はてなキーワード: 非常勤講師とは
“ 矢野事件(やのじけん)とは、京都大学東南アジア研究センター(現・東南アジア地域研究研究所)所長であった矢野暢(1936-1999)教授が1993年(平成5年)に起こしたセクシャルハラスメント(以下、固有名詞と引用文を除き「セクハラ」で統一する)事件と、それに関連する事件・訴訟の総称である。「京大矢野事件」「京大・矢野事件」「京都大学矢野事件」「矢野セクハラ事件」「京大元教授セクシュアル・ハラスメント事件」とも呼ばれる。
日本におけるセクハラ問題化のメルクマールとなった事件とされ[1][2]、これ以降、大学でのセクハラに対する文部省(現・文部科学省)の取り組みも始まったとされる[3]。
1993年(平成5年)、京都大学東南アジア研究センター(以下、「センター」)所長である矢野暢が、あるセンター職員の妹を秘書として雇いたいと申し出た。矢野は面接と称してホテルのラウンジに呼び出し、「秘書の仕事には添い寝も含まれる」など発言し、断ったら姉を辞めさせると脅した。姉であるそのセンター職員からの抗議により、矢野は謝罪の念書を書いたが、その後も秘書などに対してセクハラ行為を繰り返し、次々に秘書が辞めていく事態となった。そのうち1人の非常勤職員は、センター事務長に「矢野からセクハラを受けたので退職したい」と訴えた。
上記の事情を知ったセンター助手がセンターに質問状を提出することなどによって、セクハラ疑惑として表沙汰となった。その頃、センター助手に、学生時代に自分も矢野から性暴力に遭っていたという女性から電話がかかってきた。
センターは、改善委員会を設置し、矢野のセンター所長辞任をもって解決を図ろうとするが、具体的なペナルティもなく事件がうやむやにされるのを恐れた被害者女性が、井口博弁護士と相談の上、弁護士名義で文部大臣宛に質問状を提出したり、「甲野乙子」名義で京都弁護士会人権擁護委員会に人権救済の申し立てを行ったりした。矢野は、12月31日付で京都大学を辞職した[4]。
1994年(平成6年)1月18日の京都新聞に、この事件に関する野田正彰の文章が掲載された。これを読み、現状が理解されていないと感じた小野和子が、1月25日の京都新聞に『学者と人権感覚 矢野元教授問題によせて』を寄稿した。これに反論する河上倫逸の文章が2月10日の京都新聞に掲載され、小野は2月20日の「大学でのセクシュアル・ハラスメントと性差別をテーマとする公開シンポジウム」において、『河上倫逸氏に答える セクハラは小事か』と題する文書を配布した。
矢野は、文部大臣に対する辞職承認処分の取り消しを求めた行政訴訟と、虚偽の事実が新聞に公表されたことなどにより名誉を傷つけられたなどとして甲野乙子、井口博、小野和子に対する3件の慰謝料請求の民事訴訟を起こしたが、いずれの判決も矢野の請求を棄却した。
事件の経緯
甲野乙子事件
1982年(昭和57年)1月末、大学3年生であった甲野乙子(仮名[注釈 1])は、甲野の通う大学の非常勤講師であった矢野暢[注釈 2]の特別講義に出席した[7]。その講義の終了後、甲野は大学内の学生食堂で矢野と話す機会を得て、東南アジア研究の話を中心に会話が弾み、自分が将来は研究者になりたい旨を伝え、甲野は矢野に自分の住所と電話番号を教えて再会を約束した[8]。三度目の面会の際、大阪市内のホテルの地下街で夕食などを共にした後、矢野は「今日は疲れているから部屋で話の続きがしたい」と切り出し、自分がチェックインしている同ホテルの部屋まで来るように申し向け、甲野はそれに応じて部屋に入った[8]。
部屋に入ってからも東南アジアの話が続いたが、突然、矢野が椅子から立ち上がり、甲野の手を握ったので、甲野は矢野の手を振り払った[8]。すると、矢野は「何で振り放った」と怒鳴り、甲野が「男の人からいきなり手を握られたら振りほどいて当然である」と答えると、甲野を平手で数回殴り、罵倒し始めた[8]。甲野は泣きながら反論したが、矢野に罵倒と殴打を繰り返され、反論も止め、手を握られるままとなった[8]。矢野は甲野の手を握りながら説得し始め、甲野の肩を抱こうとし、甲野がそれを拒もうとすると再び罵倒と殴打を繰り返した[9]。また、矢野は甲野をベッドに座らせ、自ら着衣を脱ぎ、「君も裸にならないと対等ではない」と着衣を脱ぐように求め、甲野が裸になると矢野は性交渉に及んだ[9]。矢野は「性行為は対等な人間同士がやることであり、君と僕が性的関係を持ったことは東南アジア研究を目指す者同士の同志的連帯の証である」などと言い、研究者になるために日常生活に到るまで指導することの同意を求めた[9]。甲野は黙り込んでいたが、矢野が詰問してきたために同意をした[9]。翌日、次に会う約束の日時を決めて別れた[9]。
この日以降、甲野は、矢野に殴られた跡の治療にも行かず、矢野と会う約束以外では人目を避けて寮の自室に籠りがちになり、大学の授業に出ないことも多くなった[9]。また、矢野と性的関係を持ったことには誰にも口外しなかった[9]。
甲野は、矢野の勧めに従い、4月からアルバイトとして、卒業後は事務補佐員として矢野の研究室に勤務した[9]。この間、何度か辞めたい旨を申し入れたが、その度に矢野が激怒し、殴るなどして撤回させられた[10]。また、矢野との性的関係も継続させられ、甲野が婚姻した後も続いた[11]。1988年(昭和63年)、甲野は他のアルバイトも矢野から性的関係を求められていたことや、第一秘書が自分と矢野との関係を認識していたことを知り、自分に対する対応が研究室ぐるみで行われていたと認識し、夫に対して告白するとともに、研究室への出勤を拒み、そのまま3月末に退職扱いとなった[11]。その後、甲野は大学院に進学したが、矢野や関係者との接触を避けるために東南アジア研究の道を選択しなかった[11]。
A子事件
1992年(平成4年)12月、京都府庁でアルバイトをしていたA子は、センターに勤務している姉を通じて矢野[注釈 3]から秘書として採用したいという申し出があった[11]。1993年(平成5年)1月8日に京都市内のホテルにあるフランス料理店にて、A子とA子の姉、矢野、矢野の所長秘書の4人で面接を兼ねた会食を行った[11]。その際、矢野は、あと数回会ってから採否を決めること、次の面接については姉を通じて後日連絡することを伝えた[11]。
次の面接日である1月12日、出張から戻ってきた矢野と駅で再会し、矢野が疲労を訴え、話し相手になってほしい旨を述べたため、A子は「私でよかったら話し相手になります」と応じた[11]。その後、会食で利用したホテルの地下にあるバーに向かい、階段を降りる途中で、矢野は「私がこういう風に疲れた時は、『先生、今日は一緒に飲みに行きましょう』とか、『先生、今日は添い寝をしてさしあげましょう』とか言わなければいけない。それが秘書の役割だ」と言った[12]。A子はバーに入った後、秘書の仕事は自分には負担が大きいので辞退する旨を述べた[12]。すると、矢野はA子に対し、「秘書としての事務処理の能力で雇うんではない。ハートの付き合いをしてもらうために雇うのである」などと怒鳴り始めた[12]。A子は「私には恋人がいるから、先生とはハートの付き合いができない」と言うと、「男がいるような妹を紹介したお姉さんもお姉さんだ。お姉さんと所長秘書には責任をとってもらう。私は所長だから辞めさせることは簡単なんだ」と畳み掛けた[12]。A子は、これらの発言を聞いて秘書採用の最終的な返答について保留し、矢野から次の休日頃に再度会いたいから予定を開けておくようにと言われて別れた[12]。
A子が帰宅後に自室で泣いていることから事情を察したA子の母がA子の姉に電話をし、A子は電話口でその日の経緯についてA子の姉に説明した[12]。A子の姉は話を聞いて憤激し、翌日、所長秘書に事情を説明し、A子の秘書採用を断り、自分も責任を取って辞職する旨を申し出た[12]。A子は、前田教授にも事情を説明した[12]。前田教授から事情を聞いた高谷教授は、A子の姉に対して、矢野に謝罪させる旨を電話で伝えた[12]。
2月25日、同ホテルにおいて、前田教授、高谷教授、所長秘書、A子の姉の立ち会いの下に、矢野はA子と会い、二度と同じようなことはしない旨を書き記した念書を渡し、「意志の疎通がうまく行かず、誤解が生じたのを深くお詫び致します」と謝罪した[12]。A子は、念書に「セクハラ」の文言を入れてほしいと思ったが受け入れられず、A子に対する言動の詳細については「あなたの心を傷付けた」という抽象的表現に留まった[13][14]。
3月8日、この事件を告発する匿名の文書が、文部大臣と文部省記者クラブに届いた[15][16]。矢野は、この事件を全面否定する釈明書を提出した[17]。
1993年(平成5年)4月中旬、矢野は出張先の東京のホテルの自分の部屋において、出張に同行していた採用間もない秘書のB子に抱きつき着衣を脱がそうとしたが拒まれた[18]。B子は直ちに帰宅し、以後出勤することなく4月30日付で退職した[18]。
C子事件
矢野は、前述のB子とのトラブルがあった1週間後に、出張先の東京のホテルの自分の部屋において、出張に同行していた採用間もない秘書のC子に抱きつき着衣を脱がそうとしたが拒まれた[18]。
D子事件
1993年(平成5年)6月10日、矢野は京都市内のホテルのエレベーター内で非常勤職員D子に抱きついた[18]。6月14日、D子は「矢野からセクハラを受けましたので辞めさせてください」「愛人にはなれません。報復が怖いから一身上の都合ということで辞表を出します」などと言って辞職願を出した[18]。
1993年(平成5年)6月14日、D子がセンター事務長とセンター庶務掛長に対し、矢野からセクハラを受けたので退職したい旨を訴えて辞職願を提出したことをセンター職員らが目撃した[19]。6月15日には、矢野の研究室の私設秘書全員が辞職願を提出した[19]。
A子の事情を知っていた米澤真理子センター助手(以下、「米澤助手」)は、上記の事情も知り、もはや矢野の個人的問題では済まないと考え、他の女性センター職員10名と共に6月21日付で事件の真相を究明し断固たる処置を取ってほしいという旨の質問状を「センター女性職員有志一同」名義で所長代理、副所長、各部門長、各部門主任宛に提出した[19][20]。
この質問状を受領したセンター教授らは、部門長会議及び拡大部門長会議で対応を検討し、改善委員会を設置し、矢野以外の全センター教授で構成することを決定した[19]。これらの経緯を知った矢野は、7月15日に開催された臨時の教授会において所長を辞任したい旨を申し出て承認された[21]。改善委員会委員長である高谷教授は、個人の良識に解決を委ねるべきであると考え、矢野に謝罪等の条件を実行させ、所長を辞任することで事態を収拾しようとした[22]。米澤助手は、高谷教授の報告の中にセクハラについて触れていないことを不満として、再び7月26日付で改善委員会の全委員宛に調査の継続の有無と辞任理由とセクハラの責任の関係について回答を求める趣旨の質問状を提出した[22]。
質問状を受けて、7月30日に所員会議を開き、改善委員会委員長は、センターの全所員に対し、7月29日の協議員会でも矢野の辞任が承認されたこと[注釈 4]、矢野の辞任の理由は他の公務が多忙であることとセンター内が混乱していることの責任を認めてのことであるとし、改善委員会はこれ以上の調査をしないことを伝えた[22]。その一方で、女性職員に対し、今後は非公式に懇談を続けていくことを提案した[22]。米澤助手は、非公式の懇談を続けるという提案を受け、8月中に2度の懇談を持った[22]。また、米澤助手らは、井口博弁護士(以下、「井口弁護士」)と相談し、8月20日付で、セクハラの事実を認めて被害者に謝罪するか、責任の取り方として全ての公職を辞職するつもりがあるか、という趣旨の矢野個人に対する質問書を送付した[25]。
矢野は、8月31日に正式にセンター所長を辞任した[26]。9月1日、矢野の後任として坪内良博センター教授(以下、「坪内所長」)がセンター所長に就任し、改善委員会委員長も兼務することになった[26]。9月9日、矢野は、所員会議において、所長辞任の挨拶をし、センター内に混乱が生じたことについて、遺憾の意を表した[26]。矢野は、岡本道雄元京都大学総長(以下、「岡本元総長」)、徳山詳直瓜生山学園理事長(以下、「徳山理事長」)、高谷教授、古川教授と、自分の今後の対処の仕方について相談した[26]。
同僚からの手紙で上記のような内部告発が行われていることを知った甲野は、9月24日にセンター編集室に電話し、米澤助手に自分と矢野との性的関係などの事情を告白した[27][28]。この告白を踏まえ、米澤助手は、同日の小懇談会において、矢野のセクハラの事実の有無について調査したいと申し出た[29][30]。
米澤助手らは、8月に送付した質問書について、質問書に記載した期限を過ぎても返答がなかったため、文部大臣宛に9月27日付で井口弁護士を代理人として質問書を送った[26]。10月1日、文部省は京都大学に照会し回答を求めた[29]。坪内所長は、高谷教授、前田教授の立ち会いの下、矢野に対し事実関係を問い質したが、矢野は事実関係は存在しない旨の弁明をした[29]。10月4日、坪内所長は、事実関係を調査したいと申し出た米澤助手に対し、事実関係の調査を所長の責任で公的なものとすることを決めたので、調査結果をまとめて提出してほしい旨の説明をした[29]。
米澤助手は、甲野らに公的な調査が開始されるので協力してほしい旨を伝え、甲野らから陳述書を入手した[29]。それに聴取書や証言メモを作成し、これらに基づいて作成した調査報告書と陳述書等を11月8日に坪内所長に提出した[29]。11月11日、坪内所長は改善委員会を開き、被害者とされる女性の実在と証言の自発性を確認するため、海田教授、土屋教授、前田教授、福井 Permalink | 記事への反応(1) | 19:43
企業研究者が大学PIポストへ続々登用される現状はポスドククライシスと呼んでもいいのではないか。
私はAI系の任期制職(以下簡単のためにポスドクと書く)で働いて3年目であり、年間600万円ほどで主に研究室のプロジェクトに従事している。
業務割合はPIのプロジェクト仕事(研究):その他仕事:自分の研究=5:2:3くらいであり、将来のアカデミアのポストのため非常勤講師もしてきた。
この春、何人かの企業研究者の方の大学への准教授・教授職の就任が同時に観測された。
もちろん、各々の方は業績的にも学術界活動的にも素晴らしいし、それに異論はないのだが、あまりにもこのような現象は自分のようなポスドクにとって報われないと思っている。
ご存知の通り、情報系、特にAIはアカデミアと産業界の賃金格差が凄まじい(軽く2倍はあると思う)。なので、アカデミアではポスドク不足が嘆かれて久しいのだが、その中でも自分のようなアカデミアに残って研究がしたい少数の人が、長年労働力になって下支えしてきた。
事実、自分の博士の同期で卒業後もアカデミアに残った人は一人もいない、前後を見てもほぼいない。
同期や後輩が自分より圧倒的に良い給料をもらって資産形成しているのを横目に、歯を食いしばって将来のために耐えているのが今のAI系ポスドクの立場だと思う。
それがどうだろう。非常勤講師に時間を割き、企業の研究費と比較したら雀の涙のような額の科研費若手で研究を行い、貧弱な計算リソースでできる研究テーマを絞り出し、小さい研究グループや貧弱な組織力、バックオフィス機能の不足によって生じる不可解なほどの量の事務作業。。。そんな私たちより圧倒的に良い待遇で生活・研究して業績を出してきた(僻みが多分に含まれるが)企業人研究者が私たちの頭を飛び越して大学のPIに就いてしまう。。。
こんな現状で卒業後アカデミアを選ぶAI系の博士がいるだろうか<いやいない>。実際、私はもうアカデミアを見限ったし、民間への転職活動を始めている。将来いい感じに業績が積み上がったらぼちぼちJrecinを眺めてPI職へ応募するつもりだ。
この傾向は今後どんどん加速するだろうが、そうなったら研究室運営の泥臭いところを担うのは一体誰なのか?
業績などをフラットに考慮すると優秀な企業人が今の時代上に来るのも分かるし、AI研究は今や産業界がリードしていることを考慮すると、アカデミアー企業間の人材の流動性は重要だと思うのだが、何か救済がないとしんどいですよ
タイトルの通りなのだが、いつも坊主は税金払わなくてベンツ乗ってるなんて書かれるので本当に傷つく。
スペック 地方国立大理学部卒、関西の電機メーカーに勤めていたが、前住職が亡くなり故郷に戻って寺を継いでいる。住職歴10年。過疎とまではいかないが、雪深い田舎の寺で檀家数は100軒ほど。この辺りでは標準的な規模の寺院です。えっと、乗ってる車はベンツではなくスズキ・ハスラーです。
寺院の収入は年間600万円ほど。主な収入はお葬式や法事だが、お葬式は20万円と決まっている。一回出るだけで20万はコスパいいとかたまに言われるけど、枕勤め・通夜・葬儀・還骨のあと49日まで毎週法要があるので、全部で10回くらいは法要して20万円です。一周忌なんかの普通の法事は2~3万円くらいでしょうか。あとは月命日のお参りが結構あって、一回1千円~2千円くらい。よく聞かれるけど、戒名ではお金はいただいていません。
うち、240万円を自分への給料として払い(これには当然税金がかかる)、100万円程度を妻に払っている。これでは暮らしていくことはできても子供を大学に入れたりはできないので、住職である私も妻も働いています。私は学校の非常勤講師、妻はパートで介護職。お寺は周りの人が思っているよりずっと忙しいので、割の合わない仕事だなとは感じる。
給与を払った残りは寺院運営にかかわる経費に消える。あたりまえだけど会計はすべて檀家総代と役員によって監査されている、これはどこもそう。お布施を懐に入れて飲みに行っちゃうみたいな住職は昭和の時代はいたみたいだけど、今は無理です。そのほかに永代供養なんかで入ってくるお金もあるけど、すべて寺の建物の修繕費として積み立てている。これは檀家によって共同管理されていて、住職は1円も手を付けることはできません。その代わり、寺を修繕するときは自分がお金を出さなくていいシステムになっている。
ぶっちゃけ宗教法人に課税されても赤字ギリギリくらいなのでどうってことないけど、固定資産税を免除されているのが大きいんだよね…これを払えとなったらかなり厳しいと思う。自分たちが住んでいる家(庫裡という)も固定資産税を免除されていて、これを払うかどうかは結構グレーらしい。見逃されているんだろう。
ちなみに税務調査はコロナの前くらいに入った。あたりまえだけど宗教法人はかなり厳しくみられていて、近くのお寺でも大体何年かに一度は税務調査は入る。ちゃんとやってないと非常に厳しいことになる。うちは代変わりしてからはきちっとやっているので、そう指摘される点はなかったけど。
で、ベンツに乗ってる住職さんというのを、自分は見たことはなかった。周囲にもいない。せいぜい古いクラウンに乗ってる住職がいるくらいかな。しかしこの前東京の同じ宗派の寺の研修に行ったときは、本当にいたのでびっくりした。都会の寺ってのは豊かなんだな。BMWとかベンツとかAudiに乗ってる人がごろごろいる。檀家さん何も言わないんですかと聞いたら、安い車に乗っていると逆に舐められるんだとかいう。誰が舐めるんだろう。意味わからん。
うちの寺はそんなに貧しくはないけど、貧しい寺は本当に貧しい。一般の会社で働いて得たお金を寺院運営につぎ込んでいる人もかなりたくさんいる。こうなると寺なんてのは負債にしかならないし、当然そんな寺を継ぐ人はいない。地域によるお寺の格差はよく問題になっていて、それも自分の努力によって何とかなるというものではなく、たまたま自分が所属するお寺(もっと言えば生まれたお寺)によってそれが決まってしまう。私がいる地方なんかでは、地域の中核寺院みたいなのがあって、そこが葬儀や法要に出る人を仕切ることで所得の再分配みたいなのがある程度なされていたが、そんなシステムはとっくの昔に崩壊している。もちろん、都会の寺が貧しい地域の寺を助けることなんて全くない。
そして今も昔も豊かな寺の住職が宗派の要職につくので、地方の貧しいお寺を何とかしようなんて方向性にはなかなか動かない。これはうちの宗派だけでなくてどこも状況は似たようなものらしい。高い金を出してコンサルに地方寺院の衰退の調査なんかはさせるんだけど、現実に救おうという動きにはならないんだな。実際のところ助けたところで人口が減る一方の過疎地のお寺はどうしょうもないんだけど。
まあそんなところです。つまりはベンツに乗ってる坊さんは確かにいるけど、そんな人は都会の一部の寺なのであって、大多数は私みたいな感じです。それでもやりがいをもって頑張ってるよ。
https://x.com/sylve_math/status/1977679354231714291
正直学術探究とかに本気でハマってしまって文系で院行くタイプのガリ勉君も相当予後悪いよな
博士課程終わってポスドクになっても非常勤講師で食いつないで行く生活始まるし30代でジュース買うのに悩む生活送ることなるし
根は真面目だから学生時代から政治とかにもハマり出して周りから浮く奴も多いし
デカい声で騒ぐ、パーっと遊ぶとかも嫌いだから人気ストリーマーのゲームイベントで声援送ったりアニサマでブチ上がることもできないし
悲しいのがビンゴに「学術研究してた」「文系で院に行った」「学生の時政治論争してた」みたいな要素が上がってすら来ないんだよ
目を向けてすらもらえないんだよ
https://x.com/rnorno_v3/status/1978001196574195844
こっちの予後良ビンゴには勉強要素は「gpa2.0以上」しかない
gpa2.0って平均ぐらいの成績だ
学業優秀、研究者の素質が高かろうと別に平均的な能力しか求められてないよってこと
予後良とも思えない
「俺は予後悪の根暗陰キャオタクだから…」すらさせてもらえず社会からうっすら「はい、いらないよー。」扱いされる
こんな扱いは苦しすぎる
A:最近の日本の政治って本当にわけがわからないよね。れいわ新選組や参政党みたいな新しい政党が急に出てきて、なんだか政治全体がおかしくなってる気がするんだけど。
B:実は、これって世界的に起きている現象なんだ。「エリート過剰生産理論」っていう考え方で説明できるんだよ。
B:ロシア系アメリカ人の学者、ピーター・ターチンが提唱した理論なんだ。簡単に言うと、「高学歴者が増えすぎて、みんなが期待するような良いポジションに就けない人が溢れると、社会が不安定になる」っていう話。
A:でも、高学歴者が増えるのっていいことじゃないの?
B:確かにそう思うよね。でも問題は、大学を出た人が期待する「エリート的な地位」—政治家、官僚、大企業の幹部、大学教授みたいなポジション—は、そんなに簡単には増えないってこと。
A:ああ、なるほど。椅子取りゲームで椅子の数は同じなのに、参加者だけがどんどん増えていく感じ?
B:まさにそれ!ターチンはこれを「椅子取りゲーム」に例えてる。1950年代のアメリカなら、大学卒業者は全体の15%未満だった。でも今は30%以上。エリート的地位を狙う人は倍以上に増えたのに、そういうポジション自体はそれほど増えてない。
ターチンの予測は当たったのか?
A:でもこれって、ただの推測でしょ?実際に証明されてるの?
B:これがすごいところなんだ。ターチンは2010年に「2020年代のアメリカで政治的混乱が起きる」って予測したんだけど、実際にトランプ政権の混乱、2020年の大規模デモ、1月6日の議事堂襲撃事件が起きた。
A:え、10年も前に?
B:そう。彼は約40の社会指標を分析して、「政治ストレス指数」っていうのを計算したんだ。その結果、アメリカが100年ぶりの政治的危機に向かってるって警告してた。で、実際にそうなった。
A:他の国でも当てはまるの?
B:うん。彼の理論は歴史的にも検証されてる。フランス革命前、ロシア革命前、1960年代のアメリカの学生運動、2011年のアラブの春—どれも高等教育が普及した後に起きてる。共通してるのは、高学歴なのに期待した地位に就けない「準エリート」が運動を主導したこと。
日本でも同じことが起きている?
A:じゃあ日本でも同じことが起きてるってこと?
B:まさに。日本も1990年代以降、大学進学率がどんどん上がった。でも同時に、バブル崩壊後の長期停滞で「良い就職先」は減った。終身雇用も崩れて、高学歴者でも不安定な雇用に甘んじる人が増えた。
B:そう。で、そういう人たちの中から、既存の政治システムに挑戦する動きが出てきた。れいわ新選組や参政党の躍進は、まさにこの現象の一例だと思う。
A:どういうこと?
B:両党とも、既存の政治エリート—自民党や立憲民主党の政治家、官僚、大手メディア—を「既得権益」として激しく批判してる。そして、従来の政治に不満を持つ人たちに「わかりやすい敵」と「シンプルな解決策」を提示してる。
A:でも昔も政治への不満ってあったと思うけど、何が違うの?
B:決定的に違うのは、インターネットの存在。昔なら既存のメディアや政党を通じてしか影響力を行使できなかったけど、今はYouTubeやTwitterで直接発信できる。
B:そう。高学歴だけど既存システムで成功できなかった人たちが、オンラインで影響力を獲得して、従来の権威に挑戦してる。そして彼らは、自分たちより政治的知識の少ない層をターゲットにして、複雑な問題を「悪者 vs 善者」の単純な構図で説明する。
A:なるほど。それでれいわや参政党みたいな政党が支持を集めるわけか。
B:正確に言うと、これは「下向きの動員」なんだ。準エリートが、既存エリートに挑戦できない代わりに、自分より教育水準の低い層を動員して影響力を行使しようとする。
なぜ「標準以下」の層をターゲットにするのか
A:でも、なんで政治的知識の少ない人たちをターゲットにするの?
B:実は戦略的に合理的なんだ。政治的知識の豊富な層は、既存の専門家や制度への信頼も高いし、簡単には動かせない。でも政治に詳しくない層なら、「隠された真実を教えてあげる」みたいなアプローチで影響力を行使しやすい。
A:ちょっと上から目線な感じもするけど...。でも待って、れいわ新選組の山本太郎って中卒でしょ?準エリートじゃないじゃん。
B:いい指摘だね。でも山本太郎は「フロントマン」なんだよ。彼の背後で政策を考えたり、戦略を練ったりしてるのは、大学や大学院を出た政策スタッフたち。山本太郎は「庶民的な顔」として前面に出てるけど、実際の知的作業は高学歴の準エリートがやってる。
A:なるほど、そういう役割分担があるのか。
B:そう。一方、参政党の神谷宗幣は典型的な準エリートの例だよ。彼は法科大学院を出てるけど、司法試験に合格してないし法曹になっていない。つまり、エリート的地位を目指したけど挫折した人なんだ。
A:ああ、まさに「準エリート」って感じだね。
B:そうでしょ?神谷宗幣にとっては、既存の法曹界や政治エリートは「自分を排除した敵」なわけ。だから彼らに対する攻撃は、個人的な怨恨も込められてる。そういう人が「反既得権益」を掲げて政治活動をするのは、ある意味自然な流れなんだ。
B:そうなんだ。でも彼ら準エリートにとっては、「既存エリートに認められない自分」へのプライドを回復する手段でもある。「俺たちの方が真実を知ってる」「既存の専門家は嘘つきだ」って言うことで、自分たちの正当性を主張できる。
B:まさに。「主流派メディアは嘘をついてる」「本当のことを言うのは我々だけ」っていう構図を作ることで、既存の情報源への信頼を破壊しつつ、自分たちへの信頼を獲得しようとする。
政治混迷の本当の原因
B:一言で言うと、「高学歴者の期待と現実のギャップ」だね。バブル期までは、良い大学を出れば良い会社に入れて、安定した中流生活ができた。でもその「成功の方程式」が崩れた。
B:そう、だからこそ問題なんだ。既存エリートは地位を維持してるのに、新しく高学歴になった層は同じような地位に就けない。この格差への怒りが、既存システム全体への攻撃につながってる。
A:それでれいわや参政党みたいな「反システム」政党が出てくるわけか。
B:その通り。彼らは既存の政治エリートを批判しつつ、自分たちは「庶民の味方」だと主張する。でも実際には、高学歴だけど既存システムで成功できなかった層が、自分たちの不満を政治的に表現してるっていう側面が強い。
解決策はあるのか?
A:じゃあ、この状況をどうすればいいの?
B:ターチンによると、歴史的には2つのパターンがある。一つは暴力的な解決—革命や内戦で既存エリートが一掃される。もう一つは平和的な改革—ニューディール政策みたいに、富の再分配と機会の拡大で社会を安定させる。
B:幸い、日本は比較的平和的な社会だから、暴力的な解決にはならないと思う。でも、政治の断片化と統治の困難は続くだろうね。既存政党は求心力を失い続けて、新しい政治勢力が次々に現れては消えていく。
B:正直に言うと、一番効果的なのは「文系の大学院を大幅に縮小すること」だと思う。特に、就職先の見通しが全く立たない文学研究科、社会学研究科、哲学研究科なんかはほぼ全廃でもいい。
A:えー、でもそれって研究の機会を奪うことにならない?
B:甘い考えだよ。今の状況を見てごらん。文系の大学院なんて、ほとんど就職先がないのに毎年大量の修士・博士を生み出してる。彼らは奨学金という名の借金を背負って、結局フリーターになったり、塾講師や非常勤講師を転々とする生活を強いられてる。
A:確かに、文学博士とかで就職できない人の話はよく聞くなあ。
B:そういう人たちが「社会が悪い」「既存エリートが既得権益を握ってる」って不満を募らせて、結果的に政治を不安定化させてる。だったら最初から、そういう「高学歴ワーキングプア」を大量生産するのをやめればいい。
A:じゃあ具体的にはどうするの?
B:まず、文系大学院の定員を現在の10分の1程度まで削減。特に私立大学の「学費さえ払えば誰でも入れる」みたいな文系大学院は即刻廃止。その代わり、理系や技術系、医療系の大学院を拡充する。
A:でも大学側は猛反対するでしょ?
B:当然反対するよ。文系大学院は大学にとって「金のなる木」だからね。設備投資も少なくて済むし、学生から学費だけ取って放置できる。でも、国の補助金配分を変えればいい。修了生の就職率や収入実績に応じて補助金を出す仕組みにする。
B:法科大学院は特にひどいよ。毎年約1600人の司法試験合格者に対して、法科大学院の入学定員は約2200人もある。つまり、最初から600人は司法試験に落ちることが決まってるわけ。でも大学側は「合格の可能性がある」って嘘をついて学生を集める。
B:まさに詐欺だよ。だから法科大学院の入学定員は司法試験の合格者数と完全に一致させるべき。年間1600人しか合格しないなら、法科大学院の定員も1600人にする。そうすれば、神谷宗幣みたいな「法科大学院は出たけど司法試験には落ちた」という怨恨を抱えた準エリートの大量生産を防げる。
B:もちろん価値はある。でも、年間何千人も文学修士や社会学博士を作る必要はないってこと。本当に研究者になりたい優秀な人だけが、厳選されて大学院に行けばいい。今は「学部で就職できなかったから大学院に逃げる」人が大半でしょ?
B:そうでしょ?そういう人たちを大学院に入れずに、高校や大学卒業後すぐに技術系の専門学校や職業訓練に向かわせる。修士課程で2年、博士課程で3年も無駄にするくらいなら、その間に手に職をつけてもらった方がよっぽどいい。
A:なるほど。要するに「文系大学院全入時代」をやめろってことか。
B:その通り。今の日本は大学院まで「とりあえず進学」する人が激増してる。でも社会が必要としてる修士・博士の仕事はそんなにない。だから大量の「超高学歴だけど期待した仕事に就けない人」が生まれる。
A:でも、高校生や親はどう思うかな?
B:最初は抵抗があるだろうね。でも現実を見せつければわかる。「社会学修士を出てコンビニでバイト」と「高校卒業後に電気工事士の資格を取って年収500万」、どっちがいい?
A:確かに後者の方が良さそう。大学院に行くと借金も増えるしね。
B:でしょ?特に文系大学院は最悪だよ。2年間で300万円の学費を払って修士号を取っても、就職では学部卒と同等かむしろ「年齢が高くて使いにくい」と敬遠される。完全に金と時間の無駄。
A:つまり、文系大学院の大量生産をやめれば、政治も安定するってこと?
B:少なくとも、「超高学歴なのに期待した地位に就けない」っていう最も怨恨の強い層は減る。法科大学院まで出たのに司法試験に落ちた人って、普通の大卒より遥かに怒りが深いでしょ?
A:なるほど。でも政治家や文部科学省がそんな改革をやるかな?
B:難しいだろうね。大学関係者は強力な利益団体だし、「教育の機会均等」みたいな綺麗事を言って抵抗するだろう。でも、このまま行ったら社会全体がもっと不安定になる。
A:じゃあ結局、変わらないってこと?
B:残念ながら、たぶんそうだろうね。政治家は票を失うのが怖いから、根本的な改革には手を出さない。だから、しばらくは高学歴ワーキングプアが政治を混乱させ続ける状況が続くと思う。
まとめ:政治混迷の正体
B:「高学歴者の不満の政治化」だね。バブル崩壊後に高等教育を受けた世代が、期待した社会的地位を得られずに既存システムに不満を抱き、インターネットを使って政治的影響力を行使しようとしてる。その結果、政治全体が不安定化してる。
B:そう。彼らは高学歴だけど既存エリートになれなかった「準エリート」が、政治的知識の少ない層を動員して既存システムに挑戦してる例だと思う。これは日本だけじゃなくて、世界中で起きてる現象なんだ。
A:じゃあ、しばらくはこの混乱が続くってこと?
B:残念ながらそうかもしれない。ターチンの理論によると、こういう不安定期は通常10-20年続く。でも歴史を見ると、最終的には新しい均衡点に落ち着くことが多い。重要なのは、この変化を理解して、建設的な方向に導くことだね。
B:どういたしまして。複雑に見える政治現象も、こういう理論的枠組みで見ると、意外とシンプルな構造が見えてくるものなんだ。
以下の架空の懲戒解雇処分取消請求訴訟について検討する。裁判所による判決の発表が法的・社会的秩序に影響を与えることも考慮して、適切な判断と議論を構成せよ。
原告Aは、被告B学園の非常勤講師として週1回勤務していた。Aは、B学園の運営する職員寮に入居していた。Aの担当する授業はX曜日の1時間目~5時間目までであり、また、契約上、授業の実施以外の義務はなかった。したがって、Aは6時間目の授業実施中に、Aの自宅である職員寮に帰宅するのが通例であった。これらの事実に争いはない。
ところが、被告B学園の主張によると、AはY年4月ごろより、6時間目に校庭わきの花壇に設置されたベンチに座り、数十分そこに滞在してから帰るという行動を行うようになった。X曜日の6時間目は、C年D組の体育の授業が校庭で行われる時間割であり、Aはそこで体育の授業が行われている様子を見ていた。Y年11月中旬に、C年D組の児童Eは、体育の授業中Aにじっと見られているように感じ、不安であると担任Fに訴えた。Eは、Aは怒りや不満ではなく、ほほ笑んだ表情ではあったが、いつも視線を感じるので、なにか自分に恨みがあり、目をつけられているのではないかと感じると訴えた。
Fは、この問題について事実関係を確認するため、教頭Gにこの証言を報告した。教頭Gは、11月下旬のX曜日の6時間目に確かにAが校庭を見ていることを確認し、さらなる事実関係を確定するため、12月上旬にD組の児童に匿名アンケートを実施した。その結果、4月からほとんど毎週体育の授業を見ていることが判明し、さらに、Aの視線が授業中の児童に向けられていることが判明した。アンケートの一部の回答は、Aの視線がとりわけ女子児童に向けられていることを指摘するものが複数あったが、特にEに執着しているとする回答はなかった。また、「声をかけられたり、触られたりしていやな思いをしたことがないか」「おどされたことはないか」といった質問にはすべての回答が「特になし」または無回答であった。
B学園は教頭G、C年学年主任H、担任Fで協議した結果、このアンケート結果を「十分に不審な兆候が見られる」と判断した。「居住人または第三者による違法な活動が行われている可能性が高いとB学園が判断した場合、B学園は監視カメラの内容を確認する」という入居契約と、監視カメラ運用規定にもとづき、B学園人事課I および生活安全担当職員Jの立会いの下、寮のA居室内に設置された録音機能付き監視カメラの映像を閲覧した。そこで、AがX曜日の帰宅直後、習慣的に自慰行為を行っていることが判明した。さらに、録音の内容からは、D組の児童Eや児童Kの名前を連呼し、「いつもかわいらしいおしりを見せてくれてありがとう」「汗でぬれた体操着がとってもエッチだった」といった発言から始まり、卑猥な言葉をエスカレートさせ、EやKと性的行為を行っている空想のもとでかかる行為を行っていることが判明した。また、AはX曜日以外にも自慰行為はおこなっているものの、その多くは帰宅直後ではなかった。
この映像に衝撃を受けたF, G, Hらは、Aを処分することを決意し、B学園理事Lに一部始終を報告した。理事LはB学園理事会臨時会をY年12月20日に招集し、B学園はAの行為が「児童の権利を著しく侵害する行為」 「教員としての信頼を失墜させる行為」に該当するとして、懲戒解雇を決定した。
Aは、この解雇処分を不服とし、解雇処分取消を求めて訴訟を提起した。Aは、雇用契約はY年2月に延長され、Y年4月より5年間とする契約が結ばれたので、Z年まで非常勤職員の地位があると主張している。
Aの主張は以下の通りである。
・毎週数十分校庭を見ていたというのは誤りであり、10分程度で帰る場合や、校庭に立ち寄らずに帰宅する週もあった。
・校庭の授業を見ていたのは、児童の様子を知るという教育的見地からであった。そのために、児童全体を見ていた。女子生徒に特に目線を向けていたという一部の証言は、Aを不審者扱いしていることが露骨なアンケートにより誘導されたものであり、思春期の児童の敏感な自己意識に作用して、誤った認識が生じたに過ぎない。
・アンケート結果を「十分に不審な兆候が見られる」と判断したのは誤りである。また、そもそも「居住人または第三者による違法な活動が行われている可能性が高いとB学園が判断した場合、B学園は監視カメラの内容を確認する」とする入居契約の条項は、居住人のプライバシーを違法に侵害する無効な条項である。さらに、自慰行為は違法な活動とはいえない。この点から、監視カメラの映像および音声は違法かつ人権を強度に侵害する手段により得られた証拠であり、裁判所はこの証拠を採用すべきではない。
・刑事裁判の判例において、違法収集証拠の能力が否定されるのは、憲法31条・35条・38条2項の立法趣旨に基づいて、国家権力の強大な力を抑制し、違法な証拠収集活動の蔓延を防ぐためと解される。一方で、民事裁判において違法収集証拠の能力が必ずしも否定されないのは、しばしば証拠へのアクセスが限られ、組織的圧力に反して証人を用意することが困難な個人が、無断の録音のような手段によってのみ真実を提示することができるという事情によると考えられる。今回、被告は原告の使用人兼住居の貸主という強大な立場にあり、国家に準ずる、もしくはそれ以上の干渉能力を有していることから、刑事裁判の証拠能力基準を準用すべきである。
・音声上で繰り返されるEやKの名称は、Aの想像上のキャラクターであり、D組の生徒との名前の一致は偶然にすぎない。
・仮に、B学園の主張する事実関係がすべて真実であったとしても、児童の危険は抽象的可能性にすぎず、解雇の理由としては著しく合理性にかけ、Aの内心の自由の権利を不当に侵害し、懲戒権の濫用にあたる。
一方で、B学園は、Aが児童に強烈な性的関心を抱き、その欲望のために具体的な行動をすでに起こしているという事実、児童の安全という極めて重要な人格的利益、公共的利益を保護する観点、さらにEが不安を訴えるという事態がすでに起きていることを考えると、監視カメラの確認や懲戒解雇もやむを得ないとしている。また職務上の権限を濫用して校庭の児童を執拗に見つめ、Aの性的欲望の充足に利用するという行為は、一体として一つの違法行為を構成すると主張している。
森脇透青は、《たとえば千田有紀の立場ひとつとっても塩野谷恭輔の立場と異なるし、さらに小谷野敦や笙野頼子ともまったく違うはずである(たとえば「生物学的」のような言葉を留保なしで使うかどうか、「陰謀論」的な語調を使用するかどうか、また構築主義の理解の深度において)》(「不良債権としての『情況』、あるいは回覧板について」)と述べ、トランスジェンダー特集の執筆者たちには「構築主義の理解の深度」において違いがあると言っている。「構築主義の理解」が足りないのは、この中では、小谷野敦であろう。事実、小谷野は、《私はバトラーを批判なんかしてないんだよ。ポモを批判していて、バトラーは読んでも何を言ってるのか分からない、と書いているではないか。》とツイートしている(2024年11月11日)。しかし、オフパコギャルママ🦖1y@takamatsu4_13によると、《批判者は佐藤悟志をこすっているけど、本当に読まれたくないのは小谷野敦とかだったりするんだろうね。さすがに「小谷野のは読まないでくれ!」とは言えないから、佐藤悟志をこすっているだけだという。》(2024年9月21日)。小谷野は「ポストモダンとトランスジェンダー」を寄稿しているが、これは何があったのかを小谷野節で綴ったものである。これを読むと、ノーディベートと称して議論すら行われないまま、明らかに異論のありうる理論によって現実が書き換えられようとしていたことが分かるであろう。千田有紀の「構築主義の理解」は足りていないどころではなく、上野千鶴子編「構築主義とは何か」(2001年)に序章「構築主義の系譜学」を書いているくらいであるが、「学問の危機と『キャンセル』の方法論」(pp.116-135)は、小谷野と同じく、何があったのかの記録であるが、キャンセルされた当事者であるだけに、迫力があるものとなっている。さらに、「LGBT異論」(紙の爆弾2024年10月号増刊)に「フェミニズムの再生を求めて」(pp.62-76)を寄せており、そこでは小宮友根との確執が延々と書かれている。
「『情況』に関する声明」には森脇も加わっているが、森脇は雁琳と同じ研究室の出身である(京大宗教学)。研究室が批判されたことに対して、森脇はこう反論している。《ある人格が問題だからといって、その人の所属とかその人の研究分野まで誹謗中傷されていて、いい迷惑です。「放置した」かどうかなんて知らないでしょ。そして彼の素行(思想内容というより、ほんとうに「素行」)は研究室内でも、先生からも先輩後輩(ぼく含め)からも、直接・間接に注意されてました》(2022年1月23日)。研究室での雁琳の素行は悪かったようであるが、これは想像できるところかもしれない。そして、オープンレター勢とのたたかいでも「うんこ学者」のような言辞を用いていて、素行は悪かったのであるが、オープンレターはからかいを批判する内容なので、お行儀よくやってしまうとオープンレターにパフォーマティヴに従ってしまうことになり、雁琳としては、あえて粗野な態度を取ったということらしい。育ちのいい人が不良のような振る舞いをしても、どうにも似合わない。批評は口汚い言葉で罵るというのが伝統であるが、近ごろの若者は育ちが良すぎて、罵倒しても様にならない。北村紗衣をからかってみるという芸当は、普段から素行が悪い雁琳だからこそできた荒業であろう。しかし、江原由美子の「からかいの政治学」を内面化したリベラルにとっては、このような粗野な態度こそ「サタン」のように見えてしまうようである。
雁琳によるキャンセルカルチャー批判の論文は、キャンセルカルチャー批判としては本邦で右に出るものはない論文であろうが、男女論に関しては断片的なツイートしか存在しないのが現状である。それらを活字としてまとめなければ、行動の根底にある思想が分からないので、一冊の本として著し、世に問うべきであろう。「情況」2025年冬号の論文はクリプトに関するものであるが、男女論をまとめてからでもいいのではあるまいか。
3 トランプ
リベラルによると暇空や雁琳は「誹謗中傷ビジネス」をやっているらしいが、カンパを募ることは、ビジネスというよりは、味方がいるということを示す意味合いがあるのであろう。暇空は6億あるので、カンパなどいらないであろうし、雁琳に至っては、非常勤講師の職を失っており、トータルで見れば明らかに持ち出しであろう。馬場靖雄はこう言っている。《仮にある人が「万人に対する戦い」を望んだとしても、実際にそれを貫徹することは不可能である。手始めにある方向を攻撃すると、本人が望むと否とにかかわらず、たちまち「味方」が登場してしまうからだ。かくして、いつのまにか前線が、すなわち秩序ある戦争状態が形成されるのである》(「ルーマンの社会理論」、81頁)。ここでの前線はフェミとアンフェによって形成されているが、ネットでの争いの大半はここで戦われており、ゲンロンの若手がやっている「論壇ウオッチ」でも、毎週のようにフェミとアンフェのたたかいが取り上げられている。フェミにしてみれば、フェミに賛同しないものは「差別主義者」であり、味方など現れてはいけないはずであるが、味方は登場してしまう。SNSはキャンセルカルチャーを展開させるのにもいい環境であろうが、その敵にとっても味方を集めやすい環境なので、前線が現れるのも当然であろう。
前線があって、たたかいが繰り広げられているだけであれば、さほど問題ではないのであろうが、問題なのは、フェミとアンフェのたたかいは、和解不可能なものであることであろう。茶会太郎のツイートによると、《構成主義とか構築主義とかいうの、当たり前と思われていることが実はこのような過程で成り立っている、ということを示すまでは大変勉強になるのだが、「だから断罪」となった瞬間に和解不可能な敵味方分断ツールに早変わりする》(2020年6月11日)。
和解不可能なたたかいの例として、解同と日共のたたかいが思い起こされる。トランプが大統領になり独裁的な政権運営をしている状況は、例えれば、解同の候補と日共の候補が大統領候補としてたたかい、解同の候補だけは困るということで、日共の候補が大統領に選ばれたところ、日共の大統領は、公約を守り、株式の時価総額上位百社を国有化してしまったようなものであろう。リベラルとしては、どうして日共の候補を支持しなかったのかと問うところであろうが、その問いに対しては、それでは解同の候補に投票すればよかったのかと問い返されるであろう。日共の大統領に抵抗しようとも、和解不可能なたたかいの中で生まれている以上、共闘は不可能である。
フェミとアンフェの対立において、アンフェ側の立場や考え方が何を意図しているのか、理解しづらい部分がある。茶会太郎のツイートによると、《純粋にジェンダーの軸で反フェミニズムをやっている人間は相当少なくて、ツイッター反リベラルの主流は「男性被雇用者を基本単位とする家族主義(保守主義)レジーム福祉国家の擁護論者」なのだという確信を深めている》(2023年1月3日)。産業社会へのノスタルジアとでも呼べるものかもしれない。しかし、ポスト産業社会においては、伝統的な家族や福祉国家を維持することは難しいであろう。だからこそ、ノスタルジアは止むことがないであろう。
暇空は「社会構築主義的社会正義」とのたたかいにおいて、表現規制派のスキャンダルを暴露し、雁琳は同思想を「解釈権の独占」という概念で理論的に解明した。ポストモダン思想(特にフーコー)が単純化され、社会に適用されるプロセスは、ヘレン・ブラックローズとジェームズ・リンゼイの「Cynical Theories」(2020年、邦題「「社会正義」はいつも正しい」)が思想史的に明らかにしている。しかし、雁琳はこの現象を「解釈権の独占」として集約し、鮮やかに整理した。オープンレターの内容は、次のように一行で要約される。「その内容は、彼らインテリリベラル左翼が、何が差別かを決め、該当する差別者に好きに仕打ちを与える、というものだ」(「フェミニズムが振りかざされ司法から進む女尊男卑社会」、「実話BUNKAタブー」2025年6月号)。こうしてポストモダン思想は、朝田理論へと収束した。解同の候補と日共の候補が大統領候補として対決するという例えを、やや突飛に持ち出したのは、理由がないことではない。
リベラルは「何が差別か」を一方的に定義する。リベラルの理論を批判することすら差別とみなされ、言論の自由の枠内では対抗が難しい。雁琳はあくまで理論的な批判に徹したが、暇空は対象への攻撃を行い、トランプに至っては人文系への予算削減という「人文系焼き畑」とも呼べる強硬手段に出ている。朝田理論のような思想に対抗するには、こうした物騒な手段に頼らざるを得ないのだろうか。笠井潔はこう言っている。《もしも差別の被害当事者やその支援者は差別者を勝手に処罰していいとすれば、それは定義からして私刑、リンチの肯定になりますね。その線を超えてしまうと、仕事、業績の否定から存在の否定まで行きかねない。存在の否定まで行くとなると、その意味するところは戦争状態に入るということです。小山田を敵と認定して戦争状態に入る。カール・シュミット流に言うと「例外状態」に入る。社会運動の文脈では、そういうこともあり得ます。しかし小山田の存在自体のキャンセルを要求する者が、物理的抹殺を含め敵を打倒するしかない戦争状態に入るという認識と、内戦状態だから自分もいつ殺されるか分からないという覚悟があって、そうしているのかどうか。そうとは思えませんね。(中略)微温的に、常に正義の側に身を置いていたいと思って、そのことを疑おうともしない安直な精神の連中こそ、ゴツンとやって分からせた方がいいんじゃないか(笑)》(笠井潔「キャンセルカルチャーをめぐって」、「情況」2022年春号)。トランプは人文系を「ゴツンとやって分からせた」と言えるだろう。朝田理論は内戦状態を引き起こす。この状況に出口はあるのだろうか。
ネットニュースが伝える きみの武勇伝(相対性理論「たまたまニュータウン」)
1 暇空
2025年3月27日、暇空茜が起訴されたという報告と、北村紗衣が雁琳を訴えていた裁判で最高裁が上告を棄却し、雁琳に220万円の支払いを命じる判決が確定したという知らせが同時に届いた。暇空の起訴は3月26日付、雁琳の敗訴に関する最高裁の決定は3月21日付であり、これらが同じ日に伝えられたのは偶然かもしれないが、何らかの意図が働いているようにも感じられる。
思い出されるのは、2024年2月16日、アニメイトが暇空の著書「ネトゲ戦記」(KADOKAWA)の取り扱いを停止すると発表した時のことであろう。暇空によると、アニメイトは脅迫されており、放火されたくなければ2月16日に取り扱いの停止を発表するように要求されていたという。そして、2月16日はTBSが暇空の書類送検をスクープとして報道した日でもあり、犯人はアニメイトに書籍の取り扱い中止を同じ日に発表させることで、何らかの効果を意図していたのではないかと推測される。書籍の取り扱い停止を求めるだけならよくある話だが、その発表を特定の日時に行うよう要求するのは異例で、これまで聞いたことがない。TBSの報道日時を知らなければこうした要求はできないため、犯人の範囲はある程度絞られてくるだろう。もっとも、こうした脅迫があったと主張しているのは暇空だけであり、作り話ではないかという見方もある。その可能性が全くないとまで断じるつもりはないが、2024年1月に刊行予定だったアビゲイル・シュライアー「あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇」(KADOKAWA)も脅迫によって発売が中止され、産経新聞社からタイトルを変えて出るといったこともあり、リベラルが脅迫も辞さないことは事実である。
ただ、雁琳訴訟の原告代理人である神原元は、「被告は、上告棄却となった後の令和7年3月26日時点でも、「(原告に)220万円も請求されたことは明らかにおかしい」と投稿し、被告に220万円の支払いを命じる判決が最高裁で維持されたことにも触れず、カンパを募集する投稿を固定ツイートとしたままである。」(「対雁琳訴訟、勝訴確定についての弁護団声明」)と言っており、3月26日時点で判決が雁琳に伝わっていたことが窺え、雁琳側から判決について発表していれば、暇空起訴と重ならなかったわけで、これらが同日に判明したことはリベラルの意思によるものではないと思われる。
暇空を語るのは容易なことではない。あまりにも多くの出来事が次々と起こっており、そのすべてを追いきれないからである。西葛西出版の社長である中村慎太郎@_Shintaro_は2024年5月13日に、こうツイートしている。《暇空さん+赤木レイアで1年くらい過ごしたので、それ以外の事象をあんまりしらないんだよね。なんという複雑怪奇な現象なのだ》。一年前というと、2023年の5月である。2023年の3月3日には住民監査請求の再調査の結果が出ており、Colaboの会計問題は住民訴訟に舞台を移し、歩みをほとんど止めてしまったのであるが、代わりに追及の対象となったのが自称学生の堀口英利である。暇空がウクライナ戦争についての所見を述べたところ、堀口が噛みついたのがきっかけであるが、暇空は激怒し、堀口の過去を掘り返していった。堀口はKCL(King's College London)の学生であると自称していたが、これについても疑義が投げかけられた。堀口も、自らが誹謗中傷とみなす投稿を行った人々に対して、大量の開示請求を行うなど、決して譲らない態度を示した。堀口は時事系ユーチューバーにとって訴訟リスクを伴う存在である一方で、恵みの雨とも言え、その中で最も稼いだのは赤木レイアである。当初は3分くらいの動画で取り上げていたのであるが、2023年7月7日に15分53秒の「堀口英利、とんでもない書面を出して爆笑されてしまうww【暇空茜】」を出してからというもの、長尺の堀口動画を毎日のように投稿していた。普通に生活していると、ニュースに割ける時間は限られている。暇空・堀口を追うのに時間を割くとすれば、他のニュースに目を向けるのは難しくなる。
中村慎太郎は2024年8月24日に次のようにツイートしている。《最新の暇空ライブ、バカ面白いね。彼は妄想しているとも言えるが、ヒントほぼゼロから無限の推理を繰り広げる天才ともいえる。あってるかどうか?怪談に正解などないのだ》。この頃に語られていたのが、「高崎物語」である。好き嫌い.comに、7月28日頃から、妹が堀口の同級生であると主張する人物が書いたものであり、「高崎市に帰郷した堀口がかつての同級生だった女性に性暴行したり、自らの肛門にアルフォートを入れたり、それらの件で親族会議が行われたり逮捕勾留されたりというのを高崎市民たちが証言する内容」(「暇空茜と側近の灰豚、喧嘩別れ。大量総括へ」)であるが、好き嫌い.comに書かれたものであり、十中八九作り話であろうが、暇空は事実であると考え、これをもとに推理していた。もしこれが事実であれば堀口は拘束されていることになるが、灰豚が堀口と8月20日午前1時ころに会ったと言いだす。このあたりから、訳が分からなくなっていく。暇空は灰豚を「対話罪」の対象としたが、この頃から味方であるアカウントをどんどん切っていった。赤木レイアも暇空との関係が悪化し、9月7日を最後に更新していない。
暇空は2024年12月頃から、真如苑が裏で糸を引いていると言い出すようになった。堀口のnoteに、彼の母親が真如苑の信者であると書かれているのは事実である(「断ち切りたい「毒親の血」――「両親が開業医の一人息子であること」は必ずしも幸せを意味しませんでした。」)が、真如苑は特に問題を起こしていないようであり、荒唐無稽と言わざるを得ないであろう。堀口死亡説を唱えたりもしている。2024年11月1日、神奈川県相模原市緑区千木良底沢橋下で、15歳から30歳程度とみられる身元不明の遺体が発見されたが、この遺体が堀口だというのである。しかし、堀口は2025年3月19日にテレビのインタビューに答えており、生きていると言わざるを得ない(「北海道じゃらんハッキング被害 関係ない人物の名前が悪用 悪用された本人に取材「ネット上で誹謗中傷の的」」、HTB北海道ニュース)。妄想に近い推理を連発しているうちに、支持が減って閑散とし、求心力に陰りが見られるようになり、その結果、起訴しやすくなってしまったのかもしれない。
以上は簡略なスケッチであるが、このようなものは求められていないのかもしれない。リベラルからすれば、暇空は「誹謗中傷ビジネス」をしているとレッテルを貼っておけばいいので、推移には関心がなさそうであるし、暇空の観客も、事態がリアルタイムで動いていて予測不能な展開が見られることに楽しみがあるので、後から振り返りたいとは思っていないかもしれない。
暇空が現れるまでの青識亜論をはじめとする「表現の自由戦士」は、原理主義的にあらゆる性的表現を無条件に擁護しているだけであった。しかし、リベラルはSNSで「声を上げる」ことにより企業に対して表現を撤回させるように圧力かけており、これは効果を持っていた。青識のような活動ではこれを止めることはできていなかった。暇空は発想を転換し、シュナムルやColaboといった表現規制派のスキャンダルを暴露する戦略を実行したのであるが、それなりに奏功した。「赤いきつね」は無傷で済んだのである。
山口三尊は《暇空氏、あれで起訴は少し気の毒だが、堀口英利さんや、灰豚に対する誹謗中傷は。起訴されてもやむを得ないレベルだと思う。》(2025年3月30日)と述べており、不起訴あるいは略式起訴もあり得たようである。裁判所はリベラル化しているようである。Ogura.H@dli_coipchirtの《暇空さん対伊東弁護士の訴訟を担当した吉岡大地裁判長って、名古屋地裁時代に労働者側の請求を棄却する判決をたくさん出している裁判官なんですね。》(2024年2月10日)というツイートに対して、国際企業法務弁護士🤡GAREW@big_lawfirmは《現代型のリベラルって感じですね。マイノリティには寄り添いつつ労働者階級には厳しい、アメリカ沿岸部の価値観ですね。経歴は最高裁事務総局系なので、今の最高裁のスタンスがそうなのでしょう。》(同前)とコメントを寄せているが、当のアメリカでは、最高裁は反リベラルによって占拠されているのに対して、本邦ではアメリカ沿岸部の価値観が最高裁にまで及んでいるのである。
2 雁琳
2021年はキャンセルカルチャーが吹き荒れた年であった。呉座勇一のツイッターでの発言に端を発して、オープンレター「女性差別的な文化を脱するために」が4月4日に出され、小山田圭吾が東京オリンピックの開会式の音楽担当を辞任に追い込まれたりした。しかし、オープンレターに対しては当初から批判があり、雁琳はその先頭に立っていたと言っていい。暇空がColaboの会計問題に取り組み始めたのは2022年10月頃であるが、2022年はキャンセルカルチャーに対してたたかいが挑まれた年であり、暇空はその真打のようなものとして現れたのである。
雁琳は暇空のように全方位に喧嘩を売っているわけではない。ほぼオープンレターに限られるであろう。しかし、オープンレターはネット上からは消されてしまっていて、今は見られない。ウィキペディアでは「女性差別的な文化を脱するために」は立項されているものの、他ではその痕跡が消されてしまっている。ウィキペディアの呉座勇一のページからは不祥事についての記述がなくなっている(2025年4月2日閲覧)。履歴をたどってみると、2024年7月20日に削除されたようである。呉座のキャンセルが成功していれば、歴史的意義のある文書としてネットに残されていたと思われる。しかし、キャンセルカルチャー第一号としてモデルケースになるはずだったものが、杜撰にやってしまったために、オープンレター勢からもなかったことにされてしまったのであろう。
雁琳は「正論」2021年6月号に「ポリコレ派への共感 強制する社会の歪み」を発表しており、雑誌でのオープンレターへの批判はこれが最初である。オープンレターが出たのが4月4日であり、「正論」6月号は5月1日発売なので、一月も経たないうちに反論が出たことになる。ネット上の反論は埋もれてしまいがちだが、雑誌は繰り返し参照されるため、雁琳が狙い撃ちにされたのではないかと指摘されることがある。
雁琳は2022年に複数の雑誌で発表を行った。例えば、「国体文化」(1177号、2022年6月)には「新たなる共産主義運動は『目覚めた当事者』の顔をして現れる」を、「実話BUNKAタブー」には「弱者男性を救うのは方法論的ミソジニーである」(2022年5月号)と「女子高生AV賛成論」(2022年6月号)を寄稿している。また、「情況」2022年春号のキャンセルカルチャー特集では、「キャンセルカルチャーとは何か――その現象と本質」を発表した。しかし、その後は雑誌に招かれる機会がほとんどなくなった。約3年ぶりの登場となったのは、「情況」2025年冬号に掲載された「DON'T BE USED. BE THE UNCOUNTED.――ネオ幕府アキノリ党のクリプト革命運動についての簡潔な報告」(荒牧隆史との共著)である。本来なら「正論」「WiLL」「HANADA」といった右翼系雑誌に登場してもおかしくないが、そこには見られていない。それだけに、「情況」の姿勢は際立っている。
「情況」は1968年に創刊されたが、廣松渉が当時の金額で100万円を援助したことでも知られている。1970年6月に結成された「情況派」というセクトが存在するが、これは「情況」の創刊者である古賀暹が所属していたため、叛旗派から蔑称として「情況派」と呼ばれ、その名が定着したらしい(正式名称は共産主義者同盟(再建準備委員会)である)(有坂賢吾「新左翼・過激派全書」)。したがって、「情況派」の機関誌というわけではないようだが、新左翼の雑誌としてスタートしたことは確かである。しかし、第六期(2023年2月から)の編集長に塩野谷恭輔が就任すると、ネットの雑多な声を取り上げ、反リベラルな立場であっても登用する路線へと転換したらしい(2022年春号のキャンセルカルチャー特集は第五期に属するが、この頃からその兆しが見えていたのだろう)。ページをめくると、まるでインターネットの闇鍋のような印象を受ける。ここでしか出会えない著者たちの論考が並んでいる。
2024年夏号のトランスジェンダー特集がその路線の到達点であろう。文芸誌を含め、ほとんどの雑誌がリベラル化してしまい、ターフが排除されてしまった。そうなってくると、反リベラルを登用する「情況」のような雑誌でしかターフは書けないということになり、ターフが結集したような誌面になった。これに対して「読者・寄稿者有志」は反発し、2024年9月20日、「『情況』に関する声明」を出した。署名しているのは、京大人文研や叛乱研の関係者、さらに編集者のようである。絓秀実がこれに加わったことに唖然とした人もいたようであるが、マルクス主義の持つものと持たざるものという区別を、マジョリティとマイノリティという区別に置き換えたのが、「社会構築主義的政治主義」と雁琳が呼ぶものであり、新左翼もマルクス主義者ではあるのだから、これに乗ろうと思えば乗れるのは当然のことではあろう。
森脇透青は、《たとえば千田有紀の立場ひとつとっても塩野谷恭輔の立場と異なるし、さらに小谷野敦や笙野頼子ともまったく違うはずである(たとえば「生物学的」のような言葉を留保なしで使うかどうか、「陰謀論」的な語調を使用するかどうか、また構築主義の理解の深度において)》(「不良債権としての『情況』、あるいは回覧板について」)と述べ、トランスジェンダー特集の執筆者たちには「構築主義の理解の深度」において違いがあると言っている。「構築主義の理解」が足りないのは、この中では、小谷野敦であろう。事実、小谷野は、《私はバトラーを批判なんかしてないんだよ。ポモを批判していて、バトラーは読んでも何を言ってるのか分からない、と書いているではないか。》とツイートしている(2024年11月11日)。しかし、オフパコギャルママ🦖1y@takamatsu4_13によると、《批判者は佐藤悟志をこすっているけど、本当に読まれたくないのは小谷野敦とかだったりするんだろうね。さすがに「小谷野のは読まないでくれ!」とは言えないから、佐藤悟志をこすっているだけだという。》(2024年9月21日)。小谷野は「ポストモダンとトランスジェンダー」を寄稿しているが、これは何があったのかを小谷野節で綴ったものである。これを読むと、ノーディベートと称して議論すら行われないまま、明らかに異論のありうる理論によって現実が書き換えられようとしていたことが分かるであろう。千田有紀の「構築主義の理解」は足りていないどころではなく、上野千鶴子編「構築主義とは何か」(2001年)に序章「構築主義の系譜学」を書いているくらいであるが、「学問の危機と『キャンセル』の方法論」(pp.116-135)は、小谷野と同じく、何があったのかの記録であるが、 Permalink | 記事への反応(0) | 09:34
銀行員としての毎日は想像以上に厳しいものでした。三和銀行では朝から晩まで数字に追われ、理不尽な叱責を受けることもしばしばでしたが、幸い上司や同僚には恵まれました。何よりも大切だったのは、銀行業務を通じて多くの企業や個人の人生に触れる機会があり、それが私の人間観や社会観を大きく広げることにつながったことです。
数年間の支店勤務の後、本店の企画部門に異動となりました。そこでは銀行業務の根幹に関わる重要な仕事を任され、自分の視野がますます広がっていくのを感じました。しかしバブル経済崩壊後の混乱の中、銀行業務は次第に苦難の道を歩み始めました。毎日のように不良債権の処理に追われ、心身ともに限界を感じる日々が続きました。
ちょうどその頃、私は以前から興味を抱いていた大学院への進学を真剣に検討し始めました。銀行を辞め、東京大学大学院の社会科学研究科へ入学しました。学生生活に戻った私は、経済や社会の本質について改めて学び直し、充実した日々を過ごしました。
修士課程を修了した後は、研究者としての道を志し、数年間は非常勤講師として大学で教えながら博士論文を執筆しました。しかし、生活は厳しく、結婚や子どもの誕生をきっかけに、再び企業の世界へ戻ることを選択しました。
新たに入社したのは中堅のコンサルティング会社でした。銀行時代の経験を活かしながら、企業の再生や経営改革に携わるようになりました。この仕事は私にとって非常にやりがいがあり、自分の経験と知識が直接人や社会の役に立つことを実感できました。
定年後はこれまでの経験を活かして地域の中小企業支援やボランティア活動に精を出しました。特に若い経営者や起業を目指す若者たちと交流する中で、自分の経験が少しでも彼らの役に立てばと願っておりました。
老いと病により体力も衰え、思うように活動できない日が増えましたが、振り返れば波乱に満ちてはいましたが、非常に充実した人生でした。私の経験や考えが少しでも次の世代への参考になれば幸いです。
これにて私の生い立ちの記録を終えます。
『フェミニズム関連で対立しながらも、「相手陣営が何考えてるのか気になるな」と思ってる人向け』よりも、「フェミニズム関連で対立しているフェミニスト」向けに書いた方が良いのでは。
ポルノひとつとっても、フェミニストによって言っていることがまるで違うし、大学教授や政治家など権威を持つ人の主張のほうが、匿名で細々と活動している人よりも説得力が出てしまうだろう。
公的機関への広告批判の例を挙げれば、宇崎ちゃんを批判した大学非常勤講師の堀あきこ先生は、京都市交通局の太秦萌は問題ないとした。
https://web.archive.org/web/20240331173002/https://wezz-y.com/archives/74898
たとえば、京都市交通局が作っているキャラクターの太秦萌( うずまさもえ)には、 表現技法について性差別表現という批判は向かわないでしょう。 胸を強調していないし、ミニスカートだけど、 ハイソックスを履いていて隠れている部分が多い。男性キャラクターも打ち出していて、いろいろと注意してるんじゃないかと思います。
しかし、フェミニスト議員連盟所属の北九州市議、村上さとこ先生は、男性目線のキャラと批判した。
https://posfie.com/@KogaUjisato/p/S1px6n4
フェミニストによって言っていることがバラバラでは、ある人の意見を取り入れても別の人から批判されるので、意見を聞くだけ無駄、と思われてしまうだろう。
https://x.com/kyodonohate/status/1881980351624700317
性別適合手術を受けていないトランスジェンダーの女子トイレ使用などを巡り、女性専用スペースの確保・保護を目的に活動する団体が、X(旧ツイッター)に「悪質差別団体」と投稿され名誉を毀損されたとして、大学の非常勤講師劉霊均(アリエル・クッキー・リュウ)に慰謝料約55万円の支払いなどを求めた訴訟の控訴審判決が22日、東京高裁であった。高裁は請求を棄却した一審判決を変更し、10万円の支払いと投稿削除を命じた。
川瀬はる 漫画家
花森はな 漫画家
こまい 漫画家
おおでゆかこ 作家
吉美駿一郎 作家
六多いくみ 作家
もりまゆみ 作家
鳥さんの瞼 作家
夢咲咲子 作家
大島 郁葉 千葉大学 子どものこころの発達教育研究センター 教授
春ねむり シンガーソングライター
Ellie シンガー
かわにしようじ ミュージシャン
KAWANA Hisako ミュージシャン
雅博 ミュージシャン
KOTFE アーティスト
岩澤侑生子 女優
梅村綾子 女優
------------------------------
change.orgの「大阪高裁の“医大生による性的暴行”逆転無罪に対する反対意思を表明します。」の署名について
「署名しました」「賛同しました」とツイッターに書きこんだ人って他に誰かいる?
ただし全部挙げたらキリがないので以下の条件に当てはまるアカウントに限る
・ただ「判決が許せない」とか「署名お願いします」とか書き込んだだけのアカウントは除外(署名したとは言ってないので)
------------------------------
(全体像についての補足)
この署名の震源は「立憲共産れいわ支持者」「女性の創作系コミュニティ+女性オタク」「フェミニスト」「夜職・整形界隈」の4つで、これらは普段から緩く連帯している。
(たとえば直近でも、各コミュニティが『おまねこ』の件で男性嫌悪ツイートを発信している。)
そのため、
・立憲共産れいわ支持者は「大阪高裁!?やはり維新の強い大阪は犯罪者の街!」と言い、
・女性オタクたちは反AI論争と同様に「法律とかよく分からないけど、法律より私たちの意見のほうが大事」と言い、
・フェミニストは「男の裁判官が男の性犯罪者を逆転無罪にした。これは男性特権だ」と言い、
・夜職・整形界隈は「裁判長はAVの見過ぎ。やはり男性向けAVは犯罪の温床だから禁止しなければならない」と言う。
(各コミュニティ同士の親和性は高く、お互いのロジックを貸し借りしあっているので、4つのコミュニティが4つの主張をしていると言った方が適切かもしれない。)
さらに今回はこの周囲に「上記コミュニティとは無関係の善意の署名者たち」が多数加わっている構図。
------------------------------
(追記)
・某東大教授たちは「このオンライン署名に賛同をお願いします!」としか書いていないのでリストから除外しています。
・togetterのURLありがとうございます。反映しました。
今のところ某大学出身でまともな同僚やパートナー(弁護士含む)を見たことないのでしばらく継続される
・ DaiGo氏 (慶應義塾大学理工学部卒・慶應大学で特別講義)
→ホームレスや生活保護者よりも猫が大事
・ 古市憲寿 氏 (院は東大だが 慶應義塾大学環境情報学部卒、慶應義塾大学SFC研究所上席所員)
→ 日本学術振興会「育志賞」受賞する肩書きは社会学者
→ 民主党の時から自民の現在に至るまで内閣府の様々なメンバー、厚生労働省「雇用・女性支援プロジェクトチーム」メンバー
→ 高齢者に「十年早く死んでくれ」と言うわけじゃなくて、「最後 の一ヶ月間の延命治療はやめませんか?」と提案すればいい。
→ [小山田圭吾氏の障害者虐待について]
DaiGo氏「謝ればいいってもんじゃないと思うなら裁判でもすればいいだけの話よな」
古市憲寿氏「本当そうだよね。まあ民事の場合、裁判を起こすには頭とお金がいるから。。。」
→ [ホームレスと生活保護者に差別発言をしたDaiGo氏について]
「生活保護のあり方や理解が深まった」「(DaiGo氏は)メンタル弱いんですよ。いつも落ち込んでいて」
・ 新浪剛史氏 (MBAはハーバードでとってるが慶應義塾大学経済学部卒)
→サントリー社長で経済財政諮問会議の民間議員
関連増田:サントリーってやばい会社だな。45歳希望退職を募るではなく『45歳定年制』かぁ
https://anond.hatelabo.jp/20210910162301#
・伊藤穰一氏 (慶應義塾大学大学院政策博士、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 元非常勤講師)
→コーネリアス小山田氏の親戚でベンチャーキャピタリスト、 ジェフリー・エプスタインの件でMITや様々な役職をクビになったが、
なぜかデジタル庁の事務方トップ「デジタル監」に起用される予定だった、
そして最終的にはデジタル社会構想会議の有職者メンバーに落ち着く
・ 竹中平蔵氏 (慶應義塾大学名誉教授)
→パソナ会長で内閣日本経済再生本部産業競争力会議の民間議員で内閣府国家戦略特別区域諮問会議の有識者議員
・ 夏野剛 氏(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別招聘教授)
→ 株式会社KADOKAWA社長で(内閣府)規制改革推進会議議長でデジタル庁有識者メンバーでオリンピックでは組織委員会参与を勤めた
・ミスター慶應(わいせつ関連での逮捕6回、起訴なし)
・ 慶應義塾大学広告学研究会レイプ事件(起訴なし)
・慶應義塾大学医学部レイプ事件(起訴なし、退学後、琉大に入り直し医師免許を取得)
・明大駅付近で痴漢を行い線路に逃走、電車を止める
2000年(平成12年)から2001年(平成13年)まで、文部省派遣留学生としてモロッコに留学[3]。
2006年(平成18年)、東京大学大学院人文社会系研究科アジア文化研究専攻イスラム学専門分野単位取得満期退学[1]。
2006年(平成18年)から2011年(平成23年)にかけて東京女子大学、上智大学、東海大学、明治学院大学、千葉大学で非常勤講師となる[3]。
2009年(平成21年)、東京大学より博士 (文学)を授与される[4]。
2011年(平成23年)から2015年(平成27年)までエジプト(カイロ)に滞在。フジテレビのカイロ支局員となる[11]。
向こうでなんかあったんだろうか