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はてなキーワード: 知識労働とは

2026-01-22

他人のことを馬鹿と思ってしま自分を変えたい

人生を楽しむには絶対性格が良い方がいいと思うのだが、成人して十余年、私の性格はすっかり悪くなってしまった。

私は小さい頃から勉強がよくできて、日本で一番と言われる大学に入った。日本教育システム偏差値ランク付けされる傾向が強いため、受験競争を勝ち抜いた私には「自分は頭がよい」というアイデンティティ自然形成された。

社会に出るまでは、そのことで悩むことはなかった。同級生自分と同じくらいか、それ以上に勉強ができる人ばかりだったからだ。しか社会人になると、それまで出会わなかったような人と仕事をする機会が増えた。私が一流企業ではなく、微妙会社しか入れなかったというのが直接の原因ではあるが。

自分は頭が良い」と思うことは「他人頭が悪い」と思うことの裏返しであり、その時点で性格が悪い。周囲からは常に過小評価されるように感じてしまうし、認識の浅さにイラッとしてしまう。ソフトウェアエンジニアなら、営業畑の人間からSQLでサクッとやっちゃって」みたいなことを言われ、侮蔑にも似た感情を抱いたことが一度はあるのではないか

自分の話していることの前提が理解されないことも多い。「本当に頭が良い人は説明うまい」なんて言うが、あんなの嘘っぱちだ。どうしたって説明できないことは存在する。プログラミングのプの字も知らない人間に、素人AIで作ったソースコード問題をどうやって伝えるのか。本当に「頭が良い」ことと、頭の悪い人から見て頭がよく見えることは別物だ。このことが一定真実であるからこそ、始末に負えない。

他人を「頭が悪い」と思ってしまう背景には、知能を数直線上に捉え、優劣をジャッジする価値観が埋め込まれている。現代において、頭が良いことは武器になる。そのことが分かってなければ、知識労働者として頑張ろうなどとは思わないだろう。多くの人は自分知的能力を中の上だと認識している、という話もあるが。

とにかく私は性格が悪い。頭の良し悪しが全てじゃないことは重々承知しているつもりだが、どうしても同僚のトンチンカンコメントに苛立ってしまう。自分物事を進めた方が早いと感じてしまう。そんな自分が嫌になるが、変えられない。そうやって私は、社会から精神的に孤立していく。本当に馬鹿なのは自分自身なのだろうなという虚しさを感じながら。

2025-12-22

■ 『上級国民/下級国民から6年。リベラルへの反動ポピュリズム

2019年橘玲が『上級国民/下級国民』を出したとき、俺たちはまだ「知識社会化・リベラル化・グローバル化」という流れが不可避だと思っていた。

でもそれから6年。コロナ物価高、政治不信を経て、**リベラル理想のものが「敵」として見られ始めている**。

今、目の前で起きているのは単なる格差拡大じゃない。**「リベラルエリートvs普通の人々」という新しい分断**だ。

2010年代まで:「自由で開かれた知識社会」への信仰 **

2010年代、俺たちが信じていたのはこういう物語だった。

橘の『上級国民/下級国民』は、その理想の裏側で進行する**「上級」と「下級」への静かな分断**を描いた本だった。

でも、この本が前提にしていた「リベラル化の進行」という大前提が、2020年代に入って揺らぎ始める。 <h3>o- **</h3>

2020年代前半:前提が崩れた **
コロナ可視化した「画面越し組vs現場組」

2020年コロナ禍は、「誰がリモートで働けるか」をあからさまにした。


この分断は、橘が描いた「知識社会の勝者/敗者」をリアルタイム演出する舞台装置になった。

物価高が直撃した「中間層意識

2022年以降の物価高は、エネルギー食料品を中心に中間層生活を圧迫した。

統計上も、**所得分布全体が下方にシフト**し、「生活が苦しい」と答える層が増加している。

「真面目に働けば中流」という物語は完全に終わった。 <h3>o- **</h3>

リベラル理想が「プレッシャー」に変わった **

そしてここからが本題だ。

2010年代まで、「自分らしく生きる」「多様性尊重する」というリベラル価値観は、多くの人にとって**「解放約束」**だった。

でも、低成長と格差固定化が続く中で、それらの言葉は次第に別の意味を持ち始める。


リベラル価値は、「解放」ではなく「規範」になってしまった。**
<h3>o- **</h3>
◆ 「リベラル上級」という新しい敵 **

さらに、ネット上で可視化されたのは、**「リベラルを名乗る人たちの不寛容さ」**だった。


こうして、「リベラル=寛容」というイメージ崩壊し、**「リベラルマウント取ってくるエリート」**という新しいイメージに置き換わった。 <h3>o- **</h3>

データが示す「エリートへの不信」 **

政治意識調査を見ると、この変化は数字にもはっきり出ている。


もはや、「リベラル保守か」ではなく、**「誰も自分たちを見ていない」という疎外感**こそが核心になっている。 <h3>o- **</h3>

ポピュリズムは「感情の出口」として選ばれている **

この土壌の上で、ポピュリズムが再び息を吹き返す。

ポピュリズムとは、「純粋民衆 vs 腐敗したエリート」という単純な対立構造を描き、**政治家メディアリベラル知識人をまとめて「敵」に仕立てる言説**だ。

重要なのは、多くの人がポピュリズムを**「強固な右派イデオロギー」として選んでいるわけではない**という点。

それはむしろ、**「リベラル保守も信用できない」「生活感覚無視され続けてきた」という怒りの出口**として選ばれている。

からこそ、政策整合性より、**「はっきりものを言う」「既得権を叩いてくれそう」というスタイル**が支持される。 <h3>o- **</h3>

◆ 「上級国民」の意味も変わった **

この視点から見直すと、「上級国民/下級国民」というラベルも変質しているように見える。

2010年代まで、この言葉は主に**「事故を起こしても逮捕されない高齢官僚」**など、古典的既得権層への怒りを表していた。

しか2020年代には、**リベラル知識人都市部専門職さらにはSDGs多様性を掲げる企業メディア**までもが「上級国民」として揶揄されるようになった。

「リベラル知識人」はなぜ嫌われるのか?ノーベル賞作家が暴いた欺瞞とは | ニュースな本 | ダイヤモンド・オンライン

上級国民」という蔑称は、「リベラルエリート」への嫌悪と結びついた。**
<h3>o- **</h3>
2010年代モデルに「2行」を書き足す **

こうした変化を精神史としてまとめるなら、2010年代までの「リベラル知識社会の内側に生じる上級/下級の分断」に、**次の2行を付け足す必要がある**。

1. リベラル理想のものへの疲れと反発**

自由平等多様性自分らしさ——これらは本来、多くの人を解放するはずの言葉だった。

だが、低成長と格差固定化が続く状況では、それらは**「達成できない理想」「できない自分を責める基準」**として働き、自分現実否定する言葉に変わっていった。

2. 「エリート vs みんな」というポピュリズム感情構造**

上級/下級という枠組みは、いまや収入学歴だけでなく、**「どちら側の言葉を話しているか」「どちら側の世界観を信じているか」**を区別する境界線にもなりつつある。

リベラル言葉を使う側は、自覚の有無にかかわらず「上級国民」として見られ、

それに違和感や怒りを覚える側は、**「自分たちを侮辱してきた世界」そのものから距離を取り、簡単感情に寄り添ってくれる語りへと引き寄せられていく。** <h3>o- **</h3>

◆ 「最新版精神史」を書くということ **

この2行が付け加わったとき、「上級/下級国民」という図式は、

であるだけでなく、

としても読み替えられる。 <h3>o- **</h3>

その意味で、「最新版精神史」を書くとは、

リベラル理想を前提にした時代の終わり**と、
その残骼の上で人々が選び直している新しい物語——「エリートに裏切られた普通の人々」という自己像**を、

どう捕らえ直すかを問う作業でもある。 <h3>o- **</h3>

2025-08-14

知識労働的に貧しい仕事時間単価が安い仕事ほど頭は使わないけどあくせく働かされる仕事が多い気がする

裁量ある高単価な仕事が、その分難易度も高いのかと言われると別にそんな事はない気もする

毎秒毎秒、一生懸命働かなきゃいけないってやっぱり奴隷階層なのかもなーと思った

2025-06-17

anond:20250617095954

肉体労働は頭数で生産性が決まる

肉体労働設計ITなど)は頭数に無関係

この本質わかるかな

項目 肉体労働(例:工事現場など) 頭脳労働知識労働(例:設計ITなど)
どんな仕事 体を使って働く仕事 頭を使って考える仕事
代表的職種建設業製造業農業など 事務職エンジニア研究職など
生産性の決まり 人数が多いほど仕事が進む(頭数が大事 人数よりも「質」や「工夫」「アイデア」が大事
成果の出し方 たくさん働く=たくさん成果が出る 少人数でも工夫次第で大きな成果が出せる
仕事の特徴 体力が必要、繰り返し作業が多い 考える力や専門知識必要、工夫や創造性が大事
例え 「みんなで力を合わせて荷物を運ぶ」 「1人のアイデアで大きな問題解決する」

2025-05-22

anond:20250522160746

フツーにデスクワークして「こいつ何だったら出来るんだ?」っていう無能な人として生きてるよ

身体を動かす仕事も脳の能力で高い認知必要やぞ

 

 

再放送 https://anond.hatelabo.jp/20241130183328#

メタ認知デスクワークフィジカルワークの本質

増田タイトルの通り、学歴があっても、長文を読んで理解するどころか、単純化された動画の内容さえ把握できなかったり、同世代との会話がどこまでも噛み合わなかったり、仕事の指示が通らなかったり、そんな人っていますよね?

これって、上記に書いてきたように、メタ認知能力が極端に欠けてることや、知識移転能力の欠如、表層的な学習が積み重なった結果なんじゃないか確信を持っています

たぶん、IQ価値観の違いの話ではないですね。

 

大卒以上であっても、こういう人が無視出来ない数いるのは、正直「なんで?」って思う人が多いんじゃないでしょうか。でも、この「なんで?」の背景には、「勉強デスクワーク知的で選ばれたもの」っていう妙な誤解がある気がします。この固定観念が、現代社会における知性や労働本質を見誤る原因になってるんじゃないかなと思います

 

現代では、国家競争力は高度な人材依存しています

しかし、その一方で、社会の基盤を支える多くの職種が軽視され、不当に評価されている現状があります

 

なぜかというと、"知識労働者(Knowledge Worker) "ではなく、"知的労働者" って呼称が使われたりすることからもわかるように、肉体労働者は知能を使わないみたいな妙な誤解を悪用し、仕事の複雑さや多様性を極端に単純化し、賃金差別(経済格差ではなく差別が適切)を正当化する輩がいるからです。

 

実際は、デスクワークだけでなく、フィジカルワークにも、高い認知能力は不可欠です。

例えば、エラーを検知し、適切なタイミング作業を中止し、問題解決する–これらは、メタ認知能力と深い経験に基づく高度な知的作業ですよね?プログラム組んだことなくてもロボットを作ったことなくても、誰しも直感的に知っていることです。

障がい者雇用最適化された職場を除けば、こうした能力に欠ける人がフィジカルワークに適応することは非常に困難です。その理由は単純で、迅速に適切な判断ができなければ、事故怪我を招き、最悪の場合、死人が出るからです。

 

フィジカルワークが出来そうもない人は、なんとなく知識労働を選ぶことが多いです。必ずしも自分の適性を十分に理解しているわけではなく、「選択肢の中で最も受け入れられる道」として選んでいることが多いです。でも、極端にメタ認知や応用力がないと、どんなに学歴があっても知識活用できず、「結局この人は何ができるの?」って評価に甘んじちゃうことになります。たとえば、エラーメッセージに明確な解決方法が書かれているにもかかわらず、それを読み取れず(一応、読んではいる模様)、ただそのまま誰かに転送するだけの技術者とか、その典型ですよね。

 

もう一度言いますが、デスクワークだけでなく、フィジカルワークにも、高い認知能力は不可欠です。

それがある前提で、重要視されるのが、物理筋肉運動能力)なのか、論理筋肉知識)なのかって違いだけです。

2025-05-17

少し前までは「AIの発展で単純労働駆逐される!クリエイティブ仕事知識労働でないと生き残れない!」って感じだったけど、素人目に見ているとAIは高度な分析記号操作クリエイティブな分野の方が得意なように思える。

単にAIコスト的に高度なことをさせないと費用対効果が悪いだけかもしれない。

機械生物の向き・不向きの話なのだとしたら、脳の動きを再現したAIなんかは意外と使い物にならないのだろうか。

それとも、我々が高度だと思っている創造性や抽象的な記号操作分析というのが、実はすごく単純な行為で、宇宙全体からすると地球生物が変な生き物だったりするのかもしれない。

2025-05-15

大企業高学歴理系院卒の電気工事士を求めてる

そのまんまのタイトルなんだけど、大手企業現場は極力院卒、百歩譲って学部卒で人員を揃えたいと思ってる。

理由としてはの研究開発等の部署人間がそうであり、現場コミュニケーションをしていく上で、ある程度の学歴が欲しいと考えているから。

しか工学部卒の人間は何故か現場系の資格を取る事に積極的ではない。院卒は誰だって知識労働自分の戦うフィールドだと思うプライドを持ってる。

資格を持ってても、実際に作業を行うのは委託先の電気工事会社になるし、むしろ工場現場を自社の社員に触らさせる事を極力避ける。

資格を活かすのは施工後の現場確認のための知識法令が主になってくる。

待遇も院卒ベースで良い事に変わらないから、そういったニッチな隙間に入り込むと楽に稼げる

2024-11-30

いわゆる職場無能YouTubeなどの動画コンテンツ異次元コメントする人たち

メタ認知能力が極端に欠けている人たち

メタ認知能力が極端に欠けている人』って表現は、"自惚れていてる"とか"井戸の中の蛙"みたいな評価限定して使われているイメージがあります

 

けど、ここで言いたいのはそういうことじゃなくて、エラー処理とか停止処理みたいな超基本的な考え方すら持ってなくて、それに気づけないままでいられる人のことです。

具体的な方法を知らないとかじゃなく、そもそも「そういう発想自体がない」って話で、これは単なる知識不足視野の狭さ以上に、認知の仕組みそのもの問題があります

時間自然解決してくれるようなものじゃなくて、かなり厄介な問題だと思います

 

エラー処理とか停止処理って、ITだけの話じゃなくて日常でも必要スキルです。

たとえば、「お目当てのプリン冷蔵庫にないことを確認」(エラー検知)したら、フツーは「今日プリン食べるの無理だな」って切り替えるじゃないですか。

冷蔵庫を何度も開け続けるのはちょっと変で、フツーは「開けるのをやめる」(停止する)って行動に移りますよね?

仮に、寄生獣に取り憑かれたために、冷蔵庫を開け続けちゃうのだとしても、「右手勝手に動いてる?」って気づければ、他の方法を考えることができます

けど、この『気づき』がなかったら、問題解決はかなり難しいです。

 

 

メタ認知知識移転(Knowledge Transfer)

メタ認知知識の応用力、いわゆる"知識移転(Knowledge Transfer)"にもめちゃくちゃ重要です。得意分野や好きなことだと、この力が特に発揮されやすいですよね。

たとえば、熟練プログラマーが別の言語でもスキルを応用できるのも知識移転の力があるからです。

でも、興味が薄い分野や苦手分野だと同じ力を発揮するのは難しい・・・それは自然なことではあるのですが、基本スキル共通原理くらいはちゃんと押さえておくことが期待されます

 

たとえば、プリウス運転手軽トラックをまったく運転できなかったら、それは個性とかそういう話じゃないですよね?致命的に知識移転能力が欠けてるってことです。大きさや操作性が違うにしても、ハンドル操作とか交通ルールみたいな共通点を活かせないのは深刻です。

仮に、共通点を見出せ無くなったのは異世界おじさんに「記憶消去魔法(イキュラス・キュオラ)」をかけられたからだとしても、「もしかして記憶を消されてる?」って気づければ対処方法を考えることができます。けど、この『気づき』がなかったら、問題解決はかなり難しいです。

 

 

メタ認知と表層的学習の積み重ね

知識転移がうまくいかないのは、異世界おじさんに記憶を消されて気づかない以外にも、その対象理解そもそも極端に浅いことも大きな原因になっていそうです。

 

たとえば、『りんご=赤』って覚えるのは、学習コストを下げるためによくあることです。この簡略化を意識できる人は、この情報がいろんな側面の一つにすぎないってちゃんとわかっているので、黄りんごも青いりんごも許容します。りんご品種や生育環境熟成度みたいな要素が色に影響するんだろーなとか、味とか他の特徴も多次元的に捉えていますさらに、必要があれば「なんで赤いんだろう?」とか掘り下げて学ぼうとするオープン姿勢もあります

 

次元的に対象を見れる人は、『見たままをありのままに受け入れて、自分直感を大切にできる人』と言い換えても良いかもしれません。

だってりんごは、どう見たって単色の赤じゃないですからね。視覚的にも直感的にもそう感じるはずです。

 

一方で、こういう視点意識(見たまま受け入れる、自分五感直感を信じる)がない人たちがどうなるかというと、

りんご=赤い』っていう単純な答えでテスト合格して、「自分理解完璧だ!」って思い込みます

現行のシステムでは、ぶっちゃけ深掘りする必要性がないので、結果として表層的な学びに終始してしまうのです。

で、こういう表層的な学習パターンが続くと、やがて複雑な問題対処できなくなります

世代と話してもピントがずれた会話をしたり、科学医療社会問題仕事議論トンチンカンなことを言ったりしてしまうわけです。

違う文脈知識を応用するなんて、そもそも理解が浅いと到底無理な話です。

 

学習指導要領のSelf-Regulated Strategy Development (SRSD :自己調整型学習)って『自分で考えて学ぶ力』の改善策としてまあまあ良さそうだけど、

現状の受験システムとか評価基準が表層的な学びを助長するままだと、限界はある気がします。

それなら、メタ認知がないAIが多次元的に学んでいくプロセスを観察して、新しい教育のヒントを探すほうが面白いかもしれません。

 

 

メタ認知デスクワークフィジカルワークの本質

増田タイトルの通り、学歴があっても、長文を読んで理解するどころか、単純化された動画の内容さえ把握できなかったり、同世代との会話がどこまでも噛み合わなかったり、仕事の指示が通らなかったり、そんな人っていますよね?

これって、上記に書いてきたように、メタ認知能力が極端に欠けてることや、知識移転能力の欠如、表層的な学習が積み重なった結果なんじゃないか確信を持っています

たぶん、IQ価値観の違いの話ではないですね。

 

大卒以上であっても、こういう人が無視出来ない数いるのは、正直「なんで?」って思う人が多いんじゃないでしょうか。でも、この「なんで?」の背景には、「勉強デスクワーク知的で選ばれたもの」っていう妙な誤解がある気がします。この固定観念が、現代社会における知性や労働本質を見誤る原因になってるんじゃないかなと思います

 

現代では、国家競争力は高度な人材依存しています

しかし、その一方で、社会の基盤を支える多くの職種が軽視され、不当に評価されている現状があります

 

なぜかというと、"知識労働者(Knowledge Worker) "ではなく、"知的労働者" って呼称が使われたりすることからもわかるように、肉体労働者は知能を使わないみたいな妙な誤解を悪用し、仕事の複雑さや多様性を極端に単純化し、賃金差別(経済格差ではなく差別が適切)を正当化する輩がいるからです。

 

実際は、デスクワークだけでなく、フィジカルワークにも、高い認知能力は不可欠です。

例えば、エラーを検知し、適切なタイミング作業を中止し、問題解決する–これらは、メタ認知能力と深い経験に基づく高度な知的作業ですよね?プログラム組んだことなくてもロボットを作ったことなくても、誰しも直感的に知っていることです。

障がい者雇用最適化された職場を除けば、こうした能力に欠ける人がフィジカルワークに適応することは非常に困難です。その理由は単純で、迅速に適切な判断ができなければ、事故怪我を招き、最悪の場合、死人が出るからです。

 

フィジカルワークが出来そうもない人は、なんとなく知識労働を選ぶことが多いです。必ずしも自分の適性を十分に理解しているわけではなく、「選択肢の中で最も受け入れられる道」として選んでいることが多いです。でも、極端にメタ認知や応用力がないと、どんなに学歴があっても知識活用できず、「結局この人は何ができるの?」って評価に甘んじちゃうことになります。たとえば、エラーメッセージに明確な解決方法が書かれているにもかかわらず、それを読み取れず(一応、読んではいる模様)、ただそのまま誰かに転送するだけの技術者とか、その典型ですよね。

 

もう一度言いますが、デスクワークだけでなく、フィジカルワークにも、高い認知能力は不可欠です。

それがある前提で、重要視されるのが、物理筋肉運動能力)なのか、論理筋肉知識)なのかって違いだけです。

 

 

メタ認知筋肉の魅せ方と使い方

1つ前でも少し書きましたけど、知識って筋肉みたいなものだと思うんですよね。鍛えればどんどんムキムキになるけど、筋肉単体ではその魅力をフルに発揮できない。

物理筋肉論理筋肉も、それをうまく使うスキル必要です。データベースが単体ではただの情報の塊で、システム連携して本来の力を発揮するのと同じです。

で、そのシステム設計するには、基本的エラー処理や停止処理の考え方は欠かせません。そして、エラー処理をするためには、知識を他の文脈で応用する力、

まり知識移転能力』が必要です。それを支えるのが、メタ認知能力なんですよね。

 

国の競争力を維持する上で、論理筋肉マッチョを育成することは非常に大切ですが、その筋肉有効活用するためのメタ認知能力がないと、いくら筋肉がついてもリソース無駄になってしまます

というか、論理筋肉マッチョに限らず、どんな分野でも同じことが言えますリソース無駄遣いを避けるために、筋肉活用法を理解する能力を養うことは、なによりも優先されるべき取り組みだと思います

 

(長文が読めない、動画の内容すら理解できない、仕事科学社会問題議論トンチンカン発言をする、仕事の指示が通らない、でも広範囲知的課題は持っていない、なんなら大学卒業している――そんな人たちの姿を見ながら書いてます)

2024-04-01

anond:20240401015210

あと仕事に後腐れがなくて終業後に仕事が追いかけてこないのもええとこやで

なんなら、ホワイトカラーというか知識労働は「無限に続く後腐れ」こそが本質と言えるかもなあ。

永久仕事に追われ続けることに耐えられる精神力に対価が払われているのかもしれない。

2024-03-15

知識労働者なのに昇給労組頼みというのはThe JTCって感じだな

2024-03-03

anond:20240303232135

研究職みたいなザ・知識労働でもある程度のコミュニケーション能力とチームワークが求められるから、相当の実力者でもない限り発達障害業務上でも障害になる。

これは最近(ここ20年くらい)の傾向で、昔はマジで社会適応無理なアカデミシャンが腐るほどいたんだよ。

anond:20240303132824

高学歴の一点でなんとかなるほど実際の知識労働は甘くないで

anond:20240303132824

一族みんなが発達障害持ちでお勉強できるから給料もいいってのが違和感

研究職みたいなザ・知識労働でもある程度のコミュニケーション能力とチームワークが求められるから、相当の実力者でもない限り発達障害業務上でも障害になる。

私も早慶以上の大学を出ているが、診断が出るような発達障害持ちは少なくとも大手には就職できていなかった。

本人は親族がうまく言ってることをラッキーなケースとは言っているが、本当ならラッキー通り越して奇跡だ。

発達家系女の婚活における学歴ムーブ

当方スペック: 某国立大20代女、ASDADHD持ち

親族も知ってる限りほぼ全員特性持ちの発達家系

ただ同時にみんな世間的にはお勉強ができる部類で、下品だけど具体的に言うと全員早慶以上の大学は出ている。そして私も含む全員が知識労働従事しており、平均年収よりは良い給与を頂いている。

本当にめちゃくちゃラッキーな事例だと思う。

私はこれまでいわゆる学歴厨的な考えは持っていなかった。半年スマホ3台無くしたり、鍋を空焚きしてボヤ騒動を起こすような人間が、たまたまペーパーテストが得意だったというだけで世間的には有能判定されるなんておかしい。

しか自分結婚出産視野に入れるようになって、「高学歴」という一点だけにどれだけ私や家族が支えられていたのか、逆にこんな人間学歴がなければ一体どうやって生きていけたのだろうか、と考えるようになった。

実際、大学時代にやったカフェ居酒屋バイト無能すぎて飛びまくった。

自分の子どもに発達障害遺伝した場合家系的に高い確率遺伝すると思われる)、知識労働の道が閉ざされてしまえばかなり辛い思いをさせてしまうだろう。

こうした考えから結婚相手高学歴でなければ……と学歴厨的な思想支配されるようになってしまった。これも特性の白黒思考によるものだという自覚はある。

インターネット上では「発達は子に遺伝するのだから、発達持ちは子どもを作るな」という意見が多いが、既述の通り自分を含め発達持ちの家族は皆かなり幸せに生きているし、私はあまり同調できない。

とはいえ自分現在幸せが運によって成り立っていることも自覚しているから、生まれてくる子が幸せになれる確率を少しでも上げられるように、よく考えて行動を選択しなければならないと思っている。

その結果、自分が嫌っていた学歴至上主義優生思想に依ってしまっている現状に悔しさを感じる。

発達家系女の婚活における学歴ムーブ

当方スペック: 某国立大20代女、ASDADHD持ち

親族も知ってる限りほぼ全員特性持ちの発達障害家系

ただ同時にみんな世間的にはお勉強ができる部類で、下品だけど具体的に言うと全員早慶以上の大学は出ている。そして私も含む全員が知識労働従事しており、平均年収よりは良い給与を頂いている。

本当にめちゃくちゃラッキーな事例だと思う。

私はこれまでいわゆる学歴厨的な考えは持っていなかった。半年スマホ3台無くしたり、鍋を空焚きしてボヤ騒動を起こすような人間が、たまたまペーパーテストが得意だったというだけで世間的には有能判定されるなんておかしい。

しか自分結婚出産視野に入れるようになって、「高学歴」という一点だけにどれだけ私や家族が支えられていたのか、逆にこんな人間学歴がなければ一体どうやって生きていけたのだろうか、と考えるようになった。

実際、大学時代にやったカフェ居酒屋バイト無能すぎて飛びまくった。

自分の子どもに発達障害遺伝した場合家系的に高い確率遺伝すると思われる)、知識労働の道が閉ざされてしまえばかなり辛い思いをさせてしまうだろう。

こうした考えから結婚相手高学歴でなければ……と学歴厨的な思想支配されるようになってしまった。これも特性の白黒思考によるものだという自覚はある。

インターネット上では「発達は子に遺伝するのだから、発達持ちは子どもを作るな」という意見が多いが、既述の通り自分を含め発達持ちの家族は皆かなり幸せに生きているし、私はあまり同調できない。

とはいえ自分現在幸せが運によって成り立っていることも自覚しているから、生まれてくる子が幸せになれる確率を少しでも上げられるように、よく考えて行動を選択しなければならないと思っている。

その結果、自分が嫌っていた学歴至上主義優生思想に依ってしまっている現状に悔しさを感じる。

───

追記(2024/03/04)

思いの外たくさん反応があってびっくり、ありがとう。いくつか補足しておきたい。

・どうせ自称発達やろ

→私も含む、現役社会人親族はほぼ診断済みやで!!!!!!

子どもから遡って受診していったら尽く黒だった。発達障害界のサラブレッド特に診断を嫌がるタイプの人はおらず、「ワシもADHDやったわ!ガハハ」みたいなノリが多かった。こんな感じだったか二次障害になりにくかったことは助かった。

・(社会的成功しているから)あなたのそれは障害ではない

現実的に苦境に立たされている人たちへの支援をより厚くすべきという意見には同意するけど、それでも障害であることに変わりはないと思う。ここに書いてないけど特性由来の苦労もたくさんしてるし、周りの理解支援がなければ生活できていない。だからといって発達障害=不幸、とはなっていないと言うだけの話。周りに感謝だね。

ちなみに私の場合服薬はしてるけど就労はできるような状態なので障害年金は受給してない。初診も未成年だったし。一口障害と言っても色々なパターンがあるよー。

・できれば発達傾向がなくて勉強もできる人間の方が望ましいよね

相手が私や親族(もしかすると生まれてくる子)の異様さに耐えられないと思う。理解ある彼君をさせるのは申し訳ないし……。

あと出身大学の友だち見ると明らかに特性持ちが多くて、(自然相手ができず婚活をしている)高学歴に絞って選ぶと発達傾向ない人を探すのが難しいのかもしれない。個人的体感だけど。

・今の時代学歴だけで高給はとれない

→改めて考えると、①学歴に加えて、

ASDADHD特性の出方と職業適性 も大きな要因だったと思う。

一族それぞれ違いはあれど、割と都合よく特性が発現している。

例えばコンサルやってる親族は多動衝動ADHDのパワフルさをうまく活かしてるように見えるし、理系大学教授親族ASDの過集中とかデータへの執着の賜物って感じ。前者にASDの疲れやすさやコミュ力が出てたら大変だっただろうけど、自分特性にあった職種の見極めも比較的上手いのだろうな。

でも言い方悪いけど全部の項目で社会適応しにくいほうの特性を引いちゃう可能性もあるわけで(コミュ力無!不注意!体力無!衝動性!とかね)、それはどれだけ慎重に相手を選ぼうと分からない部分だから、いつまでこの「運」が続くのかこわい……という点から記事では「運」で雑にまとめてしまった。

あと私は評価しかねるけど、高学歴に至る高IQゆえの優秀さ?は普通にあるのかもね。身内や当事者としてやらかしを見まくっていると疑問符が付く……。私からすれば居酒屋ホールぶん回せたほうが優秀だよ。

知的障害や他害が加わったらどうするの

→②にも近いけど、特性の出方や重複障害の有無による差は本当に大きいよなあ。自分の子どもがそうした障害を持っていても当然責任をもって面倒見るつもりだけど、当事者の大変さを前にして軽々しくは言えない。

ただこれは健常者の子でも可能性はあるわけで、私の中で直ちに子どもを諦める理由にはなっていないかな。今できるのはどうなっても最善の対応ができるようにとにかくお金を貯めておくこと……。

2024-01-30

RPGバランスパを現実に当てはめる

勇者社長 活動家などの特定の方向を目指すリーダーでもよい

戦士肉体労働者 指示に従って手足を動かす作業も含む

僧侶医者 坊さんは傷病を治療できないので坊さんではない

魔法使い知識労働者 専門分野で知識言葉などを使って魔法みたいな成果を出す

僧侶難易度他と比べて高くね?他はピンキリだが医者は明確に資格存在する。医学を修める学校日本一偏差値が高い。

賢者だったら医師免許を持った専門家医者弁護士みたいな?

2023-10-13

anond:20231013193835

ラインとか肉体労働とか?

知識労働だと他人と会話するだけでも知らないことだらけで詰みそうだけど

2023-08-14

小説君たちはどう生きるか」を読んだ

これが売れている理由は分かる。

世の中には、YouTube広告ダイエットサプリとか、金運が上がる方法とか、そういうのに金を落とす連中がいる。

そういう浅薄低能な連中ほど、こういう本を好むものだ。

この本の内容は、古今の自己啓発書に書いてあることの、ほんの表面だけをさらったようなもので、何の新規性も無い。

で、そういう誰でも書けそうな薄っぺらい内容を、全く無関係学説史実権威付けしている、ソーカル論文みたいな本である

腰を据えて勉強はしたくないが、雑学をひけらかしたい連中とか

適切なデータを示さずに学説の奇抜さを競ってる社会学系の学者評論家とか

疑似科学でも何でもいいか児童自分たちの思う道徳押し付けたい教育業界の人など

特に好みそうな本である

正直、こういう本を良いと思う人は、根本的に学問ひいては知識労働に向いていない。

もし、大学を出てそれなりの賃金の職に就きたいなら、知識を得ること・学を修めることに関して、態度を改める必要がある。

2023-01-11

anond:20230111181749

その結果5ヶ月経ってどうなったのかが知りたいのと

「お前はプログラマどころか知識労働の適性が全くないので他人の倍の時間勉強しろ」と入社1週目に伝えた。

これはパワハラくさい

2022-06-25

anond:20220624093955

残業代込み、って発想はマズい。この業界では転職をふと思いつけるほどに余力を持ってないと。プロジェクト型だとどうしても安定せず、シーズンやらマネジメントの難しさやらで忙しい時期が出てくるとか、リリース間際やトラブル発生で1〜2日過激に忙しくなってしまうとかはありがちなんで、常に持つってのとは違うんだけども。慢性的残業がある忙しさはアウト。そこにありがちな突発的な忙しさが生えてきて上乗せだぞ?

疲労で頭が回らなくなった知識労働者とか洒落にもならんので。それでも残業なしにできるような所は多くないんで、面接とかで残業の話とか大抵出るんだけども。その質は要確認で、常時慢性ならマズい。多発する突発に追われ回復しきれるほど間が空かない実質常時なんてのもある。お前さんみたく残業代込みの給与相手提示してくるのは論外すぐ逃げろ。

2021-10-11

書評を書くために

書評が書けない」という投稿を読んで、いつか自分言語化したいと思っていたことだったので整理したいと思います

https://anond.hatelabo.jp/20211010201513

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得意だった方からアドバイスも有りました。

https://anond.hatelabo.jp/20211010213345

これはこれで少し躓いている人には良いアドバイスだと思うのですが、

私の「書けなかった」のはかなり深刻なので、下記のブコメに納得していたところもあります

そのため筆を執る気になったということも付記しておきます

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yabu_kyu 2021/10/11

こういうのは「得意だったタイプ」の人のアドバイスよりも、「壊滅的にできなかったけど教えてもらったらそこそこできるようになった」みたいな人のアドバイスの方が欲しい気がする。|「なんとでも書け」ないんだよ

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私も大学生の途中までレポートが全く書けませんでした。そこそこの大学に通っていたのでそれなりに学力はあったとおもうし、その後書けるようになってからは書くことが楽しくなって今ではムダにFacebookに長文を書いているぐらいなので、つまづきのポイント自分の中では明確になっています

私の場合結論から書くと、「読み手がどう思うだろうか」「読み手が気分を害さないだろうか」という配慮が働きすぎて、怖くて文章が書けない(主張ができない)というものが原因でした。

自分は少し毒のある家庭環境で育っていたので、正直に自分の考えたことを吐露すると家族に叱られる。みたいなことがよくありました。(今となっては少し社会的配慮が足りてなかった側面は否定できませんが。)

今回の「書けない」方の状況に必ずしもマッチしているかどうかわかりませんが、参考になれば幸いです。

一般的対話において過度な配慮をするような性格の持ち主は、日常的なコミュニケーションもつい遠慮がちに話したりするので聞く側もそれなりの配慮必要になるケースもあります

何れにせよ、そういう性格気質の持ち主の場合は「自由に書いていいんだよ」ということを伝えても内在する遠慮が邪魔してなかなか改善されません。

私の場合問題解決につながったことは、私の場合大学の途中でマーケティングリサーチ会社アルバイトをするようになったことがきっかけでした。

最初報告書に使う帯グラフなどをExcelでシコシコつくるような作業をしていたのですが、その後の工程でその集計結果を見てかんたんなコメントを書くようになりました。

ウマ娘プレイしている人についてみると、女性より男性20ポイント高い」みたいなコメントです。このようなほぼ事実記述する内容はほぼ怒られる心配はありません。

単純な文章ですがその作業を任されるようになって楽しくなりました。

一般的マーケティングリサーチ報告書ではそれらの単純な集計結果を統合して、「ブリーフィング(まとめ)」を書きます

これはそもそも調査目的が、いまとある商材を売っているメーカーが今後どんなプロモーションをしたらもっと売れるようになるか?みたいなケースが多く、ある種の問題意識や仮説が明確です。

その仮説を検証するためにアンケート調査設計して、結果を分析しているので概ねまとめは書きやすものが多いです。

もっともまとめはある程度シニアリサーチャーが書くので、バイトが書くものではありませんでしたが。

私はこれらの経験作業を通じて、自分意見を主張する、考えを披露するということに関する自分なりのパターンを掴みました。

整理すると下記のようになります

1)読み手共通する問題意識を持つこと、

2)読み手と「事実」を共有すること

3)その事実に対する解釈を述べること

4)解釈をまとめて、問題意識に対する自分なりの見解を書くこと。

結局、私はバイト経験したマーケティングリサーチ面白かったので、その後色々あってアンケートスクレイピングデータを用いた実証的分野の大学教員になるのですが、文章を書くときの考え方の基本は一緒です。

もっとも、実証的な研究というのは論文価値にしめる実証データ存在が大きいので、上記の考え方を当てはめやすいですが、実証という考え方が存在しない読書感想文書評のケースでは困ってしまうかもしれません。その場合の「事実」はその本に書いてある表現書き手の主張として考えてもらえると良いのですが、自分大学教員としてレポート指導していても書けない学生にはなかなか伝わらないことも理解しています

そのため、下記のような思考実験をやってみてもらえませんか?

A)自分が興味がある対象を選ぶ(漫画でも鉄道でもいわゆる趣味と呼ばれているものが良いと思います。)

B)その対象において自分選択を振り返る(例:少年漫画より少女漫画が好きだ。)

C)その理由について考えて、構造化する。(自分少女漫画が好きな理由は〇〇である。)

まず大事なことは自分の興味がある対象を選ぶことです。

世の中の読書感想文のよくある問題は、読み手が全く興味がない本でも読まされて何か意見を表明しなければならないことだと思います

すくなくとも、同好の士との対話想像して、自分がそれなりに語れる(周辺知識単語が内在している)ジャンルを選んでください。その語りの内容をテキストに落とすことを考えます

もちろん書評場合は、自分が興味のある本をA)の対象にしてください。

また、読み手の読解力に比べて記述内容が難解な本の場合はなかなか感想が出ないことも一般的だと思います

(例えば村上春樹は私にとって面白小説であるが、感想をかけと言われてもとても困る題材だったりする。そのあたりは個人によって異なる。)

Withコロナ時代になり、私もフルリモートで勤務していますが、知識労働としての適切に文章のまとめられる能力ますます重要になってきていると思います

少し書評とは異なるかもしれませんが、元増田さんの書けないが改善されることを願ってやみません。

PS

文章のお題なのに書きなぐりのテキストすみません仕事に戻らないと。

2021-08-03

一定レベル以上の知識労働では

クリアしなければならない課題が1から10まであって、それぞれをチェックしていけばいい」

みたいなことが成り立たないわけだ

底辺の人は「教え方が上手ければ誰でもできるようになる」なんてことを信じたがるようだが

誰でも弁護士公認会計士になれるわけではないのと同様に、一定能力の無い人には何を言っても無駄なんだ

2021-07-28

いい年して「パンティー」とかにハマる連中の正体

いい大人パンティーとかを被り出して、「深い」とか「教養が身に付く」とか「年をとって初めて意味理解できた」とか言ってるの、見たことありますよね。

はっきり言って、こういう人たちの知的レベルは高くありません。そういうことは、高校生か、遅くとも大学2年生くらいまでに済ませておくことであって、社会人がやることではありません。

彼らの知的レベルは、中学高校生くらいのレベルです。彼らがパンティーを被って理解するのはせいぜい、

  • 内容は分からないが、こういう有名な下着言葉がある
  • 厳密に検証はしないが、自分経験に当てはめると恐らくこういう学びがある

といったことです。つまりパンティーの表面だけをなぞったり、どうとでも取れるような色から妄想を膨らませるだけで、本当の意味パンティーを理解できていません。「パンティーはビジネスに役に立つ」とか「パンティーは人生教科書」とか言ってるのが、その典型です。

彼らがやってることは、ラノベ漫画を読んで伏線とか異能力を「考察」してるのと大差ありません。そういうことは、正確な読解ができていなくても、勝手解釈言葉遊びでいくらでも話を膨らめることができますパンティーとかにハマる連中は、「格式の高い」パンティーを被っている気になっている分、そういうオタクよりもタチが悪いです。

本来成熟した社会人が獲得していなければいけない思考形式は、上記の逆です。つまり

といったことができるようにならなければいけません。こういったことは、高度な知識労働には必ず求められる能力です。

いい年こいてパンティーなどにハマって、「深い」とか言っている連中というのは、大人になってもこういう思考過程に達することのできなかった人たちです。

いい年して「論語」とかにハマる連中の正体

いい大人漢籍などの古典や名作文学とかを読み出して、「深い」とか「教養が身に付く」とか「年をとって初めて意味理解できた」とか言ってるの、見たことありますよね。

はっきり言って、こういう人たちの知的レベルは高くありません。そういうことは、高校生か、遅くとも大学2年生くらいまでに済ませておくことであって、社会人がやることではありません。

彼らの知的レベルは、中学高校生くらいのレベルです。彼らが本を読んで理解するのはせいぜい、

  • 内容は分からないが、こういう有名な言葉事実がある
  • 厳密に検証はしないが、自分経験に当てはめると恐らくこう言うことが書いてある

といったことです。つまり文章の表面だけをなぞったり、どうとでも取れるような記述から妄想を膨らませるだけで、本当の意味書物を読解できていません。「孫子ビジネスに役に立つ」とか「夏目漱石こころ人生教科書」とか言ってるのが、その典型です。

彼らがやってることは、ラノベ漫画を読んで伏線とか異能力を「考察」してるのと大差ありません。そういうことは、正確な読解ができていなくても、勝手解釈言葉遊びでいくらでも話を膨らめることができます古典かにハマる連中は、「格式の高い」書物を読んでいる気になっている分、そういうオタクよりもタチが悪いです。

本来成熟した社会人が獲得していなければいけない思考形式は、上記の逆です。つまり

といったことができるようにならなければいけません。こういったことは、高度な知識労働には必ず求められる能力です。

いい年こいて古典などにハマって、「深い」とか言っている連中というのは、大人になってもこういう思考過程に達することのできなかった人たちです。

2021-05-09

コロナウイルス社会的契約の弱さを白日の元に晒し

(2020/04/04 FT)

Covid-19のパンデミックに明るい兆しがあるとすれば、それは偏った社会に一体感をもたらしたことです。しかし、ウイルスやその対策としての経済封鎖は、既存の不平等に光を当て、さらには新たな不平等を生み出すことにもなります病気を克服するだけでなく、すべての国が間もなく直面する大きな試練は、現在共通目的意識危機後の社会形成するかどうかです。西洋指導者たちが大恐慌第二次世界大戦後に学んだように、集団犠牲を求めるためには、すべての人に利益をもたらす社会契約を提供しなければなりません。

今日危機は、多くの豊かな社会がこの理想にどれほど及ばないかを明らかにしていますパンデミックを食い止めるための闘いが、医療システムの準備不足を露呈したのと同様に、政府が大量の破産を食い止め、大量の失業対処しようと必死になっている中で、多くの国の経済のもろさが露呈しています政府は、大量の倒産や大量の失業回避するために奔走しています国民総動員の呼びかけにもかかわらず、私たちは実際には全員一緒にいるわけではありません。

経済の締め付けは、すでに最悪の状況にある人々に最大の犠牲を強いるものです。一夜にして、ホスピタリティレジャー、およびその関連部門で何百万もの雇用生活が失われた一方で、高給取りの知識労働者は、しばしば自宅で仕事をするという迷惑な状況に置かれていますさらに悪いことに、まだ働ける低賃金仕事に就いている人たちは、介護士医療サポートワーカーだけでなく、倉庫作業員配達員、清掃員など、命がけで働いていることが多いのです。

政府による経済への並外れた予算支援は、必要ではあるものの、ある意味では問題悪化させることになります。不規則不安定労働市場の出現を許してきた国では、そのような不安定雇用形態の労働者金融支援提供することが特に難しくなっています。一方、中央銀行による大幅な金融緩和は、資産家を助けます。その背後では、資金不足の公共サービスが、危機管理政策適用という負担の下で軋んでいます

ウイルスとの戦いでは、一部の人利益を得て、他の人が犠牲になっているのです。Covid-19の犠牲者は、圧倒的に高齢者です。しかし、ロックダウンの最大の被害者は、若くて活動的な人々であり、彼らは教育を中断し、貴重な収入放棄することを求められています犠牲はやむを得ないが、国家努力の中で最も重い負担を負っている人々に、どのようにして返還するかを、すべての社会が示さなければなりません。

過去40年間の一般的政策方向性を覆すような、抜本的な改革検討する必要があります政府は、経済においてより積極的役割を果たさなければなりません。政府は、公共サービス負債ではなく投資とみなし、労働市場不安定さを軽減する方法模索しなければいけません。再分配が再び議題となり、高齢者富裕層特権問題となるでしょう。ベーシックインカム富裕層向けの税金など、これまでは風変わりだと思われていた政策検討されなければなりません。

ロックダウン中のビジネス収入を維持するために政府がとっている前例のない措置は、正しく、欧米諸国が70年間経験したことのないような戦時中経済比較されます。この例えは、さら推し進められていきます

戦争に勝った指導者たちは、勝利を待たずにその後の計画を立てました。フランクリン・D・ルーズベルトウィンストン・チャーチルは、1941年に「大西洋憲章」を発表し、国際連合方向性を示しました。イギリスは、1942年普遍的福祉国家を目指す「ベヴァリッジ報告」を発表しました。1944年のブレトウッズ会議では、戦後金融システムが構築されました。これと同じような先見性が今も求められています。真の指導者たちは、公衆衛生上の戦争を超えて、平和を勝ち取るために今すぐ動員するでしょう。

引用元

https://twitter.com/HelenCSullivan/status/1246600170738868225

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