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はてなキーワード: 万年とは

2026-05-08

anond:20260508170955

ロボットロケット生産して打ち上げられる資源がそろってる惑星ってどれくらいあるんやろかい

 

それに距離

地球から火星とかは何カ月単位でたどり着けるけど、それは同じ太陽系内の星だからで、

別の恒星系の惑星を目指すとなるとそうはいかない

 

例えば太陽系から一番近い別の恒星系まで40兆kmあるらしいで(4.3光年

光速の10%まで加速できても43年。

 

さらに今の銀河の端っこの惑星から別の銀河を目指すと距離は1万倍とか10万倍とかになる。

43万年とか430万年とかそういうスパンという事やね。

 

そうなると距離もさることながら何100万年単位任務成功率も気になるところ。

物資補給の効かない虚空で時に強力な宇宙線に晒されながら100万年機能を維持できるだろうか。

航路の微調整なんかも何100万年となると相当な量の燃料が必要になりそうだ。

 

あと根本的な話としては宇宙の膨張が事実として、

出発点から一定以上離れてしまうと膨張速度が光速を超えてしまい、

たとえ光速ミッション遂行できたとしても永遠に到達できない事になる

ので、宇宙の全ての惑星網羅することは出来ない

 

なんかワープ的なチート航法が必要やね

2026-05-04

anond:20260504160757

その性質マイナスに働いてるのは「今の人類生活様式的に」に限った話だから万年後の環境だと逆に優秀な遺伝子かもしれない

人類進化のためには遺伝子を残す価値は十分にあると思うぞ

2026-04-28

ネットの普及してない時代育児たかった

最近育児って、昔の就活を思い出す。

あの頃もどこからともなく現れたマナー講師が、

「それは失礼です」「今はこうするのが常識です」

存在しなかったマナーを次々と作り出していた。

今の育児もまったく同じことが起きているなーと感じてる。

YouTubeには医学的根拠があるのかどうかも分からない育児論をうさんくさい誰かがそれっぽい口調で語っている。

インスタやXには、「ママ垢」と呼ばれる人たちが、

子どもを背景にして自分理想生活を展示している。

「このやり方が正解」

「そのやり方はもう古い」

「それは危険

「それは愛情不足」

知らんがな。

身近な育児経験者に聞くのが1番な正解ちゃうんか。

人類は何万年も前から子どもを育ててきたのに

ここ10年で急に「正しい抱っこの角度」だの

自己肯定感を下げない声かけ」だの

科学的根拠に基づいた離乳食」だの

細かすぎる正解が増えすぎた。

しかもそのほとんどが数年後には「実は間違っていました〜」と言われて流行り廃りみたいに消えてく。

そのたびに昨日まで頑張っていた親が

「古い育児をしていた間違った人」扱いされる。

育児研究でも論文でもない。

目の前の子どもと毎日をなんとか乗り切る自然な営みのはず。

それをフォロワー数と再生回数で競うコンテンツにして不安を煽って

「正解」を売りつけてくる。

育児SNS動画サイトは百害あって一理なし!

情報が多すぎて誰も責任を取らない情報に踊らされてる人が多すぎる。

昔の親だって完璧じゃなかった。

でも少なくとも

知らない誰かの理想育児毎日比較されることはなかった。

便利になったはずなのに、親は訳の分からん制約を追加してそれが正しいかどうかも分からずに試している。

自分たちの親に聞くか、市町村の子育て支援についてのページでも見て育児が1番正解なんちゃうかな。

anond:20260428161154

近代以前はどんだけ苦労しても何もよい結果にならなかったんだから、いま楽したからって悪いこと無いだろ

向こう百万年くらいは楽して良い

2026-04-26

進撃の巨人考察

考察サイトとか見てないから多分既出だと思うけど。

進撃の巨人ファイナルシーズンエレンが「未来継承者の記憶が見える」という発言をしたのを最初に見た時、エレン死ぬまでしか見えないのかと思っていた。

しかし、それではアルミン達に地ならしを止めてもらった後、目論見通り英雄として扱われ平和享受できるか確証が持てないのではないか?と思っていた。

しかし、記憶が見える範囲進撃の巨人以外の巨人継承者も含まれ場合最後エンディングで出てきた犬と歩く子供記憶も見えたことになる。高度な文明瓦礫を見ておそらくは相当な時間が経ち文明が発展するほど長い時間平和享受できたと知ることができたのかもしれない。

そしてそれからくる言葉が「2千年後あるいは2万年後の君へ」なのかなと思った。

2026-04-23

お伽草紙

太宰治


「あ、鳴つた。」

 と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾かぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。

「近いやうだね。」

「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」

「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり深いと生埋めの危険がある。」

「でも、もすこし広くしてもいいでせう。」

「うむ、まあ、さうだが、いまは土が凍つて固くなつてゐから掘るのが困難だ。そのうちに、」などあいまいな事を言つて、母をだまらせ、ラジオの防空情報に耳を澄ます

 母の苦情が一段落すると、こんどは、五歳の女の子が、もう壕から出ませう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。

 この父は服装もまづしく、容貌も愚なるに似てゐるが、しかし、元来ただものでないのである物語創作するといふまことに奇異なる術を体得してゐる男なのだ

 ムカシ ムカシノオ話ヨ

 などと、間まの抜けたやうな妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのづから別個の物語が※(「酉+榲のつくり」、第3水準1-92-88)醸せられてゐるのである

[#改頁]

瘤取り

ムカシ ムカシノオ話ヨ

ミギノ ホホニ ジヤマツケナ

コブヲ モツテル オヂイサン

 このお爺さんは、四国阿波剣山のふもとに住んでゐたのである。(といふやうな気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。この瘤取りの話に限らず、次に展開して見ようと思ふ浦島さんの話でも、まづ日本書紀にその事実がちやんと記載せられてゐるし、また万葉にも浦島を詠じた長歌があり、そのほか、丹後風土記やら本朝神仙伝などといふものに依つても、それらしいものが伝へられてゐるやうだし、また、つい最近於いては鴎外の戯曲があるし、逍遥などもこの物語舞曲にした事は無かつたかしら、とにかく、能楽歌舞伎芸者の手踊りに到るまで、この浦島さんの登場はおびただしい。私には、読んだ本をすぐ人にやつたり、また売り払つたりする癖があるので、蔵書といふやうなものは昔から持つた事が無い。それで、こんな時に、おぼろげな記憶をたよつて、むかし読んだ筈の本を捜しに歩かなければならぬはめに立ち到るのであるが、いまは、それもむづかしいだらう。私は、いま、壕の中にしやがんでゐるのである。さうして、私の膝の上には、一冊の絵本がひろげられてゐるだけなのである。私はいまは、物語の考証はあきらめて、ただ自分ひとりの空想を繰りひろげるにとどめなければならぬだらう。いや、かへつてそのはうが、活き活きして面白いお話が出来上るかも知れぬ。などと、負け惜しみに似たやうな自問自答をして、さて、その父なる奇妙の人物は、

ムカシ ムカシノオ話ヨ

 と壕の片隅に於いて絵本を読みながら、その絵本物語と全く別個の新しい物語を胸中に描き出す。)

 このお爺さんは、お酒を、とても好きなのである。酒飲みといふものは、その家庭に於いて、たいてい孤独ものである孤独から酒を飲むのか、酒を飲むから家の者たちにきらはれて自然孤独の形になるのか、それはおそらく、両の掌をぽんと撃ち合せていづれの掌が鳴つたかを決定しようとするやうな、キザな穿鑿に終るだけの事であらう。とにかく、このお爺さんは、家庭に在つては、つねに浮かぬ顔をしてゐるのである。と言つても、このお爺さんの家庭は、別に悪い家庭では無いのである。お婆さんは健在である。もはや七十歳ちかいけれども、このお婆さんは、腰もまがらず、眼許も涼しい。昔は、なかなかの美人であつたさうである若いから無口であつて、ただ、まじめに家事にいそしんでゐる。

「もう、春だねえ。桜が咲いた。」とお爺さんがはしやいでも、

「さうですか。」と興の無いやうな返辞をして、「ちよつと、どいて下さい。ここを、お掃除しまから。」と言ふ。

 お爺さんは浮かぬ顔になる。

 また、このお爺さんには息子がひとりあつて、もうすでに四十ちかくになつてゐるが、これがまた世に珍しいくらゐの品行方正、酒も飲まず煙草も吸はず、どころか、笑はず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、近所近辺の人々もこれを畏敬せざるはなく、阿波聖人の名が高く、妻をめとらず鬚を剃らず、ほとんど木石ではないかと疑はれるくらゐ、結局、このお爺さんの家庭は、実に立派な家庭、と言はざるを得ない種類のものであつた。

 けれども、お爺さんは、何だか浮かぬ気持である。さうして、家族の者たちに遠慮しながらも、どうしてもお酒を飲まざるを得ないやうな気持になるのであるしかし、うちで飲んでは、いつそう浮かぬ気持になるばかりであつた。お婆さんも、また息子の阿波聖人も、お爺さんがお酒を飲んだつて、別にそれを叱りはしない。お爺さんが、ちびちび晩酌をやつてゐる傍で、黙つてごはんを食べてゐる。

「時に、なんだね、」とお爺さんは少し酔つて来ると話相手が欲しくなり、つまらぬ事を言ひ出す。「いよいよ、春になつたね。燕も来た。」

 言はなくたつていい事である

 お婆さんも息子も、黙つてゐる。

「春宵一刻、価千金、か。」と、また、言はなくてもいい事を呟いてみる。

「ごちそうさまでござりました。」と阿波聖人は、ごはんをすまして、お膳に向ひうやうやしく一礼して立つ。

「そろそろ、私もごはんにしよう。」とお爺さんは、悲しげに盃を伏せる。

 うちでお酒を飲むと、たいていそんな工合ひである

アルヒ アサカラ ヨイテンキ

ヤマヘ ユキマス シバカリ

 このお爺さんの楽しみは、お天気のよい日、腰に一瓢をさげて、剣山にのぼり、たきぎを拾ひ集める事である。いい加減、たきぎ拾ひに疲れると、岩上に大あぐらをかき、えへん! と偉さうに咳ばらひを一つして、

「よい眺めぢやなう。」

 と言ひ、それから、おもむろに腰の瓢のお酒を飲む。実に、楽しさうな顔をしてゐる。うちにゐる時とは別人の観がある。ただ変らないのは、右の頬の大きい瘤くらゐのものである。この瘤は、いまから二十年ほど前、お爺さんが五十の坂を越した年の秋、右の頬がへんに暖くなつて、むずかゆく、そのうちに頬が少しづつふくらみ、撫でさすつてゐると、いよいよ大きくなつて、お爺さんは淋しさうに笑ひ、

「こりや、いい孫が出来た。」と言つたが、息子の聖人は頗るまじめに、

「頬から子供が生れる事はござりません。」と興覚めた事を言ひ、また、お婆さんも、

いのちにかかはるものではないでせうね。」と、にこりともせず一言、尋ねただけで、それ以上、その瘤に対して何の関心も示してくれない。かへつて、近所の人が、同情して、どういふわけでそんな瘤が出来たのでせうね、痛みませんか、さぞやジヤマツケでせうね、などとお見舞ひの言葉を述べる。しかし、お爺さんは、笑つてかぶりを振る。ジヤマツケどころか、お爺さんは、いまは、この瘤を本当に、自分可愛い孫のやうに思ひ、自分孤独を慰めてくれる唯一の相手として、朝起きて顔を洗ふ時にも、特別にていねいにこの瘤に清水をかけて洗ひ清めてゐるのであるけふのやうに、山でひとりで、お酒を飲んで御機嫌の時には、この瘤は殊にも、お爺さんに無くてかなはぬ恰好の話相手である。お爺さんは岩の上に大あぐらをかき、瓢のお酒を飲みながら、頬の瘤を撫で、

「なあに、こはい事なんか無いさ。遠慮には及びませぬて。人間すべからく酔ふべしぢや。まじめにも、程度がありますよ。阿波聖人とは恐れいる。お見それ申しましたよ。偉いんだつてねえ。」など、誰やらの悪口を瘤に囁き、さうして、えへん! と高く咳ばらひをするのである

ハカニ クラク ナリマシタ

カゼガ ゴウゴウ フイテキテ

メモ ザアザア フリマシタ

 春の夕立ちは、珍しい。しかし、剣山ほどの高い山に於いては、このやうな天候の異変も、しばしばあると思はなければなるまい。山は雨のために白く煙り、雉、山鳥があちこちから、ぱつぱつと飛び立つて矢のやうに早く、雨を避けようとして林の中に逃げ込む。お爺さんは、あわてず、にこにこして、

「この瘤が、雨に打たれてヒンヤリするのも悪くないわい。」

 と言ひ、なほもしばらく岩の上にあぐらをかいたまま、雨の景色を眺めてゐたが、雨はいよいよ強くなり、いつかうに止みさうにも見えないので、

「こりや、どうも、ヒンヤリしすぎて寒くなつた。」と言つて立ち上り、大きいくしやみを一つして、それから拾ひ集めた柴を背負ひ、こそこそと林の中に這入つて行く。林の中は、雨宿りの鳥獣で大混雑である

はい、ごめんよ。ちよつと、ごめんよ。」

 とお爺さんは、猿や兎や山鳩に、いちいち上機嫌で挨拶して林の奥に進み、山桜大木の根もとが広い虚うろになつてゐるのに潜り込んで、

「やあ、これはいい座敷だ。どうです、みなさんも、」と兎たちに呼びかけ、「この座敷には偉いお婆さんも聖人もゐませんから、どうか、遠慮なく、どうぞ。」などと、ひどくはしやいで、そのうちに、すうすう小さい鼾をかいて寝てしまつた。酒飲みといふものは酔つてつまらぬ事も言ふけれど、しかし、たいていは、このやうに罪の無いものである

ユフダチ ヤムノヲ マツウチニ

ツカレガ デタカ オヂイサン

イツカ グツスリ ネムリマ

オヤマハ ハレテ クモモナ

アカルイ ツキヨニ ナリマシタ

 この月は、春の下弦の月である。浅みどり、とでもいふのか、水のやうな空に、その月が浮び、林の中にも月影が、松葉のやうに一ぱいこぼれ落ちてゐる。しかし、お爺さんは、まだすやすや眠つてゐる。蝙蝠が、はたはたと木の虚うろから飛んで出た。お爺さんは、ふと眼をさまし、もう夜になつてゐるので驚き、

「これは、いけない。」

 と言ひ、すぐ眼の前に浮ぶのは、あのまじめなお婆さんの顔と、おごそかな聖人の顔で、ああ、これは、とんだ事になつた、あの人たちは未だ私を叱つた事は無いけれども、しかし、どうも、こんなにおそく帰つたのでは、どうも気まづい事になりさうだ、えい、お酒はもう無いか、と瓢を振れば、底に幽かにピチヤピチヤといふ音がする。

「あるわい。」と、にはかに勢ひづいて、一滴のこさず飲みほして、ほろりと酔ひ、「や、月が出てゐる。春宵一刻、――」などと、つまらぬ事を呟きながら木の虚うろから這ひ出ると、

オヤ ナンデセウ サワグコヱ

ミレバ フシギダ ユメデシヨカ

 といふ事になるのである

 見よ。林の奥の草原に、この世のものとも思へぬ不可思議光景が展開されてゐるのである。鬼、といふものは、どんなものだか、私は知らない。見た事が無いかである。幼少の頃から、その絵姿には、うんざりするくらゐたくさんお目にかかつて来たが、その実物に面接するの光栄には未だ浴してゐないのである。鬼にも、いろいろの種類があるらしい。××××鬼、××××鬼、などと憎むべきものを鬼と呼ぶところから見ても、これはとにかく醜悪性格を有する生き物らしいと思つてゐると、また一方に於いては、文壇鬼才何某先生の傑作、などといふ文句新聞新刊書案内欄に出てゐたりするので、まごついてしまふ。まさか、その何某先生が鬼のやうな醜悪の才能を持つてゐるといふ事実暴露し、以て世人に警告を発するつもりで、その案内欄に鬼才などといふ怪しむべき奇妙な言葉使用したのでもあるまい。甚だしきに到つては、文学の鬼、などといふ、ぶしつけな、ひどい言葉を何某先生に捧げたりしてゐて、これではいくら何でも、その何某先生も御立腹なさるだらうと思ふと、また、さうでもないらしく、その何某先生は、そんな失礼千万醜悪綽名をつけられても、まんざらでないらしく、御自身ひそかにその奇怪の称号を許容してゐるらしいといふ噂などを聞いて、迂愚の私は、いよいよ戸惑ふばかりである。あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鉄の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである鬼才だの、文学の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狭い故であつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。このへんで、日本百科辞典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博学の士に一変して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顔をして、鬼に就いて縷々千万言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供絵本が一冊ひろげられてあるきりなのである。私は、ただこの絵本の絵に依つて、論断せざるを得ないのである

 見よ。林の奥の、やや広い草原に、異形の物が十数人、と言ふのか、十数匹と言ふのか、とにかく、まぎれもない虎の皮のふんどしをした、あの、赤い巨大の生き物が、円陣を作つて坐り、月下の宴のさいちゆうである

 お爺さん、はじめは、ぎよつとしたが、しかし、お酒飲みといふものは、お酒を飲んでゐない時には意気地が無くてからきし駄目でも、酔つてゐる時には、かへつて衆にすぐれて度胸のいいところなど、見せてくれるものである。お爺さんは、いまは、ほろ酔ひである。かの厳粛なるお婆さんをも、また品行方正の聖人をも、なに恐れんやといふやうなかなりの勇者になつてゐるのである。眼前の異様の風景に接して、腰を抜かすなどといふ醜態を示す事は無かつた。虚うろから出た四つ這ひの形のままで、前方の怪しい酒宴のさまを熟視し、

「気持よささうに、酔つてゐる。」とつぶやき、さうして何だか、胸の奥底から、妙なよろこばしさが湧いて出て来た。お酒飲みといふものは、よそのものたちが酔つてゐるのを見ても、一種のよろこばしさを覚えるものらしい。所謂利己主義者ではないのであらう。つまり隣家の仕合せに対して乾盃を挙げるといふやうな博愛心に似たものを持つてゐるのかも知れない。自分も酔ひたいが、隣人もまた、共に楽しく酔つてくれたら、そのよろこびは倍加するもののやうである。お爺さんだつて、知つてゐる。眼前の、その、人とも動物もつかぬ赤い巨大の生き物が、鬼といふおそろしい種族のものであるといふ事は、直覚してゐる。虎の皮のふんどし一つに依つても、それは間違ひの無い事だ。しかし、その鬼どもは、いま機嫌よく酔つてゐる。お爺さんも酔つてゐる。これは、どうしても、親和の感の起らざるを得ないところだ。お爺さんは、四つ這ひの形のままで、なほもよく月下の異様の酒宴を眺める。鬼、と言つても、この眼前の鬼どもは、××××鬼、××××鬼などの如く、佞悪の性質を有してゐ種族のものでは無く、顔こそ赤くおそろしげではあるが、ひどく陽気で無邪気な鬼のやうだ、とお爺さんは見てとつた。お爺さんのこの判定は、だいたいに於いて的中してゐた。つまり、この鬼どもは、剣山隠者とでも称すべき頗る温和な性格の鬼なのである地獄の鬼などとは、まるつきり種族が違つてゐるのである。だいいち、鉄棒などといふ物騒なものを持つてゐない。これすなはち、害心を有してゐない証拠と言つてよい。しかし、隠者とは言つても、かの竹林賢者たちのやうに、ありあまる知識をもてあまして、竹林に逃げ込んだといふやうなものでは無くて、この剣山隠者の心は甚だ愚である。仙といふ字は山の人と書かれてゐから、何でもかまはぬ、山の奥に住んでゐる人を仙人と称してよろしいといふ、ひどく簡明の学説を聞いた事があるけれども、かりにその学説に従ふなら、この剣山隠者たちも、その心いかに愚なりと雖も、仙の尊称を奏呈して然るべきものかも知れない。とにかく、いま月下の宴に打興じてゐるこの一群の赤く巨大の生き物は、鬼と呼ぶよりは、隠者または仙人呼称するはうが妥当のやうなしろものなのである。その心の愚なる事は既に言つたが、その酒宴の有様を見るに、ただ意味も無く奇声を発し、膝をたたいて大笑ひ、または立ち上つて矢鱈にはねまはり、または巨大のからだを丸くして円陣の端から端まで、ごろごろところがつて行き、それが踊りのつもりらしいのだから、その智能の程度は察するにあまりあり、芸の無い事おびただしい。この一事を以てしても、鬼才とか、文学の鬼とかい言葉は、まるで無意味ものだといふことを証明できるやうに思はれる。こんな愚かな芸無しどもが、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。お爺さんも、この低能の踊りには呆れた。ひとりでくすくす笑ひ、

「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげませうかい。」とつぶやく

ヲドリノ スキナ オヂイサン

スグニ トビダシ ヲドツタラ

コブガ フラフラ ユレルノデ

トテモ ヲカシイ オモシロ

 お爺さんには、ほろ酔ひの勇気がある。なほその上、鬼どもに対し、親和の情を抱いてゐるのであるから、何の恐れるところもなく、円陣のまんなかに飛び込んで、お爺さんご自慢の阿波踊りを踊つて、

むすめ島田年寄りやかつらぢや

赤い襷に迷ふも無理やない

嫁も笠きて行かぬか来い来い

 とかい阿波俗謡をいい声で歌ふ。鬼ども、喜んだのなんの、キヤツキヤツケタケタと奇妙な声を発し、よだれやら涙やらを流して笑ひころげる。お爺さんは調子に乗つて、

大谷通れば石ばかり

笹山通れば笹ばかり

 とさらに一段と声をはり上げて歌ひつづけ、いよいよ軽妙に踊り抜く。

オニドモ タイソウ ヨロコン

ツキヨニヤ カナラズ ヤツテキテ

ヲドリ ヲドツテ ミセトクレ

ソノ ヤクソクノ オシルシ

ダイジナ モノヲ アヅカラウ

 と言ひ出し、鬼たち互ひにひそひそ小声で相談し合ひ、どうもあの頬ぺたの瘤はてかてか光つて、なみなみならぬ宝物のやうに見えるではないか、あれをあづかつて置いたら、きつとまたやつて来るに違ひない、と愚昧なる推量をして、矢庭に瘤をむしり取る。無智ではあるが、やはり永く山奥に住んでゐるおかげで、何か仙術みたいなものを覚え込んでゐたのかも知れない。何の造作も無く綺麗に瘤をむしり取つた。

 お爺さんは驚き、

「や、それは困ります。私の孫ですよ。」と言へば、鬼たち、得意さうにわつと歓声を挙げる。

アサデス ツユノ ヒカルミチ

コブヲ トラレタ オヂイサン

ツマラナサウニ ホホヲ ナデ

オヤマヲ オリテ ユキマシタ

 瘤は孤独のお爺さんにとつて、唯一の話相手だつたのだから、その瘤を取られて、お爺さんは少し淋しい。しかしまた、軽くなつた頬が朝風に撫でられるのも、悪い気持のものではない。結局まあ、損も得も無く、一長一短といふやうなところか、久しぶりで思ふぞんぶん歌つたり踊つたりしただけが得とく、といふ事になるかな? など、のんきな事を考へながら山を降りて来たら、途中で、野良へ出かける息子の聖人とばつたり出逢ふ。

「おはやうござります。」と聖人は、頬被りをとつて荘重に朝の挨拶をする。

「いやあ。」とお爺さんは、ただまごついてゐる。それだけで左右に別れる。お爺さんの瘤が一夜のうちに消失てゐるのを見てとつて、さすがの聖人も、内心すこしく驚いたのであるが、しかし、父母の容貌に就いてとやかくの批評がましい事を言ふのは、聖人の道にそむくと思ひ、気附かぬ振りして黙つて別れたのである

 家に帰るとお婆さんは、

「お帰りなさいまし。」と落ちついて言ひ、昨夜はどうしましたとか何とかいふ事はいつさい問はず、「おみおつけが冷たくなりまして、」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度をする。

「いや、冷たくてもいいさ。あたためるには及びませんよ。」とお爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につく。お婆さんにお給仕されてごはんを食べながら、お爺さんは、昨夜の不思議出来事を知らせてやりたくて仕様が無い。しかし、お婆さんの儼然たる態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひつからまつて何も言へない。うつむいて、わびしくごはんを食べてゐる。

「瘤が、しなびたやうですね。」お婆さんは、ぽつんと言つた。

「うむ。」もう何も言ひたくなかつた。

「破れて、水が出たのでせう。」とお婆さんは事も無げに言つて、澄ましてゐる。

「うむ。」

「また、水がたまつて腫れるんでせうね。」

「さうだらう。」

 結局、このお爺さんの一家於いて、瘤の事などは何の問題にもならなかつたわけである。ところが、このお爺さんの近所に、もうひとり、左の頬にジヤマツケな瘤を持つてるお爺さんがゐたのである。さうして、このお爺さんこそ、その左の頬の瘤を、本当に、ジヤマツケなものとして憎み、とかくこの瘤が私の出世のさまたげ、この瘤のため、私はどんなに人からあなどられ嘲笑せられて来た事か、と日に幾度か鏡を覗いて溜息を吐き、頬髯を長く伸ばしてその瘤を髯の中に埋没させて見えなくしてしまはうとたくらんだが、悲しい哉、瘤の頂きが白髯の四海波の間から初日出のやうにあざやかにあらはれ、かへつて天下の奇観を呈するやうになつたのである。もともとこのお爺さんの人品骨柄は、いやしく無い。体躯は堂々、鼻も大きく眼光も鋭い。言語動作は重々しく、思慮分別も十分の如くに見える。服装だつて、どうしてなかなか立派で、それに何やら学問もあるさうで、また、財産も、あのお酒飲みのお爺さんなどとは較べものにならぬくらゐどつさりあるかいふ話で、近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜、鬱々として楽しまない。このお爺さんのおかみさんは、ひどく若い。三十六歳である。そんなに Permalink | 記事への反応(0) | 18:24

ミリタイムの目盛りが気になる増田酢魔ル何気狩りも目の向いた海苔道井(回文

おはようございます

横断歩道で赤信号と青信号って、

手旗信号をしている人に赤上げないで青上げない!ってフェイント掛けて号令の声を掛けたら思わず青次ぎ来るから旗上げるのかも!って予想してあげそうになって青上げそうになるじゃない?

もうさ、

あのもうすぐ青信号になりますよって、

タイムゲージの1マス1マス赤いランプが一つずつ消えていって全部が消えたら青になるわよ!ってやつ。

私のよく通るスクランブル交差点とそのよこの横断歩道の、

あとどのぐらいで青になりますよ!のタイムゲージがラスト1目盛りのところで時間が他の1目盛りよりうんとうんと長いのよ。

他の1目盛りが1秒だとすると、

ラスト信号待ったなしのラスト1目盛りの目盛りはそこ一つで5秒ぐらいあって、

微妙な2秒とかじゃなくて、

明らかになんか青信号になるまで帳尻を合わせているだけで全く機能していない時間の測り方なのよね。

あの1目盛りの残り1が消えるのが消えそうで消えなくて、

見ていてものすごくイライラするのよね。

ゲームとかってさファイナルファンタジータイムアクティブバトルだったり、

私が今始まりだしたら止まらない気持ちはあるけれどなかなかプレイする時間が捻出できないでお馴染みの『プラグマタ』とか右のひと筆書きのパネルタイムゲージはないにしろパネル操作中も迫り来る敵がやって来ていわばそれがタイムゲージと言っても過言ではなく言い過ぎでもないぐらいの勢いで迫ってくるじゃない!

その微妙に私がミリ単位で気にしているゲージの減り具合がどうにもおかしタイミング気持ち悪い、

横断歩道の赤信号アクティブタイムゲージに本当にモヤモヤするのよね!

あれってどこかで直す設定あるのかしら?

いまはさ、

時計だってほとんど勝手に正確な時を刻んでくれる刻みまくりまくりすてぃーだけど、

その正確な時を刻んでくれない時計ってあるじゃない?

あれって、

もう私が玄関のところに置いている時計3分ぐらい早く進んでいるのね!

今はマンガン電池単三乾電池を入れているからまだマシだけれど、

アルカリ電池を入れるとハイパワーで時計が回るから

時計時間のずれの進み具合がパワーも相まってもっと加速しているのよ。

私は横断歩道のあと残り何秒で青信号になります!ってのには神経を尖らせているのに、

玄関に置いているフルパワーで回って時を刻んでいるアルカリ電池の入った時計の時刻のずれには案外無頓着などころが私らしいところよね。

よく人の長所短所10個ぐらいあげて自己紹介しましょう!って季節でもある4月って何かしらそういう面倒な自己紹介の時に、

私のその横断歩道の赤の変わり具合が気になるのは気になるのに、

時計の時刻が早く進んでいるところは案外無頓着なんです!ってのが長所でもあり短所でもあります!って。

そんなことをわざわざいっていたら面倒くさい人間だな!って思われるの待ったなしだから言わないよ絶対にって槇原敬之さんばりの歌詞に添えて言いそうだけど、

気持ち的には、

信号アクティブタイムゲージは気になるのに時計の時刻が早く進んでいることはあんまり気にしないところが長所でもあり短所でもあります!って思っているのね。

いつかその玄関時計の時刻が早く時を知らせているのを修正したいんだけれど、

あいくそ時計マニュアルがなくってマニファクチャーで設定しなくちゃいけないのかしら?って思うの。

要は、

時計合わせの方法が分からないの。

まあこれが早く進んで一周すれば正しい時刻に追いつく様なものじゃない?

そんな計算を最新のAI技術待ったなしのチャットお話しできる対話型のAIに尋ねてみたら、

早まって一周する時刻になるまで100万年かかりますって言うので、

途方もないぐらいな勢いの時代劇が繰り広げられるスケールじゃない?

それなら新しい時計買っちゃった方がいいかも!って思わせるようなスケールでもあるの。

せっかくだからさ、

今なんか便利時計で、

集中力キープできるような謳い文句タイムゲージがあるような時計ってあるみたいなのね、

私それ買ってみて毎日がエブリデイよろしく

それで集中アップさせる作戦を実行してみようかな?って思うの。

でも玄関に置いてある時計はずーっと見続けているおはようからおやすみまで暮らしを見つめるライオン級に見守っているわけではないので、

そんな機能玄関に置く時計には必要いかなぁって思うの。

そう言うのは事務所デスクにおいた方が、

集中力アップ待ったなしかも知れないわよ。

それこそ街を歩いていたら「今何時ですか?」ってなかなかナンパの初手の手口でも使わなさそうな時を尋ねられることってない昨今だけど、

昔は時を刻む正確さを電話して知ることができた電話番号の覚え方は、

時報のピ!ピ!ポーン!ってあるじゃない、

あれの音にならって117って覚えるのが覚え方なんだって

間違っちゃって177に掛けちゃったら最新のウエザーニュースが耳に飛び込んでくるからビックリして寝耳に水よろしくまもなく雨は夜更け過ぎに雪へと変わるでしょう!って気の効いたことを言っているのか言ってないのかよく分からない天気予報が聞けちゃうけどね。

そんでさ、

玄関時計って微妙3分ぐらい早く進んでいるので、

朝の出発時に「うわ!もうこんな時間!」って3分早いことをすっかりというかうっかりというか忘れちゃっているので、

慌てて食パンの角っこの部分を器用に口で挟んでその空いた両手で急いで靴を履いてダッシュ一番キメつつのってところまでがセット!

あれ食パンダッシュ一番の話はよく聞くけれど、

その食パンに何が塗ってあるかは意外と言及が無いのよね。

噂で聞いたことのある海苔佃煮をのせてトーストすると案外美味しいってのを、

そのダッシュ一番待ったなしの時にやってみようかなって思うけど、

そんな慌ててダッシュしながら走っていて食パン海苔佃煮をせっかく乗せて上手くトーストしたのを味わっている時間はないじゃない。

でもふと思い出すの、

そっか!

あの時計って3分早いことをすっかり忘れていたので、

私は3分前の世界に生きているから、

まり

3分余裕があるってことなのよ!

それに気付いた瞬間、

食パン海苔佃煮をのせて上手に美味しそうにトーストされたのを味わう時間があるわ!って。

その食パンを味わいながら出発することができたのよ。

案外時計って3分ぐらい早く進んでいる方がちょうど良いのかも知れないわね。

うふふ。


今日朝ご飯

美味しくいただいた納豆巻きね。

ずーっとずーっともう納豆巻きでもいいかも知れない結構これ完全栄養食みがあって、

炭水化物でしょ?タンパク質でしょ?完璧じゃない?

これしか勝たん!つーか、

これでもしかして本当に納豆巻きで暮らせる?ってぐらい最近マイブームお気に入りなのよ。

納豆巻きの値段の2ドルってのは鮭おにぎりの2ドルより値打ちがあるような気がするから

そこまで高く感じないのよね。

それも理由かもしれないわ。

デトックスウォーター

水出しルイボスティーウォーラーね。

たくさんボトルに2リットル作ってあるからじゃんじゃん朝も夜もそして昼も飲めちゃうわ!

でも調子に乗ってたくさん飲んだらすぐに無くなっちゃうので、

作り置きもまた忘れないようにね!

今朝はちょっと肌寒いけれど

すっきり飲めて爽快よ!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2026-04-11

パタリロ漫画の中に、嘘しか言わない悪魔というのが登場する。

魔王アスタロト編というパタリロの数多くの外伝の中でも屈指の名作と名高いシリーズの中にその悪魔出てくる。

そいつはとにかく嘘しか言わない。

太陽は西から登って東に沈む、とか言った幼稚なことから始まって、とにかく何から何まですべてが嘘、本当は一つも言わないのだ。

しかし、これはその悪魔が必殺の技を使うための入念な下準備なのだ

そう、そのとおり。

この悪魔は、ここ一番、千年一万年に一度だけ本当のことを言うのだ。

しか言わない悪魔が、本当のこと言う

周りは嘘しか言わないと思っているので、その逆が真実であると思う。

これをやられることで主人公アスタロトはとんでもない窮地に立たされることになる、、、、という具合にストーリーが進んでいく。

俺はさ、トランプTACOも、いつかこれをやると思ってる。

トランプが例によって突拍子もないことを言い出して、周囲はビックリしつつも、どうせいつも通りタコるだろ、って観測してたら、そのたったひとつだけはタコらない、ってやつを。

どういうことか?

例えば、現在イラン紛争

狂人のような言動を行いつつ、いつものパターンで最終的にはイランとの交渉を始めてる。

周りにトランプタコってると思わせといて、イランへの地上部隊投入を突然やったりだとか。

そういうことを、もっと過激な行動でやることは十分に考えられる。

から、どうせタコだろ、って侮るのはヤバいと思う。

一般庶民にはあん関係ないと思うかもしれないが、例えば投資とかやってるやつは、そういう万が一にタコらないトランプを一応は警戒するに越したことはないと思うぞ。

2026-04-09

anond:20260409214608

Z世代なんて人数が少なすぎて経済ターゲット層にもされない

万年脇役世代じゃないですか

2026-04-08

若者恋愛離れ」とか言ってるやつ、進化心理学を100時間勉強してからものを言え

はじめに言っておく

俺は別にモテるわけでもモテないわけでもない普通の30代だが、進化心理学(evolutionary psychology)のオタクだ。ピンカー、トリヴァース、ダンバーバス、このあたりの本は原著で読んでる。日本語で読める本もだいたい読んだ。

で、最近またTLに「若者恋愛離れが深刻」「日本恋愛は終わった」みたいな記事が流れてきて、そのブコメ地獄みたいになってるのを見て、もう我慢できなくなったので書く。

お前ら全員、因果関係相関関係区別がついてない。

そもそも「昔は恋愛してた」が嘘

まずこの前提からして間違ってる。

1960年代まで日本婚姻過半数見合いだ。見合い当事者恋愛感情結婚してたんじゃなくて、制度マッチングシステムが高効率で回ってただけ。昔の高い婚姻率は「恋愛力」の高さじゃなくて、社会的圧力の強さを反映してたにすぎない。

まりお前らが「昔はよかった」と思ってるのは、認知心理学でいう衰退主義(declinism)——過去自動的に美化する脳のバグだ。ついでに言えば「未婚率3割!」みたいなショッキング数字ばかり記憶に残るのは可用性ヒューリスティックのせいだ。お前らの直感は二重にバグってる。

見合いが消えて「本来配偶者選択」が顕在化した

進化心理学の基本中の基本だが、人間配偶者選択mate choice)は自由やらせるとアソータティブ・マッチング(似た者同士の組み合わせ)を強く志向する。知能と知能、社会経済的地位社会経済的地位が引き合う。

見合いシステムはこの自然な選好を部分的オーバーライドしてた。「とにかく結婚しろ」という圧力で、本来ならマッチングしなかった組み合わせまで婚姻に押し込んでた。

それが消えた。

見合い消滅は「恋愛力の低下」じゃなくて、抑圧されてた個人の選好が解放されたプロセスだ。選択自由度が上がった結果としての非婚は、多くの場合合理的意思決定帰結。これを「問題」と呼ぶなら、お前は自由のもの問題だと言ってることになる。

女性経済的自立が配偶者市場構造的に変えた

ここからが本題。ブコメで「男がだらしなくなった」「女が高望みしすぎ」って言い合ってるやつら、両方間違ってる。

トリヴァースのパレンタル・インベストメント理論(1972)。哺乳類のメスは妊娠授乳という巨大な生物学投資があるから配偶者選択においてより選り好みする(choosier)。これは人間でも同じ。

で、女性経済的に自立して結婚の「必要性」が消えた社会で何が起きるか。女性選択基準は下がるんじゃなくて上がる。もう生存のために妥協する理由がないから当然だろ。

一方の男性側は、かつて「安定した職と収入」だけで市場に参入できたのが、それに加えて「情緒的知性」「家事育児へのコミットメント」「身体的魅力の維持」まで要求されるようになった。

出生動向基本調査(2021)の「交際相手のいない未婚男性が約7割」ってデータ、これは怠惰若者の増加じゃなくて、配偶者市場参入障壁構造的に上がったことを反映してる。ジェンダー平等の進展がもたらした論理的に不可避の帰結であって、誰が悪いとかそういう話じゃない。

ここで「じゃあ男を鍛えろ」とか「女は妥協しろ」とか言い出すやつ、お前は進化力学に対して精神論で対抗しようとしてる。無理だ。

スマホ恋愛を殺した」は因果と相関の混同

これ言うやつ多すぎるので潰しておく。

反証その1。マッチングアプリの利用率が日本よりはるかに高い欧米では、未婚率の上昇は日本ほど劇的じゃない。テクノロジーが原因なら、より浸透してる社会でより深刻になるはずだろ。なってない。

反証その2。リクルート調査では2020年代結婚したカップルの約4分の1がアプリ経由。テクノロジー出会いを殺すどころか、出会いチャネルを史上最大に拡張した。

「でも選択肢が多すぎて決められないんだよ」って反論が来るのはわかる。バリーシュワルツ選択のパラドックス。確かにそれはある。だがそれは豊かさと自由副産物であって、テクノロジーの「罪」じゃない。選択肢が少ない時代に本気で戻りたいやつ、いるか? いないだろ。

草食系」をバカにしてるやつはピンカーを読め

ここが一番言いたいこと。

草食系男子」は2006年深澤真紀が作った言葉だが、国内外メディアで「男性性の衰退」「覇気のなさ」の象徴として消費されてきた。

だがこの解釈文明論的なトレンドを完全に見落としている。

ピンカーが『暴力人類史(The Better Angels of Our Nature)』で論じたテーゼ人類社会における暴力の長期的減少は、共感力の拡大と自制心の文化的涵養によって達成された。男性の「攻撃性」の低下と性的積極性の低下は同じコインの裏表だ。

まり「草食化」は男性劣化じゃなくて、文明プロセス(civilizing process)の日本的な発現だ。ノルベルト・エリアス中世ヨーロッパ宮廷社会記述したのと同じ力学——衝動抑制他者感情への配慮暴力手段忌避——が、21世紀日本若い男性にかつてなく深く内面化された。

ハラスメントの感度が上がり、同意(consent)の概念が浸透し、「しつこく口説く」ことが社会的制裁の対象になる社会で、男性アプローチに慎重になるのは正常で合理的適応adaptation)だ。病理じゃない。

それを「覇気がない」って笑うやつ、お前は暗に「もっとハラスメントしろ」って言ってるのと同じだぞ。気づいてるか?

少子化対策に「恋愛促進」を持ち出す政治家、全員バカ

言葉が強くなるのは許してほしいが、これは本気で言ってる。

恋愛結婚が減った→子供が生まれない→恋愛を促進しよう」

この三段論法因果連鎖としてあまりに雑だ。

出生率の低下は恋愛頻度よりも、養育コスト経済的心理的上昇とはるかに強い相関がある。合計特殊出生率が高い先進国——フランス北欧——は「恋愛文化が活発だから」じゃなくて、充実した育児休業、公的保育、住宅政策で養育コスト社会的分散を実現してるから出生率が高い。

日本少子化対策自治体婚活イベントマッチング事業予算を突っ込んでるの、あれはパイプ漏れを直さずに蛇口の水量を増やしてるのと同じだ。子育てコストリスク個人(とりわけ女性)に集中する構造を変えないかぎり、出会いの場をいくら作っても出生率は動かない。

ここにブコメで「正論」ってつけるだけじゃなくて投票行動に反映してくれ。頼む。

実は日本は親密性の未来を先行実験してる

ここまで読んで「じゃあ全部終わりじゃん」って思ったやつ、待て。俺は進化心理学オタクであって悲観論者じゃない。

データちゃんと見ると、日本は親密性(intimacy)の新しいモデル世界に先駆けて実験してる社会だ。

その1:非婚パートナーシップ多様化事実婚週末婚、LAT(Living Apart Together)。法制度が追いついてないだけで、実態としては着実に広がってる。「結婚できない」じゃなくて「結婚という制度ニーズに合ってない」ことへの合理的応答。

その2:親密性のポートフォリオ化。 恋愛的親密性のすべてを一人のパートナーに集中させるモデルから、友人関係オンラインコミュニティ趣味のつながり、ペットとの関係など、複数ソースから情緒的充足を分散調達するモデルへの移行。投資理論ポートフォリオ分散と同じ構造リスクヘッジとして合理的

その3:テクノロジー媒介型の親密性。 VTuber推し活、AIコンパニオン。「代替恋愛」「現実逃避」って嘲笑されがちだが、人間の脳は社会的絆を形成するとき相手物理的に存在するかどうかを厳密には区別しない。オキシトシン系の神経回路は声や文字のやりとりでも活性化する。テクノロジー媒介型の親密性を「偽物」と断じるのは、社会脳(social brain)の可塑性を舐めてる。

結論

二つだけ確実に言えることがある。

1. 婚姻率と出生率1960年代に「回復」することはない。 個人選択自由が拡大した社会自発的にその自由返上した前例歴史上ほぼ存在しない。社会は新しい均衡点を見つけるのであって、古い均衡に戻るんじゃない。

1. 恋愛消滅することもない。 ロマンティック・ラブの神経基盤——腹側被蓋野(VTA)のドーパミン報酬系、前帯状皮質愛着回路——は数十万年進化で配線されたものだ。数十年の社会変動で消えるわけがない。変わるのは恋愛の「インフラ」であって恋愛への「衝動」じゃない。

日本恋愛未来は、崩壊でも回復でもなく、再構成(reconfiguration)だ。進化が俺たちに与えた欲求と、文明が俺たちに与えた選択肢のあいだの、終わりなき交渉の最新章にすぎない。

そしてこの交渉の結果を、あらかじめ「衰退」と名づけてしまうのは、人間という種の創造性に対する、あまりにも安い賭けだと俺は思う。

-----

追記ブコメで「お前がモテないだけだろ」って書くやつが絶対いると思うので先に言っておくが、俺の交際ステータスとこの分析妥当性は独立事象だ。それを混同するのは人身攻撃誤謬ad hominem fallacy)な。進化心理学の前にまず論理学やってこい。

2026-04-03

anond:20260402225742

https://www.jiji.com/sp/article?k=2025122600225&g=eco

法人税は7.5%増の20兆6960億円」



企業の99.9%はほぼ万年赤字中小企業という状況で、一年で合計20兆円も納税してくれた大企業様に向かって何か言ったか

2026-04-01

anond:20260401200939

古いほうから挙げると、ヒューロニア氷河時代(今から24億年前から21億年前)、クライオジェニアン(8億5000万年から6億3500万年前)、アンデス-サハラ氷河時代(4億6000万年から4億3000万年前)、カルー氷河時代(3億6千万から2億6千万年前)、第四紀氷河時代(260万年前-)である[4]。

少なくとも21億歳のパイセンじゃん

辞書が欲しくなる春の季節の増田ス魔の津石乗る波ルナ句史歩がょ指示(回文

おはようございます

お仕事で真面目に日報というか日誌をつけだしてしばらく経つ先週ぐらいから始めてちょうど1週間ぐらいかしら?

虎舞竜さんで言うところの

ちょうど一年前に~の節の私的には1週間前の何でもないようなことが思い出だったと思うにはまだ早く、

まり

たかだか1週間分のデータじゃ糧にまだならないみたいな感じだわ。

日誌書くでしょ?

写真撮るでしょ?

Geminiちゃんに読み込ませるでしょ?

そんでNotebookLMちゃんにも読み込ませるでしょ?

日誌書いて写真撮るまでが私の作業

あとはAIがやってくれるので、

私は人間としてしっかり日誌を書くことを集中した呼吸で息をするのよ。

そんで、

Geminiちゃんが書き起こしてくれたテキストのチェックとかまたさらにしていたら時間いくらあっても足りないので、

うそこは割り箸を縦にスパーンと綺麗に割れときが嬉しいときのように割り切って

テキスト貯めている感じ。

NotebookLMちゃん写真のままでも放り込めばソースとして管理してくれるので、

虎舞竜さんでいうところの

ちょうど一年前に~の節で言う、

一年前って何やっていたのかしら?

何でもないようなことが幸せだったと思っていたのかしら?ってなるのかな?って

まだまだ足りないデータを集めまくっているところ、

いや日誌を必死で書くこと必須なのよ。

人間人間作業に集中すればいい呼吸をしていればいいって言っていたので、

私はそこに一所懸命

真っ白いノートのページにボールポイントペンで書き記していくの。

いままでさ、

なんで日誌書いても意味は無くは無いけど意味ないと感じていたのは、

データの蓄積がアナログ過ぎて、

夏川りみさんばりの涙そうそうよろしく古いアルバムめくり~って節でいう、

ずーっと過去のことを物理的にノートのページを開いて、

どこに書いてあったかも皆目見当もつかないまま、

ずーっとめくり続ける私のアルバム!っていつまで遡っても、

結局見付けられなかったりするので、

よーし、

なんかこれAIでまとめてみたら面白いかも!?って思った矢先は三本の矢で束ねてそれをいっぺんにへし折ろうとしても折れないような頑丈さなのよね。

から

デジタル検索出来るメリットを活かしつつ、

まだそれには満たせていないデータ量を私はせっせと記を記をしているのよ。

あとノートびっしり1ページ書きまくりまくりすてぃーで

小一時間ほど経過して、

よーし書けたぞ!って思って文字数をここもAIの登場よ!

ノート画像を見せたら瞬時に文字数が算出されるの!

ノート1ページ一所懸命書いても1000文字満たないって、

手書きのなんか書くスピードに思わず

私の日報文字数少な過ぎ!って

私の年収少な過ぎのインターネッツ広告のあのお姉さんを彷彿とさせるぐらいの勢いで口を両手のひらで覆ってしまうのよ。

昔の人はなんか執筆というか物書きの人は

パーソナルコンピューターがなかったときって書くの時間相当かかったんだろうなぁって。

苦労が透かして想像出来るわ。

パーソナルコンピューターの類いの電子端末上では、

文章をここに挟んで入力したりとか切り貼りもお手の物でしょ?

しかも手で文字を書くよりも早く書けるし、

昔の人のこの書いていた感じって大変だったのねと手書きをしてみて、

もの凄く手が疲れちゃうのよ。

仕事ではこんな疲れないのにここが一番疲れる私の1日の疲れポイントか!って思うぐらい。

から手書きの時は万年筆が千年も万年売れていたのよ。

あとインクもね。

ペン先にインクをつけてカリカリと紙に書くってシャレオツ洒落物書き待ったなし感あるけど、

そのペン先とかインクとか

なんかいつでも良い状態キープしておくって保つのが面倒くさそうじゃない?

手間がかかるわーって思いつつ

またその人力の手書きいかエネルギーいるかって改めて分かったわ。

エネルギーいるかってのは、

どちらかというと、

手でペンを握って紙に書くというフィジカル動作でのエネルギーで、

そう!

思い出したけれど、

日報書くぞ!って初日第一日目の初回の書き切ったときは、

それこそ、

こんなにたくさん手書きのものを書いたのが

虎舞竜さんでいうところの

ちょうど一年前に~の節でいっても追いつかないぐらいどれぐらい昔なのかしら?って思い出せないぐらい。

手が手の甲とか手首とかカチコチになって、

日頃こんなところの筋肉って使ってないんだなぁーって改めて実感したわ。

あと漢字全然書けない!

これも驚きよね!

あの洗濯洗剤のシーエムで衣類の汚れがもの凄くよく落ちて驚く様子の「驚きの白さ!」ってのを吹き込むプロの驚き屋も驚くぐらい全然漢字が書けないの。

ここは丁寧に辞書引くことにしたわ。

でもこれがまた、

なんというか、

辞書で引く前に入力してしまった文字漢字が出ちゃうから

辞書の中身を参照して漢字を知るというより

文字入力工程の変換で漢字が正解分かっちゃう

辞書を引く手前で正解が分かっちゃって辞書にたどり着けないところが私的には物足りないくて辞書に到達したい!って思うから

これ逆に言えば、

紙の辞書の再発見?ってことかも!

春だし、

新しい小さな辞書買っちゃおうかな!って今一瞬思ったわ。

セプテンバーまり秋の季節は辞書のラブって項目の載っているページをそこだけ破いて借りた人にその辞書を返す季節だけど、

春は辞書が欲しくなる季節かもしれない絶対に!

なるほどね!って合点がいったわ。

ちょっと辞書コーナー見てこようかしら覗きたくなっちゃったわ!

おおお!

燃え上がれなのはガンダムだけど

燃え上がるなのは私の辞書欲しい欲なのよね。

手書きには手で引く辞書がもしかしたら相性が良いのかもしれないわよ!

うふふ。


今日朝ご飯

今日はなんか多分恐らくと言っていいほど忙しくなるかもなので

朝しっかり食べとこうと思ってお昼出られない可能性も高し!

ツナアンドタマサンドしました。

ツナもたまに不意に食べると美味しいのよね。

なので、

3種類の入ったミックスまではいかないけれど

単品より華やかにって思ったら、

この2つの種類があるツナアンドタマゴが今日の気分なのかもしれないわ。

美味しくいただいてしっかり今日も働くわ!

デトックスウォーター

レモン炭酸水ウォーラーが朝好調でごくごく飲んじゃうわよ。

プシュっと開けて飲み干してのシュワシュワ感が刺激的。

朝もしっかり暖かくなってきているので4月よね4月


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

神は2万年後に現出する。それまでに生まれた人たちは

適当に生きたり死んだりしてください

2026-03-29

anond:20260329182555

そうじゃなくて、一人一人がまともな会話やコミュニケーションできるまでに蓄積する必要のある経験記憶の量のことを言っている。

1万人*20年=20万年分の経験記憶をどうやってゲーム中のAIエージェントに搭載させるかってこと。

2026-03-26

anond:20260326213507

😟じつは石油が何万年もかかってできるなんて嘘だったんじゃないの?

2026-03-24

anond:20260324032502

PC普及したのが70年代からなんで情報化社会なんかここ40~50年ぐらいのものやし、活版印刷すら1400年代で600年ほど前。

対して我々ホモ・サピエンスの登場が30万年前でその前の旧人が50万年前で20万年近くかかってる、さすがにそんなす進化せんやろ。

2026-03-19

万年お腹下しの俺だが、今日は20cmぐらいある一本糞が出た。縁起がいい!

2026-03-18

自殺の正しさを証明した本が存在しないのはなぜ?

これまで人類は、あらゆる知的営為を積み重ねてきた。

それなのに、論理的議論を経て、最終的に「自殺は正しい」と結論する書籍が一冊もないのはおかしい。

現代の多くの先進国では自殺教唆に問われるので、そのような本を書くことはできないが、歴史上誰も書かなかったのは不可解だ。

人類史を10万年として、自殺者の総数は数億人程度と考えられる。

これだけの自殺者がいながら、自殺こそが正しい死に方である喝破した人物はいなかったのだろうか。

ショーペンハウエルの「自殺について」のように、自殺否定する内容の本なら山ほどある。

完全自殺マニュアル」のように、方法を紹介した書籍もある。

だが、自殺肯定する本はないのだろうか?

有識者求む

2026-03-15

ブーメランが ①なぜ戻るのか(物理) と ②初心者でも戻りやすい形 を両方説明します。🪃

① なぜブーメランは円を描いて戻るのか

ブーメランが戻る理由は主に 3つの物理現象です。

1. 翼と同じ「揚力」

ブーメランの腕は、飛行機の翼と同じ形をしています

これは 揚力 を生みます

回転すると

• 上側の翼 → 前進+回転で速く動く

• 下側の翼 → 少し遅く動く

その結果、上側の方が強い揚力を受けます

2. 回転体の性質ジャイロ効果

ブーメランは回転しているので ジャイロ効果 が働きます

普通な

• 上に引っ張られる

だけですが、ジャイロ効果のせいで力の方向がずれて

横方向に曲がる

3. それが続くと円になる

この「横に曲がる」が続くと

直線 → カーブ → 円

になり、最終的に投げた場所の近くへ戻ってきます

まり

回転 + 翼 + ジャイロ効果

の組み合わせで戻ります

初心者でも戻りやすブーメランの形

初心者向けには次の形がよく使われます

V字型(最も基本)

\ /

V

特徴

• 安定しやす

軌道きれいな円になる

初心者向け

三枚翼(トライブレード)

Y

特徴

• 回転が安定

• 戻る確率が高い

キャッチやす

スポーツブーメランはこの形が多いです。

四枚翼

+

特徴

• とても安定

• 戻る距離が短い

公園などで安全

面白い事実 🪃

世界最古のブーメラン

約 2万年のものが見つかっています

それは ポーランド発見されました。

マンモスの牙で作られていました)

ただし文化として発達したのは

アボリジニです。

もし興味あればですが、

「実はほとんどのブーメランは戻らない」という意外な事実があります

(多くは狩猟用)

この話もかなり面白いです。🪃

2026-03-14

猫の家畜化について

猫の家畜化は1万年からあったらしい

最初ネズミ取りの役目として、家で飼われてた

でもいつからか、少なくとも3000年前のエジプトではすでに愛玩動物として飼われるようになった

日本でも、猫は中国由来でやってきて、初めはねずみ取りだったが奈良平安時代には愛玩動物として飼われていたようだ

面白いのが、猫の遺伝子1万年からほぼ変わってないこと

まり猫は1万年から人間が飼うのに適した生き物だったということだ

猫の起源は13万年

その後1万年前に家畜化(いまさらだけど、家畜化というのは野生化の対義語で、人間従順性質になることです)

といっても、猫は気ままな性格なので、まだ野生の部分が残ってるとも言われています


本日増田教室 おわり)

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