はてなキーワード: 訪問とは
俺は大阪近郊の地方都市在住のおっさんだ。自治会総会が日曜日に開催されたので出席してみた。
今、納得できない事があったのでここでぶちまける。
俺の所属する自治会は約120世帯からなるが組織率は8割程で自治会に参加する世帯は約100世帯だ。
自治会は10班に分けられており今回の自治会総会は自治会費の徴収が終わった直後の5月のGW開けの最初の日曜日に開かれた。
納得できないところ
1. 数日前にいどばた総会と題するチラシが郵便ポストになげこまれており、日時と式次第の記載があった
2. 式次第によると映画の上映の後、新生・自治会のこれからについて(以下議事とする)、話し合いが行われるとあるが、予定通りの進行されなかった
3. 俺は映画には興味がなかったので議事が始まる少し前に集会所へ到着した。すると映画が終わるタイミングだったらしく、予定より10分早く議事が始まってしまった。
4. 約10分を費やして会計報告が行われ今日はこれでおしまいですと告げられた。終わったのは議事が始まる時刻だった
5. 議事(新生・自治会のこれからについて)には触れられず終わったことに意見を述べると、個別に応対します。この場は終わりですとこことだった
6. 参加者は15人程度で、俺のように議事に参加するたに映画上映中に集会所に来る人は居なかった
7. 自治会費を銀行振込にすれば、班長が個別の世帯を徴収に回る手間を防げるのではと提案したが、高齢者にとっては班長が個別訪問してもらうほうが良いので銀行振込は却下
8. 集会所の登記が個人名義となっている点が以前から問題となっている。登記を自治会へ変更する件はどうなっているかを、自治会費総会で問いたかったが出来なかった
9. 4月末に回覧が回ってきて次の自治会総会で新生・自治会のこれからについて、が発表されると記載があった。今回のいどばた総会がどうやら自治会総会であるらしい。自治会総会におかしな名前をつけるのはどうなのだろう?
経緯は不明ですが、日章丸は政府に逆らってという話なんですか?
しっかりあれこれの確認を取ったうえでの行為だったと思いますが、、、
中東との関係を重視する政治家や後ろ盾があってのことですがな。
もし本当に国の圧力での航路変更であれば、むしろネットの批判が原因ではないでしょうか。
相当(イラン側)の保証がなければ船会社(乗務員)はホルムズ海峡を通れないのではないでしょうか。
日本政府がどういったなどといことはあまり影響はないし、今回のことがもし国の影響だとしたら、今後への影響は大きいですね。
何しろ船員にとっては命がけなのだし、ほかの国の船の乗員になることだってありうるのではないでしょうか。
(船員さんは割とグローバルな世界だと思います。言葉ができれば)
今日は、モデルナに焦点を当ててみましょう。そして、93%の有効性について、その有効性研究の終わりには何が残ったのか——つまり、何も残らなかったのです。
https://nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2113017
1. モデルナは言いました:93%の有効性。研究の終わりに自社のデータは別のことを示しました。5年間、誰もそれについて話していませんでした。
2. 盲検化されたフェーズの終わりに、29,362人の参加者のうち27,109人がPCR検査を受けました(参加者決定訪問、PDV)。
これは補足資料の表28に記載されています。Abstractにはありません。プレスリリースにもありません。
わかりました。それでは、彼らの言葉を信じてみましょう。
4. 研究終了時点で感染に対する保護効果がすでにゼロだった場合、では
– すべての「3G」、– すべての「あなたはもう誰も感染させない」、
は、製造元データがその時点で示していなかった効果に基づいていました。
93%は、症状のある疾患に関するものでした。
感染や伝播に関するものではありません。それでも、ワクチンはこう売られました:「あなたは接種された = あなたはもう誰も危険にさらさない。」 しかし、研究の基準は全く別のものでした。
6. これは言葉遊びではありません。
これは、感染保護と伝播保護を宣伝された保護ワクチンと、今日では製造元が控えめに主張するように、Covid19感染後の病状を緩和する薬であるとされるものとの違いです。
モデルナはすべての民事訴訟で、感染保護と伝播保護についてはもうずっと前から何も知りたくないと言っています。彼らはすでに長い間、この物質はCovid19の疾患緩和のための薬としてのみ意図されていたと主張しています。しかし、それについては臨床試験が一度も行われておらず、専門情報にもそのような根拠はなく、何より2021年と2022年に保護ワクチンを接種した誰もがそれをそのように理解していませんでした。正にその背景で、後付けの説明がなされるのです。
感染保護と重症経過の緩和は自己保護に関わり、決して義務や圧力を正当化するものではありません。
それは常に、しかしSpikevaxが決して提供しなかった伝播保護だけでした。EMAの2023年10月18日の文書がすでにそれを証明しています。
接種前に、接種された人々は、盲検化フェーズの終わりに自社の研究データで感染に対する効果がもはや検出できなかったことについて、啓発されましたか?
もしノーなら、「インフォームドコンセント」 - 「インフォームドコンセント」は何に基づいていたのでしょうか?
8. 私たち、ワクチン被害者を代表する者たちにとって、まさにそれが核心です。
製造元の研究データは、政治的に売られた形で——他者保護——の利益が決して存在せず、決定的な期間中常に証明されず、今日までそうです。
9. モデルナの有効性研究は嘘をついたわけではありません。補足資料は公開されていました。
しかし、「付属の表28」と「誰もが読む見出し」の間で、一国が義務、排除、解雇、損害についてどのように判断するかが決まりました。
✅ PDVデータの完全開示、接種済/未接種の内訳を含む
✅ 明確な区別:疾患に対する効果 ≠ 伝播に対する効果、そしてなぜそのような効果があるべきか
『傘をひらいて、空を』という小説ブログがあります。こちらが好きで、たまに読んでます。ホッテントリ入りすることが年に数回あります。※気になった人は各自検索
この日記は、作者へのリスペクトを模倣作品に込めたものです。この時代は、まだAIに小説を創る機能はありませんでした。作れたとしても使い物になりません。というわけで、純粋100%私個人による模倣作です。
一体、どんなものを書いたらと思ったのですが、ここはやはり恋愛ということにしました(元ブログでも頻繁に取り扱ってます)。
実際に書いてみた感想ですが、やはり他者の文体を真似るのは……そこまで難しくはなかったです笑
ただ、やはり、文章に込められた魂までを真似るのは相当困難です。正直、魂まで一緒に真似られたとは思ってません。
ブクマ数はさほどではありません。はてな匿名ダイアリーにも一般的とされるテーマや文体があって、それに外れると受けにくいのだと思います。
地方都市にある会社に勤めていた頃の思い出です。実際田舎なのですが、国道沿いに、居酒屋やBar、スナックやラウンジが立ち並ぶエリアがありました。私も先輩に連れて行ってもらい、「意外といいじゃん(^_-)☆」と感じ、月に1回程度、行きつけのラウンジに通ってました。そこでの思い出です。
本作には、かつて総合商社で働いていたお爺さんと、ケチなおじさん(職業不明。おそらく現場系)が登場します。当時20代の私は夜のお店素人であり、お爺さんが如何に優良客で、おじさんが以下にクソ客であるかを認識できませんでした。今だったら、どのお客さんが綺麗な飲み方をするとか、ちゃんと理解できます。
お爺さんは人柄がいいから皆に人気で、金払いもよかったです。嫌味なところがなく、総合商社で上級管理職を勤める人はやっぱ違うな~、と思わせるものがありました。
対しておじさんの方は、酔っぱらうとラウンジ嬢やほかのお客さん、特に若い子(男女問わず)に絡んだりしてました。私も絡まれた経験多数です。あの手の輩は、自分が受けれられていると錯覚しているのが困ったものです(..)
最終的には、おじさんが作中にあったように『爆発』してしまい、暗黙的にお店を追い出される格好となりました。当時の私は、あの嬢の接客方法が彼を追い出すためのものだと理解できませんでした笑
書こうと思ったキッカケは、夢でした。夜寝るときの夢で、高校時代を思い出したのです。
こちらの作品に出てくる高2の人が、かつての私です。あの時は確か、先輩の女性に「一緒に帰ろう」と声をかけられて、でも何だか面倒だったので断りました。
何が面倒だったかというと、先輩は電車ルートで、私は自転車ルートだったので、彼女を送るとなると駐輪場まで遠回りになり、時間がかかってしまうのです。それだけでした。
あの人については、今の私が思い返して判断するに……まあ、普通に可愛らしい人だったと思います。でも、当時の私は、そういうことに興味がありませんでした。それより大事にしていることがあって、恋愛なんてやってられないという状況です。
今思えば、「一緒に帰るくらいなら」と思うこともありますが、そう結論すると、ひたむきだった頃の自分に失礼である気がします。
ほか2つのエピソードは、それぞれ私が成長して成人になった後でのものです。登場人物との交友関係は知人レベルであり、そこまで深堀りできなかったのが悔やまれます。
この日記はですね、ちょっと……。大変申し訳ないのですが、ラスト場面が実際に目撃したことではないのです。伝聞です。昔働いていた職場があったのですが、そこに出入りしていた消防設備会社のことです。
なぜ、そんなに詳しいかと言うと、私が当時彼らとの契約及び監督・検査を担当しており、一緒に現場に行くことが多かったからです。相手の会社に訪問することもありました。
ストーリーの内容は、私の目線で直接体験したものはそのままに、情報収集や伝聞で手に入れた情報については、特に慎重を期して記述するようにしています。
こちらの主人公の人ですが、純朴そうな見た目で、人柄も悪くはなかったです。むしろいい方でした。それがしかし、あんなことになろうとは。まさに豹変でした。ある時から人格レベルで変わってしまったのです。
いきなり人が変わったようになった彼を見るのは、複雑な気分でした。不愉快というか、残念というか、物寂しいというか、いろんな感情が湧いてきました。
シナリオ分類で言うと、NTRものです。人によっては脳が破壊されるかもしれません。謝罪いたします。一度はNTRを書いてみたいなという感情に抗えず、やってしまいました(;_:)
今から何十年の前のこと。京都市にある飲み屋街での思い出です。
西木屋町のすみっコぐらしに居酒屋がありました(今はもうない)。店主と、数人のアルバイトで回しているお店でした。店主の人柄はパワフルで、料理の腕も◎です。こだわりが凄かった記憶があります。
当時、アルバイトの帰りに気分がよくて、かつお金に余裕がある時、チビチビとお酒を飲んで帰ってました。食事もそれなりに楽しんで。
エピソードが並んでいますが、学生時代の私が目撃したものです。中にはグレーな接客のシーンもありますが、当時だったらまあ、ギリセーフかな……?というところです。
学生も社会人も引退世代も通えるような、絶妙な価格設定のお店でした。いろんなお客さんがいて、たまにエキサイティングな体験ができました。暴力沙汰もあの時代ですので、あるにはありました。
道頓堀へのダイブじゃないですけど、調子に乗った若者集団が、誰かを胴上げした後で、増水した高瀬川に落っことしているのを何度も見たことがあります。まったく笑えません<`ヘ´>
「懐かしい」と感じながら、こちらの日記を書いた記憶があります。執筆したのは二年以上前なのですね、本当に人生はあっという間です。
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前回(2024年末)の投稿時、いくつかのブコメをもらいました。
個人情報の観点もありますが、なにより私が恥ずかしいからです。
嬉しい感想をもらったりして、
投稿をやめようと思ったことが何度かありましたが、ファンの方々を
裏切ることはできない想いがあり、一応完結までいきました。
その時代の後悔があって、人生一度は多くの人を楽しませてみたい、
あらすじで言うと柔道ものです。大学まで柔道をやっていた関係で、
2023年アニメに『もういっぽん!』という作品があるのですが、
なんと、こちらの原作漫画に私の小説がモロに反映されてました笑
キャラクターの魂の一部まで模倣してくれたのが嬉しかったです。
※偶然ではありえないような設定の一致が最低5カ所ありました
おそらく当時、作者の人が読んでくれたんだろうなぁ……と思いながら、
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当時彼は20代で、職場の立ち位置はルーキーでした。恋愛の腕前がどの程度かは不明でしたが、モテないということは否定できないみたいな、なんともいえない印象でした。
そんなある日、彼のところに新卒の女の人が来て業務の相談をしていました。仕事の話が終わった後で、「わたし、髪切ったんですよ♪」と、外見の変化をアピールしたのです。
そしたら、彼は「似合ってるね!」という台詞を口にして、彼女は嬉しそうにしていて、その場から去ったのですが~~その後に上司から注意を受けてました。
「今時は、そういう発言はセクハラになるからね😶」という趣旨の指導でした。
なるほど、今時はそうなのだなと思って厚労省のガイドラインを読んだら、確かにそのとおりであり、納得した記憶があります。相手によってはハラスメントになるので、相手の外見を褒めるのはNGということです。
※上記の場合はセーフだと思います。上司の発言もそれをわかったうえで釘を刺したのかと
人間一人あたりの価値ですが、時代を経るごとに上がっています。いわゆる人権というやつです。昔だったらOKだったコミュニケーションが、今ではアウトになってしまいます(..)
都会の方にある会社であれば、そういったコミュニケーションは厳に慎まれているものと存じます。皆様の職場はいかがでしょうか。
公務員増田などと呼ばれて久しいですが、確かに昔は公務員をしておりました。
私が書いたものをブクマされる方に、『はてな気砲』なるワザを編み出した方がおられるのですが、やはり業界経験のある方には見抜かれてしまうのだと思います。作品が扱うテーマがモロなこともあるのですが、文章の書き方でわかるのかと。
これは、とある電子機器メーカーでのお話です。こちらの会社に勤めていた人で、不幸なことになった女性がいました。ありていに言うと自殺です。会社の責任だと私は思ってます。
前職を辞めた理由は、先輩や同僚がやはり同様の理由で命を落としたからです。退職理由の大半です。人の命を大事にしない職場環境では、今後ずっと働けないと感じました。まさか、次の会社でもそうなるとは思いませんでした。
自殺願望というのは、案外普遍的な感情なのかもしれません。『死にいたる病』といった名著にもあるのですが、人間、視野が狭くなると必然的に誤った選択をします。死の方が楽になるのです。
迷っているときにもっとも必要となるものは、いつでも、一番思いつきにくいものなのだ――これは当然のことである。だって、そうでなかったら、それは迷いではないわけであろうから。 死にいたる病(中盤あたり)
当時を思い返すと嫌な気分になります。しかし思い出を否定しても、またやってきます。臆さずに感情を受け入れて、消化してしまうのが最良だと思います。
年末には長編を投稿することが多いです。こちらの日記もそうでした。
かつての京都府での公務員時代は、数年だけ教育の仕事に携わっていました。学校教育ではなくて、その亜種みたいなジャンルです。その頃の(大分昔ですが…)思い出を日記にまとめました。
物語の主人公の人ですが、学校の先生出身で、京都府教育委員会で長年働かれていた人です。私が教委事務局に出向になった年に定年退職し、以後は再任用で働いていました。一緒に働いていた時に、昔の話をいろいろしてくれることがあって、今でも記憶にしっかと刻まれています。
私個人の価値観ですが、仕事に対してマジになる方ではありません。それが悪いことだとは思いません。ただ単に、仕事を崇高な事だと信じる人と、そうでない人の違いです。
元厚労相の村木厚子さんのような、複数の社会で生きることを提唱するタイプです。教委事務局での仕事についても、超絶キツかったのは間違いないですが、それでも手を抜けるところは全力で抜いてました。
公務員ものを描くにあたって、難しいところがあります。私は現場の最前線で働いていたこともありますし、裏方の事務スタッフだったことも、『決める側』だったこともあります。それでも日記を書くにあたっては、現場のこと(意思決定の裏側)を書いた方が皆様にとって面白いのは間違いありません。
ただし、長年公務員をしていたわけでもありません。限界がある部分については、市町村の役場を訪問した時とか、イベント動員で出動した時とか、プライベートで役所がスポンサーになっている行事に参加した時など、思い出を活用して日記を作るようにしています。
今でも懐かしくなって、京都~大阪を訪れることがあります。昨年末も一時帰省しました。
市内には飲み屋がたくさんあるので、同じカウンターに座ったお客さんと話が盛り上がることもあります。わいわいがやがやな時もあれば、しんみりと語り合うこともあります。こちらの日記に書いたのも、その時の思い出です。
それぞれ、京都の祇園~木屋町での飲みの思い出です。語り手は、京都市内で土地家屋調査士として営業している人に据えました。お話の仕方に大変熱量のある人でした。うざいくらいに自分の考えを語るというか、素面でも酔っぱらってるみたいな人でした笑 仕事の腕前はホンモノです。
「都会と地方での若者の違い」をテーマに据えましたが、実際、そんなものはないと思ってます。それぞれの居住地を入れ替えれば~に帰結する類のつまらない話です。江戸時代の人が現代に来たら、現代人の様式にすぐ馴染むみたいな。
ただ、都会の方が若者の密集度が段違いです。特に優れた若者だと、同程度の資質を有した人と出会うことで才能が開花するものと存じます。それが、東京一極集中というか、一例として、大学が都心部に集積していることの強みだと思います。強者同士が出会うことで、『ブルーロック』で言うところの化学反応が起きるのです。
その意味では、田舎よりも都会の若者の方が視野が広くなるし、能力・資質も発展しやすいのは間違いないです。
公務員時代のお話です。同期入庁の人で福祉部門に配属された人の記録です。
フロアが近かったのもありますが、彼のことは強烈に印象に残っています。というのも、悪い意味での有名人だった時期があるからです。
日記中には、いろいろと不適切な描写がありますが、実際に起こったことです。思い出を整理する、文字にして吐き出したいという思いに抗うことは難しく、詳らかに描いてみようと思いました。
地方自治体の職場だと、あまり大きい声を出す職員はいません。一般住民に近い職場が大半であり、コンプライアンスの観点があるからです。しかし、一般住民があまり来ないような職場だと、問題のある行為をする人間も存在します。むろん少数派ですが。
主題はそっちではなく、作中で取り上げた人のことです。「彼が福祉部門なの!?」と若かりし頃の私は思いました。彼の高校時代を振り返っても、福祉への適性があるとは思えませんでした。
しかし、何年も経ってみると、彼は実際に適応してました。直接見聞きした回数は少ないですが、府民からも業者からも、一定の信頼は得ているものと思いました。
彼は今でも公務員として働いているはずです。彼と一緒に仕事をした経験はそこまでなく、食事や飲みに行った回数も同様です。日常的な絡みはありませんでした。ただ、学生時代に同じクラスだったから知ってるというだけです。
それでもわかるのです。今でも、彼は自らの人生の目的を達するために、公僕としての勤めを果たしているのだと。
実は、昨年末頃に職場を観に行ったら、オフィスのすみっコに彼が座ってました。奥の方だったので役職が付いたのかもしれません(^^)/
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【閑話③】よくブクマしてくれる方
以下の表中のコメント回数(期間:2023.1~2023.12)ですが、概算になります。
データは整理していますが、専門的なスクレイピング・データ加工はしていません。
コメント回数は、すべて「少なくとも」です。確実にこれだけの回数があります。
以下、ブクマカ名は一部を除いてぼかします。ある程度わかる表現にはしています。
| ブクマカ名 | 私個人の感想 | コメント回数 |
|---|---|---|
| ネコとグラス | いつもコメントありがとうございます(^^) | 11回 |
| はてな気砲の人 | いつも流石です。私を見抜くAIを作られては? | 10回 |
| スター数1位 | 含蓄あるコメント。今では引退されたのですね泣 | 7回 |
| ゆっくり風の女性 | 同じく2023年からブクマが増えてます。転生された? | 7回 |
| ハックルベリー | 心にドーンとくるコメントが多いです(;'∀') | 7回 |
| 目がデカい女性 | 私にとっての伝統的なブクマカです(..) | 7回 |
| 口紅 | 理性的なコメントが多し。今後もよろしくお願いします | 7回 |
| ひげおじさん | 小説作品へのブクマが多いですね | 5回 |
| ゆかり | またいつか釣り針パクーしてくださいw | 4回 |
| ナニカを飲んでるおじさん | ビジネス面に鋭いコメントをなされますね | 4回 |
| firststar_hateno | お前が№1だ……!! | 4回 |
| おたまじゃくし | 小説作品がお好きなんですねぇ笑 | 4回 |
| スーツ姿の男性 | パワーのあるコメントをされます笑 | 4回 |
| 忍者 | 目線が鋭いですね。私ですら気が付かない視点を…… | 4回 |
| eggman | 無言ブクマ歓迎です!(^^)! | 3回 |
| 介錯 | 芸術肌の方。もっと温かい雰囲気の日記を増やしますね | 3回 |
| 悩んでそうな女性 | 小説作品の読み込みがすごいです。勉強になります | 3回 |
| fossilcat | 会長視点じゃないですけど今年投稿したいです | 3回 |
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【最後に】
昨年末頃は、皆さまに大変ご迷惑をおかけしました。諸事情により詳細を申しあげることはできませんが、深く反省しております。
今後につきましては、お読みになる方に、(怒りや悲しみといった負の感情ではなく)ポジティブな感情を与える作品づくりをめざします。
2026年3月16日の辺野古沖抗議船転覆事故から1ヶ月以上が経過した現在も、ヘリ基地反対協議会(安次富浩氏ら)は遺族に対し、直接的な対面謝罪・手紙・弔電を一切行っていません。
https://news.yahoo.co.jp/articles/a8e1ce17609471c2b5cac0a6f5b279117d0b58c8
記事によると、共同代表の仲村善幸氏と事務局長の東恩納琢磨氏に記者が「なぜ遺族に謝罪しないのか」と直接聞いたところ、両氏とも口を揃えて「弁護士に聞いてください」と回答しただけでした。4月3日頃に弁護士を通じて「遺族の意向を確認中ですのでお待ちください」と学校側に連絡した記録はありますが、対面謝罪や手紙・弔電などの具体的なアクションは確認されていません。
この「謝れない」姿勢は、単なる個人の冷たさではなく、構造的な問題です。
共同代表制・構成団体連合という分散型組織のため、誰が最終責任者かわかりません。共産党(北部地区委員会が構成団体)、日本基督教団社会派、労働組合、辺野古基金などが緩やかに連携し、責任をたらい回しにできます。結果、「団体として謝罪した」「政府の責任だ」と主張することで、個別・具体的な謝罪を回避します。
「平和」「反基地」「民意の抵抗」という強い大義が、違法占拠(テント村・海上カヌー)や違法運航(無登録船・無保険)を正当化します。謝罪をすれば「自分たちの活動に非がある」と認めることになり、運動の正当性が揺らぐため、心理的・組織的に極めてハードルが高い。
最も深刻な要因は、運動の継続自体が利権を生み出す分散型ネットワークです。
・辺野古基金の資金循環 2015年に設立された辺野古基金は、2026年3月末時点で寄付総額約8億5,492万円(124,939件)を集め、ほぼ全額を反対運動の支援・運営費に充てています。主な寄付元は教職員組合(日教組・全教)や自治労などからの組織的寄付です。
・修学旅行・平和学習からの収入 年間約2,000校に上る沖縄平和学習で、抗議船使用料(「協力金」「カンパ」名目で1人あたり数千円)、民泊プログラム料、ガイド料が発生します。同志社国際高校の事故時も、船員3人に対して各5,000円(計15,000円)が支払われていました。
・激励ツアーなどの商業的活動 富士国際旅行社などが「辺野古・高江激励訪問ツアー」(8〜9万円/人)を定期的に企画・販売し、ヘリ基地反対協議会が現地ガイド役を務めています。これらの参加費もネットワーク内に還流します。
・宗教献金の役割 日本基督教団社会派では、信徒献金や牧師謝儀が抗議船購入・運用資金に間接的に使われるケースが確認されています。
一つの団体が「やめよう」と言い出せば、全体の資金源が失われ、ネットワークが崩壊する可能性があります。このことが、主体的な意思表明・反省・方針転換を実質的に不可能にしています。
安次富浩氏ら協議会メンバーは事故直後の記者会見で私服のまま出席し、腕組みをして仏頂面で臨むなど、責任回避的な態度が目立ちました。小池晃共産党書記局長も会見で「平和の問題を一生懸命勉強して沖縄まで来られた方が…命を落とされるのは絶対あってはならない」と述べ、事故を「平和教育の犠牲」として位置づけ、政府責任論を強調しました。
戦前は軍部・政府が「聖戦」「神風」「大本営発表」で失敗を認めず、内部批判を「非国民」として排除しました。現在も「平和」という大義名分のもと、事故原因の自己検証や活動の見直しが極めて困難になっています。明確な指揮系統がない分散型ネットワークは、外部からの是正圧力(海上保安庁捜査・文科省通知)を受けつつも、内部自浄が機能しない「集団無責任体制」を生み出しています。
基地反対団体の「謝れない構造」は、集団無責任体制+大義名分+相互依存ネットワークと資金還流が複合的に絡み合った結果です。
これは戦前の総動員体制の「誰も最終責任を取らない」病理を現代版です。トップが存在しない様々な団体が、思想と利権で結びついているため、「大義に逆らう」主体的な反省や方針転換をすることは、実質的に不可能な状態です。
中村イネ時代に未成年喫煙、有名漫画家の妻との不倫などがあったが作曲クオリティが高いので許されてる
・播磨屋(おかき屋さん)
やばいトラックを走らせたり、パンフレットにもやばい思想(思想というか電波だろ)を載せてるが、肝心のおかきが美味しいので許されてる
世界設定
初期のSDは「異次元からの訪問者」というキャッチコピーで展開されていた。球体関節とテンションゴムによる「創作人形的」な構造に、パーツの交換や改造といった「模型的」なシステムを取り入れたSDは、それまでの着せ替え人形、ガレージキット・フィギュアの中においてまさに「異次元」であり、革新的な「素材」であった。
だが、「天使の里 聖母降臨の儀」の前後を境に、オーナーとSDを密接に繋ぎつける設定展開が盛んになり、それまでの「好みに改造できる球体関節人形のガレージキット」から「購入者の人格を反映する(ボークスは「もうひとりの貴方」と表現する)完成品ドール」へと変化していった。
SD写真集「もうひとりのわたし」にも記載されている「SDの世界観」と題された図説によると、オーナー(SDを所有する人)とSDは「おみ霊(おみたま)」という人智を突き抜けた存在でリンクしており、オーナーとSDは死後も一体の存在であると説いている。こうした擬似宗教的な設定が一部のSDオーナーから嫌われており、「SDの世界観」と題された図説に対する署名サイト 等、抗議運動が起こった事がある 。
一連の世界観設定の中で霊魂のような意味合いで使用されている「おみ霊」という単語は、一部の新宗教(真光系諸教団)で実際に使用されている言葉であり、一時はそういった集団とボークスの関係性が疑われたこともあった。
2006年11月、関西ローカル局のテレビ番組でSDが紹介された際に、スタジオで社長自らが「SDを持つと健康になる」等の「五つの効能」を紹介した。「五つの効能」とは、SDを所有することによって「心が癒される(健康)」、「友人が増える(家族)」、「仕事に意欲がわく(収入)」、「知識が増える(教養)」、「自分自身を見つめ直せる(人格)」というものである。
無論、これらの心境や生活の変化は、SD以外の趣味を楽しむ中でも起こり得るものであり、「まるで霊感商法ではないか」とオーナー間で波紋が広がった。
「平和学習」は、教育機関が生徒の監督を外部団体へ委託し、教育基本法の禁止する政治教育を行わせるとともに、教師が管理責任から免れる構造があります。
団体は相互にネットワークを形成し、組合費・寄付 → 基金 → 抗議団体・民泊プログラム → 学校平和学習という資金・人材・プログラムの循環を生み出し、「偏向教育産業」を形成しています。
事故を契機に、文科省通知や学校調査で「外部丸投げ」「政治的中立性」の見直しが進みました。**しかし、調査の中心は「学校が外部団体を利用した場合の学校・法人側の責任」に置かれており、外部団体・組合自体への直接的な立入調査や特別指導は現時点で確認されていません。
「偏向教育の土壌」の中心と位置づけられ、組合費の辺野古基金支援や平和学習プログラム後援が指摘されていますが、文科省・教育委員会レベルでの調査は行われていません。地方公務員組合としての政治活動は教育基本法の直接規制対象外とされています。
辺野古基金支援団体ですが、公的調査の対象にはなっていません。
全教は自ら2026年4月23日に談話を発表し、文科省通知を「平和教育への過度な萎縮」と批判していますが、行政からの調査・指導は確認されていません。
自治労・教員組合からの資金支援を受けた基金ですが、教育関連の公的調査は行われておらず、資金の流れ自体への行政検証もありません。
同志社国際高校の調査の中で「抗議船利用の実態」として間接的に言及されています。大阪府教委の学校調査では「同団体との関わり有無」を学校に確認(4月20-23日回答期限)しましたが、団体自体への調査ではありません。
反基地運動の政治的枠組みとして名指しされましたが、教育委員会・文科省レベルでの調査対象外です。
文科省が2026年4月24日に現地調査を実施しました(約4時間、京都府同席)。文科省高等教育局私学部を中心に10人規模で訪問し、安全管理体制、平和学習の内容、学校法人としての管理責任、研修旅行の企画・下見・保護者説明などを直接聴取。理事長は「責任を重く痛感」「安全管理の改善に取り組む」と回答しました。京都府は校外学習自粛要請を継続中です。これが記事で挙げられた「外部丸投げ事例」の是正に向けた最大の行政対応となっています。
同志社調査の中で「民泊プログラムの実態」として間接的に確認されていますが、個別団体・家庭への公的調査は行われていません。
文科省の4月7日全国通知が契機となり、同志社法人への直接調査や大阪府教委の全校書面調査(抗議船団体関わり確認)のような動きが生まれました。
組合・基金・抗議団体は「民間団体」として位置づけられ、教育基本法の適用は学校側に限定されるため、直接的な行政調査には至っていません。この状況は、「教育基本法の形骸化」に対する行政の是正アプローチが「学校責任の明確化」に留まっていることを示しています。
• 「なんかちょくちょく言われるけどBLは女性向けポルノだしな…男性向けポルノが女性蔑視でないことあります?女性向けポルノが多少男性蔑視でも怒らないでほしい…」
• 「男性にそこまで忖度しなくて良いのでは?…男性向けポルノに規制なんかいらないです!垂れ流しましょうとは言わないですよ」
• 「明らかに男性向けポルノは行き過ぎてるものが多種多様にあるので女性向けレベルにまで落ち着いてもらいたい」
• 公的立場では宇崎ちゃん献血ポスターなどの萌え絵・男性向け性的表現を「ジェンダー規範の再生産」と批判。
• 一方、自身は過激なBL作品を商業執筆していたことが2024年に指摘される。
• 「女性蔑視・規制当然」「擁護する人間が気持ち悪い」と発言。
• 「フィクションを今後も楽しみたければ、フィクションはフィクションにとどめるべし!!」
• 「フィクションと現実の女児を切り離せないのであれば、今後LOでロリコン漫画は描かない」
• 「警察の方はとても誠実な態度でお話しを聞いてくださいました。がいがぁはアイアムアヒーローやウシジマくんのコマ割りの影響を受けていて…」(事件模倣供述を受け、フィクション表記や注意喚起の提案について)
• 作品に「この作品はフィクションです」「作中の行為を真似すると犯罪になります。一切の責任を負いません」などの表記を検討する方向を示唆。
BL作家側の発言は、男性向けポルノを「女性蔑視」「行き過ぎ」「忖度不要」と指摘しつつ、
男性向けポルノ作家・編集部は、「NOタッチ」「現実害防止」「フィクションはフィクションに留める」で一貫。
https://anond.hatelabo.jp/20260425003414
なお、この論争において、石田仁志(ジェンダー学者兼ゲイ当事者)が「表象の横奪」という概念を提唱。彼はのちに論文を英語化。彼の論考は、海外ジェンダー学の最重要文献の一つと位置付けられるに至った。
https://anond.hatelabo.jp/20260424081652
https://anond.hatelabo.jp/20260424215409
「あ、鳴つた。」
と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾をかぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。
「近いやうだね。」
「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」
「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり深いと生埋めの危険がある。」
「でも、もすこし広くしてもいいでせう。」
「うむ、まあ、さうだが、いまは土が凍つて固くなつてゐるから掘るのが困難だ。そのうちに、」などあいまいな事を言つて、母をだまらせ、ラジオの防空情報に耳を澄ます。
母の苦情が一段落すると、こんどは、五歳の女の子が、もう壕から出ませう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段は絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。
この父は服装もまづしく、容貌も愚なるに似てゐるが、しかし、元来ただものでないのである。物語を創作するといふまことに奇異なる術を体得してゐる男なのだ。
ムカシ ムカシノオ話ヨ
などと、間まの抜けたやうな妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのづから別個の物語が※(「酉+榲のつくり」、第3水準1-92-88)醸せられてゐるのである。
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瘤取り
ムカシ ムカシノオ話ヨ
ミギノ ホホニ ジヤマツケナ
このお爺さんは、四国の阿波、剣山のふもとに住んでゐたのである。(といふやうな気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐるものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。この瘤取りの話に限らず、次に展開して見ようと思ふ浦島さんの話でも、まづ日本書紀にその事実がちやんと記載せられてゐるし、また万葉にも浦島を詠じた長歌があり、そのほか、丹後風土記やら本朝神仙伝などといふものに依つても、それらしいものが伝へられてゐるやうだし、また、つい最近に於いては鴎外の戯曲があるし、逍遥などもこの物語を舞曲にした事は無かつたかしら、とにかく、能楽、歌舞伎、芸者の手踊りに到るまで、この浦島さんの登場はおびただしい。私には、読んだ本をすぐ人にやつたり、また売り払つたりする癖があるので、蔵書といふやうなものは昔から持つた事が無い。それで、こんな時に、おぼろげな記憶をたよつて、むかし読んだ筈の本を捜しに歩かなければならぬはめに立ち到るのであるが、いまは、それもむづかしいだらう。私は、いま、壕の中にしやがんでゐるのである。さうして、私の膝の上には、一冊の絵本がひろげられてゐるだけなのである。私はいまは、物語の考証はあきらめて、ただ自分ひとりの空想を繰りひろげるにとどめなければならぬだらう。いや、かへつてそのはうが、活き活きして面白いお話が出来上るかも知れぬ。などと、負け惜しみに似たやうな自問自答をして、さて、その父なる奇妙の人物は、
ムカシ ムカシノオ話ヨ
と壕の片隅に於いて、絵本を読みながら、その絵本の物語と全く別個の新しい物語を胸中に描き出す。)
このお爺さんは、お酒を、とても好きなのである。酒飲みといふものは、その家庭に於いて、たいてい孤独なものである。孤独だから酒を飲むのか、酒を飲むから家の者たちにきらはれて自然に孤独の形になるのか、それはおそらく、両の掌をぽんと撃ち合せていづれの掌が鳴つたかを決定しようとするやうな、キザな穿鑿に終るだけの事であらう。とにかく、このお爺さんは、家庭に在つては、つねに浮かぬ顔をしてゐるのである。と言つても、このお爺さんの家庭は、別に悪い家庭では無いのである。お婆さんは健在である。もはや七十歳ちかいけれども、このお婆さんは、腰もまがらず、眼許も涼しい。昔は、なかなかの美人であつたさうである。若い時から無口であつて、ただ、まじめに家事にいそしんでゐる。
「もう、春だねえ。桜が咲いた。」とお爺さんがはしやいでも、
「さうですか。」と興の無いやうな返辞をして、「ちよつと、どいて下さい。ここを、お掃除しますから。」と言ふ。
お爺さんは浮かぬ顔になる。
また、このお爺さんには息子がひとりあつて、もうすでに四十ちかくになつてゐるが、これがまた世に珍しいくらゐの品行方正、酒も飲まず煙草も吸はず、どころか、笑はず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、近所近辺の人々もこれを畏敬せざるはなく、阿波聖人の名が高く、妻をめとらず鬚を剃らず、ほとんど木石ではないかと疑はれるくらゐ、結局、このお爺さんの家庭は、実に立派な家庭、と言はざるを得ない種類のものであつた。
けれども、お爺さんは、何だか浮かぬ気持である。さうして、家族の者たちに遠慮しながらも、どうしてもお酒を飲まざるを得ないやうな気持になるのである。しかし、うちで飲んでは、いつそう浮かぬ気持になるばかりであつた。お婆さんも、また息子の阿波聖人も、お爺さんがお酒を飲んだつて、別にそれを叱りはしない。お爺さんが、ちびちび晩酌をやつてゐる傍で、黙つてごはんを食べてゐる。
「時に、なんだね、」とお爺さんは少し酔つて来ると話相手が欲しくなり、つまらぬ事を言ひ出す。「いよいよ、春になつたね。燕も来た。」
言はなくたつていい事である。
お婆さんも息子も、黙つてゐる。
「春宵一刻、価千金、か。」と、また、言はなくてもいい事を呟いてみる。
「ごちそうさまでござりました。」と阿波聖人は、ごはんをすまして、お膳に向ひうやうやしく一礼して立つ。
「そろそろ、私もごはんにしよう。」とお爺さんは、悲しげに盃を伏せる。
アルヒ アサカラ ヨイテンキ
このお爺さんの楽しみは、お天気のよい日、腰に一瓢をさげて、剣山にのぼり、たきぎを拾ひ集める事である。いい加減、たきぎ拾ひに疲れると、岩上に大あぐらをかき、えへん! と偉さうに咳ばらひを一つして、
「よい眺めぢやなう。」
と言ひ、それから、おもむろに腰の瓢のお酒を飲む。実に、楽しさうな顔をしてゐる。うちにゐる時とは別人の観がある。ただ変らないのは、右の頬の大きい瘤くらゐのものである。この瘤は、いまから二十年ほど前、お爺さんが五十の坂を越した年の秋、右の頬がへんに暖くなつて、むずかゆく、そのうちに頬が少しづつふくらみ、撫でさすつてゐると、いよいよ大きくなつて、お爺さんは淋しさうに笑ひ、
「こりや、いい孫が出来た。」と言つたが、息子の聖人は頗るまじめに、
「頬から子供が生れる事はござりません。」と興覚めた事を言ひ、また、お婆さんも、
「いのちにかかはるものではないでせうね。」と、にこりともせず一言、尋ねただけで、それ以上、その瘤に対して何の関心も示してくれない。かへつて、近所の人が、同情して、どういふわけでそんな瘤が出来たのでせうね、痛みませんか、さぞやジヤマツケでせうね、などとお見舞ひの言葉を述べる。しかし、お爺さんは、笑つてかぶりを振る。ジヤマツケどころか、お爺さんは、いまは、この瘤を本当に、自分の可愛い孫のやうに思ひ、自分の孤独を慰めてくれる唯一の相手として、朝起きて顔を洗ふ時にも、特別にていねいにこの瘤に清水をかけて洗ひ清めてゐるのである。けふのやうに、山でひとりで、お酒を飲んで御機嫌の時には、この瘤は殊にも、お爺さんに無くてかなはぬ恰好の話相手である。お爺さんは岩の上に大あぐらをかき、瓢のお酒を飲みながら、頬の瘤を撫で、
「なあに、こはい事なんか無いさ。遠慮には及びませぬて。人間すべからく酔ふべしぢや。まじめにも、程度がありますよ。阿波聖人とは恐れいる。お見それ申しましたよ。偉いんだつてねえ。」など、誰やらの悪口を瘤に囁き、さうして、えへん! と高く咳ばらひをするのである。
カゼガ ゴウゴウ フイテキテ
春の夕立ちは、珍しい。しかし、剣山ほどの高い山に於いては、このやうな天候の異変も、しばしばあると思はなければなるまい。山は雨のために白く煙り、雉、山鳥があちこちから、ぱつぱつと飛び立つて矢のやうに早く、雨を避けようとして林の中に逃げ込む。お爺さんは、あわてず、にこにこして、
「この瘤が、雨に打たれてヒンヤリするのも悪くないわい。」
と言ひ、なほもしばらく岩の上にあぐらをかいたまま、雨の景色を眺めてゐたが、雨はいよいよ強くなり、いつかうに止みさうにも見えないので、
「こりや、どうも、ヒンヤリしすぎて寒くなつた。」と言つて立ち上り、大きいくしやみを一つして、それから拾ひ集めた柴を背負ひ、こそこそと林の中に這入つて行く。林の中は、雨宿りの鳥獣で大混雑である。
「はい、ごめんよ。ちよつと、ごめんよ。」
とお爺さんは、猿や兎や山鳩に、いちいち上機嫌で挨拶して林の奥に進み、山桜の大木の根もとが広い虚うろになつてゐるのに潜り込んで、
「やあ、これはいい座敷だ。どうです、みなさんも、」と兎たちに呼びかけ、「この座敷には偉いお婆さんも聖人もゐませんから、どうか、遠慮なく、どうぞ。」などと、ひどくはしやいで、そのうちに、すうすう小さい鼾をかいて寝てしまつた。酒飲みといふものは酔つてつまらぬ事も言ふけれど、しかし、たいていは、このやうに罪の無いものである。
ユフダチ ヤムノヲ マツウチニ
この月は、春の下弦の月である。浅みどり、とでもいふのか、水のやうな空に、その月が浮び、林の中にも月影が、松葉のやうに一ぱいこぼれ落ちてゐる。しかし、お爺さんは、まだすやすや眠つてゐる。蝙蝠が、はたはたと木の虚うろから飛んで出た。お爺さんは、ふと眼をさまし、もう夜になつてゐるので驚き、
「これは、いけない。」
と言ひ、すぐ眼の前に浮ぶのは、あのまじめなお婆さんの顔と、おごそかな聖人の顔で、ああ、これは、とんだ事になつた、あの人たちは未だ私を叱つた事は無いけれども、しかし、どうも、こんなにおそく帰つたのでは、どうも気まづい事になりさうだ、えい、お酒はもう無いか、と瓢を振れば、底に幽かにピチヤピチヤといふ音がする。
「あるわい。」と、にはかに勢ひづいて、一滴のこさず飲みほして、ほろりと酔ひ、「や、月が出てゐる。春宵一刻、――」などと、つまらぬ事を呟きながら木の虚うろから這ひ出ると、
ミレバ フシギダ ユメデシヨカ
といふ事になるのである。
見よ。林の奥の草原に、この世のものとも思へぬ不可思議の光景が展開されてゐるのである。鬼、といふものは、どんなものだか、私は知らない。見た事が無いからである。幼少の頃から、その絵姿には、うんざりするくらゐたくさんお目にかかつて来たが、その実物に面接するの光栄には未だ浴してゐないのである。鬼にも、いろいろの種類があるらしい。××××鬼、××××鬼、などと憎むべきものを鬼と呼ぶところから見ても、これはとにかく醜悪の性格を有する生き物らしいと思つてゐると、また一方に於いては、文壇の鬼才何某先生の傑作、などといふ文句が新聞の新刊書案内欄に出てゐたりするので、まごついてしまふ。まさか、その何某先生が鬼のやうな醜悪の才能を持つてゐるといふ事実を暴露し、以て世人に警告を発するつもりで、その案内欄に鬼才などといふ怪しむべき奇妙な言葉を使用したのでもあるまい。甚だしきに到つては、文学の鬼、などといふ、ぶしつけな、ひどい言葉を何某先生に捧げたりしてゐて、これではいくら何でも、その何某先生も御立腹なさるだらうと思ふと、また、さうでもないらしく、その何某先生は、そんな失礼千万の醜悪な綽名をつけられても、まんざらでないらしく、御自身ひそかにその奇怪の称号を許容してゐるらしいといふ噂などを聞いて、迂愚の私は、いよいよ戸惑ふばかりである。あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鉄の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。鬼才だの、文学の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狭い故であつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。このへんで、日本百科辞典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博学の士に一変して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顔をして、鬼に就いて縷々千万言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供の絵本が一冊ひろげられてあるきりなのである。私は、ただこの絵本の絵に依つて、論断せざるを得ないのである。
見よ。林の奥の、やや広い草原に、異形の物が十数人、と言ふのか、十数匹と言ふのか、とにかく、まぎれもない虎の皮のふんどしをした、あの、赤い巨大の生き物が、円陣を作つて坐り、月下の宴のさいちゆうである。
お爺さん、はじめは、ぎよつとしたが、しかし、お酒飲みといふものは、お酒を飲んでゐない時には意気地が無くてからきし駄目でも、酔つてゐる時には、かへつて衆にすぐれて度胸のいいところなど、見せてくれるものである。お爺さんは、いまは、ほろ酔ひである。かの厳粛なるお婆さんをも、また品行方正の聖人をも、なに恐れんやといふやうなかなりの勇者になつてゐるのである。眼前の異様の風景に接して、腰を抜かすなどといふ醜態を示す事は無かつた。虚うろから出た四つ這ひの形のままで、前方の怪しい酒宴のさまを熟視し、
「気持よささうに、酔つてゐる。」とつぶやき、さうして何だか、胸の奥底から、妙なよろこばしさが湧いて出て来た。お酒飲みといふものは、よそのものたちが酔つてゐるのを見ても、一種のよろこばしさを覚えるものらしい。所謂利己主義者ではないのであらう。つまり、隣家の仕合せに対して乾盃を挙げるといふやうな博愛心に似たものを持つてゐるのかも知れない。自分も酔ひたいが、隣人もまた、共に楽しく酔つてくれたら、そのよろこびは倍加するもののやうである。お爺さんだつて、知つてゐる。眼前の、その、人とも動物ともつかぬ赤い巨大の生き物が、鬼といふおそろしい種族のものであるといふ事は、直覚してゐる。虎の皮のふんどし一つに依つても、それは間違ひの無い事だ。しかし、その鬼どもは、いま機嫌よく酔つてゐる。お爺さんも酔つてゐる。これは、どうしても、親和の感の起らざるを得ないところだ。お爺さんは、四つ這ひの形のままで、なほもよく月下の異様の酒宴を眺める。鬼、と言つても、この眼前の鬼どもは、××××鬼、××××鬼などの如く、佞悪の性質を有してゐる種族のものでは無く、顔こそ赤くおそろしげではあるが、ひどく陽気で無邪気な鬼のやうだ、とお爺さんは見てとつた。お爺さんのこの判定は、だいたいに於いて的中してゐた。つまり、この鬼どもは、剣山の隠者とでも称すべき頗る温和な性格の鬼なのである。地獄の鬼などとは、まるつきり種族が違つてゐるのである。だいいち、鉄棒などといふ物騒なものを持つてゐない。これすなはち、害心を有してゐない証拠と言つてよい。しかし、隠者とは言つても、かの竹林の賢者たちのやうに、ありあまる知識をもてあまして、竹林に逃げ込んだといふやうなものでは無くて、この剣山の隠者の心は甚だ愚である。仙といふ字は山の人と書かれてゐるから、何でもかまはぬ、山の奥に住んでゐる人を仙人と称してよろしいといふ、ひどく簡明の学説を聞いた事があるけれども、かりにその学説に従ふなら、この剣山の隠者たちも、その心いかに愚なりと雖も、仙の尊称を奏呈して然るべきものかも知れない。とにかく、いま月下の宴に打興じてゐるこの一群の赤く巨大の生き物は、鬼と呼ぶよりは、隠者または仙人と呼称するはうが妥当のやうなしろものなのである。その心の愚なる事は既に言つたが、その酒宴の有様を見るに、ただ意味も無く奇声を発し、膝をたたいて大笑ひ、または立ち上つて矢鱈にはねまはり、または巨大のからだを丸くして円陣の端から端まで、ごろごろところがつて行き、それが踊りのつもりらしいのだから、その智能の程度は察するにあまりあり、芸の無い事おびただしい。この一事を以てしても、鬼才とか、文学の鬼とかいふ言葉は、まるで無意味なものだといふことを証明できるやうに思はれる。こんな愚かな芸無しどもが、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。お爺さんも、この低能の踊りには呆れた。ひとりでくすくす笑ひ、
「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげませうかい。」とつぶやく。
スグニ トビダシ ヲドツタラ
コブガ フラフラ ユレルノデ
お爺さんには、ほろ酔ひの勇気がある。なほその上、鬼どもに対し、親和の情を抱いてゐるのであるから、何の恐れるところもなく、円陣のまんなかに飛び込んで、お爺さんご自慢の阿波踊りを踊つて、
赤い襷に迷ふも無理やない
嫁も笠きて行かぬか来い来い
とかいふ阿波の俗謡をいい声で歌ふ。鬼ども、喜んだのなんの、キヤツキヤツケタケタと奇妙な声を発し、よだれやら涙やらを流して笑ひころげる。お爺さんは調子に乗つて、
大谷通れば石ばかり
笹山通れば笹ばかり
とさらに一段と声をはり上げて歌ひつづけ、いよいよ軽妙に踊り抜く。
ツキヨニヤ カナラズ ヤツテキテ
ヲドリ ヲドツテ ミセトクレ
ソノ ヤクソクノ オシルシニ
と言ひ出し、鬼たち互ひにひそひそ小声で相談し合ひ、どうもあの頬ぺたの瘤はてかてか光つて、なみなみならぬ宝物のやうに見えるではないか、あれをあづかつて置いたら、きつとまたやつて来るに違ひない、と愚昧なる推量をして、矢庭に瘤をむしり取る。無智ではあるが、やはり永く山奥に住んでゐるおかげで、何か仙術みたいなものを覚え込んでゐたのかも知れない。何の造作も無く綺麗に瘤をむしり取つた。
お爺さんは驚き、
「や、それは困ります。私の孫ですよ。」と言へば、鬼たち、得意さうにわつと歓声を挙げる。
コブヲ トラレタ オヂイサン
ツマラナサウニ ホホヲ ナデ
オヤマヲ オリテ ユキマシタ
瘤は孤独のお爺さんにとつて、唯一の話相手だつたのだから、その瘤を取られて、お爺さんは少し淋しい。しかしまた、軽くなつた頬が朝風に撫でられるのも、悪い気持のものではない。結局まあ、損も得も無く、一長一短といふやうなところか、久しぶりで思ふぞんぶん歌つたり踊つたりしただけが得とく、といふ事になるかな? など、のんきな事を考へながら山を降りて来たら、途中で、野良へ出かける息子の聖人とばつたり出逢ふ。
「おはやうござります。」と聖人は、頬被りをとつて荘重に朝の挨拶をする。
「いやあ。」とお爺さんは、ただまごついてゐる。それだけで左右に別れる。お爺さんの瘤が一夜のうちに消失してゐるのを見てとつて、さすがの聖人も、内心すこしく驚いたのであるが、しかし、父母の容貌に就いてとやかくの批評がましい事を言ふのは、聖人の道にそむくと思ひ、気附かぬ振りして黙つて別れたのである。
家に帰るとお婆さんは、
「お帰りなさいまし。」と落ちついて言ひ、昨夜はどうしましたとか何とかいふ事はいつさい問はず、「おみおつけが冷たくなりまして、」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度をする。
「いや、冷たくてもいいさ。あたためるには及びませんよ。」とお爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につく。お婆さんにお給仕されてごはんを食べながら、お爺さんは、昨夜の不思議な出来事を知らせてやりたくて仕様が無い。しかし、お婆さんの儼然たる態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひつからまつて何も言へない。うつむいて、わびしくごはんを食べてゐる。
「瘤が、しなびたやうですね。」お婆さんは、ぽつんと言つた。
「うむ。」もう何も言ひたくなかつた。
「破れて、水が出たのでせう。」とお婆さんは事も無げに言つて、澄ましてゐる。
「うむ。」
「また、水がたまつて腫れるんでせうね。」
「さうだらう。」
結局、このお爺さんの一家に於いて、瘤の事などは何の問題にもならなかつたわけである。ところが、このお爺さんの近所に、もうひとり、左の頬にジヤマツケな瘤を持つてるお爺さんがゐたのである。さうして、このお爺さんこそ、その左の頬の瘤を、本当に、ジヤマツケなものとして憎み、とかくこの瘤が私の出世のさまたげ、この瘤のため、私はどんなに人からあなどられ嘲笑せられて来た事か、と日に幾度か鏡を覗いて溜息を吐き、頬髯を長く伸ばしてその瘤を髯の中に埋没させて見えなくしてしまはうとたくらんだが、悲しい哉、瘤の頂きが白髯の四海波の間から初日出のやうにあざやかにあらはれ、かへつて天下の奇観を呈するやうになつたのである。もともとこのお爺さんの人品骨柄は、いやしく無い。体躯は堂々、鼻も大きく眼光も鋭い。言語動作は重々しく、思慮分別も十分の如くに見える。服装だつて、どうしてなかなか立派で、それに何やら学問もあるさうで、また、財産も、あのお酒飲みのお爺さんなどとは較べものにならぬくらゐどつさりあるとかいふ話で、近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜、鬱々として楽しまない。このお爺さんのおかみさんは、ひどく若い。三十六歳である。そんなに Permalink | 記事への反応(0) | 18:24
「愚妻と言っても愚夫とは言わない」とか「愚妻というのは『愚かな妻』ではなく『愚かな自分の妻』という意味だ」などという話で盛り上がっているので調べてみた。
まず、中国語では「愚〜」は「自称」としてしか使われないようだ。
たとえば「愚兄」は年長者が使う自称で、「愚老」は老人が使う自称、「愚臣」は家臣が使う自称である。
弟が兄を指して「愚兄」、孫が祖父を指して「愚老」、王が家臣を指して「愚臣」などとは呼んだりしない。
「愚妻」や「愚息」という言い方はなさそうだが、もし存在するなら、
「愚妻」は妻自身が己を指して使う言葉となり、「愚息」は息子自身が己を指して使う言葉となるのだろう。
つまり「夫が妻を指して言う愚妻」「親が息子を指して言う愚息」は日本独自の用法ということになる。
本来は自分にしか向かない謙遜の「愚」が、自分以外(身内)に向くような用法が生まれてしまった。
「愚妻の愚は自分の意味である」という説明は明治時代にも見られる。
愚息 わたくしの子供と云ふ心なり 愚とは自分を卑下して云へるコトバにて、馬鹿なコドモと云ふ心にあらず、愚妻、愚弟ミナ然り、ツマり愚がコドモと云ふ心なり
ただ、他の辞書は、単に「自分の妻を卑下して言う語」などと書いているだけで、ここまでの細かい説明はしていない。
全体として「愚妻」は素直に「愚かな妻」として解釈されることが大半だったようだ。
以下の随筆が興味深かった。
自分の妻のことを、人に対して愚妻といふのは、謙遜のつもりであらうが、甚だしく妻を侮辱した言語である。妻は人に対して、自分の夫のことを、愚夫とはいはないやうである。
昨今の議論と同じことが、この当時から言われていたのだなあと思う。
しかし「愚妻の愚は自分の意味である」という説は終戦後に復活する。
さきごろ、京都に滞在中、新村出博士を訪問して班日の閑談をした。(中略)博士の言われるのに、「愚妻」というのは「おろかなる妻」ということではない、「愚(自分)の妻」ということだ。だから、決して女性を軽視したということにはならない、うんぬん。
新村出は言語学者で、広辞苑の編集者でもある。ただ、荻原井泉水はこれを「新説」とみなしている。
男女同権論者が、ことばの正解的の意味を取り上げて屈辱的と非難するのはあたらないけれども、そのニュアンスを取り上げて封建的な「におい」がするというのは、かならずしも不当だとは言えない。それなればこそ新村博士の「愚(自分)の妻」という新説が提言されるわけなのである。そしてこの新説はおもしろいと思う。ちかごろ、流行するアメリカふうの同権論者の時流を背負っている公式的広言の口を封ずるにはキキメがある。
変わらなすぎて草。
1966年(昭和41年)寿岳章子『レトリック -日本人の表現-』
この「愚」は他の何かのことばが下につくが、たとえば「愚亭」とか「愚鷹」とかの実例を通じて考えられることは、この種の表現法はどうも「愚かなる〇〇」ではなくて、「私の〇〇」ということらしい。つまり「愚」というのは「私」という一人称の一つであるのだ。
寿岳章子は中世を専門とする国語学者だが、やはり「史料から推察される」というだけで、「学術的に常識である」という書きぶりではない。
1977年(昭和52年)『サンデー毎日』市川三郎「只今笑談中」
愚妻というのは、愚かな妻、イカれた女房のことではなく、愚生の妻、愚老の女房、の意で、この愚は亭主のほうにかかる形容であって、決して妻を形容するものではない。
愚妻の愚は妻にかかっているのではなくて、むしろ夫にかかっているのをご存じないらしいのだ。愚かなる私奴の妻でございます。ということである。
「どうも〇〇らしい」→「一説には〇〇という」→「これは〇〇である」→「〇〇ということも知らないのか」と、どんどん断定調になっていて面白い。ありがちな伝言ゲームである。
「愚夫」という言葉については、その多くは単に「愚かな男」という意味で使われていた。
つまり、夫婦の「夫」ではなく、男性一般の意味の「夫」であった。
「愚夫愚婦」と総称されて「愚かな庶民」のような意味で非常に多く使われていた。
では、謙称として自分の夫のことを「愚夫」と呼ぶ例はどのくらいあっただろうか。
1896年(明治29年)『人情世界』「探偵実話 美人冤罪死刑」
1904年(明治37年)エドワード・ソーンダイク著・北沢定吉訳『人性研究』
江本夫人 この倶楽部の始められた晩の食事の時に、荒木教授の演説に就いて、我々の話した事を御記憶ですか。私は、見るのは、眼でなくて、眼のうしろの智慧だと主張し、愚夫(ヤド)が、澤田様には、二間も先の小虫を見ることが出来ると、いふ事実を語って、私に加勢しました。
手紙の書き方ガイドの「謙称のまとめ」のようなところで「拙夫」などと並んで「愚夫」が出てきていたりもした。
検索のやりようが難しいので、探せば他にもありそうだが、とりあえず例が無いということはないようだ。
↓
日本では謙譲の対象範囲が身内にまで拡大されて「愚妻」「愚息」などの言葉ができた
ただ当時の感覚では「愚(自分)の妻」のような意味だった可能性が高い
↓
明治時代にはもうほとんど「愚かな妻」という意味で認識されていた(謙遜としてではあるが)
↓
「愚妻」の対となる「愚夫」の用例も無いではなかったが
単に「愚かな男」という意味で使われるのが大多数だった
↓
戦後になって「愚妻」への非難のカウンターとして「愚は自分のことである」との説が復活した
といったところではないか。
謙譲の対象を身内まで広げたのが悪いよ。
なにげに蒸し野菜生活お馴染みの生活の一部に取り入れられているかのようにひっそりと暮らしているワケなんだけど、
気が向いたら簡単に使えるところが便利だわ。
そう意気込んですっかりもう内臓だけ取り除かれた処理済みの大物の魚とか骨付きかぶり付きたい大物の鶏モモ肉とかに挑戦する戦いは面倒なので、
そんでさ、
鍋フライパン一面に一応並べて蒸した方がファクトリーオートメーションというか、
そういう意味でも、
たくさんいっぺんに作って蒸しておけばたくさん食べられるのと同時に、
私は一回では食べきれない野菜は保存容器に入れて冷蔵庫に入れて翌日にパクパクと食べるというスタイルに持ち込もうとしているの。
その時点で調味料の一切の調味はしていないぐらいの野菜自体の美味しさだけで満足できるほどの野菜味の野菜はフレッシュさ新鮮なほど弾ける美味さがあると思うの。
よくテレビ番組で農家さんを訪問して育てている野菜の取材番組とかドキュメンタリー番組とか野菜を育てる系の番組って有るじゃない。
レポーターに囓らせるのあるわよね。
収穫したての野菜と生で囓らせるやつ!
農家さんの立場からいえば収穫した瞬間から鮮度が落ちていくわけだから、
その瞬間のいわばマックスの美味しさ最高潮の一瞬の瞬間に囓らせたい気持ちは分かるし美味しいのも分かるわ!
って言うぐらい本当に見ていたら100回中150回は囓らされている、
100回超えて150回になってるじゃないって言われそうだけど、
1回のレポートに2つの野菜を収穫したてのものを囓らされたら2つカウントされるので、
収録の数とは大きく開きが出る時があるのよね。
私も一時期ベランダでオクラを育てていてオクラホマミキサーを聴かせながら育てるとオクラのオクラ味がもっとオクラかになるってホントか嘘かよく分からないけれど、
朝もぎたてのオクラはそのままガブリと囓ったら美味しいのは私も知っているので、
農家さんの収穫仕立てのそれこそまだ土も半分付いている状態での野菜を囓らせがちな事態に陥るのは分かるわ。
だから私もその1回の蒸し回数で一気に蒸し上げられるように、
1回では食べきれない量の野菜を蒸してそのまま保存容器に入れて保存して、
いや保存すると見せかけて、
それをも乗り越えて余った野菜はほんとうに翌日持ち越し野菜として私の食卓に並ぶの。
うわ!
しかも!
蒸した野菜にはなにも調味料の一切の調味をしていないという丁寧さ!
蒸した野菜を保存容器に入れて翌日食べるだけでもただでさえ丁寧な暮らしになってしまうのに、
しかも蒸した野菜は塩のそれこそお洒落なシャレオツな岩塩の類いもオリーブオイルの類いも調味していない野菜のままの野菜味なの。
いや私は出そうと思って出したわけじゃないので、
これは私から隠しきれない丁寧さが出ちゃった証でもあるからここだけの話として内緒にしておくけれど、
翌朝残りの野菜を食べるじゃない!
ああ!野菜一品あってよかった!って晩ご飯に彩りを飾ることができるの。
でさ、
さらに危ないのは翌日またそれをお弁当に野菜を入れ始めたらまた知らない間に丁寧な暮らしを繰り出してしまうところだったし、
それこそ、
さらになんか丁寧な暮らしをしている風な人のお弁当のご飯少な目!って感じがしない?
きっと男子からみたらご飯それで足りなくね?って思うかもしれないけど、
足りないわ!
あとでファミマでファミチキ買うから大丈夫!ってのは内緒にしておくけれど、
それで本当にファミチキ2つ買って食べていたら本当に丁寧な暮らしをしているただの食いしん坊さんになっちゃうわよね!
あとさ、
茶色い色ほど腕白みがあるというか食いしん坊みがあるというか
まあご飯に合うおかずのラインナップは大抵茶色って決まっているからそうなっちゃうんだけど、
そうなると丁寧さとはかけ離れてしまうんだけど、
つまり雑穀米とか混ぜて炊く白米の白い色じゃない何か色が付いて細かいつぶつぶの豆みたいな穀物みたいなのが炊き込まれている茶色いご飯だと
茶色いおかずとは相反して丁寧な暮らしっぷりがまた溢れ出ちゃうわよね。
茶色いおかずは食いしん坊みがあって、
おかしな話よね。
その茶色いご飯と茶色い色のおかずばかりのラインナップのお弁当になるとどうなるのかしら?って
お互いのお互いの良さを打ち消しあうから
食いしん坊みも丁寧な暮らしみもなくなって普通に美味しそうなお弁当であるのは変わりなさそうよね。
昨日は野菜全部食べちゃったしツナと塩こんぶの炊き込みご飯しかなかったので、
でも辛うじて炊き込みご飯とは言え茶色いご飯の遠目から見たら丁寧な暮らしさは出ていると思うから、
丁寧な暮らしの人が食べている雑穀とかが混ぜ込まれて炊き込まれたご飯じゃないから、
シーチキン1缶まるごとと塩こんぶの少量の袋の1袋をまるごと入れて炊くだけで味が決まるので、
それこそ調味料もいらないし調味が決まるのよ!
いや!
でも調味料を使っていないってことは
ヤバい!
また調味料を一切使わずに炊き込みご飯ツナと塩こんぶだけで味が決まっちゃう炊き込みご飯を炊き込んじゃったばっかりに
また知らず知らずのうちに私はまた丁寧な暮らしをしていることを意識していないのに丁寧さが出てしまったわ。
決して私から飛び込んで丁寧な暮らしをしたいってワケではないけれど、
この一連の丁寧な暮らしさはここだけの話しとして留めておくわ。
うふふ。
朝ご飯に関してはあんまり丁寧さは加味していないぐらいぶっちぎりのマイ納豆巻きブームよろしく、
この納豆ブームなんなのかしら?って思うほど虜になっているわ。
美味しくいただきました。
ちょっとまた今朝なんか寒くなって肌寒かったけれど、
ぎりぎり冷たいものでも美味しくいただけて
ごくごく飲んできたわ!
グレープフルーツ1玉1つ買おうかなってって思うけど、
でもたまには買っちゃおうかな。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
近年のアパートやマンションにはエントランス(建物全体の玄関)にオートロックがある。
オートロックがある住宅では、訪問者があると、チャイムが2度鳴る。
1度目は、エントランスのオートロックから鳴らされるチャイム。
この2回の間には間がある(「あいだにはまがある」と読んでほしい)。
この時間をどう過ごすか。これがピンポンtoピンポン問題である。
タワーマンションなどの巨大な集合住宅にお住まいであれば1度目のチャイムから2度目のチャイムまでには十分な時間的余裕がある。
その間には、あらためてソファに腰を下ろしたり、デスクに戻って仕事の続きをやったりできるだろう。
しかし小さなマンションの2階とかだと、配達員はわりとすぐに来てしまう。我が家はそうだ。
配達員や配達されてくる荷物の重さによって階段を使うかエレベーターを使うかが変わるのもまた厄介だ。
どこかに座ったらすぐにチャイムが鳴ることもあれば、すぐ来るかなと思って玄関前で待機していたらなかなか来なかったり。
どうすればよいのか。