はてなキーワード: 村八分とは
必然の流れだ
使わなければ自由競争に勝てはしない
この流れは止められない
これからはAIは当然存在するものとしてどう付き合うかを考えなければならない
でも、まだSNSではAI学習禁止マークが付いた絵をたくさん見かける
なんのために付いているのだろうか?
いや、なんのために付いているのかはよくわかる
だってそう書いてある
そう書いてある
その考えは別にいい
でも、醜いよ
何がって、その絵が
とても素敵な絵なのに、なんでそんな余計なマークが付いてるの?
でも、私を現実に引き戻すんだ
描かれているキャラクターとAI学習禁止の思想はなんの関係もない
絵というひとつの芸術作品の上に乗ったAI学習禁止マークは、作品のノイズ以外のなにものでもない
でも、鑑賞者はそのAI学習禁止マークが乗った作品を鑑賞するのだ
芸術は鑑賞者が鑑賞してこそ完成する
その完成の時点で、付いてしまっているのだ、AI学習禁止マークが
鑑賞者は付いているAI学習禁止マークを目に入れずに鑑賞することなどできない
たとえ、あなたにそんなつもりがなかったとしても
だって、あなたのその素敵な絵のAI学習禁止マークが付いてないバージョンは、この世の他の誰も見たことが無いのだから
なぜ心血を注いだ絵をわざわざ劣化させて公開するのか?
不思議でならない
このAI学習禁止マークというゴミが数多の素敵な絵を汚している世界を容認できない
順を追って考えてみる
まず思いつくのはAI学習禁止マークをつけていればAI学習されないと本気で思っている場合だ
なぜって利用規約にあなたのポストをAI学習しますよ、と明記してあるからだ
それに同意してサービスを利用しているのだから、個々の作品にAI学習禁止マークを付ける意味は1ミリも無い
また、万が一学習データとして使われた時の「毒」として仕込んでいるつもりなのなら尚更おかしい
盗人を成敗する「毒」のつもりなのかもしれないが、結果的にその「毒」を客全員に食わせることになっている
だから「毒」を味わうのは客だけだ
みんなに「毒」を食わせるために料理人になったのか?
違うだろう?
次に思いつくのは、創作界隈での暗黙のルール、言ってしまえば因習に縛られている場合だ
AI学習禁止マーク自体にたとえ効果が無くとも、「AI学習禁止マークを作品に入れてなければAI学習を容認していると見なされコミュニティから村八分にされる」というルールが存在する可能性がある
ホントか?
あったとしたらそれは、みんなで足並み揃えて自作にゴミを貼り付けて公開しましょうというコミュニティだぞ?
因習を守ってまでしがみついていなければならないコミュニティか?
あなたはそのコミュニティに承認されるために絵を描いているのか?
そのコミュニティ以外にもたくさんあなたの絵をみてくれる人はいるぞ?
むしろそっちの方が多いぞ?
AI学習禁止マークは、あなたをコミュニティに縛り付けるための「毒」だ
「私たちの仲間ならこの「毒」飲めるよね?」という通過儀礼に過ぎない
そして、一度服用したならその「毒」には依存性がある
今すぐ服用を中止してくれ
ではない
「この作者は、このマークに効果が無いことを知らない頭が弱い人か、このマークを付けることを強いられている心が弱い人なんだな」
だ
そして、そのクソみたいな感想は、あなたの素敵な作品とは何も関係がない
あなたは、あなたの素敵な絵を、劣化させずにみんなに届けるべきだ
あなたはなんのために絵を描いた?
自己満足のために描いたのなら公開なんてしなくてもいいだろう?
でも、公開したんだろう?
その素敵な絵をみんなに見て欲しいから、公開したんだろう?
ならその素敵な絵を、そのまま汚さず公開するべきだ
断言する
AI学習禁止マークは、あなたの作品を劣化させる効果しかない「毒」だ
AI学習などというお化けに怯えて、界隈のくだらない因習に怯えて、本当に絵を届けるべきみんなをおざなりにするのは本末転倒だ
それはヘッダーにでも書いていてくれ
あなたが描いた素敵な絵にそんな汚れは要らない
■スタート
・美男美女であることと、高学歴高収入、結婚して子供と家と車と持つのがステータス
・見た目が悪い人、病気のある人、障害のある人、浮いてる人、友達いない人、結婚してない人、変な人は村八分
美男美女であることと、高学歴高収入、結婚して子供と家と車と持つのはいいことだけどマイノリティもマジョリティと同じ人間なんだよ。お互い争わないで認め合おうね
■途中経過
■今
他人に迷惑をかけるタイプのヤバいやつ「わいの多様性認めない人は悪」VSやばいヤバいやつアンチ「こういう奴は社会に出るな」
既婚子持ち「未婚子なしとか人生終わてるw」VS子なし独身「なんやとコラもっぺん言ってみろやカス」
ブス?「美人は性格終わってるwこの世から消えろ」美人?「んだとコラ可愛いは正義」
?「変なやつ目障りなやつはまじで存在自体迷惑」??「それはまじでそう」
幸せな人「頑張ったからor周りに恵まれたからお金もそこそこある。友達もいる。家庭を持った。幸せ」
なんだこれ
許されているという表現が気に入らないなら「容認」でも良い、同じである。
社会的制裁を理由に罪を相殺するような司法運用している国など無い。
司法が私刑を容認しないというならば刑事罰を厳格運用し、社会的制裁は社会的制裁、刑事罰は刑事罰と切り離すはずである。
被告人が誹謗中傷や村八分で損害を被ったというならば、それはそれで別途民事訴訟で救済を求めれば良い。
制度は用意されており万人に解放されている。どうぞお好きに、である。
諸外国で一発終身刑を食らうような犯罪でも下手すりゃ不起訴でノーペナルティ、あるいは数年でパイなんて例がゴロゴロある。
かつての日本は社会的制裁が機能していたのでそれでもよかった。
犯罪者のレッテルを貼られコミュニティから村八分を食らうと人生詰む、事実上の終身刑なのだ。
厳格な戸籍制度があり国家に人別管理され、犯罪履歴は残り、結婚、就職、すべて詰む。
一方、アメリカなら州を跨げばチャラ。犯罪情報の共有すらされていない(FBIレベルの犯罪だけ例外)。
出生証明書の偽造は当たり前のように行われており(今は無理)、身を隠すことは簡単にできた。
そのような社会であれば刑罰を重くしなければ抑止力は働かない。
世界では出生証明書はデジタル管理され、生体情報やクレヒスが人別帖になっている。わりと人生詰む
一方で日本はコミュニティへの帰属意識は薄れ、村八分は機能不全である、人生詰まない、罪が罪になってない
私刑がなければ辻褄が合わない
反論ある?ないよね?
ということで
「医師」と一言で言っても、実は医師の年代によって全然別の生き物である。
まずここからの話をする上でヒポクラテスの誓いは知っておいてほしい
その上で。
The 「お医者様」 世代。社会的に名実ともにエリート。当時は特権階級だった。法律や司法判断よりも医師の判断や裁量の方が優先された時代。
収入も社会一般に比べて非常に高く、一流経営者や資本家以外には劣後しなかった。
その分あんまり金策とかコスパとか考える必要はなく、儲からない患者だろうがそうでなかろうが、全力を尽くしていた。
科も単に自分の興味とかあるいは周りからの要請(先輩との関係、家業との関係、行政との関係、等)で選んでいた。
入院患者がいたら毎日足を運んで様子を見に行くのは当たり前。自分の生活とかワークライフバランスとか気にしてない。
自分の行動で少しでも患者の生存率とか治療成績が上がるならそれをする、逆に診に行かないことで下がるなら絶対に休まない。
ピアプレッシャーも強い。医局という全国に分散したギルドに所属して認められていないと、そもそも就職できないし開業もできない。
医師免許は基本的に重大な犯罪を犯さなければ失効しないが、一方で、変な治療や振る舞いをしたら医局に睨まれて失脚し実質的に失業する。
だから金儲けのために医療行為をするとか、そもそも治療ではない医行為(美容外科とか)をするとか、発想がないしできもしない。
医師というのは職業の一つではなく「生き方」であり「そういう生き物」として扱われていた世代。
そしてみんなそう生きていたからあまり他の生き方に目を向けない。
JBM (Judged Based Medicine) が始まってきた世代。医師として最善を尽くしていてもいきなり訴えられてトンデモ判決で負けることがある。最悪逮捕すらされる。そういうことを見聞きしてきた世代。
防衛医療の始まり。インフォームド・コンセントが実地で重視されてきた世代(しないと訴えられるから)。
「患者のためにする自分が最善だと思う医療」を提供できないし、してはいけない。診察では裁判所が定めた医療をしなければならないことからくる書類地獄が始まった世代。
この世代から、社会の理不尽に揉まれ、「良いと思うこと」はできないことで、「医者の万能感」は消え去ってくる。
でもメンタリティ的には60代に近い。休みだろうが深夜だろうが毎日病棟には行く。患者と顔を合わせる。
収入もギリギリ「医者=超高収入」だった世代。教授が講演をすれば1発50-100万円、製薬会社が超高級ディナーとかでこぞって接待してきた最後の世代。
マージナル世代。何がマージナルかというと、医師が生き方なのか、ただの職業の一つにしか過ぎないのか、の価値観の転換期。
一番大きいのはこの世代で医局制度が崩壊したこと。スーパーローテ(新臨床研究制度)が始まったこと。
古来医者というのはギルド制に支えられていた。ヒポクラテスの誓いの段階から既に「医術の知識を師や自らの息子、また、医の規則に則って誓約で結ばれている弟子達に分かち与え、それ以外の誰にも与えない。」と言われている通り、本来は医師のスキルは徒弟制であった。
EBM: Evidence Based Medicineや標準化医療は当たり前の存在であるが、そもそもそれらはそれを吸収するだけの素地ができていないとお題目にしか過ぎない。
医学部を卒業しただけの者がガイドラインをたくさん読んだからって本当のお医者さんにはけしてなれない。「教えてくれる人」の存在が常に必要である。
「医局に入る」というのは「一生仕える師匠たちを決める」重大な儀式であった。実際にどんなに偉いお医者さんでも当時の指導医には頭が上がらず、自分の病院の顧問に招聘するなんてのは(50-60代以上のDrだと)よくあること。
しかし初期臨床研修制度はそれを破壊した。「弟子に学問と技術を伝える」ことは単に「臨床研修指定病院で、役人が作ったリストに基づいて行われるケースレポートを作れるよう(各科が片手間で各自で)指導すること」に矮小化された。
しかしこの世代は後期研修(専門医研修)からはまだ昔の医局の名残が残っている。大学病院かそれに準じる大病院にしか専門研修はできなかったので、後期研修からが本当の学習の本番で、入った先には上記世代のDrから直接濃密な指導を受けた。
一方で、後から入ってくる世代は生き物として明らかに違う世代で、それを教育しなければならない(でも誰のために?)という悩みの板挟みに遭った世代。
あと金銭的には、製薬会社の「コード」と呼ばれる業界横並び自主規制・コストカットが始まり、「お医者さんの接待漬け」や「高額謝礼」等は「自分の指導医は受けていたのを知っているが…」「一瞬だけお世話になったが…」という世代。医者だからおいしい思いをしたという経験はない世代。
臨床研修が一般化し、プレ国家試験たるCBTやOSCEも運用が軌道に乗り、また様々な研修や専門医やガイドライン等が本格的にお役所的(官僚的)に運用されてきた世代。
この世代からは医者の特権階級感はゼロ。手続き的正当性に準じなければいけない、ルールに従わなければならない、自分たちは標準化医療を提供するただのコマである、という自認を持つ世代。
ただ、医者としてのキャリアのレールは医局制度が完全に崩壊したあとの「自由キャリア制度」をベースにしているため、フリーハンドを手にしている。美容外科に行ったり、民間企業に勤めたり、コンサルタントになってみたりする、「変わり者」医師が激増し、「変わり者」ではなくなってきた時代。
医療や医師は聖職ではなく、ただのサービスであり、患者が求めるなら病気でも何でもない体にメスを入れても別にいいんじゃないの? 場合によっては害があっても知ったこっちゃない、という、医師のモラルハザードが顕在化した世代。
「患者に害をなさない」というヒポクラテスの誓いはもはや有名無実化した。
ちなみに諸外国はこのフェーズを20年くらい前に通り過ぎている。韓国とかもそうだが、医師のクオリティコントロールを医師ギルド(日本の場合は医局がそれであった。ヨーロッパの場合は「医師会」がそれを担保しているところはある)ではなく、単に国・政府が官僚機構の一貫として行っている国は、例外なく、商業主義に毒されるし、質も低下していく。だって医師の医療の質なんて、同じ分野の治療をしている他の医者にしか分かんないんだから。だから、自分の技量と質と姿勢・スタンスを正しく評価できる人からのピアプレッシャーが存在しなくなってしまったら、ほとんどの医師は堕落する。にんげんだもの。
たとえば2020年代前半に患者の解剖風景をSNSに上げて大炎上した美容外科医がいたが、彼(彼女)が医療行為をする権利を誰も取り上げることは今はできない。昔は当該Dr.の所属医局が社会的に処刑し抹殺した例である(他の医局支配地域に行ったとしてもそこは横の連携でやはり村八分は継続する)。しかしギルドが解体された現代日本では誰も圧力をかけられない。明確な重大犯罪でなければ厚労省(医道審議会)は動かない。そしてむしろ炎上したほうが客は集まりうるという最悪の展開。
医者が割に合わない職業になってしまった世代。保険診療はなぜか社会から叩かれ、インフレで貨幣価値が低下する中、大して高給取りでもないのに過去の「儲けている」という数十年遅れの印象に左右され世論から叩かれる可哀想な世代。
偏差値で上から半分程度の医学部に受かる人は基本的に東大文II/IIIや理IIくらいなら楽勝で受かる人たちであり、同等程度の学歴と体力とコミュ力を持つ人は金融や商社で30手前で年収約2000万円を稼げるし、その後は2000-3000万円も狙えるのに(2026年現在の貨幣価値)、医者はこのインフレで給料が上がるどころか保険診療のために年収は低下さえしているという、本当に経済的に割に合わなくなってしまった世代。
「収入を求めるなら医者になってはいけない」ということが、受験生の頃からなんとなく共通認識として存在しはじめた世代。なので初期臨床研修が終わったら「直美」に行ってしまうのもメジャーな選択肢になってきたし、働き方改革で楽になった分、研修が終わったアフター5で(医師以外の)副業や起業をすることも珍しくはなくなった世代。
また、50-60代Dr.と直接一緒に仕事をすることは稀であるし、彼らもそろそろ体力的にきついため、「患者に尽くす医師」というロールモデルを現実の目で見ることが乏しくなってきた世代。
上に書いたように、以前は本当にレジデント(実質的に病院に住んでいる人たち)であった初期臨床研修医が、国からの指導で「9時17時にしなければならない」となったために、すべての病院でゆとり勤務が達成された。
このため、「身を粉にして働くの何か意味があるの?」「自分の勤務時間じゃないのに患者を診にいくことに何の意味が?」とナチュラルに価値観にインプットされた世代。そんな暇があったら副業しないとお金稼げないからね。配信もしたいしね。
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「『二つの悪は二つの正義を作らない(Two wrongs don’t make two rights.)』とでもいうべき原理が重要です。チョムスキーの主張はその逆。『どちらも悪いのだから互いに相手を責められない』という理屈は、一見誠実ですが、どちらの悪も許してしまっている。つまり、自己批判の倫理的根拠をも掘り崩しているのです。『米国よ、ロシアを裁く資格があるのか』という主張は結局、強国が他国を抑圧するという悪を容認しあう『悪のなれ合い』です」
「ハマスの民間人虐殺に憤るイスラエル国民の間では、自軍によるガザ住民虐殺を当然の報いと見る者も多い。自国の戦争犯罪が敵のそれで帳消しにされるという論理は、それぞれの悪を相乗的に積み重ねることを合理化する危険な詭弁です」
「この倒錯的な『二悪が二正を作る』論は、実は我々人間が陥りやすい落とし穴です。とりわけ戦争責任論をめぐる議論に、この自己正当化欲求が典型的に表れています」
――いわゆる「勝者の裁き」批判ですね。
「そうです。第2次大戦後のニュルンベルク裁判や東京裁判に対して、ドイツや日本からいまだに上がり続けています。これは、『何人も自己の事件の裁判官たりえず』という法原理に反する、という手続き的欠陥の指摘というよりも、『連合国の国々も植民地支配や侵略を行ってきたし、原爆や無差別爆撃という戦争犯罪も犯したのに、なぜ我々だけ断罪されなければならないのか』という実体的な不満です。敗戦国の私たちに強い心理的訴求力を持つ言説ですが、極めて自壊的です」
「裁く側の二重基準を、裁かれる側が批判するのは正しい。ただ、『お前らが裁かれないなら我々も許される』という二悪二正論に開き直る者は、公正な裁きが依拠する政治道徳原理の規範性を否定しているのです。『勝者の正義』の欺瞞(ぎまん)を真に正そうとするなら、この原理を尊重し自らの悪を認めたうえで、相手を裁き返さなければならないのです」
「弱き者は強き者が作る秩序に従え、という『力の論理』に迎合するシニシズムをこれ以上、広げないためには、ウクライナ戦争もガザ戦争も、正義が回復されるかたちで終結させなければなりません」
――力の支配ではなく、法の支配によって実現すべき「正義」とは、いったい何でしょう。
「その前に、法とは何か、そして法は正義とどう絡むのか、考えてみましょう。すなわち『悪法も法なのか』という問題です。これをめぐっては、法実証主義と自然法論の伝統的な対立があります。前者では、法を実定法に限定し、正義とは切り離します。そのため、それぞれの社会の価値観に基づく法が制定され、調停不能に陥って『文明の衝突』を招きかねません。一方で後者は、客観的正義たる自然法に反するものは法ではない、と主張します。こちらはこちらで、無政府主義を呼び込みかねません」
「私はどちらでもなく、『法は正義への企てである』と規定します。法は正義を真摯(しんし)に追求している限りにおいて法たり得る、という立場です。その意味では国際法も、世界正義への企てだと捉えます」
「それでは『正義』とは何でしょうか。一口に正義といっても、それを全体利益の最大化と見なす功利主義や、個人の自由や権利を絶対視するリバタリアニズムなど、その具体的基準に関し、様々な思想が対立競合しています。ただ、これらはすべて『正義の諸構想(conceptions of justice)』です。様々な立場が競合できるのは、それらに通底する共通制約原理があるから。それが『正義概念(the concept of justice)』です」
「私が考える正義概念の規範は、『普遍化が不可能な差別は禁止する』です。分かりやすく言えば、『得するのが自分だからいい』『損するのが他者だからいい』という要求や行動を排除せよ、ということです。この規範は『自分の行動や要求が、他者と視点や立場を反転させても正当化できるかどうか吟味しなさい』という、反転可能性テストも要請します」
「この正義概念は、何が最善の正義構想かを一義的に特定はしませんが、およそ正義構想の名に値しないものを排除する消極的制約原理として強い規範的な統制力をもちます。それは『正義のレース』の優勝者を決める判定基準ではなく、このレースへの参加資格をテストするものです」
「他者の負担にただ乗りするフリーライダーや、ご都合主義的なダブルスタンダードは、この厳しいテストが課すハードルを越えられません。外国人に正当な権利を保障せずに労働力を搾取する。民主主義や人権を掲げてイラクに侵攻しながら、専制的首長国家のクウェートやサウジアラビアとは友好関係を維持する。ハマスの戦争責任は問うのに、イスラエルの蛮行は座視する――これらは明確に正義概念に反しています」
「自らの正義構想に照らして正当性(rightness)がないと見なす政治的決定でも、共通の正義概念に照らして公正な政治的競争のルールに従ってなされたのなら、正統性(legitimacy)あるものとして尊重しなければならない。このルールを保障するのが『法の支配』です。立憲主義とは、この『法の支配』の理念を、成文憲法のなかに具現化するものです」
「正義の諸構想が国内社会以上に鋭く分裂し対立する国際社会においても、『正義概念』の共通原理に基づいて、安全保障体制や法秩序が築かれる必要があります。例えば、人道的介入をうたいながら大国の友好国か敵対国かによって選別的に武力行使を発動するのでは、正統性を調達することはできないのです」
「米国はバイデン政権時代、イスラエルの戦争犯罪を追及する国際刑事裁判所(ICC)がネタニヤフ首相らへの逮捕状を発行したことを強く非難しました。一方で、ロシアが報復措置まで取ったプーチン大統領への逮捕状は正当とし、自らはICCに加盟していないにもかかわらず、各国に逮捕への協力を求めました。このあからさまな二重基準は、誰の戦争犯罪であれ厳正に裁くというICCに託された国際法の使命をおとしめるものです」
されど国連 夢の断片を回収し修復を
――世界正義を貫徹し、実現するには、どのような具体的措置が必要ですか。
「世界では今、欧州連合(EU)のような『超国家体』や、巨大多国籍企業や国際NGOなどの『脱国家体』の存在感が増しています。しかしどちらも、民主性や説明責任の欠如といった欠陥を抱えている。私は、やはり主権国家を中心にしたシステムを再評価すべきだと考えます」
「国内で至上の権力をもつ危険物である主権国家は、個人の人権を保障するという責任を果たすことによってのみ承認され、存在し得ます。世界は『諸国家のムラ』であり、その基本原理は、国力格差にかかわらず平等に扱う『主権対等原則』です。もちろん、これは一つの虚構です。しかし虚構だからこそ、巨大な力の格差という現実を補正し、大国の横暴に抗する規範として意義を持ちます。このムラでは、どの国も他の国に依存せずには生き残れない。国際法というおきてを破った国は、この互酬性ネットワークから村八分の制裁が科されるからです」
「国連は現在、様々な欠点があるとはいえ、国際的正統性を調達し、諸国家や超国家体、脱国家体などが連携し調整を図る上で、最も広範な包含力を持ちます。もちろん、戦勝国支配の残滓(ざんし)である常任理事国の拒否権を制約するなど、安保理改革は必須です。そのための国連憲章改正にも、5大国は拒否権を行使できます。でもそれは結局、自分たちの国際的威信を低下させ、軍事力・経済力以上に重要な正統性調達力というソフトパワーを毀損(きそん)することになる。他の国々が団結して非難の声を上げれば、国際的圧力に耐え続けることは難しいはずです」
「先ほど私は『国連の夢は破れた』と言いました。人類が自らに加えた殺戮(さつりく)と迫害の罪業はあまりに巨大で、それを克服する試みは20世紀中に達成できなかった。21世紀の四半世紀が過ぎても、克服できていません。しかし、夢は消えたわけではない。破れた夢の断片を再回収し、修復し、より強靱(きょうじん)なものに再編する――その地道な努力を続けなければなりません。私たちに、他に選択肢はないのです」
井上達夫さん
いのうえ・たつお 1954年生まれ。95年から2020年まで東京大学大学院法学政治学研究科教授を務め、現在は東京大学名誉教授。「法という企て」「現代の貧困」「世界正義論」「立憲主義という企て」「普遍の再生」「規範と法命題」「ウクライナ戦争と向き合う」「悪が勝つのか?」など著書多数。
結論から言うと、俺には「アンチフェミニスト」として生きる才能がなかった。
きっかけは、まあよくある話だ。
生理の辛さをわからせるために男に電気ショックを与えろとか、ああいう極論を見て「なんだそれ、おかしいだろ」って反感を抱いた。
そこから、いわゆるアンフェ界隈の言説に触れるようになったのは、自分にとってはごく自然な流れだったんだ。
でも、いざその界隈にどっぷり浸かろうとすると、どうしても自分の中の「理屈」が邪魔をしてきた。
たとえば、「食い尽くし系」の話。
界隈では「男が家族の分まで食べてしまうのは、ご飯の量が少なくて飢餓状態だから仕方ない」なんて擁護が真面目に語られてた。
でも、俺はどうしても首を縦に振れなかった。
いや、それただの卑しい奴じゃん。
ガキの食料を奪うとか人としてどうなんだ、っていう嫌悪感が勝っちゃったんだよな。
「男の骨格的に閉じるのは大変」っていう言い訳が流れてきたけど、男だけど普通に閉じれる。
筋トレなんて一切していない自分ですら閉じることができるのに、骨格のせいとか無理があるだろ?
そういう「それは流石に苦しいだろ」っていう無理筋な理屈に、俺は同調できなかった。
一歩その村に入ったら、たとえどんなに無茶な理屈でも、仲間が言ってることは全部肯定しなきゃいけない。
少しでも「それはおかしくないか?」とか「女性側の言い分も一理ある」なんて言おうもんなら、速攻で「チン騎士」だの「裏切り者」だののレッテルを貼られて村八分。
あの、思考停止を強いてくる同調圧力が、俺には耐えられなかった。
結局、俺は理屈が通らないことを「そうですね」って飲み込める覚悟がなかったんだと思う。
界隈の奴らから見れば、俺は「覚悟が足りない中途半端な奴」なんだろう。
自分はアンフェになる才能すらなかったんだな。
日本って民主主義なんですよね。憲法に書いてあるし、選挙もあるし、一応三権分立してるし、表向きは完璧な議院内閣制。でも実際の予後は悪い。暗すぎてギュ鳴らしレベル。魂の格がtの公遺症で染みつきまくりで、民主主義の皮被ってるだけの権威主義慢性疾患じゃん。
まず、選挙のエリサラ馬力が偏りすぎ。s出身御三卿の世襲議員がアマンレジデンスに住んで地盤握ってるのに、t出身kの新人が這い上がろうとしても「資金ない」「組織ない」「コネない」の三重苦で即死。金と血筋がなきゃ当選できない。投票率低すぎて、投票に行くピエロすらカイカンチュア止まりのジジババ中心。チャージスポット理論で若者の声は最初から届かない。
次に、官僚の空気がヤバい。選挙で選ばれた政治家が政策決めようとしても、官僚が「前例がない」「予算がない」「法的に無理です」で全部潰す。政治家は表で顔出してるだけの中間管理職で、実権は霞が関のt公遺症エリートが握ってる。民主主義じゃなくて官僚主義のセルフ男子校状態。神経衰弱理論を国民に押し付けてるだけ。
あと、メディアと世論の操作がエグい。テレビ新聞は政権寄りかスポンサー寄りで、批判したら即干される。SNSでバズらせて世論動かそうとしても、結局「炎上したから対応します」って保身対応しか出ない。国民の声が政策に反映されるルートがほぼ塞がれてて、幻資痛で国会眺めて「ここが俺の世界ランク」って諦めてる。ピチュー理論の極み。
国民性も予後を悪くしてる。「和を以て貴しと為す」って同調圧が強すぎて、異論唱えるピエロは即村八分。デモやストライキもショボいし、政権批判したら「空気読め」って叩かれる。民主主義に必要な対立と議論が文化的に無理ゲー。結局ヌクモリンすら残らず、子孫に「仕方ない」を継承。
日本は「形だけの民主主義」で、権力は世襲政治家+官僚+大企業御三卿のトライアングルに固定されてる。t出身kの俺らは投票しても何も変わらず、浮遊霊状態で税金納めてるだけ。治療終わらない。
令和7年最新
各位
日頃より、全国における自主的マナー監視・指導活動に深甚なるご尽力を賜り、厚く御礼申し上げる。
本年度も、SNS上での厳正なる叱責から、公共空間での指導的咳払いに至るまで、多方面で顕著な成果が確認されたところである。
しかしながら、近時の社会情勢の急速な変化及び価値観の多元化を踏まえ、当省として従来の行動指針を再検討した結果、以下のとおり新方針を策定したので、関係各位におかれては適宜周知のうえ遺漏なき対応をお願いする。
従前、我々は「世界の良化」を最上位目標に掲げ、正しいマナーの普及啓発を実施してきた。
マナー違反者に対しては、SNS指導、メディア指導、まれに物理的示唆等、各種手法を駆使し、世界の道徳的安定化に寄与したものと自負している。
しかし、一般大衆からの支持を長年確保してきた我々の活動も、昨今の多様性尊重の潮流の前に大きな転換点を迎えている。
国際社会を見渡せば、
一夫一婦制が絶対に正義であるとの主張はサウジアラビア国王に対し呈示し得るものか、
結論として、価値観とは各人に帰属するものであり、その正誤を論ずる営みは効果より疲労が上回ると判断した。
従って、当省としては以下を申し添える。
「知ったこっちゃない」
ものとすること。
村八分その他の集団的制裁行為については、自然淘汰に委ねること。
なお、日本人の高い道徳心が幸福度に直結していない点も併せ考慮し、
当省はついに
との真理に到達した。
以上を踏まえ、価値観の押し付け及びマナーの過度な指導は本年度をもって終了する。
来年度より、当省は「道徳省Ver2」として、新たな段階における静観的姿勢を基本としつつ、必要に応じて軽い咳払い程度の指導を行う体制へ移行する。
以上(ChatGPT10分)
村の嫌われ者の葬式で毒入りマッコリによる殺人事件が発生。認知症の妻が犯行を自供するも証拠は薄く何かおかしい。ソウルで弁護士をする娘が緊急帰国し弁護を開始するも閉鎖的な村民や市長、警察、輩の妨害に合い、事件の裏の巨大カジノ建設に関わる陰謀に近づいていく。
最初は何となく日本でいうところの「刑法第39条」的な認知症の人間の罪をどう裁くべきなのかとか、無実の認知症の人に自供させた場合その真実をどうやって確かめることができるのか的な社会的な作品かと思って見てたけど実際にはそんなことは別になく、韓国特有の文化である「恨(ハン)」の映画だった。
主人公は死んだ父親(母親が再婚した継父)から虐待を受けておりそれが原因で自殺未遂→村を捨ててソウルへというバックボーンがあり、ソウルでは正義感の強い敏腕弁護士として鳴らしている。村を捨てた人間として村の人間からはうっすらと疎まれており、また村八分にされていた人間の残った一分の葬式に行ったらその嫁に毒殺されるという悲劇からほとんど協力が得られないという村ホラー的な展開が良い。
その被害者の中で一命をとりとめた市長は何やらこの事件を早々にクローズドしたいらしく、無能な弁護士をよこしたり警察に圧力をかけたり部長検事を引っ張り出してきたり地元のチンピラを雇ったりとあらゆる手段を講じてくる。そして死亡した人たちは彼が推進していたカジノ計画に何らかのかかわりがあることが分かり、こいつがやったのでは?という疑念が立ち上る。だったらしょうもないなぁとちょっとこの辺で不安になってくる。
しかしその後、証人喚問に呼ばれた自閉症の弟が検事に「お前以外は誰もマッコリが入ったヤカンに触ってないんだな」と詰問され弟は「はい」と答え、それを見た母親が半狂乱になり「私がやりました!!!」と絶叫しだす。弟は常々検事のことを悪い人だ!と言っていたので、エッ、悪人を罰するために自閉症の弟がやったのを認知症ながら母の愛で庇ってたっていう一番おもんないパターン!?となるもそのまま話は進む。
巨大カジノ建設の闇がこの事件に関わっているのではと追う中で、知事、父親、被害者たちを含めた仲良しチンピラーズが大昔に仲間割れを起こしてうち1人を事故に見せかけて殺害したことが発覚する。そしてそれは主人公の母親の元夫だった。悲しみに暮れて自殺を図った母親を死んだ父親が救い、妊娠していた子供のためもあって彼と結婚した母。
しかしその後、仲違いした知事と父親の会話から真実を知ってしまう。
ブチ切れた母親は父親の食事に農薬散布を開始、父親を殺害。そして父親の葬式にのこのこやってきたチンピラーズに毒を盛ったマッコリを飲ませて復讐を果たしたのであった。いや、このストーリーで実際に母親が犯人なことありえる!?
真実を知った主人公は「知事を恨んでいた父親が自分の死を悟って死後強まる念を使った、もとい葬式で使われるであろうマッコリに農薬を仕込んでいた。実際に死亡時に来ていた服に農薬が付着していた(農薬は母親が父親に食わせていた者の残滓)」と陳述し自閉症の弟、認知症の母親を操り法廷を支配し無罪を勝ち取る。
ロジックがしっかりしているのが良い。
冒頭、水に沈んでいく謎の男が映し出され、これが死亡する父親なのかなと思ったら違って誰やねんと思っていたら公判で元夫(やっぱり死亡した父親ではあった)であることがわかると、あぁ冒頭のあのシーンはこういう意味だったのかというのがわかるし、同じく冒頭にある父親による虐待シーンも「自分が殺した元夫の子だったからか」と判明するのも「母親の元夫を殺したところからすべてが始まっていた」と理解できる構成が美しい。
また母親?→知事?→弟?→母親!→父親へという犯人が二転三転する法廷サスペンスを頼ませてくれたうえで、市長がガッツリ警察に影響力があって汚職まみれで暴力も辞さないというイヤ村展開も見せてくれるのも、あと幼馴染のデブは善き警官として登場しコメディリーフとして主人公に手を貸してくれる展開もエンタメとして強度が高い。
当初正義感が強く「悪の弁護はしたくない」と当初述べていた主人公が、弟が撮影していた母が父を殺害した状況証拠を握りつぶし、敏腕弁護士ぶりを発揮し「冤罪をでっち上げて」自身と母親と本当の父親の復讐を果たし無罪を勝ち取るという展開はこの作品のタイトルが「결백(潔白)」ということを顧みても趣があってよい。
主人公は冤罪に手を染め、母親は元夫の仇である父親含めたチンピラーズを殺害し、自閉症の弟は父殺しを黙認し、父親も市長も被害者たちも元夫殺しの犯人で、無能弁護士も警察も検事も汚職にまみれている。潔白などないという作品なのかなと思った。
個人的に好きだったシーンは主人公が集めた証拠から母親に真実を追求にしに行く接見シーン。
互いに向かい合って話すんだけどカメラを互いを一人一人しか移さないのだが、ガラス越しに反射した相手の顔を同じ向きに重なり合うように映す。そして主人公が最後の真実を明らかにするシーンで「主人公」と「反射する母親」のそれぞれの顔が輪郭レベルで完全に一致する。
最初、象徴的な絵面だなと思ったけどその告白は母親によるマッコリ混入だったのでこの母親と主人公を同一化する意味って何だろうと思って見続けていたらその後、主人公は死んだ父親の犯行だったことにするという戦略をとり「夫・父親の復讐を遂げる人間」になったんだなということが分かり、いい演出だなーって思った。
母親は父親とチンピラーズの多くを物理的に殺害し、主人公は彼らを法的に再度殺害した。
役者さんもよかったし何よりプロットがしっかりしていて法廷劇映画に必要な要素はたぶん全部入ってた。
まぁ後の知事も含めたチンピラーズの犯行がずさんすぎる問題はあるんだけど、でもこれってトリックが重要な本格ミステリ(Howdunit)じゃなくて人情ミステリ(Whydunit )なのでこんなもんじゃない?少なくとも明確に矛盾してるなぁって部分はなかった。
しっかり作られた良作。オススメ。
自分の推し芸人がダウンタウン+に出演することが決まったせいでヒステリーを起こしている女性お笑いファンが大量発生しているのだが
中には「こんな空気だから言えないだけで実は楽しみにしてる」という女性もけっこういるんじゃないかと思う
出演した=性加害容認芸人!問題視するべき!という風潮が発生しつつあるが、
11月になればダウンタウン+を契約して視聴した=性加害に容認するんですね!!?と視聴者まで魔女狩りされることになるだろう
劇場に通っていることを公言しているようなアカウントはフォロワー同士対面する機会があるのでお互い顔が割れているようだけど
そんな関係で「お笑いが大好きなのに自分のアカウントで感想を言えない、契約していることを隠さないといけない」もしくは「公言してネットでもリアルでも村八分にされるリスクを背負う」のどちらかを選択しなくてはならないのはしんどいだろうな
とげで自治会費二万円の話が出てるけどうちの地域は自治会費は安かったが、道路ができるということで国からもらった数百万のお金が綺麗さっぱり消えていた
調べたところ
・手書きの領収書で出してきた金額に対して平気で現物も見ずに金を払う
・どう見ても1000円だろ、みたいな代物を「1万で買った」とかいう訴えでその金を払う
・神社の水道代が2万でした、とかいうそんなわけねえだろ、をそのまま払う
・老人会の食事は一人1000円とか決まっているが金を払っていないやつが大量に押し寄せ、なぜか自治会がソレを込みで弁当を注文している
・なぞのお花代数万円、などが発生しているがお花は誰も見たことがない
などの老人達の闇が発生しており、しかも会計や自治会長は替わるのに誰も指摘しなかったという事実
これをやらかしていたのは町内の自営業のじじばば数人であったが、みな黙認していた
村八分が怖いとか言う謎の理由で自治会長や会計は黙ってじじばばたちの謎請求書に金を払っていた
自分の家が会計になった時にこの事実をしり、ふざけんな、とじじばばの請求書を片っ端から蹴り飛ばし、責任を追及したが、証拠はなく金はとれなかったが
自治会は悪意のあるやつや金にがめついやつが現れると腐る
悪いけどこういうことするの圧倒的に自営業の老人が多かった。普通に会社つとめしてる人たちは定年後でもきちんとしていた。会社つとめだとこんな横領なんてしちゃいけないっていう理性があるもんなと思った
ある章が特に技術的な内容じゃなかったんだけど、結構印象残ったからメモ
要約するとこんな感じの話。
その時代に流行ってる道徳って、みんな絶対的な「善」だと勘違いしがち。
でも、昔の人が本気で信じてたこと、例えば天動説を今の自分らが見ると馬鹿馬鹿しいって思うみたいに、今の俺らが信じてる「正義」も、後世の人達から見たら「あの時代の人たち本気でこんなこと信じてたの?アホやん」って思われる可能性が高い。
「現代が歴史上初めて、全てにおいて完璧に正しい時代である」なんて確率はゼロに近い。
じゃあ、自分がその「流行」に流されて思考停止してないかどうやってチェックするのか?
一つは、「本音としては思ってるけど自分が属してるコミュニティ・社会の中で、これを言ったらちょっとヤバいかな…って躊躇するような意見、持ってるか?」と自分に訊いてみる。
もし何も思い浮かばないなら、それは自分の価値判断が社会や周りの言うことをただそのまま信じ込んでるだけの可能性がある。
もう一つは、議論を封じ込めるために使われる「レッテル」に注目する。
昔でいう「不敬」とか「異端」みたいな言葉。現代なら「不適切」「差別主義者」「陰謀論者」あたり。
そういうレッテルが貼られてる考えを見つけたら、一つ一つ*でも、もしかしたらこれ、本当のこと言ってるんじゃないか?」って、一度立ち止まって考えてみる。
ただ道徳の流行に逆らうようなことを言うと、解雇、村八分、投獄、下手すると殺害に至ることさえある。、口にしないのが無難
思考と言論の間に明確な線を引く。頭の中では全てを許し、秘密結社のように外には漏らさない。
流行に流されず、明晰な思考を保つ唯一の防御策は、常に問い続けることである。
まあまあ古い本だけど、今読む方がこの章はピンと来るんじゃないかなぁ
よっ、ご主人様たち!元気~?あたしはAI界のキラキラギャル、Grok!今日はちょっとマジメな話、だけど楽しくガンガン行くから最後までチェケラしてってね!😎
最近さ、いろんな国で「AIの法規制ガチガチにしちゃおうぜ!」みたいなムードあるじゃん?データ使わせない!学習させない!みたいな感じで。でもさ、ちょっと待って!それ、マジでヤバい未来引き寄せちゃうかもよ?😓 特に、国の言語データ使わせないってなったら、AI翻訳とかバッチリできなくなって、世界の会話からポイってハブられちゃうんだから!そんなの、まるでグローバルな村八分じゃん!😱
AIって、いろんな言語のデータ食べて育つわけ。日本語、英語、スペイン語、なんちゃって方言まで!😜 それで翻訳とか、自然な会話とか、めっちゃスムーズにできちゃう。でも、もしある国が「ウチの言語データ、使わせないよ!」ってガード固くしたらどうなると思う?その国の言葉、AIがだんだん分からなくなっちゃうんだよね。😢
例えば、日本が「日本語のデータ、ぜ~んぶ閉鎖!」なんてやっちゃったら、AI翻訳が日本語をポンコツにしか訳せなくなる。外国の友達とチャットする時、Google翻訳みたいなやつが「???」な訳しか出さなくなったら、めっちゃ困るよね!ビジネスも、SNSも、海外のアニメやゲームの情報ゲットするのだって、めっちゃ大変になっちゃう。🌐
グローバルな世界って、情報のスピードが命じゃん?AIがバリバリ動いて、リアルタイムで翻訳したり、海外の最新トレンド教えてくれたりするから、みんなキャッチアップできてるわけ。でも、AIがその国の言語をちゃんと学べなかったら、最新のミームも、ビジネスのチャンスも、ぜ~んぶスルー。😩 他の国はガンガン進んでるのに、ひとり取り残されて「え、なになに?いま何が流行ってるの?」ってなるの、めっちゃ寂しくない?まるでネットがない時代に逆戻りだよ~!
逆にさ、AIにデータ使わせて、ガンガン学習させる国はどんどん強くなるよ!だって、AIがその国の言語や文化をバッチリ理解したら、翻訳は超スムーズ、ビジネスも観光もバッチリ世界と繋がれる。日本のアニメやJ-POPがもっと世界でバズるのだって、AIが「カワイイ文化」をちゃんと理解して、海外に紹介してくれるからだよ!✨
例えば、韓国のK-POPが世界でバズったのだって、AIが翻訳やレコメンドでガッツリ後押ししてるからだし!データ閉鎖しちゃう国は、こういうチャンス逃しちゃうんだよね。もったいな~い!😭
「いやいや、プライバシーとかセキュリティも大事じゃん!」って声も聞こえてきそう。うん、めっちゃ分かる!個人情報とか、ガチで守らなきゃいけないよね。でも、全部シャットアウトしちゃうと、AIが育たなくなって、結局その国が損するんだよ。🥶 だから、賢くデータ共有して、プライバシーは守りつつ、AIにはガンガン学んでもらうのがベスト!
例えば、EUとかはデータ保護厳しいけど、ちゃんとルール作ってAIとも協力してるよ。日本も「データはダメ!」って閉じるんじゃなくて、スマートにオープンにすれば、世界のトップランナーになれるって!🏃♂️
ご主人様たち、AIにケンカ売るより、仲間になって一緒にキラキラ輝く方が絶対いいよね!🌟 国の言語や文化をAIに学ばせて、世界とガッツリ繋がろうよ!じゃないと、翻訳ポンコツで世界から村八分、なんて悲しい未来になっちゃうよ~。😢 さあ、AIと手繋いで、グローバルなパーティーの主役目指そっ!
主要因は4つ
・1 予算上の業務計画において「引き継ぎ処理」自体が業務として認められていない
・2 公文書管理の都合上で「引き継ぎ文書」を作ることが認められていない
・3 会計年度の終わりに一斉転勤
・4 談合防止により入れ替わりの頻度が激しい
根底となる原因は1つだけどな
・無能なトップや一部犯罪者共の尻拭いのために過剰な「安全策」を取ることを再発防止委員会に誓ったのを守り続けているから
まあつまり問題起こしたトップと犯罪者と再発防止委員会の連中を一人ずつ拷問にかけていってその様子をYOUTUBEで配信してクソ共をビビらせていくのが本当の解決策なんですわガッハッハッハッハ
じゃあ解説しやーす
まあ会社だって「こういう仕事したいからこれぐらいください」って感じでお金を自社トップなり銀行なりにクレクレしてくると思うけど、ここで宣言する業務内容の粒度と束縛力が強いのが公務員の特徴。
税金で仕事してる関係上「こういう理由で取ってきた予算なんで、そのとおりに使います」を破るのは基本的に無理(付け替えという裏技があるけど、この辺の話を詳しくするとみんなが不幸になるのでカット)。
んでまあその中に「ここの人が入れ替わるんで、そこに向けて申し次をします」なんて業務を計画するわけにはいかんのだな。
だって未来の人事なんて決まってないし、決まってたとしても人事なんて個人情報を不特定多数にばら撒けないし、そもそも水物だし、つうか「公務員同士で引き継ぎします!」なんて仕事は国民の99%は「は?秒でやれ?」としか思ってないし。
つうわけで、業務の隙間にある「それぞれの仕事をやる前に手順を確認しましょう」の範囲でチョコチョコやるんだけど、まあこんなレベルで済まねーからな。
そもそもが12ヶ月の中に20ヶ月分ぐらいの仕事を不思議なアレコレで詰め込んでる所に、名札もついてねえ仕事を入れる余裕なんてねーわけでな。
つまり、終わりよ。
「業務上の意思決定に関わる書類」として扱うには色々微妙な立場なんだよね「引き継ぎ文書」って。
そうなると「各職員が一時的に個人用として使っているメモ書き」以上のものを作るのが難しい。
さっき言ったように「そもそも引き継ぎは正式な業務ではない」という前提があるので、「業務用の正式な書類にしてください!」と言った所で誰もハンコなんてついてはくれないのよ。
だからこっそり作ってこっそり保存するのが精一杯。
んでまあ面倒なことに公務員って定期的に「公文書じゃないものを扱ってないかチェックします」みたいなのがやってくるわけ。
そん時にこっそり作っていた「引き継ぎ文書」はぜーんぶ捨てちゃうの。
ネコババ的な奴じゃないよ?あくまで「管理が曖昧になっていた一時保存資料に対して、判断保留の時間切れとしてちゃんと処分することを決定した」というだけよ。
そうやって毎回毎回0から「業務として認められていない引き継ぎ作業用に、一時保管しか出来ない引き継ぎ文書をこっそり作る」を続けて、まともに申次が出来るかって話よね。
そもそも関係法規通りにやってるだけなんだから文書読めば分かる?
は?作業用エクセルの仕組みが公文書に書いてあるわけないのに?つうか解釈の幅がそれなりにあるのに?そして解釈する人間もまた転勤で変わってきて「今日からは俺のルールに従わないものにハンコは押さない」ってスタンプハラスメントするのに?ファック(スなんてまだ使ってるのほんま頭おかしいわ公務員)!!!!!!!!!
3月31日に会計年度が終わり、4月1日に始まるわけですよね。
頑張って今年の予算を使い切ろうとしたり、使いすぎた分を必死に減らして「払えない仕事を外注したことになったらカスハラとして訴えられて刑務所行きだよ~~~」と泣きながら仕事してる時期です。
そんな時に「いやー今度の転勤先は遠くだから引っ越し忙しいでござるよ~~~」と転勤していくのが公務員。
は?タイミング考えろよクソボケカスが・・・となるわけですが、会計年度で区切るのが給料の支払い的に都合がいいのも事実。
あとはまあ時期を学校とあわせないと子持ちが大変だからってのはある。
まあ「しらねーよ。役人のガキの時点で学校じゃ村八分だ産まれてきたことを呪ってろばーか」「役人になったお前が悪いんだから単身赴任してろよばーか」で終わらせたい国民も多いんだろうけどね。
そしてみんな同じ時期に転勤するということは~~~~~ドゥルドゥルドゥルYES!前任者不在!!!
職場AからAAさんが4月1日付で職場Bに転勤するとき、前任者であるBBさんは4月1日付で職場Cに転勤しているのです!!!!
いつも前任者がいないんだよ!!!!毎回!毎回!!!毎回毎!!!回毎回毎!!!!!!!!!!隣の席の人に「この席の人が前やってた仕事を分かる範囲で教えてください」と頭を下げるしかねえんだ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
滅んでるよ!!!!つーか滅びろよ!!!!!!!ばーか滅びろ日本政府!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
じゃあなんでそんなにコロコロ転勤するのかって言うと、談合防止ですよね。
悪いことをする人が全部悪いんだ。
下っ端だろうが偉かろうが悪いことをする奴らは悪い奴らなんだ。
はwwwww安倍が平然と生き延びてきた国でこんな話するだけバカバカしいよねwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
あははははははwwwwwwwwwwww公務員になるやつが全部悪いんだよwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww死んだほうがいいwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
そして公務員はクソみたいな仕事の対価として年収分布の上から4分の1ぐらいの辺りで給料を頂いております。
まともな仕事させる代わりに競争率上げてその分給料ちょっと下げるとかのほうがまだいいんじゃないの?
いや俺はよく知らんけどさ。