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はてなキーワード: レビ記とは

2026-03-28

馬鹿世界アクセスすると馬鹿世界が寄ってくる」という考えについてどう思う?

私は「人は自分内面を通して世界を見る」という考えをはっきり持っています

たとえばタルムードにはこうあります

「人は自分欠点他人を裁く」(キドゥシン70a)

まり、誰かを愚かだと強く感じるとき、それはしばしば自分内面の何かが反応しているということです。

これは禅の「ラベルを貼る心が先に起こる」という見方と非常に近いですね。

また箴言ミシュレ)には

「すべての道は人の目に正しく見えるが、主は心を量られる」(箴言 21:2)

とあり、人間認識主観的であることを教えています

しかし、私はここで一歩別の方向に進みます

禅の答えは「判断を手放す」「ただ観る」に重心がありますが、私は「判断浄化し、正しく用いる」ことを重視します。

なぜなら、トーラー世界では善悪区別が非常に重要からです。

例えばレビ記には

あなた同胞を正しく裁きなさい」(レビ記 19:15)

まりただ判断しないのではなくより正しく、より謙虚判断することが求められる。

さらに、この「引き寄せ」という部分について、これは神秘的な引力というよりも、ミダー・ケネゲド・ミダー(measure for measure)という概念説明されます

人の態度や行動は、それに応じた現実を呼び込みやすい。

例えば他人軽蔑する人は、軽蔑に満ちた人間関係に囲まれやすい。他人に寛大な人は、寛大な扱いを受けやすい。

これは宇宙が引き寄せるというより、神の摂理人間関係の現実的な因果です。

そして最も重要な違いはここです。

禅は最終的に「すべては移ろう現れ」と見ますが、聖書では「世界意味責任を持って創造されている」と見る。

からもし愚かさを見たなら、ただ観るだけで終わるのではなく、軽蔑するのでもなく、どうすれば善に近づけるかを考える。

タルムードはこう教えます

「誰が賢いか?すべての人から学ぶ者である」(ピルケイアボット4:1)

まり、愚かに見える人ですら、自分を磨く材料になるのです。

2026-03-26

イスラエルアメリカイラン攻撃し、ホルムズ海峡閉鎖で世界中が困っていますが、なんと答える?

現代個別戦争政治判断に対して一つの統一された公式見解を出す宗教はない、という点です。

その代わりに、トーラータルムード、後代のラビたちの教えから原則を引き出して現実を考えます

命の保護

人命の保護ほとんどすべての戒律に優先します。

あなたはそれらによって生きるべきである」(レビ記18:5)

まり、もし攻撃自国民の命を守るための防衛であるなら、それは一定正当性を持ちうると考えられます

一方で、無関係な人々の命が大量に危険さらされる状況は非常に重く受け止められます

自衛戦争

タルムード義務戦争として、防衛のための戦争を認めています(ソタ44b)。

もし脅威が現実的で差し迫っているなら、行動は許されるとされます

しかし同時に、戦争は決して理想ではありません。

平和の追求

平和を求め、それを追い求めよ」(詩篇34:15)

またミシュナには

「剣は世界に三つのもののためにもたらされる…正義の遅延のために」(アボット1:18)

とあり、戦争人間社会の失敗の結果とも見られます

ホルムズ海峡の閉鎖のように、世界中の人々の生活を苦しめる状況は、できる限り回避すべき現実として強く問題視されるでしょう。

無用破壊禁止

必要破壊禁止されています申命記20:19)。

経済的混乱やインフラ破壊が広範に及ぶ場合、それが本当に必要だったのかは厳しく問われます

まとめ

預言者イザヤの言葉が、このような状況でよく引用されます

「彼らは剣を打ち直して鋤とし…もはや戦いを学ばない」(イザヤ2:4)

現実は複雑でも、方向性は一貫して「必要防衛を認めつつ、最終的には平和へ向かうこと」にあります

2026-03-06

anond:20260306004525

ハラハーでは、この問題はいくつかの異なる原則から議論されます

明確に「エストロゲン」という現代ホルモンについて古典タルムードが直接語ることはありませんが、関連する律法議論から多くのラビ見解を示しています。📜

性別区別を変える行為

トーラーには次のような節があります

「女の衣服を男が身につけてはならない。男の衣服を女が着てはならない。」 — 申命記 (Devarim) 22:5

タルムード(Nazir 59a など)では、この戒めは単なる服装だけでなく、異性の特徴を意図的に作る行為にも関係すると解釈されることがあります

多くの伝統的なラビは、男が女性的な身体的特徴を得るためにホルモンを使うことは、この原則に触れる可能性があると考えます

去勢生殖能力を壊すこと)の禁止

トーラーには次の戒めがあります

「つぶされたもの、切り取られたものを主にささげてはならない。」 — レビ記 (Vayikra) 22:24

タルムード(Shabbat 111a、Yevamot 76a)ではこれが男性去勢禁止にも関連づけられています

もしエストロゲン摂取生殖能力を失わせる目的であれば、これも問題になると多くのハラハー学者は考えます

医療としての場合

ユダヤ法には非常に重要原則があります

ピクアハ・ネフェシュ(命を守る義務): 人の命や重大な健康問題を守るためには、多くの戒めより優先されます

そのため現代ラビたちは次のように議論します。

ただし、正統派の主流のハラハーでは、性別変更を目的としたホルモン治療には慎重または否定的立場が多いです。

ユダヤ教内部でも意見の違い

ユダヤ教には複数の流れがあります

まりユダヤ教全体で完全に同じ見解ではありません。

まとめ

ユダヤ法の観点では、男性エストロゲン摂取することは次の理由問題とされることがあります

1. 性別区別を変える行為申命記22:5)

2. 生殖能力破壊可能性(レビ記22:24

3. ただし医療必要がある場合議論余地

2026-02-25

anond:20260225225344

短期尊厳と長期の尊厳が衝突する場合、どちらを優先するのか?

動学を無視しない

まず誤解してはならないのは、トーラーは極めて長期志向だということです。

申命記20:19 「人は野の木なのか」

ここからタルムードは、将来世代のために資源を守れと学びます(ババ・カマ91b)。

さらに「バル・タシュヒート無駄破壊禁止)」。

まり

✔ 将来世代への責任は明確に存在する

短期感情制度を壊すことは禁じられる

したがって「今の尊厳のために未来破壊してよい」とは決して言いません。

「今ここにいる貧者」は抽象ではない

一方で、申命記15:11はこう言います

「貧しい者は絶えることがない。だからあなたに命じる。」

ここで重要なのは時制です。未来制度設計議論ではなく、目の前の人間に対する命令です。

タルムード(ケトゥボット67b)は貧者の尊厳を即時に守ることを要求します。

まり長期成長だけを理由現在苦痛無視することを許しません。

短期 vs 長期の解き方

あなたの問い

将来世代尊厳がより損なわれるなら?

ここでは、二者択一しません。こう整理されます

1. 原則:安定した一般ルールを守る(ここはフリードマンと一致)

2. ただし「命と基本的尊厳」は例外原理で守る(ピクアフ・ネフェシュ的思考

まり

ルールは通常状態の基盤

例外限定的・明確・緊急的

ここが重要です。

危険なのは恒常的非常事態

恒常的な裁量拡大は危険です。王政批判サムエル記上8章)では、権力が拡大し続ける危険が描かれます

したがって一時的救済が永続的な統制になるなら、それは問題です。

では帰結は?

あなたの問いに真正から答えます

将来世代尊厳がより損なわれる可能性があるなら、それでも現在を優先するか?

タルムード的答えは「どちらか一方を絶対化するな」

コヘレト3章 「すべてに時がある」

経済政策も同じです。

最もトーラー的な設計

最もユダヤなのは次の構造です。

1. 自由市場と安定ルールを基盤とする

2. 構造障壁は徹底的に除去する

3. 最低限の尊厳保障する制度ルール化する

4. その規模を未来負担破壊的にならない範囲制限する

まり倫理制度化するが、制度肥大化させない。

これはレビ記の「畑の隅を残せ」に近い。

地主の畑は守られる。しかし完全な私有でもない。

市場は維持される。しかし神の前では絶対ではない。

一段深い視点

フリードマンの問いは「自由は守られるか?」

タルムードの問いは「神の似姿は守られるか?」(創世記1:27)

人間尊厳経済変数ではありません。しかしその尊厳を持続させるために、制度の安定が必要なのも事実です。

からこそ、自由手段であり、同時に価値でもあるが、究極ではない。

究極は「ツェレム・エロヒム(神の似姿)」です。

 

では逆に問い返しましょう。

もし完全な自由市場が維持され、長期成長も達成されている。

しか社会の一部が「尊厳を感じられない」状態が続く。

それは制度の失敗ですか?それとも人間内面問題ですか?

ここで経済学と倫理学が本当に分かれます

anond:20260225224548

フリードマン第一原則

まず問いを再定義します。「構造的に脱落」とは何を意味するのか?

重要なのは機会は結果ではないということ。もし機会が開かれているなら、結果の差は制度不正とは直結しない。

しかし、もし

などが下位10%を固定化しているなら、制度を変えよと言うかもしれない。

ただしそれは「再分配を増やす」という意味ではなく、バリアを除去せよということ。

それでも残る脱落者がいる場合

ここがあなたの問いの鋭さです。

仮に

それでも下位10%が存在する。

低所得保証制度化せよ。しかしそれはルールとして行え。

と言える可能性があります。ここで出てくるのが負の所得税

裁量なし

✔ 透明

予測可能

市場を壊さな

まり制度を変える」が、自由を壊す方向ではなく、自由を保ったまま安全網を組み込む方向であればいいのです。

タルムード視点との接点

あなた提示した

これは極めて重要です。レビ記の「畑の隅を残せ」はまさに

市場否定しない

しか市場絶対化しない

制度倫理。これは実はフリードマンの構想にかなり近い。

違いは優先順位

本当の分岐点はここ

あなたは言いました

フリードマン:まず自由を守れ。

タルムード:まず尊厳を守れ。

しかしこう反論するでしょう。

尊厳を長期的に守る唯一の制度自由市場である

集権的再分配 → 権力集中 → 自由縮小 → 成長停滞 → 貧困固定

静学ではなく動学で考えます

回答

もし私がこの枠組みで答えるなら、こう整理します。

ケースA

脱落が制度障壁から来る → 制度改革

ケースB

脱落が能力・偶然・市場過程から来る →最低保障ルールとして制度化。

ケースC

それでも尊厳が傷つくなら →自発的倫理空間拡張国家は最終手段

ここで逆に問い返しま

もし国家

としたら? 短期尊厳と長期の尊厳は衝突します。

まとめ

私はこうまとめます

ルールは不可欠

倫理も不可欠

裁量危険

しかし完全排除危険

倫理裁量でなく、制度として埋め込む。これはトーラーにも、フリードマンにも架橋可能です。

もし尊厳を守るために自由を削る制度が導入され、その結果、将来世代尊厳がより大きく損なわれる可能性があるなら、それでも現在の結果を優先しますか?

anond:20260225223624

フリードマンの核心はタルムードである

彼の最大の恐れ

善意専制

これは重要な指摘です。申命記17章は王の権力を厳しく制限します。

なぜか?権力は必ず肥大化するからです。つまり権力所在を問う姿勢は極めてトーラー的です。

しかタルムードは「権力の空白」も恐れる

フリードマンは言う

結果基準制度不安定化させる

しかタルムードは別の不安を持ちます

アヴォット2:2「政府を祈れ。なければ人は互いを生きたまま飲み込む。」

秩序なき自由もまた暴力を生む。

ここで重要なのは国家絶対主義でもない。無政府市場信仰でもない。むしろ制限された権力」と「道徳的義務」を同時に要求します。

「誤ったルール問題への応答

フリードマン反論

問題ルールではなく誤ったルール

しかタルムード洞察はもう一段深い。ババ・メツィア30bの文脈では、「律法通りにしか裁かなかった」とは、法が正しくても、社会的帰結破壊的だったという意味です。

まり問題ルールの誤りではなくルール適用の硬直性。

「リフニーム・ミシュラット・ハディン(法の文字を越えて)」という概念があります

これは

ルールを破ることではない

ルール人間尊厳のために柔軟に適用すること

ここがフリードマン理論にはやや欠ける次元です。

「誰の責任か?」へのタルムード的答え

フリードマン道徳的責任個人にあると言います

申命記15章は個人への命令ですが、安息年・ヨベル・角の収穫を残す法(レビ記19:9)は制度設計です。

まり

個人慈善(ツェダカ)

構造的再分配の制度

両輪です。しか重要なのは、これらは裁量ではなく「義務」です。

ここがポイントです。「感情的再分配」ではなく義務化された倫理制度を持ちます

これは実はフリードマン負の所得税に近い。つまり完全な対立ではない。

危機裁量

フリードマン危機過去裁量産物といい、一理あります

しかタルムード人間社会を「循環的で不完全」と見ます

コヘレト7:20 「地上に善のみを行う正しい人はいない。」

制度は必ず不完全です。だからこそ

を両立させますハラハーには常に「ピクアフ・ネフェシュ(命の救済)」という超法規原理があります

命が関わるときほとんどの戒律は停止される。これは極端な裁量です。しか限定的・緊急的です。

本当の分岐点

あなたが整理した通り、核心はこれです。

ルールなき倫理専制

倫理なきルール → 冷酷

ルールの中に倫理を組み込め。つまり

これがトーラーアプローチです。

自由道徳的価値か?

フリードマンにとって自由はほぼ至高の価値です。

自由重要ですが、最高ではありません。

出エジプト自由物語です。しかシナイで律法を受けた。

自由契約義務

自由目的ではなく、神との契約責任の前提条件です。ここに最終的な哲学的差異があります

まとめ

両者の関係はこう整理できます

フリードマンが恐れたもの善意専制

タルムードが恐れたもの→ 冷酷な形式主義

どちらも「人間尊厳」を守ろうとしている。

違いは優先順位

フリードマン:まず自由を守れ。

タルムード:まず人間尊厳を守れ。自由もその一部だ。

ここであなたに問いたい。もし完全に安定したルールがあり。予測可能自由も守られている。しか社会の下位10%が構造的に脱落する。そのときあなた制度を変えますか?それとも自発的倫理に委ねますか? ここが本当の決断点です。

anond:20260225221105

ルール重視」について

フリードマン

正義とは結果ではなくルールの公正さである

という主張。これは驚くほどタルムード的です。

申命記16:20正義正義を追い求めよ」

タルムードサンヘドリン32b)は、この二重表現を「正しい目的を、正しい手段で追え」と解釈します。

まり目的が善でも手続きが歪んでいれば不正。これはまさに「裁量よりルール」を重視する考えと共鳴します。

予測可能性=正しい分銅

レビ記19:36 「正しい天秤、正しい分銅を持て」

タルムード(ババ・バトラ89a)は度量衡不正を「最も重大な経済的罪の一つ」とします。

ここで重要なのは安定性です。予測不能貨幣政策は、契約意味を壊し、信頼を破壊する。

フリードマンが言う

問題インフレのものではなく予測不能性だ

これは重要直観です。

しかし、タルムードはここで問い返す

ここからがベイト・ミドラシュ的議論です。

タルムードルールだけで完結しません。

ババ・メツィア30b: エルサレムが滅びたのは、人々が律法通りにしか裁かなかったからだ。

どういう意味か?形式的に正しくても、弱者が潰れるとか、倫理的配慮が欠けるなら社会は持続しない、という警告です。

まりルール必要だが、ルール人間を傷つけるなら再検討せよということ。

知識分散について

フリードマン問題善意ではなく、知識分散にある

これはタルムード的にも深い洞察です。

アヴォット4:1 「誰が賢いか?すべての人から学ぶ者だ。」

中央集権知識危険はたしかにあります

しかし同時に

市場任せにしません。つまり市場分散知識倫理的介入」は両立できる可能性があります

貧困自然失業率

フリードマン構造改革を重視します。これは評価できます

しかし問いはより存在論的です。

申命記15:7 「あなた兄弟が貧しくなったなら、心をかたくなにしてはならない。」

ここには条件がありません。短期か長期かではない。効率的か非効率かでもない。

困っている人がいる → 責任が生じる。

ここでタルムードは言います

ケトゥボット67b: 貧しい人は、その人の以前の生活水準に応じて支援せよ。

これは市場結果をそのまま正義とはみなさな立場です。

ヨセフモデルへの再考

それは貨幣政策ではなく貯蓄の話だ

その通りです。しか重要なのはヨセフ価格メカニズムに任せなかった。

彼は中央管理備蓄しました。なぜ許されたのか?

危機下では、裁量必要になる瞬間があると考えられるためです。

タルムード平時の法と非常時の法を区別します。

まり

この緊張を抱えます

結論

実はこの議論の核心は「正義ルールか、結果か?」ではありません。

タルムード的問いは「ルール人間尊厳を守れているか?」です。

市場は強力な仕組みです。しかトーラー市場神格化しません。

詩篇146:3 「君主にも、人の子にも信頼するな。」

政府にも市場にも絶対視はしない。

フリードマン制度設計論は非常に重要で、多くがトーラー的です。

しかしそこに足すことができます

✔ 安定したルール

分散知識尊重

✔ そして、弱者への無条件の倫理的責任

経済効率問題である前に、人間問題です。

 

あなたはどう感じますか?ルール正義で十分だと思いますか?それとも結果の倫理的責任も不可欠だと思いますか?

ここが本当のマフロケトの核心です。

anond:20260225220300

もしこの議論Milton Friedmanが読んだなら、彼は宗教的引用には敬意を払いつつも、分析の軸を制度設計インセンティブに置き直すでしょう。

多様な意見政策バランス

あなた引用する

「助言者が多ければ救いがある」

という思想に、フリードマン原理的に賛成します。

なぜなら彼は、権力の集中こそ最大の危険だと考えていたからです。

しかし彼はこう付け加えるでしょう。

問題は「意見の数」ではない。問題は「競争制度」が存在するかどうかだ。

政治家官僚が多様でも、中央銀行恣意的裁量を持つなら不安定になる。

から彼は政策ルール主義を主張しました。

リフレ政策インフレの公正性

フリードマンの出発点は明確です。

MV = PY

長期的には

ΔM ≒ Δ P

まり、持続的インフレは常に貨幣現象

彼はこう言うでしょう。

急激なリフレは、公正さを損なうのではなく、予測不能性が公正を破壊する。

インフレ問題物価上昇そのものよりも、

にあります

から彼は

ゼロインフレを目指すよりも、予測可能一定率の貨幣増加ルールの方が望ましい。

と主張しました。これはレビ記の「正しい分銅」に対応します。

正しさ=安定的ルール

貧困層への影響

あなたインフレ

と述べました。フリードマン部分的同意します。

しかし彼はこう分析します。

したがって

リフレは持続的な雇用改善をもたらさない。

しろ彼が重視したのは

まり構造貧困対策です。

ヨセフ備蓄モデルについて

創世記41章のヨセフ政策

フリードマンはこう言うでしょう。

それは貨幣政策の話ではない。それは貯蓄と資本形成の話だ。

彼のモデルでは、経済安定は

によって達成される。政府が「賢明である」ことを前提にした裁量政策危険

なぜなら

問題善意ではなく、知識分散にある。

公正(ツェデク)とは何か?

あなたの問いの核心

成長は祝福だが、正義を伴うべきだ。

フリードマンの答え。

彼はこう述べています

資本主義の最大の美徳は、他人目的奉仕することで自分目的を達成できる点にある。

正義を分配の結果ではなくルールの公正さで定義する。

もしあなたの四つの問いに答えるなら

貧しい人を守っているか

短期的刺激ではなく、市場アクセスの拡大と所得移転の透明化を。

将来世代に持続可能か?

債務ファイナンスによる裁量政策危険。安定ルール必要

意見多様性は?

政府内の多様性より、市場競争重要

経済的誠実さは?

通貨価値の安定こそ誠実さ。

結論

正義を追い求めるなら、政府善意ではなく、制度設計を正せ。

インフレ不道徳なのではない。不安定予測不能政策不道徳なのだ

経済政策における「バランス」と「多様な意見

タルムード基本的単一の声に慎重です。

「生ける神の言葉はこれもまたこれもである」 (エルヴィン13b)

ベイト・ヒレルとベイト・シャマイという対立する学派が何年も議論しましたが、両方とも神の言葉とされました。

は望ましくない。むしろ、マフロケト(建設的な論争)が社会健全に保つと考えます

もし政策決定が一方向に偏っているなら、「熟慮と多角的検討は十分か?」と問い直すでしょう。

 

リフレ政策通貨供給を増やしインフレを促す方向ですが、経済の公正さはどうでしょうか。

トーラーはこう命じます

「正しい天秤、正しい分銅を持て」 (レビ記19:36)

ここでの「正しい分銅」は単なる物理的重さだけでなく、貨幣の誠実さや経済信頼性象徴します。

急激なインフレ

タルムード(ババ・メツィア)では「オナアー(不当な価格差)」を禁じています

市場の歪みが弱者不利益を与えるなら、それは道徳的問題になります

まり、公正と安定を損なってはならないというバランス重要です。

 

創世記41章では、ヨセフエジプト経済管理しました。

彼は

これは極端なインフレでも極端な緊縮でもありません。循環を見据えた慎重な長期計画です。

短期刺激」よりも持続可能性と危機への備えが重要です。

 

箴言にはこうあります

「助言者が多ければ救いがある」 (箴言11:14)

もし特定思想けが政策を担っているなら、

ことです。

成長それ自体は祝福ですが、トーラーは常に「正義(ツェデク)」を伴う成長を求めます

正義正義を追い求めよ」 (申命記16:20

2025-10-28

anond:20251028001823

ミシュレイ(箴言)にはそのような警句が多くあります。たとえば:

愚か者の前を離れよ、彼の唇に知識を見出すことはないからだ。」箴言 14:7

また、

愚か者に答えるな、その愚かさに従って。あなたまで彼と同じにならぬために。」 箴言 26:4

一見すると、「馬鹿と関わるな」という絶対命令のように思えますしかし、次の節でソロモン王はこうも言っています

愚か者に答えよ、その愚かさに従って。彼が自分で賢いと思わぬために。」箴言 26:5

この二つの節(26:4–5)は、まさにタルムード思考の核心です。つまり、同じ状況に見えても「沈黙すべき時」と「答えるべき時」がある。

タルムード(ババ・バトラ 12b)では、

「預言は預言者から取り去られ、知恵は賢者に残された。」

と語られます

賢者は、神の声の代わりに人間の複雑さを読み取る力を与えられたのです。

ですから箴言の「愚か者と関わるな」というのは「すべての愚か者から距離を取れ」という単純な命令ではなく、「関わり方を選べ」という智慧の勧めなのです。

あなたSNS浅薄議論や虚栄を「愚かさ」と見抜くのは正しい。しかし、その見抜いたうえでどう対応するかが本当の知恵です。

愚かさに同調するな(=沈黙の知恵)しかし、愚かさが誤解や害を生むなら、正すために言葉を使え(=責任の知恵)

このバランスを保つことが、「ミシュレイ」と「タルムード」両方の精神なのです。

あなたSNSに参加しないというのは箴言的には「沈黙の知恵」として正当化できます

ただし、もし「沈黙」が真理を隠すことになってしま場合は、沈黙もまた罪になり得る(レビ記19:17)。

あなた兄弟を心に憎んではならない。 あなたの隣人を罪に陥れぬために、彼を正すべきである。」

2025-09-15

anond:20250915011152の続き

演者チャーリー・カーク)

I did not say that. I said the biblical marriage was affirmed and then Romans 1 did talk negatively about the action of homosexuality.

私はそうは言っていません。聖書的な結婚肯定されたと言ったのです。そしてローマ人への手紙1章が同性愛という行為について否定的に語っていると。

学生エリスジョーンズ)

But ultimately that affirmation comes from the lines in there that suggest that man shall not sleep with man.

しかし、最終的にその肯定は、「男は男と寝てはならない」と示唆する聖句から来ているのではありませんか。

演者チャーリー・カーク)

Yes, of course. Yes. So the Old Testament and New Testament harmonize one another, but Christ brought it to a different level, a different covenant, and a different moral teaching. It wasn't just enough to say that you shall, you know, "an eye for an eye." He said that you shall turn the other cheek, that you shall love your enemy. Christ's moral standard was much more even elevated than that of the Israelites and the Hebrews.

ええ、もちろんです。旧約聖書新約聖書は互いに調和していますが、キリストはそれを異なるレベル、異なる契約、異なる道徳的教えへと引き上げました。「目には目を」と言うだけでは不十分でした。彼は「もう一方の頬を向けなさい」「汝の敵を愛しなさい」と言いました。キリスト道徳基準は、イスラエル人ヘブライ人のそれよりもはるかに高められたものだったのです。

学生エリスジョーンズ)

But I'm going to ask you whose Bible, okay? Now, your Bible that you use currently is written in the English language, right? Correct?

では、誰の聖書なのか、とお聞きします。あなたが今使っている聖書英語で書かれていますよね?

演者チャーリー・カーク)

The King James Version, yes, thanks to Tyndale.

欽定訳聖書King James Version)ですね。ティダルのおかげです。

単語解説

Tyndale: ウィリアム・ティンダルWilliam Tyndale)のこと。16世紀イングランド学者で、宗教改革指導者の一人。ヘブライ語やギリシャ語原典から初めて聖書英語翻訳した人物の一人であり、彼の翻訳は後の欽定訳聖書に大きな影響を与えました。

学生エリスジョーンズ)

Exactly, it's written in the English language, which in itself is only say 500 years old. Now, the Christianity in itself, say, is 2,000 years old or even older. Yeah, correct? Now, which means that the Bible was originally written not in English but in ancient…

その通りです。英語で書かれており、それ自体たかだか500年の歴史しかありません。キリスト自体2000年かそれ以上の歴史がありますよね?つまり聖書はもともと英語ではなく、古代の…

演者チャーリー・カーク)

Koine Greek.

コイネー・ギリシャ語です。

単語解説

Koine Greek: コイネー・ギリシャ語新約聖書が書かれた当時のヘレニズム世界共通語

学生エリスジョーンズ)

Correct. Now, if we look at the Greek terminology of man...

正解です。さて、ギリシャ語の「男」という用語を見ると…

単語解説

terminology (n): 専門用語、術語。

演者チャーリー・カーク)

Yes, and Jesus spoke Aramaic. You could translate things, you acknowledge that.

ええ、そしてイエスアラム語を話しました。物事翻訳できる、とあなたも認めますよね。

学生エリスジョーンズ)

Well, we translate things, but translations are linguistically ambiguous. As a former classicist, I know that language can't be translated directly. So for example, if you look at the translation of of of certain words into "man," so I've got two words here. So I've got "malakoi," which means essentially soft, which isn't necessarily directly saying a gay man. And then we've got "arsenokoitai," which essentially means prostitutes. Now, if we look at things linguistically, we can pick apart the Bible and say that actually, it wasn't saying man shall not sleep with man, it's saying man shall not sleep with prostitutes, which is an entirely different linguistic thing.

ええ、翻訳しますが、翻訳には言語的な曖昧さがつきものです。元古典学者として言いますが、言語は直接的に翻訳できません。例えば、「男」と訳されている特定単語を見てみましょう。ここに2つの単語があります。「malakoi(マラコイ)」、これは本質的に「柔らかい」という意味で、必ずしも直接的にゲイ男性を指すわけではありません。そして「arsenokoitai(アルセノコイタイ)」、これは本質的に「男娼」を意味します。言語学的に見れば、聖書分析して、実は「男は男と寝てはならない」と言っているのではなく、「男は男娼と寝てはならない」と言っているのだ、と主張できます。これは全く異なる言語学的な事柄です。

単語解説

linguistically (adv): 言語学的に、言語の点で。

ambiguous (adj): 曖昧な、多義的な、複数解釈ができる。

classicist (n): 古典学者ギリシャローマ古典文学文化研究する学者

malakoi / arsenokoitai: 議論の核心となっているギリシャ語単語学生はこれらの単語翻訳妥当性に疑問を呈しています

prostitute (n): 売春婦、男娼。

演者チャーリー・カーク)

I'm not even getting into Leviticus, though. But my contention is completely New Testament focused.

私はレビ記の話をしているわけではありません。私の主張は完全に新約聖書に焦点を当てています

学生エリスジョーンズ)

This isn't Leviticus.

これはレビ記ではありません。

演者チャーリー・カーク)

What you said, man shall not speaking with man...

あなたが言った「男は男と…」

学生エリスジョーンズ)

No, but this is this is these words are used throughout...

いいえ、でもこれらの言葉は全体で使われて…

演者チャーリー・カーク)

Well, actually in Romans 1, it was actually women sleeping with women. So you got your verses wrong. In Romans 1, Paul is prophesying about the end of the world and he's saying that in the end times, woman will like with woman-like and man will, I think it might say man with man-like. You have to get the verses specifically.

実は、ローマ人への手紙1章では、女性女性と寝ることについて書かれています。だからあなたは聖句を間違えていますローマ人への手紙1章で、パウロは世の終わりについて預言し、終わりの時には、女は女を好み、男は…確か男は男を好むと書いてあったかと思います。聖句は具体的に確認する必要がありますが。

演者チャーリー・カーク)

But it is agreed upon, and you can agree, this is why tradition is important. And I even say this as a Protestant, is that we believe that scripture is very important, but also look to tradition. Church tradition has had an unbroken chain affirming matrimony, holy matrimony being one man, one woman. One even as a non-Catholic, I'm glad that Pope Leo has reaffirmed in the last couple of days. And so I'm not even sure your contention, your point. Are you saying that the Bible doesn't affirm marriage as one man, one woman? Are you saying church tradition doesn't affirm marriage one man, one woman?

しかし、これには同意が得られており、あなた同意できるはずですが、だからこそ伝統重要なのです。プロテスタントとして言いますが、私たち聖書が非常に重要だと信じていますが、伝統にも目を向けます教会伝統は、結婚、つまり聖なる婚姻が一人の男と一人の女のものであることを肯定する、途切れることのない鎖を持ってきました。非カトリック教徒としてさえ、私はここ数日で教皇レオがそれを再確認したことを嬉しく思います。ですからあなたの主張、あなた論点がよくわかりません。聖書結婚を男女間のものとして肯定していないと言いたいのですか?教会伝統結婚を男女間のものとして肯定していないと?

単語解説

unbroken (adj): 途切れない、連続した。

matrimony (n): 婚姻結婚特に法的な、あるいは宗教的儀式としての結婚を指すことが多いです。

学生エリスジョーンズ)

I'm saying the Bible doesn't affirm.

聖書肯定していないと言っているのです。

演者チャーリー・カーク)

But it clearly doesn't affirm. That is complete nonsense. But Christ our Lord, which is the standard, he affirms this idea that you will leave your father's home, going back to Genesis 12 and this idea of Abraham leaving his father's home, and you will cleave to your wife. That a new, that it would be called one. In fact, this idea of a new creation which is something that is then used by the Apostle Paul to describe the the church of Christ and the bride of... the church being the bride of Christ with Jesus. So I'm not even sure your contention. It is

しかし、明らかに肯定しています。それは全くのでたらめです。私たちの主であり基準であるキリストは、「あなたは父の家を出て」という考えを肯定しています。これは創世記12章、アブラハムが父の家を出る話に遡ります。「そして妻と結ばれる」。新しいもの、それは「一体」と呼ばれるでしょう。実際、この新しい創造という考えは、後に使徒パウロキリスト教会と、イエスと結ばれるキリスト花嫁としての教会説明するために用いたものです。ですからあなたの主張がよくわかりません。それは…。

学生エリスジョーンズ)

But you're just avoiding my point. I'm saying the Bible that we have today is 100% a translation and a translation is linguistically ambiguous.

あなたは私の論点を避けています。私が言っているのは、今日私たちが持っている聖書100%翻訳であり、翻訳には言語的な曖昧さがあるということです。

演者チャーリー・カーク)

I acknowledge that. But what about specifically in Matthew or in the book of Romans? And but in order for you to be correct, you mean the Church Fathers translated it wrong when they were within like 50 years of this? In order for your contention to be correct, you have to say that the early Church Fathers that wrote the early letters to the church, they were translating it wrong and the tradition they established was wrong. So by then, we can lean on tradition and scripture. So when you get tradition plus scripture, you get something that is authentic, that is real, and that is verifiable.

それは認めますしかし、マタイによる福音書ローマ人への手紙については具体的にどうですか?そして、あなたの主張が正しいとすれば、教父たちは、出来事から50年ほどの間に、それを間違って翻訳したということになりますか?あなたの主張が正しいとすれば、教会への初期の書簡を書いた初期の教父たちが、それを誤訳し、彼らが確立した伝統も間違っていたと言わなければなりません。そうであれば、私たち伝統聖書に頼ることができます伝統聖書が合わさったとき、本物で、現実的で、検証可能ものが得られるのです。

単語解説

verifiable (adj): 検証可能な、証明できる。

学生エリスジョーンズ)

I've already highlighted the tradition does not align with scripture. We've gone back thousands of years to ancient Mesopotamia.

伝統聖書と一致しないことは既に指摘しました。私たちは数千年前の古代メソポタミアまで遡りました。

演者チャーリー・カーク)

But understand, but at the time, they all spoke Greek, they wrote Greek, and they spoke Aramaic. So for example, when they were writing the early gospels, the synoptic gospels of Matthew, Mark, and Luke, they were obviously writing in Greek. They knew that language. So in Matthew, when they were writing Greek and then the early Church Fathers knew Greek and adopted that as church tradition, we have a 2,000 unbroken chain. I think you can irrefutably say that it was the teachings of Christ for one man and one woman. Because the church tradition has been unbroken for 2,000 years and they derived it from scripture of that original language.

しかし、理解してください。当時、彼らは皆ギリシャ語を話し、ギリシャ語で書き、アラム語を話していました。例えば、彼らが初期の福音書、つまりマタイマルコ、ルカの共観福音書を書いていたとき、彼らは明らかにギリシャ語で書いていました。彼らはその言語を知っていたのです。ですからマタイ伝で彼らがギリシャ語で書き、そして初期の教父たちがギリシャ語を知っていて、それを教会伝統として採用したとき私たちには2000年の途切れることのない鎖があるのです。キリストの教えが男女間のことであったと、議論余地なく言えると思います。なぜなら、教会伝統2000年間途切れず、彼らはそれを元の言語聖書から導き出したからです。

学生エリスジョーンズ)

You can't argue that. That doesn't make sense. I mean, if we agree to disagree then might we look at biology?

それは主張できません。意味が通りません。もし意見が合わないなら、生物学に目を向けてもいいですか?

演者チャーリー・カーク)

So you know better than the church fathers?

では、あなたは教父たちより賢いと?

学生エリスジョーンズ)

I don't, I'm not saying I know better than the church fathers. What I'm saying is linguistically, there is undeniably an error. Regardless of what you say, there is a translation...

いいえ、教父たちより賢いと言っているわけではありません。私が言っているのは、言語学的に、否定しようのない誤りがあるということです。あなたが何と言おうと、翻訳の…

演者チャーリー・カーク)

Our lens may be, but not from the people when they were making these traditions...

私たち見方ではそうかもしれませんが、彼らがこれらの伝統を作っていた時の人々からすれば違います

学生エリスジョーンズ)

I agree, they may have gotten that right, but that may not have been their original meaning. What we are saying is the meaning has been warped over time because of societal and cultural contexts such as the British Empire...

同意します。彼らは正しく理解していたかもしれませんが、それが彼らの本来意味ではなかったかもしれません。私たちが言っているのは、大英帝国のような社会的文化文脈によって、時代とともに意味が歪められてきたということです。

司会

チャーリーカークがケンブリッジ学生論破されるって動画の長い版

チャーリーカークがケンブリッジ学生論破されるって動画の長い版があったからGeminiに英語教材にしてもらった。

https://x.com/KBYMScotland/status/1966798924468851007

今年5月チャーリー・カークが🇬🇧ケンブリッジ大を訪れ学生ディベートを行った。カークは「聖書同性愛道徳に反するとし禁じている」と持論を展開するが...

https://x.com/mkbfpv/status/1966798326730240107

Here is the actual full clip of this exchange.

***

司会者

Ellis Jones from Emmanuel College.

エマニュエルカレッジエリスジョーンズさんです。

(拍手)

学生エリスジョーンズ)

Um hello, thank you for coming to talk. Um, so my question, as someone studying archaeology and biological anthropology, um, I've learned that moral codes and social norms have always been fluid, shaped by time, culture, power. So many ancient and recent societies embraced same-sex relationships and even the idea of third genders uh well before Western conservatism even existed. So when you claim that modern conservative values represent some kind of universal objective moral truth, like you said on your chair over there, um are you just defending a selective, historically recent ideology that erases most of human history and targets people who have always been part of it?

こんにちはお話いただきありがとうございます。ええと、私の質問ですが、私は考古学生物人類学を学んでいる者として、道徳規範社会規範は常に流動的で、時代文化権力によって形成されてきたと学びました。古代から近代に至るまで、多くの社会西洋保守主義存在するずっと以前から、同性間の関係や第三の性という考え方さえも受け入れてきました。ですからあなた現代保守的価値観が、そちらの椅子でおっしゃったように、何らかの普遍的客観的道徳的真理を代表していると主張されるとき、それは人類歴史の大部分を消し去り、常にその一部であった人々を標的にする、選択的で歴史的に新しいイデオロギー擁護しているだけなのではないでしょうか?

単語解説

archaeology (n): 考古学

anthropology (n): 人類学

fluid (adj): 流動的な、変わりやすい。ここでは「道徳規範が固定されたものではなく、時代と共に変化する」という文脈で使われています

conservatism (n): 保守主義伝統的な価値観制度を維持しようとする政治的社会的な思想

universal (adj): 普遍的な、万人に共通の。

objective (adj): 客観的な。主観に基づかない、事実としての真理を指します。

selective (adj): 選択的な、えり好みする。ここでは「歴史の中から都合の良い部分だけを選んでいる」という批判的なニュアンスです。

ideology (n): イデオロギー観念形態特定社会集団が共有する信念や価値観の体系。

erase (v): 消し去る、抹消する。

演者チャーリー・カーク)

No, but can you point to me of a great power that endorsed same-sex marriage, not cohabitation, but marriage?

いいえ。ですが、同棲ではなく、同性「婚」を承認した大国を一つでも挙げていただけますか?

単語解説

endorse (v): (公に)是認する、支持する、承認する。

cohabitation (n): 同棲。法的な婚姻関係を結ばずに共に住むこと。

学生エリスジョーンズ)

Ancient Mesopotamia.

古代メソポタミアです。

演者チャーリー・カーク)

As marriage? As as as recognized by the state.

結婚としてですか?国家によって承認されたものとして?

学生エリスジョーンズ)

100%.

100%そうです。

演者チャーリー・カーク)

And how did that work out for them?

それで、彼らはどうなりましたか

学生エリスジョーンズ)

It worked out perfectly fine. It was an accepted norm of society.

全く問題なく機能していました。社会で受け入れられた規範でした。

単語解説

norm (n): 規範、標準。社会において当然のこととされる行動や考え方の基準

演者チャーリー・カーク)

Okay, I still think it's wrong.

なるほど。それでも私はそれが間違っていると思います

学生エリスジョーンズ)

Okay, okay, swiftly moving on. So you said it was based on scripture and you believe that there are moral objective universal truths.

わかりました、では次に進みますあなたはそれが聖書に基づいており、道徳的に客観的普遍的な真理が存在すると信じているとおっしゃいましたね。

単語解説

scripture (n): 聖書聖典キリスト教ユダヤ教正典を指します。

演者チャーリー・カーク)

Yes, there are. So murder is wrong today and murder was wrong 2,000 years ago.

はい存在します。殺人今日も悪であり、2000年前も悪でした。

学生エリスジョーンズ)

Right, okay, in fact that's not same sex, but fair, fair, I see your point.

ええ、なるほど。それは同性の話ではありませんが、まあ、おっしゃることはわかります

演者チャーリー・カーク)

But there are moral truths that are transcendent of time, place, and matter.

しかし、時間場所、そして物質を超越した道徳的真理は存在するのです。

単語解説

transcendent (adj): 超越的な、並外れた。ここでは、物理的な制約や時間的な変化の影響を受けない、普遍的な真理を指しています

学生エリスジョーンズ)

Okay, but but so just to clarify, you believe that this is in the Bible. This is laid out in the Bible that man shall not sleep with man and so therefore it's...

わかりました。しかし、確認ですが、あなたはそれが聖書に書かれていると信じているのですね。男は男と寝てはならないと聖書に明記されており、だからこそ…。

演者チャーリー・カーク)

It's also repeated throughout the New Testament as well. Matthew, in the book of Matthew, Jesus affirms the biblical standard for marriage.

それは新約聖書全体でも繰り返されていますマタイによる福音書で、イエス結婚に関する聖書基準再確認しています

単語解説

affirm (v): 断言する、肯定する、確認する。

学生エリスジョーンズ)

Okay, so I'm gonna make two very, very quick points. So the first, um, so if we look at the Old Testament in isolation, just to start off with as an example. So let's look at Exodus 35:2, which suggests that if you work on the Sabbath, you should be put to death. If you look at Leviticus 11:7, it suggests that if you have pork, you should be put to death. If you plant two crops side by side, you should be stoned by your entire village. If you wear a suit, which you are wearing now, that contains two different fibers intertwined into the same jacket, you should be burned at the stake by your own mother. Now, following that rationale, in Leviticus 18:22 when it states that man shall not sleep with man, why aren't we burning ourselves at the stake as well? Why aren't we stoning ourselves to death?

わかりました。では、非常に手短に2点述べさせてください。まず、例として旧約聖書だけを切り取って見てみましょう。出エジプト記35章2節では、安息日に働けば死刑にされるべきだと示唆されていますレビ記11章7節を見れば、豚肉を食べれば死刑にされるべきだと示唆されています。2種類の作物を隣り合わせに植えれば、村全体から石打ちにされるべきです。あなたが今着ているような、2種類の異なる繊維を織り交ぜた上着を着ていれば、自分母親によって火あぶりにされるべきです。さて、その論理に従うなら、レビ記18章22節で「男は男と寝てはならない」と述べられているのに、なぜ私たち自分たちを火あぶりにしないのでしょうか?なぜ石打ちで殺し合わないのでしょうか?

単語解説

in isolation: 孤立して、単独で。ここでは「旧約聖書だけを文脈から切り離して見てみると」という意味です。

Sabbath (n): 安息日ユダヤ教労働が禁じられている土曜日のこと。

Leviticus (n): レビ記旧約聖書の一書で、祭儀や律法に関する規定が多く記されています

intertwined (adj): 絡み合った、織り交ぜられた。

at the stake: 火あぶりの刑で。中世処刑方法の一つ。

rationale (n): 論理根拠理論解釈

(拍手)

演者チャーリー・カーク)

Do you care to address my main contention that Christ affirmed biblical marriage in the book of Matthew? And can you tell me the difference between the ceremonial, the moral, and the ritual law? And then finally, also, tell me about Christianity, the difference between the new and the Old Covenant, or you're just going to cherry-pick certain verses of ancient Israel that do not apply to new Christianity?

私の「キリストマタイによる福音書聖書的な結婚肯定した」という主要な主張に反論していただけますか?そして、儀式律法道徳律法祭司律法の違いを教えていただけますか?そして最後に、キリスト教における新しい契約と古い契約の違いについても教えてください。それとも、あなたは新しいキリスト教には適用されない古代イスラエルの特定の聖句を、ただつまみ食いしているだけですか?

単語解説

contention (n): (議論における)主張、論点

ceremonial (adj): 儀式の、儀礼的な。

covenant (n): (神と人との)契約キリスト教神学において非常に重要概念です。

cherry-pick (v): (自分に都合のいいものだけを)つまみ食いする、えり抜きする。

学生エリスジョーンズ)

Very fair, fair. I completely agree. So we'll look at two points then. So firstly, um, if we look at the Old Testament, uh, we can see the kind of inconsistencies there. We've already touched upon that, right? That makes sense. Secondly, you mentioned the point of Jesus and Christ. He never mentioned anything to do with homosexuality at all.

もっともです。完全に同意します。では2つの点を見ましょう。まず、旧約聖書を見れば、そこに矛盾があることがわかります。それについては既に触れましたよね?理にかなっています。次に、あなたイエスキリストの点に言及しました。彼は同性愛について一切何も言及していません。

演者チャーリー・カーク)

Whoa, hold on a second. He affirmed, he affirmed biblical marriage as one man and one woman. He said a man shall leave his...

おっと、待ってください。彼は聖書的な結婚を「一人の男と一人の女」として肯定しました。彼は「男はその…」と言いました。

学生エリスジョーンズ)

in the New Testament?

新約聖書でですか?

演者チャーリー・カーク)

In Matthew, that is not correct. I believe in the New Testament, in the New Testament. Well, Romans is also in the New Testament. Secondly, in Romans 1, the Apostle Paul talks negatively about homosexuality explicitly. Also, homosexuality is repeated in the book of Titus and in the book of Jude as not being favorable as the destruction of Sodom and Gomorrah. Not even talking about the Old Testament verses.

マタイ伝です。それは違います新約聖書で、と信じていますローマ人への手紙新約聖書です。第二に、ローマ人への手紙1章で、使徒パウロは明確に同性愛について否定的に語っています。また、テトスへの手紙ユダ手紙でも、ソドムゴモラの滅亡と同様に、同性愛は好ましくないものとして繰り返されています旧約聖書の聖句は抜きにしてもです。

演者チャーリー・カーク)

There are three types of the 613 Levitical laws. And you, you know, of course, in your own way, cherry-picked some of them. We do not live under the ceremonial, we do not live under the ritual, and but we do live under the moral. There's only 10 of the moral that we as Christians believe we're bound to, some believe nine, which of course is the Decalogue. And so none of those that you mentioned we as Christians believe that we live under. However, we do look at what Christ articulated as the biblical standard of marriage. And we can also look to church tradition for this as well. And the church has had a tradition for well over 2,000 years, even myself as a Protestant acknowledges, that tradition is marriage between one man and one woman.

レビ記には613の律法に3つの種類があります。そして、あなたはもちろんご自身のやり方で、その一部をつまみ食いしました。私たち儀式律法の下には生きていません。祭司律法の下にも生きていません。しかし、道徳律法の下には生きていますキリスト教徒として私たちが従うべき道徳律法10個だけです。9個だと信じる人もいますが、それがもちろん十戒です。ですからあなたが挙げたもののどれ一つとして、私たちキリスト教徒が従うべきものはありません。しかし、私たちキリスト結婚聖書基準として明確に述べたことには注目します。そして、これについては教会伝統にも目を向けることができますプロテスタントである私自身でさえ認めますが、教会には2000年以上にわたる伝統があり、その伝統とは、結婚は一人の男と一人の女の間のものであるということです。

単語解説

Levitical (adj): レビ記の。

Decalogue (n): (モーセの)十戒

articulate (v): (考えなどを)はっきりと述べる、明確に表現する。

tradition (n): 伝統、しきたり。ここでは特に教会教義や慣習の継承を指します。

学生エリスジョーンズ)

Okay, but I work, okay. Say we put aside the Old Testament for now. We'll put that aside and the inconsistencies there and look purely at the New Testament following your rationale, okay? Now, when you say that Christ lays specifically and the New Testament states specifically that man shall not sleep with man, I'd like to point out a linguistic error on that point.

なるほど。では、一旦旧約聖書は脇に置きましょう。それとそこにある矛盾は置いておいて、あなた論理に従って純粋新約聖書だけを見ましょう。いいですか?さて、あなたキリストが具体的に、そして新約聖書が具体的に「男は男と寝てはならない」と述べていると言うとき、その点における言語的な誤りを指摘したいと思います

演者チャーリー・カーク)

I did not say that. I said the biblical marriage was affirmed and then Romans 1 did talk negatively about the action of homosexuality.

私はそうは言っていません。聖書的な結婚肯定されたと言ったのです。そしてローマ人への手紙1章が同性愛という行為について否定的に語っていると。

2025-08-28

神谷宗幣は、国民のために戦っている訳ではないと思う

共産主義及び文化的マルクス主義の浸透と国家制度への影響に関する質問主意

共産主義勢力官僚司法教育行政に入り込み”古き良き日本”を破壊している

また、文化的マルクス主義者たちがジェンダー平等ダイバーシティ多文化共生外国人参政権など

一見、穏当な顔をして日本破壊している

それらを国はどう評価をしているか対策をしているか?という質問

政府の答弁としては、日本共産党は調査対象団体であるが中身は公安業務差し支えから明かせない

文化的マルクス主義価値観なるものが明らかでないので回答できないよというもの

個人的にこの質問書で気になったのは質問書の七番目

政府として、自由民主主義体制を守る観点から共産主義思想やその文化的変種(文化的マルクス主義)による国家秩序の内側から転覆に対して
啓発・教育制度監視を含む包括的対応を採る考えがあるか示されたい、対応を採る場合、その具体策を示されたい

過去暴力革命から日本共産党が調査対象になるのは分かるし暴力革命はアウト

でも、言論表現の自由がある中でこの特定思想に対して啓発・教育制度監視を国がやり始めたら終わりだと思うんだけど

中国ロシア北朝鮮じゃんねそれって

参政党が発表した新日本憲法(構想案)に言論表現の自由などが明記されていなかったけど狙って書いていたのかなという気がしてきた

最初、読んだときはただのアホな憲法だなと思っていたけど

今も右派左派、いろんな人たちが、自分の主張に反する人たちを教育する!!と戦っているけどこれ国民同士の争いじゃんか

少なくとも、日本において国家がそのどちらかを規制するような状況にはなっていない、日本には言論表現の自由があるから

けれど参政党の憲法や彼らが理想とする世界ではたぶん無理だよね

国家が良しとする思想以外は教育されてしま

今が辛くてそれを参政党が解消してくれるというならバンバン支持したらいいしぼくがとやかく言うことじゃないけど

神谷宗幣にとってそれは、自分が目指す世界を作るために国民の支持が必要からであって国民のためにやっている訳じゃないと思う

いつか、神谷宗幣の目指す世界と、支持する人の世界がすれ違う時が来るからその時に手遅れにならないようにだけ気を付けて欲しい

参政党が来月講演会に呼ぶCharlie Kirkもかなり濃い人

文化的マルクス主義アメリカ破壊していると主張している人で2020年大統領選不正選挙を支持

レビ記の第二十章13節

女と寝ねるように男と寝ねる者ものは、ふたりとも憎にくむべき事ことをしたので、必ず殺ころされなければならない。その血ちは彼らに帰するであろう

引用して同性愛否定するような人でもある

つい先日、日本では対面販売で緊急避妊薬の市販がされることになったけど彼はピル全面禁止支持者で

中絶母体生命に関わる時を除いて強姦などでも例外とすべきではないという原理主義

そんな彼もトランプに可愛がられていて人気もあるからまあ、アメリカアメリカで色々だなあと思う

2025-07-30

anond:20250728002453

この文章は、一見哲学的自由論のように見えますが、ユダヤ教視点から読むと、非常に異質であり、むしろ根本的な価値観対立が見えてきます。以下に、ユダヤ観点からこの主張を分析してみましょう。

自由とは、関係から逃れられることである

この文章では、「自由」を「関係から逃れること」「孤独を選ぶこと」として定義しています。これに対し、ユダヤ教ではまったく異なる定義します。

ユダヤ教における自由

ユダヤ教思想では、「自由」とは単なる制約からの逃走ではなく、「神の意志に従う自由」つまり、真の善を自ら選び取れる状態のことです。

たとえば、出エジプト記は「奴隷から解放」ですが、それは「無関係になる自由」ではなく、「神に仕える民」となる自由でした。

そして主はこの民をエジプトから導き出された…あなたたちはわたしにとって祭司王国、聖なる国民となる。 ― 出エジプト記 19:4-6

ユダヤ思想では、関係性(特に神との契約他者との責任ある関係)が、自由の基盤であるとされます

関係性に基づく行動は予測可能であり、人間NPCである

この考えは、極端な脱構築思想ポストモダンの影響を感じさせますユダヤ的には、以下の点で問題があります

ユダヤ教では「予測可能」な行動こそが善である場合が多い

正しい人は、律法トーラー)に基づいて行動し、信頼され、愛される。それは決してNPCではなく、「神の似姿として、自律的かつ倫理的存在である証拠です(創世記 1:26)。

「裏切る自由」「孤独を選ぶ覚悟

この主張は、ある意味で「反・共同体」「反・責任」「反・関係性」の倫理です。ユダヤ教価値観とは大きく異なります

ユダヤ教では、人間関係の中でこそ成長する

あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」(レビ記 19:18)は、ユダヤ倫理の中心命令の一つ。これは関係性の否定どころか、関係性の中にこそ神的な使命があるという思想です。

ユダヤ思想が示す「真の自由

ラビたちはアヴォットの中でこう語ります

誰が賢いか?すべての人から学ぶ者である。(アヴォット 4:1)

誰が強いか自分自身支配する者である。(同上)

ここでの「自分自身」とは、欲望衝動に従う自我ではなく、トーラー関係の中で育まれ人格です。

まり、神との契約他者との責任があるからこそ、自分自身を律し、自由でいられるという考えです。

結論ユダヤ教的に見るとこの文章は?

この文章は、自由を「関係からの断絶」と捉え、結果的倫理共同体責任否定する個人主義の極地です。

ユダヤ教では逆に、「神と人との関係性」「他者との相互責任」「共同体の中での徳」が自由人間性の基盤とされます

したがって、この文章思想は、ユダヤ的には「危険孤立主義」と評価されます

2025-07-26

仏教共通するユダヤ教の教えの一覧を教えてください

ユダヤ教仏教文化起源も大きく異なりますが、それでも多くの倫理的精神的な教えに共通点が見られます

以下は、仏教の主要な教えと対応するユダヤ教の教え(タナハやタルムードなどの伝統的な文献に基づく)をいくつか対比した一覧です。

仏教の教え(概念ユダヤ教における対応する教え・概念出典や説明
少欲知足 סתוּת ומסתפק במועט「少ないもので満足する」 ピルケイ・アヴォート(倫理の父)4:1:「誰が富める人か?自分の分に満足する者。」
無常 הבל הבלים הכל הבל「すべては空しい」 コヘレト伝道の書)1:2。「すべては儚く、永続しない」ことを繰り返す。
慈悲(カルナー) רחמים「憐れみ、慈しみ」 出エジプト記34:6:「主は憐れみ深く、恵み深い神」
中道 שביל הזהב「黄金中道 ランバム(マイモニデス)は「中庸の道(דרך האמצע)」を理想とした。
離欲 בל תעשה לך פסל「偶像(執着)を作ってはならない」 出エジプト記20:4。物質偶像への執着を避ける戒め。
瞑想 התבוננות「内省」またはחשבון הנפש「魂の勘定タルムードやムサール文学で推奨される習慣。
不殺 לא תרצח「殺してはならない」 十戒の一つ(出エジプト記20:13)
正語לשון הרעを避けること:「悪口中傷は禁じられている」 ヴァイクラレビ記)19:16:「あなたの民の中で中傷してはならない」
業(カルマמידה כנגד מידה「目には目を、行いに応じた報い」 出エジプト記21:24タルムード・ソタ8bなどに見られる因果概念

2025-05-16

情弱ビジネス界隈って倫理的観点から見ればクソなのに、実際には現代においてSNSインフルエンサーになるなど幅を利かせてますよね?これについてなんか箴言やコヘレト言葉引用で、戒めるものはないの?

情弱ビジネス界隈」情報の非対称性悪用して人々を操作したり搾取したりする行為は、倫理的にもトーラー的にも極めて問題があります

ユダヤ教の知恵文学(とくに『箴言』『コヘレト伝道の書)』)には、このような現代問題にも響く深い洞察があります。いくつか引用ながら見てみましょう。

箴言ミシュレイ)からの戒め

コヘレト伝道の書)からの叡智

トーラー的・ユダヤ的まとめ

ユダヤ教では、人をだますこと(גְּזֵלָה – gezelah、詐欺搾取)は重大な罪です。レビ記19章には「お前たちは互いに欺いてはならない」と明記されています(ויקרא י״ט:י״א)。

また、「בל תשים מכשול לפני עיוור」―「盲人の前に障害物を置くな」(レビ記 19:14)という戒めも、情報弱者をあえて罠にかけるような行為を禁じる教えとして、まさにぴったりです。

ラビ的ひと言

אם אתה עושה כסף על חשבון חוסר הידע של אחרים — אולי אתה צריך לבדוק את המצפון שלך, לא את חשבון הבנק שלך 😉

(「他人無知を利用してお金を稼ぐなら、チェックすべきなのは銀行口座じゃなくて、良心かもしれないね」)

2025-04-19

努力ゴミや滅びの技術を生み、良いことがない?

ユダヤ教視点から、この問いを一緒に少し掘り下げてみましょうか。

🌿 努力(הִשְׁתַּדְּלוּת hishtadlut)とは?

ユダヤ教において、努力は非常に大切な概念です。でもそれは「ただがむしゃらに頑張れ!」というものではありません。

「השתדלות(hishtadlut)」とは、人間としてできる限りの努力をしつつも、最終的な結果は神(ה׳, Hashem)に委ねるという考え方です。

まり、「努力正義」ではなく、「努力信仰調和ある生き方」なんですね。

🌍 では、あなたの疑問に戻ってみましょう:

努力環境破壊技術暴走を生んでいるのでは?

しかに、それも事実です。人間努力ゴミを生み、戦争技術を磨き、自然破壊する…これは創世記にある「人間に地を治めさせよ(創世記1:28)」という言葉の誤解された適用とも言えます

本来、この命令には「責任」が伴っていたはずなのに、「支配」だけが強調されてきた面があるのかもしれません。

🕊️ じゃあ「努力しない」ことが正解?

ここは少し繊細なところです。

ユダヤ教では、「なすべき時に行動しないこと」も罪とされることがあります(例:レビ記19:16「隣人の命が危険さらされているときに黙っていてはならない」)。つまり無為であることが常に善とは限らないのです。

しかし!

あなたの言う「努力しない」というのが、欲望エゴによる無駄努力をやめ、自然と共にある生き方を選ぶことだとしたら、それはむしろ非常にトーラー的な考え方だと思います

🍞 シャバットに学ぶ努力しないことの聖性」

シャバット(שַׁבָּת)は、何もしないことを通して、神と世界の秩序を思い出す日です。これは「努力しない」ことの価値を最高に祝福している例ですね。

「神も七日目に休まれた(創世記2:2)」とあるように、人間もただ「在る」ことに意味があるのです。

✨ まとめ:努力ツール目的ではない

努力は大切。でもそれは、何のために努力するか、その努力が誰かや何かに優しいものかによって価値が決まるものです。

から、「無努力」ではなく、「意識的努力」あるいは「優しい努力」を目指すのが、ユダヤ的な道かもしれませんね 😊

2025-04-15

ユダヤ人日本人聖書を読み、実践するのは愚かなのでしょうか?というのも、日本人ユダヤ教徒になるという話を聞かないからです

いいえ、とんでもありません!愚かどころか、とても尊いことです。

まず、日本人であっても非ユダヤ人ヘブライ語で「גוי / גוים goy / goyim」)であっても、聖書特に「タナフ」=ユダヤ教聖書)を読むことや、そこから学び、実践することは非常に価値があります

神(ヘブライ語で「יהוה YHWH」または「アドナイ」)の言葉は、すべての人にとって学びとなり、光となります

ユダヤ教では、神はユダヤ人だけでなくすべての人類創造されたと教えています

アダムノアも、当然ながらユダヤ人ではありませんでした。

そして、ノアには神から7つの倫理的な戒め(ノアの七戒)が与えられました。

これらはユダヤ人でない人々にも与えられた、普遍的道徳基準です。

なぜ日本人ユダヤ教徒になる話を聞かないのか?

とてもよい質問です!

いくつかの理由があります

1. 改宗ゲール・גר)には長いプロセスと強い意志必要

ユダヤ教改宗するのは、簡単なことではありません。信仰だけでなく、生活全体(食事祝祭日シャバットなど)を変える覚悟が求められます

そして、伝統的なラビたちは本気かどうかを見るために、むしろ最初は何度か「断る」のが通例です(笑)

2. ユダヤ教は「布教」しない宗教

キリスト教イスラム教と異なり、ユダヤ教積極的改宗を勧めることはしません。

「すべての人がユダヤ人になるべきだ」とは考えていません。むしろ、「正しい行いをすれば、ユダヤ人でなくても義(ツァディーク)である」と教えます

3. 文化的距離感

日本ユダヤ文化地理的にも文化的にも離れていて、実際にラビユダヤ人共同体出会う機会が少ないという現実的理由もあります

では、日本人聖書を読んだり実践するのはどうか?

大いに「アーメン!」です!

たとえば:

  • 「隣人を愛しなさい」(レビ記 19:18)
  • 真実を語りなさい」(ゼカリヤ書 8:16)
  • 正義と慈しみを行いなさい」(ミカ書 6:8)

これらは民族宗教を超えた、普遍的な教えです。

もしもっと深く学びたいという想いがあれば、「ノアの七戒(Noahide Laws)」について学んでみるのもよいでしょう。これは、非ユダヤ人のための神から倫理的ガイドラインとされています

最後に、少しラビ的なユーモアを:「神が日本語を話すかどうか心配ですか?心配いりません。神はすべての言語を話されます。そして、あなたの心の言葉もお聞きになります。」

2025-04-07

anond:20250407074057

なるほどなぁ。

勉強になるわ。

かに穢れに相当する単語が無い、というのは重要だね。

Typical causes of kegare are the contact with any form of death, childbirth (for both parents), disease, and menstruation,[2] and acts such as rape. In Shinto, kegare is a form of tsumi (taboo violation), which needs to be somehow remedied by the person responsible.[3] This condition can be remedied through purification rites called misogi and harae. Kegare can have an adverse impact not only on the person directly affected, but also to the community they belong to.

Kegare is not a form of moral judgment, but rather a spontaneous reaction to amoral natural forces. Whether the defiling was caused by a deliberate act, as for example in the case of a crime, or by an external event, such as illness or death, is secondary.[4] It is therefore not an equivalent of sin.

この辺の説明レビ記描写神道の穢れと合致しない?

https://www.wordproject.org/bibles/jp/03/15.htm

2025-04-03

anond:20250403174615

ユダヤ教における「叱責(トクハハ, תוכחה)」の概念を考えると、この問題はいくつかの重要ポイントがあります

1. 叱責の意義:なぜ叱責するのか?

ユダヤ教では、ただ相手批判するのではなく、相手を正しい道に導くために叱責することが求められています

トーラーレビ記19:17)にはこう書かれています

「הוֹכֵחַ תּוֹכִיחַ אֶת-עֲמִיתֶךָ, וְלֹא-תִשָּׂא עָלָיו חֵטְא」

あなた同胞をしっかり戒めなさい。しかし、彼に罪を負わせてはならない。」

まり、叱責する目的は「相手改善」であり、怒りや優越から叱るのはNGということです。

ここでのポイントは、「叱責する側が叱責を嫌と思わない」ことが理由で許されるのではなく、「相手のためになる場合にのみ許される」ということです。

2. 愚者への叱責は無駄?(ミシュレー/箴言

ユダヤ教では、「愚者」に対する叱責には注意が必要だとされています

たとえば、箴言ミシュレイ)9:8にはこう書かれています

「לְאִוִּל, אַל-תּוֹכַח--פֶּן-יִשְׂנָאֶךָּ;

לְחָכָם הוֹכַח, וְיֶאֱהָבֶךָּ」

愚者を叱るな、彼はあなたを憎むから。知恵ある者を叱れ、彼はあなたを愛するから。」

まり相手が叱責を受け入れる準備がない場合、叱責は無駄どころか逆効果になるということです。

愚者に叱責すること自体が、愚かさの表れ」とさえ言われることがあります

3. 叱責は「相手基準」で考えるべき

先ほどの話とつなげると、「されて嫌なことはしない」という黄金律の観点から考えても、「叱責が有益でないなら、すべきでない」という結論が出てきます

ユダヤ教では「トクハハ(叱責)」は愛から行うべきものであり、自己満足や単なる批判になってはいけません。

また、叱責が相手のためにならない(=受け入れられない)なら、それはただの迷惑になります

したがって、愚者に対する叱責が許されるのは「彼が受け入れる可能性がある場合」に限られます

4. では、どうすればいいのか?

ユダヤ教では、直接的な叱責が難しい場合は、間接的に教えを伝えることが勧められています

例えば:

  • 例話やたとえ話を使う
  • 相手に問いかけて気づかせる
  • 自分の失敗談を語って、間接的に学ばせる

タルムード(エルビン 13b)では、有名なラビヒレルとラビ・シャマイの違いが描かれています

シャマイは厳しく真理を伝えましたが、ヒレルは優しく、相手が受け入れやすい形で伝えたとされています

結果として、ヒレルのアプローチの方が多くの人に影響を与えたのです。

結論

なので、もし誰かを叱るべきか迷ったら、「この叱責は相手にとって役に立つのか?」を考えるのが大切ですね!

叱責もトーラーの教えの一部、どうせならヒレル流に「愛と優しさ」をもって伝えたいですね😊

2025-03-24

ユダヤ教の教えに似ている日本ことわざ

1. 「情けは人のためならず」

他人に親切にすることは、巡り巡って自分のためにもなる」という意味ですが、ユダヤ教の「צדקה (ツェダカ)」(義なる行い・施し)や「חסד (ヘセド)」(慈愛)の考え方と非常に似ています

タルムードにも「世界はヘセド(慈愛)によって立っている」という教えがあり、助け合い精神重要視されています

2. 「人を呪わば穴二つ」

他人に害を与えようとすると、自分破滅する」という意味ですが、ユダヤ教でも「לא תיקום ולא תיטור」(ロ・ティコム・ヴェロ・ティトール/「復讐してはならない、恨みを抱いてはならない」, レビ記 19:18)の教えに通じます

他人に悪意を持つことが、結局は自分をも傷つけることになるという普遍的な教えです。

3. 「石の上にも三年

「辛抱強く努力すれば報われる」という意味ですが、ユダヤ教の「תורה ועבודה」(トーラー・ヴァアヴォダー/「学びと勤勉」)の価値観共鳴します。

特にタルムード学習では、粘り強く学び続けることが知恵と成長につながるとされます

4. 「目には目を、歯には歯を」(ただし誤解されがち)

この言葉は元々「同等の報いを」という意味で、無制限復讐を禁じる法的原則(シャーローム・ベイト=社会平和)でした。

日本ではしばしば過激復讐意味で使われますが、実際のユダヤ教解釈は、賠償責任を公平に負うというバランスの取れた教えです。

5. 「袖振り合うも多生の縁」

ちょっとした出会いにも意味がある」という考えで、ユダヤ教の「השגחה פרטית」(ハシュガハ・プラティット/神の摂理)に似ています

ユダヤ教では、偶然はなく、すべての出来事意味があると考えます

2025-02-17

[] ラションハラ

ラションハラヘブライ語: לשון הרע ‎、 「邪悪言葉」)は、たとえ真実であっても、ある人物または複数人物について否定的または有害発言を指す。 話題になっている人物感情的または経済的に損害を与えたり、他人評価を下げたりする発言であるラションハラユダヤ教伝統において非常に重大な罪とみなされている。ラションハラを告げる者は、トーラーの禁令「ロ・テレク・ラキル・バメイチャ」に違反する。これは「汝は汝の民の間で陰口を言いふらす者として行き来してはならない」(レビ記19:16)と訳される。

2025-02-10

'女と寝るように男と寝る者は、両者共にいとうべきことをしたのであり、必ず死刑に処せられる。彼らの行為は死罪に当たる。 '

レビ記 20:13

https://www.bible.com/ja/bible/1819/LEV.20.13

2025-01-21

雨は祝福である

わたしは季節に応じて雨を降らせよう。そうすれば地は産物を出し、野の木々は実りを生むであろう。 - レビ記 26:4

2023-12-08

anond:20231208125421

旧約聖書 レビ記18:22「あなたは女と寝るように、男と寝てはならない。」

レビ記20:13「男がもし、女と寝るように男と寝るなら、ふたりは忌みきらうべきことをしたのである。」

コーラン

「そして、彼が彼の人々に言ったとき、(私たちは)ロトを送った:何!あなた世界の誰かがあなたの前に行っていないわいせつを犯すか? 最も確かにあなた女性以外の欲望男性に来る。いや、あなたは贅沢な人々だ。そして、彼の人々の答えは、彼らが言ったこと以外の何者でもなく、あなたの町からそれらを回し、確かに彼らは(自分自身)を浄化しようとする人々である。だから私たちは彼と彼の信者を、彼の妻を除いて届けた。彼女は後ろに残った人々のものだった。そして、私たちは彼らに雨を降らせた。その後、有罪の終わりが何だったのかを考えてみよ。」

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