はてなキーワード: オセロとは
ゲームプレイメモってなんか取ってたりするのかしらみんなゲーム遊んでる人は?
それはさすがにやり過ぎなことがあるような気がする神経質なプレイになりがちだけど、
次どこ行くっけ?とか
久しく再開するとこれどこに行ったらいいの?って
思い出が復帰するまで、
周りのフィールドをうろちょろして思い出すまでの時間があると気があるのね。
そんでよ!
今進められるところの先のトロッコが固まって動かせなくて、
それを解除しに行くミッションをクリアしなくては先に進めないの。
えーっと、
これどこ行くんだっけ?
その時の流れだったらなんとなく行き着けたかも知れないけれど
久しく再開すると、
トロッコ動かすには下を探索するの?
いや待ってよ、
DKバナンザってどんだけ破壊して掘りまくって探しまくりまくりすてぃーでやんなくちゃいけないのよ!って
あの膨大な岩石の塊からアイテム1つ探せってか?ってめちゃしんどい感じの重し!
この次はこの先に進めば良いよ!って
口笛吹いてくれて行き先は分かるけれど、
今示されている行き先は固まって動かないトロッコを指しているのね、
いやそれは分かってるから、
その動かせるようにする仕掛けを解除するものを探してるんだけどー!って
まあさすがにクエストの答え合わせがDKが口笛を吹いてすぐ分かっちゃったらゲーム要素が無くなるわよね面白くなくなるというか。
でもただただ、
確かに、
無限にプチプチを潰して楽しむ的な感じと同様に壊し続ける爽快感はあるのよ。
でもそんなヒマないの!
どんどん先に進みたい気持ちが先走っちゃって、
そう言うのあるから、
スプラトゥーン3だってエスプラスクラスに向かって挑むに当たって、
今までのように適当にラッキー勝利で昇格!ってわけには行かないのよね。
とはいえ、
甥っ子とか姪っ子とかはS10ランクぐらいまで上がってて、
どうやったらそんなに上げることができるの?って
もはや甥っ子や姪っ子に無双しまくって勝ちまくっていた大人の容赦ない感じのオセロでしか勝てない感じなの。
えーん、
だから1戦1戦メモして振り返って戦ったら打開できる作戦があるかもしれないわ!って
あと最近思ったのが
これはNotebookLMちゃんが得意技とするので、
私の戦法を分析してもらうに限る方法を手探りでまさぐっているところよ。
そんで、
もうすぐドラゴンクエストI・IIが発売でしょ?
先に楽しみなIIを先にやってしまうのか?
でもIが軽めのボリュームなら先にサクッとIをクリアしてたっぷり楽しめるようにIIを堪能するか!
そういう悩みも尽きないわ。
そんで話戻るけれど、
学生が使うスタディープラン帳がタイムラインも書けて備考欄メモもあって最適そうと一回試してみようかな!ってところなの。
すぐ飽きちゃわないようにしないといけないわよね。
よく手帳とかある分野に特定の便利なフォーマットってあるじゃない。
材料や調味料映画を見た感想とかポップコーンがなに味だったのかって書き記してチェックできるその分野に特化したメモ帳というか手帳。
バトル手帳ってのがあったら、
私は欲しいかもと思いつつ、
とはいえスプラトゥーン3専用のアクションバトル手帳だとスプラトゥーン3しか使えないので
おおむね多くのゲームに対応できるようなプレイメモが書くことができるフォーマットを探し求めているのね。
とりあえず、
学生が使う学習予定学習やったメモを記す記を記をできるノートがあったので試してみることにするわ!って
とにかく凄い自信なの!
そんな勢いで継続私が続けてメモし続けられるかが一番の問題だけれどね。
何気ないメモも書き続けてAIに読み込ませたら案外冷静に客観的に可及的速やかに分析してくれると思うの!
つーか分析してくれるの!
それを期待して
ノートを書く勢いは整っているのよ。
これが気持ちが続けられるようにして行きたいわよね。
なにやったか忘れちゃわないようにってのもあるし、
まあ試してみてなにか動きがあり次第また現場からお伝えできることがあればお伝えするわ!
うふふ。
タマゴサンドアンドたっぷりハムの挟まったサンドイッチのちょっとデラックスな2種類のサンドイッチよ。
ちょっとまたワケあってしばらく美味しいもの食べられなくなるので、
しばしお別れの食べ納めってところ。
セクシーでヤミーなタマゴサンドの食べ納めで元気しっかり付けて今日を乗り切るの!
よーし!やるわ!
こっちもしばらくもしかしたらお別れになるかも知れないわ。
今日を頑張って乗り越えるの!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
昨日はアンガーマネジメント?みたいなことができてなくてついかっかしちゃってすまなかったと思ってるよ。
んで向いてないってのはその通りなんだろうね。
オセロとかでも数手先の展開も読めないというか頭の中だけで描こうとするとどんどん盤面をシミュレートで分岐させなきゃいけないわけだがやっぱパンクする。
いやそういうツリー状のグラフで表せるならまだましで、プログラムって後に実行されるコードが前のコードの挙動に影響を及ぼしたりもするだろうしノードに見立てればツリーのように一方項ではなくオートマトン図みたいに各関係がほんとごちゃごちゃじゃん。
そんなつながりの量が多すぎるネットワーク的なものを頭の中で展開するだけのワーキングメモリが自分にはないようなんだよね。
ただ、向いてないからやるなっていうのは違うんじゃないのかとも思う。
大人ならば何かしらの仕事はしなきゃいけない。じゃあ向いてる仕事が一つも無かったらどうなるんだって話になる。
初めから向いてるのがないってわかってるならせめて何がしたいかで仕事を選んでも同じことなんじゃないか。どうせ何かはしなきゃなんだし。
もしかしたら「誰でもできる仕事」って言われる類のは「何にも向いてなくてもやっていい=雇用者的にはたとえ多少得意な人がいたとしてもそうでない人がこなす普通程度のスピードや正確さに対していちいち支障が生じない」ってことでそういう意味で誰でもできる仕事をするべきなのかもしれないけど。
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日本共産党は311の震災で前線の背中を撃つ以外の能力が無い事が露見したものの方向性を変えられず、亀裂音を立てながら破綻した歯車を回し続けている。
弱者救済のポジションはメロリン、逆張り王のポジションでさえひろゆきに奪われ、00年代に書かれたアンサイクロペディアの記載にある「居て欲しい逆張り政党」という褒め言葉という価値を失った。
抜本的な改革が必要である。そう誰もが気づきつつも年功序列の著しい共産党の塵のようなリソースはひたすら老人たちの介護に回さ続ける。これでは自民党と何ら変わらない。
三代続く由緒正しい共産党員である私はこの有り様を嘆きつつ、年齢という壁に阻まれ何の影響を与える事も出来ていない。
せめて、共産党員の中にも開明的な人も居るという事を知ってもらいたい。
日本共産党は無力なガラクタの癖に旧ソ連の幻想を捨てきれず、身の丈に合わない活動をして自滅する傾向がある。
小さな図体を意識し、以下の3軸だけを実現するよう社会活動を行う必要性があると考える。
現在の日本では、精神疾患からの貧困のスパイラルが強く問題視されている。劣悪な労働環境の為にうつ病を患った国民は金銭苦を伴い、通院費すら捻出出来ないという事例が多く発生している。
彼らを救済する為、共産党員への福祉を充実させる為、および日本経済を復活させる為、精神科の医療費を無償化する事により労働者人口の増大を訴える必要性があると私は考える。
また彼らは共産党の深い信念にシンパシーを抱く層が多い為、新しい党員の候補として活用出来る可能性が極めて高い。
またトランスジェンダーに関しては現在の日本共産党の若手筆頭の為、優先して優遇する必要性がある。
彼らは共産党の深い信念、および精神科医療費の無償化に強い関心を抱く傾向があり、率先して反AIを打ち立てる事により強力な支援が得られる可能性が高い。
そもそもメーデーに参加出来る労働者は休みを取る事が出来る特権階級または暇な老人だけで、一般労働者は加われない。だから党と国民の間で乖離が発生する。
この解決の為、または国民の安息日を増やす為にもメーデーを祝日化する事を強く提案する。
その上にメーデーを祝日化する事により、日本の法律では祝日と祝日に挟まれた日が祝日と化すオセロルールがある為、休日が実質3日増加する。
この効果は絶大と想定され、中高生といった若手にも共産党の素晴らしさを訴える事が出来る。
永野芽郁を初めて見たのはカルピス カルピスウォーターのCMだったと思う。
詳しくは覚えていないが、確か、キラキラと輝く少女の透き通った青春、みたいなCMだった。
その時の印象は、これ、能年玲奈がいたら彼女が取っていた仕事だよなあ、である。
あくまで個人的な印象ではあるが、そう思った事はよく覚えている。
能年玲奈はその頃事務所と揉めていて実質的にTV業界から追放されていた。
のんをnonと書くと笑顔の絵文字に見えるから、と彼女が自分で決めたそうだ。
エージェント契約するSpeedy社の社長は2023年にインタビューを受けていて、その記事を読むと彼女はとても強い人らしい。
そのインタビューで、2年後までスケジュールが埋まっているとも語っていたので仕事は順調だったみたいだ。
しかしジャニーズ事件以降、芸能界を取り巻く状況が大きく変わった。
最近のフジテレビの事件(複数の取締役の首が飛ぶほどの騒動)も芸能界のみならずTV局の異常性を浮き彫りにし、業界は世間から猛烈なバッシングを受けている。
のんのTVドラマ復帰はそういった時代の変化も後押ししたのだろうと思う。
ただし、光を反射してキラキラ輝く大きな瞳と透明感溢れるそのたたずまいには素晴らしいものがあるとも思う。
TV局に限らず、日本の会社は横並び思考が強いのでどこか一社が使ったという事実があるともう使っても良いのだという考えになるだろうから。
今回は様子見で一話だけのゲスト出演だったが今後はレギュラー出演をオファーする局があるかもしれない。
その、能年玲奈の民放TVドラマ復帰作でヒロインを演じているのが永野芽郁だ。
カルピスのCMの時思った2人の女優人生が長い年月を経て交差する事に運命を感じる。
しかも、永野芽郁は二股不倫疑惑(双方の事務所は否定)を週刊誌に書かれて窮地に立たされており、立場が逆転した状況での共演である。
ただ、事務所の稼ぎ頭であろう永野芽郁は強力に事務所に守られるだろうからそれほどのダメージは受けずにやり過ごす事が出来るかもしれない。
もちろん、能年玲奈がいたらカルピスのCMは永野芽郁では無く能年玲奈ではなかったか、と言うのは完全に個人的な想像である。
能年玲奈が普通に活動していたとしても広告代理店は永野芽郁を選んでいたのかもしれない。
でも、そういう個人的な思い込みをもとに色々妄想するのも楽しいので暫くはこの2人の動向を見ていたいと思う。
今日はちょっと、うちの爺さんがぽっくり逝っちまった話をするよ。
なんだろうな〜、人ってほんと急に死ぬのな。
前の日まで元気に「おいオセロやるか?」っつって、俺が黒でやると「あたしゃ黒人嫌いなんだ」ってボケてた爺さんがさ、
御霊前、御仏前、御布施って、どれがうちの爺さん前なのか分かんねぇんだよ!
当日だよ。坊さんが来た姿を見て仰天だよ!
なんか知らねぇけど、すごいな袈裟着てんの!
もうね、紫だの緑だの黄色だのがバチバチしてて、見た目は完全に笑点。
「なにそれ、季節の法要コレクション2024春夏モデルですか?」って聞きたくなるくらい派手でさ。
しかも並んで座るとさ、こっちは黒スーツ、遺影も白黒、花も白、全部モノトーンなのに、
坊さんだけパリコレみたいな配色で鎮座してるの。
なんかあれよ、滑った時のSEみたいに聞こえんのよ。
つい口走っちゃった。「座布団持ってってー!」って。
そしたら親戚のばあさん、肩震えて笑ってやんのよ。
でさ、式が終わって、
「じゃあ精進落としってことで会食を」って話になったんだけど、
「じいちゃん、明るいのが好きだったからよ〜、ちょっと華を呼んどいた!」って。
で、どっからどうやって呼んだのか知らねぇけど、
黒いワンピースの会場に、ピンクのキャバワンピがスッと差し込まれてさ、
俺のカミさん?
表情、ピクリとも動かねぇの。
いや、逆に感心したね。仏より無表情ってどういうことだよ!
自分も飲んで、あっという間に出来上がってんの。
「ピカソより〜普通に〜、おっぱいが〜、す〜き〜〜!!」って。
ばかやろう!!!
しかもそれ言いながら、
その場にいた女の子のとこ行って、ナチュラルにおっぱいモミやがってんの。
顔が「やだ」って言ってねぇの。むしろ笑ってんのよ!
でも周りの親戚たち、酔っ払ってるからもう全員笑ってんのよ。
「おじいちゃんも見てるわよ〜」
「孫バカだなぁ〜」とか言って。
「今夜あたり…じいちゃんの生まれ変わりが…君のお腹に宿るかもなぁ〜♥」っつって、
ばかやろう!!!
俺?
その顔見た瞬間、俺の胃袋がキューってなってさ、
「あ、俺の四十九日、近いな」って思ったね。
いや〜…でもさ、
じいちゃん、もしあの場見てたらきっとこう言うと思うんだよ。
少なくともあの会場は、笑い袋よりよく笑ってたぜバカヤロー!!
うちの母親、テレビも漫画もゲームもお菓子も一切禁止で、逆らうと棒で叩いてくるタイプの親だったんだけど、そうなると暇になるわけよ。
周りがDSについて盛り上がってる時に1人でオセロやってた。すぐ虚しくなってやめた。
虚しさと暇が頭の中を埋め尽くすようになって、田んぼの水をどうにかして飲めるようにならないかとかその辺の雑草を食べたらどうなるかとか自分で人体実験してた。
砂とか石とか消しゴムとか食べてたのがバレたりもした(別件でレントゲン撮った時にバレた)。
最終的に警察と児童施設にお世話になって、両方ともカウンセリングとか受けた。
あーこれ食べられるけど美味しくないよ、これはお腹壊すよ、と旦那とキャンプ中話してると(旦那は私の虐待のことは知ってる)詳しいね!と褒めてくれるけど、まさか実体験済みとは思うまいて。
ちょうど前日に金具を飲み込んでてそれが写ってしまった。お医者さんからなんでそんなことしたの!?みたいに質問攻めされてつい喋ってしまった。
めちゃくちゃ怒られたし最悪死ぬからね!って言われてやめようと努力した。
完全にやめられたのはかなり後だけど。
「気丈にふるまっていたけど,あの人自殺したよね」「あいつ死ぬ死ぬ言ってる割に全然死なねーじゃん」
30代になる程度には年を重ねると,一度や二度とは言わずにこういったことを経験することもあるのではないだろうか.
では,この人たちの思考の境界線,自殺へ発展するか否か,はどこにあるのだろうか.
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僕は双極性障害とADHDとASD(共に診断済み)を持っていて,精神手帳2級と障害基礎年金2級を持ってる,博士課程(理系)の学生だ.
(おそらくASD傾向が強くて)自身の思考を内省したり,薬を調節して自身の人体実験をするのが結構好きである.
希死念慮が強いときも結構あり,死にそうになるたびに「今日も自殺願望湧いてて草,頓服飲むか~死にてー.殺してくれないかなぁ」などと思っていたりツイートしたりする.春になり,暖かくなり,生物の活動が活発になるほど,自分のことを惨めに感じ,死にたくなる.
そんな僕が最近"自殺の境界線を越えたな"と感じる場面が,先週うつ転して以来,多々あるので,死ぬ前に見えるところに日記を残そうと思い筆をとった.
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普段の思考はいわゆる一般人と変わらないであろう,と思ってる.それなりに勉強できるし,友人とのやり取りやツイッターなども楽しめる.たまには知り合いとディスコードで雑談したり,Youtubeの面白い動画をみて笑ったりできる.正直,そこには障害も何もない.神経多様性も何も感じない,普通の人生.
お薬を飲んで,早めに休憩を取って,適切なタイミングで頓服を取れば,皆と同じように博士課程も進めることが出来るだろう.ドクター後の研究者人生は大変なのかなぁなどとぼんやり考えていた.
実際,ここ2ヵ月,修論発表や博士課程入試後,は気分がよかった.簿記を勉強してみたり,専門科目の勉強をすすめたり,研究会に行ってみたりと落ち着いた生活を送っていた.
だが,春になり入学式のシーズンが始まると,やけに思考の歯車が狂ってくるのを感じる.うつ転した.
双極性障害やうつ病といった気分障害というものを知らない方たちに説明するが,気分の落ち込み,即ち抑うつ気分は病的なものであり,希死念慮や自殺企図といったものもある種病的な自然発生の仕方で,脳内で発生し,循環する.
そのたびに,僕は「このような思考障害はドーパミン系の回路を含む脳の血流の問題であるだろう*」とか,「思考制止が表れてるか判断する方法はないのか」などといった,片手間で眺めていた精神医学の本の知識を思い出す.
(注*直接は書いてないが,電気けいれん療法などがうつに聞くということから,脳の回路の循環をとめ,血流をよくすると治療抵抗性のうつなどがある程度寛解するのではと考えている.精神医からすると違うかもしれないが.)
とにかく,自殺願望は自然現象であり,止める手段といえば頓服(抗精神病薬)を飲み,休憩することで少しは改善するが,基本的に避けようがないものである.
では,このような自殺願望が止められないというようになったらどうするべきか,それは入院である.
入院して,テレビや数年前の雑誌,かるたやオセロといった制限された娯楽しかない場所に行き,2-3か月療養することである程度は回復する.死ぬといって暴れれば,保護室(ベッド以外何もない部屋,持ち込み禁止で水を飲むか思考するかしかできない)へ送られる.そんな人生.
もちろん,一度入院した身としては思考の歯車が狂い,希死念慮を唐突に感じるようになったとて,数週間も入院はしたくない.その思いが強く,うつ転し,希死念慮を鋭く感じて手元にあった薬でODして吊るか悩んだあの夜は乗り越えた.
そう,希死念慮から見ると自殺企図はすぐそこにあるのだ.手段を考え,行動に移すかはほとんど希死念慮を感じ取っているときから始まっているといっても過言ではない.少し大げさだが,高学歴の大学を出て,修士課程まで専門分野をある程度修めて,博士課程でやっていこうとする人間が言う位である.こんな僕でも,この瞬間は大真面目に自殺を一時間位考えていた.あの瞬間に,決意のようなものが漲っていたならば,今この場には居ないと思う.
一度目の入院以降,ヘルパーさんといった家事のお手伝いの人や,訪問看護師が週3回入って傾聴してくれていて,二週間に一回は必ず病院に継続的にここ4年程通っているという状況だ.病気の人ならこれ以上努力すべきところはないといってもいい.なのに自殺願望は訪れる.うつ転,抑うつ気分,希死念慮は避けられない.
普段はナイーブなことなど微塵も考えてない.面白いコンテンツに触れることが出来るし,みんなも普通に会話してくれる.なのに唐突に死にたくなって仕方がなくなる.自分の価値を否定して,自らの生を否定する.
まずは自分の死にたさがどこからどの程度来るのかを観察しよう.うつ病ならうつ病の薬を貰い,適応障害なら職場からいったん離れよう.自分を否定し殺そうとする職場なんていても意味がない.好きな職場なら,少し回復を待ってからでもいいではないか.僕も指導教官から少し見放されてはいるが,回復という名目で少し距離を置いていいと思う.見放される原因は一過性のストレス障害である,適応障害だった.
今死にたがってる人を見かけてるみんな,生存戦略しましょうか.
青年期なら,青年期特有の心の動きというものがある.死にたくなったり突然幻覚幻聴といった一過性の精神病の症状がでることだってある.その子も,一つ一つの自殺願望を乗り越えれば,一歩ずつ大人になれる.大人になると,発達障害を含むいろんな障害が少し和らぐ.対人関係の距離感というものがあるが,仲良いなら仲いいほど良い距離感でいてあげればいい.対人関係という網は自殺からその子をある程度守ってくれる.
既に病気を持っている人なら,落ち着いて入院セットを整えよう.次に自殺願望がわいた時が最後かもしれない.
自殺というのは,現代社会において1,2位を争うほどの死因であるところの,「病気」である.その病気は最善を尽くしても避けられない場面は多い.対人関係などのバックグラウンドがあるとその病気を改善しないにしても守ってくれる.みんなも自分の身や大切な他人の身を守ってほしい.「死にたい」のすぐ先に「死」がいつでも待っている.