はてなキーワード: 組織とは
マジレスすると、そこは別に矛盾してない。見ている「左翼」のレイヤーが違う。
たぶん彼らが嗤っていた「左翼」は、政党・労組・学生運動・共産党・社民系みたいな、昭和型の組織左翼。
これは実際、議席・動員力・社会的威信の面ではかなり弱体化した。
一方で、彼らがいま「左翼が世界を動かしている」と言うときの「左翼」は、政党としての左翼ではなく、大学・メディア・人権団体・国際機関・企業広報・教育・SNS規範・ポリコレ・DEI・ジェンダー論・反差別言説みたいな、文化的・制度的なリベラル規範のことを指している。
要するに、「選挙には弱いが、空気やルールづくりでは強い」という認識になっている。
実際、左派政党の退潮と、文化・価値観領域でのリベラル規範の影響力は、同時に起こりうる。
左派の衰退を分析する議論でも、単に得票や政党支持だけでなく、イデオロギーや公共政策への影響力という別軸で見る必要があるとされている。
「共産党は弱い」
みたいに、途中で主語がすり替わる。ここが変。
本来は、
「旧来型左翼組織は弱体化したが、リベラルな文化規範・反差別規範・アイデンティティ政治的な言説は、一部の制度や企業・メディアでは強い影響を持つようになった」
くらいに言うべきところを、雑に「左翼が世界を支配している」に圧縮するから、話が急にオカルトになる。
さらに言うと、「文化マルクス主義」みたいな言い方は、その典型で、フランクフルト学派や進歩派運動を現代のポリコレやアイデンティティ政治の黒幕扱いする陰謀論として説明されることが多い。
つまり、現象として「制度内リベラルの影響力」はあるとしても、それを「左翼の世界支配」に変換するのは、かなり粗い。
彼らにとって左翼は、殴るときは“弱くて惨めな負け犬”で、怯えるときは“社会を裏から支配する巨大権力”になる。
これは論理というより、敵像の使い分け。
勝利感を得たいときは「左翼は終わった」と言い、被害者意識を語りたいときは「左翼に支配されている」と言う。
ただ、完全に無内容な妄想とも言い切れない。
旧来の共産党や労働左翼は弱くなった一方で、企業・大学・メディア・国際機関では、人権・多様性・反差別・ジェンダー平等のような価値観が標準語になっている場面はある。
要するに、
場合は白バスじゃないらしい。バスと運転手の両方を有料で調達すると白バス行為になるんだそうです。
例としては、送迎スクールバスや、大きい工場が最寄り駅から社員を運ぶシャトルバスがあって、バス会社などが運行委託されてやってることがあるけど
これを単なる「放課後のスポーツや文化活動」と解釈しているうちは、日本社会の本質を捉えることはできない。部活とは、教育という美名の下に偽装された、日本独自の「空気」の醸成機関であり、極めて強固な「小宇宙」としての共同体なのである。
西洋的なスポーツの概念では、それはあくまで個人の「楽しみ」であり「技術の向上」を目的とする「遊び(Game)」である。しかし、日本の部活においては、それが「野球道」や「剣道」といった具合に、容易に「道」へと転化してしまう。
ここで言う「道」とは、論理的なルールを超越した絶対的な規範である。そこには、外部の人間には到底理解しがたい、以下のような特質が見て取れる。
儀礼の絶対化: 挨拶の角度から、道具の手入れ、グラウンドへの一礼に至るまで、機能性とは無関係な儀礼が最優先される。
「連帯責任」という戒律: 一人の部員の不始末が部全体の活動停止に繋がる。これは近代的な法治主義(個人責任)ではなく、村社会の「縁座」の論理である。
山本七平が喝破した「空気」の支配が、最も純粋な形で現れるのがこの部活という空間だ。
例えば、真夏に水を飲まずに練習を続ける(かつての常識)、あるいは怪我を押して出場するといった行為が「美談」とされる背景には、生理学的な合理性など存在しない。そこにあるのは、「ここで水を飲んではいけない」「休んではいけない」という、その場を支配する「空気」への絶対服従である。
この空気(臨在感的把握)に抗う者は、非国民ならぬ「非部員」として、共同体から事実上の追放(シカトや疎外)を余儀なくされる。ここでは「個」の意志は、共同体の維持という至上命題の前に、完全に抹殺されるのである。
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このシステムを維持する「司祭」の役割を担うのが、教師(顧問)である。
彼らは本来の職務である教科指導を二の次にしても、部活動の指導に没頭することを「徳」とされる。土日を返上し、無給に近い状態で奉仕するその姿は、近代的な労働者のそれではなく、一種の宗教的情熱に突き動かされた修道者のそれである。
生徒もまた、その「自己犠牲の精神」を空気として吸い込み、「先生がこれだけやってくれているのだから」という情緒的な絆によって、さらなる規律へと縛り付けられていく。
それは、日本社会という巨大な「空気の組織」に適合するための、高度な精神的訓練所なのである。理不尽な上下関係を、論理ではなく「身体的感覚」として受け入れ、組織の論理を個人の論理に優先させる――この「日本教」の洗礼を、彼らは多感な思春期に徹底的に叩き込まれるのだ。
この「珍妙な制度」が温存されている限り、日本人が真の意味で「個」として自立し、論理的な組織運営を行うことは、おそらく今後も至難の業であろう。
その2 前の続き
主人公の下呂くんは女性に免疫のない「毒使い」。行動を共にする結婚アドバイザーの城崎は、見た目は美女だが実は男性という。
特殊能力を持った殺し屋と闘いながら、様々な女性と出逢う展開ってところか。
登場人物の名前は、他にも姫川や嬉野など温泉地の名前にちなんでいるのが特徴的。
アクションシーンもよく動いて凄いと感じるけれど、私としてはバトル以外のシーンの方が好き。
メシアニメは私の好物です。メイドさんもかわいいし、食べ物も美味しそう。
コンビニおにぎり、ナナチキ(セブンイレブンジャパン)、信玄餅(桔梗屋)、たまごボーロ(大阪前田製菓)、サトウのごはん(サトウ食品)、ポカリスエット(大塚製薬)、築地さとうビーフカレー(吉祥寺さとう)、おいしい牛乳(明治)、はちみつ&れもん(加藤美蜂園本舗)、いちごチョコクリーム(マリオンクレープ)など、実在する製品が多数登場。コンビニもセブンイレブンがそのまま描かれている。
食べ物以外にも豆知識が紹介されたり、「鍵をきちんとかけたか気になって確認したくなる」「鯛焼き、頭から食べるかお尻から食べるか問題」など、日常の「あるある」を挟むのもポイント。
おいしそうだし、かわいいし、勉強になるし、ずっと見てられる。
担任の先生は可愛い顔でグラマーだけど、学校中では「怖い先生」と噂されている。
でもそれは単なるコミュ症なだけで、実は声もひょろひょろで体力もない、よわよわ先生だった。
ラッキースケベ系ですね。あと皆んな体の大きさに比べて顔が小さい。
これ、15分でいいかなー。
首を切ることで前世の力を引き出し、前世の偉人の才能を得た者たちが戦うバトルアクション。
主人公は天下の大泥棒・石川五右衛門の才能を持ち、他者の才能まで盗み出すことができる。
「全ての才能を盗み出し、歴史を総括するほどの人物になってやろう」と思っているが、根は優しい人。
人によっては「ドッペルゲンガーは恋をする」というタイトルで知られているかも。
舞台は静岡市。パーマンのコピーロボットのように、能力で生まれた自分のレプリカが学校へ通う物語。
レプリカが過ごす青春や恋、そしてそれを通して本体側が変化していく様が描かれている。
5話でタイトル回収、一旦終わりといった感じ。
〜これはいじっぱりな二人が、「愛してるゲーム」に翻弄される物語である〜
幼なじみ同士で、「愛してる」って言って照れさせた方が負けというゲームを続けている、恋愛頭脳戦。
幼少の頃は単なる「からかい」だったようだが、互いを意識するようになってからは、この関係を繋ぎ止めるためのゲームになっているようにも感じる。
サンデーならではの、「魔法使いが長生きしすぎるやつ」「勇者の声マジイケボだよね」「あの世界の住人銅像たてすぎじゃない?」といった小ネタがあったり。
3年ぶりの2期。
異世界転移した先で万能農具を片手に農業生活をしていたら、様々な種族が移住してきて、村ができて村長になっちゃいました。さらに子供も出来ちゃった。
鉄腕ダッシュの「DASH村」や「DASH海岸」が好きな人は好きかも(あそこまで本格的ではないが)。
異世界でのんびりスローライフと言いながらバトル多めになる作品が多い中、こちらは基本的に農業や村開拓を続ける感じ。
4話で村民同士が戦う武闘会(お祭り行事)があるが、農業アニメと舐めていたら驚くくらい、しっかりとしたバトル描写になっていた。
きらら。秋田から東京のお嬢様学校へ編入するはずだったのが、女子寮を兼ねる漫画喫茶「ヘッジホッグ」に住み込みで働くことに。
住居は一畳間、漫画喫茶暮らしということでこのタイトル。あとはいつもの可愛い女の子たちの日常コメディ。
客があまり登場せず、登場しても店内トラブルで帰ってもらうことが多いため、経営している感があまりない。
荒川弘が描く幻怪ファンタジー。1話の驚きの展開で、掴みはオッケーじゃないでしょうか。
主人公の「どうなってんだよ、これ」「なんなんだよ、なにがおこってんだよ」という反応、私自身もまさにそれでした。
OPはVaundy、EDはyama、Vaundyとのタッグで、作詞・作曲・編曲をすべてVaundyが担当している。
冴えない陰キャだった頃の自分へタイムリープし、灰色だった青春を「虹色に染めてやる」という作品。
主人公はコミュ障ではあるものの、前世でもそれなりの経験を重ねており、第二の人生ではあっさりカースト上位にいてモテる「強くてニューゲーム」状態。
ただ自己肯定感は相変わらず低く、そんな主人公と周囲の間に生まれる「不協和音」や「ギスギス感」が個人的に好き。
3話でAqua Timez『決意の朝』が歌われる。もう20年前の曲なんだよなー。
幼馴染が主人公を「あなた」と呼ぶ点には少し違和感を感じる。名前呼びか「あんた」ならしっくりくるのだが。詩ちゃんかわいい
OPは前島亜美、EDは愛美。EDのアニメーションの担当は、ズーマー好きなんかな。
主人公の女の子・スピカは、ある日言葉を話す猫と出会う。その正体は有名な天才魔術師。
お互いの利害が一致し、猫と師弟関係を結んで1等魔術師を目指す物語。
スピカは猫の封印を解くことができる(時間制限あり)。封印解除には魔力の注入が必要だが、ただし魔力は尻に入れる。
「天才になれなかった全ての人へ」2019年にドラマ化されている。
絵を描くのが好きだけれど才能がない光一。
絵の才能を持ちながら、父の死をきっかけに描くことを止めてしまった左利きの女の子、エレン。
仲がいい訳ではなかったが、結果的に光一がエレンの背中を押す形となり、それぞれの人生が進んでいく。
光一の社会人パートは緊張しながら見るなあ。私にも神谷さんみたいな人いたなあ
テレビではテレ東系列,AT-Xだけ。一部地方では放送されていない。これ全国放送してほしかった
OPはALI、ちょっとバブルガム・ブラザーズのWON’T BE LONGを思い出す歌。
1年ぶりの2期。前世では最強の王と呼ばれながらどこか孤独な人生だったが、転生先では家族や友人に囲まれながら心身共に成長していく。
今シーズンも地上波はテレビ東京のみで、全国ネットではない。BSでも放送して欲しかった。
OPはSIX LOUNGE、EDは22/7。Season1のEDはアーサーが走りながら成長していく感じだったが、Season2はテシアがそんな感じ。
テシアがヒロインなのは分かるけど、私の中ではジャスミンがヒロイン。
『野生のラスボスが現れた!』と同じく、アニメと同じタイミングでサンソフトからゲーム化された作品。
夏休みの前日に当たる終業式の日、教室に入ろうとした瞬間に異世界転移してしまう。
過剰とも取れるオーバーリアクションや奇行が目立ち、テンションが変なアニメに感じたかな。
転移直後に出会ったエルフとは2話で別れ、主人公は新たなパーティーを組む。
一方、エルフたちのパーティーストーリーも並行して進んでいて、これまた1クールでは収まりきらない感じかな。
天才王子と自称悪役令嬢ポンコツ転生者との、ハートフルストーリー。
令嬢バーティアは転生者、王子セシルはゲーム世界のキャラクター。
乙女ゲームの悪役令嬢へ転生してしまうというよくあるパターン。
が、特色は、よくある転生悪役令嬢話とは役割が逆になっている点。
通常はゲームの展開を全て知る転生者が世界を変えていくものだけれど、
今作は、完璧なセシル殿下がバーティアを観察し、言動や行動を基に世界を変えていく展開が面白い。
感情などないようにあれこれこなすセシルだが、オモシレー女、バーティア嬢に心動かされていく。
EDの絵いいなー。
2期で飽きてきたのだけれど、今回は好きかも。主にテンポが良くなった気がする。
「愚者の奇行団」とは対立したくなかったという思いも何とかなりそうだし。
ハッコンのランクがついにレベル3へ。ランクアップは1期7話以来。
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の作者による作品。
四季の神々から与えられた特別な力で各地に季節を巡らせるという世界のお話。
そんな春の季節の「代行者」と、その代行者を守る護衛官の物語が描かれている。
その時何があったのか、そして戻ってくるまでに何があったのかは、毎話少しずつ明らかにされていく。
6話まで観ると大体の状況が掴めてくるのと、EDの持つ意味も分かってくる構成。さくらの声の人の演技にちょっと感動。
それぞれのエピソードの終盤で登場人物の感情が溢れる様子、感動を誘う演出は、まさに『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』といったところ。
タイトルも内容もなかなかクセのある作品。現代アニメーションの見本市。
女神の力で別の世界の「何か変なモノ」に転生し、その世界を見届けて人生を終え、女神の元へ戻って異世界での出来事を確認する。そしてまた転生しての繰り返し。
転生先の世界は毎回異なるクリエイターが担当しており、アニメだけではない多様な表現が試されてる。
特殊な映像や演出が目に飛びすぎて、全然話が頭に入ってこない……というより、むしろ「違う面白さ」がある。
EDはshallm。EDでは本編のメイキング映像が流れるのも特徴的。
女の子が酒を飲む作品です。 私の中でこういった系は『たくのみ』以来かもしれない。あと今作はタイトル通り百合度が高い。
お酒の豆知識をゆっくり解説してくれるコーナーがあるが、どう聞いても、どう見てもひなたとあおいです(クレジットには「スマホの声」と記載)。
いいですね、酒アニメ。私も角打ちによく行きます。私は芋のくっさいのが好きです。 酒の味なんて分からず、酔いと雰囲気だけ楽しむ「ダメな大人」になってしまいましたが。
EDは毎回同じ曲だが、歌う人(キャラ)が毎回違う。 EDアニメーションも毎回異なり、登場人物の「ある日のストーリー」を描く《ヤマノススメ Next Summit》方式。
2年ぶりの2期。間があいたが1期振り返り特番があったので助かった。
魔法至上主義の世界で、まともに魔法が使えない「落ちこぼれ」主人公が剣で活躍する話。
2期では落第し、失意に沈む主人公ウィル。街では年越しの大結界を張る行事が行われていた。
無事に結界が張られたと思った矢先、不穏な魔法円が出現し、街はモンスターに襲われる。
1期ではダンジョンを潜っていたら本来ここには現れるはずがない高レベルなモンスターが登場したり、
今回は街が突如戦場になったりと、ダンまちを見ている人は既視感を抱く展開(原作者が同じ)。
まさか第16話の杖と剣が交わるウィストリアまでがプロローグだったとは
2009年にKAT-TUNの亀梨和也でドラマ化されている。 美味しんぼのワイン版と表現するのは少し雑か。
1話ではそこまで気にならなかったけど、さすがに2話以降は気になってきた。(プロの声優ではないとはいえ、それでも上手い方だとは思う)
話は面白いのだけれど、やはりこの声と展開の早さが、私にはちょっとしっくりきません。
田舎の空き家を管理する主人公と、そこに集まる霊獣たちの物語。
異世界放浪メシの「フェル」に似たキャラクターがいるので、スライムの「スイ」がいても違和感なさそう(「我、山神ぞ」すみません)。
主人公には霊を祓う力があり、メモ用紙に文字を書くだけで、その辺の陰陽師以上の力を持つ霊祓いアイテムになる。
背景がすごく綺麗で、そこまで大盛り上がりする展開はないけれど、落ち着いて見られる個人的に結構好きな作品。
めちゃくちゃ好きなんだが。
歌劇学校を舞台に、決して華やかではない「人と人との歴史を紡ぐ青春群像劇」。映画にしてもいいのでは。
話によって焦点を当てる登場人物が変わり、時代や場所も淡島・鎌倉・広島ところころと変わるため、少し頭の中が大変に感じる人もいるかも。
登場人物はそれぞれどこかで繋がっており、後になって「この人はあのエピソードの人か」と気づくと楽しくなる。
公式サイト(https://awajima-anime.com/story/)の各ストーリーページ下部にある相関図を見ると、つながりが分かりやすい。
同作者の過去作で、鎌倉が舞台だった『青い花』(漫画/2009年アニメ化)とも少しつながりがある。
1年半ぶりの4期。私は少数派かもしれないけどバトルより会議の方が好きです。
勇者と魔王みたいな善悪2者対立した話なら力でバトって分かりやすいんだけど、
こうも役者や国や思惑が増えてきたら会議がないとしっくりこないので。
さてこの度はテンペスト評議会への参加の件。欲まみれで舐めている議員たちはどうなるか
そろそろ折り返し時期なので自分用にメモ。今回も多いので3つに分けてる
星は個人的な好みを表したもの(私の好みであって作品への評価ではない 出来が凄いんだろうなあという作品も、自分が好きではなかったら星は少ない)テレビ放送中心。
好みの星はたぶん見ていくうちに変わるし変えてる。自分と違ったとしたら「こいつとは趣味があわんな」くらいのレベルで見てください。
声優とかアニメ制作会社とかよく知らないので間違ったこと書いてたらごめんなさい。
今回のアニメは「2倍2倍!」「飛びます飛びます」「ヒューヒューだぞー」など、見てる人のほとんどが分からんだろってくらい古いネタが使われてる気がする。
追記:好きを示す星は4段階。感覚的なものなので話が進むにつれてコロコロ変わることがあります。環境によっては☆も⭐️も⭐️に見えるのね 後で変更しておきます
スイカももう立派な科学者なんだよ。と、まだ前のシーズンのスイカの話をひきずって涙してる自分がいる。
巨大なラスボスはいるが、普通の敵はもういないので結構安心して見れる。
OPはASIAN KUNG-FU GENERATION。EDはBURNOUT SYNDROMES、やっぱりDr.STONEといえばこの人たちやね
SAIが加わったことで28話でEDが少し変わり、日本メンバーと合流した30話でまた変わる。
名前の通り、「嘘をつく力」と「嘘を見抜く力」で勝ち残っていくゲーム
実写ドラマや映画は戸田恵梨香と松田翔太で製作されており、韓国でもドラマ化されている人気作。
騙し、騙されで1億、10億と巨額のお金が動く展開に「おー、すげー」と感心していたところに、最近「はてな11億詐欺事件」の報道が飛び込んできて、現実に似たようなことが起こったもんだから戸惑っている自分がいる。
過去に大きな事故に遭い、一度死んだはずの菜花。家では謎の「物体X」を飲まされる変な日常を過ごしていた。
ある日、事故現場近くの商店街で妖怪だらけの世界に紛れ込んでしまう。
妖怪に襲われる菜花を助けたのは、刀を携えた若い男性・摩緒(マオ)だった。
女子高生と別世界の人間という関係性は、まさに『犬夜叉』のようなワールド。
ゲームが原作。メンタルがヘラってたり、OD・リスカをする子、そして狂信的なファンがつくほどの「超てんちゃん」というネットアイドルがいたり。
90年代のエヴァや、2000年代の物語シリーズのように、精神病者の精神描写の演出が過多、故に人を選ぶ作品だと思う。
私は嫌いじゃないけど好きじゃないよ。まぁ10代の頃に少しくらいは考えた人も多いのでは
あめちゃんがいかにして超てんちゃんになるかは3話で語られるが、まあ酷い過去ではあるけれど、よく見るやつなので。もっとこう、あそこまで神格化されるほどぶっとんだキャラになるのであれば、それと反比例するくらい重いのが欲しかった。
超てんちゃんのCVはクレジットに明記されていない、が、22/7の天城サリーかな。ナレーションはピエール瀧
OPは超てんちゃん、EDはキタニタツヤ。5話のEDは特殊な構成。
1年ぶり4期。どうやって終わったんだっけ。なんやすごい強敵揃いで大変な戦いだったのと「強欲」レグルスが最悪なやつだったことしか覚えてない。
ジャージではなくなったスバル。レム睡眠を救い出すことはできるのだろうか。
これからお付き合いくださる皆様
OPは鈴木このみ feat. Ashnikko、EDはMYTH & ROID feat. TK(凛として時雨)相変わらず流れる回数少ないけど
憧れの父が破門され、父から「落語」を奪われた。あかねは父の無念を晴らすべく、落語家として真打を目指す。
この作品が週刊少年ジャンプで連載開始した時、普段漫画を読まない私の耳にも「なんかスゴイのが始まった」と聞いた覚えがある。
単に女子高生が落語をするだけじゃなく、落語の世界そのものを描きつつ、そこに「友情・努力・勝利」の成分もあることからの人気なのかな。
3話までの話を通じて、落語噺だけでなく、社会人として教訓も感じるところがある。
落語のアニメといえば『昭和元禄落語心中』や『じょしらく』がよく話に出るが、『うちの師匠はしっぽがない』もぜひ思い出して欲しい。
5分アニメ。淫獄団地。タイトルからヤバそうな団地の管理人が主人公。
団地に住む人妻の元にスマートブレイン社のファイズギアボックスみたいなケースが届き、
中に入った卑猥で異常な衣装「リビドークロス」を着用した人妻たちが狂気に堕ち、管理人や団地の人々を襲う。
何となく私は見ないやつだろうと思ったけど、バカバカしくて見ちゃう。
モデルのようにクールな外見だが、実は主人公と同じ趣味を持つギャル(天音さん)。主人公の前の席に座り、いつも優しく接してくれるノリの軽いギャル(伊地知さん)。
王道ラブコメ好きだわ〜・・いや私じゃ無くて妹がね、妹がね!?
同じ趣味の天音が有利そうに思えるけど、伊地知の人の良さや健気なところにも応援したくなる。くぅ〜
3年ぶりの2期。1期で付き合うことになり、2期は付き合ったことを公にする。
今期はOPの歌詞にあるとおり「ただの惚気話」、背景にあるネグレクトのトラウマを忘れそうなくらい、ひたすらイチャイチャする様子を見るのかな・・と思ったののだけど。 主人公の周(あまね)の過去と向き合ったり、真昼の父親、親友の父親に関する悩み事も浮上するなど、やはり深い話も出てくる。
OPはオーイシマサヨシ、EDはJ-POPのカバーソングという構成で、1期と同じパターン。
ED曲はドリカムの「うれしい!たのしい!大好き!」、5話ではジッタリンジンの「夏祭り」。
舞台は東京の府中市だが、里帰りシーンで静岡も登場する。 座席は主人公席。
エロギャグコメディ。暴食の悪魔 カナン様と高校生男子の羊司くん、言動や行動の勘違いが続き、なんやかんやで恋人関係に。
カナン様が羊司より優位に立とうとするのだが、羊司が直球ど真ん中のストレートな言動を繰り返すため、いつも結局撃沈してしまう。
そんなカナン様の可愛さも魅力だけど、羊司がいい感じに変態なので成り立っているのだと思う。
いろいろとSNSで話題になっている気がするが、単なるアニメ視聴者の私が特別な話に食いついても良い事なさそうなのでスルーしてます。
内気なゲイの中村くんは、入学式で同じクラスの男性生徒「廣瀬」を見て恋に落ちる。
コミュ障な中村は廣瀬とお近づきになるため、まずは友達になろうとするのだが、どうしても空回りしてしまう。まあ、BLです。
絵柄は80年代〜90年代のサンデー漫画っぽいレトロな雰囲気だが、スマホやLINEがある現代。
2021年にオーディオドラマが発売されており、その時のCVは今作アニメとは異なる。が、アニメ劇中に登場するBL漫画「ラブ弁」で、オーディオドラマ版の中村と廣瀬が声を担当している。
OPは岡村靖幸&中島健人。EDはなんとも懐かしい曲が流れて……
1話は村下孝蔵『初恋』、2話はバブルガム・ブラザーズ『WON'T BE LONG』、3話は今夜はブギー・バック(smooth rap ver.)など、懐かしの曲がそのまま選曲されている。
伝説の殺し屋が謎の蜂に刺されて若返り、所属組織の提案で中学校生活を送ることになる話。見ていてラーメンが食べたくなる。
姿を変えた殺し屋を主人公にしたジャンプ漫画ということで『サカモトデイズ』を連想してしまうが、私はこっちの方が好きです。
中学2年の秋、ロシアから来た二足歩行で長身の……鳥?の「クジマ」に出会い、一緒に暮らすことになる。
厚かましい態度のUMAみたいなのがホームステイに来たような感じのアニメ……と昔の友人に説明したら、「それアルフじゃん」と言われた。あー
兄の受験失敗で家族全体がどこか暗い雰囲気になっていたところ、クジマがいい意味でそれを掻き乱し、明るくしていく物語。
アニメの中でいろんな種類の(普通の)鳥が登場するけど、どれも丁寧に描かれているのが印象的。
学校内でも学校を離れたプライベートでも友達がおらず、ぼっちだった主人公の前原くん。
同じB級映画好きということで、クラスで2番目に人気のある女の子、朝凪海と仲良くなる。
1番人気の天海夕と海は親友だが、そこにも内緒で海と前原は金曜日の放課後に共に時間を過ごすようになる。
灰原くんの〜と思ったらお隣の天使様に〜になっていくラブコメ。
歌で戦うから『戦姫絶唱シンフォギア』的なものかと思ったら、過去の偉人が登場して戦う展開になったりする。
偉人?今期の他のアニメでも同じような要素があったような。最終的にはミュージカルのように歌い合う形になる。
いやー、見続けるかどうしようかなーと思いながら見ていたら、4話のようなオモシロ回もあるので困る。
ある意味話題作。「福岡地域の活性化とともに食の大切さや料理の楽しさを子どもたちに伝えたい」というコンセプトで、
これまでショートアニメや4コママンガ、ライトノベルが展開されてきた同プロジェクトのアニメ化作品。
なお、アニメ・漫画化を目指してクラウドファンディングを実施したものの、目標額の27%しか集められなかった経緯がある。
そんなアニメとしての出来は……ストライクゾーンが広めな私でも「これは結構キツイ」と思うかな。
低予算感がEDのクレジットからひしひしと伝わってくる。皆さん、おそらく別ジャンルとして楽しんでいるんじゃないでしょうか。
クソゲーをあえて縛りプレイしたくなるような上級者の琴線に触れているのか(失礼)、
深夜遅い時間の放送にもかかわらず、リアルタイムのネット実況が結構ワイワイしています。
2部構成になっており、本編アニメ(15分)の後に食育アニメのミニコーナーが続く形式。普通に勉強になる。
地球が怪獣に襲われる世界。コミュ障で人付き合いは苦手だが、ロボット操作だけは天才的な主人公。
宇宙での怪獣戦に敗れ地球へ帰還したものの、そこは全土が凍結し雪と氷に覆われた「スノーボールアース」となっていた。
私はそこまで・・。怪獣8号も私には刺さらなかったのだけれど、こういうSF物は私の好みと相性が悪いのかも
ブラックな会社に勤めながら、家でアニメ鑑賞をして癒される日々を過ごすOLが主人公。
マンションの横でいつも壁ドンしてくる住人は、主人公が崇拝する漫画の漫画家だった。
反対側の隣さんはとても親切で、いつも主人公を心配してくれるイケメン男性。
この3人の家の壁が漫画家によって破壊され、ついに空間が繋がってしまう。
主人公は漫画家に食事を提供するメシスタントになり、親切なお隣さんは彼氏という設定を作り、彼女を守ろうとしてくれる。
こうしてむちゃくちゃな展開だけれど、お隣さん同士3人共同生活が始まる。
本来は昨年放送予定だったが、制作のクオリティ向上を目的に延期され、この時期での放送となった。
それもあってか、非常に高いクオリティを感じる。特に第5話は繰り返し見てしまった。
魔法に憧れる女の子、どうやったら魔法が使えるのか分からない彼女は、ある日家に来た魔法使いの術をこっそり盗み見。
それを参考に、昔お祭りで手に入れた道具を使って魔法を発動。・・しかし、それは、我が家と母を巻き込む大事件を招くことになる。
かわいい、かっこいい、きれいを両立させるビジュアルに、映画のようなドキドキとワクワクを感じさせてくれる。
突然、人が巨大な怪物「鬼獣」になり、それとニワトリが戦うという異色の作品。
なんだこれw EDも含めて昭和〜平成初期のアニメの香りを感じる。
クソが付くくらい真面目だが学力は底辺な男性高校生と、「ポエム」という自分の名前にコンプレックスを抱いている女子高生のお話。
校長も含め、この学校の人たちは個性的で好感が持てるキャラが多く、結構好き。
悪の組織のやつらは「懲役1466年」や「懲役999年」などのぶっとんだ量刑が飛び出したり、警察が来ても銃火器で蹴散らしたりと、かなりむちゃくちゃな展開。
トリックや推理は二の次で、リリテアがかわいいから見てるのかも。
「今は未婚・恋愛経験ナシなんて当たり前だし、今後は独身でもお気楽に生きていける世の中になるよ」って考えてる人多いけど意味わからん
周りに独身が減ろうが増えようが自分はそう生きるつもりです、ってスタンスならまだしも
そもそも未婚者が増える原因ってのは社会が要求する夫・妻の水準に何らかの理由でアジャストできない男女が増えた事によるわけで
つまり現世における既婚者ってのは経済面・性的魅力面で高いハードルを乗り越えた者が有意に多いわけ
そんな中で、未婚者(=負け組の割合が有意に高い)が増えたところで何の意味があるだろうかと考える
負け犬が数だけそろってもその意見が社会のメインストリームになるかは別の話だろう 現実には、「数が増えること」と「発言力が増えること」は全く別なんだよな
氷河期世代は人口比で言えば現役世代のマジョリティと言っていい世代だが彼らの要望が社会に反映されたことが今まで何回あった?
社会って基本的に、再生産能力の高い層、税収を多く支える層、組織運営を担う層の価値観を中心に回る
だから未婚者が増えたとしても、その集団が経済的・政治的・文化的に強い影響力を持てなければ、「多数派になったのに扱いは変わらない」という現象は普通に起こり得る
実際、少子化対策の議論を見ても主軸は一貫して「どう結婚・出産させるか」であって、「未婚のまま生きる人間を中心に社会設計を変えるか」ではない
結局のところ社会的承認って「どれだけいるか」より、「その集団が社会に何を供給しているか」で決まる部分がかなり大きい
アメリカで、さまざまな国のバックグラウンドを持つ人たちと一緒に開発していたことがあるけど、「内容ではなく誰の発言かで判断する」のは日本人特有の傾向ではないと思った。
自分がいた組織では、人数が多かったこともあって政治的な立ち回りがかなり重要で、「誰につくか」のほうが大事になる場面も少なくなかった。そういう意味では、むしろ思考停止的な空気はかなりあったと思う。自分の組織の偉い人が何か言うまで待つとか、結論が見え始めるまで静観するとか。なので、本記事みたいな議論が公の場でちゃんと行われているのは、むしろ健全に感じた。
単純に、日本のエンジニアコミュニティには「静観せずに反応する人」が多いだけな気もする。ただ、リアクションしている人が日本人ばかりだと、海外の人から「日本人はこういう傾向なんだ」と受け取られかねないので、「それは違う」とは言っておきたい。
人口動態が崩壊することが明らかだったのに氷河期世代にツケを回して延命してしまい移民化も人口増も失敗
財政出動をしながら再生産不可能な社保に垂れ流した事による財務悪化と日本円の価値既存
設備投資にリスクマネーを透過できなかったことによる先端製造業での敗北
これをベースにして日本のあらゆる組織と価値が崩壊をはじめている
その現実に目と耳をふさぎ、左右対立という偽の論点でキャッキャしながらどっちが勝とうが日本崩壊する全く意味のない政策対立
日本は完全に終わりへの道を歩み始めている
なぜこうなってしまったのか
なお、これは同じ境遇の方に早く実態に気づいてもらうための文章なので、諸々の説明等は省く。ぶっちゃけ記憶も曖昧だし。
社会人になって3年、今後のキャリアに不安を感じて起業を考えるようになった。
そのイベントで、その場にいた人たちで打ち上げに行こうかという話になった。
そこである女Aと出会った。サロンを開きたいらしく、勉強しにきたのだそう。でも予定があるからと打ち上げには来ず、インスタを交換した。
DMでぜひ話したいと連絡が来たので、会うことにした。数日後に都内のカフェで会って、人生論だったり、ESBIの話をされた。おすすめの本も教えてもらった。
②都内のコワーキングスペース的な、コミュニティ的な場所でやってるイベントに行った。色々な人の講演を聞いて価値観を広げて繋がりましょうみたいな。これはすごくオフィシャルで歴史もあるもの。そのイベント終了後、ある男性Bとたまたま会話がはじまり、起業したいことやそのために一旦転職を考えているという話をした。そうしたら、知り合いに転職を斡旋している人がいるから紹介するよと言われ、名刺をもらった。大手IT企業の役職者だった。その知り合いの経営者の方がやってるタワマンのパーティーにも行った。
③②と同じ場所で開催されていた、別のこじんまりとしたイベントに参加した。そこである女性Cと出会う。どうやら彼女も初めてこのイベントに参加したらしい。Cは経営者だった。ブランドバッグを持ってた。キャリア系の相談に乗れるというので、こちらから連絡した。後日カフェで会った。何度も会った。
私はただ起業するために、国や大手企業の主催する場所を活用していたが、このような人間はそういう場所にも普通に現れる。
しかも、裏でみんな繋がってる。
【初期の見分け方】
・とにかく親身。仲良くなろうとしてくる。
・ESBIのBになることを力説してくる。
・やりたいことリスト100を書かされる。
・カフェで会おうとしてくる。経営者でも高いレストランとかはまずないし奢られることもない。
・金持ち父さん貧乏父さんを進められる。
・具体的になんの事業をしているかよくわからない。もしくはオーガニック系。
これ2つ以上当てはまってたらかなり黒だと思う。
【中期・見分け方】
・セミナーに参加させられる。1回2000円くらい。全員がありえないくらいでかい相槌を打つ。
・セミナーの前後では成功した経営者とのグリーティングみたいなのがある。
・考え方のレクチャーがあるが、全て手書きでA3の紙にまとめる。
・メンターの家の近くに引越すよう言われる。シェアハウスの場合も多い。
・セミナーの自己紹介では、自分の名前(あだ名)と紹介者の名前を言うのが必須。
・初参加は優遇される。前に座らされる。
私はここまで。
月に15万とられる前に足を洗った。
彼らは人のふとことに入る力は素晴らしいし、洗脳力も高い。組織力も。
Xで調べたらどこの誰が作ったかわからないけどかなり正確な組織図があるから、それを見てみると良い。
知った名前があれば黒だ。
詳しく書いてたらキリがなさそうで。あまりにも殴り書きでごめん。
https://mirai.coopnet.or.jp/info/2026/05/082280.html
この公式発表(2026年5月6日付)で最も意図的にぼかされ、かつ戦略的に構成されているのが、
事件の当事者を「配送委託先の従業員」と繰り返し表現し、当該従業員への処分・教育は「配送委託先より厳正に対処」と明記。労務環境の問題も「配送委託先とその従業員」中心に語られています。
「当生協が責任をもって点検・確認してまいります」「組織全体の問題として真摯に受け止めております」「組織を挙げて」「当生協を含む組織全体」といった表現を多用。 再発防止策でも「当生協が責任をもって…」と、監督者・最終責任者としての姿勢を強く打ち出しています。
・外部の独立企業ではなく、グループ内の「内部委託」に極めて近い存在です。
・車両・制服・ロゴは親会社(コープみらい)のブランドで完全統一され、顧客は「コープみらいの配達員」と認識します。
・しかし雇用主・労務管理責任は子会社に置かれ、本体正社員とは異なる賃金体系・労働条件・休憩運用が適用されています(分社化の目的そのものがこの柔軟運用でした)。
発表では「委託先だけの問題ではない」と一応認めつつ、親会社は「監督を強化する善良な管理者」というポジションを維持しています。 これにより:
• 顧客感情としては「コープ本体がしっかり対応してくれている」と安心させる
• 実際の構造的問題(専用業務による過密スケジュール、休憩確保の困難さ、運転手固定の待遇格差)は深掘りされない
• 万一さらに問題が起きた場合も「委託先の運用不備」として距離を置きやすい
生協という「組合員のための互助組織」という理念を掲げながら、親会社はきれいな看板を守り、子会社に汚れ仕事を任せるという二重基準。これが今回の発表の最も本質的な「書かれていない側面」です。 公式文書として「書ける範囲」を最大限に利用した、極めて計算されたイメージ戦略と言えます。
“かつての社会であれば、人間が長年かけて蓄積するしかなかった技能や知性を、テクノロジーが代替するようになった結果、組織や社会やコミュニティにおける年長者・高齢者の価値が曖昧になっているのです”
“例えば、ワインのテイスティング、レントゲン画像の診断、さらには法的事案の判断といった領域においても、長年の経験を積んだエキスパートの能力を、AIが凌駕するケースが現れています”
“職能等級制度には、日本社会が抱いている「時間・経験の量は能力・成果と線形的に比例する」という世界観がよく表れています”
“もし年長者・高齢者が、量的には社会の重心をなしながら、価値創出の文脈においては周縁化されていけば、「数だけはやたらに多いが、社会的に意味を持たない存在」という危険な位置づけに追い込まれてしまうことになります”
https://news.yahoo.co.jp/articles/b3d407fc61396b04471e07f7dc98ff5ee6686c0e
スルーって玉城デニー知事のように事件に対し何もしないことで日本政府のように正しい窓口に法律に則って抗議することはするとは言わないだろう
行政なんだから法の範囲で正しい手続きしている日本政府と法を逸脱する組織に対して本当に何もしない玉城デニー知事とどちらがスルーしているのか
エイドリアン・ニューウェイというデザイナーは独創的なデザイン力はもちろんのこと、
他からのパクリ・アイデアの模倣→改善もものすごく得意なデザイナーだ。
どうやら今年のマシンはレギュレーションの肝からはハズレたマシンを作ってしまったようだけど、
そっからの改善力はニューウェイの場合は決して低くないと信じたい。
辺野古で高校生(と活動家)が犠牲となった痛ましい事故について、平和教育や反基地活動そのものにどの程度関連付けて議論すべきかは、非常に専門的な知識と判断を要する。
まず事故の直接的な原因についてのみ検討すると、本件は直接的に抗議活動を行っていた最中の事故ではなく反基地活動や平和教育と言った要因は無関係であると考えられる。自分はマリンアクティビティについての専門家ではないので観光事業者が分析した記事を引用する[1]。複合的な技術的要素が重なって発生した事故である一方で、基本的な安全の管理体制の不足が指摘されている。しかし不適切な安全の管理が行われること自体は反基地活動や平和教育といった目的がなくとも世界中で発生している事象であり(知床観光船やJR九州高速船の事案は近年かつ大きく報道されたこともあり記憶に新しい)、即座に反基地や平和教育と結びつけて議論することは適切ではない。
一方、安全について議論する際に直接的要因のみにフォーカスするだけでは片手落ちである。実際、発生してしまった多くの事故では経済的な理由によって安全の優先順位が劣後したケースが少なくなく(つまり利益を優先して安全を軽視している)、組織全体に背景要因となる文化が染み付いているような場合は直接的要因を潰しても必ず似たような理由で再び事故が起きる。
では辺野古の事故において、平和教育や反基地活動は重要は背景要因ではなかったのだろうか。推測を含む部分はあるが、到底無関係とは言えないだろう。まず今回の事故を起こしたヘリ基地反対協議会は過去にも死亡事件を起こしており、事故を起こしたにもかかわらず必要な安全管理策を取らなかった、明らかに安全文化が劣後した集団である。その背景要因として、反基地活動という崇高な目的が、彼らの手段を集団内で正当化した可能性は否定しきれない。また同志社国際高校についても、本来実施すべき安全確認のプロセスが平和教育という目的、あるいは普段から深い繋がりのある団体であるからと言った理由ですっ飛ばされた可能性はあるだろう(客観的事実として、そもそも繋がりのない団体かつ通常の団体が提供するサービスであれば旅行代理店のチェックは最低限入る)。
何よりも、この様な重大事件を引き起こした後でも、平和教育や反基地活動の正しさという思想から発生した行為の正しさは維持しようとする姿勢そのものが背景要因としての重要さを物語っている[3][4]。仮に経済的に行き詰まった業者が安全を軽視して船を運航し、「事故を起こしてしまったことは問題だが、会社が潰れるか、社員を路頭に迷わせるかどうかの瀬戸際であり、利益を優先する経営方針は間違っていない」と主張したらどうなるだろうか?またそもそも、こんな主張をしておきながら政府が「沖縄県民への基地負担は問題だが、沖縄の基地は日本だけでなく世界の秩序の安定化に必要であることは正しい」と主張した場合にどの面を下げて批判できるのだろうか?
そこそこの期間安全の専門家として生きてきたが、実は経済的な目的変数が重要視されている場合はやりようがある。なぜなら重大な事故は経済的な利益にダイレクトに影響するからだ。一方で、反基地活動のように理念そのものが目的変数である場合、事故が発生してもその評価関数自体は維持されやすく、内部で正当化が可能なため、安全改善のフィードバックが回りにくい。事故の経過を観察するに、これは本当に問題の根が深い。反基地活動を再開するのであれば、理念よりも安全を優先する文化をまずは整えてからにすべきである。
[1]https://note.com/irukaoyaji/n/n77b7bedf08f5#2edc8ca8-3290-42d4-8b00-9891d0ff4f36
[2]https://www.sankei.com/article/20260423-C4NDGHI7ERLITJAJFZ5DQI2IDM/
[3]https://note.com/unknownbuttruth/n/n058ea58c5c8e
[4] https://www.sankei.com/article/20260505-2M6P2PZPTRLRRLPWMEPHDBYRGY/
真面目な話、自衛隊員が海外勢力との交戦で死亡した場合、靖国神社の扱いをはっきりさせておきたいという思いがある。
ここをはっきり決めておかないと、あとから喧々諤々の喧嘩(戦争かも)が勃発し兼ねないからだ。
個人的には先の大戦を美化するような施設に祀るなんてとんでもない!と思ってるが、多分保守派の方々はそうはいかないだろう。
だからといって『死=靖国で会おう!』とばかりに(本人意思関係なく)問答無用で祀るのは相当に問題だと思う。
仮に自衛隊員が交戦で死亡するような組織に変えるのなら、靖国合祀の可否を一隊員一隊員に至るまで徹底して確かめておく必要があると思っている。
「時は来た」と高市首相、憲法をどう変えたいのか 持論は「国防軍」
――戦後日本の社会と人々の暮らしを支えてきた憲法は、地に足のついたものになっているでしょうか。
憲法が示している戦後日本の基本原則は揺らいでいないと思います。平和主義や国民主権、人権の尊重を捨て去りたいという人はごく一部でしょう。ただ、気になる点もあります。憲法学者として人権や差別解消の問題に長く取り組むなかで、昨年出した『幸福の憲法学』ではこう指摘しました。
「本来は『人権』という言葉を使うべき場面で、それを避ける例もある」「『人権』という言葉は避けられている」と。
――80年近くを経て、憲法の価値観が空洞化しているということでしょうか。昨夏の参院選では外国人政策が急に争点化し、排外的な政策を掲げる政党や政治家が広く支持を集めました。
社会経済の先行き不安や怒りが広く存在するとき、人はその原因を何かに「帰属」させようとします。何が不安や怒りの原因かは目に見えるほど明確ではないので、その帰属先はしばしば操作されます。哲学者のスローターダイクは、中世のカトリック教会や共産主義が、人々の怒りの矛先を操作して自分たちのエネルギーにしたことを論じています。怒りや不安を人の属性に帰属させれば、差別の出発点となります。
例えば、外国人に見える観光客のマナーが悪かった時、その人の問題とするべきですが、外国人差別を煽(あお)る人は「外国人観光客全員」あるいは「在留外国人も含む外国人全員」の問題とする操作をします。
――メディアも、目に見える誰かのせいにして差別に加担しないようにしたいです。
差別を防ぐには、不安や怒りを安易に誰かのせいにしないという意味での「自己拘束」が必要です。メディアが、因果の流れを丁寧に説明する必要があるでしょう。例えば、原油高に伴う物価高のメカニズムを報じることは、日常のイライラを「外国人」に向けず、適切な対策を打たない政府や、戦争を続けるロシアやイスラエルの問題を意識させることにつながります。
――不安や怒りのはけ口を探して、誰かを標的にする。そうして自分の感情を操作された結果、差別に加担するのは嫌です。
憲法の掲げる人権や差別解消の理念は、憲法学が最前線で扱うテーマの一つ。最近の研究では、プライバシー権をめぐる議論も差別の問題とつなげながら掘り下げて考えています。
プライバシー権は、個人の尊重と幸福追求権を定めた憲法13条にもとづき、発展してきました。
プライバシー権は「一人で放っておいてもらう権利」に由来します。この権利は、他者に自分を標的として認識されない状態を守る権利とでも言いましょうか。あの人は、一人暮らしの女性だ、老人だ、と認識されると、犯罪に巻き込まれるリスクが高まり、緊張します。そう認識されないことで安心する。その安心感を守ろうというのが出発点です。
その後プライバシー権は、人に知られたくない個人情報を知られずに、隠したいことを隠すための権利として発展しました。さらに、性的指向や被差別部落の出身であることなど、被差別情報を隠す権利としてもプライバシー権が使われるようになってきました。
――混乱とは?
個人情報のなかには、裸や家の中など、①認知されるだけで苦痛な情報と、認知されることよりも、②それを使った違法行為や差別が心配な情報があります。
プライバシーとは、もともと①を隠すことだったわけですが、最近では、②もプライバシーにすることで違法行為や差別を防ごうという議論になってきています。
しかし、違法行為や差別に使われる情報のなかには、公開されているものもあります。例えば、大学や新聞社の電話番号は公開されていますが、「いたずら電話をしよう」という呼びかけとともにSNSに投稿されたら迷惑です。また、性別や肌の色は、隠されたプライバシー情報とは言えませんが、それを差別のために使われてはたまりません。
これらの問題は、プライバシーとは別の権利、つまり、違法行為を誘発する形で公表されない権利や、差別に使われない権利で対応した方が明快です。ところが、最近のプライバシー権の議論は、これらの問題も隠したい情報を隠す権利の応用で対処できるとして、プライバシー権の射程を広げて対応しようとします。
――プライバシー権とは別に「差別されない権利」があるということですか。
はい。隠したいものを隠すプライバシーという概念で対応しようとすると、性別や肌の色、出身地といった公開情報での差別は防げません。
「差別されない権利」なら、公開情報だろうが、非公開情報だろうが、それを不当に利用してはならないと議論できます。プライバシー権は、個人情報を「認知させない」権利だとすれば、差別されない権利は個人情報を不当に「使用させない」権利です。
肌の色や話す言葉など、公にされた情報で外国人かどうかを推測できることがあります。ここから、「外国人お断り」のような差別が生まれます。
「外国人お断り」をする人からすれば、公開情報を使っているだけだから、プライバシー権を侵害していないと思うでしょう。しかし、外国人だという個人情報を差別に使うことは、差別されない権利の侵害と捉えるべきです。
他にも、LGBTQの性的指向や性自認などを本人の許しを得ずに暴露する行為を「アウティング」と呼びます。こうした行為はプライバシー侵害だと言われてきました。ですが本来、性的指向や性自認は「隠したい恥ずかしい情報」ではなく、当人のアイデンティティーの根幹となる情報です。アウティングが問題なのは、恥ずかしい思いをさせたからではなく、差別をするかもしれない人に情報を開示して、差別を誘発する危険を作ったからだと考えるべきです。
プライバシー権のおかげで、私たちは他の人の個人情報を認知するときに慎重になれました。ただこれだけでは足りない。プライバシー権と「差別されない権利」を区別すれば、既に認知した情報でも、「この場面でこう使っていいのかな?」と使用の場面で慎重になれます。権利を知ることで、差別を防ぐ「自己拘束」ができるわけです。
――個人情報の差別的な使用とそうでない使用は、どう違うのですか?
個人の選択の結果を、国籍や性別に帰属させると差別になります。例えば、犯罪をするかどうかは個人の選択ですが、それを国籍や出身地のせいにするのは差別だと言わざるを得ません。
雇用の場面でも、「この人は女性だから辞職する可能性が高い」とか「外国人だからこういう行動をとるはずだ」と判断するのも、性別や国籍の情報の差別的な使用の例でしょう。不安やイライラを「外国人」のせいにしがちなトレンドを止めるには、「差別されない権利」の考え方を根づかせることが重要です。
■憲法に書き込む影響力
――そうしたトレンドの一つと言えるのかもしれませんが、高市早苗首相は4月12日の自民党大会で「時は来た」と述べ、改憲に意欲を示しました。
国会の憲法審査会などの議論は始まったばかりで、高市首相が目指す改正案はまだ示されていません。
自民党のものとしては、安倍晋三政権下の2017年に示した「改憲4項目」がありますが、いまなぜ改正が必要かという根本的な理由づけが希薄でした。参議院の合区解消には実務的な必要性があるかもしれませんが、残りの3項目、自衛隊の明記や緊急事態対応の強化、教育環境の充実については、現行の憲法や法律でも不足はない。仮にあっても、法律の改正で済むような話ばかりです。
日本への武力攻撃があった場合の防衛行政は、現行憲法でも禁じられていません。緊急事態に際し、あらかじめ法律の定めた条件の範囲で政令を出すことも、禁じていません。実際、災害対策基本法には、その例があります。
――自民党の狙いは改憲の実績づくり、いわば「お試し改憲」だとの見方もあります。
もともと自民党の方々は、憲法9条2項を削除して軍を創設すると言ってきました。自衛隊明記案というのは、軍創設案の支持が広がらないため、「現状維持なら実現しそう」と出てきた妥協案なのでしょう。新しい条項ができると、「これまでできなかったことができるようになったのだ」と解釈される危険が生じ、何が起きるか不透明になります。当たり前ですが、現状維持したいなら、現状を維持するのが一番です。
――それでも、少しでもよい改憲なら賛成するという人もいるのではないでしょうか。
憲法は国の最高法規。条文に書いていない要素を書き込むことによる影響を慎重に検討する必要があります。
例えば、明治憲法における都道府県の位置づけはあいまいでしたが、戦後の憲法92~95条に地方自治の原則が書き込まれ、そのことで地方分権が大きく進展しました。もしいま自衛隊を憲法に明記すれば、国家権力を執行する警察や海上保安庁などのほかの行政組織にはない強固な地位を得て存在感を増すでしょう。それでよいのかどうか。
――日本を取り巻く国際情勢は厳しさを増しています。災害救助だけでなく有事の切り札として自衛隊に期待する世論は高まっているように思います。
災害救助や国際貢献の面で自衛隊の活動を評価する世論のトレンドは理解しますが、慎重な分析が必要です。
憲法9条は、日中戦争や太平洋戦争の反省の下で外国の領土を侵略するような武力行使を制限する「自己拘束」です。
憲法制定から80年近くが経ついま、国際情勢が悪化していても、湾岸戦争やイラク戦争、ロシアのウクライナ侵攻、米国やイスラエルのイラン攻撃などの戦地に自衛隊を派遣すべきだという世論が国内で盛り上がる気配はありません。国連の平和維持活動(PKO)で自衛隊を戦闘地域外に派遣する道はありますが、世論も、武力行使には非常に厳しい態度をとり続けています。
9条改憲を長年目指してきた自民党の保守派でさえ、戦力の不保持をうたう9条2項の削除などではなく自衛隊の明記を目指す妥協策を打ち出すようになったことは、同項の平和主義の精神が改憲派にまで浸透したことを意味しており、「護憲派の勝利」とさえ言えるのかもしれません。
――心配性かもしれませんが、そうした日本の世論も台湾有事などの危機に直面すれば、大きく転換しうるのでは。
もし中国が台湾に武力侵攻した場合、在日米軍基地や自衛隊の基地も攻撃対象になるでしょう。必然的に、日本への武力攻撃事態となり、個別的自衛権の発動場面となります。台湾有事は、海外での集団的自衛権の行使とは違う事態だと考えるべきです。
――もう一つ気になるのは、自民党の日本国憲法改正草案(12年)や「創憲」を掲げる参政党の新日本憲法(構想案)(25年)のような全面改憲の可能性です。
憲法の基本原則、すなわち国民主権と平和主義、基本的人権の尊重を廃棄するような全面改憲ができるとは思えません。ただ、逆説的ですが、そうした憲法の価値観がしっかり浸透しているからこそかえって警戒心が薄れ、「自己拘束」の歯止めが利かなくなっていることが問題だと見ています。
――どういうことでしょう。
高市首相は4月21日、防衛装備移転三原則の改定を閣議決定し、武器輸出を全面解禁しました。これは、安倍政権による集団的自衛権の解釈変更(14年)や、岸田文雄政権が22年改定の安全保障関連3文書に盛り込んだ敵基地攻撃能力の保有、防衛費の国内総生産(GDP)比1%枠超え(23年度予算)などに続く出来事です。
憲法9条に、「武器を輸出してはいけない」とか、「防衛費はGDP比何%まで」と具体的に書いてあるわけではありません。しかし、9条からは、日本が紛争を煽らないようにする「自己拘束」の原理や原則を生み出し続けるべきだという規範が導かれると考えられてきました。武器輸出の禁止などは、そこから生まれたルールです。こうしたルールを守ってきたことが、政府や自衛隊の信頼を作ってきました。
こうした信頼の蓄積は、「このルールをなくしても、めったなことはしないだろう」という方向にもつながります。ただ、信頼を食いつぶしていけば、いつかは破綻(はたん)します。だからこそ、憲法9条の下で作られたルールは安易には手を付けない方がいいし、新しい状況に対応するために変える必要が生じたとしても、別の「自己拘束」のルールを作ることとセットで変えるべきです。現状の敵基地攻撃能力や武器輸出の解禁は、ただルールをなくしただけで、新しい「自己拘束」のルールや原則が示されていません。
――敗戦直後の日本が軍国主義の復活を警戒したのは分かります。でも冷戦が終わり、米中ロなど大国の横暴が目立つ21世紀の日本にとっても「自己拘束」は必要でしょうか。
イスラエルのネタニヤフ政権を見れば分かりますが、権力者にとって、対外武力行使は権力を維持する魅力的な手段です。どんな状況でも「自己拘束」が不要ということはないでしょう。
――防衛費のGDP比2%は、25年度補正予算で達成されました。高市政権は安保3文書改定にも乗り出しています。
憲法に具体的な数字が書き込まれておらず、準備すべき防衛装備に幅があるからといって何でもやっていいわけではない。
少なくとも、GDP比率に代わる新しい財政規律のルールを考えておくべきでしょう。武器輸出についても、内閣の裁量で変えられる政令から格上げして法律化し、対象国や対象品目を国会で決めるルールに変えるなどの対応は考えるべきでした。
また、近年の防衛政策は「経済安全保障」「デュアルユース(軍民両用)」といったキーワードに見られるように、防衛省・自衛隊だけでなく、企業活動や学術活動、SNSの通信など、様々な生活領域を防衛政策に巻き込んでいく特徴があります。ここでは、営業の自由や学問の自由、刑事訴訟における適正な手続きがおろそかにされる危険があります。実際、大川原工業の経済安