だったと明かした。
パウエルさんは2002年、フレンチの料理人ジュリア・チャイルド氏が執筆した料理本のレシピを、1年かけて試作するブログ「Julie/Julia Project」をスタート。
作家を志すOLが、ニューヨークのアパートの小さなキッチンで、四苦八苦しながら料理と格闘する様子や、ジェネレーションXの日常生活を描いた親近感のある内容が注目を集めた。この年のブログのビュー数は、40万に達したという。
ウェブサイトFood52の創設者で当時のタイムズのライター、アマンダ・ヘッサー氏は「これまでに読んだことがなかった。文章はフレッシュで活気があり、時に荒削りだった。見事にどの様式にも囚われていなかった」と評した。また、フードライターのデブ・ペレルマン氏は「彼女は、私の知り合いが語っているように聞こえるボイスで、料理について書くことができる」と人気の秘訣を語っている。
パウエルさんの成功をきっかけに、アイナ・ガーデンやトーマス・ケラーなどの著名な料理人のレシピを再現するブログが、次々に立ち上ったという。
ブログは書籍化され、2005年にリトルブラウン&カンパニー社から「Julie & Julia: 365 Days, 524 Recipes, 1 Tiny Apartment Kitchen」として出版された。
2009年には、故ノーラ・エフロンが脚本と監督を務めた映画『ジュリー&ジュリア』が公開された。メリル・ストリープがチャイルド氏を演じ、エイミー・アダムスがパウエルさんを演じた。
映画には、夫の仕事で渡仏した後、料理家として成功を収めたチャイルド氏と、退屈なOL生活を抜け出し、ブログを通じて作家となったパウエルさんの旅路が描かれている。作品が公開された後、パウエルさんの書籍の人気も再燃。100万部以上を売り上げ、ニューヨークタイムズのベストセラー入りを果たした。
一方、2004年に死去したチャイルド氏は、パウエルさんのブログを気に入っていなかったようだ。ロサンゼルスタイムズの編集者に、皆が家庭で作れるフランス料理のレシピを作るため、試作を繰り返し、8年以上の時間をかけるなど「懸命に取り組んできた」と説明。「彼女がそれに何の問題があったのか理解できない。彼女はただ料理について知らなかっただけ」などと、こぼしていたと言う。
パウエルさんは1973年、テキサス州オースティンで生まれた。大学では演劇や小説のライティングを学んだという。夫のエリックさんとは高校で出会い、1998年に結婚した。
生涯で出版した著書は2冊だった。2009年に自身の結婚生活について記した著書「Cleaving: A Story of Marriage, Meat and Obsession」を発売したが、売上は芳しくなかったという。2018年以降は、ニューヨーク州のオリーブブリッジで暮らしていた。
https://www.mashupreporter.com/writer-julie-powell-julie-julia-dies-at-49/
韓国は長年、日本軍による植民地支配と戦争を「国家主導の組織的犯罪」「人道に対する罪」として強く糾弾してきた。 「被害者中心主義」「加害者の否認は歴史修正主義」「道義的責任は永続する」「性暴力は絶対に許されない」――これが韓国側の基本論理である。
では、同じ論理を韓国政府自身の戦争関与と中間搾取に適用したら、どうなるか。 ここでは、ベトナム戦争での韓国軍加害と、徴用工問題での資金横領・搾取を、韓国側が日本に対して用いる言葉でそのまま批判する。
1964年から1973年にかけ、朴正煕政権はのべ32万人超の韓国軍をベトナムに派兵した(米軍に次ぐ第2位)。名目は「反共産主義」だったが、実際には巨額のベトナム特需(総額数十億ドル規模)を得て、京釜高速道路建設や重化学工業化の原資とした。
この派兵下で起きたのが、フォンニィ・フォンニャット村事件(1968年2月12日、クアンナム省)とハミ村事件(同年2月25日、同省)である。 フォンニィ・フォンニャット村では、韓国海兵隊青龍部隊が非武装の民間人約70人を至近距離で射殺・手榴弾攻撃・放火。被害者の大半は女性・子供・老人だった。 ハミ村では同部隊が135人以上を機関銃と手榴弾で集団殺害し、家屋を焼き、遺体をブルドーザーで埋めた。
韓国側の論理で言えば、これは「国家が組織的に行った民間人虐殺」である。 日本軍の南京事件や三光作戦を糾弾する際と同じく、
――これこそ歴史修正主義そのものだ。 2023〜2025年の韓国裁判所判決でさえ、フォンニィ事件で国家賠償を命じたにもかかわらず、政府は「戦闘行為」と主張して控訴・事実否定を繰り返した。
サイゴン(現ホーチミン)には韓国軍が関与した売春施設「トルコ風呂」(Welfare Center)が米軍公文書で確認されており、これは日本軍の慰安婦制度を韓国側が「国家主導の性奴隷」と呼ぶのと全く同じ構造である。 韓国政府は今も公式謝罪・大規模補償を拒否。「未来志向の関係」を優先する姿勢は、被害者中心主義を自ら否定する行為だ。
戦後、1945年に発足した在日本朝鮮人連盟(朝連)――後の朝鮮総連の前身――は、日本企業から強制労働者の未払い賃金を「労働者代表」として回収する権限を得た。 1946年末までに請求額は4,366万円に達し、かなりの金額を実際に徴収。
しかし、そのほとんど(ほぼ100%)が労働者本人に渡らず、朝連の活動資金や日本共産党再建資金に流用された(元朝連関係者・金賛汀氏の著書『朝鮮総連』より)。
日本企業が支払った資金を「中間団体」が食い物にした構造は、慰安婦問題で「ブローカー業者が女性を騙した」と批判するのと同じだ。 しかも、韓国人ブローカー自身が戦時中の「募集」段階で「高賃金・好待遇」と甘言を弄し、労働者を日本企業へ送り込む人身売買的行為を繰り返していた事実は、韓国側が日本だけを糾弾する論理では決して無視できない。
1965年の日韓請求権協定でも同じ構図が繰り返された。日本は韓国に無償3億ドル+有償2億ドル(当時の巨額)を支払い、「請求権問題は完全かつ最終的に解決」と確認した。
しかし朴正煕政権は、この資金の約3.6%程度しか死亡遺族への少額補償(1人30万ウォン=当時約3万円)に充てず、残りを国家経済開発(POSCO製鉄所など)に投入した。 韓国側の論理で言えば、これは
であり、「被害者を置き去りにした経済優先の道義的背信」である。 2005年の官民共同委員会でさえ「補償が不十分」と認めながら、韓国政府は日本企業への追加請求を司法で後押しした。これはまさに「二重取り」を正当化する歴史修正主義だ。
韓国が日本に対して繰り返し求める基準――「国家責任の明確化」「被害者への直接救済」「否認の終焉」「性暴力の徹底糾弾」「象徴(国旗)の扱い」――を、自らの歴史に適用すればどうなるか。 それは、
韓国政府が本当に「正義」を掲げるなら、 日本だけを糾弾するのではなく、 自らの戦争関与と中間搾取にも同じ厳しい目を向けるべきである。 被害者中心主義は、他国にだけ適用する「都合の良い武器」ではなく、万国に通用する普遍的原則でなければならない。自らに適用できない論理は、論理として破綻している。
旭日旗(きょくじつき)は、日本では古来の「日の出・繁栄」の伝統意匠であり、海上自衛隊の自衛艦旗として国際的に認められた平和的シンボルです。しかし韓国では2011年のAFCアジアカップ準決勝(キ・ソンヨン選手のゴールパフォーマンスと「旭日旗を見て涙が出た」という釈明)をきっかけに、「전범기(戦犯旗)」として急激に政治化されました。以降、スポーツ会場や文化イベントで繰り返し問題視され、韓国メディアや政治がこれを「軍国日本」の象徴として攻撃する構図が定着しています。
この過剰な執着は、単なる日韓感情の対立を超えて、韓国民主主義そのものの危機を象徴しています。背景にあるのは「被害者意識ナショナリズム(희생자의식 민족주의=victimhood nationalism)」です。これは、後続世代が先代の被害経験(植民地支配や戦争の記憶)を「世襲」し、それを現在の民族主義に道徳的正当性と政治的免罪符として利用する現象を指します。韓国社会はこの枠組みに強く依存し、事実の多角的探究や自らの加害者側面を直視しにくくなっています。以下で、その危機の本質と、再構築の必要性を論じます。
被害者意識ナショナリズムは、韓国政治を「被害者意識の強さ+北朝鮮融和度」の軸で分極化させています。文在寅・李在明政権のような進歩系では歴史問題を「民族正義」として政治利用し、保守派や現実的日韓改善論者を「親日派(친일파)」とレッテル貼りして弾圧する構造が繰り返されます。
歴史研究の阻害が象徴的です。朴裕河(パク・ユハ)教授の『帝国の慰安婦』(2013年)は、慰安婦問題の複雑性を資料に基づき指摘しただけで名誉毀損訴訟を受け、長年の裁判で研究活動が制限されました。李栄薫(イ・ヨンフン)元ソウル大教授の『反日種族主義』(2019年)も、植民地期の経済統計を基にした事実指摘に対し、メディア・世論から「親日売国」の猛攻撃を受けました。これらは、異論を「反民族的」と排除する自己検閲を生み、民主主義の核心である言論の自由と多元性を損なっています。
さらに深刻なのは加害者認識の欠如です。ベトナム戦争(1965〜1973年)で韓国はのべ32万人以上を派兵し、民間人虐殺(フォンニィ・フォンニャット事件などで推定5,000〜9,000人以上)が確認されています。市民運動と2023年の司法判決でようやく政府責任が一部認定されましたが、保守派の否定と被害者意識の壁が厚く、公式謝罪は未だ不十分です。この「被害者だけ」の二元論は、民主主義の自己修正機能を麻痺させています。
韓国側の歴史修正勢力(正義連=旧挺対協を中心とするNGO、進歩系政権)は、国連人権理事会(UNHRC)、CEDAW、UNESCO「世界の記憶」登録などで慰安婦・強制労働問題を繰り返し提起します。これ自体は人権活動として正当化されますが、問題は権威主義国家との組織的繋がりです。
正義連は北朝鮮の統一戦線工作部・文化交流局と協力関係にあり、尹美香(ユン・ミヒャン)前代表の周辺には北朝鮮工作員との接触歴(夫・金三石のスパイ有罪など)が複数指摘されています。中国の統一戦線工作部(UFWD)ともUNESCO共同ロビーで連携し、反日プロパガンダを相互利用しています。これらの工作は、日韓離間と被害者意識の国際固定化を狙い、韓国開放社会のNGOネットワークを「非対称的ツール」として活用する典型です。
結果、韓国国内では「国際社会も認めている正義」という構図が強化され、国内のバランス派批判(임지현教授ら)が「親日派」として抑圧されやすくなります。これは民主主義の質的低下を招き、外部勢力による分断工作を容易にしています。
日本のメディア、特に左派系(朝日新聞など)は、この工作に対して自覚度が低いままです。尹美香の寄付金不正事件は報じますが、北朝鮮工作機関との連携や中国UFWDとの関係はほとんど触れられません。一方、保守系メディア(産経新聞など)は構造を詳細に指摘しています。この選択的報道は、韓国側の被害者ナラティブを日本国内で増幅し、結果として韓国民主主義の自己省察を間接的に阻害します。
日本の左派勢力との呼応(国連ロビーでの共同活動やメディア報道)は、韓国進歩派に「日本内部にも味方がいる」という安心感を与え、歴史問題の政治利用を助長します。これが韓国民主主義の分極化を悪循環させ、長期的に両国関係の健全性を損なう副作用を生んでいます。
韓国社会は今、転換点に立っています。임지현教授が提唱する「記憶の連帯(remembrance solidarity)」——被害者の痛みを認めつつ、自らの罪も受け入れる包括的な記憶——や、李栄薫教授らの事実ベースの歴史再構築は、まさにこの危機への処方箋です。ベトナム戦争の市民運動や司法進展も、加害者認識を深める重要な試みです。
旭日旗問題は、単なる旗のデザイン論争ではありません。それは韓国が「被害者意識ナショナリズム」の罠から脱し、痛みも罪も直視した成熟した民族アイデンティティを再構築できるかどうかの試金石です。感情論を超えた事実探究と自己省察こそが、真の民主主義健全性と日韓の未来志向的和解を実現します。
韓国知識人たちが既に始めているこの試みを、日本側も無自覚な呼応ではなく、冷静な事実検証で支えることが求められています。旭日旗が映すのは、隣国の危機であり、同時に両国が共有すべき「成熟への課題」なのです。
中東情勢(第4次中東戦争、イラン革命)で原油価格が急騰。ナフサ(エチレンの原料)価格も高騰し、石油化学産業は大打撃を受けました。日本は石油のほぼ全量を輸入に頼っていたため、工業用石油・電力の20%削減などの緊急対策が取られ、経済全体が不況に陥りました。<grok:render card_id="47caa4" card_type="citation_card" type="render_inline_citation"><argument name="citation_id">16</argument></grok:render><grok:render card_id="537a7f" card_type="citation_card" type="render_inline_citation"><argument name="citation_id">20</argument></grok:render>
ショック直後は「不況カルテル」(生産数量制限)で対応しましたが、根本解決には至らず、**1980年代初頭に政府主導の「産構法(構造不況産業臨時措置法)」による大規模設備廃棄・合理化**が行われました。
- エチレン生産能力を大胆に削減(当時の水準まで大幅ダウン)。
- 複数のプラントで統廃合や停止が実施され、業界全体の構造調整が進みました。
これにより、1980年代後半~バブル期には一時的に能力が回復しましたが、根本的な過剰設備問題は残りました。<grok:render card_id="16f9fa" card_type="citation_card" type="render_inline_citation"><argument name="citation_id">4</argument></grok:render><grok:render card_id="94a3c1" card_type="citation_card" type="render_inline_citation"><argument name="citation_id">12</argument></grok:render>
これは第2次ショック直後の時期で、原油価格の変動が続きましたが、再編のピークはすでにオイルショック直後の1980年代初頭。戦争自体が直接「プラント停止の引き金」になったわけではなく、**長期的なコスト高と国際競争力低下**が再編を加速させた形です。
### 今回(2026年時点の水島停止・大阪集約など)との違い
つまり、**「エチレンプラントの停止・統廃合」という現象自体は過去にも起きていましたが、今回はオイルショックのような“急性危機”ではなく、慢性化した構造問題が表面化した形**です。1980年代の再編と同じく、国内12基→8基体制への大幅削減は、業界にとってはかなり大きな転換点になっています。
ご質問のX投稿(@petchemcarbonさん)で指摘されているように、今回の動きはまさに「中国過剰+国内需要減」がトリガーですね。過去のオイルショック時は「原油高」で苦しみましたが、根本原因が違うので、今回の再編はより長期的な業界縮小・高付加価値化へのシフトと言えそうです。
原油備蓄がどれくらい持ちそうなのか、専門知識のない素人がAIと算数を使って計算してみました。
本稿の目的は、現在の石油危機を「正しく恐れるため」に、AIと算数を駆使して現状を把握することです。
ご笑納ください。
このうち、90%がホルムズ海峡経由で日本に運搬されてきます。ご存じのようにホルムズ海峡は今(2026年3月27日時点)事実上封鎖されておりますので、270万バレル(=300万×90%)が不足する状態です。
これ(270万バレル/日)を世界中から代替的に調達できれば問題ないわけですが、現在のイラン情勢の悪化によって世界中で石油は取り合いになっています。なので日本が競り負ければ石油は入ってきません。この半年で円安が一気に進行し、競り負けが発生しやすい状況に陥っておりますので、楽観はできません。このあたりをAIに尋ね、どの程度代替的調達が可能かを推計してもらいました。
AI(Gemini、chatGPT)に何度か推計してもらったところ、
楽観的数値 180万バレル/日
悲観的数値 80万バレル/日
このあたりに落ち着きました。楽観的数値でも消費量270万バレル/日には足りません。
しかし、日本には世界でも有数の254日分の備蓄があります。これを少しずつ取り崩しながら事態の打開を目指すだけの体力はありそうです。では我々に残された体力(猶予期間)はどの程度でしょうか。
上記の楽観的数値と悲観的数値の中間値130万バレル/日が代替調達可能と設定し、備蓄がどれくらいの期間もつのか推計します。
1日当たりの不足量は140万バレル/日です。
国民、企業、国、自治体総出で石油を節約して、消費を10%抑えることに成功したと仮定しましょう(1973年のオイルショックのときも最大で10%くらいは節約できたそうです)。
これは1日当たりの消費量300万バレル/日の37%に相当します。つまり、254日分の備蓄が毎日0.37日分ずつ削られていくわけです。
254÷0.37≒686日
この「算数モデル」をAIに検証してもらいました。すると、「あまい!」と言われました。
曰く、
(1)「備蓄は最後の一滴まで使えるわけではない。製油所やパイプラインを稼働させるためのランニングストックが必要だ。その上、備蓄タンクの底には不純物を含んだ粗悪な原油がありこれも製品としては使用できない。実際に使用できる備蓄はもっと少なく見積もる必要がある。」
(2)「日本の製油所は中東の原油を最も効率よく精製できるようにチューニングされているので、性質の異なる他地域の原油を精製する場合には最高効率は出せない」
ということらしい。
これらを考慮にいれてさらに推計を進めました。AIに推測してもらったところ、(1)で5~15%、(2)で5~20%は減産されるとのこと。ここでも中間値をとって(1)で10%減産、(2)で13%減産と設定し、これも上記の「算数モデル」に組み込みます。
まず、(1)254日分の備蓄のうち、10%は使用できません。なので使用可能な備蓄の量は229日分(=254×90%)となります。
また、(2)代替調達した130万バレル/日のうち13%(17万バレル/日)は減産されますので、実際に代替調達によって賄えるのは113万バレル/日(-17万バレル/日)となります。
これは1日当たりの消費量300万バレル/日の42%に相当しますので、日本の体力(猶予期間)は
229÷0.42≒545日(1年半)
となりました。まぁまだ余裕ありますね。
これをAIに検証してもらったところ、「あまい!」と言われました。
曰く、「代替調達された原油が日本に届くまで時間がかかる。この空白期間は備蓄放出で賄わなければならないので備蓄の消費はもっと早まる」とのことです。
なるほど、この視点はなかった。というわけでこの視点も算数モデルに組み込みます。
報道によれば代替調達先からのタンカーが日本にやってくるのは6月頃以降とのことです。なので4月、5月の60日は不足分全量を備蓄放出で賄うと設定し、推計します。
10%節約後の1日当たりの消費量は270万バレル/日です。ここからホルムズ海峡(90%)以外の通常の輸入量(10%)30万バレル/日を差し引くと、1日当たりの不足量は240万バレル/日となります。これは1日当たりの消費量の80%に相当します。
空白期間60日で削られる備蓄量は、60×0.8=48日分で、6月に代替調達先からの原油が届くころには備蓄の残量は181日分(=229日ー48日)になっています。
181÷0.42≒430
よって猶予期間は430+60=490日となりました。
約1年4か月。ちょっと不安になってきたけど、まぁまだ余裕はありますね。
これをAIに検証してもらったところ、「あまい!」と言われました。
曰く、
(1)「石油の消費量は年間を通じて一様ではない。冬の電力需要のために消費量が20~30%増しになる。ここで備蓄の減少量が一気に跳ね上がる」
(2)「おまえは備蓄残量が0になった時点で社会が止まると思っているようだが、実際にはそのずっと手前の時点で社会はすでに混乱状態だ。物流は止まり、計画停電が実施され、医療を受けられず人がどんどん死ぬ。」
…もう厳密な推計はしません(できません)が、この算数モデルで推計した場合、「我々は次の冬を越せるのか」が焦点となりそうです。
さて、ここまで、算数モデルを使って日本の体力(猶予期間)を推計、分析してきました。
要は、この猶予期間中(今年の冬まで)にホルムズ海峡が通航できるようになり、原油を輸入できるようになればいいわけです。
そこで、原油輸入までのステップを以下のように設定し、「日本越冬作戦」のデッドラインを考えてみました。
(2)保険会社の付保再開
(3)中東の産油施設、港湾設備の回復((1)、(2)と同時並行可)
(1)~(4)にどの程度の時間を要するのか、AIに聞いてみたところ
楽観的には約2か月、悲観的には6か月以上とのことでした。
楽観的な数字を使うとすれば、今年の10月頃までに戦闘終結・停戦合意に至ることができれば、冬に間に合います。デッドラインは10月です。
悲観的な数字を使う場合は、もうほとんど猶予はありません。今すぐにでも停戦合意が成立しないと、日本は冬を越せるかどうかの瀬戸際に立たされます。
というわけで、素人が算数とAIを駆使して日本の体力(猶予期間)を推計をし、デッドラインを考えてみました。
ここには専門知識と高度な数学とAIをぶん回せる賢者がたくさんいると思いますので、私の算数モデルがどの程度現実に即しているのか、はたまた全くの的外れなのかいろいろ意見を賜りたいです。
…と、ここまで書いて、この記事に触れました。
https://president.jp/articles/-/110968?page=1
曰く、「日本の石油備蓄は254日分と言っているけど、この数字は1日当たりの消費量を180万バレル/日で計算してないか?」とのことです。
この指摘が真だとすれば、「冬を越せるかどうか」どころの話ではありません。
いろんな晋三がいるんだなあ
大屋 晋三(大屋 晉三[1]、おおや しんぞう、1894年〈明治27年〉7月5日[2][3][4][5][6] - 1980年〈昭和55年〉3月9日[7][5][6])は、日本の政治家、実業家。運輸大臣、商工大臣、参議院議員、帝人社長。戦前から戦後にかけて通算26年間にわたって帝人社長を務めた。妻は大屋政子。
山田 晋三(やまだ しんぞう、1973年9月8日 - )は、日本のアメリカンフットボール選手、コーチ、教育者。現在は筑波大学体育スポーツ局次長(大学教員としての職位は准教授)を務める[1]。
片山 晋三(かたやま しんぞう、1846年(弘化3年)7月26日 - 1890年(明治23年)12月6日[1])は、シテ方観世流能楽師。6世片山九郎右衛門。諱は豊光[2]、また光吉、九郎三郎、一とも名乗る[3]。幕末から明治期にかけて活躍し、当時の関西を代表する能役者の一人であった。
イランが米軍基地を狙って中距離弾道ミサイルを放ったディエゴ・ガルシア島について
1814年にイギリスが占領。モーリシャスの一部として統治されていたが、1965年にモーリシャスから分離され、新たに画定されたイギリス領インド洋地域の一部となった。
1966年にイギリスは、アメリカ合衆国による防衛目的での使用を50年間(終了の通知がない場合はさらに20年間)認める協定を結んだ。1968年からは、離島者の帰島を禁じる、制限された食料や医療しか与えない、ペットを殺害する等の方法で同島から島民の追い出しが図られ、1973年頃には、残った者たちが強制的にモーリシャスやセーシェルに向かう船に乗せられ、移住させられた。
アメリカもフランスも住民がいる島を核実験場にしたし、そういう帝国主義しぐさは露中だけではなく、米英仏も戦後も普通にやってるのである。
こりゃ泥沼化するわ…イランの徹底抗戦がえぐり出した「トランプ政権の急所」日本も他人事ではない理由
日章丸事件は1953年。オイルショックは1973年。イラク戦争は2003年。いずれもトランプ政権とは無関係だが、起こっていることはそう変わらない。
カジノ経営に進出して本来の運営元であるネイティブアメリカンを侮辱したり、経営が傾いてジャーナリストを訴えたりしたのも政治家に転向するより前の話だが、やっていることは全く同じだ。
政権の軍部高官による「イスラエルと同国の米国内での強力なロビー活動からの圧力」などという発言は、少し前なら陰謀論者扱いされて終わりだったはずだ。起こっていることは何も変わらないのに。
例えば、銀行預金がある日突然なくなって、銀行にも警察にも法律事務所にも取り合って貰えなかったら、どうやって生きて行けばいい?
日本の法律が守られているという事実は、どうしたら確認できるだろう?法律を守らないブラック企業なんて、そこらじゅうに溢れているというのに。
オマーン・ソハールにドローン着弾して外国人労働者2名死亡したけど、日本への影響をまとめる
■ 何が起きたか
3月13日(金)、オマーンのソハール県にドローン2機が落下。1機はアル・アワヒ工業地区に着弾し、外国人労働者2名が死亡、複数名が負傷。もう1機は空き地に落ちて被害なし。民間海事セキュリティ企業Vanguardはソハール港南部の業務停止を報告。
同日、ドバイの国際金融センターにもドローン着弾(UAE側は迎撃成功と主張するも破片でビル損傷)、サウジのリヤド外交地区(各国大使館がある区域)も標的に。さらにトルコのインジルリクNATO基地にイランのミサイルが飛来し、サイレンが鳴った。
2日前の3月11日にはオマーン南部サラーラ港の石油貯蔵施設にもドローンが着弾済み。
■ なぜソハールが重要か
ソハールはオマーン最大の工業港湾都市。石油精製とアルミ精錬の拠点。
ホルムズ海峡が事実上封鎖されている現状で、ペルシャ湾の外側(アラビア海側)にあるサラーラやソハールは「迂回ルート」として重要性が増していた。そこが攻撃されたということは、ホルムズ迂回の「プランB」すら安全ではないという現実を突きつけられたことになる。
そしてオマーンは長年イランと米国の外交仲介役を担ってきた中立国。そこで死者が出たことは、イランの報復が「米軍基地のある国」だけでなく地域全体に無差別に拡大していることを意味する。
・日本は原油の約95%を中東から輸入(IG International調べ)
・ホルムズ海峡は事実上封鎖状態。イラン新最高指導者モジュタバ・ハメネイは封鎖継続を宣言
・IEAは史上最大の4億バレルの備蓄放出を決定したが、焼け石に水
・世界のLNG供給は20%減少。アジアの高所得国と欧州で限られたカーゴの争奪戦
・日本のLNG在庫は約440万トン(安定需要下で2〜4週間分)
・高市首相は来週にも国家備蓄放出を表明、中東依存度が「例外的に高い」と認める
・日経平均は2月27日の最高値から10%超下落し、テクニカル面の調整局面入り(Bloomberg)
・3月9日には一時4,200円超の急落で5万2,000円割れ。原油先物が110ドル突破
・本日13日も続落見通し。前日終値54,452円から950円安の53,500円が下値メド(日経)
・円は対ドルで158円台後半まで下落
(3)実体経済への試算
野村総研・木内登英氏(元日銀審議委員)が3つのシナリオを提示:
・中間シナリオ:原油100ドル台。ガソリン価格上昇、企業収益圧迫
・悲観シナリオ(WTI 140ドル、ホルムズ完全封鎖):実質GDPに0.65%の下押し。景気後退入りの可能性。スタグフレーション
別の試算では、原油90ドルの段階で1世帯あたり年間約22,000円の負担増。110ドル台ならこれを大幅に超える。
(4)産業別の影響
イランは中国向けの原油輸出をホルムズ海峡経由で継続している。中国はイラン産原油の約80%を購入しており、選択的に通航を許可されている模様。中国のLNG在庫は760万トン(日本の約1.7倍)、原油備蓄は約12億バレル(108日分のカバー)。
つまり同じアジアでも、中国は相対的にバッファがあり、日本・韓国・台湾が最も脆弱という構図。
■ 何が怖いか
1. ホルムズ海峡封鎖が長期化する見通し:米軍は船団護衛の準備ができていないと認めている
2. 迂回ルート(オマーン沿岸)も攻撃対象に:今回のソハール・サラーラがまさにそれ
3. 備蓄放出は時間稼ぎでしかない:日本のLNG在庫は2〜4週間分
4. 仲介外交の崩壊:中立国オマーンが被害を受けたことで、イランとの対話チャンネルが細る
5. トランプ政権は原油高を「小さな代償」と発言:短期的に事態収束に動くインセンティブが弱い(ただし11月の中間選挙が近づけば変わる可能性)
「ヤマダ電機 中国 デマ」について調べたところ、主にヤマダ電機(ヤマダホールディングス)が中国企業であるという主張がデマとして広がっているようです。これは完全に誤情報です。ヤマダ電機は日本に本社を置く日本企業で、創業は群馬県前橋市(1973年創業)、本社は群馬県高崎市にあります。資本構成や登記情報を見ても、中国資本が支配している事実はありません。主なデマの背景最近のX(旧Twitter)などで見られる投稿(特に2026年2月頃の選挙関連のまとめポスト)で、「イオンとニトリとヤマダ電機は中国の企業だった」
という一文が拡散され、これを信じる声と「それはデマだ」と突っ込む声が両方出ています。
これらは根拠のない陰謀論的な主張で、以下のような誤解や混同が原因と考えられます:過去にヤマダ電機が中国へ出店(2010年頃に瀋陽・南京・天津で店舗展開)していたが、反日デモ・不買運動・市場の伸び悩みで2013年頃にほぼ撤退した(現在はほぼ中国事業なし)。
一部商品(特にPB=プライベートブランドのエアコンなど)が中国メーカー(例: ハイセンスなど)とOEM生産提携している。
他の量販店(例: ラオックスが中国の蘇寧に買収された)との混同。
しかし、これらは「中国企業になった」こととは全く別です。商品の製造委託は多くの日本企業で行われており、それで企業国籍が変わるわけではありません。
これが最も有名な「パフォーマティビティ(理論の自己成就)」の例である。
現代の株式市場では、多くのAIやアルゴリズムが同じような経済指標をモデルに組み込んでいる。
身近な例では、ダイナミック・プライシング(変動料金制)がある。
2008年の金融危機の際、格付け機関は複雑な金融商品のリスクを算出するモデルを持っていた。
| 段階 | 状態 | 内容 |
| 第1段階 | 記述 | 現実を観察して、便利な定規(モデル)を作る。 |
| 第2段階 | 模倣 | 効率がいいので、みんながその定規を使い始める。 |
| 第3段階 | 転化 | 定規に合わせないと損をするため、全員が定規通りの行動をとる。 |
| 第4段階 | 支配 | 定規(モデル)から外れた現象が消え、モデルが現実そのものになる。 |
ここで重要なのは、自己放尿は必然ではないという点だ。決定的な条件がある。
多分最年少だよ。
* 第74回(2023年):MISIA 「紅白スペシャル2023」
* 第72回(2021年):MISIA 「明日へ 2021」
* 第70回(2019年):嵐 「嵐×紅白 スペシャルメドレー」
* 第69回(2018年):嵐 「嵐×紅白スペシャルメドレー」
* 第67回(2016年):嵐 「嵐×紅白スペシャルメドレー」
* 第65回(2014年):松田聖子 「あなたに逢いたくて~Missing You~」
* 第63回(2012年):SMAP 「SMAP 2012'SP」
* 第62回(2011年):SMAP 「SMAP AID 紅白SP」
* 第61回(2010年):SMAP 「This is love'10 SPメドレー」
* 第59回(2008年):氷川きよし 「きよしのズンドコ節」
* 第54回(2003年):SMAP 「世界に一つだけの花」
* 第53回(2002年):五木ひろし 「おふくろの子守唄」
* 第49回(1998年):和田アキ子 「今あなたにうたいたい」
* 第29回(1978年):沢田研二 「LOVE(抱きしめたい)」
* 第20回(1969年):美空ひばり 「別れてもありがとう」
表題のとおりです。
事の発端は、12月12日に飯田一史さんは記事「『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』はどこが間違っているのか(抄)」 https://ichiiida.theletter.jp/posts/0aa160a0-d70f-11f0-aa07-8582de6095b5 (以下、飯田の批判)において、三宅香帆さんの著作『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)https://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/1212-b/ (以下、三宅本)の誤りを指摘したことでした。
これに対し、翌日の13日に三宅香帆さんは記事「「『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』はどこが間違っているのか」はどこが間違っているのか」https://note.com/nyake/n/na2d317b47bc5 (以下、三宅反論)を投稿し、飯田の批判に対する反論を試みました。
このエントリでは、両者の主張に対する見通しを良くすることを目的に、飯田批判と三宅反論の論点を整理したのち、それぞれの問題点を指摘していきます。
まとめたのは人文系の話には疎い人間のですので、誤りも多いかと思いますので、まあ話半分で読んでもらえればと思います。
なお、飯田批判は、飯田一史さんの新著『この時代に本を売るにはどうすればいいのか』(星海社新書)https://ji-sedai.jp/book/publication/konojidaini.html からの抜粋であることを念の為補足しておきます。
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📰 0. 三行要約(問題点)
・飯田批判は、特に「三宅本は(出版流通における)「書籍」と「雑誌」を分けていないからダメだ」という主張に相当問題があると思う。
・三宅反論は、そもそも「反論」できてない。言い換えると、飯田の論理展開をあまり追えておらず、誤読を基に論理を展開するため実のある話があまりない。
・三宅反論は、三宅本の議論の前提に基づく問題を、あたかも飯田のデータ処理の問題にすり替えていて、個人的にあまり心象が良くない。
以下、飯田批判と三宅反論についてより詳細に検討していきます。
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飯田の批判の主張とその根拠、主張を正当化する論証について整理を行います。
理屈が明晰な箇所もある一方、煙に巻くような箇所もあって、議論を追うのはすこし大変だったような印象です。
・直接的には指摘ではないものには「◯」
また、論拠を準備していない主張には大括弧[]で囲っておきます。
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(「・働き始める前から読書量は減り、働き始めた後も日本人の読書量は減らない」の節)
◎主張1-1. 三宅本は、労働により読書量が減少することを前提にする。
しかし、これは誤りであり, 読書量は労働が始まってから変化してはいない。
<主張1-1の論証>
根拠1-1-1および1-1-2は, 読書量の低下は, 労働が始まる前の現象で、それ以降では起きていないということを示す。
これは、三宅本の前提を棄却するデータであり、ゆえに主張1-1が示される。
<論証おわり>
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◯主張1-2. 書籍における「買う」(=出版売上)と「読む」(=読書量)の間の関係は明白ではない。
<主張1-2の論証>
*根拠1-2-2. データ: 紙の書籍の推定販売金額と月の平均読書冊数
根拠1-2-1, 1-2-2, 1-2-3のいずれも、書籍に関しては、「買う」の増減から「読む」の増減を帰結することやその逆を主張することは難しいことを表している。
<論証おわり>
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◯主張2-1. 雑誌における「買う」(=出版売上)と「読む」(=読書量)の間の関係は明白である。
<主張2-1の論証>
*根拠2-1-1. データ: 紙の雑誌の推定販売金額と月の平均読書冊数
根拠2-1-1は、雑誌に関しては、「買う」と「読む」の間に相関があることを示している。
<論証おわり>
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◎主張2-2. 三宅本では、書籍と雑誌の区別ができていない。
<主張2-2の論証>
根拠2-2-1は、三宅本において雑誌と書籍を区別できていないことを示している。
<論証おわり>
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[◎仮設2-3. 三宅本は、「読書離れ」を論ずる際には雑誌と書籍を区別するべきである。]
(これは明示的に飯田批判にあらわれていないが、以下の主張2-4の論証において機能する暗黙の前提である、と私は思う。)
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◎主張2-4 三宅本は、『読書世論調査』における「読書時間」の減少を根拠に「読書離れ」の存在を主張する。しかし、これは不適切である。
<主張2-4の論証>
*根拠2-4-1. 「読書時間」は「書籍+雑誌との接触時間」である。主張2-1から、雑誌の接触時間は減少傾向であると推察されるので、
「読書時間」の減少は(書籍ではなく)雑誌との接触時間の減少と解釈するのが自然である。
*根拠2-4-2. そもそも「読書時間」もそれほど減っていない。
*根拠2-4-3. 『読書世論調査』の総括では, 読書率はあまり変化がない.
根拠2-4-1, 2-4-3から、 「読書時間」の減少は書籍との接触時間の減少を導くのは難しい。
[仮設2-3]から, 「読書離れ」は特に書籍の読書時間減少を意味すると解釈するべきであり、
また, 根拠2-4-2の存在は、特に読書時間の減少が生じていないことを示唆する。
<論証おわり>
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◎主張3-1. 三宅本は、日本人が現在も長時間労働であることを前提にしている。
しかし、労働時間を「全産業平均」の観点で見たとき、この前提は不適当である。
<主張3-1の論証>
*根拠3-1-1. 厚生労働省「わが国の過去50年間(1973年~2023年)の労働時間の推移についての考察」
<論証おわり>
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◎主張3-2. 三宅本は、次の(i), (ii), (iii), (iv)を主張する:
(ii) 自己啓発(労働による自己実現)のための読書(=「情報」摂取型、「ノイズを除去する」「〈社会〉を遠ざける」)時間が増加した.
(iii)代わりに、人文書や小説などのための読書(=「アンコントローラブル」な「ノイズ」や「他者の文脈」を含む)時間が減少した
(iv) 読書離れと自己啓発書の伸びはまるで反比例のグラフを描く
<主張3-2の論証>
*根拠3-2-2. グラフを書くだけの定量的な根拠はない(提示されていない)
根拠3-2-1から、労働者の 「自己研鑽」 = 「学習・自己啓発・訓練(学業以外)」の時間は減少している。
これは(ii)を否定する。
主張1-1および(ii)より(iii)は成り立たない。((iii)が成り立つためには(ii)が成り立つ必要があるため。)
根拠3-2-2は、(iv)を否定する。(少なくとも、(iv)の主張を肯定するだけの理由はない。)
<論証おわり>
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◎主張3-3. 三宅本では、自己啓発書市場の拡大から自己啓発書のほうが文芸よりも市場が大きいかのように解釈する。
言い換えれば、次の(1),(2)を主張する:
(2)(1)が正しいのであれば、「自己啓発書のほうが文芸よりも市場が大きい」は正しい。
<主張3-3の論証>
根拠3-3-1は、「年間ベストセラーにおける自己啓発書の冊数割合は増大している」ことを主張する。
しかし, 根拠3-3-2は 自己啓発本の市場は小説市場よりはるかに小さいということを意味する。
これは、(1)が正しいのに「自己啓発書のほうが~」が間違っているので、(2)は正しくない。
<論証おわり>
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[◎主張3-4, 三宅本は, 上の(1), (2)が成立するとしていたことが原因で、(i)から(ii)および(iii)を導いた]
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以下で、飯田批判を読んでいたときに、個人的に気になった点を列挙します。
●飯田主張2-4について:「書籍」と「雑誌」の区別は本質的か?
主張2-4の背後には「書籍と雑誌は分別するべきである」という暗黙の前提(仮設2-3)があるように思う。
三宅本の「読書」から「雑誌」を除外することは本当に妥当かを考えたい。
といっても自分は出版業界の人間ではないので正しい理解かは怪しいのだが、調べた範囲のことをまとめておく。
(間違ったこと言ってたらごめんなさい)
「書籍」「雑誌」の辞書的な定義はたとえば布川ほか編『出版事典』(出版ニュース社)のp.217およびp.167にある。
ざっくりまとめると「書籍」と「雑誌」の違いは一定の編集方針の下で定期的に刊行されているかどうかという部分のようである。
これは、1985年のユネスコの出版統計上の「図書」と「新聞及び定期刊行物」の違いともおおむね合致しているように見える。
("図書、新聞及び定期刊行物の出版及び配布についての統計の国際的な標準化に関する改正勧告". 文部科学省. https://www.mext.go.jp/unesco/009/1387396.htm)
より実際的な取り扱いは, "既存の雑誌が「創刊」とは、これ如何に". 出版科学研究所オンライン. https://shuppankagaku.com/column/20070111/
によれば、
そもそも本というのは「書籍」と「雑誌」に大別されますが、出版業界では「雑誌コード」が付されたものを厳密に「雑誌」と区分しているのです。
一見雑誌のように見える本も、このコードがなければ「雑誌」ではなく「書籍」ということになります。
ということらしい。(しかし、これはあくまでコラムの中の記述でありカチッとした話ではないことに注意)
「書籍」と「雑誌」の実際上の取り扱いの違いは、「雑誌コード」の有無、つまり流通上の取り扱いの違いから生まれてくるという。
日本では、「書籍」はISBNコードを持ち、「雑誌」はISSNコードや雑誌コードを持っている。
その中間にあたるムック本では、ISBNコードだけでなく雑誌コードも付随しているようなものは「雑誌」の対象とするようである。
("「雑誌」の定義と出版統計". 出版科学研究所オンライン. https://shuppankagaku.com/column/20060911/)
ともかく、「書籍」と「雑誌」を分けるのは明らかに内容やジャンルではない。定期的に刊行するかどうかであったり、それを根拠に雑誌コードが付いているかどうかだったりである。
コミック誌を除外したとしても、『anan』のようなファッション誌もあれば『文學界』や『オール読物』のような文芸誌も、また『Nature』や『ナショナルジオグラフィック』のような理工系の雑誌もまとめて「雑誌」にカテゴライズされる。
さらに言えばサイエンス社の『SGCライブラリ』シリーズの書物は, それぞれ内容的に全く独立しており実質的に単行本ではあるのだが、『SGCライブラリ151』までは『数理科学』の臨時別冊という扱いだったのでそのカテゴリは「雑誌」になっている。(なお『SGCライブラリ152』以降は「書籍」である)
一方、書肆侃侃房の『文学ムック たべるのがおそい』は確かにムック本ではあるが、雑誌コードを取得しておらず取り扱いは「書籍」であった。
このように「書籍」と「雑誌」の区分はそもそも出版流通上の区分であり内容面での区分ではないばかりか、その区分が出版物の実情と必ずしも合致しているわけでもない。
この区分はかなり表面的、形式的なものであると見るべきだろう。
・以上を踏まえて、飯田の批判、つまり「書籍」や「雑誌」という出版流通における区分の不徹底でもって三宅本を批判したことの妥当性ついて吟味してみよう。
それは、「「書籍+雑誌との接触時間」の減少を根拠に「読書離れ」の存在を主張するのは不適切である」(主張2-4)という批判である。
そして、なぜ飯田が「不適切である」と主張するかといえば、「書籍」と「雑誌」は分けて考えるべき(仮設2-3)だからと考えているからであり、
特に三宅本の「読書離れ」の定義としては「書籍の読書量(≒読書時間)の低下」を採用するほうがより妥当である、という飯田が信念を持っているからである。
ここで注意したいのは、主張1-2, 2-1は「「書籍+雑誌との接触時間」の減少を根拠に「読書離れ」の存在を主張するのは不適切である」(主張2-4)の根拠ではない。
飯田はその直前に「「書籍の読書量と出版売上」の相関は弱い(主張1-2)一方で、「雑誌の読書冊数と出版売上」が正の相関関係にある(主張2-1)という事実を指摘してはいるものの、飯田はこれらを「読書量を測定するにあたって「書籍」と「雑誌」を区別するべきである」(仮設2-3)の根拠にはしていない。主張2-4は仮設2-3からは出てくるものの、主張1-2, 2-1には立脚していない。三宅反論で大いに誤読したのは、主張1-2, 2-1があたかも主張2-4の根拠になっているかのような書きぶり、配置の魔術ゆえであろう。
ともかく、飯田の批判の妥当性を吟味する際はこの信念「三宅本の「読書離れ」の定義としては「書籍の読書量(≒読書時間)の低下」を採用すべきである」という部分に注目すればよい。
三宅本で対象としている「読書」は、大方「人文書や小説などのような(「ノイズ」や「他者の文脈」を含む)書物を読む行為」と解釈するのが妥当だろう。
したがって「読書離れ」は「人文書や小説などの書物を読む頻度が減ったり、そのために費やす時間が減少している」ということだろう。たとえば理工書や技術書、ファッション誌、ゴシップ誌などを読むことは端から三宅本の「読書」に含まれていないと見るべきである。
転じて言えば、たとえば「雑誌」であっても文芸誌を読む場合は「読書」に含まれるべきだろうし、「書籍」であっても理工書を読むことは「読書」に含まれない(と三宅本では考えている)かもしれない。
要するに、「読書」といったときに、読まれるべき書物を分類できていないと批判するならば、むしろそのジャンル(文芸・歴史書・哲学書・理工書・サブカル・ゴシップ・ファッションなど)の違いに着目するべきなのであり、出版流通における「書籍」「雑誌」という区分は、少なくとも直接的には重要でないだろう。もしこれが重要なのであれば、それは驚くべきことなので、別でこれを論証すべきである。
もちろん、おそらく「雑誌」の出版売上の中でファッションやゴシップが支配的で文芸誌や理工系雑誌は影が薄いだろうから、その意味で「書籍」「雑誌」の区分で売上を観測することがジャンルの傾向をよく記述するとは言えるかもしれない。言い換えれば、「ジャンルによる読書量の違い」を捉えるにあたって「出版流通における Permalink | 記事への反応(0) | 20:21
今年もまた、ノーベル賞授賞式の季節がやってきた。
この賞の「実績」を振り返ると、ブラックジョークにしか思えないんだよな。
平和の使者として受賞した直後に、自国で民族浄化まがいの紛争を主導した。
「核なき世界」を綺麗に語ったその裏で、中東にドローンを飛ばしまくって民間人を殺した。
かつての民主化の聖女は、ロヒンギャ虐殺に対しては貝のように口を閉ざした。
これに関してはもう、言わずもがなだろう。
「国連の父」と崇められるこの男は、ナチスのホロコーストから逃れてきた難民船の受け入れを拒否している。
見殺しにして、爆撃して、虐殺を黙認して。
それでも胸に輝くノーベル平和賞。
記念したい被写体を取り入れたいために時には真逆の方向(カメラが太陽に向ふ)に向ふ場合もあるでせうが、このときは直射日光のレンズに当らないやうに注意をして頂きます。
フリガナがないので「まぎゃく」と読むかはわからないが、意味的には「正反対」の意味で使われていそうだ。
いまのところ「正反対」の意味で使われている最古の用例である。
只逆光線で太陽を前景のカメラをもつている人でシエードした事が、レンズに太陽の直射を避けて雲海にあたつた真逆の光線をうまく捉へる事が出来ました。
写真用語では太陽光の当たり方を「順光線(順光)」「斜光線(斜光)」「逆光線(逆光)」などと分類するが。
逆光をさらに「半逆光線(半逆光)」と「真逆光線(真逆光)」に分けることもあるというわけか。
検索してみるかぎり、用例としては「真逆光」が圧倒的に多いが、「真逆の光線」「光を真逆に受ける」のような例もわずかに見られる。
一気に時代が飛ぶが、こちらは「まぎゃく」とフリガナがあるので間違いない。
ネットで検索できるかぎりでは、いまのところ最も古い「真逆(まぎゃく)」であろう。
ここまでは用例が少ないので、もちろん「真逆(まぎゃく)」が広まっていたとは言えないだろう。
もしかすると、文章にならないような口語・俗語として使われていた可能性はあるが、それはわからない。
さて、1970年代に入ると一人の男が颯爽と登場する。映画評論家の松田政男である。
この人物が「正反対」の意味の「真逆」を広めたと言っても過言ではないのではないか。
コスタ・ガブラスが『Z』にひきつづいてつくった第三作『告白』は、いわば、日本の喪名の永久革命家の理念とは真逆の視点から、革命と反革命の弁証法をとらえようとした政治的茶番劇である。
往年の安部公房のテーゼ"猛獣の心に計算器の手を"とまさに真逆に、ポール・ニューマンは"ハトの心にタカの爪を"と、後行する世代を叱咤しているのである。
自動車から飛行機への発明のベクトルがひたすら上昇の方角にのみ向けられているのとまさに真逆に、グーテンベルグ以降におけるエレクトロニクス・メディアの発達は、ひたすら私たちの<内部世界>の深部に向って下降するベクトルをもっているのではないか。
エンツェンスベルガーは、エレンブルグの「作家ならば、ドゥルティの生涯のものがたりを書いてみようとは、けっして思うまい。それはあまりにも冒険小説そっくりだった」というしたり顔とはまさに真逆に、そういった意味合いでの「物語作者は、自己を否定しなければならない」が故に「集団的フィクションとしての歴史」――正確には「反歴史」を書くべく試みたのだ。
チャップリンが、常に、可哀想なヒロインのために献身するのに対し、キートンはまさに真逆、禁欲的にまで非情に、アクションの共同体を映画のなかへ制度化すべきことを他者に向って要求するのである。
そしてエイゼンシュタインは「人に秀でた人間」として、しかしトロツキーとは真逆に、スターリニスト・レジームへの自己批判を倦むことなくつづけることによって生き延びて行ったのだ。
この点いかに苦悩の色を露わにしつつ純文学を志そうと、できあがった作品が常に一つの社会現象として、つまりはエンターテインメントとして消費されてしまう石原慎太郎と、篠田正浩はまさに真逆であると言っていい。
私たちは「スティング」のあの不愉快なだまされ方とまさに真逆に、龍村らが「キャロル」に仕掛けたさわやかな詐術を愉しんでおけばいいのだから······
レーニン以前に、もとよりレーニン以上に楽観的に「生産者たちの自由で平等な協力関係の基礎のうえに新たに組織する社会は、全国家機関を、そのばあいにしかるべき場所へ移しかえる、すなわち、紡ぎ車や青銅の斧とならべて、考古博物館へ」と断定したエンゲルスの理想とはまさに真逆に、いま紡ぎ車や青銅の斧と共に博物館へ並べられているのは、彼らエンゲルスやレーニンや、その他もろもろの革命の理想である。
この密林の猟師は年齢不詳だがむろん年老いており、したがって初めキャステイングされていた三船敏郎のような精悍さとは真逆の、むしろ志村喬だとか千秋実だとか黒沢一家の長老ふうな中央アジア出身の老優が起用されていて、これがかえって野生の賢者という風格をかもし出してなかなかにいい。
そこへ行くと、日活ポルノ裁判の被告として四年間の沈黙を余儀なくされていた山口清一郎が、初めてATGと提携=製作した新作『北村透谷・わが冬の歌』は、『原子力戦争』とまさに真逆に、開かれた映像空間の造型に、一定程度の成功を収めえている。
高橋明や庄司三郎ら日活独特のポルノ男優たちが、画面のなかでいかにタフに振舞おうとも、私たち観客に対しては常に控え目な存在であるのとまさに真逆に、ここにおけるホストどもは、私たちの目の保養を邪魔立てする文字通りに目ざわりな夾雑物なのだ。
しかし、『25時の舞踏派』『貘をぶっ殺せ』『造花の枯れる季節』と一九七五年に三連作された8ミリ長編劇映画とは真逆に、このうまさは、なぜか上すべりするうまさなのである。
亀和田武は、そこで、私とはまさに真逆に、自らの石井隆論を全面展開しながら辛辣きわまりない反撃を重ねて行くのだが、先述したように、私がヨリ関心を惹かれるのは、個別作家論というよりも、その大前提たるべき情勢論なのだ。
そして、面白いのは、西欧的な父性原理に依拠する『くるみ割り人形』とはまさに真逆に、信州のフォークロアに原型をもつ物語の真相には、東洋的な阿闍世コンプレックスに由来する母性原理が、不十分ながら貫徹していることだろう。
いずれもフリガナは振られていないので、本人は「まさか」の読みで使っていた可能性もあるが、少なくとも意味的には「正反対」で間違いなかろう。
1970年代から1980年代にかけて、この「正反対」の意味の「真逆」用法は、特に映画系のライターのあいだで広まっていったようである。
もっとも地獄絵は、その猥褻さ、はなはだ幽玄的でない表現に寄って、裸や性器の露出がいやらしいこと、不自然なこと、いわば忌み嫌うべきこと、非人間的なことであることを強調しているわけで、これは、古代ギリシャをはじめヨーロッパの絵画や彫像が裸の美を強調し、裸こそ人間の自然の姿だといわんばかりに表現しているのとはちょうど真逆である。
「当然でしょ。”緑の革命“とは、発展途上国にとっては、自立とは真逆の、アメリカへの依存度をより高めさせ、アメリカ政府と、多国籍企業の世界支配システムにより深く組み込まれることでしかなかったのですからね」
松陰は、この狂を愛し、みずから狂夫たろうとしていた。だが、岸信介には、狂はない。むしろ、吉田松陰とは、真逆のように思える。
仮に、このあたりの記述が「まさか」という読みを意図していたとしても、フリガナがないので「まぎゃく」と読む人は多かっただろう。
https://anond.hatelabo.jp/20251013134531
「人口ピラミッドの山(団塊ジュニア・氷河期世代)が通り過ぎれば社会保障の問題は解決する」
という勘違いをしている人が多く見られる。
社会保障は基本的には同時代の現役世代が支払って引退世代が受け取るので、引退後に子孫世代が多ければお互い楽になり、少なければお互い苦しくなる。「現役一人あたり何人の老人を支えるか」というポンチ絵を見たことがある人も多いだろう。
一方、「人口の山」は直前や直後の世代より多い現象で、それ自体は社会保障の財政収支的な厳しさとはあまり関係ない(※ 学校や入試がそうだったように、施設の定員増が追いつかない、席の奪い合いが前後世代より厳しいなど、人口が多いこと自体で苦しむ要素が全く無いわけではない)。
現在、最初の人口の山である団塊の世代が後期高齢者に差し掛かったが、彼ら彼女らは自分たちと遜色ない数の団塊ジュニアという山を作ったので、昔より厳しいとは言え社会保障がすぐにでも崩壊するような状況には至っていない。
親世代と子世代との人口比を正確に測ることは難しいが、合計特殊出生率は子側から見た親との人口比を反映していると言える。前述の団塊ジュニアのピークである1973年は2.14で、人口の置換水準の2.07に近く、団塊の親と団塊ジュニアの子がほぼ同数であることが窺える。
参考:年次別にみた出生数・出生率(人口千対)・出生性比及び合計特殊出生率 https://www.e-stat.go.jp/dbview?sid=0003411595
当の団塊ジュニアはというと、2004年生まれの父平均年齢が32.2歳、母平均年齢が30.2歳なので、これが概ね1973年生まれの子世代を代表する年と考えると、合計特殊出生率は1.29。子世代が親世代の65%程度(約3分の2)に減っている。
参考:出生順位別にみた年次別父・母の平均年齢 https://www.e-stat.go.jp/dbview?sid=0003411609
本題の、より下の世代ではどうかというと、2013年生まれ(親は平均1980年生まれ)は合計特殊出生率1.43(子が72%)でやや改善しているが2.0には程遠く、2023年生まれ(親は平均1990年生まれ)は1.20(子が60%)に落ちる。団塊ジュニアより親子の人口比は悪化している。
まとめると
アヤックス・アムステルダム(Ajax Amsterdam、正式名称: Amsterdamsche Football Club Ajax)は、オランダ・北ホラント州・アムステルダムに本拠地を置くサッカークラブ。エールディヴィジに所属。AFCアヤックス(AFC Ajax)とも表記される。
エールディヴィジ優勝は最多の28回、UEFAチャンピオンズリーグは3連覇を含む4回、インターコンチネンタルカップ2回の優勝をしており、リーグ優勝11回のフェイエノールト、21回のPSVと共に、オランダの強豪クラブと認識されている。オランダで最も人気のあるクラブである[4]。フェイエノールトとの対戦はデ・クラシケルと呼ばれる。
1900年に創立。1971年から1973年にかけUEFAチャンピオンズカップ3連覇を達成、優勝カップ「ビッグイヤー」の永久保持を認められた。1972年にはエールディヴィジ、KNVBカップ、チャンピオンズカップを制覇してトレブルを達成。また、1972年のインターコンチネンタルカップで優勝。同じ年にリーグ、チャンピオンズカップ、コンチネンタルカップ優勝を果たした3つのクラブの1つ(他にユヴェントス、バイエルン・ミュンヘンが達成している)。
ビキニアーマーって聞いて、どこかバカっぽいエロ装備だと思ってるやつ、まずは歴史の深みを舐めるなと言いたい。あれ、実は1930年代のアメリカのパルプ・マガジン――SFやファンタジーの雑誌の表紙に最初の金属ブラジャーが現れたあたりから始まってる。女性戦士の象徴として、剣と盾を持ったビキニ姿の美女が「異世界の強さと色気」を全力でアピってたわけだ。
そもそもビキニそのものの命名は1946年に水着として誕生した後なんだが、それ以前から露出度高めのツーピース鎧はイラストで描かれてたらしい。レッドソニアなんてアメリカン・コミックの女戦士は、1973年初めて登場した時は普通にチェーンメイル姿だったけど、すぐ翌年にはスケイルアーマー型ビキニになって伝説化。
実際の歴史には半裸で戦う女戦士はほぼいなかった(残念)。でも古代ローマにはビキニパンツだけで戦う女剣闘士像まで残っていて、そっちの方がリアル感あるってのもポイント高い。そこから時代を経て、1970~80年代のファンタジー、アメコミ、そして日本のゲーム「ドラクエ3女戦士」や「幻夢戦記レダ」なんかで完全に“色気と強さ”の象徴として定着した。
要するに、ビキニアーマーは「女戦士最強」のアイコンとして、時代ごとに進化してきた。実用性?そんなもん、ファンタジーに野暮な話。露出と非現実が混ざりあった世界――それが、ビキニアーマーの歴史の真髄なんだよ。
日本の事情ばかりでなく世界的な研究者の事情について見ていくと…
https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpaa202201/20220708-mxt_kouhou02-f1-1-21.png
等を見ると2010年代以降はアメリカ・イギリス・ドイツ・フランス辺りは女性研究者の割合の増加スピードはかなり減っている
日本などは今まで分かってるような知見を実践すれば女性研究者の割合は増えるかもしれないが
海外では今までに無いやり方をしないと殆ど女性研究者の割合が増えない国が出てきているという事だ
フィールズ賞は数学分野で特に秀でた40歳未満の研究者に与えられる賞で、4年に1回の国際会議で4人の数学者に与えられる
統計・応用数学・計算機科学・基礎論などは網羅出来てない賞ではあるが、
それ以外の大体の分野の動向はこの賞の受賞者を見れば分かる
2010年代以降の40歳未満の研究者というのは上で言えば女性研究者の増加スピードが落ちてきてからの研究者達である
Elon Lindenstrauss (1970年生まれ)イスラエル
Stanislav Smirnov (1970年生まれ)ロシア
Ngô Bảo Châu (1972年生まれ)フランス・ベトナム
Maryam Mirzakhani (1977年生まれ)イラン(女性初)
Artur Avila (1979年生まれ)ブラジル・フランス
Manjul Bhargava (1974年生まれ)カナダ・アメリカ
Martin Hairer (1975年生まれ)オーストリア
Caucher Birkar (1978年生まれ)イギリス・イラン
Alessio Figalli (1984年生まれ)イタリア
Akshay Venkatesh (1981年生まれ)オーストラリア
女性研究者が以前ほど増加しなくなったのに2010年代2020年代で16人が受賞した中で2人しか女性研究者がいない
このままではフィールズ賞を受賞する4人のうち2人が女性研究者の年があるかもしれんが
3人や4人が取る時代は来ない気がする(中国・韓国・日本も女性研究者の割合がアメリカを超える事は無さそうだし)