はてなキーワード: 地球とは
https://www.japanmyanmar.or.jp/memi/%E7%B7%91%E3%81%AE%E6%9C%AA%E6%9D%A5%E3%81%AE%E4%BB%A3%E5%84%9F/
発展途上国だけの問題では無くて、それを競って買い求めている国の方にも問題が有るんだよな。
日本でも昔、銅山から流出する物質が問題になって、閉山に追い込まれたところが何カ所か有ったと聞いている。
環境破壊は地球全体の問題、発展途上国のこうした行為に誰が規制を掛けられるのだろうか。
そう言えばレアアースの事を書いた増田を最近見たなと思って、読み返してみた。
anond:20260113103420
精神的にも達観した天才は全員私の視界の外側で幸せに生きていってほしい
私の視界から消えてほしい
天才が怖い
天才がいない星に行きたい、行くためならなんだってくれてやる、火星だろうが地獄だろうがなんだろうが天才のいない世界はここよりマシだ
天才もどうせ私が憎いんだろうな
精神的にも達観した天才は全員私の視界の外側で幸せに生きていってほしい
私の視界から消えてほしい
天才が怖い
天才がいない星に行きたい、行くためならなんだってくれてやる、火星だろうが地獄だろうがなんだろうが天才のいない世界はここよりマシだ
天才もどうせ私が憎いんだろうな
dorawiiより
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地球を1mm(1ミリメートル)の大きさに縮小すると、太陽系や銀河系、さらには宇宙全体がとてつもなく広大になることを実感できます。例えば、太陽は直径約11cm(ソフトボール大)になり、太陽と地球の距離は約12m(約2階分の高さ)にもなり、天の川銀河の直径は7,800万km(実際の地球と太陽の距離の約半分に相当)という、想像を絶するスケールになります。
このスケールでは、地球は非常に小さなキャンディ(1cm)くらいに縮むと、太陽との距離は約100mにもなるというイメージも近いです。実際、地球の直径は約1万3,000kmですが、これを1/1億に縮めると約1cmになり、太陽との距離(約1億5千万km)は約1.5m先になるので、宇宙がいかに広大か、そしてその中で地球がいかに小さいかを実感できます。
トランプとかさ、無茶苦茶やってるの、トランプ劇場で耳目を集めてるのとかって、さ、ひょっとしてそれが理由なんじゃないかな?って思わない。
なんかいくらなんでも、ただ注目を集めたいだけのまるで高校生が回転寿司のレーンに乗っかるようなことをやり続けてるのは、人々がそのことから目をそらすように仕向けてるんじゃない?
何事無く平穏な日々が続いていたとして、いま、この気候を全身で感じるときに、あまりにも何かがおかしすぎると感じない人はいるのだろうか?
ひょっとしてもう温暖化は、加速的に始まってて、どうしようもなくなるときは近いんじゃないだろうか?
そして、それはあまりにも速すぎて、なんとも手のうちようなないことがもうシミュレーションで証明されてるのでは?
アメリカ一国が生き残るとか、もうそういうことすら目指すことが出来ないことが証明されているのでは?
だから言うのでは?
そのたったひとつの真実からどれだけ人々の目をそらさせるか、もう終わりの時を迎えつつあることを、パニックを起こさないためだけに、ただ、ただ、ただ
「湯気の力で物を動かす」という発想自体は2000年前からあったけど、「わざわざお湯沸かすための薪を奴隷に持ってこさせるほうが手間かかるじゃん(笑)」みたいな扱いでずっと普及せんかったのは有名な話。
うんまあ、蒸気機関の場合は「高圧に耐えられるボイラーの鋳造技術の誕生を待つ必要があった」という論破ポイントはあるにはあるんだけど、これについても「だが、ナーロッパ世界の金属が地球のものより頑丈だったらどうだ?魔法による冶金技術もあったら?あっちにはドワーフがいるんだぞ?」という過程を持ち出すことで無理やり解決できてしまう。
勘違しないでほしいが、俺が言いたいのは「これからのナーロッパはスチームパンクの時代だ!スチパン世界でチート最強だ!ヴィクトリア朝ファッションのエルフをメインヒロインに据えろ!!」と主張したいわけじゃあない。
ドワーフの技術を使って作り出した高圧ボイラーによる1000年早い蒸気機関の誕生により文明の順序をグチャグチャに出来るほどの力がナーロッパという土壌にはあることを主張しているのだ。
もちろん逆に「魔法が便利なので医学は発達してないです」とかでも別にいいが(つーかこっちは本当にクソほどあるんだけど、そこからの並行思考で技術順序の崩壊ぐらい想像しろと思う)
池田大作氏(創価学会第三代会長・創価学会インタナショナル会長)が提唱した「中道人間主義」は、極端な思想的対立を乗り越え、人間の生命の尊厳を最優先に置く社会の構築を目指す哲学的指針です。
この思想の核心を、歴史的背景、哲学的構造、そして現代社会における実践という3つの側面から詳しく解説します。
「中道」という言葉は、もともと仏教の根本概念です。釈尊(ゴータマ・ブッダ)が説いた中道は、単なる「中間」や「妥協」ではなく、「快楽」と「苦行」という両極端を離れ、生命の真実を見つめるダイナミックな生き方を指します。
池田氏は、20世紀から21世紀にかけての激動の時代の中で、この仏教的コンセプトを現代的な平和哲学へと昇華させました。
冷戦下の対立: 資本主義と共産主義、あるいは国家と個人といった二項対立が世界を分断し、核兵器の脅威が人類を覆っていました。
人間不在の克服: どのような崇高なイデオロギーであっても、それが「人間」を手段化し、犠牲にするものであれば本末転倒であると池田氏は喝破しました。
ここで提唱された「中道」とは、右でも左でもない「真ん中」を選ぶことではなく、「何が人間の幸福に資するか」という一点を軸に、常に状況を最適化していく智慧のことです。
池田氏の中道人間主義は、主に以下の3つの要素で構成されています。
この思想の土台は、日蓮仏教の「生命哲学」にあります。すべての人間は内に「仏性」という無限の可能性と尊厳を秘めており、いかなる理由(人種、宗教、国籍、思想)によっても、その生命を脅かすことは許されないという考え方です。
仏教の「縁起(えんぎ)」、すなわち「すべての事象は相互に関係し合って存在している」という観点に基づきます。
「個」と「全体」の調和: 個人の自由だけを追求すればエゴイズムに陥り、全体の利益だけを優先すれば全体主義に陥ります。中道人間主義は、他者の幸福を願うことが自らの幸福につながるという「自他共の幸福」を目指します。
社会の制度や仕組みを変えるだけでは、真の平和は訪れないと説きます。一人ひとりが自身の内側にある不信や憎しみを克服し、慈悲と智慧を湧き出させていく**「人間革命」**こそが、社会変革の出発点であると強調しました。
中道人間主義の最大の特徴は、それが抽象的な理論に留まらず、具体的な**「対話」**として実践された点にあります。
池田氏は、トインビー博士(歴史学者)やゴルバチョフ元大統領、マンデラ大統領など、世界中の指導者や文化人と対話を重ねました。これは「中道」が独善に陥ることを防ぎ、異なる価値観を持つ人々との間に「共通の人間性」を見出す作業でした。
政治: 権力の魔性から人間を守り、常に「大衆」の側に立つ政治を志向します。
教育: 知識の詰め込みではなく、子供の幸福を目的とする「創価教育」の基盤となりました。
地球的課題: 核兵器廃絶、環境保護、人道支援など、国家の枠組みを超えた「地球市民」としての連帯を呼びかけました。
現代社会は、SNSの普及による「エコーチェンバー現象」や、ポピュリズムの台頭によって、かつてないほど「極端な分断」が進んでいます。
池田氏が示した中道人間主義は、以下の2点において今こそ重要性を増しています。
経済効率やテクノロジーの進化が目的化する中で、「それは人間を幸せにするのか?」という問いを常に突きつけます。
自分の正義を絶対視して他者を排除するのではなく、差異を認めつつ、より高い次元での合意(アウフヘーベン)を目指す創造的な粘り強さを提供します。
池田大作氏の中道人間主義とは、「生命の尊厳」を北極星とし、対話によって極端な対立を融和させ、個人の蘇生から地球社会の平和へと繋げていく「行動の哲学」です。
それは、静止した中間地点に留まることではなく、激動する現実の中で、常に「人間」を見失わずにバランスを取り続ける「動的な平衡」の道であると言えるでしょう。
外国人は地球に80億人居るよな。日本の総人口の97%は日本人。数学的には外国人犯罪よりどうしても日本人の犯罪のほうが多いに決まっている。(日本国内では。)人数が違いすぎる。
外国人3人が窃盗、○○国籍が逮捕→また○○人か!だから外国人は日本に入れるな。
男3人が万引き、銀座の質屋に押し入り・・○○○○(佐藤太郎みたいな典型的な日本人名)容疑者が逮捕→だから何?あっそう(他人事)
「外国人3人が窃盗、○○国籍が逮捕」の方が日本人の頭には記憶に残りやすいと思われる。これが毎日続くと記憶に残りやすい→外国人犯罪が連日報道されているという錯覚→「外国人は危ない」という思想に陥る。
やはり鎖国してた島国で江戸時代は船で外国人が入国すると全国紙で報道されたぐらいだからな。
藤井一至「土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて」
横山祐典「地球46億年 気候大変動 炭素循環で読み解く、地球気候の過去・現在・未来」
藤井一至「ヤマケイ文庫 大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち」
主婦の友インフォス情報社「事故物件サイト・大島てるの絶対に借りてはいけない物件」(再読)
上遠野浩平「恥知らずのパープルヘイズ -ジョジョの奇妙な冒険より-」★
菅沼 悠介「地磁気逆転と「チバニアン」 地球の磁場は、なぜ逆転するのか」
ヴィンチェンツォ・ヴェヌート「生きものたちの「かわいくない」世界 動物行動学で読み解く、進化と性淘汰」
いがらしみきお「ぼのぼの人生相談 「自分をしまっちゃうのをやめないとさ」」
ちょめ「室外機室 ちょめ短編集」
特別展「鳥 ~ゲノム解析が解き明かす新しい鳥類の系統~」於・国立科学博物館。
昨年に引き続いて阿部勤也を読んでいる。歴史系の本は雑学が増えて楽しいし、現代で当然とされていることが全く通用しない世界をイメージできるので、自分の価値観が相対化できる(時折正しいかどうかだけが自分の判断軸になり、どう感じているかをおざなりにしがちなので大事)。他には地学や土壌が気になってたようだ。
なお、昨年までやっていた星印の評価はやめにした。同率二位とか三位とかを考えるのが面倒だったからだ。……とか思ってたけどやっぱり直感でやることにした。
乙一「The Book ~jojo’s bizarre adventure 4th another day~」
志村史夫「古代世界の超技術〈改訂新版〉 あっと驚く「巨石文明」の智慧」
コタニヨーコ「夏が、僕らの世界を見ていた」
熊倉献「春と盆暗」
「フリクリ」
特別展「魂を込めた 円空仏 ―飛騨・千光寺を中心にして―」於・三井記念美術館
久し振りに芥川賞を読んで面白いと感じた。自分の好みは、語り手が男性で、非常に知的であるか(丸谷才一をこの年読んだのはそのため)、怒りや暴力性などを抱えている作品にハマることが多い。もちろん例外も多数ある。というか読書の趣味は例外だらけだ。
あとは、高校生以来で「百年の孤独」を再読したが、当時と比べて複雑なストーリーを理解する能力が向上していたとわかったのは嬉しい。
「ジョジョ」や「フリクリ」など、すでに知っている物を手に取ったのはファン心理かもしれないし、これは外れないだろうというある種の安心(または怠惰さ)かもしれない。面白かったけれどね。
志村史夫「古代日本の超技術〈新装改訂版〉 あっと驚く「古の匠」の智慧」
篠田謙一「新版 日本人になった祖先たち―DNAが解明する多元的構造 (NHKブックス No.1255) 」
アシュリー・ウォード「ウォード博士の驚異の「動物行動学入門」 動物のひみつ 争い・裏切り・協力・繁栄の謎を追う」
「生誕150年記念 モンドリアン展 純粋な絵画をもとめて 公式図録」
「生誕100年 ジャクソン・ポロック展 JACKSON POLLOCK[図録]」
丸谷才一「横しぐれ」★★★
「特別展 慶珊寺と富岡八幡宮の名宝―『大般若経』が語る中世東国史―」於・金沢文庫。
また、この月は数年前に行けなかった美術展の図録を買って楽しんだ。たまたま行けなかったり、コロナ禍で自粛してしまったりしたもので、ずっと喉の小骨のように行けなかった後悔にさいなまれていたのだが、すっきりした。
丸谷才一「樹影譚」
ハンフリー・カーペンター「J. R. R. トールキン 或る伝記」
J. R. R. トールキン「農夫ジャイルズの冒険 トールキン小品集」
A. A. ミルン「クマのプーさん Anniversary Edition」
A. A. ミルン「クマ横丁にたった家 Anniversary Edition」
エーリヒ・ケストナー、池内紀訳「飛ぶ教室」★★★
児童文学が多い。「飛ぶ教室」は男子校を卒業して二十年余りの自分にはとても良く刺さった(小さい頃にもらったのだがパラパラめくっただけだった。たぶん自分の中の男性性を求める心が強く目覚めていなかったんだろう。あるいは、一生付き合っていきたいという友人に出会う前だったからかもしれない)。また、今まで触れてこなかったトールキンの作品に触れて楽しかった。これは十二月の洋書による再読の遠因となる。
スタインベックは障害観が少々古いが、無駄な場面がなく、悲劇としての構成が美しい。
J. R. R. トールキン「終わらざりし物語(上)」★★★
湊一樹「「モディ化」するインド ――大国幻想が生み出した権威主義」★
J. R. R. トールキン著、クリストファー・トールキン編「ベレンとルーシエン」
相国寺承天閣美術館開館40周年記念 相国寺展―金閣・銀閣 鳳凰がみつめた美の歴史。
うろこの家・展望ギャラリー、山手八番館、北野外国人倶楽部、坂の上の異人館。
湊川神社宝物殿
いつもの月と比べて大変に少ない。今月は休みの日に読まなかったのと、「終わらざりし物語」が上下巻それぞれ五百ページ超えと大変に長かったためである。四月までの分を加えれば平均して月十冊は読めているし、味わわずに読み飛ばすよりははるかにましである。というか、三月四月と十五冊読んでるじゃないか。プラスマイナスなし。
年始から神道をはじめとした日本の信仰について読んでいる。記紀に記載のない神々や、民間の信仰、仏教との混交などの知識が増え、日本神話についての解像度が上がった気がする。
なお、「クィンティ」はファミコンゲームで、これをスイッチでプレイした。祖父の家に合ったもので子どもの頃はクリアできないなりに楽しんでいた。スイッチの巻き戻し機能を利用してやっとクリアした。
余談だが昨年はクリアしないなりに「パリア」をプレイしたのだった(結局こういうクエストものや箱庭・スローライフものはそこまで好きじゃないというか飽きるとわかった。スローライフと言いながら結局採取や労働をしており、仕事で疲れて帰ってきてやるモチベーションが湧かない)。「Neo Atlas」は二〇二二~二〇二三にプレイしたが結局飽きている。世界を探検するのが好きなのはcivilizationで分かっているのだが、通知がひっきりなしに来るので、これもリアルな仕事と似ていて疲れた。
飯島吉晴「竈神と厠神 異界と此の世の境」
ダニエル・T・マックス「眠れない一族 食人の痕跡と殺人タンパクの謎」★★★
成澤勝嗣「もっと知りたい狩野永徳と京狩野 (アート・ビギナーズ・コレクション)」
狩野博幸「もっと知りたい河鍋暁斎 生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)」
稲垣栄洋「生き物の死にざま」
小泉悠、高橋杉雄、太田啓之、マライ・メントライン「ゴジラvs.自衛隊 アニメの「戦争論」」
小塩 真司「「性格が悪い」とはどういうことか ――ダークサイドの心理学」
綾辻行人「どんどん橋、落ちた」
櫻井武「SF脳とリアル脳 どこまで可能か、なぜ不可能なのか」
安田峰俊「民族がわかれば中国がわかる 帝国化する大国の実像」
「ACN ラムセス大王展 ファラオたちの黄金」於・クレヴィアベース東京
軽めの本が多め。
この後読む皇族の本も含め、学問の世界の厳しさに触れる本が多かった。知識を蓄えるのではなく、同じ問題にずっと取り組み続け、微細な差異や違和感に疑問を持つ才能がないと、研究者としてやっていくのは難しい(これはうまくできなかった自分を慰めている側面もある)。
脳科学については、著者の主張や意見のウエイトが大きく、前々から気になっていた意識や心の哲学についてはそこまで突っ込めなかった。ジャンル全体の概観をつかむだけなら、おそらくウィキペディアを拾い読みしたほうが早いか。
我々夫婦、セックスをコズミックイベントにアセンションさせた。
むしろ逆で、「この宇宙で最高の体験を創造しよう」を本気で追求した結果がこれ。
正直に言うとさ、
それはそれで良かったけど、意識が拡張してくると物足りなくなる。
で、妻が啓示を受けた。
→宇宙創生の瞬間を体現、部屋中にプラネタリウム投影、138億年分のエネルギー解放
→別次元の自分たちとの邂逅設定、鏡を8枚配置、シュレディンガーの猫的展開
→事象の地平線通過体験、部屋を完全遮光、時間の概念を消失させる
→4次元、5次元、11次元の自分たちと同時接続、チベタンボウル、周波数432Hz
準備に2時間かかる。
でもその準備は既に儀式の一部。
「第5密度への移行」
「する!!!」
この会話の時点で既に波動が上がってる。
それよりもっと高い。
何より、宇宙的笑いが起きる。
「その第三の目どこで開いたん」
「松果体」
みたいな。
真面目に覚醒してる感じ。
たぶんさ、
来月は「アカシックレコード閲覧会」と「量子もつれ完全同期」が候補。
どの次元に着地するかは知らん。
でも確実に言えるのは、
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/ashbi.kyoto-u.ac.jp/ja/news_research/21576/
かつては強制されていた仕事や責務が、パワハラだセクハラだと非難されることでかなり改善したのが今の時代。
倫理を声高に叫ぶことによって、ある程度の平等を担保されるようになったのが今の時代。
しかしながら、強制されることがなくなり、弱体化しているのも実際にはあるのでは。
中指と人差し指を揃えて「クン」「クンッ」と天に向かって突き出し、自分を軸とした広範囲を微塵もなく破壊させる技。
ナッパがベジータと共に地球に降り立った際、あいさつ代わりにこの技を披露し、超巨大な爆発(コマを見る限り地球の直径の1/10=1200㎞ほど)と共に一瞬にして東の都は焦土と化し、何十㎞もの大きさのクレーターが生じた。
範囲を絞ることも可能で、悟空との戦いでは範囲を100m程度に絞って使用し、悟空の居場所を突き止めた(このシーンではナッパ本人を中心とするのではなく、自身の前方に使用している)。
『ドラゴンボールGT』で地獄から生き返ったときにも使用し、ベジータから「破壊するだけのノータリン」と嘲られた(当然、ベジータに襲い掛かるも一瞬で消し飛ばされた)。
ナッパの代名詞ともなっている技だが、作中で技名が出たことはなく、その時の擬音で読者には浸透している。
ゲームではPS2の『ドラゴンボールZ』以降、主に「ジャイアントストーム」という名称が使われることが多いが、『Sparking! METEOR』や日本版『ドラゴンボールファイターズ』などでは、その擬音から取った「クンッ」が採用されている。
原作では最初に町を破壊したのが「クン」で、悟空に使用した縮小版が「クンッ」であったが、ゲーム作品では上記の通り「クンッ」が採用されているため、タグ使用数は「クンッ」のほうが多い。
なおゲームにおける初出はファミコンの『強襲!サイヤ人』(技名は「爆発波」)だが、指の動きがキチンと再現されている。
『ドラゴンボールゼノバース』では、他の悪役たちの技同様やろうと思えばプレイヤーキャラでも会得可能。意外と効果範囲が広いので使いやすい。