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はてなキーワード: 動物園とは

2026-05-10

オタクと「正常な人間一般人)」のコンテンツ消費姿勢には、物語の楽しみ方」「目的」「読解力と品性において大きな乖離があると指摘されています

1. 物語の受容と「性欲」の有無

最も大きな違いとして、コンテンツ性的な要素を過剰に求めるかどうかが挙げられています

2. コミュニケーション手段か「自己目的化」か

コンテンツを消費する目的についても明確な対比がなされています

3. 文脈コンテクスト)の読解力と教養

ソース内では、オタクの「読解力」の欠如が痛烈に批判されています

4. 消費の「重み」の変化

現代の消費環境の変化も影響しています

総じて、一般人社会生活の一部として豊かに作品を楽しむ」のに対し、現代オタク「性欲を優先し、歪んだ解釈攻撃性を伴いながら閉鎖的に消費する」という対照的姿勢が強調されています

2026-05-09

考えてみれば「人からまれたり殴られたり蹴られたりツバ吐かれたりする」ことって、普通に生きてたら無いよね

仕事中にそんなことされるのって、反社かなんかなのかな?

アウトローでも無いのに人から殴られる経験なんてみんな無いよね

凄まじい仕事だよな

嗤うしかない

あ…そうか…どうぶつ…えん…しいくいん…か

なるほど

介護施設刑務所だと思ってたけど、動物園だったのか

せっまい檻に入れられて「そこでおとなしくしてなさい」と言われる

利用者シロクマと同じだ

そりゃ、「トイレに行きまくる」みたいな常同行動してしまうわけだわ

でもなあ

動物園動物が暴れたら吹き矢の出番だけど、介護施設利用者暴れても何も出来ないからなあ

リスパダールすら処方されてないとか、処方されてても翌日に響かないようにテッペンまでしか使えないとか

0時過ぎに暴れだしたらもう朝の職員が来るまで辛抱し続けるしかない

徒手空拳

この理不尽

2026-05-07

anond:20260430164439

分割山手線一周散歩3日目。上野-池袋。休憩なしで2時間ぐらい。

山手線の内側を歩く。

上野動物園の方で降りて歩く。駅を出たら動物園が見えて工事終わってたんだななどと思う。

上野から鴬谷は自然溢れる感じでとても良い。

さな中学校を2つ程見かけてそんなに子供住んでるのかなどと思う。校庭のあまりの狭さに驚く。

日暮里へは谷中霊園を通って行く。古い町並みの雰囲気があり歩いていて楽しい石材店をいくつか見かける。

巣鴨を過ぎたあたりから街の雰囲気が出始める。巣鴨から大塚ちょっと距離があった。

大塚たまたま路面電車が到着するところを目にして喜ぶ。

大塚から池袋線路沿を歩けない。完全に街。あんまり面白くはない。

上野から池袋間は全体的に歩いていて楽しかった。

次やるとしたら山手線の外側を今回とは逆回りの時計回りで。ただ、これから暑くなるのでまた気が向いたら。

おしまい

2026-05-04

名古屋に行きたかった

何処の旅行調べても、子供と一緒だと遊園地動物園、水族園お勧め〜と言われる

それならアクセス良くてどれも日本最大級名古屋で良くね?

東京は混んでるしホテル高いし、名古屋にすればよかった。

ところで名古屋ホテル高いの?

2026-05-01

男女比が半々の一般向けゲーム漫画にわざわざ乗り込んできて、「男キャライラネ!」「女キャラ邪魔!」って騒いでる連中、迷惑からさっさと自分たちの巣に帰れ。

 

まず、男女混合作品でやってる具体的な迷惑行為がこれ。

 

例えば『原神』では、ドゥリンが出た時に「なんで女キャラじゃないんだよ」とケチをつける奴が湧いた。

崩壊スターレイル』でも、男キャラ無料配布を拒否する勢力が暴れたり、逆に「男キャラの性能が不遇だ」といつまでも荒らし続けてる連中がいる。

さら中国では「男キャラがいるならプレイしない(男性キャラ排除せよ)」を意味する「有男不玩」という厄介な過激派運動まで起きていて、実際に『スノウブレイク』みたいに運営がそれに屈して、元々いたNPCの男キャラまで全員女性差し替えて抹消した例もある。

結論として、お前らの性欲を一般向けの男女混合作品に押し付け文句を言うなってこと。

「男キャラがいらない」なら『ブルーアーカイブ』や『NIKKE』みたいな美少女動物園ゲームだけやってろ。

「女キャラ邪魔」なら『あんさんぶるスターズ!!』『ツイステッドワンダーランド』『刀剣乱舞』みたいなイケメンカタログゲーム隔離されててくれ。

一生自分性癖に合った隔離施設から出てくんな。

2026-04-27

anond:20260427090337

ネットをみるな。いやマジで

 

インターネットというのはイジメをやったりやる奴の言葉けが流通する場所

そうでない奴の言葉は刺激が少ないからだ。

 

たとえばヘビが怖い、嫌い、憎い、と言っている奴が

毎日動物園爬虫類館に通うか?

お前がやってるのはそれだ。

 

ネットじゃ無くて何をみるかというと、友の言葉を見ろ

Xと増田は辞めて、ディスコードとLINEをやれ。

2026-04-26

anond:20260426113755

爆風スランプ『月光』は1番は普通セックスだけど2番は動物園に忍び込んで動物が見てる前で野外セックスという高度過ぎてかっこいいシチュエーションを歌っている。

動物園で焼かれる人生って

悲しすぎる😢

anond:20260426132304

動物園行ったり動物カフェ行ったり

仕事にしたけりゃペットショップでもいい

 

乗馬はやめておけ。あれは動物が好きという理由で始めるものではない

乗馬は馴致のスポーツだ。お遊びで始めるにしても基本はトレーナー資質を要する

躾けるというのがどういうことか、なぜ躾ける必要があるかってのを理解したうえでなら始めてもいいと思うが

2026-04-25

はてながないとその中に生息してる異常者集団はてブユーザー

あっちこっち分散してしまうので観察しにくくなって困るので星を買った

はてブコメ欄珍獣ばっかり集めてる動物園みたいなもんなんで、つまりそういう事

必要悪と言い換えてもいいか

公立中は動物園というが

参観日に行ったら親が野生動物だった

2026-04-24

動物園死体遺棄に焼却炉使ったのは何がダメなん?

食堂冷蔵庫に押し込みました!なら食べたくないなとなるのわかるんだけど。焼却炉はなんかよくない?食わねえしな。わからなかった

2026-04-23

お伽草紙

太宰治


「あ、鳴つた。」

 と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾かぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。

「近いやうだね。」

「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」

「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり深いと生埋めの危険がある。」

「でも、もすこし広くしてもいいでせう。」

「うむ、まあ、さうだが、いまは土が凍つて固くなつてゐから掘るのが困難だ。そのうちに、」などあいまいな事を言つて、母をだまらせ、ラジオの防空情報に耳を澄ます

 母の苦情が一段落すると、こんどは、五歳の女の子が、もう壕から出ませう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。

 この父は服装もまづしく、容貌も愚なるに似てゐるが、しかし、元来ただものでないのである物語創作するといふまことに奇異なる術を体得してゐる男なのだ

 ムカシ ムカシノオ話ヨ

 などと、間まの抜けたやうな妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのづから別個の物語が※(「酉+榲のつくり」、第3水準1-92-88)醸せられてゐるのである

[#改頁]

瘤取り

ムカシ ムカシノオ話ヨ

ミギノ ホホニ ジヤマツケナ

コブヲ モツテル オヂイサン

 このお爺さんは、四国阿波剣山のふもとに住んでゐたのである。(といふやうな気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。この瘤取りの話に限らず、次に展開して見ようと思ふ浦島さんの話でも、まづ日本書紀にその事実がちやんと記載せられてゐるし、また万葉にも浦島を詠じた長歌があり、そのほか、丹後風土記やら本朝神仙伝などといふものに依つても、それらしいものが伝へられてゐるやうだし、また、つい最近於いては鴎外の戯曲があるし、逍遥などもこの物語舞曲にした事は無かつたかしら、とにかく、能楽歌舞伎芸者の手踊りに到るまで、この浦島さんの登場はおびただしい。私には、読んだ本をすぐ人にやつたり、また売り払つたりする癖があるので、蔵書といふやうなものは昔から持つた事が無い。それで、こんな時に、おぼろげな記憶をたよつて、むかし読んだ筈の本を捜しに歩かなければならぬはめに立ち到るのであるが、いまは、それもむづかしいだらう。私は、いま、壕の中にしやがんでゐるのである。さうして、私の膝の上には、一冊の絵本がひろげられてゐるだけなのである。私はいまは、物語の考証はあきらめて、ただ自分ひとりの空想を繰りひろげるにとどめなければならぬだらう。いや、かへつてそのはうが、活き活きして面白いお話が出来上るかも知れぬ。などと、負け惜しみに似たやうな自問自答をして、さて、その父なる奇妙の人物は、

ムカシ ムカシノオ話ヨ

 と壕の片隅に於いて絵本を読みながら、その絵本物語と全く別個の新しい物語を胸中に描き出す。)

 このお爺さんは、お酒を、とても好きなのである。酒飲みといふものは、その家庭に於いて、たいてい孤独ものである孤独から酒を飲むのか、酒を飲むから家の者たちにきらはれて自然孤独の形になるのか、それはおそらく、両の掌をぽんと撃ち合せていづれの掌が鳴つたかを決定しようとするやうな、キザな穿鑿に終るだけの事であらう。とにかく、このお爺さんは、家庭に在つては、つねに浮かぬ顔をしてゐるのである。と言つても、このお爺さんの家庭は、別に悪い家庭では無いのである。お婆さんは健在である。もはや七十歳ちかいけれども、このお婆さんは、腰もまがらず、眼許も涼しい。昔は、なかなかの美人であつたさうである若いから無口であつて、ただ、まじめに家事にいそしんでゐる。

「もう、春だねえ。桜が咲いた。」とお爺さんがはしやいでも、

「さうですか。」と興の無いやうな返辞をして、「ちよつと、どいて下さい。ここを、お掃除しまから。」と言ふ。

 お爺さんは浮かぬ顔になる。

 また、このお爺さんには息子がひとりあつて、もうすでに四十ちかくになつてゐるが、これがまた世に珍しいくらゐの品行方正、酒も飲まず煙草も吸はず、どころか、笑はず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、近所近辺の人々もこれを畏敬せざるはなく、阿波聖人の名が高く、妻をめとらず鬚を剃らず、ほとんど木石ではないかと疑はれるくらゐ、結局、このお爺さんの家庭は、実に立派な家庭、と言はざるを得ない種類のものであつた。

 けれども、お爺さんは、何だか浮かぬ気持である。さうして、家族の者たちに遠慮しながらも、どうしてもお酒を飲まざるを得ないやうな気持になるのであるしかし、うちで飲んでは、いつそう浮かぬ気持になるばかりであつた。お婆さんも、また息子の阿波聖人も、お爺さんがお酒を飲んだつて、別にそれを叱りはしない。お爺さんが、ちびちび晩酌をやつてゐる傍で、黙つてごはんを食べてゐる。

「時に、なんだね、」とお爺さんは少し酔つて来ると話相手が欲しくなり、つまらぬ事を言ひ出す。「いよいよ、春になつたね。燕も来た。」

 言はなくたつていい事である

 お婆さんも息子も、黙つてゐる。

「春宵一刻、価千金、か。」と、また、言はなくてもいい事を呟いてみる。

「ごちそうさまでござりました。」と阿波聖人は、ごはんをすまして、お膳に向ひうやうやしく一礼して立つ。

「そろそろ、私もごはんにしよう。」とお爺さんは、悲しげに盃を伏せる。

 うちでお酒を飲むと、たいていそんな工合ひである

アルヒ アサカラ ヨイテンキ

ヤマヘ ユキマス シバカリ

 このお爺さんの楽しみは、お天気のよい日、腰に一瓢をさげて、剣山にのぼり、たきぎを拾ひ集める事である。いい加減、たきぎ拾ひに疲れると、岩上に大あぐらをかき、えへん! と偉さうに咳ばらひを一つして、

「よい眺めぢやなう。」

 と言ひ、それから、おもむろに腰の瓢のお酒を飲む。実に、楽しさうな顔をしてゐる。うちにゐる時とは別人の観がある。ただ変らないのは、右の頬の大きい瘤くらゐのものである。この瘤は、いまから二十年ほど前、お爺さんが五十の坂を越した年の秋、右の頬がへんに暖くなつて、むずかゆく、そのうちに頬が少しづつふくらみ、撫でさすつてゐると、いよいよ大きくなつて、お爺さんは淋しさうに笑ひ、

「こりや、いい孫が出来た。」と言つたが、息子の聖人は頗るまじめに、

「頬から子供が生れる事はござりません。」と興覚めた事を言ひ、また、お婆さんも、

いのちにかかはるものではないでせうね。」と、にこりともせず一言、尋ねただけで、それ以上、その瘤に対して何の関心も示してくれない。かへつて、近所の人が、同情して、どういふわけでそんな瘤が出来たのでせうね、痛みませんか、さぞやジヤマツケでせうね、などとお見舞ひの言葉を述べる。しかし、お爺さんは、笑つてかぶりを振る。ジヤマツケどころか、お爺さんは、いまは、この瘤を本当に、自分可愛い孫のやうに思ひ、自分孤独を慰めてくれる唯一の相手として、朝起きて顔を洗ふ時にも、特別にていねいにこの瘤に清水をかけて洗ひ清めてゐるのであるけふのやうに、山でひとりで、お酒を飲んで御機嫌の時には、この瘤は殊にも、お爺さんに無くてかなはぬ恰好の話相手である。お爺さんは岩の上に大あぐらをかき、瓢のお酒を飲みながら、頬の瘤を撫で、

「なあに、こはい事なんか無いさ。遠慮には及びませぬて。人間すべからく酔ふべしぢや。まじめにも、程度がありますよ。阿波聖人とは恐れいる。お見それ申しましたよ。偉いんだつてねえ。」など、誰やらの悪口を瘤に囁き、さうして、えへん! と高く咳ばらひをするのである

ハカニ クラク ナリマシタ

カゼガ ゴウゴウ フイテキテ

メモ ザアザア フリマシタ

 春の夕立ちは、珍しい。しかし、剣山ほどの高い山に於いては、このやうな天候の異変も、しばしばあると思はなければなるまい。山は雨のために白く煙り、雉、山鳥があちこちから、ぱつぱつと飛び立つて矢のやうに早く、雨を避けようとして林の中に逃げ込む。お爺さんは、あわてず、にこにこして、

「この瘤が、雨に打たれてヒンヤリするのも悪くないわい。」

 と言ひ、なほもしばらく岩の上にあぐらをかいたまま、雨の景色を眺めてゐたが、雨はいよいよ強くなり、いつかうに止みさうにも見えないので、

「こりや、どうも、ヒンヤリしすぎて寒くなつた。」と言つて立ち上り、大きいくしやみを一つして、それから拾ひ集めた柴を背負ひ、こそこそと林の中に這入つて行く。林の中は、雨宿りの鳥獣で大混雑である

はい、ごめんよ。ちよつと、ごめんよ。」

 とお爺さんは、猿や兎や山鳩に、いちいち上機嫌で挨拶して林の奥に進み、山桜大木の根もとが広い虚うろになつてゐるのに潜り込んで、

「やあ、これはいい座敷だ。どうです、みなさんも、」と兎たちに呼びかけ、「この座敷には偉いお婆さんも聖人もゐませんから、どうか、遠慮なく、どうぞ。」などと、ひどくはしやいで、そのうちに、すうすう小さい鼾をかいて寝てしまつた。酒飲みといふものは酔つてつまらぬ事も言ふけれど、しかし、たいていは、このやうに罪の無いものである

ユフダチ ヤムノヲ マツウチニ

ツカレガ デタカ オヂイサン

イツカ グツスリ ネムリマ

オヤマハ ハレテ クモモナ

アカルイ ツキヨニ ナリマシタ

 この月は、春の下弦の月である。浅みどり、とでもいふのか、水のやうな空に、その月が浮び、林の中にも月影が、松葉のやうに一ぱいこぼれ落ちてゐる。しかし、お爺さんは、まだすやすや眠つてゐる。蝙蝠が、はたはたと木の虚うろから飛んで出た。お爺さんは、ふと眼をさまし、もう夜になつてゐるので驚き、

「これは、いけない。」

 と言ひ、すぐ眼の前に浮ぶのは、あのまじめなお婆さんの顔と、おごそかな聖人の顔で、ああ、これは、とんだ事になつた、あの人たちは未だ私を叱つた事は無いけれども、しかし、どうも、こんなにおそく帰つたのでは、どうも気まづい事になりさうだ、えい、お酒はもう無いか、と瓢を振れば、底に幽かにピチヤピチヤといふ音がする。

「あるわい。」と、にはかに勢ひづいて、一滴のこさず飲みほして、ほろりと酔ひ、「や、月が出てゐる。春宵一刻、――」などと、つまらぬ事を呟きながら木の虚うろから這ひ出ると、

オヤ ナンデセウ サワグコヱ

ミレバ フシギダ ユメデシヨカ

 といふ事になるのである

 見よ。林の奥の草原に、この世のものとも思へぬ不可思議光景が展開されてゐるのである。鬼、といふものは、どんなものだか、私は知らない。見た事が無いかである。幼少の頃から、その絵姿には、うんざりするくらゐたくさんお目にかかつて来たが、その実物に面接するの光栄には未だ浴してゐないのである。鬼にも、いろいろの種類があるらしい。××××鬼、××××鬼、などと憎むべきものを鬼と呼ぶところから見ても、これはとにかく醜悪性格を有する生き物らしいと思つてゐると、また一方に於いては、文壇鬼才何某先生の傑作、などといふ文句新聞新刊書案内欄に出てゐたりするので、まごついてしまふ。まさか、その何某先生が鬼のやうな醜悪の才能を持つてゐるといふ事実暴露し、以て世人に警告を発するつもりで、その案内欄に鬼才などといふ怪しむべき奇妙な言葉使用したのでもあるまい。甚だしきに到つては、文学の鬼、などといふ、ぶしつけな、ひどい言葉を何某先生に捧げたりしてゐて、これではいくら何でも、その何某先生も御立腹なさるだらうと思ふと、また、さうでもないらしく、その何某先生は、そんな失礼千万醜悪綽名をつけられても、まんざらでないらしく、御自身ひそかにその奇怪の称号を許容してゐるらしいといふ噂などを聞いて、迂愚の私は、いよいよ戸惑ふばかりである。あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鉄の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである鬼才だの、文学の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狭い故であつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。このへんで、日本百科辞典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博学の士に一変して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顔をして、鬼に就いて縷々千万言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供絵本が一冊ひろげられてあるきりなのである。私は、ただこの絵本の絵に依つて、論断せざるを得ないのである

 見よ。林の奥の、やや広い草原に、異形の物が十数人、と言ふのか、十数匹と言ふのか、とにかく、まぎれもない虎の皮のふんどしをした、あの、赤い巨大の生き物が、円陣を作つて坐り、月下の宴のさいちゆうである

 お爺さん、はじめは、ぎよつとしたが、しかし、お酒飲みといふものは、お酒を飲んでゐない時には意気地が無くてからきし駄目でも、酔つてゐる時には、かへつて衆にすぐれて度胸のいいところなど、見せてくれるものである。お爺さんは、いまは、ほろ酔ひである。かの厳粛なるお婆さんをも、また品行方正の聖人をも、なに恐れんやといふやうなかなりの勇者になつてゐるのである。眼前の異様の風景に接して、腰を抜かすなどといふ醜態を示す事は無かつた。虚うろから出た四つ這ひの形のままで、前方の怪しい酒宴のさまを熟視し、

「気持よささうに、酔つてゐる。」とつぶやき、さうして何だか、胸の奥底から、妙なよろこばしさが湧いて出て来た。お酒飲みといふものは、よそのものたちが酔つてゐるのを見ても、一種のよろこばしさを覚えるものらしい。所謂利己主義者ではないのであらう。つまり隣家の仕合せに対して乾盃を挙げるといふやうな博愛心に似たものを持つてゐるのかも知れない。自分も酔ひたいが、隣人もまた、共に楽しく酔つてくれたら、そのよろこびは倍加するもののやうである。お爺さんだつて、知つてゐる。眼前の、その、人とも動物もつかぬ赤い巨大の生き物が、鬼といふおそろしい種族のものであるといふ事は、直覚してゐる。虎の皮のふんどし一つに依つても、それは間違ひの無い事だ。しかし、その鬼どもは、いま機嫌よく酔つてゐる。お爺さんも酔つてゐる。これは、どうしても、親和の感の起らざるを得ないところだ。お爺さんは、四つ這ひの形のままで、なほもよく月下の異様の酒宴を眺める。鬼、と言つても、この眼前の鬼どもは、××××鬼、××××鬼などの如く、佞悪の性質を有してゐ種族のものでは無く、顔こそ赤くおそろしげではあるが、ひどく陽気で無邪気な鬼のやうだ、とお爺さんは見てとつた。お爺さんのこの判定は、だいたいに於いて的中してゐた。つまり、この鬼どもは、剣山隠者とでも称すべき頗る温和な性格の鬼なのである地獄の鬼などとは、まるつきり種族が違つてゐるのである。だいいち、鉄棒などといふ物騒なものを持つてゐない。これすなはち、害心を有してゐない証拠と言つてよい。しかし、隠者とは言つても、かの竹林賢者たちのやうに、ありあまる知識をもてあまして、竹林に逃げ込んだといふやうなものでは無くて、この剣山隠者の心は甚だ愚である。仙といふ字は山の人と書かれてゐから、何でもかまはぬ、山の奥に住んでゐる人を仙人と称してよろしいといふ、ひどく簡明の学説を聞いた事があるけれども、かりにその学説に従ふなら、この剣山隠者たちも、その心いかに愚なりと雖も、仙の尊称を奏呈して然るべきものかも知れない。とにかく、いま月下の宴に打興じてゐるこの一群の赤く巨大の生き物は、鬼と呼ぶよりは、隠者または仙人呼称するはうが妥当のやうなしろものなのである。その心の愚なる事は既に言つたが、その酒宴の有様を見るに、ただ意味も無く奇声を発し、膝をたたいて大笑ひ、または立ち上つて矢鱈にはねまはり、または巨大のからだを丸くして円陣の端から端まで、ごろごろところがつて行き、それが踊りのつもりらしいのだから、その智能の程度は察するにあまりあり、芸の無い事おびただしい。この一事を以てしても、鬼才とか、文学の鬼とかい言葉は、まるで無意味ものだといふことを証明できるやうに思はれる。こんな愚かな芸無しどもが、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。お爺さんも、この低能の踊りには呆れた。ひとりでくすくす笑ひ、

「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげませうかい。」とつぶやく

ヲドリノ スキナ オヂイサン

スグニ トビダシ ヲドツタラ

コブガ フラフラ ユレルノデ

トテモ ヲカシイ オモシロ

 お爺さんには、ほろ酔ひの勇気がある。なほその上、鬼どもに対し、親和の情を抱いてゐるのであるから、何の恐れるところもなく、円陣のまんなかに飛び込んで、お爺さんご自慢の阿波踊りを踊つて、

むすめ島田年寄りやかつらぢや

赤い襷に迷ふも無理やない

嫁も笠きて行かぬか来い来い

 とかい阿波俗謡をいい声で歌ふ。鬼ども、喜んだのなんの、キヤツキヤツケタケタと奇妙な声を発し、よだれやら涙やらを流して笑ひころげる。お爺さんは調子に乗つて、

大谷通れば石ばかり

笹山通れば笹ばかり

 とさらに一段と声をはり上げて歌ひつづけ、いよいよ軽妙に踊り抜く。

オニドモ タイソウ ヨロコン

ツキヨニヤ カナラズ ヤツテキテ

ヲドリ ヲドツテ ミセトクレ

ソノ ヤクソクノ オシルシ

ダイジナ モノヲ アヅカラウ

 と言ひ出し、鬼たち互ひにひそひそ小声で相談し合ひ、どうもあの頬ぺたの瘤はてかてか光つて、なみなみならぬ宝物のやうに見えるではないか、あれをあづかつて置いたら、きつとまたやつて来るに違ひない、と愚昧なる推量をして、矢庭に瘤をむしり取る。無智ではあるが、やはり永く山奥に住んでゐるおかげで、何か仙術みたいなものを覚え込んでゐたのかも知れない。何の造作も無く綺麗に瘤をむしり取つた。

 お爺さんは驚き、

「や、それは困ります。私の孫ですよ。」と言へば、鬼たち、得意さうにわつと歓声を挙げる。

アサデス ツユノ ヒカルミチ

コブヲ トラレタ オヂイサン

ツマラナサウニ ホホヲ ナデ

オヤマヲ オリテ ユキマシタ

 瘤は孤独のお爺さんにとつて、唯一の話相手だつたのだから、その瘤を取られて、お爺さんは少し淋しい。しかしまた、軽くなつた頬が朝風に撫でられるのも、悪い気持のものではない。結局まあ、損も得も無く、一長一短といふやうなところか、久しぶりで思ふぞんぶん歌つたり踊つたりしただけが得とく、といふ事になるかな? など、のんきな事を考へながら山を降りて来たら、途中で、野良へ出かける息子の聖人とばつたり出逢ふ。

「おはやうござります。」と聖人は、頬被りをとつて荘重に朝の挨拶をする。

「いやあ。」とお爺さんは、ただまごついてゐる。それだけで左右に別れる。お爺さんの瘤が一夜のうちに消失てゐるのを見てとつて、さすがの聖人も、内心すこしく驚いたのであるが、しかし、父母の容貌に就いてとやかくの批評がましい事を言ふのは、聖人の道にそむくと思ひ、気附かぬ振りして黙つて別れたのである

 家に帰るとお婆さんは、

「お帰りなさいまし。」と落ちついて言ひ、昨夜はどうしましたとか何とかいふ事はいつさい問はず、「おみおつけが冷たくなりまして、」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度をする。

「いや、冷たくてもいいさ。あたためるには及びませんよ。」とお爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につく。お婆さんにお給仕されてごはんを食べながら、お爺さんは、昨夜の不思議出来事を知らせてやりたくて仕様が無い。しかし、お婆さんの儼然たる態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひつからまつて何も言へない。うつむいて、わびしくごはんを食べてゐる。

「瘤が、しなびたやうですね。」お婆さんは、ぽつんと言つた。

「うむ。」もう何も言ひたくなかつた。

「破れて、水が出たのでせう。」とお婆さんは事も無げに言つて、澄ましてゐる。

「うむ。」

「また、水がたまつて腫れるんでせうね。」

「さうだらう。」

 結局、このお爺さんの一家於いて、瘤の事などは何の問題にもならなかつたわけである。ところが、このお爺さんの近所に、もうひとり、左の頬にジヤマツケな瘤を持つてるお爺さんがゐたのである。さうして、このお爺さんこそ、その左の頬の瘤を、本当に、ジヤマツケなものとして憎み、とかくこの瘤が私の出世のさまたげ、この瘤のため、私はどんなに人からあなどられ嘲笑せられて来た事か、と日に幾度か鏡を覗いて溜息を吐き、頬髯を長く伸ばしてその瘤を髯の中に埋没させて見えなくしてしまはうとたくらんだが、悲しい哉、瘤の頂きが白髯の四海波の間から初日出のやうにあざやかにあらはれ、かへつて天下の奇観を呈するやうになつたのである。もともとこのお爺さんの人品骨柄は、いやしく無い。体躯は堂々、鼻も大きく眼光も鋭い。言語動作は重々しく、思慮分別も十分の如くに見える。服装だつて、どうしてなかなか立派で、それに何やら学問もあるさうで、また、財産も、あのお酒飲みのお爺さんなどとは較べものにならぬくらゐどつさりあるかいふ話で、近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜、鬱々として楽しまない。このお爺さんのおかみさんは、ひどく若い。三十六歳である。そんなに Permalink | 記事への反応(0) | 18:24

2026-04-18

動物園世界唯一の弱者男性飼育個体として生活したい

そしたらそのうち、研究対象としてメスの弱者男性との繁殖もできるかもしれない

2026-04-13

結局、まとめブログで暴れてた最悪の屑ネット民て、みんなブス腐女子だったんよね。

 あいつらって、バンドとかの美少女アニメ

「誤解を招く有害萌え豚美少女動物園がー!」

 って喚き散らしてたくせに、その点で言えば百億倍有害だったテニプリだの黒バスだのホモバレーだのは持ち上げまくって、叩くことなんて一切なかった

 ブス腐女子ホモ豚っていうのは、本当に最低最悪の屑。

anond:20260412132516

動物園行ったら障害者施設グループかわいい動物たちに大興奮で子供みたいにギャーギャーギャーギャー騒いでたんよ

そしたらサル舎のサル達もそれに応えたのか騒ぎ始めてお互いめっちゃ楽しそうだったんよ

俺は大人からグッとこらえたけど気持ちは同じだよって思ってた

2026-04-10

私が子供を産んでも公立中学という動物園に通わせてしまうから産みたくない

公立中学という底辺家庭出身ゴミみたいな子供が集まる学校に通わせてしまうから産みたくない

暴行、薬物、売春レイプが当たり前の荒れまくっていてまともに教育を受けられない公立中学なんて通わせたら子供が可哀そう

塾に行ったら友達と遊べない。塾に行かなければ我が子を抱き締められない。

この記事さぁ、

の子が仮に塾に行かなかった場合にはもっと悲惨未来が待っている可能性が高いのを無視しているよね?

週3日の塾通いに子どもが「ぼくの時間は戻ってこない」と涙の訴え なぜ日本小中学生は塾に通うのか 親心のゆくえ

https://dot.asahi.com/articles/-/279490?page=1


塾に行かずに遊んでいれば、その時は楽しいかもしれないよ?

でもその結果として「動物園」呼ばわりされる公立中学校しか入れず、公立高校からF欄大に入り、大企業から学歴フィルターで落とされて、まともな就職は出来ない可能性が高いだろう。

低賃金ブラック企業貧乏暇なしで働き、結婚出来ない可能性が高い。

万が一結婚出来たとしても子供は無理だろう。我が子を抱く事は出来ない。

まり小学生時代友達と遊ぶという一時の欲求を満足させた結果、子供自身の将来ひいては

子孫を残す可能性を全面的に絶つ事になる訳だ。そっちの方がよっぽど酷じゃないか

本来問題視するならば日本労働環境の悪さや賃金の低さであるべきなのに

この記事はそこを突き詰める事なく、親の意識問題矮小化して終わらせている。

教育格差を縮小するために、塾代の助成を行う自治体もあるが、おおたさんは、「収入の高い世帯は『もっといい塾に通おう』とする。いたちごっこは続くでしょう」と指摘。こう続けた。

教育を、社会での『競争の道具』として見る状況が変わらなければ、『塾にいかなければならない』と思い込む保護者は減らないでしょう」(同)


これってあれか、ゆとり教育導入の時に三浦守門が言った「できん子はできんままでよろしい」ってやつ?朝日新聞記者のような上級国民は下級国民受験で逆転して真っ当な暮らしを掴み取るのが面白くないのかな?だから子供の塾通いを否定する?

2026-04-05

anond:20260405170019

まあこれは真理よな

生きる価値がある人間がいるなら、そいつ生活人類が全てを保証するだろうよ

動物園にいるライオンのようにな

2026-03-31

dorawii@新刊発売(予定)

職業訓練校で若ハゲと咳き込み初老おじさんが言い争ってるの見たことある。もちろんどっちも生徒?ね。

職業訓練校って動物園なんだなあって思ったよ。弱者の。

でも失業保険もらってるから弱者の中ではぎりぎり最底辺とも言えないのか。あれでさえも。

dorawiiより


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2026-03-28

大分県大分市別府市の街の感想

消防設備試験で、大分市別府市に行ってきたので、

街の感想を書いてみる。

佐賀県佐賀市の街の感想も書いてるので、リンク載せておきます

anond:20260328182121

大分市の街の第一印象

発展してるなぁー!!って感じ。

駅ビル立派だし、タワマンもある。街は結構綺麗。新しいく感じた。センタポルテ商店街も栄えてる。お店も夜まで開いてるしね。

夜の繁華街商店街の奥。パレスシリーズ建物の感じが好きだった。

ただ、賑わってる範囲が狭いな笑

あ、もう終わるのね。って感じでスンって終わる。商店街20分も歩けば、特筆する所はなくなる。

個人的感覚としては、

甲府くらいの栄え感。いや、もうちょい上かも。

第二印象

治安悪い。チリチリパーマとか、刈り上げの奴とかが若者流行ってる。(ヤリラフィってやつかもしれない)

OPAマック動物園状態だった。中高生がイキって騒いでる感じが、ちょっと肌に合わない。

あと、マック温泉くさい(硫黄臭)。別に温泉があるわけじゃないだろうに、何故。

産業など

新日鉄の製鉄所、石油コンビナートがある!

いやぁ、強いよなぁ。お金あるよなぁと。

そりゃ美術館とか、カッコイ建物つくりたくなっちゃうよね。坂茂設計大分県美術館OPAM)。

ただ、個人的には特に良さ無しだった。かっこいいのは屋根架構くらいだけど、あんまり見えないしね。

別府が近い。電車で15分

電車の本数が少ないけど。気軽に温泉行けるの最高やね。

別府温泉は、別府って一言では言い表すのはよくないと思った。広すぎるから

別府温泉ってエリアがいくつか分かれてるから、1回だけで全部は回れない。

鉄輪温泉エリア(+地獄めぐりらへん?)

②駅~海側エリア

③駅~山側エリア

3,4回くらい行かないと全貌つかめいかも。

今回行ったのは、①の駅~海側エリア

別府温泉 竹瓦温泉。1500円。

とにかく最高だった 砂風呂も入ったんだけど は入らなくてもいいかな 水分 お湯はってあっためて 砂を温めてその砂を乗っけるっていう感じ。

指宿の砂風呂はそのまま砂 乗っけるから重くない感じなんだけど 竹瓦温泉のこの砂風呂はめちゃくちゃ重くて圧迫される感じがする。

個人的にはこっちの方が面白い

銭湯の方は300円で入れる。

建物が最高に素晴らしくて温泉 風呂場は天井も高くて面白い

あと、建物の周りが風俗街なのも温泉街っぽくてよかった笑

やっぱ温泉はこうじゃなきゃね笑

弥生通り 銭湯 200円。

これが別府銭湯って感じなのかね。

特に言うことはないが1つあえて言うなら、お湯が汚れていました。

何なんだろうな、ちっちゃい黒い破片。温泉の成分が析出したものなのか、それともなんかどっかで混じったゴミなのかわかんないけどとりあえずゴミが浮いてました。

大分大学

こじんまりしてるが悪くない。

住みたいか

住みたいね!!

住むなら別府かなぁ。

1,2年くらい別府に住んだら楽しいと思う!

2026-03-27

ピクニック芋女だけど全然モテねえ

タイトルが全てだよ。

こんな女の子ピクニックしたい〜のイラストにいる女の子だけどモテねえよ。料理洗濯掃除もそれなりにできるけどモテねえよ。ていうかピクニック行く機会がねえよ。もしかして男性の皆さんは気になる女性ピクニック誘ってたりすんの?

見た目か?肌荒れしてないしガリでもデブでもないけどそれ以外のところがどうしようもないのか??

こんな女の子がいたらすぐ結婚してるとか言われてるけどもうアラサーになるよ。

1人で動物園手作りのお弁当を持って行くよ。

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