はてなキーワード: ジャックとは
プロイセンの軍事思想家カール・フォン・クラウゼビッツは、こう記した。「戦争とは、他の手段をもってする政治の継続にすぎない」。クラウゼビッツの死後、1832年に出版された著作「戦争論」から、ほぼ全ての陸軍将校が学ぶ一節があるとすれば、それは、武力紛争の目的を定義したこの言葉である。
1月3日朝、米軍がベネズエラを攻撃し、独裁者ニコラス・マドゥロ氏を拘束して米国に連行し刑事訴追するというニュースを耳にした時、真っ先に頭に浮かんだのが、この言葉だった。
理由は単純だ。ベネズエラへの攻撃は、19世紀の世界秩序が崩壊する前、2度の壊滅的な世界大戦が起こる前、そして米国がまさに実行したような国家の行動を阻止するために設計された国際法と外交体制が生まれる前の、異なる時代を想起させるからだ。
あらゆる国家が決定すべき最も重要な課題の一つは、いつ、そしてどのように、戦争を遂行するかである。ちなみに、クラウゼビッツを道徳観念のない戦争推進者と見なすのは誤りだ。彼はこの概念を発明したわけではなく、当時の世界を描写したに過ぎない。彼の言葉は、人類史の大半において主権国家が戦争をどのように捉えてきたのかを端的に説明している。
強国が「戦争は政策の延長に過ぎない」という原則のもとで行動する時には、マフィアのボスのような振る舞いに陥りやすい。弱い国とのあらゆる相互作用には何らかの形で武力の脅威が伴うことになる。素敵な国ですね。もし何か起きたら残念ですね、という具合に。
これは空想ではない。トランプ米大統領はアトランティック誌との電話でのやりとりで、マドゥロ氏の副大統領を務めたベネズエラの新たな指導者デルシー・ロドリゲス氏を脅した。「彼女が正しいことをしなければ非常に大きな代償を払うことになるだろう。おそらくマドゥロよりも大きな代償だ」と述べた。
外交と経済的圧力は、依然としてほとんどの場合、強国がとる最初の手段である。しかし、意図した成果を上げられなかった場合に次に何が起こるかは、ベネズエラでの米国の攻撃の映像を見ればわかるだろう。
しかし、クラウゼビッツ的な見方は、国家とその指導者たちにとって唯一の選択肢というわけではない。国際関係にはより優れたモデルが存在する。それは悪の存在と国家の利益という現実を認めつつ、平和と人命を守るための境界線を引くものだ。
人類はクラウゼビッツとアクィナスの間を揺れ動いてきたのだと、筆者は分析します。歴史を振り返りつつ、今回の米トランプ政権のベネズエラ攻撃をどう読み解くのか。「戦争は政治の延長」の先にある世界とは……。
13世紀に書かれた「神学大全」でアクィナスは、後に「正戦論」として知られる三つの基本要件を提示した。
第一に、戦争は主権者の合法的な行使によって遂行されなければならず、野心的な個人の私的な冒険主義によってはならない。
第二に、戦争は正当な大義に基づかなければならない。例えば、国家の自衛や集団的自衛は明らかに正当である。
第三に、正当な目的、すなわち善を推進し、悪を回避しなければならない。
戦争の形態の変遷を考える一つの方法は、人類がクラウゼビッツとアクィナスの間で揺れ動いていると捉えることだ。強い国は弱い国に自らの望みを押し付け、やがては強国が互いに押し付け合おうとする。必然的に大惨事が起き、アクィナスに立ち返る。
この揺れ動きの結果は、実際に歴史の長い流れの中で確認できる。紛争による世界の死者数を分析すると、戦争は常に存在するものの、その激しさは強弱を繰り返していることがわかる。極度の苦痛と死の時代は、比較的平穏な時代を経て、再び恐怖の時代へと続く。
第1次世界大戦以降の歴史を考えてみよう。塹壕(ざんごう)戦での絶え間ない殺戮(さつりく)の後、世界は侵略戦争を禁止し、平和を維持するための国際機関である国際連盟を設立しようとした。
国際連盟は、米国が加盟を拒否したことも一因となって失敗に終わり、さらに恐ろしい世界大戦を経て、今度は米国主導のもとで世界は再び試みた。
アクィナスの思想は国連憲章の随所に反映されている。憲章第2条は侵略戦争を禁止し、51条は大国を抑制するための個別的・集団的自衛権を認めている。そして第5章は平和維持のために安全保障理事会という機関を設立した。
この体制が完璧だとは誰も言わないだろう。だが、第2次世界大戦後も侵略戦争が起きる中で、この体制は主要な目的を達成してきた。世界は大戦を免れてきたのだ。
ただ、アクィナスのモデルは、二つの敵と戦わなくてはならない。権力への願望と記憶の風化だ。正戦論は、強者の自制を求めている。大国に自らの願望を押し付けることを控えさせ、短期的な国益より、国際平和と正義という長期的な目標を優先させることさえ求める。
ここで記憶の風化が作用する。人々が世界大戦を記憶している間は、自制はより説得力を持つ。国連とNATO(北大西洋条約機構)をつくった人々は、2度の戦争を経験していた。その意味で、侵略戦争に対する道徳的議論は、現実的な意義を持つ。
世界は、力への願望が国際情勢を支配する結果を目の当たりにしてきた。指導者たちは、最も壊滅的な紛争がごくささいなきっかけから始まることを知っているし、知るべきである。
例えば、1914年にガブリロ・プリンツィプがサラエボでフランツ・フェルディナント大公を狙撃し、オーストリア・ハンガリー帝国が小国セルビアに軍を動員した時、1600万人以上が命を落とす戦争になることを、いったいどれほどの世界の指導者たちが察知していただろうか?
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サラエボで起きたオーストリア・ハンガリー帝国のフランツ・フェルディナント大公と妻の暗殺事件を報じる朝日新聞紙面(1914年7月30日付)
記憶が薄れるにつれ、クラウゼビッツのモデルはより魅力的に映る。その一因は、まさにベネズエラで起きたように、即効性のある結果をもたらし得るからだ。
とはいえ、トランプ氏のベネズエラ介入に激しく反対する人々でさえ、マドゥロ氏の支配を美化すべきではない。彼は腐敗した暴力的な独裁者であり、国民を抑圧し、貧困に陥れた。
経済指標がその実態を物語っている。マドゥロ政権が発足する前年の2012年、ベネズエラの国内総生産(GDP)は3720億ドルを超えていた。それが、2024年には1200億ドル弱にまで急落した。壊滅的な崩壊だ。
マドゥロ氏が権力を維持できたのは、民主主義を無視したからに他ならない。選挙監視員たちによると、2024年の選挙で、3期目をめざしたマドゥロ氏は30ポイント以上の差で負けていたとされる。対立候補のエドムンド・ゴンサレス氏は65%を超える票を獲得し、マドゥロ氏はわずか30%強だった。しかし公式集計ではマドゥロ氏の勝利が宣言された。
ただ、GDPの数値や得票数だけでは、マドゥロ政権が人々にもたらした苦難を語るには不十分だ。2014年以降、貧困や汚職、抑圧から逃れるために約800万人のベネズエラ人が国外へ脱出した。これはマドゥロ氏が大統領に就く以前の人口の4分の1以上に相当する。
トランプ政権は、マドゥロ氏を権力の座から追放することが米国の国益に最もかなうとの判断を下し、議会の承認を得ることなく、完全に独自行動をとった。
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米フロリダ州で2026年1月3日、記者会見に臨む米国のトランプ大統領。後ろにいるのはルビオ国務長官=AP
第一に、トランプ氏は、米国法の要件を無視し、一方的に行動した。議会と協議せず、宣戦布告も取り付けなかった。彼は、ただ自らの権限だけで、主権国家を攻撃したのだ。
マルコ・ルビオ国務長官は、政権の行動は戦争行為ではなく、「法執行活動」であり、国防総省は容疑者を逮捕する公務員たちを守っていたにすぎないと主張している。
この弁明は笑えるほどにお粗末だ。この理屈では、大統領は敵対する指導者を起訴し、指導者の逮捕に必要な大規模な軍事力は単に法執行を保護しているだけだと主張することで、事実上あらゆる戦争を法執行活動に変えることができる。これは議論ではない。言い訳だ。
第二に、トランプ氏は開戦事由も、国際法や国連憲章が認める正当な理由もなしに攻撃を仕掛けた。ハーバード大教授で、ブッシュ政権(子)下で司法省法律顧問局次官を務めたジャック・ゴールドスミス氏が指摘したように、(国連)憲章の命令を執行する明確な方法がないとしても、この攻撃は明らかに憲章に違反している。
第三に、独裁者を権力の座から追放することは正当な目的になりうるかもしれないが、民主的に選出された野党指導者を無視するというトランプ氏の決定は、非常に問題である(編集部注:トランプ氏は15日にベネズエラの野党指導者マリア・コリナ・マチャド氏と会談した。)。腐敗した政権の残党が、米国企業の石油取引交渉の要求に従い、依然として国を統治していることは、自由と民主主義を犠牲にして腐敗と抑圧を永続させる危険性がある。
これらは何も新しいことではない。歴史家のニーアル・ファーガソン氏は、トランプ氏のベネズエラへの攻撃は、第1次世界大戦の惨事以前の時代の政治と外交の復活という、より大きな全体像の一部であると述べている。
19世紀後半の南北戦争後に米経済が急発展した金ぴか時代の砲艦外交は、米国が中南米を支配していたことを確かに意味していた。それは、この地域に植民地に似た現実を押し付けた。各国は少なくともある程度の米国の監視の下で発展し、主権は米国が認める範囲にとどまった。
トランプ氏のベネズエラ攻撃もまた、何もないところから出てきたわけではない。昨年12月、政権は国家安全保障戦略の文書を発表し、西半球を最優先に位置づけた。
この文書はアジア、欧州、中東に先立って米州を扱い、「西半球における米国の優位を回復するため、モンロー主義を再確認し実施する」と宣言した。
大統領はすでに、19世紀の米国外交政策を復活させる自らの政策に「ドンロー主義」という名を付けている。
トランプ氏はドンロー主義を熱心に推し進めている。カナダとメキシコに対して経済戦争を仕掛け、カナダは米国の51番目の州になるべきだと発言した。NATOの同盟国であるデンマークの主権領土の一部であるグリーンランドにも野心を抱いている。
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デンマークのコペンハーゲンの米国大使館前で2026年1月14日、グリーンランドはグリーンランド人のものだと抗議する人々=ロイター
ここで再び、影響圏による世界支配と、「政策の延長としての戦争」という非道徳的アプローチの致命的な欠陥に直面する。小国は強国に支配されることを望まず、強国はライバルの台頭を望まない。故に同盟を結ぶ。1914年、セルビアにはロシアが、ベルギーには英国がいた。1939年にはポーランドにフランスと英国が味方した。
なぜ南米諸国が他国との緊密な関係を求めるのか、米国人が疑問に思うのならば、むしろ彼らと米国との歴史的経緯や、南米の人々がモンロー主義の攻撃的復活をどう捉えているかを問うべきだろう。
一つは、トランプ氏がベネズエラ介入で先例をつくったというものだ。ロシア、中国、イランといった国々は、自らの勢力圏でその先例に従おうと躍起になるだろうし、我々が取ったのと同じ手法を敵対国が自らの勢力圏で取っても、我々に異議を唱える資格はなくなる、というものだ。
しかし、ウラジーミル・プーチン氏のロシア、習近平氏の中国、革命体制のイランは、正戦論や道徳的議論などみじんも気にかけたことがない。彼らがある程度抑制されているのは、抑止力によるものであり、もし抑止力が失敗すれば、純粋な軍事力による。
もう一つの議論は、正戦論が決して全会一致で受け入れられることはないことを認めるものだ。国連憲章が往々にして実践的というより理想論的なものにならざるを得ない運命にあることを認識するものだ。
この議論は、世界秩序の存続が強国に依存するわけではないが、米国という最大の強国には依存していることを認識している。言い換えれば、我々の国がアクィナスに傾倒していることが、クラウゼビッツを遠ざけているのだ。
安全保障理事会の常任理事国5カ国のうち、米国・英国・フランスの3カ国だけが国連憲章と国際法に従う状況で、我々はかろうじて世界秩序を維持している。しかし、もし米国がロシアや中国と同様の武力紛争や国際関係へのアプローチを採用すれば、西側の戦後コンセンサスは完全に崩壊する。
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ベネズエラの首都カラカスで2026年1月6日、3日前に米軍に拘束されたマドゥロ大統領の解放を求めるデモのそばに「トランプ:殺人者 誘拐犯」などと書かれた落書きがあった=AP
「アメリカ第一主義」は必ずしも孤立主義ではない。主権国家の指導者を逮捕し、その国を「運営する」と宣言することに孤立主義的な要素はない。だが、それは短絡的で、正義と平和を犠牲に、国家権力の高揚感を追い求めている。
トランプ氏がいま、まさにその高揚感に浸っているのは明らかだ。1月4日の夜、米NBCは、トランプ氏が依然として「我々はベネズエラを運営していく」と発言していると報じた。トランプ氏は「彼らが従わなければ、第2の打撃を加える」と付け加えた。
トランプ氏が考えていたのはベネズエラだけではない。「コロンビアも非常に病んでいる」、キューバは「崩壊しつつある」と彼は述べた。さらにイランが抗議デモ Permalink | 記事への反応(1) | 23:06
投稿した作品は入賞には及ばなかったものの[47]、すぐにまた描き上げた鳥山の投稿作品『謎のレインジャック』を目にした『週刊少年ジャンプ』の編集者の鳥嶋和彦は作中の描き文字(擬音、擬態語など、写植以外の文字のこと)にカタカナでなくアルファベットを使用していることや、対象を様々な角度から描けること、絵が丁寧に描き込まれていることにセンスを感じ[39][48]「今は下手だが頑張れば何とかなるかもしれないから、もっと描いて送ってよ」とアドバイスをした
dorawiiより
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今見ると言いたいことがいろいろありすぎるロシア産戦争映画だった。
う~~~~~~~~~~~~~ん……55点。
中央アフリカ共和国で国軍の軍事訓練を行うロシア兵たち。選挙の年、元大統領一味は選挙をジャックして再選を狙うために各地で武装蜂起を起こし、周囲の国からも傭兵を集め国の中心地を目指す。中央アフリカ共和国政府軍&ロシア軍VS反政府軍の戦いが今幕を開ける。
さて。清々しいまでのプロパガンダ映画である。何のプロパガンダかというともちろんロシア国としてのプロパガンダでもあるのだが、後のウクライナ侵攻でいろいろあって有名になった日本ではお尻プリプリプリコジンでおなじみのプリコジン氏(R.I.P.)が設立したロシアの軍事企業であるワグネルの広報戦略として作られた映画である。
同じく清々しいまでのプロパガンダ映画であるアメリカ海兵隊もののお約束をかなり踏襲しているのがウケる。
新兵が中央アフリカ共和国での訓練任務にアサインされるところから始まり、ベテラン兵たちにネチネチ嫌味を言われ、なんか嫌がらせとかも受けたりしながら戦場での活躍を通じて次第に心を通わせていくという100回見た新兵ものの定石をきっちり踏んでいるので話の大筋は受け入れやすい。ベテラン兵から「ソ連時代はお前みたいなモヤシは後方支援しかさせてもらえなかったゼ」ってソレハラ受けてるのはお国柄が出ててよかった。
あとさ、プロパガンダだからって側面はもろちんあるんだとは思うんだけど彼らは彼らの正義をもって国外任務にあたってるんだなっていうのがなんか新鮮だった。2025年を生きる俺らとしてはロシア軍=悪の軍団みたいなイメージあるじゃん。でもロシア軍の兵士自体はみんな正義の軍隊として国外任務にあたるシールズのように、彼らなりの使命感をもって職務に当たってるだけなんだなって当たり前の視点を得た。
で、国軍の訓練をするために中心街に向かうんだけど途中で武装蜂起が各地で始まってヤバくね?ってなって、実際に基地についてみたら国軍はみんな逃げちゃってて残ったのが3人だけ。しかも基地っていうかあばら家。
ここで面白かったのがロシアとしては軍事協定は結んでるんだけど基本的には国軍を訓練するという名目で中央アフリカ共和国に駐屯しているわけでここで戦争行為を行うことは非常に問題がある。特に「反乱軍だからぶち殺しました」となると対外的には「ロシア軍が国外で民間人をぶち殺した」となってしまう。ロシア軍の上官が「そんなことをしたらロシア軍は世界各国から袋叩きにあってしまう!」って心配してて2025年に見ると笑っちゃうんすよねってなっちゃいましたね。
まぁその後、攻撃を受けて「やられたらやり返す!倍返しだ!」とばかりに反政府軍をボッコボコに虐殺するんですけどね。地元のアサルトライフルやロケランで武装したギャング(どんな治安だ)を追い返し、その後やってきた元大統領が呼んだ傭兵部隊もきっちり虐殺して追い返す。ここで多分この映画を見た人全員が「お、おう」とテンション爆上げになる名台詞「アメリカが民主主義のためなら、俺たちロシア軍は正義のために戦う!」が飛び出してくる。う~~~ん。
この展開も作中でも引き合いに出されてた「300 スリーハンドレッド」や「
13時間 ベンガジの秘密の兵士」といった多くの西洋諸国の軍事映画をなぞっていて「ロシア軍がやったのは現地民の虐殺なんだ!」っていうテンションで語るのは難しい。俺としてはよくあるやーつだし、まぁ、こんな展開はなんぼあってもいいですからねって感じだった。
個人的に面白かったのはこの大銃撃戦のシーンでロシア語のラップミュージックがかかって、ロシアでもテンアゲのシーンではHIPHOPがかかるんやなと思ったらフックで女性シンガーが歌い出して爆笑。しかしそのシンガー部分が妙に民謡感があるフロウだったのでロシアのHIPHOP楽曲ってこんな感じなんやな、意外とお国柄出てるなと感心した。
あと、中央アフリカ共和国自体はめっちゃ治安が悪いから国連平和維持軍も進駐してるんやけどロシア軍はそれとは別に行動してて「戦闘になったら助けてくれあ」って声かけるんだけど平和維持軍からは「武装解除するならいい」という回答がくる。つまるところロシア軍は平和維持軍とは別の利害関係で動いている軍隊なので武装した他国の軍は受け入れられないという平和維持軍の回答はなんかリアリティがあってよかった。
あと平和維持軍に参加してるのがフランス人なんだけど「かつては我々が彼らの首都まで攻め込み、その後彼らが我々の国に攻め入り、今ではこんな遠くの地でにらみ合ってる。不思議な話だな」とか言ってて、これ言わせてるのがロシア側ってのが無駄に皮肉が効いててよかった。
展開自体はもうアメリカで何百本と撮られたプロパガンダ戦争映画なので定石に綺麗に沿って作られているので特に退屈することもなければ見てれば盛り上がるように作られているので問題ないのだが、細かな脚本部分はこなれていない部分が気になった。
お前は戦場に迷い込んだ旅行者みたいだなと「ツーリスト」というコードネームを与えられた(原題、英題ともにコレ)新兵だが彼は元警官でそのことでなぜか先輩のハゲ散らかしたベテラン兵からキツく当たられる。しかしその後、心を通じ合わせた後に「じつはさぁ、身内が警官に撃たれたんだよね。だから警官が嫌いだったんだよ!」みたいな告白があって、う~ん、このとってつけたエピソード別にいらんなぁと思ってしまった。こんな個人の事情持ち込まなくても鉄火場を一緒にくぐってその戦闘の中で無言の信頼関係を築くでよかっただろ。
怪我で戦線離脱した新兵がロシアのパブで同僚と飲んでて「実はお前が逃がして免職されたガキって俺が小遣い稼ぎでヤク渡してたガキでお前が処分されると思ってなかったんだよね。ゴメンゴ。俺の口利きで職を斡旋してやるから許してチョ」とこれまた取ってつけたような新兵は善の人でした設定が語られるのも逆に萎えポイント。
しかしそれを蹴って軍に戻った主人公は冒頭と同じように「お前のコードネームの由来は?」と聞かれ「好きだからかな、地獄を旅するのが」と答えてエンドロールへ。ダッッッッッッッッッッッッ!!!
たぶん、今見ると多くの人が「ロシア軍が正義の軍として描かれている映画だからクソ」と思うと思うし俺もどんな感情で見りゃいいんだよと正直思った部分は否めないんだけど、でもこの映画のあらゆる構造はアメリカ海軍プレゼンツの海兵隊、シールズものと酷似していてほならアメリカのそれ系の映画は楽しめてこの映画が楽しめない理由って本当にあるのか?と考えた結果、まぁ映画としては少数VS多数の籠城戦闘ものとしては一定のクオリティはあったなという結論に達したし、ロシア側の視点で作られた戦争映画と考えると別の面白みはあるとも思った。
昨年の今頃何やってたんだろうって振り返ってみれば返るページもないって言うけれど、
私はちょうど一年前に、
ってちょうど一年前にって言うとザ虎舞竜さんのロード256章の話になっちゃうけど、
そっちのちょうど一年前にはなにやっていたんだろうって。
そしたらNIKKEのことが書いてあって、
その時はみんなレヴェルが160!
アリスって言うニケだけが199になってわーいって大騒ぎしている様子が描かれていたわ。
当時はそれ以上160超えるとかさらに200レヴェル超えるにはどうやったらいいんだよ!って
そんな私もステラーブレイドとのコラボ企画以外では無課金のところ、
トルコの射的の無課金おじさんのゲットワイルドどころではないのよ。
わーい!
どんどんひゅーひゅーぱふぱふ!
ってもう往年の國府田マリ子さんとかヒュージャックマンさんぐらいしかどんどんひゅーひゅーぱふぱふって言わないけれど、
そこを気をつけないといけないわ。
そんで私はニケたちがレヴェル360!を超えるは超えるけれど、
上がったとて
そんなに進められずに相変わらず敵ラプチャーの強さに手を拱いているのよ。
まんべんなくニケたちを強くさせなくちゃ!
あと、
ニケたちがそれぞれ持っている例えば炎とかって属性があるのね。
敵にその属性が合致して攻撃すると与えるダメージがより大きくなるの!
ここら辺のレヴェルに達成すると
何も考えずに好きなニケ達で編制していても勝てないのよね。
特にトライブタワーっていうニケの製造されたメーカーごとで編制する縛りのミッションがあるんだけど、
そこも、
ちゃんと真面目に炎とか水とか風とか鉄甲とか電撃のコードとかあうように編制しないと勝てないのよ。
そこに気付いちゃったわ!
そうしたら行き詰まっていて煮詰まっていた鍋の底に一欠片のおでんの牛スジを見付けた感じのラッキーをとは裏腹に、
勝てるようになってきたのよ!
あと始めたときは「オーバーロード」ってなに?って全く意味分からなかったけど、
今はもうそこまでやってオーバーロードして武装を改造してさらに強くしなくては話にならないので、
オーバーロードってなに?それ美味しいの?って
鍋の底に一欠片のおでんの牛スジを見付けたと同時に味わうあのなんとも言えない味わい深い煮え切ったとろける牛崇神もきっとお喜びになるぐらいのトロトロの牛スジなのよ。
私がNIKKE始めた頃
よその舞台のニケを見ているとなんでマシンガンで300発以上弾数あるの?って謎過ぎて謎過ぎて謎だったけれど、
オーバーロードして弾丸装填数を改造してアップさせていたのね!って気付いたのはそれから随分あとのことよ。
あの、
アリスダイヤリーって言うのはアリスってニケをいろいろ強くしていくと物資がもらえるミッションがあって、
オーバーロードって項目があり、
これってどうやってやるの?って皆目見当もつかないあの頃が懐かしいわ。
山崎まさよしさんが桜木町で見付けられなかったものを見付けた感じなのよ!
だからアリスダイヤリーを全部まさか自分でコンプリートできただなんて!って思い出すわ。
その時はメインストーリーのキャンペーンも全然進められてなく、
とはいえ、
はて?このニケだれ?っていうのが多かったけれど、
今はみんなもう分かってるわ!
見た目が派手で何このアホっぽいニケは?って言葉を選ばずに言ってあんまり苦手だったニケも
アーカイブの私が何度もここで言って泣いている「ミラクルスノー」のイベントはとても良い話よ。
だから、
なんかアホっぽいバカっぽいニケもいるけど、
みんないいニケなのよね。
それを知った瞬間になんかじーんとくるの。
最近はイヴみたいにバトルバトルした強そうで美しい新ニケの登場が少ないんだけど、
私はカッコよくて強くて美しいニケの新SSRだったら回しちゃうけど、
カウンターズっていう、
いわば主役級のニケたちがいるけれど、
ラピはレッドフードラピになって強くなったでしょ?
いずれなりそうで機会を伺っているのかもしれないわ。
量産型だけでずんずんストーリーを進められるようにって思うけど、
結構倍以上話されているでしょ?
今年の流行語大賞の
はらたいら、はらたいら、はらたいら、はらたいら、はらたいら。
合計で15000点!ってワオー!
そのぐらいの開きなの。
ちょちょっと、
到底全部のニケたちまで最強に仕上げる作業と物資は無課金ではゲットワイルドなのよ。
とても難しい挑戦ね。
2軍がどんどん追いついてきていて、
3軍もまた力を付けてきているから、
地味に強くはなってきているのよね。
だけど、
いまだにみんなと高いレヴェルに揃えられるシンクロデバイスってのがあるんだけど、
そこに装着させられてないニケのレヴェル1のニケたちもたくさんいて、
追いついていないところもあるのよね。
NIKKEの過去のイベントストーリーを見るだけのモードもあって、
そのフィルムのアイテムも36個とかたくさん持ち過ぎちゃって、
全部のアーカイブを見れちゃうかも!って見尽くせないところもあって、
やることたくさんあんのよね!
懐かしさを感じるために、
その頃見ても全く意味が分からなかった文脈もあるかも知れないわね。
今観たらまたより楽しめるかも~。
メインストーリーのキャンペーンとハードモードのキャンペーンと全然戦闘力が足りなくて足りなさすぎて、
レヴェル360なのによ!
弱くて進めないの。
苦手なパズルステージのロストセクターのミッションもこなしたり出来るから
見付けたらやることはたくさんあるのよ。
私が見て見ぬ振りをしているだけ。
でもステラーブレイドとのコラボ企画ではちょっと散財だったので、
ちょうどいいでしょ?
売上には貢献しているので無課金プレイヤーでも見逃して欲しいわ。
ステラーブレイドとのコラボ企画のリバイバルは来年6月にきっとありそうよ。
それまでに
強くてカッコよくて美しくしい新SSRニケが新登場しちゃったらまた変わってくるかもね!
なにがやってくるやらで。
うふふ。
レモン炭酸水2ケースが未だに届けないのは大丈夫かしら?ってちょっと心配にあるというか
他で買ってきちゃおうかしら、
どんどん発送予定があとの日にちに変わっていくのよ!
ふーふーしながら飲みーの朝の暖を暖かく身体の中から温めるのよ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
・恋愛映画なのか、主人公の情緒が人並みに育つ でも恋は成就しないタイプの映画なのか、
ロードムービーなのか、三角関係ものなのか いまいち最後に至るまで
「この映画からはこの成分を接種する!!」みたいなルート固定がなくてハラハラした
(でもタイトル的に恋愛映画やろ… なんかでも脚本の流れが危なっかしいな…)という
・燃える女の肖像でもみた、画家キャラの割にお出しされる絵がそんな上手くねえ 成分だ
これはレアですよ
・主人公がいきなりいい人になってくから ん?だてなってたけど
そのオチは「ちゃんと薬を服用するようになったから」だったでござる…
最悪 被害者100パー 起こらない方がいい事が
起きてしまったけど、後半の顔つきのが深みがあって
現実を生きてる感あって味わい深くてよかった
序盤、なんか瞳孔開いてたもんな…
・トリツカレ男の時も思ったけど、
男性側が女性側に良かれと思って 結果オーライになったとしても
「実質的に相手の厚意を拒否する」選択肢、あるかこれ とはなった
でも30年前の映画だからまあそこは時代ギャップということで…
「緊急事態用」草なんだ
・色々ゆうとりますけど、ジャックニコルソンの演技が秀逸すぎるし
サイド二人の演技も滅茶苦茶よかった
・ジャックニコルソンの笑顔一つで「あっこの人ヤバい人だ」伝え力が
クソエグいんよ
助けてあげたかったけど助けようとすると拒まれるし、助けると暴れたりする。
かといって一人には出来ない。
さっきもコンセントから声がするって騒いでた。とにかく穴が開いてるもの(例えばイヤホンジャックとか)全てが監視のための穴と思ってるみたいで、
コンセントもほとんど塞いでる。たまたまスマホの充電用に開けてたコンセント見て騒いでた。
自分が言いたいことは、ほぼ書かれてるけど、一点付け加えるとするならば、
例えば、理屈で最初描こうとして、つまり、東村アキコの言うロボットを描いてw
それに肉付けしても、なんか変…、となったら、感覚で描き直す、
みたいなの自分はやっちゃってるんだけど、
あー、まずフリーレンに限って言うなら、髪の毛があるから、顔の輪郭はもう考えないで、
最初のお題の絵みたいに、顎について考えちゃ駄目なんだよね…😟
もう、顎のことは考えない
日本のアニメ絵で、記号みたいにでも顎の線が入ってるけど、あんなのまずは考えない
特にフリーレンみたなのは丸顔なんで、半ば球を描くような感覚で、
あと、例えば、髪の毛がまったくないハゲというかボウズだったらどうするか、
色々なコツ、アプローチがあるけど、一点追加するなら、「輪郭」を意識するのが大事
誰だったかな、ガンダムのメカデザだったかな、モビルスーツは輪郭で考えてる、って言ってた人がいて、
人間って、パッと見で、物体の種類を判別するのに、まあ色とかもあるけど、輪郭を意識してるってのがあって、
例えば、スターウォーズとかのメカデザであった気がするんだけど、メカのシルエットだけ最初描くんだよね
すべてのキャラ、メカのシルエットを描いて、決めて行って、当然シルエットの内側はまだ考えない
シルエットだけで、それが何なのか見分けができるようにする
色々試行錯誤したり、直感でアタリをつけてるうちに、こんなシルエットがしっくりくる、と思ったら、
そこから内側を適当に埋めちゃう、眼鼻を福笑いして、調整してみる…😟
あー、デジタルはこれができるから良いんだよね、福笑いが簡単にできる
神に描くときはできない…
あと、その辺の本屋に売ってるルーミス本とかジャックハム本とか、どれも載ってると思うけど、
日本のアニメの顔をまず描こうとするから難しいんであって、リアルな顔を骸骨から描くのは勉強になる
骸骨描いて、筋肉とか肉付けして、全体を調整してみる
日本の典型的なアニメの顔、漫画の顔は立体的にかなりウソが混じっているので、難易度が高い…😟
だから、まずルーミス本とか模写してみる、そっちの方が絶対に誰でもできるようになる
そういう昔のアメコミみたいな顔とか人物を描けるようになってから、日本の漫画絵をどう描くか考えた方が良いと思う
X-MENのジムリーとか、北斗の拳とか、ああいったウソ筋肉も、本物の筋肉をどう再解釈して描くのか?
みたに考えた方が、いきなりウソ筋肉を描くのとは違う解釈というか、腑に落ちるものがあるはずなので、
まあ、アオリは何にしても難易度が高い、プロでも難しいはず…😟
そういえば、イデオンの湖川友謙さんの絵なんかは、アオリを比較的描きやすい…😟
上述したように、昔のアメコミみたいな絵だから、リアル寄りだから
だから、富野監督は、いわゆるオタク絵っぽいのが嫌いで、安彦氏や湖川氏の絵はちゃんと立体を意識した絵なんで、
あと、棘の中に、フリーレンの耳の位置は骨格を意識したらいい、みたいに書いてる人がいるけど、
これは違うというか、上述したように、日本の漫画絵アニメ絵は立体的なウソが混じっているので、骨格から起こしても駄目です…😟
横顔でほっぺに口があるような絵を平気で日本は描くわけです
だから、これも最終的には感覚なんで、ことぶきつかさ先生も感覚で意識したいと思っているのだと思う
あと、湖川友謙氏のアニメーター向けの本があって、私も二冊持ってますけど、
あの本の中で、いわゆる日本のアニメ絵、オタク絵をクソミソに評価していますけど、あれにはちょっと正直イラッとしたというか、
みんながみんなイデオンやダンバイン、エルガイムみたいな絵が良い、というわけではないわけで、
あの本の中で湖川氏が鬼の首を取ったように、記号として描かれた足とか、
あー、伊藤岳彦というか、幡池裕行名義というか、ああいう感じの絵を湖川友謙氏がクソミソに赤で修正してるんだけど、
絵も音楽も、なんだかんだ、最終的にはなんでもあり、自由なはずなんで、こんなオタク絵は駄目、というのはナンセンスだと思いました…😟
でも、湖川本買って、湖川氏の絵を真似てアオリを描いてみる、は良い勉強になるはずです
なければ、その辺の本屋で売ってる、人体を骨格から描く、みたいな本でも十分です
そこから、どうウソを描いたら、いわゆるプロが描いているオタク絵になるのか、を模索していくのがいい、
あとシルエットですね…
デジタルなら、別のレイヤーで人物の内側を黒で塗りつぶしてみるとか、そういうのがデジタルはできるのでオススメです
輪郭で、自分の絵がなんかおかしい、ということに気付く可能性がある
ホワイト・ストライプスがロックの殿堂入りを果たした。 デトロイト出身のこのデュオが、ジャック・ホワイトとメグ・ホワイトの二人だけで鳴らす、あのシンプルでいて強烈なガレージロックで世界の音楽シーンを席巻してから、もうそんな月日が経ったのかと感慨深い。
私が彼らを初めて知ったのは、ジム・ジャームッシュ監督の映画『コーヒー&シガレッツ』だった。 モノクロの画面の中、いとこ同士という設定で出演していた二人が印象的で、その少し気だるい雰囲気と、テスラコイルについて語る不思議な会話が今でも記憶に残っている。劇中で彼らが醸し出す独特の存在感に惹かれ、すぐに彼らの音楽を聴き始めた。
初めて聴いた時の衝撃は忘れられない。ギターとドラムだけとは思えないほどの音の厚みと、原始的なブルースの衝動が融合したサウンドは、まさに唯一無二だった。
そんな彼らの功績が「殿堂入り」という形で認められたことは、ファンとして素直に嬉しい。最近の式典ではジャックが一人でスピーチを行ったようだが 、いつかまた二人が並ぶ姿を見られることを、心のどこかで願い続けている。
とにかく、本当におめでとう。
買おうかめっちゃ迷ってたやつ
めっちゃといっても1週間ちょいだけど
せいぜい3000円くらいのやつなんだけどさ
ほんとはクオリットで訳アリ品を10%引きクーポンで買おうかと思ってたんだけど結局だいたい2万するから買わんかったんだよね
なんでノートかってーと今度4日出張あってそのとき毎日のルーティンができなくなるのが嫌だったから
レンタルも考えたけど個人でパソコンレンタルってなかなかないし、
あったとしても1週間借りる金額考えたら中古PC買った方がいいやってなる感じだったからさー
会社で触ったことはあったけど改めて触るとまず軽さに驚いたよね
去年は2キロくらいのノートPCと、一部キーボード壊れてるから外付けキーボードも持ってってめっちゃ重かったからさあ
こっちは中古で3000円 かつ700gくらい
安い理由は古いモデルってのもあるんだろうけど白点ありってなってたのがでかいように見えた
白点理由での返品はできないらしいけど、
それ以外の初期不良なら、天下のゲオで半年保証つきってのがクソでかい
その白点ってのが気になってお店で買う前に電源コードつないでチェックできませんかってきいたけど、それはダメらしい
そんな殺生なと思ったけどまあよく考えたら中古ゲーム機も別に事前動作確認とかさせてくれないしな
だからなかなか踏み切れなかった
最悪画面のほとんど全部が白点で画面見えないとかもありえるってことだし
10年前くらいにソフマップで3マンくらいのリース落ちノートPCかったときはイヤホンジャック壊れてたことに気づかなかったんだよなー
んでさっき確認したら白点って1ドットだか4ドットだかのほんとに点だった
これはラッキーだった
フリマとかオークションで調べても同じタイプのやつは余裕で1マン超えてるし
なんなら電源アダプタだけで2500とかだしな
しかもこのレッツノート、タッチパネル対応タイプの液晶なんだよな
あと最後の懸念点が無線ラン非対応モデルもあるってのだったけど運よく対応モデルだった
唯一の欠点はバッテリー、あと数段落ちてストレージ容量かな 128GBしかないから
確認はしてないけど多分死んでるんだろうな
まあ持ち運びながらなんかやることはほぼなくて電源ある環境でやるだろうからそこは多分大丈夫
いやーよかったー
クオリットの10%クーポン、2000円くらい割引になる計算だったけど、
そのクーポン金額プラスアルファで1台中古かえるとかマジラッキーだったわ
とりあえずchrome入れた
あとルーティンでアクセスするサイトのブックマークだけしとくかな
高度迷惑系Youtuberが高度ストーカー犯罪者に追い詰められる話。
良くもなく悪くもなく、60点くらい。
とにかくこの映画の褒めどころ且つ、多くの映画監督に見習ってほしいところがある。
ということである。
そのせいで話がよく分からんところもあるのだが、じゃあそこを補填して135分くらいやれば名作になったのかというと全くそんなこともないだろうし75分という短さは英断であると言える。
主人公はイタ電系Youtuberグループ。警察官や保険会社、弁護士等あらゆる職業に擬態してイタ電をかけまくり時には隠しカメラも仕込んで相手の反応を動画化してバズりまくっている。冒頭のシークエンスはかなり良くできていてアメリカの迷惑系Youtuberレベル高すぎるし、遵法精神低すぎるだろ!となってワクワクさせられる。
その後、彼らの元に謎の電話がかかってきてそれを無視していると家のテレビが突然乗っ取られ、そこに監禁される彼らの両親が映し出され謎の電話がイタズラではなくガチの脅迫電話であることがわかる。「電話を切るな!」という、それスクリームやないかーいというコテコテのオマージュを挟んで、電話を切れない中犯人を捜すというソリッドシチュエーションスリラー的な感じになっていく。
ゴア表現は少ないながらも脅迫系シチュエーションスリラーとしての一定の緊迫感と主人公2人組の精神的な葛藤をちゃんと描いていて普通に見ごたえはあった。特に男優の2人はいい演技してたと思う。全然知らん俳優だったけど。
問題は、2つあって1つは犯人がわかりやすすぎる上にちょっとルール違反なこと。こういうのって既に登場している人物が犯人であるべきだと思うんだけど、犯人は厳密には登場していなくて、でも「それしか考えられない」という人物になってる。これは作中の論理に基づくものではなく「映画として考えればそれしかない」というメタなもので、これは正直あんま面白くない。
2つ目は犯人が万能すぎること。犯人は主人公の家のあらゆる電話を完全にジャックしてテレビを勝手に操作し、家の電気を付けたり消したりし、主人公の両親の家に乗り込んでビデオ撮影後に殺害し、友人を殺害したり拉致したりし、家に出たり入ったりしてるがその理屈が作中でほぼ全く説明されない。
さすがに万能感強すぎて簡単に言えば「なんでもありやん」になって問題解決への推理への没入感が下がる。
個人的には主人公2人が最終的に疑いと混乱の中殺し合って、主人公1人は死に残った瀕死の主人公の元に電話がかかってきて「犯人を殺せたようだな。よく聞け。これ……いたずらでした~~~www」と主人公たちのイタ電のキメ台詞が流れて犯人不明のまま電話が切れて終了、とかでもよかった気はする。
犯人があまりにありきたりすぎてそこで逆に評価下がってる感じは俺はしたので、フォーンブース的に終わってもいいかなって。まぁ、犯人がアレであることは映画的に意味があるのもわかるんだけど。
なんやかんやで粗もあるんだけど75分で一気に駆け抜けるので「なんかソリッドシチュエーションスリラーの佳作を見たな」くらいの感じで見終えることができるので、悪い気はしない。
マジで盆百の監督はなんかダラダラ尺稼ぎするくらいなら80分くらいで終わる映画撮ったほうがいいよ。
その方が視聴後感がよくなるので評価が上がると思う。でも世の中の80分くらいの映画って40分くらいの映画を尺稼ぎして伸ばしてる場合もあるので難しいところかもしれん。
面白さは辛めにつけて60点。
アイドル主演のホラー映画は80点満点みたいなところがあるので80点満点中60点ということで
よかったところは映画として話の軸がわかりやすくスッキリしていたこと。
悪かったところはヴィジュアル。
これ公開時に田舎住みの俺増田氏が都会の駅に行ったら見渡す限りの壁一面がこの映画の宣伝でジャックされており
逆にうわ~これダメそ~~~と思ったのを強く覚えているが、その印象よりはだいぶよかった。
まずよかったストーリー面だがいわゆる「心霊映画」としての整理のされ方。
霊が見えてしまう主人公だが、しかし霊が見えていることが霊に気づかれると憑かれてしまう。
なので何とかかんとかそこらへんをウロウロしてる霊を見て見ぬふりする様をコメディテイストで描く、というのがこの作品の一種の面白どころだと思う。ぶっちゃけ私的にはここはあんま刺さらなかった。コメディにするならもうちょっと徹底的にやってほしい。怖がらせるのか笑わせるのか中途半端で逆にシュールだなと感じた。
しかし引き寄せ属性の友人が霊に取り憑かれてしまったことから見て見ぬふりするのではなく、霊に対峙していくことの重要性に気づいていく。
その中で臨時教員であり超強力な霊に憑かれている遠野が現れ、その霊にまたも祟られてしまった友人を救うために決死の戦いに挑む。遠野に取り憑いていたのはウルトラ過保護な彼の母親で生前から病的なまでの執念で彼を「見」守り、洗脳に近い形で彼を支配していた母親は死してなお霊になって彼の人生を縛っていた。
主人公とその友人の霊感女の助けを借り、支配される対象ではなく一人の人間として母親を見ることで対峙し母親の呪縛から解き放たれる遠野。
そして主人公パートで度々登場するも無視されていた主人公の父親が、喧嘩して無視という形で反抗を続けているうちに死んでしまった霊で実はこの映画がシックスセンスだったことが判明し、主人公はそのことを受け入れブルース・ウィリ……父親を無視しながらも(霊だからね)謝罪し父親は成仏するのでした。
見てはいけないものが見えるというワンアイデアから、見るってどういうことか、見て見ぬふりするだけでいいのかという普遍的な問いを浮かび上がらせる手腕はフーンやるじゃんって感じだった。「心霊」と「見る」は切っても切り離せない関係だしね。
この作品には複数の幽霊的なサムシングエルスが登場するんだけど、こいつらが「どう見ても生身の人にしか見えない奴」と「超高速振動しているとしか思えない輪郭がぼやっとした奴」の2パターンに分かれる。どうやら原作では「めっちゃバケモノ」が見えることで、それを無視するというシュールギャグみたいな部分があったらしいが、実写でそれをやるとシュールになりすぎるし金もかかる。
それを回避するためにこの表現になったと思うんだが、この超高速振動人間はまぁ怖くはねぇわな。
見るからにわかるし。霊かと思ったら人間でしたの展開にも活きないし。
しょっぱな、クラスで挙手を採るときに本来はいないクラスメイトを数えちゃって……という展開でもそいつが超高速振動しているので「いや、一目見たらわかるやろ」となってしまう。この表現、よくなかったんじゃない?
最後の神様が降臨するシーンもふわーっとしたもやがふわーっと通り過ぎると遠野の母親が超高速振動がさらに激しくなっていくっていうさすがにシュールすぎない?て感じで、今作のホラー表現はもっと頑張れたはず。LDH主演のミンナノウタはLDHファンガ失禁レベルで頑張ってたぞ!
あと、生身の人間にしか見えない奴とそうじゃない奴の違いはなんやねん。都合良子ちゃんか?という気持ち。
異能青春ものとしてある程度の出来の良さは担保しつつ、異能の部分がホラー調であったがゆえにそこが微妙だったので点を引かざるを得ないという悲しきモンスター。
あとはアイドル映画だからしょうがないけど演技回りがね……まぁここは元から20点ひいてるからいいんだけども。