はてなキーワード: 国際連合とは
世界のたがが外れつつある。
2度の世界大戦を経て国際社会が築いてきた規範や秩序を、大国が公然と蹂躙(じゅうりん)し、自国中心主義を振り回している。
「法の支配」は「力の支配」の前に無力なのか。人類が互いの利害を公正に調停し、戦争を一掃する未来は、見果てぬ夢なのか。
法哲学者の井上達夫・東大名誉教授は、法とは正義を追い求めそれを体現すべきもの、と説く。それなら、世界が見据えるべき「正義」とは何か。私たちの飽くなき挑戦は、どこを目指すべきなのか。
――人類が戦乱の歴史を経て曲がりなりにも築いてきた国際秩序が、崩れかけています。
「国際社会の法と秩序、その基礎にある人権尊重や戦力乱用の禁止という『正義』の原則が、危機に瀕(ひん)しています。これらを公然と蹂躙(じゅうりん)する国家による暴力が荒れ狂っているからです」
「もちろん無法な戦乱は今に始まったことではなく、集団間の殺し合いがなかった時代はない。特に20世紀は、史上最も陰惨に血塗られた世紀でした。だからこそ人類は自らの蛮行を制止すべく、戦争を統御する様々な試みを続けてきました。第1次大戦後に国際連盟を結成し、1928年のパリ不戦条約で、国益追求と紛争解決の手段としての戦争を違法化します。第2次大戦後には、戦争を抑止できなかった反省から国際連合をつくり、国際法の諸原則を再確立させました」
「自衛権行使であっても正当な理由や意図などを求める『戦争への正義(jus ad bellum)』つまり『開戦法規』と、無差別攻撃の禁止や捕虜の処遇など『戦争における正義(jus in bello)』つまり『交戦法規』を強化します。また、武力行使に代わる平和的手段による紛争解決を促進する努力もなされてきました。冷戦終結後の一時期、世界はありありと『国連による平和』の夢を見ました」
「しかし、この夢は破れました。武力行使を規制する国際法秩序に責任を負うべき国連安全保障理事会常任理事国のロシアが公然とウクライナを侵略し、民間施設への攻撃を続けています。これは明白に開戦法規及び交戦法規違反です。ロシアは開戦時、ドンバス地方の親ロ派政府との安全保障条約に基づく集団的自衛権だと説明しましたが、この傀儡(かいらい)政府に対するロシアの承認は旧満州国への日本の承認と同様、国際法上無効です」
「パレスチナ自治区ガザでは、前世紀の『人道に対する罪』の最大の被害者であるユダヤ人国家イスラエルが、パレスチナの民に対してこの罪を犯しています。イスラム組織ハマスの侵攻に対する自衛措置として攻撃を開始した時点では、イスラエルは開戦法規に反してはいませんでした。しかし、民間人への無差別攻撃や難民キャンプへの空爆は自衛の範囲をはるかに超え、ハマスが住民を『人間の盾』に使ったのと同様、交戦法規を蹂躙しています。また、ヨルダン川西岸への入植拡大を同時に進めたことは、不純な政治意図を含んでいるという点で開戦法規にも違反しています。停戦合意から2カ月以上が経つのに、ガザへの散発的な攻撃をやめていません」
――「法の支配」をあざ笑うかのような「力の支配」の論理が跋扈(ばっこ)しています。
「『法の支配』の危機は、単に強国が国際法秩序を侵しているというだけではありません。より深刻なのは、法と正義の原則の規範的権威そのものを掘り崩す、シニシズム(冷笑主義)が広がっていることです」
「それが端的に表れているのが、欧米や日本でも唱えられている対ロ宥和(ゆうわ)論です。戦争長期化の責任を、ウクライナの抗戦と西側諸国の支援に転嫁する言説です。知識人にも多い対ロ宥和主義者は、ウクライナ支援を停止してロシアに領土的譲歩をすべきだとして、侵略したロシアではなくウクライナに停戦の圧力をかけることを実質的に説いています。中には、北大西洋条約機構(NATO)の東進がロシアを刺激し戦争を誘発したという誤った歴史観に基づくものも多い。実際には冷戦後、NATOは集団的自衛権体制から地域的な集団安全保障体制に変容しており、旧東側が『西進』して新加盟国になったというのが事実です。ロシアも一時、準加盟国になりました。その友好関係を、南オセチア紛争とクリミア侵攻で悪化させたのは、他ならぬロシアです」
――トランプ米大統領も、ロシアに一方的に有利な和平案をウクライナに押し付けようとしています。
「これでは持続可能な平和を実現できないことは明白です。ウクライナの中立化(NATO非加盟)だけでなく非軍事化に固執するプーチン大統領の狙いが傀儡国家化にある以上、仮に一時的停戦をのんでも、再侵攻に走ることは必至です」
「こうした対ロ宥和論は、武力で現状を自国に有利に変更できる、侵略はペイする、というメッセージを世界に発しています。侵略を抑止するどころか、武力による現状変更を望む他の潜在的侵略者、例えば台湾や南沙諸島に野心を持つ中国、イエメンに触手を伸ばすイラン、韓国を標的にする北朝鮮などに、実行のインセンティブを与えてしまう。ドイツへの宥和政策が第2次大戦を招いた、1938年のミュンヘン会談の教訓を忘れたのでしょうか?」
「強者の支配を排し、武力による現状変更を禁じるという国際法の原則を尊重するならば、国際社会が協力して、ロシアに軍事的・経済的圧力を断固として加えることが必要です。それができずに弱小国にだけ譲歩が押しつけられるなら、国際法は強者の支配のイデオロギー的隠れみのとみなされ、規範的権威を喪失します」
――米国が主導したガザの和平計画も、ハマスが武装解除に抵抗する構えで、暗雲が垂れこめています。
「長年の紛争解決と平和構築のためには、90年代のオスロ合意が道筋を引こうとした『二国家解決』しかありません。すなわち、ガザとヨルダン川西岸の分断統治を解消してパレスチナを統一的に統治する国家を樹立し、イスラエルと相互承認し共存する体制です。しかし、イスラエルのネタニヤフ首相は『パレスチナ国家のいかなる試みにも反対する』と二国家解決を強硬に拒否し、トランプ大統領もイスラエルのパレスチナ支配強化を支持するかのような発言を繰り返しています」
「停戦後の暫定的な統治機関『平和評議会』のメンバーは未定ですが、米国やイスラエルがガザ復興を主導するなら、ハマスを殲滅(せんめつ)できたとしても、第2、第3のハマスがゲリラ的抵抗を続けるでしょう。パレスチナ国家樹立をゴールに掲げたうえで、暫定的にはアラブ諸国を中心にガザの治安維持と住民保護を委ね、現在の腐敗したパレスチナ自治政府を統治能力ある組織に改編する。国際社会はそのためのロードマップを支援する――。それしかガザ戦争の出口はありません」
「『法の支配』は規範的な理念ですが、自動的に実現する力を持っているわけではない。理念を実現するのは、それを順守しようとする様々な行動主体が、協力して行う実践です。強者の力を抑える、いっそう大きな『力』を協働して組織し、行使しなければならないのです」
――プーチン大統領は2014年にクリミアを「併合」した際、西側諸国の過去の侵略や軍事介入と同じことをやっているだけだ、という趣旨の発言をしています。
「他者の悪が、自己の同様の悪を免責する――。これは開き直りの詭弁(きべん)ですが、問題は、西側の多くの『批判的知識人』までもが、この思想のわなにはまっていることです」
「例えば、03年のイラク侵攻など米国の軍事介入を強く批判してきた米国の思想家ノーム・チョムスキーも、このプーチン大統領の欧米批判を擁護してしまっています。自国の戦争犯罪を追及すること自体は、間違ってはいない。しかし、それゆえに他者の罪を許容するのは、論理的にも倫理的にも倒錯しています」
https://digital.asahi.com/articles/ASTDM4V8YTDMUPQJ00FM.html
すごく鋭い視点ですね。
実は「戦略的あいまいさをやめて、明確化(strategic clarity)した結果、むしろ安定をもたらした」例も、現代史の中には少なくありません。代表的なものをいくつか挙げます。
■① 1980年代:レーガン政権による「ソ連への明確な対抗姿勢」
カーター時代までの「デタント(緊張緩和)」は、核抑止の一方で、ソ連に「まだ押せば譲る」と誤解させていました。
そこに登場したレーガンは、「悪の帝国」「軍拡競争」「SDI(戦略防衛構想)」と、圧倒的な明確化を行います。
結果、ソ連は「アメリカの譲歩はない」と理解し、内側から経済的疲弊によって崩壊の道を歩むことになります。
つまり、「あいまいな抑止」ではなく「明確な決意の表示」が、逆に冷戦終結を早めたのです。
イラクのフセインは、「国際社会はまた口だけだろう」と読んでいました。
しかし、国連安保理決議678号によって「武力行使を容認」と明言。
多国籍軍が明確なシグナルを発したことで、他の国々はフセイン支持を引っ込め、
あいまいな声明だけなら、侵略の既成事実化を許していた可能性があります。
その「明言」によって、フルシチョフは「アメリカは本気だ」と理解し、
つまり、明確化は“開戦”ではなく“引き際の理解”を促す場合もあるのです。
潜在的な侵略者に「コストが上がる」と認識させることができた。
これは、あいまいな抑止よりも、明確な抑止力を伴う「静かな安定」を生み出しています。
要するに、
「あいまいさが賢い」と思われがちですが、実際には、
そのあいまいさが“誤解”や“試し行動”を誘発するケースも多いのです。
国際政治では、「意志を伝えなければ、意志は存在しないのと同じ」。
言い換えれば——
「黙ってバランスを取る冷静さ」よりも、
「明確に立場を示す決断力」の方が、時に平和を救うことがあるのです。
こうして並べると、どちらの立場にも筋が通って見えるのが面白いですよね。
第三条 自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする。
2 自衛隊は、前項に規定するもののほか、同項の主たる任務の遂行に支障を生じない限度において、かつ、武力による威嚇又は武力の行使に当たらない範囲において、次に掲げる活動であつて、別に法律で定めるところにより自衛隊が実施することとされるものを行うことを任務とする。
一 我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態に対応して行う我が国の平和及び安全の確保に資する活動
二 国際連合を中心とした国際平和のための取組への寄与その他の国際協力の推進を通じて我が国を含む国際社会の平和及び安全の維持に資する活動
3 陸上自衛隊は主として陸において、海上自衛隊は主として海において、航空自衛隊は主として空においてそれぞれ行動することを任務とする。
とまぁ法律に明記してある。
日本とアメリカが対等になるには日本独力では厳しいので、東アジアでの連帯が必要になる
特に韓国、フィリピンとは強く連帯し、アメリカの影響力を西太平洋から排除せねばならない。
そのためには中国の力が必要で、ASEAN+3、ここにロシアとオーストラリア、ニュージーランドを加えて
極北から南極まで縦断する大連合、西太平洋共栄圏を樹立することを目標としている。
台湾全土を共栄圏首都特別地域とすることで中国の二国家問題を一旦解決し、初代主席は中国から出してもいい(次代は日本で、各国持ち回り)
EUとNATOを統合したような形の実行力を伴う連合、連邦組織化を行いたい。
共栄圏連邦軍を拡充し、英米をインド洋から締め出していきたい。
これが俺の愛国心だ
AIのヘルプデスクが開設したと聞いたので、利用してみた(以下のメールアドレス宛に質問する)。なかなかイイ感じ(笑)
Oliver.S.C.Services@europe.com
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【質問】人身売買が現在も行われているそうですが、何か対策はありますか?
【AI】人身売買は、現在も世界中で深刻な人権侵害として存在しています。その対策は多岐にわたり、国際機関、各国政府、NPO/NGO、そして私たち個人の協力が不可欠です。
1. 予防(Prevention)
貧困対策と教育の普及: 貧困や教育機会の不足は、人身売買の被害に遭いやすい脆弱な人々を生み出す要因となります。経済的な自立を支援し、教育の機会を保障することで、人身売買の発生を予防します。
啓発活動: 人身売買の実態や危険性について広く周知することで、被害に遭わないための意識を高めます。特に、インターネットやSNSを通じた勧誘の手口など、新しい形態の人身売買についても注意喚起が必要です。
需要の抑制: 性的搾取や強制労働の需要がある限り、人身売買はなくなりません。需要側への啓発活動や、違法な労働力を利用する企業への取り締まり強化も重要です。
水際対策の強化: 出入国管理を厳格にし、潜在的な被害者や加害者の発見に努めることで、被害を未然に防ぎます。
2. 取り締まり(Prosecution)
法整備と厳罰化: 人身売買を犯罪として明確に規定し、加害者に対して厳正な処罰を科す法律の整備と運用が必要です。日本では2004年に「人身取引対策行動計画」が策定され、その後も改定が重ねられています。
捜査・摘発の強化: 人身売買は巧妙な手口で行われることが多いため、警察や捜査機関による専門的な捜査能力の向上と、国際的な情報共有・連携が不可欠です。犯罪組織の摘発に重点が置かれます。
被害者の早期発見と救出: 被害者を発見し、安全な場所へ保護することが最優先されます。関係機関への通報窓口の設置や、被害者であることを認識していない被害者への働きかけが重要です。
シェルターの提供と心のケア: 保護された被害者には、安全な住居と、身体的・精神的なダメージを回復するための医療やカウンセリングが必要です。
社会復帰支援: 被害者が社会に復帰し、自立した生活を送れるよう、職業訓練や就学支援、法的支援などが提供されます。特に外国人の被害者の場合は、母国への帰国支援や帰国後の社会復帰支援も行われます。
安全の確保: 被害者が加害者からの報復を恐れることなく、安全に生活できるよう、十分な保護措置が講じられます。
国際連合(UN): 「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約を補足する人(特に女性及び児童)の取引を防止し、抑止し及び処罰するための議定書(人身取引議定書)」が採択されており、各国に人身取引の防止・撲滅と被害者の保護を義務付けています。
国際移住機関(IOM): 人身取引対策を主導する国際機関の一つで、被害者の保護、帰国支援、社会復帰支援などを世界中で行っています。
ユニセフ(UNICEF): 特に子どもを対象とした人身売買の撲滅に向けて、啓発活動や被害者支援に取り組んでいます。
日本政府: 「人身取引対策行動計画」を策定し、関係省庁が連携して対策を推進しています。また、国際機関への拠出やODA(政府開発援助)を通じて、開発途上国の人身取引対策も支援しています。
NPO/NGO: 国内外で、人身売買の被害者支援や啓発活動、政策提言など、多岐にわたる活動を行っています。例えば、ライトハウス、Colabo、TSUBOMIなどが挙げられます。
私たちにできること
人身売買について関心を持ち、知識を深める: 人身売買は遠い国の問題ではなく、日本でも発生していることを認識することが重要です。
疑わしい情報や状況に気づいたら通報する: 最寄りの警察署(110番、または警察相談窓口#9110)、出入国在留管理庁、法務省の人権擁護機関などに連絡してください。匿名通報ダイヤルもあります。
支援団体に寄付する: 人身売買の被害者支援や予防活動を行うNPO/NGOへの寄付も、有効な支援の一つです。
フェアトレード商品を選ぶ: 児童労働や強制労働によって作られた商品を購入しないよう、意識的にフェアトレード商品を選ぶことも、間接的ながら人身売買の防止につながります。
人身売買の根絶は、一朝一夕には実現できない複雑な問題ですが、国際社会と個々人が協力し、多角的なアプローチで取り組むことが不可欠です。
以下AI回答。
台湾は国ですか?
台湾が「国」であるかどうかは、法的・政治的な観点で議論が分かれます。
結論として、台湾は事実上独立した国家ですが、多くの国際社会では公式に「国」として認められていない状況です。
引用:
[1] 台湾は国か否か?素朴な疑問から浮かび上がる台湾・中国関係の ... https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/79074
[2] 台湾 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B0%E6%B9%BE
[3] 台湾ってどんな国? - 新庄市 https://www.city.shinjo.yamagata.jp/s018/011/20200217110526.html
[4] 台湾基礎データ|外務省 - Ministry of Foreign Affairs of Japan https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taiwan/data.html
[5] 【解説】 中国と台湾の関係、すごく分かりやすく説明 - BBCニュース https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-62403702
[6] 中華民国 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E8%8F%AF%E6%B0%91%E5%9B%BD
[7] 中学校使用の地図帳及び外務省ホームページにおける台湾の ... - 衆議院 https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a163066.htm
[8] 世界の独立国の数はいくつ? - 二宮書店 https://www.ninomiyashoten.co.jp/chiri_q_and_a/q024
与謝野晶子「非人道的な講話条件」(1919年)は、第一次大戦の戦勝国たる「連合国」の非道さを責める。
この時点でthe United Nationsという言葉は当然存在せず、「連合国」がその訳語であることはありえない。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000885/files/3641_6552.html
もしこの↑「連合国」の用法がなければこれをthe United Nationsの訳語にしても良かったかも知れないが、国際連盟の後をつぐ機関である国際連合にこの名前をつけたのは適切であると言える。
(実際、中国語ではthe Alliesを「同盟国」と訳す一方で、国連を「連合国」と訳す。これはこれで使い分けられていて論理的である。)
英語と並んで文書作成の公用語とされるフランス語では、l'Organisation des Nations Uniesであり、明確に「国際機関」であることが示される。
the United Arab Emirates、the United States of Americaなど、単純に「連合◯◯」と訳さない言葉はいくらでもある。
これを訳さないこと自体に深い意味があるというのが、まったく印象操作のでたらめである。
かように、陰謀論は「論理的に繋がってないことをさも繋がっているかのように見せる」ことで成り立っている。
日本語は特に翻訳などにおいて意訳のような言葉遊びのような陰謀論が作られやすい。
「その言葉はいつから使われているのか」「定義はどこに載っているのか」そういう事実にあたるようにすることで、こういうデマは簡単に見破れるのである。
イスラエルが国連軍を襲撃、危害射撃した事で批判されてるが、今更なんだよなぁ。イスラエルは過去に何度も国連軍を攻撃してて、兵士を殺したことも勿論ある。
普通、PKFなどの国連派遣軍と交戦するっていうのは国内が平定されていないならず者国家や馬賊、民兵集団ってのが相場だが、それ日常的にやってるのがイスラエル。
平和維持活動や停戦監視の場合、陣地は双方の進軍ルートを阻害する場所に作られるんだが、イスラエルはその邪魔な陣地を砲撃して兵士を殺している。
んで、攻撃の合間に陣地からの負傷者の救出を行ったのだが、そこを狙って再度攻撃。
日本はこのイスラエル国境付近のPKOに自衛官を派遣している。いわゆるゴラン高原PKOで、正式名称はUNDOF、国連兵力引き離し監視軍という。和訳がちょっとダサい。
こっちはレバノンとは別方面の対シリア停戦監視だったが、何しろシリア国内が内戦でメチャクチャになった為に危険と判断して撤退させてしまった。民主の野田政権の時だ。
イスラエル国境地帯にPKO派遣していた日本にとってイスラエルの政治判断のおかしさというのは他人事ではなかったはずだ。なんで忘れられているのだろう?
PKO、PKFは交戦国の軍の活動を阻害するのが仕事だ。普通の文明国なら阻害されてそれが国連決議に基づくものなら諦める。でも馬賊や野良軍閥や国家承認されていない自称政府とかならそんなの関係ねぇと攻撃する。イスラエルは後者に属すって事やね。
イスラエルは国連PKFの存在が邪魔だとも公言している。国連が作った国家なのに。
この度の紛争の後に新たなPKOが組織されたり、PKF増援って事になる可能性は高い。政権が変わってナショナリズム鼓舞から国際貢献に戻り、日本がそこに自衛官を派遣するって事もあるかもしれない。
『
1. 国家安全保障の脅威
アメリカは、他国での政権の交代や内戦が自国の安全保障に直接的な脅威をもたらすと判断した場合に、介入を行うことが多いです。例えば、アフガニスタンにおけるタリバン政権は、国際テロ組織アルカーイダを庇護し、アメリカでの2001年の9/11テロ攻撃を計画・実行した中心的な存在でした。したがって、アメリカがタリバンに対して軍事介入した背景には、自国民を守るための正当な防衛という要素が含まれています。
タリバンが支配するアフガニスタンは、テロリストの温床となっており、このまま放置すればさらなる攻撃がアメリカや他の西側諸国に及ぶ可能性があると判断されました。この点で、アメリカの介入は国家安全保障のための予防的措置として理解することができます。
2. 国際的な安定の維持
アメリカの介入は、多くの場合、国際的な安定の維持を目的としています。アフガニスタンのような不安定な地域がテロリズムの温床になることで、周辺国や世界全体の平和が脅かされる可能性があります。したがって、アメリカは、これらの地域での介入を通じて、国際的な秩序の維持と人道的危機の防止を図ろうとしています。
特に、冷戦時代のアメリカの行動は、世界の多極的な対立を防ぐための戦略的な動機が背景にあります。アフガニスタンでのソ連との競争は、その一例であり、アメリカはソ連の拡張主義を食い止めるために介入を行いました。この観点から見ると、アメリカの行動は、単なる「気に食わない」ではなく、地政学的な計算の一環であったと言えます。
アメリカの軍事介入は、単独で行われるものではなく、多くの場合、国際社会や国連と協力して行われます。アフガニスタンの場合も、アメリカはNATOと共に行動し、国際連合安保理決議に基づいた国際的な支持を得て、タリバン政権を打倒し、アルカーイダを排除しようとしました。この点で、アメリカの介入は「アメリカのためだけ」という視点ではなく、国際社会全体の利益を守るための行動として位置付けられます。
例えば、アフガニスタンにおけるアメリカの行動は、2001年の国連安保理決議1386に基づくものであり、国際的に合法性を持った介入です。
4. 人道的な理由
アメリカの介入には、しばしば人道的な理由が絡んでいます。アフガニスタンでは、タリバン政権下で女性や少数派が深刻な人権侵害を受けていました。アメリカは、こうした人権侵害を是正するためにも介入を行ったと主張できます。特に、アフガニスタンの女性の権利や教育の機会の回復は、アメリカの重要な目的の一つとされてきました。
人権を無視する政権が他国で勢力を持つことは、国際社会全体の人道的な価値観に対する脅威と見なされ、アメリカはその防止を目的として介入を行うことがあります。
アメリカは、タリバン政権を打倒した後、アフガニスタンの再建と民主化を支援するために多額の資金とリソースを投入しました。新しい政権の樹立、インフラ整備、教育や医療の提供といった活動を通じて、アメリカはアフガニスタンがより安定し、平和的な国家へと成長することを目指しました。これは、単に「気に食わない」という理由で介入したわけではなく、地域の安定と発展を促進するための努力であったと言えます。
アメリカがアフガニスタンに介入した理由は、感情的な動機や「気に食わない」という単純な視点では説明できません。アメリカの行動は、国家安全保障、国際的な安定の維持、人道的理由、さらには国際的な協調を目的とした複合的な戦略に基づいています。もちろん、これらの介入には批判も存在しますが、アメリカの目的は単なる一方的な敵意ではなく、国際的な秩序と安全を守るための多様な要素が絡んでいると言えるでしょう。
』
キーワードは「一貫して右派・民族主義」 「ウクライナの第二戦線を回避」
ジョージア(旧グルジア)はソ連から独立したグルジア人主導の国家である。
当然ながら多民族国家であるものの、民族主義の影響が強く少数民族のオセット人とアブハジア人は中央政府からの弾圧に反発して独立と同時に武装蜂起し、現在も実効支配が及んでいない。
1993年には国際連合グルジア監視団(UNOMIG)の国連平和維持部隊が派兵されている。
その後もオセット人自治州(南オセチア:ソ連時代からグルジア共産党と距離のある地域で100年以上融和できていない)では電気や水道を止められるなどしていた。
2008年、ジョージアのサーカシヴィリ政権は南オセチアとUNOMIGの警察活動を攻撃した。
ロシア人に死者が出たことからロシア軍が介入し、5日間で首都を攻撃され、和平し戦争は終結した。
ここら辺で反ロシア感情が一時的に強まったものの、そもそも「米英に踊らされて戦争に突っ込んでしかも負けた」という批判も強く、民族右派も割れていた。
以降の流れ
ここまでの流れでグルジアの民族主義者の100人に99人はサーカシヴィリを米英の犬扱いするようになり、
サーカシヴィリ一派を復権させることでウクライナ戦争の第二戦線をコーカサス地方に作られるのではないか?と安全保障上の懸念が生まれた。
ゼロ年代のインターネットには、Alex Kさんという日本語が堪能なウクライナ人がいた。彼は日本語版ウィキペディアで、ウクライナに関する有益な記事をたくさん執筆していた。ウクライナ語のиをすべて「ウィ」と表記した結果、「フメリヌィツィクィイ」みたいな記事名ばっかりになっていたが、これも彼の正確さを重んじる姿勢のゆえだと好意的に見ることはできる。
しかし、Alex Kさんはウクライナ民族主義者であった。もちろん、民族主義者であっても良質な記事を書いてくれるなら問題はない。だから彼は、ウクライナの歴史上の人物や、都市や、教会についての記事を執筆し、加筆し、あるいは修正のために議論した。そしてある日、ひとりの日本人編集者が、彼の書いたウクライナにある教会に関する記事を修正しようとした。それが問題のはじまりだった。
話を150年ほど遡る。鎖国が終わり、自由にキリスト教を布教してよいことになったので、欧米人はこぞって宣教師を日本に向かわせた。宣教のためには、現地の言葉で書かれた聖書が必要不可欠である。だから宣教師たちは、それぞれが独自の日本語版聖書を作った。正教会の宣教師だったロシア人の聖ニコライは、漢文の素養のある日本人に助けられながら、教会スラヴ語(教会で用いられる古風なスラヴ語)に基づいていかめしい文体の日本語訳聖書を作った。カトリックやプロテスタントは、時代に合わせて聖書をよりやさしい日本語に置き換えてきたが、正教会の聖書は、明治時代からその言い回しなどがほとんど変わっていない。結果として、正教会の聖書は読みにくく、使われる語彙もカトリックとは異なっている。たとえば、こんなふうに。
| 正教会 | カトリック |
|---|---|
| 主教 | 司教 |
| 顕栄 | 変容 |
| 生神女 | 聖母 |
| 至聖三者 | 三位一体 |
| イイスス・ハリストス | イエス・キリスト |
これがいいか悪いかは、その人の価値観によるだろう。他の教会と共通する用語を使うべきと考える人もいれば、独自の伝統を守るべきだと考える人もいてよい。だがそれを決める権利は日本人の正教徒にしかなく、外部の者はそれを尊重すべきであるはずだ。
このようにキリスト教各派が使っている用語がバラバラなので、日本語版ウィキペディアでは、「各派の独自用語を尊重する」というデファクトスタンダードが確立された。たとえば日本政府は少し前までローマ教皇のことを「法王」と呼んでいたが、ウィキペディアではカトリック独自の呼称である「教皇」が採用された。カトリックの教会が「主教座」と表記されていたときは、カトリック用語の「司教座」に直された。だからその日本人編集者は、2009年に、Alex Kさんの書いた記事にある「三位一体」「変容」を、「至聖三者」「顕栄」に直した。
ところが、Alex Kさんにはそれが気に入らなかった。ウクライナ語や英語では、当然ながらこのような区別は存在しない。Alex Kさんは、「三位一体」は日本語の定訳なのに、なぜ「至聖三者」という日本正教会独自の用語を使わなければいけないのか? と反論した。さらに、大部の国語辞典を参照して、「顕栄」とは立身出世するという意味であり、「変容」の方が教義的に正しい、とも主張した。これに対し、日本人編集者たちは次のように答えた。
このような反論にAlex Kさんがきちんと応答していれば、もしかしたら有意義な論争になったかもしれない。だがAlex Kさんは、すでに論駁された自身の主張を繰り返すだけだった。あまつさえ、投票に参加しなかったにもかかわらず勝手に記事名を元に戻すなどの問題行動を起こした。最終的にAlex Kさんは日本語版ウィキペディアから出禁を言い渡され、現在のゆくえは杳として知れない。
Alex Kさんは何が気に食わなかったのだろうか。それはおそらく、日本正教会の立ち位置にある。実は、日本正教会は完全に独立した教会ではない。日本正教会はロシア正教会の一部なのである。
それの何が問題なのだろうか。日本のカトリック教会は、全世界の信徒を統べるカトリック教会の地方支部に過ぎないではないか。それと同じように、日本正教会がロシア正教会の支部であって何か問題があるのか? カトリックと正教会の組織運営上における最大の違いが、まさにこの点にある。カトリック教会は全世界の組織がピラミッド状になっているが、正教会では各地にある正教会は対等な存在で、それらを統べる上位者はいないのだ。つまりカトリック教会が「世界政府」だとしたら、正教会は「国際連合」のようなものなのだ(コンスタンティノポリスの全地総主教はあくまで同輩中の首席にすぎない)。
正教会において、国際連合における独立国のように振る舞うことができる教会のことを「独立教会(autocephalous church)」という。ロシア正教会やブルガリア正教会などはみな独立教会であり、対等な存在である。そして、国際連合に加盟する独立国の中にも自治区があったりするように、独立教会の内部にも自治を許された独自の組織が存在することがある。日本正教会はこのパターンで、教会内の人事は基本的に日本人の信徒や神品(聖職者)で決めているが、教会トップはモスクワから承認を受ける必要がある。日本正教会は、少数派であるキリスト教の中でもさらに少数派で、文科省の統計では人口1万人いるかいないかだ。小さな島が独立を諦めてイギリス領に留まることを選ぶのと同じように、日本正教会はロシア正教会から独立しようとしていない(というか日本だけじゃなく、そもそも東アジアに独立教会がない。中国正教会もロシア正教会の傘下だし、韓国や香港に至っては全地総主教の下の単なる府主教区であって自治権はない)。
つまり、ウクライナ民族主義者であるAlex Kさんにしてみれば、「日本正教会を尊重せよ」というのは、「ロシア正教会を尊重せよ」というふうに聞こえていたのではないか。なるほど彼からすれば、ウクライナ語では正教会とカトリックとで同じ言葉を使うのに、ロシア正教会日本支部ではわざわざ別の言葉を使ってカトリックと差異化しようとしている、と映ったのだろう(ウクライナには「儀式のやり方は正教会だが、組織としてはカトリック」という教会が存在しており、かつてロシア帝国から激しく弾圧されたことから、ウクライナ民族主義の核になっている)。
しかしAlex Kさんが見落としていたのは、日本正教会は日本人によって運営されている教会だ、という点である。確かに教会の設立はロシア人によるものだし、ある時期まではトップがロシアから派遣されていた。だが日本人の正教徒は自分たちで教会組織を運営するようになり、ここ半世紀は教会のトップも日本人が務めている。しかも、日露戦争やロシア革命によって生じた反露世論によって痛めつけられた上での話である。ロシア正教会が気に食わないというウクライナ人の気持ちは理解するが、逆風に耐えながら百年以上も信仰を守ってきた日本人信徒に対する尊重くらいは求めてもよいはずだ。
ところが、Alex Kさんが示したような日本正教会への侮蔑あるいは敵対は、残念ながらウクライナ人のあいだにしばしば見られる。たとえばウクライナ正教会は日本支部を開設しているが、その神品であるパウロ・コロリューク(Павло Королюк)は、「生神女就寝祭」を「聖母就寝祭」と呼ぶなど、日本正教会の用語法を意図的に無視する姿勢を打ち出している。ウクライナでならば好きな用語を使えばいいが、あいにくとここは日本であり、日本正教会の管轄地である。郷に入っては郷に従うべきではなかろうか。また、コロリューク神父あるいは彼に近しい誰かは、日本正教会を侮蔑するツイートを公然としている。まあ、こういうツイートでウクライナへの共感が強まると思っているならご自由にされればよい。増田は、コロリューク神父はキリル総主教の精神的双生児なのだから、似た者同士もっと仲良くすればいいのに、という感想しか持てなかったが。
(そもそも、ウクライナ正教会が日本支部を開設しようという時点で「シマ荒らし」といえる。日本在住の正教徒は基本的に日本正教会の聖堂に通うべきだからだ。とはいえ、移民が移民先に支部を作るのは米豪などでも問題になっているし、ルーマニア正教会も日本に支部を築いたことがあるので、ウクライナだけの問題ではないのだが。根本的には日本正教会が独立教会ではないのでナメられているのだろう。あるルーマニア人は「在日ルーマニア人が教会に行くのに、何でモスクワの許可が必要なんだ?」と嘯いたそうだ)
さらに、一昨年開かれたホロドモールの犠牲者を追悼する合同祈祷式には、コロリューク神父だけではなく「日本における総主教代理であるアンブロシオス府主教」が出席していた。日本の総主教代理とはどういうことか? 実は、全地総主教は日本正教会の自治権を認めておらず、韓国に派遣したギリシャ人の神品を日本の正教会のトップに任命しているのだ。彼は韓国の正教会のトップでもあるので、というかそっちが本業なので、ふだんはソウルにいる。なるほど、ウクライナ正教会が全地総主教によって承認された関係上、全地総主教が認める総主教代理を認めねばならないという事情は理解できる。だがそこでも、日本正教会が日本人の運営する教会だということは無視されている。明治時代からの由緒ある聖書を守り続けている日本人信徒がおよそ1万人いて、神学を修めた日本人の神品が何人もいるというのに、ふだんは韓国に住んでいるギリシャ人が日本の正教会のトップを名乗るというのは、日本人への侮蔑だとは思わないのだろうか?
ロシアのウクライナ侵略が許されざる暴挙であり、ウクライナ人へのジェノサイドであることにはいささかの異存もない。プーチンとプーチンを盲目的に礼賛するロシア正教会のキリル総主教は腹を切って死ぬべきである。Оккупанты, идите домой! だがそのことと、日本人が守り育んできた日本の教会を軽んじてよいかということとは、まったく別の問題であるはずだ。ウクライナ人、特にウクライナ正教会の関係者は、日本正教会に敬意を払うべきだ。彼らはどんなに苦しい状況でも正教会の信仰を守りぬいた人びとであり、彼らの培ってきた伝統は尊重されるに値する。もしもウクライナ正教会がイイスス・ハリストスの教えを日本で守り広めたいと思うなら、まずは彼らの伝統に倣うことから始めるべきだろう。
ところで、ウクライナ語版ウィキペディアの「日本正教会」の記事には、次のような記述がある。
На відміну від католицької і більшості протестантських церков Японії, Японська православна церква не використовує усталеної в японській мові християнської термінології. З 19 століття вона розробила власний словник. Більшість термінів вважаються застарілими словами і малозрозумілі для сучасних японців[13].
この「注13」は次のようなものだ。これは英語版やロシア語版にはない、ウクライナ語版オリジナルの記述である。
Наприклад звичне для японської мови слово «Трійця» саммі іттай (三位一体, дослівно: «три особи одна суть»), що зафіксоване у провідних японських словниках, японські правослані замінили на сісей санся (至聖三者, дослівно: «найсвятіші три особи»). Ця заміна сприймається неадекватно, оскільки друга частина словосполучення — санся означає не лише «три особи», а й «третю строну» або «аутсайдера». Інший приклад — «Преображення». В сучасній японській мові для позначення цього слова використовується термін хенйо (変容, дослівно: «зміна образу»). Японська православна церква замість нього вживає термін кен'ей (顕栄, дослівно: «проявлення слави»), який в японських словниках тлумачиться як «стати заможним» або «вибитися в люди».
Alex Kさん! 生きとったんかワレ! 「顕栄」についての一方的な解釈が健在なのを見てとても懐かしい気持ちにさせられた。さらに、「三者」は部外者というニュアンスもあるから、「「至聖三者」」はTrinityの正確な訳ではないそうだ。もちろんこれは日英露各版のどこにも書かれていない新発見である。確かに「第三者」という語を思い出せば、「三者」に部外者という語義があることは明白だ。このウクライナ人編集者の勉強熱心さには頭が下がるので、次はぜひ序数という概念についての記事を書いてほしい。しかし何より驚嘆すべきは、これほど独創的な日本語解釈が堂々とウクライナ語版ウィキペディアに載っているということだろう。ウクライナ人に向けて世界の言語についての知識を広めようとするAlex Kさんの思いには頭が下がる。きっとそのような手法はモスクワで身につけられたに違いない。いや、実にあっぱれ。<
オリンピックに並々ならぬ闘志と情熱を燃やす人もいれば、オリンピックって言葉を聞くだけで批判を口にする人もいる。オリンピックって何者なのか?
オリンピックは当初、アマチュアの祭典だった。スポーツの商業化が当たり前になった今ではこの規定は無くなったけど、スポーツだけで生計を立てられる選手はかつては出場できなかった。アマチュア選手にとって極めて重要な大会であり、「参加する栄誉が一番の報酬」という思想がオリンピックには存在する。
今となってはスポーツだけで生計を立てられるプロ選手も出場しているが、オリンピックの価値は唯一無二であり、出場するだけでも十分な栄誉であって、引退後も「オリンピアン」という肩書きが保持され続ける。
アスリートや関係者にとっては、「他の大会でいいじゃん」では片付けられない価値を有し続けている。
オリンピックも各競技の世界選手権のように個人での争いにすればいいのに、何故か国別での争いがメインになっている。日本だけが「メダル◯個」で盛り上がっているわけではない。入場からメダル集計まで国別だ。
でもこれが、五輪が「平和の祭典」とも言われる理由であるように思う。
国際紛争や戦争は国同士の争い、プライドや意地の衝突だ。しかしスポーツに置き換え、スポーツで堂々とスポーツマンシップに則って国同士で戦おう……というのが根底にあるように思われる。だから国家の連合である国際連合にも認められ、「オリンピック休戦」というものが国連決議として存在しているのだと考える。
国別のメダル計上を馬鹿らしく思う人もいるかもしれないが、国家間の争いが、戦争による土地の奪取や人の死ではなく「メダル数」で片付いているのだ。こんな平和な事はない。
上記の理屈からすると、オリンピックが政治性を有し、国家が威信をかけて開催させる事に納得がいく。オリンピックも一つの外交であり、平和への投資であるという考え方だ。そのうえ商業化により経済効果を生み、メダルへの憧れによりスポーツへの意識も高まる。これだけ聞けば悪い部分は見られない。
しかし、オリンピックがアスリートにとっても平和にとっても重要な存在であることを忘れ、オリンピックを一つの興行としか見ず、汚職など悪辣なことに手を染める人も出てきているのが現状だ。
レガシーとかエコとかいうコンセプトは一旦置いておき、今一度、オリンピックの真の価値に目を向けていくのが良いのかもしれない。