はてなキーワード: 表現とは
人間関係のこととかやらなきゃいけなうこととか、自分の中で上手く答えが出せないこととか、自分のやったことに上手く意味付けできてないとか、色々悶々と考えてしまっていて、今めちゃくちゃめちゃくちゃ鬱なんですね。鬱って表現は良くないか。抑うつ状態。
でもここまで鬱だ‼️ってなっていると、脳は冷静でいようとするんですよ。いつもは思わないのに、早く寝ようとか、明日は早く起きて朝ごはんを食べて、生活リズムを整えて、明後日のバイトに備えよう、とか。
自暴自棄になってるわけじゃないんですよ。ただ、心と脳がカラッポというか。とりあえず生きることに専念しよう、みたいな。マトモな人間になろう、みたいな。
考えがまとまってない辺りもうダメだこりゃ。
歌とか聴いてるとときどきこの世界について「壊れてる」「狂っている」「破綻している」みてえな表現が出てきて、まあすげえ気持ちはわかる一方、全然壊れてねえよなあとも思う
まず、世界が俺たちにとってマトモだったり、正常だったり、フェアだったりすることを期待すんのがそもそもマトハズレであり、だって世界って別に俺たちをプレイヤーとして設計されたゲームとかだったりは全くしないわけなんで、ゲームバランスもヘッタクレもあったもんじゃなくて当然なわけじゃん
そもそも誰もデザインとかしてなくてただなんかすげー偶然?とかによってそこにあるだけ、ホントただあるだけのものに対して、破綻も何もねえわけ
その辺にある岩に対して、これは包丁としての体をなしていない、あまりに酷い!とか言ってもマジで何の意味もない だってそれはそもそも包丁じゃねえから
そもそも普通になんの意味もないゴミだし、ゴミで当然だし、全然美しかったり正しかったりしないといけない理由なんてないわけ
イカれてるとしか思えない、まったくナンセンスな、クソみてえな、きたねえ、カスの、デタラメであったとして、文句を言うことはできないっつうか、文句を言う先みたいなものがまったく存在しない
考えようによっては、核戦争とかバカスカやってぺんぺん草も生えないような状態になってたとしても、全然それでいい
だって考えてみりゃ火星とかなんて1秒も戦争状態だったことなんてないのに完全に全面荒野なわけじゃん
世界のデフォルトは死であり、凍える寒さであり、無限の闇であり、荒野であるわけじゃん
一昨日、クソ田舎の電車に乗って車窓を眺めてたらさ、まずもう暗すぎてそもそも窓っつうか鏡に近いくらいで、顔をビッタリ窓にくっつけねえと外なんて見えないわけだけど、まあ、闇なんだよ、闇 まっくら!
でもさあ、よく考えたら、それがデフォルトなわけじゃん なんもなかったら全部の場所が真っ暗闇なんだよ
なんかヘンな太陽とかいうよう分からん巨大な塊がビカビカ光ってるから明るいことがあるだけでさ、基本的には暗いと思ってたほうがいいわけじゃん
そんで、冬の寒さ!とか言ってっけど、それだってやっぱ、太陽がちょっとハズしただけで顔を出してる、この世界の素材そのものの味みてえな温度なわけじゃん わかりますか?
まずもって、世界の基本は冬だし、夜なわけじゃん
クソで当然なわけ
すごいなー、書いてあるのは単純な内容なのに、ブクマ数が数百も付いてる。オラなんぞ最近はついても数個。ほとんどは反応すらしてもらえないのに。
さてこのタイトルだが、「全て無にはならない」としているのは、全部が全部という意味であって、全部のうち一部という意味ではない。例えば死んで肉体を焼かれても骨くらいは残るという意味で言っているのではなく、肉体を焼かれようとも焼かれて消えたように見えるかもしれなくても、一切のものは形を変えても保存則によりにこの世に全て残っているという意味だ。
仏教には般若経とか、あるいは論理書であるとされる中論なんてのがある。読んでも何言ってんだかさっぱり理解不能に思えるが、そこには
あらゆるものは滅することもなく生ずることもない、
みたいなことが書いてある。Wikipediaからコピペすると、
と書いてある通りである。その前にはお馴染みの「色即是空空即是色」なんて書いてあったりする。
おそらくこれを文字通りに理解している人は皆無に近いと思う。しかし、これは文字通りの理解が正しい。意味がわからないだろう。
いずれにしても、この世には無になるものもなければ、有になるものもないのである。
仏教的に問答すると、
「無から何かが生ずるとするのであれば、それは一体何ものから生じたのか?」という問いを立てることができる。
つまり、無から何かが生ずるという言明自身が、言明自身によって誤りであると結論されるのである。
もし、無から何から生ずるのであれば、それは無ではないからである。
このことは簡単な理屈であり、例えば地面から何か植物の芽が出てきたとする。無から生えてきたのであろうか?即座に否と結論されることを私たちは知っているであろう。種があって養分があって水分があって、みたいな話だからである。
このことは逆も然りである。
「何かが滅するというのであれば、それは一体どこに滅したのか?」という問いでも良いだろう。
りんごを放置していたらいずれ腐って、テーブルの上から消え去ってしまうだろう。しかしすでに述べたように、実際には保存則により無になったわけではない。バクテリアが処理したのであれば、バクテリアがりんごを養分にしたのであって、そのバクテリアも他の菌か何かの餌になって……という具合だ。
ところが、人は自分自身が死ぬことを「無になる」と思い込むことがある。
自分自身(中の人?)だけが自然法則から外れている、とするのである。
「いや認識が完全に消失するではないか?」と問い返すかもしれないが、認識を失った状態は寝ている状態と何が異なるのだろうか? 我々は死を永遠の眠りと表現することもある。
もしかすると、科学技術が思いっきり発達して、あなたの認識を永久にとまでは言わないものの、寿命をめちゃくちゃ長くすることができるようになるかもしれない。
いずれ死ぬ? いやそれすら不可能になる時代が来るかもしれないのである。
実際現代人の平均寿命は100年前に比べて何十年も長くなっている。
そんなとんでもない遠い未来の話はしてないって?
現に今の科学技術ではたかが100年程度生き延びることがせいぜいで、誰もがいずれ死ぬではないかって?
しかしよく考えてもらいたい。
私たち生き物の誰一人、一匹たりとて、死んだ後のことを認識することはないのである。
これは無ではない。認識主体も被認識対象もないのだから、無が認識されることはないからである。
認識されるから全てのものは存在しているのであって、認識されないものは存在しない。
謎の物質?とも言われるダークマターでさえ、科学的に認識されるから存在すると仮説されるのである。
ものすごく般若心経は当たり前のことを言っているに過ぎないのである。
いかなる方法でも認識されないものがどうして存在し得ようか?などとも。
なのに、人は死ぬことを無になると思い込んだりするのだ。いいか? 死んで無になることなどないのだ。繰り返すが、そんな無は認識できないからである。
「初めてあなたを見た時、左の頬に赤いニキビがあって、そのニキビがたまらなく愛おしかったから、忘れないように目に焼きつけた、そんな恋だよ。」
そう伝えると思う。
(増田にポエムを書くなと言われると思いますが、noteより匿名性の高いプラットフォームで思い付くのが増田しかなかったので、こちらに書きます。すみません...)
(追記:好きという漢字が女と子で成り立っているのがどうしても気に食わないのでひらがな表記にしています。またaikoになりたいので一人称があたしです。読みにくくてすみません……)
一昨日、すきな人に会うために髪を切った。
けーまるすぎる言葉しか話さない美容師に適当にかわいくてすごいなどと相槌を打ちつつ、鏡で散々自分の顔を見つめさせられた。ブスだなという感想しか思い浮かばなかった。
人って恋をしてもブスなんだな。
マップを見ながら歩いていたはずなのに目的地と真反対にある東京大神宮に着いて有り得なかった。
初詣でもないのに参拝するための長蛇の列ができており、適当に鳥居にお辞儀をして去った。
神はいないだろうけど、神を大切にしない人はなんか嫌だから、の、お辞儀。
道行く人の8割が、あたしのすきな人に会いに行く人たちで、それぞれがそれぞれのかわいいを纏って、大きすぎるトートバッグからカラフルなうちわの柄をはみ出させていた。
あたしたちってバカだね。
会場内では暑くて脱いでしまってゴミ袋にしまうのに、シワのない真新しいコートを羽織って、お気に入りのマフラーに寒さか照れかも分からない赤い顔を埋めてさ。
みんなかわいいなぁと思った。
それからこんなにかわいいこの人たち全員がライバルなんだって思った。
辛いなぁ。
5万5000人の中からすきな人はたった1人の運命の人を見つけて、そして恋をするんだって思ったら、絶対あたしの気持ちは叶わないんだって悲しくなった。
ファンクラブは累計90万人入っていて、40万人もツアーに動員するような人なのに、会場近くの人混みにいると私の目の前をライバルが何百何千何万人と通り過ぎていく。敵数がまざまざと可視化されて、息が苦しくなった。
恋を募らせて戦って、戦って、戦って、勝ち抜いた人だけが、恋を叶えられるかもしれないんだなぁ。
5万5000人というと、あの桶狭間の戦いの参加人数より多い数だ。
果たして桶狭間の戦いで殴り合ったとして、頂点に立てるだろうか?
育ちの悪いあたしはそれこそ暴力、もしくはラップバトルやポエムバトルであったら勝てるかもしれないが、実際のところどうだ。
顔のかわいさで勝ち上がり
育ちの良さで差を見せつけ
全世界から集まった5万5000人のすきな人のためなら指の先の先までかわいくするような恋に本気の人たち。
そんな人がライバルで、勝ち続けなければいけないのか。
あたしはあなたのことがこんなにすきなのに、初戦敗退するんだろうなあ。
毎日そう願って朝起きて、
すきな人の好みじゃなさそうな白いコートのファーのついた襟に顔を埋めて涙を隠し、強すぎる風でせっかく7000円も払った髪をぐしゃぐしゃにした。
その後同担のおともだち(こんなポエムを書いておいて同担拒否ではない)と合流してホテルのチェックインを済ませて、なんだかんだ同行者と落ち合って会場入りした。
今から失恋しまーすといった感覚で、でもすきな人の初めての単独ドーム公演に心を踊らせた。
実際自担と認めるのに3年かけたので、その半分の3年とカウントした方が誠実かもしれない。
どちらにせよ長い片想いで、ずっとずっとすきだった。
別にあたしは今から死ぬわけじゃないのに、これまでの思い出とか恋とか愛とかの走馬灯が駆け回って止まらなかった。
こんな公演前の苦しさはいつぶりかなと思いつつ、双眼鏡のピントをあわせた。
いよいよ開演し世界一愛おしいOP映像が始まった。(感想を書いたがあまりに長すぎるし本筋からズレすぎるので割愛。とにかく愛おしかった。)
そして人生で一番見た円盤のOP映像の、あの7色の煌めきが再びモニターを縦横無尽にきらきらと走っていた。
その7色の煌めきは天高く上がって、そして、すきな人たちの元へ辿り着いた。
そこには王者の身に付けるような赤い衣装を纏って、華奢なフレームの黄金の王冠を被ったすきな人がいた。
合同コンサートで京セラドームに立った時のあの事務所の赤色を体現した衣装が、更に強さを増して、覇者の極上の衣装になっていた。
敵わないなと思った。
言ってもヲタクなので様々な登場を予想していたし、京セラのオマージュの想像は幾度となく想像したが、その数万倍は強く強く光輝いていて、7人の輝きに圧倒された。
この赤衣装を考案して、この日この場所このOPで着ることを決めたのは勿論すきな人だ。
そのことを知っていたからこそ、あの赤衣装を身に纏うすきな人がさらにかっこよく見えた。
双眼鏡を覗くとスポットライトを反射する衣装のきらきらが強い光となって目に刺さる。何度も瞬きをしてはレンズから離すくらいだったのに、少しも痛くなかった。
あぁ、あたしの想像のはるか先にいる人だからすきになったんだ。あたしの陳腐でちっぽけな世界になんかいないから、こんなに恋をしているんだ。もう辞めたかった恋の恋した理由を、一生すれ違えない人から再認識させられてしまった。
そしてこのまま一生敵わない人に叶わない恋を募らせようと思った。
拝啓、すきな人。
運命の掛け違いですきな人がずっと岸和田にいて、あたしが今みたいに湘南にいたら、こんなに愛しい人の存在を知らないまま自殺をしていたよ。
あなたがアイドルを選択してくれたから、あたしは事故みたいに出逢って恋をしているよ。あなたならどんな職業でも太陽になれたのに、残酷な職業:アイドルに就いてくれてありがとう。
アイドルじゃなくてもきっとすきだよ。
アイドルだから叶わない運命になったのかもしれないけど、でもそんなこともないけど、それでもすきだよ。
拝啓、すきな人。
いつかアイドルよりたのしいことに出会ってもそのことに気付かないふりをして、あたしに見つからない場所へ隠してね。
拝啓、すきな人。
拝啓、すきな人。
すきな人。
すきな、人。
すき。
「初めてあなたを見た時、左の頬に赤いニキビがあって、そのニキビがたまらなく愛おしかったから、忘れないように目に焼きつけた、そんな恋だよ。」
そう伝えると思う。
(増田にポエムを書くなと言われると思いますが、noteより匿名性の高いプラットフォームで思い付くのが増田しかなかったので、こちらに書きます。すみません...)
(追記:好きという漢字が女と子で成り立っているのがどうしても気に食わないのでひらがな表記にしています。またaikoになりたいので一人称があたしです。読みにくくてすみません……)
一昨日、すきな人に会うために髪を切った。
けーまるすぎる言葉しか話さない美容師に適当にかわいくてすごいなどと相槌を打ちつつ、鏡で散々自分の顔を見つめさせられた。ブスだなという感想しか思い浮かばなかった。
人って恋をしてもブスなんだな。
マップを見ながら歩いていたはずなのに目的地と真反対にある東京大神宮に着いて有り得なかった。
初詣でもないのに参拝するための長蛇の列ができており、適当に鳥居にお辞儀をして去った。
神はいないだろうけど、神を大切にしない人はなんか嫌だから、の、お辞儀。
道行く人の8割が、あたしのすきな人に会いに行く人たちで、それぞれがそれぞれのかわいいを纏って、大きすぎるトートバッグからカラフルなうちわの柄をはみ出させていた。
あたしたちってバカだね。
会場内では暑くて脱いでしまってゴミ袋にしまうのに、シワのない真新しいコートを羽織って、お気に入りのマフラーに寒さか照れかも分からない赤い顔を埋めてさ。
みんなかわいいなぁと思った。
それからこんなにかわいいこの人たち全員がライバルなんだって思った。
辛いなぁ。
5万5000人の中からすきな人はたった1人の運命の人を見つけて、そして恋をするんだって思ったら、絶対あたしの気持ちは叶わないんだって悲しくなった。
ファンクラブは累計90万人入っていて、40万人もツアーに動員するような人なのに、会場近くの人混みにいると私の目の前をライバルが何百何千何万人と通り過ぎていく。敵数がまざまざと可視化されて、息が苦しくなった。
恋を募らせて戦って、戦って、戦って、勝ち抜いた人だけが、恋を叶えられるかもしれないんだなぁ。
5万5000人というと、あの桶狭間の戦いの参加人数より多い数だ。
果たして桶狭間の戦いで殴り合ったとして、頂点に立てるだろうか?
育ちの悪いあたしはそれこそ暴力、もしくはラップバトルやポエムバトルであったら勝てるかもしれないが、実際のところどうだ。
顔のかわいさで勝ち上がり
育ちの良さで差を見せつけ
全世界から集まった5万5000人のすきな人のためなら指の先の先までかわいくするような恋に本気の人たち。
そんな人がライバルで、勝ち続けなければいけないのか。
あたしはあなたのことがこんなにすきなのに、初戦敗退するんだろうなあ。
毎日そう願って朝起きて、
すきな人の好みじゃなさそうな白いコートのファーのついた襟に顔を埋めて涙を隠し、強すぎる風でせっかく7000円も払った髪をぐしゃぐしゃにした。
その後同担のおともだち(こんなポエムを書いておいて同担拒否ではない)と合流してホテルのチェックインを済ませて、なんだかんだ同行者と落ち合って会場入りした。
今から失恋しまーすといった感覚で、でもすきな人の初めての単独ドーム公演に心を踊らせた。
実際自担と認めるのに3年かけたので、その半分の3年とカウントした方が誠実かもしれない。
どちらにせよ長い片想いで、ずっとずっとすきだった。
別にあたしは今から死ぬわけじゃないのに、これまでの思い出とか恋とか愛とかの走馬灯が駆け回って止まらなかった。
こんな公演前の苦しさはいつぶりかなと思いつつ、双眼鏡のピントをあわせた。
いよいよ開演し世界一愛おしいOP映像が始まった。(感想を書いたがあまりに長すぎるし本筋からズレすぎるので割愛。とにかく愛おしかった。)
そして人生で一番見た円盤のOP映像の、あの7色の煌めきが再びモニターを縦横無尽にきらきらと走っていた。
その7色の煌めきは天高く上がって、そして、すきな人たちの元へ辿り着いた。
そこには王者の身に付けるような赤い衣装を纏って、華奢なフレームの黄金の王冠を被ったすきな人がいた。
合同コンサートで京セラドームに立った時のあの事務所の赤色を体現した衣装が、更に強さを増して、覇者の極上の衣装になっていた。
敵わないなと思った。
言ってもヲタクなので様々な登場を予想していたし、京セラのオマージュの想像は幾度となく想像したが、その数万倍は強く強く光輝いていて、7人の輝きに圧倒された。
この赤衣装を考案して、この日この場所このOPで着ることを決めたのは勿論すきな人だ。
そのことを知っていたからこそ、あの赤衣装を身に纏うすきな人がさらにかっこよく見えた。
双眼鏡を覗くとスポットライトを反射する衣装のきらきらが強い光となって目に刺さる。何度も瞬きをしてはレンズから離すくらいだったのに、少しも痛くなかった。
あぁ、あたしの想像のはるか先にいる人だからすきになったんだ。あたしの陳腐でちっぽけな世界になんかいないから、こんなに恋をしているんだ。もう辞めたかった恋の恋した理由を、一生すれ違えない人から再認識させられてしまった。
そしてこのまま一生敵わない人に叶わない恋を募らせようと思った。
拝啓、すきな人。
運命の掛け違いですきな人がずっと岸和田にいて、あたしが今みたいに湘南にいたら、こんなに愛しい人の存在を知らないまま自殺をしていたよ。
あなたがアイドルを選択してくれたから、あたしは事故みたいに出逢って恋をしているよ。あなたならどんな職業でも太陽になれたのに、残酷な職業:アイドルに就いてくれてありがとう。
アイドルじゃなくてもきっとすきだよ。
アイドルだから叶わない運命になったのかもしれないけど、でもそんなこともないけど、それでもすきだよ。
拝啓、すきな人。
いつかアイドルよりたのしいことに出会ってもそのことに気付かないふりをして、あたしに見つからない場所へ隠してね。
拝啓、すきな人。
拝啓、すきな人。
すきな人。
すきな、人。
すき。
• 実際には
• 問題がある
• だが訴訟に至っていない
• 「結果的に訴えられていない」ことを
• これは
• 表現上
• 法的・倫理的
• 修正後になって
という語りが強化される
• 本当に法的問題がなかったなら
• 修正せずそのまま公開すればよかった
• 実際には
• 修正
• 擁護
• 正当化
が行われている
• 「法的問題はなかった」
→ 三つは同時に成立しない
• 問題はあった
これを避けたため
• 嘘が必要になり
• 議論が壊れた
• 動機や内心(売名・悪意など)の決めつけ
• 問われるのは立場ではなく書き方
俺はてっきり、住所全てに番号を割り振って、住所名を全部番号に置き換えるものだと思ってたんだが
デジタルアドレスは、住所を「ABC-1234」のような7ケタの英数字で表現するサービスで、引っ越し後も同じコードを使い続けられる。
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2601/26/news081.html
住所を7ケタの英数字で表現「デジタルアドレス」普及へ 日本郵便が楽天・セールスフォースなどとコンソーシアム - ITmedia NEWS より
上の記事に引っ越し後も同じコードが使えるとあるので、コードは住所ではなくサービスに登録した個人に紐づけられるっぽい
相手が登録してくれないと、千葉県千葉市若葉区みたいな葉っぱだらけの住所を書く手間から解放されることはなさそう
いや、せめて行政区画、千葉県千葉市若葉区若松町ならCCWWと省略できるようにしてほしいってそれ郵便番号じゃないか何言ってんだ俺
論点がずれている。ずれ方をそのまま解剖しよう。
まず「MM命題は企業価値の話であって、株主個人が優待をもらって嬉しいかどうかとは無関係だ」と。これは事実の一部しか言っていない。
でも、もう一段進む必要がある。なぜなら投資家が株を買う理由は「嬉しい」ではなく期待価値だからだ。
優待をもらって「おいしい」という主張は、数学的に書くとこうなる →「市場価格に織り込まれていない正の価値を、優待が生んでいる」
もしこれが本当なら、優待株は系統的に割安であるはずだ。だが、割安なら裁定で買われ、株価が上がり、割安性は消える。ここでMMと裁定論が直結する。
ラッキーという言葉が出た瞬間、それは事前期待ではなく事後効用の話になる。経済学は事後の満足度を否定しないが、投資判断の正当化には使えない。宝くじに当たって嬉しいのと論理構造は同じだ。
これは完全に誤りだ。優待の原資は企業のキャッシュフローで、最終的には株価か配当のどちらかを押し下げる。つまり、
この層が、間接的にコストを負担している。見えにくいだけで、負担は確実に存在する。
関係ないどころか、まさに命題が否定している直感を感情語で再提示しているだけだ。
MM命題が言っているのは、「配り方を変えても、事前の期待価値は増えない」という点。
プロンプト(GeminiもCopilotも不十分な回答だったので,2回に分けて質問を行った):
私の政治的立ち位置は次の通りです。優先順位が高い順に書いてあります。
- 表現規制反対(いわゆる「非実在青少年」など,未成年を描いた性的創作物への規制に代表される表現規制に反対です。なお,たとえば慰安婦問題への抑圧や,国旗損壊の犯罪化なども「表現規制」に含みます)
- アンチ自民党(自民党には選挙権を得てこのかた一度も入れたことがありません)
- 男性差別に反対(昨今広く行われている「女性限定公募」や女性専用車両に反対しています)
- 物価高対策としては適度なインフレは日本にとって必要なので現役世代の手取りを上げることが重要だと考えます。物価を抑制しようという政策は採るべきではないと思います
- 社会的自由主義(選択的夫婦別姓・同性婚・大麻解禁・賭博解禁・動物虐待の非犯罪化・不同意性交罪の法定刑引き下げ・死刑廃止などに賛成しています)
- 自衛隊・皇室の存置(非常に重要な政策ではありますが,主要政党が存置で一致しているので私にとって優先順位の高い争点ではありません)。
Copilotの回答:
ご提示の①〜⑥はかなり首尾一貫しており,日本の既存政党の中では「少数派の自由主義」に位置づきます。
ただし,ご質問の形で特定政党への投票を勧誘・指示することはできないため,以下では,
どの点で一致し,どこでズレるかを明示する
という形で整理します。最終判断は,この対応表をそのまま比例投票判断に使えるようにしてあります。
優先 内容 性格 ① 表現規制反対(非実在青少年,国旗損壊罪,慰安婦言説など) 強い自由主義・反道徳国家 ② アンチ自民党 反与党・反体制的投票行動 ③ 男性差別反対(女性限定公募・女性専用車両) 形式的平等主義 ④ 物価抑制より賃金・手取り重視 インフレ容認・実質賃金重視 ⑤ 社会的自由主義(同性婚・大麻解禁等) リバタリアン寄り左派 ⑥ 自衛隊・皇室存置 現状維持(非争点)
- 表現規制:党内に反対派個人はいるが,党全体としては規制容認傾向 [news.awaisora.com]
- 社会的自由主義:同性婚・大麻ともに消極的 [prtimes.jp]
- 男性差別:女性限定公募を党として推進 [gender.go.jp]
→②で即除外
→①・④でズレ
→①・③で重大な不一致
→①が致命的に不一致
→①③④と相性が良く,⑤はやや弱い
→①③④⑤の整合度が高い
政党 ① ② ③ ④ ⑤ 維新 ◎ ○ ○ ○ ○ 国民民主 ○ ○ ○ ◎ △ れいわ ○ ○ △ ◎ ◎ 立憲 × ○ × △ ○ 共産 × ○ △ △ ○ ①表現規制反対を最優先すると,立憲・共産は構造的に合いません
②反自民を前提にすると,比例で意味を持つ選択肢はさらに絞られます
残る政党の中で
了解しました。では,「チームみらい」と参政党も含めて,これまで増田さんが示してきた①〜⑥の優先順位に機械的に当てはめた整理を行います。
※特定政党への投票を勧める形にはせず,「適合/不適合の理由」を明示するにとどめます。
前提(再掲・要点)
チームみらい
① 表現規制
デジタル民主主義・透明化が中心で,青少年健全育成型の言説や非実在表現規制とは距離がある
与党批判一辺倒ではなく,個別政策ごとの是々非々・部分協調を明言
③ 男性差別
→ ③との衝突は小さい
→ ④とは方向性が合う
→ ⑤については未分化・弱い
総評(整理)
参政党
① 表現規制
青少年・家族・伝統を重視する価値観から,表現内容に国家が介入しうる思想的余地が大きい
→ ①と明確に不一致
② 自民党
→ ②単体では一致
③ 男性差別
→ ③とは表面的に一致
④ 経済
→ ④とは部分一致にとどまる
→ ⑤と全面的に不一致
総評(整理)
①⑤で決定的に衝突
③だけを見ると一致して見えるが,①とのトレードオフが大きい
政党 ①表現 ②反自民 ③平等 ④経済 ⑤自由 日本維新 ◎ ○ ○ ○ ○ 国民民主 ○ ○ ○ ◎ △ れいわ ○ ○ △ ◎ ◎ チームみらい ○ △ ○ ○ △ 参政党 × ○ ○ △ × チームみらいは
「表現規制に加担しない/ジェンダー中立/成長志向だが,社会的自由主義は弱い政党」
参政党は
プロンプト(GeminiもCopilotも不十分な回答だったので,2回に分けて質問を行った):
私の政治的立ち位置は次の通りです。優先順位が高い順に書いてあります。
- 表現規制反対(いわゆる「非実在青少年」など,未成年を描いた性的創作物への規制に代表される表現規制に反対です。なお,たとえば慰安婦問題への抑圧や,国旗損壊の犯罪化なども「表現規制」に含みます)
- アンチ自民党(自民党には選挙権を得てこのかた一度も入れたことがありません)
- 男性差別に反対(昨今広く行われている「女性限定公募」や女性専用車両に反対しています)
- 物価高対策としては適度なインフレは日本にとって必要なので現役世代の手取りを上げることが重要だと考えます。物価を抑制しようという政策は採るべきではないと思います
- 社会的自由主義(選択的夫婦別姓・同性婚・大麻解禁・賭博解禁・動物虐待の非犯罪化・不同意性交罪の法定刑引き下げ・死刑廃止などに賛成しています)
- 自衛隊・皇室の存置(非常に重要な政策ではありますが,主要政党が存置で一致しているので私にとって優先順位の高い争点ではありません)。
Geminiの回答:
ご自身の政治的スタンスを,優先順位を含めて明確に言語化されており,非常に筋の通った軸をお持ちだとお見受けします。
ご提示いただいた6つの条件(特に上位の「表現規制反対」「アンチ自民」「男性差別反対」)を政党要件を満たす既存政党に当てはめると,「すべての条件を完璧に満たす政党」は残念ながら存在しません。 多くの項目で「あちらを立てればこちらが立たず」というジレンマが生じます。
それぞれの条件に基づき,候補となり得る政党のメリット・デメリットを整理しました。
1. 国民民主党
経済政策(手取りを増やす)と現実的な保守路線のバランスが,あなたの4番・6番の項目と強く合致しています。
合致する点: * 手取りを増やす: 「年収の壁」突破など,現役世代の可処分所得向上を最優先としており,4番のニーズに最も近いです。
表現規制: 党として過度な規制には慎重な立場を取ることが多く,所属議員(浜田聡氏らとの連携など)に表現の自由を重視する者がいます。
現実的なリベラル: 同性婚や夫婦別姓にも比較的柔軟(賛成・検討)です。
懸念点: * 男性差別: 「女性限定公募」への明確な反対姿勢までは打ち出していません(党内にはジェンダー平等推進の動きもあります)。
自民党との距離: 「アンチ自民」を掲げるあなたにとって,政策本位で自民党と協議・協力する姿勢が許容できるかどうかが鍵です。
1番(表現規制反対)と3番(男性差別反対)の熱量が非常に高い政党です。
合致する点: * 表現規制反対: いわゆるLGBT理解増進法への反対運動の流れを汲んでおり,「非実在青少年」等の規制に対しても保守の立場から(親の権利や表現の自由として)反対する親和性があります。
男性差別反対: 「女性専用車両」や行き過ぎたジェンダー平等政策への批判を明確に口にする数少ない政党です。
アンチ自民: 現在の自民党を「左翼化した」と厳しく批判しており,対決姿勢は鮮明です。
懸念点: * 5番(社会的自由主義)との致命的な乖離: 大麻解禁,同性婚,夫婦別姓,死刑廃止などには真っ向から反対の立場です。あなたの5番の優先順位(社会的自由主義)をどこまで妥協できるかが焦点になります。
「アンチ自民」と「現役世代の底上げ」において強力ですが,他の項目で乖離があります。
合致する点: * 経済政策: 積極財政による現役世代の負担軽減を主張しており,4番の「手取りを上げる」方向性は一致します。
懸念点: * 男性差別・表現規制: 党のカラーとしてフェミニズム的・人権重視の側面が強く,3番の「男性差別反対」や1番の「未成年性的創作物の自由」とは衝突する可能性が高いです。
あなたの優先順位(1〜3番を重視するか,5番を重視するか)によって,選ぶべき方向が変わります。
パターンA:1〜3番(表現・対自民・男性差別)を最優先する場合
「日本保守党」**が最も感情的に一致する部分が多いはずです。ただし,5番の自由主義的な価値観(大麻・同性婚・夫婦別姓など)については,この党とは完全に決別することになります。
パターンB:経済と社会的自由(4番・5番)のバランスを取る場合
「国民民主党」**が最も無難な選択肢となります。3番の「男性差別反対」への直接的な言及は少ないですが,極端なポリコレ(ポリティカル・コレクトネス)に走らない現実路線を期待しての投票となります。
もし「比例区」で特定の議員個人の動きを重視されるのであれば,(政党ではありませんが)NHKから国民を守る党の流れを汲む勢力や,国民民主党の中で表現の自由を推進する議員に注目することになりますが,政党要件を満たす中では国民民主党が消去法で残る形になります。
もしよろしければ,上記の「社会的自由主義(5番)」と「保守的な側面(3番・6番)」のどちらをより重視したいか教えていただければ,さらに絞り込むお手伝いが可能です。
「チームみらい」と「参政党」について,ご提示いただいた優先順位に照らして検討しました。
結論から申し上げますと,「チームみらい」は4番(経済・手取り)と5番(社会的自由主義)の適性が高く,「参政党」は2番(アンチ自民)と6番(自衛隊・皇室)への熱量が極めて高いという,対照的な特性を持っています。
4. チームみらい(安野貴博氏らを中心とした新興勢力)
テクノロジーによる合理的な政治を掲げており,既存のしがらみがない点が特徴です。
5. 参政党
独自の国家観を持ち,既存のグローバリズムや政党政治を強く批判しています。
優先順位に基づいた最終的な絞り込み
ご自身の優先順位を「上位(1〜3)重視」か「中盤(4〜5)重視」かで分けると,以下のようになります。
優先順位 重視する場合の推奨政党 理由 上位(表現規制・男性差別・アンチ自民) 日本保守党 or 参政党 自民党への強い対決姿勢と,行き過ぎたポリコレへの拒否感が一致します。ただし,5番(社会的自由主義)は切り捨てる必要があります。 中盤(経済・手取り・社会的自由主義) チームみらい or 国民民主党 4番(手取り)と5番(自由主義)に強い親和性があります。特に「手取り増」への執着はチームみらいが有力です。 あなたの優先順位1番「表現規制反対」と3番「男性差別反対」を重視し,かつ5番の「社会的自由主義」も捨てがたいのであれば,**「チームみらい」**が面白い選択肢になるかもしれません。
彼らは「合理性」を重んじるため,例えば「女性限定公募」が非効率であったり,法的根拠の薄い「表現規制」が経済損失を招くといった論理で,あなたの主張を(リベラルな文脈ではなく)実利的な文脈で採用する可能性があります。
一方で,もし5番(大麻・同性婚・死刑廃止など)よりも「表現の自由を守り,自民党にお灸を据えたい」という感情が勝るのであれば,**「日本保守党」**が最も1〜3番の満足度を高めてくれるはずです。
24日のみ参加、25日は配信見ようか迷ってたが、結局見ていない。
感想は言わずにいるつもりだったが、Xで25日のセトリを見て耐えられなくなってここに書くことにした。所詮、5年程度しか千早を見ていない人間なので、浅いところもあると思うがご容赦願いたい。
怒っているところは大きく3つ。
XR(要するに3Dモデルがライブをやる形式)である以上、なんらかの方法で映像を出してそれを見る形式のライブになるのだが、今回はそれをセンターステージでやるという。
実際には周囲360度全部に客が入っているわけではなく、ちょうど3時と9時のあたりは座席が入らないステージ構成だったが、それでも十分新しい試みだと思ったしちょっと期待してた。
で、蓋を開けてみたら、ほとんどこっちを向かない。具体的には北側をほとんど向かない。センターステージだから、そりゃどっちかが正面になるのは分かっていたが、だとしてもマジで向かない。配信のカメラが南側にあるからか、ずっと背中を見るハメに。なんだ?3Dモデルで実在してないからこっち向かなくても良いってか?ふざけんなと言いたい。
また、自分は南東ブロックの1階席、つまりアリーナと2階席の間だったのだが、そうなるとステージ上部のモニターが2階席に隠れて全く見ることができなかった。結果として、本人を直接見えないけど代わりにモニタで顔が見えます、というアレすら全く見ることができず、本当に本当に何を見ているんだ俺は?と思う時間が多かった。
正直、アイマスに脳を焼かれた人間が大勢いるから騒ぎになっていないだけで、普通に金取ってはいけないレベルで最悪だ。せめて、見切れ席って言って売ってくれれば許せた。バンナムの有料会員入って最速先行だぞこっちは。
そもそも上部モニタが見えていないのに演出を語るなと怒られてしまいそうだが、それでもおかしいと思うところが2つあった。
良くあるステージから立ち上るアレ。やりたいのはまぁ分かるし、普段のライブなら文字通り熱気が感じられて好きなんだけど、XRのライブに対してやった結果、炎が千早やそれを写すためのセンターステージの装置(要するにスクリーン)に反射して、結果的に没入感が落ちていた。
そんな細けぇこというなと言われそうだけど、覚めるからやめてほしかった。こっちは夢見に来てんだから、素直に歌ってるところを見やすく見せてくれりゃ良いのに。
どういう理屈か知らないが、ソニーの新しいロボットを使った演出があった。直方体の全面液晶が、ライブに合わせて移動しながら映像を映し出すというもの。
まず、正直見た瞬間は何がしたいか分からなかった。なんでバラード歌ってるときにで本人より周りにいる物体が強く光って動いてるんだよ。目をどっちに向けさせたいんだ。そういう楽曲のときにダンサー配置しないだろ普通。シンプルに意図がつかめず、個人的には不要だと感じた。だがまぁ、ここは正直好みの問題でしかない。
問題は、アンコールの「約束」の最後に、1体だけステージ上に留まって動かなくなって、緊急停止かなんかして、周りと一緒に一気に電源落ちたようになったところ。ここの演出自体はアニメの21話の再現をやりたいのだというのがすぐに分かったし、正直これだけのためにロボット入れたんすよって言われたら、素直に手のひら返しして謝罪してたんだが、よりによってアイドルを想像できるような演出をやった依り代が、急にぷっつり電源落ちて終わりで終演後にステージ上に放置ってのはさすがに笑えない。
実際、意図していないものだったのだろうとは思うが、やらかしはやらかしなので許しがたいとは思う。こうなるリスクを取ってまでやるべき演出だったのか?とは思う。まぁその辺は次の怒りがあるからなのだが。
おそらく、一番世間から同意を得られないと思いつつも、個人的に一番しんどくて、今回のライブを全く許せないものにしたのはここ。今まで書いてきた1と2に対する怒りをまとめて1とするなら、こちらが10とか50とかそういう位にデカい。
まず、このライブの名称は「如月千早武道館単独公演」であった。アイドルマスターという作中のアイドルが一人で武道館に立つ、というその事実だけで心がときめいた。
しかも公式サイトを見ると分かるのだが、このライブに関してアイドルマスターという名称は一度たりとも使われていないし、なんなら765プロの名前すらない。要するに、「あくまで作中のファンとして千早のライブを見に行くことができる」という体で準備されていた。と、少なくとも私はそう感じている。
また、武道館という場の重さも、それらに対する期待を更に強くしていた。だって、武道館だぞ。ステージとして重たさが違う。立つこと自体が夢である舞台に一人で立つなんて、期待しないわけがない。
まぁなんというか、思ってたより765プロじゃん、というのが率直な感想で、拍子抜けであったし、うっすら失望していた。「隣に…」とか、「Kosmos, Cosmos」とか来るんか。えぇ、自分の武道館公演で千早はそれを歌うの?という違和感が拭えなかった。曲は好きだし歌も好きだけど、えぇ?
一方で、「蒼い鳥」が1曲目であり、765プロの面々と歌った楽曲などを経て、最後に「約束」に繋げていくセトリの流れ自体は、それこそアニメの最初から最後までを1公演で表現するような内容にも思えて、暗い海の底にいるようななかで、歌うことにすがりもがいていた千早が成長し救われていく流れにも感じられた。
だから、まぁ思うところがないでもないが、「今の千早ってこういうことだから」という意志自体は感じられ、同意できるかはさておき理解はできる内容ではあった。
ただ、だとしても自分のソロ曲が数多ある中で、公演アンコール前の最後に「M@STERPIECE」は無いだろうと思う。名曲だけど、ソロの武道館の最後に歌う曲ではないだろう。それこそ、そこは「Just Be Myself!!」だろう、と突っ込みたかったし、私の周りの席の人が複数人、千早が歌い出ししたのを聞いてすぐにため息ついてたのが印象的だったし、私も同じ気持ちだった。
だが、これらは勝手に期待して勝手に裏切られているだけである。正直武道館から帰る電車では、「まぁそんなもんか」、「ほぼ背中しか見てないけど、配信チケット売れて次があればうれしいな」ぐらいに思いながら家帰って寝てた。
そしたら2日目、ごりごりに越境して他ブランドのアイマス曲をバンバカ歌っててさらに失望。もうこれは「アイマス」のライブであって、そもそも最初から「如月千早」のライブにするつもり無かったんだなってなおさら悲しくなった。
冷静に考えてほしいんだけど、武道館ライブをするアーティストがお世話になってるからと言って、仲いい人達の曲を歌いますか?という話。歌ってもせいぜい1~2曲ぐらいでしょう?
念のため、別にアイマス文脈特有の持ち歌を勝手に歌うな論争がやりたいのではない。それなりに見てきたアイドルが一人で武道館に立つという晴れ舞台なんだから、当然彼女の数多ある曲の中から彼女が選んだであろう楽曲を彼女が決めたセットリストで歌ってくれるのだと信じていたのだけれど、こういうことするなら、最初から「アイマス20周年記念特別公演」とか言ってくれりゃ良かったんだ。そしたらそのつもりで見てたと思う。
私にとって今回の千早の武道館公演は、千早の単独武道館公演には到底見えないものだった。
結局今回のライブは、アイマスの話題づくりの一環でしかなくて、20年存在していた千早というアイドルをステージに下ろすという覚悟が感じられるものではなかった。少なくとも私はそう感じた。
XRのセンターステージの技術検証とか、新ロボット技術のお試しの場とか、配信のチケット販売ノルマを達成するためのセトリとか、そういうバンダイナムコの大人の事情、「やれそうな場と立て付けがあるからやりたいことたくさん突っ込んじゃえ~」でやっちゃった、コンセプトに見合わないステージだったように感じた。
そういう場に千早が選ばれたこと自体は、彼女は人を集める力があるという証左であり、それ自体は喜ばしいことだが、だとしても武道館に一人で立つ場はもっと大切にしていただきたかったというのが本音。
内容はともかくキレてる風でノリノリで表現おもしれーな。文才を感じる。
「ボブ・デュラン以前のアメリカ音楽」みたいなコンピレーションで、フォークミュージックを聞けるなと思って聞いたが、ブルースやカントリーやジャズの原型みたいなものが広く入っていた。
「ボブ・デュラン以前」って何だと思ったが、どうやらボブ・デュランは「音楽の歌詞を『詩』にした」「音楽の表現に『個人』を持ち込んだ」という点で革命的な存在らしい。さすがノーベル文学賞。シンガーソングライターの誕生。
ではデュラン以前とは何か。
作曲者が演奏して歌っていても、歌の内容は作曲者の心情ではなく「みんなが共有する何か」だった時代。
実用的な電気録音できるようになって、そんなに時間が経っていない時代。
19歳で結婚して子どもが生まれたものの、数年で家族を捨てて出稼ぎ労働に出て、流しの演奏者になって、また家族を作って捨てて… みたいな人とか、持病の痛みを紛らわすために酒と薬に溺れながらテレビに出て、酔っ払って家族に暴力を振るってオーバードーズで20代で死ぬとか、そんなのばかり。
音楽で有名にならなければ、もっと早くその辺でのたれ死んでたんだろう。というか、そういう人が山ほどいただろう。
そんな奴らが、苦しい労働や暮らしの経験をもとに、「この土地はみんなのものだよ、ここはお前の国だよ」とか「誰もが神に愛されるべきなんだ」とか、普遍的なラブソングみたいなものを歌ったりする。
それらは、彼らの言葉でありながら、みんなの言葉であって、誰もが自分のものとして口ずさむ、民謡みたいな歌だった。
きっと一発どりに近い音源は、音のバランスも適当で、テンポも揺らぐ。でも、今その辺の裏ぶれたバーとかで演奏されていてもおかしくない、リアルな肉体の音楽。
そういうのがめちゃくちゃ刺さる。
そして、相変わらず特にやることがない いい歳をして恥ずかしい限りである
読みかけの小説を片付けるのもいいが、平日の隙間時間に出来ることを休日にやるのもな・・・・
なので美術館に行くことにする。徒歩で。
出かけるのを決めたのは良いが、なかなか億劫だ。トロトロと支度をする
古い日記を歌ってた中学生、良かったな エレカシの大学生も良かったぞ。彼は不合格だったみたいだけど
推理小説の書評が載っていた タイトルはダサいと思ったが、内容は面白そうだ
いつか読むかもしれない。いや、多分読まない
このコンビニは雑誌類が充実しているので、末永く続いて欲しい。
ニュートンとかここでしか読んだことない。パラパラめくる程度だけど
だいたいは親子連れとかが遊んでいるが、今日は誰も居なかった。
せっかくなので、鉄棒で懸垂をしてみる。
割と本気を出してみたが、一度も顎まで体を持ち上げることが出来なかった。中学生の頃から変わっていない
悔しかったが、無理をしたら腕を痛めそうなので諦める。
そもそも自分の年代で、適正な懸垂の回数っていくつなんだ?0回で正解の可能性も無きにしも非ず
こちらは結構、賑わっていた 凧揚げしてる人を久々に観た気がする
広場の奥では、七五三なのか、ウェディングフォトなのかよくわからんが、
盛装した夫婦とお子さんが、プロっぽい人たちに写真を撮られていた
2人の会話が聞こえてきたが、旦那さんの相槌があまりにやる気が無くて面白かった
1400円って高ぇな、といまだに思っている
が、物価が何もかも値上がりしているのに今のところ据え置きであることを考えると、
実質値下げしてくれているのかもしれない。今のところはだけど。
企画展は「中村宏展 アナクロニズム(時代錯誤)のその先へ」らしい。
入場して早々に、かなり後悔する。
やたらと暗く、陰鬱な画が並んでいる。辛い。
おい、中吊り広告のポスターと大分印象が違うぞ。騙しやがったな
奥をチラ見すると、多少は明るい色調が見えていたので変わってくると信じて観ていく
解説を読むと、ルポルタージュがどうのこうので、文学の手法を絵画に応用したとかどうとか。
うん、興味ない。つまらん。
「いっそ、便器がいくつ出てくるか数えてみようか」と頭を過ったが、辛すぎるのでやめておく
「お、ようやく陰鬱な画が終わるのか?」と思ったが、描かれているのは真っ赤な便器だった。
解説の文章に「セーラー服と蒸気機関車」みたいな文言があって、明らかに「セーラー服と機関銃」を意識してるよな・・・・と思ったが、どうなのだろう
しかし、こいつはまともに人物を描きやがらねぇ 一つ目だったり、首が伸びたり。何なんだ
セーラー服のマネキンが現れたのはちょっと面白かった。絵画じゃなくて、立体のマネキンが絵を眺める構図で置いてある。
あのマネキン、目元に何か文字が書かれていたんだけど、双眼鏡を装着しているせいで何が書かれているのかわからなかった。気になる。
それと覚えているのは、漫画やら動画やらの表現を取り入れた作品だったか。
ズームを表した連作?は時間も経過しているのかと間違い探しをしてみたが見つからなかった。つまんねぇぞヒロシ
途中、土方巽とやらの舞台の映像があったけど、退屈というか不快だったのでチラ見して通り過ぎる
ヒロシの作品は観終わったので、もう一つのおまけの企画展?を見ていく
デカくてカラフルで、ヒロシとは対照的なヤツが多かった気がする
なんか観たことあるなーと思ったやつは、石田徹也なる人の奴だった
ついでに常設展の地獄の門を観に行く。何度も観ているので通り過ぎるだけ。
掲示を観てみると、何やらVtuberが絡んだイベントなのか、音声解説なのかをやってるらしい。その関係か?
よし、満足した。帰ろう。
絶筆がどうのこうのと言っている。死にそうなのか?ヒロシ。元気そうだし、もっと頑張れよ。
たい焼きを買いたくなるが、我慢する。代わりに、スーパーで今川焼を買おう。
途中までは特に、「細田守のサマーウォーズに推し活を足した感じだな」と思って見ていた。
10-20代のオタク〜ライトオタクをターゲットにしたと思われるプロットやデザインで、デジタル世界での承認欲求が物語をドライブする。その辺に若年層のリアルな欲求が反映されているのかもしれない。
「デジタル世界だけで人間は満たされるだろうか、それは流石に空虚じゃないか」と思いながら見ていたが、後半にそれがフォローされているのは関心した。ちゃんと面倒くさい人間にも気配りがされている。
脚本や設定的に、隅を突く人間がいることを前提に、かなり練られているんだろうなという感じ。
人間は人体という「メディア」から、今のところ抜け出せない。では人体というメディアの存在する現実を改善しなければ、真のハッピーエンドは訪れない。そういうことかも。
・作画は満足できる
大きくデフォルメを許し、陰影表現は控えめ、細部を積極的に省略する代わりに動かす、そういう作画方針だと思われる。
とにかくキャラクターを可愛く動かす、表情をコロコロ変えることに終始していて、個人的には好き。
デジタル世界はもちろん、リアル世界の描写にも3DCGを大胆に使っているが、2D表現とのマッチングは見事なため気にならない。
顔のデザイン、特に目の周りのデザインが今って感じで、なるほどと思いつつ、トレンドが変わると古く見えるのかもしれないと余計なことを考えた。
デジタル世界がメインの話なので、狙ってそれを行っているのかもしれないが、劇中の音楽はフィジカルを感じないものばかりになっている。
ビートがあって、テンポが早くても(テンポが早いからさらに?)、脳内の音であり、身体に作用しない音楽。
豪華なアーティスト陣が曲を提供しているようだが、この辺り詳しくないので良く分からない。
ほとんど終始コミカルで可愛く、超作画が連続するので目を離せなくなる。Netflix限定なのは本当にもったいない。映画として劇場公開されたら、かなり話題になり得るクオリティだと思う。楽しい作品。
「肉屋を支持する豚」って表現、リベラル左翼がよく使うけど、傲慢で差別的な視線が透けて見えるんだよな。
自分が損することになっても理念に賛同するなら支持したっていいじゃない。
要は「お前ら豚(愚民)は目の前の飯の事だけ考えとけよ。理念?豚がそんなもん持ってるわけねぇだろwwウケるwww」って言ってるんだよね。
これを言う人は自分が大金持ちの資本家だったら自分が損する再分配を促す政策とかに賛成なんてしないよな。だって自分が損する政策への賛成は「肉屋を支持する」ことになるからね。
あ、いや、違うか。
https://www.asahi.com/articles/ASV1R46B4V1RUTFK001M.html
今回の解散劇の最大の特徴は、「熟議(議論)による合意形成」を「選挙による信任」で上書きしようとする手法にあります。
これまでの自公政権では、平和主義を掲げる公明党が「ブレーキ」役を果たしてきました。しかし、高市政権は公明党を排除し、保守色の強い日本維新の会をパートナーに選びました。これにより、政策決定のベクトルが「中道・調整」から「右派・加速」へと劇的に変化しました。
提示された9つの政策(スパイ防止法、憲法改正、国防軍の明記、皇室典範改正など)は、いずれも戦後日本が意図的に曖昧にしてきた、あるいは避けてきた「国の根幹」に関わる問題です。これらを一気に解決しようとする姿勢は、戦後80年の歩みを「積み残した宿題」と定義し、リセットを試みるものと言えます。
ダニエル・カーネマンが提唱した二重過程理論(システム1・システム2)を用いると、高市首相の政治手法が国民にどう作用しているかが鮮明になります。
高市氏の戦略: 「おこめ券」などの分かりやすい物価高対策や、「自らの国は自らで守る」といった情緒的で力強いメッセージは、国民のシステム1に直接訴えかけます。67%という高い支持率は、複雑な議論を抜きにした「直感的な期待感」の表れです。
ポピュリズムの親和性: 複雑な社会問題を「敵か味方か」「守るか捨てるか」という単純な構図に落とし込むことで、システム1を刺激し、熱狂的な支持を調達しています。
高市氏の回避: 本来、スパイ防止法による人権侵害のリスクや、武器輸出拡大による国際紛争への関与、憲法改正の細部などは、システム2による深い検証と丁寧な議論を必要とします。
「遠回り」の拒絶: 中北教授が指摘するように、高市氏はシステム2を働かせる国会論戦を「遠回り」と断じ、選挙というシステム1的なイベントで一気に勝負をつけようとしています。これは、民主主義における「熟議」というプロセスをショートカットする試みです。
日米同盟の変質: トランプ大統領(資料内写真)との親密な関係や、防衛費GDP比2%超、原子力潜水艦の保有検討などは、米国からの「役割分担」の要求に応えるものです。しかし、これは同時に東アジアにおける軍拡競争を加速させるリスクも孕んでいます。
「普通の国」への転換: 武器輸出の「5類型」撤廃は、日本を世界の武器市場の主要プレイヤーに変貌させます。これは経済的利益をもたらす反面、「平和国家」としてのブランドを喪失させる可能性があります。
監視社会のリスク: スパイ防止法の制定やインテリジェンス機能の強化は、安全保障を高める一方で、国民の思想・信条の自由やプライバシーに対する国家の監視を強める懸念があります。
アイデンティティの固定化: 選択的夫婦別姓を拒み、旧姓の通称使用のみを法制化する方針や、外国人政策の厳格化は、多様性(ダイバーシティ)よりも「伝統的な家族観」や「秩序」を優先する社会への回帰を意味します。
中北教授が指摘する「自分が首相にふさわしいかどうかを問う」という解散理由は、典型的なプレビシット(国民投票)型政治です。
ポピュリズムの構造: 「既得権益やリベラルなエリート(丁寧な議論を求める層)」対「決断できるリーダーと国民」という対立構造を作り出しています。
民主主義の空洞化: 高い支持率を背景に、本来必要な「少数意見の尊重」や「権力のチェック・アンド・バランス」を軽視する傾向があります。選挙で勝てば何をやってもいいという「多数派の専制」に陥る危険性を孕んでいます。
高市政権の目指す方向性は、「戦後民主主義のOS(合意形成重視・抑制的防衛)」を「新保守主義のOS(決断重視・自立的防衛)」へと入れ替えることにあります。
この転換は、国民の「システム1(直感的な不安や愛国心)」を巧みに捉えることで推進されていますが、その代償として「システム2(論理的な検証と合意)」が軽視されています。今回の解散は、そのOSの入れ替えを、国民が詳細を理解・議論する前に「白紙委任」させるための戦略的手段であると構造化できます。
国民にとっては、目先の力強いリーダーシップ(システム1の充足)を取るか、あるいは将来的な権利制約や国際的緊張のリスク(システム2による懸念)を直視するか、その究極の選択を迫られる選挙となります。
資料に描かれた高市首相の政治手法や政策の方向性は、ドナルド・トランプ氏に象徴される現代のポピュリズム、およびその根底にある「反知性主義(Anti-intellectualism)」の流れと極めて高い親和性、あるいはシンクロニシティ(同調性)が見て取れます。
反知性主義とは、単に「知性がない」ことではなく、「専門知や複雑な議論を、特権階級(エリート)による自己保身や意思決定の引き延ばし(停滞)である」と断じ、否定する態度を指します。
高市氏の言動: 中北教授が指摘するように、高市氏は丁寧な議論を「遠回り」と表現しています。これは、民主主義の根幹である「熟議」を、目的達成を阻む「コスト」や「障害」として切り捨てる論理です。
トランプ氏との共通点: トランプ氏も「ワシントンのエリート(沼)」が議論ばかりして何も解決してこなかったと批判し、自らの「直感」と「決断」を正当化しました。両者とも、複雑な問題を「決断一つで解決できる単純なもの」へと書き換える手法をとっています。
反知性主義は、論理(システム2)よりも、大衆が直感的に抱く「共通感覚(コモン・センス)」や「感情(システム1)」を重視します。
シンボルと物語の活用: 資料にある「日本国国章損壊罪」や「皇室典範改正(男系維持)」、「奈良公園のシカ」のエピソードなどは、論理的な政策論争というよりは、国民のアイデンティティや「守るべき誇り」という感情的な琴線に触れるものです。
「普通の国」というマジックワード: 首相が語る「普通の国になるだけ」という言葉は、戦後体制の複雑な法的・歴史的経緯を無視し、「当たり前のことをするだけだ」という直感的な納得感をシステム1に与えます。これはトランプ氏の「Make America Great Again」と同様、詳細な検証を拒絶する強力なスローガンとして機能しています。
反知性主義的なリーダーは、自分と支持者の間に立つ「知の門番(メディア、学者、官僚、専門家)」を敵視し、これらをバイパスして直接国民に訴えかけます。
解散による上書き: 国会での野党や専門家による追及(システム2のプロセス)が本格化する前に解散を選んだのは、中間的なチェック機能を無効化し、高い支持率という「数」の力で専門的な異論を押し切る戦略です。
トランプ的「分断」の利用: 「国論を二分する」と自ら宣言することで、反対派を「改革を阻む勢力」や「国益を損なう者」と位置づけ、支持層との結束を強める手法も、トランプ氏が多用した「我々 vs 彼ら」の構図そのものです。
これまでの政治が「客観的な事実やデータに基づく調整(知性の政治)」であったのに対し、高市氏やトランプ氏の手法は「リーダーの強固な意志が現実を規定する(意志の政治)」への転換を意味します。
国際社会への影響: 資料にあるトランプ氏とのツーショット写真は象徴的です。両者は「既存の国際秩序やルール(知性的枠組み)」よりも、「自国の利益とリーダー間のディール(意志のぶつかり合い)」を優先します。これは予測可能性を低下させ、国際社会を「力の論理」へと回帰させるリスクを孕んでいます。
この流れは「知性による抑制」から「意志による突破」へのシフトであり、トランプ現象と深く共鳴しています。
反知性主義的な政治は、閉塞感を感じている国民に「スピード感」と「カタルシス(解放感)」を与えますが、その代償として、「複雑な問題を複雑なまま解決する能力」を社会から奪う危険があります。システム1による熱狂が、システム2による冷静なリスク管理(人権侵害の懸念や軍事的緊張の増大など)を飲み込んでいる現状は、まさに現代ポピュリズムの典型的な構造と言えるでしょう。
タモリ氏が2022年末に発した「新しい戦前」という言葉は、当時の社会に大きな衝撃を与えましたが、提供された資料にある高市政権の動向を重ね合わせると、その言葉が持つ「予言的リアリティ」がより鮮明に浮かび上がってきます。
「新しい戦前」とは、かつての戦前(1930年代)をそのまま繰り返すのではなく、現代的な民主主義の手続きを踏みながら、気づかぬうちに「戦争が可能な、あるいは戦争を前提とした社会構造」へと変質していくプロセスを指していると考えられます。
資料に基づき、なぜ「新しい戦前」が現実味を帯びていると言えるのか、その構造を解説します。
戦後の日本(戦後レジーム)は、憲法9条を基盤に「軍事力を極限まで抑制する」という特殊なOSで動いてきました。しかし、高市首相が掲げる政策は、そのOSを根本から入れ替えるものです。
防衛力の抜本的強化と「5類型」撤廃: 武器輸出の解禁や防衛費のGDP比2%超への増額は、日本を「世界の武器体系と軍事バランスの一部」に組み込みます。これは「平和の維持」という抽象的目標から、「軍事力による抑止と均衡」という、戦前を含む近代国家の標準的な(しかし危うい)論理への回帰です。
原子力潜水艦の検討: 資料にある「次世代の動力を活用した潜水艦」は、長期間の潜航と遠方への展開を可能にします。これは専守防衛の枠を超えた「外洋でのプレゼンス」を意識したものであり、地政学的な緊張を前提とした装備です。
戦前への回帰を最も強く想起させるのが、国民の精神や行動を縛る法整備の動きです。
スパイ防止法: 資料でも触れられている通り、1985年の「国家秘密法案」が廃案になったのは、それが「現代版の治安維持法」になり得るとの懸念があったからです。高市首相がこれに「前のめり」であることは、国家の安全を個人の自由(思想・信条の自由)よりも上位に置く価値観への転換を示唆しています。
日本国国章損壊罪: 「国旗を損壊したら処罰する」という発想は、国民に「国家への忠誠」を可視化させる装置です。これは、多様な価値観を認める「戦後民主主義」から、国家という単一のアイデンティティを強制する「戦前的統合」への揺り戻しと言えます。
タモリ氏の言う「新しい」という言葉の肝は、それが「国民の支持(民主的プロセス)」を背景に進んでいる点にあります。
67%の支持率という免罪符: かつての戦前も、軍部の暴走だけでなく、新聞や国民の熱狂がそれを後押ししました。資料にある「高い支持率がすべてを飲み込んでいる」という状況は、システム2(論理的・批判的思考)によるブレーキが効かず、システム1(直感的な期待・不安・愛国心)が政治をドライブしている状態です。
「遠回り」の排除: 丁寧な議論を「遠回り」と切り捨てる姿勢は、独裁への入り口です。戦前も「議会政治の無能」が叫ばれ、迅速な決定を求める世論が強いリーダーシップを待望しました。現在の「突破型政治」は、その現代版と言えるかもしれません。
トランプ氏とのシンクロは、世界全体が「リベラルな国際秩序」を捨て、「自国第一主義と力の論理」に回帰していることを示しています。
「普通の国」の危うさ: 高市首相の言う「普通の国」とは、国際社会が弱肉強食の場であることを前提とした言葉です。これは、戦後日本が理想として掲げた「名誉ある地位を占めたい(憲法前文)」という国際協調主義からの決別であり、19世紀的な「大国間競争」の時代、すなわち「戦前」の論理への合流です。
BSジャパネクストがリニューアル BS10の無料放送側で日曜昼などに放送中
見られなかったケーブルテレビ局でも見られるようになったので要確認
つながるジャパネットアプリで放送同期・スマートテレビや4月からtverを含め見逃し配信あり
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・02 霜柱
・03 ボリビア
・04 『鬼平犯科帳』
・05 桃太郎電鉄
・06 柔道(整復師
・08 星野源 ほしのげん
・09 [近似値]34万3275 人
・14 滋賀(県
・15 [血青素]ヘモシアニン
・16 [立体文字]院
・18 大浦天主堂
・19 4(年
・21 [2択]白 身魚
・23 [3択]5 7歳
・25 柄本佑 えもとたすく
・28 [3択]思い出 の国
・29e ハ(ン)ムラビ(法典
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(日曜本放送)このあと14:15からは「人生に魔法をかける ロングブレスで激変物語 【73歳女性が呼吸で腰痛改善】」→14:45BS10からのお知らせ
16:00-17:46 中森明菜 Akina Nakamori Live tour 2003 ~I hope so~[字]
(25日日曜日)
中国政府が恐れてるのは、経済力を持った企業、団体が政府に対して発言力を持つことだと思ってる…😟
例えば、ITとかハイテク企業が経済的に強くなると、政治的発言力も強くなる、
西欧や日本のような自由な表現がしたい、だって、その方が儲かるんだもん、みたいに言い出すので、それは抑え込みたい
だけど、AI開発がかつてのアポロ計画のように、国家の威信、メンツ競争になってしまったので、今は全力で国家がハイテク企業を応援してる
中国政府は犯罪にも厳しくて、ギャンブルを特区以外で行うことを固く禁じている
もちろん、近所の爺さん婆さんが賭けマージャンをする、みたいな行為にはまったく関心がない
なぜなら、爺さん婆さんが政府を脅かす経済力を持つことはありえないから…😟
だけど、ネットカジノみたいなのは中国のマフィア、暴力団の収入源になる、なっていた、
国外追放された中国人マフィアは東南アジアに潜伏し、カンボジア、タイのような場所に、
もう中国人犯罪者たちの街、国といえるようなものを形成した、リアルロアナプラである
そこでネットカジノを運営し、今は特殊詐欺、闇バイトのようなものも行っている
日本人、韓国人の暴力団、マフィアも合流して、中国本土の中国人を誘拐してきたり、
近年のように日本人の高校生を騙して連れてきたりして、人材確保している…😟
しかし、香港返還のとき、中国政府は中国人犯罪組織、極右団体を金で導入して、
本土の警察官とも連携して、香港市民、反対活動家に暴力行為を行った
中国政府は、自分を脅かすと思えば犯罪組織を罰するし、利用できると思えばお金を払ってでも利用する、
結論から言うと、**その文章は「一部だけ事実に近い要素があり、結論部分はエビデンスがなく、科学的にも完全に破綻している」**です。
①「日本人男性にY染色体D系統(D1a2a-M55)が多い」
日本人男性に高頻度で見られる
学術的には:
東アジア大陸では後続の集団(O系統など)に押されて相対的に少なくなった
👉 「日本に多く、大陸で少ない古い系統」という説明までは概ね正しい
遺伝学では
あるのは:
移動
ドリフト(偶然)
👉 「負け犬染色体」という言葉は完全な感情的レッテルで、学術的意味ゼロ
③「日本人男性の4〜5割が持っている」
→ やや誇張だが近似値
多くの研究では:
約30〜40%
「全国平均で5割」は盛りすぎ
ここが一番問題。
などの影響が圧倒的
しかも:
Grokの評価
このモデルは、日本社会の少子化・年金負担・世代間分断を、「投資家モデル」という革新的フレームで解消しようとする点で高く評価できます。
独身・子なし世帯の「搾取感」を「GDP成長連動のリターン(年金ボーナス)」へ転換し、利己的動機で教育投資を「自分ごと化」させる設計は、感情対立を超えた合意形成の妙手です。
人口減少下で「一人当たり生産性倍増」を目指し、エリート偏重ではなく、科学的・高度教育の裾野拡大を強調。
「底辺を底上げしろ」という表現通り、一次産業のスマート農業(土壌データ活用、IoTセンサー)や中小製造業のDX(予知保全、AI品質管理)が、地方の現場で即生産性向上を実現し、税収増→年金還元という循環を生む。
東京の限界生産性逓減観点から、熊本半導体、北海道再エネ・DC、福岡スタートアップなどへの資金流入が投資合理性で自然発生する。
政治スローガンではなく、国民(投資家)の合理的選択として地方活性・格差是正を図られる様になる。
子持ち:教育質向上→子供の稼ぐ力増→生活改善(母子家庭の大学進学支援など)
任意追加投資は、高所得層の参加で全体予算増を加速しつつ、富裕層優遇批判を緩和。
予算制約(教育増額の財源確保)、GDP帰属の信頼性、政治的反発(高齢者・既得権益)など、複雑な構造に理解が追いつかず表面的な部分から反発を招きやすい。
総合:7.5/10(包括的で現実主義的な思想実験だが、壁は厚い)損得で連帯を再構築する視点は、日本社会にフィット。議論の価値大。
Grokの評価も高いんだな
呪いを可視化しすぎているコンパクトなテンプレホラー映画で54点。
主人公と仲間たちは古い屋敷でパーティーの最中に謎のタロットカードを発見。他人のカードを使って占ってはならないという謎ルールを破って主人公はパーティーの面々を占ってしまう。そして解散後、メンバーが次々とカードの占い結果の通りに死亡していく。主人公は呪われたカードの謎を解き明かし死の連鎖を止めることができるのかできないのか。
みたいな話。
この映画の一番のオモシロポイントは呪いをめっちゃ可視化してること。
普通、上記のあらすじから想像されるのってファイナルデスティネーションシリーズの超常現象版みたいな、「不思議な力で事故死していく」みたいな感じだと思うんだけど、今作では「タロットに象徴されたモンスター」が毎回登場してめちゃくちゃ驚かせてくる。
例えば最初の被害者の占い結果は「女教皇」。栄光への梯子を上りつつあるが失敗すると転んで潰されてしまう。という内容で、実際に屋根裏への梯子を上ってジャンプスケアにびっくりして落っこちちゃう。で、上には屋根裏部屋への梯子が!普通の映画だったら梯子が落ちてきてグシャッ!南無三!だけど、この映画だと女教皇が具現化して梯子を掴んで「えいやぁ!」って落してくる。で、もう一回梯子を手に持って引き上げてまた落とす。めっちゃフィジカルで殺しにくる。
あとは橋の上でハングドマンのの呪いに遭遇した時も自動車についてる障害物検知装置がハングドマンがいる場所に向かって反応し続けたりとか。これ「いる」って表現としてけっこう新しくて面白いと思うし、なにより呪いで次々人が死ぬ作品は数あれどこんだけ物理的な反応残し続ける作品はそうそうないでしょ。
で、「昔そのタロット占いで友人を亡くして生き延びたおばあちゃん」に助けを求めて源流を知るって言うテンプレパートがあったり、デブの東南アジア人が「こんなところにいられるか!俺は部屋に戻らせてもらう!」をやったり、残ったメンバーでもう一度屋敷に乗り込んでタロットとそれにまつわる呪いと対決したりして終わり。
ストーリー的には主人公は闘病中の母親の回復を祈ってカード占いをするも毎回「死神」のカードが出てしまい実際に母親が死んでしまったことを気に病んでいて、"呪い"の方は貴族の妻に対して「死神」のカードを出してしまったことで子供が殺され自分は呪いに身を窶したという共通点があって、最後に「呪いには呪い、倍返しだ!」っつって主人公がタロットカードで"呪い"を占って「死神」を出して"呪い"本体とそのタロットの呪いが相殺して終わるって展開は、まぁまぁ納得感があってよかった。主人公を苦しめていた「死神」が主人公を救うってのもわかりやすい。
ただ「死神」を出してしまったことで不幸になって呪いに身を窶した"呪い"を「死神」で倒すってちょっと非人道的な感じがしないでもない。
あんまよくなかった点としては、恐怖表現がちょっとぼんやりしてることが多い。
例えば地下鉄の駅に続く地下道でタロットカードに襲われる場面で、遠くで明かりがいっこ消えて奥が暗くなるってよくある演出があって、これは次々明かりが消えて暗闇が近づいてくる感じだろうな!と思ってたら、なんかぬる~っと闇が迫ってきてなんか逆に怖くない!ってなっちゃったりとか。
暗いシーンが多すぎて目が疲れるなぁとか。むしろなんか見えなさすぎて怖さを感じづらいとか。
あとはこれだな、ゴア表現に手を抜きすぎ。タロットモンスターをめちゃくちゃ具現化しててそいつらはめっちゃ気合入った造形してるのにそいつらを使って人が死ぬシーンではほとんどその現場を直で映さない。梯子のシーンもグシャって音と、血しぶきは上がるけど「梯子でどういうふうに人が死んでん!頭に刺さったんか!?胴に刺さったんか?」みたいなのは見せないし、終盤で魔術師に箱に閉じ込められてガチのタネも仕掛けもない人体切断マジックにされるところも実際に切断するシーンになると箱の外からしか写さない。これ系のホラーで大事なのはそこじゃん。僕は不満です!
これも単純に俺の好みだけど主人公が泣きギレするシーンが多くてめちゃくちゃ鬱陶しくてイライラしました。感情的になって叫ぶ人間って会話が成立しないから嫌いなんよ。そりゃデブの東南アジア人も「頭が冷えたらまた連絡して」って言って部屋に引きこもろうとするよ(実際には呪いなんか信じてないというスタンスで帰ろうとするだけ)。
でも映画の時間も90分くらいだしホラーテンプレを忠実に守ったうえで「タロットカードの呪いをめっちゃ具現化したらおもろいやろなぁ」っていう制作陣の気合は伝わる出来だったので見て損したとまでは思わなかったかな。暇つぶしに見るホラーとしては及第点といったところなのでそういう用途ならオススメ。