はてなキーワード: 小学三年生とは
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20251009234315
の2位のコメントが凄い
Arturo_Ui
ここで蹴ったら今後は口が裂けても「総理を目指す」と言えなくなることを踏まえれば、
各党の思惑とは別に、玉木としては「応じる」以外の選択肢は有り得ないはずだが?
ご冗談を
すべてが事実と異なる。
完全に事実に反する。
政権の中で圧倒的な議席数を持つ立憲民主党の合意なしには法律一本通せない
と言う状況に陥る。
| 会派/政党 | 所属議員数 |
| 自由民主党・無所属の会 | 196 |
| 立憲民主党・無所属 | 148 |
| 日本維新の会 | 35 |
| 国民民主党・無所属クラブ | 27 |
| 公明党 | 24 |
| れいわ新選組 | 9 |
| 日本共産党 | 8 |
| 有志・改革の会 | 7 |
| 参政党 | 3 |
| 日本保守党 | 2 |
| 無所属 | 6 |
| 欠員 | 0 |
| 合計 | 465 |
というか順当に野党トップの立憲民主党の野田党首を総理にしたところで
立憲の議席も自民にすら負けてるわけで、やっぱり何もできない。
(相当甘い見通しで公明党と共産党とれいわが反自民団結してくれる前提に立っても189議席、勝手に国民入れてもまだ206議席)
こんな弱い足場の総理大臣の「絶大な権力」とは具体的になんのことか?
請け合ってもいいがArturo_Ui氏含む誰一人答えられないと思う。
ここで蹴ったら今後は口が裂けても「総理を目指す」と言えなくなることを踏まえれば、
事実としてそんな前提は全く成り立たない。
A.「国政を牛耳り自分の理念や政策を実現することを目指す」という意味
B.「何もできないお飾りであれとにかく”総理大臣”と言うポストに座ることを目指す」と言う意味
これを「Bだ」と言い張ることで「玉木は言行不一致!」とする非難を試みているのがArturo_Ui氏らであって
これはもういちいち解説するのもアホらしい小学生レベルの詭弁だと思う。
はてなブックマークはこういう小児の口喧嘩が通るような十代のSNSだっただろうか?
そうではない、上は痴呆症兆候者までいるアラフィフがボリューム層のミドル脂臭SNSだったはずだ。
そうしたロマンスグレー世代の中でこんな小学三年生ぐらいの知謀が人気2位に着けるのは
控えめに言って終わってるというか、程度が低いよりほかに罵り文句が思い浮かばない。
子持ちも多い筈だが子供の屁理屈とかどうやって叱るんだろうかこの人達は。
なぜ「各党の思惑は別」になるのか?
そもそもこんなことを言い出している立憲民主党の思惑とは何だろうか?
これが良いアイデアならば、圧倒的議席の立憲民主党野田党首が首班指名に立つべきであって、
各協力野党の実現したい政策を確約して団結を呼びかける、という調整をするはずだ。
本当にまとまって自民に勝てるのかすら怪しい。
参政党は「我々の首班は神谷だが、野党か高市か決戦になったらマシな高市に入れる」と明言してるので
玉木としてはこの泥船に乗った上で指名で負けたら目も当てられない。
(しかし参政党3議席がキャスティングボート握るの痺れるね!
日本保守党は仲間割れで1議席減らしたからギリギリで握れないのも痺れる!)
Arturo_Ui氏も古株で、おそらく若い人ではなくはてな平均層ぐらいの中高年と思えるが
たまに見かける限り書いてることはいつもこの調子・このレベルの内容だ。
まったく知的程度の低いことばっかり書いてるのに
「ご冗談を」とか言う謎の航空目線タグを常用してるのが本当にいかがわしいというか
と言う気持ち。
今回のArturo_Uiのコメントに星を付けた人達はどっちなの?
本当にこの状況下の玉木総理に”絶大な権力”が付されて国民民主党の政策をバンバン実現できると誤認していた。
・Arturo_Ui氏のコメントが基本的事実に反した小学生並みのコメントであることを認識しながら
嫌いな政治家を攻撃するためには子供の言い掛かりレベルのコメントに同調することをよしとした。
どっちであってもあなたがたは政治の話なんかしなくていいと思う。
本当に。親切心のみで。煽り抜きで。
持って生まれた知性が複雑なものごとを論じるのに向いてない人達なんだと思う。
これは良い悪いじゃないし実のところ人類の多数派だと考えられる。
暇つぶしは身の丈に合ったものを選ぶのが幸せにつながるのであって、
ネットでわかりもしない議論に参加するふりして心身を不幸にする時間があったら
お外に出て砂場とかで遊んでろと思うんだけどどうか。
大人が砂場で遊んでると不審がるような社会の風潮がおかしいのであって
最近、ほんとうにお米が高い。
スーパーで値札を見て、え? これで5キロ?って思わず声が出そうになる。
いつからお米は、こんな高級品になったんだろう。
うちは決して余裕があるわけじゃない。
家賃、光熱費、保険、子どもの養育費……ちょっと油断すれば、赤字まっしぐら。
そこに加えて、あらゆるものが値上がりしてる。
かといって、他のところでやりくりするにも限度がある。
それにお米の減り方って、ほんとに早い。
夏場ならまだしも、秋口にもなると「またそうめん?」って空気も出てくるけど、「食べられるだけありがたい」って、子供に言い聞かせてきた。
でも、ある日の夕飯時。
「……お母さん。うちって、ごはんも食べられないくらい貧乏なの?」
でも、息子の目を見たら、違った。
本気で、泣きそうな顔をしていた。
私、言葉が出なかった。
「ううん、大丈夫だよ」って、咄嗟に言いたかったのに、そんな軽い言葉が、どうしても言えなかった。
しばらく黙ったあと、
私はただ、「……ごめんね、ごめんね」って、
それしか言えなかった。
息子はそれを聞いて、うつむいたまま黙って、
音も立てず、顔も上げずに。
こんなことで泣くなんて、親としてどうなんだろうって思った。
それでも涙が止まらなかった。
お米を食べたい。
でもそれは無理なのだ。
追記:俺の走り書きの文章がひどくて何を言ってるのか誰もわからないだろうと思ってAIでリライトしたけど、基本的な間違いはないよ。
「今日も天気いいし、どっか行きたい」
週末も昨日も出かけてるくせに、またそう言い出したうちの奥さん。なんか、うまいパンケーキの店見つけたとかで、連れて行って欲しいらしい。また出かけるのかよ、ってのが正直な気持ち。
「んー、まあ、いいけど。あのさ、出かける前にちょっと話したいんだけど」と、俺は思い切って言ってみた。話したいのは、二人の子供への接し方についてだ。
まずは、子供を叱る時のこと。「怒った時に、そのまま叱るのはダメ。もちろん、いつも冷静になんて無理だってのは分かってる。でもさ、せめてそういう意識を二人で持てないかな」
それから、二人の子供に対する見方。「上の子はクズで、下の子は天使みたいに言うじゃん?でも俺から見たら、どっちも良いとこもあれば子供らしい意地悪さもあるように見える。ただ、下の子は要領がいいっていうか、機嫌がいい時は『良い子』を演じるのがうまい」と、少しでも分かってほしくて続けた。「上の子は、そういうのがちょっと不器用なだけなんだよ。あいつはあいつなりに、小学三年生として普通のガキだと思うんだ。でも、お前は時々、下の子がすごく良い子に見える時と、上の子がなんかやらかした時を比べて『上の子は本当に性格悪いから』とか言うじゃん? あれが、ずっと引っかかってんだよ」
でも、うちの奥さんは俺の言葉に、あからさまにイライラした顔になった。「また始まった。そんな理想論、もう聞き飽きた! それができたら苦労しないって分かってるでしょう? あなたはいつも、できもしない正論で人を追い詰める。私が子供たちのことをどう思っていようと、いちいち指摘するのはやめてほしい!」
その強い拒絶に、俺の気持ちは重くなった。「そっか…。じゃあさ、もしお前がこれから上の子に対して、あんまりにも理不尽なこと言ったり、したりした時は、俺はあいつの前で『お母さんの言うことは間違ってるから、気にしなくていいよ』って言うしか無いけど大丈夫か?」と、それはもう、半分諦めみたいな、ちょっとした警告のつもりだった。
今、うちの奥さんが上の子に特にむかついているのは、「脱いだ靴下をすぐに洗濯に出さないこと」と「学校の準備をギリギリまでやらないこと」の二点だ。「いっそのこと、その二つはもう『そういうもんだ』って諦めたらどうなんだ? そうすれば、お前のイライラも少しは減るんじゃね?」と提案してみたけど、奥さんはすぐに首を横に振った。「できるわけないじゃん! 親として最低限のことは教えなきゃって思うもの。私の性格上、見て見ぬふりなんて無理」
俺が「本当にそうか?学校の準備だって、本当は先生に『だらしない親だ』って思われるのが嫌なだけなんじゃね?」と、ちょっと意地悪く聞いてみると、奥さんは「全然違う!」って声を荒げた。「例えば、私が夕飯も作らずに自分の好きなことばっかりしてたら、あの子が困るでしょう? だから(義務として)ちゃんとご飯は作ってるじゃない!」(奥さんの言う「ちゃんと作ってる」が、冷凍食品チンする程度だってことは、いちいち指摘しない)
奥さんは「あの子の将来のためにも、私のイライラ解消のためにも、何か良い方法はないかと思って、例えば、お気に入りのシールがあるから、お手伝いや準備ができたらあげるシステムとか。でも…あの子のために、毎回そんな事をするのが面倒臭くて迷ってる」などと言う。
「だったらさ、あの子のためじゃなくて、『自分のため』だと思えばいいんじゃない」と、少しでも奥さんの気持ちが楽になればと思って言ってみた。「自分のイライラを減らすために、自分が楽になるためにやるんだって。そう思わないと、『こんなにやってあげてるのに!』って、また別の不満が溜まるよね」でも、俺の言葉は、いつものように右から左だったみたいだ。
代わりに別の事を言い出した。
「あなたのことは、敵だとは思ってない。でも、子供たちの味方ではあるよね。だから、あなたには私の本音は言わないことにしてる」だって。(結局、俺たちは分かり合えないままなのか…)
ただ、一つだけ許されていることがあるらしい。それは、奥さんが上の子に理不尽な事を言ってる時に、俺が「大丈夫? ちょっと疲れてるんじゃない?」と、奥さん自身の体調を気遣う言葉をかけること。それだけは、奥さんも受け入れるという。
そこで一旦話はおしまい。もう二人とも出かける気分じゃなくなった。
俺は仕事がひと段落ついてまたリビングに行ったら、やっぱり納得いかなかったんだろうな。奥さんが俺に話しかけてきた。
「あなたはね、私がこんなに一生懸命子育てしてるのに余計なプレッシャーはかけないでほしい。あなたができることは、私が出かけたいって言ったら、黙って一緒に出かけること。そうすれば、私とあの子の関係だって、きっと良くなる」
俺は静かに奥さんの言葉を聞いて、そして問い返した。「もしさ、その理屈を上の子が言ってきたら、お前はどうする? 『僕だって、僕なりに頑張って学校行ってるんだから、ママだってそんなにガミガミ言わないで、欲しいゲーム買ってくれた方が、僕はもっと良い子になれるよ』って。もしあいつがそう言ったら、お前は『そうだね』って言うのか?」
「…俺の話、聞いてる?」俺は、奥さんの沈黙に耐えかねて言った。「俺は、お前の話を聞いて、考えて、言葉を返してるつもりだよ。でも、お前は俺の話を聞いてるっていうより、ただ『ああ、また何か面倒くさいこと言ってるな』って感じで、シャッター閉めてるだけに見えるんだよね」
「聞いてるわよ! 私だって、あの子と少しでも穏やかに過ごせるように、色々我慢したり、努力したりしてるんだから!」と奥さんは言い返してきたけど、俺が言いたかったのはそれではない。
「そうじゃなくて、さっきの質問だよ。上の子が同じこと言ったら、お前は納得できるのかって件」
その答えを聞いて、俺は静かに言った。「でもさ、お前だって、俺から見れば『完全に信用できる大人』ってわけじゃないよ。例えば、あの高い空気清浄機。絶対にちゃんとメンテナンスするからって言うから買ったのに、結局フィルター掃除もほとんどしないじゃん。俺が『もう目障りだから売ってしまいたい』って言っても、『絶対に嫌!』って言うじゃん?そんななのに、どうして自分だけは『信用する側』で、上の子は『信用できない側』だってジャッジできるわけ? 俺には、上の子は上の子なりに、そしてお前はお前なりに、同じように頑張ってるように見えるんだけど」
さらに俺は、もう一つの疑問をぶつけてみた。「お前はよく『私には余裕がない』って言うよな。でもさ、例えば俺だって、楽しみにしていたサッカーの試合が雨で中止になったり、録画してたドラマが途中で切れてたりするだけで、ちょっとイライラしたり、お前や子供たちに冷たい態度とっちゃったりすることあるじゃん。そういうのは誰にでもあるよね?でもお前は、自分の『余裕のなさ』は『仕方ないこと』として受け入れるのに、どうして他の人…例えば上の子の『余裕のなさ』(不器用さとか、やる気のなさとか)は、全然許せないんだ? その、自分にだけ甘い基準について、どう思うの?」
「…それって、あなたがサッカー見れないことでイライラしてるのを、私にぶつけてるってこと?」奥さんは、俺の言いたいことを全然分かってないみたいだった。
「違う、そうじゃなくて」俺は、もうぐったりしながら説明しようとした。「自分の場合は『仕方ない』で済ませるのに、他の人には同じように考えられない。その矛盾について、どう考えてるのかって聞いてるの」
うちの息子、今小学三年生。
ちょうど九九が始まったらしいのよ。
最初の頃は「2×2=4!」とか、まだできてたんだけど、その後の宿題見てると、もうすでに詰んでる。
「ににんが?」って聞いたら、「…に?」って返してくる。
お前、ループすんなよ。
平日は共働きだし、帰宅してからご飯風呂寝る流れで、ゆっくり教えてやれるのなんて土日くらい。
だから「放課後にちゃんと復習しろよ!」とか「家帰ったらまず宿題!」って言ってんだけど、帰宅後に息子が決まって手に取るのは、計算ドリルではなくコントローラー。
気づけばずーっとSwitchやってる
「今日九九やったか?」って聞いても「あとでやる〜」の一点張りで、気がつくと寝てる。
九九を覚えるより先に、俺の怒りを九九倍にしてくるわけよ。
まあ元々勉強好きなタイプじゃないのは分かってた。こりゃどうしたもんか、と。
子ども向けの九九ソングとか、分かりやすく解説した学習動画みたいなやつが。
これだ!と思って、これ観とけば自然と覚えられるぞ〜って勧めたのよ。
…ダメ。
「つまんない」「うるさい」「飽きた」「もう見た」
挙げ句、「スプラのほうが脳にいい」って言い出した。何の研究発表だよ。
で、俺は考えた。
どうにかして“釣る”しかない。
そこで俺がやったのは──
YouTubeに転がる学習動画を編集して、一瞬だけおっぱいの写真を差し込んだ。
ほんの数フレーム、パッと出てパッと消える。
いわゆるサブリミナル効果ってやつ。
で、試しに一つを観るよう強制してみたの。
そしたらもう釘付け。
「なんか面白い!」
「もう一回流して!」
何が“面白い”のかは言わないけど、本人なりに理由づけしてるらしく、毎日自分から再生してんのよ。
最近じゃあ、九九の宿題もサクッと終わらせて、「おれ、九九けっこう得意かも」なんて言ってんの。
んで「次の動画まだ?」なんて俺に言ってくるわけよ。とにかくこれほど学習意欲が高まって、喜ばしい限り。息子も「お父さんのおかげで算数好きになったよ!」って言うんだよ。
結論。
やっぱりおっぱいはすごい。
春一番が吹き抜ける午後、窓際のカーテンがふわりと膨らみ、干したばかりのタオルに淡い日差しが透けた。小学三年生の私・千春は、帰宅した兄・湊にランドセルごと抱え上げられ、ソファへぽすんと降ろされた。「今日も頑張った?」と頭を撫でる手の温かさに、胸の奥がぶわっと熱くなる。母に叱られた算数の宿題も、クラスで言い返せなかった悔しさも、兄の笑顔一つで溶けていった。リビングに満ちる石鹸と洗濯糊の匂いを深く吸い込みながら——私はこの人を一生守り、一生守られよう、と幼いながら胸に誓う。
第二章 音を立てて開く距離
兄が中学に入り、部活で遅く帰るようになると、食卓に並ぶ椅子の一つはいつも空いた。母が「冷めないうちに食べなさい」と言うたび、私は味噌汁を啜りながら廊下の先を気にした。深夜、蛍光灯の下で英単語帳をめくる兄の背には、近寄りがたい影が宿っていた。「美緒、静かに」と囁かれるたび、胸の中で小石が転がった。子どもの私は、その小石に名前を付けられず、ただ足元で鳴る兄の成長の足音を数え続けた。
第三章 メール越しの声——市外への進学
合格発表の日、掲示板に貼られた番号を見つけた兄は空を仰いで笑った。県下一の進学校、通学片道一時間半。私の「行かないで」は、騒ぐクラスメートの声にかき消えた。春の風が吹く玄関先で兄は「千春は強い子だろ」と頭を撫で、あっさりと黒い学生鞄を担いで出て行く。夕方、カレーの匂いしかない台所で、私は思わず携帯を開く——「今日どうだった?」。既読の横に「部活」「課題」「眠い」の三語。短い返事ほど恋しく、通知音が鳴るたび息を呑む日々が始まった。
私も中学生になり、バスケ部で汗を流した。だけど練習後のシャワー室、タイルに落ちる水音を聞きながら、兄のことばかり考える自分に気づく。友達が「今度みんなで遊園地行こう」と誘ってくれても、私は曖昧に笑って断った。帰宅後、母に「お兄ちゃんは夕飯要らないって」と告げられるたび胸が縮む。兄と私の距離は物理的なものだけではなく、生活のリズム、語彙の選択、夢のスケール——地図全体が塗り替わるように拡がっていった。
第五章 高みを目指す風——兄と同じ大学へ
兄の進学一年後、私は「湊の隣がいい」と進路希望欄に一行だけ書いた。担任は「姉妹・兄弟で同じ大学は珍しくないさ」と笑ったが、動機の濃さまでは見抜けなかった。深夜、蛍光灯の明滅を睨みながら英単語を暗唱し、机に伏した額の下で涙と鼻水が混ざった。——お兄ちゃんの隣に並ばなきゃ私の世界は未完成。そう思うほどに参考書の余白まで兄の横顔で埋まっていく。
合格発表の掲示板で番号を見つけるより先に、正門前で待ち構えていた兄に抱きついた瞬間、世界は再び等速回転を取り戻した。大学近くの築四十年のワンルーム、押し入れを改造したロフトに布団二枚。「家賃、生活費、ちゃんと折半だぞ」と兄は念を押したが、私の頭には花火のような歓喜しかなかった。狭い流しでインスタント味噌汁を作り、共有の机でレポートを書く。夜、ロフトの布団で横になり、「お兄ちゃん起きてる?」と囁くと「寝ろ」と小さな声。そのやりとりだけで心臓が跳ね、眠れない夜が続いた。
第七章 亀裂の手触り——兄の新しい世界
五月の新歓期、兄は同ゼミの先輩・綾瀬沙羅と親しくなっていた。駅前のカフェで偶然見かけたとき、兄が笑う横顔には私の知らない柔らかさがあった。帰宅後、狭い玄関で「ただいま」を言う兄の声が少し弾む。その裏にある感情を知らないふりをして「おかえり」を返すと、胸の奥で小さくパチンと弾ける音——それは嫉妬という硝子玉だった。
夜中、机に伏せながらLINEの通知履歴を追った。画面に浮かぶ「今度のゼミ発表、手伝ってくれてありがとう!」「映画、ポップコーンはキャラメル派?」。私は震える指で既読もつけずアプリを閉じた。
第八章 病室で交わした本音
七月、期末試験前の無理がたたり、私は高熱で倒れた。扁桃炎で点滴を受ける私の側で、兄は氷枕を替え、額を冷たいタオルで拭いた。ぼんやりする視界の端で兄の眉間が寄る。「千春、無理し過ぎるな」。私の唇は乾ききってうまく動かない。それでも「お兄ちゃんは……誰と映画に行くの?」とかすれ声で問うと、兄は少し目を見開き、やがて真剣な表情でこう答えた。
「……千春に嘘はつきたくない。沙羅先輩だ。でも、恋人とかじゃない。ただ仲間として誘われて——」
言い訳のような説明を遮るように咳き込む私を、兄は抱き起こして背を摩った。「なぁ、俺は千春に甘え過ぎてたのかもしれない。けど俺たちは兄妹で、これ以上——」兄は言葉を飲み込む。点滴の機械音が病室に滲む沈黙を裂く。私は熱に浮かされながらも悟った。兄が私の「全世界」ではあっても、兄にとって私は「世界のすべて」ではないのだ、と。
第九章 掌に描く境界線
退院して帰宅した夜、私は狭いロフトで兄と向き合った。裸電球が二人の影を歪ませる。「私、サークル入る。友達とも遊びに行く。……お兄ちゃん以外の毎日を持つ」。意地で張った声は震えていたが、兄は静かに頷いた。
「俺も就職考えなきゃいけないし、研究室のプロジェクトも本気出す。千春が自分の場所を見つけるのは嬉しいよ」
その夜初めて、私は兄の背中ではなく、正面から兄の眼を見た。そこには幼い日には見えなかった迷いと覚悟が交差していた。布団に潜り込み、細いロフトの梁越しに聞こえる兄の寝息を聞きながら、私は気づく。この人を一人の男性として愛してしまった気持ちは消えないけれど、同時に私は自分の人生のハンドルを握らなければならない、と。
第十章 私の日々、兄の日々
秋学期、私は文学研究会に入り、週末は古書店を巡るバイトを始めた。分厚い全集を運ぶたび腕が悲鳴を上げるけれど、店主の「助かったよ」の一言が嬉しかった。サークルでは同級生の新と意気投合し、文芸誌の編集を任される。帰宅が深夜になり、狭い部屋に残る兄のブラックコーヒーの香りが、自分の知らない兄の時間を想像させた。
一方兄はロボット制御研究室に配属され、週末は企業コンテストの試作機に没頭。リビングには配線だらけの基板、冷蔵庫には徹夜明けのエナジードリンク。顔を合わせれば「今日はギアが思った角度で回らなくてさ」「文芸誌の特集、締切伸びそう」と、互いの話を交わし、笑い、すれ違う。寂しさは濃淡を変えながら残るが、どこか甘やかな痛みだった。
第十一章 再定義される「好き」
二月、文学研究会の合宿で雪深い山荘へ向かうバスの車窓に、私は兄の面影を探していなかった。かわりに隣席の新が差し出したホットココアの湯気を見て、「あ、兄と同じ匂い」とふと笑えて驚く。夜、薪ストーブの前で原稿をチェックしながら、新が真顔で言った。「千春、誰かに遠慮してない? 本当に好きなものを選びなよ」。
帰路、携帯に兄から「風邪ひいてないか?」とメッセージ。私は画面を見つめ、初めて返事を後回しにした。雪解け水のせせらぎのように、私の中の「お兄ちゃん大好き」が形を変え始めていた。
春、兄の卒業式。体育館のステージでガウンを揺らす兄の背を見つめながら私は悟る。かつて追いかけた背中は、今や尊敬すべき一個の人間の輪郭をまとっている。記念写真を撮る流れで、沙羅先輩が兄の腕にそっと手を添えた瞬間、胸に尖った痛みは走ったが、私は自然と微笑めた。
式後、学内の並木道で兄に呼び止められた。「千春、就職決まった。都内のロボットベンチャー。……それと、沙羅先輩に告白された」。兄の声が少し震えた。「答えは保留したけど、たぶん——」。私は風に舞う花びらを掴み、そっと指先で千切った。「お兄ちゃん、おめでとう。幸せになって」。驚く兄に背を向け、歩き出す足は震えたが、止まらなかった。
一方私も、新から「卒業まであと一年、俺と付き合わないか」と真剣に告げられた。夕焼けに染まるログハウス風カフェで、私は一拍置き、首を縦に振る。ただし「まだ兄のことを特別に思っている自分がいる」と正直に打ち明けた。新は少し考え、「それを含めて、千春だ」と笑い、手を差し伸べた。
兄の引っ越し前夜、段ボールが積み上がった部屋でカップ麺を啜る。蛍光灯の明かりが段ボールの影を濃くし、狭いはずの部屋が異様に広く感じられた。「千春、この一年、一緒にいてくれてありがとう」。兄の言葉に私は笑い、「私こそ」と返す。
夜半、ロフトに上がる梯子を見上げながら、私はそっと尋ねた。「お兄ちゃん、今でも私のこと、守りたいって思う?」。兄は真っ直ぐな目で「妹を守るのは当たり前だろ。でも千春が前に進むのを邪魔したくない。だから、守るってより、応援するかな」。私は梯子を一段上り、振り返り、にこりと笑う。「なら私は、あなたの一番のファンでい続ける。世界一のね」。
四月。兄は都内のシェアハウスに移り、私はキャンパス近くの女性専用アパートへ。ガランとした新居の机に、文学誌の校正紙と、新からもらった栞付きの詩集を並べる。窓を開けると桜吹雪と同時に、遠くで電車の発車ベルが聞こえた。その音に、兄が乗った始発を想像しながらも、今の私は畏れより期待で胸が膨らむ。
一方兄は新入社員研修に追われ、深夜に帰宅しては泥のように眠る毎日。それでも週末、動画通話を繋ぐと「ロボットアーム、ようやく規格通った!」と少年のように嬉しそうで、画面越しにハイタッチする私たちは、確かに兄妹であり友であった。
夏、私はゼミ論集で最優秀賞を受け、教授に海外学会への参加を勧められた。喜びと同時に襲ったのは、兄から離れて飛行機に乗るという恐怖だった。夜、通話でその迷いを口にすると、兄は一瞬驚き、そして静かに笑った。
「千春、飛行機の中でも俺のLINEは届くさ。大丈夫、怖くなったらメッセージして。……でもまずは自分が見たい景色を見てこい」
受話口から聞こえる兄の声に、幼い頃のヒーローの面影と、同じ高さで語りかける同志の温度が重なる。私は涙ぐみながら、「行ってくるね」と告げた。
第十六章 旋回する眼差し——空の果てで
ヘルシンキ行きの機内、私は窓外の雲海を見下ろし、兄の存在が地球の裏側まで伸びる糸のように感じた。学会の壇上で英語発表を終えた夜、フィンランドの森を背にした会場ロビーで新が「よくやった」と抱き寄せる。その温もりの中で、私はようやく己の恋心が兄とは別の場所に芽吹いていることを自覚する。ロビーの片隅で兄にビデオ通話を繋げば、薄暗い日本の夜明けの部屋で、兄が寝癖のまま「誇らしいぞ」と親指を立ててくれた。
第十七章 再会、そして告白
帰国翌日、私は兄のシェアハウスを訪れた。駅前の桜並木はすっかり青葉に変わり、照り返すアスファルトの匂いが夏の到来を告げる。兄の部屋に入ると、壁いっぱいに貼られたロボットアームの設計図が、昼下がりの光を浴びて銀色に反射していた。
「千春、どうだった?」という声に、私はスーツケースを置き、深呼吸。「お兄ちゃん、私ね——好きな人ができた」。一瞬、兄の眉が僅かに上がる。「そっか」と短く呟き、柔らかく笑う兄。「で、その人は俺に挨拶しに来るのかな?」。私は肩を竦め、「そのうちね」と笑い返す。手土産のフィンランドクッキーをテーブルに置き、二人で半分こした甘い味は、初めて兄と分かち合えた「恋の報告」の味だった。
第十八章 エピローグ——それでも「大好き」
私の卒業式。袴姿の私は、門前で兄と写真を撮った。兄は背広の胸ポケットに小さなチューリップの飾りを挿し、「社会人二年目、少しは板についてきたかな」と照れ笑い。カメラのフラッシュを受けた瞬間、私はふと思う。——この人がいなければ、私は空を飛ぶ翼を持てなかった。
式後のパーティー会場で、新と兄が固い握手を交わす。私の恋人と、かつて世界のすべてだった人。その光景に胸が温かく満たされる。パーティーが終わり、夜風に揺れる街路樹の下で、私は兄に改めて向き合う。
「お兄ちゃん、大好き。だけどそれは、私が私であるための、永遠の合言葉」
兄は優しく頷き、子どもの頃と同じ仕草で私の頭をくしゃりと撫でた。私はその手を振りほどかず、ただ目を閉じて春の匂いを胸いっぱいに吸い込む。そうして再び目を開けたとき、私たちは同じ高さで未来を見ていた。
——終わり——
春の雨が止んだ夕暮れ、就活帰りの芽衣は傘をたたみながらマンションの前で深呼吸した。二十四歳の兄・俊と二十二歳の芽衣は、この四月から一緒に暮らしている。きっかけは単純だった。東京での部屋探しに行き詰まった芽衣が「お兄ちゃんと住めば安心だよね」と漏らし、俊も「俺も一人よりは助かる」と応じた。
けれど本当の理由はもっと根の深いもの――幼い頃から続く、互いへの依存だった。
両親は共働きで家を空けがちだった。小学三年生の夜、芽衣が高熱で泣きじゃくったとき、俊は水枕を作り、額に貼る冷えピタを薬箱から探し出し、朝まで横に座っていてくれた。芽衣の記憶に焼き付いたのは、熱と寒気より、そのとき握り返された手の温度だった。それ以来、芽衣は何かあれば兄を呼び、俊は呼ばれずとも飛んできた。
進学で一度は離れたものの、電話やメッセージで毎日状況を報告し合い、些細な決断――夜食のカップ麺を選ぶ程度のことすら相談してきた。だから同棲は自然の成り行きに思えた。
だが生活が始まってみると、ふたりの「自然」は常識から外れていた。芽衣は朝、俊が淹れるコーヒーの香りでやっと目を覚まし、俊は芽衣が帰るまで晩ごはんに箸をつけない。スーパーの特売日にふたりの予定が噛み合わず買い物へ行けないと、冷蔵庫が空になってもインスタント食品を買おうとはしなかった。
居間の壁に掛かったホワイトボードには、緻密なタイムテーブルが書かれている。起床、出勤、帰宅、入浴――歯磨きの時間までびっしり。同じタイミングで同じことをし、同じシーンで笑い、同じ場所が好き。予定の空白はふたりの不安を刺激するから、徹底的に埋められていた。
五月初旬、俊の職場で飲み会があった。「二次会はどう?」と誘われた俊は時計を見た。芽衣が面接で遅くなる日だから、帰宅時間は二十二時を超える。ホワイトボードの「二十一時・再集合」に間に合わない。
結局、俊は一次会で席を立った。彼のスマホには芽衣からの「着いたよ。緊張で吐きそう」というメッセージが届いていた。俊は駅まで走り、改札口で妹を見つけると、背筋が緩んだ。芽衣も兄の顔を見てやっと笑う。互いの不安を打ち消すのは、相手の存在だけだった。
けれど社会はふたりの都合で動かない。六月、俊は大手クライアントとの打ち合わせを命じられた。地方支社で二泊三日。部長は「滞りない進行には君が一番」と微笑んだが、俊の心臓は縮む。出張当日の朝、芽衣は無理に笑顔を作り「お土産、黒豆饅頭でいいよ」と言ったが、声は震えていた。
新幹線がトンネルに入るたび、俊のスマホは振動した。家事の手順、ゴミの分別、炊飯器のスイッチ――芽衣からの質問が止まらない。返信しなければ妹が泣く気がして、商談の資料に視線が定まらない。結局、俊は二日目の夜に発熱し、上司に許可を得て一日早く帰京した。マンションの玄関に崩れた俊を抱きしめながら、芽衣は「ごめんね、私が弱いから」と嗚咽した。
事件は七月に起きた。芽衣の内定先から「配属先は名古屋支社」と連絡があったのだ。面談室で通知を受けた瞬間、芽衣の視界は真っ白になり、そのまま過呼吸で倒れた。搬送先の病院に駆けつけた俊は、点滴台のそばで涙を拭う妹に「大丈夫。辞退しよう」と囁いた。
ところが医師は「お兄さんも一緒に暮らしているの? 少し病的な依存があるね」と指摘し、心理カウンセラーを紹介した。俊は反発した。自分たちは家族だ、助け合っているだけだ、と。しかし芽衣はベッドで顔を覆い「私たち、普通じゃないのかな」と震えた。
カウンセリングは八月から始まった。最初の面談で、カウンセラーは白紙のメモに縦線を引き、左に「俊くんの人生」、右に「芽衣さんの人生」と書いた。
セッションでは宿題が出た。「週に一度、互いに相談せず決断してみる」。芽衣は美容院を予約し、俊は映画をひとりで観に行った。初回はどちらも胸が締めつけられ、スマホを何度も開いたが、二回目、三回目と回数を重ねるうちに、未知の風が入り込む感覚が芽生えた。
九月の終わり、俊は職場の同期・沙織に誘われて、趣味のランニングサークルに参加した。芽衣は週末に同僚と鎌倉へ日帰り旅行に出た。リュックに兄の分の水を入れなくてもいい身軽さと、砂浜を歩きながら響く潮騒が、彼女の胸を満たす。夕暮れ、集合写真を撮る頃には、兄に報告しなければという焦りが少し薄れていた。
一方、俊のスマホに届いたのは芽衣の「海の写真だよ。お兄ちゃんも走るの頑張って」。文章の終わりにハートマークはなかった。それを見て、俊は短い安堵を覚えた。
秋が深まり、マンションの壁に貼ったホワイトボードは半分が空白になった。芽衣は自室の本棚に就活で読んだビジネス書を並べ、俊はキッチンに好きなミュージシャンのポスターを貼った。カウンセラーは「良い変化ですね。境界線は線ではなく、ゆるやかなグラデーションでいい」と微笑んだ。
相変わらず同居は続いている。ただ、食卓の椅子は向かい合わせではなく、斜めに配置した。視線を逸らせる角度が必要だと気づいたからだ。
十二月、ベランダに出た兄妹は凍る夜気に肩を寄せた。街のイルミネーションが遠くで瞬く。「来年、名古屋に行ってみようかな」と芽衣がぽつりと言う。胃の奥が冷たくなる感覚に俊は怯えたが、すぐには首を振らなかった。
それが、自分の言葉として驚くほど自然に出た。芽衣は小さく笑い「まだ怖いけど、そう言ってくれると少し平気」と答えた。
ふたりはまだ完全に自立したわけではない。深夜に悪夢で目覚めれば、どちらかの部屋の灯りがつく。だがドアをノックし、一拍置いてから入るようになった。ささやかな境界が、互いを守るフェンスになっている。
年明けには、またボードを更新する予定だ。今度は空白を恐れず、余白のまま壁に残すつもりだと俊は言った。芽衣も頷く。余白には、ふたりそれぞれの未来が描き込まれるはずだ。
兄妹で同棲することにした――その選択は、依存の檻にも、再出発のアパートにもなり得る。どちらにするかは、これからの彼ら次第だ。
うちは自営業で小さな店をやってる。文房具や雑貨なんかを置いてて、近所の小学生もよく来るんだ。学校帰りにちょっと寄って消しゴムひとつ買ってくような、そんな場所だ。
で、先日万引きを見つけたんだよ。二人組の小学生。幸い店を出る瞬間に気づいて、すぐに腕を掴んで「お金、払ってないよね?」って声をかけた。
二人はバツが悪そうにうつむいてそのまま観念した。裏に連れて行って、とりあえず親を呼ぶことにした。
話を聞いて分かったんだけど、二人は兄弟だった。上が小学三年生、下が一年生。
なんとか親の連絡先を聞き出してさ、すぐに電話をかけた。30分後くらいに父親がやってきたんだけど、まあ驚いたね。
入ってくるなり子供たちを怒鳴りつけたんだよ。お前ら、謝れ!!って。俺、ポカンとしちゃったよ。
いや、そこはまずお前が謝るんじゃねぇの?って。
でもその父親は俺には一切謝らず、ただひたすら子供たちを怒鳴り続けた。二人とも泣き出して、顔をぐしゃぐしゃにしながら「ごめんなさい」って言ってきたけど、俺はずっと違和感を抱えたままだった。
昔は違った。昔の親は違ったんだよ。
昔は子供の代わりに、まず親が謝った。しかも半端な形じゃない。店に入ってくるなり、すぐに土下座。頭を地面にこすりつけるくらいの勢いで「申し訳ありません!!」って、涙声で謝る親もいた。
そんな姿を見て、子供もショックを受けるんだよ。自分のせいで親がこんなにも惨めな思いをしてる、って。それが響いて、もう二度とやらないって思うんじゃないか。
でも今の親は違う。まず自分の体裁が大事。子供を怒ることで俺はしっかりした親だってアピールしてるだけ。謝るどころか、自分の保身に必死なんだよ。まるで俺の育て方が悪いんじゃない、こいつらが悪いんだって突き放してるみたいに。
そりゃ子供が悪いのは間違いないよ。でも親ってのはさ、子供の尻ぬぐいをするのが仕事なんじゃねぇの?何があっても守って、悪さをしたら一緒に頭を下げるのが親なんじゃねぇの?
昔の親は自分のプライドなんかより子供を正すことを優先してたよ。俺から見ても「そこまでしなくても……」って思うほど心から謝ってた。それが子供の教育ってもんだった。
でも今の親は違う。見栄ばっかり気にして、プライドを守ることばかり考えてる。
自分の子供がやらかしたことに、親が責任を取るのは当然だろう。
子供は親の姿を見て育つんだよ。親が体を張って謝る姿を見て、初めて自分がやったことの重みを知るんだ。
でも今の親たちはそれをしない。親としての責任を放棄して、ただ見栄を張ることばかりに必死になってる。
どうにも、やるせない気持ちでいっぱいだったよ…
ぼくは小学三年生のケンジ。クリスマスが大好きで、毎年12月になると待ちきれない気持ちでいっぱいになる。サンタクロースが本当にいるのかどうかは、ずっと半信半疑ではあったけれど、それでもクリスマスの朝にプレゼントが届いているのを見つけると、「やっぱりサンタクロースっているんだ」と思わずにはいられなかった。
ところが、今年のクリスマスに限っては、いつもとは違う出来事が起きてしまったんだ。ぼくはついに、「サンタクロースの正体」を突き止めてしまった。それは嬉しい発見なんてものではなく、どちらかというと、心のどこかで知りたくなかったような苦い秘密だったんだ。
その夜、ぼくはベッドの中でうとうとしていた。いつもは「サンタが来るかもしれないから、早く寝なさい」と言われると、ワクワクしながらも眠れなかったりするのに、その日は妙に眠気が強くて、あっという間に目が閉じてしまった。パパは会社の大きなプロジェクトだとかで、クリスマス前後はほとんど家に帰ってこられない。ママも少し寂しそうだけど、ぼくにはできるだけ笑顔で接してくれていたから、ぼくも「パパが頑張っている間に、早くいい子に寝なきゃ」と思っていたんだ。
ところが、夜中にふと目が覚めた。お腹がすこし冷えたようで、トイレに行きたい気分だった。部屋は真っ暗で、廊下の電気も消えている。ぼくは薄暗い中、そっとベッドから抜け出して、足音を立てないようにドアを開けた。廊下はシーンとしていて、時計の秒針の音がいつもより大きく聞こえる。サンタクロースを待ち伏せしようなんて気はなかったのに、でもこういう時って少しだけ期待してしまうものだ。もしかしたら、このタイミングで会えるかもって。
トイレを済ませて部屋に戻ろうとしたとき、リビングの方からかすかに話し声が聞こえてきたんだ。時計を見れば、夜中の2時を過ぎている。ママはもう寝ているはずだし、パパはもちろん仕事で家にいない。でも確かに人の声がしていて、しかも何か低い男性の声のような気がした。ぼくは心臓がどきどきして、血が頭にのぼるような感覚になった。
そんな恐怖が一瞬頭をよぎったけど、なんだか雰囲気が静かすぎる。泥棒だったら、もっと物音を立てないようにするんじゃないか? それに、声の調子も緊迫しているというよりは、落ち着いている感じがする。そっとリビングの扉を開けようと近づくと、ドアの隙間から少しだけ暖かい光が漏れていた。
思い切って、ドアに耳をあてる。そこから聞こえてきたのは、ママの声と、低い男性の声。ぼくはママが誰かと電話でもしているのかなと考えた。でも、よくよく聞くと、声は確かにすぐ近くから聞こえてくる。ぼくは思い切ってドアノブを少しだけ下げて、ほんの少しすき間をつくった。その瞬間、リビングの中の光景が目に飛び込んできたんだ。
そこには、赤い服を着た人物が立っていた。ふわふわの白いひげのようなものをつけて、頭には赤い帽子。見た目はまさに「サンタクロース」そのものに見えた。最初は「わあ、サンタだ!」と胸が高鳴ったんだけど、その次の瞬間、ぼくは息を飲んだ。
そのサンタが、ママの頬にキスをしたんだ。しかも、ちょっと優しく微笑んでいるような表情で。
最初は「え、どういうこと?」と頭が真っ白になった。「ママとサンタがキス?」 いつもおとぎ話みたいに思っていた光景とは違いすぎて、ぼくの頭は全然理解が追いつかない。その上、ママも嫌がる様子はまるでなく、むしろ少し照れくさそうに笑っている。二人が仲良さそうに見えて、クリスマスのサプライズとしてはあまりに衝撃的すぎた。
しばらくして、ママがサンタの帽子を少しずらして、その下から見えたのは茶色っぽい髪の毛。パパではない。パパは黒髪だし、こんなに柔らかそうな髪質じゃない。それに、パパは今夜、仕事で家にいないはずだ。じゃあ、このサンタは誰なんだ? ぼくは混乱しながら、ドアの隙間を通してじっと様子を見つめていた。
「もう行かなくちゃ」とそのサンタが言うと、ママは残念そうにしていた。どうやら、長居はできないらしい。そのサンタは、ぼくが子どもの頃から憧れていた「プレゼントをくれる優しいサンタ」とは違う、“ただの人間”に見えた。ふだん着慣れていないはずのサンタ衣装をスルッと脱ぐと、中には普通のセーターとジーンズが現れた。あまりにも現実味のありすぎる光景に、ぼくは冷たい汗をかくのを感じた。
その男性は脱いだサンタ服をクシャクシャに丸めて、抱きしめている。ママは優しく笑いながら、「来年こそはちゃんと一緒に過ごせるようにしたいね」と言った。二人のあいだには、ぼくには到底入り込めない特別な空気があるように感じられた。
ぼくは耐えきれなくなって、あわてて自分の部屋に戻った。けれど、頭の中がぐるぐるして眠れるはずがない。どう考えても、あのサンタはママの知り合いで、ママとキスするような関係……つまり、不倫相手ってことなんじゃないか。つい数時間前まで、ぼくは「今年は何がもらえるかな」「早くサンタさんに会いたいな」なんて無邪気に思っていたのに、このクリスマスの夜中に目撃したものは、まったく別の秘密だった。
「パパは関係ないの?」 ふとそんな疑問が浮かんだけど、パパはずっと会社に詰めっぱなしで、今夜も徹夜だと聞いている。ママが一人で寂しい夜を過ごしているのは知っていたけど、その寂しさを埋めるためにあんなことをしているとすれば……ぼくはなんだか、胸の奥が締めつけられるようだった。
翌朝、ぼくはクリスマスツリーの下にプレゼントを見つけた。きれいに包まれた箱には、「ケンジへ サンタクロースより」と書かれたカードが付いていた。だけど、そのカードの文字はどこか見覚えのある書き方で、ママの字にも似ているし、もしかしたらあの男の人が書いたのかもしれないと思うと、手を伸ばすのをためらってしまった。
ママはいつもと変わらない笑顔で、「メリークリスマス! 開けてみたら?」と言ってくる。ぼくは一瞬だけ迷ったけど、やっぱり小学生のぼくには、プレゼントへの好奇心が勝ってしまった。恐る恐る包装紙をはがすと、中には欲しかったゲームソフトが入っていて、思わず「わぁ!」と声をあげてしまった。だけど、その喜びのあとに、どうしようもない違和感が押し寄せてきた。
プレゼントを受け取ってしまったことは、あの場面を見てしまったぼくにとって、なんだか後ろめたい気持ちになった。結局、あの“サンタ”はぼくのためというより、ママと会うために来ていたんじゃないだろうか。もしかしたら、どこかで「ケンジにはゲームでも渡しておけばいいだろう」なんて考えていたのかもしれない。そんな想像がぐるぐるめぐって、心が苦しくなる。
だからといって、ママに直接問い詰めることなんてできない。そもそも、ぼくが夜中に起きてしまったこと自体を隠しているわけだし、証拠といえば、あのサンタ服とキスの場面を見たぼくの記憶だけだ。ママの笑顔は優しいし、これまでだってぼくのことを大切にしてくれている。だけど……あの夜、確かにぼくは見てしまった。あのサンタはただのファンタジーなんかじゃない。ママが密かに会っている“特別な存在”に違いない。
自分の部屋に戻って、ゲームソフトを手に取りながら、ぼくは一人で考え込んだ。このまま見なかったことにして、来年も再来年も「サンタはほんとうにいるんだ」と思い込みたい気持ちもある。でももう、サンタクロースがただの伝説の存在や、パパやママがこっそり用意しているっていうレベルの話じゃない。実在する男の人で、しかもママと親密な関係にあるという決定的な事実を、ぼくはこの目で見てしまったのだ。
そう思った瞬間、自分の中で何かが壊れたような気がした。今まで純粋に信じていたクリスマスの魔法が、一気に色あせてしまったような。もちろん、ファンタジーのサンタクロースというより、ママが用意してくれる優しさの方が大事だったのかもしれない。けれど、それすらも「不倫」という形で見せつけられてしまったからには、どうやってこの先クリスマスを楽しめばいいのか、ぼくにはもうわからなくなってしまった。
それでも、世間一般のクリスマスはいつも通りやってくる。友達はみんな「サンタがスイッチをくれたんだ!」「サンタさんに大きなぬいぐるみをお願いしてたのが届いたよ!」と楽しそうに話してくる。ぼくも一応、「ゲームソフトをもらったんだ」と自慢げに言ってみたけど、心はちっとも晴れない。
学校の先生が「みんな、サンタさんに何をお願いしたの?」と聞いてきたときにも、ぼくは声をあげて答えられなかった。何か言葉にしようとすると、あの夜の光景がちらついて、言えなくなってしまうんだ。サンタクロースがママにキスをしている姿……誰にも話せない。それを話したら、どんな空気になるのか想像もつかないし、同級生のみんなも先生もどう反応していいのかわからないだろう。
こうして、ぼくは「サンタクロースの正体」を突き止めた。だけど、その代わりに、ぼくが手にしたものは何だったんだろう。ゲームソフトというプレゼントは嬉しいけれど、心の奥底に残っているのは、裏切られたような、でも裏切られたのはパパじゃないのかもしれないという、複雑な感情だった。
パパもいつかは気づくのかもしれない。だけど、もしパパが何も気づかないままぼくとママの三人で暮らしていくとしたら、ぼくはあの夜の秘密を抱えたまま大人になっていくのだろうか。クリスマスのたびに、あのキスの光景を思い出すのだろうか。サンタクロースを見つけたはずなのに、喜びよりも重苦しさの方が大きい。子どものぼくには、このことをどう消化していいのかまったくわからなかった。
でも、ひとつだけ言えるのは、ぼくの知っていたはずの「サンタクロース」はもういないということ。いや、最初から本当は「いなかった」というべきか。今ここにいるのは、赤い服と白いひげを身につけた“ただの大人”であり、ママとキスを交わしている「不倫相手」でしかない。いつか、ぼくがもっと大きくなったら、ママに「どうしてあんなことをしていたの?」って聞けるのかな。そのときには、ぼくはもうクリスマスなんて信じる歳じゃないのかもしれないけれど……。
とにかく、今は誰にも言えない秘密を抱えたまま、ぼくは冬休みを過ごすしかない。ぼくにとってこのクリスマスは、決して忘れられない特別な日になってしまった。みんなが幸せそうにサンタクロースを信じている中で、ぼく一人が全然違うサンタ像を胸に抱えているなんて、想像もしなかったことだ。サンタクロースの正体を突き止めるというのは、こんなにも苦いものなのかと思い知らされた。
気づけば、外は雪が降り始めていて、街はクリスマスの余韻とお正月ムードが混じり合っている。来年のクリスマスには、ぼくはもっと大人になっているかもしれない。でも本当に大人になったとき、この夜の光景をどんなふうに思い返すのだろう? あのサンタの姿は、いったいどう映るのだろう? そんなことを考えても、今のぼくには答えられない。ひょっとしたら、いつかは笑い話になる時がくるのかもしれないし、ずっと重い秘密のまま、心の奥底に沈んだままかもしれない。
とにかく、ぼくはこの冬、ちょっぴり大人になってしまった気がする。もう「サンタさん、プレゼントちょうだい!」と純粋にお願いできる子どもではなくなってしまったから。だけど、もし願い事が許されるなら、ぼくはサンタにこう言いたい。「ほんとうの魔法をかけてほしかった」と。あの夜の出来事が夢だったとしたら、どんなに幸せだっただろう。
結局、ぼくはサンタクロースという夢を失くしてしまった。その代わりに、ママの知られざる一面と、“現実”を手に入れてしまった。こんなクリスマスの真実なんて、知らないほうがよかったのかもしれない。だけど、知ってしまった以上、元に戻る方法はわからない。少なくとも、ぼくの中で「サンタが本当に存在する」というロマンは、もう二度と同じかたちでは戻ってこないのだ。
それでも、時間は過ぎていく。来年のクリスマスには、また同じようにツリーを飾って、ママがケーキを用意して、パパは「残業だ」なんて言いながら仕事に向かって、そして夜中には「サンタ」が訪れるのかもしれない。ただ、その“サンタ”は、誰にも言えない大人の秘密を抱えたサンタだということだけは、ぼくがいちばんよく知っている。
インテリ層の良くない部分が出ているので、あえて名指しで批判する。
シロクマ先生の書き方は良くないです。今すぐに謝罪して記載を改めるべきです。どんな人間も馬鹿にされたことは敏感に感じ取ります。
もしも本当に、心の底から馬鹿にするつもりも嘲るつもりも無かったのであれば、全ての比喩表現を直接的な表現に改めて、その上でどのように受け取られる可能性があるか考えてみてください。
シロクマ先生の以下の記事は、齋藤知事のパワハラと全く同じです。
皮肉が良くないと受け取られてしまったため、本記事の趣旨を追記します。
まとめると、「選挙民を馬鹿にし、自己批判は無く、現状を嘆き、陰謀論で締める」のは、インテリ層の振る舞いとして最悪なので即刻止めるべき、です。
シロクマ先生の記事が、善意から皮肉と言う形で選挙民に気づきを促すという趣旨で書かれていたとしても、それは理路として齋藤知事のパワハラと同じ構造を持つ、
"良い民意"を持つシロクマ先生が、"悪い民意"を持ってしまった相手を変えてあげようという意図をもって記事を書いたのであれば、その手法は、パワハラを正当化する構造と同じですよ、という指摘です。(そんな意図ではない、そういう文脈ではない、よく読めばわかるはずだという反論をされないために、具体的に個別例を挙げています)
皮肉からは悪意を感じ取るのが通常の感性ですし、悪意を感じ取った相手は嫌悪感を覚えることはあっても好意を持つことはありません。その結果、より立花氏に優位になる記事になっていますよ、という意味です。こういう記事の表現の積み重ねが、立花氏の活動を補助しています。
皮肉とは、「悪意ある民意との記載にそうだそうだと同調するキミら(私も含む)は、動画にコメントした彼ら彼女らよりも選挙に至るプロセスを理解していただろうか?」という、自己批判もしくは悪い感情を持っているぞと伝えたい相手(例えば齋藤兵庫県知事)にするべきです。
追記ここまで。
ビバ! デモクラシー!
https://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20241119/1732024800
斎藤氏はパワハラ疑惑を巡る認識を問われると、「よい県政をしていきたいという中で業務上の指導や注意を厳しくしたことはあった。これがハラスメントに当たるかは第三者委員会などで審議されることになる」と語った。
小学生を含めて(個人的な感覚では、不満を表明できるのは小学三年生前後)、悪意には非常に敏感です。どのような言葉遣いであっても馬鹿にされたかどうかは瞬時に理解します。
「インターネットで民主主義が加速して良かったですね」という「良かったですね」という物言いは、対象を嘲る言い方です。自覚が無いのであれば今すぐに改めるべきです。
以下、具体的に指摘します。
「今回の選挙は、民主主義を正しく反映したと言えるのではないだろうか」という書き方ではいけなかったでしょうか。
なぜ、「民主主義が三度の飯より好きな人には」と、民主主義を好ましいと思う人を「三度の飯より好きな人"には"」という表現にして限定しましたか?
今回の選挙結果を、揶揄する意図が無いのであれば即刻改めるべき表現です。
他の支持者との一体感を体験しやすい仕組みのおかげで、「いいね」や「シェア」ぐらいでも推し活気分や選挙活動気分を味わえたりする。
「自分は、いいねやシェアボタンを押す行為は、選挙活動とは言えないと思う」と書き方ではいけなかったでしょうか?
なぜ、「推し活気分や選挙活動気分を味わえたり」という、自身で「参入する敷居がものすごく低い」と書いているにもかかわらず、「気分」や「味わえる」という表現にしましたか?
他人の選挙についての関わり方を見下すつもりが無いのであれば即刻改めるべき表現です。
SNSや動画にじかにコメントする、という方法もある。なにもコメントが秀逸である必要はない。凡庸なコメントでも、論理的に破綻したコメントでも、事実関係の怪しいコメントでも、別に構わない。支持する人への応援コメントでも、敵対者への批判や非難のコメントでも、数多く集まりさえすれば強力なコメントたり得る。どんなにしょうもないコメントでも、200も300も連なれば有意味だ。誰が言ったかや何を言ったかだけでなく、何人が言ったかも重要であることを、いまどきのネットユーザーが知らないわけがない。
「どんなコメントであっても、200も300も連なれば有意味になってしまう。論理的に破綻したコメントでも、事実関係の怪しいコメントでも、いまどきのネットユーザーにとっては、何人が言ったかが重要になってしまう。私はそれを好ましいとは思わない」と言う書き方ではいけませんか?
どのようなコメントであっても数が連なれば有意味になることが好ましくない、もしくは危険だと思うのであれば、そう表現すべきではありませんか?
なぜ、「事実関係の怪しいコメントでも、別に構わない」と許容したのにもかかわらず、「どんなにしょうもないコメントでも、200も300も連なれば有意味だ」として、自分と同じコメントをする人が200や300ある人たちを「しょうもない」と馬鹿にしたのですか?
他人のコメントの書き方を馬鹿にする意図が無いのであれば、即刻改めるべき表現です。
それらは従来型のマスメディアが機能した帰結でなく、双方向メディアとしてのインターネットが普及し、猛威をふるった結果として起こった。だからインターネットがテレビになったというのは不十分な表現で、テレビを超えた、いや、テレビ以外の何かとしてはびこるようになった、と表現すべきだったと思う。
「それらは従来型のマスメディアが機能した帰結では無く、双方向メディアとしてのインターネットが機能した結果として起こった。だからインターネットがテレビになったというのは不十分な表現で、テレビを超えた、いや、テレビ以外の何かとなった」という書き方ではいけませんか?
もしくは「双方向メディアとしてのインターネットは、従来型のマスメディアの機能とは異なり、より積極的に他人に干渉するようになった」というような書き方ではいけませんか?
従来型のマスメディアを超えることによるなにがしかに危機感を覚える、好ましく思えないのであれば、それを直接表現すべきではありませんか?
「猛威をふるった」や「はびこるようになった」という書き方に、従来型のマスメディアよりも双方向メディアとしてのインターネットを貶める意図が無いのであれば、即刻改めるべき表現です。
特にこの表現は顕著なので注記しますが、「ならばマスメディアが猛威をふるいはびこっていた従来よりも良くなったでは無いか」と返答されるとは、本当に思いませんでしたか?
その返答に対して「マスメディアの方が優れていた」以外の回答を持っていますか?もしも持っていないのであれば、それは双方向メディアとしてのインターネットを見下した表現です。
「投票率が上がり、選挙活動への参加が増えたことは良いことだ」と言う書き方ではいけませんか?
馬鹿にする意図が無いのであれば「良かったですね」という表現は即刻改めるべきです。
単独の文言では無く、前後の文脈から、この文章を読み取った相手が「投票や選挙活動への参加を馬鹿にされた」と受け取らないと、本当に信じていますか?
「なるほど、コイツはインターネットで情報収集したり、いいねで応援したり、コメントを書いたり、自分で考えて投票した俺を、子ども扱いしているんだな」と受け取られる可能性が無いと思っていますか?
真摯に相手の人格を尊重してなおその表現しか出てこないのであれば、おどけた調子の文章を書くのは止め、少なくとも真面目な話題ではビジネス文書のように書くべきだと思います。
インターネットも含めた諸々をとおして、投票所により多くの人が足を運んだこと、より多くの人が選挙活動に参加したことだ。それって民主主義にとって基本的で必要不可欠なことでしょう?
段落内のおそらく骨子の部分である、この部分はとても良い書き方をしているだけに残念でなりません。
民主主義はタテマエとしてずっと、全員参加を謳っていたし、少なくとも欧米ではだいたいうまくいっていた。 まれに、チョビ髭の伍長のような人物を輩出するとしても、だ。
その前段の、民主主義論に関する部分は私自身の主義主張とは異なるが、それは捉え方の違いだろうと思う。
(「"良い民意"が"悪い民意"に変わってしまうとしたら、民主主義は壊れるのがお似合いではないだろうか」というのは、どのように書き換えてもアリストクラティア(優秀者支配制)を意味すると思うが、そこは民主主義の捉え方の違いだろう)
「民主主義は、時としてヒトラーのような独裁者を生み出すとしても、全員参加が理念であった」という書き方ではいけませんか?
前段の主張も含めて、文脈からは「民主主義とは、建前としては全員参加だが、本音ではバカは参加しないものとして上手く回っていた。バカが参加して壊れるのは制度の限界だ」としか読み取れません。
それ以外の意図を持つ文章として文脈を構成しているのであれば、全面的に書き直すべきです。おちゃらけた書き方をしようとするあまり、文脈上そう受け取る人がいても非難できないと思います。これよりのちの文章を読む限りではこの読み方をして欲しいと想定するしかないです。
(また、ヒトラーの例えを出しておいて「マスメディアという制御弁が民主主義政体を安定させる効果があったのは、たぶんそうだろう」と書く意図は量りかねます。ナチ党の躍進にラジオが大きな役割を果たしたことには一定の了解があるはずです)
いまどきの民主主義の理念を作り上げた人というと、ロックやルソーやジェファーソンといった近世~近代の思想家を思い出す。ところが彼らが生きていた時、末端の大衆にまで選挙権が行き渡り、末端の大衆の選択までもが民意にフィードバックされる民主主義を想像するのは難しかったのではないか。たとえば、民主主義の始祖たちの眼中に、立花氏がバカと呼んだ人々はどこまで含まれていただろうか?
少なくとも、ジェファーソンの名前を出して合衆国独立宣言で最も有名な一節である "We hold these truths to be self-evident, that all men are created equal,"を無視するのは看過できません。
このall men (すべての人々)に、大衆(シロクマ先生の言うところの「末端の大衆」)が含まれていないと推測するのは侮辱でしょう。もしもよく知らないのであれば名前をあげるべきではありません。
トーマス・ジェファーソンが、いかにマスメディアに悩まされていたか("nothing can now be believed which is seen in a newspaper. truth itself becomes suspicious by being put into that polluted vehicle")を知らずとも、
ほんの少しでも興味があれば、ジョン・ロックが人はみな生まれながらにして公平であるが、そのままでは不都合なので、人の承認のもと政府を作るであるとか、ジャン=ジャック・ルソーが間接民主制すら否定していたことなど、見聞きしたことがあるはずです。
彼らが、貴族や選良市民のみを対象として考えていただろう、末端の大衆(シロクマ先生が想定するのが、教育を受けていない人、政治に詳しくない人だとすると、当時の農民や奴隷、犯罪者等)は考えていなかっただろうと想定して枕詞に使うのは、不適切です。
(その後の段落は、シロクマ先生の想像や思いが書かれているので、別に問題は無いと思います)
個別の選挙結果が未来の制度設計の材料になっていくのも、民主主義のいいところだ。亀のようにゆっくりと、しかし着実に。ただし、こうした民主主義のドタバタを、ほくそ笑みながら眺めている国もあるだろう。未来が明るいといいですね。
この段落でも、その前段の、民主主義論に関する部分は私自身の主義主張とは異なるが、シロクマ先生の考え方を述べている部分なので良いと思う。
ただし、文脈上「全員参加という民主主義の建前を維持したまま、インターネットが深く介在する場合には"悪い民意"を取り除き、"良い民意"を選び取れる制度設計を、末端の大衆ではない我々が行うべきである」としか読み取れませんが、そういう主張でないとすれば記載を改めるべきです。
(私はそれをアリストクラティア(優秀者支配制)だと思いますし、良くないものだと思いますが、主義主張の違いなのでそれについて表明することは良いことだと思います)
「ただし、制度設計が改善される前の現在の良くない状態を、他国が狙っているかもしれない。改めるべき点は早急に改めるべきだろう」と言う書き方ではいけませんか?
「ほくそ笑みながら眺めている国もあるだろう」というのは、陰謀論と何が違いますか?何を意図して記載したのでしょうか。
「未来が明るいといいですね。」というのは、皮肉では無く本心からそう思っているのだとすれば、記載を即刻改めるべきです。
また皮肉を書いたつもりであれば、誰を皮肉ったのでしょうか?今回の選挙に参加した誰を馬鹿にする意図をもって表現されましたか?
シロクマ先生の「インターネットで民主主義が加速して良かったですね」という記事は、全体としては皮肉めいた、兵庫県知事選挙の結果を受けての現行の民主主義制度への感想でしょう。
これを、面白おかしいものとして読む人がいることは否定しません。(私もホットエントリーにあがってきたので読みました)
パワハラをする側にとって、されたものが右往左往したり泣いたり病んだり職を辞するのを見て愉快だと思うのと同じだという指摘です。
齋藤知事は、「よい県政をしていきたいという中で業務上の指導や注意を厳しくした」と表現しています。
前知事時代のパワハラを問題視した人は、この「業務上の指導や注意」の「やり方」を問題視したはずです。性根や意図、背景では無く、手法に問題があったのだと認識しているはずです。
愛があろうが、心の底から相手のことを思っていようが、パワーハラスメントに該当すれば、それはやはりパワーハラスメントなのだというのが、これからの社会での共通認識で合って欲しいと、自分は思います。
その意味で、シロクマ先生の「インターネットで民主主義が加速して良かったですね」という記事は、インターネットを利用して投票先を決定した人をバカだと呼び、彼らを選挙から排除すべきである、そうしなければ民主主義は壊れる、利するのは他国だ、という記事になっています。
そういう意味で書いたつもりでないのであれば、そう読み取れるようにおちゃらけた書き方をするべきではありません。すぐに改めてください。
5年前、同居している親父がアルコール依存になり病院へ強制入院させた。
その時の親父は完全におかしくなっていて、お酒を飲むことを辞めさせようとすると暴言を吐いて暴れた。
最終的には家出して夜中に突然家に帰ってきて暴れたりと地獄のような毎日を送った。
その結果、親父をアルコール依存病棟へ強制入院させることになった。
兄貴と親戚のおじさんに助けを求め、近所の公園で親父を捕まえて病院へ行った。
病院には事前に連絡していたのでついたらすぐに対応してもらった。
アルコール依存の病棟というと檻に囲まれた何もない部屋というイメージかもしれないが
実際に窓には檻がついていた。
収容されて数日は暴れる人がいるのでそういう部屋に通されれるらしい。
孫たちは元気かな?といった内容だった。
この段階では、正直もう一緒に住むのは難しいと思っていた。
家には3歳と1歳のこどもがいたし、奥さんにも自分の親のことでこれ以上迷惑をかけることはできない。
でも家族で何度も話し合い、親父が心から反省して自分の人生を変える覚悟があるのなら
もう一度だけ信じようという話になった。
入院期間は三ヶ月
その間に、親父とも何度も話した。
親父はまさか一緒にまた住もうと言われると思ってなかったみたいで
僕の奥さんにもその覚悟を今までのことを謝る手紙を書いてくれた。
「おそらくまた飲酒する可能性は高いと思ったほうがいいです。しかし監視ではなく観察し、最終的に断酒ができるようにすることが重要です」
とアドバイスをもらった。
対立の関係ではなく、一緒に断酒を行う仲間として支えていく支援の関係性が重要だった。
それから親父は頑張っていた。
健康的な生活を行い、家族のために自分ができることを率先してやってくれた。
孫たちも成長して幸せなじいじになっていた。
断酒が長いと少しでもアルコールが入ると顔が赤くなって分かる。
でも僕らは監視せず観察を続けた。
親父はきちんと病院に通い、一度アルコールを飲んでしまっても常習的飲酒にはならなかった。
親父は僕が知る限りもう3年くらい断酒できていると思う。
歳はとったけど以前よりも元気で明るくなった。
つらいことがあった時に飲酒し、苦痛が和らぐと脳が「酒を飲むと苦痛から開放される」と認識する。
それを繰り返すことで飲酒が苦痛を和らげる手段に変わっていく。
しかし、次第に依存していき、苦痛がなくとも酒を飲むこと自体が目的に変わってしまう
回りが監視し軽蔑し不信に陥ると強いストレスを感じ、それがまた飲酒に繋がってしまう負のループが親父にはあったのかもしれない。
結婚もしたいし子供も産みたいな〜(無痛で)って思ってるんだけど、よく考えたら自分は哺乳類を飼ったことすらないことに昨日お風呂で気がついた。カブトムシ(弟が手に入れたものに2回昆虫ゼリーを与えた)とメダカ(小学三年生・理科)(無難に餌をやり、クラス平均ぐらいの寿命で亡くなった)とカイコ(小学四年生・理科)(極小サイズの時に風で飛んで行ったのか永遠に目視できず、ひたすら土の上に漂う虚無に自分のカイコを見出そうとしていた)しか育てたことがない自分が子供を育てられるのか不安で仕方がない。今まで自分が当たり前だと思っていた将来のキャリア像がグラグラと揺れる感覚、今日一日中ぼんやり考えてしまっていた。ただでさえTwitterでは日本の子育て政策はアカン‼️って投稿ばかり流れてくるというのに。
とりあえず鳥類を飼おうと思う。脊椎動物の初手が魚類(メダカ)、次が人間というのは無理がある。友だちが櫻井翔のオタクをしているので、アヒルを想定している。
その謎を解明するために、ここでは逆の立場になって「増田の説明を受けた人の脳内」の一例を示してみるよ。
人の話が処理出来ない奴へのアドバイス
(人のことを「奴」呼ばわりって何?)
(「いいか」って偉そうだな。せめて「よろしいですか」だろう)
(「しろ」ってなんで命令形なん?せめて「しましょう」じゃないの?偉そうだよ)
(「聞き取る練習をしろ」って言っておいてなんで次に「書き取らない」って、読む話から書く話になってるの?)
・聞き取れなかった部分は、相手に質問する、録音を再生する、などして欠けた情報を埋める事
(「愚直にやれ」ってまた「やれ」とか、なんで命令形なの?)
(なんで今から小学生のドリルやらないとダメなんだよ。馬鹿にしてる。)
(「あんた」呼ばわりするな)
(加工?何の話?)
もっと具体的な話をしようか。
指示されたことについて、
(メモ取ってるよ)
・「相手が言っていない事を加えずに」要約することは出来てる?
(あなたの話は、要約できてるよ)
はっきり言うけど、これが出来ない人、多いのよ。
(思考回路が反応?そりゃ人間思考してるんだから、思考回路は反応するだろ)
(あなたの話もキャッチしてるし、自分の思考回路も反応してるよ)
(加工した情報が頭に残る?残ってないが)
当然「お前は指示を理解してるのか?」と、言われることになるわけ。
(だから「お前」呼ばわりするな)
指示した側の立場になってみれば分かるよね。
・「お前何言われてもないことしてんのよ」
となる。
(なんでタメ口で話かけられなきゃならんの?こちらは敬語だぞ?)
・「言われたことだけ」を愚直に記録し
事なんだよ。
(言いたいことは分かるけど、話し方が上から目線すぎて冷静に聞いてられないよ。もう一回、話し方を丁寧にして話してくれよ。メモする時間も無いよ)
(時間も余裕も無いのに、記録しろ要約しろって、無茶を言ってるよ。30分ぐらい時間くれよ)
恐らく現状対応するべき事は、指摘者の話の中に含まれていて、それをお前がキャッチできていない可能性が高い。
少なくとも、正しく情報が聞けていれば、あとは個々のトピックの理解レベルの問題になっていき、課題の各個撃破が出来るようになるはずなのだけど、この書き込みからは、その前段階でつまづいているようにしか見えないのだよね。
(きっと、あなたの話を私は正しくキャッチできてないんだろうと思うけど、あなたの話し方が偉そうすぎて、腹立って冷静に聞けないよ)
人は、相手の話を聞くと、自分の頭の中で、自分の考えが走りそうになるんだ。多分これは人間の仕組み。
でも、その動きを一旦抑えて、相手が何を話したかを正確に聞き取れるかどうかで、差がついてくる。
ただ、相手が何を言ったのかを加工せずに、保持し、記録しろ。情報に欠落があれば、その点を直後に(当人でも、同席者でも)確認しろ。
(正確に聞き取りたいけど、口調が偉そうすぎる)
(あなたの口調が気になりすぎて、聞き返すのもしんどいんだわ)
(言ってることは分かるよ)
今俺が言ってるトレーニングの中には、「相手の言っていない事は絶対に書き取らない」がある。
悪い癖がどうしても抜けない40代もいるのよ。
(「悪い癖が抜けない40代」とか、なんで上から目線なんだよ)
(こう言った時に勝手に小学のドリルをスキップしないのも大事だからな。何故小学からやり直すのか、を知りもしないのに勝手に手順を変更しない事)
(「知りもしないのに」とか、馬鹿にしてるよなぁ)
(何故小学からやり直すのか、そこを説明してくれよ。納得できないよ)
自分もこのトレーニングをやって、それまで本当に自分が相手の話を聞けていなかった、と涙したね。
トレーニング後は、一気に仕事が回るようになって驚いたよ。上司と話をするのが簡単になったし、他部署、他企業といった他流試合もよりスムーズに回るようになった。
人の話を正しく聞けるって、本当に大きいからな。
(なんだよ、あなたも話が聞けなかった側だったのか。。。最初からそう言ってくれれば、こちら側だと先に言ってくれれば、私もここまで腹が立たなかったのに)
(やっと、あなたの話を聞く気になったよ)
ところで、僕がここまで書いてきた事、ちゃんと頭に残ってる?
(頭に残ってるのは、たぶん正しいことをあなたは言ってると思うけど、話し方が上から目線すぎて、その印象しか残ってないよ)
(情報量もそうだけど、話し方が一番私にとっては障壁だったな)
そんな時には要約が必要となる。
そんな時には、相手の言った事や書いたことの情報量を減らして記録する必要がある。
大事な事は、
という事。
意味が限界まで変わらないようにしつつ、情報量を圧縮する。この練習を仕事の中でやれ。
自分がただお呼ばれしてるだけの会議があったら、議事録を取れ。そして添削してもらえ。
添削時に議事録の中で表現の書き換えをしてくる奴は師匠には向いていない。だから、別の師匠を見つけて議事録のスキルアップのお願いをしろ。
(やっと話が頭に入ってきたよ。最初からあなたも元々話を理解できない側だと自己開示してくれていたら、印象は違っていたのに。。)
(要約するよ。議事録も取る)
(別の師匠、って言っても、今の職場は二人チームだから無理なんだよ。。)
という事で全てを書いた。
(相当難しいけど、試してみるよ)
(わかったよ)
まあ、ここまで言ってもなお、自己流に固執するなら、一生もがき苦しむんじゃない?毎回人の意見の読解に失敗して、全てを間違えるんだから。
(きつい言い方だな。嫌味を言う必要なくない?)
(あと、全てを間違えるとか言うけど、そもそもあなたの言葉は全部正しいの?)
それが嫌だからここに書き込んだんでしょ。
だから、頑張れ。
(頑張るよ。でも「頑張れ」って命令形を使わなきゃいいのに。「一緒に頑張りましょう」とかさ)
(まぁ頑張るよ。ありがとう)
一時期、人の指示を全然処理できない40代を複数名、相手にしてた事がある。
その時の経験から、ちょっと気づいた事をアドバイスしてみるよ。
・聞き取れなかった部分は、相手に質問する、録音を再生する、などして欠けた情報を埋める事
これを仕事の中で出来る限り愚直にやれ。最適なのは議事録を書くこと。
※半年経っても伸びないなら小学・中学の国語ドリルを小学三年生分から全部やって、スキルアップをブーストさせる事。
この一文に問題が現れている。
・話が「理解」出来ない、と言うけど、何で話を「理解」しないといけないの?
・話を「理解」出来なかった後に「思考停止」するってどう言うこと?話聞くのをやめたの?
ということ。
もっと正確に言うと、相手の話は耳に入っているんだけど、それを素材に、自分で考え、情報を加工してしまっている癖がある。
もっと具体的な話をしようか。
指示されたことについて、
・「相手が言っていない事を加えずに」要約することは出来てる?
はっきり言うけど、これが出来ない人、多いのよ。
相手が喋っている時に、相手の言葉に自分の思考回路が反応しちゃうの。そして、自分の世界に入っちゃうの。
その結果、相手の話をキャッチする代わりに、自分の思考回路で加工した情報が頭に残ってしまうのよ。
当然「お前は指示を理解してるのか?」と、言われることになるわけ。
だって、言われてない情報に、自分で加工しちゃってるんだから。
指示した側の立場になってみれば分かるよね。
・「お前何言われてもないことしてんのよ」
となる。
それをあんたは、「話し手の意図を理解する」事でカバーしようとしてきた。相手の意図が理解出来てればズレないだろう?って。
違うんだよ。
話し手の立場になって考えてみなよ。余計な忖度して勝手に動く奴に、細かい指示なんか怖くて出せなくない?
そして、細かい指示出せないような奴に、もっとレベルの高いお願いなんか、出来なくない?という事。
・「言われたことだけ」を愚直に記録し
事なんだよ。
恐らく現状対応するべき事は、指摘者の話の中に含まれていて、それをお前がキャッチできていない可能性が高い。
少なくとも、正しく情報が聞けていれば、あとは個々のトピックの理解レベルの問題になっていき、課題の各個撃破が出来るようになるはずなのだけど、この書き込みからは、その前段階でつまづいているようにしか見えないのだよね。
人は、相手の話を聞くと、自分の頭の中で、自分の考えが走りそうになるんだ。多分これは人間の仕組み。
でも、その動きを一旦抑えて、相手が何を話したかを正確に聞き取れるかどうかで、差がついてくる。
ただ、相手が何を言ったのかを加工せずに、保持し、記録しろ。情報に欠落があれば、その点を直後に(当人でも、同席者でも)確認しろ。
そして、可能な限り、相手が話した内容について、理解できるまで質問をして補完すればよい。
最近、ホストに国語ドリル解かせる動画がバズってるのは知ってる?
1:40ごろから観て欲しいのだけど、
全てを間違えてしまう
これが全て。
家族とのコミュニケーションとか、友達と遊ぶレベルであれば表面化しないけど、仕事では結構残酷に表面化するんだよ。
今俺が言ってるトレーニングの中には、「相手の言っていない事は絶対に書き取らない」がある。
悪い癖がどうしても抜けない40代もいるのよ。
大抵は国語力が欠けていて、勝手に脳内で情報補完する癖がついてるわけ。
もし、改善スピードが上がらないのであれば、小学・中学の国語ドリルからやった方が良い、ということ。
(こう言った時に勝手に小学のドリルをスキップしないのも大事だからな。何故小学からやり直すのか、を知りもしないのに勝手に手順を変更しない事)
相手が言った事を正確にキャッチする訓練が、あんたには必要なんだ。
世の中では、コーチングとかカウンセリングをやろうって人は基本、相手の話を聞くトレーニングを教育過程の何処かでやる。いわゆる傾聴って奴だ。
ぶっちゃけスクールでは出来ない人はとても多いけど、一人前にやってけるようになった人は、みんなこれを身に付けてる。
自分もこのトレーニングをやって、それまで本当に自分が相手の話を聞けていなかった、と涙したね。
トレーニング後は、一気に仕事が回るようになって驚いたよ。上司と話をするのが簡単になったし、他部署、他企業といった他流試合もよりスムーズに回るようになった。
人の話を正しく聞けるって、本当に大きいからな。
なお、この話は余談で、この手のトレーニングを受けろ、という話ではない。
ところで、僕がここまで書いてきた事、ちゃんと頭に残ってる?
ここまで書いてきた事を一字一句、メモに取るのも練習だけど、ちょっと情報量が多いんだよね。
そんな時には要約が必要となる。
そんな時には、相手の言った事や書いたことの情報量を減らして記録する必要がある。
大事な事は、
という事。
意味が限界まで変わらないようにしつつ、情報量を圧縮する。この練習を仕事の中でやれ。
自分がただお呼ばれしてるだけの会議があったら、議事録を取れ。そして添削してもらえ。
添削時に議事録の中で表現の書き換えをしてくる奴は師匠には向いていない。だから、別の師匠を見つけて議事録のスキルアップのお願いをしろ。
(追記: 正しい表現に直すのは必要。だが、全然違う表現に直す癖がある奴に教えを乞うのはよくない、という事)
という事で全てを書いた。
要は相手の話を正しく聞けるように、癖を直すためのトレーニングを指示通りに愚直に行え、という事だ。
それが今より出来るようになる事が、読解力向上への道だ。自分の解釈を捨てて、正確に情報を取る練習をしろ。
自己流ではもう伸びない。気持ちはわかるが、今はそういうステージにいないことを理解した方がいい。
まあ、ここまで言ってもなお、自己流に固執するなら、一生もがき苦しむんじゃない?毎回人の意見の読解に失敗して、全てを間違えるんだから。
それが嫌だからここに書き込んだんでしょ。
だから、頑張れ。
バズったので補足エントリを書いた。
群馬県高崎はパスタの町なんて名乗ったり言われたりパスタが名物だとされているが、じゃあ高崎パスタってどんなのが特徴なのよ? といわれるとなかなか返答がない。表現しづらいのも地元民としてわかる。
そこで地元民が高崎パスタの特徴を説明する。ちょっと長くなるが興味ある人は読んでほしい。
このダンスィのむすっこが誕生日を迎えるにあたって、友人と誕生日会をやりたいと言ってきた。なんとダンスィ2人と女子1人が来ちゃうのだそうだ。まじかよ。むすっこ。金星じゃん?その年齢で女子誘えたのか。思ったより出来るやつだったんやな。その偉業にめんじて、よーしママなんかつくっちゃうぞー!これでもママはクックパッドを検索する腕は上級者なんだからね!
ダンスィは食う。ときに異常なほど食う。そして食えないとしょんぼりする。高級な料理(たとえばローストビーフとか)はもちろん作れる(断言)のだがコスパが悪い。なんかこーおしゃれで腹に溜まって子供が喜ぶのはなかろうか? そこでパスタが登場。嘘。間違えた。パスタじゃない。スパゲティだった。
乾麺をだーっとゆでて、野菜と魚介とかいれて、にんにくいっぱい、トマトはスープ風にだばー! 完成!
これが高崎パスタ。This is gunma spageti!
ちょっと料理が出来る(自慢の奥さまぱわー)が作った家庭でできるちょいハイカラ料理。でも、多量に作っちゃったせいで、インスタ映えとかはあんましない。材料細切れだし。でも大盛りがデフォだし、食べるとなんかホッとする。シェフの作った味じゃないけど、どことなく良い。っていうか、スパゲティなんてこれで良くない!?とおしゃれを標榜しつつおしゃれに徹しきれずに逆ギレ。これが高崎パスタだ。
魚介は必須じゃないし、時にはトマトではなく塩味であることもある(オイルソースではなく塩味といってしまうところに注目)。でも、その背景にある精神性はこれ。これでええやろ。誰が文句つけるのだ。こちとら日常食やぞ!
そんな高崎パスタに興味を持った方は是非群馬にどうぞ。グルメ向けじゃないかもしれないけどあなた向けのスパゲティ屋がたくさんあります。
11水先案名無い人2012/12/09(日) 19:24:36.89ID:6+ES5Qvf0
■腐女子の特徴1
・語尾に「~なんでしょ?」「~ば?」などの威圧的な言葉を良く使う。
・煽るとき文末に大量の「w」を入れる。「~(ry」を多用。自分の意見に自信が無い証拠。
・「おおむね同意」「禿げ上がるほど同意」と意見や嗜好の一致をやたらと強調し、お仲間を作りたがる。
・注意されたり叩かれたりすると「嫌腐厨」「腐女子認定厨」等と、無理矢理な造語で責任転嫁を試みる
・黙っていればいいのに、「私女だけど、一緒にしないで!」と自己申告。アタマ一つ抜けたがる。
・煽り合いにも「ロリ」「デブ」「不細工」「モテない」「童貞」などといった悪口を使う。
・排他的意識が強く、自分に意見や注意をする相手を躍起になって排除しようとする。
・レスのタイミングは必ず「後出しジャンケン」。先手は取れない。
・相対的希薄化の例として「キモヲタもどっちもどっち」「2ちゃんにいる時点で漏れも藻前も痛いがな」などと、
同じ穴の狢定義をして自分のみっともなさをうやむやにしようとする。
・一般人にも嫌われている事実を認めたくないが為に「どうせキモオタが」「ヒキヲタニート」と、あらかじめ相手をキモオタ認定。
・絶対に自分だけが悪者になるのは耐えられず、どうあっても誰かを巻き込もうとする。
・「モチツケ」が得意。相手が平静を失っていると決めつけ、まずは精神的優位に立ち、
『荒れた場をなんとかしようとする親切な大人のお姉さん』になりきろうとする。
・だが持論を反論され、更に脊髄反論を試みる時もやっぱり第一声は「モチツケ」。自分が一番落ち着いていない。
12水先案名無い人2012/12/09(日) 19:45:04.09ID:6+ES5Qvf0
■腐女子の特徴2
・スレの題材をけなされたり、批判されたりすると煽りでも黙っていられない。
・まっとうな意見でさえ「スルー汁!」と聞き入れない。どっちにしろ半端に相手してしまう。
・言葉の間違いや言葉尻をとらえ、些細な事で揚げ足をとる。本題以外でしつこく相手を叩いたり煽ったりする。
・スレタイやテンプレだけ読んで怒り、既にレスが500超えているのに唐突に>>1やテンプレ叩き。
・たとえ正論であっても煽り口調で書かれていたら、煽り返さずにはいられない。
・すぐにヲチしたがる。
・「私はモテる!」「私はデキる!」「私はわかってる!」ということをやけに主張する。
・叩かれまくっても絶対に負けを認めず、必ず最後に捨て台詞を吐いてから話を終わらせるのが大好き。
・やたらと勝ち負けに拘るが、そもそもルールを守ってない時点で反則負けだという事が理解できない。
・な ん で 文 句 を 言 わ れ る の か 全 く 自 覚 が な い 。
・文章を読まず、0か100かの思考に持ち込む被害妄想が得意。女全体と特定していない書き込みに対しても、
「男だって~」「女にも理論的なのはいるわよ!」とムキになって反論し、すぐバレる。
・同性愛板で嫌われている事、801板でさえ嫌われている事もスルー。どちらも叩く。
・2chは誹謗中傷なんでもOKな場所だと勘違いし、とりあえず好き勝手に暴れておけば
アウトローぽくてカコイイ!バイオレンスで危険なアタシカコイイ!と暴走。
・自分はウザい女だと思っていないので、攻撃対象がウザい女全体になりそうになると「スレ違い」とか、
「男女板に行け」などと言う。しかも後者は男女板に対する女特有の偏見に基づくもの。
・「厨行為をする腐女子は迷惑。私は自重してる腐女子」などと自分だけはまともであると主張。
・陰謀論・政治的話題を持ち出せばその場を煙に巻けると本気で信じている。
・最近は、「腐男子」「腐兄」「嫌腐」という言葉を必死に流行らそうとしてはいるが定着はしていない。
13水先案名無い人2012/12/09(日) 19:47:46.02ID:6+ES5Qvf0
・同人系、ヲチ系に多い。 年齢層は広く、リア厨~主婦まで色々いる。
「自分は痛い、変態だということを自覚しているだけマシ」という論理で同類を攻撃。
・反論があると「嫌なら見なければいい」と言いつつ、自分は不愉快なサイトを好んでヲチ→叩く。
・反対意見は全て本人か関係者と認定して叩く。完全な思考停止状態。
・2chは誹謗中傷OKな場所だと勘違いしている者も多い。人格ヒエラルキーの最下層。
オバ厨型
・どこにでもいるが化粧、芸能系に多い。 硬派と思われる漫画や小説・映画などのスレにも巣食っている。
・主に20代後半以上の女と思われる。
・「私は冷静な大人」と思っているのか、言葉の節々に子供をなだめるようなニュアンスを込める。
・率先してスレの自治に務めるも、それがかえって荒らしを煽っていることに気付かない。
・言い負かされることを極端に嫌い、発言に保険をかけたりもする。 萌え抜きで語れる、賢い頭の持ち主だと思い込んでいる。
空気読めない型
・どこにでもいる。 自分が浮いた発言をしていることに自覚がない。
・年齢層は低めか
・馴れ合い重視型
・どこにでもいる。 顔文字やAAを多用し、場を和ませようとしているらしい・・・が、実際はひかれている。
・「空気読めない型」と層がかぶっているが、こちらは攻撃発言はあまりない。
・他の掲示板と2chのノリを混同している、非オタク女率が高めだと思われる。
16水先案名無い人2012/12/09(日) 21:56:46.09ID:6+ES5Qvf0
250 名前:チラシ ◆4PFx7PdJkA [sage] 投稿日:2007/09/19(水) 14:44:08 ID:TJWawS470
彼が休日に出かけた。
ただの飲み会と言いつつ、それに行ったのは会社の女の子と二人っきり。
何にも無かったとは言え、なんでわざわざ休日に彼女を放って置いて行けるのかなと激怒。
彼いわく「普通の女の子の話とかってどんなのかな?ってちょっと興味があっただけ」
その言葉にも傷付いて、完全にふてくされた私は唐突に彼と彼の幼馴染の友人の801ストーリーを書きなぐり。
怒りのあまり、彼×幼馴染ハード系36pを3日でがっつりと描けた。
我ながら良く出来たと惚れ惚れする作品に仕上がった。
私の友人が興味を示し読まれた。大爆笑と共にモエモエしてくれた。私もなんかスッキリした。
彼はかなり引いて、反省してもう2度としないと謝ってきた。
友人から話が漏れて、幼馴染の友人君もその作品を見て(見たいと言ってきた)「なんか入れられてるし!」
「なんかかけられてるし!」「出すな出すな!!」「なんで何もして無い俺がこんな一番酷い目にあってるんですかね!!」
17水先案名無い人2012/12/09(日) 21:59:19.58ID:6+ES5Qvf0
■教育の中での実害
552 名前:名無しの心子知らず[sage] 投稿日:2009/05/21(木) 15:01:21 ID:fPxWWN7X
カチンと来た、とは少し違うかもしれませんが。
少し前に、小学三年生の息子が泣きながら帰ってきました。
家に駆け込んできたと思ったら、息子が大好きだったアニメキャラのぬいぐるみを
つかんでいきなりゴミ箱に投げ込もうとしたので、あわてて止めました。
何だか興奮しているらしく、様子がおかしかったので少し落ち着くのを待って
話を聞いてみたんですが。
同級生のA子ちゃんに「そのアニメキャラが好きなんて、息子君ホモなんでしょ」と
言われたと…
気持ち悪いからそんな事を言うのはやめて、と抗議したそうなのですが
「そのキャラは別のキャラ(男)と本当はつき合ってるの!だからそのキャラが
好きなら息子君もホモに決まってる!」と大声で言われて恥ずかしかったと。
そのうち女子が何人も集まってきて、一斉に「息子君、ホモだったんだー」と
はやし立てられたそうです。
息子は泣き疲れたらしく、今はアニメキャラのぬいぐるみを抱えて眠ってます。
私かなり腹が立って、さっきA子ちゃんのお母さんに電話をしたんですが
何だかよく分からない事をごちゃごちゃ言われてしまって…ホモの何が悪い、とか
息子君は目覚めるべき、とか…ものすごく気持ちが悪くて、止めて下さい、とだけ
ちょっと変わったお母さんだな、とは思ってましたけど。
これからまた何回も顔合わせ無いといけないのに…本当に気持ち悪くて嫌です。
565 名前:552[sage] 投稿日:2009/05/21(木) 16:10:20 ID:fPxWWN7X
だから余計に分からないんです。タママ二等兵なら少しはそれっぽいかもしれませんが。
もしかしたら、実際にはどうとかぜんぜん関係ないんでしょうか…
みなさん、いろいろありがとうございました。おかげさまで少し落ち着きました。
18水先案名無い人2012/12/09(日) 22:43:36.62ID:6+ES5Qvf0
■恐るべき化け物、それが腐女子
ではなぜ腐女子はそれほどまでに恐ろしい?
腐女子は弱点だらけだ
もてる女を嫌い できる女を嫌い ファッションや化粧は身を焼く
デッサン・伏線・ストーリー・男の友情を理解できず 現実に目をそむけ 恋愛に目をそむけ
ほとんどの腐女子はコミケでしか動けず 安息のねぐらは唯一ツ暗く小さなコミュニティだけ
インテグラ 何故だかわかるかな」
「それは決定的ではない」
「アク禁にしないと死なない事?」
「少々役不足だ 倒す法はそれに限らん」
「それは確かに恐るべきことだ だが無敵か、とは少し違う
「そうだ 腐女子が触れたものは皆腐ってしまうのだよ インテグラ
物語としてでなく ただ彼女の本能に従って作品を消費する『キモオタ』だ
女の形をした『キモオタ』なのだ これを最悪といわず何をいうのか」
19水先案名無い人2012/12/09(日) 22:47:52.14ID:6+ES5Qvf0
●キモさとウザさを同一視されがちだが実際は違う。男のオタクと腐女子
キモヲタには(2ちゃんで)うざいキモヲタと空気が読めるキモヲタがいる。
これらは全部別個の属性・特徴。
だってキモい女ヲタの中でも行動がウザイ奴を腐女子って呼んでるんだから。
「ウザイ腐女子」はトートロジーなんだよ。「痛い頭痛」と同じ。
まぁそういうことだ。