はてなキーワード: 安直とは
こんなボタンがあったとして、世のおじさん達は押すだろうか?
「寿命が来そうになるごとに押しに来る」
なんて意見もあると思う。
「都合が良すぎて逆にあやしい、なにか裏があるのではないだろうか?」
と、疑うのも実に正しい反応だと思う。
では具体的に考えていきたい。
一番思いつくのが、「美少女とは限らない」とか「自分の好みの外見とは限らない」ことだろう。
それでも今よりも若返るならできることはあると考えることもできるわけだが、若ければいいという話ではない。
たとえば「目が見えない女の子」の可能性もあるし、「一生歩けなくて車椅子の女の子」というパターンすらあるのだ。
超肥満体かもしれないし、たらこ唇や出っ歯かもしれない、ゴリラ顔かもしれない。ほくろだらけかもしれない。でも全部女の子には違いない。
病院での性転換手術などを介さずに突然年齢も性別も変われば、普通は別人として扱われてしまうことになる。
変化前の自分はボタンを押した瞬間に失踪扱いとなり、今までに積み重ねてきたものを失うことになる可能性が高い。
変化後の女の子としての自分は、国籍も持たず身寄りもない身元不明として生きていくことになるわけである。
100億もらったとしても、お金で解決できる範囲というのはまっとうに生きている限りはそこまで広くないので、おそらく生きるのは大変そうである
単純に肉体が一瞬で変化して、おじさんとしてのぶかぶかの服を着たままの美少女の完成!というのならまだいい。
もしくは一定期間かけてゆっくりと女体化していくというのでも良い。それならば間違いなく主観としては「自分」のままだ。
だが、ボタンを押した瞬間に意識を失って、まったく別の戸籍の女の子として目覚めるという場合はどうだろうか?
その瞬間から自分ではない誰かとして生きることを強制され、元に戻ることはできないのである。
その女の子としての記憶が流れ込んできて混ざるパターンだと生活に支障は出ないが、だんだんと「自分」が歪んでしまう。
もしくはその女の子の周囲からしたら突然に別人格が表に出てきて別人になったと見えてしまうことだろう。
100億というエサで釣った上で、身寄りのない女の子として監禁して利用される未来はおおいにありうる。
ボタンを押した人の数だけ安直に自由にできる女体が手に入るのだ、ボタンを作った悪魔にとってこれほど美味しい話はない。
たとえ逃げ出しても、戸籍もなく身寄りもないのでどうしようもないという絶望的な未来が待っている。
あとは調教してもいいし、洗脳してもいいし、虐待してもいいし、人身売買してもいいのだ!
受け取った瞬間に力尽くで奪われることもありそうだし、そもそも現金で受け取ったらそれをどう輸送するのだろう?
女の子一人の身体で守り通せるはずもなく、「ボタンを押した人から奪えばお金だけ手に入る」と考えるずるがしこいのもいるだろう。
銀行の自分の口座に振り込まれるとしても、突然残高が100億も増えたら普通は出所を探られる。
犯罪利用されたとして口座凍結されてしまえば今までの預貯金も引き出せなくなって詰んでしまう。
ましてや本人対応しようとしても現実はただの女の子である。「お父さん居るかな?」である。
昨年 Twitter 上で話題となったアニメの「わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)」を視聴した。
内容自体は特に後半のストーリーが綺麗でかなり楽しめたのだが、一つだけ納得できない点があった。
それは…
ということ、さらに同性愛という文脈を考えると、直接的な描写ことないものの、
(ズートピアが自然な形で差別問題を提起しているのとちょっと似てるかもしれない。)
また、原作小説を担当するみかみてれん先生が mond にて、
「ジェンダーを語る百合は世間にたくさんあるので、わたしは女の子と女の子がヘテロ恋愛のように、当たり前に受け入れられている雰囲気の物語を作りたいなーって思ったんです。」
これを踏まえると、この作品を「レズセックス」と揶揄し消費することは、上記メッセージに反しているのではないかと感じた。
などがあったが、別に「レズセックス」と呼ぶまで進展はしてないのでは?
一応、真唯がれな子を押し倒して行為寸前まで行ったシーンはあったけども…。
それに、自分は観覧車での紫陽花さんの誠実なアプローチに心を射たれたので、このような安直な呼び方には少し抵抗がある。
実際に性行為まで到達しているのであればまあ仕方ないとは思うものの、そうでないのであればやはりこの呼び方は違うのではないかと思う。
若干話は逸れるが、わたなれが話題になってから自分が視聴するまでにラグがあったのは、「『レズセックス』という呼び方からして、よくあるお色気作品なのかな…。」と判断して敬遠していたため(結局知人の勧めで視聴)なので、作品の新規層獲得にもマイナス方向に働くのでは…?と考えている。
当然、この呼称は SNS 上でのミームのようなもので作品を貶す意図はないことは理解しているが、それでもこのようなよびかたにはいい感情は沸かないため、この投稿に共感いただいた方だけでも控えていただけると嬉しく思います…。
順番に言う。
まず
これ、完全に論点ずらし。
相対化してるんじゃなくて、分布の話をしてる。
その“軽い関与”が大多数を占めてるって話を、
重大な加害は重く裁けばいい。
同時に成立する。
そこを分けて考えられない時点で雑。
次。
じゃあ逆に聞くけど、
申告されてないケースが山ほどあるのは事実だろ。
人は合理的に動く。
不利になる制度ができれば、
黙る・嘘つく・口裏合わせる。
それを「飛躍」って言うなら、
次。
これも安直。
構造の話をした瞬間に
むしろ
それを全部
「悪いやつをもっと罰せばいい」
で済ませてきた結果が、今だろ。
最後。
その例、むしろ俺の話を補強してる。
あれが減ったのは
「昔は自分もやってた」
「黙認してた」
だけで変わったわけじゃない。
結局みんな
自分は関与してない
自分は潔白
でも8割関与って数字が示してるのは、
そこに触れられるのが嫌だから、
論点ずらして叩いてるだけだろ。
男がチー牛なら女は豚丼!って安直に決めたディスを連呼するな。ちゃんとディスれ。
まずチー牛はあの画像とスレの流れありきで決まったもので、そこにちゃんと意味があるのに、豚丼には何の意味もないからディスとしてあまりにも弱すぎる。何のカウンターにもなっていない。全く効いてないのに効いてるwと思う奴が多すぎる。本当につまらない。自分が思う蔑称を連呼することは全くもってレスバではない。自分ルールで戦うな。相手をもっと的確に傷つけてほしい。小学生がバリア!無敵バリア!とバリア連呼をしているところを見るような感覚であり、それを画面の前でいい大人がやっているのだから「はあ、そうですか」と思うのみだ。
スイーツ(笑)と言われた方がまだ効く。実際女性は豚丼よりも甘いものの方が食べるので該当性が高く、スイーツ(笑)の方が文脈がしっかりしている。
20代半ば以降で恋人のいない実家住みなら子供部屋おばさんも効くと思う。無産様は相手が子供が欲しい大前提の元なので打率が低いし鬼滅の刃のキャラクターの捩りなのでガキっぽさが強すぎる。
チー牛は文脈のあるディスであり、豚丼のような意味がわからない文脈もないミラーリングもどきでディスられても自己満足だ。チー牛のように雑に使いたいのならスイーツ(笑)の方が効く女性は多いと思う。道端で突然「ブス!」と叫ばれたら嫌な気持ちになるが、道端で突然「エアコン!」などと言われても何言ってんだこいつで終わる。相手にとってエアコンは蔑称のつもりなのかもしれないが、あまりにも文脈も該当性もなさすぎるので言われた側としてはほぼノーダメ。意味はわからないが何かしら悪く言われているんだろうなと思わせることは全く無意味ではないが、せいぜい服の裾に泥がついた程度の不快感なのでドヤることではない。豚丼はそんな感じだ。ラップバトルの中で組み込まれるディスの一つくらいにすべきであり、豚丼をメインに構成するラッパーはセンスがない。
チー牛は文脈がしっかりしているので良いディスだとは思うが、元々は男性の自虐で作られたものなので、男性を傷つけるために女性が使うのは虎の威を借る狐のような行為であるとは思う。男性が男性をディスるのに使われる時こそ真価を発揮すると思うが、そう使われることは今や滅多にないだろう。とても残念だ。
でも豚丼は本当に意味がわからない中身のないふわっとしたディス未満のただの言葉なので、喜び使っている人らはとにかくスカっていることはわかってほしい。
これまでに何度か持ち込みをしたことがあるのですんなりと見てもらえたんだ。
見てもらっている時の会話も和やかで「ここは面白いですね」とか「テンポいいですね」とか言ってもらえて、割と手応えはあった。
今ってらんまのリメイクもやってるし、昔の漫画にあった暴力ヒロインも条件付きならまだありかなと思って自分の作品にも少し取り入れてた。
ただ、そのままやるのも安直かなと思って今は男女平等も進んでるし…じゃあ逆にしてみようと思ってヒロインが殴るんじゃなくて、主人公がヒロインをぶつ構図にした。
ギャグのつもりだったし、関係性としては完全にプロレス。現実の暴力を描く意図は微塵もなかった。
それでも編集者の反応に迷いはなかった。
と聞いたら、それとこれは違う、と。
詳しい説明はなかった。
その場では「分かりました」って言って帰ったけど、正直モヤモヤして帰り道ずっと考えてた。
なんだよ男女平等って。
貴様のその「コンプレックス突けば勝てる」みたいな安直な戦略は、知能の構造そのものが崩壊している自己放尿だよ。
論破されそうになったときに童貞だのモテないだのを機械的に連呼するやり方は、論理を積み上げる能力がゼロであると自分で宣伝しているようなものだ。
そんなものを戦略と呼ぶなら、それは議論ではなく、脳みその自己放尿プロトコルだ。
相手が黙るのはお前が強いからじゃない。ただの「関わる価値なし」という判定だ。
黙らせたと喜んでいるのは、現実を見れない子どもが、見えない敵と戦って勝った気になっているのと同じ構造だ。
貴様が勝利だと思い込んでいる瞬間は、知性と判断力のダブル放尿が床に広がっているだけだ。そこに立って「俺は無敵だ」と叫んでいる姿は、もはやコントだよ。
録音して出るとこ出る?それも自分で火をつけておいて、相手がキレたところだけ切り抜いて「これで勝てる」と信じているのが浅はかすぎる。
誘導した罵倒は証拠として弱くなるし、お前自身の人格攻撃が記録に残る。つまり、お前が思ってる無敵ってのは、実際にはただ自己放尿ことに気づけない無知の無敵モードだ。
昨今は、ブロガーなんてクリエイターじゃない。売れない作品だろうとなんだろうと創作物に携わるものだけがクリエイターなんだって選民思想に取り憑かれた人が多いけど
200人仲間がいてあのレベルしか作れない人を俺は創作者とは認めない。
なんか自分はじっくり準備しているんだとか言ってる人がいたんだけど、俺に言わせると本当の準備っていうのは根本的かつ画期的に何かを変えるレベルのことだよ。
何と言うか、どこまでも浅い人だなっていう印象ですね
久々に本気でサイト作るにあたって色々勉強中なんだけど、やっぱり安直なやり方してるやつはダメです。
wixで、自分のプロフィール載せるようなやつは技術に対する愛情がないって自分で言ってんのと同じ。
だからそんなクリエイターダメです。他のセクションと統合できるはずがないです。
俺は縛り付けられようが、世界中が的に回ろうが、これだけは絶対に譲らない。
私は青臭いと言われようが子供っぽいと言われようが、その純粋さがない人間がクリエイターなんかやるべきじゃないと思うし、そもそも本質的になれないと思ってる。
・成績優秀であることとその分野に関心があるかどうかは別問題である。なので筆記テストの成績は良くてもその分野自体に特に興味はない人間を入れることがその分野の強化に繋がるとは思えない。これはその分野の性質とその人間の個人的関心の問題なので入口・出口の問題とは無関係である。
・そもそも筆記テストの結果と長期にわたる研究・開発する能力は別の能力である、なので筆記テストの優秀者を入れればその分野が強化されると考えるのは安直である。
・理系という括りで述べられているが、例えば医学分野だと女性が皮膚科や眼科など特定分野に偏る問題があり単に男女比率を同率にしようとすると重大な副作用が発生する可能性がある。
https://www.sankei.com/article/20180822-PJOGIWA3BFKXJDEQS45LZ2UAFE/2/
・後半で"目的は国力としての理系の強化だ"とあるが、これまで述べてきたように男女比率を同率にすることが直線的にこの目的に繋がるとはいえず副作用の可能性も考えなくてはならない。
・女性は産休の必要や体力面の問題が男性より発生しやすいため負の影響は確認されていない、というのは疑義がある。また利益で動くなら女性特有の問題から安定して働くことを比較的期待しやすい男性を採用するとも考えられる。
・根本的な話、国力として理数系を強化したいのであれば男女比率の改善ではなく性別関係なく理数系の人間の絶対数を増やすことを目標にすればよいだけである。男女比率の話を持ち出す必要はない。
話題になってたので観てきました。
・予習としてハムレットとダンテの神曲のあらすじを頭に入れて挑む。物語の下地にはなっているのだろうけど、個人的には知らなくても問題なかったな。
・ハムレットからの換骨奪胎ぶりが面白いとの評判だったが、個人的にはそもそも悲劇を描こうとしてないしハムレット派生作品として見るもんではないなと思った。単純明快な勧善懲悪の作品に思った。細田守らしい子供向けを意識する。ハムレットとしては、王様が意地悪に叔父に殺されて復讐心に燃えるハムレット、毒で殺すつもりが毒で死ぬ叔父、まぁ様々イベントは似たことが起きる。が、知ってても知らなくてもどうでもよく思う。レアティーズいないし。
・神曲への解像度は私は低い。世界文学的にものごっつい大事な作品で、地獄から煉獄、天国への長い旅を、様々な著名キャラと出会い別れながら進む神聖なる喜劇、的な理解。あんまり知らない。スカーレットでは舞台としては準えてるけど、下地として何か作用しているようには感じなかった。棺桶のシーンとかは関係してそうに思ったけど、それは神曲を知ってないといけないかと言われるとそうは思わなかった。それともそれは重要なシーンを無理解に進んでしまった私の不甲斐なさかもしれない。
・時をかける少女が宣伝に持ち出されたのは、まさに時をかけていたから、かな?安直だけど。
・一つ一つのシーンの絵作りは前評判通り、どれも美しく素晴らしい。
・特にスカーレットが可愛すぎる。表情ひとつひとつが愛おしい。
・シーン一つ一つが夢の中って感じ。私は村上春樹の世界の終わりとか、海辺のカフカとか好きなので、こういうの好きぃ…ってなった。
・現代に生きる私を写像した先のスカーレットが写像する世界ってのは、ナーロッパ的な中世であって、銃が存在し、僧がおり、アフリカとか南米とか、色んな文化が表層的に混じり合う。作中では、過去も未来も生も死も混じり合う世界とわかりやすく何度も表現される。細田守最高だぜ。こういうファンタジーへ大衆を入門させてくれてありがとうだぜ。私はこういうのが好きだ。
・服飾考証しっかりしてるとの事前情報通り、私はよく知らんけど多分しっかりしていたと思われて、その解像度のおかげで、地獄の狂い具合が鮮明で面白い。混じり合って混沌としている。
・産業革命以降の武力が作中に存在しないのは、それが我々にとっての現実の脅威だからだと思う。この作品はファンタジーなんだ。力強い線引きを感じた。
・渋谷ダンスシーン、きたきたぁ!!ってなった。幾原的な心象風景かと思ったら丁寧に前段から渋谷という箱の舞台を歪にチラ見せしたりしてて、思ったより浮いてはいなかったかな。いや画としてはバチクソ浮いてたけど。まぁ意図はかなり明快に伝わった……と思ってる。でも現代の子どもがこの渋谷や踊りを自分ごととして捉えられるかというと疑問よなぁ。現実を描写できない制約の中でのスカーレット心象の箱庭、非現実の作中での現実としての非現実としては面白い画だった。私→スカーレット→聖→スカーレット→渋谷。クール。
・宿の主人、てのが登場人物紹介にいたが、作画として特徴的だなと思ったが映画の中では短いシーンだった。でも重要な役割だったんかなぁ。
・スカーレットの成長を見守るおじさんの気分になった。私も歳をとったなぁ。
・聖、なぜお前は矢を放った……?抑止力はその装置を発動させてしまったら終わりだ。それはお前の思想と矛盾しないのか。観終えた後、ダンテでいうと七つの大罪のシーン中だと振り返ってみるが、結びつけるには苦悩する。いやこんなん結びつけなくてええかってなった。……いやでもまじで意味わからん。知りたい。
・雑魚雑魚悪役にレアティーズとかいう名前が付けられてるのも何か関係あるんか……?
・ハムレットにおけるクローディアスの懺悔は本物の神への懺悔。現代日本では神への信仰が薄く、物語でもあまりに薄情。
・最後のキスと涙が商業的すぎて泣けなくて泣いた。しかし世の中の大衆はそれが好きなのだろう。届ける先のニーズに応えようとする様はえらい。これを描くには時間が足りない。
・争いよりも友好を、憎しみよりも愛を。これはもっともっと丁寧に描いてほしい。もう1時間割いていい。3時間でいい。…でも忠実に2時間に収めて偉いなぁ。細田守はすごい大衆作家だ。
文学的な作品として観たら不評の嵐になるのはなんとなく感じるが、私は素養がないのでその辺はノータッチで。
芝居も映像はやっぱ最高のクオリティだ。映画館で観て良かった。地上波でも家でも観たくない。
価値観も好きだ。物語の壮大さも好きだ。でも、ラストだけはちょいと心残りだなぁ。
オマツリ男爵もだけど、細田さんはラストへの拘りや興味があまりない……?
作家をメタれば、前半の苦悩や憤怒の感情はきっと描きたいものであったとは思う。
でも作品として本来目指す描きたいものは、それなりに人間の根源的なもの、思春期の頃に精一杯みんなが考えて悩んでほしいことで、大人になっても向き合って向き合って考えていきたいことだとは思う。
その勧善懲悪は良いが、憎しみへの向き合い方としての成功例としてこのように描くにはご都合が良すぎるように思った。特に聖の矢とクローディアスへの天罰。
現実でいうと、例えば中共がオラオラしてるのを武力を持ってやめろやめろと脅すまではいいけど実際に刃を抜いたら戦争なっちまうやん、対話で友好を目指そうぜっていう作品にしたいのにさ、殺しちまったらそれは勝てば官軍ストーリーやん。現実では為政者が落雷で都合よく命を落とすわけないやん。殴ってきた相手を殴り返してはい終わりになるわけないやん。スカーレットが殺してなくても、殺す味方が代わりに殺してくれたありがとーは、私は、同罪だと思う。目を逸らすな。私はそれは嫌いだ。
利己的な活動と、利他的な活動のバランス。攻撃性と社会性のバランス。自己家畜化した我々が、より家畜化できる先を目指したいんだ。攻撃すんなと説くだけでは、攻撃的な人間が独裁的に得をするゲームバランスは崩れない。我々は山上を生まないですむ社会にしなければならない。そういう思想のもとで、細田守は何をどう伝えたかったのだろう?だから、聖が矢をもって暴力を振るったことへの解説をまじで教えてほしい。教えて!!
2011年、タイで大洪水が起こったことでHDDの製造停止をはじめ多くの日本企業が打撃を受けた。
唯一無二の材料をあちこちから取り寄せることは、その中の1地域に何かあれば製造全体が止まるため、(複線化ではない)調達先の多角化はサプライチェーンのリスクをむしろ増やすという、考えてみれば当たり前の事実を気付かせるきっかけになった。
中国は様々な資源を産出するので、中国1国との関係を良好に保てば大抵なんとかなるという、経済人にとって安直な隷属の道が整備された国だ。
今後、中国への依存度を下げる必要があるが、資源・材料単位で調達先を1ヶ所見つける方法だとリスクは増える。
「アークナイツ:エンドフィールド」って、「アークナイツ」ってついてるけど、全然別のゲームじゃない?
「エンドフィールド」単体でいいじゃん。
「アークナイツ」って名前つけられてるから、みんな「テンニンカ出るのかな」「ロドスの皆話しやすいのかな」って期待するけど、ふたを開けたらまったく別物。
「ドラゴンボールエボリューション」の悪夢再びってレベル・・・は言いすぎなんだろうけど、気持ち的には近いんだわ。
どっちつーと実写版マリオみたいな感じ?かな?いやこれもいいすぎなんだろうけど、俺の主観だとそれぐらい差を感じる。
たぶん運営的には「アークナイツの世界観が広がる」ってことなんだろうけど、プレイヤー的には「それ、別シリーズにしたほうがスッキリするのでは?」って話。
せめて副題だけでつなげて、「アークナイツの名を冠する理由」が中身から感じられるようにしてほしい。
まあ原神やスタレみたいに「オイー!結局メイパイセンが雷の律者かーい!世界の危機を救うのは12英傑なのかーい!」ってなるのを回避するためなのかもだが。
でもさあそうなるのって「序盤はさも別物みたいにしておいて・・・」があるからなわけで、下手に距離を取るほどあとあと「結局またケルシーが糸引いてたのかーい」みたいになったときにズッコケやすくなるやん?
そう思うやろ?
コッペパンのコッペって何?
って安直に思うんだけど、
メロンパンにメロンが入っていない歌を可愛く歌ったら可愛いけれど、
焼きそばパンに焼きそばが入っていなかったらただの苦情になるわよね。
じゃコッペパンのコッペって。
うーん、
となると、
コッペパンの発祥の地が秋田名物に今頃なっているイフの世界があったはずだから、
その名残として
秋田県の地元のスーパーで地元のメーカーが作っているものがある名残があるはずだけど、
秋田名物コッペ返しが発祥だって事の可能性は限りなくゼロに近いわ。
乃木坂46の40枚目のシングルの題名が『ビリヤニ』って内容をAIに計算させたら、
やすすこと秋元康さんが美味しいビリヤニを食べて感動したエピソードソングでもなければ、
ビリヤニ作り数え歌でもないと言う可能性をゼロとして0.1パーセントの可能性も含まず、
ハッキリとその可能性はゼロです!と言い切り系AIの解答には塩い思いをしたわ。
私はそんな可能性ゼロの乃木坂46の40枚目のシングルの『ビリヤニ』の曲の内容とか歌詞とかが気になって仕方ないの!
坂系のそう言うのに全く興味を示さなかったのに、
突如、
でもそうなると
インドっぽい音色の楽器やインドを思わせる固有名詞や地名のワードもエヌジーにならない?
逆を突いて、
ビリヤニと言っておきながら、
ビリヤニはもちろんビリヤニ周辺ワードも一切無いかもしれないって可能性大でもあると同時に、
ただビリヤニっていいたいだけで全然ないようは一切歌詞と関係ない
今年一番の謎だわ!
私に取って、
その謎が解き明かされるまで新語・流行語大賞はまだ決めるのは時期尚早涙そうそうだと思うの!
だってさ、
新語流行語大賞のノミネートワードが発表されてから以降の11月から12月にかけて登場する新語流行語はスルーってことになっているじゃない?
古古古米ってたぶんラッドウインプスの前前前世の歌がなかったら、
古古古米って発想無かったと思うし、
私が何百回と擦り続けているこのネタ大好きなんだけど、
ラッドウインプスの野田洋次郎さんが辞書を編むのドラマで出たとき、
新人の人に説明するシーンで「これは念念念校です」ってこのセリフ言わせたいが為に野田洋次郎さんをキャスティングしたの?って思わざるを得ないのよ。
ご飯だって全全全部食べたら元元元気になるじゃない!ってなんでも使えちゃうの。
だから、
そこで初めて聞くような言葉ばかりだし「長袖をください」ってどこで使い場所があるのかしら?って思うし
それよりも首相の早朝3時出勤/女性首相ってスラッシュして説明入れないとなんか意味通じないところとか、
「薬膳」って急にこここれずーっと港区のオーエルさんが年中言ってそうな言葉じゃない?
そんな今さら感もありながら、
やっぱり乃木坂46の40枚目のシングルのタイトルの『ビリヤニ』がノミネートされても全然違和感がないレヴェルよ。
私的にはこのコッペパンも新語流行語大賞へノミネートして欲しいぐらい。
よく見たら生の由来は生クリームを練り込んでみました!って発表してあって、
依然としてコッペのコッペたる所以が解けないわね。
コッペの謎が隠されているのかも!?
とりあえず、
今日はコッペの謎を解く1日に当てたいところよ。
解けたら解くわ!
うふふ。
そこで私はコッペパンのコッペに気付いたってこと。
パン自体はタマゴがたっぷり入ってタマゴ感堪能できて幸せなタマゴタイムになったわ。
なんとなく微かな体調の変化も測れるような気がするわ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
そんな痴れ者の自己放尿を吐き散らす奴に対しては、同情も共感も与えない。
お前の言っていることは倫理的に破綻しているだけでなく、論理的には一片の根拠もない自己放尿だ。
まず「人権は適用されない」だと?人権は社会契約と法の上にある普遍的な概念だ。誰かの感情的嫌悪や「役に立つ・役に立たない」の安直な二分法で消滅するものではない。
次に医療行為としてのロボトミーや開頭手術を持ち出す愚かさについて。歴史的に見ても強制的な脳手術は病状を治すどころか被害を拡大し、科学的根拠に欠ける。
そもそも「鬱病」「知的障害」「単身であること」などは多様な原因と背景を持つ状態であり、恣意的な外科処置で解決できる問題ではない。
社会を壊すのはお前の言説だ。暴力を正当化するために人間を物扱いする論理は、ファシズムの入口に他ならない。
それに、そんな発言をするやつの言葉は自己放尿の塊だ。弱者を排除すれば「労働力」が上がる?
現実は逆だ。社会的包摂と多様性がイノベーションと安定を生むというエビデンスは山ほどある。
お前のやっていることは、自分の精神的欠陥を他者に投影しているに過ぎない。端的に言えば自己放尿だ。
恥ずかしげもなく汚物を撒き散らしているだけだ。そしてお前の言説は無知と偏見のダブル放尿でしかない。
無知が事実を歪め、偏見が暴力を正当化する。これを理性的に擁護できる者は一人もいない。
現実的な話をしてやる。こうした扇動は社会的に許されず、法的にも刑事責任の対象になり得る。