2024-11-30

いわゆる職場無能YouTubeなどの動画コンテンツ異次元コメントする人たち

メタ認知能力が極端に欠けている人たち

メタ認知能力が極端に欠けている人』って表現は、"自惚れていてる"とか"井戸の中の蛙"みたいな評価限定して使われているイメージがあります

 

けど、ここで言いたいのはそういうことじゃなくて、エラー処理とか停止処理みたいな超基本的な考え方すら持ってなくて、それに気づけないままでいられる人のことです。

具体的な方法を知らないとかじゃなく、そもそも「そういう発想自体がない」って話で、これは単なる知識不足視野の狭さ以上に、認知の仕組みそのもの問題があります

時間自然解決してくれるようなものじゃなくて、かなり厄介な問題だと思います

 

エラー処理とか停止処理って、ITだけの話じゃなくて日常でも必要スキルです。

たとえば、「お目当てのプリン冷蔵庫にないことを確認」(エラー検知)したら、フツーは「今日プリン食べるの無理だな」って切り替えるじゃないですか。

冷蔵庫を何度も開け続けるのはちょっと変で、フツーは「開けるのをやめる」(停止する)って行動に移りますよね?

仮に、寄生獣に取り憑かれたために、冷蔵庫を開け続けちゃうのだとしても、「右手勝手に動いてる?」って気づければ、他の方法を考えることができます

けど、この『気づき』がなかったら、問題解決はかなり難しいです。

 

 

メタ認知知識移転(Knowledge Transfer)

メタ認知知識の応用力、いわゆる"知識移転(Knowledge Transfer)"にもめちゃくちゃ重要です。得意分野や好きなことだと、この力が特に発揮されやすいですよね。

たとえば、熟練プログラマーが別の言語でもスキルを応用できるのも知識移転の力があるからです。

でも、興味が薄い分野や苦手分野だと同じ力を発揮するのは難しい・・・それは自然なことではあるのですが、基本スキル共通原理くらいはちゃんと押さえておくことが期待されます

 

たとえば、プリウス運転手軽トラックをまったく運転できなかったら、それは個性とかそういう話じゃないですよね?致命的に知識移転能力が欠けてるってことです。大きさや操作性が違うにしても、ハンドル操作とか交通ルールみたいな共通点を活かせないのは深刻です。

仮に、共通点を見出せ無くなったのは異世界おじさんに「記憶消去魔法(イキュラス・キュオラ)」をかけられたからだとしても、「もしかして記憶を消されてる?」って気づければ対処方法を考えることができます。けど、この『気づき』がなかったら、問題解決はかなり難しいです。

 

 

メタ認知と表層的学習の積み重ね

知識転移がうまくいかないのは、異世界おじさんに記憶を消されて気づかない以外にも、その対象理解そもそも極端に浅いことも大きな原因になっていそうです。

 

たとえば、『りんご=赤』って覚えるのは、学習コストを下げるためによくあることです。この簡略化を意識できる人は、この情報がいろんな側面の一つにすぎないってちゃんとわかっているので、黄りんごも青いりんごも許容します。りんご品種や生育環境熟成度みたいな要素が色に影響するんだろーなとか、味とか他の特徴も多次元的に捉えていますさらに、必要があれば「なんで赤いんだろう?」とか掘り下げて学ぼうとするオープン姿勢もあります

 

次元的に対象を見れる人は、『見たままをありのままに受け入れて、自分直感を大切にできる人』と言い換えても良いかもしれません。

だってりんごは、どう見たって単色の赤じゃないですからね。視覚的にも直感的にもそう感じるはずです。

 

一方で、こういう視点意識(見たまま受け入れる、自分五感直感を信じる)がない人たちがどうなるかというと、

りんご=赤い』っていう単純な答えでテスト合格して、「自分理解完璧だ!」って思い込みます

現行のシステムでは、ぶっちゃけ深掘りする必要性がないので、結果として表層的な学びに終始してしまうのです。

で、こういう表層的な学習パターンが続くと、やがて複雑な問題対処できなくなります

世代と話してもピントがずれた会話をしたり、科学医療社会問題仕事議論トンチンカンなことを言ったりしてしまうわけです。

違う文脈知識を応用するなんて、そもそも理解が浅いと到底無理な話です。

 

学習指導要領のSelf-Regulated Strategy Development (SRSD :自己調整型学習)って『自分で考えて学ぶ力』の改善策としてまあまあ良さそうだけど、

現状の受験システムとか評価基準が表層的な学びを助長するままだと、限界はある気がします。

それなら、メタ認知がないAIが多次元的に学んでいくプロセスを観察して、新しい教育のヒントを探すほうが面白いかもしれません。

 

 

メタ認知デスクワークフィジカルワークの本質

増田タイトルの通り、学歴があっても、長文を読んで理解するどころか、単純化された動画の内容さえ把握できなかったり、同世代との会話がどこまでも噛み合わなかったり、仕事の指示が通らなかったり、そんな人っていますよね?

これって、上記に書いてきたように、メタ認知能力が極端に欠けてることや、知識移転能力の欠如、表層的な学習が積み重なった結果なんじゃないか確信を持っています

たぶん、IQ価値観の違いの話ではないですね。

 

大卒以上であっても、こういう人が無視出来ない数いるのは、正直「なんで?」って思う人が多いんじゃないでしょうか。でも、この「なんで?」の背景には、「勉強デスクワーク知的で選ばれたもの」っていう妙な誤解がある気がします。この固定観念が、現代社会における知性や労働本質を見誤る原因になってるんじゃないかなと思います

 

現代では、国家競争力は高度な人材依存しています

しかし、その一方で、社会の基盤を支える多くの職種が軽視され、不当に評価されている現状があります

 

なぜかというと、"知識労働者(Knowledge Worker) "ではなく、"知的労働者" って呼称が使われたりすることからもわかるように、肉体労働者は知能を使わないみたいな妙な誤解を悪用し、仕事の複雑さや多様性を極端に単純化し、賃金差別(経済格差ではなく差別が適切)を正当化する輩がいるからです。

 

実際は、デスクワークだけでなく、フィジカルワークにも、高い認知能力は不可欠です。

例えば、エラーを検知し、適切なタイミング作業を中止し、問題解決する–これらは、メタ認知能力と深い経験に基づく高度な知的作業ですよね?プログラム組んだことなくてもロボットを作ったことなくても、誰しも直感的に知っていることです。

障がい者雇用最適化された職場を除けば、こうした能力に欠ける人がフィジカルワークに適応することは非常に困難です。その理由は単純で、迅速に適切な判断ができなければ、事故怪我を招き、最悪の場合、死人が出るからです。

 

フィジカルワークが出来そうもない人は、なんとなく知識労働を選ぶことが多いです。必ずしも自分の適性を十分に理解しているわけではなく、「選択肢の中で最も受け入れられる道」として選んでいることが多いです。でも、極端にメタ認知や応用力がないと、どんなに学歴があっても知識活用できず、「結局この人は何ができるの?」って評価に甘んじちゃうことになります。たとえば、エラーメッセージに明確な解決方法が書かれているにもかかわらず、それを読み取れず(一応、読んではいる模様)、ただそのまま誰かに転送するだけの技術者とか、その典型ですよね。

 

もう一度言いますが、デスクワークだけでなく、フィジカルワークにも、高い認知能力は不可欠です。

それがある前提で、重要視されるのが、物理筋肉運動能力)なのか、論理筋肉知識)なのかって違いだけです。

 

 

メタ認知筋肉の魅せ方と使い方

1つ前でも少し書きましたけど、知識って筋肉みたいなものだと思うんですよね。鍛えればどんどんムキムキになるけど、筋肉単体ではその魅力をフルに発揮できない。

物理筋肉論理筋肉も、それをうまく使うスキル必要です。データベースが単体ではただの情報の塊で、システム連携して本来の力を発揮するのと同じです。

で、そのシステム設計するには、基本的エラー処理や停止処理の考え方は欠かせません。そして、エラー処理をするためには、知識を他の文脈で応用する力、

まり知識移転能力』が必要です。それを支えるのが、メタ認知能力なんですよね。

 

国の競争力を維持する上で、論理筋肉マッチョを育成することは非常に大切ですが、その筋肉有効活用するためのメタ認知能力がないと、いくら筋肉がついてもリソース無駄になってしまます

というか、論理筋肉マッチョに限らず、どんな分野でも同じことが言えますリソース無駄遣いを避けるために、筋肉活用法を理解する能力を養うことは、なによりも優先されるべき取り組みだと思います

 

(長文が読めない、動画の内容すら理解できない、仕事科学社会問題議論トンチンカン発言をする、仕事の指示が通らない、でも広範囲知的課題は持っていない、なんなら大学卒業している――そんな人たちの姿を見ながら書いてます)

  • 弱者男性だが、おやいつものリベラルの選民思想かな?と思ったが全く違う内容で最後まで読んだ 特に異論はございませんでした

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