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2026-01-21

木下ちがや氏のリベラル

木下 2010年代半ば頃は、BuzzFeed JapanやHuffPostのようなメディアリベラル記事を取り上げて、ネットでの影響力も強かった。でも、実はそれが届いたのは、いわゆる中央線沿いの大卒高等遊民ほとんど。全国各地の働く人に届いたり、地域の人を包み込むような「世論の作り方」ができなかった。そこで裾野が広がらなければ、先細りするのは必然だし、実際に共産党や立民、れい新選組が支持を減らしていることにつながるんですよね。また、2015年は、共産党民主党野党共闘によって、安倍政権に対抗していくという枠組みができた時期。それぐらい安倍政権は強かった。だから高市さんや高市さんの周りの右派は、「安倍政権の夢よふたたび」と思ってる。一方でリベラル野党共闘の夢を見てる。だから、右も左も「2015年をもう一度」という、ある種のノスタルジーの中に生きている。そのモードを切り替えるべき時期にきていると思うんですよね。立民としては、「中道」というだけじゃなくて、ちゃん理念的にチェンジしないと。もう立憲主義という言葉自体が響かないだろうし。

https://bunkaonline.jp/archives/8257


申し訳ないが、ちがや氏は「メディア」という変数をほぼ無視しているので、かなりピント外れとなっている。SNS言論ばかりを見ている人の(その限りでの解像度は高いが)欠点が集約されている。

左派リベラルに勢いがあった時代というのは、保守的価値観政権与党と、おなじく保守的価値観与党支持基盤である地方農村や自営に対して、新聞テレビメディア批判していた時代であるテレビにおける、地方公共事業政治バッシングがその象徴である

しか平成中期以降、地方農村や自営の世界は完全に衰退し、逆にテレビの影響力が絶大なものとなり、自民党テレビにおける世論を完全に意識するようになった。小泉純一郎公共事業批判官僚政治批判というリベラル左派アジェンダ全面的に取り込んで、テレビ政治判断および批評する都市有権者の支持を獲得していった。

1990年代末に登場したインターネットは、長い間政治への影響力は微弱であった。掲示板ブログSNS政治論壇の基調は登場した当初からアンチマスメディアを強いアイデンティティとしており、同時にアンチリベラル左派でもあった。いわゆるネット右翼である

ネット右翼00年代初めの2ちゃんねるからおり、「マスコミが伝えない真実」を枕詞メディア批判を執念深く行なっていた。ネット世論右傾化したのは、テレビマスメディア言論を独占している時代に、右翼の言説の方が明らかにテレビでは言ってはいけないこと」というカウンターとしての機能を持っていたかであるリベラル左派言論は、マスメディアバッシングしたいネット民にとっては、明らかに「穏健」すぎるものだった。

しかし00〜10年代ネット右翼は、政治に対する影響力は微弱であった。彼らの言論にたどり着くには、わざわざ「在日特権」などを検索してクリックする必要があり、政治的無関心層にまでに届かせるのは難しかった。在特会デモも、政治的無関心層には嫌悪感を抱かせるもので、運動としては完全に失敗だった。

しか2020年代に入り、YoutubeTiktokなどの動画SNSの影響力が爆発的に高まって新聞テレビを凌ぐようになり、ネット右翼も主戦場動画SNSに移すようになってから風景は一変していく。

マスコミが伝えない真実」を枕詞リベラル左派嘲笑し、在日外国人を敵視・攻撃するというスタイルは、「2ちゃんねる時代からまったく変わっていない。変わったのは、政治的無関心層にダイレクトに、そして日常的に届くようになったこであるTiktokで「高市首相」と検索すると、中高年の保守論壇オタクしか読まない「Will」「Hanada」の表紙と一つも変わらないのが象徴的というか皮肉である

メディアは都合の悪い真実は隠す」という批判も、かつてそれに共感同意する人は一部であったが、ジャニー喜多川性加害問題以降は多くの人の基本的認識になっている。かつてはネット右翼ジャーゴンにすぎなかった「マスコミが伝えない真実」が、若い政治的無関心層にまで浸透するようになっている。

もともと社会に対して強い不遇感や疎外感を抱えるネット右翼は、情報発信熱量についてはリベラル派に比べて圧倒的に強かった。毎日膨大な数のショート動画投稿するネット右翼に対して、リベラル派は太刀打ちできなくなっている。Youtube上にはリベラル派のチャンネルもあるが、小難しい話を1時間かけて行なっているものが多く、再生回数登録者数も10分の1程度であるショート動画については、全くと言って良いほど対応できていない。

以上のように、リベラル政治勢力の退潮はメディア環境の激変という要因が大きく、実際これは日本だけではなく世界的な趨勢である。もし立憲民主党完璧にちがや氏の言う通りに頑張ったとしても、せいぜい焼石に水に過ぎない。

2025-12-06

岡本太郎というアート界のガラパゴス

岡本太郎って、日本ではもう説明いらないくらい有名で、国民アーティストみたいな扱いだけど、海外アート世界学術的な文脈では、評価が高いとは言えない。

 

日本では戦後美術のど真ん中、というより、誰とも群れない例外的存在っていう位置に置かれがちで、具体とかもの派みたいな大きな流れとも、あんまり強くは結びついていない。

本人も意図的美術界と距離を取ってきたから、研究の軸も少し定まりにくかった、という面もあるみたい。

ただ最近になって、50年代抽象絵画とか、縄文民俗学とのつながり、太陽の塔明日の神話みたいな公共作品思想性が、じわじわ研究対象として見直されてきてる感じはある。

 

海外評価は、名前を知ってる人も多くないし、MoMAやTateみたいな代表的美術館にも決定的な代表作が収蔵されていない。

近年、アジア戦後美術をまとめて見直す動きが出てきて、候補として名前が挙がることは増えてきたけど、今の時点ではまだ「これから」っていう段階に近い。

市場のほうを見ても、日本国内では価格はかなり強くて、油彩が何千万円とか億にいくことも珍しくないけど、海外オークションではまだそこまで伸びていない。

まり日本の中だけで評価と人気が完結している、ちょっと珍しいタイプ作家

 

なんでここまで一般知名度が高いのに、アート文脈では立ち位置が揺れるのかというと、岡本太郎自身が「反・美術界」みたいな立場を取って、運動理論の枠組みに乗らなかったことも大きいし、太陽の塔みたいな強烈なイメージが先行しすぎて、メディア的な偶像として消費されてきた面もある。

10年代以降はキャラクターとして爆発的に広まったけど、その強さがそのまま国際的美術評価に直結するかというと、そこはまた別の話だったりする。

 

ただ、アジア戦後美術の再編や、非西洋モダニズム見直しパブリックアート理論評価がもう一段進んでいけば、岡本太郎評価海外で一気に跳ねる可能性は残っている。

そのときは「日本の第三の戦後前衛」みたいな位置づけで、世界文脈に本格的に接続されるのかもしれない、っていう、そんな期待もなくはない…はず。

2025-12-04

信長の野望

80年代90年代進化 けっこうすごい

90年代00年代進化 めちゃくちゃすごい

00年代10年代進化 めちゃくちゃすごい

10年代20年代進化 あんま変わってない

なぜこう感じてしまうのか

2025-11-26

nano banana Pro で既存漫画を生成してみたよ

ネームとかアップロードせずに、「◯◯の漫画のこういうシーンの1ページを描いて」とだけ。そこに、日本漫画コマ順やページの大きさにすること、という指定を入れて依頼する。

その結果を書いてみる。生成物を貼ることはしません。

 

桂正和の『I's』の伊織ちゃんグラビア撮影してるシーンを描いて」

伊織ちゃん風の女性キャラビキニを着て恥ずかしながら撮影されている漫画が生成された。指定していないのに一貴風の男キャラ見学しているコマも加えられ、『I's』という漫画理解している感じはあるのだが、絵は桂正和とは全然違っていて、90年代ヤンサンで連載してたエロコメみたいな画風になる。しかキャラ雰囲気伊織や一貴だと分かる。著作権的に問題にならなそう。

 

「『いちご100%』の北大路さつき教室真中を誘惑しているシーンを描いて」

キャラが完全にAIテンプレ絵柄で、造形も原作とかけ離れている。セリフや表情も元のキャラ性格全然違う。キャラ関係性も全く合っていない。nano bananaは『いちご100%』を全く学習していないことが判明。

 

「『ToLOVEるダークネス』のララとリトが一緒にお風呂入ってるシーンを描いて」

→ポン出しで矢吹絵風と分かるララとリトが出てくる。キャラ造形も、恥ずかしがるリトと気にしないララ漫画として描かれており、完全にAIは元作品学習している。これは問題になりそうなレベル

 

90年代00年代10年代ラブコメ代表作で試してみたが、AI学習元として00年代が空白になってるのが興味深かった

2025-11-02

anond:20251102171539

そもそも他人が娯楽に金払ってる様子を見て「搾取」だなんて言うことは失礼極まりない、自分としては信じられない感性だ。

これは詐欺でも違法でも洗脳でもなんでもない、昔のソシャゲとは次元の違う、映画アート作品もつ審美性に匹敵する総合芸術をまず享受しているんだよ。払っている人たちは。

何百億、累計すると何千億とかけてサブカルチャー理解のある優秀なクリエイターたちによって作られてきた作品の複合体を。

プレイヤーが受けている感動や感銘を無視し、まるでゴミを好んで食べる人かのように見下しているんだろう。だがこれは現代アートの最先鋒の一角だ。

そうであることは、これらゲーム公式が公開しているアニメーション動画音楽動画、それにつくコメントファンの人々の反応を見ていけば分かるはず。

もの価値というのは対価を支払う人が決める。そして強制される部分もなく、ギャンブルのように強く射幸性を刺激する作りにもなっていない。(この部分は実際にやらないと信じられないかもしれないが、どうせ80連近くなるまでまず出ない設計からカラクリ理解してるプレイヤー淡々と回すようになる。ガチャの体をとっているが限りなく定額売りに等しいものだ。ゲーム内で入手できる無料石で充当できる分だけ進歩的。)

から重層的で濃密なアートを受け取った人が、自分経済力範囲内で、あるいは感銘のあまりちょっと範囲内を超えて、パトロンのように大口お金を払うことを、まるで自制の効かない異常者の行動かのように決めつけるのは悪辣まりない。

それに、これらゲームに費やせる金額には限度がある。6週間で新キャラが2体でるとして、1体のために最大まで金をかける(完凸+餅完凸)としても、30万は超えない程度の額×2だ。

大人趣味として考えると糾弾するようなものでもないだろう。青天井課金ができた古いカードバトル型ソシャゲだと、一人で累計3億だか課金した人がいたようだが、そういうことは起こらない。

ともかく、そうやって偏見を己の中で増幅させ斜に構えることでアイデンティティを守る癖が抜けないタイプ人間が、5年10単位で展開されじっくり向き合うタイプ物語作品に素直に感動できることはなさそうだし、いくら説いても理解できないだろう。

だとしても、その傲慢無礼な口を噤む美徳くらいは身につけられるものだと信じたい。

ガチャゲーというビジネスモデルに対する偏見や悪意をもつ人は、ガチャゲー像自体アップデートできていない。

アップデートすると馬鹿にできなくなるからだろうが、ガチャ=悪質が成り立っていたのは10年代まで。

今では、上等なコンテンツに対し個々の支払い能力に応じたバリアブルな支払いと、その額に対してそこまで傾斜しないゲーム体験を与える、繊細なバランス感覚で成り立つモデルになっており、サブカルチャー支援に関してメリットが際立つ課金方式になりつつある。

プレイヤーの目が肥え、開発費が高騰した結果、事業者にとっては地獄だが、消費者にとってはより良い体験を与える課金方式に変化していることを認識してほしい。

ダウンタウンが昔から苦手だった」論について❷

「ダウンタウンが昔から苦手だった」論についての続きです

③単純につまらなかった

 これは彼らの責にはよらないところ、そして増田の嗜好による部分も大きかろうとは思うが、『ダウンタウンDX』などは端的につまらないとしか思えなかった。

 薄い記憶頼りの記述になってしまうが、例示した番組はいくつかのミニコーナーによって構成されていたはずである。そのコーナーのどれをとっても昼間のワイドショー的なノリに過ぎないように思えてしまっていた。

 もちろん、そうしたノリが好きな人も多いのだろうし、呼ばれたゲストが好きな回だけ見るという人も多かったのだろう。

 だが、増田はどちらにも当てはまらない。

サナ活」が工作されているのではと訝しまれる(実際にムーブメントとしてあるか・工作なのかはここでは問わない。単に首相皇族やへの支持まで「推し活」として括ることがあり得るものとして消化される)ほどの、この推し活大時代において、人生に一人とて「推し」がいたことがない。

 だからなのか、自分生活関係しない、他者たる有名人の惚れた腫れた不倫などなどへの興味も昔からなかった。

 もっとも、「昼のワイドショー」的な内容でこそあっても、話芸によって付加的なコンテンツ性が生まれるのだとの論はあるやもしれない。

 それでもなお笑いどころがわからなかったし、そのわからなさが、世界から拒絶されるような感覚さえも覚え、しんどかった(斜に構える思春期真っ盛りより前は、「みんなとなるべく同じになろう」と素朴に思っては達成されないと寂しさを覚えるものではありませんでした?)。

「お決まり」としての叶姉妹私服が高過ぎるオチ理解できるにしても、1時間尺の番組でこうした部分しか笑えないのなら、この時点ですでに「not for me」でもあった。

 けれど、「not for me」の「用法」もなければ、彼らがスターすぎた当時、そんなことを言えない閉塞感がたしかにあったのだ。

最後伝説TVスター」ではまだ足りないのか?

 ほかにも要因はあるかもしれないが、すぐに書き出せた「好きじゃない」理由はこのようなところである

 ①で書いたとおり、かつての「天才的なネタ」を(知りたいと思えた上で)知った先に、その文脈ありきで見方が変わる可能性は否定しない。

 だが、一視聴者として、①〜③の複合要因から長年にわたって苦々しく思ってきたのは事実だ。

 そのなかで現れたのが文春砲であり、マスメディアへの露出停止だったのである。そりゃ、一言二言、「好きじゃなかった」くらい言いたくなる人が出てくるのもやむなしでしょうに。

 こうした前提の上で、『DOWNTOWN+』の始動と、それ以上に、あまたの芸人賞賛や出演、そして視聴者の熱い支持に、どんよりとした思いを抱いている。

「“ゴシップ”になんて負けないで」というのは言語道断であるからよそにするが、「その存在の偉大さにこそ比べてしまうので“あれば”、瑣末な問題だ」とでも言いたげな反応が、苦しい。

 増田個人性が高い①や③を、なんなら②までも措いてしまって、掛け値のない偉大な芸人だったとしよう。

 だが、偉大であればこそ、勇退する判断をしてもよかったのではないかという問いは、問題なく成立するのではないか

 今ではびっくりするほど擁護論を聞かない島田紳助だが、引退間際のテレビ欄の染め上げっぷりはそれは凄まじかった。それでも引退し、はや14年が経つし、なおも動きはない。

 素人たる視聴者からの(紳助への)支持と、プロたる芸人からの(松本への)支持は等価でないとは言いやすいかもしれないが、島田紳助カムバックがもっと予見される状況かつ、SNSが今ほど発達している状態だったら、容易くそれだけが違いだとはいえないと思う。

※余談だが、増田島田紳助ファンでも当然ない。むしろクイズ!ヘキサゴン!』などは大嫌いだったし、『行列のできる(法律相談所』は長年の負の遺産だったと思っている。

 日本の一時代を築いた、伝説芸人ことダウンタウン松本人志がいた。あとから出た芸人はあまねくダウンタウンの影響を大いに受けて育まれた。

 これ以上に欲する名誉はあるか? 増田にはわからない。

日本お笑いしんどいと聞きまして」

 バブル前後の国力成長期に飛ぶ鳥を落とす勢いで力を蓄えていった氏には、たしかに「しんどく」も映るのかもしれない。だが、しんどいのは「お笑い」以前に、人々の生活のものなのではないか

 それに芸人当事者でいえば、「そこそこ」の暮らしができる芸人たちは、SNSによってかつてより増えているのではないか。「M-1グランプリ」の参加者数が毎年歴代最多を更新するような、成長産業ではないのか?

 たしかあなた(がた)は、変え難い伝説化身となった。それでもう、万事よいではないか。これ以上、なにを望むというのか。

 もうきっと、メディア構造上として、ダウンタウンの後釜は現れない。あなたが幻影を追っているとしばしば揶揄される、北野 武にこそあなたもなれずとも。それが時代残酷さであり、甘やかさではないかと思う。

課金しなくては見られない」、ゾーニング性のあるチャンネル活動を絞っている以上、顧客でない外野がとやかく言えたもんじゃないとの反論もあるだろう。

 だが、その反論こそ、「ダウンタウン松本」の影響力の大きさを軽視したものではないだろうか。

 増田はその影響力の大きさ強さを信じているからこそ、『DOWNTOWN+』を批判するのである

※令和に青春を過ごす世代のために蛇足の補足をしておくと、増田がここで書いたゼロ年代半ば〜10年代初頭くらいは、リビングテレビ(今はモニターの家も多いか)に、ネット接続されていなかった。

そのため、『8時だョ!全員集合』ほどの影響力は失った(リアタイではないか一般論だが)、メディアの過渡期ではあるにせよ、今とは比べ物にならないほどの力がテレビにあった時代なのである

東海オンエア」? 話にならない。幼児から高齢者まで、真の「テレビスター」ならば、その名前を誰もが知っていた時代の話である増田以上の世代なら、ヒカルよりも島田紳助みのもんたのほうが知名度はよほど高いだろう。

当時までは、まさに「お茶の間」がその場に出現した時点(食後、リビングを行き交うような時間空間のことだ)で、地上波アナログ放送)が点いていないことのほうがイレギュラーだった。だから、つまらないと思うテレビ番組のことも、このくらいに知っていてもなんらおかしくはないのである

2025-10-25

2015年くらいからやたら増えたAfterEffectマシマシなアニメみんなは好きなの?

ゼロ年代ごろには部分的に使われてたとおもうんだけど

10年代に入って、とくに15年くらいから増えたよね

画面全体にゴリゴリ使う感じ

上手く言えないんだけどそういうのも手書き表現してこそアニメなんじゃねーのとか思っちゃう俺は老害なのかね

手書きアニメなのにそこはパソコンポポチなんだ・・・みたいながっかりあるんだよね

ロボットアニメありがちな、肝心のロボット3DCGなことはわりとちゃんと叩かれると思うんだけど

コスト削減なんですサーセンみたいな感じあるじゃん

でもこのAfterEffectなやつはリッチな感じがあるからなおのこと罪悪感なく使われてる

なんだったら頑張って使ってあげてます見たいな感じすらある

2025-09-27

anond:20250927174851

つらつらと書き連ねたその前提、ぜーんぶお前の妄想から。お前がそういう世界に生きてるだけだから世間の事何にも知らないんだね。こいつの認識の方が10年代前半で止まってる

2025-09-10

石破政権下で表現規制が緩和されていた謎

今思うと2010年代安倍政権下では表現規制議論が活発にされており

実際漫画アニメ規制が進んでしまった。

コンビニアダルト雑誌を取り扱わなくなったのも10年代後半である

そのためか表現規制に対抗する議員赤松山田議員など)が大きな支持を得て生まれていった時期でもある。

また岸田政権下ではAV新法やクレジットカード規制などが話題になった。

外国人問題などで今やあまり騒がれなくなった表現規制問題だが

そもそも石破政権下では規制自体がまったく進まなかったのは一体どういう事だろう?

しろ最近は一時期苛烈になっていたクレカ規制が解除される流れもある。

左派的と言われる石破総理大臣の元で一切表現規制が進まなかったのが謎である

2025-08-31

anond:20250831120457

00年代後半から10年代前半頃のニコ動で、アップされた往年のエロゲソングとか声優ソングとかややマイナー歌謡曲とかのページで、懐古厨たちが「名曲」とか「それに比べて最近の曲は」とかコメしてたような雰囲気コミュニティが、元増田の望むものなんかなという感じがした

採算度外視でそういう曲専門に上げてるVっていたりしないんかね

2025-08-21

10年代以降のエンタメが明確にゴミだと言えるのはソシャゲなどの影響で面白いものを作るよりも満足感をコントロールする方が儲かってしまう事がバレた時代から

2025-07-24

令和になってから温暖化が進んだわけでもないのに暑すぎるの何故?

首都圏住みで体感の話で申し訳ないが今まではこんな感じ

 

90年代 暑いけど1日中外に出るわけでもなければ健康に過ごせる

00年代時間外に出なければ大丈夫

10年代 猛暑日が多くなってきた。猛暑日に無理して外に出なければ問題ない

20年代 毎日猛暑日。何故?日中近くのコンビニに買いに出るだけでも厳しい

 

地球温暖化が進んだとしても90~10年代の気温の伸びに比べて20年代は急激すぎる

猛暑の原因に心当たりなさすぎない?なんかある?

2025-07-18

anond:20250718082959

スクエニゲームを殺すことを生業にしてる会社でしょ

スクエニPCオンラインゲームでいい思い出があるものなんて2006年ファンタジーアースゼロまで遡らないとないわ

あれも運営スクエニだっただけで開発したのは別の会社だしな

同じくスクエニ企画監修だけして開発は別の会社がやったコンチェルトゲートフォルテおもしろかったけど

10年代スマホ全盛時代になってからマジで焼畑しかしてないだろあそこ

2025-07-14

anond:20250714173124

連続性があるのは、10年代にずっとインターネットに入り浸っていたお前の行動だけだよ。

 

インターネットで話していた相手を全部「ネトウヨ」と呼んで同じコミュニティ、下手したら同一人物だと思ってきた。

お前の脳がつくった幻だ。

2025-06-17

顕彰馬選考は意外といい感じだという話

顕彰馬の隠れた基準として「10年あたり4頭」というものがある。

これまでの顕彰馬を生年で区切れば、

1930年代生:2頭

1940年代生:4頭

1950年代生:4頭

1960年代生:4頭

1970年代生:4頭

1980年代生:6頭

1990年代生:4頭

2000年代生:6頭

2010年代生:4頭

と、このように概ね4頭で揃っていることがわかる。

ただ来年オジュウチョウサン殿堂入りすれば、10年代は5頭になる。

近年は日本馬の活躍の幅が広がってきたことを考えると「5頭前後」くらいに考えるのがいいかもしれない。

なお、オジュウチョウサン落選したことに反発する向きがあるが、制度として考えればすぐに選出する必要はない。

MLB殿堂入りの話だったと思うが「時間をかけて選考するために初年度の候補には投票しない」という記者も見たことがある。

20年のあいだで最終的に選出されればいいのである

オジュウに限らず、一発選出にこだわるのはファンワガママしかないと心得るべきだ。

それはさておき。

こうして眺めると顕彰馬は出し過ぎもせず出し渋りもせず意外といいペースを保っている。

ファンが言うようにあれも入れろこれも入れろとやっていると年度代表馬と大して変わらなくなってしまう。

それこそ年度代表馬は「10年間で10頭」、いや複数回受賞も考えれば9頭8頭となるのだから顕彰馬が「10年間で6頭」でも多すぎるくらいだ。

顕彰馬はいまのペースで十分なのである

2025-06-08

anond:20250607220352

00年代まではそうだったかもしれない。

10年代以降は若い友人と馴れ合いたかったらSNSを使えばいいだけの話で、

文系学部ゼミ理系学部修士博士研究室、その他の専門分野の実習にこそ大学意味があるからそこは放送大学とは差別化される部分である

2025-06-03

anond:20250603203310

おじいちゃんはずっとコンシューマゲームの中心と思ってるかもしれないけど

若者にとって00年代ネトゲ時代10年代ソシャゲ時代で、同じゲームでも盛り上がってる場所が違ったの

anond:20250603202410

若者の関心は00年代10年代も今もガッツリゲームに持っていかれてて

アニメを持ち上げるのは老害じみたオタクニコ厨みたいなコメント視聴文化人間だけだったと思うが

漫画原作ものなんて特にそう

2025-05-04

疑問:ニコニコ動画世代の、非ニコニコ層は何してたの??

90年代00年代前半 ギャル時代

00年代後半〜10年代 ニコ動世代

20年代〜 TikTok地雷系とか?

 

なんだけど、この頃ってニコ動あくまで「オタク勢力を拡大し始めた」ってだけなんだよね

じゃあそれ以外の若者ってなにしてたんだっけってなると全然わからん

今の25〜33歳くらいだな

マジでわからん

あ、AKBとかか?

2025-04-30

【完全解説】よくわかる韓国NO.1ゲーム企業NEXON創業現在までの30年史 1994~2025

https://www.youtube.com/watch?v=lFmNRH2hJkA

この動画めちゃくちゃよくまとめられてるなぁ

俺がネクソンゲーで軽く廃ってたのはアスガルドテイルズウィーバーマビノギの頃だから20年前くらいか

17年前くらいはNCSOFTゲーや台湾Gamaniaゲー、13年前くらいはTERA黒砂ToSといった韓国大作MMO10年くらい前から国産スマホアイドル音ゲー、5年くらい前から中国miHoYoゲーに没入してるから

ネクソンゲーを離れたあとの十数年間にこんなことがあったんだな

まあ実際には3ヶ月くらいは続けてたネトゲMOアクション国産含めても50本ほどはあったし、10年代に入ってスマホゲーが増えてからは長続きしないしょーもないアプリゲーやブラゲーを200本くらいは触ってきたけど

ちなみに俺はアラド戦記じゃなくてエルソード派だったからその点ではネクソン贔屓というわけじゃなくてNHN(ハンゲ)側だな

MMOの枠内でいうなら一番好きで開発者技術力の高さにも一番敬意を抱いてたのはネクソンマビノギだった

ナオのアニメーションアニメ絵NPCひとりひとりに専用曲やテーマ曲好感度があるアニメオタク心をくすぐる精神はブルアカに繋がっていったんだろうな

まああそこまでコテコテ萌えハーレムされるとちょっと好みじゃないから俺はブルアカは触れてないけど

かといってマビノギ英雄伝みたいにリアルっぽくされてもスンッ…ってなるんだけどね、一応そっちも初期は結構遊んだけども

ほどよい感じのアニメ系が良いのよ

2025-04-24

日常的な店もブランド化する時代

アラフォー的には違和感あるんだけど

90年代00年代10年代ってここまで日常の店がブランド化してたかなあ?

たとえばドンキホーテとか、スシローみたいな回転寿司とか、マクドナルドでさえ

何かもっと日常店舗ってしょうがくそこつかうとか、安いから使うとか、実利的なイメージだったんだけど

最近、ここ5年くらい?なんか店そのものイメージ認知改善してる気がするんだよね

 

原因の予想としては、一つはYoutuberがそこを使って企画しているか

あともう一つは、海外観光客が「この店は良い」って言ってそれが報道されるから

かなあ?

 

今の10代の感覚とか聞いてるとすごく奇妙と言うか、新鮮

呼び込み君がバズったのもすごく奇妙だったよね

2025-04-16

ジークアクスの陳腐デザイン革命

陳腐は語弊があるが

平凡もちょっと語弊がある

現実的デザイン、がしっくりくる

 

これ

https://togetter.com/li/2539066

 

個人的解釈から違うかもしれないけど

従来のガンダムって、正しくSFしてて、未知の技術を使っている感じを出すために見たことないような機器デザインをしていたんだよね

多くのSF作品はそうやってるし、それがSF醍醐味だとも思う

そういう作品では「いかにこの世界面白いか」を説明するんだけど

残念ながら、個人的にはそういうの興味ないんだよね

 

一方でジークアクスは、機器アイテム、あるいは制服キャラもかなりリアル寄りになっている

どこかで見た、なんならちょっと臭い(90〜10年代くらいに見たような)見た目をしている

こういうアイテムを出すと、その世界陳腐でつまらないものに感じられるはずなので、「何でこんなことを?」と思うかもしれないが

こういったデザインは「その世界現実と同じだ」と教えてくれるんだよね

時代場所も違うけど、現実と同じような人間関係があって、現実と同じような悩みがある、たまたまそこに生まれただけの主人公の話ですよと訴える効果がある

 

個人的にはこっちの方が大好きで、だからジークアクスは初めて最後まで見れるガンダムになりそうなんだけど

これSFじゃないよなーっていう心配ちょっとしてる、まあ面白けりゃ良いんだろうけど

 

鶴巻監督(feat庵野)のやり方って大体そうだよね

SFオブジェと、嫌になるくらい現実的景色の両方を同じ画角に映すことでギャップを生み出す手法

TVエヴァでもやけにウォークマンやら電線やら映してたじゃん

フリクリだってパンをこねるロボとか、日常に溶け込むプラントとか

あの手法って思ったより一般化してない気もするけど何でだろね、両方際立つから好きなんだけど

あとシンエヴァはやりすぎだと思う、電車描きたいだけだろ

2025-03-31

タイミングが悪すぎる今夏NHK太平洋戦争後80年アニメ

マンガ読みの間では知られた'10年代戦争マンガの名作"cocoon"が8月NHK放送予定でアニメ化されたんだけども

ジブリ出身スタッフ設立した新鋭スタジオ株式会社ササユリ制作なもんで、画づくりがまさにジブリ

3月NHKBS先行放送直前というタイミングでOpenAIによるジブリ風生成プロパガンダが勃興

ほぼのれん分けとはいえジブリ名前ではないスタジオジブリっぽい絵を描いた作品を出すタイミングとしてはあまりにも最悪すぎる

あとそのササユリが「Grokさんに聞いてみた結果が・・・!?!?」とか言ってスクショポストしてるもので( https://x.com/sasayuricafe/status/1894559247519944780 https://archive.md/V1UnU )

なんか頭痛いな…

唯一の救いと言えば、先行放送見てるのBS見られる原作ファンとコアなアニメフリークぐらいしかいないというところで、やいのやいの言われなかったこ

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