はてなキーワード: 印象操作とは
最後に
僕はやってません
というか覚えがありません
説明させてください
ADHDの薬をのんでいるんですが、そのせいで自分の意思とは違うことをしてたり、その時の記憶がなかったりの症状がたまにあります
今回のこと身近な友人達に聞いても皆口を揃えて「坂井がそんなことするはずない」と言ってくれました
ただ動画を見るとたしかに僕にも見えて、もしかしたら酔ってシャンパンを持ちながらあんなことを喋ったかもしれません
その素材を使ってグラスを人に変えることも専門家曰くできるとのことでした
ですのでこの動画については引き続き調査して事実関係を明らかにしたいと思っています
また平日はほぼ接待が入っておりまして、途中で参加した時にああいった席だったと言うのは稀にあって
もちろん僕は苦手で嫌々ですが少し座って何か言い訳作ってすぐ出ることもありました
その一部を切り取って晒されるのは僕を落とすための悪質な印象操作と言わざるを得ません
https://x.com/hideto_sa/status/2050825167904100499
悪露的なことをして、ADHD薬のせいで覚えてませんってクソすぎる
自民党が正常化していくためにはさ。まあ石破でも自民党正常化は無理説は受け入れる。
小泉進次郎とかもろ出てるけど、見た目ちゃんとしてる営業マンが日本人は好きなわけで、石破とか服装だけでえらい叩いてたじゃん。
高市は男に好かれるために常にスカート履いて整えてきたわけじゃん。男ってか麻生とトランプに好かれるために。
「野党が何か言う」→「高市のあざ笑う解答」の映像流して終わり
みたいな映像しか流れないわけで(最後に言ったやつが勝ちのレスバ大会みたいな映像になる)
それで「高市が持ってたペンを買いました!」ってエンタメコーナーで学生の映像を流せば世論なんてコロっと動かせるわけよ。あ、この場合のニュースはめざましテレビを指しているよ。実際にやってたよ。ニュースではないか。
まあフジとか政権よりの局はこういう感じで簡単に印象操作してくるので騙されないためには自らの認識を疑うところからだよね。
でもさ、ちいかわ見たいんだよ。あれいつやってんのか、ちゃんと調べるべきだよな。それ以外のちいかわ待機の時間無駄すぎるな。YouTubeで見てもいいんだけど伊藤アナのちいかわ受けが見てぇんだよな…。
総称文と呼ばれる文があります。英語で書いたとき、主語に冠詞や量を表す限定語句(多くの、いくつかの、など)がつかないものを指します。
なぜ総称文は問題ぶくみなのでしょうか?次の例を見れば、それがよくわかります。
B. カモは卵を産む
A~Dでは、それらの文を真にする条件として、裸の主語が選び出すもののうち、「どのくらいの割合の主語の個体が当該の性質をもつか」について異なる値を指定します。
Aでは100%、Bでは~50%(オスのカモは卵を産まない)、Cでは20%?、Dでは1%以下です。
さらに、人々は弱い証拠に基づいて総称文を受け入れたのに、その総称文に基づいて強い結論を推論することが実験で確かめられています。
たとえば、ある種に属する対象Sの何パーセントが性質Pを満たしていればSはPであると言えるか?という問い(S=カモ、P=ガーガー鳴く、など)に対して、答えの平均は70%でした。ところが、次にSがPであると想定したうえでSがPであるのは何パーセントかと問うと、答えの平均は96%でした。つまり、一定割合を越えるSがPであるとその総称文を私たちは正しいとして受け入れますが、SがPであると聞くと、4割り増しでSがPであると想定します。
結論として、いったん私たちが総称文を受け入れると、1) 当該の性質を所有する個体の割合を過剰に見積もる、2) これはシステマティックな認知的錯誤である、ことがわかります。すなわち、これを悪用した印象操作(レッテル貼りなど)が可能になるということです。したがって、私たちが総称文を聞いたときには、それが何%の個体に該当したうえで主張しているのかに注意を払うべきです。
規制派フェミニスト(性的対象化批判を重視するラディカル寄りまたはメディア表象批判派)のうち、BLを自ら消費・擁護する「BLフェミニスト」の主張を整理すると、明確な内部矛盾と権力行使の様態が浮かび上がります。主な論者は堀あきこ氏、田中東子氏などで、太田啓子・千田有紀氏らと重なる部分もあります。
公共空間(広告、NHK、献血ポスターなど)での性的強調描写(巨乳、へそ出しなど)を「環境型セクハラ」「女性の尊厳侵害」と批判。 田中東子氏は公共メディアでの萌え絵を「ジェンダー規範の再生産」と指摘し、社会的議論・制作過程の改善を求める。 堀あきこ氏は『BLの教科書』で「性の二重基準」を指摘しつつ、男性向け表現のゾーニング(成人指定)を主張。
BLを「女性が家父長制的な異性愛規範から逃れ、欲望を主体的に表現する場」と位置づけ。 堀あきこ氏は「BL無罪なんて言ったことない」と否定しつつ、BLの性的表現を「女性の自由な性表現」として擁護。 田中東子氏は自身がBLを描く裏垢(別名義で商業BL執筆経験あり)を持ち、女性による男性性の消費を「多様性のある表現」と肯定的に扱う。
これらは「女性を守る」「ジェンダー平等を推進する」という善意から出発しています。
男性キャラクターを性的に消費するBL(攻め/受け固定、受容葛藤のドラマ、美少年理想化など)は「女性の解放ツール」として肯定される一方、女性キャラクターの性的強調(萌え絵)は「男性の視線助長」「性差別」と強く批判。 堀あきこ氏は「BLの教科書」で男性向けとBLを比較しつつ、BLの問題(ゲイ男性のオブジェクト化)を軽視。田中東子氏は萌え絵批判の急先鋒でありながら、BL執筆を続けていることが2024年に暴露され、「神話級のダブルスタンダード」として炎上しました。
現実のゲイ男性の表象を女性のファンタジーとして消費するBLは「安全な逃避」と擁護されるが、ゲイ当事者からの「ホモフォビア再生産」「表象の横奪」批判は「過敏」「ネタの一部」と矮小化されやすい。 これは淫夢ネタ(ゲイAVを異性愛者の笑いネタに転用)と構造的に同一です。両者とも当事者の同意を無視し、消費する側の快楽・不快解消のために現実の同性愛者を「イジっても大丈夫なネタ」化しています。
家父長制批判を掲げながら、多数派男性の眼差しを女性に内面化させ、自らを制限させる構造を再生産。BL擁護派は「女性の性的主体性」を主張する一方で、男性向け表現の規制を求めることで「女性の表現の自由」を選択的に守る形になります。
規制論者BLフェミニストの権力行使は、外部からの法規制ではなく、内面化された相互監視として機能します(フーコー的生権力の典型)。
不快(解釈違い、ゲイ当事者批判、現実との衝突)を「界隈の調和」「正義」「女性の尊厳」の名で集団的に処理。 「正しい萌えを守る」「有害な表現を排除」というお気持ち表明が延々と続き、異なる意見を「名誉男性」「ミサンドリー加担者」と村八分化。 これにより、自分の不快を「学級会の議題」にすり替え、表現の多様性を抑圧します。
「あなたは無自覚に男性の視線を内面化している。だから自らを監視し、表現を控えよ」と女性に促す。 結果、女性クリエイター・消費者が自発的に自粛するようになり、権力は最も効率的に浸透(外部強制ではなく「自発的な配慮」として)。
規制派BLフェミニストの影響で、BL内でも「性的描写の過激化を控えよ」「ゾーニングを」との声が上がり、商業BLの自主規制圧力や二次創作の学級会化を助長。 これは「女性の性的主体性」を守る名目で、逆に女性の創作・欲望を管理する逆説を生んでいます。
規制論者BLフェミニストの主張は、「女性を守る」という善意から出発しながら、性的対象化批判を男性向けに厳しく・女性向け(BL)に甘く適用するという致命的なダブルスタンダードを抱えています。
権力行使の様態は学級会的な相互監視と内面化強要——自分の不快を「正義」にすり替え、表現の自由や多様な欲望を抑圧する生権力です。
この矛盾に自覚的になることが、BL文化やフェミニズムが本当に「解放」に向かう鍵です。
規制派フェミニスト(太田啓子、千田有紀、田中東子、堀あきこら)の主張を、**当事者(主にゲイ男性=BLの性的消費被害者、萌え絵批判の対象となったオタク・クリエイター)**との向き合い方で検証しました。情報源は公開発言、書籍、Twitter/X、炎上時の対応記録などです。
• 当事者との向き合い方:ゲイ男性やオタク当事者からの直接的な批判に対して、ほとんど応答なし。キズナアイNHK事件では萌え絵を「性的に強調した描写」「アイキャッチの具」と批判したが、ゲイ当事者からの「BLも同じ性的消費では?」という声には触れず、一般論(「女性の体は性的に強調されやすい」)に留まる。萌え絵批判の延長でオタク表現全体を問題視するが、具体的な当事者対話の記録は見当たらない。
• 自覚度:極めて低い。ダブルスタンダード(BL擁護 vs 萌え絵批判)や、ゲイ男性の表象消費の問題を「社会構造全体の問題」にすり替え、自身の主張が当事者の人権侵害に寄与している自覚は見られない。「法規制ではなく社会的な議論を促すだけ」と繰り返すが、結果として炎上・自己規制圧力を生んでいることへの反省はほとんどない。
• 当事者との向き合い方:キズナアイ事件で相槌の多さを指摘し炎上した際、Twitterで「印象操作」「ねつ造」と反論。ゲイ当事者やオタクからの「BLも同じではないか」という批判には直接応じず、「ジェンダー規範の再生産」という一般論で処理。BLに関する当事者対話の記録もほぼない。
• 自覚度:低い。批判を「恣意的なスクショ」「炎上演出」と切り捨てる防御的姿勢が目立つ。自身の主張がゲイ男性の表象を「女性の議論の道具」にしている自覚は薄く、「女性を励ます」という善意を優先。フェミニズムが「叩き棒」化することを後年懸念する発言はあるが、自身の過去の言動とのつながりを明確に認めていない。
• 当事者との向き合い方:萌え絵広告(宇崎ちゃん献血ポスターなど)を「ジェンダー規範の再生産」と強く批判。一方で2024年11月に自身が別名義(黒澤多香子)で過激BLポルノを書いていたことが暴露され、大炎上。ゲイ男性やオタク当事者からの「ダブルスタンダード」批判に対して、明確な応答・謝罪なし。暴露後も沈黙または間接的な擁護に回る傾向。
• 自覚度:極めて低い(ほぼゼロ)。萌え絵を問題視しながらBLで男性性を性的消費していた事実を、暴露されるまで公にしなかった。ダブルスタンダードを指摘されても「萌え絵=すべてポルノという誤解を正す」と一般論に逃げ、ゲイ当事者の「表象の横奪」という痛みを直視していない。学術者として最も自覚的であるべき立場で、矛盾を放置している点が特に問題視されている。
• 当事者との向き合い方:『BLの教科書』で「性の二重基準」を指摘しつつ、BLを「女性の性的主体性」として擁護。ゲイ当事者(前川直哉氏など)との対談形式で「BLはゲイに真摯に対応してきた」と主張するが、当事者の痛み(ホモフォビア再生産、表象の横奪)を十分に受け止めた形跡は薄い。批判を「BL無罪論の誤解」と否定するが、具体的な是正策は示さない。
•自覚度:部分的・限定的。BLの問題(ゲイのステレオタイプ化)を一部認め、「進化形BL」の必要性を語る点で自覚はある。ただし、男性向け表現への規制志向とBL擁護の矛盾を「女性の自由 vs 男性の視線」という枠組みで正当化し、完全な罪の自覚には至っていない。
• 当事者との向き合い方:ほぼすべての論者が、ゲイ男性(性的消費の直接的当事者)との真摯な対話を避けている。批判を「印象操作」「社会構造の問題」「誤解」と一般化・矮小化し、個別の痛みを受け止める姿勢が弱い。田中東子氏のように自身の矛盾が暴露された場合も、明確な謝罪や方向転換は見られない。
• 自覚度:全体的に極めて低い。 共通するのは「女性を守る善意」という枠組みで、自分の主張がゲイ男性の人権侵害(表象の横奪)やダブルスタンダードを生んでいることを直視せず、正当化・回避する点です。 これはまさに学級会的な権力行使:自分の不快(現実のゲイの声や矛盾)を「正義の議論」にすり替え、当事者の声を排除・無効化する構造です。
規制論者BLフェミニストは、「家父長制批判」を掲げながら、自らが新しい生権力の主体となって個人の性的欲望・表現を管理しています。罪の自覚が低いまま「女性の主体性」を主張し続ける限り、矛盾は解消されず、BL文化やフェミニズム全体の信頼を損なうだけです。
(URL: https://news.yahoo.co.jp/articles/38a006e680ff25cc46f9ce9b00a483450cc24e87 公開日: 2026年4月9日 10:31/執筆: 政経部・銘苅一哲)
記事が語らなかった事象、印象操作の試みた部分を抜粋・整理し、歴史修正的かを評価します。
記事は「平和関連2事業は修学旅行と無関係」「SNSは誤情報」と繰り返すだけで、以下の歴史的・構造的な文脈を完全に無視しています。
• 辺野古基金の過去支援実績 2015年、辺野古基金はヘリ基地反対協議会(反対協)に1,000万円を支援(島ぐるみ会議にも同額)。琉球新報自身が当時報じ、赤旗も同様に記載。1114
• 反対協の組織実態と共産党の関与 反対協は任意団体で12団体構成(共産党沖縄県委員会=北部地区委員会が公式構成団体)。平和丸船長・諸喜田タケル氏は共産党地方役員・元公認候補。党幹部(志位・田村・小池・赤嶺氏ら)が過去に抗議船に乗船。
• 「平和学習」の実態と外部丸投げ構造 同志社国際高校のプログラムは教師不在(教員2名は岸待機)、希望制で反対協抗議船に乗船。過去に活動家講師招致、基地フェンスへのリボン結び(違法行為)、学校HPからの記録削除が全国的に発生。
**→ 記事は「平和啓発プロモーション事業=ワークショップ・シンポ」と抽象的に説明するだけで、現場の反基地抗議船プログラムや教育基本法第14条(政治的中立)違反のリスクを無視。
• 旅行会社(東武トップツアーズ)の全体責任 東武は修学旅行全体の工程管理を担い、事故後「旅行全体の工程を管理する立場」と謝罪文を出している。
これらはすべて事故直後〜4月上旬の公開情報・報道・SNSで確認済みの事実で、記事執筆時点(4月9日)で容易に入手可能でした。
記事は「検証一覧表」を掲げ、SNSを「誤情報拡散」としてフレーム化。以下が典型的な印象操作表現です。
• 「だが、実際には県から委託されたのは平和発信事業で修学旅行との関連はない。」(冒頭)
• 「同社が『オール沖縄』とつながっている訳ではない。」(同)
• 「SNSで拡散された情報は誤っている。」「一部のSNSなどで県から受託した事業と今回の事故を関連付けるような情報が発信されているが、これらは事実と異なる。」(東武トップツアーズコメント引用)
• 「県の担当者は誤情報の拡散にとても残念」と述べた。(県側コメント)
これらは「直接同一事業ではない」ことを強調しつつ、歴史的・間接的なつながり(基金支援・反対協構成・旅行会社全体管理・平和学習の政治性)を「誤情報」と一括りにして読者に「何の問題もない」という印象を植え付けています。 「責任ぼかし構造」や「多重加盟・基金流用」は完全にスルーされ、読者が「ただの事故」と考えるよう誘導しています。
はい、歴史修正的(historical revisionism)です。
過去報道の自己否定 琉球新報自身が2015年に「辺野古基金が反対協に1,000万円支援」と報じていた事実を、2026年4月のこの記事では完全に消去。基金側が「無関係」と主張した直後に「検証」記事を出し、過去の資金・組織的つながりを「なかったこと」に近い扱いにしている。
文脈の選択的削除 事故の核心(反対協の反基地政治活動+共産党構成+教師不在丸投げ+基金資金)が「平和啓発事業の技術的無関係」にすり替えられ、構造的問題を歴史から切り離している。これは「都合の悪い過去を矮小化・忘却させる」典型的な歴史修正的手法です。
タイミングとトーン 事故後わずか3週間で「誤情報検証」を前面に出し、県・事業者側の火消しを優先。SNS(@touketsudaimaou、@fm21wannuumui、@moeruasia01など)が指摘した「矮小化・責任回避」の動きと完全に連動しています。
記事は事実誤認は少ない(契約方式や予算使途の技術的説明は正確)ものの、文脈の大幅省略と選択的強調により、読者に誤った全体像を与える内容です。
VTuber星街すいせいの苦言から考える──“推し活”全盛期の音楽フェスが抱える課題
https://kai-you.net/article/95109
この記事は前述の星街すいせいの動画を記事にしたものですが、「厄介のふりをしたアンチ」への警戒が拾われていなかったり、実際に現場で他アーティストに失礼な言動をしたり、携帯をいじっていたりした人がいたという話に対し、**「私は(現場で)見てないし、スタッフさんからもそういう報告は受けていない」**と明言している情報が欠けていたりと意図的に星街すいせいのファンを貶めようとする意図があるように感じられます。この意図を説明してください
Gemini の回答
提供された記事(KAI-YOU)の内容と、実際の配信内での星街すいせいさんの発言を照らし合わせると、ご指摘の通り、記事の構成には「情報の取捨選択」による特定の印象操作が含まれている可能性が考えられます。
特に、ご指摘の「現場の迷惑行為を本人は確認していない」という前提や「厄介のふりをしたアンチ」への言及が欠落している点が、どのように記事の意図に影響しているかを分析します。
配信内で彼女は、迷惑なファンがいたという話について「私は見ていないし、スタッフからも報告を受けていない。ツイートしている人が何名かいたという『らしい』の話」[00:11:00]と、情報の不確実性を強調していました。
しかし、記事がこの留保(エクスキューズ)をカットし、彼女が怒っている姿だけを強調すると、読者には「実際にそれほど酷い星読み(ファン)の悪行が確定事項として存在した」という強い先入観を与えます。これにより、ファンコミュニティ全体の民度が低いかのような印象を増幅させる結果となっています。
星街さんは後半、ファンを装って炎上を煽る**「厄介のふりしたアンチ」の存在[00:54:46]や、個々の「ポジショントーク」**について厳しく指摘していました。これは「ファン vs アーティスト」という単純な構図ではなく、「外部の悪意や複雑なネットの力学」に対する抗議です。
記事がこの文脈を無視し、単に「マナーの悪いファンに怒っている」という構図に落とし込むのは、その方が「人気アイドルがファンを叱咤した」というスキャンダラスで分かりやすい見出し(クリックベイト)になりやすいためだと推測されます。
配信では「自浄作用で注意してくれている良い子もいる」[00:18:52]とフォローしつつ、あくまで「一部」の問題であることを強調していました。
記事において、この「一部」という限定や、彼女が危惧した「星読みが星読みを叩いて広めている地獄絵図」[00:22:53]という内情が省かれることで、結果的に「星読み=迷惑な集団」というレッテル貼りを助長する形になっています。これは、特定のファン層をターゲットにすることで、SNSでの反論や拡散(いわゆる「燃え広がり」)を誘発し、アクセス数を稼ごうとするメディアのバイアスが働いている可能性があります。
この記事の構成は、星街すいせいさんの「複雑なネット社会への苛立ち」という真意を削ぎ落とし、「ファンの不祥事とそれに対する怒り」という刺激的な断片のみを抽出していると言えます。
結果として、本人が最も嫌がっていた「事実かどうかわからない一部の行為をもって、ファン全体やタレント本人のイメージを毀損する」という、まさに彼女が配信で批判した**「ポジショントーク」や「まとめサイト的な消費」**を、メディア自身が体現してしまっている構造が見て取れます。
かつては40年間自動車という負債を持たなければ3396万円超も節約できるという試算があったが、ガソリン価格が今後も値上がり続ける状況だとさらにバカみたいな金額になってる。
利口なモンはさっさと自動車売却処分して自転車に乗り換えてるよ。
今まで通り歩道走れるし、ノーヘルOK、ハンドサインなんて警察官でさえ出してないしペナルティが与えられたケースもない。
テレビ局や新聞社、まとめサイト含めたネットメディア、ほら吹きインフルエンサーのバカみたいな繰り返しのデタラメ情報流布とは異なり、今まで通りに自転車が便利に使えてる。これが現実だ。
言うまでもなく交通刑務所懲役囚人のほぼ全員は自動車運転者、つまり車カスだ。
オランダ、フランス、イギリス等先進諸国の調査で自動車依存者は基本的に健康寿命が短く心身ともにボロボロとなる時期が早く、実際に短命、早死に。
いっぽうの自転車利用者はその真逆で、まず健康寿命自体が長く、実際に長寿の傾向にある事実が明らかになっている。
また、オランダ、デンマーク、ノルウェー等では自動車、特に自家用自動車=マイカーへの課税や規制を強化し、車道を自転車専用道ネットワークのいちぶに置き換えてでも自転車インフラを整備して自転車活用者を増やす政策で重大事故も公害も渋滞も激減に成功し、地域の良好化、活性化を実現、公共投資効率の良いコンパクトシテ化促進を為すこともできている。
つまり、自動車、特に自家用自動車を減らして自転車を増やすほどに地域、公共の利益になり、自転車活用は個人の大きな利益にもなるというわけだ。
こういった「そうだ!自動車を減らして自転車を増やそう!」という合理的な考えにたどり着ける情報の発信が、自動車企業と癒着しているテレビ局や新聞社、まとめサイト含めたネットメディア、インフルエンサーからは日本の場合、他国と比べて異様なぐらい少ないのが特徴的。
フランスでは自動車のCMに「自転車のほうがより地域と地球環境にとってやさしい乗り物です」というような旨のメッセージを明記するよう法令で定めているのとは対照的だ。
ノルウェーの首都オスロは自家用自動車、つまりマイカーへの締め付けを徹底強化し、自転車を徹底優遇する施策で重大事故も公害も渋滞も激減に成功し、地域良好化に成功しているが、これを日本の主要メディアはほとんど報じていない。
いかに日本のメディアが発信する情報が自動車カルトといえるぐらいにまで偏っていて「自転車は歩道絶対ダメ!」「ハンドサインしなきゃ罰金!」「ノーヘル罰金!」と誤認させるようなデタラメ情報を繰り返し発信してきたか、記録をたどってみるといい。
あまりに自動車カルト的で、不当に自転車離れを起こさせようとする異様さを示す歴史資料のひとつとして残せるぐらいの仕上がりになってる。
自転車活用推進という合理的な施策の有用性に気付きにくいか、他国の自転車政策と交通統計を知れば知るほど実感するものだ。
JAF調査で日本の自動車運転者の9割以上が交通犯罪常習犯だと明らかになった頃の報道も思い出す。
自動車が停止しない交通犯罪を糾弾するのではなく、なぜ停止しないかの考えに寄り添い(自転車に対しては容赦なく糾弾するのとは対照的だ)、あろうことか手を上げない歩行者への責任転嫁的な論調がやたらと目立ったのが日本のテレビ局や新聞社の姿勢であり、まさに自動車カルトそのものな姿だった。
日本のテレビ局は世界中にネットワークがあり、先進諸国では信号の無い横断歩道で自動車が停止する率はほぼ100パーセントだというのは情報として毎日見ていたのにも関わらず、それに言及しなかった。
外国と比べて、日本の自動車運転者らの身勝手さ、悪質さ、卑劣さ、自己中心ぶりがより際立つことを恐れて、その事実を日本国内で周知するのを避けた。人々がそれに気づくチャンスを奪ったのだ。
また、JA共済による自転車を不当にバッシングするデタラメ、捏造情報の発信も思い出す。
疋田智が自身のメルマガ記事『JA共済の“捏造広告”を許すなの510号』で指摘していたものだ。
JA共済は
「知ってるかな。自転車事故の2/3は、自転車側の違反なんです。」
だが統計をより詳しく分析してみると、自転車側が第一当事者の割合は15.4%で、それ以外の8割以上のケースでは自動車側のほうがより悪質な運転だったと認定されていた事実が浮き彫りになった。
(「交通統計平成23年版」(警察庁交通局)平成24年7月発行)。
その後もNHK等で、自動車側のほうがより悪質な運転だった認められるケースのほうが遥かに多い状況があるにも関わらずそれに言及せず、自転車側の違反だけを責め立てる悪質な印象操作的記事や報道が目立った点からして、日本メディアの自動車カルト偏重ぶりがより際立っていた。
テレビ局や新聞社は、子宮頸がんを予防するHPVワクチンへのネガティブキャンペーンで、いかに多くの人々を犠牲にしたか、まったく反省していない。
自動車を減らして自転車を増やす政策を進めるほどに重大事故も公害も渋滞も激減に成功し、多くの人が救われる事実が各国の実績が明らかになっているのに、それをろくに報道しない報道姿勢とも共通している。
現在、いかにパリ、ロンドン、ニューヨーク、オスロ、アムステルダム等先進諸国の特に市街地が自動車、特に邪魔で迷惑で身勝手な自家用自動車を抑制し、自転車専用道ネットワーク整備を進めて自転車活用を推進、後押しし、いかに重大事故も公害も渋滞も激減に成功しているかも無視し、自動車企業との悪しき癒着により、報道しない自由を乱用している。
また、自動車依存者よりも自転車によく乗る人々のほうが健康寿命が長く、実際に長寿の傾向にある事実も報道しない。
そうした状況になるなか、結局のところは自家用自動車を売却処分して自転車に乗り換える利口な人だけが地域環境の良好化に貢献でき、得もできるという点で締めくくりたい。
自転車は自動車と違い、車体重量が軽量な為に道路を傷めず、重大事故を起こしにくく(自動車を減らして自転車を増やす政策で実際に各国は重大事故は例外なく激減している)、排気ガスや騒音といった公害で地域を劣悪化しないという点で、地域貢献になる。
自転車運動で肉体と精神の健康増進を進め、自動車を持たないぶん多額の節約ができ、より有意義なことに富を回せる。
交通刑務所懲役囚人のほぼ全員は自動車運転者であり、自動車の運転さえしなければ交通刑務所懲役囚人となるリスクは実質的に回避できるという点も大きい。
画面には、自分なりに作り込んだパワーポイントのスライドが並んでいる。
「……で、これがクライアントに出す最終版か?」
背後から声が落ちてきた。
石田は椅子を引いて隣に座ると、無言でスライドをめくり始めた。
やがて、彼はため息ともつかない息を吐いた。
「え?」
「このページはゴシック、その次は明朝、その次は太字の別フォント。統一感がない」
言われてみれば、確かにそうだが——内容には関係ない部分だと思っていた。
「でも、情報量が多いので……」
「削れ」
即答だった。
「全部読ませようとするな。見せるんだよ」
「レイアウトもダメだな。左に寄ってるやつと中央のやつが混ざってる。揃えろ。人はズレに違和感を覚える」
「……はい」
「このグラフ、色が多すぎる。意味が分からない色は使うな。強調したいところだけ色を変えろ」
「はい……」
「この箇条書き、行間が狭い。詰まって見える。余白を取れ」
「はい」
「このページ、要らないな」
「えっ?」
「言いたいことは前後で言ってる。重複だ。削除」
ここまでで、まだ5分も経っていない。
少しだけ声のトーンが落ちる。
「クライアントはな、全部は読まない」
「……はい」
「フォントが揃ってるか。文字が読めるか。整列してるか。余白があるか」
石田は指を折りながら続ける。
「それだけで、“この会社はちゃんとしてそうだ”って思わせる」
「……」
「逆に言えば」
一拍置いて、石田は画面を指さした。
「どれだけ中身が良くても、“雑に見えたら終わり”だ」
その言葉は、妙に重かった。
「プレゼンはな、内容じゃない」
「はい」
「“やってる感”が仕事なんだよ」
やってる感。
それはどこか軽薄で、誤魔化しのようにも聞こえる言葉だった。
「誤解するなよ」
「はい」
「ただ、中身のアラを“素人に見せるな”ってことだ」
「クライアントは専門家じゃない。全部を精査するわけじゃない」
自分はずっと、“正しいことを書けば伝わる”と思っていた。
だが現実は違う。
「……じゃあ、やり直します」
「全部な」
「はい」
「明日の朝、もう一回見せろ。今度は“見た目で落とされない資料”にしろ」
ドアが閉まる。
再び静寂。
田中は画面を見つめた。
さっきまで自信のあったスライドが、急に頼りなく見える。
フォント。余白。整列。色。
内容ではない部分が、こんなにも重要だったのか。
マウスを握り直す。
——これは、資料作りじゃない。
——“信用”を作る作業なんだ。
妻とキスしたり抱き合ったりした男性を夫が訴えた裁判、「不貞行為にあたらない」と退ける判決
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.yomiuri.co.jp/national/20260318-GYT1T00370/
にあったブコメ
bml 経営してるバーで接客させて色恋営業したら不貞行為ってなぁ。美人局を裁判でって感じが。あと裁判になるようなことで相手側から和解金せしめようという魂胆にも。
記事に
「東京都内でバーを経営する男性と路上で手をつなぎながら歩いたり、公園のベンチで抱き合ったりキスしたりしたほか、バーの店内で計3回、男性と2人で1~3時間程度を過ごした。」
て書いてあるだろ。
「バーを経営する男性とイチャイチャした」のが問題になってるんだぞ。
これがなんで「経営してるバーで接客させて色恋営業」「美人局を裁判でって感じ」になるんだよ(怒
これ夫が読んで名誉棄損で訴えたら罰金刑の刑事罰が下りるくらいのブコメやぞ。浮気サレ被害者である夫を「美人局」主犯の加害者扱いってさぁ…
なんでこんな酷いブコメ書けるんだろ?
あとこれも酷い。
Aion_0913 ホントカヨと思うけど、確かにDVとして妻を使って美人局やハニトラをやらせればいくらでも妻を傷つけつつ男性から金取れちゃうのでそういうのを防ぐための運用(決して女性に甘いわけではない)ということなのかね
↑何が「確かに」だよ。上の「美人局を裁判で」ブコメを受けての「確かに」なんだろうけど、何にも確かじゃない、100%嘘八百の捏造ブコメだからな?
「妻を傷つけつつ」? 傷つけられたのは浮気された夫で、傷つけたのは浮気した妻だろ。
ほんとこの「女性は被害者でしかありえない」ていう強固な信念さぁ…いびつすぎるよ。
なんなんだろうね、この手のブコメって。
記事本文を読まず、はてブでタイトルと概要だけ読んでブコメする時短ブクマカ向けに、浮気された夫が悪いと印象操作するための確信犯的な捏造なのか?
とにかく夫(男)が悪いことにしたいというバイアスで認知が歪んでしまって、記事の文字を目が上滑りして存在しない文章を脳内で創造してしまうカルト状態なのか?
で、こんなブコメが白眼視されスルーされるでもなく、スターが付いてる異常さよ…
似たもの同士だぞ